生 命 の 場 所
Circle of Life
第
4
回
あまりにも可愛らしいもの。
どう考えても本当らしいも
の。だまされないゾと思い
ながらも引きつけられてし
まうそうしたものを、いか
にあつかったらいいのか。
無視するのも、無意識には
まり込むのも何カサ重うよう
な気がして・
。
写真/渡辺潔
森刀〉中て1腰をおろし、
ひと休みしていると、
目の前の木の枝をスロ
モションのように
乗り越えてくるカエノレ
と自力〈あった。コイツ
愛敬があり過ぎじゃな
いfゴろう力、?
「カヱ}~
~:i諸国;2むとエJレが
両生類の中でもカエルは自然界で最も幅をきかせている
グループである。世界には車協削減重が生息しているとい
う。日本では、ニホンアマァゲエル、
トノサマガエル、ニ
ホンアカガエル、カジカガエル、ツチガエル、ヒキガエ
ル、ウシガエルなどが代表的。生息場所はさまざまで、
水中、水辺、土の中、士也
t
、樹上など、あらゆるところ
で生きている。人間の生活空間の中で見かけることが多
いため、神話や伝説にも数多く登場する。農耕を守る祈l
1
0
雌
ge
の使者となったり、雨乞い神事に登場したり、古来から
カエルは売れっこタレントのようである。現代でも、さ
まざまに擬人化され、商品キャラクターとなったり、イ
メージキャラクターとなったりしている。最近、静岡県
の観光キャッチフレーズに「いきかえる」という言葉が
使われているが、これもカエルがらみのものである。何
となく愛敬のあるカエルと、われわれ人間とは今後も交
流の歴史を積み重ねていくのだろう。
1999.10.25
C~.VER
不思疎なものが世の中にはいろい
ろある。i4'iで考えた不思議もある
が、出会ってはじめて分かる、と
いうか分からなくなる不思議とい
うものが、やはり不思議だ。この
岩のあいだから彼裂してはみ出し
たような他物らしいものは何なん
だろうか9 白分の日の錯覚のよ
うな車工もしている。
Photog四pher/Kiy日出Wa回 国be
本文デザインhll藤正博
SPECIAL THANKS
KOUSAJ.SIIUPP ANSHA
CONTENTS
特集
新世紀へのミニレター
r
1
o
o
年』の重み
@
ノーブレス・オブリージ宣言
v
o
l
.
1
3
丸山昭
一
一
一
一
一
一
一…
@
.
.
.
.
.
.
.
.
.
永田町発国のゆくえ
v
o
l
.
5
再 ~
p
圃 圃 圃 圃 圃
亀 井 久 興 ( 衆 議 院 議 員 )
@
人物クローズアッフ
。
「学習院と私」
v
o
l
.
5
黒 川 光 博 ( 虎 屋 代 表 取 締 役 社 長 )
@
・生命の場所第
4回
「
カ
エ
J
l
J
写真
/
渡 辺 潔
一一一一一一一一一一一一一一
@
・食卓の四季[8
]
アンチョビ江上種英
一一一−−一一
@
学習院大学経済学部
@
陛下と語らう同期会
@
天
皇
陛下のご成婚40
周年とご即位1
0
周年を祝う
・桜友会だより
ピックアップ
。
COLUMN
/
秋田
一
季さんの思い出
一
一
一
一
一
一
@
輔仁会サークル(その
I
)
/
剣道部−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
−
一
一
一
一
一
@
(その
2
)
/
フランス会部
一
一
一
一
@
職域桜友会
/
東武鉄道
一
一
一
一
@
地域桜友会
/
福岡桜友会 栃木桜友会
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
@
OBLIGE
CLUBe
楼友クラブからのお知らせ
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
一
@
第
8
回楼友クラブゴルフ大会
平成1
1
年
1
1
月
1
8
日(木)我孫子ゴルフ倶楽部にて
OBLIGE
伝言板.会員からのお便り紹介コーナ一
一一一一一一一一
@
本誌掲載の写真。イラスト 記事の無断転載および複写を禁じます。
e
s
s
e
丸 山 昭(まるやま・あきら)
昭和5年山梨県生まれ。昭和28年学習院大学哲学科卒業。周年講談社に入社。
r少年クラブ』編集部を経て r少女クラブ」編集長などを歴任。戦後の児童
雑誌隆盛期に、石ノ森章太郎、赤縁不二夫、水野英子ら、多くの漫画家を世
に送り出した。当時のことは最近発行された自著『トキワ荘実録一一手厚治
虫と漫画家たちの青春」(小学館文庫)に詳しい。現在講談社社友会事務局長。
だが、個性の強い、そしてまだ社会生活の
経
験も浅い若者たちが、それぞれの持ち味を
活
かしながら集団生活を送れた背後には、リ
ー
ダ
ーの寺田ヒロオの存花が大きか
っ
た
。
赤塚不
二
夫自身が語ったことだが、彼が自
信を失ってマンガを諦めようとしたとき、寺
田はじっくりと彼の話を聞き、もう
一
度やろ
うという意欲を燃え
t
がらせ、そのうえ
当
而
の生活費をそっと渡している
。
これはほんの
一
例だが、寺田は兄のように彼らを見守り、
事あるときには子をさしのべている
。
そしていよいよブ!ムの到来とともに、ト
キワ荘の仲間が次から次へと注目を浴び、人
気マンガ家として巣立って行く頃、寺田は思
うところあって筆を折った
。
﹁
わ
が
子
に
読
ま
せたくないような雑誌には描きたくない
﹂
か
らだと伝えられてはいるのだが
:
: :
。
いずれにせよ、トキワ荘がこれだけ粒揃い
のマンガ家たちを輩出したのには、様々な背
景があるのだろうが、寺田ヒロオのリーダー
シップとノプレス
・
オ
ブ
リ
l
ジの行いが、大
きな支えであったことは動かせない
。
残念なことに、寺田は第
一
線にカムバック
することなく、平成
4
年
︵
1
9
9
2
︶にこの
世を去っている
。
。(世界文化フォト)
⑤
』
}
日
,
_
4
!
J
Dbl
招e
⑨
5
写真でしか見られない
大正初期の自転車店は
芝居のセットのよう
。
大正5年( 1916)頃の田舎町の自転車店。当時としてはまだ
珍しかったて’あろう自転車を商う店主の自慢気弘気持ちが
店がまえに表れているようて1まほえましい。しかし、今から
見ると芝居のセットのような感じて現実感がない。右端初少
年が支えている自転車はドロップハンドjレである。はやり
のスタイJレfゴったのカマ
明
治
時
代
に
作
ら
れ
た
柱
時
計
は
、
い
つ
し
か
待
を
刻
む
の
を
や
め
、
そ
の
イ
メ
ー
ジ
で
お
お
ら
か
な
時
同
事
選
ん
で
い
る
。
﹁
共
有
の
記
憶
E
え
て
い
く
感
共
通
の
言
語
が
あ
り
、
共
通
の
文
化
が
あ
り
、
共
有
の
過
去
が
あ
る
。
そ
れ
を
だ
れ
に
ど
う
伝
え
よ
う
か
?
文学
100
年
ど
こ
へ
い
く
の
か
活
字
文
化
100
年
前
、
文
掌
界
で
は
浪
漫
、
主
義
叫
か
令
盛
を
迎
え
て
い
た
。
森
鴎
外
、
色
躍
藤
村
ら
が
中
心
と
な
り
、
情
熱
と
強
い
自
我
を
そ
の
作
品
に
投
影
さ
せ
て
い
た
。
こ
の
中
の
藤
村
が
1906
年
に
﹃
破
戒
﹄
を
発
表
し
自
怒
主
義
文
学
を
確
立
す
る
。
こ
の
流
れ
で
、
徳
田
秋
声
、
政
宗
白
鳥
ら
が
作
品
ぞ
発
表
す
る
。
中
で
も
田
山
布
袋
の
﹃
着目は、赤裸々な私生
活
の
墨
露
と
い
う
手
法
で
玄
喧
に
衝
撃
を
与
え
た
。
同
時
代
に
は
夏
目
激
石
や
、
玄
理
喜
離
れ
て
い
た
森
鴎
外
が
登
場
し
、
独
自
の
文
学
を
打
ち
立
て
、
激
石
な
ど
は
日
本
文
学
で
は
稀
有
と
も
言
え
る
ユ
ー
モ
ア
文
学
を
確
立
し
て
い
た
。
叩
年
代
に
な
る
と
極
端
な
自
然
主
義
へ
の
反
動
か
ら
、
耽
美
派
や
、
武
者
小
器
震
・
士
、
貨
直
哉
ら
が
中
心
と
な
っ
た
白
樺
派
が
出
て
き
た
。
﹃
白
樺
﹄
は
、
学
習
院
内
の
雑
誌
で
、
外
部
の
賛
同
者
も
合
流
し
て
一
大
文
堂
を
形
成
し
た
。
こ
の
後
、
新
現
実
、
主
義
や
、
社
会
に
敏
感
に
反
応
し
た
プ
ロ
レ
タ
リ
ア
文
学
、
西
欧
の
長
鍾
百
を
受
け
た
新
蔵
科
息
加
な
ど
が
A
Z
頭
し
て
き
た
。
何
年
の
第
2
次
大
戦
の
敗
戦
を
迎
え
る
と
、
戦
争
に
よ
り
抑
圧
さ
れ
て
い
た
既
成
の
作
家
た
ち
が
復
活
し
、
さ
ら
に
坂
口
︷
室
ロ
に
代
表
さ
れ
る
無
頼
派
が
台
頭
す
る
。
彼
ら
に
続
き
、
民
主
、
喜
事
芸
子
・
近
代
文
学
派
・
戦
後
派
文
学
・
第
二
次
戦
後
派
そ
し
て
第
三
の
新
人
な
ど
が
出
て
き
た
。
叩
年
代
は
新
し
い
方
向
性
の
フ
ァ
ッ
シ
ョ
ン
と
し
て
の
、
J
文
学
が
思
量
場
し
た
。
活
字
離
れ
が
進
む
今
、
新
た
な
潮
流
を
作
る
作
家
の
登
国
明
か
待
た
れ
る
。
映像文化
100
年
映
画
よ
、
テ
レ
ビ
、
ビ
デ
オ
よ
今
惜
﹄
紀
は
映
像
の
時
代
と
言
わ
れ
て
い
る
が
、
中
で
も
1894
年
に
産
声
を
上
げ
た
映
画
は
こ
の
時
代
の
伴
走
者
で
あ
っ
た
。
映
画
は
却
世
紀
を
ど
の
よ
う
に
記
録
し
て
き
た
の
だ
ろ
う
か
。
1903
年
に
は
最
初
の
映
画
鯖
か
墓
尽
・
叫
醤
十
に
オ
ー
プ
ン
す
る
。
引
年
に
は
初
の
本
格
的
ト
ー
キ
ー
﹃
マ
ダ
ム
と
女
房
﹄
が
上
映
さ
れ
た
。
日年、黒沢明羅生門
﹄
の
ベ
ネ
チ
ア
国
際
映
画
祭
で
の
グ
ラ
ン
プ
リ
受
賞
に
次
い
で
、
﹃
雨
月
物
言
︵
溝
口
健
一
藍
督
︶
﹃
地
獄
門
﹄
︵奈童之助監
督
︶
の
受
賞
で
日
本
映
画
は
に
わ
か
に
活
気
づ
い
た
。
そ
し
て
、
叩
年
代
は
﹃
太
陽
の
季
節
﹄
の
石
原
裕
次
郎
が
、
印
年
代
に
は
﹃
若
−
大
将
﹄
シ
リ
ー
ズ
の
加
山
雄
三
、
臼
年
に
は
﹃
男
は
つ
ら
い
よ
﹄
の
渥
美
清
と
、
そ
の
時
代
が
求
め
る
ヒ
ー
ロ
ー
が
誉
蕩
し
、
世
の 申
4
乞
沸
か
せ
た
。
加
世
紀
も
幕
を
閉
じ
る
頃
、
三
船
徹
郎
、
黒
沢
明
と
日
本
一
映
画
の
枠
を
超
え
た
映
画
人
が
相
次
い
で
こ
の
世
を
去
っ
た
。
そ
の
卦
報
は
世
界
で
も
大
き
く
報
じ
ら
れ
、
そ
の
扱
わ
れ
方
に
よ
っ
て
、
彼
ら
の
ス
ケ
ー
ル
の
大
き
さ
を
改
め
て
感
じ
さ
せ
る
場
面
も
あ
っ
た
。
テ
レ
ビ
の
普
及
以
来
、
日
本
映
画
の
冬
の
時
代
と
い
わ
れ
て
久
し
い
昨
今
で
は
あ
っ
た
が
、
﹃
HAN
AIB
−
−
う
な
ぎ
﹄ ﹃
東
京
夜
曲
﹄
と
海
外
の
映
画
祭
で
の
受
賞
が
続
き
、
近
年
は
新
人
監
督
の
デ
ビ
ュ
ー
ラ
ッ
シ
ュ
と
も
い
わ
れ
、
独
自
の
ス
タ
イ
ル
で
作
品
券
作
り
続
け
る
酢
審
が
活
躍
し
て
お
り
、
会
後
の
活
躍
叫
か
注
目
さ
れ
て
い
る
。
と
は
。
お
叫
子
﹄
五
日
100
年
弘
前
U
ζ
1
4
2
4
日
i
叩
年
は
﹁
ミ
レ
ニ
ア
ム
﹂
?
毎
生
木
、
涯
江
車
問
か
発
表
さ
れ
る
た
び
﹁
今
年
は
こ
ん
な
年
だ
っ
た
の
か
﹂
と
重
ね
合
わ
せ
て
そ
の
l
年
を
振
り
返
る
。
流
戸
打
語
と
い
う
鏡
に
は
、
加
世
紀
の
時
伐
の
姿
は
ど
の
よ
う
に
映
る
の
だ
ろ
う
か
。
明
治
か
ら
大
正
へ
、
加
世
紀
が
産
声
を
上
け
た
頃
、
当
時
は
ハ
イ
カ
ラ
な
﹁
パ
ー
マ
ネ
ン
ト
ウ
ェ
ー
ブ
﹂
が
流
行
る
。
今
も
残
る
﹁
銀
プ
ラ
﹂
の
語
が
生
ま
れ
た
の
は
加
年
。
昭
和
に
入
り
、
日
本
は
第
2
次
世
界
大
戦
へ
突
入
す
る
。
戦
後
、
華
や
か
な
商
品
囲
気
か
戻
る
と
日
年
に
は
映
画
﹃
君
の
名
は
﹄
か
ら
﹁
真
知
子
巻
き
﹂
が
、
翌
年
の
﹃
口
l
マ
の
休
日
﹄
で
は
﹁
へ
ッ
プ
パ
l
ン
ス
タ
イ
ル
﹂
が
大
流
行
。
鍵
っ
子
が
増
え
た
印
刷
年
の
流
行
語
は
﹁
マ
ン
シ
ョ
ン
・
マ
イ
ペ
ー
ス
・
ウ
ル
ト
ラ
C
﹂
。
こ
の
頃
か
ら
海
江
語
は
内
面
や
商
品
自
気
を
表
す
言
葉
が
目
立
っ
て
く
る
。
歩
行
者
天
国
誕
生
の
刊
年
は
﹁
フ
ィ
ー
リ
ン
グ
﹂
、
乃
年
に
は
﹁
不
確
実
性
の
時
代
﹂
が
。
そ
の
後
、
日
憶
に
も
新
し
い
﹁
自
分
で
自
分
を
ほ
め
た
い
﹂
や
大
プ
l
ム
と
な
っ
た
﹁
失
楽
園
﹂
を
た
ど
り
、
現
在
へ
と
行
き
つ
く
。
﹁
時
代
は
繰
り
返
す
﹂
。
しかし同じ言葉が二度
流
行
る
こ
と
は
ほ
と
ん
ど
な
い
。
フ
ァ
ッ
シ
ョ
ン
や
映
画
な
ど
の
ブ
ー
ム
が
再
来
す
る
こ
と
は
あ
っ
て
も
、
そ
の
時
伐
の
事
件
や
出
来
事
、
あ
ら
ゆ
る
物
事
を
包
む時代の富気を凝縮させた一滴か、淀江語
と
し
て
現
れ
る
。
今
年
は
ど
ん
な
言
葉
が
、
そ
し
て
来
世
紀
は
い
っ
た
い
ど
ん
な
言
葉
が
海
江
詰
と
し
て
人
々
の
口
に
上
る
の
で
あ
ろ
う
か
。
8
Ohl
抱e
どんな話題で、盛り上がったのか
6
0
年前のホームパーティー。
昭和15年(I叩)の家庭での宴会の言段写真日の丸をかか
げているニとなどから想像するといわゆる旗日か。部屋の
たたずまいを見ると、質素な暮らしぶりがうかがえるが、こ
の日は特別な目だったのだろうι盃を手にした男たちは特
に楽しそうである。テレビのないこ
σ
滑斬℃どんな話題で盛
り上がったのだろうか