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若手保育者による「困り感のない保護者」への支援プロセスに関する質的研究

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Ⅰ.はじめに 近年,少子化や核家族化,女性の社会進出といっ た家族をとりまく環境の変化に伴い,子育てに関す る複雑かつ多様な問題を抱える保護者への対応と子 育て支援の重要性が指摘されている(たとえば石・ 桂田, など)。厚生労働省( a,b)は,妊娠 期から子育て期の様々なニーズに対して総合的支援 を提供できるような子育て世代包括支援センターの 整備を行い,地方自治体での支援体制強化を明示す るなど,国や地方自治体による子育て家庭への切れ 目ない支援が期待されている。 しかし,国や地方自治体が力を入れている子育て 支援は,保護者が自身の困り感をニーズとして発信 し,助けを求めることが前提であると考えられ,周 囲が手助けの必要性を感じていても,保護者が支援 に抵抗感をもっていたり,困り感がなかったりする 場合は支援につながらない(笠原, )といった 課題がある。つまり,支援者が問題状況に気づいて ほしいと感じる保護者の姿と,保護者が捉える子育 てに関する困り感にはずれが生じている可能性があ り,困り感に注目した子育て支援のアプローチが求 められているといえる。なお,永井( )は,「困 り感」という言葉が使用される国内の研究を整理 し,「子育てにおいて,困っていること,解決が難 しいと感じること,対応に悩むこと,負担に感じる こと等の保護者自身が抱く感覚」と定義している。 これは,「保育者が保育上難しいと感じること,対 応に悩むこと,負担に感じる こ と 等 の 感 情」(木 曽, )と,「いやな思いや苦しい思いをしなが らも,それを自分だけではうまく解決できず,どう してよいか分からない状態にあるときに,本人自身 が抱く感覚」(佐藤, )を参考にしたものであ り,本研究における「困り感」についても同義とす る。 子育て支援への注目が高まるとともに,保育所に おいても子育て支援の重要性は力強くうたわれてい る。 年に告示された保育所保育指針(厚生労働 省, )以降,保護者に対する支援について独立 した章が設けられており,「保育所における保護者 の支援は,保育士等の重要な業務であり,その専門 性をいかした子育て支援の役割は,特に重要なもの である。」と明記されている。また, 年に改定 された保育所保育指針(厚生労働省, )では,

若手保育者による「困り感のない保護者」への

支援プロセスに関する質的研究

永 井 知 子

A Qualitative Study on New Preschool Teacher’s Support Process

for Parents with ‘No Perceptions of Difficulties’

Tomoko N

AGAI

ABSTRACT

The purpose of the current study was to examine new preschool teacher’s support process for parents with ‘no perceptions of difficulties’. The narrative data was collected and analyzed through Steps for Coding and Theorization(SCAT)and Trajectory Equifinality Model(TEM)qualitative meth-ods. The findings suggests that there were three features. First, persons targeted for support vary from a child to parents. Second, the beliefs of the preschool teacher can affect the support process positively or negatively. Third, it is a necessary existence to provide support for the process that creates a solution to the problem.

KEYWORDS: new preschool teacher, perceptions of difficulties, parental support, Steps for Coding and Theorization(SCAT),Trajectory Equifinality Model(TEM)

Bull. Shikoku Univ. : − ,

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「第 章総則」内にある「 保育所保育に関する 基本原則( )保育所の役割」において,「保育所 における保育士は,児童福祉法第 条の の規定を 踏まえ,保育所の役割及び機能が適切に発揮される ように,倫理観に裏付けられた専門的知識,技術及 び判断をもって,子どもを保育するとともに,子ど もの保護者に対する保育に関する指導を行うもので あり,その職責を遂行するための専門性の向上に絶 えず努めなければならない。」(下線部は著者によ る)と明記されているとともに,「第 章子育て支 援」の章が新設されている。これは,「量」と「質」 の両面から子どもの育ちと子育てを社会全体で支え るといった「子ども・子育て支援新制度」( 年 月施行)の内容をうけ,保護者と連携して「子ど もの育ち」を支えることを基本とした保育所による 子育て支援の役割等に関して記載されているもので ある。つまり,これまで以上に保護者支援に関する 保育者の専門性の向上が求められているといえる。 一方で,多様な保育ニーズへの対応等から,保育 者 が 担 う 役 割 と 責 任 が 年 々 拡 大 し て お り(垣 内 ら, ),保護者支援は保育者が抱えるストレス のひとつとされている(手島, ;赤田, ; 加藤・安藤, )。また,経験年数が短いほど, 保護者対応に苦手意識をもっていることが多い傾向 がある(中平・馬場・竹内・髙橋, )というこ とから,特に若手保育者にとって保護者への対応は ストレスフルであることがうかがえる。さらに,新 人保育者ほどストレス対処力が低い(上村, ) こと,経験年数の短い若い保育従事者ほどバーンア ウトに陥る危険性が高い(齋藤・田中・村松・橘・ 宮岡, )ことから,早期離職の原因のひとつに なりうるストレスの深刻化を抑止するためには,い かに精神的健康を維持しつつ保護者支援を行うのか 検討することが大切だと考えられる。そこで本研究 では,ストレスフルともいえる保護者支援に携わる 保育者のうち,若手保育者に注目し,困り感のない 保護者にどのように対応することで問題解決が行わ れるのかといった支援プロセスを検討することを目 的とする。 Ⅱ.方法 .研究協力者と調査方法 本研究の目的は,若手保育者による困り感のない 保護者への支援プロセスを具体的に描くことであ る。安田他( )によれば,話を聴く際の対象人 数について, 名を対象にする利点として,個人の 経験の深みをさぐることができるとしている。本研 究においては,就職後 年ごろまでに様々なストレ スを抱えたり退職したりする保育者が多い(保育士 養成協議会, )といった指摘もあることから, 加藤( )の区分にならい,勤務年数が 年未満 の保育者を若手保育者とし,私立の保育所に勤務す る 名を対象に, 年 月にインタビューを実施 した。テーマは「困り感のない保護者への対応事例 と支援のあり方」とし,①困り感のない保護者の特 徴とその理由,②困り感のない保護者への対応でう まくいった事例,うまくいかなかった事例につい て,半構造化インタビューを行った。 A保育者は,私立保育所の正規職員である。 年 制大学を卒業後,乳児クラスで 年間勤めた後, 歳児クラスの担任をしている。インタビュー時点で 勤務年数は 年, 歳の女性であり,インタビュー 時間は約 分間であった。インタビュー内容は協力 者の同意を得たうえで IC レコーダーに記録し,イ ンタビューデータを逐語記録としたものを分析対象 とした。 .分析方法 本研究では,大谷( , )が考案した SCAT (Steps for Coding and Theorization:以下,SCAT) と,時間を捨象せずに扱おうとする TEM(Trajectory Equifinality Model:複線径路・等至性モデル:以 下,TEM)(サトウ・安田・木戸・高田・ヴァルシ ナー, )を用いて分析を行った。SCAT は,イ ンタビューデータをセグメント化し,それぞれに ( )データの注目すべき語句,( )それを言い 換えるためのデータ外の語句,( )それを説明す るための語句,( )そこから浮き上がるテーマ・ 構成概念の順に ステップのコーディングを行い, それをもとにストーリーラインの記述を行うもので ― 64 ―

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ある。この手法は小さな質的データの分析にも有効 であることや分析手続きが明晰であり,比較的ス ムーズに理論化を導くことができるとされているこ とから,分析の恣意性を極力排除することが可能に なるとされる。TEM は,人間の成長について,そ の時間的変化を文化との関係で展望する新しい試み を目指したものである(サトウら, )。個々人 がそれぞれ多様な径路を辿っていたとしても,等し く到達するポイント(等至点)があるという考え方 を基本とし(安田, ),人間の発達や人生径路 の多様性・複線性の時間的変容を捉える分析・思考 の枠組みモデルとされる。境・中西・中坪( ) は,TEM と M−GTA を比較し,「この手法(TEM) は,個々の事例に含まれる対象者の具体的な経験や 時系列を保持しつつモデル化し,それに対する理解 を深められるといった特徴があり,単一事例のみを 対象とする際にも有効性を発揮しやすい」と述べて おり,支援プロセスの検討を目的とする本研究にお いてこの手法は合致していると考えられる。 分析にあたっては,まずインタビューデータの逐 番号 発話者 テクスト 〈 〉 テクスト中の注 目すべき語句 〈 〉 テクスト中の 語句の言いか え 〈 〉 左を説明す るようなテ クスト外の 概念 〈 〉 テーマ・構成 概念(前後や 全体の文脈を 考慮して) 〈 〉 疑問・課題 A保育者 お母さん自身で,家庭で子育ての中で気になる部 分があるんでしたら,専門の先生と,どういうふ うにしたらいいんかっていうんを,ご相談します かっていうふうな感じで 回,個人面談があると きに言わせてはもらったんですけど,でも,お母 さん自身がそこまでなんかね,あまり気にされて なくって,そこまでに行くまでに時間がかかりそ うだなっていう感じですね。 お母さん自身が そこまでなんか ね,あまり気に さ れ て な く っ て,そこまでに 行くまでに時間 がかかりそう 母親自身は子 どもの発達を 気にしていな い,伝わるの に時間がかか りそう 母親と保育 者の子ども 理解に関す る温度差 子ども理解 に関する温 度差 支援者が自 分の理想に 寄せようと しているこ とはないの か? A保育者 何でしょうか,伝えてはいるんですけど,こうい うところで保育所では困る部分があるっていう, こうポイントポイントを,なるべく,何だろう, 何ていうかな,言う部分は具体的には言うんです けど,それでクレーム的なものになる可能性もあ るので,そこはちょっと言葉を選びながらはなる んですが,でも,それでも伝えて,伝えてもピン ときてくれないお母さんとか, ちょっと言葉を 選びながらはな るんですが…伝 えてもピンとき てくれないお母 さん 理解力が気に なる母親,伝 わ ら な い 母 親,もどかし さ 言いたいこ とが伝わら ないもどか しさ,葛藤 ちぐはぐな やりとり A保育者 あと,話を,例えば つ言ったとしても, しか 聞いてない,きっと,とか,そういう方がやっぱ りいるので, 回言って,次また同じことを言お うか,でも,この子のためだから言おうかってな って, 回目また同じことを言うんですけど,そ れでもなんかあんまり。/そうです,伝わらない お母さんが,そうですね。 つ言ったとし ても, しか聞 いてない,伝わ らないお母さん 伝えたいこと が 伝 わ ら な い,もどかし さ,同じこと を繰り返さな ければならな い,聞いてく れない,聞く 耳もたない 何度も繰り 返しても伝 わ ら な い” 暖簾に腕押 し感” 暖簾に腕押 し感 A保育者 そうですね,何だろう。多分なんですけど,そこ まで,お母さん自身が気になってないけんこそ, いや,家ではできるからとか,なんか,そういう 思いがちょっとでもあるけんかなっていう部分も ありますし,お母さん自身も何だろうか,あんま り本当は言わないほうがいいことかもしれないん ですけど,お母さん自身も,ちょっと気になる方 なのかなと思います。 お母さん自身が 気になってない /家ではできる から/お母さん 自身も,ちょっ と気になる方 母親の認識の なさ,偏った 見方,母親自 身の問題 母親自身の 気づきのな さ,敏感性 の弱さ 問題意識の 低い母親の 特性 A保育者 子どもさんの状況を伝える以前に,持ち物とかお 伝えしたり,例えばプールが始まるので,こうい うものが準備で必要ですっていうときに,お手紙 にも一応事前に,全体で渡すお手紙にも書いてる んですけど,それプラス,多分クラスのボードみ たいなのに,こう分かりやすく。〈いりますよっ て〉はい,書いてるんですけれど,全然,見てる, 見てるんかな? 見てるは見てるんですけど,全 然こう,いざ準備してきてもらったときに,あれ みたいな,全然,本当に見てるみたいな感じなこ とが,本当にこれまで去年からなんですけど,も う何回もあったりしてました。 見てるは見てる んですけど,全 然こう,いざ準 備してきてもら ったときに,あ れみたいな 母親の理解力 不足,不注意, 情報が伝わら ない 母親の不注 意,母親の 発達特性, 情報伝達の 漏れ, 情報伝達の 困難さ うまく対応 できないの は,経験不 足もある? 表 1 分析ワークシートの例(A 保育者) ― 65 ―

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語録を作成後,心理学を専門とする研究者 名で SCATの手順に沿って抽出された構成概念をもとに ストーリーラインを作成した。なお,概念化によっ て得られたテキストデータがほぼ漏れなく説明でき る構造を提示することができ,研究目的に沿ったも の と 考 え ら れ る た め,「目 的 相 関 的 飽 和」(西 條, )に至っていると判断した。分析ワークシー トの一部を表 に示す。次に,構成概念について時 系列を意識して内容の関係をネットワーク化した。 その際,TEM の概念である「径路」「分岐点(人の 行動や経験が変化したポイント)」「社会的方向付け (Social Direction : SD,個人の行動や選択に抑制的 にかかっていく文化的・社会的な諸力)」「社会的ガ イド(Social Guidance : SG,ある行動や選択を後押 ししたり促したりするような援助的な力)」を考慮 しながら検討を行った。 .倫理的配慮 本研究の実施にあたっては,所属大学内の倫理審 査委員会の承認を得た(承認番号 )。インタビ ュー調査については,研究説明書を用いて口頭で説 明を行うとともに,書面により同意を得た。 Ⅲ.結果と考察 .A 保育者のストーリーライン A保育者について,SCAT の手順により, の構 成概念が得られた。ストーリーラインは以下の通り である。なお,文中の下線部は構成概念を示してい る。 「A 保育者は,集団保育でうまくいかない子どもの 現状から,母親に困り感をもってほしいと感じてい た。たとえば大人中心の生活をしている家庭や,母 親の子どもに関する誤った理解,子どもの気持ちに 対する無理解など子ども理解に関する温度差がある 場合である。しかし,口出しできない家庭の方針を もつ母親に対して,子どもの危険な状況を伝えよう としても,問題意識の低い母親の特性から,情報伝 達の困難さがあり,ちぐはぐなやりとりになるな ど,問題意識の低い母親への指摘の困難さを感じ, 暖簾に腕押し感をもつ。保育者は,親子関係の希薄 さが与える子どもの発達への影響を懸念しており, 母親と自分の意見の相違と子どもの将来に対する不 安から,子どもへの積極的な働きかけ,情報の詳細 な共有を意識的に行うことで支援がうまくいくこと もあったようである。しかし,子どもへの関わりに 関する満足感の違いを感じつつも,母親に対する過 剰な期待から,支援につながらない。 母親への配慮や気遣いから,伝えたいけど伝えら れないもどかしさを感じつつ,妥協点の模索が行わ れることで,A 保育者のなかで子どもから母親へ理 解しようとする対象の変化が生じた。母親に必要な 心の余裕への保育者の気づきから保育者の意識が変 化した後,情報の継続的な共有や,理解促進の工夫, 自分以外の保育者をまきこんだ粘り強い働きかけに より,家庭と園で共通する子どもの困り感がうきぼ りになった。このときの A 保育者にとって,愛ら しく喜ばしい子どもの成長や,安心感を与えてくれ る職員関係は,うまくいかないときの支えになって いた。母親に芽生える困り感に寄り添うことで,自 然な流れでの家庭との連携が可能になった。また, 支援の際には,母親の気付きを促す「保育者の一押 し」が必要になることもあり,嫌なことも伝える勇 気をもつことも求められている。」 .A 保育者による「困り感のない保護者」への支 援プロセス A保育者のインタビューデータの分析の結果,支 援プロセスを つの期(第Ⅰ期:支援スタート,第 Ⅱ期:ギャップととまどい,第Ⅲ期:動きだす支 援)に分け,それぞれの期でどのような経験を積み, 困り感のない保護者を支援につなげようとしている の か,図 の TEM 図 を 用 い て 見 て い く こ と と す る。なお,図 において,左から右へ流れる非可逆 的時間という時間軸を基に,発話データから得られ た径路を実線で描いており,図中の< >内には構 成概念名を配置し,以下,文中においても同様の記 載とする。また,「 」は A 保育者の語りから引用 したものであるが,方言など文章表現について意味 が変わらない程度で変更を加えている。「 」内に ある( )は文章を分かりやすくするため,著者が 加筆している。 ― 66 ―

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ることとして,「家庭での愛情不足が原因なのでは ないか」ということを思い,子どもの発達への影響 を考えていた。問題状況を共有できない現状に対し て,<意見の相違と子どもの将来に対する不安>を 感じ(SG ;成長して困るのは子ども自身),それ までの支援アプローチを母親から<子どもへの直接 的な働きかけ>に変更し,<情報の詳細な共有>を 強化していた(「状況は伝えま し た ね,結 構 細 か く」)。 SG 1;成長して困るのは子ども自身 A:(集団生活において)そのお子さん自体が困 る。成長していくなかで,差っていうのが今 以上に多分ぐっと広がってくる 実際にそれでうまくいくこともあるが,一方で, 子どもにとって必要だと思われる関わり方の頻度 (単発的でいいのか,継続的がいいのか)など,保 育者と母親の間に<子どもへの関わりに関する満足 感の違い>があるとうまくいかないといった経験を していた。また,A 保育者のなかに母親に伝えたい 思いがあるほど,母親との間にギャップを感じ,支 援アプローチは足踏み状態であった(SD ;母親 への変化の期待)。 SD 2;母親への変化の期待 A:伝えたい思いが大きくてけっこうお母さんに 言っていたのが,お母さんにとったら,また 言ってるみたいな感じで思われてたんかな A:なんか子どものことを分かってほしい思いが 大きかったら大きいほど,お母さんの忙しさ とかを共感できてない部分がある <伝えたいけど伝えられないもどかしさ>を感じ ていた A 保育者であったが,仕事や家庭環境とい った母親の背景を鑑みる<母親への配慮や気遣い> のなかで,母親のペースでできそうなことはないか 考え,具体的な関わり方の選択肢を提示する等, <妥協点の模索>を図るようになった(SG ;母 親の背景の理解)。 SG 2;母親の背景への理解 A:お母さん自身も忙しい方だったので A:お母さん自身もいっぱい,いっぱい この時期,A 保育者にとって支えとなっていたの は,<愛らしく喜ばしい子どもの成長>であり,「ち ょっとしたことでも,なんか言いやすい」ような <安心感を与えてくれる職員関係>であった。 )第Ⅲ期:動きだす支援 足踏み状態にあった支援は,子どもたちの存在と 職場の人間関係に支えられ,母親の背景を理解しよ うとし始めたことにより A 保育者に内的な変化を もたらしたようである。そして,最終的には母親が 問題状況を認識することが可能になり,支援につな がっていったことから,第Ⅲ期を動きだす支援とし た。 妥協点を模索するなかで,A 保育者は,母親のこ とを,ともに子どもを育てている共通の立場として 理解する必要性を感じ始めた(SG ;ともに子ど もを育てている共通の立場であることの認識)。 SG 3;ともに子どもを育てている共通の立場で あることの認識 A:子どもを理解というか,お母さんをまず理解 してあげなかったら,一緒に子どもさんを大 きくしていくのに,子どもさんだけのことだ けでは駄目 A保育者は,子どものことに関して,母親が分か るように<情報の継続的な共有>を続ける一方で, 自分以外の保育者からも母親に対して話をしてもら うといった,これまでとは異なるアプローチをする ようになった。そして,「日々の保育生活をお母さ んが自身の目で見て,ピンときて,やっぱり困るの かっていう気付きにつなげてもらえたら」と A 保 育者が願うように,家庭と保育所に共通する子ども の姿を母親が認識するようになると,<母親に芽生 える困り感>は<家庭と園で共通する子どもの困り 感>となり,自然な形で支援へとつながっていっ ― 68 ―

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た。(SG ;家庭と保育所で共通する子どもの姿を 認識)。 SG 4;家庭と保育所で共通する子どもの姿を認 識 A:担任と主担の先生が,いろいろ話ししてくれ たら,結構お母さん自身も共感する部分って いうのがすごくあって A:お母さんが一番困っている部分を,保育所で もやっぱりこういう状況で困ることはあるけ ど,おうちでもそんな感じかなとか,お母さ んも大変やなとか,お母さんの大変な部分を すごく共感していった また,<子どもから母親へ理解しようとする対象 の変化>により,母親に寄り添う態度が A 保育者 には芽生えている。そのうえで,「(家庭と保育所で) 困っている共通する部分プラス,保育所でこんな感 じだと家ではもっと大変だろう」ということを伝え ていた。これは,<母親の気付きを促す保育者の一 押し>であり,「まず(保育所で)困っている部分 を,お母さん自身に気付きとしてこちらから提供せ んことには,やっぱり気付いてくれないのかなと思 う」といった A 保育者の思いが<嫌なことも伝え る勇気>を与えているのかもしれない。 Ⅳ.総合考察 本研究では,勤務年数が 年未満の若手保育者に 注目し,支援プロセスを検討することで,困り感の ない保護者が支援につながるといった問題解決がど のように行われるのかを明らかにしようとした。そ の結果,集団生活において子どもの様子が気になる といった必須通過点を通り,不安やもどかしさとい った,立ち止まる機会が分岐点となり,社会的ガイ ドの影響を受けて等至点(困り感のない保護者が支 援につながる)へ至るといったプロセスがみえてき た。本研究により得られた知見は,以下の つであ る。 つ目は,支援に至る径路の途中で,A 保育者に とって支援の対象者が変化したという点である。保 育者にとって,年齢に応じた発達過程かどうかが気 になる子どもの特徴として挙げられ(金山, ), 新任の時期は,子どもを集団としてまとめなければ ならない,あるいは指導しなければならないという 保育者の意図が強い(加藤・安藤, )というよ うに,A 保育者にとって,集団生活において活動に 参加できない,適応的でない子どもは気になる子ど もとして捉えられていた。何とかしなければならな いという意識から保護者に理解を求めようと話をす るが,うまくいかず,支援スタート時は暖簾に腕押 し感をもっていた。これは,先行研究で示されてい る,保育者が気になる感じを子どもに抱いていて も,約 割の保護者は気にしていないといった状況 (中村・藤田・林・木戸・芳原, )と一致して おり,A 保育者と保護者の間には問題状況に関する ずれがあり,支援へのつながりにくさと関連してい ることがうかがえる。子どものために母親をなんと かしなければならないといった思いが強く,母親の 行動が変化することを願い,支援が足踏み状態にあ った A 保育者であるが,「理解してほしい」から「自 分が母親を理解する」という視点の変化により,母 親の気持ちに寄り添う態度がめばえ,支援につなが るといった径路に至った。中村他( )は,「保 育者は「気になる」状態より保護者の主観的な育て にくさや悩みに共感することで,保護者と保育者の 信頼関係ができ,「気になる」問題について共通理 解することが可能になる」と示唆している。また, 木曽( )も,子どもの姿をどう受け入れている かといった保護者の要因に十分留意したうえで, <保護者に合わせる>関わりをすべきと示唆するよ うに,支援につながる際の共通点として,保護者を 支援の対象として捉える必要性がうかがえる。 つ目は,保育者がもつ思いや信念(子ども観, 保育観)は,コインの表裏のように,支援までの径 路にプラスにもマイナスにも影響を与えうるという ことである。A 保育者は,“集団生活に適応できな い子どもは,将来困るかもしれない”という思いを もっており,SD (子どもを理解する際の枠組み), SD (母親への期待と変化),ともにそれをベース ― 69 ―

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にした母親理解であったといえる。一方で,SG (成長して困るのは子ども自身)という思いがある からこそ,“子どもにとって良い将来のため”に, A保育者は支援アプローチを試行錯誤し,SG (母 親の背景への理解)を経て視点の転換をむかえてい た。つまり,A 保育者がもつ思いや信念は,それが 頑なすぎると支援を阻害する機能になり,広い視野 をもった柔軟なものであれば,支援を促すプラスの 機能を発揮するのではないだろうか。そしてその思 いや信念は,出会うケースによってもおそらく異な ると考えられる。 つ目は,ひとりでは解決が難しい,とまどいを 感じる状況から抜け出し,問題解決が行われるプロ セスには,支えとなる存在が必要であるということ である。先行研究においても,「保育者がストレス を対処する方法として職場の先輩からアドバイスや サポートを受ける(加藤・安藤, )」,「職場に おいて保育に関する共通認識がもてることで,自己 の保育技能を洗練させる手がかりをつかみ,保育の 力量形成につながる(田中・仲野, )」といっ た報告がある。A 保育者にとっても,「困っていて も助けてもらえる」と思える良好な職場での人間関 係は,足踏み状態から抜け出すための支えのひとつ に な っ て い た と 考 え ら れ る。ま た,仲 野・田 中 ( )が行ったインタビューでは,職場がどのよ うな状況であっても,新人保育者にとって「子ども の存在は大きく,子どもに励まされた場面は数多く あった」と示されている。保育者として子どもの成 長を喜べる力は,保育者として基本的であり大切な 専門性のひとつであるといえよう。 Ⅴ.本研究の限界 本研究では, 年制大学を卒業した,私立の保育 所に勤務する若手保育者 名のみを対象にしてお り,その他の若手保育者については捨象したことに なるため,本研究の限界だといえる。 年制大学卒 業後すぐに働き始めた若手保育者や,園種の異なる 保育者がどのように困り感のない保護者に対する支 援において問題解決を図っているかなど,検討して いく必要があろう。また,経験年数の長い保育者へ のインタビューをまとめた木曽( )は,保育者 は,保護者を支援対象として捉えなおした後も, <子どものため>と<保護者のため>という葛藤を 抱いていると指摘している。本研究で若手保育者の 保護者支援における問題解決のプロセスを明らかに したものの,保護者との対立を含むような葛藤体験 までは経験していなかった。このことは,加藤・安 藤( )が示唆するように,経験年数の短い若手 保育者が保護者支援の中核を担うということ自体が 少ないことも関係していると考えられる。今後,若 手保育者のみならず,中堅,ベテランの保育者がど のように問題解決のプロセスを経ているのかについ ても検討する必要があろう。 文献 赤田太郎, .保育士ストレス評定尺度の作成と信頼 性・妥当性の検討.心理学研究「 ( ): − . 垣内国光・東社協福祉士会, .保育者の現在−専門 性と労働環境−MINERVA 福祉ライブラリー, .ミ ネルヴァ書房. 金山美和子, .「気になる子ども」「気になる保護者」 の理解と支援:子育て支援者と保育者の専門性に着目 して.長野県短期大学紀要 : − . 笠原正洋, .保育者による育児支援:子育て家庭保 護者の援助要請意識および行動から.中村学園研究紀 要 : − . 加藤由美, .若手保育者の困難感と対処に着目した 心理教育的介入に関する研究.兵庫教育大学博士論 文. 加藤由美・安藤美華代, .新任保育者の抱える困難: 語りの質的検討.兵庫教育大学教育実践学論集 : − . 木曽陽子, .「気になる子ども」の保護者との関係に おける保育士に困り感の変容プロセス−保育士の語り の質的分析より−.保育学研究 ( ): − . 厚生労働省, .保育所保育指針 厚生労働省, .保育所保育指針 厚生労働省, a.平成 年度子育て世代包括支援セ ンター事例集. 厚生労働省, b.児童福祉法等の一部を改正する法 律案.第 回国会(常会)提出法律案. 保育士養成協議会, .「指定保育士養成施設卒業生の 動向及び業務の実態に関する調査」報告書Ⅰ.社団法 人全国保育士養成協議会. . ― 70 ―

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宮下敏恵, .保育士におけるバーンアウト傾向に及 ぼす要因の検討.上越教育大学研究紀要 : − . 永井知子, .子育て支援領域における「困り感」に 関する文献検討.四国大学紀要人文・社会科学編 : − . 中平絢子・馬場訓子・竹内敬子・髙橋敏之, .事例 から見る望ましい保護者支援の在り方と保育士間の連 携.岡山大学教師教育開発センター紀要 : − . 中 村 仁 志・藤 田 久 美・林 隆・木 戸 久 美 子・芳 原 達 也, .幼稚園および保育園における落ち着きのな い子どもの困難性と対応について.小児保健研究 ( ): − . 仲野悦子・田中まさ子, .語りから捉えた新任保育 者の成長の契機.岐阜聖徳学園大学短期大学部紀要 : − . 大谷 尚, .ステップコーディングによる質的デー タ 分 析 手 法 SCAT の 提 案 ―着 手 し や す く 小 規 模 データにも適用可能な理論化の手続き―.名古屋大学 大学院教育発達科学研究科紀要(教育科学) ( ): − .

大谷 尚, .質的研究シリーズ SCAT : Steps for Cod-ing and Theorization−明示的手続きで着手しやすく小 規模データに適用可能な質的データ分析手法.感性工 学 ( ): − . 西條剛央, .ライブ講義・質的研究とは何か(SCQRM ベーシック編).新曜社 齋藤恵美・田中紀衣・村松公美子・橘 玲子・宮岡 等, .保育従事者のバーンアウトとストレス・コー ピングについて.新潟青陵大学大学院臨床心理学研究 : − . 境愛一郎・中西さやか・中坪史典, .子どもの経験 を質的に描き出す試み:M−GTA と TEM の比較.広 島大学大学院教育学研究科紀要第三部 : − . 佐藤 曉, .自閉症児の困り感に寄り添う支援.学 習研究社. サトウタツヤ・安田裕子・木戸彩恵・高田沙織・ヤー ン・ヴァルシナー, .複線径路・等至性モデル− 人生径路の多様性を描く質的心理学の新しい方法を目 指して.質的心理学研究 ( ): − . 石曉玲・桂田恵美子, .保育園児を持つ母親のディ ストレスとソーシャル・サポートとの関係−育児不安 と精神的健康度に焦点を当てて.家族心理学研究 ( ): − . 田中まさ子・仲野悦子, .新任保育者の職場への定 着と保育の力量形成− つの事例を通して−.岐阜聖 徳学園大学短期大学部紀要 ; − . 手島幸子, .保育者における保護者からのストレス とソーシャルサポート.心理相談センター年報 : − . 上村眞生, .保育士のレジリエンスとメンタルヘル スの関連に関する研究:保育士の経験年数による検 討.広島大学大学院教育学研究科紀要第三部,教育人 間科学関連領域 : − . 安田裕子, .不妊という経験を通じた自己の問い直 し過程−治療では子どもが授からなかった当事者の選 択岐路から−.質的心理学研究 : − . 安田裕子・サトウタツヤ編著, .『TEM でわかる人 生の径路 質的研究の新展開』誠信書房. 謝辞 日々の保育業務でお忙しいなか,本研究にご協力 いただきました A 保育者および所属先の先生方に 感謝申し上げます。また,学会発表時に,貴重なご 意見,ご指導をくださいました先生方,本論文執筆 にあたり,ご指導いただきました鳴門教育大学大学 院の浜崎隆司先生に心より感謝いたします。 付記 本論文は,日本発達心理学会第 回大会( 年 月)において発表した内容を再検討し,加筆修正 を行ったものである。 ― 71 ―

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抄 録 本研究では,若手保育者に注目し,支援プロセスを検討することで,困り感のない保護者が支援 につながるといった問題解決がどのように行われるのかを明らかにしようとした。保育者の語りに ついて,SCAT と TEM を用いて分析した結果,集団生活において子どもの様子が気になるといっ た「支援スタート」期は,「足踏みする支援」期,「動きだす支援」期へと移行するといったプロセ スがみえてきた。本研究により,若手保育者が困り感のない保護者を支援につなげる際には,①支 援対象者が子どもから保護者へ変化すること,②保育者がもつ思いや信念は,支援までの径路にプ ラスにもマイナスにも影響を与えうるということ,③問題解決が行われるプロセスには,支えとな る存在が必要であるということが示唆された。 キーワード:若手保育者,困り感,保護者支援,SCAT,複線径路・等至性モデル ― 72 ―

参照

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