• 検索結果がありません。

日本聖公会における女性の奉仕職と職制

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日本聖公会における女性の奉仕職と職制"

Copied!
18
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Kobe Shoin Women’s University Repository

Title

日本聖公会における女性の奉仕職と職制

The Ministry of Women and Order in Nippon Sei Ko Kai

Author(s) 三木 メイ(May Miki)

Citation

キリスト教論藻(KIRISUTOKYO RONSO)Bulletin of the Institute for Research of Christian Culture,No.31: 33-49

Issue Date 1999

Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文

Resource Version

URL

Right

(2)

日本 聖公 会 にお け る女 性 の奉 仕 職 と職 制

三 木 メ イ 1.は じ め に 日本 聖 公 会 は 、 約12年 間 に わ た る論 議 の 末 、1998年5月26∼28日 に 開 催 さ れ た 第51定 期 総 会 にお い て 、 法 規 第2章 第2条(司 祭 志 願 の 要 件)の 「満24 才 以 上 の 男 で あ る こ と」 とい う条 文 か ら 「男 で あ る こ と」 を削 除 す る議 案 を 可 決 し、女 性 に も男 性 と等 し く司 祭 お よ び 主教 と な る道 を開 く こ と と な っ た 。 同 時 に、 女 性 の 司 祭 が 実 現 す る こ とに よ っ て起 こ って くる 問 題 に対 応 す る た モ ロ   め の ガ イ ドラ イ ン も、 この 総 会 で可 決 され た。 この ガ イ ドラ イ ン設 定 の 主 な 目的 は、 女 性 の 司 祭 按 手 に 反 対 す る 聖 職 、 信 徒 へ の 配 慮 で あ り、 各個 教 会 お よび 各 個 教 区 と して女 性 の 司 祭 に 反 対 す る決 議 を して公 式 に表 明 す る こ と も 許 され て い る 。 つ ま り、 この 条 項 の 法 規 改 正 に 限 っ て 、総 会 の決 定 を受 け 入 れ られ な い とい う聖 職 、 信 徒 を容 認 す る内 容 が 含 まれ て い る の で あ る。 た だ し、 こ の ガ イ ドラ イ ンは 総 会 ご と にそ の 内容 を変 更 す る こ とが 可 能 な こ と も 確 認 さ れ て お り、 今 後 どの よ うに 改 訂 して い くか 不 明 で あ る。 と にか く、 法      規 上 は女 性 も男 性 と等 し く叙 任 の 奉 仕 職(執 事 、 司 祭 、 主 教)に つ くこ とが で き る よ う に な っ た の で あ る が 、 実 際 的 に は 、 女 性 の 司 祭 の場 合 は そ の 聖 職 位 を拒 否 され る可 能性 を覚 悟 し な くて は な ら ない とい う男 性 とは 異 な る 重 荷 を背 負 っ た 上 で 按 手 を受 け 、 職 務 に つ か ね ば な らな い の が 現 状 で あ る 。 こ の よ う な厳 しい 状 況 に も関 わ らず 、 この 総 会 後 す ぐに3名 の 女 性 の 執 事 か ら司 祭 志 願 が 提 出 さ れ 、 司 祭 試 験 が 行 わ れ た。 日本 聖 公 会 史 上 初 め て の 女 性 の 司祭 按 手 式 は 、1998年12月12日 に 中 部 教 区 名 古 屋 聖 マ タ イ主 教 座 聖 堂 に

(3)

お い て執 行 され 、 渋 川 良 子 執 事 が 司祭 と な っ た 。 続 い て 、1999年1月6日 に 東 京 教 区聖 ア ン デ レ主 教 座 聖 堂 に お い て 山 野 繁 子 執 事 と笹 森 田鶴 執 事 が 司祭 按 手 を受 け 、 そ れ ぞ れ 司 祭 と して教 会 の 聖 餐 式 の 執 行 を行 い 、牧 師 補 ま た は 神 学 院 の 教 員 と して の 職務 につ い て い る 。 上 記 の よ うに 、 日本 聖 公 会 の 女 性 の奉 仕 職 の 職 制 は現 在 、 少 な く と も法 規 の 上 で は男 性 と同等 の 職 制 の 中 に位 置 づ け られ て い る。 しか し、 こ こ に い た る まで の 日本 聖 公 会 の 約 百 十 一 年 の 歴 史 の 中 で 、教 会 に お け る女 性 の 奉 仕 職 は男 性 と は異 な る位 置 づ け が な され て きた 。 そ の職 制 につ い て の 法 規 の 変 遷 を た ど り、 これ ま で の 女 性 の 奉 仕 職(特 に婦 人 伝 道 師 お よ び 女 執 事)が そ の 性 別 ゆ え に どの よ う に職 務 の領 域 と対 象 と内 容 を 限 定 され て きた か を検 証 す る。 2.日 本 聖 公 会 法 規 に 見 る 女 性 の 奉 仕 職 (1)女 執 事(じ ょ しつ じ)制 度 に つ い て 日本 聖 公 会 法 憲 法 規 は 、1887年(明 治20年)2月 の 日本 聖 公 会 第 一 総 会 に お い て そ の原 案 が 提 出 され 、 そ れ に よ って 日本 聖 公 会 は組 織 成 立 す る こ と と な っ た 。 そ の草 案 は 、 日本 伝 道 の た め に 本 国 よ り派 遣 さ れ て き て い た 、 ウ ィ  ヨ ナ リア ム ズ 主 教(米 国 聖 公 会)と ビ カ ス テ ス 主 教(英 国 聖 公 会)に よっ て 起 草 し コ   さ れ た 。 こ の 時 の 法 規 に は、 「第 一 章 聖 職 志 願 」 「第 二 章 聖 職 候 補 」 「第 三 章 聖 職 試 験 」 「第 四 章 聖 職 按 手 」 「第 五 章 傳 道 師 」 とい う よ う に、 按  コ   手 され る聖 職(特 に執 事 と司 祭)と 信 徒 の奉 仕 職 で あ る 伝 道 師 につ い て の 条 項 が あ るが 、そ の 文 面 に は 男 女 の性 別 を特 定 す る言 葉 は 見 ら れ な い 。そ れ は 、 こ れ ら の奉 仕 職 が 「男 性 の み 」 を対 象 とす る 職 務 で あ る こ と が 、 明 記 す る ま で もな く当 然 の こ と と考 え られ て い た か らで あ ろ う。 そ の 後 、 法 規 は お よそ 2∼3年 に一 度 開 催 され た 総 会 に 出 席 した主 教 議 員 、 お よび 聖 職 代 議 員 と信 徒 代 議 員 に よ って 改 正 が 審 議 、 決 定 され て きた 。 聖 職 に 関 す る法 規 にお い て 性 別 が 「男 子 で あ る こ と」 と明 記 され 始 め た の は 、 お そ ら く1947年(昭 和22 年)の 第22総 会 か ら1950年(昭 和25年)の 第23総 会 に か け て 行 わ れ た 大 幅 な

(4)

 ひ 法 規 改 正 作 業 にお い て で あ ろ う と思 わ れ る 。 日本 聖公 会 総 会 に お い て 、女 執 事 制 度 に 関 して最 初 に議 案 が 提 出 さ れ た の は 、1891年(明 治24年)第3総 会 で あ る。 第3総 会 議 決 録 法 規 議 案(43頁) 「第31女 執 事 の 任 命 及職 務 に係 わ る法 規 を編 纂 す る委 員 を 設 け其 編 纂 し た る法 規 を次 回 の 総 會 に提 出 せ しむ る こ と 可 決 」 この 女 執 事 制 度 の 導 入 の 提 案 者 は不 明 で あ る。 ビ カス テ ス 主 教 か あ る い は 他 の 外 国 人 宣 教 師 で あ る可 能 性 が 高 い 。 「女 執 事 に係 わ る 法 規 編 纂 委 員 」 と して 「ペ イ ジ、 今 井 壽 道 、 嶋 田 乙 麿」 の 名 が 記 され て い る が 、 次 回 の 第4総 会 の 委 員 会報 告 で は ビ カ ス テ ス主 教 が 委 員 に 加 わ っ て い る 。 こ の 頃 英 国聖 公 会 、 米 国 聖公 会 で女 執 事 の 按 手 が 行 わ れ始 め て い た。 次 回総 会 で 、 こ の 委 員 会 が提 案 した女 執 事 に関 す る法 規 改 正 案 は以 下 の と お り。 1894年(明 治27年)日 本 聖 公 会 第4総 会 議 決 録 議 案(法 規 の 部) ○ 女 執 事 に 関 す る法 規 委 員 の 報 告 を受 くる こ と。(6頁) (巻 末 報 告 之 部 参 看) 修 正 來 総 會 迄 審 議 を延 期 す る事 。 可 決 。 ○ 女 執 事 に係 わ る 法 規 編 纂 委 員 報 告(32頁) 委 員 等 は左 の如 く法 規 第 七 章 に追 加 す る の至 當 な る を認 め て之 れ を 報 告 す 。 の 第 五 章 の 下 「命 職 な き云 々」 の 数 字 の 上 に 「女 執 事 及 び」 の 五 字 を加 ふ る こ と (⇒ 全 章 第 六條 を 全慶 し之 れ に 代 ゆ る に左 の 五 項 を 以 っ てす る こ と。 第 六 條 女 執 事 に 關 す る規 定 を設 くる こ と左 の ご と し。 日 猫 身 の 婦 女 に して 信 仰 の 品 性 を具 へ 女 執 事 の職 に適 した る 日本 聖 公 會 の 令 聞 あ る 受 聖 餐 者 た る者 は祈 禧 及 び按 手 に よ りエ ピ ス コ ポ よ

(5)

り女 執 事 に任 命 さ る る を得 べ し に)年 齢 少 く と も廿 五 年 以 上 に して 日本 聖 公 會 の プ レ シ ヒ テ ロ ニ 名 及 び受 聖 餐 者 六 名(内 三 名 は婦 人 た る べ し)よ り適 任 者 な り と言登明 書 に調 印 せ ざれ ば何 人 も女 執 事 に任 命 さ る る を得 す 日 女 執 事 は 一 會 師 の 配 下 に屡 して私 宅 及 聖 成 せ ざ る建 物 の 内 に て 婦 女 及 小 児 を教 講 し又 婦 人 殊 に貧 し き者 を訪 問 し病 者 を看 護 す べ し 四 女 執 事 を任 命 す る と きエ ピ ス コ ポ は 其 附 屡 す べ き會 師 及 服 務 す べ き場 所 を示 定 した る認 可 状 を授 與 す べ し 伍⊃ 一 會 師 の 配 下 に在 て婦 女 子 問 に宗 教 上 の 務 を爲 し居 る者 は エ ピス コ ポ よ り之 れ か 爲 に認 可 状 を受 る こ と を得 べ し ドア   右 報 告 致 候 也 こ の委 員 会 の 法 規 改 正 案 の 「女 執 事 」 は 、 す で に法 規 に定 め られ て い た執 事 と も伝 道 師 と も異 な る 位 置 づ け と職 務 が 規 定 さ れ て い る。 主 教(エ ピ ス コ ポ)よ り 「按 手 」 を受 け る点 で は 、 聖 職 で あ る 執 事 と同 じで あ る が 、 聖 職 試 験 や 神 学 教 育 に係 わ る規 定 が な い。 職 務 内 容 は 、 個 人 の 住 宅 や 聖 別 され て い な い 建 物 の 中 で の み 女 性 と子 供 に教 え る こ と と、 女 性 と貧 しい 人 を訪 問 した り、 病 気 の 人 の 看 護 を す る こ とに 限 定 され て い る。 認 可 され た伝 道 師(男 性) の 職 務 につ い て は最 初 の 法 規 か ら教 会 の 礼 拝 を 執 行 し講 話 を す る こ とが で くロ タ きる と され て い た の と比 べ る と職 務 の 領 域 と対 象 の 限 定 に 大 き な 違 い が あ る 。 第4総 会 で は 、 この 法 規 改 正 案 は審 議 さ れず 、 次 回 の 総 会 まで 審 議 を延 期 す る こ とが 可 決 され て い る 。 しか し、1896年(明 治29年)の 第5総 会議 決 録 に は 、 「女 執 事 二 關 ス ル 報 告 ノ決(延 期)」 と記 され て お り、 決 議 され て い な いo 女 執 事 の 問 題 が 積 極 的 な 形 で 総 会 に 浮 上 して くるの は 、 そ れ か ら約24年 後 の1920年(大 正9年)第13総 会 に お い て で あ る 。 日本 聖 公 会 第13総 会 議 決 録 ○ 決 議 第拾 九 號 女 執 事 二 關 ス ル件(67頁)

(6)

女 執 事 ヲ立 ッ ル必 要 ノ場 合 ニハ 之 ヲ立 ッ ル コ トヲ得 其 規 則 ノ制 定 ハ 諸 監 督 ニー 任 ス ル コ ト 1923年(大 正12年)第14総 会 に お い て 女 執 事 に 関 す る 法 規 が よ う や く制 定 され た。 日本 聖 公 会 第14総 会 議 決 録(46∼48頁) ○ 決 議 第 十 四 號 女 執 事 の 件 女 執 事 二 關 ス ル 法 規 を左 の 如 ク制 定 ス ル コ ト 第 一 條 女 執 事 トナ ラ ン トス ル者 ハ 左 ノ資 格 ヲ要 ス 第 一 年 齢 満 三 十 歳 以 上 ノ モ ノ 第 二 濁 身 又 ハ 寡 婦 タル モ ノ 第 三 五 年 以 上 聖 公 會 に在 リテ 令 聞 ア ル 受 聖 餐 者 タル モ ノ 第 四 聖 書 、 祈 疇 書 、 信 経 、 教 會 史 、教 會 政 治 、 謹 振 論 の大 意 に 通 ズ ル モ ノ 第 五 二 年 以 上 傳 道 又 ハ 教 會 ノ事 業 二從 事 セ ル モ ノ 、但 監 督 ハ 其 年 限 を短 縮 ス ル コ トヲ得 第 二 條 女 執 事 ヲ志 願 ス ル モ ノハ 志 願 書 二 履 歴 書 、 戸 籍 謄 本 、 健 康 信 断 書 並 二 長 老 一 名 、 受 聖 餐 者 六 名(内 三 名 以 上 婦 人 タル ベ シ)ノ 署 名 捺 印 セ ル 謹 明 書 ヲ添 ヘ テ監 督 及 ビ常 置 委 員 へ 差 出 ス ベ シ 第 三條 常 置 委 員 ハ 右 の 願 書 ヲ受 ケ タル 後 第 三 章 第 四條 ノ手 績 ヲ準 用 スベ シ 第 四條 監 督 ハ 常 置 委 員 ノ推 薦 ヲ受 ケ タ ル 時 志 願 者 の 資 格 ヲ調 査 シ 適 當 ト認 ム ル 時 ハ 時 日 ヲ定 メ テ任 命 式 ヲ行 フベ シ 第 五 條 女 執 事 ハ 監 督 ノ定 メ タル 長 老 ノ 管 理 ノ下 二 傳 道 慈 善 若 クハ 教 會 ノ事 業 ヲ行 フベ シ 第 六 條 女 執 事 ニ シテ 他 地 方 部 二 輻 任 ス ル 場 合 ニ ハ 法 規 第 四 章 第 十 條 ヲ準 用 ス 第 七 條 女 執 事 ハ結 婚 ス ル 時 ハ 其 ノ職 ヲ失 フモ ノ トス

(7)

第 八 條 女 執 事 ヲ懲 戒 免 職 二 庭 シ タル 時 ハ 監 督 ハ 之 ヲ 各監 督 二 通 知 スベ シ ○ 附 帯 決 議 女 執 事 任 命 式 ハ 諸 監 督 ノ立 案 ヲ乞 ヒ祈 疇 審 査 委 員 ノ審 査 ヲ経 テ 之 ヲ公 布 ス ル コ ト こ の法 規 に お い て は 、 「按 手」 の 文 字 は消 え、 「任 命 式 」 を行 う とな っ て い る。 「按 手 式 」 を行 うの は 三 聖 職 位(執 事 、 司 祭 、 主 教)の 場 合 に 限 られ て お り、 伝 道 師(男 性)に は 認 可 式 を行 う こ と と な っ て い る の で 、女 執 事 の任      命 式 は 、 こ の 奉 仕 職 の位 置 づ け の独 自性 を示 す もの とい え よ う。 職 務 内 容 に つ い て は 、伝 道 、 慈 善 、教 会 の 事 業 を行 う とあ るが 、礼 拝 の 司 式 が で きな い こ とや 女 性 や子 供 の み に教 えて 男 性 に は 教 え る こ とが ゆ る され て い な い 点 で は最 初 の 法規 改 正 案 と変 わ りな か っ た と思 わ れ る。 そ れ は 、1950年(昭 和25 年)第23総 会 で 改 正 さ れ た 法 規 に もっ と明 確 に 示 さ れ て い る。 女 執 事 の 資 格 と して 年 齢 が30歳 以 上 で夫 が な い こ と等 は 同 じで あ るが 、 聖 書 や 祈 疇 書 等 の 試 験 を行 う こ とに な っ て い る。 そ して 、 試 験 の 後 につ い て は 、 以 下 の 規 定 が あ る 。 第 五 十 二 條 前 條 の試 験 に合 格 した と き教 区 主 教 は女 執 事 任 命 式 を行 い 叙 任 書 を授 与 す る 第 五 十 三 條 女 執 事 は 第 廿 二 條 に 準 じて任 命 書 を受 け 其 の 所 属 司 祭 を補 佐 して婦 人 と小 児 を教 え、 慈 善 の 事 を取 扱 い 教 会 の礼 拝 用 具 に 関 す る 務 め を行 う 上 記 の 法 規 で は 、 女 執 事 は 任 命 式 の 後 「叙 任 書 」 を授 与 され る とあ るが 、 こ れ は他 の ど の 奉 仕 職 の 規 定 に も な い 独 自 の 名 称 で あ る。 聖 職 按 手 の 場 合 は 、按 手 式 後 「按 手 の 証 」 が 与 え られ 、 伝 道 師 は 認 可 式 後 に 与 え られ る の は 認 可 状 で あ る。 任 命 書 が 女 執 事 に与 え られ る の は 、 聖 職 が特 定 の 任 務 に就 く (教会 へ の 赴 任 等)場 合 と同 じで あ る 。 女 執 事 の 位 置 づ け は 、 伝 道 師 よ り も 聖 職 に近 い の か も しれ な い が 、 そ の職 務 内 容 は後 述 す る婦 人 伝 道 師 と同 じ く

(8)

ロ の か な り限 定 さ れ た もの で あ っ た。 女執 事 任 命 式 の 式 文 の 中 に は 「御 言 葉 と聖 奨 を っ か さ ど る 聖職 を助 くる もの なれ ば 、 な ん じら そ の 責 任 の い か に重 きか を熟 考 した る か」 とい う言 葉 は あ る も の の 、 礼 拝 に 関 して は そ れ に使 う 用 具 一 聖 餐 式 で使 用 す る聖 杯 や 布 類 等一 の 管 理 や 準 備 を す る 務 め の み に限 定 す る 法 規 が あ る の で あ るか ら、 司 式 は も ち ろ ん 礼 拝 中 の 祭 壇 奉 仕(サ ーバ ー)を す る こ と さえ前 提 に は な か っ た可 能 性 は 濃 い。 女 性 と子 供 を教 え る とは 、 婦 人 会 や 日曜 学 校 で は信 仰 の 道 を教 え て もい い とい う こ とで あ ろ う。 こ の女 執 事 の 職 位 は 、 本 来 新 約 聖 書 の 記 述 を根 拠 と して た て ら れ た も の と      ラ 思 わ れ る 。 女 執 事 任 命 式 の 式 文 の 中 に以 下 の文 章 が 記 され て い る 。 兄 弟 よ、 我 らの救 い 主 イ エ ス=キ リス ト、 肉体 とな りて 世 に い ま し し と き、 主 に仕 え た る多 くの 女 た ち あ り。 よみ が え りた ま え る後 に も、 主 は く    ラ 彼 ら を して この 喜 び の お と ず れ を弟 子 た ち に告 げ 知 ら しめ た ま え り。 ま た 、 聖 パ ウ ロは福 音 の た め に我 ら と と も に務 め た る女 た ち を助 け よ と ピ  エ ヨ   リ ピ び と に 書 き お く り 、 ロ マ び と に は ケ ン ク1/ヤ の 教 会 の 執 事 な る 我 ら  レ   の 姉 妹 フ ィベ を な ん じら に薦 む と言 い お くれ り こ れ に よ りて 、女 執 事 の 職 務 につ き聖 公 会 の 法 規 に 定 め られ た る と こ ろ は 、 司 祭 の 指 示 を うけ て 病 め る者 を訪 ね 、 貧 し き者 を助 け 、女 と こ ど も とに信 仰 の 道 を教 え、 御 国 を広 む る こ と な り。 こ の 人 々 は か か る職 務 に 任 ぜ られ ん た め に こ こ に きた れ る な り 日本 以 外 の 聖 公 会 で の 女 執 事 制 度 に つ い て の 詳 細 は 不 明 で あ る が 、 ロ ユ  "WomenPriest:YesorNo?"の 年 表 に よ る と そ の 始 ま り に つ い て は 以 下 の 通 り で あ る 。 1862年 ロ ン ド ン主 教 が 按 手 す る こ と に よ っ て 女 執 事 の 叙 任 を 行 い 、 聖 公 会 に 女 執 事 と い う 古 代 か ら の 聖 職 位 が 復 興 さ れ る 。 1885∼1887年 ア ラ バ マ と ニ ュ ー ヨ ー ク の 主 教 た ち が 按 手 に よ っ て 女 執 事 を 叙 任 す る 1889年 米 国 聖 公 会 総 会 は 法 規 に よ っ て 、 女 執 事 の 独 自 性 を 承 認 す る 。

(9)

1919年 女 執 事 の 職 務 を再 考 させ る た め 、 カ ン タベ リー大 主 教 に よ っ て 任 命 され た 委 員 会 の 報 告 書TheMinistryofWomenが 英 国 で 出 版 され る 。 1920年 ラ ンベ ス 会 議(10年 ご と に 開催 され る全 聖 公 会 主 教 の 定 例 会) は 、 女執 事 の 按 手 は 彼 女 に聖 職 位 を授 け る こ とで あ る と決 議 す る。 日本 で は こ の1920年 に女 執 事 を立 て る こ とを 総 会 で 決 定 して い る。しか し、 1930年 の ラ ンベ ス 会議 は 、 女 執 事 は 聖 職 位 に 入 る と い う見 解 を撤 回 した の で あ る。 そ の 後 は 、英 ・米 の 聖 公 会 の 女 性 の聖 職 按 手 に 対 す る否 定 的 な見 解 や 対 応 が 見 られ る。 しか し、1960年 代 後 半 に な っ て 、女 性 の 聖 職 按 手 の 問 題 が 司 祭 、執 事 の 職 位 も含 め て 積 極 的 に 研 究 さ れ る よ う に な り、 肯 定 的 な傾 向 が 現 れ始 め るの で あ る 。1968年 ラ ンベ ス 会 議 で は 、 か つ て撤 回 され た1920年 の 声 明 が 部 会 報 告 で 再 確 認 され 、女 執 事 の 任 命 は 執 事 職 に 属 す る もの で あ る と をロ う  宣 言 す る こ とが 決 議 さ れ て い る 。1970年 、米 国 聖 公 会 総 会 は 、女 執 事 は執 事 職 の 中 にあ る こ と を 宣 言 し、 女 執 事 に 関す る 法 規 を 、 女 性 が男 性 と 同 じ規 定 に よ っ て執 事 に按 手 され る こ とを 許 可 す る よ う に改 正 した 。 日本 聖 公 会 にお い て は 、1977年 第34総 会 後 第1回 常 議 員 会 に よ っ て法 規 改 正 案 の 試 行 が 決 議 さ れ た こ と に よっ て 、 執 事 と伝 道 師 に 関 す る法 規 は男 女 と も同 じ規 定 と な り、 こ の 時 に女 執 事 制 度 は廃 止 に な っ た の で あ る 。 翌 年1978 年 に婦 人 伝 道 師 で あ っ た 渋 川 良子 さん が 女 性 と して 初 め て 執 事 按 手 を受 け て 聖 職 と な っ た の で あ る が 、 この 時 に は 女 性 が 聖 職 に な る こ と につ い ての 議 論 が ほ と ん どな され て お らず 、 反 対 運 動 も起 こ っ て い な い。 女 執 事 制 度 は 日本 聖 公 会 法 規 に制 定 され て か ら廃 止 まで 約54年 間 存 在 し た。 しか し、不 思 議 な こ とに 実 際 に 日本 で 女 執 事 任 命 式 が 行 われ た り、 そ の 職 務 に 誰 が つ い た か とい う記 録 が 現 在 の と こ ろ 見 当 た らな い 。 も し、 女 執 事 ロ  ア   が 任 命 され て い た と して もか な り少 数 だ っ た の で は な い か と推 察 され る。 教 会 で 実 際 に伝 道 活 動 や 教 会 の 事 業 に 従 事 して きた 女 性 の 奉 仕 職 の ほ と ん ど は 、次 に 記 述 す る 「婦 人伝 道 師 」 と呼 ば れ る職 務 につ い て い た の で あ る。

(10)

(2)法 規 に お け る婦 人伝 道 師 の 職 務 まず 、1897年(明 治30年)の 聖 公 会 略 暦 に掲 載 され て い る 法 規 中 に女 性 の 信 徒 の 奉 仕 職 に関 す る条 項 が あ る。 そ れ は 、 第7章 伝 道 師 の 第7条 と して 記 さ れ て い る 。 第七 條 受 聖 餐 者 た る 婦 人 に して 第 二 條 上 三 項 の 資 格 を具 へ 監 督 の 撰 び た る試 験 に及 第す る もの は長 老 の 管 理 に從 ひ婦 人 を訪 問 し、病 者 を看 護 し、 また 聖 別 せ ざる 場 所 に於 て 道 を教 ゆ る の 認 可 を受 くる こ と を得 べ し こ こ に記 され た 職 務 は 、先 に述 べ た 第4総 会(1894年)で 法 規 委 員 が 提 出 した 法 規 改 正 案 の 女 執 事 の 職 務 と よ く似 てお り、 聖 別 して い な い と こ ろつ ま り礼 拝 堂 の外 で 信 仰 の 道 を教 え て 、女 性 を訪 問 し病 気 の 人 を看 護 す る こ とで あ る 。 た だ し、 年 齢 や 独 身 な どの条 件 が 提 示 され て い な い の と 、試 験 が 行 わ れ る こ と、 そ して教 え る 対 象 を女 性 と子 供 に 限 定 して い な い 点 が 相 違 して い る。 こ れ が お そ ら く事 実 上 の 婦 人伝 道 師 の規 定 の 始 ま りだ と考 え られ る 。 「婦 人伝 道 師 」 とい う言 葉 が 法 規 に登 場 した の は 、1902年(明 治35年)の 第7総 会 後 か らで あ る 。 こ の 条 項 も 第5章 の 伝 道 師 に 含 ま れ て い る。 男 性 で あ る こ とが 前 提 で あ っ た 「伝 道 師 」 お よび 「伝 道 師試 補 」 と 「婦 人伝 道 師 」 との位 置 づ け や職 務 の 違 い は 、 こ の法 規 に お い て は そ れ ほ ど大 き くな い よ う に見 うけ ら れ る 。 た だ し、礼 拝 の 司式 を行 うこ とが で きる の は、 伝 道 師 と伝 道 試 補 に 限 られ て い る 。1903年(明 治36年)の 法 規 の 伝 道 師 の 条 項 は 以 下 の とお り。 1903年(明 治36年)聖 公 会 略 暦 日本 聖 公 会 法 憲 法 規 第 五 章 傳 道 師 第一 條 傳 道 師 の 認 可 を 受 け ん とす る者 は左 の 資 格 を 要 す 第 一 年 齢 満 廿 年 以 上 の 者 第 二 二 年 以 上 聖 公 會 に在 て 令 聞 あ る 受 聖 餐 者 た る 者 第 三 聖 書 、 日本 聖 公 會 祈 疇 書 、信 経 、 教 會 史 、教 會 政 治 、 言登振 論 の 大 意 に通 ず る者 第 二 條 志 願 者 は 志 願 書 に履 歴 書 井 に所 囑 教 會 長 老 及 委 員 三 分 の 二

(11)

以 上 若 くは 受 聖 餐 者 三 名 の 連 署 せ る謹 明 書 を添 へ 監 督 及 常 置 委 員 へ 各 一 通 を差 出す 可 し 第 三 條 常 置 委 員 は 右 の 志 願 書 を受 た る 後 第 三 章 第 四 條 の 手 績 を準 用 す 第 四 條 監 督 は常 置 委 員 の推 薦 を受 け た る と き志 願 者 の資 格 を調 査 し適 當 と認 る と き は時 日 を定 め 認 可 式 を行 ふ 可 し 第 五 條 第 六 章 第 四條 の 手 績 を経 た る傳 道 師 は假 牧 師 た る こ と を得 べ し 第 六 條 志 願 者 に して 第 一 條 第 三 項 に掲 げ た る學 力 不 充 分 な る と き は 監 督 は之 を傳 道 師 試 補 に 任 じ信 徒 を教 訓 し、 未 信 徒 に傳 道 す る 認 可 を 與 ふ る こ とあ る べ し 第 七 條 傳 道 師 傳 道 師 試 補 は 日本 聖 公 會 祈 疇 書 の 規 定 に從 ひ 早 晩 疇 、 嘆 願 、 病 者 訪 問 式 埋 葬 式 、 洗 禮 志 願 式 を司 る こ と を得 べ し 第 八 條 傳 道 師 、傳 道 師 試 補 は監 督 の 定 め た る長 老 の 指 揮 を 受 け 勤 務 の 報 告 を爲 す べ し 第 九 條 婦 人 傳 道 師 又 は 傳 道 師試 補 を任 用 す る資 格 及 手 績 は 第 一 條 第 二 條 第 五 條 の 例 に準 ず 第 十條 婦 人 傳 道 師 、 傳 道 師 試 補 は 監 督 の 定 め た る 管 理 者 の指 揮 を 受 け婦 人 小 児 の 間 に勤 務 す べ し 婦 人 伝 道 師 が 伝 道 師(男 性)と 異 な る の は 、 早 晩 疇 や 嘆 願 、 病 者 訪 問式 等 の 礼 拝 の 司式 をす る こ と は許 され て い な い こ と、 女 性 と子 供 を 対 象 と して 職 務 を行 う こ と な どで あ る。 婦 人伝 道 師 は 、 第 九 条 と第 五 条 に よ れ ば 「仮 牧 師」 と な る こ と もで きた よ う で あ る。 後 に廃 止 さ れ る 「伝 道 師 試 補 」 は 、婦 人伝 道 師 と同 じ く女 性 と子 供 に 職 務 の 対 象 が 限 定 さ れ て い る が 、 第 六 条 と第 七 条 にお い て は 、 未 信 徒 に伝 道 す る こ とや 早 晩 疇 な どの 礼 拝 の 司 式 を す る こ とが 認 め られ て お り、職 務 の領 域 は 婦 人伝 道 師 よ り広 い 。 ま た この 法 規 には 後 に 婦 人 伝 道 師 の 条 件 と な る 「独 身 」 「寡 婦 」 「夫 の な い こ と」 とい う言 葉 は

(12)

な い 。 男 性 の 奉 仕 職 とは さ ま ざ ま な 違 い が あ る もの の 、女 性 の 奉 仕 職 に つ い て の 条 項 が 日本 聖 公 会 組 織 成 立 の 初 期 の 時 代 か ら法 規 に 含 まれ て い る の は 、 当 時 諸 外 国 の 伝 道 団体 か ら多 くの 女性 宣 教 師 が 来 日 して 伝 道 活 動 や 教 育 活動 に携 わ って い た こ と と関 係 して い る と考 え られ る。 元 田 作 之 進 著 の 『日本 聖 公 會 け お  史 』 の巻 末 に は 、 「日本 聖 公 會 に働 か る る 婦 人 宣 教 師 」 と して1883年(明 治 16年)か ら1909年(明 治42年)ま で に 英 国 、 米 国 、 カ ナ ダの 伝 道 団 体 か ら派 遣 さ れ て 日本 各 地 で 活 動 した 女 性 宣 教 師 の 名 前 が 記 され て い る が 、 そ の 数 は 合 計 は107名 で あ る 。 同 じ巻 末 に 「日本 聖 公 會 の 聖 職 と な れ る外 國 宣 教 師 」 と して男 性 聖 職 で あ る 宣 教 師 の 名 前 が 同様 に記 さ れ て お り、 そ の 合 計 は71名 で あ る 。 この 数 字 をそ の ま ま信 じる とす れ ば 、 男 性 をか な り上 回 る数 の 女 性 の宣 教 師 が 日本 伝 道 の ため に 海 外 か らや っ て きて活 動 して い た こ と に な る。 (但 し、 在 日期 間 の 長 短 は不 明 で あ る 。)明治 時 代 後 期 に は 、 東 京 、大 阪 、 名 古 屋(後 に 芦 屋 に 移 転)、 仙 台 、 京 都 な ど で 小 規 模 の女 子 神 学 校 が 設 立 さ れ ほ  ユ て 、 そ の い くつ か は女 性 の 宣 教 師 が 校 長 と な っ て い る。 この よ うに女 性 の 奉 仕 職 の 教 育 と養 成 が 宣 教 師 主 導 で す す め られ 、 法 規 に位 置 づ け られ る よ り も 先 に婦 人伝 道 師 と 同様 の 職 務 に つ い て い た 日本 人 女 性 も多 く存 在 した と考 え られ る。1902年(明 治35年)の 統 計 に は婦 人伝 道 師(日 本 人 の み)は 全 国 で じ  し   73名 とあ り、 そ の 前 年 に は71名 と記 され て い る。 女 性 へ の 神 学 教 育 が 行 わ れ る よ う に な っ た に も関 わ らず 、大 正 時 代 後 期 に 至 っ て も婦 人 伝 道 師 に係 わ る 法 規 に大 きな 変 化 は 見 られ な い 。 仮 牧 師 と な る 者 が 伝 道 師(男 性)に 限 定 され たの で 、 む しろ そ の 職 務 の 幅 は 狭 め られ た と 言 え る か も しれ な い 。1923年(大 正12年)に 前 述 した 女 執 事 制 度 が 制 定 さ れ る の で あ るが 、 そ れ に よ っ て 初 め て 女性 の 奉 仕 職 の 規 定 に 「独 身」 とい う条 件 が 入 っ て くる の で あ る 。 しか も、 職 務 の 領 域 と対 象 も広 が る ど こ ろ か 、 時 が経 つ につ れ て さ ら に狭 め られ 、 固 定 化 され て き た感 さえ あ る。 1950年(昭 和25年)の 第23総 会 後 の 日本 聖 公 会 法 規 第 五 章 女 執 事 及 び 婦 人 伝 道 師 の 中 の 婦 人伝 道 師 に係 わ る条 項 は 以 下 の とお り。 第 五 十 四條 婦 人伝 道 師 た る もの は 年齢 二 十 二 歳 以 上 の 婦 人 で 夫 を 有 た な

(13)

い もの で な け れ ば な ら な い 其 志 願 の條 件 、手 続 及 び取 扱 に 関 して は 第 計 六 お よ び 第 四 十 三 條 を準 用 す る 第 五 十 五 條 婦 人伝 道 師 の 職 務 は 第 五 十 三 條 の 規 定 に準 ず る 第 五 十 六 條 女 執 事 又 は 婦 人 伝 道 師 が 他 の 教 区 へ 転 籍 す る 場 合 に は 第 計 二 條 及 び 第 計 三 條 を準 用 す る 明 治 時 代 の 法 規 と比 較 す る と年 齢 の規 定 は二 十 歳 以 上 で あ った の が 、 二 十 二 歳 以 上 に 引 き上 げ られ 、 以 前 に は な か った 「夫 を も た な い もの 」 とい う条 件 が つ け られ て い る。 志 願 の 手 続 き等 は 聖 職 候 補 生 と 同様 の方 法(第36条) が と られ 、伝 道 師 と 同様 の 試験 の 後 、伝 道 師 認 可 式 を行 う(第43条)こ と に な って い る。 そ して 、 婦 人伝 道 師 の 職 務 につ い て は 女 執 事 の職 務 と同様 で 、 司 祭 を補 佐 して女 性 と子 供 を教 え慈 善 の こ と を取 り扱 い 教 会 の礼 拝 用 具 に関 す る 務 め を行 う(第53条)こ と に な っ て い る 。 こ の 法 規 で は 、 伝 道 師(男 性) の年 齢 規 定 は婦 人 伝 道 師 と同 じ く二 十 二 歳 以 上 で あ るが 、 「伝 道 師 が 結 婚 し よ う とす る と きは 管 理 の 司 祭 を経 て教 区 主 教 の 認 許 を 受 け な け れ ば な ら な い」(第 四 章 第 四 十 六 條)と あ り、 結 婚 を理 由 に職 務 を 中 断 され る こ と は な い 。 1968年(昭 和43年)の 第29総 会 にお い て 、 牧 師 の 管 理 の も とに礼 拝 の 補 佐 に あ た る 「信 徒 奉 事 者 」 の 規 定 が 法 規 に加 え ら れ た が 、 そ の資 格 は 「令 聞 あ る男 子 成 年 」 に限 定 され て お り、 女 性 が 礼 拝 の 補 佐 を す る こ とは 考 え られ て    け い な か っ た よ うで あ る 。 婦 人伝 道 師 は 、 女 執 事 制 度 の廃 止 の 時 と同 じ1977年 の 法 規 改 正 で 、 男 性 と 同 じよ うに伝 道 師 と して 位 置 づ け ら れ る こ と に な っ た 。 そ して執 事 志 願 をす る道 も 開 か れ た の だ が 、 婦 人伝 道 師 か ら伝 道 師 、執 事 へ の 道 を歩 ん だ の は 、 前 述 した渋 川 良 子 さん1名 だ っ た 。 現 在 で は 男 女 共 伝 道 師 と して 職 務 に つ い て い る 人 、 また 志 願 す る人 の数 は 非 常 に 少 な くな っ て い る 。 既 に 、 認 可 を受 け な く と も早 晩 疇 な どの 礼 拝 の 司 式 は一 般 信 徒(男 女 共)も 行 う こ とが で き る よ う に な っ て お り、 以 前 は多 くの 子 供 た ち を抱 え て い た 日曜 学 校 も激 減 し

(14)

て い る こ と な どで 伝 道 師 の 必 要 性 が 不 明 確 に な っ た た め か も しれ な い 。 (3)被 選 挙 権 に 関 す る 規 定 と総 会代 議 員 の男 女 比 に つ い て 奉 仕 職 の 職 制 に係 わ る法 規 の改 正 の 決 議 等 を 行 っ て きた 日本 聖 公 会 総 会 の 構 成 員 につ い て言 及 して お きた い 。 総 会 は 、 各 教 区 の 主 教 議 員(現 在11名) と各教 区 か ら選挙 に よ っ て選 ば れ た聖 職 代 議 員 と信 徒 代 議 員(現 在 の 法 規 で は 各2名 ず つ)で 組 織 さ れ て い る。 総 会 の 信 徒 代 議 員 は、 各教 区 の 教 区 会 信 徒 代 議 員 に よっ て 選 出 さ れ る こ と に な っ て い る。 日本 聖 公 会 組 織 成 立 の 初 期 の 頃 か ら1920年 まで は 、 この 教 区会 信 徒 代 議 員 に あ た る地 方 会 信 徒 代 議 員 の 被 選 挙 権 と各 個 教 会 の教 会 委 員 の被 選 挙 権 は女 性 に は与 え られ て い な か っ た の で あ る 。 1907年(明 治40年)聖 公 会 略 暦 の 法 規 で は被 選 挙 権 に つ い て の以 下 の 条 項 が あ る 。 第八 章 教 會 委 員 第 一一條 教 會 の 受 聖 餐 者 は 毎 年 十 二 月 傳 道 師 又 は 傳 道 師試 補 に非 ざる 丁 年 男 受 聖 餐 者 よ り翌 年 度 委 員 三 名 乃 至 五 名 を選 墨 す べ し 第 九 章 地 方 會 第 四 條 信 徒 代 議 員 は 地 方 部 内 各 教 會 に於 て 受 聖 餐 者 の 投 票 を も っ て傳 道 師又 は 傳 道 師試 補 に非 ざ る丁 年 男 受 聖 餐 者 中 よ り選 墨 す る 者 とす 教 会 委 員 会 お よ び教 区 会(地 方 会)に お い て 、女 性 信 徒 も婦 人伝 道 師 も女 執 事 も、議 決 権 、被 選 挙 権 の い つ れ も与 え られ て は い なか っ た の で あ る 。 総 会 信 徒 代 議 員 の 選 挙 規 定 の 中 には 「男 」 に限 定 す る言 葉 は な い が 、 そ れ は そ の 必 要 も な い ほ ど女 性 が 選 ば れ る可 能性 が な か っ た こ とを 示 唆 して い る 。 男 性 に 限 定 され て い た こ の 規 定 は 、 女 執 事 制 度 導 入 を決 定 した の と 同 じ 1920年(大 正9年)第13総 会 にお い て 改 正 され た 。 第13総 会 議 決 録 決 議 第 拾 八 號 教 會 委 員 地 方 會 議 員 選 墨 法 改 正 ノ件 現 行 法 規 第 八 章 第一 條 及 第 九 章 第 四條 ノ 「男 」 ノ字 を削 リ第 八 章 第 一 條 末 項 ノ 「男 受 聖 餐 者 ヲ以 っ て 云 々」 ヲ削 ル コ ト

(15)

そ の 後 、教 会 委 員 や 教 区 会 に どの 程 度 女性 の委 員 や 代 議 員 が選 出 さ れ た の か は 定 か で は な い が 、 日本 聖 公 会 総 会 の構 成 員 は 以 前 と して 男 性 の み の 状 態 が 続 い た。 本 章 で取 り上 げ た 法 規 を総 会 で 審 議 し決 議 、 あ る い は 決 議 延 期 を 決 定 した の はす べ て 男 性 議 員 で あ る。 女 性 が 聖 職 代 議 員 及 び信 徒 代議 員 と して 初 め て総 会 に 出席 した の は1992年 の 第45総 会 で 、55名 の 構 成 員 中 女 性 は4名 で あ っ た 。 女 性 聖 職 に 関連 した議 案 が 総 会 に初 め て提 出 さ れ て か ら約6年 後 の こ とで あ る。 女 性 の 司 祭 按 手 実 現 を決 議 した1998年 第51総 会 で も女 性 の 代 議 員 は55名 中5名 、約9%で あ る 。 女 性 信 徒 が 全 体 の6割 を 占 め る教 会 の 最 高 決 定 機 関(総 会)に 、 女 性 の 声 が 届 きに くい 状 況 は現 在 も続 い て い る の で あ る。 3.女 性 の 奉 仕 職 の 職 務 の 限 定 と 女 性 差 別 日本 聖 公 会法 憲 法 規 は 、 日本 聖 公 会 とい う信 仰 共 同体 に属 す る 者 が 守 らね ば な ら な い い わ ば 法 律 の よ う な もの で あ る。 第 一 総 会 の 法 規 の 時 か ら、 聖 職 が この 法 憲 法 規 に違 反 した り日本 聖 公 会 の 教 理 にそ む い た り した 場 合 の 懲 戒 し    レ 規 定 が 定 め られ て い る 。 後 に 、 聖 職 だ け で は な く信 徒 の 奉 仕 職 で あ る伝 道 師 、 女 執 事 、婦 人 伝 道 師 に対 して も懲 戒 規 定 が 適 用 さ れ る よ うに な っ た 。 そ の よ う に法 憲 法 規 や 教 理 を厳 し く守 って い く こ と に よ っ て 、 一 つ の 教 団 と し て の 日本 聖 公 会 の 組 織 と職 制 は保 た れ て きた と言 え る。 前 章 で 、 女 性 の奉 仕 職 が 法 規 に お い て どの よ う に職 務 を 限 定 され て きた か を み て きた 。 婦 人伝 道 師 も女 執 事 も、 職 務 の 対 象 は 女 性 と子 供 に 限 定 さ れ 、 男 性 に教 え る こ とは 許 さ れ ず 、 男 性 の 伝 道 師 に 許 され て い た 礼 拝 の 執 行 も彼 女 た ち に は 長 い 間許 さ れ な か っ た。 礼 拝 用 具 の務 め だ け が 許 さ れ た 「聖 な る 務 め」 で あ っ た。 な お か つ 、 独 身 が 条 件 と さ れ結 婚 す れ ば や め な くて は な ら な か っ た 。 婦 人 伝 道 師 は どん な に長 く教 会 で 働 こ う と も、 ど ん な に強 い 召命 感 を持 と う と も聖 職 へ の 道 は 全 く閉 ざ され て い た。 そ の 召 命 を 口 にす る こ と は 教 会 で は タブ ーで あ っ た 。 男 性 に とっ て は伝 道 師 の 職 務 は 聖 職 と な る た め

(16)

の道 筋 の 一 部 で あ った 場 合 が 多 い 。3年 間聖 職 候 補 生 と な っ て か ら伝 道 に従 事 し、 一 年 後 に は執 事 試 験 を受 け る こ とが で き、 執 事 按 手 を受 け て 一 年 後 に てヒ ヨ タ は 司 祭 試 験 を 受 け る資 格 が 与 え られ て い た か ら で あ る 。 そ して 勿 論 、 独 身 を 条 件 とす る規 定 は ない 。 一 方 、 婦 人 伝 道 師 は 結 婚 で 退 職 す る か 、 一 生 独 身 で 婦 入 伝 道 師 の ま ま教 会 に献 身 す る しか な か っ た の で あ る。 ど う して性 別 に よ っ て この よ う な職 制 の 違 い が あ るの か 。 な ぜ 女 性 は 聖 別 され た場 所 で の 職 務 か らは ず され た の か 。 こ の よ う な問 い は お そ ら くか つ て は 教 会 に お い て は 口 に して は な らな い 事 柄 だ っ た に違 い な い 。 法 規 に 定 め ら れ て い る事 柄 に対 して なぜ?と 問 う こ と な く従 順 に謙 遜 に従 う こ とが 聖 公 会 員 と して 「あ た り まえ」 で あ っ た 時代 が 長 か っ た。 そ して 教 会 に お け る 「あ た り まえ 」 を決 定 して い たの は男 性 で あ っ た 。 女 性 た ち もそ の決 定 を男 性 た ち の手 に委 ね て そ の 「あ た りま え 」 を受 け 入 れ て きた 。 しか し、 女 性 の 司 祭 按 手 の 問 題 を契 機 と して こ の 「あ た り まえ 」 を 問 い 直 す 歴 史 が よ うや く始 ま っ た の で あ る。 女 性 の 奉 仕 職 の 職 務 の 限 定 の 理 由 を 聖 書 に 見 出 す の は た や す い 。 「女 の 頭    てり は 男 」 、 「婦 人 た ち は 、教 会 で は黙 っ て い な さ い 。 婦 人 た ち に は 語 る こ と が 許 され て い ませ ん 。 律 法 も言 っ て い る よ う に,婦 人 た ち は従 う者 で あ りな さ ロ う  い 。」、 「婦 人 は 静 か に 、 全 く従 川頁に 学 ぶ べ き で す 。 婦 人 が 教 え た り 、 男 の 上 ロ の に 立 っ た りす る の を わ た しは 許 し ませ ん。」 こ れ ら の 聖 書 の 言 葉 が 現 実 の 教 会 に今 な お大 き な影 響 を 及 ぼ して い る の は事 実 で あ る 。 しか し、 さ ら に そ れ ぞ れ の 時 代 の 日本 の文 化 的 背 景 や社 会 的影 響 、 諸 外 国 の 聖 公 会 の影 響 等 々 も 検 討 しな くて は な らな い 。 女 性 の奉 仕 職 の 実 際 的 な働 きの 歴 史 も ま だ わ か ら な い 部 分 が 多 い 。 こ こで 結 論 づ け る こ とは で き な い が 、 こ の女 性 の 奉 仕 職 と 職 制 の歴 史 に なぜ?と 問 い つ づ け る とこ ろ に教 会 に お け る女 性 差 別 の 源 が 見 出 さ れ る で あ ろ う と考 え る。

(17)

註 (1)日 本 聖 公 会 第51定 期 総 会 決 議 録 、270∼275頁 (2)「 奉 仕 職 」 は 、Ministryの 訳 語 で 、 聖 職(主 教 、 司 祭 、 執 事)を 意 味 す る 言 葉 と して 用 い られ る場 合 も あ る が 、 本 稿 で は 奉 仕 的 職 務 を 担 う信 徒 職 お よ び 聖 職 を意 味 す る 言 葉 と して 用 い る 。 「叙 任 の 奉 仕 職 」 と は 、 通 常 聖 職 の こ と を い う。 ③ 日本 聖 公 会 に お け る 聖 職 の 名 称 、 表 記 方 法 は 時 代 に よ っ て 異 な っ て い る 。 現 在 の 「主 教 、 司 祭 、 執 事 」 は 組 織 成 立 の 数 年 後 か ら 「監 督(エ ピ ス コ ポ)、長 老(プ レ ス ビ テ ロ)、 執 事(デ ア コ ノ)」 と 表 示 さ れ て い た 。1947年 の 総 会 で 現 在 の 名 称 に 改 称 さ れ て い る。 本 稿 の 文 章 中 で は 現 在 の 名 称 を 用 い る が 、 引 用 文 に お い て は 原 文 どお り表 示 す る 。 (4)元 田作 之 進 著 『老 監 督 ウ イ リ ア ム ス 』1914年(大 正3年)京 都 地 方 部 故 ウ イ リア ム ス 監 督 紀 念 実 行 委 員 事 務 所 発 行 、269∼279頁 ⑤ 聖 職 を 叙 任 す る場 合 に は 、 主 教 は 祈 藩 書 に 従 っ て 志 願 者 の 頭 の 上 に 手 を 置 く (按手 す る)聖 職 按 手 式 を執 り行 う 。 (6)日 本 聖 公 会 歴 史 編 纂 委 員 会 編 『日本 聖 公 会 百 年 史 』1959年(昭 和34年)日 本 聖 公 会 教 務 院 発 行 、215∼216頁 (7)「 會 師 」 は 長 老 ま た は 牧 師 を さす 。 (8)註(4)上 掲 書 、275頁 (9)「 任 命 式 」 に は 「牧 師 任 命 式 」 と 呼 ば れ る 儀 式 が あ る が 、 こ れ は す で に 司 祭 等 の 職 位 に あ る 者 が 特 定 の 教 会 の 牧 師 と し て 任 命 さ れ る 場 合 に 行 わ れ る 。 女 執 事 任 命 式 は女 執 事 の 職 に 「任 ず る 」 た め の 式 で あ り、 独 自 の 意 味 を も つ 任 命 式 で あ る と考 え ら れ る 。 ⑩1959年 改 定 版 日本 聖 公 会 祈 疇 書 聖 公 会 出 版 、647頁 (11)註 ⑩ 上 掲 書 、645∼646頁 ⑫ マ タ イ に よ る 福 音 書 第28章1∼10節 、 ル カ に よ る 福 音 書 第24章1∼12節 、 ヨ ハ ネ に よ る 福 音 書 第20章1∼18節 ⑬ フ ィ リ ピ の 信 徒 へ の 手 紙 第4章3節 Q4)ロ ー マ の 信 徒 へ の 手 紙 第16章1∼2節 ⑮Emily,C.HewittandSuzanne.R,Hia【t,WomenPriest:YesorNo?1973(邦 訳 書 『女 性 司 祭YesかNoか?』 岩 井 梅 代 訳 、 竹 内 謙 太 郎 監 修1995年 女 性 が 教 会 を考 え る会 発 行)72頁 ⑯ 『1968年 ラ ンベ ス 会 議 一 決 議 お よ び 報 告 』 日本 聖 公 会 教 務 院 編1969年 聖 公 会 出版 、33頁 、128頁 ⑰ こ の 件 につ い て は 、 そ の 理 由 も含 め て 今 後 も調 査 、 研 究 し て い きた い 。

(18)

㈲ 元 田 作 之 進 著 『日本 聖 公 會 史 』1910年(明 治43年)普 公 社 付 録7∼17頁 ⑲ 註qa上 掲 書211∼216頁 ⑳ 註 ㈱ 上 掲 書 付 録 「日本 聖 公 会 過 去10年 間 統 計 概 表 」2頁 ⑳ 浦 地 洪 一 「信 徒 奉 事 者 の 任 務 に つ い て 考 え る一 法 規 に 見 る 信 徒 奉 仕 職 に つ い て 」 聖 公 会 ウ イ リ ア ム ス 神 学 館 紀 要 『ヴ ィ ア ・メ デ ィア 』 創 刊 号1996年 ウ イ リ ア ム ス 神 学 館 発 行 、20頁 幽 註(4)上掲 書277∼278頁 ㈱1909年 の 法 規 の 聖 職 試 験 に 係 わ る 規 定 は 、 そ の よ う に な っ て い る 。 現 在 の 法 規 で は 、 通 常3年 以 上 聖 職 候 補 生 で あ っ て 、6ヵ 月 以 上 教 区 主 教 が 指 定 した 司 祭 の 指 導 の も とで 職 務 に つ け ば 執 事 志 願 で き る こ と に な っ て い る 。 ㈲ コ リ ン トの信 徒 へ の 手 紙 一 第ll章3節 ㈱ コ リ ン トの 信 徒 へ の 手 紙 一 第14章34節 ㈲ テ モ テ へ の 手 紙 一 第2章11∼12節

参照

関連したドキュメント

以上を踏まえ,日本人女性の海外就職を対象とし

[文献] Ballarino, Gabriele and Fabrizio Bernardi, 2016, “The Intergenerational Transmission of Inequality and Education in Fourteen Countries: A Comparison,” Fabrizio Bernardi

Seventy young mathematicians from developing countries (their names are below) traveled to Beijing, China, with their travel paid by the International Mathematical Union and

RIMS has each year welcomed around 4,000 researchers in the mathematical sciences in Japan and more than 200 from abroad, who either come as long-term research visitors or

「職業指導(キャリアガイダンス)」を適切に大学の教育活動に位置づける

Amount of Remuneration, etc. The Company does not pay to Directors who concurrently serve as Executive Officer the remuneration paid to Directors. Therefore, “Number of Persons”

(公財) 日本修学旅行協会 (公社) 日本青年会議所 (公社) 日本観光振興協会 (公社) 日本環境教育フォーラム

一方、4 月 27 日に判明した女性職員の線量限度超え、4 月 30 日に公表した APD による 100mSv 超えに対応した線量評価については