ドルの費用・便益分析*
一ポンドとの比較において一
有 馬 敏
則
1 は じ め に 1973年2月目ら3月にかけて主要国通貨が変動相場制に移行し早や8年が過 ぎようとしている。この間OPEC(石油輸出国機構)による原油価格大幅引 上げ,アメリカをはじめ世界的なインフレーションの高進,産油国の大幅な国 際収支黒字と非産油国の大幅な国際収支赤字による資金の偏在,金価格の高 騰,政治的軍事的な緊張の激化等々により,国際通貨情勢の不安定性が増大し てきた。それとともに「ドル離れ現象」や「複数基軸通貨制度」の論議が高ま っている。 「IMF Annual Report 1980」セこよれば各国が外貨準備として保有している 主要国通貨の割合は,1973年頭から1979年末にかけてドルが84.6%から77.8% へ,ドイツ・マルクが5.8丁目ら11.7%へ,ポンドが7.0%から2.1%へ,スイス・ フランが1.2%から3,1%へ,円が「その他通貨」として分類されるほど小さな 割合から3.6%へと変化し,準備通貨の多様化が進んでいることを示している。 また複数基軸通貨制度とは世界をドル圏,ECU(欧州通貨単位)圏,円 圏,ルーブル圏等に分け,各圏内でこれらの通貨をそれぞれ基軸通貨(key currency)として使用しようとするものである。しかし日本や西ドイツ,スイス は経済的負担増回避の理由から積極的に基軸通貨になろうとはしていないし, *本稿は昭和55年5月24日,中央大学で開催された金融学会春季大会で報告した「国際 通貨発行特権とドル」をさらに発展させたものである。報告に対し岡橋保教授,三宅 武雄教授,千田純一助教授,中澤進一講師より有益なコメントを戴いた。記して謝意 を表する。なお本稿は日本証券奨学財団の補助金による研究の一部である。ドルの費用・便益分析 43 またその環境が整ったとはいえない状況である。 そこで本稿においては国際金本位制度下のポンド,IMF(国際通貨基金) 体制下のドルが国際通貨として機能し基軸通貨となった過程と動揺を概観し, 基軸通貨となるための要件と基軸通貨国になったことによる利益と費用を考察 する。さらにIMF体制崩壊後の変動相場制においても,いぜんとして事実上, 基軸通貨国としての地位を保っているアメリカの利益と費用を,「費用・便益 分析(Cost Benefit Analysis)」で計測し,最後に複数基軸通貨制度論の展望を 行うことにしたい。 亘 基軸通貨の成立過程とその要件 1.基軸通貨とは 基軸通貨国とは,自国通貨が国内だけでなく,国際的にも基軸通貨として通 用する国を指すのが一般的である。そして基軸通貨とは,①国際的な貿易や資 本取引に広く用いられ,流通手段や決済手段としての機能を持ち,取引通貨 (vehicle currency)や決済通貨(transaction currency)として使用される,② 通貨当局が外国為替相場を一定範囲内に維持するため,為替市場介入に使用 される介入通貨(intervention currency),③通貨当局が対外準備資産として保 有する準備通貨(reserve currency),〔④各国平価を表示する基準通貨(basic currency)ないしニュメレール(num6raire)〕の機能を果たす通貨のことである。 歴史上,国際通貨として機能しかつ基軸通貨であったものとして国際金本位 制度下のポンドとIMF体制下のドルをあげることができる。そこで基軸通貨 としてのポンドとドルの成立過程と動揺を概観することにしよう。 2,基軸通貨ポンド (1)国際金本位制度の成立 世界で最初に金本位制度を採用したイギリスでは,1816年の法律(Coinage 1)基軸通貨の定義は意見の一致をみていないが,本稿では,もっとも重要な通貨とい う意味で使い,①∼③の機能を広義④∼④の機能を狭義の基軸通貨と定義する。
Act of 1816)によって新しく鋳造される1ポンドのソブリン金貨が銀貨20シ リングに固定され,かつ金貨が法定貨幣とされた。その後1844年のピール条例 (Peel’s Bank Act)の制定により,金貨を本位貨幣とする金貨本位制度が名 実ともに確立した。その後1870年代になると金銀複本位制度を採用していた諸 国が,つぎつぎに金本位制度に移行し,1880年代には大部分の主要諸国が金本 位制度を採用した。 国際金本位制度の成立がどの時期であるかは意見の一致をみていないが,少 なくとも金本位制度が主要国で採用され,金が国際的な決済手段として使用さ れることが,国際金本位制度成立のために必要であろう。したがって1880年代 から第1次大戦が勃発した1914年までを国際金本位制度といってよいだろう。 国際金本位制度は理論的にいえば国際金為替本位制度と異なり,基軸通貨国 および基軸通貨は存在しない。しかし国際金本位制度において基軸通貨薗はイ ギリスであり,実際の国際取引や決済手段として使用された基軸通貨は金交換 が保証されたポンドであった。それはイギリスが世界に先駆けて産業革命を達 成し,卓越した先進国として拡大・発展し,「世界の工場」としての確固たる 地位を築いたからであった。すなわち19世紀中葉の新金鉱発見等により金生産 が著しく増加し,銀に比して金の価値が低下し金銀複本位制度を採用していた 諸国で銀は流通界から姿を消して,もっぱら金のみが流通するようになったこ とと,このイギリスの卓越した経済力に注目した諸国がイギリスの金本位制度 を採用するようになり,国際金本位制度の成立を促進することになったのであ る。 (2)ポンドの基軸通貨化の要因 またポンドが金とともに国際的機能を拡大させた要因としては,国際貿易に 占めるイギリスの比重が増大したこと,海上保険や海運といった貿易関連業 務国際決済,資本調達といった国際金融業務がロンドンに集中しつつあった ラ こと,大英帝国の債務の決済としてポンドが使われたこと等があげられる。さ 2)金本位制度のもとでポンド・スターリングが国際通貨として使用された理由は, B.Tew, international Monetar y Co−operation,1945−60,6th. ed.,1961.(傍島省三
ドルの費用・便益分析 45 らに第1表に示されるようにイギリスは,工業製品を輸出するだけでなく食 料,原材料を大量に輸入したため貿易収支は赤字であったが,それを上回る海 運・海上保険収入,対外投資収益の流入により経常収支は大幅な黒字であっ た。その黒字は対外投資や対外援助に振り向けられ,イギリスの国際収支を均 第1表 イギリスの国際収支(単位:100万ポンド) 年次
012345678901234567890177777777778888888888998888888888888888888888
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貿易 収支 一 57.5 一 46.0 一 36.8 一 sno.3 一 69.1 一 90.5 −117.8 −141. 5 −121.8 −111.8 −121. 1 一 94.5 −100.0 −116. 9 一 9Ll 一 98.5 一 79.5 一 78.5 一 85.9 −105.0 一 86.3 −122. ! 経常 収支 海外投資7293514475725203841旨916−a
4039。4αα9,LOlL4乳!.3。a9。492。6。7。
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1
州際支 礎 基国収 9.9 5.5 3.4 16.7 3.9 10. 8 0.4 金銀 輸入 10. 5 4.4 一 O.7 4.7 7.5 5.6 7.6 一 8. 91一 2.6 一 9. 11 5.7 0. 61一 4.4 一 8.71一 2.6 −!4.11一 5.6 一 6. 21 2,6 −11.6r O.8 7.71一 1.6 7.21 O.2 8. 5]一 O.6 3. 9: O.6 −27.81一 O.6 −40.01 2.0 一 9. 3i 8.8 14.21 2.4 年次23456789012345678901239999999900000GOOOO11118888888899999999999999
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貿易 収支 一128.9 −!24.6 −131.5 −126.5 −137.9 −153.9 −168.9 −153,7 −167.0 −!73. 1 −178.4 −181.3 −179. ! 一155.9 −146.0 −126.8 −135.6 −154.2 −142.7 −121.2 −!43.8 −13!.6 経常 収支 海外投資 的際支 礎 基国収 金銀 輸入4789482852337283857069
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〈出所> B.R. Mitchell and P. Deane, Abstract of British Ristorical Statzstics,1962, PP.283−84。海外投資はM. Simon. The Pattern of New British Portfolio Foreign lnvestment, 1865−1914, in The ExPort of CaPital from Britain, 1870−1914,ed. by A. R. Hall,1968,pp. 38−39.西村閑也「国際金本位制1870 −1913年についての試論(1)」『経営志林』第8巻第4号,1972年1月,p.19参照。 監修,永島清・片山貞雄訳『国際金融入門』東洋経済新報社,1963年,pp.136−137. に詳しい。衡させるとともに,世界の国際収支均衡に寄与し,国際金本位制度を円滑に運 き 営させる要因となった。 イギリスの対外投資は直接投資よりもポートフォリオ投資を主とするもので あった。対外投資増大の背景として19世紀のイギリスの金利は,中心的なコン ソル公債で平均3.5%と低水準で,外国とくに発展途上国であったアメリカの 金利は鉄道債で10%以上と高水準であった。そこでイギリスはアメリカへの投 資によって巨額の収益を得ることができ,他方,外国の政府,地方自治体,企 業はイギリスの低金利を利用して資金をポンドで調達できたのである。イギリ スの対外投資からの純収入は,1913年に2億ポンドに達し国民所得の9%にも の およんでいたのである。 ㈲ 国際金本位制度成功の理由 ところで当時存在した金本位制度は,ヒューム(D.Hume)以来の「正貨移 動と物価のメカニズム(price−specie flow mechanism)」と呼ばれる自動的な ものではなく管理された金本位制であった。そこでイギリス金本位制度運営 上,大きな役割を果たしたイングランド銀行の金融政策に言及しよう。国際短 期貸付市場で圧倒的債権国であったイギリスは金字出入の対策として割引政策 を使ったが,これは有効に作用した。イギリスの国際収支が不均衡を生じた場 合,イングランド銀行は割引率を変更し,市場貸出金利と市場の資金量に影響 をおよぼし,対外債権の増減により国際収支を調整したのである。当時の国際 短期資本移動はきわめて利子感応的であったことが認められており,均衡化的 な国際短期資本移動が少ない金準備でイギリスに金本位制度を維持させた要因 であった。たとえばイングランド銀行の金準備は1899年から1913年では年平均 約3500万ポンドであったのに対し,ポンドが動揺した1930年から35年の年平均 ラ 金準備は1億6000万ポンドであった。 3)拙著『国際通貨発行特権と国際通貨制度』滋賀大学経済学部研究叢書第5号,1979 年,PP.36−39. 4)藤田正寛・吉野昌甫編『国際金融論』有斐閣,1979年,p.139. p.!66. 5) A.1.Bloomfield, Short Term Capital Mowements, Under the Pre−f914 Gold Standard,1963(小野,小林訳『金本位制と国際金融』日本評論社,1975年, p.107.)
ドルの費用・便益分析 47 しかしながらイギリスで割引政策が有効に作用したのは,ロンドンが国際金 融の中心地として機能し,また世界の代表的な金市場であったこととイギリス が圧倒的債権国であったという特別の理由によるものであり,イギリスの植民 地や当時の大部分の諸国は,イギリスのように割引政策による国際収支の一時 的不均衡是正の利益を享受することができなかったことには留意しなければな らない。 このようにしてイギリスは自国の金本位制度を管理することにより,自国の 国際収支を長期的にも景気循環的にも大幅で恒常的不均衡を生じさせることな く安定させ,基軸通貨としてのポンドの信認を高めたのである。そしてイギリ ス以外の諸国は必要に応じロンドン金融市場から短期資本を借り入れ,ポンド の 不足は生じなかったといってよいだろう。 ㈲ 国際金為替本位制度の成立と崩壊 しかし,19世紀後半に確立した国際金本位制度は1914年7月に勃発した第1 次大戦により崩壊を余儀なくされた。第1次大戦後の再建金本位制度において 各国は,銀行券発行に際し金地金本位制度や金貨本位制を採用している国(前 者はイギリス,フランス,後者はアメリカ)の金為替を準備として保有し,見 換請求に対して金為替を充当することになり,この時期の国際通貨制度を国際 金為替本位制と呼んでいる。これは第1次大戦後,戦時中から続いた物価水準 の一般的な上昇にもかかわらず金価格が据置かれたことにより金産出量が減少 し,経済の拡大にともなって必要とされる金需要に金供給が追いつかず,しか も金は特定国(アメリカ,イギリス,フランス)に偏在していたため相対的に 金不足の状態となり,金の節約と効率的な運用が必要となったからである。 しかしながら国際金為替本位制度は円滑に運営されず,1930年代初頭にはほ とんど崩壊してしまった。その理由として第1次局戦後における世界情勢国 際金融情勢がきわめて不安定になったこと,圧倒的支配力を持っていたイギリ スに代わってアメリカの地位が飛躍的に向上し,イギリスの優越性が相対的に 6)西村閑也「国際金本位制1870一一1913年についての試論(1)」『経営志林』第8巻第4 号,1972年1月,p.20.
低下したこと,そして種々の制度的要因が国際金為替本位制度の円滑な運営を 阻害したことがあげられる。 制度的要因としては,①多くの諸国が金本位制度を再建するとき,旧平価か 実勢と乖離した平価切下げを行って復帰したことによる不均衡の存在,②国際 金融面における各国の協力が不十分であった,③国際金融市場がロンドン,パ リ,ニューヨークに分散したことにより一元的な多角決済が困難となり,市場 の非効率化をもたらした,④アメリカをはじめとする主要国中央銀行は,金の 不胎化や中立化政策をとるようになり金為替本位制度の運営を阻害した,⑤国 アラ際金融情勢の不安定化とともに境乱的な短期資本移動の増大が生じた等をあげ ることができる。 ところで基軸通貨ポンドの衰退の原因として,とくに第1次大戦後の世界経 済の著しい構造変化に注目すべきであろう。すなわち戦後のアメリカのめざま しい工業化の進展やアジア,中南米諸国の一部の国の工業化である。新技術開 発の遅れや旧式な設備と慣行を温存したイギリス経済は急速に国際競争力を低 下させ,イギリスの貿易収支赤字はますます拡大し続けたのである。さらに戦 費調達のため対外資産を取り崩したことによる投資収益の減少,実勢から乖離 した旧平価による復帰等により,イギリスの国際収支は1930年以降,恒常的な 赤字となり,基軸通貨としての信認も揺いできたのである。
3.基軸通貨ドル
(1)IMF体制下のドル 国際金為替本位制崩壊後の世界経済はプロヅク化,輸入割当,為替管理,二 国間協定,高関税,為替相場の動揺等々混迷の中にあり,1939年の世界貿易額 は1929年の半分にまで低下した。このような反省から生まれたのが1936年9月 アメリカ,イギリス,フランス間で締結された「三国通貨協定」を参考にして ラ 第2次大戦後設立されたIMF体制であり,ポンドに代わってアメリカのドル 7)安井孝治『国際通貨制度』中央経済社,1967年,pp.12−24. 8) 田中金司『金本位制の回顧と展望』千倉書房,1951年。ドルの費用・便益分析 49 が国際通貨として主要な地位を占めるようになった。 IMF体制は金地金本位制度国であるアメリカを中心とし,金為替であるド ルを対外支払準備として保有する金為替本位国である周辺国から構成される国 の 際金為替本位制度であり,ドルはこの体制における基軸通貨であった。ドルが 基軸通貨として機能したのは,次のような理由によるといえるだろう。 ① ドルは当時世界の3分の2以上にあたる246億ドルの金保有を背景にI MF加盟公的機関に対し事実上の金交換性,各国通貨との自由な交換性を保持 し,各国通貨当局は自からドルを保有しようとした。 ② アメリカは世界貿易において大きな比重を占め,その取引の大部分はト ル建てで行われ,決済もドルで行われる場合が多かった。 ③アメリカには高度に発達した為替市場と金融資本市場が存在していた。 ロンドンとともに長年の歴史と伝統を持ったニューヨーク市揚は,資金調達や 資金運用,決済を合理的計算に基づいて自由に行うことが可能であった。さら にニューヨーク市場は非居住者にも開放されていた。 ④ アメリカの経済力・軍事力は強大であり生産性も高く国情も安定してい たQ ⑤ドル供給が豊富で国際取引に広く使用され,また決済のために借り入れ ることが可能であった。 (2) ドルの非対称性 このような要因を背景にしてドルは,前述した狭義の基軸通貨の諸機能を果 たしてきたといえるだろう。それとともにドルは「非対称性(asymmetries)」 といわれる特殊な立場にあった。これは広範囲にわたっているが,その概要は ユの 次のとおりである。 第1に,ドルが基軸通貨またはニュメレールとして使用されることにより, ドルの平等決定は受動的で,平価変更も困難であったという非対称性がもたら 9)則武保夫「金・ドル交換停止後の金問題」『国民経済雑誌』第142巻第4号,!980 年10月,p.2Q,一,「キーカレンシーの選択」『金融ジャーナル』1973年6月。 10)千田純一「いわゆるドルの非対称性について」『金融学会報告,40』1975年5月、,
50 されたとされる。これはIMF協定第4条第1項(a)の「各加盟国の通貨の平価 は共通尺度たる金により,または1944年7月1日現在の量目および純分を有す る合衆国ドルにより表示する」と規定されていることから生ずるとされる。し かしニュメレールを理由とする平価変更の困難性はそのまま是認することはで きない。なぜならIMF協定そのものは,ドルに特別の地位を与えているわけ ではないからである。しかしながら,この協定条文が国際的なニュメレールと しての「IMFドル」とアメリカの「国民通貨ドル」を混同させることになっ たという意味で,この条文はドルの非対称性の原因をつくり出すようになった といえるだろう。 第2の非対称性はドルが介入通貨であることから,他の諸国が独力で平価変 更できるのに対しアメリカは,他のすべての諸国の協力なしにはドルの平価変 更が困難であったことである。 第3の非対称性としてドルの他通貨との為替相場変動幅はIMF体制下で, 他通貨相互間の変動幅の半分しかなかったことである。 第4の非対称性としてアメリカは金売買の義務を果たすかわりに為替相場安 定のための介入義務を免がれ,実際上も介入通貨として他国通貨をほとんど保 有していなかった。 第5の非対称性はドルが準備通貨として公的機関に保有され,資産通貨とし て民閥に保有され,また決済通貨であることから生ずる。すなわちアメリカ は,各国がこれらの諸機能を果たすドルを保有する範囲まで国際収支赤字を継 続させ,それをドルで決済できるのである。したがって,この負債決済はアメ リカが「国際通貨発行特権(lnternational Seigniorage)」を持っていることを 意味している。 第6の非対称性はドルが民間の取引通貨で,国際取引の大部分がドル建てで 行われ,建値通貨(quotation currency)となっていることから生ずる。すなわ ちドルの平価変更は貿易,資本取引,国際的貸借関係に大きな影響を与えるこ とが革想され,ドルの平価変更阻止への力が働いたのである。
ドルの費用・便益分析 51 ㈲ ドルによる国際流動性供給 以上のような非対称性のうち変動相場制に移行した後もなお対称性が回復し ていない第5番目の国際通貨発行特権によるドル供給は重要である。戦後のド ル不足期には,国際通貨発行特権による国際流動性供給で,金の節約とデフレ ーション防止に寄与し,世界全体としても大きな恩恵を受けることができた。 しかし各国が生産力を回復し,1958年12月西欧諸国が通貨の交換性を回復し た後も「金融節度(monetary decipline)」を顧慮しないアメリカの国際収支赤 字は続き,rド・レ過剰」の状態を招来し,1968年3月の金の二重価格制移行, 1971年8.月のドルの金交換性停止に追い込まれ,IMF体制が崩壊するに至っ たことは周知のとおりである。その後もアメリカの国際収支赤字は続き,二度 のドル切下げに続いて1973年に主要諸国が変動相場制度に移行せざるをえなく なり,世界経済に大きな不安定要因をもたらすことになった。したがってドル 不足期と異なり,ドル過剰期には世界全体として恩恵以ヒの犠牲を強いられた といえるだろう。 国際金為替本位制度のもとで国際流動性を供給するためには,基軸通貨国の 国際収支赤字が必要である。しかし,あまりにも赤字を出しすぎると基軸通貨 の信認がなくなるという「流動性ジレンマ(liquidity dilemma)」が生ずる。し かしながら単純な流動性ジレンマ論はアメリカに金融節度を守らない口実を与 えることになる。もしアメリカが金融節度を顧慮し,世界のドルの実質需要伸 び率と同率でドル供給を増大させることができるなら,各国通貨とドルの為替 相場は安定し,アメリカによるインフレーションの輸出も行われなかったであ ろう。国際流動性が適度に保たれ,各国への配分が適正に行われるならば取引 通貨と予備的動機により準備資産としてドルが保有されるのであるから,ドル に対する金交換要求や国際的通貨投機もあまり生じなかったであろう。 しかしアメリカは金融政策を主として国内経済目標のために運用し,ドル需 要増加額とアメリカの国際収支赤字は一致せず,過剰ドルの累積が続いたこと も周知のとおりである。国際的強制通用力が付与されていないドルを各国が持 ち続けたのは,ドルに代わる国際通貨が現われない状況で,ドルを受け取らな
ければIMF体制が崩壊し,国際経済の大混乱を招くと考えられ,また民間に エ 大量のドルが保有され民間決済にドルが使われたからである。 4.基軸通貨成立の要因 以上,歴史上基軸通貨として機能したポンドとドルの基軸通貨化の過程とそ の動揺を概観したが,両者に共通している基軸通貨としての条件は次の諸点で ある。 第1にこれら通貨が交換性を持ち,また金との安定した固定レートを維持し ていたことである。ポンドは1717年以来金!,オンス=3ポンド17シリング10ペ ンス判こ維持され,金本位制度は第!次大戦中に事実上停止されたものの1925 年金本位制度に復帰したときも,この平価が採用されたほどである。ドルも 1934年から1971年12月まで金1オンス:= 35ドルの平価が維持され通貨に対する 信認も強かった。そこで諸外国は積極的に準備通貨として保有するようにな り,基軸通貨としても使われたのである。またこれらの通貨が他通貨と自由に 交換される,換言すれば国際的に流通するためセこは,それだけの経済力が備わ っていなければならない。両国とも基軸通貨として揺ぎない地位を確立してい たとぎには,自国経済が世界経済で圧倒的優位を保っている時期であった。そ れは生産性の高さや貿易面で圧倒的な地位を占めていたことに示されている。 そこで外国為替市場で取り引きされる量も多く,多角的な決済通貨として使わ れたのである。 第2に高度に発達した国際金融資本市場の存在があげられる。その国の市場 が国際金融資本市場としての役割を果たすためには,次のような要件が必要と される。まず①その市場が資金の調達,運用,決済などを合理的計算に基づい て自由に行うことが可能で,しかもその市場が不自然な慣習,規制に妨げられ ることなく市場原理に支配されている高度な市場である。②当該国通貨の市場 での利用が非居住者に対して開放されていること,つまり,その国が対外取引 11) この解明は,西村閑也「不換ドルの国際通貨としての流通根拠」 巻2号,1980年7月に詳しい。 『経営志林」第17
ドルの費用。便益分析 53 規制を行っていないだけでなく,非居住者であることを理由に差別的取扱いが されないこと。③国際資金移動が国内金融資本市場に与える影響を受けとめる に十分野経済的強さを持っていることである。ロンドγ市場もニューヨーク市 場も国際化がすすむとともに,ポンド,ドルの基軸通貨化がすすんでいったと いえるだろう。 第3に基軸通貨として使われる自国通貨の供給メカニズムが存在することで ある。基軸通貨として円滑に機能していた時期には,イギリス,アメリカとも 経常収支の黒字を対外投資などの資本輸出で相殺させるか,小幅の国際収支赤 字に留めていた。とくにイギリスは自国の金本位制度を管理することにより, 結果的に国際金本位制度を管理し,この制度を安定化させる効果を持ったとい えるだろう。このように金融節度を守るか否かということが基軸通貨として長 く機能できるか否かの分岐点といえるだろう。 皿 基軸通貨国の利益と費用 1. 国際通貨発行特権と国際通貨制度 基軸通貨国になることによる利益と費用について費用・便益分析を行う揚 合,そのときの国際通貨制度がどのような制度であるかを考慮しなければなら ない。そこで基軸通貨国が保有している国際通貨発行特権による利益は,理論 的にどのような国際通貨制度のもとで生ずるかを検討することにしよう。 (1)国際金本位制度 古典的金本位制度下においては金平価と自由金市場の存在により,金貨の額 面とコストの間に差が生じないので,国際通貨発行特権による利益は発生しな いであろう。しかし国際金本位制度下においても,スターリング地域内でのイ ギリスとその植民地間においては,ケインズが『インドの通貨と金融』で指摘 しているように金為替本位制度が採用されており,国際通貨発行特権による利 益がまったくなかったと否定することはできないのである。 ② 国際金為替本位制度 国際金為替本位制度において,金請求権に対して100%金準備を保有してい
る場合,国際通貨発行特権による利益は生じない。しかし国際金為替本位制度 が厳密に運用されなくなると,利益が生ずるようになるのである。すなわち金 為替に対して100 %金準備を保有しているときは,それだけの金が担保として 他の目的に使用されることなく保有されているので,国際通貨発行特権による 利益は生じない。金準備を超過して国際通貨が発行されるようになると, 「無 から有を生ずる」ようになってくる。つまり無価値の紙幣が各国の財や用役を 国際通貨発行国にもたらすことになるのである。
(3)IMF体制
ところでIMF体制ぱ前述したように金とドルを中心とした国際金為替本位 制度であった。しかし金の生産量は,急速に拡大する国際流動性の需要量をま かなうほどには増大せず,もっぱらアメリカの国内通貨であるドルの発行によ り国際流動性が供給されてきた。この金の節約体制がアメリカに国際通貨発行 特権による利益を生じさせる可能性を与えたのである。そしてドル債務がアメ リカの金準備を超過して流出しはじめた1960年からその可能性は顕在化したと いえるだろう。 (4) ドル本位制度 そして1971年8月,金とドルの交換性停止によりIMF体制は崩壊したもの の,ドルに代わる国際通貨がないためにいぜんとしてドルが保有され,いわゆ る「ドル本位制度」が出現した。この状態でアメリカは金交換の義務を免がれ ながら,なお大幅な国際収支赤字を出し,国際通貨発行特権による利益は急増 するようにな:つた。 (5)変動相場制度 さらに1973年2月から3月にかけて主要国は変動相場制度に移行し,現在へ と続いている。自由に変動する為替相場制度下では,相場の絶えざる変動によ り国際収支はつねに均衡するので,公的機関は介入通貨や準備通貨を必要とせ ず,国際通貨発行特権の問題は生じないであろう。しかし政府が介入する現行 の「管理されたフロート」のもとでは,介入通貨はいぜんとして必要であり, 国際通貨発行特権の問題は残されることになるのである。ドルの費用・便益分析 55 2. 基軸通貨国と国際金融資本市場 自国通貨が基軸通貨として国際的に流通するようになるとともに,国際金融 業務に携わる人々の利益も増大してくるようになる。まずロソトソ市場につい て考察しよう。 (1) ロンドン市場 国際金本位制度下にあってロンドンのロンバート街は世界の金融・資本市場 の中心となり,世界の貿易の決済はその多くがロントンでポンドを中心に行わ れた。また19世紀末にはロンドンとパリ,ニューーヨーク,ヨハネスブルグ問で コヨ 裁定取引が盛んに行われるようになった。さらに外国の公社債がポンド建てて ロンドンで発行された。Pンドン取引所で売買された海外証券は,その他に鉄 道,運河,公共事業,鉱山関係などがあり1815年から1914年の100年間で,40 ユおう 億ポンドにもおよんだとされている。したがってロンドン市場の国際業務から 得られた収益は,金融関連の総収益の大きな部分を占めていたことが推測され ヱのる。コーエン(B.J. Cohen)の推定によれば, Fルに基軸通貨の座を譲った 1960年代央においてさえ,保険業務銀行業務マーチャント業務ブP一カ ー業務を加えたロンドン市場総収益のうち約15%が,ポンドが国際通貨である ことから生じた収益であると計測している。またロンドン市場総収益のうち保 険業務を除いた収益中では,国際通貨であることから生じた収益が24%にもお よんでいる。 ② ニューヨーク市場 アメリカ金融機関はニューヨークが国際金融資本市場であることからその媒 介老として取得する手数料や貸付収益,ドルが基軸通貨であることから生ずる 貿易金融上の優位性や為替リスクの回避等に直接・間接の利益を享受してき ユ2)俺美光彦『国際通貨体制』東京大学出版会,1976年。 13)江口行雄「ポンド・ドル・円の盛衰と資本市場の展望」『証券投資信託月報』221号, 1979年2月,PP.6−7. 14) B. J. Cohen, The Benefits and Costs of Sterling, Reprints in lnternational Finance, No. 15, June 1970.
56 たQ とくに貿易金融についてアメリカの銀行は基軸通貨ドルとニューヨーク金融 市場を背景に,巨額の長期輸出入信用供与を全世界に発展させることができ ゴの た。すなわち貿易決済代金をアメリカの銀行,自国銀行いずれからの信用供与 により調達するかは,その時の両国金利コスト差を基準にした諸要因で決定し ていたが,現実にはアメリカの銀行の金利が少し高い場合でも輸入業者はドル を選んだほうが受ける信用便宜が大きく,1960年代初頭までは圧倒的にアメリ カの銀行による信用供与が行われていた。しかしユーロ市場とくにユーロ・ダ ラー市場の発展により,ユーロ銀行がアメリカの銀行よりも安い金利で大量に ドル建て決済資金を貸し付けることが可能となり,貿易金融におけるアメリカ の銀行の独占は崩れることになった。そこでアメリカの銀行はその利益回復に 取り組まねばならなくなり1960年代から,海外支店開設を急増させ,国際金融 業務への進出が活発となってきた。 最近でもアメリカの銀行の国際業務の80%がドル建てで行われているといわ ユの れており,アメリカの銀行が国際金融界で競争力の優位を保っている。なぜな らアメリカ以外の銀行は必要とするドルを主としてユーロ市場等から取り入れ ざるをえないが,アメリカの銀行はユーロ市場の他に国内預金を源泉としたド ルを使用可能であり,資金コストもアメリカの銀行のほうがより低く,金利の 変動も安定的であるからである。したがって現実の国際金融市場での銀行の競 争力は自国通貨が国際的にどれだけ使用されているか,つまりどれだけ自国通 貨が国際化しているかによって決まってくるといえるだろう。 また銀行のみならず証券業界においてもそれは妥当するといえるだろう。最 近のドル離れ現象から,第2表に示されているように国際債券市場におけるド ル建てのシェアは低下する一方であり,マルク,スイス・’フラン,円のシェア が増えそれとともに各国証券業界の収益も増大しているのである。 15) 前掲拙著,pp.89−90. !6) 藤i井保紀「米銀の国際業務の発展と競争力」 『日本長期信用銀行調査月報』/977年 12月,P.5,
ドルの費用・便益分析 57 第2表 国際債券市場における起債額の建値通貨別構成(単位:億ドル,%)
1・ルド駕ル,オ㍊卸ス修勃円1その他合計
1970年 17 72 73 74 75 76 77 78 1!31(38.2) 79i・7・(4・・7) 30(65.6) 33(52. 9) 53(54.0) 35(44.2) 43(62. 5) 102 (51. 2) 197 (60, 7) lgl(ro6. 1)I l 8(17. 0) 11(17.4) 16(16. 9) 14(17. 7) 6( 8.7) 34 (16. 9) 40(1.?. 3) 63(18 6) 90(26.4) 90(22. 0) 4( 8.9) 3( 5,0) 4( 3.3) 2( 2.5) 4( 5.7) 9( 4,5) 11( 3.4) 7( 2.0) 8( 2 3) 6( 1.5) 2( 4.2) 7(10. 6) 8( 8.4) 15(19. 5) 9(13. 3) 33(16,6) 54(16. 2) 50(! 4. 6) 57(!6.6) 98(23. 9) *( O. 3) 1( 1.5) 3( 3. 2) 3( 3. 5) o( o. o) 1( O. 3) 2( O. 7) !3( 3.4) 38(11. 2) 18( 4.4) 2( 4.0) 8(12.0) 13( 4.2) 10(12. 6) 7( 9. 8) 2!(10.5) 21( 6.7) !7( 5.0) 19( 5.4) 27( 6.6) 46 63 97 78 69 !99 325 340 343 410 〈出所>Morgan Guaranty Trust of New York, Wor♂4 Financial Mα規3オ∫. (注)1,*印は5,GOO万ドル未満を意味する。 2. ()内は,合計を100%とした時の構成比を示す。 3.基軸通貨と対外投資 前述したように基軸通貨国であったイギリス,アメリカとも対外投資を行う ことにより基軸通貨を供給するとともに,成熟した債権国への道を歩んでき た。イギリスの場合は第1次,第2次大戦の戦費調達のため対外債権を取り崩 さねばならず,生産力の低下とともに基軸通貨国としての地位を下りざるをえ なかったが,アメリカの場合はいぜんとして巨額の対外投資残高を保有し,そ の投資収益も莫大なものになっている。しかし現地に投資されたドルは最終的 にアメリカの銀行預金やアメリカ財務省証券購入に当てられ,いつでも取り崩 せるような短期資金の形態で持たれるケースが多く,これらに支払われる利子 は費用として計上されるであろう。つまりアメリカ全体としては「短期借り・ 長期貸し」により利益を得ているといえるだろう。 またイギリスとアメリカの対外投資には,きわだった特徴がある。つまり国 際金本位制度下のイギリスでは,ポートフォリオ投資(証券投資)など間接投 資が主たるもので,直接投資はわずかであった。これに対しIMF体制下のア メリカでは,多国籍企業に代表されるように直接投資が大きな比重を占め,間接投資はあまり大きな比重を占めていない。これは投資先の環境,金利水準, 経済状態,投資家の態度等々総合的に解明しなければならない問題であるだろ う。 4. 基軸通貨国と金 国際金本位制度が成立したときのポンドは金交換を国内からも国外からも求 められる立場にあった。他方IMF体制下のドルは国内から金交換を求められ ることはなく,金交換に応じたのは国外その中でもIMF加盟の公的通貨機関 に対してであった。(金プ・・一ル協定により,1961年から1968年3月まで民間市 場のPソドン金市場に金を放出したことはあったけれども) 前述したようにイングランド銀行の割引政策はきわめて有効に作用し,金流 出を極力抑えるような補助的手段も併せて採用された。そこでイギリスの金準 備は最低必要:量を除いて効率的に投資されていた。しかしアメリカの場合は, 金融節度を守らない金融政策がドルに対する信認の低下を招き,最高時には世 界の3分の2以上にも柏当する246億ドルの金がアメリカに保有されていたも のの,1958年頃から継続的に金が国外に流出し,1971年冬は1!0億ドルに減少 した。したがって信認の基礎ともいえる金は効率的に運用されることなくアメ リカに保有されたままであり,その意味でアメリカは他の資産に投資したら得 られたであろう「機会費用(opportunity cost)」を払うことになったといえる だろう。 5.基軸通貨国と経済政策 国際金本位制度下のイギリスは,国際的に相互依存度の高い経済の中におか れていたのに対しIMF体制下のアメリカは,対外的経済依存度が低い国であ った。イギリスにおいては相互依存度が強いため,ポンドの信認を得るため対 外均衡優先政策を採らざるをえず,意識するとしないとにかかわらず国際金融 政策を採ることになった。そこでイギリスにおいては基軸通貨国として,経済 政策運営にあたり,ある程度の負担が課せられた。しかしその負担も植民地を
ドルの費用・便益分析 59 はじめとする周辺国にある程度転嫁することができた。 それに対し対外的経済依存度が低く,かなりの自給度を持っていたアメリカ は,経済力が強大なためにその他の諸国では耐えがたいような大規模な資本移 動でもあまり影響を受けることはなく,またそのような影響が好ましくないと 思われるときには,十分な対外準備と国内資産を背景に通貨当局が効果的にそ れを相殺できるだけの機能を備えていた。そこでアメリカは基軸通貨国の負担 をあまり感じないまま国内均衡達成のための経済政策を遂行し,その結果過剰 なドルを流出させることになった。またアメリカが行った一連のドル防衛策は 最もコストの高いデブレ政策を採らず,国際収支調整のコストをあまり負担し なかったために,IMF体制を崩壊へと導いたといえるだろう。 IV アメリカの費用・便益分析 1, アメリカの利益と費用 基軸通貨国であったことによる利益と費用を,統計上の点から国際金本位制 度下のイギリスより相対的に計測しやすいアメリカについて考察していくこと にしよう。まず利益としては,つぎの諸点があげられる。 (1)その期のアメリカ国際収支赤字で通常「経常的部分(current portion)」 と呼ばれる利益。これは基軸通貨国であるために許される国際収支赤字から得 られるフP一の利益である。基軸通貨国は門下で外国の財や用役の輸入代金を 支払うことが可能であるが,他の諸国は稼得した基軸通貨でなけれぼ輸入代金 の支払いができない。基軸通貨国の赤字が他の諸国から受け入れられる限り, 基軸通貨国でなかったときよりも「身分不相応な生活」が可能となるのであ る。 ② 基軸通貨国であるために可能となった海外投資ストックから得られる利 益で「資本的部分(capital port三〇n)」と呼ばれるものである。すなわち海外直 接投資や間接投資に投入される金額が基軸通貨国でなかったときよりも,より 多く投資可能で,その投資から得られる利益を指している。取引通貨や準備通 貨としてのドルを各国は大部分アメリカの銀行への預金やアメリカ財務省証券
などの短期債権で保有していたため,アメリカは債務の返済を免がれながら短 期で借り続け’,余剰な資本を海外投資に振り向けることができ,いわば「短期 借り・長期貸し」からの利益といえるであろう。 ㈲ ニューヨーク金融資本市場が国際的な金融の中心地であることから,ア メリカの金融業界や証券業界が国際金融業務より直接・問接に得ることのでき る利益を指し,いわば「金融センター」からの利益と呼ぶことができるもので ある。 (4)貿易や国際資本移動でドル建てが圧倒的に多いことから,アメリカ国民 や企業はドル建てで取引を行うことができ,為替リスクや先物カバー手数料が 不要であることからの利益。 (5)世界的インフレーションにともなうドル減価により,対外ドル債務残高 が実質的減少をすることからの債務者利得。このインフレーションがアメリカ により意図されたものであった場合,アメリカは爾余の諸国に「インフレーシ ョン税」を課したことになる。 (6)アメリカが他の諸国よりも国際収支にあまり制約されないで,国内経済 政策を遂行できたことによる利益。 (7>国際通貨発行特権を保有していることによる政治的威信,その他有形r 無形の利益。 そして費用としてはつぎの諸点が考えられるであろう。 (8)国際金為替本位制が採用されていた1971年8月までは,ドルの信認を確 保するため,一定の金準備を保有し続けなけれぽならず,そのための管理費用 と金保有量だけ他の財や証券に投資したら得られたであろう機会費用が生ず る。しかし,金交換を名実ともに停止すると,この項目はアメリカに固有の費 用とはならない。なぜなら,いぜんとして費用はかかるが,自発的に金を保有 する他の諸国と同様の立場になったからである。 ⑨ アメリカの銀行への預金あるいはアメリカ財務省証券の形態で保有され ているアメリカの対外債務に支払われる利子。 ⑩ アメリカからの金流出によるドル流出額減少から生ずる損失。これはア
ドルの費用・便益分析 61 メリカからの金流出はドルと金との交換により行われ,その金額だけドルがア メリカに還流し,国際通貨発行特権による利益が減少すると考えられるからで ある。 ユア (11) ドルを大:量に流出させることにより経済政策の効果が減殺されたり,ド ルが通貨投機の対象になったりすることによる負担増等々,有形・無形の基軸 通貨国であることによる費用があげられるであろう。
2.記号の説明
次に国際通貨発行特権を保有することから派生するアメリカの利益の定式化 と試論的計測を,計測可能な経済的要素に限定し,国際通貨発行特権によるア メリカの利益が理論的に発生し始めたと考えられる1960年以降について行うこ とにしよう。まず記号は次のとおりである。 T:アメリカの基礎収支赤字(貿易外収支の投資収益のうち,海外投資残高 に等しい額からえられた海外投資収益で,アメリカに送金された額は基礎収支 の赤字分をそれだけ小さくするが,資本的利益の項目で計上されるので,この 項目では控除しない。) B:アメリカの海外投資残高(海外直接投資残高と証券投資残高で代表し, 1959年末残高時点よりの増加分が国際通貨発行特権により流出したものと仮定 し,その増分を海外投資残高とする) i:海外投資利潤率(海外直接投資利潤率で代表) r:アメリカ財務省証券利回り(3ヵ月物の年平均利回りで代表) G:アメリカ保有の金ストック AG:アメリカからの金流出額@G<0は金流入を示すことにする) R:金融センターであることからの利益 V:SDRのそのときのドル価値(年末の値で代表する) t:添字のtは三期(暦年)を表す 17)吉野昌甫「キー”・一・カレンシー制度と収支調整」rビジネスレビ」一』第28巻1号, 1980年6月,PP.28−29.3.定 式 化 以上をもとにして,つぎの2期間に分けて国際通貨発行特権を保有すること によるアメリカの利益(S)の定式化を行うことにしよう。 (!)1960年から1971年8月まで これはアメリカの金準備をドル債務が超過しながらもドルの金交換が行われ た時期で,金平価も変更されなかったのでt年の利益は次式で表される。 St=Tt十Bt−i(it−rt)十Rt−Gtrt−dGt(1−rt) (2)1971年8月以降 これはドルの金交換停止によりIMF体制が崩壊した後の時期である。1971 年12月にはスミソニアン協定で金平価を金1オンス=35ドルから38ドルに切下 げるとともに各国為替平価の多角的調整が行われ,為替相場の変動幅も為替平 価の上下2.25%に拡大された。その後72年6月のポンドの変動相場制移行,73 年1月のイタリヤ・リラの二重相場制移行,73年2月金平価の金1オンス=38. ドルから42.22ドルへの切下げが行われ,73年2月から3月にかけては主要諸 国の変動相場制移行があいついだ。したがってこの時期は実質的に各国通貨価 値が大きく変動していることを意味している。とくにドルは1971年12月目1973 年2月の2回目わたって切り下げられ,1971年8月以前の段階よりも大きくそ の価値を減価させることになった。 したがって1971年8月以降は狭i義の意味で基軸通貨不在の時期である。しか し取引通貨,介入通貨,準備通貨としてドルはいぜんとして使われ,アメリカ は広義の基軸通貨国として存在している。したがって1971年8月以降は次式で 表される。 ㈹ 試論1 s, ・T,/v,+Bt_1(it Vt 一rt/ Vt)+R,/ v, (B)試論2 St = {Tt +Bt−i (it 一rt) +Rt}/ Vt
4,各項目の意味
ドルの費用・便益分析 63 (1)まずTtは経常的利益に相当するものである。これは前述のようにアメ リカの国際収支赤字は国際流動性の供給となり,他の諸国が受け入れる限り, 金の代わりにドルで決済することが可能で,その額だけ財・用役の購入が行わ れる。このような利益を他に適当な指標がないので,アメリカの基礎収支赤字 で便宜的に表すことにする。 (2)つぎにB,一1(it−rt)は資本的利益に相当するものである。アメリカの対 外貸借ポジションは「短期借り・長期貸し」であり,この利鞘に1959年末残高 時点よりのアメリカの海外投資残高増加分を乗じたものを,’期の資本的利益 と考えることにする。 第3表 アメリカ主要銀行の海外部門からの収益および全収益に占める比率 (単位:100万ドル,%) 壷こ一倒197・1 1971 1 1972 i・・73 1・9741・9751・976 i 1977 1197S 1・979 Bank America CitiCOI“P Chase Manhattan Manufacturers Hanover J. P. Morgan Chemical Banl〈ers Trust 31. 6 (19. 0) 58. 0 (40. 0) 30. 7 (22. 0) 11.4 (13. 0) 25. 5 (25. 0) 7.7 (10. 0) g.7 (16. 1) Continental 1 O.1 工11inois ( 0.2) First Chicago Security Pacific L2 ( 2. 0)
NA
33. 9 (19. e) 72. 3 (43. 0) 4?“. 8 (29. 0) 19. 4 (24. 0) 31. 8 (28. 9) 12. 4 (17. 0) le.7 (19. 2) 2.1 ( 3. 0) 合 計 4.6 ( 7. 0) 1.1 ( 2. 0) 17へ7r・
39.引52.6 (21. 0)1 (24. 0) 11e. o (52. 7) 50. 4 (41. 5) 24. 0 (29. 0) 41.9 (35. 0) 9.D (14. 1) lg. 7 (31. 1) 13. 0 (16. 7) 8.6 (11. 0) 2. 9 ( 5. 1) 3!8.2 (30. 0) 152. 0 (59. 7) 68. 0 (39. 5) 35. 3 (35. 0) 68.0 (46. 3) 13. 0 (18. 4) 26. 4 (40. 1) 17. 3 (20. 1) ILO (12. 0) 7.2 (12. 0) 450. 8 (35. 6) 74. 4 (29. 0) 193. 0 (61. 7) 89. e (46. 8) 58.4 (46. 0) 80. 0 (44. 6) 3L 3 (34. 3) 35. 7 (50. 0) 3,8 ( 4. 0) 3.0 ( 2. 9) 8.9 (15. 3) 577.5 (38. 8) 144. 8 (48. 0) 246. 0 (70. 7) 101. 0 (64. 3) 62. 7 (46. 0) 115.1 (60. 0) 44. 4 (45. 0) 38.3 (60. 0) 16. e (13. 4) 35. 9 (34. 0) 8. 3 (12. 8) 812.5 (51. 2) 134. 4 (40. 0) 293. 0 (72. 3) 82. 0 (78. 1) 80. 2 (56. 0) 107.4 (53. 0) 41.0 (44. 2) 36. 9 (64. !) 3e. o (22. 9) 15. S (17. 0) 5. 3 ( 7. 2) 826.0 (50. 4) 135. 1 (34. 2) 313. 2 (82. 2) se. o (65. 0) 86. 9 (55. 0) 119. 0 (54. 6) 46. 5 (44. 3) 49. 0 (79. 0) 24. 0 (16. 7) 21. 0 (18. 9) 13. 0 (13. 0) 891. 3 (49. 6) 176. 8 (34. 4) 346. 1 (71. 8) 105. 0 (53. 3) 95. 0 (52. 2) 135. 9 (50. 9) 226. 2 (37. 7) 352. 0 (64. 7) 145. 9 (46. 9) 103.0 (48. 8)鵬瞬、,
15e. 3 (52. 2) 49. 4 56. 0 (67. 5) 30.9 (18. 3) 21.0 (16. 0) 21. 0 (15. 8) 1, 042. 9 (45. 7) 59. 1 (51. 8) 35. 7 (18. 4) 4.e ( 3. 5) 16. 4 (10. 0) 1,143.0 (42. 6) <出所>The Banher, Sep・!975, May 1977.『富士タイムズ』1978年8月,!979年8 月,!980年8月より作成。③Rtは「金融センターからの利益」を示しているが,ニューヨーク金融 資本市場の国際金融業務全収益が公表されておらず,各行の収支計算書から類 推せざるをえない。第3表に示されているようにアメリカ上位10銀行の国際業 務からの利益は10銀行の全収益の40%を超えているものの,国際金融業務に進 出している約140のアメリカ銀行の全資料を入手することは困難で,銀行収益 に対する国際金融業務の比率は確定でぎない。また,投資銀行など証券業務に おける国際業務からの収益も確定できない。そこで前述したコーXンがPンド ン市場総収益の15%(保険を除くと24%)が国際通貨ポンドから生じたもので あると推定しているので,それを参考にしよう。しかしイギリスとアメリカで は,その経済規模にも大きな相違があるので,第3表の上位10大銀行の国際業 18) 務からの収益と税引き前の被保険加盟銀行総収輩の比率を考慮して,アメリカ の銀行,投資銀行,ブローカー業務の税引き前収益合計(保険業務の収益は除 く)に10%を乗じたものをRtとする。 /4)G,rtはアメリカ以外の諸国は外貨準備を財務省証券などに投資し,入 手できたであろう利子収入を,アメリカは利子のつかない金で保有するために 入手できないと考えたからである。しかし1971年8月以降は金交換を停止した ので費用項目とはならない。 ㈲ liG,(1−rt)は前述したように金のアメリカからの流出はその金額だけ ドルがアメリカに還流することを意味し,財務省証券に投資されるドルがその 額だけ減少し,利払いをしなくてもよいと考えることにしたからである。また 金の流入はドルの流出により生じたもので国際通貨発行の結果生じたものと仮 定し,その利益は他項目て考慮済みなので改めて計上はしない。 (6>ところで1971年8月以降の定式化においては,前述のように各国通貨の 実質価値も大きく変動している。その意味でも各国為替相場変動によるドルの 実質価値の算定や,世界的インフレーションの高進の中での実質価値の計測を 含んだ,より総合的定式化が行われるべきである。 18)1972年4.39%,73年5.!8%,74年6.25%75年9.06%,76年8.32%,77年7.68%,78 年6.88%。被保険加盟銀行収益は,髭4θrα♂Reserve Bulletin, Sep.1979, p.704参照。
ドルの費用・便益分析 65 そのための指標として金価格物価指数,実効為替相場,購買力平価,1SD Rあたりのドル価値指数等々の利用が考えられる。しかし,どれも一長一短が あり最適な指標は現在のところ見当たらない。そこで通貨の平均価値を表示す るSDRをとりあえず使うことにする。 T,/ V,,R,/ V,は基礎収支の赤字と金
融センターからの利益を,それぞれ1SDRあたりのドルで割り,1SDR=
1ドルの関係があった1970年当時の平均価値に還元しようとするものである。 SDRはユ6力国通貨の加重平均によって示されたものであり,それでドル価値 を表すのは循環論的であると批判されるかもしれないが,1968年以降の基軸通 貨国の利益の計測が皆無であるため,何らかの定式化が必要であることと, 1971年以降もドルが国際通貨としてなお需要されているため,入手可能な統計 数値の制約の中で,おおまかでも計測をする必要が急務であったため,試論!, 2の定式化を試みた。より精密な定式化は他日を期したい。 (7)試論1のBt_i (it Yt 一rt/ Vt)は,海外投資収益は全額現地通貨で配分さ れ,それをドル換算するときドル減価により受け取る投資収益は増大し,他方 外国への利払いは実質的価値を減少させると仮定したからである。試論2のほ うは投資収益は全額ドルで配分され,ドルの減価によって全体としての利益も 実質的には減少すると考えたからである。5,計測値の検討
以上の諸前提のもとに「Federal Reserve 8ulletzn」「Survey of Current Bu− siness」「lnternattonal凡槻π6認Stαtzstzcs」の統計数値を使って導出されたの が,第4,5,6表である。これらの表はきわめて恣意的要素を含んでいるが, 1960年から1971年までのアメリカの基軸通貨国としての利益の累計は,472億 ドルにおよんでいる。1972年以降の数値については試論1では換算益が評価損 を上回り,試論2ではSDRで示されるドルの減価分だけ,基軸通貨国の利益 が減少することになる。海外投資収益が全額現地通貨で支払われることも,全 額ドルで支払われることも可能性としてはあるだろうが,現実にはドルで支払 われる場合が多いと考えられ,試論2の定式化の妥当性が高いといえるかもしれない。 これらの計測値はおおまかで,きわめて試論的なものであるが,IMF体制 第4表 アメリカの基軸通貨国としての利益(1960年∼1971年)(単位:億ドル) ︶ ’年 ︵ G AG li (流出)(%) ①金融資 @ 1@ 1@
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1972「・・86国4・・4115・・3・・「・1・・陣・11・・1」12・・1・・2・・i…1ii・・11S9・ ・1 IS9・・ 73)1.2061 16 17. 041 lg. 31 s.sl 13.sl 762.gi g. s] 13g.61 s. IPo3.oj11.6i122.7i 312.1 74 11. 2241 16 17. 7111g. 61 6. 3 i 13. 3 1 s7s. 41 log. 31 144. o 1 sg. 3( 116. 4111. s(217. sl s2g. 6 7s[1.1711121s.70[14. l14. g l g.21970.6rA14. ol 134.1−IA12. oi sg.3111. s i ss. s i 61s.4 76 1i. i6il ii )s. 341 i2. si 4. 61 s. 2 lii77. 4)(thg} i ios. g ) 74. gl g6. sl g. 4iiso. si 7gg. 2 77 Ei. 2isl i4 [s. 32Ei7. ol 4. 41 i2. 6 li397.41 237 E i20. o [ igs. il i76. ol g. g l3si. o liiso. 2 7s 11. 3021 16 [7. 40120. sl s. 7 e ls. 1 llsso. 71 2sg 1 ls7. 4 11gs. g[23s. 71 12. 1 i 44g. 71162g. g (注)1 基礎収支は1976年以降発表されていないので推定値ドルの費用・便益分析 67 第6表 アメリカの基軸通貨国としての利益(1972年以降∼試論2) (単位:億ドル) t(年)lv .Z r i−r B,一1 后972μ・S61 ・4 1・・. 141・・.・S61 666.・・1 121.・i lll.・圃・・1圃・73.・・1 173.・ 金融資本①
轄総収T
(税引前)1R
③ のゴ
②Bσ 器尚鞭。藁鷺山7311.2061 16 lzo4is.g61762.gf 13g.6[ g.sl 6s.41 14.oi g2.21 76.sl 2so.4 −﹁. 74 i ・・ 2241・司・刺・29/87・・陣・1 ・・9・・1・2・・睡1・96・・1 ・6・・ ・」・・… zs−1 1. 171[ 12 ] s. 70 ] 6. 30 1 g70. 61 134. 1 lzx14. ol 61.IL 13. 4 [ 60. sl sl. 7] 462. s 761i.i6ii n [ s.3〈L[ s.661n7z41 ios.g f s7 1 66.6[ io.gli64.s[i4i.7i 604.2 77 1 i. 2is l i4 i s. 32 i s. 6s i i397. 4 f i20.o[ 237 i i2i. 31 i2.o [ 370. 31 304. sl gog. o 78「1…21・67・4Q 1 ・…[is8…い5・・i・・91・3…1 i5・・i 41・・ ・1 31s・ ・1・224・・1 (注)76年以降の金融資本市場総収益は発表されていないので,被保険加盟銀行収益 とニューヨーク証券取引会員の収益を合計したものを使用する。 においてアメリカが基軸通貨国として得た利益を把握するうえで有益であると いえるだろう。またアメリカの基軸通貨国としての利益が1960年と61年にマイ ナスとなったのは,ドル債務がアメリカの金準備を上回ったため,ドル決済よ りも金決済がより多く行われたからであろう。62年以降は国際金融協力によ り,曲がりなりにも通貨情勢が平静をとりもどし,アメリカの国際通貨発行特 権による利益を生じさせる素地を作ったといえるだろう。 V お わ り に 一国の通貨が基軸通貨になることによって利益と費用(負担)が生ずること は今迄の考察である程度明らかになったといえるだろう。西ドイツやスイス, 日本が基軸通貨国となる要件を積極的に整えようとしないのは,現段階では利 益よりも費用の方が大きいと判断しているからである。たとえば西ドイツの場 合,消極的な理由として①ドル以外のどのような通貨もその背後に広範囲に独 立的で自給自足的な経済圏を有することによる経済力と金融市場を持っていな いため,基軸通貨ドルの「自然的」機能の肩代りはできない,②西ドイツの金 融市場のキャパシティは小さく,マルク準備の投資や取崩しによる国内経済に 生ずる好ましくない流動性や金利の変動を,連銀がいつも相殺できるとは限ら
ない,③準備通貨の発行国は通貨発行特権による利益を得るといわれるが,こ れは経常収支または資本収支の赤字を低利の準備資産の発行により支払う場合 にのみ妥当する。しかしマルクで保有される資産は通常大幅な実質金利が付さ れている。さらに準備通貨としての役割を担うことと経常収支の赤字とは長期 間両立しえない,④準備資産の多様化によって形成された複数基軸通貨制度 は,為替相場の不安定性と国際流動性の無制限な増大の危険を常にともない, ユ 好ましいものではない等々である。 金と交換できない国際紙幣制度下では,国際通貨の減価を防ぐものは何もな い。たとえ複数基軸通貨制度が成立したとしても,金融節度を守らなければ国 際的規模での主要国通貨のポートフォリオ・セレクションが生ずるであろう。 そして通貨の信認の高低により各基軸通貨国の受け取る国際通貨発行特権から の利益も異なるであろう。金との交換ができない基軸通貨は強力な国際的監視 と管理が必要である。 現行の変動相場制のもとでドルだけに国際流動性供給を:求めることは種々の 矛盾を持つとともに,基軸通貨としてのドルの地位が相対的に低下するのにと もない,今後ドイツ・マルク,スイス・フラン,円等が準備通貨としての役割 の一部を担っていかざるをえない状況にある。自国通貨の国際通貨化による国 内経済,金融政策,為替相場への影響を最少限に抑えながら,そのような要請 に応えるための現実的政策立案が急務となっているといえるだろう。 〔参 考 文 献〕 (1) R, Z. Aliber, ‘CThe Costs and Benefits of the U, S. Role as a Reserve Country,’i Quarte?“ly Journal of Economics, Aug. 1964. (2) G. A. Calvo, “Optimal Seigniorage from Money Creation,” Journal of Monetarbl Economics, April, 1978, 〈3) H. G. Grubel, “The Benefits and Costs of Being the World Banker,” National Banking RevieTv, Dec. 1964, (4) 一, The Jnternational Monetary System, Penguin Books, 1969, i9) Monatsberichte der Deutsehen Bundesba”k, “Die D−Mark als internationale An・ lageWhrung,” November 1979.
ドルの費用・便益分析 69 (5> C, P. Kindleberger, Balance of Payments Defictt a7id the Jnternationa/ Market of Liquidity, Essays in lnternational Finance, No, 46, May 1965. (6) R, 1. Mckinnon, Priwate and Ob7icial Jnternattonavl A40ne.y一 The Case fc,“ lhe Dollar, Essays in lnternational Finance, No. 74, 1969. (7>R.A. Mundell&A. K. Swoboda, eds,Monetaryβ・oろ勧z写〆ihe Iiil.er7iational Economy, The Univ. of Chicago Press, 1969. (8) 一, Monetary Theory, Goodyear Publishing, Co., 1971. (9) R. Tnffin, Goid and the Dollar Crises, New Haven, Yale Univ. Press, 1960. (lo) 一, The Balance of Pablments and the rnoreig7i lnvestment Position of the United States, Essays in lnternational Finance, No. 55, Sept, 1966 (ll) T, F. Wilson &r K. E, Boulding, eds,, Redistribution through the 一FinanciceZ S“Js− tem, Praeger Pub., 1978. (/2)有馬・敏則, 『国際通貨発行特権と国際通貨制度』滋賀大学経済学部研究叢書第5号, 1979年。 〔13>一一,『国際金融政策と国際通貨制度改革』,文部省科学研究費研究報告書,1980年。 (14)芦矢栄之助,『キー・カレンシーの生命』H本経済新聞社,!979年。 (15)松村善太郎『国際通貨ドルの研究』ダイヤモンド社,1964年。 ㈱ 日本証券経済研究所『アメリカの公社債市場』1975年。 働 『大蔵省国際金融局年報(昭和55年版)』金融財政事情研究会,1980年。 ㈱ 新庄 博『国際金融論』有i斐閣,1967年。 ⑲ 竹村脩一・荒牧正憲編『現代の貨幣・金融』ミネルヴァ書房,1980年。 ⑳ 滝沢健三『国際通貨』新評論,!980年。 ⑳ B.チュー著,片山貞雄・木村滋訳『新・国際金融入門』東洋経済新報社,1979年。