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保守主義会計は企業の投資行動に影響を及ぼすのか

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論 文

保守主義会計は企業の投資行動に影響を及ぼすのか

花 村 信 也

* 要旨  本稿は保守主義会計が企業の投資実行と経営者の努力にどのように影響を与え るかを分析した。保守主義会計は,情報に対して下方にバイアスをかけて会計情 報を開示をする。従って,保守主義会計により直観的には投資が減少し,経営者 が努力をしなくなると考えられる。しかしながら,本稿の分析は逆に,経営者へ の報酬と組み合わせて保守主義会計の程度を強めることで,投資機会を経営者が より多く探して投資を実行し,より努力をすること,さらにその結果として企業 価値が増加し株主に資する結果となることを示した。企業を買収する際に経営者 は会計上の見積もりの厳格化に躊躇し,このような厳格化が買収促進の妨げにな るという主張がある。これに対して,本稿の主張は真逆の結果を提示している。 保守主義会計の程度を上げないのであれば過大投資が行われるので将来減損のリ スクを抱えて経営者は過大な投資実行をしてしまう。しかしながら経営者の報酬 を上げることと保守主義会計の程度を上げることを組み合わせることで,経営者 の努力を引き出し,企業価値を最大にすることも可能となる。 キーワード 保守主義会計,企業買収,のれん,業績報酬,エージェンシー 目   次 1. はじめに 2. 先行研究 3. モデル 3.1 設定 3.2 経営者の努力と投資によるキャッシュフロー 3.3 会計システムによるシグナル 3.4 経営者の行動と業績報酬 4. モデルによる分析 4.1 報酬が所与である場合 4.2 最適な報酬契約 4.3 保守主義会計が最適報酬契約に及ぼす影響 5. 報酬契約を会計シグナルで評価する場合 5.1 報酬が所与の場合 5.2 報酬を最適報酬とする場合 6. 総括と課題 * 立命館大学専門職大学院経営管理研究科教授

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1. はじめに

 2017 年 4 月に日本郵政が 3200 億円の黒字決算の見込みから一転して,400 億円の赤字決 算に見通しを変更した。オーストラリアで買収した物流子会社に,4000 億円規模の減損が発 生したからである。また,2017 年 1 月にソニーが映画事業に関して 1121 億円の減損を発表 している。これは現在のソニーピクチャーズに相当する旧コロンビア映画の営業権の減損を織 り込んだものである。  日本企業が海外の大企業を巨額の資金で買収する件数が増加してきている。また,買収企業 は国際会計基準を導入してのれんを非償却にしている。のれんの減損は事後的に買収価格が高 すぎたことを示しており過大投資に起因する。日本の会計基準では,のれんは20 年以内の期 間で均等償却と減損テストの組み合わせであり,のれんの減損がいきなり発生することはな い。規則償却であれば毎年の償却額が買収金額の制約条件となり,買収プレミアムを多く払う 買収は出来にくくなる。国際会計基準の選択はこの制約条件をはずしているわけであり,買収 のインセンティブと日本企業の余剰資金の活用を促す当局との利害が一致している。そのため に,大型買収,のれんの非償却,減損処理が繰り返し発生することになる。このことは,日本 基準は保守主義会計であるために投資促進にそぐわないということの裏返しと一般に考えられ ている。  本稿は,このような一般の直観とは逆に保守主義会計が投資促進のためになり,逆に積極会 計が過大投資を生み出し社会的厚生を減じてしまうことを理論的に示した。まず,保守主義会 計という用語は多義的に用いられているが,本稿では会計システムとして利益の下方バイアス をかける会計基準とする。研究開発費の即時費用化は会計規準により無条件に決められている ので,本稿での保守主義会計に該当しない。一方で,買収時の,のれんは国際会計基準を採用 していれば非償却となり毎期末に減損テストを行わなければならない。期末でのれんを評価す る時は会計上の見積りとなり裁量が入る。同時に裁量により利益の下方バイアスが決定され る。のれんの場合は裁量により将来利益の現在価値の下方バイアスが決定される。この意味 で,例えば監査人による会計上の見積もりを厳しくすることは本稿での保守主義会計となる。  保守主義会計をこのように定義した場合,本稿の主張は,のれんについて減損テストでの会 計上の見積もりを厳しくしたとしても,すなわち保守主義会計の程度を増やしたとしても投資 のインセンティブの妨げになるのではなく逆に社会的な厚生を高め投資の促進となり,かつ経 営者の努力を引き出すことになることが示される。以下,2 節で先行研究を取り上げ,3 節で モデルを設定し,4 節,5 節でモデルによる分析を行い,6 節を総括と課題とする。

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2. 先行研究

 保守主義会計をバイナリーのシグナルとしてモデルにしたのは,Venugopalan(2004)であ

る。これをベースとしたモデルは,保守主義会計とコーポレートガバナンス,借入契約,利益

管理等の分析に応用されている。コーポレートガバナンスに対する影響はCaskey and Laux

(2016)が扱い,経営者の取締役会に対しての報告行動にどのように保守主義会計が影響する

かを分析した。Gao and Wagenhofer(2016)は逆に取締役会が経営者にどのようなモニタリ

ング行動を取るかを分析している。Laux and Ray(2016)は企業の投資行動に保守主義会計

がどのように影響を与えるかを扱った。Li(2013)は,銀行の貸出契約,特にcovenant 条項

に対する保守主義会計の影響を考察した。さらに,Kronenberg and Laux(2017)は保守主義

会計と監査人の損害賠償との関係を分析した。このようにシャノン図を利用したバイナリーの シグナルによるモデルは幅広いテーマの分析に利用されている。一方,固定資産の減損につい

て理論的に扱ったのはGox and Wagenhofer(2009)である。外部資金の調達に際して保有資

産を担保に供する状況を想定して,担保資産のいかなる価値評価を債権者にコミットするのが

最適であるかかについて分析されている。Wielenberg and Scholze(2007)は,固定資産の償

却と減損について,株主と経営者のエージェンシーの枠組みで分析をした。この分析は,会計 規則として償却と減損を取り上げるだけではなく,株主と経営者の関係の中で経営者がどのよ

うな償却方法を選択することになるのかを分析した。西谷(2016)は保守主義会計について,

その歴史から立ち返りバイナリーのモデルにより理論的に保守主義会計を示した邦文の文献で

ある。日本での実証研究は中野誠,大坪史尚,高須悠介(2015)が無条件保守主義と投資との

関係の実証を行なっている。本稿では,Laux and Ray(2017)のモデルをもとに新たにモデ

ルを構築した。

3. モデル

3.1 設定  リスク中立な株主と経営者がいる。経営者は投資機会を探して,さらに私的に観察するシグ ナルに基づいて投資をするかどうかを決定する。この場合,例えば投資は他企業の買収と考え る。経営者が投資を実行した後,会計システムが業績に関する情報を開示する。タイムライン は以下とする。

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t = 1 株主は経営者に対して業績報酬契約を提示する。報酬w と保守主義会計の程度 c が決 定される。 t = 2 経営者は投資機会を探す。経営者は努力a を決定する。 t = 3 経営者は投資が成功するか,成功しないかの確率θ を私的に観察し,投資を実行する か実行しないかを決定する。 t = 4 会計システムが業績報告S を開示する。 t = 5 業績X が確定する。 3.2 経営者の努力と投資によるキャッシュフロー  投資が成功するか失敗するかの確率θ は経営者のみが観察する。経営者の努力 a を株主は観 察できない。会計システムが報告する業績報告S に経営者の裁量は含まれない。経営者の努力 a は,a ∈[0, 1]で努力のコストは  とする。努力により,経営者は確率 a で実行可能な 買収対象企業を発見し,努力をせず1 -a の確率で買収対象企業を発見できないとする。つ まり,投資機会は,t = 2 で経営者が努力をするかしないかにより発見されて,投資が成功す るか否かの確率θ を経営者が t = 3 で観察する。投資が成功した場合にはキャッシュフロー Xhが発生し,失敗すればキャッシュフローはXlとなる。経営者が投資をしない場合には キャッシュフローはXmとなる。XlXmXhを仮定する。つまり,経営者が買収を実行して, 買収がシナジーを生みキャッシュフローが増加するか,減損してキャッシュフローが減少する か,投資を実行しないか,を示している。状況の設定は以下の図1 となる。  投資機会とは経営者が買収ターゲットを努力して見つけるかどうかである。努力をしない場 合には,投資機会を見つけられない。投資機会を見つけたあと経営者は投資を実行する。投資 が成功する確率θ はバイナリとして考えるのであれば,例えば,成功した場合 40% の確率で キャッシュフローXhが実現し,60% の確率で低いキャッシュフローXlが実現する。 ka2 2 図 1 状況の設定 努力をするa 努力をしない 1-a 投資機会を 見つける 経営者はθ を 観察する 投資機会を 見つけない 投資が成功 するθ 投資を実行 しない Xh Xl Xm Sh Sl Sm 投資が失敗 する1-θ

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3.3 会計システムによるシグナル  会計システムはキャッシュフローに応じてShSmSlのシグナルを会計情報として開示する。 経営者が投資を実行しない場合,キャッシュフローはXmとなりシグナルSmが開示される。 投資を実行した場合,シグナルはShSlを開示する。会計情報システムでは,常に完全な情 報が生み出されるわけではなく,確率的に誤差を生じることが想定されている。誤差を生み出 す要因は,企業価値を高める有益な投資が会計情報には直ちに反映されないこと,会計基準の 不備や会計情報作成での裁量の余地の存在があげられる。キャッシュフローXjであるときに, 会計情報システムがSiのシグナルを生み出す確率をpijPr (Si|Xj)とする。pijは保守主義 会計の程度c ∈[c -, c]の関数とする。c が高いと保守主義の程度が高くなる。株主も経営者c を観察することができる。また,確率 pijPr (Si|Xj)はc に関して 2 階微分可能とす る。会計情報システムとして以下を仮定する。 仮定1  いかなるc に関して     は S に関して増加する。また,  > 1 >  とする。 仮定2  いかなるX ∈ {Xl, Xh} に関して低いシグナルの確率はc に関して増加する。すなわ ち,   >0,   > 0 仮定3   ,   はc に関して増加。  図示すると図2 となる。  買収により発生したのれんの減損テストは,監査人と経営者により会計上の見積もりが決定 されて,開示されるのれんの金額が決まる。本稿のモデルでは,Siのシグナルがのれんの金額 となり,見積もりが厳しくなるのは保守主義会計の程度が厳しくなるためc が大きいことを意 味する。1) 3.4 経営者の行動と業績報酬  会計シグナルS に基づいて株主は経営者に報酬契約を提示する。報酬は会計シグナル Siに 応じてW = (wh, wm, wl)とする。経営者は破産制約があり,報酬は正とする。また,経営者 の留保効用を0 とする。 Pr (S|XhPr (S|XlPhh Phl Plh Pll dplh dc dpdcll Phh Phl Plh Pll 図 2 キャッシュフローと会計シグナル phh Xh Sh plh phl Xl Sl pll

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 報酬W を所与としたときに,経営者の努力の最大化問題と株主の最適化問題を解く。経営 者が投資についての情報θ を観察したあと,投資を実行するか,実行しないかを決定する。 キャッシュフローに対応してそれぞれの期待報酬は以下となる。 E (w|Xh) =Pr (Sh|Xhwh Pr (Sl|Xhwl E (w|Xl) =Pr (Sh|Xlwh Pr (Sl|Xlwl  すなわち,高いキャッシュフローXhであったときは,高いシグナルShが出されて高い報酬 となる場合と低いシグナルSlが出されて低い報酬となる場合の期待報酬となる。低いキャッ シュフローXlであった場合の同様に期待報酬が算出される。従って,θ を条件とした場合の 期待報酬Ωは,キャッシュフローが高い場合と低い場合の期待報酬となるので, Ω (θ ) = θ E (w|Xh) + (1 -θ ) E (w|Xl) となる。投資を実行しないときの報酬wmが,投資を実行したときの期待報酬と等しいときの θ を θTとする。従って, Ω (θT) =θTE (w|Xh) + (1 -θTE (w|Xl) =wm θ > θTであれば投資を実行し,θ < θTであれば投資を実行しない。θT<  を仮定する。投 資実行と不実行の閾値が50%以下である仮定は現実的とみなせる。  経営者はt = 2 で効用を最大にする努力を決定する。経営者のもらう報酬を ψ とすると経営 者の効用は, U = ψ -   ψ = a Ω (θ) + (1 - a) wm となる。ψ は努力をする時と努力をしない時の期待報酬である。経営者の努力に関する 1 階条 件は, a =          となる。  経営者の努力を所与とすると事前の期待キャッシュフローは, 1 2 ka2 2 Ω (θ) - wm k

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CF = a (θXh+ (1 -θ) Xl) + (1 -a) Xm  第1 項は努力して投資機会を探して投資を実行した時の成功する場合と失敗する場合の期 待キャッシュフローで,第2 項は投資機会を探さなく投資実行をしないで今の事業を継続し た場合のキャッシュフローである。株主の最大化問題は企業価値の最大化であるので,企業価 値は事前の期待キャッシュフローから経営者へ支払う期待報酬を引いて, V = CF - ψ となる。経営者の効用はU = ψ -   であるので,企業価値は, V = CF - ψ = CF - (U +   ) となり,経営者の効用が0 の場合をファーストベストとすると,企業価値は, V = CF - ψ = CF - となる。ファーストベストのときのθ を θFBとすると, θFBXh + (1 -θFBXlXm となる。ファーストベストのθFBは投資をしない時のキャッシュフローと投資をした時の期待 キャッシュフローを等しくするθ とする。従って投資の実行と不実行を無差別にする θ が θFB であり,θ > θFBであれば投資実行をするほうがキャッシュフローが高くなり,逆にθ < θFB であれば投資を実行しないほうがキャッシュフローが高くなる。

4. モデルによる分析

4.1 報酬が所与である場合  まず報酬W = (wh, wm, wl)を所与として分析する。保守主義会計の程度が企業の投資実行, 経営者の努力,期待報酬にどのように影響を与えるかについて以下の補題が成立する。 ka2 2 ka2 2 ka2 2

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補題 1  報酬W を所与とすると,保守主義会計の程度 c が増加するならば 1. 投資実行の閾値θTは増加し,投資実行の可能性が低下する。 2. 努力 a が減少し,投資実行の可能性が低下する。 3. 期待報酬は減少する。 証明は注 1  保守主義の程度が増加すれば,投資実行の閾値が増加する為に投資を実行するよりも,実行 しないで中程度の報酬をもらうことを経営者は選好する。また努力が減少するので投資実行の 可能性も減少する。さらに,努力をしないために期待報酬も減少する。すなわち,のれんを減 損会計よりも規則償却とする会計システムでは,保守主義会計の程度が増加することで企業に よる買収が活発とならないことを示している。ところが,この分析には問題点がある。最適報 酬契約を決定するためには,θ をバイナリとして確定値とすることは出来ない。もし θ がバイ ナリであれば,θ > θTのときに投資を実行し期待報酬はΩとなる。一方でθ < θTのときには 投資を実行しないので,経営者は努力をせず報酬はwmとなる。このようなことになるのは, 投資を実行しない状況を事前に設定しているからである。つまり,投資を実行しない状況を設 定すると,θ がバイナリの場合は経営者が事前に θ を観察することができるので,報酬契約が 提示されたときに投資の閾値θTを求めることが可能となりθ と比べることで投資の可否を経 営者が事前に決定できてしまう。従って,最適報酬契約を導出する設定としてθ が観察不能で 確率変数としなければならない。そこで,θ ∈ [0, 1]の一様分布に従うとする。  投資実行が経営者にとって観察不能である場合に,保守主義会計の程度が投資実行に対して どのように影響を及ぼすかを分析する。 4.2 最適な報酬契約  まず,株主にとっての最適報酬契約を導出する。次に,最適報酬契約のもとでの投資実行の 閾値を導出する。前節では報酬は外生的に決められ所与としたが本節では株主の効用を最大に するように報酬を決定する。最適報酬契約について以下の命題1 が成立する。 命題 1  最適報酬契約は以下のように決定される。  wh=      wm= (θT phh+ (1 -θTphlwh wl=0 akphh phl) (1/2 - θT

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証明は注 2  株主は報酬whwmを増やすことで経営者の努力を引き出すことが可能となる。同時に投資 実行の閾値が増加する。ところが最適報酬では努力はファーストベストでの努力以下となり, 投資実行の閾値もファーストベスト以下にしかならない。以下の命題2 がこれを示している。 命題 2  ファーストベストの水準と比較して,最適契約は経営者に対して, 1. 努力a* <aFB 2. 投資実行の確率θTθFB となる。 証明は注 3  最適報酬契約のもとで均衡を求めても,経営者の努力,投資実行の可能性はファーストベス トを上回らないことを命題2 は主張している。そこで,保守主義会計の程度を増加した時に, 経営者の努力と投資実行の可能性を分析する。 4.3 保守主義会計が最適報酬契約に及ぼす影響  命題3 は,保守主義会計の程度を増加することにより,最適報酬契約での経営者の努力, 投資実行の可能性を増加できることを主張している。 命題 3  保守主義会計の程度c が増加すると, 1. θTが増加し,投資実行の領域が減少する。 2. 経営者の努力a* を増加する。 3. 企業価値v を増加させる。  θTa * は株主が最適報酬契約を提示した時の投資実行の閾値と経営者の努力水準である。 証明は注 4  経営者に対しての報酬whを決めてから保守主義会計の程度c を増やすことで経営者の努力 を,最適報酬で決められた水準よりも高くすることができる。また,経営者の努力と投資閾値

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がファーストベストに近づくことで企業価値も増加する。この結果は補題1 の結果とは真逆 となる。

5. 報酬契約を会計シグナルで評価する場合

 前節までは報酬契約は利益情報をもとに会計情報が開示される確率に基づいていた。すなわ ち,経営者の期待報酬は, E (w|Xh) = Pr (Sh|Xhwh+Pr (Sl|Xhwl E (w|Xl) = Pr (Sh|Xlwh+Pr (Sl|Xlwl で計算されており,期待値の計算に当たっての確率は利益情報を元にした会計情報の確率と なっている。 E (w|Xh) = Pr (Sh|Xhwh+Pr (Sl|Xhwl は,Xhであったときに会計システムが会計情報Shを出力する確率とXhであったときに会計 システムが会計情報Slを出力する確率で報酬の期待値を算出している。経営者は利益情報を 知っていることが仮定されている。ところが,株主が報酬を決めるにあたって,株主は利益情 報を知ることができない。そのため開示される会計情報により利益情報を予測することとな る。従って,期待報酬が計算されるための確率は事前確率ではなくベイズ確率であるほうが現 実的といえる。経営者は会計情報を開示することで経営者がベイズ推定することを知っている ので,ベイズ推定に基づいて期待報酬を計算するからである。それぞれの事後確率と保守主義 会計の程度が与える影響は以下となる。事後確率は小文字のp,ベイズ確率は大文字の P とし ている。 Phh=      =       =        保守主義会計の程度が増えると高い会計情報が出力されたとき,高いキャッシュフローを予 測する条件付確率が高くなる。    =      >0  同様に,低い会計情報が出たとき,低いキャッシュフローを推測する確率は以下となる。 phh∫1θTθdθ phh ∫1θTθdθ + phl ∫ 1 θT(1 -θ) dθ Phh Phl Phh Phl 1 θT (1 - θ) dθ 1 θTθdθ + (1 +θTPhh PhhθTPhhPhlθTPhl dphh dc (1 +θ2 T) (-PhlP'hh PhhP'hl) (PhhθTPhh] +PhlθTPhl)2

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Pll=         保守主義会計の程度が増えると低い会計情報が出力されたときに低いキャッシュフローを予 測する確率は低下する。保守主義会計の程度がより厳しいから高いキャッシュフローでも低い 会計情報になってしまうからと株主は考えるからである。    =      <0  期待報酬は,ベイズ推定の場合,事前確率を使った期待報酬と異なる。確率はベイズ推定に 基づいている。 E (w|Xh) = Pr (Xh|Shwh+Pr (Xl|Shwl E (w|Xl) = Pr (Xh|Slwh+Pr (Xl|Slwl  すなわち, E (Wh) =Phh WhPhl Wl E (Wl) =Plh WhPll Wl Ω=θE (Wh) + (1 -θ) E (Wl)  投資を実行するか実行しないかのθ の閾値は,期待報酬が投資を実行しない時の報酬と等し い時であるので, Ω - Wm=0 従って, θT=        株主による経営者の報酬は,θTT として ψ = a (

∫T

1Ωdθ + TWm) + (1 -a) Wm  経営者の努力は, a =  

T 1 (Ω - Wm =-       (1 +θTPll PlhθTPlhPllθTPll dpll dc ( -1 +θ2 T) (PllP'lhPlhP'll) (PlhθTPlhPllθTPll)2 -WhWmWh PhhWl PllWhWl+2Wh Phh-2Wl Pll 1 k (-1 +T) WhTWhWlTWl-2Wm+2TWh Phh-2TWl Pll) 2k

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5.1 報酬が所与の場合  報酬が外生的に決定される場合を考察する。補題1 の証明では(証明注の注1)経営者の期待 報酬を算出するに当たって事後確率を用いた。本節の設定では経営者が開示する会計情報に基 づいて株主が利益に関してベイズ推定を行い報酬を設定する枠組みとなっている。従って,前 節での期待報酬の算出を事後確率の代わりにベイズ確率を用いることで分析することができ る。株主が会計情報を所与として経営者の報酬に関してベイズ推定する場合,補題1 に対応 して以下の命題が示される。 命題 4  報酬W を所与とすると,保守主義会計の程度 c が増加するならば, 1. 投資実行の閾値θTは減少し,投資実行の可能性が増加する。 2. 努力 a が増加し,投資実行の可能性が増加する。 3. 期待報酬は増加する。  この結果は補題1 の結果と異なる。報酬が外生的に与えられる場合,保守主義会計の程度 が増加すると,投資実行の可能性は増加する。さらに,株主がベイズ確率により報酬を推定す る場合には,保守主義会計が強まると経営者は逆に努力をする。さらに,期待報酬も増加す る。すなわち,過大投資の状況が発生する。 証明は注 5 5.2 報酬を最適報酬とする場合  命題4 では,株主が会計情報より真の利益をベイズ推定して報酬を決定する場合,保守主 義会計の程度を増やすと投資の可能性が増大して,経営者は努力をして期待報酬が増加するこ ととなった。そこで,4.2 と同様に最適報酬を決定したうえで,保守主義会計の程度を増やし た場合を本節で分析した。命題5 は,命題 3 と同様の結果を主張している。 命題 5  保守主義会計の程度c が増加すると, 1. θTが増加し,投資実行の領域が減少する。 2. 経営者の努力a* を増加する。 3. 企業価値v を増加させる。  θTa*は株主が最適報酬契約を提示した時の投資実行の閾値と経営者の努力水準である。

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証明は注 6  株主が最適報酬を決めてから保守主義会計の程度を強めると投資実行の領域が減少して,過 大投資を避けつつ経営者が努力をし,企業価値が増加する状況となる。つまり,株主が真の利 益を推測するときに,最適報酬として事前に決定するのであれば,事後確率を用いても,ベイ ズ確率を用いても,保守主義会計の程度を強めることで,経営者の努力を引き出すことが可能 となり,また企業価値も増やすことができる。

6. 総括と課題

 本稿は保守主義会計が投資実行と経営者の努力にどのように影響を与えるかを分析した。保 守主義会計は,情報に対して下方にバイアスをかけて会計情報を開示をする。従って,直観的 には投資が減少し,経営者が努力をしなくなると考えられる。しかしながら,本稿の分析は逆 に,保守主義会計の程度を強めることで投資機会を経営者がより多く探して投資を実行し,よ り努力をすること,さらにその結果として企業価値が増加し株主に資する結果となることを示 した。  本稿での保守主義会計とは,利益に裁量的に下方バイアスをかけて会計情報として開示する 事象を対象としている。買収により発生するのれんの減損テストで会計上の見積もりを厳しく してのれんを評価することが本稿の扱う事象としてあげられる。のれんに関する会計上の見積

もりは,欧州では経営者と監査人とで取り決めるKey Audit Matter の事項となっている。経

営者は会計上の見積もりの厳格化に躊躇し,厳格化が買収促進の妨げになるという主張に対し て,本稿の主張は真逆の結果を提示している。保守主義会計の程度を上げないのであれば過大 投資が行われるので将来減損のリスクを抱えて経営者は過大な投資実行をしてしまう。しかし ながら経営者の報酬を上げることと保守主義会計の程度を上げることを組み合わせることで, 経営者の努力を引き出しファーストベストに近づけることができる。  本稿の課題は,株主と経営者をリスク中立としている点,従って報酬契約を単純に利益連動 としていること,投資を発見する可能性については一様分布を仮定していること,また,企業 買収の事例が多いことから実証により命題の検証が必要であること,これらの点はより詳細な 分析を行うに当たっての今後の検討課題である。 <文中注> 1) キャッシュフロー Xiを会計情報Siとして開示する設定ではない。キャッシュフローXiとのれんの金 額Siとの間には1 対 1 の関係があるので分析の設定には影響しない。

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<証明注> 注 1 1. Ω (θ) - wm=0 にE (w|Xh),E (w|Xl)を代入してθTを求めると, θT=       これより, 投資を実行した時の期待報酬と投資を実行しない時の確定報酬が等しい時の投資実行の閾値θ を θTと する。これより   =       =-       > 0 2. 経営者の努力に関しても同様に   =       < 0 3. 経営者の期待報酬に関しても同様に   =       = 2    ka < 0 □ 注 2 θ は一様分布であるので投資実行は θ ∈ [θT, 1]の領域となる。この時の経営者の努力は, a =         より,a = これを変形してwhwl=      としてwmに代入するとwm=        ak + wl となる。wl=0 とすることがwmを最も低くすることができるので最適報酬となる。これよりwhwm が求まる。経営者の期待報酬Ψは, Ψ= a2k +        ak + wl となる。 □ 注 3 企業価値V は期待利益 CF から経営者への期待報酬Ψを引いたものとなるので V = CF - ψ,また期待 利益CF は,努力する場合と努力しない場合の期待値を取ることで, CF = a (θXh+ (1 -θ) Xldθ + F (θTXm) + (1 -a) Xm となる。第一項は経営者が努力をした場合,θ ∈ [θT, 1]の場合の期待利益とθ ∈ [0, θT]の期待利益 の合計が発生する。すなわち,θ ∈ [0, θT]の場合は努力をしても利益はF (θT)の確率でXmしか実 現しない。第二項は経営者が努力をしない場合,Xmの利益が実現する。命題2 より求められたΨを代 入してV を求めると,whwmPll whwl) (whwl) (phhpll-1) ∂θT ∂c dphh dpc dpll dpcwhwm- (whwlpll )   + (wlwm- (whwlphh)    (whwl) (phhpll-1) 2 dphl dc dphh dc θT   + (1 -θT)     phhphl ∂a ∂c dpll dc dphh dpcwhwl) (θ   - (1 - θ)    ) k ∂ψ ∂c dpll dc dphh dc 2 (whwl) (whwmwhθ + wlθ + (whwl) (θphh- (1 -θ) pll) (θ   - (1 - θ)    ) da dc 1 k

1 θT (Ω-wm (1 -θT)2 (phh wh phl whwlplh pll)) 2k 2akphhphl) (1 -θT)2 phl phhphl θT+      (1 -θT)2 phl phhphl θT+      (1 -θT)2

1 θT

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v = a (θXh+ (1 -θ) XlXmdθ + Xmka2-        ak =-a2k +  +   - XlθTXmθT-    +    -     θTで微分すると,   =XmXl(1 -θT) -XmθT-      -     XmθFBXh+ (1 -θFBXlより, (XhXl) (θFBθT) =     従って,θFBθTとなる。  また,V を努力 a で微分すると,   =   -4ak + XhXl-2Xm-2XlθT+2XmθTXhθ2TXlθ2T-        さらにaFB=       より,企業価値を最大にするa を a * とすると, a* =      <       <  <aFB となりファーストベストの努力水準よりも低くなる。  同様に,2 階条件を確認すると,   =- 2k < 0   =-XhXl+       +      <0 □ 注 4 1. θTc で微分する。    =      = 陰関数定理から,   =-    > 0    =-   > 0 2. a* をc で微分すると,   =      > 0

1 θT phl phhphl θT+      1/2 -θT Xh 2 X2l Xhθ 2 T 2 Xlθ 2 T 2 phl phhphl ak (θT+     ) 1/2 -θT ∂V ∂θT 2ak (1 - 2θT)2 4akphl (1 - 2θT)2 (phhphl) 2ak (1 - 2θT)2 4akphl (1 - 2θT)2 (phhphl∂V ∂a 1 2 



 phl phhphl 4k (θT+     ) 1 - 2θT 



 θFBXh+ (1 -θFBXlXm k θTθT 2k k  phl   θ T phhphl   θTXh+ (1 -θTXlXmθTXh+ (1 -θTXlXm 2k a2FB 2v ∂a2 2v ∂θ2 T 8ak (-1 + 2θT)3 16akphl (-1 + 2θT)(3 phhphl2v ∂θT∂c dphh dc dpdchl 4ak (phl  - phh  ) (1 - 2θ2T phhphl2 2v ∂a∂c dphh dc dpdchl 2k (- phl  + phh  ) (-1 + 2θT)( phhphl)2 ∂θT ∂c 2v ∂θT∂c 2v ∂θ2 T ∂a ∂c 2v ∂a2 2v ∂a∂c ∂a∂c dphh dc dpdchlphl  + phh   (-1 + 2θT)( phhphl)2

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3. 期待報酬Ψは,Ψ = ka2 θ T           ,企業価値 v はキャッシュフロー CF から期待 報酬Ψを引いたものであるので, V (a, θT, c) = CF (a, θT) -Ψ (a, θT, c) となる。従って,θTa * に関して包絡線定理より,企業価値V は,    =       =-    =      < 0 より,    > 0  □ 注 5  ベイズ確率の場合,以下となる。  注 1 で事後確率の代わりにベイズ確率を入れる。   =-        であるので分子は,   > 0   < 0   < 0  > 0 より正となる。分母は, PhhPhl= (-1+2θTθ2Tphh-2θTphhθ2Tphhpll-2θT phhpllθ2Tpll   ((1-θTphhθT phhpll +4θT phhpll)) +θTpll) (1-θTphhθTphhpllθT pll)) となり正となる。従って,  >0 となり,保守主義会計の程度c が増加すると投資の可能性が減少 する。この結果は補題1 と同じ結果となる。  同様に,注 1 より,   =        であるので,分子,分母は正となるので正となる。従って,保守会計の程度が増加すると努力は増加 し,補題1 の結果と逆となる。また,注 1 より   = 2   ka > 0 となり保守会計の程度が増加すると期待報酬は増加する。 □ 注 6 命題 2 により決定された最適報酬は事後確率かベイズ確率かに影響されない。従って,命題 3 がベイ ズ推定のもとで成立するか否かを調べればよい。注4 より,ベイズ確率で評価すると,    =      =       > 0   < 0   < 0   > 0 より,分子の phl phhphl ak 1/2 -θT dv (c) dc dV (a, θT, c) ∂c θT=0, a*=0

∂Ψ ϑc ∂Ψ ∂c dphh dc dpdchl 2ak (phl  - phh  ) (2θT-1)( phhphl)2 dv (c) dc ∂θT ∂c θT   + (1 - θT)   phhphl dphh dc dpdchl dphh dc dpdcll dpdclh dpdchl

/

∂θT dc ∂a ∂cwhwl) (θT   + (1 - θT)  ) phhphl dphh dc dpdchl ∂ψ ∂c dadc 2v ∂θT∂c dphh dc dpdchl 4ak (phl  - phh  ) (1 - 2θ2 T)( phhphl)2 2v ∂a∂c dphh dc dpdchl 2k (- phl  + phh  ) (-1 + 2θT)( phhphl)2 dphh dc dpdcll dpdclh dpdchl

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Phl   -Phh    の符号を調べると分母は, ((1 +θTphh+ (- 1 +θT) (- 1 +pll))2((-1 +θT) (- 1 +phh) + (1 +θTpll)2 となり正となる。分子も - ((- 1 +θT) (1 +θT) (((- 1 +θT)2(-1 +phh)2 +2 (- (-1+θTθTphh ((-1+θT)2+2θTphh))pll+(-1+θ2Tpll2)p'hh-2 (-1+phhphh (1-θT+2vphhp'll))) より正となるので,    =      < 0     =       < 0  また,   =- 2k < 0    =- XhXl+       +      <0 より陰関数定理から   =-    > 0    =-   > 0  a* をc で微分すると,   =      > 0  さらに,    =       =-    =      > 0 より,    > 0  □ dphh dc dpdchl 2v ∂θT∂c dphh dc dpdchl 4ak (phl  - phh  ) (1 - 2θ2T phhphl2 2v ∂a∂c dphh dc dpdchl 2k (- phl  + phh  ) (-1 + 2θT)( phhphl)2 2v ∂a2 2v ∂θ2 T 8ak (-1 + 2θT)3 16akphl (-1 + 2θT)(3 phhphl∂θT ∂c 2v ∂θT∂c 2v ∂θ2 T ∂a ∂c 2v ∂a2 2v ∂a∂c ∂a∂c dphh dc dpdchlphl  + phh   (-1 + 2θT)( phhphl)2 dv (c) dc dV (a, θT, c) ∂c θT=0, a * =0

∂Ψ ϑc ∂Ψ ∂c dphh dc dpdchl 2ak (phl  - phh  ) (2θT-1)( phhphl)2 dv (c) dc

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<参考文献>

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に 及 ぼ す 影 響 」『 日 本 銀 行 金 融 研 究 所  金 融 研 究 』 第34 巻第 1 号,https://www.imes.boj.or.jp/ research/abstracts/japanese/kk34-1-3.html

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Does Conservative Accounting Affect

the Investment Behavior of a Company ?

Shinya Hanamura

Abstract

 This paper analyzed how conservatism accounting affects investment execution and management’s efforts. Conservative accounting discloses accounting information by biasing downwards information. Therefore, intuitively, the investment will decrease, and it is considered that management will not make an effort. However, the analysis of this paper, on the contrary, by strengthening the degree of conservatism accounting, managers look for more investment opportunities, execute investment, make more efforts, and as a result, corporate value increases.

Keywords:

conservatism accounting, management compensation, investment behavior, incentive by shareholders

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参照

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