人間理解 を基礎と す る障害理解教育のあ り 方
The Appropriate method of education for understanding disabilities
on the basis of understanding human
芝 田 裕
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*
SHIBATA Hirokazu
障害理解教育 につい て大切なこ と は、 障害理解は道徳等の授業で も 取り 扱われる人間理解を基礎 と す る と こ ろ にあ る。 本研究の目的は、 障害理解 を目標 と は し なが ら も そ れだけ に特化す る ので な く 、 障害理解の前提 と し て必要で あ る人間理 解 を重要視 し、 そ れを基礎に置い た上で の障害理解に着日 し て、 そ の教育 のあ り 方、 適正 な方法につい て、 小学校か ら 開 始 さ れる内容 を主体 と し、 そ の後、 中学校、 高等学校そ し て大学ま で を も 視野に入 れて概観す る こ と で あ る。 内容 と し て、 基礎的事項 (理念、 社会啓発等) 、 教育の体制と 教員の能力 (障害に関す る知識と 理解、 学校生活全体で実施等) 、 授業の 総論的留 意点 (子 ども の感受性 と 認識力、 う なづ き ・ 気づ き ・ ひら めき等) 、 取 り 扱 う 主な テ ーマ (個人の尊厳 と 尊重、 障害の意味 ・ 種別 ・ 分類、 援助のあ り 方等) 、 授業の方法 と留意点 ( テ ーマ を取り 扱う 際の留意点、 教材、 疑似障害体験 等) につい て論 じ てい る。 キ ーワ ー ド : 障害、 障害理解の教育、 社会啓発、 人間理解 Key words : disabilities, education for understanding disabilities序論
1 ) 人間理解 と 障害理解 2007年 (平成19) からの特別支援教育によ っ て障害児 に対す る教育はます ます関心 を高め、 関連 し て障害理解 教育の必要性 も高ま っ てい る。 こ の教育の重要なこ と は、 障害理解は人間理解その も のであ り 、 人間理解 を基礎 と す る と こ ろ に あ る (芝田、 2012) 。 そ れは、 人間の理解 が適切 で ない と 障害 を考え る以前の人 と し ての障害児 ・ 者の理解 も十分 な も の と は な り 得 ない か ら で あ る。 障害 児 ・ 者への高い理解 を示 し なが ら 、 高齢者、 子 ど も、 外 国人 な どへの理解がそ れほ ど高 く ない事例 を目 にす る こ と があ る。 こ れでは真の意味 で障害理解 と はいえ ない。 適切 な人間理解そ し て障害理解は人 と し ての プラ イ ド や 誇 り で も あ る だ ろ う 。 そ れら の社会的向上 を図 る た めに 次代 を担う 児童生徒に対す る教育は不可欠であ る。 2 ) 人間理解 人間理解 と い っ て も特別難解な こ と が求め ら れてい る のではない。 そ れは、 意法11条の 「基本的人権」 、 教育 基本法 にあ る 「 個人の尊厳」 、 さ ら に、 障害者総合支援 法 (2013年 4 月施行) の目的 (第一条) に 「自立し た」 から変更 し て明記 さ れる 「基本的人権 を享有す る個人 と し ての尊厳 に ふ さ わ し い」 に み ら れる よ う な、 障害児 ・ 者 を含 むあ ら ゆる人 に対 す る 「 個人の尊重」 、 つま り 、 個々の違いの相互容認 を柱 と す るあ る意味、 常識的 な理 解であ る。 し か し、 一方で こ の常識は時 と し て差別や偏 見 と い う 歪 んだ慣習的、 伝統的、 固定的 な人間観 を常態 化 さ せてい る。 ま た、 人は身勝手 な理由 から 他者に対 し * 兵庫教育大学大学院特別支援教育専攻障害科学 コ ースsocial enlightenment, understanding human
て嫌悪、 憎悪、 嫉妬、 ねたみな ど不適切な心情 をい だき がち で あ り 、 根拠のない批判や非 難 を し がち で あ る。 人 間理解 と は、 少 し 意識す れば誰で も 達成可能な こ の 「個 人の尊重」 の確認 を初歩 と し、 それに基づ く 差別や偏見 な どの不適切 な人間観の是正 を意味 し てい る。 3 ) 障害理解 障害理解 と その教育 につい ては、 こ れま で に も多 く の 研究や事例が報告され (真城、 2003 ; 芝田、 2010 ; 徳田 ・ 水野、 2004 ; 他) 、 ま た、 定義 もい く つか示 さ れてい る。 障害 理解は、 その定義 の議論 も さ る こ と な が ら 、 「 個々 の違い を認め る」 と い う 人 と し ての基本が理解 さ れれば その延長上で容易 に理解で き る こ と が基本で あ る。 す な わち、 障害理解 と は、 小島 (1978) がい う よ う に、 障害 者 を英雄的 に過大に遇 し た り 、 障害者の要求 を全 て肯定 す る こ と を求 め る も のではな く 、 障害者は健常者 と 等 し く 長所欠点 も あ る人間であ る こ と の認識が前提であ る。 加え て、 当然 なが ら 、 障害児 ・ 者に も 個性があ る こ と 、 学習 に よ っ て成長、 発達で き る こ と の認識 も 前提 と さ れ る o 言 う ま で も ないが、 障害児 ・ 者に も 個人差があ る。 そ の ため、 考 え方 や接 し 方は一様 では な い。 た と え ば、 Ic F でい う 機能障害、 活動制限、 参加制約があ る ため援 助が健常者よ り は多 く の機会で必要 と はな るが、 強調 さ れなけ ればな ら ない のはそ れが常態 では な く 、 援助 が不 要 な時 も あ る と い う こ と で あ る。 ま た、 思い やり な どの 対象 と な る時 も あ る だ ろ う が、 そ れは障害者すべ て の状 態 を さ し てい る のでは ない。 つま り 、 そ う い う 対象 と な 平成25年 4 月25 日受理
る障害者 も あ る し 、 ま た、 そ う い う 対象 と な る状況 も あ るが、 健常者 と 同程度 と い う こ と も あ る。 その他、 障害 児 ・ 者に対 す る特別扱 い も ケ ースや状態 に よ っ てそ れが 必要であ る時 と そ う で ない時があ る。 障害理解は、 障害児 ・ 者に対 す る差別 ・ 偏見の解消 を その初歩 と し 、 障害 に関す る その他の諸知識の理解で あ るが、 その心情は上記の人間理解 と 同様、 少 し 意識す れ ば誰 で も 達成可能 な も ので あ る。 た だ、 その意識が継続 的 に必要 と い う 点は忘 れら れては な ら ない。 4 ) 健常児と 障害理解教育 障害理解教育は、 定型発達の健常児 に障害児 ・ 者への 理解 を説い てい く も のであ るが、 同時に健常児への人間 理解 も説いてい く ものであ る。 時に、 障害理解が障害児 ・ 者への理解 と 援助 を強要す る な ど、 結果的 に健常児 に必 要以上に無理な自己犠牲 を要求 し て し ま う 指導事例がみ ら れるが、 こ れは障害理解の目標から 大 き く 乖離す る も のであ り 、 正 し く ない。 健常児 も発達途上であ る こ と 、 その健全 な発達が推進 さ れなけ ればな ら ない こ と がまず 主眼と さ れ、 その上で障害理解教育 を実施 し ていき たい。 5 ) 本研究の目的 人間理解に関す る内容 につい ては道徳等の授業 で も取 り 扱 われるが、 本研究 では、 障害理解 を目標 と は し なが ら も そ れだけ に特化す るので な く 、 障害理解の前提 と し て必要であ る人間理解 を重要視 し 、 そ れを基礎に置い た 上での障害理解に着目 し て、 その教育のあ り 方、 適切 な 方法 につい て、 小学校から 開始 さ れる内容 を主体 と し 、 その後、 中学校、 高等学校そ し て大学ま で を も視野に入 れて概観す る こ と を目的 と す る。
1 . 基礎的事項
1 . 理念 1 ) 人間理解 と 障害理解の関連 障害児 ・ 者はい わ ゆる マ イ ノ リ テ ィ ・ グルー プに属す るの だが、 そ れは障害児 ・ 者 だけ で な く 、 健常児 ・ 者の 中に も 障害 と は異 な る理由 で、 「い じ め ら れる」 「仲間は ず れに さ れ る」 「無 視 さ れ る」 「 常 識 は ず れ と さ れ る」 「見下 さ れる」 「 かわ っ てい る と さ れる」 な ど、 不当 に も 差別的な対象 と さ れる比較的多 く の弱者であ る人 たち も マイ ノ リ テ ィ と し て同様であ る。 一般に、 マ ジ ョ リ テ ィ ・ グルー プは人間理解の重要性 と 必要性 に気づ かない こ と が多 く 、 そ れが障害児 ・ 者 を含むマイ ノ リ テ ィ ・ グルー プへの心 ない言動 に発展す る。 マ ジ ョ リ テ ィ ・ グルー プ に対 す る マ イ ノ リ テ ィ ・ グルー プへの理解 を進め る こ と で適正な人間理解が求めら れ、 それはまた、 マイ ノ リ テ ィ ・ グル ー プ間 の異種への理解 やマ ジ ョ リ テ ィ ・ グル ー プ間 の理解 と い う 総合的人間理解に連鎖す るのであ る。 し たが っ て、 障害理解教育の非常 に大切 な理念は、 マ イ ノ リ テ ィ ・ グルー プの典型 と し て考え ら れる障害児 ・ 者の理解 を と お し て、 障害児 ・ 者の理解だけ に と どま ら ず、 総合的 な人間理解 を基礎 と し、 そ し て自尊感情な ど の自分理解 を も 含 めて進め、 さ ら に、 その延長線上に ま た障害理解 を位置づけ る と い う 障害理解 と 人間理解 を可 逆的、 双方向的、 そ し て相互関連的な も のと し てい く こ と で あ る。 2 ) 心情的な障害理解 障害 の意味 や ノ ー マ ラ イ ゼ ー シ ヨ ンな どに関す る教育 は定義 を主体 と し た文言的 な解説にな り がち だが、 そ れ では表面的 でバーバ リ ズ ム的 な理解に終始 し、 真の意味 での障害理解は進展 し てい き に く い。 障害児 ・ 者の事例 を交え、 障害児 ・ 者 を一個の人と し て尊重 し、 心情的に 捉え ら れるよ う な丁寧な教育が大切である (芝田、 2007a、 2010)。
3 ) 継続的な教育 障害理解には、 ユ ニバ ーサルデザイ ン的 な状況 と バ リ ア フ リ ー的 な状況が考え ら れるが、 そ れほ ど ノ ー マ ラ イ ゼ ー シ ヨ ン や イ ン ク ル ー ジ ョ ン が普 及 し て お ら ず 、 社 会 全体に障害理解が十分 ではない現在 では、 その多 く はバ リ ア フ リ ー的 で あ る。 こ れは心 のバ リ ア フ リ ー と 表現 さ れる こ と があ るが、 人の心情は容易 に変容す る も のでは ない こ と か ら 時間 を かけ たバ リ ア フ リ ーが必要で あ る。 そのため、 教育 や啓発 に よ っ て障害理解 を進めて も その 効果 ・ 成果がす ぐ に表 れる と は限 ら ない。 し たが っ て、 障害理解教育は歩 みを止めずに時間 をかけ た継続的 な取 り 組みが大切で あ る。 2 . 社会啓発 児童生徒に対 す る障害理解は教育 と い う 領域で行 われ るが、 一方、 社会に対 す る場合は啓発 と い われる。 1 ) 教員の責務 で ある社会啓発 障害理解は、 社会全体が理解 し てい なけ れば児童生徒 に だけ実施 し て も大 き な成果は期待 で き ない。 し たが っ て、 社会啓発は不可欠 で あ るが、 その遂行 は福祉、 リ ハ ビリ テ ー シ ョ ン、 医療等の関係者 と並 んで教員 の責務で あ る (図 1 ) 。 つま り 、 教員 の業務は当然なが ら 、 児童 生徒への指導 を主体 と す る教育 だが、 そ れと 共に重要な のが社会啓発である (芝田、 2010) 。 2 ) 個人啓発の重要性 集団に対す る研修会的 な社会啓発は、 時や場所 を確保 し て進めなけ ればな ら ず、 日常的 には実施 し づ ら い。 そ のため、 意義深い のは、 家族、 親戚、 友人 な ど既知 の人 たち を対象 と す る口 コ ミ 的で日常的 な個人啓発で こ れは 非常に効果的である。 3 ) 保護者への啓発 中央教育審議会の 「特別支援教育 を推進す るための制 度の在り 方について (答申)」 (2005) 中の 「特別支援教 育の普及啓発につい て」 では 「通常の学級 を担当す る教図 1 教員の責務で ある社会啓発 員 や、 障害のない児童生徒及 びその保護者の理解 と 協力 が不可欠 と な る」 と 指摘 し てい る。 こ のよ う に、 障害理 解教育は児童生徒への実施 だけ では不十分 で、 家庭にお け る児童生徒に対 す る影響が看過で き ない こ と から 保護 者 ・ 家族への啓発があ る こ と で意味 を も ち、 成果がみら れる。 学校 におい て し っ かり し た教育 を行 っ て も 、 家庭 におい て不適切な障害理解に基づ く 言動があ れば、 その 意義は大き く 低下す る。 社会の一員 であ る保護者への適 切な啓発は欠かせず、 重要視 し たい。 そのため、 障害理 解に関する授業 を実施後、 同内容に関 し て適切に保護者 ・ 家族への啓発 を行う こ と が大事である。 4 ) 社会啓発の波及効果 欧米 にみら れる よ う に、 障害者や高齢者の リ ハ ビリ テ ー シ ョ ン (寝 た き り の防 止 な ど を含 む) 、 さ ら に就労 を推 進 し てい く こ と は、 やり がい、 生 き がい な どの Qo L 向 上は も と よ り 、 年金、 介護費用、 生活保護費 な どの社会 福祉支出減 と 税収入増につ ながり 、 ソ ー シ ャ ル ・ キ ャ ピ タ ル的 な面 から 、 結果的 に大 き な社会貢献 と な る。 日本 には こ のよ う な障害者、 高齢者の QOL を主体 と し 、 そ の上で歳出 と 歳入の効率化 を図 る と い う 意識が高 く ない が、 国 をは じ め社会がこ のよ う な方針 を認識す る ために も その根底 と し て人間理解や障害理解 を進め る社会啓発 が必要で、 そ れが大 き な波及効果 を う む。
11. 教育の体制 と 教員の能力
1 . 障害に関す る知識 と 理解 障害理解教育 を実施す る教員 (担任) には、 「障害者 は気の毒、 かわい そ う 、 不幸 で あ る。 だか ら 思い やり が 大切」 と い っ た一面的 で狭隘な障害者観から 脱却 ・ 前進 し 、 障害 と 障害児 ・ 者に関す る広範囲 な知識 と 理解、 加 え て援助のあ り 方 と 方法 に関す る知識 と 理解 (芝田、 2007a) が必要で あ る。 さ ら に、 普段の学校生活の場面 での児童生徒に対 す る表現や言葉に も十分気 をつけ てお かなけ ればな ら ない。 た と え ば、 通常学級は学習や生活 のス テ ー ジであ り 、 通級指導教室は練習場であ り 、 楽屋 であ る と い っ た表現 (柘植、 2008、 Pp 57-58) や 「障害 児 は手がかか る」 と い っ た言葉は、 その背景 や意味 を正 確に説明せず、 安易 に使用す る と 障害児への誤解、 偏見 と と も に特別支援学級や特別支援学校 を劣位にみる姿勢 を児童生徒に植え付け て し ま う こ と にな る。 と こ ろで、 河合 (2004、 Pp 55-57) は、 幼稚園で絵本 を読 みたい と 言えず、 教員 の言 う ま ま みんな と 一緒に遊 ば さ れた子 ども の事例 を紹介 し 、 教員 も 保護者 も 子 ども はい つ も 「明 る く 元気 に」 し てい な く てはな ら ない と 考 え る 「明 る く 元気に」 病のおかげで、 悲 し い目や苦 し い 目 に あ っ た子 ど も は多 い のでは ない か と 指摘 し てい る。 こ のよ う に現代は、 内省的 な人や感受性が強 く 対人関係 の苦手で内向的 な人には不利 な時代 で、 小 さ い時から明 る く 元気に、 友達は た く さ んと い う 無条件の圧力 がかけ ら れてい る。 教員 は、 こ う い う 画一的 な子 ど も 観に価値 を置 き がち で あ る ため、 一人 ひと り の個性 を尊重す る人 間理解 を再確認 し てお き たい。 2 . 共に考え る と い う 姿勢 総合 し て、 教員 はニ ュ ー ト ラ ルな立場で なけ ればな ら ない ため事実や現状 を主体 と し 、 偏 っ た思考 ・ 意見や、 「君 た ち は障害 者 を分 か っ て ない か ら 教 え て あ げ る、 そ し て理解 し なけ ればな ら ない」 と い っ た一方的、 押 し つ け的な態度は避け、 共に考え てい く と い う 姿勢 を大切に し たい。 3 . 指導計画 と 教員の能力 障害理解教育 に関 し ては、 学習指導要領総則 には 「特 別支援学校 と の連携や交流、 障害のあ る幼児児童生徒 と の交流及 び共同学習 の機会 を設け る」 と 示 さ れてい る程 度で、 一貫 し た指導要領や指導計画はま だ定め ら れお ら ず、 今後の課題である。 し か し、 指導要領や指導計画が 示 さ れてい ない こ と が障害理解教育 を実施 し ない理由 に は な ら ない で あ ろ う 。 ま た、 実施す る に し て も 十分 に錬 成 さ れていない画一 的な指導計画や他校の指導計画に軽々に依拠す るのは、 その学校の障害理解教育の質的低下 を 招 き、 望ま し く ない。 つま り 、 対象児童生徒の発達段階、 その学校の持つ教育環境、 校区の地域性な どによ る環境 要因、 非常 に多 様 であ る人間理解や障害理解の どこ を教 育対象 と す るかな どの学習要因 に適 し たその学校独自の、 あ るいはその学級独自 の指導計画が作成 さ れ、 そ れに基 づい て障害理解教育は実施 さ れねばな ら ない。 そのため、 教員 には、 多 数の実践事例 (西山、 2011 ; 真城、 2003 ; 冨永、 2011 ; 他) を参考とするこ と は意味 があ る。 し か し 、 単 純に そ れに準 じ るので な く 、 教員 と し ての一般的専門性の元に独自の指導計画や授業案 を作 成する能力 と その指導計画の充実化へ向け ての努力が希 求 さ れる。 そ れには、 事後 に授業案 や授業計画が適切で あ っ たかと い う 評価 と そ れに基づ く 改変 (PDCA) が欠 かせ ない。 4 . 教員への研修 障害理解教育は、 そ れを実施す る一部の教員 だけ で な く 、 校長、 教頭 を含むその他の校内の全教員が適正に人 間理解、 そ し て障害理解 を進めてい る こ と が前提で、 こ れは道徳教育 と 同様 であ る。 し たが っ て、 全教員 に対 す る人間理解、 障害理解に関す る基礎的な研修 と 応用的な 研修が継続的 に行 われる必要があ る。 5 . 学校生活全体 で実施 障害理解教育担当の教員 だけ で な く 、 全教員 には、 全 教育活動 を含む学校生活全体において障害や障害児 ・ 者 に関連 し た事項が出現 し てき た時、 授業以外の日常的 な 学校生活の中で児童生徒 と ふれあ う 時 に人間理解 をべ一 ス と す る姿勢 でかかわり 、 必要があ れば指導す る と い う 意識が欠かせない。 こ の考え方は、 学習指導要領 (小学 校、 中学校) の道徳や総合的 な学習の時間に示 さ れてい る も の と 類似 であ る。 そのために、 校内推進委員 会の設 置、 道徳教育 に みら れる推進教師の任命 と い っ た具体的 な体制整備が望ま れる。 6 . 評価 障害理解教育や社会啓発 では、 その効果 を客観的 に評 価 ・ 判断す るこ と には限界があ る。 授業後に感想文 を書 かせ る こ と があ るが、 そ こ に児童生徒の 「本音」 が記 さ れてい る と は限 ら ず、 かえ っ て 「 た て ま え」 だけ を求 め る こ と に な り かねない。 つま り 、 現実的 に障害理解教育 に関す る評価は容易 では ない ため、 教員 に よ っ て評価の 必要性 と方法の検討が大切であ ろ う 。 道徳の評価では、 観察や会話、 面接、 質問紙、 作文 や ノ ー ト な どによ る方法が学習指導要領に明記 さ れてい る。 授業後に感想文 を書かせ る な どの評価が必ず し も無意味 と は言え ないが、 設定 さ れた授業場面 ではな く 、 日常的 な生活の場面におけ る私的 な児童生徒の言動 から 評価 ・ 判断す る こ と を まず念頭に置 き たい。 し たが っ て、 上記 のよ う に教員は、 常に私的 な児童生徒の言動 に注目 し、 さ ら に授業中だけ でな く 、 学校生活全体で も適切性 を欠 い た児童生徒の障害観にふれればそ こ で適切な指導 (教 育) が行われる こ と が不可欠で あ る。 7 . 道德等の授業 と の連携 ・ 協力 「 人間尊重の精神」 な ど人間理解に関す る内容につい ては、 教育基本法は も と よ り 、 学習指導要領の総則 や道 徳 に関す る章 で も取 り 扱 われ、 その他、 総合的 な学習 の 時間や特別活動 な どで も取 り 上げ ら れてい る。 し たが っ て、 人間理解に関す る内容はこ れら 道徳、 総合的 な学習 の時間、 特別活動等の授業に定めら れてい る内容と 連携 ・ 協力 し て進めてい く こ と に な る。 そ れは、 障害理解へつ なげ、 発展 さ せ る こ と を念頭に置い て人間理解に関す る 指導が進めら れる こ と を意味 し てい る。 8 . 障害理解教育の制度化 太平洋戦争後 には授業対象 と し て定め ら れてい なか っ た道徳は、 議論 を経て1957年 (昭和32) よ う や く 学校教 育法施行規則 に 「道徳の時間」 と し て定め ら れるが、 そ れ以前は全教科すべての教育活動で道徳教育が行われる 「全面主義」 であ っ た (村田、 2009) 。 も ち ろ ん、 道徳の 時間が設け ら れて も道徳 と全面主義の二重構造であり 、 全面主義の主体性は変わら ないが、 道徳 をよ り 充実 さ せ る ための教科化は多方面か ら求め ら れ、 検討 さ れてい る。 今後、 障害理解教育は、 全面主義的状況 を主体と し なが ら も 、 「 障害理解の時間」 な ど と し て学校教育法施行規 則、 そ し て学習指導要領に独立 し た授業対象 と し て定め ら れる こ と 、 あ るいは、 道徳の一内容 と し て定 め ら れる こ と が期待 さ れる。 m . 授業の総論的留意点 1 . 子ど も の感受性 と 認識力 教育全般におい て子 ども の感受性、 認識力、 さ ら に社 会性はかな り 高い も のがあ り 、 看過 し てはな ら ない。 た と えば、 平等 と 不平等、 公平 と 不公平、 理不尽、 羞恥、 好悪、 本音 と た て ま え、 ウチ と ソ ト な ど、 定義的 にはま だ理解で き ない年齢 で も心情的 に し っ かり 感 じ てお り 、 その認識力 を も っ てい る。 た だ、 発 達段階 に よ っ て そ の 心情 を言語化す る能力 には差があ る ため感 じ てい ない、 認識 し てい ない と い う よ う に判断 さ れて し ま う ので あ る。 た と え ば、 小学校低学年の学級内 での不公平状態があ っ た場合、 内容 に よ っ ては必ず し も公平 に行 われる と は限 ら ない こ と は教え てい く 必要があ る に も かかわ ら ず、 教 員が子 ども だま し的 な不十分な説明だけですま し て し ま っ て も児童が分 か っ た よ う に みえ る時 があ る。 し か し 、 児
童は言葉で反論で き ない だけ で実際は納得 で き てい ない こ と が多 く 、 感情的に不公平感 を抱 く こ と にな る。 そ れ が障害児 にかかわる こ と であ れば障害理解へのネ ガテ ィ ブな状態 に連鎖す る こ と があ る ため丁寧 な解説が肝要で あ る o ち な みに、 平等 には以下 の考 え方 があ る が、 ア メ リ カ では機会の平等 を実質的平等 と し て保障 し てい る。 (1)機会の平等 と 結果の平等 ①機会の平等一機会はすべての人に平等に保障 さ れる。 ②結果の平等一 すべ ての人 に同 じ レ ベルの結果が保障 さ れ る 。 (2)実質的平等と形式的平等 ①実質的平等一条件の異なる人には同等の条件になる よ う ル ールが改変 さ れ、 適用 さ れ る。 ②形式的平等一条件の異な る人に も同 じ ルールが適用 さ れ る 。 2 . う な づ き ・ 気づ き ・ ひ ら め き 障害理解教育は、 児童生徒に下記のよ う な①う なづ き、 ②気づ き 、 ③ ひら めき の 3 段階 を順次求めてい く こ と が その主要な構成 で、 授業 ではこ の 3 段階 を目標に児童生 徒 と 共に考え、 話 し合 う こ と が基本であ る。 ①第 1 段階 : う なづき 一 「障害」 に関する講義と丁寧 な解説 (導入) 。 ②第 2 段階 : 気づき 一講義に関す る話 し合い (児童生 徒の意見) 。 ③第 3 段階 : ひら めき 一類似の事例、 自身の経験 な ど に関す る話 し合 い、 グルー プ学習、 模擬 授業。 な お、 児 童生徒 に よ る模擬授業 (真城、 2003 ; 他) は グループ学習 と セ ッ ト での実施で も よ い。 3 . 発達段階に応 じ た内容 障害理解の内容は さ ま ざま であ り 、 その難易度 も ま た 多 様 であ る。 そのため、 年齢、 学年 (小、 中、 高) な ど 児童生徒の発達段階に応 じ て適切な障害理解の内容 を検 討す る こ と が必要であ る。 なお、 障害理解の発達段階 と 授業の留 意点 につい ては次のよ う な考え方 と留 意点が示 さ れてい る (徳田 ・ 水野、 2004 ; 他) 。 発達段階は、 ① 気づ き の段階、 ②知識化 の段階、 ③情緒的理解の段階、 ④態度形成の段階、 ⑤受容的行動の段階であり 、 留意点 は、 ①発達段階 に応 じ た指導、 ②思い やり を育 て る も の ではない、 ③体験的学習、 ④自主的課題、 ⑤ グループ学 習、 ⑥地域での学習 であ る。 た だ し 、 こ れら はあ く ま で基本的 な も ので あ り 、 実施 に あ た っ ては弾力的、 柔軟的 な対応が求 め ら れる。 4 . 低年齢では人間理解が先決 幼稚園 レベルや小学校低学年 ( 1 ~ 2 年生) の低年齢 レベルでの障害理解は内容によ っ てはやや時期尚早であ る。 障害理解 を早期 に指導 し なけ ればな ら ない と す る考 え方は必ず し も 適正 と は言え ない。 低年齢 では障害理解 よ り も人間理解が テ ーマ と し て望 ま し い。 し っ かり し た 人間理解が進んでおれば、 小学校中学年 ( 3 ~ 4 年生) や高学年 ( 5 ~ 6 年生) から障害理解教育 を開始 し ても 決 し て遅 く はな く 、 十分理解が可能で あ る。 5 . 障害児の き よ う だ い への配慮 障害理解教育 だけ で な く 、 普段の授業 におい て障害児 の き よ う だ い への配慮 は軽視 さ れが ち で あ る 。 白 鳥他 (2010) は、 多 く の事例 を と お し て その問題点 と 配慮 を 示 し てい る。 た と え ば、 障害児 のき よう だいが学級内 に い る場合、 授業の中で安易 に協力 を依頼す る な どは慎重 に行 う こ と 、 ま だ カ ミ ン グア ウ ト し てい ない き よう だい が在籍 し てい る場合があ るため、 安心 し て話題 にで き る よ う な環境作 り を心がけ る こ と な どであ る。 6 . 障害児に対す る教育の必要性 障害児 ・ 者で あ っ て も自身 の障害 につい て し っ かり 認 識 し てい る と は限 ら ず、 ま し て他の障害種 に対 し ては な お さ ら であ る (芝田、 2007a) 。 たと えば、 視覚障害では、 その活動制限は非常 に個人差があり 多様 で あ るが、 他の 視覚障害児 ・ 者の行動におけ る活動制限、 あ るいは行動 能力 (活動能力) が視覚の障害で 「見え ない」 だけ にそ の個人差や多様性が認識 しづ ら く 、 結果的に自分自身の 活動制限 を主体に し た個人的 で限定的 な視覚障害の認識 に終始 し がちである (芝田、 2007、 2011、 他) 。 ま た、 障害児 に対 す る人間理解や障害理解に関す る教育はその 総合的 な理解だけ に と どま ら ず、 自分理解や自身 の障害 受容 に も有意義 な も ので あ る。 し たが っ て、 特別支援学 校や特別支援学級におい て障害児 に対す る障害理解教育 は必要であ り 、 非常 に大切であ る。 こ れに関す る同様の 意見は少 な く ない (富永、 2011 ; 他) 。 なお、 社会啓発は教員の責務 と先に述べたが、 障害児 ・ 者に対 し ては、 教育 と と も にま だま だ多 い障害児 ・ 者差 別や偏見 に く じけ ない と い う 精神的 な強靭 さ と 冷静 さ を 人間理解、 障害受 容な どのエ ンパワ メ ン ト と し て指導 ・ 助言 し てい き たい (図 1 ) 。 さ ら に、 差別や偏見 と い う ス ト レ ス に対 処す る コ ー ピ ン グ力 も重要であ る。 加え て、 障害児 ・ 者に対 し て、 自身 も 障害理解に関す る教育 と 社 会啓発の一翼 を担 う 重要な担当者であ るこ と と 発達段階 に応 じ た啓発の内容 ・ 方法のあり 方 を働き かけ る。 それ は、 自身 の個別的 な障害の理解 を周囲や社会に促す だけ で も 意義があ る。
IV. 取 り 扱 う 主な テ ーマ 取 り 扱 う テ ーマの主 な も のについ て論 じ る。 教員 は事 前に こ れら に関す る高い知識 を習得 し ておかなけ ればな ら ない ために専門家の助言 ・ 指導 を得 る こ と も 必要で あ る o 1 . 個人の尊厳 と 尊重 個人の尊厳 と 尊重 と い う 基本的 な事項 を取 り 上げ、 差 別、 偏見、 い じ め な どがあ っ ては な ら ない と い う テ ーマ への端緒とす る。 芝田 (2007a、 Pp.151-152) は障害児 ・ 者 を念頭 に 「障害の理解に必要な考え方」 を示 し てい る が、 その基本は互恵性社会、 相互理解、 相互適応、 個人 尊重、 オ ンリ ー ワ ンの受容 (個性の尊重) な どの人間理 解 で あ る。 こ れは、 一人 ひと り の違いの認識や、 一 つの こ と がで き る、 で き ないは個人の優劣 には影響 さ れない と い う 認識 と い っ た日常生活的 な も のであ る。 ま た、 青少年の中には 「年 を と る こ と は恥ずか し い こ と」 と い っ た高齢者に対す る軽視的 な考え方がみら れる。 高齢者の知識 ・ 経験は豊富 で 「高齢者は図書館」 と 称 し てい る国 も あ る な ど障害理解へつ なげ る前に、 道徳で も 扱われてい る高齢者に対す る尊敬 と 感謝と いう 意識は し っ かり 深めてお く 必要があ る。 さ ら に、 小学校高学年以上 (中学、 高校、 大学) におい ては、 共生社会、 Qo L、 い き がい、 自由 ・ 平等、 人権 ・ 権利、 義務 ・ 責任、 自己決 定の権利 ・ 能力 な ども対象 と し てお き たい。 2 . モ ラ ル ・ マ ナ ー ・ ル ール 学習指導要領解説 (道徳編、 p 21) で も 社会全体のモ ラ ルの低下への対処が取 り 扱 われてい るよ う に、 年齢、 性別 と い う 属性 を問 わず、 その低下が叫ばれて久 し い モ ラ ル、 マ ナ ー、 そ し て ルールで あ る。 社会生活の基盤 と し て モ ラ ル、 マ ナ ーは不可欠 で あ り 、 人間理解に と っ て 重要な も のであ る (芝田、 2007a、 Pp.154-156) 。 ま た、 モ ラ ル、 マ ナ ーに関連す る ルールと し て道路交通法 によ る交通ルールの理解 も大切 で あ る。 歩行者、 自転車 ・ バ イ ク ・ 自動車等 の ド ラ イ バ ーの身勝手 で わがま ま な行動 は問題視 さ れ、 特 に自転車の通行、 駐輪は目 に余 る と こ ろがあ り 、 社会悪 と さ え いえ る存在 に な っ てい る。 その 基本で あ る道路交通法は、 社会すべ てが認識す る こ と で よ う や く 存在意義が顕在化す る に も かかわ ら ず、 社会が 十分 な理解に達 し てい る と はいえ ない。 国には、 道路交 通法 を制定す るだけ ではな く 、 学校教育や社会教育 と し て広 く 普及 さ せ る努力 が不十分であ る。 し たがっ て、 学 校教育法や学習指導要領によ る道路交通法指導の義務化 は喫緊の課題であ ろ う 。 その他、 小学校高学年以上には、 関連 と し て日本社会 の特質 も取 り 上げ たい。 た と え ば、 欧米 と 日本の個人結 合様式の対比 (図 2 、 小島、 1978) 、 日本の社会集団と 人間関係 (図 3 、 芝田、 2007a) 、 ウチ と ソ ト 、 親切 ・ 共 感 ・ 同情、 恥、 甘え な どで あ る。 低 い モ ラ ル、 マ ナ ーの 図 2 欧米 と日本の個人結合様式の対比 図 3 日本の社会集団と対人関係 本人 ・ 家族は、 図の上段の既知の人た ち と 集団を形成 し 、 互助の関係に ある反面、 非常に気を使い、 集団 を尊重する傾向に ある
根底には人の我欲 と利己的 な心理があ る。 そ れは、 非常 に気 を使う 既知の人 たち に反 し て未知の人たち に対す る 時に多 く みら れる (図 3 の下段) 。 児 童生徒 には、 モ ラ ル、 マ ナ ー、 ルール を 遵守 す る と い う 自尊心、 自身の忍耐 と 寛容の大切 さ が強調 さ れねば な ら ない。 さ ら に、 モ ラ ル、 マ ナ ー、 ルールに反す る よ う な マ ス メ デ ィ ア に みら れる行 き 過 ぎた表現、 先輩や大 人 に みら れる利己的 な言動 に影響 さ れない と い う 姿勢 も 強調 さ れる必要があ る。 3 . 差別と偏見 差別、 偏見、 そ し て先入観、 ス テ イ グマ の問題点、 そ の原因、 そ し て、 解消 ・ 是正や啓発のあ り 方、 被差別者 の心 情 な ど を取 り 上げ る。 こ の テ ーマはネ ガ テ ィ ブ な障 害観 を是正す る と い う 意味 で障害理解の基本であ り 、 初 歩 であ る。 社会は、 障害児 ・ 者の人格、 能力等 につい てその実態 を見ず、 過小 評価 し 、 さ ら に、 障害児 ・ 者 と の間に不当 で無用 な距離 を置 く 傾向 にあ るが、 その差別に も つ なが る偏見や先入観には以下がある (芝田、 2010) 。 ①障害者は、 健常者 と は平等、 対等の存在 ではない。 ②障害者は、 健常者の身近ではな く 、 遠 く 離 れた存在 で あ る o ③障害者は、 健常者よ り 社会的に下位の存在であ る。 ④障害者は、 '隣憫、 同情の対象であ る。 その他、 以下 も 付加 し たい。 ⑤発達障害は保護者の養育 に問題があ る。 ⑥因果応報は 「 親の因果が子に報い一」 と い う 意味で あ る。 こ の⑤は教員 の中に も多 く みら れ、 教員 の障害児 やそ の保護者への誤 っ た対応がその発達障害 を さ ら に重篤化 さ せた り 、 二次障害に連鎖 さ せ る事例が少 な く ない。 ま た、 ⑥の因果応報は自業自得 と い う 意味で障害児が生ま れる こ と と 親や先祖 と は無関係 で あ る (芝田、 2007a) に も かかわ ら ず、 大学 1 回生にその偏見がぬ ぐえ ず、 強 く 信 じ てい る事例がみら れる な ど根強い も のがあ る。 差 別は、 対個人だけでな く 、 文化、 言葉や方言、 ジェ ンダー、 人種、 職種、 学歴、 都鄙 (地域差) な どの社会的、 民俗 的 な も の も 視野に入 れてお き たい。 偏見 や誤 っ た認識 に は、 障害児 ・ 者 に対 す るイ メ ー ジや障害観、 障害児 ・ 者 の能力 におけ る低評価、 因果応報の意味 な どが対象 と な る 。 ま た、 差別語 と さ れ る用語 に つい て、 その背景、 そ れ への対応 ・ 対処 ・ 啓発、 加え て差別語 を排除するだけで す むのか、 使用 す る人の心理 ・ 心情は どう か と い っ た点 も取 り 上げ たい。 なお、 ア メ リ カ や カ ナ ダでは、 小学生 から大学生ま で を対象に被差別状態 を実際に体験 さ せる と い う あ る意味 で極端 な演習が実施 さ れてい る。 こ れは 講話や討論 だけ では差別の意味や被差別者の心情等の理 解には至 ら ず、 差別解消にはな ら ない こ と が背景にあ る。 欧米 と日本におけ る人種差別な ど差別の質的社会的相違、 保護者な ど社会の演習的体験の容認性な どか ら日本に取 り 入 れら れるかは議論 の余 地はあ る。 し か し 、 い じ め問 題 ではロ ール プ レイ 的 な演習 が取 り 組ま れてい る ため検 討 に値す る も ので あ ろ う 。 4 . い じ め い じ めの意味、 い じ めに至 る原因 や実態 な どが テ ーマ と な る。 い じ めは、 障害児 も その被害者 と な る こ と があ るが、 い じ め る側 と い じ め ら れる側 に質的 に大 き な相違 はな く 、 双方同 じ よ う な行動傾向 を持 っ てい る こ と が明 ら かに な っ てお り (佐藤 ・ 佐藤、 2006) 、 誰 も が両方の 立場にな る可能性が示唆 さ れる。 た と え ば、 名前、 服装、 言葉遣い、 行動 な どが大多 数 と 大 な り 小 な り 異 な る児童 生徒が異質 と 認識 さ れる と 、 Goffman (田中、 2010) の い う 状況適合 ルールに よ っ て か ら かい や ひやか し な どの こ こ ろ ない言動、 さ ら に排斥、 攻撃 と い う い じ めが発生 す る。 い じ めは こ れだけ が原因 ではない が、 こ のよ う な 異質 と さ れ、 孤立す る児童生徒の中に障害児 が含 ま れて い る こ と があ る。 こ のため大多 数 と 異 な っ てい るのは個 性 で あ る こ と 、 オ ン リ ー ワ ン を尊重す る こ と な どに つい て考え る。 こ れは、 後述す る社会 と の関係 か ら みた障害 者の活動制限 (芝田、 2007a、 p.145) や個性の尊重な ど に関連す る事項 で あ る。 5 . 障害の意味 ・ 種別 ・ 分類 障害の意味 と 考え方、 その種別 と 分類な ど障害全般 を 取り 扱う 。 障害の意味と 考え方では次のよ う な障害に関 す る広範囲な も のがテーマ と な る (芝田、 2010 ; 他) 。 ①障害児 ・ 者に障害が認め ら れるのは 「理性」 と 「感 情 と 理性の制御」 で あ り 、 「感情」 には障害は見い 出せない と す る 「感情健常論」 (芝田、 2010) 。 ②障害は絶対的 な も のではな く 、 相対的 であ る と す る 「障害の相対性」。 ③欠陥のない人はい ない と い う 「障害 と 欠陥」。 ④就労、 生理学 ・ 医学 ・ 心理学 ・ 教育学等への寄与、 社会に感動 を与え るな どの 「障害者の社会貢献」。 ⑤障害は特徴 ・ 個性。 ⑥障害児 ・ 者の多様性 と 個性 ( その人ら し い生き方 ・ 自立) 。 障害種別では、 視覚障害 (芝田、 2007a、 2011、 他) な どの身体障害、 知的障害、 精神障害、 自閉症 な どの発 達障害 (佐々木、 2010 ; 他) と いう すべての障害の名称、 特性な どが対象 と な る。 特に発達障害は、 通常学級に比 較的多 く 在籍 し、 身近に当該児童生徒がい る可能性があ る に も かかわら ず、 ま だま だその理解が人口 に膾炙 し て
い ない ため丁寧 な解説が欠かせない。 さ ら に、 障害者の 実態 と し て生活 と 職業 も 必要であ る。 障害分類では、 国 際生活機能分類 (Ic F) があ るが、 以下のよ う な活動 ・ 参加 ・ 環境因 子の意味、 背景、 相互関係 な ども ふれてお き たい。 ① 「 社会 と の関係か ら みた障害者の活動制限 と は、 大 多 数の人間 におい て一般的 であ り 、 普通 と さ れる方 法、 速度、 習慣の カ テ ゴ リ ーか ら みて さ ま ざま な程 度 ・ 段階で活動が制限 さ れる と いえ る。 つま り 、 状 況 によ れば、 社会の理解不足 が活動制限 を生み、 助 長 し ているこ と になる。」 (芝田、 2007a、 P.145) こ と 。 ②参加制約の低減 ・ 解消 (社会の理解の向上) が活動 制限の低減 ・ 解消 (障害児 ・ 者の活動能力の向上) に繋がり 、 社会の担 う 部分は非常に重要であ る こ と
(芝田、 2007a)。
③バ リ アの存在 と バ リ ア フ リ ー。 ④ユ ニ バ ーサル デザイ ン。 ⑤障害児 ・ 者の社会受容 (南雲、 2002 ; 芝田、 2007a ; 他) 。 小学校高学年以上には、 ①Ic F、 ② ノ ーマ ライ ゼー シ ヨ ン 、 ③ イ ン ク ル ー ジ ョ ン 、 ④ ピ ー プ ル ・ フ ァ ー ス ト 、 ⑤自立生活運動 (IL 運動 ; Independent living) 、 ⑥障害者 権利条約、 ⑦特別支援教育、 ⑧高齢者 ・ 障害者 リ ハ ビリ テ ー シ ョ ン、 ⑨障害者福祉 な どへ も展開 さ せてい く 。 加 え て、 ⑩各障害の特性 (活動制限) と留意事項、 ⑪各障 害 に応 じ た人間関係、 ⑫ そ の理解がま だ不十分 な弱 視 ( ロ ー ビ ジ ョ ン) や発達障害 をは じ め と す る各障害 に応 じた物理的環境のあり 方 (芝田、 2011 ; 佐々木、 2010 ; 他) な どの知識 と 理解 も大切であ る。 た だ大切 な点は、 こ れら を理念的、 文言的 に解説す る だけ で な く 、 心情的 に も理解で き る よ う にす る こ と であ る。 ま た、 ピ ー プル ・ フ ァ ー ス ト 、 自 立生活運動 な どで は、 障害者がこ のよ う な運動 に至 っ た社会の人間理解 ・ 障害理解の不十分 さ 、 リ ハ ビリ テ ー シ ョ ン ・ 福祉の適切 A領域 (関心があり理性 的) : 人権・ 主体性・ 自立 性の尊重、共感 ・ B領域 ( 関心があるが 感情的) :過保護、同情、 関心 上から目線、押しつけ (受害的) ・ c 領域 ( 無関心だが理 性的) : 不干渉、無視 ・ D領域 ( 無関心で感情 的) : 人権無視、差別、人 . 権侵害 性 を欠 く 歴史的 な考え方の背景や経緯、 その障害者の心 情 な どに関す る理解が大切 と な る。 6 . 障害 と い う 表記 障害は、 「 障がい」 、 「 し よう がい」 な どと 表記 さ れる こ と があ るが、 その背景、 意味、 対応 な ど を テ ーマ と す る。 適切 な表記の検討は大事 だが、 大切 な点は根底 と な る用語使用 におけ る心情で あ る こ と 、 適切 な表現で あ っ て も そこ に差別的、 偏見的 な心情が見え るよ う では意味 がない と いう こ と であり (芝田、 2010 ; 他) 、 こ れは多 く の障害者の声 で も あ る。 なお、 現在、 法令的、 社会的 にはま だ 「障害」 が使用 さ れてい る ため、 上記の紹介は 重要で あ る が、 前述のよ う に教員 は ニ ュ ー ト ラ ルな立場 で あ る ため授業 では 「障害」 が使用 さ れる こ と がふ さ わ しい。 7 . 援助のあ り 方 障害児 ・ 者に と っ て社会の援助は有意義で不可欠だが、 障害児 ・ 者は常 に援助 を欲 し てい るわけ ではな く 、 援助 が不要な時もある (芝田、 2007a、 Pp.156-157) 。 し たがっ て、 援助 の声 を かけ るが、 障害児 ・ 者か ら固辞 さ れれば 援助は控え る と い う こ と をふまえ、 援助のあり 方 を考え る。 社会は互恵的 で あ り 、 援助 も 相互に行 われるのが健 常児 ・ 者 に と っ ては常態 で あ るが、 障害児 ・ 者 に と っ て 援助は一方通行的 な受動状態がほと んどであ る。 援助は す る方 と さ れる方ではその心情は大 き く 異な る。 つま り 、 援助 を受け る方 に と っ て援助はあ り がたい のだが、 同時 にあ る種の心理的負担感が発生す る。 健常児 ・ 者のよ う に援助 を し た り 、 さ れた り す る相互的 な状態で あ れば、 その心理的負担感 を意識す る こ と は少 ない。 し か し、 障 害児 ・ 者に と っ てほ と ん どが援助 さ れる立場 で あ り 、 援 助に対 し て 「 あり がと う ばかり の毎日です」 と いう 障害 者の嘆息 に も似 た心情 を推 し 量 る こ と も大切であ る。 小 学校高学年以上では、 こ のよ う な被援助者の心情 も テ ー マ に加え てお き たい。 理t生的 (他者0 1 的)
M
的 (自己中心的) 図 4 社会の障害者に対す る意識 と 態度 無 (非受容的)8 . 障害児 ・ 者への接 し方 障害児 ・ 者に対 し て どのよ う に接 し ていけ ばよ いか を 取 り 上げ る。 社会の障害者に対 す る意識 と 態度 では、 他 者に対す る心情性 (理性的で他者尊重的か、 感情的で自 己中心的か) と 障害児 ・ 者に対す る関心性 (関心があり 受容的か、 無関心で非受容的か) の程度によ っ て 4 つの 領域に分類でき る (図 4 、 芝田、 2007a、 Pp.146-147) 。 障害児 ・ 者 に関心があ り 、 理性的 で他者尊重的 な A 領 域 (人権 ・ 主体性 ・ 自立性の尊重、 共感) が適切 と い う 障害児 ・ 者の心情 を尊重 し た接 し方 を考え る。 9 . 障害児 ・ 者の補助具等 点字、 白杖、 手話、 補聴器、 車いす、 障害者用 に改変 さ れたパ ソ コ ン ・ 自動車 な どの使用実態、 その使用法、 課題 な ど を取 り 扱 う 。 可能 な ら ば体験す るの も いい だ ろ う 。 こ れら につい ては、 障害者や教育 ・ リ ハ ビリ テー シ ョ ン ・ 福 祉 な どの関係教 職員 に よ る講演 と 兼 ねる と よ り 効 果的 であ る。
V . 授業の方法 と 留意点
1 . テ ーマ を取 り 扱 う 際の留意点 1 ) 発達段階に応 じ た指導 先にあげた 「「V. 取り 扱う 主なテーマ」 のう ち、 1 . 個人の尊厳 と 尊重、 2 . モ ラ ル ・ マナ ー ・ ルール、 3 . 差別 と 偏見、 4 . い じ めは主に人間理解に関す る も ので あ る。 こ れら の中 には、 道徳、 総合的 な学習 の時間、 特 別活動 で も取 り 扱 われる内容があ る ため、 こ れら の授業 と 連携 ・ 協力 し て障害理解につ なげたい。 特に小学校低 学年 では、 先 に こ のよ う な テ ーマ か ら 進め てい く のがよ い であ ろ う 。 た だ し 、 当初は簡単 に扱 う だけ と し 、 折に 触れて繰り 返 し扱い ながら学年が上が っ てい く につれて、 す なわち、 発達段階が上が る に つ れて よ り 詳細 な解説 を 加え てい く 。 5 . 障害の意味 ・ 種別 ・ 分類以降は、 内容 に よ っ て小学校低学年 から の開始 で も問題はないが、 中 学年 あ た り から で も よ い で あ ろ う 。 ま た、 障害者に対 す る思いやり 、 手助け、 寄付 な どが テ ーマ と し て取 り 上げ ら れやすいが、 こ れについ てはよ り 丁寧 な解説が必要であ る。 安易 に進め る と そ れだけが 障害理解であ る と い う 表面的 な理解に終わっ て し ま う こ と に な る。 た と え ば、 「 障害者 を街 で みかけ た ら 温か く 見守 っ てあげま し よう」 と教員が言う と小学校高学年程 度 に な る と 即座 に 「 は一い」 「手 を貸 し て あげま す」 と い う 声が返 っ て く るが、 そ れはたてまえ で本心 では障害 理解には至 っ ていない と いう 指摘がある ( 白鳥他、 2010) 。 留 意 し てお き たい。 2 ) 個性の尊重と自己開示 金子みす 、、、の 「 わた し と 小鳥 と すず と」 は個性の尊重 と い う 観点 か ら 優 れた詩 で あ り 、 そ こ に あ る 「 みんな ち が っ て、 みんないい」 と い う フ レ ーズは授業 と し て取 り 上げたい テ ーマ であ る。 た だ、 小学校 5 年生 を対象 にこ れを テ ーマ と し て自他の得意、 不得意 を児童相互に開示 さ せ る授業例があ る (富永、 2011) 。 テ ーマ と し ては問 題 ないが、 こ のよ う な進め方 には慎重 さ が必要で、 障害 理解教育がかえ っ て児童の成長の阻害 と な ら ない よ う な 配慮が欠かせない。 自己開示や他児童の長所 ・ 短所 を挙 げ さ せ る な どは、 小学生 レ ベルでは精神的 に成長 し き れ てい ない児童 も お り 、 自信欠如 やス ト レ ス な どに つ なが るこ と が考え ら れるため時期尚早で、 他の方法での実施 が適切であ る。 アメ リ カ では、 高校で 「成績優秀な生徒」 「 ス ポ ー ツ万 能 な生徒」 な ど を ク ラ ス で投票 さ せ る と い う 慣習があ るが、 日本では中学 ・ 高校生で あ っ て も こ の よ う な方法は な じ みに く い。 「 い じ め」 解消 を め ざ し て、 自分の長所 を発表 し あう と い う 小学校の授業例があ るが (読売新聞、 2012) 、 ま だこ の方がよいであ ろ う 。 「 みんな ち が っ て、 みんないい」 を教材 と す る場合、 次のよ う な授業例が考え ら れる。 ① 「 あの友 だ ち は変 わ っ てい る」 「 あ の人は変人 だ」 と い われる場合、 大勢 の人 と は ち よ つと 違 っ てい る だけ の児童生徒 や人で あ る と い う こ と な ど、 その意 味 を ク ラ ス で考え る。 ②他者 と 違 っ てい たこ と が理由 で嫌 な思い を し たり 、 嘲笑 さ れた場合、 ま たその人 を嘲笑 し た場合、 そ れ は ど う い う 状況 で あ っ た か、 そ れは なぜ か、 そ のよ う な こ と が理由 に な る のか な ど を ク ラ ス で考 え る。 自己開示や他者批評ではな く 、 一般論と し て得意分野、 性格、 考え方、 癖、 習慣な どは一人 ひと り 違 っ てお り 、 そ こ に優劣は存在 し ない こ と を気づ かせたい。 つま り 、 健常者 も 障害者 も 人 と し ての優劣 は な く 、 「違 っ てい る だけ」 (特性、 個性) と い う 事実に気づけ る よ う 働き か け る。 2 . 教材 教材 と し ては、 まず教科書 ・ 教材 ・ 絵本の活用があ る。 ただ、 教科書等に扱 われてい る障害種は、 1996年 (平成 8 ) から小学校国語教科書 ( 4 年上、 光村図書) に掲載 さ れてい る大島健甫著 「手 と 心 で読む」 をは じ めと し て 視覚障害、 聴覚障害、 肢体不自由 と い う 見 た目に分かり やすい身体障害がほ と ん どで あ る。 他の知的障害、 発達 障害、 精神障害 に関す る も のは非常 に少 ない こ と 、 ま た、 小学校と 中学校で取 り 上げてい る内容に大 き な相違がな い こ と 、 障害の扱われ方 に誤 り があ る こ と な ど問題点 も 指摘 さ れており (徳田 ・ 水野、 2004 ; 他) 、 注意 し なけ ればな ら ない。 次 に、 テ レ ビ番組の活用 があげ ら れる が、 こ れは障害 理解だけ で な く 、 人間理解に関す る も ので も あ る。 た と え ば、 NHK 教育 テ レ ビのい く つかの番組、 フ ジ テ レ ビ系 列の 「 ア ン ビリ バ ボー」 な どがあ る。 こ れら か ら 教材 と し ての題材 を得 た り 、 ま た時間帯に よ れば学級で視聴 す るの も いい だ ろ う 。 人間理解への活用例 と し て 「 にほ んごであそぼ」 (NHK 教育テ レ ビ) で歌われる 「ええ じ や ないか 日本」 の歌詞 (以下) があ る。 「 一な き む し だ っ て (え え じ やない か、 え え じ やない か) 、 お こ り んぼだ っ て (え え じ やない か) 、 さ び し がり やで (ええ じ やないか) 、 十人十色で (ええ じ やないか) 、 かけ っ こ ま け て も ( え え じ やな い か) 、 か っ こ わ る く て も (え え じ やないか) 、 失敗 し た っ て (え え じ やないか) 、 成功の も と さ ( え え じ やな い か) 、 夜があ る か ら 朝が来 る、 涙 あ る か ら 笑い あ る、 雨が降 っ て も 陽は昇 る、 夢に 向 か っ て (え え じ やない か) 一」 どち ら かと いえばこ れは小学校低中学年向 き であ るが、 社会的 にネ ガテ ィ ブ と さ れる属性が実際は尊重 さ れ、 低 評価 さ れた り 非難 さ れる も のではない と い っ た他者尊重、 個性の尊重、 オ ン リ ー ワ ンの意味、 そ し て児童生徒 のエ ンパワ メ ン ト な ど を考 え る教材 と な る。 こ の よ う な歌 に つい ては、 「 世界 に一 つ だけ の花」 、 「 イ マ ジ ン」 と い っ た ポ ピ ュ ラ ーな も のか ら そ う で ない も のま で多 数あ り 、 取 り 扱いは年齢 (学年) に応 じ た考慮が必要だが、 歌詞 の意味 を話 し合 う 機会 と し て活用でき る。 その他、 障害 関連 の機関や団体 が作成 し てい る障害 に関す る資料、 DVD ・ ビ デ オ な ど も 教材 と な る だ ろ う 。 3 . 疑似障害体験 疑似障害体験については多 く の研究 (真城、 2003 ; 芝
田、 2007a、 2007b、 2012 ; 徳田 ・ 水野、 2004 ; 他) があ
る ため詳細は省 き 、 主要 な留 意点 を列記す る。 なお、 少 な く と も視覚障害の理解には疑似障害体験は不可欠であ る。 1 ) 体験の目的 と 意義 疑似障害体験の目的は、 障害児 ・ 者の生活におけ る不 便性 ・ 困難性 を理解す る と同時にその不便性 ・ 困難性 を 克服で き る可能性があ る と い う ポ ジテ ィ ブな側面の理解 で あ る。 こ の ポ ジ テ ィ ブ性の方がよ り 大切 で あ る に も か かわ ら ず、 忘 れら れが ち で あ る。 こ の目的の も と に行 わ れる疑似障害体験 には高い意義があ るが、 必ず し も実施 し なけ れば障害理解が進ま ない と い う わけ ではない。 ま た、 幼少期では時期尚早で、 幼稚園はも と よ り 小学校低 学年や中学年程度ではま だ実施す る必要はな く 、 高学年 以上から の実施が適切 であ る。 2 ) 事前 ・ 事後の解説 と 討議 重要 なのは、 体験 だけ で な く 、 事前 ・ 事後の解説 と 討 議 であ る (芝田、 2012) 。 特に実施後の討議は欠かせな い。 事前解説の内容には、 疑似障害体験の目的、 実施方 法、 体験に よ る自己観察の重要性、 実際の障害 と の相違 点 な どがあ る。 事後解説 ・ 討議の内容 には、 体験 によ つ て気づいた点、 障害の不便性 ・ 困難性 を克服す る可能性 な どがあ る。 ま た、 事前 ・ 事後 の どち ら かで、 疑似障害 体験 を と お し て障害児 ・ 者への態度、 援助の方法、 障害 児 ・ 者の実態 な ど障害理解に関す る講義 も行 う と よ い。 3 ) 体験の対象 と な る障害 一般的に体験の対象は視覚障害と肢体不自由が多い。 ま た、 発達障害 では デ イ ス レ ク シア な どの疑似体験が考 え ら れる。 中で も 視覚障害体験は、 アイ マ ス ク を用意す れば容易 に実施で き る ため多 く の地域で行 われてい る。 その対象は、 歩行 (手引 き によ る歩行、 芝田、 2007a) 、 読み書き (点字) 、 ADL (身辺管理、 家事) である。 さ ら に、 アイ マ ス ク によ る全盲だけ で な く 、 シ ミ ュ レ ー シ ョ ン レ ンズ な どに よ る弱 視 ( ロ ー ビ ジ ョ ン) で の体験 も 意 義深い。 た だ し 、 歩行体験では アイ マ ス ク に慣れる時間 を十分 と る こ と が必要で、 こ の点 が誤 っ て実施 さ れてい る例が 非常に多い。 一般に、 疑似障害体験は遂行時間に比例 し てその意義は高ま る と 考え ら れるが、 視覚障害の歩行体 験はその限 り では ない。 そ れは人が視覚 に よ っ て移動 に おけ る安全性の確保 と 危険性の回避 を行 う ため、 視覚遮 蔽によ っ て多 く の体験者は開始 と 同時に不安や恐怖 を感 じ るか ら で あ る。 し たが っ て、 こ の不安感 ・ 恐怖感の低 減にあ る程度の時間 を かけ なけ れば、 不安 や恐怖 だけ が 強 く 印象づけ ら れ、 体験の目的達成 どこ ろか視覚障害 に 対 し て大 き な誤解 を生 じ さ せ る結果 と な っ て し ま う 。 し たが っ て、 歩行 の疑似障害体験は アイ マ ス ク に慣 れ、 こ の不安感 ・ 恐怖感があ る程度低減 し てか ら始 ま る こ と に な る。 4 ) 専門家の指導 ・ 助言 以上のよ う に、 アイ マ ス ク や車いす を用 意 し て実施す れば疑似障害体験が可能 と 軽々に考え るのは危険であ る。 初めて疑似障害体験 を実施す る教員 は前 も っ て専門家の 指導 ・ 助言 を受け てお き たい。 4 . 障害児 ・ 者 と の交流 学習指導要領総則 に も 記載 さ れてい るよ う に障害児 ・ 者 と の交流は非常 にイ ンパ ク ト があり 、 重要な要素が含 ま れてはい るが、 障害児 ・ 者 と 交流す ればそ れだけ で障 害理解が進む と 単純に考え るのは早計 で あ る。 こ れま で 既述 し て き たよ う に、 丁寧 で確実 な障害理解教育が主で あ っ て、 あ く ま で交流はその一方法 で あ る こ と を明記 し てお き たい。 なお、 交流の実施 には適切 な計画が必要で 時には専門家の指導 ・ 助言は欠かせない。 1 ) 障害児が通常学級に在籍する場合 障害児が通常学級に在籍す る状態は狭義の意味でイ ン ク ル ー ジ ョ ン と い わ れ る が、 そ の状 況 を 適切 に活用 す れ ば障害理解教育の一環と な る (篠崎、 1978 ; 大和久、 2003 ; 他) 。 なお、 他の健常児童生徒に対 し て、 事前にその児童生徒の年齢に応 じ た人間理解、 障害理解に関す る指導、 及び対象障害児に関す る諸知識に関す る指導が 必要であ る。 ま た、 障害児 と 教員 (担任) 対 その学級の 他の全児童 と い う 対立構造にな ら ない配慮が必要で、 こ の構造にな る こ と で障害児がい じ めの対象 と な っ た事例 があ る。 2 ) 障害者が教員の場合 視覚障害、 聴覚障害、 肢体不自由が多 いが、 障害者が 教員の場合、 その教員 から授業 を受け る、 学校生活 を共 にす る な どで人間理解、 障害理解 を自然に学ぶこ と がで き る。 障害のあ る教員 によ る意義のあ る障害理解教育が 実践 さ れてい る事例は少 な く ない (全国視覚障害教師の
会、 2007 ; 小島、 2008 ; 仲村、 2012 ; 他)。 この意味で
も 障害のあ る教員 の増加は必要で あ る。 3 ) 交流及び共同学習 1972年 (昭和47) 以降、 文部科学省は交流教育 を促進 さ せ、 「弱者に対 す る思いやり を育 む」 こ と が目的 と さ れた。 し か し 、 こ の目的 だけが根底 にあ っ ては障害児 と 健常児は人 と し て対等で、 そ こ に優劣的、 上下的 な関係 はない と い う 障害理解の原則が誤解 さ れ、 交流教育の意 味は見い出しづ らい。 交流教育はその後1979年 (昭和54) か ら さ ら に進め ら れ、 資料作成配付、 推進校指定、 講習 会な どの取り 組みを経て、 2008年 (平成20) 告示の学習 指導要領総則 で示 さ れた交流及び共同学習 に引 き継がれ て現在に至 る。 その課題 と し て、 ①特別支援学級担任の 付 き添いの問題、 ②安全確保や緊急事態への対応、 ③交 流先の学級担任や児童生徒の意識や理解と受け入 れ体制 な どがあげ ら れてい る (全国特別支援学級設置学校長協 会編、 2012) 。 こ の③は実施におい て障害理解が不十分 であ る こ と が示唆 さ れる。 交流及び共同学習は 「学習」 が目的 で、 障害理解のた め だけ に実施 さ れる も のでは ない。 こ れは、 基本的 に対 象 であ る障害児童生徒 と 健常児童生徒に人間理解、 障害 理解が し っ かり と 把握 さ れてい る こ と が前提 と さ れ、 さ ら に、 事前に障害児 と 健常児が対等 で、 相互に打 ち解け た心理的に良好 な関係が構築 さ れてい なけ ればな ら ない。 こ の点は以前か ら 指摘 さ れてい る に も かかわら ず、 現状 ではその人間理解、 障害理解が不十分 なま ま実施 さ れて き てい る と こ ろ に問題があ る。 た と え ば、 障害児 だけが 自己紹介 を し 、 健常児はそ れを聞い てい る だけ と い う 事 例 (冨永、 2011) にみら れる よ う に、 障害児が 「 お客 さ ん」 的 ではかえ っ て健常児 に誤解 を与 え 、 その意義は著 し く 低下す る。 類似の指摘は少な く な く 、 現状 では意義 のあ る交流及 び共同学習 と は温度差がみら れる。 交流及 び共同学習は、 健常児 に と っ ては事前に障害理解教育が 実施 さ れた後、 障害児 ・ 者 と 実際にふれあ う こ と で その 実態 ・ 現状 を知 る こ と 、 同時 に障害児 に と っ て も 健常児 の実態 ・ 現状 を知 る こ と な ど を と お し て相互の理解 を進 め る こ と で本来の 「学習」 が推進 さ れる と こ ろ に意義が あ ろ う 。 その他の障害児 ・ 者 と の交流に、 1997年 (平成 9 ) の 「小学校及び中学校の普通免許状授与に係る教職員免許 法の特例等 に関す る法律」 によ っ て始 ま っ た教員 養成に おけ る介護等体験があ る。 こ れに つい ては、 そ れな り に 意味はあ る も のの指導教員 の不十分 な障害理解がみ ら れ る場合があ るこ と 、 短期間であ るこ と 、 事前の人間理解、 障害理解が十分 ではない こ と な どま だま だ今後充実 さ せ てい かなけ ればな ら ない課題は多 い。 5 . 講演 ・ 見学 講演や見学には次の形態があ る。 (1)障害者によ る講演一障害者の生活や職業、 盲導犬 ・ 聴導犬 ・ 介助犬な どの身体障害者補助犬、 車いす ・ 補聴器 ・ 白杖 な どの補助具の実態、 その他 を知 る。 (2)障害児の保護者によ る講演一 障害児の個別的 な理解、 日常生活、 その他 を知 る。 特に、 見た目に分かり づ ら く 、 自身 で その障害 につい て説明 しづ ら い発達障 害や知的障害 につい ては意義があ る (内藤、 2008 ;金子、 2012 ; 他)。
(3)特別支援学校の教職員 によ る講演一特別支援教育、 特別支援学校の実態、 その他 を知 る。 (4)障害者 リ ハ ビリ テ ー シ ョ ン施設、 社会福祉施設、 支 援 セ ン タ ー、 NP0 な どの指導員 ・ 職員 に よ る講演一 障害児 ・ 者 の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン、 福 祉、 生活 、 職 業 な どの現状 と 課題、 その他 を知 る。 (5)学校 ・ 施設見学一特別支援学校、 障害者リ ハ ビリ テー シ ョ ン施設、 社会福祉施設、 障害者に配慮 し た博物 館 ・ 美術 館 ・ ス ポー ツ施設 な ど。 こ れら の講演や見学は、 意味があ り 、 重要だが、 ①講 演者や見学説明者に人間理解、 障害理解の不十分 さ があ る、 ②極端 な個人的見解が含 ま れてい る、 ③前述の社会 の障害者に対 す る意識 と 態度におけ る 「障害児 ・ 者に関 心があ るが自己 中心的 で感情的 と い う B 領域的 な態度 (図 4 ) 」 、 つま り 、 障害児 ・ 者 に対 す る過保護、 同情 な どの意識が根底 に あ る と い つた こ と がみ ら れる場合 があ り 、 注意が必要であ る。 特別支援学校の教員、 障害者 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン施設や福 祉施設の指導員 ・ 職員 の中 に は、 指導技術 ・ 技能に専門性はあ っ て も 障害理解が十分 で あ る と は限 ら ず、 ま た、 そ れは経験年数が多 け れば障 害理解が高い と も いえ ない こ と があ る。 講演や見学の計 画に際 し ては、 以上のよ う な問題点 や課題に関 し て適切 に解説がで き る能力 が教員 に求 め ら れる。 そのため、 必 要に応 じ て障害理解に関す る専門家の指導 ・ 助言が大切 で あ る。 むすび障害理解は、 人間理解が基礎 と な るが、 定義、 理念 を 文言 だけ で理解す る こ と な く 、 心情 と し て進め る と こ ろ が大切であ る。 こ う い う 心情は常 に意識 し てい ない と 低 下 し が ち であ る ため、 障害理解は理解す る努力 と と も に そ れを維持す る努力が欠かせない。 障害問題につい ては、 1970年代 あ たり から社会に対す る啓発が少 しずつ目立つよ う になり 、 1981年 (昭和56) から の国際障害者年 を一つの契機 と し てよ う や く 全国的 に注目 さ れ始 めた と いえ る。 そ れに呼応 し て学校教育 で も 障害 につい て少 し ずつ取 り 扱 われる よ う に な り 、 ま だ 十分 と はいえ ないが、 人権教育や障害理解教育 と し て普 及 を みせ て現在 に至 っ てい る。 学校の指導があ っ たか ら 自身 の障害 を隠 し た こ と も い じ め ら れた こ と も なか っ た と いう 障害者の事例 (読売新聞、 2013) が示すよ う に、 適切に行われれば障害理解教育は十分 な成果 を発揮す る こ と がで き る。 教育関係者は、 こ の障害理解教育の果た す意義 と 役割 を常に意識 し、 普及に努めたい ものであ る。 最後に、 こ こ では紙数の関係で文献の多 く が記載で き ず、 最小 限 に と どめ ざ る を得 な か っ た こ と を断 っ て お き たい。