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ベアトリス・コラン,ジャン=フランソワ・デルプランク著田中道雄,三浦信,佐々木保幸,和田聡子訳『ロレアル「美」の戦略』

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1.はじめに

 グローバリゼーションの進展は,「美」を取り巻くビジネスにさまざまな動きを誘発させている。 なかでも,自然環境の保護やダイバーシティー(多様性)の尊重に対する意識の高まりが新たな 課題や機会をもたらしている。例えば,コスメティック(化粧品)業界に目を向けてみると(1) 自然環境に対する負荷を軽減する製造工程の改善,原料の開発,そして容器回収などに注力し, 「共通価値 (Shared Value)」を創造しようとする取り組みがみられる。また,世界で人種の多 様性を尊ぶ声が高まるなかで,スキンケアに利用される商品の説明に際して,「白い」や「明る い」などの言葉を使用しない倫理的な配慮がなされるようになっている(『日経流通新聞』2020 年7月3日)。その他,イスラム教を信仰する人々のために,ハラルに対応したコスメティック の開発が拡大している。さらには性別を問わず美容意識が高まるなかで,男性用の製品やブラン ドが積極的に投入されている。このような動きは,表面的な美の追求に併せて,内面的な美を追 求する意識の高いモノづくりや消費を推進する取り組みとして評価することができる。  フランスを代表する多国籍企業のロレアル(L oréal)は,世界最大のコスメティックメーカー である。150ヵ国の市場に進出を果たし,299億ユーロもの売上高をあげている(L oréal 2020, p.Ⅰ)。世界のコスメティック市場で14%のシェアを占めており(図表1参照),競合他社の追随 を許さない状況にある。その100年を越える経営の足跡を丹念に辿る本書は,2015年にフランス のデュノー社(Dunod Éditeur)から上梓されたL’ORÉAL, : La Beauté De la Stratégieの翻訳書と なる。1819年に創設された世界で最も古い歴史を持つビジネススクールのESCPヨーロッパで研 究教育に携わるベアトリス・コラン(Béatrice Collin)とジャン=フランソワ・デルプランク (Jean-François Delplancke)によって(以下,敬称略),フランス語で執筆された著書となる。 それをフランス流通の専門家として広く認められる田中道雄,三浦信,佐々木保幸,和田聡子に 翻訳され(三浦 2004,田中 2007,佐々木 2011,和田 2011),2018年に中央経済社から出版された。 ロレアルの経営史を綴る本書は,3つの部門から構成されている。第Ⅰ部の「長い成功の錬金術」 では,ロレアルの起源と企業組織の継承過程が整理されている。第Ⅱ部の「きわめてオリジナル な戦略」では,企業経営の発展史を整理することに取り組まれる。そして第Ⅲ部の「ロレアルか ら見た世界」では,ロレアルの国際展開について考察されている(図表2参照)。以下では,本 書の内容を簡潔に紹介することにしたい。

ベアトリス・コラン,ジャン=フランソワ・デルプランク著

田中道雄,三浦信,佐々木保幸,和田聡子訳

『ロレアル「美」の戦略』

鳥 羽 達 郎

(富山大学)

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2.本書の構成と概要

 第1章の「2つの世紀にわたって:アイデンティティの構築」では,最初にロレアルの創業者 となるウージェンヌ・シュエレール(Eugéne Schueller)の生い立ちの紹介から始まる。それか ら1909年に染髪剤の研究開発と販売に携わるフランス無害染毛会社を創業したこと,1928年にフ ランス石鹸会社が展開していたボディケア事業のモンサボン(Monsavon)を買収して大量消費 財市場に参入したこと,1957年にフランソワ・ダル(François Dall)が経営を引き継いだことを 契機に高級品や医薬品などに多角化を図りながら流通経路の拡大と国際化が推進されたことにつ いて丁寧に追跡された。さらには,証券取引所での上場,ネスレとパートナーシップの構築,そ してシャルル・ズヴィアック(Charles Zviak),リンゼイ・オーウェン=ジョーンズ(Lindsay

Owen-Jones),ジャン=ポール・アゴン(Jean-Paul Agon)という歴代の後継者に伝統が引き継

がれ,さまざまな変革に挑戦されてきたことが概観されている。1909年の創業以来,その成長発 展は研究開発を原動力に推進されてきた。コスメティックと美容を専門に独自の研究開発で生み 出した新製品の投入や既存ブランドの買収で多角化を図ると同時に, フランスを起点に近隣諸国 から同心円的に事業の国際化を図ってきた。ロレアルが歴史や伝統に忠実である一方,絶え間な く革新に挑戦してきた企業であることが描写されている。  第2章の「ロレアルの精神」では,その企業理念を具現化するための思想を紹介することに紙 幅が割かれている。あらゆる人々の美の追求を支援することに情熱を注ぐロレアルの精神は,4 つの矛盾を包摂することに特徴づけられることについて論じられている。第1に,独自にモノを 創造する「研究」と市場との直接的な対話からモノやサービスの創造する「マーケティング」に 取り組んできたこと。第2に,先見の明を持って将来を展望する「直観」と経験に立脚して現実 を冷静に見極める「プラグマティズム(実用主義)」を重視してきたこと。第3に,人材教育で は個人の努力が最大限に要求される「競争」と協同の精神や相互扶助を要求する「連携」を重ん 4 4.1 4.4 4.5 4.6 5.1 5.1 8.9 8.7 8.1 5.1 4.9 4.9 4.8 4.1 3.8 0% 20% 40% 60% 80% 100% 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 ロレアル(フランス) エスティ・ローダー(アメリカ) ユニリーバ(イギリス・オランダ) P&G(アメリカ) コティ(フランス) その他 13.9 14.1 13.7 13.8 13.4 13.5 13.4 5.8 5.8 5.6 5.3 5.2 5 5 67.4 67.3 68.2 66.8 67.5 67.4 67.9 4.4 4.5 図表1 世界のコスメティック(化粧品)市場シェア 注:ユーロモニター・インターナショナルの調査に基づく。 出所:日本経済新聞社編(2016-2020)『日経業界地図(2015-2021年版)』日本経済    新聞出版より作成。

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じること。第4に,すべての企画が真剣な議論や対話を介して進められる「対決の文化」に組織 を介して,コスメティックという単独の分野であらゆる製品やサービスを提供する「ドメイン戦 略」が追求されていること。そして最後に,コスメティック業界で世界一の座に君臨してきた「リ ーダー」であると同時に,リーダーの地位に安住することなく自らを乗り越えて情熱を追い続け る「チャレンジャー」であることに特徴づけられることが描かれている。本章では,ロレアルが 意識的に緊張状態に身を置くことで慢心的な経営に陥ることや組織慣性に抵抗し,持続的な成長 と発展に繋げてきたことが説明されている。  第3章の「ファミリー事業」では,ロレアルがコスメティックの分野で世界最大の企業となる までに成長発展してきた主な要因がファミリー企業であり続けてきたことに求められている。創 業者であるウージェンヌ・シュエレールは会社の所有と経営の分離を唱えたが,彼の相続人とな る家族とロレアルの間にはシュエレールの意向をわきまえた上で緊密な関係性が維持されてき た。1957年にウージェンヌ・シュエレールの娘であるリリアンヌ(Liliane)とその夫アンドレ・ ベタンクール(André Bettencourt)に相続され,リリアンヌの娘のフランソワーズ(Françoise) とその夫ジャン=ピエール・マイヤーズ(Jean-Pierre Meyers),そしてフランソワーズの息子と なるジャン=ヴィクトル(Jean-Victor)に受け継がれてきた。またロレアルの成長発展は,その 主要な株主に世界最大の食品メーカーとなるネスレを迎え入れることで安定したことについて言 及されている。人間の身体に必要不可欠なすべてのニーズに応えることを使命として,食品事業 を越えて薬品やコスメティックの事業に多角化を模索していたネスレと1974年に協定を締結し, ベタンクール家とネスレがロレアルの持ち株会社となるジェスパラル(Gesparal)を所有するこ とで国有化や買収攻勢を回避する体制を整備した。すなわち,こうした創業家の所有体制を堅持 することによって組織の安定性を担保しながら,長期的な展望を持って新たなことに挑戦する条 件を整備してきたことについて説明されている。  第4章の「ロレアルによるコスメティックセクターの創設」では,世界の競合他社と比較検討 しながらロレアルの独自性が浮き彫りにされている。ロレアルがコスメティック部門で世界的な リーダーシップを発揮してきた経緯が追跡されている。世界のコスメティック部門における主力 企業を3つのグループに分類し,総売上高に占めるコスメティックの割合と各企業が活用する流 通経路の数という軸から代表的な企業の実態が概観されている。具体的には,コスメティックの 取り扱いに集中し,流通経路は個別企業の戦略によって異なる「専門企業」,高級の衣料品,宝 図表2 『ロレアル「美」の戦略』の章構成 第Ⅰ部 長い成功の錬金術  第1章 2つの世紀にわたって:アイデンティティの構築  第2章 ロレアルの精神  第3章 ファミリー事業 第Ⅱ部 きわめてオリジナルな戦略  第4章 ロレアルによるコスメティックセクターの創設  第5章 戦略の策定 第Ⅲ部 ロレアルから見た世界  第6章 国際化,世界化,普遍化  第7章 ロレアルの地政学的概要

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飾品,皮革製品,酒,そしてコスメティックを限定的な流通経路で総合的に取り扱う「多角化し たラグジュアリー企業」,そして食料品や医薬品などを主力商品とする巨大企業がいくらかの流 通経路でコスメティックも取り扱う「多角化した巨大企業」というグループに分類している。そ してロレアルがいずれのグルーブにも属さずに,コスメティックに限定しながらも,積極的に既 存ブランドの買収を図りながらブランドに応じた流通経路を開拓してきた特殊な存在であること が浮き彫りにされている。ロレアルの専門化は,既存ブランドの買収によって推進されてきたと いっても過言でない。1967年にフランスで高級ブランドの「ランコム(Lancôme)」を買収して 以来,これまで35ものブランドを手中に収めてきた(L oréal 2020, p.34)。  こうして拡大してきたロレアルの取扱商品を大雑把に捉えると,一般消費者を対象に大量流通 経路で販売されるメイベリンニューヨーク(Maybelline New York)やガルニエ(Garnier)など のブランドがある「コンシューマー・プロダクツ」,高級ブランドとして百貨店や専門店といっ た選択的流通経路を通じて販売されるジョルジオアルマーニビューティ(Giorgio Armani

Beauty)やラルフローレン(Ralph Lauren)がある「ロレアル・リュクス」,美容院やエステテ

ィックサロンなどで取り扱われるレッドケン(Redken)やケラスターゼ(Kérastase)などが有 名な「プロフェッショナル・プロダクツ」,そしてドラッグストアや薬局などの流通経路を通じ て販売される健康や肌の悩みに対応するラロッシュポゼ(La Roche Posay)やデクレオール (Decléor)などの「アクティブ・コスメティック」というカテゴリーに分類される。この10年間 の動きとしては,高級ブランドの展開に注力している(図表3参照)。またその取扱商品は,「ス キンケア・日焼け止め」「メークアップ」「ヘアケア」「ヘアカラーリング」,そして「フレグラン ス」に分類される。近年は,「スキンケア・日焼け止め」と「メークアップ」に力が入れられて いる(図表4参照)。コスメティック部門に限定し,あらゆる需要に対応すべく豊富な取扱商品 とブランドのポートフォリオから多様な流通経路を構築することで垂直的かつ水平的に連携した 一枚岩の結束を誇る独自のポジショニングを構築してきた(2)  第5章の「戦略の策定」では,ロレアルにおける経営戦略の策定が動態的な環境条件との対話 や一貫した経営理念に規定されていることが説明されている。最初に,コスメティック産業のマ 52.5 51.2 51.5 51 49.7 48.7 48.1 46.6 44.7 42.7 24.9 25.5 26.8 27.5 28.6 29.8 30.8 32.5 34.8 36.9 15 14.9 14.4 14 14 14 13.6 12.9 12.1 11.5 7.6 7.5 7.3 7.5 7.7 7.5 7.5 8 8.1 8.9 0% 20% 40% 60% 80% 100% 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 コンシューマー・プロダクツ ロレアル・リュクス プロフェッショナル・プロダクツ アクティブ・コスメティックス 図表3 ロレアルのカテゴリー別売上高構成比 出所: L Oréal(2011-2020)Annual Report 2010-2019より作成。

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クロ環境を基本的な視点から分析し,「先進地域」「新興諸国」,そして「これからの新興市場」 にみられる潜在的な需要特性が見出されている。次いで,ロレアルの強みの源泉となるハードと ソフトの経営資源について整理されている。前者については,生産工場,流通経路(販売拠点), 研究センターからなる物的資源,多様性と連携力を兼ね備えた人的資源,そして高度な自己資本 率を誇る財務的資源が強みの源泉となっていることが見出されている。そして後者については, 世界規模に拡張する柔軟な組織体制,独自の研究開発や積極的な買収を通じて蓄積してきたノウ ハウや知識,あらゆるニーズに対応する大規模なブランド・ポートフォリオの管理能力,そして 情報通信技術を駆使した顧客との新たな関係性の構築が見出されている。こうしてロレアルの成 長発展が研究開発に基づく新たな価値の提案と市場ニーズに積極的な対応を図ることで推進され てきたことが説明されている。  第6章の「国際化,世界化,普遍化」では,ロレアルの国境を越える事業展開について整理さ れている。それは創業して間もない1912年に,オーストリア,イタリア,オランダに染色剤を輸 出したことに端を発する。当初は,フランスの周辺各国から漸進的に進出した。1970年代末に国 外の売上高が国内の売上高を凌駕したが,その事業展開は欧州共同体に限定されていた。しかし 1980年代初めに北米と中南米に事業を拡大したことを契機に,広範な市場へ拡大してきた。そし て現在,150ヵ国に及ぶ市場に進出している。これまでは西欧と北米が主要な市場であったが, この10年間における地域別売上高の推移を見てみるとアジア太平洋が主要な地域として拡大して きたことが窺われる(図表5参照)。本章では,ロレアルの国境を越える事業展開が「国際化」「世 界化」,そして「普遍化(ユニバーサリゼーション)」という段階を経て進化してきたことが説明 されている。最初の国際化とは,フランスを中心に地理的・文化的に近隣諸国へ漸進的に踏み入 る段階を指している。この段階では,フランスで構築した強みを国外市場に移転する過程と認識 されている。次いで世界化とは,強みの核心を進出国の現地子会社に再現する段階を指している。 この段階は,現地子会社や現地市場との対話や試行錯誤を通じて,現地市場に根を張る過程と認 識されている。そして普遍化とは,世界市場に存在する多様な消費者の需要特性や期待に全面的 に対応することを目標としている。具体的には,すべての国に備わる固有の生活様式,美容習慣, 27.2 27.9 29.1 29.7 30 29.6 28.5 29.3 31.8 35 21.2 21.5 21.5 21.7 21.9 23.8 26.4 27.9 27.4 26.3 15.5 14.6 14.1 18.8 13.2 12.7 12.1 11.8 10.9 10.1 10 9.8 9.7 9.5 9.8 9.8 9.5 9.2 9.3 9.3 4.5 4.9 4.6 4.6 4.6 4.4 4.4 4.3 4.4 4.4 0% 20% 40% 60% 80% 100% 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 スキンケア・日焼け止め メークアップ ヘアケア ヘアカラーリング フレグランス その他 22.1 21.3 21 20.7 20.5 19.7 19.2 17.5 16.2 14.9 図表4 ロレアルの商品別売上高構成比 出所:L Oréal(2011-2020)Annual Report 2010-2019より作成。

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購買力,そして流通システムへの対応が図られる。  本書で提起された固有の概念となる普遍化は,世界中一人ひとりの消費者にオーダーメイドの 美を提供し,消費者の願いを叶えることを目的としている。ロレアルにとって,「普遍化」とは, 独自の組織を通し,地球規模での存在を具現化することにある。以上で概観してきたように,ロ レアルを統合する理念(社是)や戦略は存在するが,実際の事業展開については分散している。 すなわち,進出各国の現地子会社が主体的に現地市場に向き合うことが許容されているのである。 実際,アメリカ,日本,ブラジル,中国,インド,そして南アフリカに研究開発やマーケティン グの拠点を構えてきた。国や地域によって毛髪や肌の性質が大きく異なるために,それらに合わ せた製品開発が要求されるためである。ロレアルでは年間に総売上高の3.3%に相当する9憶8,500 万ユーロもの研究開発費が投入されているが(L oréal 2020, p.56),それは日本の大手製薬会社の 研究開発に迫る水準にある。また,世界中に生産拠点を構築してきた。進出各国の現地市場に立 脚した製品開発と供給体制を創造することで,すべての進出国で消費者に寄り添う存在となって いる。本章では,地域で生み出されてきたイノベーションの共有,進出各国における現地適応化 と大衆市場の追求,既存の成熟市場に見出される新たな成長機会の模索と新興国市場の開拓を図 るプレゼンスの強化,動態的な環境条件や市場特性との対話,そして創業期から継承されてきた 「美をすべての人々に」という社是(企業理念)を堅持しながら市場環境の変動や多様性に対応 を図ることで普遍化を実現していることが説明されている。  第7章の「ロレアルの地政学的概要」では,広範な市場に進出を果たしてきたロレアルが,進 出各国の現地市場でさらなる躍進を果たすことを目的として,世界市場を「成熟市場」「新興国」 「新たなフロンティア」,そして「第6の大陸」という4つのセグメントに分類することで効果的 な対応を図っていることが紹介される。最初に,西欧,北米,日本を含める成熟市場においては, 高齢者,男性,エスニック・マイノリティなどの新たな市場セグメントに可能性が見出されてい る。次いで,ブリックス(BRICs)や東欧諸国からなる新興国については,中産階級層の拡大と その美に対する関心の高まりに大きな可能性が見出されている。そして将来的に中産階級層の拡 大が見込まれるアジア,南米,中東,そしてアフリカを包摂する「これからの新興市場」につい 36.9 38.4 35.6 35.1 35.5 33.1 32.1 31.2 29.9 27.7 23.6 23.3 25 25.1 24.9 27.4 28.5 28.3 26.9 25.3 17.6 19.2 20.6 20.6 21.1 22.5 22.6 23.6 27.5 32.3 8.4 8.9 8.8 8.9 8.6 7.7 7.4 7.5 6.6 6.4 3.1 3.1 3.3 2.4 2.6 3 3.1 2.7 2.6 2.3 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 西欧 北米 アジア太平洋 中南米 東欧 アフリカ・中東 7.7 7.7 7.1 7.1 6.8 6.8 7.9 7.9 7.3 7.3 6.3 6.3 6.3 6.3 6.7 6.7 6.5 6.5 6.4 6.4 図表5 ロレアルの地域別売上高構成比 出所:L Oréal(2011-2020)Annual Report 2010-2019より作成。

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ても関心が寄せられている。最後に,世界最大級の空港を1つの市場セグメント(第6の大陸) と認識し,新興国からの旅行者を主要な標的に免税店でコスメティックを販売するトラベルリテ ールにも注力している。こうした取り組みは,世界規模で個別市場に対応を図りながら国境を越 え て 共 通 す る 市 場 セ グ メ ン ト に も 接 近 す る「 マ ス・ カ ス タ マ イ ゼ ー シ ョ ン(Mass Customization)」として評価することができる(3)。ロレアルの普遍化には,個別市場に向き合 うことで効果的な対応を図ると同時に,世界規模で見出される共通の市場セグメントに対応する ことで効率性も追求しているのである。

3.本書の学術的貢献:本書を紡ぐ弁証法の原理

 近年,流通論やマーケティング論を含める社会科学の研究においては,歴史的事実を素材に過 去の経験を追跡する研究手法の有効性が唱えられている(田村 2006, 2016;保城 2015;東京大学 教養学部歴史学部会 2020)。本書の特徴は,世界最大のコスメティックメーカーとして認識され るロレアルが辿ってきた成長発展の軌跡を大局的な視点に立って追跡していることに特徴づけら れる。膨大な資料を渉猟することで歴史的事実を厳密に整理し,経営学の専門家が編纂した秀逸 な社史としての価値が備わる。しかし本書の学術的貢献は,そうした点に限定されない。その最 大の価値は,社会科学の実践にある。すなわち,その丁寧な歴史的事実の追跡は,そのための材 料として準備されたものと理解しなければならない。改めて確認するならば,社会科学の目的は, さまざまな社会現象の背後に潜む原理や法則性を抽出することにある。  本書は,帰納法の立場からロレアルの経営史を丁寧に観察し,その成長発展の背後で弁証法の 原理が作用してきたことを見出すことに成功している。周知のように,弁証法とは,問答を通じ て真実に接近する思索を意味する。特定の考え方に固執することを回避し,開かれた心で対話す ることによって真理を追究するのである。その取り組みは,次のように展開されると説明されて きた。第1段階では,「正(テーゼ)」の論理が提示され,しばらく受容される。しかし,やがて その論理に矛盾が見出され,第2段階では「正」に対抗する論理の「反(アンチ・テーゼ)」が 提示される。こうして「正」と「反」の間に緊張状態が生まれる。そして第3段階では,「正」 と「反」の両方に備わる良い部分(真理)を取り込むことで「合(ジン・テーゼ)」という論理 がもたらされる。こうした過程を繰り返すことで完全な考え方に昇華(止揚)することを目的と する。  第1章では,伝統的に培われてきた理念や文化を継承することで「過去」を大切にしながらも, 「組織慣性(Organizational Inertia)」を抑制することで環境の変化や新たな可能性に「挑戦」し てきたことが成長発展の原動力となってきたことが説明されている(4)。第2章では,革新を誘 発する「研究」と市場と対話する「マーケティング」,将来を展望する「直観」と現実を直視す る「プラグマティズム」,そして人材教育における「競争」と「連携」という相対する論理を融 合することで「健全な不安」の状態を創造することが成長発展の原動力になったことを見出して いる。第3章では,所有(株主)と経営(経営者)を分離することで所有者として経営の客観的 な評価を担保しながら,経営者の健全な意思決定を導いてきたことがロレアルの長期的な成長発 展に寄与してきたことを描写している。第4章では,コスメティック部門に「専門化(選択と集 中)」を図りながらも,当該分で包括的な取扱商品,多様なブランド,総合的な流通経路を創造 することで「市場拡大」を実現してきたことが説明されている。第5章では,革新的な製品を能

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動的に創造しようとする「研究開発」の姿勢と市場と真摯に向き合う「マーケティング」の姿勢 を重視することによって,多様な消費者のニーズに巧みに対応してきたことが紹介されている。 第6章では,地球全体を同質的な単一の市場と認識することで画一的なマーケティングを展開す る世界標準化と進出各国の現地市場に備わる多様性に積極的な対応を図る現地適応化を包摂する 普遍化の概念が提唱されている(5)。そして第7章では,地球規模で形成される同質的な世界市 場と世界各国に温存され続ける多様な個別市場という市場認識に加えて,それらの中範囲で市場 を認識することの有効性が唱えられている(6)。本書の学術的貢献は,個別企業の成長発展は一 見すると対峙しているような視点や論理を積極的に取り込むことから生み出される緊張状態が原 動力となっていることを見出したことにある。  しかし,本書に課題が残されていないわけではない。個別企業の経営史に光を当てる本書は, 企業行動と環境条件の関係性について考察する産業組織論的な観点が希薄であったように思われ る。個別企業の成果は,それを取り巻く環境条件の構造に規定されることにも配慮しなければな らない。すなわち,本書で考察されてきたロレアルの取り組みやその成長発展は,その時々に存 在した環境条件との相互作用によって実現されてきたことにも目を向ける必要がある。換言すれ ば,「マーケティングの二面性」に配慮しなければならない(田村 1971, 10-13ページ)。一方で, 主体要因に視線を奪われた企業行動やその成果の分析は,環境要因から及ぶ影響について考慮す ることが欠如している。他方で,環境要因から及ぶ影響に注目して企業行動やその成果を分析す れば,それは主体の能動的な取り組みを軽視することに繋がる。すなわち,個別企業の成長発展 に潜む原理を論理的矛盾を招くことなく解明するためには,主体と環境の相互作用について検討 しなければならない(7)。まさに,本書が考察の軸に据えてきた弁証法の原理に通じるものがあ るのではないだろうか。もちろん,こうした課題が本書の価値を損なうものではない。1冊の著 書であらゆる問題を検討することには限界がある。今後の研究に期待する評者の要望と受け止め て頂ければ幸いである。

4.おわりに

 あらゆる研究領域において,研究成果を英語で発表することが潮流となっている。こうしたな かで,日本語で執筆された研究成果が外国語に翻訳されることは多くない。そしてフランス語で 執筆された専門書が日本語に翻訳されることは,それを増して多くない。こうした翻訳出版は, 優れた研究成果を多くの人が共有することを助ける極めて有益な取り組みとして評価することが できる。冒頭で紹介したように,本書はフランス流通について研究成果を積み重ねてきた専門家 の豊富な知識を糧とする懇切丁寧な翻訳作業から生み出されたものである。いうまでもないが, 翻訳に際してはフランス語が堪能であるだけではなく,専門知識が要求される。実際に訳者のあ とがきでは,「今回の翻訳を進めるにあたり,フランスの社会や歴史に関する知識,及びフラン ス語特有の言い回しなど,日本語に置き換えることに苦労した」(199ページ)と述べられている。 翻訳の最大の難しさは,原文に込められた行間を的確に読み解くことにあると思う。フランスで の研究調査や生活経験がなければ,それが容易でないこともあるだろう。訳者の知識や経験に裏 打ちされた本書の訳出は,原文に綴られる歴史的事実やその背後に潜む論理の描写を大いに助け ている。複数のものが携わる共同作業であるために,表現や用語の統一に苦労があったことは十 分に推察される。しかし,そうした条件が行間の解釈や慎重な推敲を重ねる機会をもたらしてい

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るようにも思われる。実際にそれが功を奏してのことか,本書は著者の意図を斟酌しながら明快 な訳文が導き出されている。こうした取り組みを本書のキーワードとなる弁証法の視点から見て みると,次のように評価することができる。世界の共通語となる英語で研究成果を発表すること は大きな意義がある。近年では,それが課題となっている。しかし一方で,巧みな考察や表現が 可能となる固有の言語で研究成果を書き下ろすことにも意義がある。さらには,本書のように固 有の言語で発表された研究成果をあらゆる人が共有することを助ける翻訳にも大きな意義があ る。言語の壁を越えて本書に学ぶ機会を得る読者は,訳者の多大なる努力によってもたらされた 恩恵に与ることを感謝しなければならない。本書が流通論やマーケティング論を学ぶ方に限らず, 1人でも多くの方々に読まれることを切望する。 [付記]  本稿は,JSPS科研費18K01900の助成を受けた研究成果の一部である。 [注] (1)本書で用いられる「コスメティック」と「化粧品」という用語の認識については,さまざまな見 解が窺われる。前者の定義をOxford Advanced Learner’s Dictionary: 7th Edition(Oxford University

Press)で確認すると,「自身の顔や体をより魅力的にするために使うもの(a substance that you put

on your face or body to make it more attractive)」(p.344)とされている。次いで後者の定義を『精

選版 日本国語大辞典1』(小学館)で確認すると,「皮膚,毛髪などの化粧や手入れに用いる品」(1757 ページ)とされている。「化粧」については,「おしろいや紅などをつけて,顔などを美しく見える ようにすること」(1756ページ)と定義されている。こうした定義を確認する限り,明確な違いを 見出すことはできない。本書においても「コスメティック」「化粧品」「美容製品」などの用語が用 いられている。また,これらの用語がどのような製品を含めるのか統一的な認識が存在していない。 本書においては,「コスメティック」「香水」「スキンケア」「染髪剤」などが並列的に用いられてい る部分が散見される。したがって本稿では,混乱を避けるためにすべてを包摂する用語として「コ スメティック」に統一する。 (2)ロレアルのブランドポートフォリオ構築は,既存ブランドの買収や自社ブランドを積極的に投入 することで無計画に拡大することから始まった。しかし近年では,多様なブランドの効率的な管理 と効果的なマーケティングを実現するために合理化が図られている。その取り組みは,それぞれの ブランドに備わる個性の強化,4つに区分される部門の明確化,そしてすべてのブランドが集合す ることで創造されるコーポレートブランドの明確化という視点が備わる(Chailan 2020)。 (3)本来は,個々の顧客の要求を満足させる「カスタマイゼーション」と大量生産で効率化を図る「マ スプロダクション」を融合することで無駄な資源の投入や手続きの追加を抑えることから効率と効 果を追求する取り組みを「マス・カスタマイゼーション」と称している(Pine II 1992;Gilmore and Pine 1997)。 (4)ここでいう「組織慣性」は,佐藤・山田(2004)や Gilbert(2005)の議論を参考にしている。 (5)地球規模での市場の同質化や共通性に目を向けることに意義を認めながらも個別市場の多様性か ら目を背けることはできないと考えたWind(1986, p.26)は,地球規模の視野に立脚すると同時に 進出各国の市場特性に対応したマーケティング戦略を描く必要性を唱え,「地球規模で考え,現地 に立脚して行動せよ(Think Globally, Act Locally)」と謳った。またBartlett and Ghoshal(1989)は,

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世界標準化に相当する「グローバル戦略」と現地適応化に相当する「マルチナショナル戦略」の間 に立脚する「トランスナショナル戦略」の有効性を唱えている。そして大石(1996, 126ページ)は, 世界標準化と現地適合化という一見二律背反的課題を同時に満たすことを追求する「複合化」の概 念を提示している。 (6)この点については,世界規模と国家規模の中間で「地域規模」の市場に着目するRugman(2005) の見解を取り上げることができる。またGhemawat(2003, 2007)は,グローバリゼーションが市場 の収斂を促すことで普遍性をもたらすことを認める一方で,世界各国に備わる固有性を改めて評価 する動きを誘発させることで収斂の範囲が地域的な範囲に留まることを「セミ・グローバリゼーシ ョン(Semiglobalization)」と称している。こうした視点は,グローバリゼーションとローカリゼー ションという対局する動きを包摂する「グローカリゼーション(Glocalization)」の考え方に合致す る(Robertson 1992)。 (7)こうした課題に対応するに際しては,マーケティング・マネジメントの議論における「創造的適 応(Creative Adaptation)」の概念が助けとなる(Howard 1957, p.4, 18;荒川 1970, 2-3ページ; 三浦 1971, 123-133ページ)。創造的適応とは,企業を取り巻く環境条件と企業の標的となる消費特性に 対して,適応行動と創造行動を図ることを意味する。環境条件との対応では,特定の環境に受け入 れられるように受動的な行動を図る一方で,自ら理想的な環境を整備するために能動的な行動に挑 戦する。そして消費者との対応では,その顕在的な需要に対応すると同時に,潜在的な需要を見出し, それに対応する提供物を創造して提案することにも挑戦する。 [参考文献] 日本語文献(五十音順) 荒川祐吉(1970)「マーケティング・サイエンスの系譜」『国民経済雑誌』121(2),神戸大学経済経営学会, 1-20ページ。 大石芳裕(1996)「国際マーケティング複合化戦略」角松正雄・大石芳裕編『国際マーケティング体系』 ミネルヴァ書房,126-149ページ。 佐々木保幸(2011)『現代フランスの小売商業政策と商業構造』同文舘出版。 佐藤郁哉・山田真茂留(2004)『制度と文化:組織を動かす見えない力』日本経済新聞出版社。 田中道雄(2007)『フランスの流通:流通の歴史・政策とマルシェの経営』中央経済社。 田村正紀(1971)『マーケティング行動体系論』千倉書房。 田村正紀(2006)『リサーチ・デザイン:経営知識創造の基本技術』白桃書房。 田村正紀(2016)『経営事例の物語分析:企業盛衰のダイナミックスをつかむ』白桃書房。 東京大学教養学部歴史学部会(2020)『東大連続講義 歴史学の思考法』岩波書店。 保城広至(2015)『歴史から理論を創造する方法:社会科学と歴史学を統合する』勁草書房。 三浦信(1971)『マーケティングの構造』ミネルヴァ書房。 三浦信訳(2004)『ヨーロッパの大規模流通業:国際的成長の戦略と展望』ミネルヴァ書房。 和田聡子(2011)『EUとフランスの競争政策』NTT出版。 英語文献(アルファベット順)

Bartlett, C. and Ghoshal, S.(1989) Managing Across Borders: The Transnational Solution, Harvard Business School Press.

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Chailan, C.(2010)“From an Aggregate to a Brand Network: A Study of the Brand Portfolio at L Oréal,” Journal of Marketing Management, 26(1/2), pp.74-89.

Gilbert, C.G.(2005)“Unbundling the Structure of Inertia: Resource versus Routine Rigidity,” Academy of Management Journal, 48(5), pp.741-763.

Gilmore, J.H. and Pine Ⅱ, B.J.(1997)“The Four Faces of Mass Customization,” Harvard Business Review, 75(1), pp.91-101.

Ghemawat, P.(2003)“Semiglobalization and International Business Strategy,” Journal of International Business Studies, 34(2), pp.138-152.

Ghemawat, P.(2007)Redefining Global Strategy: Crossing Borders in a World Where Differences Still Matter, Harvard Business School Press.

Howard, J.A.(1957)Marketing Management: Analysis and Decision, R. D. Irwin.

Levitt, T.(1983)“The Globalization of Markets,” Harvard Business Review, 61(3), pp.92-102. L Oréal(2011-2020)Annual Report 2010-2019, L Oréal Paris.

Pine II, B.J.(1992)Mass Customization: The New Frontier in Business Competition, Harvard Business School Press.

Rugman, A. M.(2005)The Regional Multinationals: MNEs and “Global” Strategies Management, Cambridge. Robertson, R.(1992)Globalization: Social Theory and Global Culture, Sage.

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参照

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