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海外から見た日本の人工知能研究と教育

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Academic year: 2021

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618 人 工 知 能  35 巻 5 号(2020 年 9 月)

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.は じ め に

著者はスリランカから国費留学生として来日し,学部, 修士と博士課程を修了後,大学の教員として就職した. その後,イギリスに渡り,現在また大学教員として研究 と教育を行っている.日本では学生と教員両方合わせて 約 13 年間滞在した.イギリスに移住した現在でも年に 数回日本に出張し,日本にいる共同研究者とミーティン グをしている.日本に滞在していた頃は本学会に大変お 世話になった.毎年欠かさず人工知能学会全国大会に参 加していたし,それは大変楽しみにしていた.その意味 では,日本の人工知能コミュニティを内側と外側両方か ら見ることができたと思っている.本稿ではこれらの観 点を踏まえ,自分の意見を述べる.

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.留学生として日本の人工知能界で生きる

日本では留学生,研究員(ポスドク),民間企業研究者・ エンジニア,大学の教員としてさまざまな立場で日本の 人工知能コミュニティに貢献している外国人が多く存在 する.日本は留学生として勉強するにはとても魅力的な 国であり,留学生を経済面でサポートする文部科学省の 国費留学生制度を始め,さまざまな民間の奨学金制度が 存在する.大学の学費を見ても日本のトップ国立大学は イギリスの一流研究大学を占める Russel Group 大学に 比べ,かなり安いといえる.例えば,リバプール大学の 計算機科学科の学部生の場合,1 年間の学費は英国また は欧州連合国*1の国籍をもつ学生であれば 9,250 ポンド (約 124 万円)であり,そうでない場合は 21,300 ポンド (285 万円)となる [Liverpool 20].それに比べ,例えば, 東京大学の学部生の場合,年間の学費は 535,800 円であ る [東京大学 20].上記の単純計算からでもわかるように 1年間だけでもイギリスに留学する場合の学費は日本の 5倍以上する.日本では多くの大学の学部課程は 4 年で あるが,イギリスではそれは 3 年のところが多く,全体 的な学費を考慮すると上記の比率より少し小さくなるが, それでもやはりイギリスに留学するのは日本に比べ,学 費が高くなる.さらに,イギリスでは学部や修士レベルで は外国人が取れる奨学金がほとんど存在しない.この経 済的背景もあり,欧米には留学できないが,日本への留学 を希望する,主にアジア諸国の優秀な留学生は年々増え 続けている.これらの留学生が日本の大学で学び,その 後,日本の大学,研究機関や企業に就職することが多い. ところで,博士課程の学生や研究員となると状況が 一変する.日本では博士課程は学生自ら学費を払って進 むことがほとんどだが,イギリスでは受入れ先の教員が もっている研究費・プロジェクトで雇われることが多 い.イギリスでは研究計画書を作成する段階から博士課 程の学生を研究員として含み,その人件費をグラントに 直接加算する,あるいは大学の間接経費で申請すること ができる.なお,Centre for Doctoral Training(CDT)

[UKRI 20a]という特定分野の博士号保持者を育てるこ とを目的とする特別な研究拠点グラントも存在してお り,イギリス中の大学で人工知能の CDT も昨年からス タートしている [URKI 20b].日本では学部や修士課程 を修了後,就職する学生が多く,なかなか博士課程に進 学しない学生が多いが,CDT や博士課程の学生を雇う ことのできるグラントが増えればその状況は少し改善さ れると思う.上記に説明したとおり,外国籍の留学生な らば取れる奨学金も日本人の学生が取れないので,むし ろ博士課程となると日本人の進学者が少ない.実は,著 者は博士課程の学生だった頃,研究室の日本人博士課 程学生がゼロだった時期があった.日本ではグローバル COE プログラム [日本学術振興会 15] や博士課程教育 リーディングプログラム [日本学術振興会 20] はこのよ うな背景で考案された.なお,修士課程や博士課程低学 年で研究業績をあげていれば,日本学術振興会特別研究 員制度に申請することも可能である.著者自身も博士課 程では日本学術振興会特別研究員(DC1)になっており, 博士課程の期間中はそのおかげで不自由なく過ごせた.

海外から見た日本の人工知能研究と教育

AI Research and Education in Japan ─ From a Foreigner’s Eye

ボレガラ ダヌシカ

リバプール大学

Danushka Bollegala University of Liverpool

danushka@liverpool.ac.uk, danushka.net

Keywords:

diversity, United Kingdom.

「ダイバーシティと AI 研究コミュニティ」

*1 イギリスが欧州連合を離脱したため,今後この状況が変わる 可能性がある.

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619 海外から見た日本の人工知能研究と教育 日本とイギリスでは博士課程の学生の指導の仕組み が大きく異なる点が複数存在する.まず,日本と違って 「研究室」という単位が存在せず,二人の教員がチーム となって一人の博士課程の学生の指導にあたる.主指導 教員(Primary Supervisor)と副指導教員(Secondary Supervisor)というが,事実上,主指導教員のみがほと んどの研究指導を行うケースもある.日本でも教授と准 教授がペアになって研究室を運営し,学生を指導するこ とが多いが,イギリスの仕組みの決定的な違いはこの研 究室という単位が存在しないので指導教員の組合せが自 由ということである.この制度を使えば例えば,学科を 横断し,正式に学生を指導することもできる.著者は現 在化学科や統計学科の教員と一緒にグラントを取って一 緒に博士課程の学生を指導しており,これはとても新鮮 で日々新しい分野の知識を得ることができる仕組みだと 感じている.このような仕組みを可能にしている背景に は学科単位ではなく,大学全体として博士課程の学生の 教育と研究指導に関する方針が統一化されている点が大 きい.リバプール大学の場合,主・副指導教員とは別に Independent Progress Assessment Panel(IPAP)とい う指導教員と独立した評価者二人が割り当てられ,1 年 ごとにその博士課程学生の進 状況が評価される.進 が芳しくない場合は,再審査になったり,場合によって は博士課程を中退させられる.一見厳しい評価のように 見えるかもしれないが,グランドで雇われ,博士課程を 進めている以上,常にその成果が求められており,プロ の研究者の世界の厳しさを博士課程の学生である間に経 験できる良い機会でもある. イギリスの博士課程は通常 4 年間であり,最終年度で 博士論文を提出し,その審査が行われるが,これは他大 学の教員(External Examiner)が主査になって行う. この外部審査員はその分野の著名な研究者でなければな らず,国内で適任が存在しない場合,海外から呼ぶこと もある.この外部審査員のほか,学生が所属している大 学でその分野(あるいは関連分野)の別の教員(指導教 員以外)が内部審査員(Internal Examiner)として博 士審査に参加する.この審査には指導教員はいっさい立 ち会うことができない.これもまた日本式の博士本審査 とは異なる点だと思う.本審査を始める前に外部審査員 と内部審査員はそれぞれ独立に博士論文を読み,質問リ ストを用意し,審査当日に審査前にお互いの質問リスト を交換し,どのように審査を進めるかを話し合う.本審 査では 1 ページ 1 ページ博士論文をめくりながらじっく り審査される.審査費用として大学から外部審査員に給 料が別途支払われる.博士審査を英語では PhD Defence というが,これは文字どおり自分自身が行ってきた研究 を自分自身で「守る」戦いである.4 時間以上にわたる 博士審査も珍しくない.博士号は「一人の独立した研究 者として生きていくためのライセンス」といわれている が,まさにこの審査はそれを意味する.それに比べ,日 本の大学の博士審査は大分甘いといわざるを得ない.こ れは卒業後も指導教員の研究テーマを引きずったり,独 立した研究者(PI)になれない人が多く輩出される原因 にもなっていると著者は思う.

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.研究員として日本の人工知能界で生きる

日本に滞在している外国人研究員の中には日本の大学 で博士課程を修了した外国人のほか,直接海外から日本 にいらっしゃって大学,国立研究所,民間企業で研究員と して仕事をしている外国人が多数いる.日本の大学を卒 業している外国人研究員は日本語が堪能な方が多く,日 本の人工知能コミュニティに学生だった頃から親しみ がある方が多い.一方,外国から直接研究員として日本 にいらっしゃる方は残念ながら日本の国内会議をあまり 意識していない.幸い,人工知能コミュニティは割とオー プンで多様なコミュニティであるため,文化的な違いを もつ外国人も容易に入りやすいコミュニティだと思う. しかし,学会運営側はほとんど日本語でしか行われてい ないので,日本語の読み書きができないとなかなか貢献 できない.人工知能学会全国大会の論文集や人工知能学 会論文誌は英語論文も受け付けているが,英語で論文が 書ける人はあまり国内でしか読まれていない論文誌・会 議に参加するメリットを感じていない.全国大会は難し くても,研究会で英語で発表を求めるなど,対策を考え る必要がある.特に,研究会は国際会議に投稿する前に その分野に詳しい国内の研究者の意見が聞ける貴重な機 会なので,英語で論文を書き,発表練習をするために有 効利用すれば良いと思う.著者自身も日本にいた頃情報 処理学会の自然言語処理研究会 [情報処理学会 20] に大 変お世話になっていた . 研究会は新たなコラボにつなが るし,数少ないそのテーマの国内研究者コミュニティに 参加できる良い機会でもある.日本に住んでいる外国人 研究員には積極的にこのような研究会をお勧めしたい し,外国人でも参加し,英語で発表できるような環境を つくってほしいと思う.

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.大学教員として日本の人工知能界で生きる

留学生や研究員として日本に滞在している外国人が多 いが,残念ながら日本の大学の教員となり,次世代の日 本の人工知能研究者を育てる外国人教員は極めて少ない のが現状である.学生の研究を指導するうえでは日本語 の壁はさほど大きな問題にはならないが,特に学部レベ ルの講義や大学の運営に関わると日本語ができないと困 難だろう.なお,日本社会特有の暗黙のルールというも のが存在しており,日本の大学は極めて縦割りの社会で ある.これが理解できない,または慣れない外国籍の教 員も多く,苦労している. 日本では研究室単位でサーバ管理,学生のサポートな

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620 人 工 知 能  35 巻 5 号(2020 年 9 月) どを行っていることが多い一方,イギリスでは学科全体 でリソース管理を行っている.例えば,サーバ管理は専 門の正規雇用エンジニアが担当し,その職員の給料を大 学が支払う.なお,自分が何らかのグラントを取ってい て,それを実行するために新たにサーバを設置・運営し なければならない場合は,その管理者の人件費もグラン トに加算できる.日本だと一部有能な学生がボランティ アでこのような「雑用」を引き受けていることが多く, それが学生の研究に支障を与えたり,その学生・研究員 がいなくなると運営継続が困難になるといった問題は著 者も教員として経験した. 日本とイギリスの大学運営で決定的に違う点といえば 若手研究者(Early Career Researcher:ERC)に対す るサポートである.イギリスの場合,講師(Lecturer), 上級講師(Senior Lecturer),准教授(Reader),教授 (Professor)というアカデミックな職位が存在しており, 最初は皆 Lecturer としてスタートする.しかし,着任か ら3年間はERCとして扱われ,講義のコマ数が減らされ, 自分で予算が取れない間は大学が博士課程の学生を雇う 費用を出してくれたり,スタートアップパッケージとし て自分の研究を遂行するために必要なものを購入するた めの研究費が割り当てられる.なお,大学や学科の運営に 関わるアドミニストレーションタスクの量も減らされる. これは,「若い人が苦労すべき」というスタンスの日本の やり方と対照的だと思う.できるだけ若い大学教員が良 い研究ができる環境を提供しないと中々海外から優秀な 人材を日本の大学の教員として呼ぶのは難しいと思う.

5.

ジェンダーダイバーシティ

これまで日本における外国人学生・研究者・教員の 観点から議論してきた.ダイバーシティの観点でいう と日本同様,イギリスの大学でも残っている大きなも う一つの課題はジェンダーダイバーシティである.こ れは人工知能に限らず情報系全般の問題であり,女性研 究員・教員の割合はイギリスの計算機科学分野全体を見 ても少ない.例えば,Science Technology Engineering Mathematics(STEM)分野全般を見ると,イギリス の大学での女子学生は 35%を占めているが,計算機科 学分野だと 2018 年度ではその割合は 19%に過ぎない [StemWomen 19].計算機科学分野の大学卒業者を見て も,2018 年では女性は 15%であり,極めて少ない.イ ギリスの大学で Atena SWAN Charter [AdvanceHE 20] というジェンダーダイバーシティを上げるためのプログ ラムが採用されており,女子学生・研究員・教員の比率 を上げるためのさまざまな活動が行われている.例えば, 教員の採用に関わる面接では必ず女性応募者を含めるよ うに指導されている.日本だと顔写真付きの履歴書は普 通だが,外見などによるバイアスを少なくするため,イ ギリスの大学ではこれは禁じられている.面接官を務め る人は必ず無意識的なバイアス(unconscious bias)に 関する講義を事前に受ける必要がある.人工知能による 性的あるいは人種的にバイアスも最近話題になってお り,著者自身も意味表現学習における性的バイアスの研 究をしているが,人間と人工知能が共存するであろう近 未来においては重要な課題だと思う.

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.お わ り に

本稿では日本とイギリスの大学を比較しながら,留学 生,研究員,大学教員として経験したことを自由に述べ た.どちらかが優れているという単純な比較ではなく, 日本の学術界特有のダイバーシティに関連する問題,イ ギリスでも共通に生じている問題,とられている対策な どを紹介した.日本とイギリスを比較するといっても対 象が広すぎて,著者自身が経験しているのはごく一部の 大学のみなのでサンプル数が少なく,偏見になっている 可能性も否定できない.ダイバーシティの問題は各国で さまざまな場面において現れる問題なので,情報を集め, どのような問題があり,どのような対策がなされている かを学び,それを適宜日本の課題に応用する必要がある. 本稿はそのための情報提供になればと願っている.

◇ 参 考 文 献 ◇

[AdvanceHE 20] Athena SWAN Charter: Advance HE, https:// www.ecu.ac.uk/equality-charters/athena-swan/ (accessed 2020-07-21)

[情報処理学会 20] 情処自然言語処理研究会(NL)(2020),https:// nl-ipsj.or.jp/(accessed 2020-07-21)

[Liverpool 20] Undergraduate international tuition feesentry 2020/21, University of Liverpool, 2020-06-16, https://www. liverpool.ac.uk/study/international/tuition-fees-and-scholarships/undergraduate-fees/ (accessed 2020-07-21) [日本学術振興会 15] 日本学術振興会:グローバル COE プログ ラム(2015),https://www.jsps.go.jp/j-globalcoe/ (accessed 2020-07-21) [日本学術振興会 20] 日本学術振興会:博士課程教育リーディ ン グ プ ロ グ ラ ム(2020),https://www.jsps.go.jp/ j-hakasekatei/(accessed 2020-07-21)

[StemWomen 19] Women in STEM ─ Percentages of Women in STEM Statistics, STEM Women, 2019-09-26, https:// www.stemwomen.co.uk/blog/2019/09/women-in-stem-percentages-of-women-in-stem-statistics(accessed 2020-07-21) [東京大学 20] 東京大学:入学料・授業料(2020),https:// www.u-tokyo.ac.jp/ja/admissions/tuition-fees/ e03.html(accessed 2020-07-21)

[UKRI 20a] Centres for Doctoral Training, The Engineering and Physical Sciences Research Council, UK Research and Innovation(2020), https://epsrc.ukri.org/skills/ students/centres/(accessed 2020-07-21)

[UKRI 20b] UKRI Centres for Doctoral Training in Artificial Intelligence: UK Research and Innovation(2020), https:// www.ukri.org/research/themes-and-programmes/ ukri-cdts-in-artificial-intelligence/(accessed 2020-07-21)

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621 海外から見た日本の人工知能研究と教育

著 者 紹 介

ボレガラ ダヌシカ(正会員) 2009年東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報 学専攻で博士(情報理工学)を修了.東京大学助教, 講師として自然言語処理の研究と教育活動を行う. 2013年に上級講師(Senior Lecturer)として英国 リバプール大学計算機科学科に着任し,2019 年に同 大学の教授(Chaired Professor)に昇進する.自然 言語処理,データマイニング,機械学習分野を中心 に研究を行う.

参照

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