音楽療法におけるコミュニケーションの様相に関する研究
65
0
0
全文
(2) 目次 序章 問題の所在. .一一一■一.一一一一・■一一一一.一’一一一一一一一.■‘■一一一■一一‘一一1. 第1節はじめに 一一一一・一一一一’’一一一一一’一一’’一一一一‘一一一’・一一一一一一一.・一’・一一一一一.一一 1. 第2節研究の目的 一一一一一一…一一一一…一一…一…一一…一…一一一一一一…一一一一一一一。1 第3節 研究の手続き 一一一一…一一一一一一…一一一一…一一一一一一一一一一一…一…一…一… 2. 第1章. 音楽療法の歴史 一.一一一.一一一・一一一■一一一一一一一一一■i一■一一一■i.一I・一■一一4. 第1節近代音楽療法以前一一’一一・一一’一一一一一.一一一一’一一’一・・一一’一・一一一“一一一■’・一一’一一一一4 1・1・1 音楽の起源 ’・一一一“・一一一一’・一一一一’・・一一’・一一一.1一・一一‘一一一一■’・’一一・一一一’4. 1−1・2 古代・中世以降の西洋音楽一一一一一…一一…一一一一一一一一一…一一一一一一一…一一6 1・1’3 ピタゴラス 一一・一一一一’一・■一一一・一一一一’一一一・一一’一一一一一’・・一一一■“一一一’’一一一一6. 1−1・4 アリストテレスー一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一r一一一一一一一一一一一一一一一一一7. 1.1−5 世俗音楽と教会音楽’一一一一一’一一一一’・・一一一一一一一一一…一一一一…一一…一一一一一一7. 第2節近代音楽療法一一一一一一一一一一…一一一一…一一一一一一一……一…一一一一…一一一一…一・7. 1−2−1 アメリカの音楽療法…一…一一一一一…一一一一一一…一…一一一…一一一…一一一一7 1.2−2 ドイツの音楽療法一一一一一一一一一一…一一一…一一一一一一_一一___一一一_一一g 1−2−3 ノルウェーの音楽療法一一一・.・一一“・一一一一一.一一一一^‘‘.一一’’’・一一一一一’・・一一11. 第3節 日本の音楽療法一…一……一一一……一一…一一一…一一一一…一一一一一一一一一一一一 12 1−3・1第1世代’一一一一一…・一一一一“・一一一’一.・一一一’一’一・一一一一“一’一一一一’・一一一一■一’12 1・3・2 第2世代一一一.・一■一一.’一I一一■一一一’一一’・一一一一一一“一一一一一一“’一一一一一’.一一一一 13. 1・3−3第3世代“一一一一“’一一■’一一一一一一^一一一一一“一・一一一一“一一一一一一’・・一一一一一■.13. 第2章音楽現象の特性一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一 14 第1節超越的象徴と内在的象徴一一“一一一’一一’一一一一一一一’一・一’一一一・一一一一一一“’・一一一’一14 第2節音・一一一“一一一一一一“一一一一一一.一一一一一■‘・一.一一・一・一“一・一一一一一・・一一一一一一……一17. 2−2・1意味作用としての音楽音■’一一一一一一一一‘・’一一一一一一■.・一一一一一■“一’一一一一一一18 2・2−2 音楽音の意味一一一一一一一一一一一一一…一一一一一一一…一一一一一一一一一一一一一一一一一一一…一一18 第3節音楽の本質的特徴一一.■.・一一一■一一・一一一一’一一’.“一一一一一■’一一一一一I一■“・’一一一・一・一19. 2−3・1音楽の抽象性一一一・一一一一“’一一一一一一一“・一一・一一一一一’…一一一一一一一…一一一一一一19. 2’3−2 運動性一一一一一一一一…一一…一一一一__一一一一一一一_一一一_一一一一一一一一一一一一一一19 2・3−3 時間性一一’一一一・・一・一‘・一一一一一’.・一’一一一一一一一一一...’一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一20. 2・3−4感情対象性一一一一一一一一一一一一一一一一一…一一一一一一一一一一一一一………一一一一一…一21. 第4節美の所在…一一一一一一…一一一一一一一一一……一一一一一一一一一一一一一一一…一一…__一22 2−4−1 ハンスリックの見解一一■一“’.一一’・一一一一I■一一一一一’一一一一.一一・一・・一・一一一・一’’22 2−4−2 渡辺護の見解一一一.一一.一一一’一一一’一一’一一一一一■一一■一・一一・一一一■一一一一一一一一一一一一一23.
(3) 第5節音楽と身体’一一一一一一・一一・一一‘・一一’・一一’・一一・一一.一’一‘一一一.・一■・一一’‘・一一一一一一一一24. 2−5・1 ダルクローズのリトミックー一一…一一一一一…一一一…一一一一一一一一一…一一… 24. 2−5・2 オルフのシュールベルクー…一…一一一一一一一一一一一一一一一…一一一…一…一一25 2・5−3音楽の機能と身体一■・一一一.・’一’一一一’一一一’一一“一一’’一一一・一一’一一一.一一一■’・’25. 第3章 コミュニケーションモデル ■一一一一一一.一.一一一一一■・一・一一一■一一■.一■■■27. 第1節2元論的コミュニケーション理論一一一一一一一一一一一一一一一一一一…一一一……一一…27. 3’1−1シャノン=ウィーバーの線的コミュニケーションモデルー一・一一一’一一一一27. 3・1・2ハーバーマスの「コミュニケーション的行為」の概念一一…一一一一… 30 3−1・3記号論にみるコミュニケーション理論一…一一…一一一一一…一…一…一一一32 第2節非言語コミュニケーション…一一……一一一…一一一一……一“一一‘一一一一一一一’34 第3節 コミュニケーションにおける3項関係一・・一一一一・一一’一一一.・一一.一一’“一一“一一’37 4−3・1 共同注意・一’■’一一’.一一一’・一’‘一一一一.一一一.・一一一.一’■‘一一一.’一’一・一一一・一’一一一38. 4・3−2音楽療法場面におけるコミュニケーションモデル.一一一一.一一一一■一一一一一‘・38. 第4章 音楽療法の現場一一一‘一i■一一■.一一一一■1一一■‘i■i一一■・一I.一■■.一■一一41. 第1節事例研究の視点と手続き一一一一…一…一………一一一一…一一一一一一…一一…一41 第2節 自閉症児の音楽療法一…一一一…一……一…一一一…一一…一…一…一一一一一一一42 第3節 日常観察を通した対象児のアセスメント“一一・一.一一一’一一一一・一一一‘.・一一’一一一一43 第4節療法現場におけるコミュニケーションー一“・一一・・一一’・一一一’・一一一’・一一一“■一“47. 終章. 考察と課題 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一’■一一.一一一一一一一一・56. 第1節 総合考察 一一一一■.一’一・一一.一一一“・一一’一一一一・一一一一・一一■’一■一一・一一一’’一一一一“一一一56. 第2節 今後の課題一一一’’一一一一.一一‘一一一“一一一’・I一■‘・一一一.・一“・・一一一・一一一’・■一一“一一’58. 引用文献 i・一■・■一一■一.・■■■.一i一一■一・■i一一一一一・■一一・■■i一■■一.一一一一一一59 参考文献. 一・■.一・一■一一一一一一・一一一一■・一一一’一■一‘・■一‘一■一・一■■一一一一■■一・一60.
(4) 序章 問題の所在 第1節 はじめに 日本で音楽療法なる言葉が生まれて半世紀が経つ。その間、様々な研究がなされ、. 臨床に伴う事例研究の報告は膨大な数に上っている。しかし、特に臨床現場におけ る視線はまだまだ懐疑的である。音楽療法土の多くが経験したであろう質問、.すな わち「音楽療法って何?」「音楽を聴かせるのであれば、わざわざ音雫療法士に頼ま. なくても、施設の職員や教師がピアノを弾けばよいのではないか。従来から、施設 ではレクリエーションとして音楽に合わせ体を動かしたり、音楽を聴いたりして来 た」と言うものである。この問いに対し、音楽療法士はどのように答えるのであろ うか。また、音楽療法士間の評価においても「なぜその音楽を用レ.’るのか、療法の. 効果が得られたのは、その音楽を用いたからか」また、「他の療法土がその音楽を用. いても同じ効果が得られるのか」と言った指摘がある。つまり、音楽療法の定義が 様々あり、その考え方も様々である。「音楽療法の定義は、音楽療法土の数だけある」. と言われる所以である。このことは、音楽療法がいまだ学問として成立しておらず、. 様々な視点からの理論化を模索している状況で、学間体系を構築する途上にあると 言えるのではないか。E・ルード(1992)は『音楽療法 理論と背景』(注1)の序文で、. 「音楽療法が究極的に目指す目標は、音楽療法という独自の学問を打ち立てること. である」と述べている。しかしこのことは容易ではない。音楽療法のフィールドが 抱える範囲は、医学、生理学、心理学、社会学、音楽学、文化人類学等、非常に幅 広い学際的な広がりを持つ。また、その学際的な理論が音楽療法にもたらすものを 哲学的思考を通して体系化しなければならない。. 第2節 研究の目的 従来から、音楽療法の研究は治療的アプローチを中心にした臨床事例研究が多く 行われている。近年、治療プロセス以外の視点からの研究が見られるようになった。. 例えば、E・ルードは前述の書で「医学モデル理論による音楽療法、精神分析理論 1.
(5) による音楽療法、学習理論に基づく行動療法的音楽療法、人間的心理学に基づく音. 楽療法、情報理論に基づく音楽療法」の5つのアプローチについて考察している。 本研究では、情報理論に基づく音楽療法のアプローチから、「音楽療法はコミュニケ. ーション的行為である」をテーマとして取り扱う。つまり、音楽療法の臨床場面で は、療法士と対象者の「コミュニケーションの場」としての様相を持っている。」 方的に音楽を聞かせるのは音楽療法ではない。従来のコミュニケーション理論はサ. イバネティックを基本に構築されたr伝達型コミュニケーション」であるが、音楽 療法におけるそれは成立過程が全く違う様相を持っており、伝達型コミュニケーシ. ョン理論では説明ができない。(コミュニケーション理論については第3章で詳細 に述べる)臨床場面の分析を通して、新たなコミュニケーションモデルを構築する ことが、本研究の目的である。. 第3節 研究手続き 第1章では、音楽療法の歴史について述べる。音楽療法の視点から音楽の歴史を 概観すると、従来のr音楽史」とは違う様相を呈してくる。つまり、r音楽の起源」 の一. ィえ方に力点を置く歴史観として整理することが重要である。. 第2章では、音楽の特性について述べる。音楽美学の関心は、「美」の性質と特 徴とその意味作用であった。音楽美学では、ハンスリックに代表されるように、音 楽の身体や感情への働きかけを排除し、形而上学的な精神性を重視した音楽の捉え 方である。音楽療法の視点からはそれとは違う様相を持つ存在として論述する。. 第3章では、コミュニケーション理論について記述する。前節で述べた情報理論 上のコミュニケーション理論は音楽療法における様相を説明することができない。. このことをヤーコブソンの言語学に応用した例を挙げ批判する。ハーバーマスの主 張する了解型コミュニケーション理論はより近いが、言語コミュニケーションが前 提であることから、この場合の説明にならないことを記述する。注目すべきほ「共. 同注意」の視点を持った3項関係のモデルである。つまり、音楽療法における音楽 は、単に媒体の役割のみではなく、場を構成し、全体を包括するひとつの極として 存在していることに意味があることを示し、そのモデルを構築する。. 第4章では、上記の理論をもとに臨床現場の観察と分析を通して、音楽療法場面.
(6) でのコミュニケーションの様相を解明する。手法は、知的障害があり自閉傾向の強 い児童の観察記録の分析、担当する音楽療法士へのインタビューの分析を通して第 3章のコミュニケーション・モデルを具体的に適応する。 終章では、最終考察を行い、本研究の課題と今後の展望を述べる。.
(7) 第1章. 音楽療法の歴史. 村井(1995)によると、r1950年6月、NMC(Nationa1MusicCounci1)の病院 音楽利用委員会の委員長であるレイ・グリーンにより全国組織の名称を従来用い られていた<病院音楽>(MusicinTherapy)から<音楽療法>(MusicTherapy). に改訂すべきだとの提案がなされた。その後、1950年12月に全米音楽療協会 (NAMT【Na亡iona1Association命rMusicTherapy])が発足し、音楽療法士の養 成や公認音楽療法士の認定等の事業が実施され、現在の音楽療法の原点が確立さ. れた」とある。それの向けての様々な取り組みや研究については、第2節で述べ る。. 一方、音楽の誕生以降、その特性を利用した音楽療法的な(音楽治療と言って よい)音楽の使用例は、日常的と言ってよいほど多く使われてきた歴史がある。 そこには、音楽療法の概念的示唆を見ることができる。. 第1節 近代音楽療法以前 1・1・1音楽の起源. 近代音楽療法の誕生をどの時点にするか、議論の分かれるところであるが、ここ では、20世紀初頭のアメリカをその起源としたい。理由は第2節で論じる。 村井靖児(1995)は著書『音楽療法の基礎』(注2)の中で、音楽の起源について 「きれいな音楽ときたない音楽の系譜」というカテゴリーから論じている。. 「きれいな音楽の系譜」は、「原始時代の人間は、周囲の音の意味を的確に捉える. ことを通して身の安全を守ってきた。そこには音楽はなく、生死を分ける緊張があ った。しかし、警戒が解け、緊張が緩んだとき、くつろぎの中で自然発生的に音楽 が生まれたであろう」1と述べ、このようなとき生まれる音楽を「きれいな音楽」と 名付けている。その音楽は、「優しく、楽しく、陽気で人の笑い声や人の幸福な気分. 1村井靖児r音楽療法の基礎」音楽之友社. (1995)lP20 4.
(8) とよく調和する音楽」2であるといい、食事(味覚)との関連が強いという。このこと. を、聴覚神経の鼓索神経が味覚の知覚神経の束の中を走っていることを例にあげ、 原始時代の経験が人間の身体の構造に影響を与えたこと推論している。 一方、「きたない音楽の系譜」では、ハンス・モザーの音楽美学を引用して、有史. 以前の音楽について「その音楽観とは悪霊を追い払うための魔術としての音、すな わち‘‘魔法としての音楽”であった。シャーマン教巫術者、祭司、魔法使い、医術 者は歌手という職が成立する以前の長い間、音楽を管理する音楽術者であった」3と. 述べ、病気を治す(悪霊を追い払うことと同じ意)ことを目的に作り出された音楽 である。これは、「きれいな音楽」より歴史は新しく、社会ができ、上下の階層が生 まれる時代であったと推測している。この系譜の音楽は、・以後綿々と受け継がれ、. 現在の呪術師により広く行われているだけではなく、「きれいな音楽の系譜」の中に. も入り込んでおり、優美さとは違う興奮と感動を与える音楽の魅力に関係している 点を指摘している。また、この「美」と「醜」に通じる対比概念は、二」チエの」「ア. ポロン的」と「ディオニュソス的」に通じるものであり、芸術に不可欠な概念であ るとまとめている。自然発生的に生まれた音楽を「きれいな音楽」の範囲壽と捉え、. 恣意的、意図的に発生させた音楽を「きたない音楽」といい換えることができるで あろう。このことは、現在の我々がいう、「美」とは必ずしも一致しない。中世以降 の教会音楽はrきたない音楽」の系譜であるし、労働歌や一民謡等はrきれいな音楽」. の系譜である。恣意的、意図的な音楽は様々な技法や技術をもたらし、音楽を発展 させてきた。いわば音楽史は、「きたない音楽の系譜」を中心とした歴史であるとい. える。音楽が療法的側面を内包しているのは、まさにこのことに由来するといって よい。. ルソーは言語起源論の中で、音楽の起源について「はじめは旋律のほかに音楽は なく、さまざまに響く話し言葉のほかに旋律はなく、抑揚が歌を作り、長短が拍子 を作っていた」4と述べ、情熱が理性よりもさきに語り始めたのが音楽であるという. 情念起源説を主張している。これは、ダーウィンの唱えた「恋愛起源」説と通じる ものがあり、音楽は感情の発露がその起源にあると考えられる。このことが、人間. 2同著 P20 3村井靖児「音楽療法の基礎」音楽之友社 (1905)P21 4ルソー「言語起源論」竹内成明記 白水栓(1986)P184.
(9) の精神に影響を与えることにつながり、療法として利用されてきたといえる。. 1−1・2 古代・中世以降の西洋音楽. 前節で自然発生的な音楽と、意図的操作的音楽の発生と進化について論じた。こ のことは、音楽療法の根源的な問題であり、現在の音楽療法の底流を流れているも のである。次に、有史以降の音楽について、特に西洋及びその周辺の音楽の歴史に ついて療法的視点から概観する。もちろん、音楽に関する療法的な歴史は世界中の 諸民族及びその文化の中に存在している。特に、アフリカや東南アジア等では、原 初的な音楽が巫術として現存している。しかし、ここは比較民俗音楽吏を論じる場 ではないので、以下の理由で、西洋及びそ一の周辺の音楽に限定し、その変遷につい て述べる。. ①我々の音楽療法は、西洋音楽の思想および理論に基づいている ②範囲を広げることは、論が煩雑になる. ③研究を焦点化する. 1−1−3 ピタゴラス. 国安(1985)(注3)によると、ピタゴラスは数学を中心に天文学や音楽の研究 でよく知られているが、魂の輪廻転生の思想を受け、魂は本来神性を一所有している が、さまざまな肉体を経ることによりその神性を失ってしまうと考えた。そのため、. 人間にとって最も重要な課題は、魂が輪廻転生から解放され、神のもとに帰ること であるとみなした。この立場から、魂のカタルシス(浄化)を重視する。それを実 践す一 驍スめには音楽が大変重要であると強調した。「ピタゴラスの徒は、知識のうち. では一番音楽と医術と予言を尊重したという。(中略)そして音楽も、もしそれを適 当な仕方で使用するならば、健康に大いに役立つと考えた。(中略)ピタゴラスの徒 たちは医術による身体の浄めと音楽による魂の浄めを使用した」5ピタゴラスにとっ. て、音楽は魂のカタルシスの手段として用いることにより、身体の調和を調整する ものであると捉えている。. 5山本光雄訳編「初期ギリシャ哲学断片集」岩波書店(1969)P17.
(10) 1.1’4 アリストテレス. アリストテレスは『政治学』(注4)の中で音楽について論じている。これは国を統. 治する上で、教育の果たす役割の重要性を重視したためである。音楽は「徳の酒養 に資する」とし、身体や精神の成長に音楽は教育的価値を持つと主張する。音楽療 法の視点から見ると、例えば「人々は霊魂を興奮させる節を用いるときは、その宗 教的な節の結果として、ちょうど医療、すなわち浄めを受けたもののように、正常 に復するのを見るのである」6のように、音楽の目的を「可能なもの」と「適したも. の」の分類の中で、とくに「適したもの」を与えることの重要性を説いている。近. 代音楽療法では、「同質の原理」に根差す接し方が、療法士の備えるべき第1義的 な資質であるが、アリストテレスの音楽の捉え方は、この本質を指し示していると 言える。. 1−1・5 世俗音楽と教会音楽. アミニズム的思考の時代から、神々の時代に移ることにより、音楽は呪術的、脅 迫的性格から信仰の場に使われる音楽に変化する。中でも、キリスト教の誕生以降、. 巫術者は司祭に変わり、神の感性に訴える目的から、「調和と美」を求める音楽へと. 発展する。6,7世紀に整理されたグレゴリオ聖歌は、以後の音楽理論を構築する基 礎となった。また、信仰心を高めるため、太鼓や笛の音等、様々な音をそぎ落とし、. 人間の声のみを使う音楽になり、オルガン以外の一切の楽器を排除した。このこと により、音楽理論の完成に拍車がかかったと言ってよい。. 第2節 近代音楽療法 1−2・1 アメリカの音楽療法(柱5). 現在行われている音楽療法の発祥は、20世紀初頭のアメリカと言われている。 場所は精神病院で慈善的な慰問音楽活動として、聖トーマス・ギノレドが行う「治療. 音楽会」から、近代音楽療法が始まったとされる。当初は病院における治療の一環 として行われ、その知見を確立するために研究が始まったと考えられる。しかし、 それ以前にも医学的観点から研究はなされていた。「音楽による身体的・精神的作用. 6アリストテレスr政治学」山本光雄訳 白水柱(1969)P345 7.
(11) の測定・研究」によれば。1886年にドキエルによる、呼吸・血圧・心拍数・筋肉の. 緊張に関する測定がなされ、1895年にはメンツによる脈拍・呼吸の測定、1897年 のフェラーリによる毛細血管の血行動態に関する研究など散発的な研究が見られる。. 音楽療法の組織的発展は、1903年にエヴァ・ヴェスツェリメの創設による「ニュ ーヨーク市治療協会」が最初である。氏は依頼に応じ出張演奏をし、音楽療法を試 みている。氏の論文によると、用いる音楽を「強心剤・刺激剤・鎮静剤・催眠剤」 の4種類に分類し、症状に応じた音楽の使用を提唱している。その後、ヴァン・デ・. ウォールは第1次世界大戦中に海軍で精神に病む人達に対し、音楽を用いた治療を 行った。その後、特に精神病院での音楽治療に活動し、「精神病院における組織的音 楽プログラム」(1926)という論文を発表している。彼によれば、「精神病院の音楽部. 門の目的は、患者の中に潜伏し、禁止されたまま利用されていない心身の力を賦活 し、患者の人格的荒廃をできるだけ防ぎ、他の治療手段と協力して人間的でかつ社 会的な統一体として彼らが再び働けるように、エネルギーの再分配を図ること」と. 述べている。また、彼は1944年に全米の「病院音楽利用委員会」の委員長に就任 し、第2次世界大戦期の音楽療法の発展に寄与した。1942年、病院音楽プログラ ムに「戦時特別奉仕プログラム」が組み込まれ、帰還傷病兵の士気の回復に音楽が 有効であることが実証された。このことにより、ほとんどの軍病院で音楽治療が行 われ、(209病院中192施設)音楽療法は飛躍的に拡大することとなった。ヴァン・ デ・ウォールは1944年の国家音楽委員会が行った全米病院音楽調査結果報告の中. で、音楽の治療的価値についての科学的検証と音楽療法士の養成が重要であると述 べている。. 大戦後、音楽療法に対する広がりは全国的なものとなった。ガストンは芸術が人 間の精神衛生に好影響を与えると主張し、ギリランドは音楽の教師は地域の病院の. 要請に答えるべきだと主張した。これらの主張を踏まえ、1950年NMC(NationaI MusicCounci1)の病院音楽利用委員会の委員長であるレイ・グリーンは委員会に全 国組織統合の議題を提出した。このときに、「病院音楽」(MusicinTherapy)とい. う名称が「音楽療法」(MusicTherapy)に改訂された。また、1950年12月には全 米音楽療法協会NAMT(Nationa1Association for Music Therapy)が結成され、 世界の音楽療法を牽引する組織に成長する。(のちにアメリカ音楽療法協会(AMTA). に改名)一方、1949年にはカンサス州立大学音楽学部で音楽療法の大学における正.
(12) 規教育が始まっており、音楽療法士の養成のためのカリキュラム等の研究がなされ るようになった。1983年には音楽療法士の認定組織が独立する形で発足し、国家資 格に準ずる「全米認定音楽療法土(MT.BC)」の資格認定を行うようになり現在に 至っている。. 1−2−2 ドイツの音楽療法(柱6). ドイツにおける音楽療法の理論的背景の特徴は、心理療法的な方向性を持ってい る。中でも、「統合的音楽療法」や「形態学的音楽療法」、教育分野からのアプロー. チとしrシュタイナー音楽療法」やrオルフ音楽療法」が独自に発展したメソード としてあげられる。. ヨーロッパでは、1958年から音楽療法の団体が組織され始めたが、ドイツでは 1973年に「ドイツ音楽療法協会」(DGMT)が創立された。さらに1978年には「ド イツ音楽療法土職業組合」(DBVMT)が結成され、職業としての音楽療法士の確立 を目指した取組が行われており、現在に至っている。そこでは、音楽療法の社会的 承認を目指した、研究の促進や音楽療法士の養成、教育を積極的に行っている。教. 育機関は、大学における専門学部と、その後のより高いレベルを目指すコース、1 つの療法に特化したコース等、階層的システムを持っており、それぞれの修了者に は「音楽療法家」という資格が与えられる。. 統合的音楽療法 1882年以降、イザベル・フローネ=ハーゲマンによるフリッツ・パ』ルス研究所 で開発された音楽療法である。「統合」の意味は、さまざまな創造的、言語的もしく は非言語的要素を持つメソード(具体的には、ゲシュタルト療法、サイコドラマ、. 運動療法、精神分析)が1つの療法のコンセプトとして統合されているというもの で、患者の状況に応じた介入の可能性を提示するものである。つまり、臨床的・人 間学的な疾病の観点から介入方法が決定される。. 形態学的音楽療法 ゲーテの自然科学的間題設定のもとで展開された「形態学」を基礎として、それ を心的現象の中に応用した心理学的形態学に基づく音楽療法である。形態学では、. 形成と変形について、直観的経験と体系的再構成を方法論的に媒介させることが求 められるが、心理学的形態学においては、形態としての心的なものは、動かしまた 9.
(13) 動かされながら、形作るものであり、変形するものであるとみなされる。形態学的 音楽療法では、それら変形する心的なものを音楽美学や即興、精神分析や発達心理 の理論から補填するものである。したがって、変形するという意味で、形態的音楽 療法では、即興の持つ意味は非常に大きく、音楽療法士にその高い専門性が求めら れる。. シュタイナー音楽療法. シュタイナー教育の大きな特徴に、「オイリュトミー」’という身体表現の授業があ. る。おもに幼稚園から小・中学校の12年間に週2時間授業として行われるが、教 師の示す物語や音楽にあわせ、教師の身体表現を模倣することを通して、身体と精 神の調和を促すものである。シュタイナーは、このことが言語獲得や発達に大きく 関係していると主張する。シュタイナー学校では、オイリュトミーが音楽の授業の みならず、さまざまな授業で行われるのはシュタイナーの思想と関係が深い。シュ タイナーは「どんな学科の勉強も、その学科自体が目的ではなく、そこから人間の 成長がおこなわれなければならない」7と言う。シュタイナー音楽療法はこの手法と. 思想を用いている。つまり、おおくの障害や疾病は、身体活動を伴う活動で改善す るという考え方である。. オルフ音楽療法. カール・オルフは子供たちの音楽教育のために、オルフ・シュールベルク (0rff・Schu1werk)というメッソドを開発した。それは「基礎的な音楽は最も身近 な音楽であり、肉体的であってだれもが体の申のどこかに持っている。(中略) そ. れは作曲者、演奏者、舞踊家、鑑賞者などと分けることのできない未分化な音楽で あって、それらが混然と一体となった状態での音楽を言うのである」8と述べ、身体 と音楽能力とは不可分の関係にあると位置付けている。中でも、座付音楽家の経験 から、演奏家のリズム能力の不足を実感し、リズム教育に軸足を置いたメソッドを 考案した。特に、言葉の持つリズムを重要視し、音楽的なリズムとして認識させ、 これを体系づけることを出発点としている。また、身体の一部(手、足、膝、指等). を楽器としてあつかうプログ」ラムを準備し、未分化な音楽を組織化する教育として. 確立した。この手法を音楽療法に組み込んだものがオルフ音楽療法と呼ばれている 7広瀬俊雄「教育関係論の現在」終章 川島書店(2004) 8カール・オルフ「シュールベルク理論とその実際」星野生朗訳 全音出版(1975)P17 10.
(14) ものである。. ドイツにおける音楽療法は、文化を背景に独自の展開を見せている。特に、形態 学的音楽療法での即興やシュタイナー、オルフ音楽療法に見られる身体活動等は特 徴的である。もちろん、臨床現場ではそれぞれ独立した療法として固定されるもの ではなく、相互に融合された形で用いられている。日本や他の諸国でも同様の活動 は行われるが、ドイツにおけるそれは、確固たる理論的背景と自らの文化に対する 自負に裏付けられている. 1−2・3 ノルウェーの音楽療法(注7). ノルウェーは長らくデンマーク、スウェーデンの支配下にあった歴史的背景から、 自国の文化に対するこだわりが強く、「福祉国家」としても独白の方法を確立してい. る。音楽療法では、1972年に設立されたノルウェー音楽療法協会(NorskForening forMsu1kkterap1’NFMT)を中心に活動、教育及び研究がなされている。中心とな って指導的役割を果たしているエヴァン・ルードはアメリカで音楽療法を学び、帰 国後オスロ大学を拠点として研究及び臨床活動を行い、現在の基盤を築いた。その 意味では、アメリカの音楽療法の流れを踏襲しているといえる。しかし、前述した ノルウェーの独自性の中で、特徴的な音楽療法が行われている。ルードは『音楽療 法一理論と背景』の中で、「音楽療法は文化活動であって、医療活動ではない」と述. べているように、文化への従事が重要なフィールドになっている。つまり、障害や 何らかの問題を抱えた人だけではなく、それをとり囲む地域全体の文化活動として 音楽療法が用いられるのである。したがって、音楽療法士の課題は、例えばデイセ ンタ]での音楽療法を通して、障害者にどのように充実した余暇の過ごし方が提供 できるか、また彼らを取り巻く地域社会にどのようなネットワークを構築するかで ある。この考え方は、「環境療法的音楽療法」と呼ばれる活動に通じる。これは、例. えば病院での音楽療法の場合、患者のみならず、その家族、医療関係者等も音楽療 法の対象とすることで、音楽療法を環境への働きかけという文化活動として捉える。. このことは、音楽療法にとってその対象とするものは、地域文化であるという思想 に基づいている。この考え方は、ノルウェー独自のものであって、他の国にはない 特徴であると言える。. 11.
(15) 第3節 日本の音楽療法 古来、日本人は歌舞音曲を好み労働歌として、または神事や余暇、教養として音 楽が生活に根付いている。しかし、リラクゼーションとして用いたものの、病気に. 対する治療と言う発想はなかったと思われる。逸話として、古事記に見られる日本 神話の天岩戸伝説が日本の音楽療法の始まりと言われるが、結果として天照大神の 憂蟹を平癒することにつながったのであって、それを目的としたものではなかった と思われる。また、他にも歴史的な逸話として多く語られるが、いずれも明確な目 的がない。(バッハがカイザーリング伯爵の不眠症治療のためにゴールトベルク変奏. 曲を作曲した逸話とは本質的な違いがある)しかし、戦前、戦中の軍や病院への慰 問を通して、音楽が用いられたことは日本における音楽療法の前身であるといえる。. 1−3−1 第1世代(柱8). 村井靖児の分類によると、日本での音楽療法は、1962年の櫻林 仁著『生活の芸 術』、1966年の山松質文著『音楽による心理療法』により始まると言ってよい。こ の両著はポドルスキー著『音楽療法』を紹介する書物であるが、申でも音楽を薬の 代用として用いる処方箋の実例の紹介が中心となっている。つまり、音楽を治療薬 として用いる発想に興味を示し、日本における音楽療法の出発点とした。. 心理学が専門の櫻林は東京の音楽大学の学生による「音楽療法研究会」を立ち上 げ、アメリカの文献の紹介を始めた。この会は、後に「日本音楽心理学音楽療法懇 話会」に引き継がれ、現在も活動している。櫻林の理論は、音楽教育の中に音楽療 法的視点を取り入れること、また、音楽のみならず演劇等を取り入れた総合芸術的 な音楽療法を目指すべきだと主張した。. 山松は大阪に拠点を持ち、臨床心理学の立場から、特に自閉症児の音楽療法の技 法の開発にその足跡を残した。トランポリンを用いる独自の心理療法は、療法士と 対象者とのかかわりの重要性を強調している。. また、加賀谷哲郎は知的障害児の音楽療法を開発した。後に「加賀谷式」と呼ば れる集団音楽動作指導法は、音楽遊戯をとして親と子どもが一緒に歌や動作を覚え ることを目指したものであり、現在の障害児音楽教育のなかに浸透している。. 村井はここまでを第1世代と分類し、続く第2、第3世代へと連続する流れを整 12.
(16) 現している。. 1・3−2第2世代 1980年代に山梨の精神分析医である松井紀和は、病院での患者の生活に音楽を取 り入れ、精神病院での生活の改善を行い、患者の回復と社会復帰に貢献した。また、. 「音楽療法セミナー」を開催し、全国の実践者や学生に研修や連携の場を提供して いる。. 音楽を専門に勉強した後、精神科医師になった村井靖児は精神病院での実践に止 まらず、音楽大学において、音楽療法者の教育に力を注いでいる。1988年「東京音 楽療法協会」を組織し、全国組織の基礎を築いた。音楽療法の心理的アプローチを 目標に「嗜好拡大法」や「調整的音楽療法」等様々な指導法の開発を研究している。. 1−3−3第3世代 遠山文吉は大学の声楽科を卒業し、大学院で音楽教育学を専修し、その後障害児 教育の世界で仕事をしている。遠山は、アルヴァンの音楽療法を取り入れ、子ども. の感覚や二一ズを中心にした音楽療法的音楽教育を実践した。第1世代の櫻林の理 論の実践者であると言える。. 宇佐川治は、大学で障害児臨床に携わっている。宇佐川は、音楽が他のどの遊具 よりも発達訓練に適していることを見出した。また、障害児が示す異常な行動は、. 正常児の発達過程の中で短期的に見られるごく当たり前の行動であることを指摘し、 障害児の指導に臨床的な示唆を与えた。. 2000年目野原重明を中心に「日本音楽療法学会」が組織され、音楽療法土の資格 制度が導入された。このことにより、音楽療法士の育成に係るシステムや研修の在 り方等が整理されるとともに、音楽療法に関する研究の質と量が飛躍的に増大して いる。しかし、音楽療法士の資格はいまだ国家資格になっておらず、カリキュラム が整ってきたとはいえ、大学等の教育機関での音楽療法に係る整理ができたとは言 い難い。日本の音楽療法はさらなる広がりを見せると思われるが、課題も多い。. 13.
(17) 第2章 音楽現象の特性. 音楽療法にとって「音楽とは何か」という基本的命題は根源的な問題である。一 般的に音楽克象の特性は、おもに音楽美学の視点から論じられることが多い。その 場合の興味は、「音楽美」の構造の解明である。ここでは、音楽療法の視点から、音 楽と身体との関係を中心に論述する。. 第1節 超越的象徴と内在的象徴 渡部護は著書『音楽美の構造』(注1)の中で、音楽体験の基礎原理として、重要 な意味を持つのは「象徴」だとして、象徴の意味作用について内在的象徴と超越的 象徴と言う概念を示し、考察している。以下、前述の書をテキストに、内在的象徴 と超越的象徴について整理する。. 渡辺は、冒頭で「我々は感覚的に与えられた対象の本体や属性以外の事物、概念 または感情などを、その対象との必然的連関において、把握することが可能である。. この作用を広く意味作用と呼ぶ。」9と意味作用についての定義を行っている。つま り、感覚的に与えられないものは意味作用を持つことはできないし、(思考や概念や. 感情)本体や属性を表す場合は、r意味」という言葉は使わない。また、意味を把握 する側の勝手な解釈ではなく、何らかの必然性や論理性によって意味作用が行われ ると説明している。このような意味作用を行う対象を「しるし(Sign)」と名付け、 しるしの意味作用は本来ひとつであると述べている。さらに、ピエール・ギロー10や. モリス・コーエン11らの意味作用についての定義を引用し、その正当性を担保して いる。このような意味作用を行うものが特に人為的である場合を「象徴」と名付け ている。つまり、象徴とは人為的に意味を付与されたもののことである。このこと を次の例をあげて説明している。「赤いバラの花は人間の作り出したものではないが、. 9渡辺護r音楽美の構造」 音楽之友社(1969) P1O 工Oギローは意味作用をr対象、存在、概念、事象などを、それらを喚起しえるようなある記 号に連合つける過程である」と呼んだ 11コーエンは「或る物が意味を獲得するのは、それがそれ自身を超えた或る物と結合されたり、 指示されたり、関係づけられたりする時である。それゆえその完全の性格がその関係を指示 し、その関係においてあらわになる」と述べている. 14.
(18) それにある意味を込めて女性にささげたとすれぱ、それは人為的な意味作用である から、象徴とみなされるべきである」このご.とを整理すると次のようになる。. しるし. 自然的意味作用を行うもの. 人為的意味作用を行うもの(象徴). 超越的象徴と内在的象徴についていくつかの例をもとに説明している。. 「文字はその意味が把握されることが重要であって、その感性的性格はそれ以上 に意味は持たない。「山」という字はそれが山であることが認識されれぱよいのであ. って、それ以上にこの字がどんな色で、どんな大きさで書かれているか、また美し く書かれているかどうかは別な問題である。その形体さえもが、ある程度のくずれ は問題とならない。それが山であることが読み取られれば、その感性的存在として の使命は果たされたのである。中略 目的地に至るために通らねばならぬ門のごと きものであって、我々が目的地に到着してしまえば、門を通ったことさえも忘れか ねない。つまり通ってしまえばもう用がないのである。」12と言い、文字や図像がそ. の意味を伝えることのみが全使命であって、感性的な諸性格は意味を持たない場合 の象徴を、それを越えていくと言う意味でr超越的象徴(TranszendenteSymbo1ik)」. と名付ける。一方、「海上を行く船がどこの国籍かを知ろうとしている人Aにとっ て、その船の掲げた日章旗は単にその船が日本の国籍を持つことを示すにすぎない。. この場合の日章旗は超越的象徴にすぎない。だからAは一瞬、日章旗を見れぱそれ で充分である。しかし故国に憧れる旅の日本人Bがその日章旗を見るときは、深い 感激の心でその中に故国を感じるに違いない。中略.それが日本を表すことを認め. た。しかしBにとってはそれで終わったのではなく、その連関が生きて日章旗の中 に宿るのである。あたかも回廊をめぐるごとく元のところに戻ってくる」13という 例を示し、意味作用を完了した後も感覚性を保持し、その意味が象徴体に中に宿っ. て生きている。このような象徴を「内在的象徴(ImmanenteSymbo11k)」と名付け る。言語体験で代表される超越的象徴体験は、象徴体の上に宿る象徴内容が奪われ、. 本来の場所に連れて行かれ、残されたものは形骸化する。それに対し内在的象徴体 験は、象徴体のなかでゆるい連関において存在していた、象徴内容をもう一度明る みに引き出し、それを象徴体の中に宿らせる。いわば内在化の作用である。従って、. 12渡辺護「音楽美の構造」 音楽之友社(1969)P27 13同著 P28 15.
(19) 感覚的対象である象徴体の本来的性格とそれが意味する内容の非本来性とが区別さ れるばかりではなく、両者ともにその存在性を失うことなしに融合することを特徴 とする。. 超越的象徴. A. 一内在的象徴. A. B. A=象徴体. 図2−1. B. B:象徴内容. 渡部護『音楽美の構造』より. 音楽現象の特性を考察する場合、内在的象徴という概念はとても重要である。中 でも、象徴体の持つ意味作用と象徴内容の関連は、意味の内在を促し感性的自覚を 生じさせる。このことは、我々の日常が様々な状況下で方向づけられていることと 無関係に、音楽それ自体の存在が、我々に働きかける意味作用であることを指し示 している。音楽を鑑賞または演奏するとき、内在化する象徴体と対時する。音楽を 聴いて涙したり、速いテンポで興奮する場合もある。また、過去の体験に思いをめ ぐらせることもある。つまり、内在象徴体験は、我々の身体と密接な関係にある。. その意味で、内在的象徴は生命的象徴と呼ぶことができるであろう。」方、概念的 象徴は象徴内容の独立性から形式的象徴と言うことができる。. 渡辺は、内在的象徴の特性として次の6つをあげている。 ①内在的象徴は主体の大きな集中を要求する。 ②内在的象徴体験は感情に組み込まれている。 ③内在的象徴の内容は超越的象徴の内容よりも一層主体的に把握さ.れている。 ④内在的象徴体験は時間性を持つ。 ⑤内在的象徴は脆弱である。 ⑥内在的象徴の内容は背景に退いている。. 16.
(20) 第2節 音 音は音楽表現に欠くことのできない御理的媒体である。渡辺は日常を取り巻く音を. ①日常音、②語音③音楽音と分類し、それぞれの特性を考察している。ここでは 音楽音について考えてみる。. 音楽音とは、音響学でいう楽音とは違い、実際の音楽の中で響いている音のこと である。つまり、作品を構成する個々の音を指すのではなく、豊かな表現力を担っ ている者自身を指している。ヴェレックの「音が音楽を作るのではない。音楽が音 を作るのである」を引用し、「楽音が一定の音楽作品の中の音となったとき、そして. その作品を構成するものとして響く時、それは音楽音となったのである。単なるイ や嬰ハの音からどうしてべ一トヴェンの交響曲の壮大な表現力を想像することがで きよう。単なる個々の音はかりではない。楽句といわれる音群や、和音や、和音の 簡単なつながりのごときもまだ音楽音ではない。しかし、わらべ歌のような単純な 音楽でも、それがまとまった楽曲とみなされるべきものであれば、そこに響いてい る音は音楽音と言い得るのである」ユ4と説明している。このことを国安は「音楽は 音から構成されていると言うよりも、むしろ音と音の関係から構成されていると言 うべきである」15と述べ、音楽音と音響的現象の違いを明確にしている。両者はさ らに、音楽が作り出す音とは音楽においてどのような存在なのか考察を進めている。. 国安は音の根本的性格として、「音は可聴的対象として可視的対象とは異なった あり方をする」16と述べている。可視的対象(色や形)は我々の外に存在するもの に属しているものであって、我々がその対象を見たくないと思えば、目を閉じたり 顔をそむけたりすることができるが、可聴的対象である音は耳をとおして否応なし に浸入してくる。つまり、可視的対象は我々と対向関係にあるが、可聴的対象であ る音にはそういう関係がない。この音の根本的な性格は、音楽の本質的な特徴であ る抽象性と関係が深いが、このことについては後述する。. 14渡辺護「音楽美の構造」 音楽之友社(1969) P75 15国安洋「音楽美学入門」 春秋杜((1985) P37. 16同著 P38 17.
(21) 2・2・1意味作用としての音楽音 音楽音は音楽の中で鳴り響く音であるが、音楽的脈絡から切り離されると単なる 物理的音響となる。例えば、ピアノの音はそれ自体物理的音であるが、旋律の中で 用いられたときに音楽音に変貌する。単なる音の連続と、音楽音としてのそれはど こに違いがあるのだろうか。芸術的価値が指摘することができるが、決定的に違う. のは、意味の有無である。国安(1985)は言語を例に次のように説明する。r例え ば単なる文字の連続であるrおくんが」には意味がない。ところがrおんがく」と なると、それは同じ文字から成り立っていながらも言葉として意味を持つ。言葉は 意味を持つ文字の連続である」17と言い、旋律は意味を持っ音の連続または重なり により、音楽音として成立するのである。つまり、音楽音は意味の担い手であると. 言える。そして、そのおよぼす作用は内在的象徴の特性を内包している。(第1節 参照)では、その意味とはどういうものであろうか。. 2・2・2 音楽音の意味. ・. 音楽音は、我々の外部にあって、耳を通して伝わる音響的現象と、自らの文化に. 条件づけられながら、内なる心的なものとの2つの要素から成り立っている。従っ て、物理的音響に内的な情緒や感情が加わった、いわばr情緒音」と呼ぶことがで きると言う見解がある。一方、ヒゲ(1956)18が指摘するように音の意味は感情的 なものではなく、精神的なものあるいは理念とみなす見解もある。いずれにしろ、. 意味自体は音とは別個のものであり、聞く我々の内部で作用するものであり、その. 起源は我々自身の内部にある。その意味をツッカーカンドルはr力動的質」19と考 える。我々が旋律を聴くとは、単に音の連続を聴いているわけではなく、音の動き の力動性とその展開を聴いていると言う意味で、力動的質が音の音楽的性格である. とした。しかし、渡辺は「力動性は音の中にある」という主張に対し、1つの旋律 を取って見ると、個々の音は静止している。その意味で個々の音自体に「カ動性」 はない。音から音への動きがカ動性を生み出す要素になっていると批判している。. また、カ動性の存在は認めるものの、音の運動の根拠のひとつではあるが唯一の根. 17国安洋「音楽美学入門」 春秋杜((1985) P44 18クロード・ヒゲ「音楽の発見」佐藤浩訳 ムスルジア全書(1956) 19渡辺護「音楽美の構造」 音楽之友社(1969) P131∼143 18.
(22) 拠ではなく、リズムに現れる全身的運動や発動的運動もあるとして、その論の不十 分さを指摘している。. 第3節 音楽の本質的特徴 2−3・1 音楽の抽象性. 音楽の特徴の第1は抽象性である。音自体の基本的性格から規定されるのである が、空間に物として実在せず、どこにあると指摘することもできない。また言語と 異なり非概念的であり、自立的持続性をも有しない。さらに、表現形式としても抽 象的である。このことを国安は「表現媒体としても、造形芸術における色や形と異 なって、対象界の諸様相を取り入れてそれらをその現実的存在にしたがって描きう るものではない」20と述べている。物質性や固定性を持たない音楽に対し、ヒゲは 「音楽を全体として1つの物象と考えないわけにはいかないだろう。(中略)音楽 は我々と同じ平面にあって、我々の中にあるまとまった感覚を引き起こすことがで. きる1つの物象である」21と述べ、音楽の存在の仕方を「音楽音が鳴り響く」とい う意味で、物象と呼んでいる。. また、表現形式として抽象的であることは、事物、思想などを具体的に表現でき ない。このことは、音楽が内在的象徴として意味すること自体が重要であり、その 内容は音楽の中に生み出される。. 2−3−2 運動性. 音楽を運動現象であると捉え、その体験を運動体験とする考え方は古くからあり、. アウグスティヌスが音楽を秩序づけられた運動と解していることは有名である。そ の後も、音楽現象を運動の視点から捉えた言説は数多くある。ハンスリックは「音 楽の内容はなりひびきながら動く形式である」という音楽の定義を行っている。. 渡辺は「音の運動は運動感覚によって把握されるような主体的なものではなく、 客体の運動として知覚される」22とし、音の運動について、①「移行的運動」,②「前. 20国安洋「音楽美学入門」 春秋杜((1985) P50 21クロード・ヒゲ「音楽の発見」佐藤浩訳 ムスルジア全書(1956) P44 22渡辺護「音楽美の構造」 音楽之友社(1969) P125 19.
(23) 進的運動」、③「発現的運動」と分類し、音楽体験にとって、音楽の持っ本質的特徴. を論じている。それによると、「移行的運動」は主に旋律に現れ、本来1っ1つの 音は動かないが、高さの違った音が連続して現れることにより、運動の印象が起こ ると説明する。(映画の画面は、本来動きはないが連続する映像の集合が動きと錯覚 する)「前進的運動」は主としてリズムに現れる。リズムは時間経過上の吉相互の生. 起の間隔関係で生じ、それをゲシュタルトとして把握することが対象の存続性を確 保する。このことは、音楽は単に時間の中に流れているのではなく、時間をつくり、. 流れをつくることを示しおり、運動ゆえに生じていると主張する。「発現的運動」は. 者そのものの発現、持続、消滅に係る力動性である。2.3・1で述べた「物象」≒し. ての音はかたまりとして現れ、3次元的な性格を持つ。この物象としての発現はエ ネルギーの発生を意味する。音の持続はエネルギーの持続を意味し、消滅はエネル ギーの消滅である。このエネルギーの発動を運動とみなすことができる。特にべ一 トニヴェンにおいては発動性が強調されると例を挙げている(ピアノ曲におけるsf、 コリオラン序曲の冒頭のffなど). 2−3−3 時間一性. 従来から、造形芸術はその形式を空間に基礎を置くため、「空間芸術」と呼ばれ、 時間の相の中で生まれ、時間の中で展開される音楽を「時間芸術」と呼ばれてきた。 (演劇や舞踊等は肉体と言う空間的素材を用いつつ時間的に展開する意味で「時空. 間芸術」と呼べるかもしれない)美学的視点から「時間」を考えるとき、前述の物 理的時間(時計に代表される)に止まらず、音楽自らが創り出していく時間がある。. これを、G・ブルレは<音楽的時間>と呼ぶ。その意味は、「音楽における音は具体 的体験内容であって、体験の秩序、形式ではない。また、音楽は鳴り響きを通して、. 作曲者、演奏者、聴者の内的生命の持続と音という現象の出会いから生じるもので ある」23としている。さらに、ヒゲ(1956)は、<音楽的時間>を質的時間と量的 時間のそれぞれに関わりながら、そのいずれでもない中間的位置を占め、両者を媒 介する働きを持つと主張する。つまり、量的な時間と質的な体験時間とは対立関係. にある相であるが、2つのあいだには連続する道があり、その中間に第3の相であ る<音楽的時間>が存在するのである。国安(1985)は「音楽にとって、この<昔 23国安洋「音楽美学入門」 春秋杜((1985) P63 20.
(24) 楽的時間>が創造の原動力になっているのではなかろうか。音楽の創造とは、音楽 が自己に固有の時間を創造することに他ならないからである」24と述べている。. 2・3・4 感情対象性. ハンスリックは「音楽は特定の感情を表現するものではない」と言った。一方で、. 音楽は他のどの芸術よりも強力に心情に作用することを指摘し、その作用を<病的 享受>25と名付け、音楽の非芸術的把握として斥けている。しかし、音楽の特性は 我々の感情と密接な関係にある。孔子は、楽を聴くときにはすべてが和らぎ、恭敬 心、剰頃心を起こすと説いている。またアリストテレスはドリア旋法による音楽は 落ち着いた気持ちにさせるが、フリュギア旋法による音楽は熱狂的にすると述べて いる。その他、18世紀のマッテゾンを頂点とする情緒説(アフェクテンレーレ)で は、人間の情緒を語ることが音楽の目的とされた。このように、古来から音楽と感 情の関係が論じられてきたが、なぜそうであるのかを渡辺は「感情対象性」の概念 から考察している。それによれば、「感情対象性」が成立するためには、①対象の属. 性として現れる場合 ②主体の感情が対象に投入され、その上で対象の性格として 受け取られた場合 ③意味作用の内容として現れる場合と定義した上で、音楽と感 情の関係を次の視点から考察している。. 1 音楽が美であることによって起こされる 美は内在象徴として実存するため、感情を象徴することが容易であり自然 である。また、感情は美の変化に追随し変化するため不安定にならない。. 24国安洋r音楽美学入門」 春秋杜((1985) P68 25ハンスリックは次の3点から<病的享受>の非芸術性を指摘している。 (1)この享受は、音楽全体の充実相を捉えることはできない。それは音楽の要素. 的なものの刺激に対する反応の連鎖にすぎない。 (2)病的享受において、そこに生じるのは美ではなく、感覚的快としての快適に すぎない。. (3)最も重要な特色は精神が欠如していることである。病的享受では精神から発 して精神に向かう芸術的モメントは働いていない。. 21.
(25) 2 音楽が表出する特性的な性格を持っ 例えば、短音階や短三和音はもの悲しい感情を呼び起こす。このように対 象の属性として感情対象性を持つ場合、特殊な感情状態を引き起こす。. 3 喜怒哀楽等の色づけを持たない音楽体験特有の感情 音楽体験における特有の感情は、①時間的経過の上に行われ、②一種の非 物理的性質を持つ、③視覚的固定性にかかわらない、④力動的な運動性を. 内蔵するという特徴をもっており、4つすべてが備わっていることがその 大きな特徴である。. 音楽における感情対象性は音の中に対象化されるが、引き起こされた感情が特殊 な色彩を帯びないため、明確な意味内容を持っ感情対象性とはならない。つまり、 体験後、主体の反省により知り得る対象性である。. 第4節. 美の所在. 音楽美学なる学問は、19世紀後半に成立したと言われている。音楽事典によれば 最も早い時期に書かれた文献はシューバルト著のr音楽の美学の構想」(1784∼85). 26であるとされる。当然ながら、音楽の構造や意味に関する思想は、ピタゴラスや プラトン、アリストテレスに見られるように、古代と呼ばれる時代からあった。し かし、19世紀のロマン派の台頭による音楽の規模、様式、内容の変化する流れを受 けて、音楽の特殊性をふまえた基本構造や意味を解明するため、哲学的、心理学的 な考察を基礎にした学問として成立した。中でも、その主題としての興味は「音楽 美」の所在と「美の構造」であった。. 2−4−1 ハンスリックの見解. ハンスリックは著書『音楽美論』(注2)の中で、「音楽美は特殊な音楽現象であ る。外部から来た内容とは独立し、またそれを必要とせず、ただ単に楽音及びその 芸術的結合のうちに存在する美」27と解釈し、その表現されるものを「音楽的観念」. であるとしている。さらに、音楽を「音響的に運動する形式である」と定義づけて 26新音楽大事典 音楽之友社 r音楽美学」の項 27ハンスリック「音楽美論」閏村寛点訳 音楽之友社(1956) P119 22.
(26) いる。この考えは、感情表現及び感情の描写であるとする表現主義の思想と鋭く対 立する。音楽を形式美と捉える彼の思想は、次の文章によく表れているので、少し 長いが引用する。. 「同じ大理石から一方の彫刻家は魅力的な形態をつくり、他は粗悪な拙作を刻み だす様に、同一の音階も別人の手によれば、或いはべ一トーヴェンの序曲になり、. 或いはヴェルディの序曲ともなる。この二人を区別するものは」体何であろう か?例えば一方がより高い感情を描写しているためであるか、それとも同」感情 をより正確に描写しているためであろうか?いや決してそうではない。むしろ一 層美しい音楽形式を形成しているためである。ある音楽の良し悪しを決定するも のは結局これだけである。中略 前者の律動が温かい生命に充ちた活発な鼓動を 打つのに、後者の律動は殆ど無味乾燥な信号音楽であることが、結局は音楽の美 酸を決定する理由となるのである。」28. ハンスリックによれば、音楽は感情や想像と言った身体や音楽以外の事象の表現は できないのであって、それを目的に創作された音楽は「無味乾燥な信号音楽」とし て退け、最も重要なことは、精神性の確保であると主張することである。. 2−4−2 渡辺護の見解. 渡辺は、第1節で述べた音楽における内在的象徴の意味作用の内容は「美」であ るという視点から論を進めている。意味作用をおよぼす内容は感覚的に与えられた ものの本体でも属性でもないものを指示することであった。(第1節参照)その根 拠は、第1に、美は対象の属性ではないが、対象の何かであることである。第2に、. 美はそれを示す対象と必然的連関に立つものである。第3に、美を担う対象がしる しとしての性格を持っていることである。第4に、美はその体験が究極的性格を持 つことである。属性の認識はそこにあるものの発見にすぎないが、あるものを美し いと感じた時、満足感を得、体験として先に進まないという意味で、美は究極的性 格を有している。また、実際に鳴り響く音楽においては、音響そのものの持つ美と 時間経過に組み込まれている作品としての美について、前者を単純感覚美と呼び後 者を総合形式美と名付けている。両者ともゲシュタルトを基本としており、音楽に おける美は音の形象的ゲシュタルトの上にのみ成立する、この場合の形象的ケシ平. 28ハンスリック「音楽美論」田村寛点訳 音楽之友社(1956) P133∼134 23.
(27) タルトは、単なるけ形態的なものだけをさすのではない。あるメロディーを知覚し ても、それだけで妥当な美が把握されたとは限らない。そこには、生理感覚や温度 感覚、体験的に獲得した文化や精神的感能力といった諸感覚、理解力の総合的な把 握が必要である。渡辺はワーグナーの「ドーリスタンとイゾルデ」前奏曲の冒頭の和. 声の響きを例に「形体的にまたカ動的に旋律や和声機能を把握したとしても、それ だけでは妥当な美的体験が起こっていると約束されていない。実際、この楽劇の初 演当時、人々は音進行の機能的意味を把握したであろうが、美的意味を感得するこ とができなかったのである。」29と述べ、形象的ゲシュタルトの持つ深い表現性 を指摘している。. 第5節音楽と身体 音楽と身体の関係は、根源的な問題である。音楽の起源をr労働とリズム」に求 めたカール・ビュッヒャーや舞踏との密接なかかわりから発展したと見るレヴェス の主張を待つまでもなく、音楽の身体に与える影響は事実としてある。つまり、ピ タゴラスからハンスリックに至る学者達により出された答えには満足できない。こ の事実を教育に取り入れ、メソッドとして提案したのは、音楽教育におけるダルク ローズやカール・オルフである。また、音楽教育に止まらず、言語教育や感情の表 出の視点からシステム化したシュタイナ]教育の実践もある。ここでは、彼らの思 想とメソッドを概観し、音楽と身体との関係を考えたい。また音楽療法では、音楽 の機能が身体にどのような影響を与えているのか考察する。. 2・5−1 ダルクローズのリトミック. ダルクローズは動作を伴わない音楽教育が、能力を伸ばすことを阻害していると して、「子どもたちの耳やのどが適切な訓練を受けるだけでなく、リズミカルな動き. を導く身体の各部分や、自然におこる衝動によって心がゆすぶられたり、緊張また は弛緩する筋肉組織や神経組織をも訓練すべきである」30と主張する。このことに より、心を活気づける感動と表現についての感覚を作り出すことができるとし、全. 29渡辺護「音楽美の構造」 音楽之友社(1969) P209 30ジャック・ダルクローズrリズムと音楽と教育」板野平記 全音出版(1975)P4 24.
(28) 身体機能を活用することで、身体が音と思考との間に介在する役目を果たすと主張 する。具体的にはく「歩く技術をわきまえることから始め、声の動きと体全体の動き に合わせることに進む。」31と言うメソッドを開発し、従来の音楽教育に対し、心の 状態や活動的感情を呼び起こす新しい音楽教育を提唱した。. 2−5’2 オルフのシュールベルク. オルフは座付き作曲家としての仕事を通して、歌手や俳優、音楽家にリズム感の 不足を痛感し、音楽教育の基礎をリズム教育に求めた。彼は、「基礎的な音楽」とい う概念のもとに「オルフ・シュールベルク 子どものための音楽」全5巻を執筆し、 音楽教育のメソッドとして提案した。基礎的な音楽とは、「最も身近な音楽であり自. 然であり、肉体的であってだれもが体の中のどこかに持っている。中略 それは作 曲者、演奏者、舞踊家、鑑賞者などと分けることのできない未分化な音楽であって、. それらが混然と」体となった状態での音楽である」32と定義づける。オルフは子ど もたちが言葉の中にある複雑なリズムを無意識のうちに持っていることに注目した。. シュールベルクではそれらを整理し、音楽的リズムとして再認識させ、それを体系 づけている。それを実践する際には、技術の必要が少ない身体を使った楽器、つま り手、足、指、膝等を使用する。手拍子や足拍子、かけ声等の混然とした基礎的な 音楽から出発し、身近な道具を使用した楽器、形式的な音楽へと発展する。これは、. ダルクローズの考えを引き継ぐものであるが、より体系化された厳格な手順を踏む。. 第1章で述べた、rオルフの音楽療法」はこの考えにもとづくr基礎的な音楽」を 中心に組み立てられている。. 2・5−3 音楽の機能と身体. 音楽療法の視点から音楽と身体の関係を見る。ルードによれば、音楽療法には4 つの重要な機能があると言う。それは「運動と認知の発達訓練に結びついた注意の 改善機能、社会的なコミュニケーション技法を刺激する機能、感情表現およびその 的確さを向上させる機能、思考を促し自己の生活を反省する能力を養う機能」33で. 31同著 P15 32カール・オルフ「シュールベルク理論とその実際」星野生朗訳 全音出版(1975) Pユ6 33エヴァン・ルードr音楽療法 理論と背景」村井靖児訳 ユリシス出版部(1992)P111. 25.
(29) ある。これらの役割を果たすことにかかわる音楽の性質を、行動療法的音楽療法で は音楽を弁別刺激として捉えており、療法を学習活動の場として捉えている。」方、. 音楽をコミュニケ』ションと捉える立場は、音楽の中に聞き手にコミュニケートす る思想や感情が表現されていると考える。さらに、音楽は表現可能なコミュニケー. ション状況を作り出す手段として考えられる。(第3章 第3節参照)いずれにし ろ、音楽は身体の様々な中枢に作用するエネルギーであるとする概念的捉え方に基 づいている。このことを踏まえ、ルードは音楽の機能を「ただその音が存在すると いうことだけによって、音楽の体験は、文化的、言語的に基底づけられた信号体系 の枠を飛び越えてしまう。音楽の多義的な性質は、身体と意識の領域に強制的に我々 を連れて行く」34と述べている。このことは、「心理学を<動物個体とその周囲との. 切り結び>を解明すべき根本現象と見なさなければならない」35とした生態学的ア プローチ、すなわち、「我々の行動は環境がaffordする状況において生起する」と する、アフォーダンス理論に基づく解明が、有効な理論になり得ると思われる。現 在、音楽療法はこの一理論に基づく研究はほとんどなされていないが、今後の研究成 果が期待される。. 第2章では、音楽の特性について述べた。音楽美学的視野から見る音楽の様相と、. 音楽療法的視野から見るそれは、地平の違いを感じさせる。つまり、精神性を拠り 所とする音楽観と、それを含めた身体にaffordする音楽観の違いである。このこと は、療法としての音楽が、感情を含めた身体に作用する意味で、よりコミュニケー ション的な様相を持っているといえる。次章では、コミュニケーション理論を整理 し、音楽療法の臨床場面でのコミュニケーションの様相について、そのモデル化を 含め考察する。. 34同著 P115 35エドワード・リード「アフォーダンスの心理学 生態心理学への道」 細田直哉訳 佐々木正人監修 新曜杜(2000) P384 26.
関連したドキュメント
7月 10 日〜7月 17 日 教育学部芸術棟音楽演習室・.
音節の外側に解放されることがない】)。ところがこ
音楽は古くから親しまれ,私たちの生活に密着したも
5 On-axis sound pressure distribution compared by two different element diameters where the number of elements is fixed at 19... 4・2 素子間隔に関する検討 径の異なる
「旅と音楽の融を J をテーマに、音旅演出家として THE ROYAL EXPRESS の旅の魅力をプ□デュース 。THE ROYAL
「1.地域の音楽家・音楽団体ネットワークの運用」については、公式 LINE 等 SNS
宗像フェスは、著名アーティストによる音楽フェスを通じ、世界文化遺産「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」とそれ
・ぴっとんへべへべ音楽会 2 回 ・どこどこどこどんどこ音楽会 1 回 ステップ 5.「ママカフェ」のソフトづくり ステップ 6.「ママカフェ」の具体的内容の検討