コミュニケーション的行為の理論に基づく道徳授業の創造 : 子どもたち主体の場(トポス)づくりを通して
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(2) 50. であった。また「道徳の時間」を「楽しいと感じている」 「興味・関心をもっている」とした児童・生徒の割合は,. る(8)という指摘も現実を直視しているものである。 かつてエレン・ケイは『児童の世紀』の中で,これま. 学年が進むにつれて減少し, 「楽しい」とする子どもは, 高学年では約2 0%,中学3年生では5%にまで落ち込 んでしまう結果も明らかにされた。道徳の授業が楽し くない理由としては, 「いっも同じような授業だから」 「こうすることが良いことだとか,こうしなければいけ ないということが多いから」 「資料や話がつまらないか. での教育と子どもの関係を, ``Education to children". ら」 「始めから分かっていることしかないので,感動し たり考えたりすることが少ないから」(5)というような意 見が多く,これは小学生の場合も中学生の場合もほぼ同 様となっている。 ヘルバルト教育学の研究者でもある高久清吉は, 「分. に問題の原因を見ることができる。このような教え込み. として特徴づけ, "Education from children"こそ新 たな世紀の目標でなければならないとした(9)。今までの 教育は,前者の「子どもへの教育」が中心であったと言 える。つまり,教師(大人)からの一方的な伝達である. 現実の教育における様々な問題も,この教育のシステム の教育では,子どもは常に学ぶ者であり,大人は常に教 える人であるという関係が成立する。そこでは,大人の 視点から取捨選択された知識や技術を合理的に伝達すれ ばよかったのである。しかし,現在のように価値の多様. かっていることを分からせる,または,分かっているこ とを教えられるということでは,教える方にも学ぶ方に も張り合いがでないのが当然である。この点に道徳の授. 化や先行き不透明と言われる時代においては,従来の教. 業の難しさがある。また,この点に『道徳』指導や学習 に対する魅力が失われやすい原因があるのではないかと 思う」(6)と述べている。高久は,子ども自身が自ら新 しい発見をしたり,何かを達成したり,課題を克服した りする喜びに結びつきにくい道徳授業の平板さと陳腐さ を批判しているのである。. 育」へと転換することであろう。子どもを単に「未熟な. (3)子どもたち主体の場の喪失 近年,教育における新たな問題として注目をあびてい る学級崩壊の問題について,子どもたち主体の場(トポ ス)づくりの面から考えてみたい。 心を病んだ子どもたちのことが問題にされるが,本来. あたり,子ども自らが参加し,問題状況を積極的に解決. 育の視点を変えていくことが重要になってくるであろう。 それは教育の形を「押しつけの教育」から「了解の教 人」, 「未来の大人」と見ないで, 「大人と共に生きなが ら,大人の生き方を自ら先取り的に学んでいる人」と捉 えることである。それは大人と子どもが様々な事柄につ いて行う「相互的意味限定の過程としての教育」として 特徴づけられる。このことは,エレン・ケイの言う "Education from children" (子どもからの教育)に. 集団の中において育っはずの子どもたちが,なぜ,集B] からぬけ出し集B]を拒否するのか。子ども個人の問題で はなく,集団の在り方も問われなくてはならないであろ う1997年に起きた神戸の児童殺傷事件での少年は,自 分の存在を透明な存在として表現し,学校・家庭におい ても,本当の居場所がなかったと言われている。また授 業中に私語をする子どもたちは,周りにいる友達を空気 と同様の存在としてしか見ていないというようなショッ キングな言葉も聞かれる。さらに,いじめ問題が深刻化 し,子どもたちは友達関係において異常に神経をつかっ て学校生活を送っているのである。このような集団(場) において,子どもたちが健全に成長し,楽しい学校生活 を送るということは不可能である。 高橋は,日本の場合高度経済成長期を一つの転換期と して,子どもの生活世界が大きな変貌をとげ「勉強」と 「一人遊び」が「生活」の内実となり,かかわり(関係) の崩壊が深刻化してきたと述べている(7)また,現在の 子どもは, 「もの」に働きかける場を失うと同時に, 「他 者」との親密な関わりも喪失しつつある。子どもの遊び ち, 「友の影の見えない孤立型」のものに移行しつつあ. していこうという方向への思い切った教育の転換を意味 している。その際,相互的意味限定を可能にするのは, 集団の場において子どもたちがお互いに主体的なコミュ ニケーションを図ることであろう。このコミュニケーショ ン能力をどのように高めていくかが,大きなポイントあ るいは問題点になってくると思われる。 勿論,道徳教育においても同様であると考えられる。 子どもの道徳性における主体性を実現するには,道徳授 業は価値の伝達を志向するものではなく,むしろ了解を 志向するものでなくてはならない。つまり,道徳授業は 「了解による道徳の形成」でなくてはならないのである(10), したがって,道徳授業をいかに構成するかは,了解過程 をいかにつくり出すかであると言える。以下では,この 了解過程をつくり出す道徳授業について,了解(合意) による規範形成を基盤とするディスクルス倫理学を提唱 しているハーバーマス(Habermas,ののコミュニケー ション的行為の理論に基づきながら考えていきたい。 日道徳授業論の考察と新たな方向 (1)コールハーグによる道徳教育論 前述の道徳授業の問題を克服しようとしたものにアメ リカのコールハーグ理論がある(ll).コールバ-グによ ると,従来の道徳教育は普遍的な価値を教えることを目 標としてきたが,それらの価値についての立ち入った説.
(3) コミュニケーション的行為の理言釦こ基づく道徳授業の創造. 明は,実は相対的なものである。それらの価値は教師の 考えや旧来の文化によって定義され,教師の権威によっ て正当化されていると批判している。わが国においても, モラル・ジレンマ授業として導入され,子どもを主体に した道徳授業として,従来型の授業からの大きな転換を 図ることができた点は筆者たちも評価したい。 コールハーグの道徳性発達理論は, 「発達が教育の目 的である」とするデューイの教育学とピアジェの認知発 達論を受け継いでいる。彼によれば,道徳教育の目的は 道徳性の発達の促進であり,発達とは道徳性の発達段階 の上昇を意味するOコールハーグは,インカルケーショ ンの道徳教育を否定しているのである。価値の明確化の 提唱者と同じく,品性教育が掲げる「正義」 ・ 「誠実」 ・ 「勇気」などの価値は文化や個人によって相対的であ り,それを教え込むことは子どもの権利の侵害であると 考えていたからである。しかし同時に,価値の明確化は 価値相対主義にとどまっていると批判し,モラル・ディ スカッションによる道徳教育を提唱したのである。不均 衡から均衡への過程で同化・調節をしながら認知構造の 質的転換が行われるという認知発達論を拠りどころとし て,子どもにジレンマを提供して不均衡状態を経験させ, 話し合いを通してより高次の均衡状態に高めていく。こ れが,モラル・ディスカッションの第一のねらいである。 ディスカッションでは,主人公のとるべき行為ではなく 理由づけに焦点があてられる。つまり,道徳的ジャスティ フィケーションをめぐって話し合いが行われる。コール ハーグ理論に基づいたモラル・ジレンマ授業は,伝統的 な道徳授業において最大の課題であった価値の注入を避 けるために,授業のねらいをある一定の価値におくので はなく,道徳性の発達段階の高まりにおいたことは新し い道徳授業の創造における重要な視点である。 しかし,晩年コールハーグは,ジャスト・コミュニティ. の考え方へ転換する中で自らの理論を修正し,一皮は否 定したデュルケムの道徳教育論を再評価し,彼の社会化 論を受け入れる。そして,教師は,単なる援助者からも う一歩踏み込んで,社会化を促進する人(socializer) でなくてはならないと考えた。 モラル・ジレンマによる授業も終末がオープンエンド であるために,道徳の問題が個々の判断に委ねられ個人 主義の問題に陥っているといわざるを得ない。しかし, 道徳は個人の問題というより,問主観的な問題である。 子どもたちは社会的葛藤の中で生活し,様々な対象と関 わりながら道徳的な判断をしていかなければならない。 したがって,この社会的側面を無視して道徳を考えるこ とはできないのである。次に従来の道徳授業から脱却し て,道徳授業の新しい側面を打ち出したコールハーグ理 論を基にしなから,晩年彼が再評価したデュルケムの道 徳教育論に着目していきたい。. 51. (2)デュルケムの社会化論的道徳教育論 私たちの生活は多くの社会規範に則って営まれ,それ らの社会規範によって秩序を保ちながら社会が成立して いる。それに対して,カントは人間の内面において意志 を規定する普遍的な道徳法則を主張するあまり,日常の 様々な規則とその規則に共同で従うことの意義を軽視し いたのではないかと考える。この道徳の社会的・実定的 側面に注目し,事実として成立している社会からの道徳 を考え直そうとしたのが, 1 9世紀後半に活躍した社会 学者のデュルケムである。 今日の道徳授業における問題も,心情主義,適応主義 などに代表されるように道徳の個人的(主体的)な側面 にとらわれ過ぎ,社会的な側面としての捉え方が不十分 であったと思われる。デュルケムは道徳の本質は,社会 と個人をっなぐ役割の内にあると考える。したがって, 道徳は人間が作り出したものには違いないとしても,潤 人の内面にのみ包摂されるものではなく,社会の成立の 基盤になくてはならないものとして捉えられるべきなの である。このようなデュルケムの考え方によれば,道徳 はまず個人のものというよりもむしろ社会規範として社 会の成立と維持の基盤にあり,個人はその社会に生まれ 育っ中でその社会固有の社会規範を獲得することによっ て,自己の道徳的在り方を創り出すことができるのであ る。 教育現場においては,校内暴力,いじめ,不登校そし て学級崩壊と子どもたちの織りなす集団の場が正常でな くなりつつある。道徳教育が個々の内面にとどまらず, 学級という場の質を高めるという役割を担っていくこと によって,渡達の主張する「教室という社会」も発達し, ひいては多くの問題を抱える集団の場を正常にしてい く力にもなっていくのである。筆者たちは,この視点に 立った道徳授業こそコールハーグ理論の個人主義の問題 を克服するものと考えている。 (3)ハーバーマスのコミュニケーション的行為論によ る道徳教育 (彰コミュニケーション的行為の理論 ハ-バーマスは,コールハーグの道徳性の発達段階が 個人の内面の枠内で捉えられているという個人主義的な 限界を克服するために,デュルケムの指摘する社会的な 環境やシステムと個々人の道徳性との相互性という観点 を導入することによって,相互行為(社会的行為として の言語的コミュニケーション行為)の発達段階として捉 えていく..-ーバーマスによれば,コミュニケ-ション. 的行為とは「異なった参加者の行為プランを調整するた めに,言語を媒介にし相互主体間で何らかの一致が兄い だせる了解に達する行為」(12)である。人間の行為は 「何を志向するか」によって決まるとし,まず何らかの.
(4) 52. 成果を挙げることを意図する「成果志向型行為」と,言 語を媒介とした二人以上の主体相互の了解を目指す「了 解志向型行為」つまり,コミュニケーション的行為に分 かれるとする。 コミュニケーション的行為の発話者は,客観的世界, 社会的世界,主観的世界の3つの世界に関わり,それぞ. ことではなく,個々人が織りなす社会の原則であること は述べた。 --バーマスはこの社会的な側面と普遍的な 側面を設定しながら,新しい倫理学を打ち立てようとし たのである。討議をすることによって合意を目指し,そ れぞれの主張の妥当性を吟味しながらより合理的な原則 を見出していく。つまり,相互主体的な討議により社会. れにおける妥当性を言明することができる。客観的世界 とは物理的あるいは事象的世界であり,妥当性要求とし て命題の真理性が問題になる世界である。社会的世界と は対人関係の世界で,その関係が規範に規制される世界 であり,妥当性要求としては規範の正当性が問題になる. 規範を築き上げていくというのがディスクルス倫理学の. 世界である。主観的世界は,発話者の体験した世界であ り,他の者には接近できない本人固有の内面的,精神的. 方に基づき,道徳授業をつまらないものにしている教師 主導型の授業や一問-答式の授業から,子どもも教師も. 状況の世界であり,妥当性要求としては体験の真実性あ るいは主観の誠実性が問題になる。発話者は,上記の世 界のいずれかに関係する発言をし,その発言を通して真 理性要求,正当性要求,あるいは誠実性要求を,聞き手 に提示し,聞き手はその妥当性要求に対して,イエスあ るいはノーの態度を明示するのである。つまり,ディス. 共に討論し合える授業づくりを目指したいと考える。ハー. クルス(理想的発話状況での討議)を通して,発話者と 聞き手という相互作用当事者は,ある世界についての一 定の了解に達することができるのである。この了解に基 づいて,自己の行為をお互いに調整して各自の行為を遂 行するのである。討議において歪められていない言語コ ミュニケーションがなされた場合のみ,真の了解に達す ることができ,そのような状況をハーバーマスは「理想. し手は, aとすべての有意な観点において同. 的発話状況」と呼び,コミュニケーション的行為が成立 する基盤として捉えている。道徳教育を渡達のいう子ど もの社会化,つまり「社会的自己形成」という視点で捉 えたとき,了解志向的なコミュニケーション的行為によ る道徳授業への転換が重要とされるのである。. 考え方である。このことは,デュルケムの主張した伝統 的な道徳教育につながるインカルケーションの克服であ り,価値の明確化という主体的側面のみへの偏りを克服 していくものでもあると言える。筆者はこのような考え. バーマスが, R・アレクセイに依拠しながら具体的に挙 げた議論の規範群は次の通りである(13). 【論理的・意味論的レベル】 (1・1)どの話し手も自己矛盾を犯してはならない。 (1・2)ある対象aにある述語Fを適用せんとする話 等な他のいかなる対象にも, Fを適用する用 意がなければならない。 (1・3)さまざまな話し手たちが,同一の表現をさま ざまな意味において用いるということがあっ てはならない。 【相互理解のレベル】 (2・1)すべての話し手は,自ら信ずることをのみ主 張してよい。 (2・2)議論の対象になっていないような言明や規範 を攻撃しようとする者は,そのための根拠を 示さなければならないO 【理想的発話状況】. ②ディスクルス倫理学に基づく道徳授業 有力な現代思想で討論的理性を擁護する立場のものに, ハーバーマスのディスクルス倫理学がある。行為規範を 正当化するとはいかなることか。これを知る者は誰でも, 普遍化原則の妥当性を認めざるを得なくなると-ーバー マスは言う。行為規範が正当であるとは,その規範に則っ た行為が全ての当事者に強制なく受け入れられることで ある。そして,実際にいかなる規範がそのような普遍化 原則を満たすかは,論理的演縛によってではなく実際の 議論(ディスクルス)の実行によって明らかになってく ると言う。 人間が生活を営んでいくことは不可避的に議論を行う ことを含んでおり,この生活世界の議論の存在から出発 して,議論一般の備えるべき規則を解明していくという のがハーバーマスの目論見である.道徳というのは,翠 に個人の内的な在り方あるいは個人の行為の原則という. (3・1)言語-行為能力あるすべての主体は,ディス クルスに参加してよい。 (3 - 2) a誰もが,どんな主張をも問題化してよい。 b誰もが,どんな主張をもディスクルスに 持ち込んでよい。 C誰もが,自分の立場や希望や欲求を表明 してよい。 (3・3)どの話し手も,ディスクルスの内外を支配し ている強制によっては, (3・1)と(3・ 2)で確定された自分の権利を行使するのを 妨げられない。 2 1世紀を目前にし,今日のような価値の多様化の時 代においては,どのように考え行動することが正しいの かを,お互いに意見を交わしながら自分たちで考えてい くという視点が重要になってくるであろう。道徳の授業 も価値の押しっけで終わるのでなく,規範を自分たちの.
(5) コミュニケ-ション的行為の理論に基づく道徳授業の創造. ものにし実際に守っていくことで,子どもたちの社会を. 53. (2)授業におけるコミュニケーション. 発達させ,ひいては一人ひとりの子どもたちを成長させ. 我が国における道徳教育は,インカルケーション的指. ていくことにもつながるのである。ハーバーマスの言葉. 導が中心であり,望ましい価値の内面化を図るという枠. を借りると,これからの道徳授業は,成果志向的授業モ. 組みの中で,心情主義に陥りインドクトリネーションの. デルから了解志向的授業モデルへの転換が必要であると. 危険性にもさらされていたという問題については前述し. いうことが言えるのである。. た。よって,文部省が行った道徳教育推進状況調査(辛 成5年)からも明らかなように, 「道徳の時間」の指導. ‖ディスクルスによる道徳授業の創造 (1)ディスクルスによる道徳授業の視点 上記の考えに基づき,新しい道徳授業を実践化に向け て構想を次に示したい。 【新しい道徳授業の視点】 ①. デ ィス ク ル ス に よ って 相 互 行為 調 整 能 力 (道 徳. がパターン化したりマンネリ化していて,児童・生徒は 勿論,教師にとっても魅力のないつまらない時間となっ てしまっている現状がある。この現状を改善していくた めに道徳の授業のあり方を,教師中心のコミュニケーショ ン授業と子どもたち中心のコミュニケーション授業の観 点から考えてみたい。. 悼 ) を高 め て い く0 ②. 妥 当 性 要 求 に基 づ いた デ ィス ク ル ス を通 して , 了 解 に よ る道 徳 の 形 成 を図 る0. ③. (3)教師中心のコミュニケーション授業 人間形成や教育の場において,コミュニケーションの. 実 践 的 デ ィ ス ク ル ス を通 して, 理 想 的 発 話 状 況. 重要性は言うまでもない。しかし,そのコミュニケーショ. を つ く り出 し, 子 ど も た ち主 体 の場 づ く りを め. ンが不全状態となり,子ども同士,または子どもと教師 の人間関係においても大きな歪みを生じてきていること. ざす0. 「了解による道徳の形成」をめざすために,道徳意識 相互行為の発達を促す実践的ディスクルスを導入した道 徳授業の妥当性を主張する。個人と個人のつながり(問 主観性)により社会規範が築きあげられるとするディス クルス倫理学において,実践的ディスクルスを成立させ るための二つの原則が存在する。 ディスクルスの原則(D) 「各々の妥当性を有する規範が当事者全ての一致を みるのは,当事者すべてがもっぱら実践的ディス クルスに参加できる場合である。」 (14) 普遍化原則(U) 「すべての妥当な規範は,各々の個々人の利害を充 足させるためにその規範に普遍的に従うことから 生じると予期される結果や副次効果が,あらゆる 当事者たちに強制なく受け入れられるという条件 に満足しなければならない。」 (15) 【学級におけるディスクルスの基本的な捉え方】 ・クラスのみんなが話し合いに参加できる。 (みん なが対等な立場となる) ・誰がどんな発言をしてもよい。 (自己の誠実性に. は,今日の教育の諸問題からみても明らかである。例え ば,校内暴力や不登校,いじめ問題などの増加や,昨今 の新たな問題としての学級崩壊もその例と言えるであろ う。われわれは,教育におけるこのような状況を引き起 こした原因の一つとして,学校におけるコミュニケーショ ンの在り方の問題を重要視したいと考える。道徳の授業 においても,低学年から高学年に至るまで,教師中心の コミュニケーションの授業,つまり従来の伝達型授業が 一年を通して行われているという現実があるのである。 (4)子どもたち中心のコミュニケーション授業 教師中心の授業の対話の典型を伝達型授業だとすると, 子どもたち中心の授業の典型がディスクルスによる授業 であると考える。ディスカッションやディベートとの対 比は後で述べるとして,ディスクルスを相互行為の場の コンテクストをなしている規範や共通了解を問い直し, 新たな合意をつくり出す営みとして捉えたい。 二種類の授業におけるコミュニケーション形態の違い を簡単にまとめたのが表1である。この表をもとに,二 つの授業をそれぞれの観点から比較してみたい。両授業. 基づいて判断理由を述べる。戦略的行為は否定さ れる。) ・誰のどんな発言も受け入れられる。 (他者の発言. の違いは,一言で言うと教育の場における教師中心のコ. によって自己の心が動いたならば,それに誠実で なければならない。) ・みんなが了解した規範はみんなで守っていく。 (不都合が生じた場合はもう一度話し合う。). 育と新教育の対比と同様である。しかし,また別の比較. ミュニケーションと,子どもたち中心のコミュニケーショ ンということであるが,これは言い換えると,伝統的教 も考えられる。それは,それぞれのコミュニケーション 形態における真理の位置の違いである。表1で示されて いる項目の⑤⑥⑦の対比がこれに関連する。伝達型の授 業は,真なる物事は教師の中にあらかじめ存在し,教師 の語りを通して子どもの中に伝達される。つまり,永遠.
(6) 54. 授業の大きな特徴である。 ディスカッションにおいては,まず最初に「自己と他 者の考えの相互批判・吟味(ディスカッション1)」を. の既存の真理を伝えるのが教育となる。 ディスクルスによる授業では,そのような既存の真理 は前提とされない。完成された真理は教師においても存. 行い,その後「自己と他者の考えの相互の練り合わせ (ディスカッション2)を行う(16)教師は,子どもたち の意見表明や意見交流を促し,意見の練り合わせができ るように発問の工夫をしなければならない。ディスカッ. 在しない。ディスクルスに参加するメンバーは,自分の パースペクティブからする真理像を,超越的な尺度によっ て正誤を問われることなく発言することができるのであ る。しかし,それは個人と個人とのつながり(間主観性). ションの目的は,学級内で合意を形成することではなく, 子どもたち相互の判断・理由づけに触れさせることによ り,個々の道徳性の発達段階を上昇させることにある。 よって,子どもたちを主体にした話し合いは可能である. により社会規範が築き上げられるというディスクルス倫 理学の,普遍化原則(U)に基づかなくてはならない。 IV討論型授業の概観と問題点 (1)モラル・ディスカッションによる授業. が,教師の積極的なかかわりも必要とされ.,教師の戦略 的行為の介入の危険性が考えられる。抑圧のない討論の. モラルジレンマ授業は,子どもたちの道徳性の発達を. 場を保証していくという発想は当初からあったが,教育 の場の構造を子どもたちとの共同決定に委ねるという自 治教育の性格が出てきたのは,コールハーグ晩年の方向 転換があってからのことである。. 促すことをねらいとし,道徳的な価値葛藤の資料を用い てディスカッションを行い,最終的な解決策を示さずに オープンエンドで終わるOディスカッションを通して判 断・理由づけの吟味を行うという点は,モラルジレンマ 表1 伝 達 型 授 業 (教 師 中心 ). 授業比較 デ ィ ス クル スに よ る 授 業 (子 と も た ち 中 心 ). ①. 主 に教 師 が 語 る0. 主 に子 ど もた ち が語 る。. ②. 教 師か ら子 ど もへ、 子 ど もか ら教 師 へ 、 子 ど もか ら子 ど もへ な ど の多 様 な コ ミュニ ケ - シ ヨン0. ゥ. 教 師 か ら子 ど もへ の コ ミュ ニ ケI シ ヨ ン0 諮 問 - 応 答 - 評 価 の パ ター ンが 中 心 0. 多 様 な 語 りや問 いが 中 心0. ④. 子 ど も は応 え 方 の知 識 を 示 す 0. 子 ど も は課 題 (問 題 ) につ い て の 知識 を示 す0. ョ. 正 誤 は前 も って 決 ま って い る0 正 誤 は教 師 に は分 か って い る0. 正 誤 はデ ィス ク ル ス の過 程 で 決 ま った り、 決 ま らな か っ た りす る0 正 誤 は教 師 に も分 か らな い こ とが 多 い○. ⑥. 全 員 一 致 す べ き正 答 が あ る0. 多 様 な 答 え . 考 え方 が あ る0. ⑦. 教 師 に よ る正 . 誤 の評 価 が な さ れ る 0. 教 師 と子 ど もた ち に よ る合 意 . 不 合 意 が な さ れ る0. 表2討論型授業の比較 デ ィベ ー ト 最後 に勝敗判定 がな され る0 内容 に関 して オープ ンエン ド. モ ラル . デ ィスカッシ ョン. デ ィスクルス. オープ ンエ ン ド 個 々の判断 に委 ねる0. クロ∼ズエ ン ド 合意形 成を して い く0. 自分 の考 え とは別 に、 肯 定 . 香 定 が強制 的 に決 め られ る0. 自己の本 当の意見 を表明す る0. 自己の真理性要 求、 正 当性 要求 、 誠 実 性要 求 を提示 で きる○. 途 中で 自分 の立場 を変 え る こ と はで きない0. さまざまな立 場 に役割取 得 して 考 え ることが可能0. 発言 (立論、尋 問、 反駁 等 )の時 問 が厳密 に決 め られて いる0. 自由 に発言 で きる0. 視 座転換 を 自由 に行 う0 デ ィス クル ス を通 して、各人 の立場 や認識 が 定 ま っ て くる0 理想 的発話状況 を 目指 す0 みんなが 自由 に発言 で きる0. 信念 よ りも、 論理 性 、 説 得性 が 求 め られ る0. 相互理 解 によ り、個 々 の道 徳性 を高 めて い くことが求め られ るO. 自分が納得 で きる考 え に向か って 、 視 座転換 して い く しなや か さ、 誠実 さが 求 め られ る0.
(7) コミュニケーション的行為の理論に基づく道徳授業の創造. (2)ディベートによる道徳授業. 55. まうと,なかなか聞き手との対話的な関係には立てない。. ディベートは,ある一定のルールに基づいて行う討論 ゲームである(17).ディスクルスにおいては,戦略的行. 教師の姿勢 (1)教える人,教えられる大問う立場,問われる立. 為が否定されるのに対して,ディベートでは,自他の発 言は自分の立場が勝つための道具であり,手段とみなさ. 場を固定化しないこと。 (2)教師は知識の伝達者ではなく, 「共同の問題探求. れる。ハーバーマスの言うディスクルスにおいては,自 己と他者への誠実性が要請され,自己の発言は他者を言. 者」となること。 (3)子どもたちの自ら学ぶ力を信じ,子どもと共に学. い負かしたり,説得するための道具ではない。そして,. ぶ姿勢を大切にすること。. 他者の誠実性に基づいた発言に自分の心が動いたならば,. (4)学びの場では,子どもたちを対等なパートナーと. それに対しても誠実でなければならないという点に大き な違いが見られる。それぞれの討論型授業の比較をまと. メタコミュニケーション能力. してみること。 「どの よ うに した らお 互 い の意 見 を 融 合 さ せ て, 新. めたのが,表2である。. しい解 決 策 を生 み 出せ るか○」 と い う立 場 に立 つ こと0. ∨ディスクルスによる道徳授業づくり (1)ディスクルスの成立 ディスクルスによる道徳の学習を可能にするためには, 次の条件が考えられる。. ン)を先行させることが大切である。また,私はあなた の考えから学んで,自分の考えをいっでも変容させる用. 【学級におけるディスクルス成立の条件】 1 . 二 人 以 上 の 参 加 者 が い る0 ( 問 題 ) を 考 え て い るO. 3 . 子 ど もた ち の 中 に, 課 題. (問 題 ) に 対 す る コ ン. プ リ ク 卜状 態 が 生 じ て い る 0 (問 題 ). 意がありますよというディベートにはなかった態度で, 人の話を聞くということが重要となる。. 2 . 子 ど もた ち が 同 一 の課 題. 4 . 子 ど もた ち が 課 題. 問題の解決そのものを話し合う前に,そのような立場 に立つことに合意する話し合い(メタコミュニケーショ. に対 す る 自己 の考 え. (判 断 . 根 拠 ) を も っ て い る 0. ②コミュニケーション能力指導の3段階 第 1 過 堤. 5 . 子 ど も た ち の 考 え が 二 つ 以 上 に 分 裂 して い る0. 【道徳授業におけるディスクルス成立の条件】 1.学級の中に話しやすい雰囲気の基盤がある。 ・一人ひとりが尊重され,どんな意見も大切にさ れる。 ・みんなで何かをやっていこうという雰囲気が ある。 2.全教育活動においてコミュニケーション能力の 育成を図る。 ・教師の姿勢の転換を図る。 ・聞く力・話す力を発達段階に応じて育てる。 3.資料を工夫する。 ・子どもたちを,自然な形でディスクルスへ導く 資料の作成・選出をする。 ・子どもたちの道徳意識を,コンフリクト状態に させる資料であること。 (2)ディスクルスにおけるコミュニケーション能力の 育成 (丑コミュニケーション能力を育てる条件. 第 2 過 程. 第 3 過 堤. 相手 を理解す るための受容 的な対話。 話 の中心 点の把握, 論 点 を整理 して 聞 く, 不 明 な点 . 疑 問点を確か め る, 共 感 を表 明 して相 手 が言 いた いことを受 け止 め る0 相手 の話を 自分 の経験 や考 え と照 合 して 聞 くこ とに よって, 自他 の相 違 を明 らか に し, 互 いに 意見 を述 べ合 う○ 根拠 を示 して主張す る, 簡単 に納 得 して しまわ ない, 対 立を恐れず, 論点 を明確 にす る0 譲 るべ きは譲 り, 主張 すべ き は主 張 して, 自分 の意見 と相手 の意 見の重 な る部分 (合 意) を大 切 に してい く0 相手 か ら学 ぶ気持 ちで 聞 く態度 と, 積極 的 に提 案 してい く姿 勢が大切0. ③自己を変容させる聞き方(合意形成に向けて) 自己変容とは,対話の中で自分の考えが深まるか,何 らかに変化をとげること。また,今まで気づかなかった 観点を得ること。つまり,百パーセント自分の考えでも なく,百パーセント相手の考えでもない第三の発見をす ることと考える。合意形成に向けて大切なことは,自己 変容させる聞き方ができるかどうかである。そのための 聞き方のポイントとして,以下の3点をあげたい。. 通行の授業ではコミュニケーション能力は育たない。く. ・自己と他者の意見の,一致点と相違点を明らかに して聞く。 (賛成,反対の意思表示。) ・他者の意図(真意)を聞き,お互いの意図を合意. 教える人一教えられる人)の枠組みに一度身を置いてし. (意見の一致ではない)させる道はないか探りな. 教師と子どもの関係-対話は,二人の間に対等な関係 が築かれていてはじめて成立するもの。教師主導の一方.
(8) 56. て研究を進めた。. がら聞く。 ・合意を得るには,自己考えを他者の中に生かすと いうことを,お互いに考えながら聞くことが大切。. vl道徳授業実践 (1)ディスクルスによる道徳授業の視点 今までの道徳授業は,教師主導型であり教師から子ど もへという一方通行のコミュニケーションであったこと. は述べた。それは,ある価値を設定し,その価値の伝達 を目標とした道徳授業にとっては,有効な手段であると 思われる。しかし,これは-ーバーマスのいう戦略的行 為モデルそのものであり,行為自身の成果をいかに達成 するか,自分のねらっている行為成果をいかに他者に対 して達成させるかという点で自己中心的な行為とも言え るのである。 これに対してコミュニケーション的行為は,了解をEl 指して行われる行為である。子どもたちは同じ条件の下 で,妥当要求の吟味を行うことができる。様々な他者と の意見交流を通して,みんなが納得できる規範をっくっ ていくのである。すなわち,従来の道徳授業のように資 料中の人物の心情を問うことよって,ねらいとする価値 を子どもたちの中へ内面化させるのではなく,人物の取 り得る行為について,子どもたち相互の討議を行うこと によって,その行為を規定している規範に目を向けさせ るのである。つまり,それぞれの子どもたちの立場から, 個々に考える規範の妥当性を表目し,みんなで吟味して いく(相互行為調整)ことによって,社会化された規範 をつくり上げていくということがねらいとなる。個々人 の規範を,学級の規範につくり変えるという行為が,学 級内の人間関係を修正し,よりよい集団としての場の発 展や,ひいては個々人の成長へとつながっていくものと 考える。. (3)学習の展開例(資料①参照) (4)ディスクルスのルールづくり 子どもたち主体のディスクルスにするために,目標の 設定や具体的なルールづくりは,子どもたちの人間関係 づくりにおけるシェアリングや学習の振り返り(毎回の 授業後に実施)をもとにして行った。個々の子どもたち の中から出てきた課題を,みんなに提示し,解決策を話 し合うことによってみんなのルールとして定着させ,理 想的発話状況に向けての実践化を図ってい,つた。 ①目標づくり(道徳アンケートの実施から) [道徳でどんな学習かしたいか。] . お も し ろ い道 徳 , 楽 しい 道 徳 0 . よ く発 表 が で き る学 習 0 . 話 し合 い が で き て, 何 で も発 表 で きる学 習 0. 授業実践に入る前に,道徳アンケートを実施し,子ど もたちの道徳学習に対する意識を把握した。どんな道徳 の学習がしたいかという問いに対して多かったのが上記 の内容である。そこから「みんなで話し合える楽しい道 徳学習にしていこう」という目標を,子どもたちの合意 のもとに立てることができた。 ②ディスクルスに向けてのウォーミングアップ (「無人島SOS」グループ・エンカウンターから). [問題点] ①自分勝手ばかり 言う人がいた。 ②ふざけている人 がいて悲しい。 ③みんなの意見が まとまらない。. [話し合いのルール] ・ふざけない。 ・考えの理由を言う。 ・納得できなかった ら、質問する。 ・納得したら、考え を変えてもよい。. 放課後の時間を使って, 「無人島SOS」 ・ 「メッセー (2)授業実践内容 ジ」・「ブレーンストーミング」などのグループ・エンカ 表3の計画のもとに, 6年生1クラス(男子17人・ウンクーを使って,ディスクルスに向けてのウォーミン 女子1 3人)に5月から6月の2ケ月間入り,道徳授業グアップを図ると共に,学級の中に話しやすい雰囲気を の実践と子どもたち主体のディスクルスの形成を目指しつくることを大切にした。 衰3授業計画と内容 N0. ョ. 月日 5/ 1 3. 主 題 名 自然と共に. ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨. 5/ 5/ 6/ 6/ 6/ 6/ 6/ 6/. どちらが大事か. 17 20 3 8 17 22 25 29. 「 い じめ」 をな くすために クラスの一 員 と して 学校 を よ くす る ために. 資 料 名 . 出典 「イルカ退治事件」 天声人語 9 (朝 日文庫) 改作 「 村長の決断」 モラルジレンマ資料 「 わた しのいもうと」 絵本 松谷みよ子作 借成社 「どうすればいいの」 東京書籍 6 年 「 だれが拾 うの」 かがやけみらい6 年. 時 第 1時 第 1時 第2 時 第1 時 第2 時 第1 時 第2 時 第1 時 第2 時. 内 容 資料の把握 .判断 . 根拠づけ 二つの班 ( 1 0 人) での討議 資料の把起 . 第 1 回判断 . 根拠づけ 班 ( 5 人) 討議 . クラス討議 (教師中心) 資料の把握 . 第 1 回判断 . 根拠づけ クラス討議 (子どもたちと教師中心) 資料の把握 . 第 1 回判断 . 根拠づけ クラス討議 (子どもたちと教師中心) 資料の把握 . 第 1 回判断 . 根拠づけ クラス討議 (子どもたち中心).
(9) コミュニケーション的行為の理論に基づく道徳授業の創造. 指導展開例. ディスクルス(子どもたち主体の場)による道徳授業の創造 H県0市立I小学校6年3組(30人) 学校をよくするために(4-(l)役割・責任・ 4-(6)愛校心) だれが拾うの(6年「かがやけみらい」一部改作) ・ディスクルスを通して相互行為を調整し、相互行為の発達段階の慣習的段階(第4段階)を[封旨して、 子どもたちの道徳性(相互行為調整能力)を高める。 ・規範(4-(l)役割・責任、 4-(6)愛校心)を、共有化(規範的一致)することができるようにする。. 実施校学年 主題名 ^^^^C 3^^^E5. ねらい. 授業展開例(第2時分) (第1時の展開例は省略) 過程. 学習 活動 1 . 前時 の学習 を想起 す る0. 導入 5分. 2 . 話 し合 いの ルール を確認 す る0. . 話 し合 いのルールについて確認す るO . 指名 の約束 につ いて確認す る。. (2) それ ぞれの妥 当 性 を話 し合 う0 . 納 得で きない (反 対 ) 意 見 か ら話 し 合 う0 . 出た意 見 に対 して 賛成 か反対 の意思 表示 をす る0 . 納得 した ら、意見 を変 え る0 (相互 行為調整). 「 拾 う」 (植山君 の意見) . 話 し合 って もだめだか ら 仕方が ない . 誰かが しないと学校 は良 くな らな いままだ○ . 6 年生がすれば下級 生 も まねをす る0 . だんだん に全校に広 ま つ てい く0. 「 拾 わない」 (木島 さん の意 見) . みんなが あまえて しまう0 . 自分 でかたづけなくなる0 . いつまでた って も良 くは な らない0 . 本 当にいい学校 にはな ら ない0 . うわベ だけ よ くな つて も 仕方が ない〇. 本 当にいい学校 にす るにはどうすべ きだろ う。 4 . 論点 を しぼ つて話 し合 う0 5 . 最終 の判断 . 根 拠 づ けを道徳学習 ノI. l oヵ. ○ 「みんなはど う判断すべ きで しょ うか0 」 とい う課 題 で話 し合 います0 みんなで話 し合 って、 6 年 3 組 の考 えをつ くりま しよう0 (児童) ○ 最初 は、納得で きない意見か ら発表 して くだ さい0 (児童). 〇 二人の考え の同 じところ は何 か考 えてみ よ う0 . 学校 を良 くしたい○. (3 ). 終末. - ボールを拾 うか、拾 わないか0 -. . 二人 の考 えのそれぞれの根拠 につ いて確認 す る0. 展開. 10 分. ○ 対立 している意見は何 で したか0. . 意見 の対 立点 の確認 . それ ぞれの考え の根 拠 を 明 らか にす る0. 3 . 道徳判 断カ ー ドを もとに話 し合 う0 (1 ) 課題 の碓認 ( リー ダーによる). 展開 (2 ) 2 0分. 主 な発問.指示 と予 想 され る児童 の反応. . ポール拾 い もしなが ら、みん なに も呼 びか けてい く0 . 話 し合 いは続 けて い く。 〇 一 番納 得 した考 えをまとめよ う0 . みん なが納得 した考 えを まとめ る○. トに書 く0. 指導上 の留意点 . 本 時のデ ィス クル スに 際 して、対立意 見 の確 認 と、 それぞれの主張 する根拠 を明確に し導 人 とす る0 . みんなで決 めたデ ィス クルスのルールを確認 し、意欲づ けをす る0 . 話 し合 いの リI ダI を 中心 に して、子 ど もた ち主体 の自由な雰 囲気 を大切 にす る0 . 納得 ので きない意 見 か ら話 し合 い、 それぞ れ の意見 に対 し賛成 か反 対 の意思表示 をさせ な が ら、了解 をめざす0 . 子 ど もたちの指名権 を 尊重す ることによ り理 想 的発話状況を確保 す る0 ただ し、指名 の約 束 を守 るようにさせる0 . 論点 を しぼることによっ て、合 意点 を見出 させ る0 . みんなが納得 す る行 為 の調整 を行 い、 了解 を 目指す0. . み んなが合意 した考 え をま とめ、共有 化 を図 る。. ○ 学習 しての考 えを道徳 ノI トに書 く。. . 子 ど もたちの規 範意 識 の変容 を自覚 化 させ、 実践へ の意欲化を図 る0.
(10) 58. ③道徳授業の振り返りから (ア) 「イルカ退治事件」の授業から [学習の振り返り]. [リーダーの役目]. [ルールづくり]. ふざけないで真剣に話し合う。 (誠実性が大切) 納得したら意見を変えてよい。 (戦略的行為は省く) 話がそれないようにする。 (話を進めるリーダーpi必要). 人数が多くて話せなかった。 何か違う話になっていった。 意見がばらばらでまとまらない。 言い合いになった。 話がどんどんそれていった。 誰かが仕切らないといけない。. . 公 平 に進 め る0 . み ん な に発 言 して も ら う0 . 話 が そ れ な い よ うに す る0 . み ん な の話 を ま と め る○ ( ク ラ スで 納 得 した 考 え へ ). (イ) 「どうすればいいの」の授業から [学習の振り返り]. [指名のルール]. 判断カードの記入ができていなかっ たので、言えなかった。 声の小さい人がいて分からなかった。 ISL告い 男子同士の指名があった。 (子どもたちによる) 話し合いの時間が過ぎてしまった。 話し合いが途切れてしまった。. . 男 女 交 互 に 当 て る0 . ま だ言 って な い人 を 当 て る0. [話し合いのルール] . み ん な に よ く分 か る よ う に 話 す 0 . 発 表 が途 切 れ な い よ う にす る0 . み ん な が発 言 す る0. VII授業結果と分析 (1)子どもたち主体のディスクルスに高められたか。 ディスクルスのルールづくりを自分たちの力でしたこ. たかった。」と答えているものが多かった。ディスクル スの場を提供することによって,子どもたちの主体性は. とが,子どもたちにとって大きな意義をもっていたと考. 促され,学習に対する意欲や充実感も生じてくるという. えられる。自分たちが納得して決めたことだから,みん なで気をっけて守っていこうという意見も子どもたちか. ことが実感できた。 発言が苦手なために道徳もあまり好きではなかった女. ら聞くことができた。また,発言の指名権を教師だけで. 子も,最初の道徳の授業で3 8パーセントだった発言率. なく,子どもたちにも与えたことによって,自分たちの 力で学習を進めようという意欲や,発言のしやすい雰囲. が84パーセントにまで高まっている。 (表4)そして,. 気を生み出すことができたと考えられる。. の考えを発言できるという割合(女子)は, 53パーセ. 表4からも明らかなように,発言できなかった人数は 学習が進むにしたがって減少している。 「だれが拾うの」 の第1時は, 1 4人と発言できなかった人数が増えてい. 実践に入る前と後に行ったアンケートにおいても,自分 ントから92パーセントへと高まっており,道徳が楽し いと女子全員が答えるほどに変容しているのである。 また,学習の振り返りの中から学級の問題点を話し合. るが,これは班での話し合いを多く取っているためであ. い解決策をつくることによって,ディスクルスの内容も. ると考えられる。全体での発言の機会は少なく,子ども. 教師の支援が少なくなり,自分たちの力でやろうとする. たちの感想の中にも「発言する時がなかった。」 「発言し. 姿勢が強くなった。. 表4学習の振り返り 資. 料. 名. 時. 発言で きた. 発言で きなか った. よく聞 けた. 聞 けなか った. 「 村 長の決断」. 第2時. 1 5人. 1 5 人 (男 7 人 . 女 8 人). 2 8 人. 2人. 「わ た しのい もうと」. 第 1時. 2 4人. 6 人 (男 3 人 . 女 3 人). 2 9 人. 1人. 第2時. 2 5人. 5 人 (男 2 人 . 女 3 人). 2 7人. 3人. 「どうすれば いいの」. 第2時. 2 3人. 7 人 (男 3 人 . 女 4 人). 2 7人. 3 人. 「だれが拾 うの」. 第 1時. 1 6人. 1 4 人 (男 9 人 . 女 5 人). 2 8 人. 2人. 2B 2 H#. 2 7人. 2 人 (男 0 人 . 女 2 人). 2 9人. 1人.
(11) コミュニケーション的行為の理論に基づく道徳授業の創造. (2)合意(了解)をめざすことができたか。 従来の道徳授業は,モノローグの段階である子ども同 士の「相互理解」に終わっていた。今回の授業では,子 どもたちによるそれぞれの妥当要求を調整し,合意点を 見出すことによって,ディアローダのレベルである「相 互行為」への移行が可能となった。表5からも明らかな ように,ディスクルス中心の授業(③⑤⑦⑨)では,千 どもたちの発言は活発化し,反論回数や質問も増加する ことが分かる。教師主体の授業(④⑥⑧)からは,反論 ・質問はほとんど生じていない。 合意点の数の多少は,ディスクルスのレベルの高さを 表すのではなく,資料の葛藤状況によるものと考えられ る。「わたしのいもうと」 ・ 「どうすればいいの」の資 料の葛藤は,正誤が明らかであり,ディスクルスによっ て,誤った行為は正されていったと考えられる。しかし, 資料「村長の決断」や「だれが拾うの」の授業では,ど ちらの行為も正しさの主張があり,かなり難しい判断を 迫られる。よって,なかなか合意を得ることは困難になっ てくるのである。子どもたちのディスクルスは.かなり のレベルの力を要するため教師の支援が必要な場合も生 じてくる。しかし,この教師の支援は,戦略的な行為に ならないことが重要である。あくまで,子どもたちの考 えに沿った支援(教師の誠実性に基づく)が望まれる。 今回の実践を通して,合意することがいかに難しいか. 59. ということを実感した。授業をするまでは,学級の力関 係で安易に合意してしまうのではないかという心配すら していたが,ディスクルスにおいては,自己の誠実性に おいて主張しているので,本当に納得しないと考えを変 えるということはなかった。教師主導型の授業に見られ る相手の意図する考えに沿った意見を述べるという行為 は見あたらない。本音と本音のぶつかり合いがあるから こそ,子どもたちは真剣に授業に取り組み,今度は自分 も発言しようという気持ちがわくのである。 (3)相互行為調整能力は高められたか。 -ーバーマスによる相互行為の発達段階に基づく道徳 性発達段階をもとに,子どもたちの根拠づけの段階をデ ィスクルス前と後において判定し,どのような変容がみ られるか分析したのが表6である。 学級の3分の1から3分の2の子どもが,社会的パー スペクティヴの段階を上げているのが分かる。段階がそ のままの子どもたちも,ディスクルス後においては,様々 な考えを取り入れ自己の考えを形成していることが道徳 ノートから分かるOディスクルスの成立が容易になって きた最後の授業(「だれが拾うの」)では,判断の様子に も大きな変化が生じている。これは,子どもたちを主体 にしたディスクルスの場によって,子どもたちの中に積 極的な相互行為調整が行われた結果であると考えられる。. 表5授業での発言結果 資 料 名. Na. 「イル カ退治事件 」. ①. 教師 の発言 児童 の発言 -. A 班 5 3. 発言 な し 1 6. B班 4 5 「 村長 の決断」. ② ③. I 2 0. 「 わ た しの い もうと」 ④ ョ. 反論回数. 質問. 聞 き返 し. 棚 匝骨の合を. A 班 6. 0. 0. 0. B 班 1 5. 3. 0. 0. l l. 1. 3. 3. 3 9. 1 5. 1 4. 4 3. 6. 0. 0. 0. 0. 7. 9 2. 5. 2 5. 3. 5. 5. 「ど うすれば いいの」 ⑥. 5. 2 0. 0. 0. 0. 1 6. 6 3. 7. l. ゥ. 9. 3. 4. 4. ゥ. 2 1. 2 8. 1 4. 0. 0. 0. 0. ョ. 1 0. 7 4. 3. 1 6. 5. 2. 2. 「だれ が拾 うの」. (②④⑥⑧は教師中心の授業、 ①⑧は班での討議中心の授業、 ③⑤⑦⑨はディスクルス中心の授業). 表6道徳判断の根拠づけにみる社会的視点の変容 資 料 名 「イル カ退治事 件」. 判. 断. 始. め. 終わり. }. →一.l.→ト. \. ▲. ワ. 殺 すのは仕方 ない 殺 すべ きでな い. 1 3人 1 7人. l o大 2 0人. 1 7人. 1 7人. 1人. 1人. 見逃 す 見逃 さない. 2 1人 8人. 2 0人 9人. 1 7人. l o大. 0人. 1人. 「どうすれ ばいいの」 昌 つ 言 わない. 2 6人 2人. 2 9人 0人. 1 4人. 1 1人. 1人. 3人. 「だれが拾 うゐ」. 9人 2 1人. 2 3人 7人. 2 0人. 1 0人. 0人. 0人. 「 村 長の決断」. 拾う 拾 わない.
(12) 60. おわリに 道徳授業の実践に入る前のアンケートでは,道徳が好 きという児童は学級の約半数程度であった。ディスクル スによる道徳授業後は,ほぼ全員の児童(1名はどちら でもない)が,道徳が楽しかったと答えている。その理 由として, 「思う存分話し合えたから」, 「リーダーを中 心に自分たちで話し合いができたから」, 「みんながまと まったから」, 「自分の考えを言うと楽しいから」など, 話し合うことの楽しさや意義を述べている感想が多かっ た。また, 「みんながそれぞれいろんな意見を出して, 話し合いでまとまった意見は大きくたくましくなった」, 「このクラスの道徳が成長してよかった」というように 学級の視点にたって考えている意見も見られた。 たった一入になっても,納得がいかないと考えを変え なかったH児や, 「いじめ」に対しては暴力でもってで も戦っていくと主張し続けたS児など,それぞれが自己 の妥当性要求を掲げ真剣に話し合っていた。学級におけ る理想的発話状況は,子どもたち自らがつくり出そうと するものであった。その中には,教師の成果志向的な行 為の入る余地はないのである。教師にとっても,子ども たちの本当の姿をみる貴重な時間であったと言える。 現場での授業実践の最後の授業が終わって,子どもた ちが生き生きとした表情になっていることに驚いた。最 初に担任の教師から,クラスの実態として発表が少なく 反応の乏しいクラスであることを聞いていた。 「能面と 話しているみたいです。」と言われたことが嘘のようで あった。今後さらに,学級におけるディスクルスの力が 高まることによって,子ども同士の関係がより豊かにな り,学級内の道徳性も高まっていくということを確信す ることができた。 今後の研究の方向としては,理論的な部分との繋がり からさらに精緻な授業分析を進め,ディスクルスによる 道徳授業の実践化に向けて取り組みを進めたい。 注. (1)林・押谷編著『道徳教育の基礎と展開』コレール 礼, 1998年, 13頁。 (2)文部省『中等教育資料』 5月号, 1998年参照。. (3)渡遁満「コミュニケーション的行為の理論に よる道徳教育基礎理論の探求(1 )」 『兵庫教育大 学研究紀要』 第14巻1994年参照o (4)宇佐美寛『「道徳」授業に何ができるか』明治図 書, 1 989年及び藤田昌士『道徳教育,その歴 史・現状・課題』エイデル研究所, 1985年参 照。 (5,)中央教育審議会答申『新しい時代を拓く心を育て るために』 1998年参照。 (6)高久清吉『教育実践学』教育出版, 1990年参. 照。 (7)高橋勝『子どもの自己形成空間』川島書店, 1996年参照。 (8)深谷昌志『孤立化する子どもたち』日本放送出版 協会, 1983年, 29頁。 (9)エレン・ケィ,小野寺信・小野寺百合子訳『児童 の世紀』冨山房, 1 979年参照。 (10)渡遁満「コミュニケーション的行為理論によ る道徳教育の可能性」 『兵庫教育大学研究紀要』 第19巻第1分冊, 1 9 9 9年参照。 (ll)ローレンス・コールハーグ,岩佐信通訳『道徳性 の発達と道徳教育』広地学園出版部, 1 9 8 7年 及び岩佐信道「コールハーグの道徳性発達論と道 徳教育」『道徳教育』(1993年4月号・1994 年9月号)明治図書, 1993-4年参照O (12)ユルゲン・-ーハマス,河上倫逸・M.フープリ ヒト・平井俊彦訳『コミュニケイション的行為の. 理論(上)』未来社, 1985年参照。 (13)ユルゲン・-ーハマス,三島憲一・中野敏男・木 前利秋訳『道徳意識とコミュニケーション行為』. 岩波書店, 1991年, 140-143貢。 (14)同上, 191貢。 (15)同上, 193頁。 (16)荒木紀幸『続道徳教育はこうすればおもしろい』 北大路書房, 1997年, 178頁。 (17)岡本明大『授業ディベート入門』明治図書, 1 9 92年, 17貢。.
(13) コミュニケーション的行為の理論に基づく道徳授業の創造. 61. For a New Type of Moral Teaching Based on the Theory of Communicative Action -Through Creating the Topos by the Children in the ClassroomMichiru WATANABE and Sumiko OSHIMA. About 40 years have passed since the reform of the moral education in 1958. Since then we experienced one of the biggest social changes. Sciences developped, and we got the economical prosperity. But we are confronted by the many educational problems. One of them is the moral education of pupils andstudents in school. In this paper, we want to propose a new type of moral teaching. It is the moral teaching based on the. theory of communicative action by Jtirgen Habermas in Germany. We think that the argument in the classroom makes the development of the morality of children.. We are going to discuss on this idea in the following. Preface I The fundamental problems of the education and moral education in school II Considerations on some types of moral teaching and the possibility of the moral teaching IH The creation of a new type of moral teaching with discourse IV The moral teaching with discussion and its problems V Creating a new type of moral teaching with discourse VI Practice of the new type of moral education VII The result and the analysis of the moral teaching Epilogue.
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