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本居宣長『おもひ草』の研究

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中)

    

本居宣長『おもひ草』の研究

  

  

  

    

〈要旨〉 本居宣長は知る人ぞ知る愛煙家である。医者になるための修行で京都に留学した二十代から晩年に至るまで、煙 草を欠かしたことはなかった。学者としての宣長は、煙草を喫むだけでなく、煙草に関する知識を漢籍などから吸収し、 そ れ を 手 控 え と し て 書 き 留 め て い る。 ま た、 二 十 四 歳 の 時、 煙 草 に 対 す る 限 り な い 愛 着 を こ め て『 お も ひ 草 』( 別 名、 尾 花が本)という随筆にしたためた。   本 稿 は『 お も ひ 草 』 に つ い て、 そ の 残 存 伝 本 を 調 査 し、 本 文 批 評・ 本 文 校 訂 を 経 た 上 で、 注 釈 を 付 す こ と を 目 的 と す る。 ま ず、 諸 本 調 査 の 結 果、 原 則 と し て 写 本 は「 尾 花 が 本 」、 版 本 は「 お も ひ 草 」 と 称 す る と い う こ と が 判 明 し た。 次 に、版本よりも写本の方が原本の面影を伝えており、皇學館大学附属図書館五葉蔭文庫蔵『尾花が本』を底本とするのが 適切であるという結論を得た。第三として、注釈作業の結果、宣長が純正和文による文章表現の技術を二十代の早い時期 にほぼ完璧に獲得し、その能力を自在に発揮してさまざまな種類の文章を綴っていたことが判明した。風景描写や心情描 写などの際には、古今和歌集や源氏物語といった古典文学作品が典拠とされて、流麗な王朝物語文学の擬古文体で描かれ

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) る一方で、煙草そのものを描写する際には、近世の俗文体を用いて描かれた。とりわけ、この時に用いられた俗文体は、 後に宣長が議論や記事を記す際に用いられたものであり、汎用性の高い俗文体を獲得したことは、宣長が国学者として活 動する上で重要な契機であったと推定される。 〈キーワード〉 本居宣長・ 『おもひ草』 (尾花が本) ・本文研究・本文注釈・皇學館大学附属図書館五葉蔭文庫蔵本      

一、愛煙家としての本居宣長

  国学者本居宣長が愛煙家であったことは知る人ぞ知る事実である。よく引用されるところであるが、門弟で熊本藩士の 長瀬真幸による証言に触れるところから始めよう (注1) 。 或年、長瀬真幸松阪ヲ辞シテ郷里熊本ニ帰ル。一日予ヲ訪ヒ、談遊学中ノコトニ及ブ。曰ク、宣長喫烟ヲ嗜ムコト甚 シク、談笑ノ裡、常ニ烟管ヲ放タズ。タメニ室内濛々トシテ白烟満チ、コトニ粗葉ナレバニヤ、臭気甚シク、座ニ堪 ヘズト。烟草ハモト本邦ノ産ニアラズ。然ルヲ、国学者ニシテコレヲ嗜ムハ、其ノ意ヲ得ザル所ナリ。   弟子と談笑する時にも煙管を手放さず、書斎鈴屋に白煙が充満して大変だったという話である。これは上田一道の手記 より紹介された話であるが、その最後には国学者宣長が舶来のタバコを好むことに言及し、皮肉な視線を送っている。む ろん、この結びは批判といったものではなく、単純に話のオチと考えるのが穏当であろう。ともあれ、愛煙家としての宣

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 長のプロフィールを伝える逸話である。   宣 長 が い つ か ら タ バ コ を 嗜 む よ う に な っ た の か 詳 ら か に し な い が、 『 お も ひ 草 』 を 執 筆 し た 二 十 四 歳 の 頃 に は 愛 煙 家 の 風 格 が あ る と 言 っ て よ い。 『 お も ひ 草 』 で は、 喫 煙 に ま つ わ る さ ま ざ ま な エ ピ ソ ー ド を 紹 介 し て い る が、 そ れ ら は 書 物 か ら の 知 識 や 単 な る ま た 聞 き と し て 片 付 け る に は 生 々 し い リ ア リ テ ィ が あ る。 た と え ば、 外 出 先 で タ バ コ 入 れ を 置 き 忘 れ て、それを童が届けてくれたという話(十)を記しているが、そのようなことは経験談としてしか語り得ないことであろ う 。 奇 妙 な こ と に 、『 お も ひ 草 』 成 立 か ら 三 年 の 後 、 宝 暦 六 年 三 月 二 十 九 日 の 「 在 京 日 記 」 に 次 の よ う な 記 述 が あ る (注2) 。 廿九日、この月は小にて、一日はやく春もくれ侍る。過し比、祇園のあたりにて、たばこ入をおとし侍るが、いづこ にてうしなひしもしらねば、たづぬべきやうもなし。其まゝにて過ぬる、けふふしぎに、孟明のもとより、道にてひ ろひ侍るとてかへしをくられし。これほど世にかはりし事はなし。あまりのふしぎさに、ふと思ひよりて、返事にか きつけてやり侍るは   つれなくて春はくれ行けふしもあれうれしくかへるたばこいれかな   三年前に記した出来事が、まるでデジャヴのように繰り返された。紛失したタバコ入れが思いも掛けず見つかり、宣長 の許に返ってきたのである。孟明とは山田孟明で、在京中に宣長の遊び仲間だった人物である。一緒に行動することが多 かったから、行動パターンがよく似た孟明が拾得したことも理解できなくはないが、宣長が言うように不思議といえば、 こ れ ほ ど 不 思 議 な こ と は な い。 お も わ ず 一 首 詠 ん だ 歌 は、 春 は 暮 れ 行 く の に タ バ コ 入 れ は 返 っ て き た と い う 俳 諧 歌 で あ る。 日 記 の は じ め に 記 し て い る よ う に、 こ の 日 は 暦 の 上 で 一 日 早 い 春 の 終 日 で あ っ た と い う。 よ く で き た 話 で あ る。 な お、頭脳明晰にして、古典文学の読解については周到に準備と整理が行き届いた宣長であるが、日常生活においては案外 このような迂闊なところが少なくなかったのかもしれない。門弟に慕われた宣長の面目はこのようなところからうかがう

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) こともできるのである。   宣長は四十三歳の年、明和九年(一七七二)晩春に仲間とともに吉野方面に旅に出掛けた。古事記研究のための実地踏 査(フィールドワーク)という意味合いもあったと言われるが、自らの出生の秘密に関わる水分神社への参詣のための旅 でもあった。父母が水分神社に願を立てて宣長が誕生したという逸話がある。その旅の途上、吉水院に立ち寄って一服す るのである( 『菅笠日記』三月八日条) 。 此寺の内に、さゞやかなる屋の、まへうちはれて、見わたしのけしきいとよきがあるに、たち入て、 煙ふきつゝ 0 0 0 0 0 見い だせば、 子 コ 守 モリ の御社の山、むかひに高く見やられて、其山にも、かたへの谷 な ン どにも、ひまなく見ゆる桜共の、今は 青葉がちなるぞ、かへす〴〵くちをしき。   吉 水 院 は 後 醍 醐 帝 が し ば ら く い ら し た と こ ろ で あ り、 そ こ か ら 自 ら の 誕 生 を 招 来 し た 水 分 神 社 を 眺 め や る 場 面 で、 「 煙 ふきつゝ」見渡したというのである。現代の感覚で過去を裁断する過誤を犯してはならないが、あまりにも牧歌的な風景 というほかはない。それほどまでにタバコは宣長にとって日常生活の一部だったのであり、肌身離さず連れ歩く相棒だっ たのであろう。   もちろん、宣長は生粋の学者なので、タバコを学問的に追究することに余念がない。とりわけ、自分の嗜好する物につ いては、旺盛な好奇心と探究心が遺憾なく発揮された。京都遊学中(宝暦六年冬)に書き始められたとされる『本居宣長 随筆』第五巻には、 「烟艸   タバコ」と題して、次のような抜き書きが書き留められている。 ○本艸洞詮曰、烟草一名相思草、言人食之則時々思想不能離也ト云ヘリ。四五十年先ニ朝鮮人ノ撰スル芝峯類記ト云 モノニ曰、淡婆姑、草名、亦号南霊草、近歳始出倭国云々、或伝、南蛮国有女人淡婆姑者、患痰疾、積年服此中、得 瘳、 故 名 ト。 此 書 朝 鮮 ニ テ 何 人 ノ 作 ト 云 事 ヲ シ ラ ズ 。 又 清 人 陳 淏 子 ガ 花 鏡 一 套 東 来 シ 、 金 絲 烟 、 擔 不 帰 等 ノ 名 サ マ

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) ヨリ出ルニヤ。又偶符合スルカ。李ガ詩ハ本ヨリ烟ト草トノ事也。 〴〵アリ。擔不帰モタバコノ唐音トミヘタリ。李白ガ詩ニ、相思如烟草、歴乱無冬春トイヘリ。相思草ト名ルハコレ 【摘文】   タバコの名義に関する蘊蓄を漢籍から引用することにより得ているわけである。言及される漢籍は四点、 「本草洞詮」 ・ 「芝峯類記」 ・「花鏡」 ・「李白詩(送韓準、裴政、孔巣父還山) 」である。まず、 「本草洞詮」は、清の沈穆による著作で、 順 治 辛 丑( 一 六 四 九 ) の 自 序 が あ る。 当 該 箇 所 は 巻 九 に あ る。 次 に、 「 芝 峯 類 記 」 は、 一 般 に は「 芝 峯 類 説 」 と 称 さ れ る 百 科 事 典 で あ る。 著 者 の 李 晬 光( 一 五 六 三 ~ 一 六 二 八 ) は 李 氏 朝 鮮 中 期 の 文 臣、 実 学 者 で あ る。 当 該 箇 所 は 巻 十 九 に あ る。 な お、 後 述 す る 典 拠 で は「 芝 峯 類 説 」 と な っ て い る。 第 三 に、 「 花 鏡 」 は「 秘 伝 花 鏡 」 六 巻 の こ と で、 和 刻 本 も 製 作 された。最後の「李白詩(送韓準、裴政、孔巣父還山) 」は、 『全唐詩』巻一七五―一二に収録される五言古詩の一部で、 二 十 四 句 か ら な る 古 詩 の 末 尾 の 一 対 で あ る。 「 如 」 を「 若 」 に 作 る 本 文 も あ る が、 意 味 に 違 い は な い。 煙 草 を「 相 思 草 」 (おもひ草)と称するのは、この詩句を典拠とするとしている。   このように煙草に関する蘊蓄を引用している。ただし、これらの文章は原典から直接引用されたものではない。宣長自 身 が 記 し て い る よ う に、 こ れ は 伊 藤 東 涯『 秉 燭 譚 』 巻 四 よ り 摘 記 さ れ た も の で あ る (注3) 。『 秉 燭 譚 』 は 享 保 十 四 年( 一 七 二九)序であるが、奥付は「宝暦癸未七月新刻   京兆   文泉堂発行」となっており、宝暦十三年(一七六三)の刊行であ る こ と が わ か る。 宣 長 が こ の 知 識 を 得 た の が 写 本 に よ る も の か、 そ れ と も 版 本 に よ る も の か で 時 期 が 相 違 す る。 『 本 居 宣 長 随 筆 』 第 五 巻「 群 書 摘 抄 」 に お い て、 『 秉 燭 譚 』 の 直 前 の 書 物 が『 武 経 七 書 』 で あ り、 こ の 書 は 宝 暦 六 年 十 一 月 頃 に 摘 記 さ れ た こ と が わ か っ て い る (注4) 。『 武 経 七 書 』 を 摘 記 し た 直 後 に 写 本『 秉 燭 譚 』 を 入 手 し て 記 し た と す る の が 順 当 で あ ろ う。 『 秉 燭 譚 』 の 後 に は 物 茂 卿『 徂 徠 集 』 や 太 宰 春 台『 独 語 』 か ら 写 し て い る こ と も、 そ の こ と を 裏 付 け る。 漢 学 者 の 随 筆 集 を 集 中 的 に 読 ん だ の は 京 に 滞 在 中 の こ と と 推 定 さ れ る か ら で あ る。 し た が っ て、 宣 長 は 京 都 留 学 中 に 写 本『 秉 燭

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 譚』を入手し、烟草に関する項目を摘記したと考えることができる。   以上のように、宣長は『おもひ草』を執筆してからも、煙草に関する知見をコンスタントに得ていたことがわかる。      

二、

『おもひ草』の成立と諸本

  宣長が『おもひ草』を執筆したのは、写本の奥書に従えば、宝暦三年(一七五三)八月であることがわかる。当年二十 四歳の宣長は、京都留学二年目の秋を迎えていた。九月には名を「健蔵」と改める。漢学の師堀景山に入門して一年半、 いまだ医学修行にまでは至っていない時期である。だが、漢学とともに和歌・国学を景山から授けられ、独学で日本古典 文学の扉を開くことになる。その間の日本古典への習熟度は、 『おもひ草』の表現からうかがうことができる。   『 お も ひ 草 』 の 諸 本 は 残 存 伝 本 に よ り、 大 き く 写 本 系 と 版 本 系 の 二 系 統 に 分 類 す る こ と が で き る。 写 本 系 は「 尾 花 が 本 」 の 名 を 冠 す る も の が 多 い が、 「 お も ひ 草 」 と 題 す る 写 本 も あ る。 版 本 は 内 題「 お も ひ く さ 」 に よ り「 お も ひ 草 」 と 称 する。   ま ず は、 写 本 系 か ら 見 て 行 く こ と に し た い。 筑 摩 書 房 版『 本 居 宣 長 全 集 』 第 十 八 巻( 昭 和 四 十 八 年 ) が 底 本 と し た の は、本居大平旧蔵写本『尾花がもと』であり、東京大学本居文庫に現蔵されている。題簽に「鈴屋詩文稿   尾花がもと   合 」 と あ り、 墨 付 十 三 丁、 片 面 十 二 行 の 本 で あ る。 巻 首 に は「 此 本 ハ 男 左 衛 次 カ 筆 跡 ニ テ、 今 ニ テ ハ コ ト ニ 珍 重 ノ モ ノ 也。御一覧或ハ御写しニても相済候ハハ、ほとなく御かへし可被下候、大平」とあり、末尾に「文化七年庚午年五月   清 島写」の識語がある。また、本居宣長記念館蔵の写本は、墨付十四丁、片面九行で記され、裏表紙見返しに「この尾花が 本著し給へるは宝暦三年癸酉中秋にして、翁廿四歳の御歳なり、このとし健蔵と改め給へり」と記された付箋が貼られ、

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) さらにそこには本居清造が朱書で「コノ付箋ハ本居内遠ノ高弟堀内千稲ノ筆ナリ、思フニ此ノ書ハ同氏ノ旧蔵ナルベシ、 (花押) 」と付箋を貼付している。   本 居 宣 長 記 念 館 蔵 本 が 堀 内 千 稲 旧 蔵 に か か る こ と を 鑑 み、 皇 學 館 大 学 附 属 図 書 館 五 葉 蔭 文 庫 を 調 査 し た と こ ろ、 案 の 定、 『 尾 花 が 本 』( 題 名 は 外 題 に よ る、 内 題 な し ) が 所 蔵 さ れ て い る こ と が 明 ら か に な っ た。 墨 付 十 三 丁、 片 面 十 二 行 の 写 本である。巻末には本居宣長記念館蔵本と同じく、宣長の年齢と改名の件が付箋に朱書されている。したがって、本居宣 長記念館蔵本の祖本に当たる可能性が高いことが推察される。しかも、五葉蔭文庫本には「乙未仲春   長谷川常雄」なる 書写奥書が存在するのである。語釈にも記すように、同年(安永四年)は常雄が十九歳の年である。すでに十六歳の年に は『 菅 笠 日 記 』 の 旅 に 同 行 し、 後 に 宣 長 か ら「 格 別 出 精 厚 志 」( 寛 政 五 年 ) と 期 待 さ れ る こ と に な る わ け で あ る か ら、 早 い時期に宣長の習作を借り出し、写本を造っていたとしても不思議ではない。これがいかなる経緯からか堀内家に渡り、 再写されて本居家(清造)のもとに戻ってきた経緯を勘案すれば、奇縁というべきかもしれない。   奇縁といえば、もう一つ本書の写本が本居宣長記念館に現蔵されていることに言及しておく必要がある。やはり「尾花 が本」の名を外題に有する一本であるが、子細に検討すれば、この本は墨付十三丁、片面十二行という書写の大枠は言う に及ばず、仮名字母から文字配りに至るまで、五葉蔭文庫蔵本にきわめて近い性格を有する本であることがわかる。時に 「折」の仮名について、五葉蔭文庫本は「をり」とするのに対して、本居宣長記念館本は「おり」とするなど、仮名遣い に関する相異点がごくたまに見られるが、その点を別にすれば、模本である可能性が高い。しかも、本居宣長記念館本が 祖本で、五葉蔭文庫本が子本であると推定される。宣長と宣長門弟長谷川常雄系の本、ならびに宣長の孫内遠の門弟が堀 内千稲であるという点において、現所蔵はきわめて順当な関係ということになるだろう。ところが、この本居宣長記念館 本 は も と も と 岩 田 隆 氏 の 旧 蔵 に か か り、 氏 の『 本 居 宣 長 の 生 涯 』( 以 文 社、 平 成 十 一 年 二 月 ) 刊 行 の 記 念 と し て 同 館 に 寄

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 贈 さ れ た 一 本 で あ る と い う( 末 尾 に 挿 ま れ た 付 箋 の 記 述 に 拠 る )。 岩 田 隆 氏 が 当 該 本 を 入 手 さ れ た 経 緯 は 詳 ら か に し な い が、宣長没後二百年(平成十三年)を前に、収まるべきところに収まったと言ってよかろう。奇遇と言ってよい。   先 に 岩 田 隆 氏 旧 蔵 本 を 祖 本、 五 葉 蔭 文 庫 本 を 子 本 と し た が、 宣 長 と 長 谷 川 常 雄( 当 時 は 中 里 常 雄 ) と の 関 係 を 鑑 み れ ば、常雄が宣長の著作に関して一文字も忽せにするまいとする書写態度等からも矛盾しないと考えることができる。とす れば、必然的に岩田隆氏旧蔵本は宣長自筆本の可能性が高いということになる。実際、本居宣長記念館では自筆本として 取り扱われている由である。なお、自筆本の認定に関しては、筆跡鑑定やさらなる書誌調査、本文調査ならびに伝来等に 関 す る 総 合 的 研 究 を 経 た 上 で 結 論 づ け ら れ る べ き も の と 考 え る。 な お、 大 久 保 正 氏 に よ れ ば、 「 本 書 の 自 筆 稿 本 は「 お も ひ ぐ さ 」 と 題 し、 本 居 家 に 伝 え ら れ た と い う 記 録 は あ る が、 現 在 そ の 所 在 が 明 ら か で な い 」( 『 本 居 宣 長 全 集 』 第 十 八 巻 「解題」 )由である。   本稿では書写年次が明らかで、かつもっとも古い五葉蔭文庫本を底本とすることとした。なお、前掲のほか、写本とし て伝わるもので、実見できた(複写を含む)ものに次の本がある。 (一)天理大学附属天理図書館蔵「をはなかもと」 (佐佐木信綱写) (二)大阪府立中之島図書館石崎文庫蔵「尾花がもと」 (浅井清長写) (三)茨城大学図書館菅文庫蔵「をはなかもと」 (文化九年十二月三日伊能千俣写) (四)刈谷図書館蔵「をはなかもと」 (五)刈谷図書館蔵「をはなかもと」 (六)西尾市岩瀬文庫蔵「おもひくさ」 (版本の臨写本、文政六年夏写) (七)京都大学文学部国文学研究室蔵「おもひくさ」 (文政十二年十二月五日長瀬真幸写)

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) (八)静嘉堂文庫蔵「おもひくさ」 (版本の臨写本) (九)京都府立総合資料館蔵「おもひくさ」   さ て、 版 本 と し て 流 布 し た『 お も ひ 草 』 に 話 を 移 そ う。 『 お も ひ 草 』 は 宣 長 の 没 後、 石 出 大 春 に よ っ て 刊 行 さ れ た も の で あ る が、 石 出 大 春 な る 人 物 に つ い て 詳 ら か に し な い。 題 簽 に は「 お も ひ ぐ さ 全 」 と あ り、 序 題 は 掲 出 の よ う に「 を ば な が も と 」、 内 題 は「 お も ひ く さ 」 で あ る。 序 は 八 行 ど り で 二 丁、 本 文 は 九 行 ど り で 十 七 丁 で あ る。 末 尾 に「 樗 屋 蔵 刻 」 とあるが、石出大春と同様「樗屋」についても未詳である。石出大春の序文を以下に掲げることにしたい。 乎波那賀毛登廼波之布美 霊 アヤ シ 久 ク 毛 モ 座 イマス 神 カミ 可 カ 母 モ 奇 クス シ 久 ク 毛 モ 座 イマス 神 カミ 可 カ 母 モ 真 マ 草 クサ 生 オフル 野 ヌ 椎 ツチ 神 カミ 乃 ノ 御 ミ 魂 タマ 幸 サチ 波 ハ 比 ヒ 爾 ニ 幸 サチ 波 ハ 比 ヒ 給 タマ 比 ヒ 天 テ 山 ヤマ 乃 ノ 曾 ソ 岐 ギ 野 ヌ 乃 ノ 衣 ソ 寸 ギ 末 マ 伝 デ 千 チ 種 クサ 八 ヤ 千 チ 種 クサ 乃 ノ 種 クサ 々 クサ 産 アレ 生 マ シ 給 タマ 閉 ヘ 流 ル 麻 マ 爾 ニ 麻 マ 爾 ニ 重 ヲサカ 訳 サヌ 遠 トホ 異 コト 国 クニ 在 ナル 奇 ク シ キ 草 クサ 左 サ 閉 ヘ 朝 アサ 風 カゼ 爾 ニ 千 チ 重 ヘ 浪 ナミ 立 タチ 夕 ユフ 風 カゼ 爾 ニ 五 イ 十 ホ 重 ヘ 浪 ナミ 立 タツ 奥 オクツ 浪 ナミ 辺 ヘツ 浪 ナミ 志 シ 努 ヌ 岐 ギ 氐 テ 皇 オホミ 国 クニ 爾 ニ 叙 ゾ 参 マヰ 来 ク 留 ル 其 ソノ 中 ナカ 爾 ニ 煙 タ バ コ 草 云 チフ 草 クサ 乃 ノ 瑞 ミヅ 葉 ハ 弥 イヤ 栄 サカバ 爾 ニ 栄 サカバニ 而 テ 此 コノ 草 クサ 乃 ノ 不 オヒ 生 イデ 出 ザル 土 クニ 不 イリ 入 タヽ 立 ザル 地 クニ 乃 ノ 在 アラ 邪 ザ 流 ル 金 タバ 絲 コノ 烟 ケブリ 那 ナ 母 モ 烏 ヌバ 玉 タマ 乃 ノ 間 ヒマ 開 シ ラ 米 メ 流 ル 従 ユ 母 モ 久 ヒサ 賢 カタ 乃 ノ 夜 ヨ 乃 ノ 深 フケ 更 ユク 加 カ 岐 ギ 理 リ 立 タチ 不 タ ヾ 立 ザル 家 イヘ 可 カ 毛 モ 無 ナ 加 カ 流 ル 倍 ベ 伎 キ 薫 カヲル 風 カゼ 波 ハ 母 モ 山 ヤマ 彦 ビコ 乃 ノ 将 コタ 応 ヘム 極 キハミ 谷 タニ 潜 クヽ 乃 ノ 狭 サハ 渡 タル 極 キハミ 悉 フツ 爾 ニ 充 ミチ 満 ミテ 理 リ 於 コヽ 是 ニ 伊 イ 勢 セ 人 ヒト 本 モト 居 ヲリ 宣 ノリ 長 ナガ 思 オモヒ 草 クサ 思 オモ 比 ヒ 忘 ワス 礼 レ 受 ズ 伝 テ 乎 ヲ 波 バ 那 ナ 賀 ガ 毛 モ 登 ト 乃 ノ 一 ヒト 種 クサ 乎 ヲ 植 ウヱ 添 ソヘ 弖 テ 祁 ケ 理 リ 其 ソノ 言 コトノ 葉 ハ 乃 ノ 匂 ニホ 比 ヒ 弥 イヤ 益 マス〻 爾 ニ 薫 カフ 礼 レ 々 レ 婆 バ 是 コ 遠 ヲ 之 シ 毛 モ 相 アヒ 思 オモヒ 草 クサ 誰 タレ 之 シ 母 モ 相 アヒ 思 オモハ 邪 ザ 留 ル 倍 ベ 岐 キ 雖 シ カレ 然 ドモ 此 コノ 草 クサ 植 ウヱ 添 ソヘ 之 シ 従 ユ 母 モ 歳 ト シ 波 ハ 二 ハ 十 タ 余 トセ 年 マリ 乎 ヲ 経 ヘ 爾 ニ 多 タ 礼 レ 波 バ 旧 モト 之 ノ 詞 コトノハ 草 クサ 乃 ノ 種 タネ 奈 ナ 良 ラ 邪 ザ 流 ル 醜 シ コ 乃 ノ 異 コト 草 クサ 生 オヒ 添 ソヘ 而 テ 頓 トミ 爾 ニ 見 ミ 別 ワキ 賀 ガ 氐 テ 那 ナ 理 リ 己 オノレ 旧 モトツ 章 クサ 乃 ノ 荒 アラ 玉 タマ 乃 ノ 月 ツキ 爾 ニ 日 ヒ 爾 ニ 枯 カレ 往 ユキ 努 ヌ 倍 ベ 幾 キ 乎 ヲ 憂 ウレ 波 ハ 之 シ 美 ミ 弖 テ 朱 アカラ 引 ヒク 旦 ア シ タ 爾 ニ 耘 クサキリ 夕 ユフ 星 ツヽ 乃 ノ 夕 ユフベ 爾 ニ 培 ツチカヒ 氐 テ 繁 シ ゲ 久 ク 繁 シ ゲ 気 ケ 支 キ 異 コト 草 クサ 乃 ノ 化 アダ シ 草 クサ 掻 カキ 払 ハラ 比 ヒ 多 タ 礼 レ 婆 バ 清 スガ 々 スガ 之 シ 久 ク 曾 ゾ 那 ナ 礼 レ 理 リ 祁 ケ 流 ル 山 ヤマ 下 シ タ 風 カゼ 乃 ノ 甚 イタク 寒 サム 気 ケ 久 ク 鍾 シ グ 礼 レノ 雨 アメ 乃 ノ 弥 イヤ 敷 シ ク シ ク 爾 ニ 零 フレル 止 ト 母 モ 許 コ 登 ト 乃 ノ 葉 ハ 末 スヱ 之 ノ 乱 ミダレ 相 アフ 倍 ベ 伎 キ 可 カ 母 モ 故 カレ 撃 ツチクレ 壌 ヲウ 而 テ 歌 ウタ 比 ヒ 気 ケ 良 ラ 久 ク 人 ヒト 皆 ミナ 之 ノ 執 トリ 而 テ 偲 シ ヌ 婆 バ 世 セ 思 オモヒ 草 クサ 露 ツユノ 珠 タマ 貫 ヌク 言 コトノ 葉 ハ 叙 ゾ 許 コ 礼 レ   序文の題は「をばながもとのはしぶみ」と読む。外題も内題も「おもひくさ」であるにもかかわらず、序題が「尾花が 本 」 で あ る の は 不 審 で は あ る け れ ど も、 こ こ で は 深 入 り し な い。 文 体 は 一 貫 し て 宣 命 書 で あ っ て、 体 言( 名 詞 ) や 用 言 (動詞等)は大きく、助詞や助動詞、活用語尾は小さく万葉仮名で記す体である。宝暦三年の時点において、宣長は宣命

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 体をはじめとする古代文体に関心があったとは思えないので、少し違和感があるけれども、この文体を採用したところに 序 者 の 思 い を 知 る こ と が で き る。 『 古 事 記 伝 』 を は じ め と す る 上 代 文 学 研 究 者 と し て の 宣 長 へ の オ マ ー ジ ュ で あ ろ う。 そ うであるとすれば、序文中の「此ノ草植ヱ添ヘシ従モ歳ハ二十余年ヲ経ニタレバ」という言説も別の解釈の可能性が浮上 す る。 「 此 ノ 草 植 ヱ 添 ヘ シ 」 は、 本 書 が 執 筆 さ れ た 宝 暦 三 年 を 指 す と 考 え る こ と も で き る が、 そ こ か ら「 二 十 余 年 」 経 過 し て も、 ま だ 安 永 年 間 で あ り、 古 代 文 学 研 究 者 と し て の 本 領 は あ ま り 知 ら れ て い な い。 と す れ ば、 そ の 始 発 を『 古 事 記 伝』初帙五冊が刊行された寛政二年(一七九〇)あたりを上限とするのが妥当ではないだろうか。または、版本の臨写本 の 書 写 奥 書 の 上 限 が 文 政 六 年( 一 八 二 三 ) で あ る こ と を 斟 酌 す れ ば、 宣 長 の 没 年( 享 和 元 年( 一 八 〇 一 )) と い う の も 設 定可能であろう。少し苦しい解釈ではあるが、本書が宣長没後に刊行されたとする通説と、序文が宣命体で記されている という事実を勘案すれば、そのあたりに落ち着くことになるのではなかろうか。   この版本『おもひ草』は近世後期に一定程度、流布したと想定される。そして、近代以降は版本を底本として、以下の 叢書に収録されて広く読まれるようになった。 (1) 『百家説林』巻三(明治二十六年、吉川半七) ・正編上 (2) 『本居宣長全集』巻五(明治三十五年十月、吉川半七、片野東四郎) ・増補版巻九 (3) 『随筆日記抄』下巻(大正十二年十二月、裳華房) 、鴻巣盛広による略注あり。 (4) 『日本随筆大成』巻六(昭和二年九月、吉川弘文館) (5) 『たばこ古文献第二集』 (昭和四十二年三月、日本専売公社) 、清水国光による口語訳あり。   とりわけ早い時期に『百家説林』に収録されたために、宣長の愛煙家としての側面が知られるようになった。その後、 宣長のタバコ好きが広く知られるようになり、大蔵省専売局による日本最初の口付タバコが発売された折(明治三十七年

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 七月一日) 、敷島・大和・朝日・山桜の四種が選ばれたが、その命名は次の宣長の歌に拠っている。    敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花   こ の 歌 は 宣 長 が 還 暦 の 年( 寛 政 二 年 ) の 秋 に 自 画 像 に 添 え た 賛 と し て 詠 ま れ た 歌 で あ る (注5) 。 こ の 四 種 の 銘 柄 に よ っ て、宣長の歌は広く知られるようになったが、その一方で宣長のタバコ愛好もまた知られるようになったのである。      

三、

『おもひ草』の文体的特徴

  『 お も ひ 草 』 は 宣 長 の 嗜 好 品 に 対 す る 偏 愛 と、 そ れ を 雅 俗 の 事 柄 を 縦 横 に 書 き 分 け る 表 現 力 に よ り、 近 代 に 入 っ て か ら 随筆集等に収められ、一定の読者を獲得したものと思われる。当該書の評価として、たとえば、大久保正は『本居宣長全 集』の解題にて、次のようにその特徴を指摘しているものが標準的なものであろう。 本 書 は、 宣 長 が 煙 草 と 喫 煙 に ま つ わ る 四 季 折 々 の 情 景 や 趣 味 を、 平 安 朝 好 み の 美 し い 雅 文 で 書 き 綴 っ た も の で あ る が、その煙草好きと共に、当時二十四歳の宣長が、その嗜む煙草に寄せてかかる雅文の創作を試みるまでに、平安朝 の 文 章 の ス タ イ ル を 自 家 薬 籠 中 の も の と な し 得 て い た こ と は、 宝 暦 十 三 年( 一 七 六 三 )、 三 十 四 歳 の 頃 の 作 と さ れ る 『手枕』等の文章の先駆をなすものとして注目に値する。   二十四歳の習作であること、平安朝の雅文体で綴ったものであること、雅文小説『手枕』に先行することなどである。 たとえば、次の文を見てみよう。 ふみ分てこし跡だになき、庭の荻はら、ことゝふものは風のみにて、いとゞ、身にしみつゝ、色みえぬ人の心は、木 の葉と共にうつろひゆく、秋の夕暮、いまさら、まつとはなき物から、うちしをれたる浅茅が末の、露のそこより、

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 心 ぼ そ う 鳴 キ い で た る ま つ 虫 も、 誰 を か と 思 へ ば、 人 わ ろ く な み だ の こ ぼ る ゝ も、 つ ゝ ま し く て、 ま ぎ る ゝ か た も や と、手ずさみのやうに、かいつぐ手つき、いとなよゝかにて、打みじろくさまも、らうたしや。   この長い一文の中には、次のような和歌が踏まえられ、あるいは想起しつつ読むことを期待して記されている。 (一)形見とてほの踏み分けし跡もなし来しは昔の庭の荻原(新古今集・恋四・一二八九・藤原保季) (二)ひぐらしの鳴く山里の夕暮れは風よりほかにとふ人もなし(古今集・秋上・二〇五・読人不知) (三)風の音の身にしむばかり聞ゆるはわが身に秋や近くなるらむ(後拾遺集・恋二・七〇八・読人不知) (四)色みえでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける(古今集・恋五・七九七・小野小町) (五)秋風に山の木の葉のうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ(古今集・恋四・七一四・素性) 。 (六)君待つとわが恋ひをればわが宿のすだれ動かし秋の風吹く(万葉集・巻四・四八八・額田王) (七)跡もなき庭の浅茅に結ぼほれ露の底なる松虫の声(新古今集・秋下・四七四・式子内親王) 。 (八)もみぢ葉の散りてつもれるわが宿に誰をまつ虫ここら鳴くらむ(古今集・秋上・二〇三・読人不知) 。     かくも多くの和歌を背景に置いて解釈することを強いる文体であると言ってよい。逆に言えば、この一文は古典和歌か ら紡ぎ出された文章表現なのである。これぞまさに雅文学の極致と言ってよかろう。このような文章は王朝物語や平安朝 和歌の教養を背景にして執筆された和文であって、同じ知識基盤を有する者の間で共有された文体ということができる。 国学を修め、和歌を詠み、時には和文を綴ることを好む国学者の間で流通する文章である (注6) 。   こういった和文を『おもひ草』の特徴とし、そこから宣長の国学者歌人としての実力を見るのは有意義な観点と言えよ う。 古 代 文 化 を 解 明 す る こ と を 生 涯 の 志 と し つ つ も、 源 氏 物 語 を は じ め と す る 王 朝 文 学 の 世 界 に 終 生、 沈 潜 し た 宣 長 に とって、平安朝和文を用いて作文することは理想の実現への近道でもあったからである (注7) 。このような王朝物語的教養

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) は確実に宣長の学問的性質を雄弁に物語っていると言ってよかろう。むろん、それはおおむね妥当な評価であると思われ るけれども、子細に検討すれば少し修正が必要と思われる箇所もないわけではない。それは当該随筆が「平安朝好みの美 しい雅文」 (大久保正)一辺倒ではないということである。たとえば、次の文を見てみよう。 か り そ め に 物 し た る ま ら う ど に も、 す べ て と り あ へ ず、 ま づ い だ す も の な る を、 す か ぬ は、 や う な し と て か へ し た る、はへなき物なり。   文意は次の通り。ついちょっとやって来た客人にも、総じてタバコはまず最初に供するものであるけれども、タバコが 嫌いな人は要らないと言って突き返してしまうのは、見栄えが悪いものだ、といったところだろう。この文のどこが問題 なのか。これは古典語の語彙を用い、正確に古典文法を操りつつ綴った作文ではあるが、いわゆる古典文学のテクストか らの引用がまったくないということである。特定の作品を連想させるフレーズもなければ、下敷きにした作品のシーンも ない。なぜかといえば、この場面自体が俗だからである。つまり、近世における日常を古典の語彙と文法で表現した文章 なのである。そのようなシチュエーションはかつて古典文学に表現されたことがなかった。踏まえるべき古典文学作品が 見当たらないのである。   いま並べた両者の文体を比較すれば、問題の所在は明らかであろう。平安朝の語彙と文法を駆使し、主に平安朝の古典 文 学 を 踏 ま え て 綴 ら れ た 雅 文 学 も さ る こ と な が ら、 俗 の 場 面 や 議 論 を も 雅 文 体 で 表 現 す る こ と を 達 成 し た と こ ろ に、 『 お もひ草』の文体実験の意味があったと思われるのである。すなわち、あらゆる事象を古典語と古典文法で表現することが 可能であるということを証明したわけである。このことは和文によって表現する文体が誕生したことを意味する。諸先達 が 指 摘 す る よ う に、 『 お も ひ 草 』 が『 手 枕 』 の 先 蹤 で あ る と す る 面 も も ち ろ ん あ る。 賀 茂 真 淵 か ら 薫 陶 を 受 け た よ う に、 古代文学を理解するためには、古代語で作文する技能を身につけなければ本物とはいえない。そのためには、古代文学を

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) 模 倣 す る こ と か ら 始 め る 必 要 が あ る。 『 手 枕 』 は 源 氏 物 語 を よ り 深 く 理 解 す る た め の 試 み で あ っ た。 し か し、 そ れ だ け で は な い。 古 代 に は な か っ た 事 柄 を 古 代 語 で 表 現 す る こ と も、 国 学 に と っ て 重 要 な 役 割 だ っ た の で あ る。 そ う い っ た 意 味 で、後に宣長が行う注釈、俗をも写す随筆、議論を事とする論述など、あらゆる文体の可能性がここに拓かれたというこ とが、 『おもひ草』の意義であると考えられる。      

四、

『おもひ草』本文と注釈

凡例 一、底本に皇學館大学附属図書館五葉蔭文庫蔵「尾花が本」 (G九一四/一六四/4B右一九―一)を使用した。 二、朱書入は墨字同様に処理した。 三、仮名の清濁は原本のままとし、漢字の濁点は省略に従った。また、原本には読点(、 ) の み 付 さ れ て い る が 、 便 宜 上 句読点の区別をした。 四、歌記号以外の庵点(〽)は段落として分割し、各段落には適宜、標題を付した。 五、語釈は文意を取ることを趣旨とし、参照すべき典拠を掲出した。 (一) 〈タバコの由緒来歴〉   思ひ草は、秋の野の、尾花がもとに、おふるとかや。ま たはこ ⃝ ⃝ ⃝ のけふりも、其名にたぐふ心地して、室のやしまもとを からず、とことはにこがれつゝ、人の口のはにのみぞかゝる。さるは、いひけたれても、なほふかくおも ひいれて ⃝ ⃝ ⃝ ⃝ 、もゆ

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) るけしき は ⃝ 、 いぶき ⃝ ⃝ ⃝ の山のさしも草にもことならず。かくのみたえずなげ きせる ⃝ ⃝ ⃝ 。はては、いぶせくきたなげになりて、 す て ら る ゝ よ。 い と か く、 あ だ な る 物 と は 思 へ ど、 と あ る ご と に は、 な ほ 世 に し ら ず お か し き 物 に こ そ あ ン な れ。 か ゝ る も、 む げ に ち か き 世 の 事 ぞ か し。 む か し は お さ 〳〵 名 を だ に し ら ざ り し も の ゝ、 や む ン ご と な き あ た り ま で、 も て は や さ るゝも、いかなるわざにや。人の国にも、いにしへは、かゝる物、ありとも聞えず。此比渡りまうでくる 書 フミ どもにこそ、 こゝにもつゆたがはで、もてあそぶよし見えたるとぞ。はるかなるせかいより、此国にめづらしき物ども、あまたわたし もてくる人を、まれ〳〵見るには、なほまさりて、あながちにこのめるさまなり。 【語釈】 ○思ひ草―ナンバンギセルの異名。ハマウツボ科の一年草で、ススキなどの根に寄生し、秋、煙管に似た筒状の淡い赤紫 色の花を付ける。○思ひ草は、秋の野の、尾花がもとに、おふるとかや―「思ひ草」は秋の野の尾花の下に生えるとかい う こ と だ。 「 道 の べ の 尾 花 が 下 の 思 ひ 草 今 さ ら さ ら に 何 か 思 は む 」( 万 葉 集・ 巻 十・ 二 二 七 〇・ 作 者 未 詳 )、 「 秋 の 野 の 尾 花 に ま じ り 咲 く 花 の 色 に や 恋 ひ む 逢 ふ よ し を な み 」( 古 今 集・ 恋 一・ 四 九 七・ 読 人 不 知 )。 ○ ま た は こ の け ふ り ―「 た ば こ 」 を編み入れる。○其名にたぐふ心ちして―「思ひ草」という名前にふさわしい気がして。○室のやしま―下野国の歌枕。 古 来、 煙 が 立 つ 場 所 と し て 有 名。 「 下 野 や 室 の 八 島 に 立 つ 煙 思 ひ あ り と も 今 こ そ は 知 れ 」( 古 今 六 帖・ 第 三・ 一 九 一 〇 )。 ○こがれつゝ―恋い焦がれる意に、タバコの火に焦げる意を響かせる。○人の口のはにのみぞかゝる―人の噂の種になる の 意 に、 タ バ コ が 人 の 口 に 入 る 意 を 掛 け る。 「 の み 」 は 強 意 の 副 助 詞 で あ る が、 「 喫 み 」 を 響 か せ る。 ○ い ひ け た れ て も ― 悪口を言われてもの意に、 「火消たれて」を編み込む。○おもひいれて―思い入れを持っての意に、 「火入れて」を編み込 む。○もゆるけしきは、いぶきの山の―「灰吹き」を編み込む。灰吹きとは、タバコの吸い殻を吹き落とすための竹筒。 た だ し、 歴 史 的 仮 名 遣 い は「 は ひ ぶ き 」。 ○ い ぶ き の 山 の さ し も 草 ― 伊 吹 山 は 近 江 国・ 美 濃 国 の 歌 枕。 古 来、 薬 草 の 産 地

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) と し て 名 高 く、 艾( も ぐ さ ) が 有 名。 「 か く と だ に え や は 伊 吹 の さ し も 草 さ し も 知 ら じ な 燃 ゆ る 思 ひ を 」( 後 拾 遺 集・ 恋 一・六一二・藤原実方、百人一首) 。○なげきせる―嘆き悲しむ意に、 「煙管」を編み込む。○いぶせく―嫌われる。○あ だなる物―はかない物。タバコが消え物であることを意味する。○やむごとなきあたり―高貴な身分の方々。○人の国― 外国。○此比渡りまうでくる書ども―近年渡来した異国の書物。詳細未詳。○はるかなるせかい―遠い異国。○あながち にこのめるさま―一途にタバコに愛着する様子。 (二) 〈春の景色と喫煙〉   鶯 の、 谷 よ り 出 し 初 ハツ 声 コエ よ り、 世 は を し な へ て、 春 め き つ ゝ、 や う 〳〵 風 な つ か し う 吹 わ た し て、 お ほ か た の 花 の 木 ど もゝけしきばみ、梅は今をさかりにて、にほひにかすむ大空の、のどけさに、そこはかとなく、あくがれいづる、春のひ かり、かしらの雪もきえぬべく、おひたるも、わかきも、をのがじゝきよらをつくし、とがむばかりの 香 カ にしみたる、く れなゐの袖ふりはへて、 行 かふ人を、まちまうけたる、かりのゆか な ン どに、しばしやすらひつゝ、まづとうでゝ、火もて こといひたるに、きよげなる女の、あは〳〵しげにもていでて、なめげにさしおきたる、さるがふこと な どいひあざれた る、いとおかし。 【語釈】 ○ 鶯 の、 谷 よ り 出 し 初 声 ― 鶯 が 谷 か ら 出 て 発 す る は じ め て の 鳴 き 声。 「 鶯 の 谷 よ り 出 づ る 声 な く は 春 来 る こ と を 誰 か 知 ら ま し 」( 古 今 集・ 春 上・ 一 四・ 大 江 千 里 )。 ○ け し き ば み ― 花 が 咲 く 兆 し が 見 え て。 「 梅 は け し き ば み ほ ほ 笑 み わ た れ る、 と り わ き て 見 ゆ 」( 源 氏 物 語・ 末 摘 花 )。 ○ 梅 は 今 を さ か り に て、 に ほ ひ に か す む 大 空 ― 梅 は 今 を 盛 り と 咲 い て、 そ の 匂 い で 霞 む 大 空。 「 大 空 は 梅 の に ほ ひ に 霞 み つ つ 曇 り も は て ぬ 春 の 夜 の 月 」( 新 古 今 集・ 春 上・ 四 〇・ 藤 原 定 家 )。 ○ あ く が れ

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) い づ る ― 気 持 ち が 浮 き 立 っ て。 「 物 思 へ ば 沢 の 蛍 も 我 が 身 よ り あ く が れ 出 づ る た ま か と ぞ 見 る 」( 後 拾 遺 集・ 雑 六・ 一 一 六 四・ 和 泉 式 部 )。 ○ 春 の ひ か り、 か し ら の 雪 も き え 果 て ぬ べ く ― 春 の 日 の 光 を 浴 び て、 白 髪( 頭 の 雪 ) も 消 え て し ま う か と 思 わ れ て。 「 春 の 日 の 光 に あ た る 我 な れ ど か し ら の 雪 と な る ぞ わ び し き 」( 古 今 集・ 春 上・ 八・ 文 屋 康 秀 )。 ○ を の が じ ゝ き よ ら を つ く し ― 各 自 思 い 思 い に 小 綺 麗 に 装 飾 し て。 「 と り わ き お ほ せ 言 あ り て、 き よ ら を つ く し て 仕 う ま つ れ り 」 ( 源 氏 物 語・ 桐 壺 )。 ○ と が む ば か り の 香 に し み た る ― 気 に な る く ら い ま で 香 り が 染 み 込 ん で い る。 ○ く れ な ゐ の 袖 ふ り は へ て、 行 か ふ 人 を、 ま ち ま う け た る ―「 袖 振 る 」 に わ ざ わ ざ の 意 の「 ふ り は へ て 」 を 掛 け る。 「 春 日 野 の 若 菜 摘 み に や 白 妙 の 袖 ふ り は へ て 人 の 行 く ら む 」( 古 今 集・ 春 上・ 二 二・ 紀 貫 之 )。 ○ か り の ゆ か ―「 仮 床( さ ず き )」( 日 本 書 紀・ 神 代 上)の訓読みで、桟敷の古名。○きよげなる女の、あは〳〵しげにもていでて―こざっぱりと綺麗な女が軽薄そうに持っ て よ こ し て。 「 宮 仕 す る 人 を、 あ は あ は し う わ る き こ と に い ひ お も ひ た る 男 な ど こ そ、 い と に く け れ 」( 枕 草 子・ お ひ さ き な く )。 ○ な め げ に さ し お き た る ― 遠 慮 す る こ と も な く タ バ コ を 置 い た。 ○ さ る が ふ こ と な ど い ひ あ ざ れ た る ―「 さ る が ふこと」は「猿楽言」で冗談の意。滑稽な冗談を言ってふざけている。 (三) 〈明け方の景色とタバコの煙〉   有明の比、ものへまかるとて、夜をこめて立出る。空は月影くまなきに、やう〳〵、東の山ぎはあかりて、しらみゆく ほど、なほ行すゑは、霧わたりて、はるかなる野べに、〽をり〳〵にうちてたく火のけふりあらばと、貫之のぬしのいひ けむことのは な ン ど、思ひ出られて、ゆく〳〵きりいでつゝ、とぶ火のひかりを、 野 ノ 守 モリ がいほには、あやしと 出 てやみるら む。かくてまだ思ふさまならぬに、火のきえぬるは、をしき物なり。 【語釈】

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) ○有明の比―有明の月が空に掛かる頃。月の下旬。○ものへまかる―あるところへ行く。○夜をこめて―夜が明けないう ち に。 「 夜 を こ め て 鳥 の 空 音 は は か る と も よ に 逢 坂 の 関 は 許 さ じ 」( 後 拾 遺 集・ 雑 二・ 九 四 〇・ 清 少 納 言、 百 人 一 首 )。 ○ や う 〳〵、 東 の 山 ぎ は あ か り て、 し ら み ゆ く ― よ う や く 東 の 山 際 が 明 る く な っ て 白 ん で い く。 「 春 は 曙。 や う や う 白 く な り ゆ く、 山 ぎ は 少 し 明 か り て 紫 だ ち た る 雲 の 細 く た な び き た る 」( 枕 草 子・ 春 は 曙 )。 ○ を り 〳〵 に う ち て た く 火 の け ふ り あ ら ば ― 機 会 が あ る ご と に、 こ の 火 打 ち 石 を 打 っ て 煙 が 立 っ た な ら ば。 「 を り を り に 打 ち て た く 火 の け ぶ り あ ら ば 心 さ す が を し の べ と ぞ 思 ふ 」( 後 撰 集・ 離 別・ 一 三 〇 四・ 紀 貫 之 ) の 上 句。 ○ 貫 之 ― 紀 貫 之。 ○ き り い で つ ゝ ― 火 を 熾 し て は。 ○とぶ火のひかりを、野守がいほには、あやしと出てやみるらむ―飛火野の烽火を野守は庵の中から奇怪だと思って、外 に 出 て 見 る だ ろ う か。 「 春 日 野 の 飛 火 の 野 守 出 で て 見 よ い ま い く 日 あ り て 若 菜 摘 み て む 」( 古 今 集・ 春 上・ 一 八・ 読 人 不 知) 。○思ふさまならぬに、火のきえぬる―思う存分タバコを味わったわけではないのに、火が消えてしまう。 (四) 〈秋の景色とタバコの煙〉   ふみ分てこし跡だになき、庭の荻はら、ことゝふものは、風のみにて、いとゞ、身にしみつゝ、色みえぬ人の心は、木 の葉と共にうつろひゆく、秋の夕暮、いまさら、まつとはなき物から、うちしをれたる浅茅が末の、露のそこより、心ぼ そう 鳴 キ いでたるまつ虫も、誰をかと思へば、人わろくなみだのこぼるゝも、つゝましくて、まぎるゝかたもやと、手ずさ みのやうに、かいつぐ手つき、いとなよゝかにて、打みじろくさまも、らうたしや。風にふかれて、よこさまにたちのぼ る、煙の行ゑも、つく〴〵とうち詠められて、あはれ、つらきかたにも、吹つたへてしがな。さらば、人しれぬ、我おも ひも、空にしるくや見ゆらんと、思ふも、中々の心のもよほしならめ。 【語釈】

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) ○ ふ み 分 て こ し 跡 だ に な き、 庭 の 荻 原 ― 踏 み 分 け て や っ て 来 た 足 跡 さ え も な い 庭 の 荻 原。 「 形 見 と て ほ の 踏 み 分 け し 跡 も な し 来 し は 昔 の 庭 の 荻 原 」( 新 古 今 集・ 恋 四・ 一 二 八 九・ 藤 原 保 季 )。 ○ こ と ゝ ふ も の は、 風 の み に て ― 訪 れ る も の は 風 ば か り で。 「 ひ ぐ ら し の 鳴 く 山 里 の 夕 暮 れ は 風 よ り ほ か に と ふ 人 も な し 」( 古 今 集・ 秋 上・ 二 〇 五・ 読 人 不 知 )。 ○ い と ゞ、 身 に し み つ ゝ ─ 普 段 よ り い っ そ う 身 に し み つ つ。 「 風 の 音 の 身 に し む ば か り 聞 ゆ る は わ が 身 に 秋 や 近 く な る ら む 」( 後 拾 遺 集・ 恋 二・ 七 〇 八・ 読 人 不 知 )。 ○ 色 み え ぬ 人 の 心 は、 木 の 葉 と 共 に う つ ろ ひ ゆ く ― 目 に 見 え な い 人 の 心 は 木 の 葉 が 散 る と の と も に 移 り ゆ く。 「 色 み え で う つ ろ ふ も の は 世 の 中 の 人 の 心 の 花 に ぞ あ り け る 」( 古 今 集・ 恋 五・ 七 九 七・ 小 野 小 町 )、 「 秋 風 に 山 の 木 の 葉 の う つ ろ へ ば 人 の 心 も い か が と ぞ 思 ふ . 」( 古 今 集・ 恋 四・ 七 一 四・ 素 性 )。 ○ ま つ と は な き 物 か ら ─「 君 待 つ と わ が 恋 ひ を れ ば わ が 宿 の す だ れ 動 か し 秋 の 風 吹 く 」( 万 葉 集・ 巻 四・ 四 八 八・ 額 田 王 )。 ○ う ち し を れ た る 浅 茅 が 末 の、 露 の そ こ ― し お れ た 浅 茅 の 末 葉 に 置 く 露 の 底。 「 跡 も な き 庭 の 浅 茅 に 結 ぼ ほ れ 露 の 底 な る 松 虫 の 声 」( 新 古 今 集・ 秋 下・ 四 七 四・ 式 子 内 親 王 )。 ○ 心 ぼ そ う 鳴 い で た る ま つ 虫 も、 誰 を か と 思 へ ば ― 心 細 く 鳴 き 出 し た 松 虫 も 誰 を 待 っ て い る の か と 思 う と。 「 も み ぢ 葉 の 散 り て つ も れ る わ が 宿 に 誰 を ま つ 虫 こ こ ら 鳴 く ら む 」( 古 今 集・ 秋 上・ 二 〇 三・ 読 人 不 知 )。 ○ 人 わ ろ く な み だ の こ ぼ る ゝ も、 つ ゝ ま し く て ― 人 に 見 ら れ て ば つ が 悪 く 涙 が あ ふ れ 出 す の も 包 み 隠 し た く て。 ○ かいつぐ手つき、いとなよゝかにて、打みじろくさまも、らうたしや―タバコを持つ手つきはたいそうしなやかで、体を 動かす様子もかわいらしい。○風にふかれて、よこさまにたちのぼる、煙の行ゑ―風が吹いて横に立ち上っていくタバコ の 煙 の 行 方。 ○ つ ら き か た に も、 吹 つ た へ て し が な ― 風 が 吹 い て、 私 に つ れ な い 人 に も 伝 え て ほ し い も の だ。 ○ 人 し れ ぬ、 我 お も ひ も、 空 に し る く や 見 ゆ ら ん ― 人 に 知 ら れ る こ と の な い わ が 心 の う ち も 空 に は っ き り と 見 え る の だ ろ う か。 「 人 知 れ ぬ 思 ひ を つ ね に す る が な る 富 士 の 山 こ そ わ が 身 な り け れ 」( 古 今 集・ 恋 一・ 五 三 四・ 読 人 不 知、 伊 勢 物 語 )。 ○ 中々の心のもよほしならめ―かえってわが心が促しているのであろう。

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) (五) 〈不格好な喫煙者への不快感〉   ふつゝかに、ふとり過たる、げすをのこの、 顔 カホ にくさげなるが、くつろかにうちあをぎ、ひげ、かいなでゝ、くはへゐ たるは、引はなちても、すてまほし。 【語釈】 ○ ふ つ ゝ か に、 ふ と り 過 た る、 げ す を の こ ― 不 格 好 な ま で に 太 り す ぎ た 下 賤 の 男。 ○ 顔 に く さ げ な る ― 顔 が い か に も 醜 い。 「 顔 に く さ げ な る 人 に も 立 ち ま じ り て 」( 徒 然 草・ 一 段 )。 ○ く つ ろ か に う ち あ を ぎ ― く つ ろ い だ 様 子 で 上 を 向 い て ( 扇 を 使 っ て )。 ○ ひ げ、 か い な で ゝ く は へ ゐ た る ― 髯 を 掻 き 撫 で な が ら タ バ コ を 銜 え て 座 っ て い る。 ○ 引 は な ち て も、 すてまほし―タバコを取りあげて捨ててしまいたい。 (六) 〈来客にタバコを勧める〉   かりそめに物したるまらうどにも、すべてとりあへず、まづいだすものなるを、すかぬは、やうなしとてかへしたる、 はへなき物なり。 【語釈】 ○かりそめに物したるまらうど―ついちょっとやって来た客人。○まづいだすものなる―タバコはまず最初に供する。○ すかぬは、やうなしとてかへしたる―タバコが嫌いな人は要らないと言って突き返してしまう。○はへなき物なり―見栄 えが悪いものだ。

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) (七) 〈喫煙者の禁煙〉   心地れいならず、なやみゐて、はかなきくだ物 な ン どをさへ、いとものうくしたる折にも、いささかをこたりざまなるに は、まづおもひ出るぞかし。つねにすける人の、きよくとほざけて、日数ふるは、とふらひきたる人 な どにも、しか〴〵 なんさふらふ な ン どもいふかし。 【語釈】 ○ 心 地 れ い な ら ず、 な や み ゐ て ― 体 が 普 通 で は な く 病 ん で い て。 「 朱 雀 院 の 帝、 あ り し 御 幸 の の ち、 そ の こ ろ ほ ひ よ り、 例 な ら ず 悩 み わ た ら せ た ま ふ 」( 源 氏 物 語・ 若 菜 上 )。 ○ い と も の う く し た る 折 に も ― ひ ど く 物 憂 い 思 い を し て い る 時 で も。 ○ い さ さ か を こ た り ざ ま な る に は ― 少 し 快 方 に 向 か っ て い る 時 に は。 「 読 経・ 修 法 な ど し て、 い さ さ か お こ た り た る や う な れ ば 」( 蜻 蛉 日 記・ 上 )。 ○ ま づ お も ひ 出 る ― タ バ コ の こ と が ま ず 思 い 出 さ れ る。 ○ つ ね に す け る 人 ― い つ も タ バ コ が好きな人。○きよくとほざけて、日数ふるは―厳格に禁煙をして数日経るのは。○しか〴〵なんさふらふなどもいふか し―しかじかの事情で禁煙しているなどと言うよ。 (八) 〈晩夏の景色とタバコ〉   水無月 廿 ハツ よ カア 日 マリ のひるつかた、扇の風も、よにぬるく覚え、夕風まちつくる程も、たへがたくて、のきちかう、うたゝね し た る に、 ふ と 目 さ め ぬ れ ば 、 か た し け る か た の 、 あ せ に し め ら ひ て 、 い と ゞ 物 む つ か し く 、 あ つ さ 所 せ き を 、 め す る 〳〵、引よせて、火たづぬるも、あながちなりや。今ぞすこし、庭の梢もうちそよぐほど也。 【語釈】 ○水無月廿よ日―六月下旬。夏の終わり。○夕風まちつくる程―夕風が吹くのを待ちうける間。○のきちかう、うたゝね

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) し た る に ― 軒 近 く の 縁 側 で 転 た 寝 を し て い る 時 に。 ○ か た し け る か た ― 独 り 寝 を し た 肩。 「 さ む し ろ に 衣 か た し き 今 宵 も や 我 を 待 つ ら む 宇 治 の 橋 姫 」( 古 今 集・ 恋 四・ 六 八 九・ 読 人 不 知 )。 ○ い と ゞ 物 む つ か し く ― 先 ほ ど よ り も い っ そ う 気 持 ち 悪 く。 ○ あ つ さ 所 せ き を ― 身 の 置 き 所 が な い ほ ど 暑 い が。 「 六 月 に も な り ぬ。 暑 さ 所 せ き に も ま づ、 去 年 の こ の こ ろ は、 こ と も な く 御 心 地 よ げ に 遊 ば せ た ま ひ て 」( 讃 岐 典 侍 日 記 )。 ○ め す る 〳〵、 引 き よ せ て ― つ い 目 が 煙 草 を 追 い、 こ れ を 引 き 寄 せ て。 ○ 火 た づ ぬ る も、 あ な が ち な り や ― 火 打 ち を さ が す の も せ っ か ち で あ る な あ。 ○ 庭 の 梢 も う ち そ よ ぐ ほ ど ― (秋風が吹いて)庭の梢もそよぐ時期。 (九) 〈疎遠な人のもとでの喫煙〉   あまり、したしくもあらぬ人のもとにて、物がたりし、例のいだしをきたるとかくして時うつり火もしろきはいがちに なりたるを、たづぬるに、はやくきえぬる、たゞにさしおくが、くちをしければ、あるじや心づくと、しばしかきさぐり ゐるを、とく見て、人よびたるはよし。心やすきわたりにては、いかにもせむを。 【語釈】 ○物がたり―世間話。○例のいだしをきたる―いつものようにタバコを出しておいた。○あるじや心づく―主人が気づく のではないかと。○心やすきわたりにては、いかにもせむを―気の置けない人のもとでは、どうとでもするのに。 (十) 〈冬の景色とタバコ〉   あら〳〵しう吹しをりし嵐も、なごりなくのどまりて、せんざいのこずゑもいとゞさびしく、木の本にくちのこる 落 オチ 葉 も、あさ霜ながらの氷にうづもれ、空さへ雪げにうちくもりぬる夕ぐれ、やゝちりくる花にぞ、〽春のとなりのちかけれ

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) ばと、すこしさう〴〵しさも、なぐさみて、ながめいだせるに、ねぐらにかへるゆふがらすの、三つ四つ二つなきわたる も、いとさむげにみゆ。かくしつゝ、はやくれ竹の葉ずゑ な ン どより、やう〳〵しろく成行ほど、さすがにまだ、物のけぢ め も 見 え わ き て、 や り 水 の ほ そ う て 残 り た る な ン ど も お か し。 内 ウチ 外 ト 、 人 の け は ひ も い た う し づ ま り、 つ れ 〴〵 な る よ ひ の 程、庭に跡をも、いかゞはいとひあへむ。そも 何 ナニ ばかりの心ざしにてかは、かゝる雪もよに、物する人のあらんと、うむ じ ゐ る を り し も、 か ど の か た に、 入 く る 人 の け は ひ ぞ す る。 袖 来客 う ち は ら ふ ほ ど も、 心 主人ノ心 も と な く て、 は し ち か う た ち 出 つゝ、みれば、あけくれ、になうむつびかはす人の声にて、 い 客言 か ゞ物し給ふ。こよひの雪を、ひとりもてあそばむ事の、 かたはなるこゝちし侍りて、なん、 な ン どいひたる、うれしくて、 い 主人言 でや こゝにも、心ばかりは、かき分て思ひやり侍りし かど、ならはぬ 夜 のありきは、ものうくてなん、 な ン どいらへつゝ、おくのかたにいりて、いとおほきなる火おけに、すみ こち〴〵しうおこし、つとよりゐて、なにくれとむかしいまの物語しつゝ、よひ過る程、いとすごく、しめ〴〵と、心ぼ そくて、雪をれの音のみ、しば〳〵きこゆるに、ふりつもる程もしられて、こよなうさむけしや。あかずむかひ居たらむ 程、れいのけふりは、今さらにいひたてずとも、空にしるべし。夜やう〳〵ふけゆけば、かへるよしして、 心 客言 な き 長 ナガ ゐの うらを、下部 な ン どや、海士のすむ里のしるべと、おもひ侍らん、ね ぶ ム たうぞおはすらん な どいひつゝ、たつ。 な 主言 に かは、 千 チ 夜 ヨ を一よにとも思ひ侍れど、 御 ミ 心とまるべき、くさはひにも侍らねば、しゐて、今しばし共、いかゞは聞えさせむ。ふ りはへ、とはせ給ふみ心ざしはさる物にて、雪こそ深く侍るなれ。みちの程もおぼつかなし。あかりの 御 オホン まうけやさふら ふ、まいらせてむや な どきこえつゝ、 ず ざよばすれば、ね ふ ム りゐたるが、かほふくらし、あくびうちして、はしりくるも おかし。立いづるほど、おくより、 御 オホン たばこいれな む ン 、のこりて侍りしとて、わらはべのもていでたる、こはわすれにけ りとて、ふところにさしいれて、いぬめり。 【語釈】

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) ○あら〳〵しう吹しをりし嵐も、なごりなくのどまりて―荒々しく吹いて草木をしおれさせた嵐も跡形もなく静かになっ て。○木の本にくちのこる落葉―木の下で朽ち果てることなく残る落葉。○あさ霜ながらの氷にうづもれ―朝降りた霜の ま ま の 氷 に 埋 も れ て。 ○ 空 さ へ 雪 げ に う ち く も り ぬ る 夕 ぐ れ ― 空 ま で も が 今 に も 雪 が 降 り そ う に 曇 る 夕 暮。 「 空 は な ほ 霞 み も や ら ず 風 さ え て 雪 げ に 曇 る 春 の 夜 の 月 」( 新 古 今 集・ 春 上・ 二 三・ 藤 原 良 経 )。 ○ や ゝ ち り く る 花 に ぞ、 〽 春 の と な り の ち か け れ ば と ― 少 し 散 り か か る 花 に 対 し て、 春 が す ぐ 隣 ま で 来 て い る の で と。 「 冬 な が ら 春 の 隣 の 近 け れ ば 中 垣 よ り ぞ 花 は 散 り け る 」( 古 今 集・ 雑 体・ 一 〇 二 一・ 清 原 深 養 父 )。 ○ ね ぐ ら に か へ る ゆ ふ が ら す の、 三 つ 四 つ 二 つ な き わ た る ― 「 烏 の 寝 ど こ ろ へ 行 く と て、 三 つ 四 つ、 二 つ 三 つ な ど 飛 び 急 ぐ さ へ あ は れ な り 」( 枕 草 子・ 春 は 曙 )。 ○ や り 水 の ほ そ う て 残りたる―庭園には遣水が細い流れながらも残っている。○庭に跡をも、いかゞはいとひあへむ―慈円歌を踏まえて、庭 の 雪 に 自 分 の 足 跡 を 付 け て、 訪 問 客 が あ っ た と 擬 装 す る の を ど う し て 嫌 が る の か わ か ら な い。 「 庭 の 雪 に わ が 跡 つ け て 出 で つ る を 訪 は れ に け り と 人 や 見 る ら む 」( 新 古 今 集・ 冬・ 六 七 九・ 慈 円 )。 ○ そ も 何 ば か り の 心 ざ し に て か は、 か ゝ る 雪 も よに、物する人のあらん―そもそもどういった了簡で、このような雪の降る中にやって来る人がいるのだろうか。○うむ じゐるをりしも―うんざりしていた折も折。○袖うちはらふ―袖に掛かった雪を払う。客人の行為。○はしちかうたち出 つゝ―廂のそばまで出て立って。○ならはぬ夜のありき―慣れない夜の外出。○雪をれの音―降り積もった雪の重みで木 の 枝 が 折 れ る 音。 「 明 け や ら ぬ 寝 覚 め の 床 に 聞 ゆ な り 籬 の 竹 の 雪 の 下 折 れ 」 ( 新 古 今 集・ 冬・ 六 六 七・ 藤 原 範 兼 ) 。 ○ れ い のけふりは、今さらにいひたてずとも、空にしるべし―例のタバコの煙は今さら言い出さなくても、それとなくわかるで あ ろ う。 「 唐 衣 う つ 声 聞 け ば 月 清 み ま だ 寝 ぬ 人 を 空 に 知 る か な 」( 新 勅 撰 集・ 秋 下・ 三 二 三・ 紀 貫 之 )。 ○ 長 ゐ の う ら ― 摂 津 国 の 歌 枕。 こ こ は 長 く 留 ま っ て い る こ と。 「 霜 冴 え て 夜 も 長 居 の 浦 寒 み 明 け や ら ず と や 千 鳥 鳴 く ら む 」( 千 載 集・ 冬・ 四 二 七・ 法 印 静 賢 )。 ○ 下 部 ― 卑 役 の 雑 人。 ○ 海 士 の す む 里 の し る べ ― 小 町 歌 に よ り、 「 恨 み ん 」 の 意。 「 海 人 の 住 む 里 の し

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) る べ に あ ら な く に う ら み ん と の み 人 の 言 ふ ら む 」( 古 今 集・ 恋 四・ 七 二 七・ 小 野 小 町 )。 ○ な に か は、 千 夜 を 一 よ に ― ど う し て 千 夜 を 一 夜 に す る こ と が で き な い の か。 「 秋 の 夜 の 千 夜 を 一 夜 に な ず ら へ て 八 千 夜 し 寝 ば や あ く 時 の あ ら む 」( 伊 勢 物 語・ 二 十 二 段 )。 ○ し ゐ て、 今 し ば し 共、 い か ゞ は 聞 え さ せ む ― 無 理 を 押 し て も う し ば ら く と 申 し 上 げ て 引 き 留 め る こ と もできない。○ふりはへ、とはせ給ふみ心ざしはさる物にて―雪が降っているのにわざわざお訪ねになる志は言うまでも な い が。 「 ふ り は へ 」 は 雪 が「 降 り 」 を 掛 け る。 ○ み ち の 程 も お ぼ つ か な し ― 雪 の 降 る 帰 り 道 も 心 配 だ。 ○ ず ざ よ ば す れ ば―従者を呼び寄せると。 (十一) 〈宴席での喫煙〉   さ か つ き い だ し て、 の み か は す を り な ン ど は、 ろ ん な う、 け を さ れ に た る や う な れ ど、 め ぐ り く る も、 ま ど ほ き ひ ま に は、なほしもはたえあらぬぞかし。下戸はさらなりや。 【語釈】 ○ろんなう、けをされにたるやうなれど―タバコはもちろん酒の勢いに負けているようではあるけれども。○めぐりくる も、まどほきひまには―盃がめぐってくるのも間延びして。○えあらぬぞかし―タバコのほうが良い。○下戸はさらなり や―下戸であれば、なおさらタバコのほうが良い。 (十二) 〈タバコ入れのいろいろ〉   かの、わすれおきて、いなむとしたりし物よ。をり〳〵の心ばへ、時につけつゝ、しいづるたくみ、年々月々に、めづ らしう見えしらがへば、いたりすくなきわか 人 ウド な どは、いとこのましうしつゝ、ふりぬさきにと、いそぎもとめて、ほこ

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) らしげに、もてありくを、人もはやうもたりけるこそ、くちをしけれ。大かた、かやうの事、人にあらそひ、うけばりた る は、 い と お さ な き、 わ ざ な ら め。 め 人 ノ で た し と、 こ ひ て 見 た る に、 し た り が ほ し た る も、 に く し。 又 あ ま り、 き す く に て、いつも、ふるめかしきかたをのみ、まもりゐたるも、折にふれ、所によりては、さはいへど、はへなきわざなり。只 なにとなく、おいらかに、なつかしう、きよげなるを、あるにまかせて、もたまほし。さりとて、ひたぶるにえんだち、 なまめきたるも、女 な どはさもあらめ、いとをこがましく見ゆるぞかし。かうやうのすき〴〵しさも、わかき程は、つみ ゆるしつべし。さだすぎたる人の、ようせずは、むまごもいだきつべきころほひなるが、いまめきはなやぐこそ、あひな き物なれ。 【語釈】 ○ か の、 わ す れ お き て、 い な む と し た り し 物 ― タ バ コ 入 れ。 ○ 見 え し ら が へ ば ― 目 立 つ よ う に す る の で。 「 つ ね に 見 え し ら が ひ あ り く 」( 枕 草 子・ 職 の 御 曹 司 に お は し ま す 頃 )。 ○ い た り す く な き わ か 人 ― 思 慮 の 浅 い 若 人。 ○ ふ り ぬ さ き に と ― 流行遅れになる前にと。○人にあらそひ、うけばりたる―人と争ってわがもの顔に振る舞う。○めでたしと、こひて見た るに、したりがほしたるも、にくし―すばらしいと言って所望して見る時、得意顔をしているのは憎らしい。○あまり、 きすくにて―あまりにも生真面目で。○いつも、ふるめかしきかたをのみ、まもりゐたるも―いつも古めかしいタバコ入 ればかりを大切にしているのも。○はへなきわざなり―さえないことである。○おいらかに、なつかしう、きよげなるを ―鷹揚に好ましくこざっぱりとしたものを。○ひたぶるにえんだち、なまめきたるも、女などはさもあらめ―ひたすら妖 艶で美しいタバコ入れも、女が持つのであれば、それはそれで良いけれども。○かうやうのすき〴〵しさも―このように 物好きな趣向も。○わかき程は、つみゆるしつべし―若いうちはきっと許されるにちがいない。○さだすぎたる人―盛り を過ぎた人。○ようせずは―悪くすると。○いまめきはなやぐこそ、あひなき物なれ―当世風で華やかなのは不釣り合い

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本居宣長『おもひ草』の研究(田中) だ。 (十三) 〈タバコは老後の友〉   い 此 ヨ リ 老 人 ノ 人 ニ 語 ル 詞 也 ふかひなく、年ま かりいり侍りては、何事につけても、をのづから人に心をおかれ、さるから、うちいでむとおぼし き事も、つゝましく、又おのづから、ひが〳〵しき心も、いでまうでくるわざに侍れば、おのづから所せきものになりゆ き、うたてのおきなやと、うちあばめはれ、まじらひふればふ人も、ありがたき世にこそ な ン ど 此 マ デ 老 人 ノ 詞 也 、かたりつ ゝ、きせるかき のごひ、みがき な どしつゝ、のみゐるは、わかゝりしより、たがひに、心かはらぬ友ならめと、見つゝ、心ぐるしく聞ゐ る わ 若 人 かうど さへ、えあらず。まして、ひとりつれ〴〵に、あかしくらすらん、おひ人の、身をさらぬ友としたるは、こと はりにこそ。 相 ヒ 思ふと、もろこし人の名づけゝむも、げにさることぞかし。 【語釈】 ○いふかひなく、年まかりいり侍りては―不甲斐なくも年を取ってしまってからは。○をのづから人に心をおかれ―自然 と他の人に気を使ってしまって。○うちいでむとおぼしき事も、つゝましく―口にしようと思ったこともつい言わないで 済 ま し。 ○ ひ が 〳〵 し き 心 ― 人 を ひ が む 気 持 ち。 ○ お の づ か ら 所 せ き も の に な り ゆ き ― 自 然 と 窮 屈 な 気 持 ち に な っ て い き。○うたてのおきなやと、うちあばめはれ―厄介な老人だとさげすまれ。○まじらひふればふ人―交流し、関わり合い を 持 つ 人。 「 こ と さ ら に も、 か の 御 あ た り に ふ れ ば は せ む に、 な ど か 覚 え の 劣 ら む 」( 源 氏 物 語・ 行 幸 )。 ○ き せ る か き の ご ひ、 み が き な ど し つ ゝ、 の み ゐ る ― 煙 管 の 汚 れ を 拭 き 取 り、 磨 き な ど し て ば か り い る。 ○ え あ ら ず ― 並 一 通 り で は な い。○ひとりつれ〴〵に、あかしくらすらん、おひ人―独りで暇を持てあまして生活するような老人。○身をさらぬ友と したるは、ことわりにこそ―タバコを肌身離さぬ友としたことは道理である。○相思ふ―たばこの異名を相思草という。

参照

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