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アマゾニアの経済開発 : ブラジル経済統合計画の進捗

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1

ア マ ゾ ニ ア の 経 済 開 発

  一 ブ ラ ジ ル 経 済 統 合 計 画 の 進 捗 一

俊   二

本稿 は1975年5月,筆 者 が 現地 調 査 を 行 な った ア マ ゾ ン河 流域 の マナ ウス 自由貿 易 地域 につ いて の 調 査報 告 で あ る。 は   し  が   き   1914年,世 界 を席 捲 した ア マ ゾン河 流 域 の ゴ ム ・ブー ムは 静か に 終 焉 を 告 げ た 。 そ れ は ブ ラジル 経 済 の 特 徴 を なす 循環 経 済 の短 い一 周 期 にす ぎな か った。 周 期 は短 い もの で あ った が,そ れ が この地 辷 も た らした 経 済 的 繁 栄 は 譬 え よ う の ない 巨 大 な もの で あ った の で,一 過 性 繁 栄 の後 に は,途 方 もな く広 大 な 北 部 ブ ラ ジル に は 恐 るべ き経 済 的 沈 滞 が 襲 った の で あ る。 そ の結 果 と して,こ の広 大 な地 域 の 後 進 性 は 今 日な お ブ ラジ ル連 邦 政 府 の重 大 な 政 治 経 済 的課 題 とな っ て い る。 この課 題 は具 体 的 に は南 北 問 題 の 解 消,南 北 地 域 格 差是 正 とい う形 で 取 り組 まれ,連 邦政 府 は そ の解 決 を 迫 ま られ て い る。 こ こで く北 〉 とい う地 域 は 単 に アマ ゾ ン河流 域 の大 地 域 だ け で は な く,こ れ と地 域 的 に連 続 し,か つ 後 進 性 を 同 じ くす る東 北 部 ブ ラ ジル を 併 せ て 〈北 〉 とす るの が 一般 通 念 で あ る。   ブ ラジ ル地 理 統 計 院 が1967年 よ り採 用 した公 式地 域 区 分 で は全 国土 は 次 の5        

大 地 域Grandes  Regioes  Y'.分け られ る 。 こ の 地 域 区 分 はR.  H. Whitbeckと

Frank  E. Williamsが1931年 に 行 な っ た ブ ラ ジ ル 自 然 地 理 区 に よ る 区 分 と ほ ぼ

      くヨコ

一 致 す る。(第1表 ・第1図 参 照)

(1)』Fundagao  Instituto  Brasileiro  do  Geografia  e Estatistica,1970  Censo. (2)R.H.  Whitbeck  and  F.  E.  Williams:Economic  Geogr.  of  South  America,3rd

ed.,  N.  Y.1940.  p.325.(1)ア マ ゾ ン 低 地(2)東 部 高 原(一 部 に 低 地 を 含 む),こ れ を   さ ら に 東 北 部,東 南 部,南 部 に3分,③ 内 陸 高 原(一 部 に 低 地 を 含 む)に 分 け る 。

(2)

2 第1表   フ ラ ノル5大 地 域 別 面 積 ・人 口 ・人 口密度 地   域   区   分 Norte  ノ ル テ(北 部) Nordesteノ ル デ ス テ(東 北 部) Centro-oeste セ ン ト ロ ・オ エ ス テ(中 西 部) Sudeste  ス テ ス テ(東 南 部) Sul    ス   一   ル(南   部) Brasil α げ 積 3,581,180 1,548,672 1,879,455 924,935 577,723 8,511,965 構成比 421 18.2 221 10.8 68 100.0 人 目 人 口 数 3,650,750 26,675,081 5,167,203 40,331,969 16,683,551 94,508,554 構成比 3.9 303 55 42.7   膨 16.6 100.0 人 目密 度 103 18.59 275 4390 2968 1118 ' 第1図  ブラジル行政地域区分 と州別人口密度 ,, 、   賢 、 、 ACRE  、㌦ TERRITORIO DE  RORAIMA 、 、        与、h  τERRITORIO l  漆     \ ・。・MAPA ロ      ジ の      も vげ 、t      ' AMAZO∼AS     ,'9一 噂、 、     ', りP.ρノ   TERRrrOR「O   DE RONDON「A   サ、   , NORTH   ' '    PARA 恥   MATO GROSSO CENTRAL・WEST     3 ヤ    ぐ         言     '謡GOIAS   ゴ ,/   コOF

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GUANABARA

(3)

      アマゾニアの経済開発    3   〈北 〉 に 含 まれ る ノル テ と ノル デ ス テ を合 わ せ た 面 積 は 国 土 の60%に 及 ぶ 低 開 発 地 域 で あ り,こ れ に 対 して,一 般 通念 と し て 〈南 〉 に 含 まれ るス デ ス テ と ス ール を 合 わ せ た面 積 は 国土 の18%に 過 ぎない が,そ の 工 業 化 の 進捗 に よ って 南 北 地 域 格 差 は ます ます 拡 大 傾 向 を もち,も し も,こ の 地 域 格 差 問 題 に 適 切 な 施 策 を 講 ぜ ず,無 為 無 策 に放 置 され る とき は,ブ ラ ジル 連 邦 の 分 割 とい う重 大 事 態 に まで 発 展 しか ね な い政 治問 題 を は らんで い る こ とを 指 摘 す る識 者 も少 な くな い 。 か か る意 想 の 根 底 を なす も の は,国 土 の広 大 性 に 由 来 し,か つ歴 史 的 に 醸 成 され て きた レジオ ナ リス モ(Regionalism・)で あ る と筆 者 は 考 え る が 故: に,ま ず この こ と よ り述 べ る こ と とす る。     1  レジオ ナ リス モの 源 流   ブ ラ ジル の 国 土 面 積 は851万 舗 で,日 本 の23倍 に 相 当 し,ソ 連 ・カ ナ ダ ・ア メ リカ合 衆 国 ・中 共 と比 肩 す る大 国 で あ るが,こ の大 国 を構 成 す る地 域 経 済 は そ れ ぞ れ が 異 質 で あ り,従 って ブ ラ ジル経 済 は異 質 な る地 域 経 済 の算 術 的 集 合 体 で あ っ て,今 日な:お有 機 的統 合 体 として の く一 つ の ブ ラ ジル経 済〉 は 存 在 しな い,と い うと柳 か 言 葉 が す ぎ る か も しれ ぬ が,現 連 邦政 府 が 国 家 統 合 あ るい は 経 済 統 合 を 標 榜 した政 策 を 推 進 して い る の は,ま ぎれ も な く<一 つ の ブ ラジ ル国 家 〉 あ るい は 〈一 つ の ブ ラ ジル経 済〉 の 確 立 を 目指 す も のに ほか な ら 一ぬ 。   か か る地 域 経 済 の異 質 性 は 風 土 的 自然 条 件 の 相違,地 域 住 民 の人 種 分 布 上 の 不 同 に基 因す る こ とは 云 うまで もな い が,そ れ らの 異質 な る地 域 経 済 を 〈一 つ の経 済統 合体 〉 に まと め るに 必 要 な手 段 と して の 交 通機 関 ・通 信 機 関 を発 達 さ せ るの に,こ の 国土 は余 りに大 きす ぎ る とい わ ね ば な らぬ。 今 日な お かか る状 況 に あ り,ま してや 植 民地 時 代 につ い て は 縷 言 を 要 せず,加 え て植 民 地 時 代 よ り地 域経 済 は相 互 間 に結 ば れ る よ りは,む しろ そ れ ぞ れ が 独 自に世 界 市 場 と結 ば れ て発 達 し た の で,こ れ を 背 景 と して レジオ ナ リス モ は既 に植 民地 時 代 よ り 漸 次醸 成 され て きた こ とは,大 国 ブ ラジル の 背 負 う宿 命 とい うべ きで あ る。 レ ジオ ナ リス モが 政 治 運 動 に 発 展 した 事 件 を 歴 史 に 徴 す るに,次 の 如 くで あ る。

(4)

  4   ノ ル デ ス テ は 特 に 黒 人 的 要 素 が 濃 厚 で あ る の は,糖 葉 の 全 盛 期 に 労 働 力 の 根 幹 を な し た 黒 人 奴 隷 の 子 孫 お よ び そ の 混 血 種 の 生 活 圏 で あ り,ス デ ス テ の サ ン パ ウ ロ,先 年 ま で 首 都 で あ っ た リオ ・デ ・ジ ャ ネ イ ロ は 商 工 業 の 中 心 地 で あ り,ス ー ル の3州 は ドイ ツ 移 民 の 開 拓 に 負 う と こ ろ 多 く,こ と に 最 南 部 の リ オ ・グ ラ ソ デ ・ ド ・ス ー ル 州(以 下,南 大 河)hlと略 す)は か ウ ー チ ョgaucho的 で,ガ ウ ー チ ョは 南 大 河 州 人 の 異 名 と さ え な っ て い て,こ れ ら北 と 南 と 中 央 の 3老 の 対 照 は 顕 著 で あ る 。   植 民 地 時 代,ポ ル トガ ル 本 国 が ス ペ イ ン の 統 治 下 に あ っ た1580年 ∼1640年 の 間 に,オ ラ ン ダ は 葡 領 東 印 度 や 葡 領 ブ ラ ジル を ス ペ イ ン よ り奪 取 せ ん と し,オ ラ ン ダ西 印 度 会 社 に ア フ リ カ や 南 米 の 領 有 権 を 認 め,1630年 に 大 規 模 の 遠 征 隊 を ペ ル ナ ン ブ コに 派 潭 し,そ の 一 角 を 占 領,漸 次 勢 力 を 北 部 ブ ラ ジ ル に 拡 大, 1644年 に オ ラ ン ダ は ア マ ゾ ン河 口 よ り南 緯11。 に 及 ぶ 広 大 な:ノル デ ス テ 海 岸 地 方 を 占 領 し,甘 蔗 及 び タ バ コ栽 植 耕 地 を 接 収 し,新 し く領 有 し た ア フ リカ 領 土 よ       ゆ り無 際 限 の 黒 人 奴 隷 の 供 給 を も っ て 新 参 耕 主 が 栽 植 耕 を 始 め た 。 こ の と き,ス ペ イ ン軍 の 兵 力 を 籍(か)ら ず,ポ ル トガ ル 植 民 地 軍 の 後 援 も な し に,ノ ル デ ス テ の ブ ラ ジ ル 人 自 身 が 黒 ・白 ・褐 色 の 皮 膚 の 色 を 超 越 し て 一 致 団 結 し,1645年 か ら9年 間 に わ た っ て オ ラ ン ダ勢 力 と戦 い,1654年 レ シ フ ェ に お い て 降 伏 せ し め,ナ ラ ン ダ 人 を ブ ラ ジ ル よ り追 放 し た1件 を も っ て,一 般 に は ブ ラ ジ ル ・ナ       くの シ ョ ナ リ ズ ム の 発 端 と さ れ る が,こ れ は 前 述 の レ ジ オ ナ リス モ の 発 露 に ほ か な ら ぬ 。 ま た,1817年 に は ブ ラ ジ ル 植 民 地 政 府 が ウ ル グ ワ イ 戦 争 遂 行 の た め(結 局,Fの 戦 争 に よっ て ウル グ ワイ は ブ ラジル よ り独 立 を獲 得),重 税 賦 課,苛 酷 な 徴 兵 令 を 施 行 し た の に 反 抗 し,革 命 運 動 が 激 化 し,共 和 国 宣 言 を 発 し た の も,ノ ル       この デ ス テ の 中 心 都 市 レ シ フ ェ で あ っ た 。 そ れ に 続 い て パ ラ州 お よ び バ イ ー や 州 で (3)拙 稿   ブ ラ ジ ル 東 北 海 岸 地 方 に お け る 甘 蔗 プ ラ ン テ ー シ ョ ン の 発 達 と 奴 隷 労 働 力   彦 根 論 叢(昭 和31年12月)

(4)J.F.  Bannon  and  P.  M.  Dune.Latin  America:An  Historical  Survey,  Rev.  ed.,   Milwaukee  1958,  p.134.

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       アマゾニアの経済開発   5 は 州長 官 を瓢(し りぞ)け て,み ず か ら仮政 府 委 員会juntaを 設 置 した こ とが       じの あ った が,そ れ は もは や 植 民 地 独 立 の 前 夜 とい うべ き事 態 を示 して い る。   ス ペ イ ン領 ア メ リカ植 民 地 は 例 外 な しに,独 立 後 は共 和 制 に移 行 した が,ブ ラ ジル植 民地 だけ は,い っ た ん 帝 政 に 移 行 した。 この と き,共 和 思 想 が 優 勢 化 した北 部 ブ ラジ ル各 地,と りわ け 前 述 の2つ の 独 立 運 動 を 体験 して,地 方 自治 の精 神 が尖 鋭 化 し て い たペ ル ナ ソ ブ コは 北部 ブ ラ ジル に お け る騒 乱 の中 心 地 と な った。 帝政 τ,ペ ー ドロ1世 の専 制 主 義 的 態 度 に対 して は勇 敢 に反 抗 し,州 都 レ シ フ ェに 仮 政 府 を 組 織 し,ブ ラ ジ ル 皇 帝 の 編 絆 を 脱 し て 〈赤 道 地 方 連 合 〉 (ConfederagAo  d・,Ecuador)と 呼 ぶ 自 由 国 建 設 の 宣 言 を 発 し た の は1824年7月2 日 で あ っ た が,こ の 叛 乱 は9月12日 に 鎮 定 さ れ た 。 北 部 ブ ラ ジ ル が ブ ラ ジ ル 帝 国 よ り独 立 せ ん とす る 叛 乱 は な お 繰 返 し 勃 発 し た 。 つ い で な が ら記 せ ば,南 部 の 南 大 河 州 に 勃 発 し た 大 規 模 な 独 立 戦 争 は10年 間 も 続 き,1845年 革 命 軍 の 降 伏         を も って終 結 した 。   か くの 如 く,北 と南 とに 勃 発 した 独 立 の 叛 乱 は,中 央 政 府所 在 の東 南 部 に対 す る北 と南 の 国情 の相 違 に 基 く レ ジオ ナ リス モ に 発す る もの と 見 るべ さ で あ る。 かか る政 情 不 安 はペ ー ドロ2世 の治 世 に は終 息 したが,1帝 国 は1888年 奴 隷 解 放 宣言 を契 機 に勃 発 せ る革 命 に よ って共 和 制へ 移 行 した 。   現 連 邦 政 府 の歴 代 政 権 は 過 去 に お け る 〈北 〉 の 政 治 的動 向 を看 過 す る こ とな く,対 北 政 策 には 意 を 用 い て きた の で あ る。 2  北 部 ブ ラジ ル の後 進 性   本 稿 冒頭 に筆 者 は ブ ラ ジル 経 済 の 特 徴 と して の く循 環 経 済〉 な る語 を 用 い た が,こ れ は言 葉 の厳 密 な る意 味 に お け る 〈経 済循 環 〉 とは全 く異 った 意 味 を も つ 慣 用 的 用 語 で あ る。 この用 語 は1500年 の ブ ラ ジル発 見 よ り現 代 の工 業 化 時 代 に至 る,ブ ラジル 経 済 の発 展 過 程 を,始 期 ・終 期 の 漠然 とした 若 干 の 循 環 に 分 け る こ とに用 い られ る。事 実,ブ ラ ジル経 済 成 長 の過 程 は 特 定 生 産 物 の 輸 出 に (6)  Ibid., PP.278. (7)田 中 耕 太 郎   ラ テ ン ア メ リ カ 史   上 巻   昭 和24年p.348.

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  6 よ って生 ず る繁 栄 期,そ れ に続 いて 特 定 生 産 物 市 場 の 消 滅 あ るい は喪 失に:原因 す る不 況 期 を一 つ の周 期 とす る循 環 に 分 け る こ とが で き る。:これ が さ ぎに ブ ラ              ロ ジル経 済 の特 徴 とい った循 環 経 済 で あ るσ   循 環経 済 の実 態 を述 べ る紙 数 を もた ぬ の で,そ の 要 旨の み 摘 記 す れ ぽ,〈 ブ       くり  ラ ジ ル の 木Caesalpinia  echinata>→ 〈砂 糖 〉→ 〈金 ・ ダ イ ヤ モ ン ド〉 → 〈ゴ ム 〉           → 〈コー ヒー〉 へ と循 環 し,サ ンパ ウ ロ州 を 中 心 とす る コ ー ヒ ーの 収益 は それ に 続 く大 規 模工 業 発 展 へ の資 本 を 準 備 し,現 代 工 業 化 時 代 へ 連 らな り,同 州 は ブ ラ ジル の 最重 要 な工 業 地 域 に発 展 す るの で あ る。 上 述 の 循 環 の 根 幹 を形 成 し た特 定生 産物 は,貴 金 属 を例 外 と して す べ て が 農 産 物 で あ り,そ の 種 類 に 交 替 を生 じ,同 一 農 産 物 の 繁 栄 期 が 繰 返 され な い こ とに 注 目す る必 要 が あ る と思 う。 それ は循 環 と とも に繁 栄 地 域 の 遷 移 を 意 味 す るの は 次 の 理 由か らで あ る。   な ぜ な らば,植 物 は特 定 の生 物 学 的 要 求 を もつ 以 上,自 然 条 件 の 制 約 を 受 け ざ るを え な い。 生 育 に対 す る気 候 的 限 界 は 品 種 に よ り厳 密 な こ とあ り,弾 力 的 な こ と もあ るが,い つ れ に して も植 物 は 生 育 の限 界 と最 能 度 とを もつ。 す な わ ち,あ る品 種 の生 育 が可 能 な る広 い地 域 内 で,さ らに 一 定 地 域 に お い て は 一 層 生 育 に 好 適 な地 域 が あ る。 あ る種 の農 産 物 が 地 理 的 に 最 能 度 を もつ 地 域 に 生 産 が特 化 し,そ の農 産 物 に対 して 世 界 市 場 が 存 在 す る とい う事 例 を 挙 げ る こ とは 困難 で は な い。   さ きに筆 者 は 同一 生 産 物 の繁 栄 期 の繰 返 しが な い こ と,延 い て は 繁 栄 地 域 の (8)Paiva,  R. M.  et al:Brazil's  Agricultural  Sector:Economic  Behavior,  Problems   and  Possibilies(XV  Intern.  Conference  of  Agric:`ltural  Economi∫is)Sao  Paulo   1973,  p.1. (9)拙 稿   前 掲(昭 和31年12月) (1◎) Paiva,  op cit., PP.≡ 〉一10. (1D拙 稿   サ ンパ ウ ロ高 原 へ の プ ラ ン テ ー シ ョ ン 立 地 移 動 要 因 と し て の 自 然 条 件 優 越 説         へ の 批 判   彦 根 論 叢(昭 和32年3月)   拙 稿   サ ンパ ウ ロ高 原 に お け る 珈 琲 プ ラ ン テ ー シ ョ ン の 発 達 と 欧 州 移 民 労 働 力   彦         根 論 叢(昭 和32年7月)   拙 稿   ブ ラ ジ ル 国 エ ス ピ リ ト ・サ ン ト州 に お け る 珈 琲 栽 培 の 発 達 と独 乙 人 移 民 労 働         力 彦 根 論 叢(昭 和32年11月)

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      アマゾニアの経済開発   7   遷 移 を指 摘 したが,そ れ 故 に こそ,か つ て ゴ ム ブ ー ムに沸 い た ノル テ と,砂 糖   ブー ムに よ って繁 栄 した ノル デ ス テ とは,い ず れ も繁 栄 が去 った あ と久 し く沈 ・ 滞 を続 け てい る地 域 で あ る。 され ば 、工 業 化 の進 展 す る南 部 との間 に,南 北 地 .域 格 差 は漸 次 拡 大 傾 向 を辿 った の で あ る。       第2表  地域別所得分布 と所得比 地 域 北 部 東   北   部 中  南   部 部 郡 部 西 南 中 東 南

ブ ラ ジ ル 所 得 分 布(%) 1949 2.4 16.2 81.4 100 195§ 2.2 14.3 83.5 100 1968 2.1 14.4 83.5 3.3 62.9 17.3 100 1人 当 り所 得 比   (指数) 194苔 65.9 46.6 100 195§ 63.2 41.9 100 1968 53.7 51.1 105.4 59.7 147.3 98.2 ` 100

      上表中・・印の1949年度,1958年度の数値4-lRevista Brasileira de Economia, Ano 14,

    No.1,  Margo  1960 pp.18-19よ り西向教授 が引用せ るもの。1968年度 はInstito亡o

    Brasileiro de Economia, Funda⊆ao Get61io Vargasの 資料 よ り和 田が算 出。従 っ     て資料が異るので,こ こでは地域 格差の大要把 握の程度で 満足す ることに した。な お,     本稿第1表 をあわせて参眉の こと。   地 域 格 差 を 表 示 す る 指 標 と し て,し ば しぼ 用 い られ る 各 地 域 の 所 得 分 布 と1 人 当 り所 得 の 比 較 を 第2表 に 示 し た 。 所 得 分 布 で は1949年 よ り1958年 の 間 に ノ ル テ で は2.4%よ り2.2%へ,1968年 に は2.1%へ と漸 減 傾 向 を と り,ノ ル デ ス テ で は1949年 よ り1958年 の 間 に16.2%よ り14.3%に 落 ち こ ん だ が,1968年 に は 14.4%と 下 げ ど ま り微 増 を 示 し て い る。 ま た1人 当 り所 得 に お い て ブ ラ ジ ル の 平 均 水 準 を100と す る 指 数 で は,同 上 期 間 に ノル テ で は 顕 著 な 漸 減 傾 向 を と っ た こ と に は 注 目す べ き で あ り,ノ ル デ ス テ で は1949年 よ り1958年 の 間 に は46.6 よ り41.9に 下 落 し た が,1968年 に は51.1へ と 上 昇 を 示 し た 。`こ こ で ノ ル テ の 指 数53.7お よ び ノ ル デ ス テ の51.1に 対 す る ス デ ス テ の147.3お よ び ス ー ル の98.2 を 比 較 し て 南 北 地 域 格 差,延 い て は く北 〉 の 後 進 性 が 判 然 とす る こ と と 思 う。   ノ ル テ は 公 式 の ブ ラ ジ ル5大 行 政 地 域 区 分 に よ る1地 域 で,3州 と3準 州 を

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  8        ' 包 含 し,面 積358万 層 は 日本 国土 の約10倍,1欧 州 全 土 の 約73%に 相 当 し,そ れ 故 通 常 わ れ わ れ の 地 域 概 念 に よ る1地 域 とは桁 違 い の広 さを もち,そ の うえ人 口365万 は わ ず か に 日本 の 千 葉 県 人 口程 度 で あ るか ら,平 均 人 口密 度1.03人 と な り世 界 で も最 過 疎 地 域 の 一 つ で あ る。   Get丘1io Vargas財 団 の 調 査 で は,ノ ル テ は1968年 の ブ ラ ジル 国民 所 得 分 布 の 僅 か2.1%を もつ に 過 ぎず(前 出),ま た20種 の 代 表 農 作 物 の 年 給 生 産 額 に お い て ノル テ で は 人 口1人 当 り39.71Cr$(ク ル ゼ イ ロ),農 業 人 口1人 当 り 147.45Cr$を 示 す。 この とき ノル テ と並 ぶ 後 進 地 域 ノル デ ス テ で は,そ れ ぞ れ 127.30Cr$,467.70Cr$で あ るの に 比 べ て,ノ ル テ は な お低 く,ブ ラジル5大 地 域 の 最 低 位 に あ る。   か くして 連 邦 政 府 は 南 北 地 域 格 差 の 是正 対 策 と して,北 部 ブ ラジル の 地 域 開 発 政 策 を 取 り上 げ るに 至 った。 そ れ は地 域 格 差 の 拡 大 が 社 会 的 不 安 と 緊 張 を 生 ぜ しめ,延 い て は そ れ が ブ ラ ジル の 政 治 的 統 合 を 弱体 化 し,反 連 邦 主 義 を 台 頭 せ しめ る気 運 の醸 成 を 憺 具 す る 心 とな り,筆 者 が 第1章 に 述 べ た 歴 史 的 事 実 を 悉 知 す る者 な らば 誰 し もが 感 ず る と こ ろで あ る。 こ うして 後 進 地 域 の 開 発 に よ って南 北地 域 格差 を是 正 せ ん とす る政 策 が 急 速 に 現 実 化 した 。そ れ は SUDENEお よびSUDAMの 設 置 とな って具 象化 され た 。 わ が 論 題 を 越 え る         SUDENEに つ い て は,西 向 教 授 の論 述 が あ るの で 本 稿 で は触 れず, SUDAM に つ い て 次 章 に述 べ る。 3  SUDAMに よ る地 域 開 発   後 進 的 ノ ル テ の 地 域 開 発 を 促 進 す る 行 政 機 関 と し て,1935年 に 設 立 さ れ た

SPVEA(Superintend色ncia  do Plano de Valorizagまo Econδmica  da Amaz6nia,ア マ

ゾ ニ ア経 済 安定 企 画 庁)が あ っ た が,こ の 機 関 の 活 動 実 績 は 運 営 資 金 の 不 正 支 出

な ど も か ら み,見 る べ き も の が な か っ た の で,カ ス テ ロ ・ブ ラ ン コ 大 統 領 が_

(12) Paiva,  op. o"., p.282.

⑬ 西 向 嘉 昭   ブ ラ ジ ル の 経 済 発 展 の 一 般 的 特 質(中 南 米 研 究 叢 書   V)1963pp.128-  132.

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      ア マ ゾニ アの 経済 開 発     9

.一1966年10月 連 邦 法 律5173号 お よ び 同 年9月28日 の5122号 に お い て;SPVEAを

解 組 し,新 し くSUDAM(Superintendencia  do Desenvolvimento  da Amazonia,ア

マ ゾ ニア開 発管 理 庁)を 設 立 し た 。 内 務 省 に 属 す る 自治 機 関 で ,パ ラ州 ベ レ ー ン         に 本 部 を もつ 。 そ の 管 轄 区 域 は 前 掲 法 律5173号 に よ り次 の 如 く限 界 設 定 が 行 わ れ,こ れ を く法 定 ア マ ゾ ニ ア>Amazonia  legalと 称 す る 。 す な わ ち,行 政 地 域 区 分 の ノ ル テ(パ ラ,ア マ ゾ ナ ス,ア ク レの3州,ロ ソ ドー ニ ア,β ラ イ マ, 7マ パ ー の3準 州)の 面 積358万 競,さ ら に ノ ル テ の 限 界 を 越 え て 範 域 を 拡 大 し,.南 緯16。 以 北 の マ ッ ト ・グ ロ ッ ソ州,南 緯13。 以 北 の ゴ イ ヤ ス 州,西 経440 以 西 の マ ラ ニ 註 ン 州 を 含 み,総 面 積 は487万 廟 と な り,ブ ラ ジ ル 全 土 の58%, 南 米 の2Z%に 相 当 す る 大 地 域 で あ る が,1973年 現 在 人 口 は719万 人 で,全 人 口         の8%に す ぎ な い 。

  SUDAMの 役 割 は 租 税 特 別 措 置,即 ち 税 制 恩 典incentivo  fiscalの 供 与 に よ

っ て 企 業 誘 致 を 図 り,も っ て ノ ル テ の 経 済 開 発 を 促 進 す る こ と で あ る。 税 制 恩         典 の 概 要 は 次 の 通 りで あ る 。   ω  地 域 内 の企 業 プ ロ ジ ェク トに 必 要 で,国 産 類 似 品が ない 機 械設 備 の輸 入 関 税,そ の   他 あ らゆ る国 内 税(工 業 製 品 税,商 品流 通 税)の 免 除 。 (ii)ブ ラジル 国 内企 業 の法 人 所 得税 決 定 額 の うち,50%をSUDAMの 認可 す る工 業,   農 牧 業,イ ン フ ラ ス トラク チ ャ ーの プ ロジ ェク トに 投 資す る と き,見 な し納 税 と して   免 除 す る。 地 域 内 に 投 資す る企 業 者 は総 投 資 額 の25%の 自己 資 本 を用 意 す れ ば よい。 Gig 1974年12月31日 まで に地 域 内 に新 設 され る企 業 の 法人 所 得 税 を10年 間 ,50%な し全   額 免 除す る。   SUDAMの 税 制 恩 典 供 与 に よ る プ ロ ジ ェ ク ト認 可 実 績 は1963年 よ り1972年 8月21日 ま で の 間 に486件 を 数 え る が,そ の う ち 農 牧 畜 業 は306件,投 資 額23億 Cr$,労 働 力 必 要 数14,211人,鉱 工 業 は164件,24億Cr$ ,34,500人,サ ー ビ ス 業 は16件,7,8億Cr$,2,156人 と な り,農 牧 畜 業 は 本 来 な らば 最 も 労 働 力 必 (14)長 橋   尚編   ブ ラ ジル の投 資 環境(経 済 協 力 調 査 資 料,ア ジア経 済研 究 所)1973年   p,42.

45)  Paiva,  OP.  o".,  p.391. ㈹   長 橋   前 掲 書   PP.76-77.

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  10 要 数 は 多 か るべ き筈 で,'そ の 件 数 も多 く,投 資額 も総 額 の40%を 占め るに か か わ らず,労 働 力 必 要 数 は 鉱 工 業 とは 逆 に非 常 に 少 な い。 そ れ は農 牧 畜 業 プ ロジ ェ ク トは人 手 のか か らぬ 植 林 や 牧 畜 に 集 中 した た め で あ る。 この こ とに企 業 利 益 のみ を追 求す る投 資 が 圧 倒 的 に 多 く,政 府 の 意 図 す るア マ ゾニ ア開 発,す な. わ ち,人 ロの定 着 増 加,経 済 下 部 構 造 の発 展 に よ る住 民生 活 水 準 の 向上 を はか る との 目的 か ら,大 き くは ず れ た こ とを 意 味 す る。 さ らに そ の投 資 が ア マ ゾニ ア の な かで も,河 口地 方 で 比 較 的 に 開 発 の 進 ん だ パ ラ州 に集 中 し,奥 地 の ロ ラ イ マ準 州 は 皆無 とな っ て い る。 本 来 の アマ ゾ ン流 域 の ノル テ に は 属 しな いが, 法 定 ア マ ゾ ニア(前 出)に 含 まれ る諸 地 域(マ ッ ト ・グ ロ ッソ州 等 々)へ の認 可 件 数 が 総 数 の半 分 以上,投 資 総 額 の40%を 占め る状 況 で あ る。 また2,000万 Cr$以 上 の大 型 プ ロジ ェク ト54件の うち,31件 はパ ラ州 とア マ ゾ ナス 州 に 集 中 し,大 型 プ ロジ ェ ク トの疫 資 総 額28億Cr$の うち,44%は パ ラ州,19.7%は ア マ ゾナ ス州,17.7%は ア マ パ 準 州 に分 布 す る。 以 上 は1972年8月21日 現在 の状         況 で あ る。   しか し,税 制 恩典 に よ る資 金 運 用 を 中心 とした 開 発 だ け で は そ の成 果 と今 後 の見 通 しが 政府 の 目標 に 程遠 い と 気 付 いた の は,SUDAM発 足 後 数年 を 経 過 した 時 点 で あ る。 当 初SUDAMの 重 点施 策 と して牧 畜 業 導 入 奨 励 が 掲 げ られ た 。 そ れ は アマ ゾ ニ アが 過疎 地 域 で あ り,社 会 経 済 的 下 部 構 造 が 未 発 達 で あ る た めに,適 当業 種 と考 え られ た。 しか し牧 畜 業 は労 働 力 を最 も必 要 と しな い 生 産 活 動 の代 表 で あ って,従 って 牧 畜 業 導入 と世 界最 大 過 疎 地 域 た る ア マ ゾ ニ ア. へ 人 口定 着 を図 らん とす る こ とは,両 立 しな い政 策 で あ った 。 こ の地 域 に 人 口 定 着 を 促進 す るた め に は社 会 経 済 的 下 部 構造 の 整 備 が先 決問 題 で,こ れ な くし て い か に 開 発 を叫 ん で も徒 労 で あ り,そ の 上 アマ ゾ ニア に隣 接 す る ノル デ ス テ. は 後 進 性 に お い て 同 じで あ るが,ア マ ゾ ニ ア とは 逆 に,人 口稠 密 地域 で あ るが .ため に 生ず る社 会 的 緊 張 に苦 悩 す る。 か よ うな ノル デス テ の 状態 に鑑 み て政 策 の 再 検 討 を迫 られた の で あ る。 ㈲   ブ ラジル経 済 経 営 事 典PP.385-388.

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       アマゾニアの経済開発   11 第2図  ブラジル国家統合計画 による国土横断 ・縦 断自動車道路     ♂■四 ・.  . '㍉ .6・ ・"dポ ル ・ヴ ・リ・ マナウス         サンタレン ,..・'◆望 ツーバ       }       '       o       、       クヤパ_ 島 。レ。 サンルイ・       フォルタレザ 層陶・ リオブランコ   w ﹁             ア ト                 リ イ           ジ

π

トランス ・アマ ソ ニ カ横 断道 路 お よび南 北 縦 断 道路   馴国■■■ ■9完 成   即.冒 四 脚 冒,建設中 主費国道 完 成 7レ ジナ ツ ヨンペソア       サンパウロ

  グ

    ボルトアレグレ リオ レシ フ ェ サ ルバ ドル 〔和 田 原図 〕'   そ の 結 果,1970年 の 統 令1106号 に よ る 〈国 家 統 合 計 画 〉(Pr・gramma 

de Inte-gragao  Nacional)が 発 表 さ れ 直 ち に 実 施 さ れ た 。,そ れ は 特 にSUDAMお よ び

SUDENEの 管 轄 領 域 に 含 ま れ る 地 域 の 下 部 構 造 の 建 設 に1971年 よ り1974年 の 間 に20億Cr$の 資 金 を 投 入 し て,急 速 な る 国 家 経 済 の 統 合 を 促 進 せ ん と し,第 1段 階 と し て トラ ン ス ・ア マ ゾ ニ カ 横 断 道 路 と ク ヤ バ ー と サ ン タ レ ン 間 の 縦 断         道 路(BR165号 線)の 建 設 よ り開 始 され た。   ア マ ゾニ ア の唯 一 の交 通 機 関 は 河 川 で あ って,延 長3,000廟 以 上 の ア マ ゾン 河 本 流 お よび 延 長1,500肪 以 上 の5支 流,無 数 の 枝 河 が交 通 網 を形 成 して,道         とい うもの は 皆 無 の 状 態 で あ る。 熱 帯 雨 林 気 候 の下 に 広 大 な 地 域 は植 生 の 自然 ⑱ 前 掲 書 。 (19)  Paiva,  OP.  c".,  p.393.

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繁 茂 に 委 ね ら れ,ひ と 呼 ん で く緑 の 地 獄>Inferno  Verdeさ な が ら の,殆 ん ど 無

住 の 地 で あ る 。 そ の 密 林 を 開 い て,横 断 道 路 と縦 断 道 路 を 建 設 し よ う と す る 。

  ト ラ ン ス ・ア マ ゾ ニ カ 横 断 道 路(Trans  Amazonica  Rodovia)は トカ ン チ ソ ス

河 畔 の エ ス ト レ イ トよ り始 ま り,ペ ル ー 国 境 に 至 る 約5,000伽 の 延 長 を も ち, 現 在 未 完 成 部 分 が 建 設 中 で あ る 。 大 西 洋 岸 の ジ ョ ン ・ペ ソ ア(パ ラ イ バ 州)お よ び レ シ フ ェ(ペ ル ナ ン ブ コ 州)か ら そ れ ぞ れ 発 す る道 路 が 途 中 で 合 流 し て エ ス ト レ イ トに 至 る区 間,エ ス ト レイ トと イ タ イ ツ ー バ 間 は 完 成 さ れ て い る 。 ア マ ゾ ニ ア 開 発 に 重 要 な も う1本 の 道 路,BR  165号 縦 断 道 路 は サ ン タ レ ン よ り発 し て,カ シ ン ボ 経 由 ク ヤ バ ー(マ ッ ト ・グ ロ ッ ソ州)に 至 る 全 長1,500加 は 途 中 原 始 密 林 地 域 を 貫 くが,道 路 に 沿 っ て 各 種 の 鉱 物 資 源 が 確 認 さ れ た6上 記 の 道 路 の ほ か,ボ ル ト ・ベ ー リ ョ と ク ヤ バ 一 間 の 国 道 は 未 舗 装 な が ら完 成,サ ン パ ウ ロ ま で 約3,600伽,特 急 バ ス は 丸4日 で 走 り抜 け る。 これ ら の 全 通 の 暁 に は 眠 れ る莫 大 な 資 源 を ブ ラ ジ ル 経 済 に 統 合 す べ き 下 部 構 造 と し て の 重 大 な 役 割 が 期 待 され る。   か くの 如 き長 大 な 自 動 車 道 路 建 設 は 第1に ア マ ゾ ニ ア 過 疎 地 域 へ の 人 口定 着,第2に 鉱 物 資 源 の 経 済 的 利 用,第3に は 農 牧 畜 業 の 確 立 を 目 指 し て い る。 す な わ ち,第1は ノ ル デ ス テ な ど生 活 水 準 低 く,人 口 稠 密 な 地 域 よ り道 路 沿 線 に 植 民 を 定 着 せ しむ べ く,INCRA(lnstituto  Nacional de Colonizagao e Reforma Agraria,連 邦政 府 植 民 農 地改 革 院)の 協 力 の 下 で,植 民 第1次 計 画 と し て10万 家 族 を 定 着 さ せ よ う とす る 。 第2の 鉱 物 資 源 に 関 し て は,米 国 のBethlehem  Steel

Co.'と 現 地 資 本 の 合 弁 会 社ICOMI(lnddstria  e Comercio  de Minerios)が ア マ パ

準 州 の5erra  do Nivioに お け る マ ン ガ ン 鉱 床 で 最 近 代 的 採 掘 設 備 を も っ て 操 業 に 入 り鉱 石 の 大 部 分 は 欧 米 に 輸 出 し て い る。 同 社 はSUDAM認 可 の 大 型 プ ロ ジ ェ ク ト上 位2位 に あ る 。 ま た1950年 代 の 末 に ロ ソ ドニ や 準 州 で 錫 鉱 床 が 発 見 され る ま で は,ブ ラ ジ ル は 錫 を 輸 入 に 依 存 し た が,ブ ラ ジ リア ー ア ク レ 自 動 車 道 の 開 通 後 は 特 に そ の 活 動 は 活 発 と な り,外 資 系8社 が 錫 採 掘 に 従 事 し, ブ ラ ジ ル の 錫 産 出 量 は1970年 に 世 界 第8位 を 占 め る に 至 っ た 。 パ ラ州 の ト ロ ン ベ タ ス 河(ア マ ゾ ン支 流)流 域 に お い て 発 見 さ れ た ボ ー キ サ イ ト鉱 床 は そ の 推

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      アマ ゾニアの経済開発   13 定 埋 蔵 量 き億 トソ とい う大 鉱 床 で,ア ル キ ャソ社 が 新 た にM{nerag50  R董o do Norte社 を 設 立,1976年 に は 年 間300万 トソ の輸 出を 目標 に設 備 工 事 を 建 設 し た 。 同 社4-iSUDAM認 可 の大 型 プ ロジ ェ ク ト上 位1位 に あ る。 次 に 世 界 最 大 とい わ れ る鉄 鉱 床 が パ ラ州 のSerra  do Carajasに お い て, U. S. Steelの 子会 社 に よ って発 見 され,Rio  Doce流 域会 社 と共 同 出資 に よ るAmazonia  Mine-ragao社 が 鉱 山 開発 を進 めて い る。 これ が 軌 道 に の る1970年 代 後 半 に は世 界 鉄 鉱 石 輸 出 の 中心 的 地 位 を 占め る も の と見 られ る。   以上 は既 に開 発 が 進 行,ま た は 操 業 に 入 って い る鉱 山 で あ るが,こ のほ か に ア マ ゾニ ア密 林 に 眠 って い る各 種 非 鉄 金属 の埋 蔵 が発 見 され,前 述 の 交 通 機 関 の完 成 に ともな い,組 織 的 探 査 も進 行 す る もの と思 われ る。   要 す るP=SUDAMの 地 域 開 発 に お い て,植 民に よる農 業 開 発 は た とえ 成 功 した として も,生 産 され た 農 産物 は輸 送 の関 係 か ら現 地 に 供 給 され るに と ど ま り,そ れ 故 に 国 家 経 済 統 合 を 目指 す地 域 開 発 の直 接 的 戦 略 とは な らな い。 む し ろ将 来 を左 右 す る もの は,ア マ ゾ ニア各 地 の鉱 物 資 源 の 開 発 如 何 に かか って い る。 しか もそれ は前 述 の長 大 な 自動 車 道 路 の 完 成 を 待 た ね ば な らぬ の で,ア マ ゾ ニ アの 開 発 が軌 道 に の る に は まだ 若 干 の 時 間 が か か る もの と見 て よ い。 4  マ ウナ ス 自由貿 易地 域 の創 設   1966年SUDAMが 発 足 し た 当 初 は,そ の 税 制 恩 典 を 利 用 す る 投 資 は ア マ ゾ ン河 口 の パ ラ州 に 集 中 す る 傾 向 が あ り,ア マ ゾ ニ ア 奥 地 開 発 は 到 底SUDAM だ け で は 実 効 の な い こ と を 看 取 し た 連 邦 政 府 は,1967年2月28日 法 律 第288号 を も っ て,ア マ ゾ ナ ス 州 の 経 済 開 発 の み を 目 的 と し て,マ ナ ウ ス 自 由 貿 易 地 j*?ZF(Zona  Franca de Manaus)を 地 域 指 定 し た 。  Z Fは マ ナ ウ ス 市 を 含 む 約 1万 砺 と し,そ の 計 画 管 理 官 庁 と し てSUFRAMA(Superintendencia  da Z。na Franca de Manaus・ マナ ウス 自由貿 易 地 域 管理 庁)を マ ナ ウ 各 市 に 設 置 ∫し た 。 翌68年 8月 統 令 弟356号 に よ り,ZFの 税 制 恩 典 を ア ク レ州,ロ ン ドニ ア,ロ ラ イ マ ⑫①  1∂ゴ6乙,P.393.

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14 2準 州 に拡 大 し,ア マ ゾ ニ ア西 部 全 域 に 及 ぼす こ とに な った 。   ZFの 存 続 期 間 は30年 と され て い る が,国 家 安 全 保障 審 議 会(Conselho de Seguranga NaciQna1)の 事 前 承 認 に 基 づ い て,行 政 府 の 法 律 に よ って延 長 され う る と規 定 され て い る ので,将 来 期 間 更 新 の可 能 性 の方 が強 い と見 られ る。 しか し,ブ ラジル 東 南 部 の 企 業 グル ー プ よ りZFの 税 制 恩 典 に対 して 強 い反 対 が 表 明 され た こ とは 事 実 で あ った が,連 邦 政府 は 国 家安 全 の見 地 よ り この反 対 を押 し切 った 経 緯 が あ るた め,現 在 恩 典 供 与 を禁 止 され て い る武 器 ・弾 薬 ・香 水 ・ アル コール 飲 料 ・乗 用 車 ・タバ コの ほ か に,将 来 恩 典 供 与 禁 止 品 目が 追 加 指 定       ゆ され る可 能 性 は 含 まれ て い る。   マ ナ ウ ス 自由 貿 易 地 域 の税 制 恩 典 の 内容 は次 の通 りで あ る。 (a)外 国 製 品 の 輸 入     ZF内 で の 消 費 のた め の 外 国製 品,工 業 加工 の ため の 部 品,農 牧 漁 業 関 係 品,工 場   設 立 の ため の 諸 設備,:再 輸 出 の た め の 商 品 等 に つ い て 輸 入関 税 が 免 除 され る。 た だ   し,前 述 の 贔 目,(恩 典 供 与 禁 止 品 目)に つ い て は認 め られ な い。 (b)ブ ラジル 国産 品 のZFへ の 移入   工 業 製 品税IPIお よび商 品流 通 税ICMが 免 除 され る。 (c)ZFか ら国 内 他地 域 へ の 移 出

  (i)国 産 品 につ いて はIPIお よびICMを 支 払 う。

  (ii}外 国 品 につ い丁 は 輸 入関 税, IPI,  ICMを 支 払 う。た だ し,旅 行 者が 持 ち帰

   る場 合 はそ の価 格 が マ ナ ウ スCIFで100$ま で は 輸 入 関税 は免 除 され る。   qの  ZFか ら外 国向 け 輸 出   外 国 品,国 産 品を 問 わず あ らゆ る税 が 免 除 され る。   (iv)ZF内 で 加工 され た 製 品   α)ZF内 で の消 費 お よび 国内 で の 流 通 の場 合, IPIは 免 除 され る。   (ロ)輸 入部 品 を使 用 して い る製 品 が 国 内 他地 域 へ 輸 出 され る場 合,そ の 部品 の 輸 入     関 税 を支 払 うが,生 産 コス トに 占め るZFで の 付加 価 値 の割 合 が 輸 入 関 税 よ り控     除 され'る。     計   1=・M(・_AM+。)       M=輸 入原 料 価 格,A=ZFで の 付 加(,lf,値       a=Mの 輸 入 関 税 率%  1=輸 入 税 ⑳   マナ ウス 自由貿 易 地 域 に て操 業 中 の 日系某 社:の実 務 資 料(1975年3月) ⑳   長 橋   前掲 書   PA.80-81. 舳 「

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'       アマ ゾ ニア の経 済 開 発     15   上 述 の 税 制 恩 典 の 管 理 はSUFRAMAが 行 な う。 こ の ほ か にSUDAMに よ る 法 人 所 得 税 の 免 除,:お よ び ア マ ゾ ナ ス 州 開 発 委 員 会CODEAMA(Comissao Desenvolvmento  do Estado do Amazonas)に よ る 商 品 流 通 税(州 税)の 減 免 が 行 わ れ る。 従 っ てCODEAMAの 承 認 を 得 た 企 業 と い う の はzFお よ びSUDAN1 の 管 轄 地 域 内 の,特 に ア マ ゾ ナ ス 州 に 立 地 し た 企 業 を 意 味 す る。 そ の 企 業 数 は 1974年4月 現 在120社 で,そ の う ち84社 が 既 に 操 業 に 入 り,そ の う ち17社 が 霜 気 機 器 製 造 業 で あ る。   1967年SUFRAMAが 発 足 以 来 の 実 績 を 顧 る と,マ ナ ウ ス の 経 済 成 長 を 示 す 各 種 指 標 の 伸 び が 認 め ら れ る 。 例 え ば 世 帯 当 り所 得 の 増 加(1966年217Cr$, 1971年8000r$),雇 用 の 増 大,銀 行 取 扱 高 の 増 加,建 築 面 積 の 拡 大 な どで あ る 。 外 国 お よ び 国 内 他 地 域 か ら の 輸 入 は 毎 年 着 実 に 増 大 し て い る 。 外 国 か ら の 輸 入 品 は 機 械 工 具,電 気 製 品(30%),光 学,時 計(20劣),織 物(20%)が 中 心 で あ り,他 方,国 内 か ら の 輸 入 品 は 自動 車(16%),未 加 工 食 糧 品(11%), 機 械 電 気 部 品(10%)な ど が 主 な も の で あ る 。ZFか らの 輸 出 総 額 約5億7,000 万Cr$の うち,外 国 向 け は 約9,000万Cr$(15%)に す ぎず,85%ま で は 国 内 向 け で 外 国 向 け を 上 回 っ て い る 。     5  マ ナ ウ ス 工 業 団 地 と わ が 国 よ り進 出 し た 合 弁 企 業'   工 業 団地 とい う と,わ が 国 で は 経 済 高度 成長 期 の 開発 ブー ム の波 に 乗 って, 工 業 開 発 に と もな う土 地 の ス プ ロ ール 現象 防止 とか,社 会 資 本 の 効 率 化 とか, い ろい ろ の能 書 きを 掲 げ て各 地 に造 成 され,こ とに地 域 格 差 是 正 の 目的 か らは 僻 遠 の地 に まで 造 成 され て い るの で,わ れ わ れ の眼 には 取 り立 て て 珍 し くもな い 。 ナ マ ウ ス工 業 団 地 もそ れ だけ を見 た の で は,わ が 国 の そ れ と変 る と ころ が ㈱  某 社 実 務 資 料(前 掲) ⑳  長 橋   前掲 書  PP.22(ト221. ㈱   日系 某 社 に関 す る記 述 は,全 社 サ ンパ ウ ロ事 務 所,お よび 全 社 マナ ウス工 場 に お け   る ヒヤ リング を も とに して、 筆 者の 判 断 が加 え られ て い る ので,そ の文 責 は 笹 者 に あ   る。 D

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  16  ' な い。 ま してや,現 地 で 日本 人 の眼 に 馴 染 んだ 登 録 商 標 が大 き く描 かれ た 工 場 の 側 壁 を眺 め て い る と,日 本 の どこか に 立 って い る よ うな錯 覚 が筆 者 の頭 を よ       ` ぎ る。 しか し,マ ナ ウス工 業 団 地 だ け は世 界 の いず こに も見 る こ とので き ない 特 異 性 を もつ 。 そ れ は か っ て 〈緑 の地 獄〉 と人 が呼 ん だ熱 帯 密 林 の なか に 切 開 か れ た く文 明の 孤 島〉 に 位 置 す るか らで あ る。 ア マ ゾン河 口の 都 市 ベ レ ンか ら 1,600煽(東 京 一 鹿 児 島 の鉄 道 距 離 は1,568肋)の マ ナ ウス まで,5,000ト ソ級 コ ン テ ナ ー船,1万 トソ級 タ ンカ ーが1朔る のに10日 か か る。2万 トン級 の船 で も遡 航 で き るが,残 念 な ことに 現 在 そ れ だ け の 積 荷 が ま と ま らな い。300∼500 トソ級 小型 船 の方 が7日 間 と速 度 は 早 い。 だ が,果 て しな く続 く密 林 ば か りを 両 岸 に眺 め て の長 い 船 旅 は ま こ とに 単 調 の 連 続 で あ る。 船 旅 の 幾 日 目 だ ろ う か,突 如 として 河 岸 に 無 線 中 継 所 の パ ラボ ラア ンテ ナや 製 油所 の数 個 の大 きい タ ン クが あ らわ れ る。 そ れ らが 目ざ す マ ナ ウス の近 づ いた こ とを 告 げ る。 そ れ か ら間 もな く く文 明 の 孤 島 〉 マ ナ ウス が旅 人 の眼 前 に そ の 巨 大 な姿 を 現 わ す。 しか しそ れ は まだ ア マ ゾ ン河 の 中流 域 で,〈 緑 の地 獄 〉 は さ らに奥 地 へ と続 く。   マナ ウ スは 人 口40万 。SUFRAMAは この 市 街 地 東 北 部 に 総 面 積1,600加 に 及 ぶ 工 業 団 地 建設 を 計 画 し,第1期 工 事150/ta,第2期300加 は 既 に 完成 。 第1 期 工 事 は 全 部企 業 に売 却 済 で あ る。 第3期 工 事 に は リオ ・ネ グ ロ河 岸 に新 工 業 港 と保税 地帯 を造 る計 画で あ る。 「団 地 内道 路,上 下 水 道,送 電 配 電 施 設 を整 備 」 と 日本 語 で 書 くと,そ れ は 日頃 見 飽 きた 新 聞 の宅 地 分 譲 広 告 を 連 想 させ る こ とは あ って も,そ れ が 原 始密 林 の た だ な か で の 団地 分 譲 の記 事 だ と誰 が 迷 想 で き るだ ろ うか 。1が 当 り3Cr$(120円)の 分 譲 価 格 は,マ ナ ウス 周 辺 の 地 価8∼12Cr$と 比 べ て も約3分 の1に す ぎな い 。 また 工 業 団 地 内 に 立地 す る工 場 は 家 屋 税 を10年 間 免 除 され る な ど手 厚 い立 地 誘 導 政 策 が と られ て い る。   SUFRAMAの 資 料 を 筆 者 が 整理 した結 果 は,1967年 よ り1974年 の間 にSU FRAMAの 認 可 企 業 数 は110社 に の ぼ る。 そ の 内 訳 は(i)工 場 また は事 務 所 を マ ナ ウス 市街 に もつ も の85社,(11)マ ナ ウ ス工 業 団 地 に もつ もの8社,(111)マ ㈲   マナ ウス 自 由貿 易地 域 管 理 庁 資 料(1974年 末 現在)

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嵐       アマゾニアの経済開発   17 ナ ウス 市外 に もつ も の17社 とな る。 次 に110社 を 業 種 別 に 整 理 す る と,木 材22, 電 子 ・電 気機 器18,繊 維10,時 計 ・光 学 ε,貴 金 属8,造 船6,食 品5,化 学 5,機 械3そ の 他 とな る。 前 述 の(11)の8社 の 業 種 別 は 電 子 ・電 気機 器5,ア ル ミ製 品,時 計,機 械 各1で あ る。   工 業 団地 は 都 心 よ り車 行約20分 の距 離 に あ るの で,企 業 が マ ナ ウスへ 進 出す る場 合 に は,ま ず 市 内 の 至 便 な 位 置 に 小工 場 を設 け て試 験 操 業 を始 め,あ るい は 事 務 所 を 開 設 して,SUFRAMAの 税 制 恩 典 供 与 の条 件 の 下 で 有 利 に 操 業 し うるや 否 や を 確 か め,そ の見 込 を え た上 で 団地 内に 本 格 的 工 場 を 建 設 す る事 例 が 一 般 的 傾 向 とな って い る。 筆 者 の用 いた 資 料 刊行 の時 点 で,団 地 内 操 業 が8 社 に す ぎな い の は,市 内 で の試 験 操業 の段 階 の ものが 多 い た め で あ る。 業 種別 で 木 材 工 業 が 最 も多 い の は原 料 地 立地 型で,そ の市 場 へ の 長 距 離 輸送 は海 送 を 前 提 とす れ ば税 制恩 典 に よ り輸 送 費 は容 易 に カバ ーで き る もの と見 られ る。 数 の上 で それ に次 ぐ電 子 ・電 気 機 器 は輸 送 費 負 担 力 大 な るた め,市 場へ の長 距 離 輸 送 費 は 自動 車輸 送 は云 うに 及 ば ず,道 路 完 成 ま で 空輸 を前 提 と して も,税 制 恩 典 に よっ て カバ ーで き る(後 に 詳 述)。 時 計 ・光 学,貴 金 属,繊 維 はい ず れ も同 じ理 由 に基 くも の と考 え る。   筆 者 が1975年5月 下 旬 に 訪 問 した某 社 マ ナ ウス工 場 は現 地 資本90%,`日 本 某 社10%出 資 の 合 弁 企 業 。社 長 ・副 社長 とも ブ ラジ ル人 で,会 社 株 式 の70%は 同 社 の販 売 会 社 が 保有 。 サ ンパ ウ ロに事 務 所 を も ち,社 員 は 大 部 分 が ブ ラ ジル 人 で 受 付 も蘭 語 しか通 じな い。 日本 某 社 は技 術 を 提 供 し,経 営 は ブ ラ ジル 側 が 担 ⑳  会社概要 設   立       業    種       品    目       資 本 金       年   商       工場規模 月産能 力 従 業 員 19711F-10月   生 産 【}昌文台  1972年:10月 電 子 ・電 気 機 器 製 造 販 売 カ ラ ーTV,電 卓,ビ リ ン グ マ シ ン,ス テ レオ 6,100万Cr$(25億 円)  (1974年12月) 2億4,800万Cr$(100億 円)  (73年1111一 一一74年10∫1) カ ラ ーTV工 場4,000㎡(工 業 団 地 内),ス テ レ オ工 場3,400 ㎡(同 上),電 卓 ・,ビ リ ン グ 工 場2,600㎡(マ ナ ウ ス 市 内) カ ラ ーTV7,500台,電 卓10,㎜ 台,ビ リン グ100台,ス テ レ オ4,000台 350名

(18)

 18 当す る こ とを大 前 提 とす る。   同社 の組 立 部 品 の大 部 分 は 前 述 の 日本某 社 よ り輸 入 され,部 品 の一 部 と木 製 キ ャ ビネ ッ トは ブ ラ ジル 国 産 で サ ンパ ウ ロ よ り空 輸 され る。 日本 よ りの輸 入 部 品 は ハ ン ブ ル グ行 き大 型 コン テナ ー船 で 日本 を 積 出 され,同 港 で5,000ト ン級 コン テ ナ ー船 に 積 み か え られ,そ の ま まア マ ゾvを 溯 航 して マ ナ ウス まで 約60 日が か りの航 程 で あ る。 製 品 は サ ンパ ウ ロ市 場 へ 約3,500伽 を 空 輸 され る。   労 働 力 はす べ て女 子 現 地 人 に 依 存 す る。 白 人 とイ ンデ ィオ の混 血 メ ス チ ー サ (mestiga)か,イ ンデ ィオ で あ る。 女 子 が 単 純 反 復 作 業 に 適 す る との考 えを 日 系 企 業 は ブ ラジル で も貫 いて い る。 男 子 労働 力 の 供給 が可 能 で あ るのに,と 当 初 現地 の人 々は 奇 異 の感 を懐 い た とい う。 同 国 最 大 消 費地 は サ ン パ ウ ロと リオ で あ り,前 者 は 同社 製 品 の60%の 需 要 地 で もあ る。 こ こで 画地 間 の輸 送 費や マ ナ ウス の税 制 恩 典 の問 題 を しば ら く措 き,賃 金 だ け を 取 り上 げ る とき,マ ナ ウ ス の労 務 費 はサ ンパ ウ ロ州 の78%で 済 む 。 同 社 が マ ナ ウス で女 子工 員 の募 集 を 行 な った と き,20倍 を越 え る応1募が あ った。 現 地 で は 女 子 が 求 め うる職 場 が 少 な い こ とに よるほ か,民 度 の 低 い 現 地 で 彼 女 た ち に 与 え られ る給 食 や通 勤 専 用 バ ス に よる送 迎 も彼 女 た ちに 魅 力 あ る もの と映 じた に 違 い な い。 サ ンパ ウ ロ州 な ど と異 って,労 働 移 動 が ほ とん どな い の もそ の た め と思 わ れ る。   電 子 機 器 製 造 業 は組 立工 業 の特 性 と して 労 働 集 約 的 で あ るか ら,最 低 賃金 に お い て サ ン パ ウ ロと マ ナ ウス の比1:0.78は 労 務 費 の 節 減 の 基 礎 とな る。 あ る ㈱   最 低 賃 金 は 法 定 で 毎 年 改 定 さ れ る。1975年4月30日 付 述 邦 官 報 に 公 表 さ れ た 新 最 低   賃 金 は 全 国 を5区 に 分 ち,実 質31。4%ア ッ プ を 規 定 し た 。5区 の 賃 金 格 差 は 次 の 通   り。   532.80Cr$  サ ン パ ウ ロ,リ オ ・デ 。ジ ャ ネ イ ロ,ミ ナ ス ・ジ ェ ラ エ ス,ブ ラ ジ リア   494.40Cr$  パ ラ ナ,サ ン タ ・カ タ リナ,南 大 河   453.60Cr$  エ ス ピ リ ト ・サ ン ト   417.60Cr$  ア ク レ,ア マ ゾ ナ ス,ロ ン ドニ ア,ロ ラ イ マ,ア マ パ,ペ ル ナ ン フ コ,       バ イ ア,マ ッ ト ・グ ロ ッ ソ,ゴ ヤ ス,パ ラ   376.80Cr$  マ ラ ニ ヨ ン,ピ ア ウ イ,セ ア ラ,セ ル ジ ッ ペ,北 大 河,パ ラ イ バ,ア ラ       ゴ ア ス,フ ェ ル ナ ン ド ・デ ・ノ ロ ー ニ ャ 島   サ ン パ ウ ロ新 聞(1975年5月1日)に よ る 。

(19)

      アマゾニアの経済開発    19 調 査 団 の 報告 に よ る と,労 務 費 の対 日本 比 は38%∼42%と し,か つ ブ ラ ジル の 労 働 生産 性 は60%前 後 と推 定 され る ので 労 務 費 は 特 別 に 安 い とは い え な い とす る。 労 働 生産 性 を勘 案 した 対 日本 比 は 実 質65%∼70%と な るか らで あ る。 しか し,こ の 場合,対 日本 比 を重 要 視 す る よ りも,筆 者 は対 サ ンパ ウ ロ比 を重 要 と 考 え る。   家屋 税 はZFに 立 地 す る こ とに よ り,10年 間 全 免 され る。 これ も コス トダ ウ ン要 因 で あ る。   原 材 料 費に 関 して は,部 品 の 大 部 分 は 日本某 社 よ.りZFに 輸入 され る時 は 免 除 され,ま た 外 国 へ 製 品 と して 輸 出 され る時 も免 除 され る。 しか し同 社 製 品 の 大 部 分 は サ ンパ ウ ロに 移 出 され る。ZFか ら国 内 他地 域 に移 出 され る時 に 輸 入 部 品 に対 して 輸 入 関 税 が 課 せ られ る。 通常40%の 輸 入関 税 率 が 同社 の 場 合 付 加 価 値 の割 合を 考 慮 され て50%減 税 され,20%課 税 され る。 これ も製 造 コ ス トダ ウン要 因 で,サ ンパ ウ ロに 立 地 す る よ り も有 利 で あ る。 しか し,輸 入 部 品 が 日 本 よ りマ ナ ウ ス まで 海 送 され る船 賃 は,例 えば20吋 カ ラ ーTVの1キ ッ ト当 り 約96Cr$で 原 材 料 費 増 大 要 因 で あ り,ま た 製 品 の サ ンパ ウ ロへ 約3,500肋 の 空 輸 費 約137.5Cr$は マ ナ ウス立 地 が背 負わ ね ば な らぬ 製 品 価 格 増大 要 因 で あ る。 電 子 機 器 の単 位 重 量 当 り,あ るい は 単 位容 積 当 り価 格 は 一 般 工 業 製 品 の な か で も最 高 水 準 に あ るか ら,単 位 重 量 あ るいは 単 位 容 積 当 り価 格 に対 す る輸 送 費 の 比 率 は 極 め て 小 で,換 言 すれ ば輸 送 費 負担 力 が 大 とい うこ とが で き る。 しか る       ヒ に ブ ラ ジル の金 利 水 準 は 高 い ので,製 品 在 庫 の 金 利 負 担 よ りす れ ば,出 来 るだ け 在 庫 を 少 な く押 え る こ とが コス トダ ウンに 寄 与 す る率 が 大 きい の で,製 品 を迅 速 に 消 費地 に輸 送 す る こ とが 望 ま しい 。前 述 テ レ ビ の 最 終 需 要 価 格6,300Cr$ (1975年5月 現 在)に 対 して 空 輸 費137.5Cr$は2.2%に す ぎ ない 。 金 利 を年29 ㈲   長 橋  前 掲 書  p.226. ㈹   ブ ラ ジル の金 利 水 準 は 日本 とは 比 べ もの にな らぬ ほ ど高い 。1973年1月 よ り投 資銀   行 貸 付 金 は最 高年29%に 制 限 され,こ れが 各 種 金 利 の うち最 低 で あ る。 そ れ 以 前 は制   隈 な く各 行 ま ち まち の レー トが 適 用 され1平 均 して37%と い う高 い水 準 にあ った。   (長橋   倉町手局Il}p. 124)

(20)

  20 %と 見 る と,価 格6,300Ccr$の1日 金 利 負担 は約5Cr$と な り,27.5日 の 在 庫 で 全 空 輸 費 に相 当す る金 利 負 担 が か か る。 そ の た め に輸 送 の迅 速 性 が重 要 とな る。 しか るに空 輸 に代 え るに 海 送 を も って 輸 送 費 節 約 を 考 え る と き,マ ナ ウス ー ベ レ ン間10日 ,ベ レンよ りサ ン トス港経 由でサ ンパ ウロまで さらに10日 を 要 す る とせば,船 賃 にそ の間 の金 利 負 担 を 加 え る と,海 送 が い か ほ どの節 約 を もた らす か疑 問 とな る。   だ が137.5Cr$の 空 輸 費 そ れ 自体 は か な りの 輸 送 費 負担 で あ る。 そ れ に も拘 らず 最 終 需 要 価 格 の僅 か2,2%に す ぎな い の は,ブ ラ ジル の流 通 段 階 の 特 異 性 に あ る と思 う。 日本 で12∼13万 円 の テ レ ビが ブ ラ ジル で6,3000r$(約25万 円) と2倍 の 価 格 で あ るの は,流 通 段 階 の か な り重 い 国 内課 税(工 業 製 品 税IP

I,商 品流 通 税ICM)の 結 果 とい え る。IPIは 国産 品 に対 して も,メ ー カ ーが 卸 に売 る時 に も,小 売 りに 売 る時 に も 課 税 され,小 売 段 階 で は か か らな い。 税 率 は品 目別 に 異 な り,電 気 製 品 は18∼24%課 税 で あ る。ICMは ・」・売 業 者 は い うまで もな く,同 一 企 業 の製 造 場→ 倉 庫→ 支 店 → 営 業 所 → 需 要 者 とい う 流 通 過 程 では4回 課 税 され る。 税 率 は 品 目に 関 係 な く一 律15%で あ る。 そ の 間 に い くば くか の 卸 売 マ ー ジ ン と 小 売 マ ー ジ ンが 加 え られ て,6,3000r$と い う サ ンパ ウ ロ価 格 とな る。 そ れ故,少 くと も50%近 い税 額 で 膨 んで い る と,筆 者 は 大 胆 な推 定 を 与 え る。 従 って6,3000r$よ り逆 算 して 小 売 段 階 のICMを 除 き,小 売 マ ー ジ ンを 差 引 く,次 にIPIとICMを 除 い て 卸 売 マ ー ジ ンを 差 引 くと メ ー カ ー出 荷 価 格 とな る訳 で あ る。 従 って マ ナ ウ ス製 造 原 価 は 日本部 品 の 海 送 費 だ け 高騰 し,現 地 の 労務 費節 約 分 とSUDAMに よ る法 人 所 得 税 お よび CODEAMAに よ る家 屋 税 の 免 除 な ど,諸 税 かか りの節 約 分 だ け 節 減 され る。   しか るに蕪 にSUFRAMAの 大 きい税 制 恩 典 の効 果 を 看 過 して は な らぬ 。 同 社 の 場 合,ZF製 品 で あ るか ら, IPIは す べ て 免 税 。ICMの15%課 税 は95 %軽 減 され て0.75%課 税(同 社 はICM恩 典 を1982年12月 まで10年 享受)と な: る。 この 恩 典 で税 減 免 額 は最 終 需 要 価 格 の50%に 近 い と推 定 す る。 高額 の輸 送 費 負 担 は そ の なか で賄 われ,な お大 きい 残 額 は そ の 実 態 を つ かむ こ とは不 能 で あ るが,か つ て南 部 の企 業 グル ー プか ら税 制 恩 典 に対 して猛 反 対 が あ った こ と

(21)

ア マ ゾ ニ アの 経済 開 発    21 を,こ こ で 改 め て 想 起 す る 。    む    す    び   国 土 の60%に 及 ぶ広 大 な 〈北 〉 の ブ ラ ジル は 国 土 の18%に す ぎぬ く南 〉 の工 業 化 の進 展 に よ り,藪 に南 北 地 域 格 差 は 拡 大 傾 向 を 続 け,こ れ に適 策 を講 ぜ ぬ と きは,ブ ラジ ル連 邦 の 分 割 とい う重 大 な 政 治問 題 を は らん で い る こ とは, 〈北 〉 の 歴史 を顧 み て 明 らか で あ る。 よ って 歴 代 政 権 は対 〈北 〉 政 策 を政 治 経 済 的 重要 課題 と して取 組 んで きた 。SUDAM,  SUDENE,  SUFRAMAと い う

〈北〉 の 地域 開発 政 策 担 当 の官 庁 を 創 設 した の は そ の た め で あ る。 特 に 〈緑 の 地 獄〉 と人 が い った ア マ ゾニ ア開 発 計 画 は 世 界 に 類 を見 な い大 規 模,か つ 画 世 紀 的 の もの で,い ず れ も税 制 恩 典 供 与 を 前 提 と して,工 業 主義 的 開発 を中 心 と し,ま た く国 土統 合計 画〉 に よ る南 北 縦 断 自動 車 道 路,ア マ ゾ ン横 断 自動 車 道 路 な どの 下部 構 造 の建 設 を 推 進 し,ブ ラ ジル の経 済統 合,政 治統 合 はい ま軌 道 に 乗 った 感 を深 くした 。 筆 者 が 訪 れ た 日本 よ り進 出 の某 社 は人 為的 立 地 条 件 の 創 出 に よ って,初 め て 立地 が 可 能 と な った1事 例 で あ る。 も し これ らの施 策 が な か った とず れ ば,ア ゼ ゾニ ア は な お永 く深 い 沈 滞 の な か に眠 り続 けた ことで あ ろ う。      ・      (1975年8月25日 稿)

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