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クセルクセス

著者 中井 義明

雑誌名 文化學年報

号 59

ページ 1‑27

発行年 2010‑03‑15

権利 同志社大学文化学会

URL http://doi.org/10.14988/00027649

(2)

ク セ ル ク セ ス

中 井 義 明

は じ め に アケ

メネ ス朝 第四 代の 王ク セル クセ スは 自ら 軍を 率い てギ リシ アに 遠征 し︑ サラ ミス の海 戦に 敗れ て敗 走し た人 物 と して 有名 であ る︒ ギリ シア 遠征 に関 する ペル シア 側の 記録 は残 され てお らず

︑ヘ ロド トス など のギ リシ ア人 歴史 家 に よっ て後 世に 伝え られ てい る!

︒ ギリ シア 人が 描く クセ ルク セス 像は 極め て 否 定 的で

︑傲 慢 か つ尊 大 で ある と 同 時 に 柔弱 かつ 放縦 とい うオ リエ ント の君 主像 の原 型で あり

︑こ のよ うな クセ ルク セス 像が 近代 に入 って も踏 襲さ れ今 日 に 至っ てい る"

︒ しか し敵 を非 道と 描く のは 必ず しも 古代 ギリ シア 人の 専売 と 限 ら ず︑ 現代 に お いて も そ のよ う に 描 か れマ スコ ミを 通じ て宣 伝さ れる とい う点 では 変わ って いな い#

︒ 傲慢 さと 柔弱 さ の 二 面を も つ クセ ル ク セス 像 は 古 代 ギリ シア 人が 創り 上げ

︑宣 伝し たも ので ある

︒ この よう な像 は極 めて 政治 的な 像で あっ て︑ 歴史 の中 のク セル クセ スと は大 きく 乖離 して しま って いる と考 えら れ る

︒記 号化 され たク セル クセ ス像 がギ リシ ア人

︑少 なく とも アテ ーナ イ人 の優 越感 とペ ルシ アに 対す る侮 蔑の 感情 を 掻 き立 てる 効果 を狙 った もの であ るこ とは 容易 に想 像で きる

$

︒本 稿は ペル シ ア 戦 争を 戦 っ たギ リ シ ア人

︵と り わ け

― 1 ―

(3)

ア テー ナイ 人︶ のプ ロパ ガン ダの 呪縛 を脱 し︑ クセ ルク セス を歴 史の 文脈 の中 に置 き直 すこ とを 目的 とし てい る!

︒ 問

題 の 所 在 前四

八〇 年に クセ ルク セス が軍 を率 いて ギリ シア に遠 征し たの はア ケメ ネス 家の 伝統 に従 った もの と言 える

︒初 代 の キュ ロス 以来

︑歴 代の ペル シア 王は 大規 模な 遠征 の際 には 軍と 行動 を共 にし

︑そ の結 果と して 帝国 の領 土を 拡張 し て き た ので あ る︒ 軍 を率 い

︑領 土 を 拡張 す る こと

︑こ の 二 つは 当 然 の こと と し て伝 統 と 国 民 が﹁ 諸 王 の 王︑ 諸 国 の 王

﹂を 称す るペ ルシ ア王 に求 めて きた もの であ る"

︒ クセ ルク セス も登 極の 後

︑父 の 遺 志を 継 い でエ ジ プ トの 反 乱 の 鎮 圧に 着手 し#

︑ ギリ シア に遠 征し て い る$

︒ バビ ロ ン で 起き た 反 乱を メ ガ ビュ ゾ ス の 尽力 で 平 定し た と いう 伝 承 も 遺 され てい る%

︒ 従っ て︑ 彼以 前の 王た ちと 何ら 異な るこ とな くク セル クセ スは 伝 統 と ペル シ ア 人が 求 め る要 求 に 忠 実 に従 った と評 価で きよ う&

︒ しか し何 故か 後世 の歴 史に おい てク セル クセ スの 評価 はキ ュロ スや ダレ イオ スと 較べ て極 めて 低い と言 わざ るを 得 な い'

︒ それ は何 故な のだ ろう か︒ 先ず はク セル クセ スの 一般 的な イメ ージ を卑 近な 例か ら取 り上 げて みよ う︒ 二〇

〇七 年に 公開 され たハ リウ ッド 映画 の﹃ 30 0 スリ ーハ ンド レッ ド﹄ は記 憶に 新し いと ころ であ る︒ この 映 画 が描 くク セル クセ ス︵ 図1

︶は 西欧 が長 く抱 き続 けて きた クセ ルク セス の 否 定 的な イ メ ージ の 一 例と な ろ う(

︒ ブ ラ ジル 出身 の俳 優ロ ドリ ゴ・ サン トロ

︵RodrigoSantoro

︶が 演じ るク セル クセ スは 半裸 体で 華美 な装 飾品 を様 々に 身 に まと い︑ 尊大 かつ 傲慢

︑残 忍で ある 反面

︑柔 弱で 怯堕 です らあ り︑ 帝国 のデ カダ ンス を象 徴し てい ると いう 印象 を 受 ける

)

︒演 出に よっ て過 剰に 醜悪 に描 かれ てい るが

︑西 欧が 長く クセ ルク セス に 対 し て抱 い て きた 伝 統 的な イ メ ー

クセルクセス ― 2 ―

(4)

ジの 延長 線上 にあ ると 言っ ても 間違 いで はあ るま い︒ で は 何故 ク セ ルク セ ス はこ の よ う に描 か れ ねば な ら な いの か

︒ それ はギ リシ アに 遠征 し︑ そし てテ ルモ ピュ ライ

︑ア ルテ ミシ オ ン︑ サラ ミス にお いて スパ ルタ やア テー ナイ など のギ リシ ア本 土 の諸 都市 と戦 い︑ 最終 的に プラ タイ アと ミュ カレ ーで 敗れ 去っ た から であ ろう

︒テ ルモ ピュ ライ では レオ ニダ スの 克己 と自 己犠 牲 の前 に苦 戦を 強い られ

︑サ ラミ スで はテ ミス トク レス の洞 察と 知 略に 敗れ

︑将 兵の 多く を敵 地に 残置 した まま アジ アに 引き 上げ て い る︒ アテ ーナ イを 中心 とす るデ ロス 同盟 軍の 反撃 を前 に為 す術 を知 らず

︑ペ ルセ ポリ スな どの 王都 にお ける 建設 活 動 とマ シス テス の妻 に対 する 劣情 から 引き 起こ され た悲 劇的 事件 に象 徴さ れる よう に︑ 苦境 に立 つ帝 国を 防衛 しよ う と せず ハー レム と虚 栄に 心を 奪わ れ︑ 宦官 に操 られ るま ま最 後を 迎え たと 冷笑 を浴 びせ られ るの であ る"

︒ βριY! !

︵傲 慢︶ とい う言 葉が クセ ルク セス には 付き まと う︒ クセ ルク セス は神 が定 めた アジ アと ヨー ロッ パの 自 然 の 境界 を越 え︑ これ ら二 つの 世界 を不 遜に も一 つの 帝国 に統 合し よう とし た の で ある

#

︒そ し て ギリ シ ア の自 由 と 文 明 を脅 かし た張 本人 とし てギ リシ アの 歴史 家た ちは 位置 付け てき た︒ しか しこ のよ うに 語ら れて きた 敵役 とし ての クセ ルク セス 像に は数 多く の問 題が ある

︒ギ リシ ア世 界に 脅威 を及 ぼ し たの はク セル クセ スだ けで あっ たの か︒ キュ ロス はリ ュデ ィア 王国 を滅 ぼし たと き小 アジ アの ギリ シア 人を

﹁奴 隷 化

﹂し なか った だろ うか

$

︒ダ レイ オ ス はサ モ ス を 征服 し そ の支 配 権 を僭 主 の 手 に委 ね な かっ た だ ろう か%

︒ま た イ オ ニア 人の 反乱 を鎮 圧し

︑マ ラト ンに 遠征 軍を 派遣 しな かっ ただ ろう か&

︒ この よ う に クセ ル ク セス 以 前 のペ ル シ ア

図1 クセルクセス像

― 3 ― クセルクセス

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王 は大 なり 小な りギ リシ ア世 界を 脅か し続 けて いる

︒そ れ故

︑ギ リシ アの 自由 を脅 かし

︑ギ リシ ア人 と干 戈を 交え た 為 にク セル クセ スが ギリ シア 人に よっ て貶 めら れた のだ とは 言え ない よう に思 われ る︒ サラ ミス の海 戦に 敗れ

︑更 にそ の配 下の 将兵 がプ ラタ イア とミ ュカ レー の戦 いに 敗れ た為 にク セル クセ スが 否定 的 に 評価 され るの だろ うか

︒軍 の先 頭に 立っ て遠 征し

︑大 敗北 を喫 した のは クセ ルク セス が初 めて では ない

︒キ ュロ ス は 中央 アジ ア の マ ッサ ゲ タ イ人 の 国 土に 侵 攻 し て敗 れ

︑戦 死 して い る!

︒ カ ンビ ュ セ ス はエ ジ プ トを 征 服 し たあ と

︑ エ チオ ピア とカ ルタ ゴに 派遣 した 遠征 軍を 失っ てい る"

︒ ダレ イオ スは スキ ュ テ ィ ア遠 征 に 失敗 し

︑多 く の将 兵 を 置 き 去り にし て辛 うじ てス キュ タイ 人の 虎口 を免 れた ので ある

#

︒つ まり アケ メネ ス 朝 初 期の 歴 代 の王 は 何 れも 偉 大 な 軍 事指 揮官 であ ると 同時 に敗 軍の 将で もあ った

︒ク セル クセ スが ギリ シア 遠征 に失 敗し たこ とは 帝国 の歴 史に おい て 珍 しい こと では なか った

︒ では 何故 クセ ルク セス はギ リシ アの 文献 にお いて かく も否 定的 にし か評 価 さ れ てこ な か った の だ ろう か$

︒そ の 鍵 は アテ ーナ イに ある

︒シ ケリ ア遠 征に おい て︑ アテ ーナ イの 使節 エウ ペー モス がカ マリ ーナ で演 説し た際

︑ア テー ナ イ によ る帝 国支 配の 正当 性は ペル シア 戦争 にお ける アテ ーナ イの 貢献 にあ る こ と を強 調 し てい る%

︒ペ ル シア の 手 先 と し て ギリ シ ア に攻 め 込 ん でき た イ オニ ア 諸 都市 を ア テ ーナ イ が 支配 し

︑デ ロ ス同 盟 の 同 盟主 と し て指 揮 権 を 独 占 し

︑同 盟諸 国の 自由 を奪 い︑ 強大 な帝 国を 堅持 する 正当 事由 とし てペ ルシ ア戦 争に おい てア テー ナイ こそ が自 由の 最 大 の功 労者 であ った こと を挙 げて いる

︒こ れは アテ ーナ イの 帝国 支配 を正 当化 する プロ パガ ンダ であ るが

︑そ のプ ロ パ ガン ダの 中で クセ ルク セス はギ リシ ア人 の理 想像 の対 極で なけ れば なら なか った

︒ア テー ナイ がデ ロス 同盟 を唱 道 し て エ ーゲ 海 の 島嶼 部 や 小 アジ ア 沿 岸の 諸 都 市に 参 加 を 呼び 掛 け ると き

︑彼 ら が対 峙 し て いる 敵 が いか に 邪 悪 で あ り

︑そ の外 見と は異 なっ て内 実は いか に柔 弱で ある のか を宣 伝す る必 要が あ っ た と考 え ら れる

&

︒そ の よ うな 敵 の イ

クセルクセス ― 4 ―

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メ ージ とし てク セル クセ スは 最適 の人 物で あっ た︒ デロ ス同 盟結 成直 後の 前四 七二 年に 上演 され たア イス キュ ロス の﹃ ペル シア 人﹄ にお いて 愚か で傲 慢︑ 決断 力に 欠 け 他人 の意 見に 流さ れや すく 柔弱 で怯 惰な クセ ルク セス 像が 創作 され

︑サ ラミ スに おけ るア テー ナイ 人の 勝利 を引 き 立 てる のに 利用 され たの であ る︒ つま りギ リシ アの 文献 を通 じて 今日 我々 が知 って いる クセ ルク セス とは この よう な 前 五世 紀ア テー ナイ の歴 史的 産物 であ った

︒で はギ リシ ア人 が伝 えて きた クセ ルク セス とは 違っ た姿 とは どの よう な も のに なる のか

クセ ル ク セス の 出 自 ダレ

イオ スに は二 人の 后が おり

︑最 初の 后と の間 に四 人の 男子

︑二 人目 の后 との 間に 三人 の男 子が いた

︒年 齢的 に は 最初 の后 との 間に 生ま れた アル トバ ザネ スが 上で あっ たが

︑ダ レイ オス の後 継者 とさ れた のは クセ ルク セス であ っ た!

︒ク セ ル クセ ス は ダレ イ オ ス とア ト ッ サと の 間 に生 ま れ た 長 男 で あ る

︒長 く ダ レ イ オ ス の 後 継 者 と 目 さ れ て き た"

︒ペ ルセ ポリ スの 宝庫

﹁九 九柱 の間

﹂の 東側 の中 庭で 発見 され たレ リー フは 椅 子 に 腰を 卸 し てい る ダ レイ オ ス の 後 ろに

︑ダ レイ オス と同 じ衣 装を 身に 纏い ダレ イオ スと 同じ 高さ で立 つ人 物を 描い てい るが

︑こ の人 物こ そは クセ ル ク セス その 人で あっ たと され てき たが

︑現 在で はク セル クセ スと その 後継 者と 考え られ てい る︵ 図2

#

︒ ク セル ク セ スは 父 の 生前 に 他 の 兄弟 を 差 し置 い て 父 ダレ イ オ スか ら ダ レイ オ ス に﹁ 次 いでpasā

﹂ クセ ル ク セ ス を

﹁最 大者maθista

﹂と した こと を誇 らし げに 書き 記し てい る$

︒ 兄弟 やい とこ は数 多く

︑そ の中 には ギリ シ ア遠 征 の 先 鋒 とな った マル ドニ オス も含 まれ る%

︒ これ らの 王族 は平 時に あっ ては 属州 総 督 と して

︑戦 時 に あっ て は 軍司 令 官 と

― 5 ― クセルクセス

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し て 帝 国 を 支 え る 藩 屏 と な っ た の で あ る

︒そ の意 味で クセ ルク セス はそ のよ う な 人材 に恵 まれ てい たと 言え る︒ 王族 や 貴 族︑ とり わけ

﹁七 人﹂ の子 孫の 間に 波 風 が立 って いな いこ とは 帝国 の安 定に と っ て重 要な こと であ った

︒ アイ スキ ュロ スは

﹃ペ ルシ ア人

﹄の な

!

か で ク セル ク セ ス をνεο!

︵ 若 造︶ と ダ レ イ オ スに 呼 ば せて い る"

︒ こ れ は 能 力 も 経験 もな い若 造で ある クセ ルク セス が マ ルド ニオ スら の悪 い仲 間に 誘わ れて 無 謀 にも ギリ シア への 遠征 を企 てた と非 難す るア トッ サに 応え る場 面で 使わ れ る 言 葉で あ る が#

︑ ギリ シ ア 遠征 当 時 の ク セル クセ スの 年齢 が若 造だ った のか につ いて は疑 問が ある

︒ク セル クセ スは 前四 八六 年の 即位 時に 三〇 歳な いし は 三 五歳 くら いだ った と推 定さ れて いる

$

︒そ うす ると 六年 後の ギリ シア 遠征 時に は 三 六 歳な い し 四一 歳 と いう 正 し く

"

!

脂 の乗 り切 った 年齢

︵ακμη

︶に 達し てお り︑ アイ スキ ュロ スが 此処 で 若造 と 呼 ば せて い る のは 適 切 では な い

︒ち な み に父 ダレ イオ スが カン ビュ セス 急死 後の 混乱 に乗 じて ペル シア 王に 即位 した のが 二六 歳前 後で あっ たこ とを 考え る と

︑年 齢の 点で クセ ルク セス が論 難さ れる 理由 は何 もな い︒

図3 ナクシェ・イ・ルスタムにあるクセル クセスの墓

図2 クセルクセスとその後継者像 クセルクセス ― 6 ―

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クセ ル ク セス の イ メー ジ さて

その クセ ルク セス につ いて ギリ シア 人が 伝え るイ メー ジは 既に 触れ たよ うに 芳し くな い︒ ギリ シア に自 ら軍 を 率 いて 遠征 した クセ ルク セス につ いて ギリ シア の著 作家 は否 定的 に記 述す る傾 向に ある

︒詩 人の アイ スキ ュロ スは そ の

﹃ペ ルシ ア人

﹄の 中で クセ ルク セス をサ ラミ スの 海戦 に敗 れう ちひ しが れ る 姿 で描 い て いる

!

偉 大 な 帝王 で あ っ た ダレ イオ スと は対 称的 に邪 な仲 間に 踊ら され

"

︑勇 敢に 戦う わけ でも な く

︑多 く の兵 員 を 失っ て 泣 き崩 れ る

︑そ の よ うな 人物 とし て描 いて いる

#

︒ま たヘ ロド トス はク セル クセ スを

︑息 子の 一人 を 遠 征 軍に 参 加 させ ず に 後に 残 そ う と した リュ ディ ア人 に対 する 残虐 な 仕 打ち や$

マ シス テ ス の妻 に 対 する 仕 打 ち%

に 対 す る記 述 を 通じ て こ のオ リ エ ン ト の支 配者 の残 忍さ

︑冷 酷さ を描 いて いる

&

︒ま た︑ ヘッ レス ポン トス 海峡 を渡 る 際 に 船橋 を 破 壊し た 海 に対 し て 召 し 使 い に 鞭 打 た せ︑ 焼 き 印 を 入 れ さ せ︑ 枷 を 投 じ さ せ る と い う 行 為 を 通 じ て こ の 人 物 の 傲 慢 さ を 読 者 に 印 象 づ け る'

︒つ まり 尊大 で傲 慢で ある 一方

︑柔 弱で 勇気 に欠 け︑ 精神 的な タフ さを 欠 い て いる

︑そ の よ うな 人 物 とし て ギ リ シ アの 著作 家た ちは クセ ルク セス を描 いて きた ので ある

︒ それ に対 して ペル シア 側の 資料 はク セル クセ スを ギリ シア 人の 正反 対の 帝王 とし て描 いて いる

︒ス ーサ から 出土 し て いる クセ ルク セス の全 身浮 き彫 りは 見事 なひ げを 蓄え

︑均 整の とれ た美 しい 姿を 現在 に伝 えて いる

︒ま たク セル ク セ スの いく つか の碑 文は 強い 意志 を持 って 断固 とし て政 策を 実行 する 支配 者の 側面 を窺 わせ る︒ エジ プト の反 乱鎮 圧 の た め に自 ら 軍 を率 い た ク セル ク セ スは エ ジ プト に お い て 父 ダ レ イ オ ス の よ う に フ ァ ラ オ 名 を 名 乗 る こ と は な く

﹁ク シャ イア ルシ ャ︑ 偉大 なフ ァラ オ﹂ と称 した に過 ぎな か っ た︒ エジ プ ト の反 乱 を 煽 動し た エ ジプ ト 人 神官 団 に 対

― 7 ― クセルクセス

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し ては その 特権 や所 領を 没収 し︑ 兄弟 のア ケメ ネス に鎮 圧後 の統 治を ゆだ ねた ので ある

︒ クセ ルク セス が自 らを どの よう に表 現し よう とし たの かを 別に して

!

︑ヨ ーロ ッ パ に 住む ギ リ シア 人 と ペル シ ア 人 や アジ アに 住む ギリ シア 人の 間で クセ ルク セス の評 価は 分裂 して いる

︒ロ バ ー ツ の極 め て 簡略 な 指 摘に よ れ ば"

︑ ペ ル シア 人や アジ アに 住む ギリ シア 人は クセ ルク セス を王 に相 応し い風 采を した 夢想 家で あり

︑穏 やか で︑ 正直

︑騎 士 道 に溢 れ︑ 大い なる 尊敬 の念 を掻 き立 てる こと の出 来る 支配 者と 見て いた ので ある

︒そ れに 対し てヨ ーロ ッパ に住 む ギ リシ ア人 は偉 大な 支配 者に 相応 しい 人格 も魅 力も

︑そ して 判断 能力 も欠 いて いる と見 なし てい たの であ る︒ 確か に ク セ ル クセ ス に は涙 も ろ い 所が あ る し︑ 自然 美 を 愛し

︑道 徳 心 に 富み

︑思 い や りに 満 ち てい る が︑ 同 時 に 残 忍 で あ り

︑臆 病で あり

︑怒 りっ ぽく

︑色 に溺 れ易 いと 言う のが 彼ら の意 見で あっ た︒ クセ ルク セス は自 らの 宗教 的立 場を 鮮明 に強 調し てい るが

︑シ ュヴ ァル ツに よれ ばそ れは ゾロ アス ター の教 義に 基 づ いて いる とい うよ りは ゾロ アス ター 以前 の古 いア フラ 観念 の遺 物で あっ て︑ ゾロ アス ター 以前 の伝 統に 回帰 して い る#

︒ギ リシ ア人 がク セル クセ スを 怯懦 に描 いた のも

︑ペ ルシ ア人 が美 しい 姿を し た 偉 大な 帝 王 とし て 描 いた の も 真 実 とい うよ りは プロ パガ ンダ と言 った 方が 事実 に近 いと 思わ れる

︒ペ ルシ アの 侵攻 軍と 戦い これ を撃 退し たギ リシ ア 人 から すれ ば敗 れ去 った クセ ルク セス は死 せる 運命 にあ る人 間の 分を 弁え ない 尊大 で惰 弱な 敵で なけ れば なら ず︑ ク セ ルク セス を王 とし てい ただ くペ ルシ ア人 から すれ ば臣 民か ら敬 愛の 念を 集め る堂 々た るア ケメ ネス 家の 帝王 でな け れ ばな らな かっ た︒ ク セル ク セ スは 自 ら 反乱 を 起 こ して い た 属州 を 鎮 圧 し︑ 秩序 を 回 復し た こ とを 誇 ら し げに 碑 文 の中 で 宣 言 し て い る

︒﹁ 余 が王 とな りし とき

︑上 述の 諸州 の中 に反 乱の 最中 に あ る州 が ひ とつ あ っ た︒ そ れで ア ウ ラマ ズ ダ ーが 余 を 助 け られ た︒ アウ ラマ ズダ ーの ご意 思に より 余は かの 州を 打倒 しそ のあ るべ き状 態に 置い た︒ また

︑諸 州の 中で かつ て

クセルクセス ― 8 ―

(10)

ダ イワ が信 仰さ れて いた 州が ひと つあ った

︒そ れで ア ウラ マ ズ ダー の ご 意思 に よ り 余は ダ イ ワダ ー ナ を 破壊 し

︑﹁ ダ イ ワは 信仰 され ては なら ない

﹂と 布告 した

︒か つて ダイ ワが 信仰 され てい た 州 にお い て

︑余 はrta

と 儀 礼 に従 っ て ア ウ ラマ ズダ ーを 礼拝 した

!

︒﹂ 反乱 をお こし 鎮圧 され た州 につ いて 一般 的に はエ ジプ トの こと だと 考え られ てい る︒ ここ に言 及さ れる ダイ ワダ ー ナ につ いて バビ ロン を指 して いる とす る研 究者 もお れば アテ ーナ イを 指し てい ると 主張 する 研究 者も いる

︒ しか しク セル クセ スが ギリ シア 遠征 に際 して 全く 実績 のな い君 主で はな かっ たこ とは 父ダ レイ オス 時代 に起 きた 二 つ の反 乱︑ エジ プト とバ ビロ ンの 反乱 を鎮 圧す るの に成 功し てい るこ とか ら も 証 明さ れ よ う"

︒ 王が 自 ら 遠征 軍 を 陣 頭 指揮 し︑ 必ず しも 安全 とは 言え ない 戦場 に自 ら身 をさ らし たこ とは ギリ シア 遠征 を記 すギ リシ ア側 の史 料も 認め て い る︒ ヘロ ドト スは ギリ シア 遠征 に先 立っ てク セル クセ スが 軍を 率い てエ ジプ トに 進攻 し反 乱を 平定 しよ うと した こ と を記 して いる

#

︒危 険な 戦場 に身 をさ らし たこ とは テル モピ ュラ イに 於い ても サ ラ ミ スに 於 い ても 親 し く戦 い を 観 戦 し︑ 戦い のグ ラン ド・ デザ イン を決 定し たこ とか らも 窺え る︒ これ らの 事実 はク セル クセ スが 父ダ レイ オス

︑さ ら に はカ ンビ ュセ スや キュ ロス に比 べて 劣っ てい たわ けで はな いこ とを 示し てい る︒ クセ ルク セス はア ケメ ネス 朝歴 代 の 王の 伝統 を踏 襲し

︑王 に求 めら れる 義務 を忠 実に 履行 した ので ある

︒ 既に 触れ たが 対外 遠征 で大 敗北 を喫 した のは クセ ルク セス が初 めて では な い$

︒父 ダ レイ オ ス はス キ ュ ティ ア 遠 征 で 大敗 北を 喫し てい るし

%

︑王 朝創 設 者 のキ ュ ロ ス はマ ッ サ ゲタ イ 遠 征で 軍 を 壊 滅さ せ 自 身も 戦 死 して い る&

︒戦 に お いて 勝利 を得 られ なか った が故 にク セル クセ スが 父や 祖先 に比 べて 劣っ てい ると いう のは 根拠 のな い話 であ る︒ で は 何故 クセ ルク セス が怯 惰な 人物 と貶 めら れて きた のか

︒理 由は いた って 単純 であ る︒ それ はク セル クセ スが ギリ シ ア 人に とっ て最 大の 脅威 をも たら した 敵だ った から であ る︒

― 9 ― クセルクセス

(11)

侵攻 して きた ペル シア 軍の こけ おど しの 規模

︑稚 拙な 戦争 指導

︑ペ ルシ ア王 の傲 慢と 無能

︑臆 病と 残虐 を宣 伝す る こ とに よっ て自 らを 正当 化し よう とす るギ リシ ア側 のプ ロ パガ ン ダ が作 り 出 した 像 だ と いう こ と は言 う ま で もな い

︒ こ れは いつ の時 代に おい ても 作り 出さ れる 敵の イメ ージ でし かな い︒ 問題 はそ の敵 のイ メー ジが ギリ シア 人著 作家 に よ って 語り 継が れ今 日ま で残 され てき たと いう こと

︑そ して 近代 ヨー ロッ パに おけ るオ リエ ンタ リズ ムが ギリ シア 人 に よっ て作 り出 され たク セル クセ ス像 を無 批判 に受 け入 れさ せる 土壌 を提 供し てき たこ とに ある

︒ 最高

指 揮 官と し て のク セ ル クセ ス クセ

ルク セス のギ リシ ア遠 征軍 が古 典の 伝え る何 百万 人も の規 模だ った のか

︑そ れと も現 代の 歴史 家が 想定 する 何 十 万人 程度 のも のだ った のか

︑あ るい はも っと 規模 の小 さな もの に過 ぎな かっ たの かは 別と して

︑複 雑な 組織 の遠 征 軍 を ア テ ー ナ イ ま で 前 進 さ せ︑ 戦 闘 集 団 と し て の 機 能 を 維 持 し 続 け た ク セ ル ク セ ス の 能 力 を 評 価 し て も 良 い だ ろ う!

︒遠 征軍 には ペル シア 人部 隊が あれ ばア ジア 各地 から 徴募 され た部 隊も あ り

︑小 ア ジア 沿 岸 から 動 員 され た イ オ ニ ア人 など のギ リシ ア人 部隊 も随 伴し てお り︑ 遠征 途中 か ら新 た に 加わ っ た ヨー ロ ッ パ 各地 の 部 隊も 含 ま れ てい た

︒ こ れら を有 機的 な戦 闘集 団と して 維持 し運 用す るこ とは 簡単 な問 題で はな い︒ ダレ イオ スの 時に 行わ れた ナク ソス 遠 征 が示 して いる よう に言 語や 習慣 の異 なる 住民 が遠 征軍 を編 成す ると き内 部の 意思 疎通 を図 るの は困 難で あり

︑コ ミ ュ ニケ ーシ ョン の齟 齬か ら軍 は内 部崩 壊す る危 険性 をは らん でい る︒ ギリ シア 遠征 軍は 最後 に至 るま でそ のよ うな 危 機 に陥 るこ とは なか った

"

︒ その ギリ シア 遠征 は最 初か ら最 後ま でク セル クセ スの 戦争 であ った

︒ク セル クセ スこ そが ギリ シア 遠征 の発 動者 で

クセルクセス ― 10 ―

(12)

あ り体 現者 であ った

︒ギ リシ ア遠 征が ギリ シア 側史 料の 伝え る柔 弱で 意志 薄弱 な人 物に 実行 でき るよ うな 企て では な か った こと は遠 征の 規模 と計 画の 徹底 性か ら窺 うこ とが でき よう

︒ クセ ルク セス を批 判的 に描 くギ リシ ア側 史料 もク セル クセ スの 意志 の強 さを 認め てい る︒ ペル シア 内部 の反 対論

・ 慎 重論 に屈 する こと なく ギリ シア 遠征 を唱 え立 案・ 実行 した のは クセ ルク セ ス の 強固 な 意 志だ っ た!

︒ 事 前に ヘ ッ レ ス ポン トス に二 本の 船橋 を構 築さ せ︑ アト ス岬 に巨 大な 運河 を開 削さ せ︑ エー ゲ海 北岸 に添 って 補給 基地 を用 意さ せ た こと

︑ギ リシ ア諸 国に 伝令 を派 遣し て土 と水 の献 上を 求め たこ とは クセ ルク セス の計 画性

︑慎 重さ をよ く表 して い る

︒ 複雑 な官 僚機 構を 統御 して 大遠 征軍 を組 織し 維持 し続 け たこ と は クセ ル ク セス の 非 凡 な才 能 を 示す も の で はあ る

︒ 確 かに クセ ルク セス のギ リシ ア遠 征は 失敗 に終 わり

︑サ ラミ ス︑ プラ タイ ア︑ ミュ カレ ーに おい て重 大な 敗北 を喫 し た が︑ 帝国 の根 幹を 揺る がす 結果 とは なら ずエ ジプ トや キプ ロス にお ける 反撃 の余 力を 帝国 は残 して いた

︒イ ソク ラ テ スは 書簡 の中 でク セル クセ スが 王権 を損 じる こと なく 帝国 を全 うし

︑ギ リシ アに 対し て脅 威を 及ぼ し続 けた と指 摘 し てい る"

︒ クセ ルク セス の遠 征と マラ トン 遠征 とを 比較 する とわ ずか 十年 の間 にペ ルシ アは 洗練 され た新 戦術 を採 用し てい た こ とが 分か る︒ それ は戦 場を 含む 広い 空間 を戦 域と して 有機 的に 活用 する こと と︑ 軍の 機動 力を 活か して 側面 迂回 を 展 開す るこ とで ある

︒マ ラト ンで 見ら れた 正面 攻撃 とい う単 純な 戦術 では なく

︑有 力な 戦力 を機 動的 に運 用す るこ と に よっ て敵 の背 面を 突く とい う戦 場を 含む 戦域 の側 面迂 回の 戦術 を大 規模 に展 開し たこ とで ある

︒戦 場と いう 限定 さ れ た空 間で はな く︑ 戦域 とい う広 い空 間に 軍を 展開 する とい う作 戦思 想を 実用 化し てい る点 は評 価さ れる

︒テ ルモ ピ ュ ライ にお いて も︑ アル テミ シオ ンに おい ても

︑サ ラミ スに おい ても ペル シア 軍は 敵対 する ギリ シア 軍を 正面 に拘 束

― 11 ― クセルクセス

(13)

し つつ 有力 な戦 力を もっ て側 面迂 回の 運動 を行 って いる

︒ また ギリ シア 遠征 にお いて もっ とも 重要 視さ れた のが ロジ ステ ィク スの 問題 であ る︒ ギリ シア ヘの 遠征 は軍 を狭 正 面 に展 開せ ざる を得 ず︑ 前進 する 軍と その 軍に 後方 から 補給 する 陸路 が限 られ てお り︑ 大軍 を長 期に わた って 維持 す る のは きわ めて 困難 であ った

︒マ ケド ニア 国境 にい たる まで ペル シア は食 糧補 給基 地を 築い たが それ はペ ルシ ア軍 が 抱 える 問題 の一 部を 解決 する 限定 的な もの に過 ぎな かっ た︒ 輸送 船団 を前 進す る軍 に併 進さ せる とい う方 法も とら れ た が︑ 軍が 使用 する 陸路 が必 ずし も海 岸近 くに 沿っ たも のと は限 らず

︑内 陸奥 深く 入り 込ん でい る場 合も あり 問題 解 決 とは なっ てい ない

︒問 題は ペル シア の勢 力圏 から 出た マケ ドニ ア国 境か らア テー ナイ に至 るル ート にあ る︒ 平時 以 上 の食 糧の 備蓄 がな く︑ 侵攻 途上 の地 域に 食料 供給 の余 力が 十分 でな く︑ 侵攻 する 深度 が深 いた めに 後方 から の補 給 を 望め ない とい うロ ジス ティ クス 上の 問題 を遠 征軍 は抱 えて いた ので ある

︒こ の問 題に 対処 すべ くク セル クセ スは 遠 征 軍を 長期 にわ たっ て遠 隔地 に展 開さ せる ので はな く︑ 可能 な限 りの 軍を 集結 し︑ その 重量 でも って 短期 のう ちに 防 衛 側の 抵抗 を排 除す ると いう 戦略 を採 用し てい たの であ る︒ それ に軍 が前 進す ると きに 必ず 生じ るの が落 伍兵 の大 量発 生で ある

︒奇 襲と いう 要素 を重 視す るな ら先 頭を 行く 兵 団 は錐 の役 割を 演じ るこ とに なる が︑ 大量 の落 伍兵 を後 方に 残置 する だけ でな く︑ 本隊 から 切り 離さ れて 衰弱 して い く とい う危 険性 を伴 うこ とに なる

︒そ のた めに は軍 の行 軍は 統制 され たも ので なけ れば なら ない

︒ ペル

シ ア 帝国 膨 張 の論 理 ペル

シア 帝国 がそ の国 境外 に遠 征し

︑領 土を 拡大 して いく のを 規制 する 内的 要因 は存 在し ない

︒今 日の よう な帝 国

クセルクセス ― 12 ―

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主 義が 国際 法に 反し

︑外 国の 主権 を侵 し侵 略・ 併合 する 行為 が道 徳的

・倫 理的 に悖 る行 為で ある とい う認 識は 持ち 合 わ され てい なか った

︒初 代の キュ ロス 以来 歴代 のペ ルシ ア王 は侵 略を 繰り 返し てい る︒ キュ ロス はメ ディ アを 滅ぼ し た だけ でな く︑ リュ ディ ア︑ バビ ロニ アを 征服 して 一大 帝国 を築 いた し︑ カン ビュ セス はエ ジプ トを 併合 し︑ ダレ イ オ スは 内乱 を平 定し た後 スキ ュテ ィア への 遠征 を試 みマ ケド ニア 国境 まで その 勢力 を拡 大し てい る︒ クセ ルク セス が ギ リシ アへ の遠 征に よっ て帝 国の 拡大 を企 てた のは ペル シア 王と して の伝 統を 踏襲 した もの と思 われ る︒ クセ ルク セス が非 難さ れる のは 結局 ギリ シア 遠征 に失 敗し たか らで あろ うが

︑そ れは ペル シア 国内 から 出た もの で な くギ リシ アか ら発 信さ れた もの であ る︒ その 根拠 は神 が定 めた アジ アと ヨー ロッ パの 区分 を越 えて 支配 を拡 大し よ う とし たク セル クセ スの 傲慢 が人 間の 分を 越え た行 為と みな され るか らで ある

︒こ の傲 慢を ギリ シア 語で ヒュ ブリ ス と 呼ぶ が︑ この ヒュ ブリ スに 対し て神 は罰 を下 され ると いう のは ギリ シア 人の 倫理 であ って

︑ペ ルシ ア人 の倫 理で は な い︒ それ にア ジア とヨ ーロ ッパ の境 界を 越え て帝 国の 拡大 を企 てた のは クセ ルク セス が最 初で はな い︒ ヨー ロッ パへ の 拡 大は 既に ダレ イオ スに よっ て始 めら れて いた

︒ス キュ ティ ア遠 征そ のも のも ヨー ロッ パへ の進 出を 試み たも ので あ る が︑ その 副産 物と して トラ キア が帝 国の 宗主 権の もと に入 って きて いる

︒さ らに マラ トン 遠征 のと きに はエ ーゲ 海 の 島嶼 部に ある 諸都 市が ペル シア 帝国 の藩 属国 とし てそ の勢 力圏 内に 収め られ てい る︒ 従っ てア イス キュ ロス がそ の 作 品の 中で ダレ イオ スを 持ち 上げ

︑ク セル クセ スを 死す べき 定め にあ る人 間の 分を 超え た傲 慢で ある と弾 劾す るの は 論 理的 矛盾 を犯 して いる と言 わざ るを 得な い︒ また

︑ク セル クセ スと 叔父 アル タバ ノス との ギリ シア 遠征 をめ ぐる 論 争 で神 が夢 枕に 現わ れて 反対 論を 唱え るア ルタ バ ノス を 罰 しよ う と した と い う 挿話 は

︑﹃ イ リア ス

﹄に お いて ア ガ メ ム ノン がト ロイ 勢に 対し て攻 撃を 仕掛 けて 大敗 北を 喫し たと いう 話と 通じ ると ころ があ り︑ この 話が ギリ シア 起源 で

― 13 ― クセルクセス

(15)

あ るこ とを 示し てい る"

︒ ペル

シ ア の正 義

ペル シ ア 側の

Casus B elli

ペル

シア 人に とっ て戦 争は 邪悪 に対 する 正義 の戦 争で あっ た︒ その 例を イオ ニア 反乱 から はじ め︑ ペル シア 戦争 に 広 げて みよ う︒ イオ ニア 諸都 市の 反乱 はペ ルシ アの 征服 によ って 生じ た結 果#

を 覆そ う と す る行 為 で あっ た

︒そ れ は明 ら か に﹁ 反

"

!

"

!

﹂で あ っ て︑ 独立 し た 国同 士 の﹁ 戦 争﹂ で は な か っ た$

︒ ヘ ロ ド ト ス に はαφιστημι

と い う 動 詞 やαποστασι!

!

!

#!

い う名 詞が 用い られ てい る︒ ギリ シア 人か ら見 れば 反乱 はτυραννωνκαταπαυσι!

︵ 僭主 た ち の追 放

%

とρυσασθε

"

!

"

!

εκδουλοσυνη!

︵ 隷属 から 救出 する

&

或 いはε

"

ιναι

ελευθεροισι

︵ 自由 であ るこ と︶' を意 味し てい ると 宣伝 され た︒ イオ ニア の反 乱に 対し てペ ルシ ア側 はギ リシ ア人 とは 違っ た視 点か ら反 乱を 位置 づけ

︑反 乱を 鎮圧 する 自ら の行 為 を ギリ シア 人と は異 なっ た理 由で 正当 化し たと 思わ れる

︒そ の手 掛か りを 与え るの はダ レイ オス の有 名な ベヒ スト ゥ ン 碑文 であ る(

︒ 碑文 は﹁ アウ ラマ ズダ ーの 御意 によ って

﹂ダ レイ オス がパ ール サ以 下二 三も の諸 地方 の王 とな った こと を高 らか に 告 げて い る)

︒そ の 中に イ オ ニア は ヤ ウナ と い う 名前 で ス パル ダ

︵サ ル ディ ス

︶に 次 い で九 番 目 に挙 げ ら れ てい る

︒ そ して ダレ イオ スに 忠実 な諸 地方 に対 し ては

﹁厚 く 賞 し﹂

︑不 忠 な 諸地 方 に 対 して は

﹁厳 し く罰 し た﹂ こ とを 誇 ら し げ に指 摘し てい る*

︒ それ は碑 文の 随所 に現 われ てい る﹁ アウ ラマ ズダ ーの 御 意 に よっ て

﹂ダ レ イオ ス が 行っ た こ と で あっ た︒

クセルクセス ― 14 ―

(16)

第五 欄は ウー ウジ ャ︵ エラ ム︶ の反 乱を ガウ バル ワ派 遣に よっ て鎮 圧し たこ とを 記し てい る︒ エラ ムの 離反 は﹁ 不 忠

﹂と され

︑ア ウラ マズ ダー がエ ラム 人に よっ て﹁ 崇め られ なか った

﹂と 指 摘 さ れる

!

︒そ し て エラ ム の 反乱 の 鎮 圧 は

﹁ア ウラ マズ ダー の御 意﹂ によ るも ので ある こと を宣 言す るの であ る︒ この エラ ムの 反乱 に関 する ダレ イオ スの 宣 言 がイ オニ アの 反乱 をペ ルシ アが どの よう に記 録し たの かを 推測 する 手掛 かり を残 して くれ てい るの であ る︒ イオ ニ ア の反 乱に 関す るペ ルシ ア側 の資 料は 現存 して いな いが

︑勝 手な 想像 が許 され ると する なら ば次 のよ うに まと めら れ た であ ろう

︒ イオ ニア 人た ちの 反乱 は﹁ 不忠

﹂と され

︑反 乱を 起こ して いる イオ ニア 人た ちが

﹁ア ウラ マズ ダー を崇 めな い﹂ が 故 に鎮 圧の 正当 性を ペル シア 王に 与え る こと と な り︑

﹁ア ウ ラ マズ ダ ー の 御意

﹂と

﹁ア ウ ラ マズ ダ ー の佑 助

﹂に よ っ て ダレ イオ スが 部下 を派 遣し て反 乱を 起こ した 人々 を﹁ 厳し く罰 した

﹂と 告げ てい たこ とで あろ う︒ イオ ニア 反乱 に際 して アテ ーナ イが エレ トリ アと とも に軍 を派 遣し

︑サ ルデ ィス 攻撃 に加 担し たこ とが ペル シア 側 を 怒ら せた こと はヘ ロド トス が伝 えて いる

"

︒ダ レイ オス が召 使に

﹁王 よ︑ アテ ー ナ イ 人が し た るこ と を お忘 れ 召 さ る な﹂ と呼 ばせ たこ とは その 怒り の強 さを 表す もの であ る︒ しか し問 題は アテ ーナ イが ペル シア 王に

﹁土 と水

﹂の 献 上 を約 束し てそ の宗 主権 下に 入っ た盟 約を 反故 にし

︑保 護者 たる ペル シア 王に 危害 を加 えた こと にあ る︒ これ は信 義 則 の侵 犯で あり

︑神 への 誓約 を踏 みに じる 行為 であ り︑ ペル シア への 不法 な戦 争行 為で あっ た︒ この 意味 でヘ ロド ト ス がイ オニ ア反 乱へ の加 担を ギリ シア 人に とっ ても ペル シア 人に とっ ても 災厄 の始 まり とな った と評 して いる のは 正 し い#

︒ ペル シア 戦争 に関 する ペル シア 側の 評価 と見 解は 伝え られ てい ない

︒今 日残 され てい るの はア テー ナイ を中 心と す る ギリ シア 側の 評価 と見 解だ けで ある

︒し かし クセ ルク セス の﹃ ダイ ワ碑 文﹄ やギ リシ ア側 の史 料︵ ヘロ ドト スや ク

― 15 ― クセルクセス

(17)

テ シア スな ど︶ から ペル シア がそ のギ リシ ア遠 征を 評価 する とす るな らど のよ うな もの とな るの かを 類推 する こと は 不 可能 では ない

︒邪 悪に 対す る正 義の 回復 と邪 悪な 行為 に対 する 懲罰 とい うス タイ ルか ら公 式声 明を 推定 する こと は で きる

︒ ペル シア 側か らす れば

︑ペ ルシ ア戦 争︵ ギリ シア 遠征

︶は 協定 を反 故に し︑ ペル シア 王の 権威 を否 定し たう えそ の 領 土と 人民 に危 害を 加え

︑神 への 神聖 な誓 いを 侵犯 した アテ ーナ イに 対す る懲 罰・ 報復

︑正 義と 秩序 の回 復で しか な か った

!

ブ リ ア ン はギ リ シ ア遠 征 に 関す る ペ ル シア 側 の 公式 の 声 明を 想 定 し てい る が︑

﹃ ダイ ワ 碑 文﹄ から の 自 然 な 類推 だと 思わ れる

"

︒帝 国の 公式 声明 があ ると すれ ばそ れは ギリ シア 遠征 の失 敗 と 領 土の 喪 失 を認 め る もの で は な か った だろ う︒ アウ ラマ ズダ ーの 定め た秩 序と 正義 を破 壊し たア テー ナイ 人と

︑こ れに 協力 した 邪悪 な人 々︵ スパ ル タ 人を 含め て︶ をク セル クセ スが アウ ラマ ズダ ーの 助け を得 て打 ち破 り︑ 世界 の秩 序と 正義 を回 復し たこ とを 高ら か に 宣言 する もの であ った だろ う︒ ロー マ時 代の デ ィオ=

ク リ ュ ソス ト ム スは は る か 後世 の 人 であ る が︑

﹁ ギリ シ ア へ の 遠征 の間 に︑ クセ ルク セス はテ ルモ ピュ ライ でラ ケ ダイ モ ン 人に 対 し て勝 利 を お さめ

︑レ オ ニ ダス 王 を 殺 害し た

︒ つ いで 彼は アテ ーナ イを 占領 して 荒廃 させ

︑逃 れ損 ね た住 民 す べて を 奴 隷に 売 り 飛 ばし

︑こ れ ら の成 功 を 収 めた 後

︑ ギ リシ ア人 ども に税 を課 して アジ アに 戻っ た﹂ と記 して いる

#

︒勿 論こ れが ペル シ ア の 真正 の 宣 言を 伝 え てい る 訳 で は ない

︒し かし 時期 的に ギリ シア 遠征 より 後に 属す る﹃ ダイ ワ碑 文﹄ が海 辺に 住む イオ ニア 人や 海の 向こ うの

︵イ オ ニ ア人

︶を 帝国 の版 図に 含め てい るし

$

︑サ ルデ ィス の総 督が アテ ーナ イ人 の支 配 下 に ある 諸 都 市に 課 せ られ る 大 王 へ の税 をペ ロポ ネソ ス戦 争期 に至 って も負 担し 続け てい たと トゥ キュ ディ デ ス は 指摘 し て いる

%

こ れ ら はペ ル シ ア が 公式 には ギリ シア 遠征 の失 敗と 領土 の喪 失を 認め てい なか った こと を示 して いる よう に思 われ る&

クセルクセス ― 16 ―

(18)

帝 国 の 防 衛 前四

八〇 年の ギリ シア 遠征 の失 敗と ヘラ ス同 盟軍 の反 撃を 従来 の研 究は 過大 評価 して きた よう であ る︒ ミュ カレ ー の 戦い の後

︑イ オニ ア全 体が 雪崩 を打 って ペル シア の支 配に 反旗 を翻 し︑ ヘラ ス同 盟軍 を解 放者 とし て迎 えた かの よ う な印 象が 一般 的に 持た れて いる

︒こ れは ヘロ ドト スが イオ ニア 人の 二度 目の 反乱 と指 摘し てい るこ とに 起因 して い る!

こ ︒ れ に対 して ブリ アン はペ ルシ アの 小ア ジア での 喪失 は最 小で あっ たと し"

︑デ ロ ス 同盟 結 成 後の ア テ ーナ イ の 攻 勢 に対 して ブリ アン はペ ルシ ア側 の防 衛が 成功 した とみ なし てい る#

︒ また 西方 の 防 衛 にク セ ル クセ ス は 関心 を 持 ち 続 け$

︑ ヘロ ドト スは マス カメ スに よ る ドリ ス コ ス 防衛 に 成 功し た こ とを 強 調 し てい る%

︒ア テ ーナ イ 側 によ る 成 功 は 孤立 した もの であ って

︑後 が続 かな かっ たと ブリ アン は指 摘す る︒ 確か に前 四七 八年 にア テー ナイ はキ プロ ス島 の い くつ かの 町を 占領 した が︑ その 後の 前四 七〇 年代 の間 にペ ルシ アが これ ら を 奪 回し て い る&

︒ それ に そ の後 の ア テ ー ナイ の矛 先は エウ ボイ アの カリ ュス トス やナ クソ スな どに 向け られ てい て︑ トゥ キュ ディ デス はア テー ナイ によ る 小 アジ ア遠 征に つい ては 全く 言及 して いな いと 論じ てい る'

︒ また キモ ンの 小ア ジ ア 沿 岸に お け る活 躍 を プル タ ル コ ス がエ ウリ ュメ ドン の戦 いの 直前 に置 いて いる こと

(

︑デ ィオ ドロ スは カリ アや リ ュ キ アに 至 る まで の 小 アジ ア 沿 岸 の 諸都 市を キモ ンが ペル シア から 奪取 した こと をエ ウリ ュメ ドン の戦 い に 直結 す る 遠征 に 含 んで い る こ と)

か ら︑ ミ ュ カレ ーの 戦い 以降

︑デ ロス 同盟 によ る小 アジ アの ペル シア 領攻 撃は なか っ た と 推定 し て いる

*

そ し て 前四 六 六 年 の エウ リュ メド ン遠 征の 際に も小 アジ アの 住民 によ るア テー ナイ の攻 撃に 対す る抵 抗が あっ たこ とに 着目 し︑ パセ リ

― 17 ― クセルクセス

(19)

ス の事 例も 自発 的に アテ ーナ イに 降伏 した ので はな いこ とを 指摘 する

!

︒そ して 前 四 六 六年 の エ ウリ ュ メ ドン 遠 征 の 時 点で

︑多 くの 小ア ジア の諸 都市 はペ ルシ アの 領域 の中 に留 まっ てお り︑ ペル シア の守 備隊 が各 所に 駐留 して いた と 考 えて いる ので ある

"

結 ︒

論 クセ

ルク セス が軟 弱な 君主 とし てギ リシ アの 歴史 家た ちか ら批 判を 受け るの は何 より もギ リシ アの 最大 の敵 であ っ た から であ り︑ ギリ シア の存 続に とっ ての 最大 の危 機を もた らし たか らで あり

︑そ のギ リシ ア人 に戦 いで 敗れ たか ら に 他な らな い︒ しか しク セル クセ スは ギリ シア 征服 より は遥 かに 帝国 にと って 重要 なエ ジプ トの 反乱 を平 定し

︑バ ビ ロ ンの 蜂起 を粉 砕す ると いう 大き な功 績を 残し てい る︒ 本稿 にお いて クセ ルク セス がギ リシ ア人 の描 くよ うな 本質 は怯 懦で ある にも 関わ らず 外面 は傲 慢で 残酷 で人 とし て の 分を 弁え ない その よう な帝 王で あっ たの かど うか とい う問 題に は関 心を 持た ない

︒ク セル クセ スが どの よう な性 格 の 人物 であ った とし ても ギリ シア 遠征 を企 て自 ら親 征し て敗 北し たと いう 事実 に変 わり はな いし

︑帝 国の 根幹 を揺 る が すよ うな 大敗 北を 喫す るこ とも なか った とい う結 果に 変わ りは ない から であ る︒ その よう な問 題に つい て議 論を 重 ね ても 所詮 古代 ギリ シア 以来 の欧 米人 のア ジア 観の 是非 を論 じる 袋小 路に 陥っ てし まう だけ であ る︒ しか し次 の事 実だ けは 指摘 して おき たい

︒ク セル クセ スは 自 らをkhshavarsha

︵﹁ 王 の 中の 英 雄﹂ と いう 意 味

︶と 称 し#

︑西 方の 伝承 とは 異な り東 方の 伝承 では 生真 面目 な支 配者 であ り︑ 友人 や 敵 に 対し て 非 常に 気 前 良く

︑優 れ た 判 断 を下 し︑ 恣意 的に 行動 する こと はな かっ た︒ また ロジ ャー ズに よれ ば︑ クセ ルク セス の時 代は 考古 学的 には デカ ダ

クセルクセス ― 18 ―

(20)

ン スの 時代 では なく ペル シア 文化 の黄 金時 代で あっ たと 評価 され

︑ク セル クセ スの 統治 は全 体と して は帝 国の 統合 と 力 強さ

︑決 断力 に優 れ︑ まじ めで 能力 に恵 まれ た統 治で あっ たと 研究 者達 によ って 見直 され るよ うに なっ てき てい る と いう こと であ る"

︒ 既に ペル シア 戦争 史研 究も ギリ シア の伝 統的 な文 学と 政治 プロ パガ ンダ から 脱し て︑ スパ ルタ やア テー ナイ は有 能 な 君主 と優 れた 行政 機構 を持 ち︑ 想像 を絶 する 国力 を誇 る東 方の 大帝 国と 対峙 して いた のだ とい うこ とを 前提 に見 直 し てい くこ とが 要求 され る段 階に なっ てき てい る︒ スパ ルタ やア テー ナイ は決 して 虚栄 心に 固ま った 見掛 け倒 しの 大 軍 と対 峙し てい た訳 では ない

︒優 れた 補給 機構 に支 えら れ︑ 経験 と忠 誠心 に十 分な 信頼 のお ける 高級 指揮 官に 補佐 さ れ

︑プ ロの 戦闘 集団 を核 とす る陸 海の 大軍 を統 率し

︑王 家の 伝統 と使 命に 忠実 な壮 年の 支配 者と 対峙 して いた ので あ る 図 ︒

版 出 典 一 覧 図 1

http://www.payvand.com/news/07/mar/Xerxes−300.jpg

図 2

http://www.realhistoryww.com/world_history/ancient/Misc/Elam/Persepolis.htm

図 3

http://www.melotti.net/file/ricordi_di_viaggio/iran/naqsh−e−rostam−4.htm

! 註 ギ リ シ ア 人 の ク セ ル ク セ ス 像 に つ い て は 阿 部 拓 児

︑﹁ ペ ル シ ア 帝 国 期 小 ア ジ ア に お け る 文 化

・ 社 会

・ 歴 史 叙 述

﹂︵ 博 士 論 文

︑ 京 都 大 学

︶︑ 二

〇 八 年

︑ 一 三 八

│ 九 頁

︑ ユ ダ ヤ 人 に 描 か れ る ク セ ル ク セ ス 像 に つ い て は 森 田 純 司

︑﹁ ク セ ル ク セ ス 1 世 再 考

│ 歴 史 小 説 が 生 ん だ 愚 か な 王 ク セ ル ク セ ス

﹂︑

﹃ 歴 史 家 協 会 年 報

﹄ 第 2 号

︑ 二

〇 六 年

︑ 一 六

│ 三

〇 頁 が 簡 潔 に ま と め て い る

― 19 ― クセルクセス

(21)

#

!

"

阿 部 は イ ソ ク ラ テ ス のαινανδρα

を キ ー ワ ー ド に ペ ル シ ア 帝 国 の 軍 事 的 な 弱 さ と 女 性 的 な イ メ ー ジ を 表 出 し て い る と 論 じ て い る

︒ 阿 部

︑ 二

〇 八 年

︑ 一 四

〇 頁

︒ カ ン ビ ュ セ ス に 関 し て は ブ ラ ウ ン の 論 考 が あ る

︒ ブ ラ ウ ン に よ れ ば 父 の キ ュ ロ ス が ギ リ シ ア 人 に 称 賛 さ れ 続 け た の に 対 し て

︑ 息 子 の カ ン ビ ュ セ ス はdamnatiomemoriae

︵ 記 憶 の 抹 殺

︶ を 受 け

︑ 暴 虐 で 執 念 深 い と 描 か れ た の で あ る が

︑そ の よ う な イ メ ー ジ の 責 任 の 多 く は ヘ ロ ド ト ス に あ る と い うusamCofittrapor’rodot:‘Hewn,roB.S.T­

$

!

byses’,Hist.31,1982,pp.387−8.

事 実 ヘ ロ ド ト ス は カ ン ビ ュ セ ス をυπομαργοτερο!

︵ や や 狂 っ て:Hdt.3.29.1

︶ と 呼 ん だ り

!

δεσποτη!

︵ 主 人:Hdt.3.89.3

︶ と 呼 ん だ り し て い る

# 土 田 は 第 一 次 世 界 大 戦 中 の 連 合 国 が

﹁ 徹 底 し て ド イ ツ を 悪 の 化 身 と し て 描 き

︑ 見 る 者 に 共 通 し た

﹁ 敵 の 像

﹂ を 与 え

・ 敵 対 心 を 抱 か せ

﹂ た と 指 摘 し

︵ 三

〇 頁

︶︑ そ の 為 に

﹁ 経 験 や 知 識

︑ 好 意 や 嫌 悪 と い っ た 感 情 を 利 用

﹂ し

﹁ 操 作

﹂ す る と 論 じ て い る

︵ 三 九 頁

︶︒ 敵 を 残 虐 な 怪 物 と し て 描 く 目 的 を 土 田 に よ れ ば

﹁ 敵 が 極 め て 危 険 な 存 在 で あ り

︑ 打 倒 さ れ て 当 然 の

︑ 憎 む べ き も の で あ る と 思 わ せ る 効 果

﹂ に あ る

︵ 八 三 頁

︶: 土 田 泰 子

︑﹁ 第 一 次 世 界 大 戦 期 に お け る 米 国 プ ロ パ ガ ン ダ

・ ポ ス タ ー 研 究

│ そ の 説 得 の 心 理 過 程 と レ ト リ ッ ク お よ び 社 会 的 文 脈 に つ い て の 考 察

﹂︵ 博 士 論 文

︑ 新 潟 大 学

︶︑ 二

〇 六 年

$ 土 田 は 戦 時 プ ロ パ ガ ン ダ の 機 能 を

﹁ 記 号 化 し た イ メ ー ジ は

︑ 見 る 者 の 反 射 的 な 感 情 を 喚 起 す る 役 割 を 果 た し

︑ 文 字 メ ッ セ ー ジ と 連 動 し て 見 る 者 の 判 断 を 方 向 付 け

﹂ る こ と に あ る と 見 て い る: 土 田

︑ 二

〇 六 年

︑ 一 六

〇 頁

%C−pp.5311997,,risPae,xandrleAàusyrdeP.:ersperepiml’ederestoiHiBriant,585

leisHA:rxandeAP.tosruCyomFrBriant,­

toryofthePersianEmpire,translatedbyPeterT.Daniels,WinonaLake,2002,pp.515−568

︶.G.Cawkwell,TheGreekWars:The

FailureofPersia,Oxford/NewYork,2005,pp.87−138.

伊 藤 義 教

︑﹃ 古 代 ペ ル シ ア

﹄︑ 岩 波 書 店

︑ 一 九 七 九 年

︵ 第 二 刷

︶︑ 一 一 五

│ 一 五 六 頁

︒ 中 井 義 明

︑﹃ 古 代 ギ リ シ ア 史 に お け る 帝 国 と 都 市

│ ペ ル シ ア

・ ア テ ナ イ

・ ス パ ル タ

﹄︑ ミ ネ ル ヴ ァ 書 房

︑ 二

〇 五 年

︑ 一 七

│ 一 一 七 頁

︒ 馬 場 恵 二

︑﹃ ペ ル シ ア 戦 争: 自 由 の た め の 戦 い

﹄︑ 教 育 社 歴 史 新 書

︑ 一 九 八 二 年

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ア イ ス キ ュ ロ ス は ア ト ッ サ にυτονεκτησωξναπλοιχμη,τονδυ!λσεγουσιδ’ω!υκνοιμενμεγαντε’

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ανανδρια!υποενδοναιχμαζειν,πατρωονδ’ολβονουδεναυξανειν.

と 語 ら せ て い る:Aesch.Persae,754−756.

'Hdt.7.5.1

で は ク セ ル ク セ ス は エ ジ プ ト の 反 乱 を 未 だ 鎮 圧 し て い な い こ と に な っ て い る がHdt.7.25.1

で は エ ジ プ ト 人 に ギ リ シ ア 遠 征 へ の 準 備 を 命 じ て い る

︒ (Hdt.7.20.1.

)Ctes.F13

︵26

︶=FGH.688F13

︵26

︶ は ク セ ル ク セ ス の 時 に バ ビ ロ ン の 反 乱 が 鎮 圧 さ れ た と し て い る が

︑Hdt.3.158.1−159.

クセルクセス ― 20 ―

(22)

2 は ダ レ イ オ ス の 時 の 出 来 事 と し て い る

︒ ク セ ル ク セ ス の ペ ル セ ポ リ ス 碑 文 h

︑ い わ ゆ る

﹁ ダ イ ワ 碑 文

﹂ が 言 及 す る ダ イ ワ 崇 拝 を 禁 止 し た 国 が バ ビ ロ ン を 指 し て い る の か ど う か は 分 か ら な い

︒ 伊 藤

︑ 一 九 七 九 年

︑ 一 三 八

│ 九 頁

︒ こ の 件 に 関 し て ア シ ェ リ は ヘ ロ ド ト ス が ク セ ル ク セ ス 時 代 の バ ビ ロ ン で の 反 乱 に は 言 及 し て い な い と 指 摘 し て い る:D.Asheri,A.Lloyd&A.

Corcella,editedbyO.Murray&A.Moreno,ACommentaryonHerodotus:BooksI−IV,Oxford/NewYork,2007,p.213.

! し か し フ ァ ラ オ の 称 号 や

﹁ バ ビ ロ ン の 王

﹂ と い う 称 号 は 反 乱 鎮 圧 後 に 名 乗 ら な く な り

︑ ク セ ル ク セ ス の 称 号 は

﹁ パ ー ル サ と メ デ ィ ア の 王

﹂ と い う 称 号 に 変 化 し て い る

︒ こ の よ う な 称 号 の 変 化 を エ ジ プ ト や バ ビ ロ ニ ア に お け る ク セ ル ク セ ス の 支 配 が 過 酷 な も の に 変 化 し て い っ た 証 し で あ る と す る 解 釈 も あ る が

︑ 称 号 の 変 化 か ら そ こ ま で 読 み 取 る の は 危 険 な よ う に 思 わ れ る

"

J.Abbott,FamousCharactersofHistory:Xerxes,2003,p.20

で キ ュ ロ ス は 思 慮 深 く 正 義 を 愛 し

︑ 何 百 万 人 の 臣 民 の 繁 栄 と 幸 福 を 増 進 し よ う と 願 っ て い た と 評 さ れ て い る

︒ カ ン ビ ュ セ ス は 放 縦 で

︑ 無 謀 で

︑ 誇 り 高 く

︑ 利 己 的 で 自 分 を 抑 え る こ と の で き な い 若 者

︑ 残 忍 で 無 謀 で

︑ 忌 ま わ し い 怪 物 と 評 さ れ て い る

︵p.21

︶︒ ク セ ル ク セ ス は 誇 り 高 く 高 慢 で あ る が

︑ 雅 量 が あ り

︑ 自 信 と 希 望 に 満 ち た 若 者 と 評 さ れ て い る

︵p.51

︶︒

#http://wwws.warnerbros.co.jp/300/jpspecial/news.html

$ サ ン ト ロ は ブ ラ ジ ル で は 二 枚 目 の 俳 優 と し て 知 ら れ て お り

︑ 彼 が こ の よ う な ク セ ル ク セ ス を 演 じ た こ と に 対 し てMegatronika と い う ブ ロ ガ ー は 驚 き の 書 き 込 み を し て い る

︒ そ の 中 で 彼 が 演 じ る ク セ ル ク セ ス を

﹁ 気 持 ち 悪 いcreepy

﹂ と 評 し て い る:

http://www.imdb.com/name/nm0763928/board/nest/82754214?p=4

%Hdt.9.108.1−113.2

︵ マ シ ス テ ス 事 件

︶;Ctesias,F13

︵23

︶=FGH.688F13

︵23

︶︵ ク セ ル ク セ ス 暗 殺

︶︒

&

Aesch.Persae,745−750.

' 反 乱 が 失 敗 し た あ と

﹁ か く し て イ オ ニ ア 人 は 三 度 奴 隷 化 さ れ た

﹂ と ヘ ロ ド ト ス は 指 摘 し て い る:Hdt.6.32.

(Hdt.3.149.

)Hdt.6.31.1−32

︵ イ オ ニ ア 制 圧 と 処 理

︶;94.1ff

︵ マ ラ ト ン 遠 征

*Hdt.1.214.3.Cf.Ctes.PersicaF9

︵7

︶=FGH.688F9

︵7

︶. +Cfp.4031982,wn,roB.3.Hdt26.−125.3..:

ブ ラ ウ ン は エ テ ィ オ ピ ア 遠 征 を 架 空 の 物 語 と み な し て い る

︒ エ テ ィ オ ピ ア 遠 征 の 歴 史 性 に つ い て の 議 論 に つ い て はAsherietal.2007,p.424

― 21 ― クセルクセス

参照

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