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シナリオ執筆による 異文化コミュニケーション力の育成

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異文化コミュニケーション力の育成

脇 田 里 子

1 はじめに

21 世紀は多文化社会であると言われている。経済のグローバル化や技術革 新の日進月歩によって、国内だけでなく、海外で、様々な国の異なる文化背 景をもっている人々と一緒に学んだり、仕事をしたり、生活していくことは 避けられない。実際、日本の大学においても、学生や教員は日本人だけでなく、

中国人、韓国人、アメリカ人など、世界各国から教員や学生を受け入れ、大 学の多文化、国際化が進んでいる。そして、大学の授業において、外国人留 学生と日本人学生が肩を並べる多文化クラスも珍しい状況ではなくなった。

我々が多文化社会を積極的に楽しんで生きていくには、どうしたらよいの だろうか。八代他(2006)は、多文化社会では、多くの知識を得て、特別な 技能を身につけるよりも、人とよい関係を築くことができる力、すなわち、「人 間関係力」の重要性を指摘している。本稿では、多文化社会を生きていくた めに必要な「人間関係力」を養成する新しい方法として、シナリオ執筆によ る可能性を述べることが本稿の目的である。

異文化コミュニケーション教育において、異文化コミュニケーション力の 育成を目的とした様々なアクティブ・ラーニング(Active Learning;以下 ALと略す。3章にて詳述)を導入することは多い。しかし、それらの中で、

シナリオ執筆を取り上げることは先例がないと言っても過言ではない。その ため、異文化コミュニケーション力とシナリオ執筆の組み合わせは、相関性 がないように見えるかもしれない。また、そもそも、シナリオはシナリオラ イターという専門家が書くものであって、一般人が書くには専門性が高く、

『コミュニカーレ』3(2014)31-59

©₂₀₁₂ 同志社大学グローバル・コミュニケーション学会

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難しいものであると危惧の念も抱くのではないだろうか。確かに、シナリオ ライターではない教師がシナリオ執筆を指導することは、教師の負担が大き く、指導にも限界が生じる。そこで、シナリオライター養成に携わる講師と 連携を組み、協同で、シナリオ執筆による異文化コミュニケーション教育の 可能性を探ることにした。

本稿の構成は以下の通りである。まず、第 2 章では、多文化社会を生きる ために必要とされる「人間関係力」を紹介する。次に、第 3 章では、ALを 定義し、大学教育や異文化コミュニケーション教育におけるALの取り組み を述べる。そして、第 4 章では異文化コミュニケーション教育におけるAL の一つとしてシナリオ執筆を挙げ、その教育の枠組みについて説明する。さ らに、第 5 章ではシナリオと異文化コミュニケーションの実践の概要を、第 6 章にて学習者のシナリオ作品や授業コメントからシナリオ執筆実践の結果 を考察する。最後に、第 7 章で、全体のまとめと今後の課題を述べる。

2 多文化社会で必要とされる能力

ヒト・モノ・カネ・情報が国を越えて自由に行き交う現代は、グローバル 社会であり、「多文化社会(Multicultural Societies)」でもある。ここでは、「多 文化社会」とは「一国あるいは一社会の中に複数の文化が共存することを積 極的に認めること」(石井他 1997,p.262)と定義する。

また、日常生活様式の文化とコミュニケーションの関係について、石井他

(1996,p.66)は次のように述べている。

一般に、人間は日常生活様式の文化の中で、考え方、価値観、生活規範、

言語、非言語行動、衣食住と自分の関係を学習しながら、コミュニケーショ ン活動を展開する。人間がこのような問題を日頃意識しないのは、同一文 化の中で生まれ、成長し、生活するからである。しかし、異なる文化の人 と一度出会うと、コミュニケーションと文化の問題が急に表面化する。す なわち、文化が互いに類似した者同士のコミュニケーションは容易で相互 理解度が高いが、文化の差が大きい人たちとのコミュニケーションは困難 で相互理解が低いということである。

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石井が指摘しているように、異なる文化に出会うと、日常生活の様式や社 会習慣、ものの考え方などの文化が自分の文化と異なるために、相互理解が 低くなる。では、自分の文化と異なる異文化コミュニケーション、あるいは、

複数の異文化が存在する多文化コミュニケーションにおいて、相互理解を高 めるにはどうしたらいいのだろうか。この問いは異文化コミュニケーション 教育における基本的、かつ、本質的な問いである。

八代他(2006)によれば、その問いに対する答えは「人間関係力」を構築 することと述べている。八代他(2006)は、「人間関係力」の下位要素として、

マツモト(2003)による異文化適応に必要な 4 つの心的要素を取り入れてい る。それらは、1「自尊心・自己受容(人格要素)」、2「曖昧なことに対する 忍耐度(感情規制要素)」、3「批判的な考え方と創造性(批判的思考要素)」、

4「開放性と柔軟性(オープンネス要素)」である。そして、八代他(2006)

は学校教育や企業での国際理解研修や多様性研修の経験から、「自律力・責 任感」と「コミュニケーション力」の 2 つの要素を追加した。そして、多文 化社会で人間関係力を築くために必要な項目を整理し、次に示す 6 つの下位 要素を提示した。

「人間関係力の 6 つの要素」(八代他 2006, pp.23-25.説明は筆者による要約)

1 自己受容・自信

正確な自分を把握し、自分を肯定的に受容する。困難に直面しても生 き抜ける自信をもっている。

2 感情管理・判断保留

対立やストレスがある状況でも自分の感情をコントロールでき、冷静 に判断し、行動に出る。激情のエネルギーを建設的な方向に転換できる。

3 創造性・多面的思考

予期せぬ事態に創造的に対処できる。一つの枠にはまった見方ではな く、複雑で抽象的で多面的な分析ができる。多面的分析思考の結果、導 き出される対応策は従来通りのものであることは稀である。

4 自律力・責任感(相互依存)

人に頼ることなく、自らの生き方を探し当て、その道を歩むことがで

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きる。自分に責任を持つと同時に他者との関わりにおいても、責任を担 う。自分の人生、行動結果に責任をとる。

5 オープンな心と柔軟性

新しい経験、考え方、感情に対してオープンな態度をもっている。先 入観にとらわれない。新しいことに積極的で、新しいことを歓迎し、従 来の考え方や対処方法、行動を柔軟に変えることができる。

6 コミュニケーション力

自己表現力と傾聴力がある。状況に応じて、自分の感情、意志、要望 などを適切な形で表明することができる。相手の意見に対して、判断を 保留して耳を傾けることによって、相手のものの見方、考え方を理解す ることができる。

これらの要素は、八代他(2006)で新たに指摘された項目というより、異 文化コミュニケーション分野の多くの研究者によってその重要性が指摘され てきたものである。つまり、「人間関係力の 6 つの要素」とは、多文化社会 の中で身につけるべき異文化コミュニケーションのスキル項目とも言える。

筆者は、多文化社会を生き抜くための能力として、八代他(2006)のいう、

よりよい人間関係をつくるスキルを高めることに賛同する立場を取る。

では、異文化コミュニケーション教育において、どのように人間関係力を 養成していけばよいであろうか。次章では、異文化コミュニケーション教育 におけるALを提示し、シナリオ執筆はどのように位置づけられるのかを示 す。

3 異文化コミュニケーション教育におけるアクティブ・ラーニング 3.1 アクティブ・ラーニングの定義と必要性

現在、大学教育は「教師中心の授業」という教育パラダイムから「学習者 中心の学習」という学習パラダイムにパラダイムシフトしつつある(三浦 2010)。つまり、大学の使命・目的が「教育を提供するための機関」から「学 習を創出するために存在する機関」に変わりつつあるという。また、教師の 役割も「知識伝達の専門家」から「学習環境デザイナー」に移行しつつある。

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そして、学習者中心主義の機運が高まり、学生による能動的な学習である ALが大学教育の構成員の意識にのぼるようになった。ALの定義は下記の文 科省(2012)に従う。

アクティブ・ラーニング(文科省 2012, p.37)

教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な 学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修 することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を 含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、

調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディ ベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法で ある。

Average Retention Rate

(平均学習定着率)

LECTURE 5 講義

READING 10 読書

AUDIO-VISUAL 20 視聴覚

DEMONSTRATION 30 デモンストレーション

DISCUSSION GROUP 50 グループ討論

PRACTICE BY DOING 75 自ら体験する TEACH OTHERS/

IMMEDIATE USE OF LEARNING 90 他の人に教える

National Training Laboratories - Bethel, Maine

Distributed by: Corda Ladd & Kathryn Markovchick [email protected]

図1 ラーニング・ピラミッド(The Pyramid of Learning)

また、ALは講義のみで得た知識よりも学習定着がよいことが指摘され、

その根拠として「ラーニング・ピラミッド(The Pyramid of Learning)」がし ばしば引用される(三浦 2010、河合塾 2011 など)。このラーニング・ピラミッ ドはアメリカの National Training Laboratories が「平均学習定着率(Average Learning Retention Rates)」を調査し、授業から半年後に内容を覚えている

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どうかを、学習形式によって分類比較したものである。図 1 は、「講義 5%、

読書 10%、視聴覚 20%、デモンストレーション 30%、グループ討論 50%、

自ら体験する 75%、他の人に教える 90%」の平均学習定着率を示している。

このように、ラーニング・ピラミッドは下に行くほどALの要素が強まって いることを示している。

では、シナリオ執筆はこのピラミッドのどこに該当するのだろうか。ピラ ミッドの項目にそのまま該当するものはないが、シナリオを書くことによっ て話の世界を疑似体験すると考えれば、“Practice by doing(自ら体験する)”

に分類できると思われる。つまり、学習定着率の高い学習形式と言えよう。

3.2 大学教育における AL の取り組みの分類

また、溝上(2007)は、大学教育における実際のALの取り組みを包括的 に概観するために、データベース CiNII(国立情報学研究所)を用いて、AL と推定される 72 本の論文を分析した。その結果、(1)「講義型授業」(授業 の重点は講義にあるが、授業コメントや質問などを書かせるもの)、(2)「演 習型授業」(授業の重点はディスカッションなど学習者の活動にあるもの、

協調/協同学習、課題探求学習、問題解決学習、Problem/Project Based

Learning;以下PBL など)の授業形態別に大別した。

(2)演習型授業は、さらに(2-1)「課題探求型」と(2-2)「課題解決型」

に大別される。(2-1)「課題探求型」は主に自由テーマによる調べ学習で、

最後の結論は学生の学習内容に依存する、いわゆるアウトプット型の学習で ある。一方、(2-2)「課題解決型」は工学系PBL に代表されるように、学習 者に課される課題のもと学習を展開させる、いわゆるアウトカム型の学習で ある。

表1は(2)演習型授業のALで何が行われているのかを分析したもので ある。表 1 の学習プロセス、つまり、授業における学習者の活動は、「情報 収集、インタビュー、質問紙調査、実験、製作、野外観察、グループ・ディ スカッション」などが見られる。

シナリオ執筆は異文化コミュニケーションの実践として新しい取り組みで あるため、表 1 に言及はない。シナリオ執筆は(2)演習型授業ALに分類さ

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れ、学習プロセスでは「製作」に近く、高次の学習法では「発想法」や想像 力に該当すると思われる。また、シナリオ執筆が(2-1)「課題探求型」、また は、(2-2)「課題解決型」のどちらに分類されるかは、シナリオ執筆の課題の 提示方法による。つまり、自由テーマで、ストーリーの結論も学習者に任せ られているのであれば(2-1)「課題探求型」に、何らかの課題を解決するよ うな条件が課されているのであれば(2-2)「課題解決型」に該当するであろう。

表1 演習型授業のアクティブ・ラーニングで検討されていること

高次の学習法 他者の視点強化 授業外サポート カリキュラムサポート 情報収集/インタ

ビュー・質問紙調査・

実験/製作/野外 観察/グループディ スカッション/グルー プ学習/プレゼン テーション/他の学 生・教員との質疑応

問題発見・発想法

/思考の整理法

/要約の仕方/

論・ストーリー構成 の方法/ジグソー 法(教育学)

授業外での学生 同士の議論を可能 にすべく、電子掲 示板、ブログなど の電子メディア・シ ステムを導入/伝 える相手を意識し たシミュレーション

電子掲示板、ブロ グなどの電子メ ディア・システムを 導入(左に同じ)/

学習支援センター 組織(工学)/図 書館、自習室、実 験室などの24時間 開放

初年次教育と高学年 PBLとの接続(歯学)

/他の専門科目と連 携したカリキュラム再 編成(理科教育)

学習の質を高める工夫 学習プロセス

(溝上 2007,p. 276 表 2 より)

次に、留学生と日本人学生による多文化クラスの異文化コミュニケーショ ン教育において、どのようなALが採用されているのかを述べる。徳井(2002,

pp.78-80)は次のAL(徳井は「コミュニケーション形態」と表現)を取り

上げている。それらは、「グループ・ディスカッション」「模擬裁判」「ディベー ト」「劇」「クイズ形式」「相互交流型討論」の活動で、数年にわたる多文化 クラスにおいて実践されている。

実際、異文化コミュニケーション教育では、以前からALを多く取り入れ ている。授業は教師による講義の時間よりも、学習者によるグループ・ディ スカッションやコミュニケーション・ゲームなどを実施する時間の方が長い のではないだろうか。これは異文化コミュニケーションの教育内容に依る理 由が大きいと思われる。確かに、重要な概念や理論について講義も行うが、

その概念や理論を深く理解するには、単に知識として理解するには不十分で、

異文化に関する具体的な事例や体験が欠かせないからであろう。そして、同 じような異文化経験をしていても、国、年齢、性別、状況によっては、また

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は、個人の性格によっては、事実の受け取り方が違う場合もある。さらに、

異文化理解において、唯一の正しい解答というものもないため、多様なAL を取り入れているのであろう。

4 シナリオ執筆による異文化コミュニケーション教育の枠組み ここでは、筆者が担当している本学部日本語コースの「多文化間コミュニ ケーション」科目において、どのようにシナリオ執筆を導入するか、その枠 組みについて述べる。なお、科目名は「多文化間コミュニケーション」であ るが、授業内容は、主として、異文化コミュニケーションの理論や異文化摩 擦例を扱い、それを異文化だけでなく、それ以外の文化から見た場合はどう なるかといった多文化の視点からも扱っている。そのため、本稿における「多 文化間コミュニケーション」は、広い意味で、異文化コミュニケーションに 含まれるとする。

4.1 「多文化間コミュニケーション」科目におけるアクティブ・ラーニング

「多文化間コミュニケーション」科目の目的は、多文化社会で生きていく ために、異文化を理解し、異文化理解のコミュニケーション・スキルを養う ことである。日本語コース内の異文化理解に関する科目は、この科目しか開 講していないため、異文化理解における基本概念の理解と主要な異文化コ ミュニケーション・スキルを盛り込んでいる。授業では次に示す①~③の ALを取り入れていたが、今回、④のシナリオ執筆も取り入れる。なお、異 文化コミュニケーション教育にシナリオ執筆を導入する意義については、次 の 4.2 節で扱う。

「多文化間コミュニケーション」におけるアクティブ・ラーニング

①グループ・ディスカッション

・異文化摩擦事例をグループで話し合う

②異文化トレーニング

・アクティブ・リスニングとエポケー

・異文化に関する質問紙の回答と回答結果の分析、解説

・D.I.E.(Describe, Interpret, Evaluate)分析法

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③異文化コミュニケーション・ゲーム

・自己開示に関する「ジョハリの窓」ゲーム

④シナリオ執筆

授業全体としては、講義よりもALの比重が高いので、溝上(2007)の AL分類では(2)演習型ALになる。さらに、演習型ALを下位分類すると、

全体としては(2-1)「課題探求型」よりも(2-2)「課題解決型」の活動が多い。

これは教員が学習者にどのような課題を与えるかによって決まるところが大 きいので断定はできない。しかし、例えば、異文化コミュニケーション・ゲー ム「ジョハリの窓」を実施した後、そのゲームから何を学んだのか、何を学 んでほしかったのかを振り返らなければALとして意味がない。そのため、

ALは(2-2)「課題解決型」の活動の方が多いと言える。

4.2 シナリオ執筆を取り上げる意義

4.1 に示したように、授業では様々なAL を取り上げている。ここでは、

新たに異文化コミュニケーション教育にシナリオ執筆を導入する意義を述べ る。異文化コミュニケーション教育にシナリオを取り入れる場合は、シナリ オの設定に、登場人物や場面などに異文化の要素を設定することが前提とな る。しかし、次に示す項目は、特に、異文化コミュニケーション教育に特化 した意義ではなく、コミュニケーション教育全般にも言及できる意義と言え よう。

シナリオ執筆を取り上げる意義

①一人で、手軽に書くことができる。

(ペン、紙、想像力、基本的な書き方の知識があれば、シナリオが書ける。)

②人物や物事を多面的に見る観察力が養成される。

(登場人物の数だけ人物のキャラクター設定をするため、また、人物によっ て事実の解釈が異なるため、多面的に思考することが求められる。)

③言語だけでなく、非言語コミュニケーションの観察力も養成される。

(ト書で、場の設定、人物の表情や行動といった非言語要素を描くため、

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非言語要素の観察力も養成される。)

④学習者が主体的にコミュニケーション過程を疑似体験できる。

(学習者に人物設定やストーリー展開が委ねられている。)

上記に示した意義は、他のALではあまり見られない特徴である。例えば、

ALでは複数の学習者と共に活動することが多く、ゲームでは小道具などの 準備も必要になることが多い。しかし、シナリオ執筆はペンと紙と想像力が あれば、①「一人で、手軽に」コミュニケーションの過程を書けるという長 所がある。また、②「人物や物事を多面的に見る観察力が養成される」は、

ストーリー展開の中で、登場人物の数だけ、人物のキャラクター設定を行う 必要がある。そのため、特定の人物の視点だけから物事を描くのではなく、

複数の人物の視点からも物事を捉える必要がある。そして、同じ事実も人物 が異なれば、その事実の意味解釈も異なる。そのため、多面的に人物や物事 を観察する力がつく。さらに、シナリオでは、場の設定、人物の表情や行動 をト書に書くので、セリフという言語コミュニケーションだけでなく、③「非 言語コミュニケーションの観察力も養成される」。

シナリオ執筆を取り上げる意義の中で、筆者が最も意義深いと考えるのは

④「学習者が主体的にコミュニケーション過程を疑似体験できる」である。

その理由は次の通りである。4.1 で示したAL①「グループ・ディスカッショ ン」、②「異文化トレーニング」、③「異文化コミュニケーション・ゲーム」は、

与えられた課題や条件の中で、学習者はその異文化状況をどのように考える のか、どう行動するのか、見解を示すものである。一方、シナリオ執筆は、

学習者が人物設定やストーリー展開などを自由に発想できるため、学習者の 想像力、創造力、観察力などを駆使し、学習者の世界観、人生観、人間観な どを総合的に表現できるからである。つまり、架空の状況ではあるが、学習 者が主体的にコミュニケーション過程を疑似体験できる。さらに、言い換え るなら、自分の意思を伝えるという一方的な伝達だけではなく、自分の意思 を伝え、相手の反応を見ながら、相手の意思を受け止め、そして、自分の意 思を伝えるという循環的なコミュニケーションを創造、あるいは、想像し、

疑似体験できる点にある。このような点で、意義深いと考えている。

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このように、シナリオ執筆による意義は種々挙げられ、異文化コミュニケー ション教育にとってプラスの面が大きいと言える。また、上記に示した意義 は第 2 章で示した「人間関係力」の 6 つの要素の「3 創造性・多面的思考」

や「6 コミュニケーション力」などと重複する項目も見られ、多文化社会で 必要とされる能力のトレーニングを担っているとも言える。ただし、シナリ オ執筆の指導は、シナリオ執筆指導の専門家ではない教員には負担が大きい。

そこで、シナリオ・センターの専門家と連携して授業運営が望ましい。これ については、4.4 について述べ、次の 4.3 ではシナリオとは何か、その特徴 について述べる。

4.3 シナリオの特徴

シナリオはテレビドラマや映画などの脚本で、場面の構成や人物の動き、

セリフなどを書いたものである。シナリオを執筆するには、1「伝えるため の技術」と 2「話の発想(想像力)」が必要であるという。1「伝えるための 技術」としての基本的な書き方を 4.3.1 にて説明する。そして、2「話の発想

(想像力)」に関しては、4.3.2 で触れる。

シナリオライター養成学校のシナリオ・センターの新井一樹氏によると、

シナリオの文章の特徴は「映像にするための文章」であるという。これは小 説と異なり、登場人物の心情などを長々と連ねた読むための文章として表現 するのではないことを意味している。シナリオでは、セリフで、登場人物の 性格やその時の気持ちを表す適切な言葉を選び、ト書で、人物の心情を反映 した動作や仕草を、短く、的確に描写することが重要になる。これは俳優が 登場人物の心情を演じるための文章、言い換えるなら、映像として再現する ための文章である。そのため、シナリオの文は短く、その場面の状況、行為 の的確な表現が求められる。

4.3.1 シナリオの基本的な書き方

以下のシナリオの書き方に関する記述は、新井氏によるシナリオの講義や シナリオの基礎技術について詳述した新井(1985)、新井他(1987)、新井(2010)

を参考にまとめた。シナリオを執筆する際には、①「タイトル」と②「登

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場人物の設定」を行う。②「登場人物の設定」では、人物の氏名、年齢、職 業、現在の状況、性格など、物語の展開に必要な項目を設定する。この段階 で、登場人物はどんな人か、その時どのような気持ちなのかを想像すること が大切という。そして、物語が展開する具体的な時間や場所といった③「柱」

を設定し、その場面における人物の動作、仕草、表情、場面の状況といった

④「ト書」と、登場人物の具体的な会話内容である⑤「セリフ」を繰り返し て、シナリオを構成していく。このように、シナリオは、①「タイトル」、

②「登場人物の設定」、③「柱」、④「ト書」、⑤「セリフ」の要素から構成 されている。

次に、「人差し指の思い出」というシナリオ(論文末の参考資料1)を元に、

シナリオの書き方を説明する。なお、シナリオは基本的に縦書きで書くこと になっているため、シナリオのサンプルも縦書きで提示している。まず、①

「タイトル」が 1 行目に、②「人物設定」が 2 行目~ 4 行目に示されている。

次に、③「柱」は、シナリオ原稿の中では、6 行目の○印以下で示されている。

ここでは、「後楽園遊園地・観覧車の中、(夜)」という場所と時間が「柱」

となっている。そして、④「ト書」は、原稿中、5 文字分字下げして提示さ れている。最初の「ト書」は「柱」の次の「下界のイルミネーションに感激 している神矢菜穂(23)」である。最後に、⑤「セリフ」は人物の氏名の後に

「 」の中に書かれている。最初の「セリフ」は 9 行目の「菜穂『何もこん な~必要ないんじゃない?』」である。

このように、シナリオ原稿を見ると、④「ト書」と⑤「セリフ」の区別が はっきりし、ここでは④「ト書」と⑤「セリフ」が交互に提示されているこ とがわかる。なお、④「セリフ」の氏名は、男性の場合は姓に、女性の場合 は名とすることがシナリオ執筆では慣例になっている。そのため、参考資料 1 において、男性は姓の「黛」、女性は名の「菜穂」と表示されている。

4.3.2 シナリオにおける想像力

シナリオにおいて、人物のキャラクターの設定や言動をどのように描くか は、シナリオ執筆者の「話の発想(想像力)」に依るところが大きい。「話の 発想(想像力)」を持つことは、シナリオ執筆を通して「人を見る目」、「も

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のを見る目」、「社会を見る目」という第1の「3 つの目」Ⅰを養うことでも ある。また、下記に示す第2の「3 つの目」Ⅱも養われる(新井 2013)。

①シナリオ執筆により養成される「3 つの目」Ⅰ A「人を見る目」

B「ものを見る目」

C「社会を見る目」

②シナリオ執筆により養成される「3 つの目」Ⅱ

A自分、相手、まわりのキャラクターを見つめる目(虫の目)

B自分、相手、まわりの背景・事情を想像して、関係を築く目(鳥の目)

Cアクションとリアクションをして、やりとりを見通す目(魚の目)

これら 2 種類の「3 つの目」を養い、学習者の頭の中で、場面や人物を発 想し、登場人物の言動に想像力を働かせることは、学習者のフィクションの 中で、その世界観、人生観、人間観を反映させることと言える。とりわけ、

シナリオで人物のアクションとリアクションを書くことは、現実のコミュニ ケーション活動を思い起こし、それを紙面で再現することと同じである。こ のように、シナリオを執筆することはコミュニケーション教育につながると 言えよう。

日頃、ドラマや映画を見ていても、一般的に、そのシナリオ原稿を目にす る機会はほとんどない。そのためか、シナリオは特別なトレーニングを積ん だ専門家でなければ書けないと思う人もいる。しかし、新井(1985, p.9)に よれば、シナリオは誰にでも書けるものであり、才能ではなく、努力して、

シナリオの基礎技術さえ身につければ、シナリオライターになることができ ると述べている。

このような考えのもと、シナリオ・センターでは、プロフェッショナルに なるためのライター養成だけでなく、「一億人のシナリオ。」プロジェクト

(Online Web)を実施している。これは、子どもから老人までの「一億総シ ナリオライター化」を目指すもので、未就学児から大学生まで、そして、企

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業においても、出前授業や研修を実施している。ただし、「一億人のシナリオ。」

プロジェクトは 2010 年に始まった新しい取り組みであるため、プロジェク トの実践数は多いとは言えない。現在、様々な学校の多様な授業にどのよう なメリットや効果をもたらすのか、検証が積み重ねられつつある。なお、大 学生を対象にした「一億人のシナリオ。」の実践には、日本女子体育大学の「大 学創設者について深く知る」や東京経済大学の「コミュニケーション」科目 がある。本学での授業実践は、第 5 章で詳述する。

4.4 シナリオ・センター講師との連携

4.2 で上述したように、シナリオ執筆は異文化コミュニケーション教育に とって意義あるものであるが、シナリオという特定の専門分野に関して、授 業担当者が全面的に指導するには限界がある。そのため、専門家であるシナ リオ・センターの講師(以下、講師と略す)と連携して、役割を分担し、協 同して教育に当たることが望ましいと考える。

表2 授業担当教師とシナリオ・センター講師との役割分担 授業担当の教師 シナリオ・センターの講師

講義前

・講義日程の調整 ・シナリオ見本の提供

・授業目的と講義目的の伝達 ・シナリオ・フォーマットの提供

・学習者の情報提供 ・シナリオ・テーマの提案、調整

・講義内容の計画と提案

・シナリオ・テーマの提案、調整

講義時 ・講義の支援 ・講義の担当 講義後 ・作品の評価 ・作品の評価

・授業の省察

表 2 は、講義を連携して実施するために、授業担当教師と講師の役割分担 を、講義前、講義時、講義後に分けて提示したものである。表 2 から、講義 前の連絡や意見交換が数も多いことがわかる。その中でも、講義の成功の鍵 を握るのは、実際に、学習者が執筆するシナリオのテーマを何にするか(表 2 の「シナリオ・テーマの提案、調整」)である。以下、このシナリオのテー

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マ設定に関して、講義担当者から講師にどのように働きかけるかを述べる。

授業担当者は講師に、クラスの雰囲気や学習者情報(人数、学部、国籍、

性など)を伝え、講義をする時のイメージをもてるように働きかける。そし て、多くの学習者にとって、シナリオ執筆は初めての経験と予想されること、

シナリオ執筆の時間は短いことなどを伝える。そして、シナリオの場面や人 物設定では、どの学習者にとっても書きやすい設定になるように、場面や人 物の年齢、国籍、性別に対する配慮を提案する。

例えば、場面に関して、学習者に馴染みのない地域の場所指定は避けたい。

それはその土地の情報やイメージが少なければ、その場面を生かしたシナリ オを書けないためである。

次に、人物の年齢に関して、学習者は学部の 2 ~ 3 年生であるため、それ に近い年齢の人物の方が初めての執筆には向いていると考えている。学習者 の周りに同年代の人物が多いため、人物モデルを想像しやすいからである。

言うまでもなく、書き慣れてくれば、自分とは異なる年齢層の人物を描くこ とも可能であろう。しかし、初回のシナリオは大学生にとって書きやすい同 年代の年齢層が望ましい。

そして、登場人物の国籍は、日本だけでなく、留学生の国なども選択でき るように配慮したい。学習者は日本人だけでなく、外国人留学生もいること、

また、日本人学生の中には欧米に 1 年間留学していた学生、数年間海外で生 活していた学生もいたためである。そのため、登場人物は自分の出身国の友 達同士でも、あるいは、異なる国の友達同士でも構わないと、学習者に登場 人物の国籍の選択肢を与えることが望ましい。

最後に、登場人物の性別に関しても、男性、女性のどちらも選択できるこ とが望ましい。登場人物を同性同士にするか、異性同士にするかも、学習者 が決められる方がシナリオを書きやすいためである。

なお、登場人物の氏名に関しては、限られた講義の時間に人物の名付けに 悩む時間が惜しい。そのため、日本人、中国人、韓国人、欧米人の男女の名 前の候補を事前に挙げ、その中から学習者が選択できるように配慮すること が望ましいと考える。

確かに、授業担当者はシナリオの講義は担当しない。しかし、学習者のシ

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ナリオ執筆が短時間に滞りなく筆が進むように、講師と積極的に意見交換を 行い、お互いに納得がいくまで話し合うことが大切である。

また、提出されたシナリオ作品の評価の基準は何かなど、授業担当者だけ では判断が難しい点に関して、専門家である講師にアドバイスをもらいなが ら、協同で教育に当たることが望まれる。

5 シナリオの授業実践

本章では、「多文化間コミュニケーション」のゲスト・スピーカーとして 迎えた講師による講義(90 分)の概要を述べる。

(1) 講義日:2013 年 6 月 26 日(水)2 時限 (90 分 1 回)

(2) 講 師:(株)シナリオ・センター、プロジェクト・コーディネイター       新井一樹氏

(3) 教 室:通常授業の使用教室(知真館1号館 132 号室)

(4) 受講者:51 名(日本人学生 33 名、留学生 18 名)

(5) シナリオ作品提出者:47 名(日本人学生 30 名、留学生 17 名)

(6) 授業担当者の役割:授業全体が円滑に進行するよう、講師の補助を行う。

(7) 講義目的:シナリオ執筆を通して異文化コミュニケーション力を高める。

(8) 授業の進行:

①授業担当者が講師を紹介する。講師がシナリオ・センターを紹介する。

2013 年度NHK大河ドラマ「八重の桜」のライターもシナリオ・セン ター出身と紹介され、学習者が関心を示す。

②学習者に二人組になるように指示し、会話におけるアクションとリア クションの大切さを体験させる。具体的には、二人で会話をする際に、

聞き手がよく相槌を打つなどのプラス反応をする場合と、聞き手が話 し手に視線を合わせないなどマイナス反応を示す場合を体験する。

③シナリオの見本(参考資料 1)を提示し、シナリオの要素や特徴につ いて講義をする。

④課題シナリオの状況設定を説明する。学習者がシナリオのフォーマッ ト(参考資料 2)にシナリオを執筆する。執筆時間は約 10 分である。

(17)

⑤学習者の書いたシナリオを何編か、全員の前で音読し、作品について 簡単にフィードバックする。

⑥今回の講義のまとめを行う。シナリオを書くことはどのような行為 だったのかを振り返る。

⑦学習者は講義に対するコメントを書き、シナリオ作品を提出する。

講義の後、シナリオ作品は講師と授業担当者が目を通した。そして、翌週 の授業時に、シナリオ作品を学習者に返却した。シナリオ作品に対する筆者 の個別コメントはしなかったが、講義についての学習者のコメントを数多く 紹介した。次章では、学習者のシナリオ作品とコメントから、今回の実践に 対する考察を述べる。

6 実践の考察

本章では、シナリオ執筆の講義を通して、学習者によるシナリオ作品の全 体的な特徴と作品例を紹介する。また、学習者によるシナリオ執筆のコメン トを通して、実践の結果を考察する。最後に、シナリオ執筆を通じた異文化 コミュニケーション教育の可能性について述べる。

6.1 シナリオ作品からの考察

まず、学習者によるシナリオ作品について概観する。その後に、4 名の学 習者が書いたシナリオ作品について考察する。

6.1.1 シナリオ作品全体の特徴

ここではシナリオの人物の設定を国籍と性別に分けて、シナリオ作品の特 徴を述べる。表 3 はシナリオ作品を提出した学習者 47 名の情報とシナリオ 47 作品の人物設定の内訳を示している。まず、表 3 の上段は、学習者に関する 情報、つまり、性別、日本人か留学生かという内訳を示したものである。シ ナリオ作品を提出した 47 名のうち、留学生は 19 名、日本人は 30 名であった。

次に、表 3 の中段は、提出された作品の二人の登場人物が日本人か外国人 かという人物設定を表している。日本人同士の人物設定が 20 名と最も多い が、日本人と外国人のペアも 17 名と多い。また、外国人同士も 10 名である。

(18)

このように、日本人同士以外の人物設定も半数以上を占めた。

人物の国籍に着目して、学習者の作品を読むと、外国人同士、あるいは、

日本人と外国人の人物設定になっている場合であっても、異文化を背景にし た異文化摩擦をテーマにしたものはほとんどなく、外国人の名前を日本人名 に変え、日本人同士の設定としても話の展開はあまり変わらないと思われた。

日本人と外国人、あるいは、外国人同士の設定において、「多文化間コミュ ニケーション」という授業の目的を反映し、異文化コミュニケーションをテー マにシナリオが書かれた作品を期待したが、存在しなかった。それは執筆時 間が短かったこと、そして、学習者にとって初めてのシナリオ執筆であった ため、所定のフォーマットの空白を埋めることで時間が過ぎてしまい、より 高次のテーマを扱う余裕がなかったものと思われる。次回の機会には、ある 程度の執筆時間の確保と、テーマ設定の段階で、異文化コミュニケーション を含むものを提案したい。

表3 学習者情報とシナリオ作品における人物設定 留学生 日本人 小計 計

男子学生 5 23 28

女子学生 12 7 19

日本人+日本人 5 15 20

外国人+外国人 7 3 10

日本人+外国人 5 12 17

男性+男性 2 12 14

女性+女性 6 4 10

男性+女性 9 14 23

人 物 設 定

47 47

47

次に、表 3 の下段は、提出された作品の性別に関する人物設定を表してい る。男性と女性の組み合わせが 47 名中 23 名と、約半数であった。一人がも う一人に対して不満をもっているという設定であったので、人物が男女の組 み合わせの場合は、恋人関係の設定で、別れ、すれ違い、喧嘩の場面が圧倒 的に多かった。しかし、中には、恋や秘密の告白の場面も描かれていた。ま た、同性同士の場合は、友人関係で、別れや喧嘩の場面が多いが、同性愛の 愛の告白の場面も数編挙げられる。

どの作品もストーリー展開の中で、人物の一人が抱き続けている不満を相

(19)

手にぶつけるというアクション、それに対して、相手が何らかの言動を起こ すというリアクションが描かれている。人物の性別による違いによって、ス トーリー展開などに大きな違いはなかった。

なお、シナリオを最後まで書けずに、人物設定のみで終わった学習者が 2 名、シナリオの文章が始めの 2、3 行で終わっている学習者は 3 名だった。

あまり書けなかった学習者は、留学生と日本人学生の双方に見られる。残り の大多数の学習者は、大方 1 ページの最後まで文字を埋めていた。そして、

数人の学習者は裏面にまで、シナリオを書き続けた者もいた。このように、

シナリオ執筆に関して、筆が進まない者と進む者との個人差が見られる。こ れに関しては、シナリオ執筆のトレーニングを継続していく中で、書き慣れ ることを期待している。

6.1.2 4 つのシナリオ作品に対する考察

次に、学習者の書いた具体的なシナリオ作品について言及する。論文末の 参考資料 3 に提示した 4 つのシナリオ作品4は、どの作品にも、もう一人に 対する不満が何であったのか、この短い文章の中で表現された優れた作品で ある。また、シナリオ執筆のフォーマットの中で、二人の人物が会話をやり 取りした後、セリフ 4 の後に、「(人物 1、または、人物 2)がテレビを消して」

というト書がある(参考資料 2)。このテレビを消した後に、ストーリーが 新展開することを想定したものだ。つまり、人物のどちらかが、多くの場合、

不満を持っている人物が、二人の関係に決定的なセリフを述べるという山場 が期待される。4 作品ともに、それが見事に描かれている。

とりわけ、学習者 2 の作品は、ト書の描写が詳細で、人物がどのような様 子で話しているのか、読み手に映像としてイメージしやすい。人物に対する 深い観察力が窺える。さらに、話の展開として、一般的には、この条件下で は不満を口に出して、険悪なムードになる場面を描くことが多い中、幸福な 結末で話を終わらせている点は賞賛に値する。

6.2 学習者の講義に対するコメントからの考察

ここでは、授業の最後に、学習者が書いた講義に対するコメントの一部を

(20)

下記に抜粋する

・セリフは次々に浮かぶが、その間のト書を書くのに、頭の中でイメージ していることを文字にするのが難しかった。

・自分以外の人に興味を持つ、アンテナを張ることが大切である。

・自分の想像力を発揮し、会話をつくるのは、すごくいい勉強でした。

・シナリオは内容が重要だと思っていたが、キャラクターがもっと大事だ とわかった。

・シナリオを書きながら、いろいろな人物の性格を考えてみて、とても面 白かった。

・シナリオを書くのが楽しかった。「相手を変えることはできないが、自 分からの発信は変えられる」という言葉が印象深かった。

・これから国際社会の中で、お互いのことを知ろうとする状況を考えてみ ることの大切さを学んだ。

・シナリオとコミュニケーションは、一見、何も関係がないと思っていた が、シナリオを書く過程そのものが、まさに、コミュニケーションだと わかった。

・言葉だけでなく、ト書や柱などの情景や仕草なども、コミュニケーショ ンに大切だと思った。

・シナリオと異文化コミュニケーションの関係がわからない。

・シナリオと異文化コミュニケーションに、何の関係があるのかと思って いた。しかし、シナリオは流れていく時間の中で、立ち止まって、コミュ ニケーションを見直すことと聞いて、シナリオにおいて、コミュニケー ションを理解する大切さを知った。

・リアクションの大切さを改めて感じた。

・セリフよりト書がきちんと書けたら、何となく伝わるものだと思った。

・シナリオは意外なことに、一人でやるにもかからず、コミュニケーショ ンに深く通じる要素ばかりだった。

・普段は自分の視点からしか考えていなかったが、シナリオを書くために、

自分がこれを言ったら、相手はどう思って、どうするだろうか、という

(21)

ことについて考えなければならなかった。普段からもっと他人の言動を 意識したい。

上記のコメントを読むと、シナリオは現実世界のコミュニケーションと同 じことだと気付いた学習者が多かったことがわかる。つまり、シナリオでは、

学習者の頭の中で人物を設定し、それらの人物がセリフ(言語コミュニケー ション)とト書(非言語コミュニケーション)で話を展開していくが、これ は現実世界のコミュニケーションと同じと認識したのである。

また、現実世界では、自分の思いや考えを伝える、自分のリアクションだ けを中心に考えるが、シナリオでは人物Aが言ったことに、人物Bがどの ように言うか、リアクションも考える必要がある。相手の考えていることや リアクションも考えて、自分が言動するということが、コミュニケーション 上、重要である。

6.3 シナリオを通じた異文化コミュニケーション教育の可能性

近年、語学教育の中で、演劇を使って日本語コミュニケーションを伸ばそ うというアプローチ(野呂・平田他 2012、渡辺 2009)が注目されている。

演劇によるアプローチのコミュニケーションとは、自分の意思を言語化して、

相手に的確に伝えるという従来のコミュニケーション観ではなく、相手とコ ミュニケーションを取ることそれ自体が目的になるコミュニケーションを目 指しているという(野呂・平田他 2012,p.14)。そうした点では、シナリオ 執筆によるコミュニケーションも、演劇によるコミュニケーションと同じ方 向を向いていると言える。

シナリオを異文化コミュニケーション教育に使う意義は、4.2 で前述して いるが、④「学習者が主体的にコミュニケーション過程を疑似体験できる」

ことが最も大きな意義であろう。つまり、自分の意思を伝えるという一方的 な伝達だけではなく、自分の意思を伝え、相手の反応を見ながら、相手の意 思を受け止め、そして、自分の意思を伝えるという循環的なコミュニケーショ ンを創造、あるいは、想像し、疑似体験できる点にある。この点について、

新井(2013)では、次のように述べている。

(22)

「伝える」は一方的。「伝わる」は双方向的。自分の考えを相手に「伝 わる」ように表現すること、相手の考えを理解しようと努めること、こ の姿勢がこれからの社会に必要なのではないだろうか。

また、異文化コミュニケーションの環境において、相手は自分と同じ文化 背景をもつわけではないため、とりわけ、相手の立場に立って考えようとす る姿勢がコミュニケーション上、重要になる。そこで、シナリオを利用する 場合、異文化摩擦が生じる場面を設定し、そこで、様々な文化背景をもった 人物がどのように言動するかをシナリオとして書き、どのようにその異文化 摩擦の場面を解決していくかを書いてみることは興味深い。さらに、同じ異 文化摩擦の条件のもと、他の学生がどのようにシナリオを展開したかを比較 してみる、あるいは、複数の学生で一つのシナリオを書いていくという試み も興味が掻き立てられる。その上、実際そのシナリオに基づき、演じるなら ば、その異文化摩擦の場面をよく理解できると思われる。

7 まとめ

本稿では、多文化社会を生きていくための「人間関係力」を提示し、異文 化コミュニケーション力育成の一つの方法として、シナリオ執筆の可能性を 論じてきた。異文化コミュニケーション分野において、シナリオ執筆を取り 上げることは凡そ先例が無く、新しい試みと言えよう。

また、現在の大学教育は、教育パラダイムから学習パラダイムに移行しつ つある。そこで、学習パラダイムにおけるAL(アクティブ・ラーニング)

の必要性を述べた。そして、異文化コミュニケーション教育におけるALの 一つとして、シナリオ執筆を位置づけ、演習型授業ALに分類した。

次に、シナリオ執筆による異文化コミュニケーション教育の枠組みを提示 した。まず「多文化間コミュニケーション」科目におけるAL の種類を提示し、

シナリオ執筆を取り上げる意義を述べた。そして、今までのAL にあまり見 られないシナリオ執筆の特徴を挙げ、また、シナリオの専門家との連携につ いて触れた。

最後に、シナリオ・センター講師による講義を実施し、シナリオ執筆の実

(23)

践を述べた。シナリオ作品は人物の設定が日本人と外国人という異文化の設 定であっても、真の意味で異文化コミュニケーションには至っていなかった のは残念であり、今後の課題である。しかし、学習者の書いたシナリオ作品 や講義に対するコメントから、シナリオの中でセリフとト書を書くことは、

現実世界で言語と非言語コミュニケーションを駆使して、周りの人とコミュ ニケーションしていることと同じであり、コミュニケーションを再現してい るという認識がうかがえた。

講義を担当した新井氏によれば、シナリオを書くことによって、「人を見 る目」「社会を見る目」「ものを見る目」の 3 つの目の観点から物事を見るこ とができるようになるという。シナリオを異文化コミュニケーション教育に 活用する最も大きな意義は、自分の意思を伝えるという一方的な伝達だけで はなく、自分の意思を伝え、相手の反応を見ながら、相手の意思を受け止め、

そして、自分の意思を伝えるという循環的なコミュニケーションを創造、あ るいは、想像し、疑似体験できる点にある。

なお、シナリオという特定の専門分野に関して、授業担当者が全面的に学 習者に指導するには限界がある。そのため、専門家と連携して、お互いの役 割を分担し、協同して教育に当たることが望まれる。こうした連携をどのよ うに継続的していくかは、今後の課題である。

1  「多文化社会」に類するキーワードに「多文化共生(社会)」がある。総務 省(2006)では「多文化共生」とは、国籍や民族などの異なる人々が、互い の文化的違いを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成 員としてともに生きていくことという見解を示している。「多文化共生」は「多 文化社会」とほとんど同じ概念と言ってよいと思われるが、「多文化共生」は 国の主導で地域住民に与えられたものという感があるという(加賀美 2013)。

 なお、一国に複数の文化背景をもつ民族が住んでいる場合、それが「多文 化(共生)社会」に至るとは限らないことを宮崎(2005)は指摘している。

ドイツではトルコからの移民(2004 年時に 190 万人)をはじめ、イタリア・

ギリシャからの移民なども含め移民全体が 720 万人に膨れ上がっているとい う。移民が社会に生産的な貢献をできるか、あるいは、社会の不安定要因と なるかによって、ドイツ社会のあり方として「多文化共存社会」か「多文化

(24)

併存社会(“Parallelgesellshaft”)」かを巡り、大きな議論が交わされている という。なお、宮崎は「多文化(共生)社会」と同様の内容を表す用語とし て、ドイツ語 “Multikulturelle Gesellshaft”を訳した「多文化共存社会」を 使用している。

2  異文化コミュニケーション・ゲームは、異文化トレーニングの一部という 捉え方もある。今回、導入した異文化コミュニケーション・ゲームはテキス トに載っていないものであったため、異文化コミュニケーション・ゲームと 異文化トレーニングを分けて提示した。

3  シナリオ執筆にあたって、①「タイトル」は最初に設定するとは限らない。

4  本稿にシナリオ作品を掲載するに当たり、学習者にシナリオ作品の使用許 可の承諾を得ている。学習者 1 ~学習者 3 は日本人学生、学習者 4 は留学生 の作品である。

5  こうした学習者のコメントにおいて、ゲスト・スピーカーの意図に沿った コメントを書いている学生の存在は否定できない可能性もある。

謝辞

ゲスト・スピーカーの講義を引き受けてくださったシナリオ・センターの 新井一樹氏に、感謝申し上げます。

参考文献

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新井一樹(2013)「活動報告『1 億人のシナリオ。』プロジェクト-多文化間コミュ ニケーションにもシナリオ-」『月刊シナリオ教室』2013 年 9 月号,pp.56-57.

石井敏・岡部朗一・久米昭元(1996)『異文化コミュニケーション-新・国際人 への条件-改訂版』有斐閣

石井敏・久米昭元他(1997)『異文化コミュニケーション・ハンドブック』有斐閣 加賀美常美代(2013)「多文化共生とは何か」『多文化共生論-多様性理解のため

のヒントとレッスン-』明石書店

河合塾(2011)『2010 年度大学のアクティブ・ラーニング報告書(要約版)』河 合塾

総務省(2006)「多文化共生の推進に関する研究会報告書」総務省

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徳井厚子(2002)『多文化共生のコミュニケーション-日本語教育の現場から-』

アルク

德永保・籾井圭子(2011)『グローバル人材育成のための大学評価指標-大学は グローバル展開企業の要請に応えられるか-』協同出版

野呂博子・平田オリザ・川口義一他(2012)『ドラマチック日本語コミュニケーショ ン-「演劇で学ぶ日本語」リソースブック』ココ出版

原沢伊都夫(2013)『グローバルな時代を生きるための異文化理解入門』研究社 マツモト・デイビッド(1999)『日本人の国際適応力』本の友社

三浦真琴(2010)「Active Learningの理論と実践に関する一考察-LAを活用し た授業実践報告 (1)―」『関西大学高等教育研究』創刊号、pp.25-35.

溝上慎一(2007)「アクティブ・ラーニング導入の実践的課題」『名古屋高等教育 研究』第 7 号、p.269-287.

宮崎登(2005)「多文化社会とは何か-日本とドイツの比較-」『都市文化研究』(大 阪市立大学)第 6 号、pp.46-57.

文部科学省(2012)「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生 涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ~」中央教育審議会答申 八代京子・世良時子(2010)『日本語教師のための異文化理解とコミュニケーショ

ン・スキル』三修社

八代京子・山本喜久江(2006)『多文化社会の人間関係力-実生活に活かす異文 化コミュニケーションスキル-』三修社

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参考 Online Web

シナリオ・センター、「一億人のシナリオ。」(2013 年 10 月 27 日アクセス)

   http://scenario.co.jp/diffusion/

   http://scenario.co.jp/?p=3183

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Development of Intercultural Communication Competence Through Scenarios

Riko Wakita

Keywords: Scenario, Active Learning, Multicultural Societies, Intercultural Communication Competence,

Intercultural communication competence is necessary for survival competence in multicultural societies. This article considers scenario writing as a valid way to develop intercultural communication competence with several possibilities. This is a new approach to use thinking about and writing scenarios in fields of language education or intercultural communication.

I invited “Mr. Arai,” who is a project coordinator of the Scenario Center in Tokyo, as a guest lecturer for the “Multicultural Communication” class in June 2013. He introduced what a scenario is and how to write a basic scenario in class.

After writing short scenarios, every student experienced this type of communication process.

Scenarios for communication education utilize two ways of communication skills, that is, actions and reactions. Enhancing partnerships with scenario experts offers a future opportunity for educators.

参照

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