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榎本隆司の作文教育観

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『学術研究―国語・国文学編―第四十七号』(早稲田大学教育学部,1999.2)の「榎本隆司教授略 歴・業績」によれば,榎本隆司は1928年4月8日1に生まれ,1951年に早稲田大学教育学部国語 国文学科卒業,1953年に同大学大学院文学研究科日本文学専攻の修士課程を修了した。同年に早 稲田大学高等学院講師,翌年には同学院教諭となる。1965年早稲田大学講師(兼担),翌年に同大 学専任講師,1969年に助教授,1974年に教授,同大学大学院文学研究科兼担となり,1993年には 同大学大学院教育学研究科兼担となった。この間早稲田大学の様々な要職を担当し,日本近代文学 研究を中心とした多くの研究業績がある。『学術研究』の記載は1998年までとなっているが,1999 年3月の定年退職後は早稲田大学名誉教授となり,大学の内外での役職に就くが,2019年2月28 日に逝去した。享年は90歳であった。

榎本隆司の業績は日本近代文学の分野にとどまらず,国語教育においても重要な実績を残してい る。特に先に参照した『学術研究』の「主な業績」中の「著書」の項には,単著『作文教室』(新塔社,

1978.6),共著『研究レポートのすすめ―卒論・ゼミ論のまとめ方―』(有斐閣,1979.8)が掲げられ,

「編著」の項には『新国語科教育法―各科教育法双書1』(学文社,1982.3)と『教科教育研究 国 語(講座 教科教育)』(学文社,1993.4)の共著が紹介されている。なお大学退職時にも,編著『こ とばの世紀 新国語教育研究と実践』(明治書院,1999.3)が刊行されている。

本稿は榎本の主な業績の中から国語教育関連のものを選び,さらに単著の書名となった『作文教 室』に関連して,特に作文に関する論考に目を向けてみたい。『作文教室』に加えて,先に引用し た著書『研究レポートのすすめ―卒論・ゼミ論のまとめ方―』,さらに教育関連の雑誌『学習指導 研修』(教育開発研究所)に12回にわたって連載された「 書くこと について」の3種類の文献 を繙くことによって,榎本の国語教育,とりわけ作文教育に対する考え方を整理することに主眼を 置くことにする。

なおここで特記しなければならないのは,これらの文献はいずれも作文教育に特化してまとめら れたものではないということである。すなわち,「文章」をめぐって「ことばで表現すること」「書 くこと」に対する榎本の考え方が述べられた論考であるわけだが,そこには紛れもなく国語教師と

榎本隆司の作文教育観

町田 守弘

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しての榎本の立ち位置が表れており,文章を書くという立場にとどまらない,文章を書く指導をす る立場にとって重要なメッセージが紡がれている。また,国語教師の在り方に関する発言も多く含 まれている。そもそも単著の題名が「文章読本」系列の命名ではなく,あえて「作文教室」となっ ていることにも留意しなければならない。その点を特に重視したいという立場に立ったうえで,「文 章観」「表現観」ではなく「作文教育観」として整理することにした。

本稿において検討を加える榎本隆司の著書・論文を,改めて以下に示す。なおそれぞれの著書・

論文からの引用に際して,出典に関しては以下のA,B,Cの記号によって示すこととし,特にC は連載の回に従って「C①」から「C⑫」のように示すこととする。またA,Bに関しては引用ペー ジ数も示すものとする。なお,Bは共著ではあるが,執筆分担が文献の冒頭に示されていることか ら,榎本が執筆を担当した「第Ⅲ章 論文の構成と表現の技法―書きたいことと書くこと―」のみ を考察の対象とした。

A 榎本隆司著『作文教室』(新塔社,1978.6)。

B  杉原四郎・井上忠司・榎本隆司著『研究レポートのすすめ―卒論・ゼミ論のまとめ方―』

(有斐閣,1979.8)

C  教育開発研究所発行の月刊雑誌『学習指導研修』の連載「 書くこと について」(以下,

発行年月のみ記載する。)

C①「本質への問いかけの大切さ」(1981.4)

C②「深く学び豊かな蓄積を」(1981.5)

C③「見えないものを見るために」(1981.6)

C④「資料の収集」(1981.8)

C⑤「資料の活用」(1981.9)

C⑥「論文の構成」(1981.10)

C⑦「筆を起こす」(1981.11)

C⑧「ことばの発見」(1981.12)

C⑨「ことばの位置づけ」(1982.1)

C⑩「句読点」(1982.2)

C⑪「てにをは」(1982.3)

C⑫「文心ということ」(1982.4)

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まず初めに,榎本隆司が文章をどのようにとらえていたかという点に関して,先に触れた3種の 文献から特に重要と思われる箇所を引用することにしたい。Aの「はじめに」において,榎本は「ぼ くらにとって文章とはいったい何なのか。」2(P1)という問いを掲げ,その問いに対して「ある意

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味で,文章とは生活そのものだと言える。」(P2)と答えている。この考え方はA全体に流れてい るもので,この文献の基底に存在すると思われる。それは「表現とは,生きる営みであり自己主張 である」(P19)という指摘に端的に表れている。この主張はBにおいても,「本質的に表現とは,

生きる営みであり自己主張である。」(P102)のように,繰り返し語られることになる。Bでは続け て「表現とは(中略)いわば自分をかけた行為なのだ。」(P105)とも述べられている。さらにC においても「生きるということは自己表現であり自己主張である。」(C②)という主張が確認され ることになる。

このように「生活そのもの」「生きる営み」「自己主張」として文章をとらえた榎本の主張は,A の以下のような文章に対する考え方に繋がっている。

自己をきびしく律する姿勢は,表現することのきびしさ,むずかしさを知るそれである。そし て表現することのきびしさを知るとは,ひとつひとつのことばの持つ重さをはかり得るという ことである。(P112)

ここで言及される表現すること,書くことの「きびしさ」に関しては,Cの文献において「書く という行為のきびしさは,(中略)自己抑制のむずかしさだと言える。」(C⑤)のように,繰り返 し語られることになる。さらに国語教師の在り方をめぐって,榎本は「自身の表現について,みず からきびしく律していく姿勢が弱いと,いつまでたっても中身の薄い,とんちんかんな文章を書い て平気でいることになる。」(C⑦)と述べているように,国語科の指導者に対する厳しい姿勢へと 及ぶことになる。特にCの文献には,国語科の教師に関わる発言が目立つのも特徴的なことである。

それはまた,今回取り上げた文献を国語教育に関連付けて把握する根拠にもなっている。

C⑧の冒頭の節のタイトルは「書くことのきびしさ」であった。ここで榎本は自身の専攻する日 本近代文学の知見を見事に織り込んでいる。すなわち「私小説作家の極北に立つ葛西善蔵のいわば 執筆心得」(C⑧)としての「感興が乗って来たら,そこで筆を擱く」(C⑧)ということばを紹介 して,まさに書くことの厳しさを知る作家として葛西善蔵を引き合いに出している。なおまったく 同じ内容がAの第七章でも取り上げられ,「走り出したら赤信号」という章のタイトルが見られる ことに着目しておきたい。

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作文教育の前提には,学習者の「書くこと」に対する二つの基本的な問題意識がある。その一つ は「何を書いたらよいのか分からない」という問題であり,いま一つは「どのように書いたらよい のか分からない」という問題にほかならない。これらの「何を」「どのように」書くのかという問 題に応えるところから,作文教育が出発する。そこで本節では,何を書くのかという作文教育の基 本的な課題に関しての榎本の考え方を確認することにしたい。前の節で言及したように,榎本は

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文章が「生活そのもの」であるという基本的な立場を貫いている。何を書いたらよいかという問 いに対してはAの文献の中で,「書くことがないというのは,書くべきものが見出せないというこ とであり,書くに足る問題を持っていないということだ。」(P65)と指摘したうえで,「感情を持 ち思考力を持つかぎり,書くべきことはあるはずだ。」(P65)いう発言が見られる。したがって,

「何を書けばいいのか」という問いに対しては,「自分で考えることです,と言うより仕方がない。」

(P65)と結論付けることになる。

Bの文献は,学生を対象とした「研究レポートのすすめ」という位置付けがあることからも,「何 を書くかは,学生としてのおのれを見すえ,そこでどのような問題意識を持つか,ということと基 本的に深くかかわっている」(P101)と論述されている。同じ考え方はCの文献にも示される。す なわち,「何が書きたいのか,という問いは,けっして大仰な言い方ではなく,どう生きたいのか,

というそれと同じである。」(C③)のように,繰り返し述べられており,続けて「その答を求めら れたとき,ひとはまず自己を見すえ,抱えている問題を考える。」(C③)と説かれていることに着 目したい。加えてCには,国語科の教師を対象とした発言が含まれることは先にも触れたが,そ の発言として「まず,表現し主張するに足る教師としての内実を培うことだ。」(C②)と述べた後 で,「自己をきびしく対象化する目を持つ」(C②)ことの重要性に言及されている点にも注意が必 要である。

続いて「どのように書いたらよいのか分からない」という学習者の問題意識に対しては,「よく,

どう書けばいいのか,と聞かれることがあるが,この問題も,本質的には何を書くかということと シノニム(同義語)であると言える」(C③)と述べられている。同じ意味の発言は,Bの文献に も見られる。すなわち,「表現という行為が内容と不可分のものである以上,書くべき内容を発見 し,確認することが先決問題であることはいうまでもない。」(P101)ということになる。これら の引用から榎本は,何を書くのかという問題意識を作文の基盤に据えて,自己を厳しく対象化する ことの重要性を繰り返し説いていることが明らかになる。次節では,「どのように書くか」という 問題をめぐって,3種の文献に示された具体的な方法論を整理してみたい。

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前の節で,「どのように書くか」が「何を書くか」と同じ意味合いを有するという考え方に触れた。

ただし一方で榎本は,具体的な文章の書き方や留意事項に関しても今回取り上げた3種の文献にお いて多くの紙幅を割いている。特にAの文献では,日本近代文学の代表的な作家の作品が多く引 用され,読者にとって具体的な表現のイメージが喚起されやすいように配慮がなされている。本節 では,榎本が特に着目した表現技法について整理することにしたい。その前に,次の発言に留意し ておきたい。すなわち「表現技術を身につけることに先んじてだいじなのは,伝えるべき内容を十 分に理解していることなのだ。」(P110)と榎本は述べている。「技術」を「内容」から切り離して 扱うという作文教育の在り方に,警鐘を鳴らす発言として捉えることができよう。

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榎本が論じた文章の書き方に相当する様々な方法を整理するに際しては,特にAとBの文献の 章立てが参考になる。特に方法論に関連する章の見出しを選択したうえで,以下に紹介する。なお Bに関しては,各節に設けられた項の見出しの中から主なものを選んで掲げることにした。

A

第六章  「ストーブ行き」はごめんだ―書き出し―

第七章  走り出したら赤信号―リズムということ―

第八章  いのちあるかぎり―ことばの選択―

第九章  親のすねかじり―適語を適所に―

第十章  ジョナサンと椎の実―描写と説明―

第十一章 螢を殺すな―「てにをは」と句読点―

第十二章 未練を絶つこと―推敲―

B

1 問題意識と材料  なんのための材料か

2 論文の構成    論の組み立て/魅力あるタイトルを 3 文体と用語    辞(事)典を離すな/用語の吟味 4 論理と表現    原稿用紙の使いかた

5 いい文章     てにをは/リズム/レトリック 6 いいレポート   恐れずに切れ

特にAは,副題に具体的な方法論が示されていることから,章の順序に従って論旨を整理して みたい。まず第六章では副題の通り「書き出し」の重要性が説かれている。島崎藤村の「破戒」や

「夜明け前」を初め日本近代文学,さらには『源氏物語』や『方丈記』など日本古典文学の著名 な書き出しが引用され,「どんな文章でも作品でも,その書き出しの担う役割がいかに大きいか」

(P82)という結論に繋げている。書き出しがいかに重要かということは,「筆を起こす」という題 名が付せられたC⑦においても語られているが,特に書き出しの条件として「まず読者を惹きつ けるものでなければならない。」(C⑦)という指摘,さらに「書き出しの一行は,多分その論文の スタイルを決定する。」(C⑦)という指摘があることに着目しておきたい。

Aの第七章は副題の通り「文章にはリズムがある」という主張が中心となるが,ここで話題に なった「リズム」とは「いわば内在律のことで,あくまでも内容が生むものでなければならない。」

(P106)とされている点に注意しなければならない。Bの第5節の「いい文章」には「リズム」の 項が設けられているが,そこには「それぞれの文章のリズムは,やがてその文章の個性であり,独 自の論理のあかしである。」(P167)という考え方が示されている。Aの第八章は電車の車内放送の 具体例から論述が始まるが,ここでは2018年版高等学校学習指導要領でも取り上げられた「実用

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的な文章」が話題になることに着目したいと思う。章の末尾には川端康成の『新文章読本』が引用 され,「自分の,いのちのこもった文章を書くために,まず,ひとつのことばの厳密な吟味を心し なければならないのである。」(P125)と結論付けられている。

第九章は榎本の教育実践に言及された貴重な章になっている。「実験」と称されるその教育実践 とは,おそらくは学生を対象としたもので,具体的には以下のような内容であった。

ある短編小説の一部を読ませる。その折,二ヵ所のブランクを設け,それぞれに適当だと思う 副詞と形容詞を入れさせ,そのことばを選んだ理由を添えさせるのである。読ませた部分のほ かに,作品の前後関係が理解できるようにとの配慮から,補足的に読んで聞かせる。ブランク を埋めるために,できるだけ適切なことばが選べるようなヒントを含む部分である。(P132)

ここで選ばれた作品は志賀直哉の「母の死と新しい母」であり,ブランクが設けられたのは,母 が亡くなって新しい母が家に嫁いできて,披露宴があった翌朝に「私」が新しい母と初めてことば を交わす場面3である。ブランクは「毎い つ も時やるやうに手で洟はなが 副詞 かめなかった」,および「『あ りがたう』かういって 形容詞 母は親しげに私の顔を覗のぞき込んだ」のように設けられた4。なお,

課題について考える時間は約20分ということであった。榎本はこの課題に対する学生の反応を紹 介しながら,「ことばは,その処を得て威力を発揮する,と言われる。適語を適所に,ということ である。」(P139)と述べている。この箇所は,榎本の作文教育の実践例が提示された重要な個所 としての位置付けができると思われる。

Aの第十一章では副題の通り,「てにをは」と「句読点」が話題になる。「てにをは」のような助 詞一字の重みについて榎本は,「『てにをは』は文章の大事なきまりである。作文の心得の第一は,

名文を書こうすることではなく,そうした文章のきまりに従って,なによりもまず,正しい文章を 書くことなのである。」(P161)と指摘している。続けて句読点の意味に関しては,「書く場合には,

書こうとする内容を伝えるに適切な句読点の置きかたに,十分な神経を使うことが必要になってく る」(P169)と述べている。そしてC⑩に「句読点」,C⑪に「てにをは」という題名が付けられ てそれぞれ1章が割り当てられて論述されていることからも,助詞や句読点の使い方のような問題 を些細なこととしてないがしろにせず,作文を書く際に重要な事項として位置付けられていること が分かる。

Aの第十二章は「推敲」についての論述が中心となっているが,中心となる考え方は「書き終え たら,できればしばらく放り出しておく。」(P177)ことと,「とにかく無条件に削ることを考える」

(P178)ことである。特に後者は「みがき上げるための絶対条件」(P178)とされている。推敲に 関しては,漢字の誤字や送り仮名の誤りについて,具体例を示しながら注意喚起がなされている。

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Bの文献で榎本が執筆を担当したのは,先述のように「Ⅲ 論文の構成と表現の技法―書きたい ことと書くこと―」である。章の題名からも,論文をどう書くのかという表現技法についての言及 が想定される。各節と項に設定された題名は,すでに引用した通りである。Aの文献において論じ られた内容が,Bでは実際に文章を書く際の順序に従って整理され,再度話題になっている。

Bにおいて特に強調されているのは,材料を集めるということである。榎本は「材料を集め,整 理していく中で問題がはっきりしてきたり,新たな発見をすることはいくらでもある。」(P109)

と述べている。さらに「いいものに仕上げるためには,いい材料が必要だ。」(P172)と述べて,

よい材料を集めることの重要性に触れ,続けて「できるだけいい材料,立派な資料をあつめ,とと のえる(中略)ためには,それなりの眼を持たなければならない。」(P172)として,良い資料を 集めるための鑑識眼を持つ必要を論じている。

材料・資料を集めることの重要性は,Cにおいても繰り返し取り上げられる。C④の題名はまさ に「資料の収集」であった。資料集めに際して特に重要なことは資料の「質を見きわめる目が必要」

(C④)であり,そのためにはさらに「たしかな理解力がなければならない」(C④)ということに なる。C⑤の題名は「資料の活用」となっており,作文に際しては価値ある資料を集めてそれを有 効に活用するのがいかに大切かということが説かれている。

材料が集められたら今度はそれを整理することになるわけだが,続いてBでは「整理された材 料をどう使い,生かすか」(P110)が問題になり,論文の構成の話題に繋がる。Bの文献の副題が

「卒論・ゼミ論のまとめ方」となっていることからも,この文献で目指すところは論理的な文章と いうことになる。したがって,Bでは文章の構成として「序論・本論・結論という三段構え」(P111)

が基本的な構成として取り扱われている。同じ内容はC⑥でも論述されていて,論文を書く場合 には,「ひとつの論理によって組み立てられた,きちんとした構成を持っていなければならない。」

(C⑥)とされている。そして,序論・本論・結論の中では特に序論の位置付けを「土台」として 重視している点も確認したいことである。

続いてBの第2節「論文の構成」に含まれる「魅力あるタイトルを」という項で,文章のタイ トルが話題になったことに触れておきたい。その項で榎本は「なによりもまず,内容に密着したふ さわしいタイトルが求められるが,同時に,読者の関心をひき,興を呼ぶものであることが望まし い」(P121)と述べている。さらに,魅力あるタイトルを付けるためには「内容が整理され,まと まっていなければならない」(P121)と,文章の内容の充実が説かれている。

Cの文献のC⑧とC⑨の題名から分かるように,二回にわたって題名に反映されたのは「資料」

のほかに「ことば」という用語であった。榎本は「単語の選択は,よき文章の第一歩で,ここに文 章の生命もこもる。」(C⑧)と論じ,また「十分に吟味して選ばれたことばを,どのように組み立て ていくか,それが文章を書くという行為である。」(C⑨)とも論じている。ことばを大切にする榎本

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の考え方が端的に表れていると言えよう。そしてそれは,常に辞書を携えること,すなわちBにあ る「ものを書こうとする者は,手許から辞書を離してはいけない。」(P127)という主張と無縁では ない。

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本稿では,榎本隆司がまとめた文章を書くことについての代表的な3種類の文献を考察の対象と し,榎本の文章に対する考え方を,作文教育という観点から捉え直して整理したものである。榎本 がこれらの文献で繰り返し主張したことは,そのまま作文教育に活用することができる。ここで全 体を総括しつつ,特に重要な考え方を確認することにしたい。

文章を書くという行為について榎本は,生きる営みであり自己主張であるとして捉えている。そ して,書くという行為がきわめて厳しいものであるという考え方を繰り返し表明している。した がって,文章を書くためにはまず,自己を厳しく律する姿勢が求められることになる。特に作文の 指導を担当する国語科の教師は文章を書くことの厳しさを知る必要があり,そうでないと文章は

「ふやけた」ものになってしまう。このような考え方が榎本の基本的な姿勢になっている。だから こそ,「何を書くか」という問いに対しては,場当たり的な回答ではなく,しっかりと生きる営み の中からおのずと生成するものであると説かれることになる。

実際に文章を書くに際しての方法に関しては,資料の収集から構成の検討に至るプロセスを踏ま えながらも,特にことばに対してしっかりと向き合う姿勢がいかに重要かという点が繰り返し論述 されている。中でも,日本近代文学の多様な作品が引用されつつ,独自の考え方が述べられている ことはきわめて重要である。優れた文章を書くためには,やはり優れた多くの文章を読まなければ ならない。今回取り上げた3種の文献は,すべてが優れた読み手である榎本の視野の広がりに裏打 ちされたものである。

ここで,今回取り上げた3種の文献それぞれの一つの結論として榎本自身がまとめている箇所を 引用しておきたい。まずAの文献である。

実はAの文献は,印象的な事例から書き起こされていた。すなわち「序章」の題名は「紅茶に レモンを落とすと」であり,まさにその時の紅茶の色の変化をどのように表現するかという話題が 展開することになる。様々な具体例を掲げた後,榎本が引き合いに出したのはある「三歳児の声」

であった。それは「パアッと明るくなった。」という表現にほかならない。Aの文献は,まさにこ の「三歳児の声」によって彩られることになる。この「天真な幼児の驚き」を「みずからのうちに よみがえらせつつ,書くことの意味を,表現することの重要性を,考えていかなければならない。」

(P13)と,榎本は論じている。

そして「終章」の末尾は,以下のようなメッセージで締め括られることになる。

書くことだ。そうすれば,自然に何を書くかを考えることになる。書いてみることだ。おのず

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と,どう書くかについて苦しむことになる。(P196)

この指摘は,作文教育にも深く関連する。すなわち,何よりも授業の中で書くための場所をしっ かりと設けることがきわめて重要になる。続いてBの文献から引用する。

生きるということが自己表現である以上,表現するための苦しみはつづくのだ。それがわかっ てこそ,書き切った意味は生きてくるのだし,また明日へ向けて書く道も開けてくるのだ。

(P180)

先のAの引用に続いて,Bにおいても「表現するための苦しみ」に言及されている。ただし単 に苦しいだけではなく,「明日に向けて書く道も開けてくる」という楽しみを持つことも,作文教 育には求められる。そしてCの文献では,教育者の姿勢に特に言及がなされた箇所を引用したい。

実質的には,連載の最終回におけるメッセージということにもなる箇所である。

専門の勉強を深め,自らの内側から汲みあげることである。ゆとりある教育の先頭に立つ教師 は,何よりも自身の心にゆとりを持ち豊かな内実を培わねばならない。(中略)心にゆとりを 持ち,わたくしする弊をきびしく排していくところに,すぐれた文章への道も開けるのである。

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すでに紹介したように,Cの中には教師の姿勢について論じられた箇所があった。すなわち「教 師は忙しい。(中略)だからこそ教師は勉強をしなければならないのだと思う。」(C②)のように 述べられていた。Cの連載の最後で榎本は繰り返し教師の在り方を取り上げたことになる。自ら学 ぶことこそが,教師にとって最も重要な営みなのである。

以上,文章を書くことに対する榎本隆司の考え方を,あえて「作文教育観」という観点から捉え てみた。その理由は,ここで扱ったような文章観を踏まえて作文教育を展開することは,榎本自身 が求めていたことであったとわたくしは考えるからである。

冒頭に引用した『学術研究』の記事によれば,榎本の研究業績は日本近代文学に関するものが多 い。しかしながら,榎本は国語教育を重視する姿勢を持ち続けていた。早稲田大学国語教育学会や 稲門教育会の役員を初めとした教育に関わる多くの要職に就いたことは,榎本の教育尊重の立場を 物語っている。わたくしは榎本から直接教えを受けた立場という意味も含めて,榎本の国語教育に 関する業績を確認しつつ紹介したいと思っている。本稿はその仕事の一環としてまとめたことに なる。

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注記

本稿は,2019年11月30日に開催された「国語教育史と実践に学ぶ会」の第213回研究会で発 表した内容の一部をまとめたものである。

[注]

1 出典では年が元号表記となっているが,本稿ではすべて西暦の表記に統一する。また敬称は略すこととする。

2 以下,榎本の論からの引用は,すべて本文中にA〜Cの記号で示した文献による。表記は本文のままとした。また センテンスの途中から引用した箇所は文末に句読点を挿入していないが,センテンスの末尾まで引用した箇所には 文末に句点を挿入した。

3 以下の志賀作品からの引用は,文献AP133による。

4 「二ヵ所のブランク」に関しては,文献AP136で原作の表現に言及して,「二つのブランクを埋めて作者は『何

となく』と『美しい』を選んでいる。」と紹介されている。

参照

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