1.目 的
1.1 「看護師の職務満足」概念の重要性 近年,看護師の職務満足への関心が,健康心 理学や組織マネジメントの観点から高まってい る。職務満足とは,「自分の職務についての評価 や職務経験から生じる,心地よい肯定的な感情 の状態」と定義される(Locke, 1976)。看護師 の職務に対するポジティブな感情を高めること で,彼ら・彼女らが能動的・積極的に職務に関 与するであろうことは経験的にも推察できよう。
CiNii で「看護」「職務満足」をキーワードと して検索した結果を図 1 に示す(2012 年 7 月
28 日検索)。わが国における,看護師を対象と した職務満足の先駆的な研究として,尾崎・
忠政(1988)の研究が挙げられる。尾崎らは,
医療従事者を対象として海外で開発された職 務満足測定尺度(Stamps, Piedmont, Slavitt, &
Haase, 1978)を,国内の看護師向けに翻訳し,
その信頼性と妥当性の検証を行った。尾崎らの 研究以降,右肩上がりで研究数は増加し続けて おり,特にここ数年は年間 20 〜 30 件程度の研 究が行われている。
このように看護師の職務満足に対する関心が 高まって来た理由を,看護師,患者,病院組織 の3者の観点から見ていく。当然のことながら,
看護師の職務満足測定尺度の開発に向けた予備的研究
1)江口圭一・佐藤敦子
2)・日野恭子
2)・岡野留美子
2)・住田乙浩
2)A preliminary study of development of a new nurses’ job satisfaction scale EGUCHI, Keiichi・SATO, Atsuko・HINO, Yasuko・OKANO, Rumiko・SUMIDA, Itsuhiro
図 1 「看護」「職務満足」をキーワードとした研究数の推移 0
5 1 0 1 5 2 0 2 5 3 0 3 5
8891 9891 0991 1991 2991 3991 4991 5991 6991 7991 8991 9991 0002 1002 2002 3002 4002 5002 6002 7002 8002 9002 0102
研究 数
出版年
3 者の立場は互いに関連しており,それぞれを 明確に区分できるものではないが,便宜上,3 つの観点から論じていく。
(1)看護師側の要因
多くの労働者が強い不安や悩みを抱えながら 働いている(例えば,厚生労働省大臣官房統計 情報部賃金福祉統計課,2009)ことや,長期不 況に伴う人件費削減によって長時間労働が二極 化・常態化している(例えば,労働政策研究・
研修機構,2012)ことは,多くの調査で指摘さ れてきた。このような過剰な心理的・身体的負 担が労働者の心身の健康や組織の効率性に及ぼ すネガティブな影響についても,国内外の多く の実証研究から明らかにされている(江口・戸 梶,2004)。
医療の現場においては,交代勤務による不規 則な勤務形態をはじめとして,看護師の劣悪な 労働環境や労働条件は,「3K」や「7K」として 問題視されてきた(小林,2011;日本看護協会,
2007)。特に,長時間労働は大きな問題であり,
2008 年に相次いで認められた看護師の過労死 は大きな注目を集めた。これらの事件を受けて 実施された日本看護協会(2008)の調査によれ ば,交代制勤務をする看護職員の約 23 人に 1 人が過労死危険レベルの長時間勤務であること が明らかにされた。また,日本医療労働組合連 合会(2006)の調査においても,看護職員の 4 分の 3 以上が「疲労が翌日以降に残る」,「休日 でも回復しない」と回答しており,健康に対す る不安が高まっている。さらに近年では,患者 や患者家族,同僚からのセクシャル・ハラスメ ント,身体的・言語的暴力,モンスター・ペイ シェント(原,2009;南,2008;室伏,2008;
和田,2012;和田・黒原・吉良,2008)など新 たな問題も表面化している。
このような労働環境からの影響を主因とす る,看護師など医療従事者の心身の健康の悪化 は,社会的にも大きな問題になっている(三 木,2002)。職務満足は労働者の心身の健康と
強い関連があるとされ(三島・永田・久保田・
原谷・川上・荒記,1996),看護師の健康の改 善を図る上で,職務満足を高めるような方策を 検討・実施するなど,職務満足が有効な指標に なることが期待されよう。
また,超高齢社会への進展に伴う医療ニーズ の増大や医療技術の高度化・複雑化などから,
看護師の需要は年々高まっていくと予想されて いる。厚生労働省(2010)の「第七次看護職員 需給見通し」によれば,平成 27 年度には需要 が 150 万 1 千人にまで増加するのに対して,供 給は 148 万 6 千人にとどまると推計されてい る。さらに,いくつかの不確定要素も指摘され ている。まず,1947 〜 49 年のベビーブーム期 に生まれた団塊世代が 75 歳以上の後期高齢者 となる「2025 年問題」にむけて,社会保障費 とともに,看護師をはじめとした看護・介護職 者の需要が急増することが予想されている。ま た,医療提供体制の機能分化や就業形態の多様 化,今後の医療制度改革の進展によっては,需 要が推計値以上に高まることが考えられる。例 えば,2006 年の診療報酬改定における看護職 員配置基準の 7 対 1 新設以降,大規模病院を中 心とした新卒看護師の大量採用活動により,特 に地方部や中小規模病院での看護師不足が問題 になっている(朝日新聞,2007,2010)。
このように需要の増加が予測される一方で,
看護師の離職防止が大きな課題になっている。
日本医療労働組合連合会(2006)の調査では,
4 分の 3 近くの看護職者が「いつも」,「しばし ば」,「時々」仕事を辞めたいと思っていること が明らかになっている。離職したいと考える理 由については,「仕事が忙しすぎるから」,「仕 事の達成感がないから」,「本来の看護ができな いから」,「夜勤がつらいから」,「賃金が安いか ら」,「休暇が取れないから」などが挙げられて いるように,劣悪な労働環境や労働条件がその 一因と考えられよう。また,女性が大多数を占 める職種であるが故に,出産,育児も離職の主 要な原因になっている。実際に離職した看護師
を対象とした片穂野・宮下(1998)や日本看 護協会専門職支援・中央ナースセンター事業 部(2007)の調査では,離職理由の上位に「結 婚」,「出産」,「育児」が挙げられている。劣悪 な労働条件によって,家庭との両立が困難であ るため,それをきっかけに離職してしまい,離 職者が増えることで,在職者の負担はさらに高 まり,次の離職につながってしまうという悪循 環が続いていると言えよう。
さらに,看護師などの免許を保有しているに も関わらず,看護職として就労していない潜在 看護師の問題も深刻である。2010 年末時点で,
潜在看護師は約 63 万人,潜在率は約 31.6%と 推計されている(宮﨑,2012)。労働環境・労 働条件を理由に離職した看護師が,在院日数の 短縮,医療の高度化,患者の高齢化,本来の看 護業務に付随する業務の増大などを背景にます ます労働環境が悪化(中野,2010)している現 在の職場に戻りたいと思わないのは当然であろ う。しかしながら,専門職としての教育を受け,
免許を取得したにも関わらず,その 3 分の 1 が 看護職に就いていないというのは異常な状態と 言わざるを得ない。
少子化が進み,18 歳人口が減少する時代に あって,供給数の大幅な伸びは期待できない 中,看護職員の需給バランスを均衡させるた めには,離職者を減らすとともに,再就職者 を増やす取り組みが必要であろう。これまで,
職務満足と離職の関連については多くの実証 研究が行われ,両概念間には一貫して負の相 関関係が認められている(Hayes, Bonner, &
Pryor, 2010; 島 津,2004;Spetz & Herrera, 2010;Stamps, 1997)。したがって,医療機関 が長期的,安定的な人員の確保を目指す上で,
職務特性上,やむを得ない,対応が困難な問題 も多くあるが,ここまで述べたような労働条件 や労働環境の問題を改善し,職務満足が高まる ような働きやすい環境を整えていくことが,現 職看護師の心身の健康を守り,離職を防止する だけでなく,潜在看護師の再就職を促進すると
考えられる。その点からも職務満足概念の重要 性が理解できよう。
(2)患者側の要因
近年,続発する医療事故・医療過誤報道など を背景として,医療の質に対する患者からの要 求が高まっている(今中・荒記・村田・信友,
1993;大津,2005)。このような要求に対応す るため,また,医療技術の高度化・複雑化,専 門分野の細分化が進展し,医師の知識や判断だ けでは適切な医療を提供できなくなっているた め,多くの病院でチーム医療の導入が進められ ている。「チーム医療」という用語自体は,医 療界において 30 年以上前から用いられている が(細田,2012),その形態は,医師を頂点と して,その指示に他職種が従う「垂直統合型」
であった(北島,2012)。それに対して,近年 では,チーム構成メンバーがプロフェッショナ ルとして参画し,有機的に連携するとともに,
自立的に動く「ネットワーク型」のチーム医療 を通して,高度に専門化した各医療従事者が協 力しあうことで,質の高い医療を提供すること が可能になると考えられている(北島,2012)。
労働者のポジティブな気分や職務満足が向社会 的行動の促進要因であることは先行研究から示 唆されており(田中,2004),看護師の職務満 足を高めることがチーム医療の推進にも寄与す ると推察される。
また,医療事故・医療過誤防止の観点から も,看護師の職務満足の重要性が指摘される
(岡田,2009)。医療安全の確保は,疾患の治療 成績などとともに,質の高い医療を提供する上 での重要な要件のひとつとされ(厚生労働省,
2011;OECD, 2010),リスクマネジメントを考 える上でも,ミスが起こりにくいシステムや勤 務態勢を整えることが求められている(加藤,
2002)。森中・三木・久富(2006)の研究では,
ヒヤリ・ハットを経験している看護師は,経験 していない看護師と比較して,仕事の量的・質 的負担感が強く,上司からの支援や裁量権が少
なく,心理的ストレス反応が高いことが明らか にされた。卒後 1 年未満の新人看護師を対象と した豊増・吉田・岩崎・平田・原田(2005)の 調査では,ヒヤリ・ハットの体験頻度が多い群
(3 回以上)と少ない群(3 回未満)でストレッ サーの程度に有意な差は認められなかったが,
GHQ28 によって測定された精神的健康度は体 験頻度が多い群の方が有意に高得点(精神的健 康度が低い)であった。
このように,心身の健康は医療事故の発生に 関連することが示唆されている。心身が不健康 な状態では十分に能力を発揮することができな いであろうし,ミスを起こしやすくなるという のも理解できよう。前述したように,心身の健 康と職務満足には強い関連があるとされること から,職務満足を高めるような取り組みによっ て,医療事故・医療過誤を抑制できる可能性が ある。
一方,患者の権利意識の向上とともに,医療 をヒューマン・サービスの一種として捉える傾 向も,強まっている(冨田,2011;八代・通産 省サービス産業課,1999)。ヒューマン・サー ビスにおいては,サービス提供者,すなわち 医療従事者の熱意や誠意,努力などの個人的 要因が,サービスの量や質を規定する(田尾,
2001)と同時に,病院組織全体から医療サービ スが提供されるのではなく,提供の現場にいる 個々の医療従事者から提供されるため,サービ スの提供の都度,異なった品質になりやすい異 質性を有する(岡崎,2007)。したがって,安 定的に質の高い医療を提供できるかどうかは,
看護師をはじめとする医療従事者ひとりひとり が,質の高いサービスを提供できるかどうかに かかっているとも言えよう。
経験の浅い看護師は,長期に渡る実務経験に よって,高い実践能力を備えた熟練看護師へと 成長し,質の高いサービス(医療)を提供でき るようになっていくと考えられる(佐藤・戸 梶,2009)。しかしながら,前項で論じたよう に,看護師は離職者が多く,若年者が多い職種
であることもその特徴のひとつとされる(韓,
2012)。つまり,離職は,本人にとって経験を 積む機会の損失であるだけでなく,組織にとっ ては,質の高い医療サービスを提供できる人材 を育成できていないことを意味する。
さらに,1990 年代以降,他の多くの業種と 同様に,医療界においても顧客満足の重要性が 強く認識されるようになった(今中・荒記・
村田・信友,1993;小野,2010)。Donabedian
(1980)は,医療の質を「構造」,「過程」,「成 果」の 3 つの側面から評価することを提唱して いる。このうち,成果については,死亡率や罹 患率などが客観的な指標として取り上げられて きたが,近年では患者の well-being や QOL な ど,患者の主観的評価も用いられるようになっ ている(Dedhiya & Kong, 1995)。このような 認識の変化は,医療をサービス業の一種と見な す考え方とも関連していると言えよう。
商品(サービス)の生産と消費が同時に行わ れるサービス業においては,顧客満足の前提条 件として職務満足の重要性が指摘されている
( 藤 村,2009;Heskett, Sasser, & Schlesinger, 1997)。質の高いサービスを提供するためには,
サービス提供者である看護師自身が職務に対 してポジティブな感情や態度を持っていること が必要であることは想像に難くない。質の高い サービスが提供されれば,患者満足度も高まる ことが期待できる。したがって,看護師自身の 満足度を高めることで,患者の満足度を高める ことが可能になると考えられる(勝原,2001)。
前述したように,心身の健康と職務満足は強 い関連があるとされることからも,心身の健康 度を高めることが看護師自身の職務満足を高め ることにつながり,ひいては,医療の質や患者 満足を高めることにつながると言えよう。
(3)組織側の要因
全国の公私立病院のうち,6 割以上が赤字で あり(全国公私病院連盟,2011),医療機関の 構造的な赤字傾向を解消するための取り組み
は,大きな課題とされる。これまで,労働者 の健康や安全と組織の利益はトレードオフの 関係にあると考えられてきた(Sauter, Lim, &
Murphy, 1996)。つまり,労働者のメンタルヘ ルス問題への取り組みは組織にとってのコス トアップ要因でしかないという認識である(三 戸,1992)。しかしながら,労働者の心身の健 康や満足感と,組織の生産性や業績を両立させ ることは可能であるだけではなく,両者は互い に強化可能であると考える NIOSH の健康職場 モデル(Sauter et al., 1996)が提唱されるなど,
近年ではその認識にも変化が見られる。
ここまで概観してきたような看護師の健康関 連問題や離職率を抑制することができれば,保 険医療費や人件費,教育費を抑制することが可 能であろう。さらに,新卒・中途採用を増やす ことで量的充足はできても,長期的な就労に よって熟練看護師を育成するという意味での質 的充足が不十分な現状(韓,2012)の改善にも つながるであろう。今中・荒記・村田・信友
(1993)の研究において,看護師や病院関係者 の対応は,患者の病院に対する満足度と継続受 診意志に有意な正の影響を及ぼすことが明らか にされている。つまり,熟練看護師を育成し,
より良い医療を提供することによって,患者満 足度を高めるだけでなく,顧客ロイヤリティや 再来院意向も高めることが期待される(藤村,
2009)。
したがって,看護師の職務満足向上を図るこ とは,単なるコストアップ要因ということでは なく,組織にも経営上の大きなメリットが期待 できる取り組みと言えよう。
1.2 実証研究の重要性
ここまで見てきたような理由から,看護師の 職務満足の現状を把握し,働きやすい環境を整 えていくことは,看護師自身にとってだけでな く,患者や病院組織にとっても,大きな意味の ある取り組みと考えられる。
しかしながら,職務満足を高める意義につい
ては,不明確な部分が大きいのも事実であろ う。例えば,離職との関連については,多くの 研究で一貫して負の相関関係が示されている
(Hayes, Bonner, & Pryor, 2010;島津,2004;
Spetz & Herrera, 2010;Stamps, 1997)。それ に対して,最も多く論じられてきた職務満足と 業績あるいは生産性との関係については,両概 念間に明確な相関関係は認められていない(Iaf- faldano & Muchinsky, 1985;Judge, Thoresen, Bono, & Patton, 2001;Vroom, 1964)。このよ うに,経験的には納得できる職務満足と業績の 関連が明確に示されない理由として,両概念間 の因果経路がコミットメント,ロイヤリティ など,多様な変数が媒介変数として関与して いるためと推察されている(竹田,2009)。特 に,国内の看護師を対象とした職務満足研究 は,実態調査にとどまるものが多く(中川・
林,2004),他の概念との関連を明らかにして いく実証研究は,学術的にも,実務的にも,そ の重要性が今後ますます高まっていくと考えら れる。
1.3 新しい尺度開発の必要性
学術的・実務的観点から,有用性の高い研究 成果を蓄積していくためには,信頼性と妥当性 が確認された尺度を用いることが必要である。
信頼性と妥当性が低い尺度による研究では,測 定しようとしている構成概念を適切に把握でき ていないことになり,その有用性は低いと言わ ざるを得ない。しかしながら,これまでの国内 の職務満足研究で,もっとも多く使われてきた Stamps −尾崎翻訳修正版尺度(尾崎・忠政,
1988;Stamps et al., 1978)には,いくつかの 問題が指摘されており(江口・佐藤・大山・日 野・岡野・住田,2012;中川・林,2004),新 たな尺度の開発が望まれている。
一般的に,職務満足の程度を把握するための 方法として,職業生活全般に満足しているか否 かを測定する方法と,職務遂行上の具体的・個 別的事項についての満足の程度を測定する方法
がある(田中,2002)。実務的・実践的観点か らは,後者のように多元的に職務満足概念を捉 えることが,具体的な介入方策を検討する上で も必要であろう(江口他,2012)。
先行研究では,次のような要因が職務満足 を構成すると考えられている。Stamps et al.
(1978)の尺度を翻訳した尾崎・忠政(1988)
の研究では,因子分析で原版と同様の「給与」,
「職業的地位」,「医師と看護婦間の関係」,「専 門職としての自律」,「看護管理」,「看護業務」,
「看護婦間相互の影響」の 7 因子が抽出された。
また,この尺度を発展させた Stamps (1997)
の Index of Work Satisfaction は,「専門職とし ての地位」,「職務の要求」,「自律性」,「看護師 間の交互作用」,「給料」の 5 下位尺度から構 成される。長崎・小山田(2009)はハーズバー グの 2 要因理論に基づいて,動機づけ要因と して「有能感」,「看護効力感」,「高い職業評 価」,対人関係要因として「職場の信頼感」,「高 い患者評価」,「協力的な人間関係」,衛生(保 証)要因として「上司への信頼感」,「看護環 境」,「給与」の 9 下位尺度からなる尺度を開発 している。Mueller & McCloskey (1990)が開 発 し た Mueller/McCloskey Satisfaction Scale
(MMSS)を翻訳した志自岐(1997)の日本語 版 MMSS は,原版とほぼ同じ「物理的報酬」,
「スケジュール」,「家庭と仕事のバランス」,
「同僚」,「相互交流の機会」,「専門職としての 機会」,「賞賛と是認」,「コントロールと責任」
の 8 要素から構成される。Hayes, Bonner, &
Pryor (2010)は先行研究から,急性期病院の 看護師の職務満足に関連する要因を,個人内要 因,個人間要因,個人外要因に分類した。この うち,個人内要因は「年齢」,「教育」,「ポジティ ブ・リフレーミング」など,個人間要因につい ては「自律性」,「患者の援助」,「同僚との交互 作用」など,個人外要因については「給料」,「昇 進の機会」,「多様性」などが挙げられている。
同様に,先行研究のレビューから Utriainen &
Kyngas (2009)は,対人関係(「同僚との人間
関係」,「チームワーク」など),患者のケア(「高 い質のケアを提供する機会」,「患者との良好な 関係」など),職務の構成(「支援的なリーダー シップ」,「給料や手当」など)に分類している。
このように,先行研究においては多様な要 因が取り上げられてきたが,国内の研究では,
海外で開発された尺度を翻訳したものが多く,
看護師の職務満足概念に関する検討が十分行 われていないといった指摘がある(中川・林,
2004)。海外で開発された尺度は,国際比較研 究に用いる場合には有用であるが,日本の社会 的・文化的背景が十分考慮されておらず,見落 とされている要因や不適切な項目が含まれてい ることが考えられる。特に,労働環境の改善を 目的とするような,実務的な側面が強調される 研究の場合,翻訳された尺度では,日本の看護 師を取り巻く環境が質問項目に十分に反映され ていない場合も多く,職務満足の実態を的確に 把握できない可能性がある。したがって,新た な尺度を開発する上で,先行研究をレビュー し,事前にフレームワークを想定する手法より も,まず自由記述による調査を行い,探索的に 構成要素を検討する手法が望ましいであろう。
以上のことから,本研究では,信頼性と妥当 性の高い尺度を開発するための予備的研究とし て,看護師がどのようなときに職務満足を感じ る(ポジティブな感情が生じる)のかを明らか にし,尺度項目の候補を作成することを目的と した。
2.方 法 2.1 調査協力者
中国地方の公立 A 病院に勤務する看護師の うち,患者と直接接する機会がある部門に所属 する 620 名を対象とした。458 名から調査票が 回収されたが,未記入などを除外し,431 名の 回答を分析の対象とした(有効回収率 69.5%)。
2.2 調査方法
2011 年 7 月 1 日〜 11 日に,自由記述による
質問紙調査を実施した。調査用紙には,職務満 足を「自分の職務についての評価や職務経験か ら生じる,心地よい肯定的な感情の状態」とす る Locke(1976)の定義に基づき,「仕事をし ていて,前向きな気持ちになるのは,どのよう な時ですか? 思いつく限りお書きください。」
と質問を記載した。なお,本研究は,新たな尺 度の開発に向けた質問項目候補の収集を目的と したものであるため,個人属性等については質 問しなかった。
調査用紙には,調査の趣旨や個人が特定され るような分析は行わないことなどを記載し,調 査への回答をもって,協力に同意したものとし た。調査票の配布と回収は部署単位で行い,回 収用の箱を準備し,回答者以外の者に回答内容 を見られることがないように配慮した。
2.3 分析方法
はじめに,自由記述によって得られた内容 を,一義的な文章になるように切片化した。次 に,現職看護師を含む研究者5名で検討を行い,
切片化したデータのうち,本研究の職務満足の 定義から著しく逸脱したデータを除外した。さ らに,先行研究における分類を参考に,収集さ れた項目の内容に基づき,類似した項目をカテ ゴリー化した。なお,最終的には,量的調査に よる因子分析等の方法によってカテゴリー(下 位尺度)を確定させる必要があるため,ここで 想定したカテゴリーは仮のものである。最後 に,これらの項目を本来の意味を損なわないよ うに配慮し,質問紙調査で使用できる文体に修 正した。修正した上で改めて本研究での職務満 足の定義との整合性を確認し,不適切であると 考えられた項目,類似した内容になった項目な どを除外した。
3.結果と考察
調査協力者から得られた回答を切片化した結 果,のべ 1,303 項目(平均 3.0 項目)が得られた。
これらの項目から,方法で述べた手順に沿っ
て,本研究における職務満足の定義との整合性 を確認しながら,内容が類似した項目をカテゴ リー化した。その結果,最終的に 8 つの仮カテ ゴリー,108 項目に整理された。表 1 に抽出さ れたカテゴリーと,項目の一部を示す。
(1)給 料
「現在の月々の給与額(手当を含む)につい て」や「仕事の内容や量に見合った給料につい て」など,5 項目が給料に関するカテゴリーと してまとめられた。給与や報酬は,多くの測定 尺度で取り上げられており,本調査でも同様に 見出されたことから,内容的に妥当であると考 えられる。
(2)業務量
このカテゴリーには,「勤務シフト(休み含 む)希望の通りやすさについて」や「現在の看 護業務量の公平性について」など,16 項目が まとめられた。このカテゴリーには,業務量や 勤務シフトといった量的側面と,希望の通りや すさといった質的側面の両方が含まれており,
因子分析によって別々の因子として抽出される 可能性もある。
(3)他者との関係性
他者との関係性として,「同僚のあなたへの 評価について」,「患者さんから学びや感銘を受 ける機会について」など,44 項目がカテゴリー にまとめられた。看護師同士の関係性や医師と の関係性については,多くの先行研究で取り上 げられているが,このカテゴリーには,上司,
同僚,医師,コメディカル,患者,患者家族と の関係についての項目が含まれた。第 2 のカテ ゴリーと同様に,因子構造については改めて確 認する必要があろう。
(4)専門職性
第 4 のカテゴリーとして,「自身の成長を実 感できる機会について」や「院内の研修制度に
ついて」など,9 項目が専門職性に関する項目 としてまとめられた。学習の機会などに関する 項目や,後述する第 5 カテゴリーの看護実践,
第 6 カテゴリーの成長の機会とも類似した項目 が含まれており,因子構造の確認が必要であろ う。
(5)看護実践
「患者さんに接する看護ケアの時間について」
や「自分の能力を生かす機会について」など,
14 項目が看護実践のカテゴリーにまとめられ た。患者のケアに関する内容も,既存の尺度で 取り上げられている。さらに,患者への適切な,
十分なケアが自分自身の喜びにつながるとの発 言は,多くの研究でも述べられており,看護師 の職務満足を測定する上で,非常に重要な要素
であると考えられる。これは,患者からの感謝 の言葉や(第 3 カテゴリー),十分な看護を実 践するための適切な業務量(第 2 カテゴリー)
といった要因とも関連すると考えられる。
(6)成長の機会
このカテゴリーに含まれたのは,「職場に目 標とする人や尊敬する人がいることについて」,
「新しく学んだ知識や技術を看護に生かす機会 について」など 3 項目だけであった。しかしな がら,前述したように,第 4,第 5,第 6 カテ ゴリーは専門職としての看護師の職務に関する 項目であり,類似した内容になった。
(7)病院の社会的評価
「この病院に対する社会的な評価について」,
表 1 カテゴリーと質問項目の例
「この病院の看護師であることについて」など,
4 項目が病院の社会的評価カテゴリーに含まれ た。一般的に専門職は,組織にコミットするの ではなく,職務にコミットすると考えられる。
しかしながら,本調査で対象となった病院の特 性(設置主体,病床数など)ゆえに,所属組織 に対する評価が自分の満足につながると考えら れるカテゴリーが見出された可能性がある。今 後,設置主体や規模の異なる病院での検討も必 要であろう。
(8)院内の労働・学習環境
「休憩場所の環境について」や「学習するた めの本や雑誌の準備状況について」など,13 項目がカテゴリーにまとめられた。ここでは労 働環境と学習環境をひとつの仮カテゴリーにま とめたが,学習環境に関しては,第 4 カテゴ リーの専門職性,第 6 カテゴリーの成長の機会 と内容的に類似した部分もあると考えられる。
4.総 括
本研究は,看護師を対象とした新しい職務満 足測定尺度の開発に向けて,質問項目の候補を 収集することを目的とした。
4.1 職務満足要因の構成
自由記述による質問紙調査を実施した結果,
「給料」,「業務量」,「他者との関係性」,「専門 職性」,「看護実践」,「成長の機会」,「病院の社 会的評価」,「院内の労働・学習環境」の 8 つの 仮カテゴリー,108 項目が質問項目の候補とし て収集された。
多くの仮カテゴリーが先行研究での職務満足 要因と一致した。ただし,医師や同僚,患者と の関係については,先行研究においても取り上 げられていたが,本研究では新たに他のコメ ディカルや患者家族との関係についても,職務 満足を構成する要因として見いだされた。近年 では多くの病院で,医師と看護師だけでなく,
多くの医療職が協働するチーム医療が推進され
ている。したがって,従来の研究で職務満足要 因として取り上げられてきた医師,看護師,患 者以外にも,看護師の職務満足に関連する人た ちがいると考えるのは妥当であろう。一方で,
志自岐(1997)の日本語版 MMSS に含まれる
「家庭と仕事のバランス」に相当する項目は,
本調査では得られなかった。しかしながら,「勤 務シフト(休み含む)希望の通りやすさについ て」など,関連していると考えられる項目もあ り,今後さらに検討していく必要があろう。
以上のことから,先行研究で取り上げられた 要因はほぼ網羅した上で,現在のわが国の看護 師が置かれた環境を反映した質問項目が作成で きたものと判断する。
4.2 今後の課題
表 1 に提示したカテゴリーは,便宜的に分類 したものであり,あくまでも仮のカテゴリーで ある。今後は,本研究で収集された項目を用い た質問紙調査を実施し,因子構造の確認や,尺 度の信頼性・妥当性の確認を行っていくことが 必要である。
また,本研究で収集された質問項目は,1 公 立病院だけのデータであることには注意が必要 であろう。設置主体や病床数が異なる場合,あ るいは相対的に研究を重視している病院と,看 護実践を重視している病院とでは,そこに勤務 する看護師が感じる職務満足要因も異なってい る可能性がある。したがって,他病院での適用 可能性については,別途検討が必要であろう。
さらに,新しい尺度の開発が最終的な目的な のではなく,その尺度を用いた実証研究を蓄積 し,看護師の職務満足とその他の概念との関連 を明らかにしていくことが本来の目的である。
本稿の冒頭で概観したように,看護師の職務満 足を高めることは,看護師自身はもちろん,患 者や医療機関にとっても有意義なことであると 考えられている。しかしながら,特に国内にお いては実証研究が少なく,様々な概念間の関係 も十分に明らかにされているとは言い難い状況
である。したがって,看護師の職務満足を高め ることが本当に医療の質や患者満足,医療機関 の経営改善に関連するのか,関連するとすれ ば,どのような関係なのかを明らかにしていく ことが,わが国における職務満足研究の一助と なるだけでなく,医療経営における実務上の有 用な知見となるであろう。
注
1) 2002 年 3 月に法律が「保健婦助産婦看護婦法」
から「保健師助産師看護師法」へ改正され,呼 称が性別に関わりなく看護師に統一されたのは 周知の通りである。本稿では,先行研究におけ る「看護婦」,「看護士」を「看護師」と読み替 える。ただし,測定尺度等については,原著の 表記を優先する。
2) 県立広島病院看護部。
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