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「人間の安全保障」の主流化~国際法の視点から

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「人間の安全保障」の主流化~国際法の視点から

松隈 潤

はじめに

1. 国連総会決議と「人間の安全保障」

1.1 「人間の安全保障」の主流化の歴史 1.2 国連総会決議

1.3 国連事務総長報告書

2. 国際組織の基本文書及び実践と「人間の安全保障」

2.1 国際刑事裁判所 2.2 アフリカ連合 2.3 欧州連合

2.4 経済協力開発機構

2.5 国連難民高等弁務官事務所

3. グローバル・ガバナンスと「人間の安全保障」

3.1 グローバル・ガバナンスの理論 3.2 「人間の安全保障」の付加価値と課題 結び

はじめに

1994年の国連開発計画(UNDP)による「人間開発報告書」に採用されて以降、「人間の安 全保障」の概念については、国連の場を中心にその主流化の試みがなされてきている1)。一般 的に「人間の安全保障」の概念は法的概念としてではなく、政治的、政策的概念として論じら れているが、国際法の視点からは、この概念をどのように評価することができるであろうか。

本稿は、「人間の安全保障」の主流化に関する見通しと意義について、主として国際法、とく に国際組織法の視点から論じることを目的としている。

「国際組織に関わる法は、国際組織の組織すなわち内部機関の構造、手続や権限などに関す る法と、当該組織がその目的・任務として対象とする領域において展開する活動に関する法と から構成される」とみなされる2)。また国際組織法は、「主権国家の合意に基づく主権国家間 の法である伝統的な国際法の体系とその歴史的発展とに対して独特の地位を占め、しかもその ような国際法秩序に発展的かつ構造的な変容を加えようとすらする」と評され、「その法の具

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現である国際組織の独自の存在と機能に即して、それ自体ある程度まとまった独自の体系をな している」と論じられる3)。国際組織の活動、すなわち慣行が、後の条約の起草や慣習国際法 の形成に影響を与えることは認識されているところである。そこで、本稿においては、具体的 な国際組織の活動が「人間の安全保障」の概念によって、実際に影響を受けてきているという 現象を重視する。すなわち、個々の国際組織の活動は「人間の安全保障」概念が登場したこと によって変化してきていると考え、この点に焦点をあてて検討してみたい。

国際法の視点から「人間の安全保障」の概念を分析した先行研究においては、「規範形成過 程における非国家主体の参加」、「国家主権の再検討」、「人道的干渉の正当性の主張」、「安全保 障概念の拡大」等を同概念の国際法に対する影響であるとする指摘がある4)。「人間の安全保障」

に関連する争点の多くは、既存の国際法にとってまったく新しい争点というわけではない。個 人の保護を最優先する規範、とくに国際人権法や国際人道法の諸要素のうえに「人間の安全保 障」を構築することができると考えられる5)

たとえば国際人道法における内戦の取り扱いに関する変化も、国家中心のアプローチから人 間中心のアプローチへの移行という文脈でとらえることができる。すなわち、タジッチ事件に おいて旧ユーゴ国際刑事法廷が指摘した通り、交戦状態と反乱を峻別する方式は、主権志向的 なものであって、国益を重視する主権国家の共存状態に基礎を置く伝統的な考え方であったが、

今日、人間の視点からは、国家間の戦争と内戦を区別することは価値を失っており、国際法が 人間の保護を重視すべきなのであれば、国家間の戦争と内戦を区別することに重きをおかなく なっていくことも自然なことであろう6)

今日、国際社会が直面している課題は、「人間の安全保障」の含意について、これをどのよ うに主流化していくことができるかという点である。そこでは、いわゆる「グローバル・ガバ ナンス論」を、国際法の視点からはどのようにみることができるかという点も重要である。

1.国連総会決議と「人間の安全保障」

1.1 「人間の安全保障」の主流化の歴史

「人間の安全保障(Human Security)」とは何か。この概念はマブーブル・ハク氏の議論を基 にUNDPの報告書の中で指摘された概念である。日本政府も政府開発援助(ODA)の基本方 針の中に「人間の安全保障」を積極的に位置付けている。それは安全保障の問題に国家中心の 視点からではなく、人間中心の視点から対処していくことを目的とする概念である。冷戦後、

個人の安全に焦点をあてた安全保障の概念が必要とされているという事実を、国際社会が注視

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することを促したという点において、「人間の安全保障」の概念の貢献を評価することができ るであろう。この点においては、今日の国際社会が必要としているグローバル・ガバナンスの 枠組みを考えるにあたって、「人間の安全保障」をひとつの重要な構成要素に位置付けること ができるのではないかと考える。

「人間の安全保障」の主流化の歴史について論じる際に、人間の安全保障委員会による2003 年の報告書は重要な文書である7)。この委員会は2001年に当時のアナン国連事務総長が日本 を訪問した際、緒方貞子氏によって設置が発表され、以降、5回の会合を経て、共同議長のア マルティア・セン氏とともに2003年にニューヨークでアナン事務総長に提出されたものであ る。委員の中にはブラヒミ・元アルジェリア外相やサザランド・元ガット事務局長らが含まれ ていた。そこで採用された「人間の安全保障」の定義においては、「人間の自由と充足を強化 するような方法で、すべての人間の生命にとってかけがえのない中核部分を守ること」である とされている8)

日本政府はアジア経済危機への対応が契機となり、2000年のミレニアム・サミットを経て

「人間の安全保障」を外交政策の中に積極的に位置付けてきている。ODAに関する基本方針で あるODA大綱に「人間の安全保障」に関する部分が挿入されたことなどもその一例である。

ODA大綱においては基本方針として「人間の安全保障の視点」が位置付けられており、「人づ くりを通じた地域社会の能力強化に向けたODAを実施する。また、紛争時より復興・開発に いたるあらゆる段階において、尊厳ある人生を可能ならしめるよう、個人の保護と能力強化の ための協力を行う」としている9)。外務省資料においては「人間の安全保障は、人間の生存、

生活、尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り、人々の豊かな可能性を実現できるよ う、人間中心の視点に立った取り組みを実践する考え方」であるとしており、2003年の人間 の安全保障委員会報告書の定義が基盤にあることは明らかである10)

各国は「人間の安全保障フレンズ会合」や「人間の安全保障ネットワーク」といった枠組み を構築しながら、外交政策としての「人間の安全保障」に関する議論を行っていった。日本政 府は「恐怖からの自由」や武力行使に限定されない広義の「人間の安全保障」を推進する立場 から、メキシコを共同議長として「人間の安全保障フレンズ会合」を立ち上げ、2006年以降、

会合を開催しつつ「人間の安全保障」の主流化に取り組んでいった11)

1.2 国連総会決議

国連の場において、日本政府等が中心になって推進している「人間の安全保障」の主流化は 一定の成果をあげてきている。2005年に採択された世界サミット成果文書の中にも「人間の

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安全保障」に関する言及が挿入された12)。そして、国連の場における「人間の安全保障」の 主流化の運動にとって最も重要な成果といえるのが、2012年に国連総会で採択された「人間 の安全保障に関する決議」である13)

国際組織法の体系において、国連総会決議の中には、国際法を定立することを目的として、

諸原則を一般的に宣言する決議として採択されたものがあるとされる14)。「世界人権宣言」や

「植民地独立付与宣言」等が例としてあげられるが、2012年の「人間の安全保障に関する決議」

については、そのような国際法を定立することを目的とした決議であると評価することはでき ない。

他方、国連総会決議自体には条約のような法的拘束力はないが、「統治」と「自治」を組み 合わせた概念としてのガバナンスを提唱するグローバル・ガバナンス論においては、国連総会 決議に関する積極的な位置付けがなされている。すなわち、「ガバナンスに関連した諸活動、

諸規則、諸メカニズム」の要素の中に「ソフト・ロー」を位置付け、国連総会決議をその代表 的な例としてとらえる分析である15)

「人間の安全保障に関する決議」は国連総会において、コンセンサス方式で採択されている。

国連総会決議が投票に付された場合は反対や棄権も明示されるわけであるが、コンセンサス方 式では、明確な反対は示されなかったということになる。共同提案国は日本を含めて25カ国 を数えている。共同提案国はオーストラリア、ベナン、チリ、コスタリカ、フィジー、ホンジュ ラス、日本、ケニア、ヨルダン、リベリア、マダガスカル、メキシコ、ミクロネシア、モンゴル、

ナウル、パラオ、パナマ、パプアニューギニア、フィリピン、韓国、サモア、セネガル、タイ、

チュニジア、ウガンダである16)

決議は「人間の安全保障に関する2005年世界サミット成果文書パラグラ143のフォローアッ プ決議」と位置づけられている。すなわち同文書パラグラフ143においては、「我々は、総会 において人間の安全保障の概念について討議し、定義付けを行うことにコミットする」とされ ていたからである17)

決議はその前文において、国連総会の共通理解として「開発、人権、平和・安全は国連の三 本柱であり、相互に関連し補強する」ものであると述べる。

決議は主文1において「人間の安全保障」に関する国連事務総長報告書、主文2において「国 連総会議長が開催した「人間の安全保障」に関する公式討論に関する評価、留意を述べる。

「人間の安全保障」の概念に関する国連総会としての共通理解を明示している主文3は重 要である。そこにおいては、「「人間の安全保障」は、加盟国が人々の生存(survival)、生計

(livelihood)、尊厳(dignity)について、広範・分野横断的課題を特定し対処することを補助

するアプローチである」とし、「人間の安全保障」の概念に関する共通理解に含まれる内容を

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あげている。

すなわち、主文3(a)は「人々が自由と尊厳のうちに生存し,貧困と絶望から解放されて生 きる権利」、「すべての人々、とくに脆弱な人々が、すべての権利を享受し、人間としての可能 性を開花させる(fully develop their human potential)機会を平等に有し、恐怖からの自由と欠 乏からの自由を享受する権利を有すること」を「人間の安全保障」の含意として指摘する。

(b)においては「人間の安全保障は、すべての人々およびコミュニティの保護と能力強化に 資する」ものであり、「人間中心の、包括的で、文脈に応じた(context-specific)、予防的な対 応を求める」ものであることを指摘する。

(c)においては「平和、開発、人権の相互関連性を認識し、市民的、政治的、経済的、社会 的および文化的権利を等しく考慮に入れるものである」とする。

(d)においては「「人間の安全保障」の概念は「保護する責任」およびその履行とは異なる」

ことを明示している。

(e)においては、「武力による威嚇若しくは武力行使または強制措置を求めるものではない」

こと、「国家の安全保障を代替するものではない」ことを確認している。

(f)においては、「国家のオーナーシップに基づくものである」とし、「「人間の安全保障」に 関する政治的、経済的、社会的および文化的状況は、国家間、国内、時代によって大きく異な る」のであるから、「地域の実情にそくした国家による対応を強化するものである」とする。

(g)においては、「政府は市民の生存、生計および尊厳を確保する第一義的役割および責任 を有する」とし、「国際社会は政府の求めに応じ、現在および将来の危機に対処する政府の能 力強化に必要な支援を提供し補完する役割を担う」とする。すなわち「政府、国際組織、地域 的組織、市民社会のさらなる協調とパートナーシップを求めるものである」とする。

(h)においては、「国家主権の尊重、領土保全および本質上国家の国内管轄権内にある事項 への不干渉といった国連憲章の目的と理念を尊重して実践されなければならない」とし、「国 家に追加的な法的義務を課すものではない」とする18)

続いて決議は主文4において、「開発、平和・安全、人権は国連の柱であり、相互に関連し 補強し合うものである」が、「開発を達成することはそれ自体が中心的な目標であり、「人間の 安全保障」の促進は、持続可能な開発とミレニアム開発目標を含む国際的な開発目標の実現に 貢献すべきであることを認める」として総合的なアプローチをとりつつも、開発の重要性につ いて確認している19)

主文5においては「人間の安全保障基金によるこれまでの貢献を認識し、加盟国に対し、同 基金への自発的な拠出の検討を行うよう求める」とし20)、主文6においては「人間の安全保 障基金により支援を受けるプロジェクトは、受益国の同意を得るとともに、国家のオーナーシッ

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プを確保するため、国家戦略と国家の優先事項に沿ったものであるべきことを確認する」とい う基金の活動内容に関する言及がなされている21)

さらに決議は主文7において「この決議の規定に従い、「人間の安全保障」に関する国連総 会での議論を継続することを決定」し、主文8においては「事務総長に対し、本決議の履行に 関する報告書を第68会期国連総会に提出すること」および、「本決議の履行や、国際的、地域 的、国内的な「人間の安全保障」の実践から得られた教訓について、加盟国の見解を求めるこ とを要請する」として検討の継続を確認している22)

本決議において示されていることは、端的に言えば「人間の安全保障」とは「人々が自由と 尊厳のうちに生存し、貧困と絶望から解放されて生きる権利」であるということである。そし て主文3の(d)は重要であるが、いわゆる「保護する責任」とは異なる概念であるとし、(e) において、武力による威嚇、武力行使、強制措置を求めるものでなはいこと、国家の安全保障 を代替するものではないことが確認され、(h)においては主権尊重、内政不干渉を強調している。

本決議が日本政府を中心として主流化の試みがなされてきた「人間の安全保障」の概念と整 合的なものとなっていることは明らかである。

1.3 国連事務総長報告書

「人間の安全保障に関する決議」以降に提出された国連事務総長報告書として、2013年12 月の報告書は「人間の安全保障」の主流化の経緯として、国連総会を中心としてこの概念に 関する国家間の議論がなされる一方、国連人道問題調整部(UNOCHA)に人間の安全保障部局

(Human Security Unit)が設置され、人間の安全保障基金を用いた実際的なプロジェクトが展

開されてきている点を強調している23)。「人間の安全保障」の主流化が、今日、定義から実践 へシフトすべき点を考慮したものであると考えることができる。

すなわち、国連事務総長報告書においては、1999年から開始された人間の安全保障基金の 重要な役割について指摘がなされている。人間の安全保障基金を用いたプロジェクトに関する 評価も始められており、「人間の安全保障」の観点から実施されるプロジェクトは国際社会が 直面している様々な課題の相互関連性に目を向けていること、事後の対応というよりも事前の 予防に焦点をあてていること、包括的対応を志向するものであること等を重要な点として指摘 している。国連による援助政策について「人間の安全保障」のアプローチが具体的に採用され てきている事例としては、太平洋地域、コンゴ、パレスチナ、アフガニスタン、リビア等々の 事例をあげている24)

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2.国際組織の基本文書及び実践と「人間の安全保障」

2.1 国際刑事裁判所

「人間の安全保障」の含意を主流化することについては、多様な形式で実現してくことが可 能であろう。たとえば1998年にローマにおいて採択された国際刑事裁判所規程は、「人間の安 全保障」の考え方を反映したものであるとされる。もちろん、国際刑事裁判所規程の中に、「人 間の安全保障」という用語が用いられているわけではない。しかしながら、個人の国際犯罪を 国際的な刑事法廷において訴追し、不処罰問題への対処をはかる国際刑事裁判所は、「人間の 安全保障」の実現という点において、その理念を体現している国際組織のひとつであると言っ て良いであろう。すなわち、個人の国際犯罪を国際法により、国際的な刑事裁判所によって裁 くという新しい試みであり、「人間の安全保障」の考え方を実現するうえで重要な国際組織で あると考えることができる。過去に人権侵害等の問題を指摘された国家も、国内の敵対勢力に 関する政治的考慮等も影響して、積極的に国際刑事裁判所規程の締約国となっている点は特筆 すべきであろう25)

2002年に国際刑事裁判所規程は発効したが、現在、120カ国以上がその締約国となっている。

国際刑事裁判所規程第5条はその管轄犯罪として、集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯 罪、侵略犯罪を規定している。管轄権を行使する前提条件として第12条に規定があり、領域 内において問題になる行為が発生した国が締約国である場合、または犯罪の被疑者の国籍国が 締約国である場合があげられている。第13条には管轄権行使の3つの場合が規定されており、

締約国が検察官に付託した場合、安保理が検察官に付託した場合、および検察官が捜査に着手 した場合である。

侵略犯罪については、2010年のカンパラにおける締約国会議において、その定義、管轄権 等に関する修正が採択されたが、結果的に侵略犯罪に関しては国家の合意の重視、安保理の重 視につながったと評価されており、「人間の安全保障」の視点からは後退であるとも言える。

第15条には検察官が自己の発意によって捜査に着手できる制度が規定されているが、これ は締約国に対して遵守を促す要因となっているとも評価される。第17条は受理許容性に関す る規定である。ここでは補完性の原則が示されている。すなわち、当該事件が管轄権を有する 国によって捜査、訴追されている場合には国際刑事裁判所は事件を受理しない。ただし、当該 国に、その捜査または訴追を行う意思、能力がない場合にはこの限りではないとされる。

「人間の安全保障」の視点から重要な点は、第27条において、国家元首等も訴追から免除さ れないと規定されていることである。国家がしばしば個人の安全にとっての脅威となっている

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ことに鑑み、不処罰問題への対処をはかる考え方である。

国際刑事裁判所の締約国に対しては、第86条において裁判所に対する協力義務が規定され ている。すなわち「締約国は、~裁判所に対し十分に協力する」として、逮捕、引渡し、証拠 の提出等についての協力義務が規定されている。この点については、スーダンのバシル大統領 に対して国際刑事裁判所より逮捕状が発出されたケースにおいて、マラウイやチャドなど隣国 の協力義務違反が指摘されているところである26)。このケースはスーダン、ダルフール地方 における虐殺等の行為をバシル大統領が命令したとされるものである。国際刑事裁判所規程に おいては第13条bが安保理に対し、事態を検察官に付託することを認めていたことから、安 保理決議に基づいて付託されたケースである。2009年、人道に対する罪および戦争犯罪につ いて、翌年、集団殺害犯罪についても逮捕状が発出されている。スーダンは国際刑事裁判所規 程の締約国ではないが、このようなプロセスを通じて、「人間の安全保障」の考え方を実現す る試みがなされているとも言える。ただし、領域国及び関係国の協力を得られなければ、通常、

逮捕が実現することはないという問題点はある。

2.2 アフリカ連合

アフリカ連合設立規約は2000年に採択され、2001年に発効したものであり54カ国からな るアフリカ連合(AU)の設立基本条約である。

「人間の安全保障」という用語自体が使用されているわけではないが、その概念に関連する 規定が含まれている。第4条の原則において(g)は「加盟国による他の加盟国の国内問題への 不干渉」をうたっているが同時に(h)は「重大な状況、すなわち、戦争犯罪、集団殺害及び人 道に対する犯罪に関する会議の決定に従って、連合が加盟国に介入する権利」を認めている。

ここに「国家の安全保障」から「人間の安全保障」へのシフトをみることができる。

AUが採択した諸条約の中には「人間の安全保障」の考え方をさらに明確に示した条約が存 在している。2005年にAUが採択した「アフリカ連合不可侵共同防衛条約」は「人間の安全保障」

の用語を使用している。同条約は侵略の定義の中に「人間の安全保障」の用語を使用している ことから、「人間の安全保障」の概念を定義する必要が生じ、定義に関する条文を有している のである。そこでは「ベーシックニーズの充足による個人の安全保障、個人の生存と尊厳、人 権の保護と尊重、グッドガバナンスと個人の十分な発展のための機会と選択の保障にとって必 要とされる社会的、経済的、政治的、環境的、文化的状況」を含む概念として大変包括的なと らえ方がなされている27)

AUが2009年に採択した「アフリカにおける国内避難民の保護と援助に関する条約」は一

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般にカンパラ条約とよばれているものであるが、その第5条は、国内避難民の保護と人道的援 助について、第一義的には領域国の義務であるが、国家がこれを十分に果たす能力がない場合 には国際社会の支援を求めるべきであるとする。また、第8条においては、AUの介入の権利 に関する規定があり、重大な事項、すなわち戦争犯罪、集団殺害、および人道に対する罪につ いてアフリカ連合設立規約4条(h)に基づいて、アフリカ連合平和安全保障理事会の決定に従っ て加盟国に介入する権利を認めている28)

2.3 欧州連合

欧州連合(EU)については、たとえばメアリー・カルドーらが中心となって作成した2004 年の「欧州のための人間の安全保障ドクトリン」29)といった報告書にも注目が集まり、また、

EUがアフリカ等の地域において実践している平和維持活動において「人間の安全保障」に関 する言及がなされるなど、一般的にはこの概念を積極的に使用している印象がもたれている。

また、「人間の安全保障」には危機管理に関する要素があり、危機管理はEUの安全保障にお ける主要な政策概念であるという理解がある30)

2013年の国連事務総長報告書においても、EUに関する評価の基調としては、EUが人間の 安全保障について高い優先順位を置いているように書かれている31)。その中で強調されてい る「人道援助と開発援助の架橋(包括的アプローチ)」の重要性はEUの内外においても指摘 がなされているものである。

しかしながら、ブリュッセルでEUの対外関係総局の担当者等と意見交換をした際、それは ある意味では当然のことであるのかも知れないが、EUの基本条約、すなわち欧州連合条約等々 には「人間の安全保障」という用語はまったく規定されていないため、この概念の主流化に欧 州連合が深くコミットするということはEUの基本政策としては起こりえないことが強調され ていた点は印象的であった32)

欧州連合条約第21条には「対外行動における原則と目標」に関する規定がある。そこにお いて第1項は「国際的場における連合の行動は、連合自らの創設、発展及び拡大を支えてきた 諸原則に導かれ、より広い世界においてそれらを前進させることを目指すものである」とされ、

諸原則として掲げられているものは、「民主主義」、「法の支配」、「人権と基本的自由の普遍性 及び不可分性」、「人間の尊厳の尊重」、「平等及び連帯の原則」、「国連憲章及び国際法の諸原則 の尊重」である。これらの諸原則は「人間の安全保障」の概念と極めて密接な関係性を有する ものであるが、「人間の安全保障」という用語自体は使用されていないという点に実務家が留 意している点は重要であろう。第2項において規定されている「共通の政策及び措置の確定、

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実施の対象となる諸事項」については、さらに「人間の安全保障」の概念との関係性が明確に なる。その中には「民主主義、法の支配、人権及び国際法の諸原則を確固たるものにし、支援 すること」、「国連憲章の目的及び諸原則、ヘルシンキ最終議定書の諸原則、並びに対外国境に 関する原則も含むパリ憲章の目的に従い、平和を維持し、紛争を防止し、国際安全保障を強化 すること」、「貧困の撲滅を主目的として、発展途上国の持続可能な経済的、社会的及び環境的 発展を促進すること」、「天災又は人災に遭った住民、国及び地域を支援すること」、「より強力 な多角的協力及び健全な世界統治秩序に基づく国際体制を推進すること」といった事項が含ま れており、これらを包括的にとらえ、推進していくことこそが「人間の安全保障」の概念に他 ならないからである。

その意味においては、設立基本条約に「人間の安全保障」の用語自体が存在していないとし ても、様々な問題に対処するにあたって、EUが重要であると認識しているような政策概念、

たとえば現在であれば「人道援助と開発援助の架橋(包括的アプローチ)」、「法の支配」、「グロー バル公共財」といった概念を説明するうえで「人間の安全保障」が有益であれば、EUの政策 担当者もその議論をふまえて論じていくということになるであろう。すなわち「人間の安全保 障」概念自体がEUの政策決定過程に重要な影響を与えていると考えることは難しいが、結果 的にその考え方をふまえた対外政策が立案されることは充分考えられるのである。

とくに、これまでのEUの平和活動における実践が示していることは、欧州連合が「人間の 安全保障」のレトリックを頻繁には使用していないとしても、今後の共通安全保障防衛政策が

「人間の安全保障」の進展に関して大きな潜在力を有しているということである。

2.4 経済協力開発機構

経済協力開発機構(OECD)では、とくに開発援助委員会(DAC)において先進諸国間の開 発援助政策の調整が行われるわけであるから、日本が力を注いでいる「人間の安全保障」の主 流化が進展しているのではないかという推測をすることはまったく的外れであるというわけで はない。しかしながら、OECDは政策調整を主たる任務とする組織であって国連難民高等弁 務官事務所(UNHCR)やEUのように実際の現場でのオペレーションを行っている組織ではな いため、この点での組織の性格の違いは明確にしておく必要性があろう。

OECDの設立基本条約である経済協力開発機構条約は1960年に採択されたものであるから、

もちろん「人間の安全保障」の概念はその中にみられない。第1条は組織の目的を定めたもの であるが、「加盟国において、財政金融上の安定を維持しつつ、できる限り高度の経済成長及 び雇用並びに生活水準の向上を達成し、もって世界の経済の発展に貢献すること」、「経済的発

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展の途上にある加盟国及び非加盟国の経済の健全な拡大に貢献すること」、「国際的義務に従っ て、世界の貿易の多角的かつ無差別的な拡大に貢献すること」とされている。

このように設立基本条約に「人間の安全保障」の概念が反映していないことは、OECDの 設立年からみて当然のことであるが、今日においても実務上、DAC等の場で、人間の安全保 障の概念について活発な議論がなされているという状況にはないようである33)

日本政府のはたらきかけもあり、たとえば2012年のDAC閣僚級会合のコミュニケにおい ては、ポスト2015の開発目標との関係で「人間の安全保障」に関する言及がある34)。また 2007年にはDACにおいて開発援助における治安部門改革(SSR)の重要性を分析する試みな どが行われ、報告書等も出ている35)。しかしながら、「人間の安全保障」の概念自体は、多く の加盟国にとって継続した関心事とはなっていないようである。

DACにおいて主導権を握っているのはヨーロッパ諸国であり、それら諸国にとって「人間 の安全保障」概念の主流化はマンデートではないということも大きな要因であると考えられ る。他方、日本の立場としても、実際には「人間の安全保障」の用語ではなく、その要素が主 流化されていけば良いわけである。そのように考えるならば、現在、DACにおいて脆弱国家 の支援は重要な課題であるから、たとえばその文脈で「人間の安全保障」の概念に言及しつつ 議論を導いていくということも考えられるであろう。あるいは現在、OECDにおいて鍵となっ ている概念である「強靭性(Resilience)」、すなわち世界的な経済危機や大災害によって露呈す る脆弱性に対して、外的ショックを回避、被害を最小化し、迅速に回復できる社会基盤の構築、

危機時の耐性と急回復する力としての「強靭性」との関連において「人間の安全保障」の考え 方を主流化するという戦略も考えられるのではないであろうか。

また、OECD、とくにDACにおいて、治安部門改革は継続した関心事項であり、そのアジェ ンダには必ずしも「人間の安全保障」の概念への言及がみられるわけではないが、治安部門改 革のイニシアティブということ自体が、「人間の安全保障」を実践に移すひとつの方法である と理解することができる。

2.5 国連難民高等弁務官事務所

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は1949年の国連総会決議によって設立された国連 総会の補助機関である36)。国連憲章第22条が補助機関設置の根拠規定である。1950年の国連 総会決議によってその附属書としてUNHCR規程が採択されているが、これが任務や組織等 について定めた基本文書である37)

国際組織の具体的な活動が「人間の安全保障」という概念が登場したことによって影響を受

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けてきているか否かという点について検討する際に、UNHCRは難民の保護を任務とする国際 組織であり、また、高等弁務官であった緒方貞子氏が人間の安全保障の概念の主流化に尽力し てきたこことも含めて、この問題について分析することが最も適した組織であると言えるであ ろう。

しかしながら、実際にUNHCRの職員の方々にインタビューをすると、共通して出てくるキー ワードは「人間の安全保障」ではなく、むしろUNHCRが「Protection Agency」であるということ、

すなわち保護を任務とする機関であるという考え方である38)。その意味では「人間の安全保障」

の概念が登場するずっと以前から、UNHCRは「人間の保護」の文脈から安全保障問題につい ても人間中心の視点で見てきたわけであり、その実践が今日、「人間の安全保障」という概念 でも整理し、表現することができるということであろう。

UNHCR規程には、その任務として第6条において、「高等弁務官の権限は次の者にまで及ぶ」

とし、いわゆる条約難民をその権限の範囲としている。続いて第8条において「高等弁務官は 以下のことによってその事務所の権限の範囲内に入る難民の保護に備える」とし、「国際条約 の締結及び批准の促進、適用の監督、修正提案」、「政府との特別協定を通じて、難民の状態を 改善し保護の必要な人数を減少させることに適する措置の実施促進」、「最窮乏状態にある難民 を排除することなく、難民の各国領域への受け入れ促進」等が規定されている。他方で第9条 においては、「高等弁務官はその自由裁量に委ねられる財源の範囲内で、帰国及び再定住を含 めて、総会の決定するその他の活動にも従事しなければならない」とされているため、総会の 決定に基づいて保護の範囲を広げることが可能とされている。

UNHCRがその権限のもとにあるとされていた者に、当初、国内避難民は含まれていなかっ

た。「人間の安全保障」の概念との関係では、国内避難民に対する保護の提供は重要な活動分 野となるが、その後の総会決議等によってUNHCRの関心の対象となった「難民的状況に置 かれた他の部類の者」には国内避難民が含まれていったという点は特筆すべきことであろう。

1972年の総会決議はスーダンにおいて国内避難民を含めた援助をUNHCRが行うことを容認

している39)。UNHCRはその特別な専門性と経験に基づいて、国内避難民に対する支援を広げ

ていった40)。1992年に採択された総会決議はUNHCRが国内避難民支援を行うことを歓迎す る旨決議している41)。国連においては「国内避難民に関する指導原則」が採択され、国連諸 機関の活動がこの法的拘束力のない文書に事実上依拠して行われていったことで、規範として 確立していったことが指摘されている42)

2008年に国連総会における審議の準備のために国連において実施された「人間の安全保障」

に関する調査の質問事項に対するUNHCRの回答においては、UNHCRの活動自体が「人間の 安全保障」に関連するものであるとする自負がうかがえる43)。言い換えるならば、「人間の安

(13)

全保障」という概念がなかったとしても、UNHCRは「Protection Agency」としてこの概念が 指摘しているような問題意識をもって実践を積み重ねてきたし、よって「Protection」という 概念でも十分ではあるのだが、「人間の安全保障」の概念のもつ有用性を否定するものでもな いという立場であろう。同時にそれは「人道援助と開発援助の架橋(包括的アプローチ)」といっ た他の概念によっても説明はできるという認識が現場レベルでは強いように思われる。

UNHCRの実践、とくに国内避難民保護の活動については、「人間の安全保障」を実践に移

すひとつの重要な方法であると理解することができ、「保護」のアジェンダが必ずしも「人間 の安全保障」の概念に言及していないとしても、その含意が国際組織の活動に影響を与えてい る例であると考えることができる。

3.グローバル・ガバナンスと「人間の安全保障」

3.1 グローバル・ガバナンスの理論

国際社会には中央集権的な政府、すなわち世界政府といったものは存在していない。国際法 の視点から国際社会を分析するならば、国際社会に集中的権力が存在していれば、「大社会の 想定を待つまでもなく、権力機関に帰属する法機能から、当然に立法機能も引き出すことがで きる」わけであるが、「そのような権力的存在は、現在ないし過去の国際法理論にとって、主 権的あるいは自然的自由の立場をとる上での理論上の障害となり、また、現実現象としても肯 定できない」わけである44)

すなわち、世界政府のようなものが存在するならば、まったく異なった観点から、国際社会 における秩序形成について構想することができるわけであるが、国際社会にはそのようなもの は存在していないという前提で考えるしかないわけである。同時に、現在の国際社会はまった く無秩序な状態であるかといえばそうではない。国際社会は対等な主権国家間の関係を基盤と しているが、そこに何らかの秩序を形成していくためのガバナンスは存在しているわけある。

ガバナンスの用語は主として行政学・政治学分野において用いられており、国際法研究におい てこの用語を使用することは必ずしも一般的ではない。

しかしながら、国際法の視点から、国際社会において「いかなる個々の意思が共同の意思に なるか」を分析していくときに、「共同の意思に基礎づけられる国際法共同体の内容を決定す るのは、法の基礎にどのような原理が想定されているか」であるとする指摘は熟考に価するで あろう45)

ガバナンスには適切な日本語訳がなく、これを「統治」と訳すと、政府が国民に対して上位

(14)

の立場から行う法的拘束力のあるシステムを連想してしまい、この用語の含意するところでは ない。国際社会においては、対等な国家間の関係を基盤として、水平的な関係の中で、国家や その他のアクターが主体的に関与しながら進めていく意思決定、合意形成のシステムとしてガ バナンスをとらえることが適切であると思われる。ただし、それは「自治」ということでもなく、

「統治」と「自治」の統合のうえに成り立つ概念がガバナンスであるということになる46)。 さて、グローバル・ガバナンスという用語を国際社会において主流化した契機として、グロー バル・ガバナンス委員会の活動がある。これは、ブラント元西ドイツ首相が呼びかけて1992 年に設立された26名の委員からなる国際的な有識者会議である。緒方貞子国連難民高等弁務 官やドロール元EC委員会委員長もメンバーであった。この委員会が1995年に当時のガリ国 連事務総長に対して提出した「グローバル・ガバナンス委員会報告書」が、グローバル・ガバ ナンスの用語を国際社会に広く知らしめる契機となったとされる。

同報告書はガバナンスのわかりやすい例として、たとえば給水塔を設置したり維持管理した りするための共同管理組合であるとか、廃棄物のリサイクルを運営する町の協議会であるとか、

政府の監督下で自主管理を行う株式市場等をあげている。そして、グローバル・ガバナンスに ついてはこれまでは政府間関係のみであるとみなされてきたわけであるが、今日ではNGO、 市民運動、多国籍企業、資本市場、メディアといったものも含まれている旨指摘している。同 報告書はガバナンスについて「個人と機関、公と私とが、共通の問題に取り組む多くの方法の 集まりである」とし、「それは相反する、あるいは多様な利害関係を調整したり、協力的な行 動をとったりする継続的なプロセスのことである」とする。そこには「遵守を強制する権限を 与えられた公的な機関や制度に加えて、人々や機関が同意するか、ないしは自らの利益と認識 するような非公式の申し合わせも含まれる」としているのである47)

3.2 「人間の安全保障」の付加価値と課題

安全保障、開発、人権を総合的にとらえる「人間の安全保障」の概念にはグローバル・ガバ ナンスの新しい枠組みとしての有用性があると考える。この有用性は「人間の安全保障」の付 加価値として積極的に位置づけても良いのではないであろうか。

この点について分析を行ううえで、カーンズとミングストによるアプローチは興味深い。

2004年に刊行された体系書は2010年に第二版が出版され、今日でも広く英語圏の大学等にお いて基本書として使用されている48)。同書はグローバル・ガバナンス論の観点から国際組織 を分析したものである。同書はグローバル・ガバナンスを「今日の世界の様々なレベルで公式 および非公式に存在する、ガバナンスに関連した諸活動、諸規則、諸メカニズム」と定義して

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いる。そして、これに含まれる要素としては、「国際組織、NGO等」、「多数国間条約、慣習、

司法判断等」、「ソフト・ロー」、「国際レジーム」、「国際会議等」、「民間によるあるいは官民に よるガバナンス等」といった大変に幅広い要素を指摘している49)

上記研究において、「人間の安全保障」とガバナンスに焦点をあてた検討はなされていない。

他方、「人権のガバナンス」については以下のように論じられている。すなわち、最初に指摘 されている点は人権基準の設定であり、国連総会等における宣言や条約の採択、地域的人権機 関における条約等の採択について検討がなされている50)。続いて「人権の監視」である。こ こにおいては、経済社会理事会決議1503に基づく通報審査手続きや、地域的人権条約機関に おける監視手続き、NGOによる監視の実践等が指摘されている51)。「人権の伸長」という点 については、国連における「発展の権利」に関する取り組みや、地域的人権条約機関、NGO による取り組みについて指摘がなされている52)。「人権の強制」については、国内裁判所にお ける司法手続き、安保理による国連憲章7章のもとの手続き、国際刑事裁判所、地域的人権裁 判所等について言及がなされている53)

さて、「人権のガバナンス」あるいは「人権の主流化」を担っている中心的な国際組織とし て、1993年、国連総会決議によって国連人権高等弁務官(UNHCHR)のポストが創設されてい

54)。UNHCHRは国連の人権活動に対して主要な責任を有するとされ、ジュネーブに設置さ

れた事務所は「人権条約部」、「人権理事会・特別手続き部」、「研究・発展の権利部」、「フィー ルド活動・技術協力部」を有している。実際にUNHCHRは国連システムの中で国連人権理 事会とともに人権の国際的保障に関する主要な役割を担っている。高等弁務官事務所という 立場で国際的な唱導活動を行っているという点においてUNHCRに似た役割も有している。

UNHCHRは情報の収集や促進・調整活動を担う。現業的役割としては、各国において技術的

支援を行うことが多くなってきている。すなわち、裁判官、刑務所職員への訓練、選挙支援、

法整備支援等である55)。UNHCHRは多くのフィールド・オフィスを有しており、国内的な制 度強化の他にも、国際人権基準の促進に関する役割を有している。メアリー・ロビンソンやル イズ・アルブールといった歴代の高等弁務官はこの点において成果をあげてきている。

他方、現段階において、UNHCHRにおける「人間の安全保障」の主流化について検討する ならば、その関心は低いと言わざるを得ない。国連事務総長報告書によれば、「人間の安全保 障」に関するUNHCHRの見解は質問表に対する回答のかたちで示されたとされている56)。し かしながら、このことがUNHCHRの各部局に周知されているかという点について言うならば、

必ずしも組織としてそのようには動いていないようである。たとえば「人権条約部」について、

その任務の基本にあるのは、あくまでも個別の人権条約であり、その条約規定に基づいて業務 を遂行する以上、条約規定として存在していない「人間の安全保障」の概念がその活動におい

(16)

て主流化されるということは起こりえないという見解になるのである57)

すなわち、UNHCHRの主要な役割は「人権の主流化」ということであり、その任務は「人 間の安全保障の主流化」ではない。実務レベルにおいてはこの理解は一般的であり、諸条約に 関する条約事務局として、個別の人権諸条約の規定に存在しない文言については管轄外とする 傾向が強い。国連事務総長報告書に関する「人間の安全保障」の質問表に対して、特定の部 局が回答をしたとしても、それは必ずしもUNHCHRの中で共有されているわけではないので ある。このような現状を克服していくためには、「人間の安全保障」と「人権」、「人間開発」

の関係性についてさらなる明確化が必要とされよう58)。この点は「人間の安全保障の主流化」

の課題ということになるであろう。

結び

以上、検討してきたように「人間の安全保障」の概念が国際組織の活動に対して与えている 影響は様々に指摘することができるが、その主流化については、「人間の安全保障」の用語よ りもその含意についてとらえていくことが重要である。たとえばUNHCRでは「保護」「人道 援助と開発援助の架橋(包括的アプローチ)」、EUであれば「法の支配」「グローバル公共財」、 OECDであれば「脆弱国家」「強靭性」といった現在、鍵となっている概念との協働という文 脈で人間の安全保障を主流化するというアプローチである。

国連においては「人間の安全保障」の推進について、必ずしも諸国家間に一致がないことが 指摘されている。その理由は種々あるが、「人間の安全保障」を介入主義ととらえる国家、西 側先進国の自由主義的価値の強制であるととらえる国家も少なからず存在している59)

「人間の安全保障」の付加価値は様々な異なった利害関係者の積極的な参加を促す潜在力に あると言うことができる。市民、NGO、各国議会議員等による「人間の安全保障」に関するネッ トワークが生まれていることは、世論や政策決定者に影響を与えるであろう60)

また、「人間の安全保障」の付加価値として様々な実践的概念を調整する潜在力を指摘する こともできるであろう。国連等の国際組織は法的議論を行ううえで中心的な場であり、議論 は様々な価値に基づいて行われるわけであるが、価値については解釈されることが必要であ る61)。この点においては、より良いグローバル・ガバナンスのための機関間調整の概念として「人 間の安全保障」をとらえるということもできるのではないであろうか。

(付記)本稿は科研費基盤研究A(平成25‐27年度 25257105)の研究分担者としての研究成果の一部である。

(17)

1) UNDP, Human Development Report 1994: New Dimensions of Human Security (Oxford University Press, 1994).

2) 佐藤哲夫『国際組織法』(有斐閣、2005年)12頁。

3) 高野雄一『国際組織法〔新版〕』(有斐閣、1975年)13頁。

4) Wolfgang Benedek, Human Security and Human Rights Interaction, in Moufida Goucha and John Crowley (eds.), Rethinking Human Security (Wiley-Blackwell, 2008) pp.7-17.

5) Gerd Oberleitner, “Human Security: Idea, Policy and Law,” in Mary Martin and Taylor Owen (eds.), Routledge Handbook of Human Security (Routledge, 2013) p.327.

6) Case No. IT-94-1-AR72, paras. 96-97.

7) Commission on Human Security, Human Security Now: Protecting and Empowering People (Commission on Human Security, 2003).

8) Ibid., p.4.

9) 政府開発援助大綱、平成15年8月19日 閣議決定

10) 外務省国際協力局地球規模課題総括課『人間の安全保障:人々の豊かな可能性を実現するために』(外

務省、2011年)1頁。

11) Yukio Takasu, “Japan and Networked Human Security,” in Mary Martin and Taylor Owen (eds.), supra note 5, p.244-245.

12) U.N. Document A/RES/60/1, 24 October 2005, para.143.

国連総会決議の日本語訳については外務省仮訳を参照した。

13) U.N. Document A/RES/66/290, 25 October 2012.

14) 佐藤前掲書(注2)215頁。

15) Margaret Karns and Karen Mingst, International Organizations: The Politics and Processes of Global Governance, 2nd Edition (Lynne Rienner Publishers, 2010) pp.3-11.

16) U.N. Document, supra note 13.

17) U.N. Document, supra note 12, para.143.

18) U.N. Document, supra note 13, para.3.

19) Ibid., para.4.

20) Ibid., para.5.

21) Ibid., para.6.

22) Ibid., para.7.

23) U.N. Document A/68/685, 23 December 2013, paras.18-19.

24) Ibid., paras. 20-25.

25) Ian Hurd, International Organizations, Politics, Law, Practice, 2nd Edition (Cambridge University Press, 2013) pp.223-226.

26) 水島朋則「外国の元首の逮捕と引渡しに関する国際刑事裁判所への協力義務違反―バシル事件」『国際

人権』第24号(2013年)137‐138頁。

27) African Union Non-Aggression and Common Defence Pact, January 31, 2005, Article 1.

28) African Union Convention for the Protection and Assistance of Internally Displaced Persons in Africa, 22 October, 2009.

29) Study Group on Europe’s Security Capabilities, A Human Security Doctrine for Europe: The Barcelona report of the Study Group on Europe’s Security Capabilities. Presented to EU High Representative for Common Foreign and Security Policy, Javier Solana, on 15 September 2004 in Barcelona (London School of Economics, 2004).

30) Mary Martin and Mary Kaldor (eds.), The European Union and human security, External interventions

(18)

and missions (Routledge, 2010) p.4.

31) U.N. Document, supra note 13, para.31.

32) Author’s interview with Jan Kubista, Policy Officer, Multilateral Relations, European External Action Service, Brussel, 28 March 2014.

33) Author’s interview with Yukiko Okano, Counsellor, Delegation of Japan to the OECD, Paris, 25 March 2014.

34) OECD, DAC HLM Communique (2012), para.9.

35) OECD, The OECD DAC Handbook on Security System Reform, Supporting Security and Justice (OECD, 2007).

36) U.N. Document A/RES/319(IV), 3 December 1949.

37) U.N. Document, A/RES/428(V), 14 December 1950.

38) Author’s interview with Johan Cels, Head, ExCom Secretariat and Inter-Agency Service, United Nations High Commissioner for Refugees, Geneva, 21 March 2014.

39) U.N. Document, A/RES/2958(XXVII), 12 December 1972.

40) Catherine Phuong, The international protection of internally displaced persons (Cambridge University Press, 2004) p.79.

41) U.N. Document, A/RES/47/105, 16 December 1992.

42) Ian Johnstone, The Power of deliberation, International law, politics and organizations (Oxford University Press, 20111) pp.171-177.

43) U.N. Document A/62/695, 15 February 2008.

44) 筒井若水「国際機構論の再構成に関する試論」『国家学会雑誌』第86巻、5・6号(1973年)、33-34頁。

45) 同上、33頁。

46) 緒方貞子「日本語版への序文」京都フォーラム監訳『地球リーダーシップ/新しい世界秩序をめざして』

(NHK出版、1995年)4-5頁。

47) Commission on Global Governance, Our Global Neighborhood: The Report of the Commission on Global Governance (Oxford University Press, 1995) p.1.

48) Margaret Karns and Karen Mingst, supra note 15.

49) Ibid., pp.4-5.

50) Ibid., pp.463-467.

51) Ibid., pp.467-473.

52) Ibid., pp.473-475.

53) Ibid., pp.475-484.

54) U.N. Document A/RES/48/141, 20 December 1993.

55) Julie A. Mertus, The United Nations and Human Rights: A guide for a new era (Routledge, 2005) pp.15-20.

56) U.N. Document A/68/685, January 2014.

57) Author’s interview with Javier Leoz Invérnon, Human Rights Officer, Human Rights Treaties Division, Office of the High Commissioner for Human Rights, Geneva, 21 March 2014.

58) Wolfgang Benedek, (ed.) Mainstreaming human security in peace operations and crisis management, (Routledge, 2011) p.254.

59) Edward Newman, “The United Nations and Human Security: Between Solidarism and Pluralism, in Martin, Mary and Owen, Taylor, supra note 5, p.234-236.

60) Sadako Ogata and Joan Cels, “Human Security – Protecting and Empowering the People,” in Global Governance, Vol.9, No.3 (2003) p.280.

61) Ian Johnstone,”The power of interpretive communities,” in Barnett, Michael and Duvall, Raymond (eds.), Power in global governance, (Cambridge University Press, 2005) pp.201-204.

(19)

参考文献

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高須幸雄 2011 「国連と「人間の安全保障」」『国際問題』603、36-48頁。

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Ryngaert, Cedric and Noortmann, Math, eds. 2014 Human security and international law; the challenge of non- state actors, Cambridge, Intersentia

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Mainstreaming Human Security:

An International Law Perspective

MATSUKUMA Jun

This article discusses the prospects and significance of mainstreaming human security from an international law perspective. It argues that the challenge now facing the international community is how to mainstream the implications of human security.

The first chapter, titled The 2012 UN General Assembly Resolution and Human Security, is composed of three sections. The first section points to the fact that the concept of human security is an approach to security that focuses on individual human beings, as the security of the individual is a necessary focus in the post-cold war period. The second section of the chapter analyzes the contents and implications of the General Assembly resolution on human security adopted in 2012, and the third section analyzes the Secretary General report on human security published in 2013.

The second chapter, Basic Documents and Practices of International Organizations and Human Security, addresses the fact that mainstreaming the implications of human security can take different forms. This chapter consists of five sections: the first section analyzes the implications with regard to the International Criminal Court, the second section looks at the African Union, and the third examines the European Union. The practice of the EU in peace operations shows that the Common Security and Defense Policy is revealed as having great potential for furthering human security, even if in practice the EU does not use human security rhetoric often. The forth section of this chapter analyzes the Organization for Economic Cooperation and Development (OECD). The practice of the OECD indicates that security system reform initiatives can be understood as a way to put human security into practice, although security system reform agendas do not necessary refer to the concept of human security. The fifth section analyzes the United Nations High Commissioner for Refugees (UNHCR). The practice of the UNHCR reveals that their protection activities, especially for internally displaced persons, can also be viewed as a way to put human security into practice, although its protection agendas do not necessarily refer to the concept of human security.

Third chapter, Global Governance and Human Security, is made up of two sections: the first, analyzing the theory of global governance; and the second, examining the utility of the concept of

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human security as a new structure of global governance.

The concluding section emphasizes that the added value of human security has the potential to mobilize the active participation of different stakeholders and lead to the coordination of the various operational concepts.

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