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その他のタイトル Experience‑based Ecotourism in Iida 飯田 City and Lessons for Ecotourism Development in Vietnam

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飯田市における体験型エコツーリズムの展開とベト ナムのエコツーリズム開発に向けた教訓

その他のタイトル Experience‑based Ecotourism in Iida 飯田 City and Lessons for Ecotourism Development in Vietnam

著者 チャン ティ・マイ・ホア, 野間 晴雄

雑誌名 史泉

巻 116

ページ A18‑A36

発行年 2012‑07‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023666

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飯田市における体験型エコツーリズムの展開と ベトナムのエコツーリズム開発に向けた教訓

チャン・ティ・マイ・ホア 野 間 晴 雄

Ⅰ.は じ め に

日本のエコツーリズムは1980年代後半からの草創期を経て,2004年にその転換点を迎えた。

ちょうどこの年に環境省,国土交通省,農林水産省,文部科学省合同による第1回エコツーリズ ム推進連携会議が開催される(1)。この会議の結果,環境省はつぎの5つの推進策を掲げた(2)。① エコツーリズム憲章の制定,②エコツアー総覧のインターネットでの公開,③エコツーリズム大 賞の制定,④エコツーリズム推進マニュアルの作成,⑤エコツーリズムモデル事業地域の指定。

株式会社南信州観光公社(以下,南信州観光公社と略称する)は飯田市が中心となって,南信 州18市町村と地元民間企業・団体が出資する第3セクターの株式会社で,修学旅行や大学での ゼミ研修などの教育旅行や体験型エコツーリズムを扱っている旅行業取り扱い免許をもつ会社で ある(3)。南信州観光公社は,国の第1回エコツーリズム大賞優秀賞を受賞する栄誉に浴してい る。また,エコツーリズム推進モデル事業(4)でも,飯田市は「里地里山の身近な自然,地域産業 や生活文化を活用した取り組み(保全活動実践型エコツーリズムの創出)」の4モデル事業のひ とつに選定された。

長野県は冷涼な気象条件や日本の代表的山岳地域(北・中央・南アルプス)や高原(志賀,霧 ヶ峰,乗鞍,蓼科,菅平,美ヶ原,開田など)を有しているため,早くからスキー・登山などの スポーツ観光やリゾート観光が発達してきた県である。その一方で,長野県は山がちで広い耕地 には恵まれないため,勤勉で教育熱心な風土が形成されてきた背景もある(5)。ただ,本稿で対象 とする飯田市を核とする飯田地区(6)には全国レベルの著名な観光地はない。それが2005年の環 境省のエコツーリズムモデル事業に採択されたことは,一般の人々には驚きと意外な出来事とし て認識された。

飯田のエコツーリズムに関するこれまでの研究で重要な点は,ここのエコツーリズムモデルが 日本のルーラルツーリズム(農村観光)と類似し,しかもアジア諸国への普及展開が可能な業態 としてとらえられてきたことである(7)。ベトナムでは,ルーラルツーリズムが拡大しようとする 動きに政府が積極的に後押ししている(8)。ベトナムでも一般の農村地域のみならず,隔絶した自 然保護地域でのエコツーリズムの開発は,可能性を探る段階から現実に実践する段階に来ている といえよう。

本稿の構成は次のようになる。前半ではベトナムのエコツーリズム発展の参考に供することを

―18 ―

(3)

目的として,飯田で行われてきた体験型エコツーリズムモデルの長所や短所を議論し,南信州観 光公社の設立過程や成功の要因を分析する。小稿の後半部では,このモデルをベトナムに適用す る場合の問題点やその方法について議論する。

Ⅱ.飯田市における体験型エコツーリズムの展開とその教訓

飯田市は中央日本で最大の県である長野県の南部に位置する(図1)。市面積の80% を森林が 占める。日本の屋根にあたる3,000 m近い高山地域から天竜川河谷の標高400〜500 mまで標高 差が大きく,植生は多様である。旧飯田市は内陸盆地であり,かつては東海地方や長野県の他地 域,関東・東京方面とも交通条件に恵まれているとはいえなかった。現在でこそ中央自動車道の 開通により名古屋との結びつきが強まり,さらに三遠南信自動車道の計画で浜名市など静岡県遠 江地方との関係の強化が近年みられる。しかしそれまでの飯田市は,長野県でも孤立した南縁の 位置にあった。寒暖差の激しい内陸性気候で,豊かな自然とともに,遠山郷霜月祭りや今田人形

(農村歌舞伎)に代表される民俗が保持されてきた。また毎年8月に開催される「いいだ人形劇 フェスタ」(9)には,全国から人形劇愛好者のグループが集まり,ふだんは人通りの少ない市街地 も賑わう。

1 飯田市の旧市町村域と飯田市街(中心部)の位置

(資料)基図はE-STATのGISデータ2005。他のデータは筆者が各種資料より作成)

―19 ―

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また,飯田市は日本の他の農村地域と同じく,若年層の人口流出と高齢化によって,基幹とな る労働力人口が少なく,人口回帰が課題となっている。2010年の国勢調査によると,飯田市の 高齢化率(65歳以上)は28% で,日本全体の20% を8ポイント上回る(10)。また,18歳人口の

70% が,大学および高等教育機関への進学,就職などで市域外にでており,それらのうち40%

が飯田市に戻ってくるにすぎない(11)

1)南信州観光公社による体験型観光の展開

長野県を訪れる観光客の多くは飯田を通過地点観光地としてとらえている。2004年の資料で は,飯田市における昼間の訪問者と宿泊者の比率は4 : 96であった(12)。2010年の長野県全体に 占める飯田市を含む下伊那地域の観光客数のシェアは,松本地域が11%,長野地域が17% であ るのに対して,わずか4.5% にすぎない(表1)。この統計は地方事業所単位での集計であるた め,飯田市のみの状況を長野県全体の観光実態から正確には比較できないが,県全体で平均1.24 泊,日帰り1人あたり観光消費額3,599円,宿泊者の1人あたり観光消費額5,796円に対して,

下伊那地域は平均で2,626円,日帰り1,774円,宿泊5,959円となっている。飯田市は,日帰り での観光消費額が県下でもかなり低いのに対して,宿泊は平均を上回る消費額がある。しかし観 光客数や観光消費総額では,下伊那地域は長野県下でも低位にある。観光客数の第1位,第2位 は軽井沢高原(佐久地域),善光寺(長野地域)はここ十年以上不動であるが,下伊那地域には このような著名な観光地はほとんどない。ちなみに観光客数の多いベスト20には下伊那地域の 観光地は入っていない。

この下伊那地区における宿泊の観光消費額が著名な観光スポットをもたない割に高いのは,

2001年に設立された南信州観光公社の新しい観光戦略が寄与しているものと推測される。この 第三セクターの株式会社は収益面でかなりの成功を収めた。南信州観光公社が扱う宿泊を含む観 光客の比率は下伊那地区の60% で,そのうち80% が体験型体験ツアーを含む学校関連の教育旅 行が占めるところに大きな特色がある。公社の資料によると,1日1人平均の観光消費額は15,000

1 長野県における日帰り・宿泊別利用者数と観光消費額(2010年度)

地区 総観光客数(千人) 観光消費額

(百万円)

観光客1日1人平均の観光消費額(円)

計 日帰り客 のべ宿泊客 平均 日帰り 宿泊

下伊那 3,881 3,091 790 10,192 2,626 1,774 5,959

佐 久 14,236 8,373 5,864 48,758 3,425 3,056 3,951

諏 訪 15,304 12,476 2,829 42,176 2,756 2,152 5,417

松 本 9,762 7,204 2,558 41,238 4,224 3,116 7,334

長 野 14,794 11,249 3,545 60,516 4,091 3,132 7,176

長野県 86,665 59,540 27,125 311,877 3,599 2,598 5,796

(資料)長野県観光部観光企画課『平成22年 観光地利用者統計調査結果』2011。この統計は,長野 県を東信州(佐久・上小),諏訪,伊那路(上伊那,下伊那),木曽路,日本アルプス(松本,

北安曇),北信濃(長野,北信)の地方事業所別に集計したものである。

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(5)

円にもおよぶ。これは日帰りの観光客1人平均の観光消費額2,626円と比べて高額である。

図2は2001年の南信州観光公社設立以降の「体験ツアー」参加者を学校団体とその他に分け て年度別推移をみたものである。当初は1万人でそのほとんどが学校団体であったのが,現在で はほぼ2万人レベルで推移し,「その他」の比率が3割まで増えてきている。また「体験プログ ラム」(13)は南信州観光公社の収入のほぼ半分を占め(49%),ついで宿泊が32%,お土産・バス 代が14% の順となる(図3)。この地域の旅行業者は,一般客の国内・海外旅行を扱うのでな く,域内(飯田市,下伊那郡)を対象に体験型ツアーに協力してもらえるさまざまな地域の人的 資源をリストアップし,それをオープンなかたちで大手旅行会社や一般参加希望者にインターネ ットのホームページで開示していることは注目してよい。

南信州観光公社の意義としては,営利事業としてこの地域の観光客の増加に寄与したのみなら ず,農業・体験にもとづく観光という新しい需要が潜在的に存在することを証明したことも重要 である。それとともに,農家が本格的な観光ビジネスの知識・技能や資本がなくても,南信州観 光公社のような適切な仲介者・コーディネイターがいれば観光部門からも収入が得られることが 可能となってきた。

南信州観光公社が取り扱う市場は飯田市全体の観光収益の3% 未満とまだまだ小さいが,地方 図2 南信州観光公社が取り扱った「体験ツアー」の年次別推移

(資料)『株式会社南信州観光公社の事業について』,2011年6月(飯田市観光課提供)

3 南信州観光公社の収入内訳(2010年度)

(資料)『株式会社南信州観光公社の事業について』,2011年6月(飯田市観光課提供)

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が主導する観光の形態,つまり着地型観光のモデルへの移行形態として重要な貢献をしている。

観光庁による,2010年に飯田市が創出した観光事業の経済効果試算は36億400万円で,その55

%が飯田市以外で消費され,残りの45%,16億300万円が市域で消費されたことになる(14)。 南信州観光公社が取り扱う修学旅行モデルでは,その収入総額の10% が旅行代理店に手数料 として支払われ,15% が南信州観光公社の利益となる。そのなかには農家への5% の紹介手数 料を含んでいる。残りの収入の75% が農家の純収入となる。中間にさまざまな業者が介在しな いために,農家の経済的なロスは低く抑えられる。その結果,この方式は成功したビジネスモデ ルとしても意味があるのみならず,地域振興に貢献するという側面も大きい。

(2)飯田型エコツーリズムモデルの特性

ここで,飯田のエコツーリズムモデルの特性を要約しておくと,次のようになる。

・発展要因:まちおこし・地域の活性化のツールとして活用(環境保全よりは経済・社会的効果 を重視)。

・公的セクター(市役所)の役割:イニシエーター,投資家,サポーター,監督者。

・ビジネスタイプ:株式会社(株主による持ち株会社だが,個人株主よりは組織・団体の株主が 多い。設立時の資本金は2,965万円)。

・観光の類型:従来型観光(学校での遠足・修学旅行)と持続可能な新しい観光形態(体験型ツ アー)の混合。

・需要と供給の関係:誘導された需要,ニッチ市場はマスツーリズム市場に依存する。従来型の 観光に比べると,需要サイドより供給サイドに大きな変化がある。

・管理の特色:多くの仲介者(学校の教員,旅行業者,南信州観光協会,村のコーディネータ ー)が介在するため,高コストのツアーになる可能性が高い。

(3)飯田エコツーリズムモデル開発の促進

飯田における「体験型エコツーリズムモデル」は客観的にも,主観的にも,以下の有利な条件 で可能となったと信じられている。

第1に,中山間地域における過疎と労働力不足を,都市・農村交流の全国的推進によって,そ の解消を図ろうとしたことである。そのひとつの主要な成果が,日本型グリーンツーリズムとい う名称でのルーラルツーリズム(農村観光)の振興であった。この農村観光はヨーロッパでのコ ッテージツーリズム,別荘ツーリズムに起源をもつ。しかし,日本の農村観光開発のアイディア は,農林水産省が里山地域やその他の地域における過疎問題に対処するための方策として開始さ れたところに特色がある。こうしたグリーンツーリズムが,より日本的なかたちに変えられ,1990 年代初頭に周縁農山漁村集落に導入・推進されることとなったのである。

飯田市では,南信州観光公社事業の開始以前にも,都市・農村交流は,農産物共販のかたち で,いくつかの農家グループの活動が存在した。しかし人口高齢化や農家跡継ぎの不在,その他 諸々の影響で,このような共販活動を維持していくことがしだいに困難となってきた。そのた

―22 ―

(7)

め,JA南信州は,農林水産省が推進する都市・農村交流事業に呼応した「ワーキングホリデー」

事業を1998年に導入した。この「ワーキングホリデー」は,3泊〜1週間程度農繁期に農家に宿 泊して農作業を賃金なしで手伝う形態で,宿泊料や食事代は受け入れ農家が負担する。農業技術 を習い,将来の就農や飯田定住へのきっかけとなる場合もあるが,原則,農繁期の労働補完が目 的であることを双方で明確にしている(15)。しかし付随的に,この試みは先駆的な観光プロジェ クトという役割も果たし,これが南信州観光公社の業務にも間接的につながっていった。その結 果,農家はこのような新しいタイプの観光に慣れ,より積極的に参加する心構え・準備ができて いったともいえる。

長野県の観光地としての名声は,飯田の観光客の資源にとっても望ましい方向に寄与した。そ の具体例をあげよう。1995年には,飯田から車で1時間ほどに北に位置する諏訪地区では,す でに多くのスキー修学旅行や夏の林間学校に生徒が来ていた。これを参考にして,飯田市でも修 学旅行や林間学校を誘致する体験教育旅行のプロジェクトを立ち上げた。ただし,飯田市の場 合,体験用の観光施設に生徒を送り込むのではなく,実際の農家での作業や宿泊体験を盛り込 み,アウトドアスポーツを楽しむことを中心としたプログラムを策定したところに特色があ る(16)。他方,有形無形のかたちで,需要サイドの市内外の集団と飯田市との緊密な関係がきっ かけとなり,この動きは拡大していった。姉妹都市や姉妹集落との結びつきを介して,県外に住 む飯田市出身者でUターンを希望する人びとなどを積極的に活用していったことも大きい。

しかしこの体験型観光プロジェクトが成功したのは,飯田市役所のまちづくりに対する積極的 な取り組みや住民との緊密な調整機能なしには考えられない。地方自治体にとって観光はさまざ まな高齢化社会における活性化施策の一つでもある。飯田市は淡路島から伝わったとされる農村 部(今田人形など)での人形浄瑠璃の伝統をもつが,毎年夏に人形劇フェスティバルを開催し て,全国から多くの人形劇ファンが集まるメッカとなっている。また,郷土料理やその他無形文 化財を地域住民の誇りとして発掘するなど,積極的なまちおこし活動をしていった。飯田市は,

体験型観光の事業展開に対しては,直接の財政支援のほかにもさまざまな支援を行うとともに,

アイデア開発,人的資源の提供を行っている。また飯田市の地区(旧村)別公民館活動が地域の 連携強化に寄与していることは多くの識者が指摘しているところである(17)。そのほか,公共施 設の利用,宣伝情報活動,観光プロモーションなども行っていった。

地域住民の協力という点では,飯田では親から子,子から孫へというかたちでさまざまな慣習 や技術が継承されてきた経緯がある。水田稲作農業がこの性格を強化する役割を果たす重要な要 素と見なされる。集落内に20世紀前半にその原型が作られた多数の地域組織によってこの地域 システムは強化されてきたところに特色がある。

南信州観光公社がビジネスモデルとして成功したのは,最初から需要サイドと供給サイドの両 面での多くの支援の仕組みが存在したことは明らかである。ただし,飯田市の行政努力にもかか わらず,南信州観光公社も発足当初はビジネスとしてはすぐに利益をうみだすまでにはいかなか った。

―23 ―

(8)

支援

(4)地域コミュニティを基礎にしたツーリズム展開の基本的要件

飯田のエコツーリズムモデルが成功したことによって,観光のマネージメントとコミュニティ の参加協力をもう一度見直そうとする契機となった。組織と経営スキルは観光事業を創り出すに は欠かすことができない重要な要件である。広域連携は複数パートナーとの調和を維持しその成 功を保証する鍵である。したがって,図4に示す飯田市−南信州観光公社−集落の3段階の飯田 型エコツーリズムの経営の仕組みは,他の農村地域のモデルとなりうるものである。この図は旧 下久堅地区の柿野沢集落での聴き取りをもとに事例にしてまとめたものである(18)

南信州観光公社は飯田市役所や他の下伊那郡の地方自治体から法的には独立した存在である が,たいへん密接な関係にある。実際,公社株式の12% は飯田市が保有しており,飯田市観光 課の職員がこの公社に出向し,その業務を支援・監督している(19)。その一方で,公社は,地域 住民や集落のコーディネイターを介して直接的・間接的に密接な関係をもっており,地域コミュ ニティの参加を推進している。

4 柿野沢集落におけるエコツーリズム観光モデルの仕組み

(資料)飯田市柿野沢集落での聴き取りその他により作成

―24 ―

(9)

(5)飯田型エコツーリズムモデルの意義

飯田のエコツーリズムモデルが生まれてきた背景として,日本の観光産業自体が大きく変化し ていることを示唆している。このモデルは,一言で言えば,農村地域に生まれたローカルな観光 斡旋業が一定の成長をとげたことを意味する。地理的観点からは,旅行を企画する東京・大阪・

名古屋など大都市に拠点を置く旅行斡旋業から地方への再配置過程として位置づけられる。観光 学の用語でいえば,発地型観光から着地型観光への移行である。農村地域で生まれ農家が経営す る農家レストランは1990年代前半から急速にのびてきた(20)。このような形態の経営規模は小さ いが,入り込み観光客との直接の窓口として,地元特産品の販売や郷土料理の提供などさまざま な役割を果たしてきた。この傾向は,公的な機関が主導して設置した「道の駅」よりも,ローカ ルな地域主体が設立した「道の駅」の増加からも推測できる(21)

観光業におけるこの新しい地域の代表者である南信州観光公社は,社会的・経済的にも大きな 影響を及ぼしてきた。これまで発展途上国では地域観光の運営はもっぱらNGOによって担われ てきた。しかし南信州観光公社の例にみられるように,利益追求型第三セクター方式の出現によ って,中山間地域における持続的発展と地域の収入増加に貢献することが可能となった。

第二に,社会的効果として,このような第三セクターの発展は,大都市での観光斡旋業から地 方都市に観光ビジネスが移行し,先進国で発達したツーリズムのさまざまなコツや 技術 を発 展途上国に効果的に移植していく可能性があげられる。ツアーガイド,ツアー企画,観光サービ ス,ガイドの教育訓練などごく普通の村の人々にも観光に参入することが可能なことを実証し た。地方での就業機会の創出に観光業が貢献している。

最後に地域住民が受動的姿勢から積極的態度で観光客に接するようになり,いかに自分たちの 役割を認識し,自ら学ぼうとする姿勢が生まれたことがあげられる。したがって,外部依存から 内部主導へ,中央から地方自治体へという権力や管理の委譲を,南信州観光公社はうまく成し遂 げ,しっかりしたビジネスモデル確立に貢献したものと評価できる。

しかしながら,上のプロセスの背後にある調整者(ファシリテーター)は地方自治体に対して 責任がある。コミュニティ開発の第一の目標は地元の人々の利益になることである。地元の人々 が先を見越して意欲的にこのような活動に参加しなければ,彼らは十分な利益を得ることはでき ない。地域への関与・参加者数が増えることが今後の課題といえる。

これまで観光のノウハウや観光ビジネスにほとんど知識がなかった農村の地域住民が,最初ど のようにして観光業に参入するか,初期段階での指導助言は不可欠である。もし地方自治体──

それが最もふさわしい調整者といえる──がこのプロセスを調整できないと,地方自治体が仕掛 けた観光ビジネスはきわめて困難になる。飯田の事例は,交通条件がよくない地域で目立った観 光資源のないという悪条件の下でも,地域コミュニティを基礎にした着地型の観光開発には,地 方自治体の役割がいかに大きいかを教えてくれる。

もうひとつ得られる飯田からの教訓は,新しいタイプの観光と在来型観光の緊密な関係性であ る。換言すれば,地域に根ざしたエコツーリズムを開発するには,既存の観光資源も十分に利用 することが必要不可欠である。より限定して述べるならば,私たちは大手観光業者とローカルな

―25 ―

(10)

観光業者とが共存共栄の望ましい関係を構築していくことを考慮しなければならない。

ただし上のような状況が進めば,大手旅行業者が,ローカルな旅行業者とその役割の一部を共 有する一方で,大手旅行業者は,これまで自分たちが独占していたいくつかの機能や権益の一部 を失うことにもなる。端的に言えば,国内旅行の一切合切を取り仕切ってきたを旅行業者やその 企画プランナーたちは,新しいタイプの観光では中間的業者,紹介組織として機能するにすぎな くなる。彼らは多くの競合他社や観光業界でその意義を失うことは,将来的にはこのような大手 旅行業者がこれまで果たしてきた役割を減じて,ローカルな旅行業者と競り合う恐れはないのだ ろうか。仮にそれが真実ならば,在来の旅行業者と新しい型の旅行業者は対立的立場になる。

ただ,現在のところ,これらの市場は隙間(ニッチ)市場の段階にとどまっているため,しか も大手旅行業者は手数料を得られるというメリットが(南信州観光公社の場合は10% の手数料 を大手旅行業者に支払う(22)あるため,ほぼ双方とも満足しており,彼らは協力的関係を受け入 れている。

その一方で,地方旅行業者は,大手旅行業者がすでに確立した仲介・広報ネットワークを活用 することで,双方が共存共栄の関係を維持していくことも可能である。しかし,最終的にこの関 係が悪化する場合は,地方の旅行業者は新たな他の観光パートナーを探すことになる。

このことから得られる教訓は,エコツーリズムと従来型の観光との関係に関する概念を再考す る必要がすぐそこまできていることを示唆している。

Ⅲ.ベトナム農村地域でのコミュニティを基礎にした観光開発への教訓

(1)ベトナムに日本の教訓を適用するための合理的根拠

a.アジア域内の相互流動増加に伴う地域観光業の変化条件とアジア的旅文化

飯田市のおけるエコツーリズムの展開は,地域コミュニティに基礎をおいたベトナム農村での エコツーリズム開発にとって貴重な示唆を与えてくれる。これまで両国は観光面では,経済発展 事情も歴史的背景もほとんど共通点がないものと思われてきた。そこで,先進国日本での事例や 教訓が,なぜ発展途上国ベトナムに適用することができるかという理論的根拠が問われなければ ならない。

日本とベトナムでは観光開発に関しての多くの違いがあることは明らかである。たとえば,ベ トナムの観光業は,外国人の休暇・レジャーから始まった経緯がある。19世紀後半から20世紀 初頭にかけてフランスは現在のベトナム領内を植民地化していくが,その動きに観光開発も併行 する(23)。このような事情のために,永年ベトナム観光がターゲットとしていたのは,国内在住 のベトナム人ではなく,外国人と国内の富裕層・支配者層であった。ベトナム人の国内観光客 は,最近まで長い間ベトナムではほとんど無視するほどの数しかいなかった。ただ,1990年代 ベトナムの経済環境のめざましい発達によって,現在はその数が急増している。ベトナム人国内 旅行者は1995年の690万人から,2002年には1,300万人,2009年には2,500万人にまで達した

(図6)。

―26 ―

(11)

ベトナムとは対照的に,日本は独自の観光のスタイルを永年維持してきたように思える。日本 における「旅の文化」は,江戸時代に庶民は居住地からの移動制限があったものの,伊勢参りや 寺社参詣などの名目での旅が全国的に流行した。明治時代になると,庶民も国内移動の制限が解 かれたこともあった,かなり早い時期に自由な国内旅行の機会が確立された(24)。日本人の外国 旅行は1960年代の初めに始まり,めざましい経済発展や円高によってその後も着実に増え続け,

1980年代後半から90年代に急増した(25)。その結果,日本の観光政策はもっぱら日本人観光客を ターゲットにした国内市場が重要であった。2003年以来,政府(観光庁)が音頭をとって ビ ジット・ジャパン キャンペーン(26)を繰り広げて日本を訪問する外国人観光客を増やそうとは している。しかし数の上ではなお,日本人が海外旅行する数に比べて外国人が日本を旅行する数 は3分の1以下と少ない(図5)。いっぽう同じアジアの国と言いながら,ベトナムは西欧先進 国からの旅行者がなお中心であった。

しかしベトナムと日本の観光業や観光需要の違いや格差は,グローバル化の進展やアジア太平 洋地域がますます強力な経済的力によって急速に縮まってきている。早晩アジアにおけるエコツ ーリズムの発展は,西欧からの旅行者中心から,アジアの人びと中心に劇的な変化を経験するで あろう(27)。現在でもアジアにおける観光客需要の70% 以上はアジア域内で生み出される。ベト ナム観光では,図6にみるように,1990年代後半以降,外国人観光客の増加に比べても,ベト ナム人の国内観光客数は2500万人レベルと急増していることが顕著である。外国人観光客では 日本,韓国,中国がベトナム観光の主要な顧客である(28)。ベトナムでは,第1位が中国,次が 日本である。日本は2002年以降,着実にベトナムへの観光客が増加している。それは主要都市 からの直行便がハノイ,ホーチミンに就航していること,日本におけるタイやシンガポール,バ

5 日本へのインバウンド,アウトバウンド観光客の推移(1964年〜2006年)

(資料)観光庁(JNTO)観光統計,2006年。

―27 ―

(12)

リ観光がほぼ成熟したのち,若い人々の嗜好もベトナム人気に拍車をかけていることによってい る。日本人には雑貨やベトナム料理も大きな観光要素となっている。1990年代後半の転換期に は,すでにアジアからの観光客が西欧からの外国人観光客が上回っている。この間,ベトナムの 1人当たりGDPは1987年の594ドルから2010年には1224ドルと急増している(世界銀行の Webサイトによる)(29)

ツーリスト発地先の変化にもとづく観光客の西欧諸国からアジア諸国へというシフトによっ て,ベトナムでは観光の種類や新たな需要を産み出す活動に関しても抜本的変革が要請されてい る。その結果として,新しいタイプのエコツーリズムが日本で流行したならば,ある程度まで,

ベトナムでも同じような観光スタイル成立が可能であることを示唆している。すなわち,現代の アジア人観光客は,日常生活において西欧化をかなりの程度まで受入れ,そのなかにどっぷり浸

6 ベトナムにおける外国人・ベトナム人別旅行者数推移(1990〜2009年)

(資料)VNAT(2009)

7 ベトナムへの日本人旅行者数の推移(1995年〜2007年)

(資料)VNAT(2008)

―28 ―

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かってきたため,日本人もベトナム人も同じような観光に対する嗜好を有していると考えられ る。

bNGO主導のエコツーリズム開発モデル批判

ベトナムでエコツーリズム開発に取り組む際の共通した難しさは,適切なリーダーシップが欠 如していることである。ベトナムは発展途上国として,多かれ少なかれ外部資金,とりわけ先進 国NGO,たとえば,WWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金),UNDP(United Na- tions Development Program:国連開発計画),世界 銀 行,JICA(Japan International Cooperation

Agency:国際協力機構),SNV(30)などからベトナムは多額の財政支援を受けてきた。総合的エコ

ツーリズム保全開発プロジェクト(ICD)の多くは,自然保護地域や国立公園などに資金を融資 してきた団体から援助を受けてきた。これらの団体は,もしその自然の豊かさが損なわれると,

すぐに財政的支援を打ち切ったり減額したりする。そのため,これまで投入された資金や労働力 も無駄となることもありうる。これは,ベトナムの場合だけではなく,経済的発展が遅れた諸国 では同じことが起こっている(Butcher 2007)(31)

このような先進国からの援助によるNGO主導型エコツーリズム開発モデルは以下のような問 題点をもっている。

まず,プロジェクトの目的についての問題点である。海外のNGOのスポンサーは,住民自ら が環境への意識を高めることによる森林保全を期待する。その一方で,地元住民はまず日々の生 活を維持するために手っ取り早く使えるお金を必要としている。このずれは,NGOという援助 する側の思い上がった「過剰な野心的企て」でもある。

ベトナムでは1980年代後半から90年代前半まで,ベトナム戦争(ベトナムでは抗米戦争と呼 ぶ)の後遺症とその後の西側諸国との通商停止によって経済的に大変な苦境にあった。この時 期,ベトナム政府は経済的利益をもたらす場合だけ海外NGOを受け入れてきた経緯がある(32)。 たとえば,クアンニン省のミン・チャウ(Minh Chau)村では,村人はNGOが中心となった環 境教育の会議に参加することで報酬を得ていた(33)。しかし,NGOから国立公園局への財政的支 援が終わると,村人はこの会議に参加しなくなっていった。交通費・会議出席料の名目で出され る謝金が彼らの会議出席の目当てであったといえる。

この矛盾を引き起こす決定要因は,スポンサーである西欧先進国と受益者である発展途上国の 経済水準の違いある。ベトナムではこのようなプロジェクトのほとんどがオランダや米国に本部 がある国際NGOによってもっぱら支援されてきた。もし文化の違いにまで言及すれば,西と東 の国の違いはますます深い溝となってしまうだろう。

第二に,このようなエコツーリズムの問題は,コミュニティの参加割合がきわめて制限されて おり,もっぱら外部の意思決定で施策が決まってきたことである。多くの場合,地元の人々は決 められた一定の役割を満たすためにこの一連の観光開発に関与しているにすぎない。

たとえば,トレッキングツアーでは,地元民はポーターや道案内をするだけである。地元資源 を活用したツアーでは,その家庭での宿泊滞在の受入れ,民俗芸能の踊り子等の役目を果たして いるにすぎない。

―29 ―

(14)

たとえNGO自身が,エコツーリズム開発に対して「強力な外部からの影響力を行使するので はなく,コミュニティとの調整,コミュニティの民主化のための仲介として機能」(Butcher

2007 : 84)しているとしても,NGOはそのプロジェクトに対して,コミュニティ自体よりも大

きな影響(34)をそのコミュニティ全体に及ぼしていることはまちがいない。地域参加という美辞 麗句は内発的動機というよりも,外部の意思決定によることが多いのが本音である。

これらのNGO型エコツーリズム批判は,ベトナムなどの発展途上国がアジアを志向した新し いコンテクストでのエコツーリズム開発モデルへ変身することを期待していることも示唆する。

外部者により企画・意思決定されたプロジェクトに代わって,ベトナムではより内発的動機をも ったエコツーリズムの実践が期待されている。結果として,ベトナムでも,飯田市での事例のよ うに,地方自治体が主導するモデルから始めることが賢い選択となろう。

c.日本とベトナムの類似点と両国の関係強化

日本とベトナムは記録を紐解いても,貿易や人びとの活動(ホイアンの日本人町など),文化

・思想まで長い歴史的交流があった(35)。両国も中国からひじょうに大きな文化的影響を受けて きた。第二次世界大戦中,日本は短期間であるがベトナムを占領したが,その後の両国の政治関 係はよく似ている。ベトナムは,技術援助や資金援助を日本のODAから受けている(36)。両国の 関係は観光も含めて,様々な方面で今後ますます強化されていくであろう。とりわけエコツーリ ズムに関しても,ベトナムは,日本から数多くの概念や実用的な分野で,両方に政府の交流を通 じて公的,非公的な国際会議やイベント,民間団体,個人のプロジェクトの恩恵を受けてき た(37)。しかしベトナムの急速な経済成長は,日本とベトナムが社会・経済的条件が以前よりも 近づいてきたことを意味する。日本のビジネスモデルをベトナムにも適用できる可能性が高まっ てきており,その類似性が高まったといってもよい。

とりわけ,日本で好まれる農業体験を基礎にしたツアーがなぜ東アジアの農村部でよく合致す るかについては,宮崎は次の諸点をあげている。①一人当たりにすると小規模な農地面積(高い 人口と山がちなために耕地自体の存在が限定されている),②高い農民人口比率,③農村での住 民同士の高い扶助・協同関係をもつこと。これらの要因は日本のみならず,ベトナムをふくむ湿 潤なモンスーンアジア諸国に共通するもので,そこではモンスーン気候,水田稲作,広い山地丘 陵部があり,密接な地域の連携,伝統的で豊かな自然と農業・農村風景が保持されてきた(38)

また宮崎は地域発展のためには2つの重要な要件に注目している。その2つとは,観光ビジネ スをしようとする地元農民のネットワークと都市と農村の住民の交流である(39)。宮崎は農村や 僻遠地域ではなおエコツーリズムが一定の価値をもっているとしているが,真板は,日本ではこ の両者はその活動の場が異なるものの,エコツーリズムとグリーンツーリズムが本質的にその内 容が大きく変わらないことを指摘する(40)

(2)ベトナムのエコツーリズムに応用するための指針と提言

この段階では次のような疑問がおこってくる。日本型のエコツーリズムを,状況も異なるベト ナムにどのように適用するのか。ベトナム農村部でのエコツーリズム開発にとって,飯田市での

―30 ―

(15)

教訓に基づく農村開発をするときにどのようなことに留意すべきであるか。我々は,エコツーリ ズム開発の前提条件や観光需要を増やすための方法,効果的な経営組織や地方自治体の役割,ロ ーカルネットワークを創り出すための方策などに関心がある。

a.エコツーリズム開発は何をめざすべきか?

飯田の事例研究によって,われわれは飯田モデルが観光開発自体の開発のみならず,飯田市自 体の活性化をねらっていることに注目したい。もちろん経済的利益は長期的には一つの目標では あるが,短期的にはそれを目標とはしない。南信州観光公社は当初,直接に収益を期待していな かった。実際に,公社が開業してから10年以上がたっているが,まだ公社単独では黒字になっ ていない。しかし飯田市が公社に資本投資して,南信州観光公社の直接の利益よりも大きい経済 的利点をもたらしているとする証拠がある。観光の多様な影響として,公社自体は推計で年間3 億9,000万円の直接消費金額をあげている(41)

この結果,ベトナムで地方が主体となったビジネスモデルを適用する際には,究極の重要な問 題ではないにしても,もちろんオーナーにとって,収益性は重視せねばならい。そうすることに よって,監督システムは会社のビジネスと別個の存在として運営される。

b.モデル開発のための前提条件

観光開発を行うには何よりもコミュニティ全体での周到な準備が必要であり,またそれにはか なりの時間を要する。ベトナムでは2〜3年間のような短期で成果を期待すべきではない。実際,

地方自治体は地域資源(そこには観光資源も含まれるがそれだけではない)に対して,地元の 人々が誇りをもち志を高めるように動機付けねばならない。

しかもベトナムの場合,地域のリーダーシップをだれがとるかが重要である。このプロセスの 指導者は内発的力をもつべきで,それをうまく発揮させる仕掛けが重要である。しかもこの内発 的力が最終的には観光開発を実践するための動機となる。

c.市場調査の必要性

ベトナムのいくつかの村では,地域における観光需要のマーケット調査や観光の特徴,観光客 流動を十分調べずに観光業を発展させようとしてきた。利用できる資源をうまく使いきれていな いために,せっかくの機会をつぶしてしまったり,観光開発のチャンスが減ったりしている。そ のために,会社が設立された当初の重要な時期に不安定性と困難性を増加させることにもなる。

エコツーリズムは観光資源の面では観光の本流であるマスツーリズムを補完するものと信じら れてきた。エコツーリズムや他の従来の観光とは決して対立するものではないし,主要な競合が 観察されない限りは相互に利益をもたらすものといえる。

観光地開発にはベトナムでも,幅広い商売上のネットワークをもった大手旅行社と,地方のエ コツーリズムが互いに連携すべきである。この問題は,飯田では,大手旅行社と地元旅行社が望 ましい役割を分担した点からも有効である。

d.どのような組織または会社をたちあげるべきか?

宮崎は,日本型ルーラルツーリズムの特徴の1つとして,独立した会社組織によって運営して いく新たなビジネスをあげる。これらの企業は家族が資本を出し合って設立したものではなく,

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(16)

複数のローカルな団体や市民の株式購入による株式会社である。それは地方自治体に有利な条件 である(42)

飯田市の場合も同様の構造が観察される。ただし,われわれは,飯田市の関与の度合いが,農 林水産省主導のルーラルツーリズムにも比べてずっと大きいことを指摘したい。飯田型エコツー リズムは,市場経済下で,JICAが「強度の介入日本モデル」と特徴づけたものといえよう(43)

ベトナムの場合,それを担うのは,観光ノウハウをもったプロの観光会社が期待されている。

しかし,ベトナムにおける地方政府はまだそれほど観光に積極的でもないし,社会主義下での限 られた予算しかないという問題が常につきまとう。リーダーシップはベトナムのエコツーリズム 開発のための重要な問題である。この意味で,ベトナムは外部からの財政的支援と内発的力の両 方を組み合わせて活用することが重要である。

e.環境保全

環境保全に対しての意識はベトナムでは,日本国内の観光客に比べても低いため,今後より考 慮する必要がある。地域の環境劣化を防ぐために,ツーリズムの発展に伴って当初から条例や規 則を制定して,観光開発を抑制する必要も今後出てくるであろう。我々は,良い習慣は良い生活 を産み出すという教えを知っている。

Ⅳ.結 論

近年,ベトナムと日本の関係は,政治面でも文化の交流面でもますます緊密かつ強化されてき た,エコツーリズムにおける開発協力に関しても,近い将来,より両者の連携は強化されるであ ろう。著者たちは,エコツーリズムの日本における成功事例を研究してきた。別稿(42)で言及し たこの模範的なエコツーリズムモデルは,地元企業の成長と観光ビジネスの大都市から地方都市 への移行を背景とするエコ化過程によって増加傾向を示している。このモデルは,プロの観光事 業者と地元の人々の責任を組み合わせたもので,経済的・社会的・政治的効果をもたらし,コミ ュニティの活性化のプロセスに影響する。またこのモデルは,先進国におけても,経済利益を指 向したエコツーリズムは重要であることといえる。またこのモデルは,責任を負うべき会社に対 して,地方自治体が非常に早い段階から介入をして実質的評価も行ってきた。さらにこのビジネ スモデルは,在来型のマスツーリズムと,新しいタイプのもう一つのツーリズム(alternative tour- ism)の共生的な関係を再評価することにもなった。

この飯田市のビジネスモデルは,ベトナム農業・農村での分析にも合理的根拠を与える貴重な 事例である(44)。しかしベトナムでは,中央政府からの地方への権限の委譲のプロセスがまだ十 分には確立されていないため,今後,NGOからの外部的資金援助を受けながら,内発的力によ って観光の推進を行うべきである。

[付記]

飯田市役所や南信州観光公社には2010年度の関西大学の地理学・地域環境学実習での調査以来,大変

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(17)

お世話になっている。著者の一人であるチャン・ティ・マイ・ホアは2011年度の飯田市のフィールドス タディにも参加して多くの日本の大学生・院生と意見交換をすることができた。また,野間晴雄は学論 IIDAを通じて多くの大学や地元の関係者と情報交換の機会がもてた。このような場を率先して提供され る牧野光朗市長のバイタリティと,市役所企画部企画調整課の串原一保,観光課南信州観光公社担当の岡 本佳宏氏らのご協力に深く感謝したい。ベトナムのエコツーリズムや地域行政に関しては,鳥取大学地域 学部の筒井一伸先生にいろいろな助言をいただいたことにもお礼を申し述べたい。なお,現地調査には日 本学術振興会科学研究費基盤研究 (課題番号22242028,代表 野間晴雄)を使用した。

⑴ Adachi, Yoshimichi 2008. Examining Ecotourism in the Japanese Context, Using a Case Study of Tottori Prefecture, in What does ECO-Tourism mean and what is the best way to develop it Academic Symposium 2008. Symposium conducted at the meeting of East Asian Inter-regional Tourism Forum, Mongolia.

http : //www.eatof.org/data/symposium/%5BTottori%5Dacademic_paper_2008.doc(2009年11月閲覧)。2003 年11月15日にエコツーリズム推進会議が設立され,第1回の会合が2004年7月5日に開催された。

⑵ NPOエコツーリズム推進協会Webサイトから。

⑶ 出資者としては,飯田市・阿智村(阿智村観光協会)・松川町・高森町・阿南町・喬木村(特定非営 利活動法人たかぎ)・平谷村・豊丘村(特定非営利活動法人だいち)・根羽村・泰阜村・天龍村・清内 路村・下條村・売木村・大鹿村・みなみ信州農業協同組合・信南交通株式会社・飯田信用金庫・株式 会社南信州新聞社・株式会社飯田ケーブルテレビ・株式会社信濃毎日新聞社・天竜舟下り株式会社・

株式会社共立プラニング・木下水引株式会社・長野県タクシー協会飯伊支部・谷口醸造株式会社・八 十二銀行・飯田商工会議所・天竜ライン遊舟有限会社・体験教育企画・喜久水酒造株式会社・座光如 来寺(元善光寺)があげられている。http : //www.mstb.jp/900other/archives/kaisya.html(2012年5月16 日閲覧)。なお,ここでいう「南信州」とは旧下伊那郡の範囲をさし,その中心都市が飯田市である。

旧上伊那郡は伊那市,駒ケ根市を中心であり,諏訪,岡谷方面との結びつきが強い。

⑷ NPOエコツーリズム推進協会のWebサイト。

⑸ 飯田市Webサイト.地域資源を総合的に活用した都市農村交流及び人材誘導[若者のUIターン支 援].http : //www.soumu.go.jp/main_content/000063236.pdf(2012年2月2日閲覧)。

⑹ 現況として,グリーン・ツーリズム事業などによる都市農村交流が盛んであり,官民一体の取り組み 組織として南信州観光公社を設置し,各種体験プログラムを企画・管理している。ここでは農業を中 心としたプログラム提供のほか,自然体験,伝統文化体験,南アルプスガイド組織の結成,シンポジ ウムの開催なども行っている。選定理由としては,ほんもの体験を観光の売りに,グリーン・ツーリ ズムや多彩な自然体験プログラムを開発したこと,地域の各自治体が出資して作った観光公社が引き 受け斡旋する体制もできていることが評価された。学校等団体に対する自然体験等の多彩なプログラ ムを提供していることが大きな特色である。

⑺ 宮崎 猛2006.『日本とアジアの農業・農村とグリーン・ツーリズム−地域経営/体験重視/都市農村 交流−』昭和堂,1−4頁.

⑻ Tsutsui, Kazunobu 2010. The Concept of Rural Tourism in Vietnam ,Understanding the Changing Places and Cultures in Southeast Asia,the Proceedings of the 10th International Conference of Southeast Asian Ge- ography Association at Hanoi.

⑼ 飯田の人形劇との関わりは1979年の国際児童年の都市に開催された「人形劇カーニバル飯田」に遡 るから30年以上の実績がある。国土長官賞,サントリー地域文化賞,第1回優秀観光地づくり賞な ど数々の受賞歴がある。1988年には,アジアの人形劇カーニバルが一堂に会する国際人形劇フェステ ィバル「ウニマ・アジア会議」を開催,10周年・20周年に当たる88年と98年には「成果人形劇フ ェスティバル」を開催した。その後1999年に市民主導の「いいだ人形劇フェスタ」として再出発を して現在に至っている。

―33 ―

(18)

⑽ 総務庁統計局2011.『統計でみる市区町村のすがた2011』,日本統計協会,28頁。

⑾ 前掲⑸。

⑿ 飯田市2011.『飯田市政の概要2011年度』。

⒀ 「体験プログラム」として,次のようなメニューが用意されている。①アウトドア・アクティヴィテ ィ(キャンプ,乗馬,天竜川ラフティング,大平宿原生活体験,渓流釣り),②味覚体験・食文化

(そばうち体験,五平餅つくり,イチゴジャム作り,田舎料理体験,よもぎ餅作りなど),③農業体験

(農家民泊,田植え,りんごの摘果,酪農体験,森林営林,稲刈り,野菜収穫など),④伝統工芸・ク ラフト創造(草木染め,土笛作り,おもしろ科学体験・モデルロケット,紬の機織り,陶芸,木工製 作,寄せ植え体験など),⑤環境学習・自然散策(巨木と語る,飯田線ウォーキング,絶滅危惧種の 実態と保護観察,桜守の旅,南信州フォトガイドなど)。いずれも2〜数時間,あるいは宿泊を含めた 内容で,それらを組み合わせて利用できるようにも工夫されている。受け入れは小〜高校の修学旅行 が中心であるが,会社の研修旅行,大学のセミナー,グループ旅行なども受け入れている。http : //

www.mstb.jp/900other/archives/kaisya.html(2012年5月16日閲覧)。

⒁ 観光庁2011.「平成22年度観光の状況 平成23年度観光施策要旨」,16頁。

⒂ 藤澤玄太2009.「ワーキングホリデー実施による地域への波及効果の検証−長野県飯田市の検証−」

(『中山間地域における中核都市の先進的取り組みの研究−長野県飯田市を事例として−』,立命館大 学政策科学部,地域貢献シリーズNo.5, 24−45頁。

⒃ 前掲⑸。

⒄ 8月に市街地開催され上述の「いいだ人形劇フェスタ」でも,400近い公演のうち,市街地の劇場だ けでなく,各地の公民館や学校・保育園で130演目が上演されるなど,公民館を単位とする地区実行 委員会による広がりが大きな特色となっている。

⒅ Tran Thi Mai Hoa 2011. The Relation between Japanese-style Green Tourism and Ecotourism : Case Study in Iida City, Nagano Prefecture.『千里山文学論集』85号,33−56頁。

なお,最初の調査は伊東理教授とともに野間が実施した関西大学での3年次生,大学院博士課程前期 課程院生のトレーニングをかねた地理学・地域環境学実習調査である。ここでも「農業とグリーンツ ーリズム」を扱っている(関西大学地理学・地域環境学教室編2011.『長野県飯田市の地理(地理学 実習調査書35)』。図4にある下久堅料理グループは,1994年7月に地域農産物を主体とした手作り 弁当「ひさかた御膳」を,農村女性地域活性化事業の補助を受けて,下伊那農業普及センターの指導 の下で完成させた。この調理は柿野沢区民センターで行い,ここを訪れる体験学習者に提供してい る。1つ1200円である(上掲『長野県飯田市の地理(地理学実習調査書35)』,53−54頁)。

⒆ 伊賀良地区の中央自動車道,飯田インター近くにあるJA南信州が経営する農産物直売店「りんごの 里」で執務している。

⒇ 前掲⑺

野間晴雄2011.「地産地消が地域再生の鍵となる要件」,『学術の動向』101号,日本学術会議,67−68

頁。

学校の教育旅行は南信州観光公社を通じて飯田地区の宿泊・体験学習を申し込むが,2〜3泊の滞在の うち1泊は飯田市内や昼神温泉などのホテルを利用する場合も多い。この場合は5% の手数料がこれ らのホテルから南信州観光公社にキックバックされる。なお,修学旅行として飯田を訪問するのが多 いのが大阪府の中学校である。宿泊収容能力に限界があるので,学校間でのバッティングをさけて日 程(5〜6月が多い)が組まれている。これらの調整にも南信州観光公社がきめ細かに関わっている。

ベトナム中部の高原地帯に形成された避暑地であるダラット,海浜リゾートであるニャチャン,北部 山岳地帯のサパなどがフランス植民地時代に開発された観光地である。日本では軽井沢や日光・箱根 などの冷涼で景色の美しい場所に,幕末の開国以後に外国人が多く訪問・滞在し,彼らに見合う洋風 ホテルも建設された。しかし,日光や箱根・軽井沢には観光や別荘地として長期滞在する日本人も多 く,熱帯地域のヒルステーションとは性格が異なる面も多い。

―34 ―

(19)

Sylvie Guichard-Anguis and Okpyo Moon(eds.)2009.Japanease Tourism and Travel Culture.Great Brit- ain : Routledge.

東出修一2011.「「装置」としての日本の海外旅行−海外渡航自由化から半世紀の軌跡と経験−」,『史

泉』113号,19−40頁。

Soshiroda, A. 2005. Inbound Tourism Policies in Japan from 1859 to 2003.Annals of Tourism Research 32

(4), pp.1100−1120.

Fennell, D. 2008.Ecotourism(3rd ed.), London : Routledge.

日本人観光客増加の背景として,2005年から日本からのビザなし渡航が15日から45日に延長された ことも要因である。日本人観光客の多くはホーチミンとハノイのどちらか,あるいは双方の都市観光 が中心で,あとは世界自然遺産のハロン湾を組み合わせたものが大部分で,メコンデルタや中部の古 都フエや国際港市であったホイアンなどの訪問はまだまだ少数派である。

ITB BerlineとIPK国際レポートは「最新のUNWTOデータによると,アジア太平洋地域は最も脚光

が当たる牽引者で2006年8月以来10% 以上の増加を記録しており,これは中東とアフリカを上回っ ている。最も急成長していアウトバウンドの発祥地はアジア諸国間の旅行者で全体の71% を占める。

航空会社のスタートアッププロジェクト数は,アジア太平洋地域が最高である。(ITB Berline and IPK Internationa. A World Travel Trends Report : Massage from the Pisa Forum 2007 ,第15回 旅行モニタ ーフォーラム,2007年11月24〜26日,サン・ジュリアーノ・テルメ(イタリア)で開催。

オランダのハーグに本部を持つ国際的NPO開発組織で,世界36か国で活動している。発展途上国の 貧困撲滅と自助努力による持続的発展めざす。農業,リサイクルエネルギー,飲料水・保健衛生など の開発援助を,NPOから派遣された職員と現地の住民が一緒に行う,参加型開発をめざす国際組織で ある。

Butcher, J. 2007. Ecotourism, NGOs and Development : A Cristical Analysis.New York : Routledge.

ベトナムの1人あたりGDP(国内総生産)は1950年代初めから1992年まで,117 USドルから150 USドルとほとんど増えていない。JICA「日本の政府開発援助ベトナム社会主義共和国の国研究」

(1995)によると,他の東南アジア諸国1人あたりのGDPが,フィリピンでは5倍の770 USドル,

インドネシアでは9倍の670 USドル,タイではほぼ18倍となっているのに比べると,ベトナムでの 伸びはきわめて小さい。

ミン・チャウ村はベトナム北部,中国の江西壮族自治区に近いクアンニン(Quang Ninh)省のヴァン ドン(Van Don)郡(district)にある。この領域内にバイ・チュー・ロング国立公園に含まれる。世 界自然遺産にもなっているハロン湾と同じような海のカルスト景観が特徴であるが,よりハノイから は遠方に位置するため,その開発はこれからである。日本がスポンサーになっているNGOのエコツ ーリズムの保全と開発プロジェクトが2006〜08年に実施された。結果として地元住民は地元で開催 される環境教育のイベントにたびたび駆り出された。本稿の筆者の一人であるチャン・ティ・マイ・

ホアもこのプロジェクトに部分的に参加し,2010年夏には野間といっしょにこの地を再訪している。

この地域のエコツーリズムの問題点は,Tran Duc Thanh & Tran Thi Mai Hoa 2010. Rethinking of Community-based Tourism in Vietnam : Current Situation and Suggestions. InProceedings of the 10th Inter- national Conference of Southeast Asian Geography Association : Understanding the Changing Space, Place and Cutlures of Asia.23−26 Nov. 2010 at Dai hoc Su pham Hanoi, Vietnam. pp.228−236.(in Vietnamese), Tran Duc Thanh, Nguyen Thi Hai & Tran Thi Mai Hoa 2010. Empowering local participation in sustainable tourism : Case study Baitulong national park Vietnam. InProceedings of East Asia Inter-Regional Tourism Forum(EATOF)2010.13−17th Sep. 2010 at Ha Long, Quang Ninh District, Vietnam. pp.43−52,の国際 会議で発表し,Tran Thi Mai Hoa, Nguyen Cao Huan & Noma Haruo 2010. Potential of Developing Community-based Ecotourism in Van Don District, Quang Ninh Province. Journal of Science- Earth Sci- ences, Vietnam National University. 26(2010), pp.128−140,で論じた。その最も代表的なものはIUCN

(International Union for the Conservation of Nature and Natural Resoures)である。

―35 ―

(20)

内発的発展論については保母武彦『内発的発展論と日本の農山村』,岩波書店,1996を参照。

野間晴雄2010.「アジア「日本町」のかたちと交流史」(野間晴雄編著『文化システムの磁場−16〜20

世紀のアジアの交流史−』,関西大学出版部,143−169頁。

日本からベトナムに対する政府開発援助(ODA)は,最近10年間増加している。実際には,日本か ら他の国アメリカなどを破りベトナムのトップ投資家をされています。

日本とベトナムで,文化週間が設けられ,さまざまな事業がおこなわれた。一例を挙げると,2006年

8月18〜25日にベトナムで,2008年9月16〜22日に東京・大阪・名古屋で,2011年9月には東京で

イベントが開催された。

宮崎 猛編2006.『日本とアジアの農業・農村とグリーン・ツーリズム−地域経営/体験重視/都市農 村交流』,昭和堂,4−6頁。

前掲⑺,3頁。

真板昭夫・石森秀三・海津ゆりえ(編)2011.『エコツーリズムを学ぶ人のために』,世界思想社,28 頁。

飯田市役所観光課『株式会社南信州観光公社の事業について』,2011年6月,の資料より。

宮崎 猛編2002.『これからのグリーン・ツーリズム−ヨーロッパ型から東アジア型へ−』,家の光協 会,6, 27頁。

日本国際協力機構1995.『日本の政府開発援助をベトナム社会主義共和国の国研究』。

Tran Thi Mai Hoa, Noma Haruo 2012. Development of Japanese-style ecotourism based on school excur- sion : a case study in Iida City, Nagano Prefecture.Japanese Journal of Human Geography(『人文地理』)

Vol.64, No.4(受理済,2012年8月刊行予定).

チャン・ティ・マイ・ホア(関西大学大学院文学研究科・博士課程後期課程)

野間晴雄(関西大学文学部教授)

Experience-based Ecotourism Developmennt in Iida City and Lessons for Ecotourism Development in Vietnam

TRAN Thi Mai Hoa, NOMAHaruo

The paper discusses the emerging trend of locally-owned tourism businesses in rural and mountain- ous areas in Japan based on a case study in Iida City, Nagano Prefecture. In 2005, Minami Shinshu Tourism Association, a stock company dealing with educational school excursions and experience-based programs, was presented with an Ecotourism Award, which causes the public curiosity of population. To learn the pros and cons of rural-ecotourism model in Iida City as referential lessons for Vietnam’s ecotourism development, the authors have analyzed the conditions of the foundation and success of Mi- nami Shinshu Tourism Association. A question to be raised after that is whether it should be applied and how to apply it in the conditions of Vietnam. We proposed five suggestions as follows : 1)objec- tives ; 2)location ; 3)cooperation ; 4)type of company ; 5)environment conservation.

―36 ―

参照

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