博 士 ( 農 学 ) 石 橋 和 大
学 位 論 文 題 名
トマトTyn‑l 遺伝子によるトマトモザイクウイルス 増殖抑制機構の研究
学位論文内容の要旨
ウイルス病の防除は農業における重要な課題のひとつである,最も有効なウイルス病 対策として,抵抗性遺伝子の利用が挙げられる,これまでに,多くの植物ウイルス抵抗性 遺伝子が同定されているが,そのほとんどは,ウイルスの感染を感知してウイルスに対す る自己防御反応を活性化するスイッチ の働きを担うものであった.これに対し,トマト
( Solanum lycopersicum)のTm‑lは, 過敏感反応を誘起することなく,半優性にトマト モザイクウイルス(1ヽoMV)の1細胞内での増殖を抑制するユニークなウイルス抵抗性遺伝 子で ある .m.J遺 伝 子は ,1940年 代に トマ トの 近緑 野生 種Sゐa加 鋤aん 館か ら育種的 に導入され,トマトモザイク病の被害の軽減に貢献してきたが,染色体上の組み換え頻度 の低い領域に座乗していること等の障害によルポジショナルク口ーニングが成功していな い.m・Jによる増殖阻害を受けないT(心仆r変異株(I亅T1)が複製夕ンパク質コード領域 内に アミ ノ酸 置換 を もつ ことから,Tm.1はTOMV複 製夕ンバク質の発現あるいは機能を 阻害すると予想された,
本研 究で は,Zm.J遺伝子を同定し,どのよう な機構でTOMVの増殖を抑制している のかを明らかにすべく解析を行った.
最近,脱液胞化したタバコBY.2プ口トプラストの抽出液(BYL)を用いることによ り ,Td.MVの ゲ ノ ムRNAか ら複 製夕 ンバ ク質 が翻 訳さ れ, ゲノ ムRNAが複 製夕 ンバ ク 質により複製される過程を全て試験管内で行う系が確立された(Komodaef心.員仇|協矼 4館dエ 蝋 ぬ4101:1863・1867[2004] ) .Tm.1がTOMV複 製夕 ンバ ク質 に作 用し て TOMVRNAの 複 製 段 階 を 阻 害 す る と す れ ば , こ の 系 を利 用し て,Tm・1によ るTOMVRNA の複製阻害活性が試験管内で検出できる可能性がある.そこで,Zm.Jを持っトマトより培 養細胞ラインを樹立し,この培養細胞から脱液胞化プ口トプラスト抽出液を調製した.BYL を 用 い た 試 験 管 内TOMVRNA翻訳 複製 系に 乃刃 .1ト マト 細胞 の脱 液胞 化プ 口ト プラ ス ト 抽 出 液 を 加 え , 野 生 型 (WT)TOMVあ る い は7b.J抵 抗 性 打 破 変 異 株 で あ るLT1の RNAを そ れ ぞ れ 試 験 管 内 翻 訳 複 製 さ せ た と こ ろ ,I」T1と 比 較 し てWTTOMVのRNA複 一962―
製が顕著に抑制された. Tm・Jを持たないトマトの抽出液にはこのような活性は検出されな かったことから,この抑制活性は,Tm.J遺伝子産物に由来するものと考えられた,そこで ToMV RNA複 製 抑 制因 子 を 同定 す る ため , 各 種ク 口マト グラフイ ー等を 用いた6段階か らなる 分画操作 により 活性を精 製し, 活性画分 に含まれ るタン バク質(p80)をLC‑MS/MS 法により同定した. Tm.Jを持っトマト由来のp80 (p80GCR237) cDNA塩基配列は.Tm‑l を持た ないトマ ト由来p80 (p80GCR26)の配列 と異な り,Tm・Jが由来 したと される野生 種 卜 マ トSolanum habrochaitesのものと 同一で あった, 試験管 内翻訳に より合成 した p80GCR237は ,試験 管内ToMV RNA複 製抑制活 性を有 していた が,p80GCR26は 活性を示さ なかっ た.p80と類似 のアミノ酸配列を持っタンバク質は,植物界のみならずカピや細菌 に も 見 出す こ と がで きたが, それら はいずれ も機能 が知られ ていない もので あった,
次 に , 生 体 内 で のp80のToMV増 殖 に 対 す る 影 響 を 調 べ た ,Virus‑Induced Gene Silencing法 に よりTm‑lト マ トに お い てp80GCR237の 発 現 を抑 制 し たと こ ろ,ToMV抵 抗 性 が 打破 さ れ た. また,p80GCR237 cDNAを恒常 的に発現 する形 質転換ト マトは,WT ToMVに 抵 抗 性を 示 し ,LT1の増 殖 を 許容 し た ,さ らに,Tm.J卜マ トとTm.Jを持 たな し ゝ ト マト と のF2世代 植物にお いて,WT ToMV抵 抗性とp80GCR237は共 分離した .以上
.より,p80GCR237がTm・J遺伝子産物であることが示唆された.
ま た ,Tm.1によ るToMV RNA複 製 阻害 機 構 の生 化 学 的解 析 を 行っ た .Tm‑lに より RNA複製 が 抑 制さ れ たときに も,WT ToMVの複製 夕ンパ ク質は正 常に蓄 積してい ること から,Tm‑lは複製夕ンバク質の合成あるいは安定性には影響を与えずに,その機能を阻害 することが示唆された,試験管内翻訳系を利用した免疫沈降解析を行ったところ,p80GCR237 (Tm‑l)とWT ToMV複製 夕ンパ ク質との 相互作 用が検出 された. しかし ,I」T1の複製 夕 ン パ ク質 と の 相互 作 用 は検 出 さ れな か っ た.p80GcR26と,WTTOMVあるいはI亅T1複 製夕ン パク質の 相互作 用は,い ずれも 検出され なかった .これ らの結果 よりTm.1はWT TOMVの 複 製 夕ン パ ク質と 結合す ることに よってそ の機能 を阻害す ること ,LT1はTm・1 との結合から逃れることによって抵抗性打破能を獲得したことが示唆された,また,試験 管 内TOMVRNA翻 訳 複製 系 に おい て , 生体 膜 成 分よ り も 後 にTmー1を 加 え ても阻 害活性 が 検 出 され な い こと から,Tm.1は 生体膜上 に既に 形成され たRNA複 製複合 体の機能 は 阻害で きないこ とが示 唆された .さら に阻害を 受けたTOMV複製夕ンパク質の様態解析を 行うことにより,Tm.1は複製夕ンパク質と生体膜の結合は阻害せず,複製複合体の形成過 程において生体膜上で起こる状態変化を阻害することを明らかにした.以上の知見より得 られたTm.1によるTOMVRNA複製阻害機構のモデルを提示する.
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学位論文審査の要旨
主査 教授 内 藤 哲 副査 教授 上 田 一 郎 副査 教授 伴 戸 久 徳
副査 上級 研 究員 石 川 雅之 ( (独 ) 農 業生 物 資源 研究 所・ 植 物科 学 研 究領 域 )
学 位 論 文 題 名
トマト T7n‑l 遺伝子によるトマトモザイクウイルス 増殖抑制機構の研究
本論文は,和文55頁,16図からなり,参考論文1編が添付されている。
ウイルス病の防除は農業における重要な課題のひとつである。最も有効なウイルス病対策 として,抵抗性遺伝子の利用が挙げられる。これまでに,多くの植物ウイルス抵抗性遺伝子 が同定されているが,そのほとんどは,ウイルスの感染を感知してウイルスに対する自己防 御反応を活性化する役割を担うものであった。これに対し,トマトの7、m−i遺伝子は,過敏 感反応を誘起することなく,半優性にトマトモザイクウイルス(TbMV)の1細胞内での増 殖を抑制するユニークなウイルス抵抗性遺伝子である。7`m―ヱ遺伝子は,1940年代にトマ トの近緑野生種S〇ぬnumカabr〇曲ajfesから育種的に導入され,トマトモザイク病の被害の 軽減に貢献してきたが,染色体上の組み換え頻度の低しゝ領域に座乗していること等の障害に よルポジショナルク口ーニングが成功していない。mーjによる増殖阻害を受けないTbMV 変異株であるL11株が複製夕ンパク質コード領域内にアミノ酸置換をもつことから,Trn―1 は TbMV複 製 夕 ン バ ク 質 の 発 現 あ る い は 機 能 を 阻 害 す る と 予 想 さ れ た 。 本論文は,Tmーヱ遺伝子を同定するとともに,そのToMV増殖抑制の分子機構を論じた ものである。本論文の内容は以下のように要約される。
脱液胞 化したタ パコBY―2プ ロトプラス トの抽出 液(BYL)を用いることにより,ToMV のゲノ ムRNAから複 製夕ンパ ク質を翻訳 させ,複 製夕ンパク質によルゲノムRNAが複製 される全過程を試験管内で行うことができる。′Fm−1がToMV複製夕ンパク質に作用して ToMV RNAの複製 段階を阻 害するとすれば,この系を利用して,Tm―1による′FoMV RNA の複製阻害活性が試験管内で検出できると期待される。そこで,Tm―ヱ遺伝子を持っトマト より培養細胞ラインを樹立し,この培養細胞から脱液胞化プ口トプラスト抽出液を調製した。
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BYLを 用 い た 試 験 管 内ToMV RNA翻 訳 複 製 系 に コ `m―jト マ ト 細 胞 の 脱 液 胞 化 プロ トプ ラ ス ト 抽 出 液 を 加 え , 野 生 型TbMVあ る い はL1`1株 の耐 乢Aをそ れぞ れ試 験 管内 翻訳 複製 さ せ た と こ ろ ,IJ1と 比 較 し て 野 生 型TOMVの 融 乢A複 製 が 顕 著 に 抑 制 さ れ た 。m―i遺 伝 子 を 持た ない トマ トの 抽出 液に はこのような活性は検出されなかったこ とから,この抑制活性 は ,7bー ヱ 遺 伝 子 産 物 に 由 来 す る も の と 考 え た 。 そ こ でTbMVRNA複 製 抑 制 因 子を 同定 す る た め , 各 種 ク ロ マ 卜 グ ラ フ イ ー 等 に よ り 部 分 精製 し, 活性 画分 に含 ま れる タン パク 質
(p80)をLC―MS/MS法に より 同定した。7ね−i遺伝子を持っトマト由 来のp80(p80GcR237) cDNAの 塩基 配列 は,m― ヱ 遺伝 子を 持た ない トマ ト由 来p80(p80GcR26) の配 列と 異なり,
m−jが 由来 した とさ れる 野生 種ト マト のも のと 同一 で あっ た。 試験 管内 翻訳 によ り合成し たp80GcR237は , 試 験 管 内1、OMVRNA複 製 抑 制 活 性を 有し てい たが ,p80GcR26は活 性を 示 さ なか った 。p80と 類似 の アミ ノ酸 配列 を持 つタ ンパ ク質は,植物界 のみならずカピや細菌 に も 見 出 す こ と が で き た が , そ れ ら は い ず れ も 機 能 未 知 の 遺 伝 子 で あ っ た 。 次に,生体内でのp80の′rOMV増殖に対する影響を調べた。7b―jトマトにおいてp80GcR237 の 発現 を抑 制し たと ころ ,′rOMV抵抗 性が 打破 され た 。また,p80GcR237を恒常的に発現す る 形 質 転 換 ト マ ト は ,野 生型TbMVに抵 抗性 を 示し たが ,L1、1株の 増殖 を 許容 した 。さ ら に ,1b― ヱ 遺 伝 子 を 持 っ ト マ ト と 持 た な い ト マ トと のF2世代 植物 にお い て, 野生 型TbMV 抵 抗性 とp8〇Gc閥7は共 分 離し た。 以上 より ,p80GcR237がm―i遺伝 子産 物で ある と結論し た 。
Tm−1に よるToMV RNA複製 阻害 機構 の生 化学 的解 析を 行っ た。 ′rm−1.により鮒乢へ複 製が 抑制 され たと きに も, 野生 型TbMVの複 製夕 ンパ ク質 は正 常に 蓄積 していることから,
1、m−1は複製夕ン パク質の合成あるいは安定性には影響を与えずに,その 機能を阻害すると 考えられた。試験管内翻訳系を利用した免疫沈降解析では,p80GcR237(Trnー1)と野生型TbMV 複製 夕冫 バク 質と の相 互作 用が 検出 さ れた が,しn株の 複製夕ンバク質との相互作用は検出 さ れ な かっ た。p80GcR26と ,野 生型TbMVある いはL1`1複製 夕ン バク 質の 相互 作用 は, い ず れ も 検 出 さ れ な か っ た 。 こ れ ら の 結 果 よ りTmー1は 野 生 型TbMVの 複製 夕ン パク 質と 結 合す るこ とに よっ てそ の機 能を 阻害 す るこ と,L1`1株 はTrnー1との結合から逃れることに よ っ て 抵 抗 性 打 破 能 を 獲 得 し た と 考 察 し た 。 ま た , 試 験 管 内TbMVRNA翻 訳複 製系 にお い て,生体膜成分よりも後にTmー1を加えても阻害活性が検出されないことから,′I、m―1は生 体膜 上に 既に 形成 され た耐 乢A複 製複 合体 の機能は阻害 できないと推論した。さらに阻害を 受 け たTOMV複 製 夕 ン パ ク 質 の 解 析 に よ り ,nn−1は 複 製 夕 ン パ ク質 と生 体膜 の結 合は 阻 害せ ず, 複製 複合 体の形成過程において生体膜上で起こ る状態変化を阻害することを明らか に し た 。 以 上 の 知 見 よ り 得 ら れ たTm―1によ るTbMV耐 乢A複 製阻 害機 構の モデ ルを 提示 し た。
本 研 究 は ,植 物ウ イル スに 対す る抵 抗性 を 賦与 するTmーj遺 伝子 を同 定 する とと もに .
′rm一1の機能を 生化学的に明らかにしたものであり,学術的に高く評価 できる。よって審査 員一 同は ,石 橋和 大が 博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を 有するものと認めた。
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