2019年度 学位論文(修士)
放電プラズマを用いた低毒性一液スラスタ 推進剤気化器の試作および性能評価
2020年1月24日
首都大学東京大学院
システムデザイン研究科 システムデザイン専攻
航空宇宙システム工学域 博士前期課程
18863603 笠原 真能
目次
第1章 序論及び研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 1.1 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1.1.1 RCSスラスタ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1.1.2ヒドラジン及び固体触媒・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
1.1.3 HAN系推進剤SHP163・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
1.1.4放電プラズマ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
1.1.5 2次ガスを用いたプラズマ点火式スラスタ・・・・・・・・・・・ 5
1.1.6 2次ガスを用いないプラズマ点火式スラスタ・・・・・・・・・・ 7
1.2研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 1.3新しい電極形状の提案・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 第1章 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10
第2章 実験系及び計測機器・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 2.1 真空チャンバ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 2.2 電源系 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 2.3 電流・電圧プローブ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 2.4 推力測定系・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14
2.5 燃焼室圧力測定系・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
2.6 推進剤供給系・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16
2.7 データ収集系・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17
第3章 アークジェット型電極を有するスラスタの試作と性能評価・・・ 18 3.1 実験目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 3.2 実験構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
3.2.1 スラスタ構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
3.2.2 実験系構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20
3.2.3 実験シーケンス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21
第3章 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27
第4章 グロープラグを用いた気化器の試作・・・・・・・・・・・・ 28 4.1 試作目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 4.2 ニクロム線ヒータ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 4.3 グロープラグを用いた気化器・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
4.3.1 熱源の検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30
4.3.2 グロープラグを用いたオープンカップ試験・・・・・・・・・・・ 30
4.3.3 気化器の試作・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34
4.3.4 グロープラグを用いた気化器の単体試験・・・・・・・・・・・・・・ 35
4.4 グロープラグを用いた気化器を適用したスラスタの燃焼試験・・・・・ 39
4.4.1 実験目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
4.4.2 新しいスラスタ構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39
4.4.3 実験シーケンス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
4.4.4 カソード電極の損耗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40
4.4.5 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 41
4.5 4章結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 44
4章 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45
第5章 電極間構成の変更が推進性能に及ぼす影響評価・・・・・・・ 46 5.1 実験目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46 5.2 変更点の決定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46 5.3 コンストリクタ長の変更が推進性能に及ぼす影響評価・・・・・・・・ 46
5.3.1 コンストリクタ長2mmの構成・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46
5.3.2 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
5.4 軸方向の放電挙動確認試験・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
5.4.1 実験目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
5.4.2 実験構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 49
5.4.3 放電挙動再現度の確認・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
5.4.4 実験結果及び考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52
5.5 5章結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 57
第6章 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58
6.1 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 58
謝辞 研究発表
第 1 章
序論及び研究目的
1.1 序論
1.1.1 RCSスラスタ
現在,人工衛星には宇宙空間での軌道変更や姿勢制御を行うため,RCSスラスタが搭載さ れている.RCSスラスタは一般的にイオンエンジン等に代表される電気推進ではなく,化学 推進が用いられる.この理由として,化学推進は電気推進に比べ推力と加速度が大きいこと があげられる.化学推進はその名の通り,推進剤を化学反応によって分解する.これによっ て得られる熱エネルギから高エンタルピーガスを生成し,その高エンタルピーガスをノズル によって空気力学的加速させることで推力を得ている.特に液体推進剤の場合,供給方法と して酸化剤と燃料を別々に供給する 2 液式と酸化剤と燃料成分を配合した推進剤を供給する 1液式がある.推力,比推力はおよそ2液式で5~500N,290s,1液式で0.5~400N,220s程
度である1),2).推進性能の面では2液式の方が高い性能を得られるが,1液式では構造がシン
プルであるという利点を有している.
1.1.2 ヒドラジン及び固体触媒
ヒドラジンは従来のRCSスラスタの推進剤として多く用いられており,その使用実績から も高い信頼性を得ている.一般的にヒドラジンはアルミナ基材にイリジウムをコーティング した固体触媒とともに使用されており,その多くは米国シェル社が開発したShell-405が用い られている.ヒドラジンスラスタの構成としては,ブローダウン方式の供給系に加えて,前 述した固体触媒を詰めこんだ触媒層からなっている,この触媒層にヒドラジンを噴射するこ とによって,3N2H4→4(1-x)NH3+(2x+1)N2+6xH2なる分解反応を生じさせる1).ここでxはアン モニアの解離度を示す.上記のアンモニアの分解反応は発熱反応であり,これによって得ら れた高エンタルピーガスをノズルによって加速し,推力を取得している.以下,図1.1,1.2に それぞれヒドラジンスラスタ概略図とShell-405と同じイリジウム系固体触媒S405の図を示 す.
推進性能としては,推力範囲1N以下~数百 N以上,比推力220~230s程度を発揮し,作動 時にチャンバ部は900℃程度まで上昇する.そのため図1.1に示すように,衛星本体への熱移 動を避けるためサーマルバリアを有している.また,ヒドラジンスラスタは急激な燃焼室の 温度,圧力の上昇を避け,触媒の劣化を防ぐためにヒータによって200℃程度に保温が必要と なる1).
上記のようにヒドラジンスラスタは高性能と信頼性を有しているが,触媒の劣化及び触媒 維持機構の破損等による推進性能の低下といった問題点も有している 4).また,ヒドラジン は発癌性が高いといった毒性の面から,その取り扱いにはSCAPE(Self-Contained Atmospheric Protective Ensemble)スーツや毒物を扱うための施設や設備が必要となる.そのため,ヒドラジ ンを用いた推進系では防護設備の準備及び後処置の経費,運用費といったコストがかかって しまう5).
1.1.3 HAN系推進剤SHP163
上記のようにヒドラジンは発癌性を有することから,ヒドラジンに代わる低毒性推進剤の 研究開発が行われてきた.こうした低毒性推進剤は総称してグリーンプロペラントと呼ばれ,
代 表 的 な も の で は HAN(Hydroxyl Ammonium Nitrate),ADN(Ammonium DiNitramide),
HNF(Hydrazinium NitroFormate),過酸化水素等があげられる.中でもADNは世界に先駆けて
衛星に搭載され,軌道上実証も完了している.スウェーデン(ECAPS社)においてこのADNベ ースの推進剤を用いたスラスタの開発が行われており,各種推力レベルのスラスタを取りそ ろえ商業化が進みつつある.しかし,ADNは反応性確保のために300℃程度の予熱,つまり は電力を消費すること,ヒドラジンと比べ推進性能が 3 割程度しか高くないといった問題点 もあげられる6).
本研究で用いたSHP163はHAN系推進剤であり,HANの他にメタノール,硝酸アンモニ ウム,水を配合した推進剤である.この SHP163 は革新的衛星技術実証プログラムの小型実 証衛星1号機(RAPIS-1:RAPid Innovative payload demonstration Satellite 1)において宇宙空間で の実証を行っている最中である7).
HAN は化学式 NH3OH・NO3で表され,潮解性が高く大気中に放置するだけで大気中の水
分を吸収することから,高濃度のHAN水溶液を生成することができる.加えて,HAN自体 には毒性はないため,取り扱いに関しても容易に扱うことができる.このようにHANは推進 剤として適した特徴を有しているが,一液式の推進剤として扱う場合に HAN は酸素含有率 が高いため酸化剤としての役割を主に担うことになる.そのため,酸化剤過多の状態になり,
本来有している性能を発揮することが難しくなる8).また,HANは高燃焼伝播速度といった 燃焼特性を示し,衛星の推進系に適用した場合,推進剤供給系への逆火等の危険性を有して いる.先行の研究において燃料の成分にメタノール,エタノール,1‐プロパノール,2‐プ ロパノール,HEHN(Hydroxyethyl hydrazine nitrate),グリシン等を添加したものについて研究 が行われた結果,メタノールを添加することで融点,密度,比推力のすべてにおいてヒドラ
ジンの特性を上回る性能が得られている.安全性の面においても,メタノールの添加量を増 やすことによって,HANの燃焼速度が急激に増加する遷移圧力を上昇させる効果が得られて いる8).ここで,表1にヒドラジンとSHP163を含む各種グリーンプロペラントとの性能比較 を示す.
表1 グリーンプロペラント性能比較9)
表 1より SHP163 はヒドラジンのみならず,その他のグリーンプロペラントよりも高い理論
比推力を有している.しかし,高性能ゆえに SHP163 は断熱火炎温度が高いという特性を有 している.そのため,従来の固体触媒を SHP163 に用いると高温環境かつ高酸化雰囲気によ って固体触媒が劣化または粉砕することが報告されている10).以下図1.3及び1.4にSHP163 をイリジウム系固体触媒S405と使用した際の触媒の劣化について図を示す.
図1.3 触媒層(使用前)10) 図1.4 触媒層(使用後)10)
図 1.3 は SHP163 を気化させるために開発されたアークジェット用のガスジェネレータであ
り,1ℓ程度のSHP163を分解した後の様子を図1.4に示している.使用後の触媒を成分分析 した結果,触媒表面にコーティングされているイリジウムが消失しており,原因として推進 剤の分解反応熱によるものと報告されている10).
以上のことから,SHP163はヒドラジンと比べて高い推進性能かつ低毒性といった利点を有 しており,ヒドラジンに代わるグリーンプロペラントとして期待されている.しかし,その 高推進性能のため断熱火炎度が高く,従来の固体触媒が劣化,粉砕してしまうことから固体
1.1.4 放電プラズマ
本研究では,SHP163を反応誘起させるために電極間に直流電源より高電圧を印加すること で放電プラズマを生成している.直流放電の種類としては,代表的なものでグロー放電とア ーク放電がある.一般的に低圧環境下で電極間に高電圧を印加すると,電場によって加速さ れた電子が電極間に存在する気体分子に衝突して電離が生じ,放電を開始する.放電電流値 が低い時に明るい発光が見られ,グロー放電が生じる.さらに電流値を上げていくと,放電 電圧は低下し強い発光を伴うようになり,アーク放電へと移行する.以下図 1.5 及び 1.6 に
100Pa下での放電電圧―電流特性,圧力とプラズマ粒子温度の関係をそれぞれ示す.
図1.5放電電流-電圧特性(圧力100Pa下)11)
図1.6 圧力とプラズマ粒子温度の関係11)
グロー放電は陰極前面に比較的大きな電圧降下があり,正イオンがこの電位勾配によって 加速され,陰極へと衝突する.その際に 2 次電子放出が生じ電子は大きなエネルギを保持す る.この状態で電子が陽光柱領域に突入し,気体分子の電離をすることで放電が維持される.
通常グロー放電は低圧環境下で生成されるため,平均自由行程が長く電子やその他重粒子と の干渉が少なくエネルギ輸送があまり行われない.そのため電子と重粒子との間に大きな温 度差が生じる.この時,イオンや中性原子は室温程度であるのに対し,電子は 1 万度近い高 温状態になっており大きなエネルギを保有している.この状態は熱力学的にみると非平衡状 態にあり,非平衡プラズマあるいは低温プラズマと呼ばれる.非平衡プラズマは化学反応性 の面から見ると,高エネルギ電子が激しく動き回り分子等と衝突してラジカルや活性種を効 率的に生成することから反応促進に期待ができる.この特性を生かし,非平衡プラズマは主 に排ガス処理,水処理,燃料改質,燃料コントロール,材料表面処理とコーティング,超微 粒子の生成等に利用される12),13).
一方,アーク放電はグロー放電のように陰極材料表面からの 2 次電子放出だけでは放電の 維持機構は説明できない.熱電子放出をはじめトンネル効果に基づく高電場電子放出,光電 効果,励起状態の原子衝突による電子放出等複数の現象がアーク放電の維持に関与している.
また,陰極での電子放出機構や陰極点の挙動は陰極の材質や温度によって様々である.一般 的にアーク放電には高融点金属であるタングステンや炭素といった材質の陰極が用いられる.
これらの材質で陰極を構成すると熱電子放出が支配的になり,陰極点が一点にとどまる安定 したアーク放電を生成できる.このような陰極を熱陰極と呼ぶ.逆に鉄や銅といった低融点 金属で陰極を構成すると陰極点は一点にとどまらず動き回り,アーク放電は不安定になる.
この際,金属表面の酸化膜の除去や電極物質の蒸発を伴いながら局所的に輝きを放つように なる.このような陰極は熱陰極に対し冷陰極と呼ばれる11),12).
次にアーク放電のアーク柱内では構成粒子間での衝突が頻繁に起こり,中心部では1 万度 近い高温になる.この時,図 1.6 に示すように電子とイオンや中性粒子との温度差が無くな り,局所的に熱平衡状態になる.このことからアーク放電内のプラズマは熱平衡プラズマと 呼ばれる.このような熱平衡プラズマはその高い温度を生かし,排ガス処理,液体および水 処理,固体廃棄物処理,プラズマセラミックコーティング,プラズマ超微粒子製造,金属及 び無機材料の精製,プラズマ切断及び溶接,燃料改質等に用いられている13).
1.1.5 2次ガスを用いたプラズマ点火式スラスタ
これまで本研究室において放電プラズマによる点火機構を備えたスラスタは大別して 2 種 類開発されている.一つは2次ガスとしてArを外部から供給してArプラズマを生成し,推 進剤に接触させる機構,もう一方は 2 次ガスを用いず推進剤を直接電極間の放電プラズマに
図1.7 Arスラスタ構成図及び点火までの段階14)
図1.7に示したスラスタは同軸円筒型の電極を有しており,特徴としてカソードにArをスワ ールさせて流入するためのスワールインジェクタが付いている.点火までの段階としてはじ めにスワールさせた Ar を流入する(Phase1).次に電極間に高電圧を印加し Ar プラズマを生 成する(Phase2).そして最後に推進剤を流入し Ar プラズマに接触させることで点火に至る (Phase3).
Arのスワールに関してはその旋回強度を定量的に決めるため以下(1-1)式に示す形状スワー ル数が用いられている14).
𝑆𝑔≡ 𝑃𝜑
𝑃𝑥𝑅𝑥 (1-1)
ここで𝑃𝜑:接線方向の角運動量,𝑃𝑥:中心軸方向の運動量,𝑅𝑥:旋回半径である.(1-1)式を計算し
ていくと最終的に形状スワール数は旋回半径,オリフィス半径,オリフィスの数によって決 定することができる.以下に各形状スワール数における流路内のプラズマ分布の様子を図1.8 に示す.
図1.8 各形状スワール数におけるプラズマ分布の様子14)
図 1.8 に示しているスラスタ流路内のプラズマ分布はスラスタ下流側からスピードカメラに よって撮影された様子である.注目すべき点として形状スワール数 0 とその他の形状スワー ル数のインジェクタとでプラズマの分布が大きく異なっていることがあげられる.形状スワ ール数 0 はインジェクタ断面図からも分かるように Ar にスワールがかかっていない状態で ある.つまり,Arにスワールをかけることで流路内にプラズマの分布が広がり,推進剤との 接触率を向上させる効果があると言える.また,スラスタ作動の面でもArに旋回を与え,プ ラズマと推進剤との接触率を向上させたことで燃焼の安定性と点火遅れを短縮する効果が得 られている14).
1.1.6 2次ガスを用いないプラズマ点火式スラスタ
1.1.5において2次ガスを用いることで推進剤との接触率向上,燃焼の安定,点火遅れの短
縮効果が得られていることを述べた.しかし,人工衛星の推進系の面から見るとスラスタの システムに2次ガスを組み込むことで2次ガス用のタンクや配管が必要となる.そのため衛 星の重量増加,システムが複雑化することによって 1 液式の構造が簡易的であるという利点 が損なわれてしまう.上記の点から 2 次ガスを用いない点火機構を有するスラスタについて も本研究室で研究が進められてきた.以下図 1.9に 2 次ガスを用いないスラスタの断面図を 示す.
図1.9 2次ガスを用いないスラスタ断面図15)
図1.9に示すように,2次ガスを用いないスラスタ(以下棒電極スラスタと呼ぶ)は棒状の電極 としてφ4mmのネジを対向に配置し放電を生成する仕組みになっている.また,電極の絶縁 を保つため電極保持部の材料として,マシナブルセラミックのマコール®を用いている.推進 剤供給には以下図 1.10に示すSUSの配管とニクロム線からなる気化器(以下ニクロム線ヒー タと呼ぶ)を用いている.
図1.10 ニクロム線ヒータ断面図15)
図1.10に示したニクロム線ヒータはSUS配管(内径1.7mm,肉厚0.5mm,SUS316製)にニク ロム線を巻きつけ,ニクロム線に通電を行うことでSUS配管を加熱し,流路を流れる液体の 推進剤を気化する仕組みになっている.SUS配管の内壁は40Wの投入電力で約600℃に加熱 することが可能である.またヒータ出口には熱電対が取り付けられるようになっており,推 進剤の供給温度と到達時間が把握できるようになっている.
先行研究において棒電極スラスタにニクロム線ヒータを適用し推進性能への影響を評価す る研究が行われた.結果としては,推進剤を気化供給しても推進剤を液体で供給した場合と 比較して性能の向上は見られなかった.また,電極保持部のマコール®はスラスタ作動中の熱 によってSUS材の棒電極との線膨張係数の違いによりクラックが度々生じていた.このこと から,推進剤気化器の見直しとスラスタ構成材料の検討が必要であることが示された15).
1.2 研究目的
本研究ではヒドラジンに代わる HAN 系低毒性推進剤 SHP163 を放電プラズマによって点 火する反応機構の研究開発を行った.
先行研究において 2 次ガスを用いた反応機構が開発されているが,衛星の推進系の重量増 加,システムの複雑化が懸念される.そのため,本研究では 2 次ガスを用いずに推進剤を直 接電極間の放電に接触させることで反応誘起が行える1N級スラスタの開発を目的とした.
1.3 新しい電極形状の提案
目的達成のため,現状本研究室で最高性能を得ているArスラスタを基に新しいスラスタの 試作を試みた.Arスラスタにおいて,推進剤のみを同軸円筒内に流し,電極間に高電圧を印 加した場合を考える.そうすると形状スワール数 0 のAr プラズマ分布状態(図1.8)から流路 壁面付近に放電パスが形成すると考えられる.ゆえに放電パスと推進剤の接触率が低下する と考えられる.これではAr スラスタに匹敵する性能を取得することは難しいと考えられる.
そこで,2次ガスを用いなくても,放電プラズマと推進剤との接触率を損なわないために電 極形状の変更を検討した.以下に各電極形状における推進剤と放電プラズマの接触率を表し た図を図1.11に示す.
図1.11 に示すように Ar を用いない場合,上述したように同軸円筒型電極では流路壁面に 放電が形成すると考えられる.そこでカソード電極の流路径を小さくしていき,最終的にカ ソード電極がアノード電極に対して点になった状態が右下に示すペンシル型のカソードを有 する電極形状である.カソード電極が流路中心に点状に配置されることで放電パスが流路中 心を通るため接触率の向上が見込める.このような電極はアークジェットスラスタに用いら れている電極形状であり,本論文ではアークジェット型電極と呼ぶ.本研究ではこのアーク ジェット型電極を用いたスラスタを新たに試作し性能評価を行った.
第1章 参考文献
1)齋藤紀男,“2次推進系,” 計測と制御,Vol.23,No.1,pp.123-125,1984
2)青柳潤一郎,“放電プラズマを用いた一液式推進薬の分解反応促進に関する研究,” 東京都
立科学技術大学大学院博士論文,pp.14,2006
3)Rachid Amrousse,Toshiyuki Katsumi,Nobuyuki Azuma,Keiichi Hori,“Hydroxylammonium nitrate (HAN)-based green propellant as alternative energy resource for potential hydrazine
substitution: From lab scale to pilot plant scale-up,“ Combustion and Flame 176,pp.339,2017
4)ジョージPサットン著,望月 昌監訳,“ロケット推進工学,” 山海堂,H7第一刷発行,
pp.277
5)齋藤憲吉,梶原堅一(JAXA/ADR),堀恵一,勝身俊之(JAXA/ISAS),東伸幸,小林悌宇 (JAXA/輸送),今田高峰、高田真一(JAXA/有人),“低毒性推進剤推進系研究開発計画,”
STCP-2011-022
6)畑井啓吾,藤井 剛,長田泰一,“環境融和型推進系の実現に向けたALL-JAXAの取り組
み,“ 研究発表(レセプションホール),2013
7)岡範全,梅里眞弘(宇宙システム開発利用推進機構),堀恵一,澤井秀次郎,志田真樹
(宇宙航空研究開発機構),浦町光,白岩大次郎,田中伸彦,金子敬郎,古川克己(三菱重 工業),“グリーンプロペラント推進系(GPRCS)の軌道上実証結果,” 第 63 回宇宙科学技術 連合講演会講演集,pp.JSASS-2019-4397
8)勝身俊之,“HAN系液体推進剤の燃焼に関する研究-燃焼機構の解明およびスラスタの
開発,” 総合研究大学院大学博士論文,pp.6-9,2006
9)田中 伸彦,松尾 哲也,古川 克己,西田 満,末森 重徳,安武 昭典,“宇宙機用姿勢制
御装置のグリーン化,“ 三菱重工報Vol.48 No.4航空宇宙特集,pp.50,2011
10)長田泰一, 増田井出夫, 齋藤憲吉, 梶原堅一, 田原弘一, “低毒性推進薬(HAN系)用ガスジ
ェネレータの試作,“ 第56回宇宙科学技術連合講演会講演集, JSASS-2012-4191, 2012 11)牛尾誠夫,“アーク放電とその利用,” 鉄と鋼,第73年第10号,pp.37-40,1987
12)高村秀一著,“プラズマ理工学入門,” 森北出版,第1版第7刷発行,pp.122-128,
pp.136-141,2013
13)チャングジェンシー,“大気圧プラズマの物理と化学,” J. Plasma Fusion Res. Vol.82, No.10,pp.682,2006
14)Asato Wada, “Study on Green Monopropellant Propulsion with Discharge Plasma System,”
首都大学東京博士論文, pp.25-33,56, 2017
15)青山翼,“放電プラズマを用いた低毒性一液式スラスタの実験的評価,” 首都大学東京修士
論文,pp.87,pp.96,pp.103-104,2019
第 2 章
実験系及び計測機器
2.1真空チャンバ
本研究においてスラスタ燃焼試験は全て宇宙環境を模擬するため減圧した状態の真空チャ ンバ内で実験を行った.以下に真空チャンバの全体図と概要図を図2.1及び2.2に示す.
図2.1 真空チャンバ全体図 図2.2 真空チャンバ概要図
真空チャンバは内径0.61m,長さ約1mであり,チャンバ上部,側面にはフランジが取り付け られる.本実験系では導入端子や内部観察用窓等を設置している.チャンバ内の減圧を行う 際は,チャンバ後方に取り付けられたロータリポンプ(RP)とメカニカルブースタポンプ(MBP) を作動させた.チャンバ内部の真空度はチャンバ側面に取り付けられたPFEIFFER VACCUM 製コンパクトピラニゲージ(TPR280)を用いて計測した.
実験の際には燃焼によって推進剤が分解し,NOxを含む排気ガスが発生する.そのため,
実験時にロータリポンプとメカニカルブースタポンプを作動させておくと,NOxを含むガス がポンプ用オイルやオイルミストトラップに蓄積し,真空度に影響を及ぼすと考えられる.
そこで,ポンプを作動しなくても,ある程度の真空状態を保つためにゲートバルブを設置し,
実験時にはこのゲートバルブを閉じ,ポンプの作動を停止した状態で実験を行った.実験中 の真空度としては数十~数百Pa程度である.
2.2 電源系
1章でも述べてきたように,本研究では放電プラズマの生成が必要である.いかにそこで本 研究で用いた放電生成用電源を以下図2.3及び2.4に示す.
図2.3 HV-2K10,NISTAC電源 図2.4 HV1200-3.6G,TAKASAGO,LTD電源
今回,放電の電流値として0.8A,1.6A,2.4Aで実験を行った.電流値0.8AではNISTAC社
製 HV-2K10 電源を用いており,最大出力電圧,電流はそれぞれ 2kV,1.0A である.電流値
1.6A,2.4Aでは高砂社製HV1200-3.6Gを用いており,最大出力電圧,電流はそれぞれ1.2kV,
3.6Aである.どちらの電源も直流電源であり,放電回路に組み込む際には,放電生成時の突 入電流を緩和するためTE Connectivity製のCJT1000,470Ωセラミック抵抗をバラスト抵抗と して放電部手前のプラス側配線に挿入している.両電源の作動方式は,CC(Constant Current) 作動またはCV(Constant Voltage)作動である.また,HV1200-3.6Gでは電流値0.8Aも出力でき るが,本実験系の直流放電回路において上記設定値で実験したところ,CV作動となり意図し た電流値よりも低い電流が流れた.そのため,電流値0.8Aの実験では最大出力電圧が大きい
HV-2K10の電源を用いて実験を行った.
放電電源以外には推進剤気化器に電力を投入するために電源を用いており,図1.10に示し たニクロム線ヒータにはNISTAC社製CPW-500-8電源を用いた.この電源ではCC,CV作動 に加え,CW(Constant Wattage)作動が可能である.また,後述するグロープラグを用いた気化
器にはNISTAC社製直流安定化電源NC-110Mを用いてグロープラグへの通電を行った.
2.3 電流・電圧プローブ
実験において放電の電流電圧を測定する際には各種電流,電圧プローブを用いた.電極間 に印加される電圧はTektronix社製P6015の電圧プローブを用いた.また,アノード電極,カ ソード電極等に流れる電流は Tektronix 社製 TCPA300, 日置電機社製 HIOKI3270 及び
HIOKI3272を用いて測定した.以下表2.1,2.2に各プローブの仕様を示す.
表2.1 電圧プローブ仕様
表2.2 電流プローブ仕様
2.4 推力測定系
燃焼試験を行う際,スラスタから発生する推力を取得するため本実験系では以下図 2.5 に 示すばね板で構成したスラスタスタンドを用いた.
図2.5 推力測定系
推力は共和電業社製 LTS-200GA にて測定を行った.以下表 2.3 にロードセルの仕様を示す.
図2.5に示すようにスラストスタンドにはSUS材のばね板を2枚用いて構成しており,実験 時にはロードセルに3軸ステージで0.3N程度のプリロードをかけて設置する.
スラスタから推力が発生するとスタンド自体が後方に変位し,その変位をロードセルによ って測定し,推力を算出している.推力の算出に際して,実験前(2回),実験後(1回)にキャリ ブレーションを行っている.キャリブレーションはスラスタ治具につなげられた糸にプーリ ーを介して錘をつるすことで行っている.以下図 2.6 にキャリブレーション結果の一例を示 す.
また,測定される推力波形にはすべて振動が含まれた状態でロガーに表示されるが,これ はばね板の固有振動数(約30Hz)に起因するものである.
表2.3 ロードセル仕様
図2.6 キャリブレーション一例
2.5燃焼室圧力測定系
スラスタ燃焼試験の際,燃焼室の状態を評価するためGemes社製3500B250PAを用いた.
以下表2.4に圧力計の仕様を示す.
表2.4 圧力計仕様
2.6 推進剤供給系
本実験系では推進剤をブローダウン方式で供給を行った.以下図 2.7 に推進剤供給系構成 図を示す.
図2.7 推進剤供給系構成図
推進剤は図 2.7 に示すように窒素タンクよりブローダウン方式で供給を行っている.推進 剤の供給圧は窒素タンク下流に取り付けられたレギュレータによって調整が可能であり,推 進剤タンク上流に取り付けられた圧力計KEYENCE 社製AP-13Sによって測定を行っている.
また,推進剤タンク下流の配管はチャンバの外側に設置されたKEYENCE社製コリオリ式デ ジタル流量センサ FD-SS02A に繋がっており,推進剤流量を測定できるようになっている.
以下表2.5,2.6に推進剤供給系にある圧力計とコリオリ流量計の仕様を示す.
表2.5 コリオリ式デジタル流量センサ仕様
表2.6 圧力計仕様(推進剤供給圧用)
2.7 データ収集系
実験時,各計測機器から取得された信号は KEYENCE 社製データロガーNR-500 を用いて 収録し,同社製の WAVE ROGGER にて計測用の PC に各波形を出力できるようになってい る.推力波形についてはロードセルから得られる信号をひずみ計測ユニットNR-ST04を用い てデータ出力を行った.熱電対から得られる信号に関しては高精度温度電圧計測ユニット
NR-TH08を用いて出力を行った.その他,電流・電圧,燃焼室圧等の信号に関しては高速ア
ナログ計測ユニットNR-HA08を用いて出力を行った.以下表2.7に各データロガーの仕様を 示す.
表2.7 データロガー仕様
第 3 章
アークジェット型電極を有するスラスタの試作と 性能評価
3.1 実験目的
2 次ガスを用いない放電プラズマ着火式スラスタにおいて,アークジェット型の電極を適 用したスラスタを試作した.このスラスタにおいて燃焼試験を行うことで作動の確認,推進 性能の取得を目的に実験を行った.
3.2 実験構成
3.2.1スラスタ構成
以下図3.1と表3.1にスラスタ構成図と諸元を示す.
図3.1 アークジェット型電極を有するスラスタ構成図
表3.1 スラスタ諸元
本スラスタの大きな特徴として,コンストリクタ下流に内径φ4.2mm の燃焼室を設けた.す なわち本スラスタはアークジェットと同じ電極を有しているが,システムとしては化学推進 の考え方を適用している.そのため電極は放電を起こし,推進剤と接触させることでラジカ ル等の活性種を発生させる役割を担う.ゆえに,燃焼室において発生したラジカルによる燃 焼反応を起こすことを想定している.アークジェットスラスタではコンストリクタ部におい てチョークを起こし,そのままコンストリクタ下流に繋がるノズルダイバージェント部によ って空気力学的加速を行う1).しかし, 本スラスタではコンストリクタ下流に燃焼室を設け ており,その燃焼室下流にコニカルノズル(半頂角 15°)を設けている.アークジェットスラ スタではコンストリクタ径を 1mm以下,特に 0.3mm まで径をしぼることで,推進効率,比 推力の値が高くなることが分かっている 2).しかし,本スラスタの場合にはノズルスロート より上流でチョークを避けるためコンストリクタ径はφ2mmで設計を行っている.
今回の実験に際してはカソード電極を本校で工作可能なSUS材を用いて製作した.カソー ド電極の根元にはφ1mmの穴が4つ開いており,そこから気化した推進剤を放電部へ供給で きるようになっている.また,カソードはフランジにはめ込む仕様になっており,カソード のみを取り換えるだけで複数の実験ができるようになっている.
推進剤の供給に関しては図1.10に示したニクロム線ヒータを用いた.ただし,推進剤供給 口の部材を SUS 材からマコール®材に変更し,ヒータ加熱部から放電部まで気化した推進剤 の熱損失が少なくなるようにした.投入電力は40Wで統一して実験を行った.
以下図3.2,3.3 に改良後のニクロム線ヒータと投入電力とニクロム線ヒータ配管内部温度
の関係をそれぞれ示す.
図3.2 改良後のニクロム線ヒータ3)
図3.3 投入電力とニクロム線ヒータ配管内部温度の関係4)
図 3.3 はニクロム線に5 分以上通電を行い配管内部の温度が定常になった値を投入電力ごと にプロットしたグラフである.投入電力40Wの場合には5分程度の予熱でヒータ配管内部の
温度600℃近くに達していることが分かる.
3.2.2実験系構成
以下図3.4に実験系のコンフィギュレーションを示す.
図3.4 実験系コンフィギュレーション
実験は全て真空チャンバ内を減圧(数10~数 100Pa 程度)して行った.推進剤は 2.6 で説明し た通り,ブローダウン方式によってニクロム線ヒータを介してスラスタに供給される.ニク ロム線ヒータ上流にはヒータ内部で万が一推進剤が異常燃焼を起こした際に逆火が推進剤タ ンクに至らないようにするためUltra Torrを取り付け安全対策をとっている.放電用の電源は
NISTAC社製HV-2K10と高砂社製HV1200-3.6Gを設定電流値に応じて用いた.スラスタには
アノード電極,カソード電極,ノズルに配線が繋がっており電流プローブにてそれぞれの配 線に流れる電流値を計測した. また,作動中の様子を真空チャンバに取り付けられた観察窓 からビデオカメラにてリアルタイムでモニタリングしながら実験を行った.
3.2.3実験シーケンス
以下図3.5にスラスタを作動させる実験シーケンスを示す.
図3.5 実験シーケンス
シーケンスはニクロム線ヒータを5分間,加熱したのちに開始する.実験の手順は以下に 示すとおりである.
1. 推進剤バルブ:OPEN 2. 放電電源:ON
3. 放電電源:OFF
4. 推進剤バルブ:CLOSE
ここで図 3.5 に示すように,推進剤バルブを開けてから放電電源を立ち上げるまでの時間と して供給圧0.4MPaで7s,0.2MPaで17sとしている.これはニクロム線ヒータ単体で推進剤
3.3 実験結果
本実験では放電電流値と推進剤供給圧をパラメータとして実験を行った.以下図 3.6 に燃 焼試験結果の一例として推進剤供給圧0.4MPa,電流設定値2.4Aの波形を示す.
図3.6 推進剤供給圧0.4MPa,電流値2.4A燃焼試験結果波形
図3.6のグラフは横軸に時間をとっており,0sが推進剤のバルブを開けた時間となっている.
放電電源を立ち上げて4s程度経過してから,推力の波形が立ち上がり電流電圧波形も振動が のるような波形になっている.放電の電源を断ち下げる3s前を定常状態として各波形の平均 値をとり,推進性能を算出すると推力は65.8mN,比推力は26.9sとなった.この時,推進剤
流量は約0.25g/sであり,SHP163の理論比推力276sから算出される理論推力は0.68Nとなり
性能がほとんど出ていないことが分かる.作動の様子についても,定常作動時にはノズル出 口から未燃の推進剤が液体の状態で流出しており,定常的なプルームも確認できなかった.
次に電極の損耗の様子について実験前と実験後のアノード,カソード電極の写真を図3.7に 示す.
図3.7 電極損耗の様子
図 3.7に示す実験後の写真は設定電流値1.6Aと2.4Aの作動を含み,総作動時間として累積 で約140s作動させた後の写真となる.カソード電極は実験前と実験後で先端部分の形が目視 でも確認できるほど損耗している.損耗量として質量では約 10mg,長さでは約 0.6~0.7mm 程度損耗している.また,アノード電極はコンストリクタ上流(AA面)のコンバージェント部 全体が実験後には放電痕で黒ずんでいる様子が見られる.コンストリクタ下流(BB 面)では,
ダイバージェント部の縁に放電痕ができている様子が分かる.このことから反応機構内部の 放電パスの状態として,カソード電極先端付近のコンストリクタ上流側にとんでいる放電パ スとコンストリクタ下流にまで伸びるような放電パスの両方が生じていると考えられる.
再び図 3.6 の電流波形を見るとアノードに流れた電流がカソード以外にノズルにも流れて いることが分かる.このノズルに流れる電流はどの設定電流値,推進剤供給圧においても計 測されている.以下に各放電電流値とノズルに流れた電流値の関係を図3.8に示す.
図3.8放電電流値とノズルに流れた電流値の関係
図3.8よりノズルに流れる電流値は各放電電流値で0.15~0.3A程度流れていることが分かる.
そこで,本実験で理論値と比較して性能がほとんど出ていない要因の一つとしてノズルに流 れる電流があげられる.つまり,ノズルに流れる電流の分,電極間に流れる電流が少なくな ることで電極間に存在する電子が少なくなり十分に推進剤の反応誘起が行えていないと考え られる.ここでアノード,カソード間のみで放電を行うために図 3.1 に示したスラスタ構成 から SUS 材のノズルを取り外した状態で燃焼試験を行った.以下図 3.9,3.10に元の構成と ノズルを取り外した構成での推進性能グラフをそれぞれ示す.
図3.9 ノズル有り 図3.10 ノズル無し
グラフにプロットした値は放電の電源を断ち下げる3s前の値を用いて算出している.ただし,
投入電力の平均値に関しては以下(3-1)式より算出した.
𝑃̅ =1
𝑇∫ 𝐼(𝑡) ∙ 𝑉(𝑡)𝑑𝑡
𝑇 0
(3-1) ここで𝑃̅は平均電力,𝑇は平均算出区間の測定時間,𝐼(𝑡),𝑉(𝑡)はそれぞれ各時間に測定された
電流値と電圧値になっている.
図3.9と図3.10のグラフを比較していくと,ノズル有りの場合に比べノズル無しの方が全 体として微小ながら 30mN 程度推力値が向上する結果が得られた.また,投入電力はノズル 有りと無しでほとんど変わらなかったため,推力電力比もノズル無しの方が向上する結果が 得られている.作動時の様子においてもノズル無しの場合には定常的なプルームが確認され た.しかし,ノズル無しのスラスタ出口からは未燃の推進剤がノズル有りのものと同様に確 認されており,いずれにしても反応誘起が十分に行われたわけではないと考えられる.
それでも推力値,推力電力比の向上やプルームの発生等が確認されたことから,ノズルに 流れる電流をキャンセルすることで性能の向上が見込めると考えた.そこで,ノズルの材質 を SUS 材から絶縁材であるアルミナ(Al2O3) に変更することで,ノズルを取り付けた状態で かつノズルに電流が流れ込まない構成で実験を行った.以下図3.11にアルミナのノズルを取 り付けた実験結果を示す.
図3.11 ノズル有り(アルミナノズル)
アルミナノズルを取り付けた実験結果として,推力値はSUS材のノズルを取りつけた構成の
結果(図3.9)とほとんど変化は見られなかった.しかしアルミナノズルを取り付けた構成の方
がSUS材のノズルを取り付けた構成よりも投入電力が小さくなったため,推力電力比が向上 する結果が得られている.アルミナノズルの構成においてもノズル出口から未燃の推進剤が 確認されており,定常的なプルームは確認されなかった.
SUS 材からアルミナ材に変更した実験を行った.その結果,ノズル無しの構成の方が材質に 依らずノズルを取り付けた構成よりも高い推進性能を示すことが分かった.また,作動の様 子としてもノズル無しの場合には定常的なプルームの発生が確認された.以下図3.12に各構 成における推進剤供給圧0.4MPa,設定電流値2.4Aでの作動の様子を示す.
図3.12 各構成における作動の様子
図3.12に示すようにノズル有りの場合と無しの場合で作動の様子が異なっていることが分か る.しかし,プルームの発生しているノズル無しの構成も含め上記 3 構成ではどの作動条件 においても未燃の推進剤がノズル,流路出口から流出しているのが確認されている.これよ り,現構成ではノズルの機能が十分に果たされていないと考えられる.この要因の一つとし て考えられるのは,スラスタ流路内の推進剤の状態が気液二層流になっていることがあげら れる.一般的に単層流れから気液二層流の状態になると音速が低下する 5).そのためノズル スロート部においてチョークが起きても流速が低いため推力が向上しないと考えられる.
以上のことから現状の構成で推進性能を向上させるには放電電流値の増加や電極間で放電 を完結させることによって推進剤と電子との接触率を向上させるだけでは限界があると考え られる.
この問題を解消するために,スラスタ出口から流出する液状の未燃の推進剤を低減させる 必要があると考えられる.ノズル無しの構成においても未燃の推進剤が流出していることか ら,放電部上流の時点で液体の推進剤が存在していると考えられる.これより,最上流の推 進剤気化器を改良することでより高温の推進剤を供給できるようにすれば未燃の推進剤を低 減できると考えられる.
3.5 3章結論
本章ではアークジェット型電極を有する化学推進機の試作,性能評価を行い,以下の結果,
結論を得た.
・スラスタの構成にSUS材のノズルを用いると,アノードに流した電流がカソード以外に ノズルにも流れており,放電が電極のみで完結していないことが分かった
・スラスタの構成からノズルを取外し,実験を行った結果,ノズル有りの構成よりも推力,
推力電力比において全体的に高い値を取得した
・ノズルの材質をSUS材からアルミナ材へ変更し,SUS材ノズルとの比較をした結果,推力 電力比の向上が見られたが,推力値の変化は見られなかった
・今回実験を行ったどのスラスタ構成においても未燃の推進剤が確認されており,反応誘 起が不十分かつ,ノズルが機能していない要因になっていると考えられる
第3章 参考文献
1)西田廸雄,“アークジェットスラスタ,” 日本機械学会論文集(B編),69巻677号,pp.3-5,
2003
2)Kazuhiko Ogiwara,Satoshi Hosoda,Takao Suzuki,Kyoichiro Toki,Kyoichi Kuriki,Shinobu Matsuo,Hideki Nanri,Hiroshi Nagano,“Development and Testing of 300W-class Arcjet,”
IEPC-95-017,pp.147,pp.150,1995
3)青山翼,“放電プラズマを用いた低毒性一液式スラスタの実験的評価,” 首都大学東京修士
論文,pp.96,2019
4)青山翼, 高橋一真, 笠原真能, 松本宗弘, 竹ヶ原春貴, “気化器を用いた放電プラズマ付加型
HAN系推進剤1N級スラスタの性能評価,“ 第62回宇宙科学技術連合講演会講演集, JSASS-2018-4619, 2018
5)井口学, 武居昌宏, 松井剛一著, “熱流体工学の基礎,” 朝倉書店, 初版第1刷, pp.118-120, 2008
第 4 章
グロープラグを用いた気化器の試作
4.1 試作目的
3 章で述べてきたようにスラスタ作動時にスラスタ出口から流出する未燃の推進剤を低減 する必要がある.そこでスラスタ最上流にある推進剤気化器の気化率を向上させることを目 的に試作を行った.
4.2 ニクロム線ヒータ
現状のニクロム線ヒータで単体試験を行ったところヒータ出口から一部液体の状態で推進 剤が出てきていることが確認された.以下図 4.1 にニクロム線ヒータの推進剤供給の様子を 示す.
図4.1 ニクロム線ヒータ推進剤供給の様子
また,推進剤供給状態を確かめるために供給口の部材がマコール®のもの(図3.2)からSUS 材 熱電対ポート付きのもの(図1.10)に変更し,真空下で燃焼試験を行った.その際,推進剤供給 口に取り付けられた熱電対より取得したヒータ出口の推進剤供給温度履歴を以下図 4.2 に示 す.
図4.2 ニクロム線ヒータ推進剤供給温度履歴 (供給圧0.4MPa,流量0.23g/s)
図 4.2 に示すように推進剤供給温度の履歴を見ていくと推進剤バルブを開けて,放電の電源 を立ち上げた点から温度は徐々に上昇し 15s 手前で温度が一気に上昇している.この地点に おいて気化した推進剤がヒータ出口に到達したと考えられる.その後,最高到達点として 160℃近くに達したところで温度は急降下し,70~80℃付近で温度が定常的になっている.
これよりニクロム線ヒータ配管内での状態を考察する.ニクロム線ヒータの配管内で最初 に入ってきた液体の推進剤が配管の内壁から熱されることで気化が進み,温度上昇しながら ヒータ出口に到達する.その後,絶え間なく液体の推進剤がヒータ配管内に流れて来るため,
配管内壁は冷やされ推進剤の気化が追い付かなくなると考えられる.これによって推進剤温 度が低下し,液体の推進剤による内壁冷却とニクロム線による内壁加熱がつりあったところ で推進剤供給温度が定常的になっていると考えられる.そのため,シーケンスの最後に推進 剤バルブを閉じると,ニクロム線による加熱が優勢になり配管内部に残っていた推進剤の気 化が進み、温度が上昇する波形が取得されている.以下図4.3に先行研究1)で得られたSHP163 の示差熱分析及(DTA)び熱重量分析(TG)の結果を示す.
図4.3 SHP163のDTA-TG波形1)
先行の研究より,SHP163の分解開始温度が154℃付近であるため,定常作動時の推進剤供
給温度が70~80℃ではSHP163は気化しきれていないと考えられる.
以上のことから現状用いているニクロム線ヒータでは推進剤の気化が十分でないと考えら れる.この要因の一つとして,推進剤への熱の伝え方が非効率であると考えられる.ニクロ ム線ヒータではニクロム線から SUS の配管を介してその中を流れる推進剤を熱しているた
4.3 グロープラグを用いた気化器 4.3.1 熱源の検討
ニクロム線ヒータにおける間接的な加熱から直接的な加熱を行うためにニクロム線以外の 熱源を検討した.その結果,ディーゼルエンジンの補助熱源として用いられるグロープラグ を採用することにした.このグロープラグを用いた気化器の前例として大阪工業大学(以下大 工大と呼ぶ)での SHP163 (分解ガス)を用いたアークジェットスラスタの研究があげられる.
ここでは SHP163 の成分である水を気化した状態で供給するためにグロープラグを用いてい
る2).以下図4.4に大工大で開発されたガスジェネレータの図を示す.
図4.4 大工大で開発されたガスジェネレータ2)
図 4.4 に示すように大工大で開発されたガスジェネレータはグロープラグの加熱部に水を流 し込み,接触させることで気化を行う仕組みになっている.これは本研究における直接的な 気化というコンセプトにも一致していると考えられる.ゆえに今回,新たな気化器を開発す るにあたって大工大のガスジェネレータを参考に試作を行った.
4.3.2 グロープラグを用いたオープンカップ試験
大工大においてはあくまで SHP163 の分解模擬ガスを用いているため SHP163 そのものを 気化させているわけではない.SHP163は第1章でも述べてきたように高燃焼伝播速度を有す るため高熱源に接触させることで爆轟等が生じる危険性もある.そのため,気化器の開発に 入る前にグロープラグ単体に SHP163 を接触させ安全に気化が行えるかどうかを評価した.
はじめに,今回新しい気化器に用いたグロープラグと大気圧下での温度特性を以下図4.5,4.6 に示す.
図4.5 日本特殊陶業製グロープラグ
図4.6 グロープラグ温度特性(大気圧下)
今回の気化器開発には大工大で用いられている日本特殊陶業製メタルグロープラグ Y-118R を用いた.図4.6はY-118Rを大気圧下において定格7Vを印加し,温度特性を取得したグラ フである.温度取得には熱電対を用いており,電圧を印加して 1 分程度で 600℃近い温度が 取得されている.またグロープラグ加熱部表面の中間付近と先端付近それぞれに熱電対を接 触させ温度を取得した.温度が定常状態になった点ではグロープラグ加熱部の中間付近にお いて温度が高くなる結果が得られている.