99
アジア開発銀行の発足と地域経済協力
河 本 博 介
一 アジア開発銀行の発足 二 わが国の経済協力とエカフェ 三 む す び
一
1.1966年11月24日より26日にかけて開催された東京における創立総会によって,アジ ア開発銀行は正式に発足した。
会議はその1日目においてインドネシアの新規加盟を承認し,初代総裁に日本から渡辺 武氏が選出された。さらにアフガニスタン,カンボジア,南ヴェトナムおよびシンガポー
ル4ケ国の増資が承認され,出資を9.65億ドルとして発足した。2日目において,銀行の 授権資本を10億ドルから11億ドルに増加し,スイスの新規加盟を承認した。さらに未参加 のビルマ,ソ連,フランスおよびモンゴルへの参加を呼びかけた。また第1回年次総会を 1968年マニラにおいて開催することを決定し,10人の理事を選出した。それは域内のブイ
リッピン,韓国,日本,オーストラリア,マレーシア,インドおよびインドネシアからの 7人と,域外の西ドイツ,カナダ,アメリカからの3人,合計10人よりなる。
これまでに批准書を寄せた国はエカフェ:域内国の18ケ国,域外国の12ケ国であったが,
新規加盟のインドネシア・スイスを含め加盟国は32ケ国となった。インドネシアはこれ津 でアメリカの出資が多くを占めるごとき開発銀行には参加を渋っていたが,スカルノ政権 の後退によって参加の機運が高まっており,今回の創立総会でその参加が正式に承認され た。またいままでいかなる金融機関にも参加しなかったスイスがアジア開発銀行に加盟し たことも注目される点である。
域内国は理事10人中7人を選出し,出資額は全体の64%弱を占めている。その出資額は 第1表のごとくであるが,それはアジア諸国の資金需要を満たすに十分ではない。しかし 同行の融資が呼び水となって域内外からの今後の資金の流入も予想されるであろう。
アジア開発銀行はアジアの経済協力と経済成長を目的とするものである。域内国に限ら ず国連加盟国とその専門機関に属する域外国にも参加を求め,政治的要因を排除しようと
した。いわば中立的性格の開発銀行たらしめようとするものである。
発展途上国に対する経済援助には,二国間の双務的援助と国際機構を通ずる多角的援助 とがある。前者は技術援助を含め,贈与,借款供与,民間ベースによる投資など特定国間 で行なわれる9ζの形式による媛助を大規模かつ多数の国にす\めてきたのがアメリカで
1拍0
(第1表)
アジア開発銀行加盟国の出資額
加 盟 国 出 資 額
1加盟国
出 資 額域 内 百万ドル 域外
百万ドル
アフガニスタ ン 4.78
オ 一 ス ト リ ア
5.00オー ス ト ラ リ ア 85.00 ベ ル ギ 一 5.00
カ ン ボ ジ ア 3.50
カ ナ ダ
25.00セ イ ロ ン 8.52 デ ン マ 一 ク 5.00
申 国 16.00
フ ィ ン ラ ン ド
5.00イ ン ド
93.00 西 ド イ ツ 34.00日 本
200.00
イ タ リ ア 20.00 韓 国 30.00 オ ラ ン ダ 11.00ラ オ ス
0.42 ノ 停 ルウ ェ・一 5.00・マ レ F シ ア 20.00
ス ウ ェ 一 デ ン
5.00ネ パ 一 ル
2.16 イ ギ リ ス 30.00ニユ門ジーラソ畷ド 22.56 ア メ リ カ 200, 00
,パ キ ス タ ン 、32.GO
ス 冒 ス
啄 ・ らブ イ リ ツ ピ ン 35.00 小 計 350.OG
輌ザ ェ トナム 12.00
シ ・;ン 戯ポー ル
5ゼ00タ イ
20.00西 .サ モ ア
0.06イ ン 1ドネ シア 25.00
1
小 計 615.00 総 計
あり,経済援助をめぐる国際関係からして,従来最大の比重を占めるものであった。 した がって特定国間の歴史的,政治的,経済的関係を反映し,ブラック世界銀行総裁の言のご
とく,政治的考慮が優先されるきらいがあり,ひも付援助となって必要部門に必要資金が 注入 されないきちいがある。近年多角的援助が重視されてきたが,これは特定国間の関係 を遮断し,政治的考慮を離れて援助機関の方針に従った経済的援助が行なわれやすいとこ
=うにその特色があり,それはまた被援助国にとっても好ましいものとなろう。 (拙稿「地域 開発銀行について一アジア開発銀行の設立」研究年報第7集)
この間にあって援助のための地域的協力の金融機関として,、米州開発銀行σntef盛tn・
erican Development Bank),アフリカ開発銀行(African Development Ba愈)の 活動は注目されるところである。アジア開発銀行も地域開発銀行としての役割を負うもの であって,アジアの連帯として発展途上国に対する地域協力のシンボルとしての意義をも つ0
2.アジア開発銀行は,米州開発銀行,アフリカ開発銀行となちんで,地:域経済協力の 具体策として貿易金融を中心とする地域開発銀行としてその設立が,』1960年2月バンゴッ
アジア開発銀行の発足と:地域経済協力
矧:クにおける国連アジア極東経済委員会(エカフェ)第16回総会の席上,タイによって示唆 されたことにはじまる。
19163年3月マニラにおける第19回エカフェ総会で,地域経済協力の促進策が検討され,
閣僚会議を開催し,貿易および産業開発のための協力健進が決議され,それによっ・てイン ド,フィリッピン,イラン,ニュージーランド,イギリス,フランス,ーメキシコよりなる 7人委員会が開催され,地域開発銀行の設立が提案された。ついで同年τ0丹バンコヅクに おけるエカフェ域内貿易促進会議において,アジア開発銀行の設立の必要性が確認きれ,
同年12月マニラにおけるアジア経済協力閣僚会議で,設立に関する具体案作成のための専 門家委員会が設置されること〜なった。
専門家委員会は日本,、インド,イラン,フィリrッピン,タイ,インドネシア,パキスタ ン,ニュージーランドの8ケ国のほか,米州開発銀行および国際金融公社の代表も参加し,・
1964年10月バンコックにおいて,アジア開発銀行の基本構想について検討したσこの委員 会の報告は,1965年3月ウェリントンで開催されたエカフェ第21・回総会に提出きれ,アジ
ア開発銀行の設立をエカフェの最優先議題としてとりあげ,.さちに開発銀行の定款作成:に あたる諮問委員会の新設が決定した.
この諮問委員会は日本,インド,・イラン,タイ,マレーシア,フィリ ッピン,南ヴェト ナム,パキスタン,セイロンの域内9ケ国よりなる専門家で構成.ざれ,同年6丹バンコッ クに参集し(日本からは渡辺武並出席),委員会開催後銀行設立に関し域内好め意向聴取,
また域外先進国および国際金融機関に対する協力要請のため各国を歴訪した。
アジア開発銀行の設立についてエカフェの開催した会議の経過はうえのごとくであるが
(前掲拙稿「地域開発銀行について」),そのときの委員会で銀行設立一協定草案が起草され,こ れをもとに政府代表者準備委員会が銀行設立協定案を作成し,・同年/1丹マニラにおける第
2回アジア経済協力閣僚会議およびアジア開発銀行全権代表者会議において,銀行設立協 定が正式に採択きれるところとなった。
アジア開発銀行に対しては,アジア諸国の殆んどが開発途上国であるところかち1出資以 上に融資への期待が強く,その機構について深い関心が寄せられたのも当然であった。、、し たがってそれだけに,本店の自国内誘致や,総裁の選出,投票権など融資の基本方針とと、
もに重要課題であった。本店所在地についても東京,マニラ,テヘランなど7都市から誘 致の意思表示があったが, 「開発途上国の問題はすべて開発途上国の主導権で解決すべぎ である」という基本的態度によって,1965年12月のマニラにおける18ケ国からなるエヵラ ェ閣僚会議でマニラに決定するところとなった。その後さきの9ケ国よりなる諮問委員会 のメンバーに加えてオーストラリア,韓国,ネパール,アメリカおよび西ドイツの14ケ国 よりなる銀行設立準備委員会による準備のあと創立総会が開催されたのであるが,設立協 定は銀行の授権資本の65%以上に達する15ケ国をこえる加盟国の批准を得て,1966年8月 22日にその効力が発生した。
1}02
アジア開発銀行が現実に動きだすことになったことは,なによりもアジアにおける地域 協力のシンボルとして大きな意義をもち,それはアジア人の手によるアジアのための協力 機関である。アジア諸国が過大な人口をか㌧え,・その経済成長は高率の人口増加に吸収さ れ,先進国との格差は拡大する傾向にある。したがって工業化を促進し経済成長率を高め るためにも経済開発の遂行が必要である。そのための開発資金を如何にして調達するか。
発展途上国の旺盛な資金需要に対し,国内貯蓄が不十分である以上,外国資金に依存せぎ るを得ない。また各国の経済開発計画は自国工業化を目ざすところがら,域内全体の相互 調整が行なわれていない。この意味で域内経済 協力の中心となって開発資金を調達し,域 内資金の動員と域外資金の受入れ,投資の調整をはかることは,長期開発計画の遂行のう えで全体的見地からも必要である。この意味でアジア開発銀行の地域開発金融機関どして の意義は大きい。∴
今後アジアの開発はアジア開発銀行が中核となって推進されるであろう。域内の政府お よび民間投資の促進,経済開発計画の立案,実施とその計画に対する融資についての技術 的援助など国連その他の国際機関との協力が任務とな一る。
3.アジア開発銀行の授権資本額は当初10億ドルで,6億ドルを域内加盟国から114 億 ドルを域外加盟国からの出資に期待したが,今回の総会において11億ドルに増加され,そ のうち実際応募額は第1表の示すごとく96,500万ドルにおよんだ6その内訳は域内加盟国 が61,500万ドル,域外加盟国が35,000万ドルである。
このうち払込資本額はこの半額で,20%ずつ5回にわけて毎年払込むことになっており,
第1回の払込み分たる9,650万ドルはすでに払込まれている。かつその払込みは半額を金 または交換可能通貨で,残りを加盟国の自国通貨で行ないうることになっているが,実際 に金または交換可能通貨で払込まれた額は約7,500万ドルであった。
アジア開発銀行の資金量は以上のごとくであるが,発展途上国の経済開発の必要とする 資金需要をどの程度みたしうるであろうか。従来の国際金融機関による発展途上国向けの 融資実行額を見ると第2表のごとくである。
(第2表)
1
1946/59 合 計
1960
1961
1962 1963 1964 1965 合 計 単位100万ドル世 銀 1,856.4
346.9 314.8 409.2 462.0 463.5 485.8 4・338.61
第二世銀
0,5 24.7 104.6 148.1 277.3
畔金融酬米欄発銀行1
555.2}
16.0 13.0 7.9 18.1 11.6 15.5 21.2 103.3
通産省,経済協力の現状と問題点,1966.(P.36.)
4.9 36.9 75.1 131.2 182,2 430.3
合 計
1,872.4 359.9 328.1
488.9 653.3
ゴ758.3,966.5
5,427.4アジア開発銀行の発足と地域経済協力 重03 このほかヨ∴ロッパ開発基金およびヨーロッパ投資銀行によるこの間の援助実行額がそれ ぞれ32,540万ドル,2,420万ドルである。同様に国連機関(U:NK:RA,・UNEPTA, U:N特 別基金,UNICEF, UNRWA, U:NHCR, UN:FC)によるものが212,460万ドルに達して
いる。
世界銀行,第二世界銀行および国際金融公社のいわゆる世銀グループの発展途上国向け の融資額はうえのごとくであるが,このうちアジナ諸国への年度馴の融資額がどれほどを 占めているかは資料の関係上詳細は不明であるが,,1965年7月から1966年6月までの第二 世銀および国際金融公社のアジア向け新規融資承諾額を見ると,つぎのようである。すな わち第二世銀はインドに対し,総計19,100万ドルの借款を与えている。その内訳は鉄道 6,800万ドル,インダス河基金2,300万ドル,工業品輸入援助10,000万ドルである。パキズ
タンに対して,工業品輸入援助2,500万ドル,穀物貯蔵倉庫1,920万ドル,教育↑,300万ド ル,合計5,720万ドルの借款供与をなしている。国際金融公社について見ると,インドの ベアリング製造業に対し13.1万ドル,マレーシアのセメ・ント製造業に対し155.9万ドルの 融資を承諾している61(通産省,前掲書,PP.282 一84.)第二世銀について早れば同期間内の 融資承諾総額の87%を占めている。
アも〉ナ諸国の世界銀行融資に対する依存度も高く,またDAC加盟国の三国間政府資金 の援助もぼう大な額にのぼっており,アジアの発展途上国がぼう大な資金需要をか㌧えで いることがわかる。か\る旺盛な資金需要に対し,アジア開発銀行の資金量は勿論十奇で ないことは明らかである。したがって従来の国際金融機関の融資に追加的に供給されると ころにその役割があり,これら機関との協力による効率的な融資活動が望まれる。・さちに 将来資金量の増大策を講ずる必要があり,その方策として増資,債券の発行,特別基金の 受入れ等が検討されなければならないd
4.銀行の業務は通常資金による通常業務と特別基金による特別業務がある。資本金の ほか債券発行によっても資金が調達される。特別基金としては資本金の10%をこえない額 を別勘定とし仁ものおよび銀行の管理に委ねられた信託基金が含まれる。銀行あ業務は当 初は主として貸付と技術援助に向けられるであろうが,貸付は通常資金によるハード・ロ ーンと特別基金によるソフト・白一ンがある。
貸付は特定プロジェクトへの融資を原則とするが,国の開発銀行などに対する貸付また はそれに対する保証も行なう。融資先は政府,政府機関,公社あるいは民間会社などで,
既存金融機関の活動を補完し,域内の開発のための農工鉱業など生産部門に重点をおく。
健全金融主義を通すことになろうが,それは限られた資金の効率的運用のためにも必要で ある。したがってコマーシャル。ベースにもとづいて資金が供与されるであろうが,アジ ア地域の後進性から長期,低利の融資が必要であり,特別基金によるソフト・ローンが考 慮されなければならない。他方経済開発の基盤としての農業開発の重要性からも,信託基 金を設けてこの部門にソフト・ローンを供与すべきであるとの要望も強い。
争04
また銀行設立協定 (第21条)に「銀行ぱその業務の開始後最初の5年間は支出が回収不 能であることを前提として,払込資本の2%までを技術援助のために使用することができ
る」とあるが,技術援助は重要な業務となるであろう。これによって発展途上国の経済計 画の策定,有効な開発プロジェクトの設定が助長されるであろう。
銀行の機構として総務会.理事会,総裁.副総裁がおかれる。総務会は各加盟国代表1 名をもって構成され銀行の意思決定機関である。理事会は総務会で選出した域内7名.域 外3名の計10名で構成される。銀行の業務は理事会および総裁を中心に運営さ・れることに なる。銀行設立協定(第36条)に「銀行,総秘副総裁ならびに役職員は,いずれの加盟 国の政治問題にも干渉してはならず,またいずれかの決定を行なうにあたっては,関係加 盟国の政治的性格によって影響されてはならない。その決定は経済上の配慮のみにもとず いて行なわれなければならない」と銀行業務の運営に対する基本的態度を規定しているσ 5.アジア開発銀行には他の地域開発銀行と異った特質がある。一言にしていえばアジ
ア人によるアジアのための開発銀行という点であろう。出資額の60%以上を域内で拠出し.
総裁も日本から選出していることにあらわれてい.る・しかしながらアジアは経済的には同 質のグループではない。地域経済協力を必要とするにもか\わらず,その殆んどが開発の 程度,,開発の方向を異にするが融資を渇望する発展途上国である。アジア開発銀行がアジ ア諸国の主導権のもとに運営せらるべきことは当初からの構想であるが,地域的開発金融 機関と一して経済開発のための地域的協力の中核たるためには加盟国の協調が必要である。
殊に域内先進国,としてわが困のアジア開発銀行に対する態度は今後の低開発国援助政策 を規定するうえからも重要である。この聞にあって銀行の本店がマニラに決定したことは わが国の・アジア低開発地域に対する従来の経済協力について反省を迫るものがあった。本 店誘致についてはフィリッピンが強力に動いたζともさりながら,戦後経済の復興と驚異 的な経済成長の過程で,わが国の対アジア連帯意識に疑念がもたれ,,経済協力を求めるエ カフェ諸国の失望をかっていたことは反省する要があろう。アジア開発銀行の育成にかけ
られた責務は総裁を選出したわが国にとつそも重大である。
1.アジア開発銀行の発足ぽ.わが国の低開発地域に対する経済協力の今後に対し一つ の時期を劃するものであるが,それは同時にアジアの域内加盟国にとっても地域経済協力 をしいるものである。
一般に発展途上国に対する援助には,政府ベースによるものと民間ベースによるものと に区分さ・れる。前者は政府聞の借款,国際機関への出資等であり,後者は民聞輸出信用お よび民間投資である。
発展途上国に対する援助は,国際機関への出資,貸付などを除けば,特定国から特定国 へ直接供与される2国間援助であり,国際機関を通ずる多国間援助と区別されることはす
アジア開発銀行の発足と地域経済協力
1・05
でに述べたところである。2国間援助は全体の約90%を占めている。先進国間においては,共同して援助の拡大をはかるために2国閥援助の調整,援助の効率化が試みちれでいる6 DACは主要援助国が参加してう特定の被援助国または地域について,調整グループまた は地域会議を設けている。世界銀行の主催するイン馬パキスタンに対する,またOEC Dめ主催するトルコ,ギリシャの債権国会議虫世界銀行のタイ,マレーシア)韓国などに ついて設けている協議グル{プなどこの例である。
他方多国間援助は,世界銀行,第二世界銀行,国際金融公社の世銀グループ,米州開発 銀行,アフリカ開発銀行などの地域開発金融機関および国連の技術援助機関などを通じて 行なわれる。
EECはヨーロッパ開発基金ゴヨーロッパ投資銀行を通じてゴアフリカなどEECの旧 植民:地および海外領土に対する援助を行なっている。国連の諸機関やEEC開発基金がほ
とんど贈与の形で援助しているに対しづ上述の機関の援助はほとんど借款の形をとってい るが貧国際機関を通ずる援助の方向はその増大が望まれるあり方であろう。
ところでわが国の経済協力は資本,技術および貿易における形で見ることができる6資 本における協力は贈与,長;期信用供与,海外投資および国際機構に対する出資などである。
このうち,長期信用供与には政府ベースにもとずく借款と民間ベースにもとつく延払輸出 による信用供与が含まれる。
2.わが国の経済協力の実績を見ると第3表のごとくである。
(第3表)
.一一, . 畢 い 噛 r, 8 5 ご r ト,
1 −9621196311964口965
贈与 賠償その他
Z 術 協 力
@ 計
71.0 R.6 V4.6
72.2 S.5 V6.7
62.9 T.8 U8.7
76.2
≠盾 W2.2
長期
M吊 泓^
直 接 借 款 п@払 輸 出 ハ 理 信 用
@ 計
12.う
@126.1
?@ア.51
@131.↑
6013
@47.9
「 8.8
@99.4
49.1
@89.6
「11.6
@127.1
114.9 W2.8 Q9」2 Q26.9
i
隣外投資 69.1 76.7 39.6 87.4多国藺べρ ス 7.2 12.1 9.7 17.5
合 計 282.0 264.9
245コ
414.0対国民所得比 0.6 0.5 0.41 住62
単位100万ドル
整理信用はアルゼンティン,韓国等に対する旧0/A勘定の繰延分である。
通産省,前掲書。(P.38.)
106
二国間ベースにもとずく円借款は従来主としてインドおよびパキスタンに供与されていた が,1965年以降台湾,韓国,イランにも供与が約束され,1966年に入ってセイロン,イン ドネシアその他アフリカ諸国まで拡大してきた。また発展途上国における外貨危機救済の ための借款供与が増大してきた。1965年以降アジア地域では,インドネシア,セイロン,
インドに対し債権国会議への参加等国際協調のうえに外貨危機救済のため,債権の償還繰 延べを含め緊急借款の供与を約束した。東南アジア諸国に対する援助としては1965年,ラ オス外国為替操作基金への参加,台湾に対する借款供与,韓国への無償経済協力および借 款の供与,メコン委員会のナム・グム。ダム建設計画に対する参加と400万ドルの出資決 定,アジア開発銀行への参加出資,1966年の東南アジア開発閣僚会議の開催,,インドネシ
アへの緊急援助などがある。 (通産省,前掲書,PP.38〜40.)
多前聞ベースの援助はほとんどが政府ベースのもので,国際機関に対する出資である。
1965年において第二世銀へ3年間にわたる増資4,125万ドルの第1回分として1,375万ドル の払込を行なった。また,1966年3月には世界銀行に対する1,066万ドルの特別増資払込 を行なっている。アジア開発銀行に対する2億ドルの出資のうちその半額が払込資本金で あり,これを5年聞にわたり払込むわけであるが,第1回分どして同年8月,現金1,000 万ドル,国債で1,000万ドルが払込まれた。
つぎにわが国の対外援助の実績を1965年中について見ると,第3表の示すごとく2国間 ベースにもとずくものが大半で,多国間ベースにもとずくものは僅かに全体の4.2%にす
ぎない。援助の地理的分布を見た場合,アジアの占める比重が最も高く全体の67.2%を占 め,ついで南北アメリカが17.1%で,アフリカおよび大洋州の占めるウエイトは低い。ア ジア地域の内訳は中近東2.3%,南アジア25.1%,極東40.3%となっている。殊に政府ベ ースの援助ではアジアが83.9%と集中している。 (通産省,前掲書,PP.42〜4.)わが国の対 外援助がアジアに重点がおかれていることがわかる。
経済協力の主要な形態が贈与(賠償その他),長期信用供与および海外投資であること はすでに述べた。これらは2国間ベースにもとずくものであるが,このうち長期信用供与 についていえば,政府ベースのものと民間ベースのものに分類しうる。前者は円借款に代 表される直接借款で,後者は商業ベースの延払輸出信用がある。
わが国の場合,政府ベースの信用供与は金額のうえでも最も大きなウエイトを占めてお り,経済協力政策を直接反映するものとして重要である。わが国の円借款は政府が被供与 国の政府またはその機関に対し円貨で与える借款であって,政府間の交渉によって,日本 輸出入銀行および市中銀行団または海外経済協力基金が被供与国政府またはその機関と貸 付協定を結ぶ形で行なわれる。
円借款はその貸付条件において民閥借款に比し緩和されており被供与国にとり有利であ る。政府間の交渉で対象プロジェクト,条件等が決定し,それによってフQラント,設備等 の輸出が行なわれている。
アジア開発銀行の発足と地域経済協力 i6ア
また政府間であらかじめその条件,総額,対象晶目を決定してある延払輸出信用すなわ ちクレジット・ラインも円借款と同じく,被供与国にとり緩和された条件で利用しやすい 形のものとなるが,クレジット・ラインを含めた政府ベースの直接借款を1962年以降のア
ジア地域に対するもので見るとつぎのごとくである。 ・ ∴
(第4表)
供与約束 時 期
1962.1
〃 4
〃 7
〃 8
〃、8
〃 8
〃 8 1963.6
〃 9
〃:10
〃 10
1964.4
〃 9
〃 10
〃 11
〃 11
〃 12
1965.4〃 6
〃 6
〃 7
1966.1
〃 5
〃 7
〃 9
被供与国
パキスタン インドネシア ラ オ ス イ ン ド イ ン ド
、パキスタン インドネシア インドネシァ
メキスタン
イ ン ド インドネシア
イ ン ド イ ン ド
パキスタン
イ ン ド
パキスタン 韓 国 台 湾 韓 国 イ ン ド イ ラ ン
セ イ P ン
パキ・スタン インドネシア
セ イ P ン
方 式
円 借, 款
クレジット・ライン クレジット・ライン 円 借 款
クレ ジット・ライン
クレジ蛭・ライン クレジット・ライン クレジット・ライン 円 借 侵 出 借 款 クレジット・ラインクレジット。ライン 円 借 款 円 借 款
クレ ジツト・ライン
クレジット・ライン クレジット。ライン 円円 円 円 円
円 円 円
借 借
借 借 借 借 借 借款 款 款 款 款 款 款 即
金 額
(百万ドル) 対 象
25 21.35 1.2
15 10 13
21.35 1130 65
127
60 30 10 10 20 150
20060 17
530
30 5プラント,設備,機械 ホテル資材,巡視船
上水道工事 1 プラント,設備,機械
繊維機械・
繊維機械
橋梁,竹パノヒプ工場,トラック・
百貨店
プラント,設備,機械『
プラント,設備,機械 鉄鋼製品,自動車,通信機機 械部品,化学製晶,紙3タイヤ,
タイヤコ例ド 繊維機械
プラント,設備,機械 プラント,設備,機械 繊維機械
繊維機械層 機械,輸出用資材
多目的ダム,港湾,製鉄工場等 鉄道,海運,申小企業等 プラント,設備,機械 マイクPウェ ブ
肥料,自動車,自動車用タイヤ,
チューブ,繊維品 プラント,設備,機械等 肥料,繊維品等1
工業用原材料および機械,繊維
晶
通産省,前掲書.(PP.62〜了.)
↑@番 〆
民国べ炉スの億用供与は,輸出業者による延払輸出の形で行なわれる。1965年度における わが国の発展途上国向けの延払輸出額は42,700万ドルで,先進国向けおよび共産圏向けの 全体⑳54%蓼占φるが,東南アジア向けの金額は発展途上国向けの72%を占めている。そ の内訳はインドネシア12,250万ドル,フィリッピン5,600万ドル,インド4,400万ドル,韓 国2,340万ドルが主要被供与国となっており,その対象品目は産業機械,船舶,繊維機械,
電気・通信機十三が主たるものである9(通産省,前掲書PP。68〜9.)
とこるでわが国の発展途上国経済援助額の対国民所得比は第3表で示したごとく,1962 年0.6%,1963年0.5%,1964年0。41%,1965年0.62%となっている。いまDAC加盟国の
1964年およびlge5年における経済接駒額および対国民所得比を見ると次表のごとくである。
(第5表)
転己s〜あ弓し「・
早@ 名
鮎.r二㍗ F鴨 r・「 ,、馳ノ
i百万ド初㍼賦z
い, ヒ、 辱
ホ国民鞄セ比
昭一人当ゲ
走ッ所得 (ドル)
巨 . ● 「
早@ 名 i百万ドル)援助額 対国民
鞄セ比
一人当り
雫辮
オPストラリア 126.8
P44.1
0L72
O.76 1,672
オ ラ ンダ 134.2
P89.1
0.9711.29
1,196
オ門スト丑ア 13β
垂W.1
0.20
O:.55
960ノールウェ・一 26.9 R3.5
0.55
O.63 1,442
1
・!・ルギド t37.3
Q31.1
1.14
P.75 1,392
ポルトガル 62.7
R0.7
2.32
P.07 311
カ ナ ダ τ56.0
P、62.9
Ol.45
O.46 1,819
スウェーデン 94.3 P01.0
0.43
O.46 1,975
,デンマーク 21.1
P与」
0.30
O.20 1,623
イギリス 866.7
X50.0
1.17
P..20
1,443フ ラ ン ス
11,301 .9
k257.52.08
P.79 1,426
ア メ リ カ 4,797.9 T,570.4
0.96
s.00, 2,863
西ドイ ツ 了29.1
コ呂QJ
0.92
O.86 1,452
日 本 245.1
S14.0
0.41
O.62 682
イ タ 艮・ア 1う1」
I49,Q
0L39
O.35 825
DAC全体 8,843.4
X,985.Q
0.93 O.98
(注)各欄の上段が1964年,下段が1965年である。
通産省,前掲書.(PP.14〜17.)
アジア開発銀行の発足と地域経済協力
109
・1964年および65年余DAC全体の対国民所得比は,この表め示すごとζOl 鰍%および0.98%である。この平均をこえる援助国はベルギー,フランス,オランダ,ポルトガル,凍 ウェ声デン,イギリズおよびアメリカの7ケ国である。わが産め接助め対薗寅所得蕗め抵 噛いととは明らかである。しかしながら経済成長率の高いわわにわが薗め一人当わめ国蔑所
得を見た場合,うえのなかではポルトガルを除いて最も低い。したがって機械的に曲面良 所得比を云々することには問題があるが,アジア地域内の先進主業薗として発展途上国に 対する経済協力め基本的な態度について十分考慮を要するととろである。
3.発展途上国がその開発を志向するにあたり,自らの力で行なうか, 外心援助に俵存 するか,あるいは地域協力をまうか,これらめ1つにま:るでとほ種々の障嬉があって:ネ:可』
能であろう。したがって混合方式炉とられねばならない。アジア開発銀行は地域傷力め薗 際金融機関であるが,この地域協力の機構としてエカフェの活動は重要である。
エカフェのはじまりは国連経済社会理事会(ECOSOC)が1「946年6月に設置した荒廃地 経済復興臨時小委員会にまでさかのぼることができる。こめ小委員会は,復興を容易にし 加速化するに効果のある国際協力措置について助言するように指示きれ,ごめ小委員会め もとに2つの作業班がおかれた。 1つはヨーロッパとアフリカに関する班であり,他はア ジアおよび極東に関するそれであった。ついで翌1947年3月RCOSOCは国連総会め指令で ヨーロッパ経済委員会(ECE)とエカフェを設立した。(David Wightman;日:本工ヵラェ 協会訳,アジア経済協力の展開,PP.13〜18.) これから20年,エカフェが地域経済協力の主役
となるまでの動きは平たんなものではなかった。
エカフェに与えられた指示は,アジア・極東め経済的復興と,この地域内部および他の 地域との経済的関係の維持および強化を目的とした協調的行動を容易にするための諸措鍛
を発議し,それに参加する』ことにあった。1餌7年6月上海で第1回総会が開催された。 て9 49年1月事務局は上海からバンコックに移転した。
エヵウェの包含する地域の顕著な特徴はその地理的広大さである。それほ多様な気候と 風土をもつ地帯である。そのような自然条件めもとで約17億と世界の人口の半ばを占めて いる。しかも人口分布は各国間で不均等であり,かつ国の内部においでもそうである。経 済開肇という点から見るとこの人口はむしろ大きな圧力要因となっており,増加する人口
をいかにして支えるか開発計画の遂行のうえで困難な課題「となっている。
この地域め支配的な産業構成は農業である。大多数のエカラェ諸国で農業は国民生産の 40%をこえ,農業人口も60%以上を占めている。工業部門が小さいため生活水準を決定す
るものは主として農業の生産性に依存することになる。 しかしながちこめ農業がエカウェ 諸国内で一様でない。先進国との経済格差め増大の重要な要因がこ㌧にひそんでいる。工 業化は問題解決の重要なかぎである。しかしながら生産資源を農業から工業に移すことに 大きな困難に直面しているのがエカフェ諸国め現状であろう。
一般に経済的停滞性で特徴づけられるエカフェ諸国にとって,仔細に検討するならばき
110
わめて異質的な部分から成りたっていることも理解される。類似性と同時に強く多様性を 示している。この地域の経済開発を刺戟することになったものは,第2次大戦後相ついで 政治的独立を達成したことにある。 しかも政治的独立を確立してゆくためには経済的独立 が必要であり,この地域の経済開発が国家のイニシアチブによる方式であったことも必然 的であった。
エカフェが発足した時期においては加盟国は,中国,インド,フィリッピン,タイ,オ ーストラリア,フランス,オランダ,ソ連,イギリスおよびアメリカの10ケ国であった。
地域経済委員会というにはアジア諸国はあまりに少数であった。したがって地域経済委員 会としての性格を付与するためには,自治権をもたない領土やまだ国連に加盟していない 国をもエカ.フェの活動に参加させる方策が考えられねぼならなかった。当初は,ビルマ,
セイロン,インドシナ,香港,マラヤ,蘭語インド,シンガポール,英領北ボルネオ,ブ ルネイおよびサラワクが対象となった。
その後アジア地域における独立国の生誕,政治状勢の変更により,エカフェの地理的範 囲が拡大し加盟国の増加,変更によって現在域内の加盟国はアフガニスタン,イラン,イ
ンド,.インドネシア,オーストラリア,カンボジア,韓国,セイロン,シンガポール,中 国,日本,ネパール,パキスタン,ビルマ,マレーシア,ラオス,タイ,フィリッピン,
ニュージーランド,ヴェトナム,モンゴルおよび西サモア,準加盟国として香港およびブ ルネイ,域外加盟国としてアメリカ,イギリス,ソ連,フランスおよびオランダの合計 29ケ国となっている。
手カフェの基本的な目的と性格はその付託条項に示されている。エカフェは「アジア。
極意の経済復興と開発のための協調的行動を容易にし・アジアρ極東の経済活動の水準を 高め,またこれら地域内諸国間および世界の他の諸国との聞の経済関係を維持し,かっ強 化するための措置を発議し,またそれに参加する」ことを任務とする。このほかエカフェ は,それが適当と認めたアジア・極塵地域内における経済的,技術的問題および開発の調 査と研究を自から行ない,または援助し,かつ経済,技術および統計に関する情報の収集,
整理および普及頒布を行ないまたは援助する権限をもっている。エカフェの行なうサービ スは国連専門機関または国連技術援助局の提供するサービスと重複してはならないことに なっている。 (D.wightman;前掲書, PP.63〜4.)
エカフェの最高の政策形成機関は総会であり,その重要な仕事は補助機関の作業を検討 し,それに指示を与えることである。その下に補助機関として産業天然資源委員会,貿易 委員会および内陸運輸通信委員会の3常設委員会と地域経済協力閣僚会議など8特別会議 がある。さらに委員会の下には部門別の小委員会がおかれている。エカフェは毎年1回総 会を開催し,蘭催地は毎年異なっている。それはエカフェの活動に対する関心を高め,加 盟国のエカフェに対する責任と地域経済協力を振興するうえである効果と律割を果レてい
るζいえるであろう?
アジア開発銀行の発足と:地:域経済協力
田エカフェが発足した時期においてはその加盟国は10ケ国で域内国では僅かに4ケ国に過 ぎなかったことはすでに述べた。この事実が端的に示すようにエカフェの主導権は欧米の 加盟国によって握られていた。ところがこれらの国の支配的役割がアジア地域の加盟国に
とって容認され得ないものであった。エカフェの機能を単に情報の収集と研究の発表以上 に拡大することに反対した。域内加盟国による産業貿易委員会の設置要求,域内相互の貿 易拡大を促進しようとする要望に対してきわめて消極的な態度に終始した。鉄鋼の供給量 がヨーロッパとアメリカで安くなりだしたという理由で,アジアの重工業開発に反対した。
しかもまた西欧諸国は自からの意見を通すために票決権における優勢を利用することをは ゴからなかった。
か\る事情から域内加盟国の不満は爆発するに至った。インドのラホールにおける第7 回総会でインドネシアが加盟したことによって総会の多数決を確得できるようになった。
域内国による自主性確立の機運を背景に,一部先進国の激しい抗議をおしきり,国連経済 社会理事会への年次報告のなかにつぎのような原則的声明を織りこんだ。 「本地域に属す る加盟国が総会において自分自身の経済問題について自から決定すべきであること,また その際,地域内の準加盟国の見解を十分に考慮:すべきこと,か\る原則をおし進めるにあ たって域外加盟国は,主として本地域に関する経済問題で,域内諸国の過半数によって支 持された問題については,原則として反対投票を行なうことを喜んで差控えるであろう」
と。これが1951年2月半ラホール協定で,エカフェがアジアの加盟国の利益に奉仕するた めに存在するものであることを確認したわけである。 (D.Wightman;前掲書, PP.54〜7.)
ラホール協定によって自主性を確聞したエカフェは,域内加盟国の連帯意識を高め,地 域協力によって経済開発を推進する必要さを啓発する段階に入った。各分野にわたる専門 的会議や調査研究が行なわれ,各国政府に対する助言や勧告が積極的に進められていった。
わが国は1952年分準加盟国となり,ついで1954年4月加盟国となった。1955年には第11 回総会を東京で開催するなど域内先進国として重要メンバーとしての立場を固めたのであ
る。1950年代置頃から欧州共同市場(EEC),欧州自由貿易連合(EFTA),ラテン、・ア メリカ自由貿易地域(LAFTA)など地域協力機構の発足に刺戟され,エカフェも地域協 力推進の機運が高まっていった。
現在エカフェが主役となって具体化している事業には,1966年11月発足した地域開発銀 行としてのアジア開発銀行のほか,メコン川下流域開発計画,アジア・ハイウエー計画等 がある。
メコン川下流域開発計画は,大規模な水力発電,灌概,治水等綜合開発工事を行なおう とするもので,域内諸国が外部援助を必要とするプロジェクトについて共同で実施しよう とするものである。現在メコン川下流域調査調整委員会を中心としてす\められている。
この委員会は1957年3月エカフェ第13回総会の勧告によってカンボジア,タイ,ラオスお よび南ヴェトナムの4ケ国政府が国連の援助により設立したものである。すでに調査また
112
は建設がす〜められているが,1965年末における各国の援助約束額は流域4ケ国を除いて,
調査部門で約282,700万ドル,建設部門で442,700万ドルにおよんでいる。わが国はこの事 業の一環として,ラオスのナみ。グム・ダムめ建設に協力している。
アジア・ハイウエーについては,1958年11月のエカフェ第4回内陸運輸通信委員会の決
・議により専門家作業グループが地区ごとに設置された。このプロジェクトは完成の段階で は.各国道路の国際的統合網は全長約35,0QOマイルに達するが,計画のスピードアップの ため優先ルートがまず選定されている。アジア。ハイウエーの経済的妥当性には疑問の向
,きもあるが,エカフェ当局はハイウエーを物資だけでなく,人間や知識の交流としての古 代の隊商路の近代化と考えている。わが国は1963年12月から専門家を派遣して協力すると
ともに基礎調査に参加レている。
1967年・2月,エカフェ創立20周年記念第23回総会が東京で開催された。総会の成果は地 域協力の推進にあった。アジア統計研修所の設置,ヴィエンチャン・ノンカイ間の架橋調
査の着手,1968年2月に闇催予定の国連貿易開発会議に備え,加盟国の協調のための専門 家会議,閣僚会議の開催,人口会議の設置などのとりきめが行なわれ,またメコン川下流 域開発計画について,アジア開発銀行にメコン基金を設け,それを通じて開発資金をまか なう方法が提案され一応の見通しがでてきた。球た域内産業開発への先進国め協力が要請 ざれ,決議とレて「東京宣言」が採択された。
総会は先進国:の下野途上国援助をめぐる南北問題が申心となった。南北問題の解決がは
・かばかしく進展しないことに対す・る不満は,総会の席上で発展途上国側からの突きあげと
,レてでてきた。ζのような背景には,輸出の停滞,生塵の不楓 食糧不足,外貨不足,イ ンヲレと財政赤字など多くの困難をか〜えているところにみるg
貿易は相手国の経済水準が高い程拡大化する。産業構造が高衷化す1れば需要も増大する で,あろう。近年,発展途上国の要請は経済援助をかちみφわ煙柱螺易Φ藻大で・こ・れまで の先進国間での自由無差別の原則は修正きれようとしているρ発展途轟厨への開発援助が 結局世界の貿易拡大につながるものであることはあきらかでφるが戸そ幽にはまた時日を かさねばなちない。域内先進工業国としての日本に疑し,総会に飼ける発展途上国側から の風当りは強いものがあるが,農業と中小企業の部門で二重構造のわが国経済にとって;
発展途上国の1次産品や半製晶の輸入を大幅にふやし,これらの国からの輸入品に特に安
・い関税脅認めるよう求められること・には,むつかしい問題でジレンマにたたせられている といえよう。こうした対策のうえに,発展途上国の要請に最大限に応ずる態度を示すこと は,また当面の利害をこえて果さねばならぬことであろう。
近年アジア諸国が精力的に推進してきた工業化は必ずしも順調には進展していない。そ の原因は計画のあ茸りの早憩陛にもあるが2乏しい資奉と拉術をもって早魯な工業化をす
アジア開発銀行の発足と地域経済協力 113
\めるためには,いきおい政府が経済開発のイニシアチブをとらぎるを得なくなる。投資 が公共部門に重点がおかれ,民聞部門がとかく軽視されやすくなり,民族資本は政府への 協力をやめ後退する可能性が多分にある。 したがって開発計画の合理化,調整が必要とな るであろうし,またエカフェのもつ中立的性格への期待が大きくなる。アジアの経済開発 を推進してゆくうえで,特定の地域,特定の国,特定のプロジェクトのみを優先的,集中 的に開発してゆく方式にはまた問題があろう。考えられることは新しい社会が地域全体に またがってつくりだされるように,資本と技術を配分することによって地域協力が高めら れ,統一的な連帯意識を育てることにもなるであろう。
アジアの経済協力は前進しつ\ある。エカフェ東京総会で強調された経済援助と貿易の 拡大,繁栄のための開発促進はこのあと開催されたマニラにおける第2回東南アジア開発 閣僚会議にも引つがれた。東京総会でわが国は,カンボジアのプレクトノット。ダム計画 に1,100万ドル拠出することを確認し,ヴィエンチャン・ノンカイ間の架橋調査に全額10 万ドル負担することを申しでた。さらにインドネシア経済再建のために6,000万ドルの援 助を行なうことを約束した。マニラにおける開発閣僚会議で設置がきまるとされる東南ア ジア農業開発基金にも1億ドルの出資を考慮しているといわれる。 しかしわが国の対外経 済政策が確立しているというには疑問がある。アジア開発銀行の発足にあたり,わが国の 低開発国経済援助の基本的あり方についてさらに構想せらるべきときであろう。