Mahadevapuja : Mithila地方の事例報告
著者 永ノ尾 信悟
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 14
号 2
ページ 379‑451
発行年 1989‑10‑25
URL http://doi.org/10.15021/00004301
永 ノ尾
Mahadevapuja
Mahadevapilja
Mithila地 方 の 事 例 報 告
永 ノ 尾 信 悟*
Mahadevapuja: A Study of a Daily Ceremony Performed in Mithila
Shingo EINOO
The Mahadevapuja is a combination of the enlarged samdhya- uprisana, which originated from the vedic period and the hinduistic deity worship, pap. It is named after the main deity in the part of the pap, i.e., mahadeva or :siva who is represented by eleven clay liriga figures. A brahmin householder performs it daily, in the morning. The procedure is as follows : a performer washes his teeth and body, puts on new clothes, and prepares the place for the ceremony, usually on the veranda of his house. With the gopicandan clay he makes marks on his forehead and other parts of the body, sets the ceremony utensils in order, and begins the scandhyd-uprisana. Its constituent parts are: 1. pranayruna, or restraint of breath; 2. marl'ana, or sprinkling oneself with water;
3. aghamar,sana, or wiping-off evil; 4. sarya-upasthana, or worship of the sun; 5. grgatri-japa, or mute muttering of the gayatri mantra;
6. tarpana, or satisfying by offering water of gods, sages and ancestors; and 7. sarya-arghya, or offering water to the sun.
After completion of the sanzdhyd-upasana, the performer again makes marks on his forehead and body, this time with ashes, and arranges the utensils for the deity prija. The deities worshipped are: 1. five gods beginning with Siirya; 2. Visnu; 3. Narmaddvara;
4. Laksmi; 5. Sarasvati; 6. Durgii; 7. Bhuvandvari; 8. Dakinakali;
9. gita/d; 10. Visahari; 11. Hanuman; 12. tulasi-tree; 13. Kirti- mukha; 14. Mahadeva; and 15. Brahma. In the pap for Visnu, two Salagrama stones are treated as representing Vis-nu, and the famous purusasakta from the .egveda is recited. Sited and Vis-ahari can be seen as local deities of Bengal cultures. Bhuvandvari
*国 立民族学博物館 第3研 究部
国立民族学博物 館研 究報告14巻2号
and Daksinakiili belong to the tantric deities. The list of the gods shows that this Mahrtd3vaprija is of synthetic character, including not only the iivaite gods but also the visnuite and local deities.
In this sense it betrays the common figure of present day hinduism.
A description of this prija is based on observations made twice in 1987 and 1988, in Mithila, in northern Bihar. The sources of the accompanying mantras are traced, as far as possible, but not thoroughly, to the vedic and other literatures. The distribution of the sources of the recited mantras shows that, in forming this Mahadevapuja, the late vedic pariSe:sa and the purciva litertures have played a very important role. It can be suggested provi- sionally that, by following the development of this daily ceremony in the different stages of sanskrit literature from the vedic to the puranas, a model of hinduization of the vedic tradition can be
developed.
は じめ に 調査 地 の概 要
マハ ーデ ー ヴ ァ ・ブ ー ジ ャー の概 要 マハ ーデ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャー の式 次 第 記 述 方 法 と資 料
本 論 一Mahadevapuj5の 記 録 一 1準 備
n朝 の 勤 行
皿 神 々 へ の プ ー ジ ャ ー お わ り に
samdhy5rupEsanaに 関 して
は じ め に 調 査 地 の 概 要
1987年12月 か ら1988年1月 と1988年9月 に 二 回,ビ ハ ー ル 州 北 部 の ミ テ ィ ラ ー 地 方 で 調 査 の た め に 滞 在 した 。 こ こ で 報 告 を す る の は,そ の 間,マ ド ゥ バ ニ 近 郊 の,ミ テ ィ ラ"‑re画 で 有 名 なJ村 で 見 た マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー(Mahadevap両a)で あ る 。 こ の 儀 礼 の 伝 統 は 古 く ヴ ェ ー ダ の 時 代 ま で さ か の ぼ る こ と が で き る。 そ し て,こ の 儀 礼 の 変 遷 の 過 程 を ヴ ェ ー ダ 期 の 文 献 か ら現 在 に 至 る ま で,文 献 的 に 追 跡 す る こ と が で き る 。 こ の 報 告 の 一 つ の 目 的 は,こ の 儀 礼 を 文 献 的 に 追 う 作 業 の 出 発 点 と な る現 在 の 実 際 を 確 認 す る こ と で あ る 。
ミ テ ィ ラ ー 地 方 は 英 国 統 治 時 代 テ'4ル フ ー ト(Tirhut)の 名 で 呼 ば れ て い た 地 域
で,ヴ ェ ー ダ 文 献 に い う ヴ ィ デ ー ハ(Videha)国 に あ た る 。 Mithilaと い う 名 称 は
永 ノ 尾Mahadevapifja
Mahabharata,Ramayapaお よ びPurapa文 献 以 降 に 用 い ら れ る よ うに な り,現 在 こ の 地 方 の 人 々 は 再 び こ の 古 い 名 称 を 用 い る よ う に な っ た[MISHRAl979:5‑
13]1)。 こ の ミテ ィ ラ ー 地 方 は 村 落 レベ ル の バ ラ モ ン文 化 の 伝 統 が よ く保 存 さ れ て い る と こ ろ で あ る[MAITRへ1986]。 今 日 で も,カ ル カ ッタ,ベ ナ レ ス そ して デ リ ー な ど の 大 都 市 の ヒ ン ド ゥ ー 寺 院 の 司 祭 と して こ の 地 方 か ら か な り の 数 の バ ラ モ ンが 出 か け て い つ て い る と い う。
南 の ガ ン ジ ス 川,西 部 の ガ ン ダ キ 川 そ して 東 部 か ら 中 央 部 に か け て 流 れ 込 む コ ー シ ー 川 に 囲 ま れ た この 地 方 は 一 面 の 平 原 地 帯 で,目 を さ え ぎ る の は 集 落 の 近 くの マ ン ゴ ー や 竹 を 中 心 と し た 林 ぐ ら い で あ る 。 主 な る農 産 物 は米,サ ト ウ キ ビ,マ ス タ ー ド油 そ れ に マ ン ゴ ー の 実 な ど で あ る 。 ほ と ん ど毎 年 雨 季 に 水 田 は 冠 水 して し ま い,イ ン ド の 中 で も生 産 性 の 低 い 地 方 と い わ れ る2》。 今 報 告 を す る マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー
表1N村 の ジ ャー テ ィの お お ま かな*)構 成(1988年9月) brahmart
guar dusaclh musalman mushar mallah tatma camar baniya haluai dhohi kamar surf dhanuk naua kumhar tell dour pasi
約200軒 約100軒 約100軒 約50軒 約50軒 20〜30軒 約25軒 約20軒 12軒
6軒 5軒 5軒 5軒 4軒 2軒 2軒 2軒 1軒 1軒
土 地 所有 者 。 小 ・中 学 校 の教 師 。
(乳搾 り)土 地 所 有者 。Paficayatの 長,鄧 便 局 長 。 小 作 。
小 作 。
くわ で 耕す 仕 事 。 小 作 。
漁 師 。 マ カー ン**)を煎 って 売 る 。 小 作 。生 の レ ンガ造 り。
(皮革 職人)楽 士,小 作,竹 製 品 製 造 。 商 売 。
菓 子 作 り,ブ ー ジ ャー***)作 り。
洗 濯 。乳 を売 る。 商 売 。 大 工 。
商 売 。
水 汲 み 。一 人 は指 圧 師(khabas)の 仕 事 。 散 髪 屋 。(兄 弟)
土 器 職人 。
油 搾 り。 現 在 は実 際 に搾 らず,油 の仲 介 者 。 竹 カ ゴ作 り。
ヤ シ酒作 り。 ヤ シの 葉 の細 工 作 り。
*》 実 際 に 調 査 し た 数 で は な く
,一 人 の 知 人 に 聞 い た 情 報 に よ る 。
**》 マ カ ー ンmakh互n[GMERsoN1885:392:makhina]は ヒ シ の よ う な 池 で と れ る 実。
***》 ブ ー ジ ャーbhifj互[GklERsoN1885:353]は 穀 粒 を 煎 っ た も の の 総 称。
1)ミ テ ィ ラ ー 地 方 は 現 在 の ビハ ー ル 州 北 部 の 以 下 の 県(District,Jila)を 含 ん で い る:Madhu‑
bani,Darbhanga,Sa血astipur,Vaisali,Muzaffarpur,Champaran,Monghyr,Saharsa,
Purnea,そ して ネ パ ー ル の 平 原 部 のJanakpur‑一 帯 も 伝 統 的 に ミ テ ィ ラ ー 地 方 に 含 ま れ る [MlsHRA1979:13;JHAl982:32]。
2)ASocialandEconomicAtlasofIndia,19870xf()rdUniversityPress,P.158,Table72に
よ る と,1981年 か ら1986年 の イ ン ドの 米 の 平 均 生 産 量 は1,402kg!haで あ る が,ビ ハ ー ル 州 の 平 均 生 産 量 は938kg!haで,こ の 数 値 は こ の 表72に 挙 げ ら れ て い る イ ン ドの22州 の 中 で,ナ ー ガ ラ ン ドの882kg!haに 次 い で 低 い も の で,第 一 位 の パ ン ジ ャ ブ 州 の 平 均 生 産 量3090kg!ha の3分 の1以 下 で あ る 。
国立民族学博物 館研 究報告 14巻2号
を見 たJ村 で は な い が,比 較 的 長期 に滞 在 す る こ とに な った ダ ル バ ンガ 県 のN村 の ジ ャー テ ィの お お ま か な構 成 は表1の よ うで,こ の ミテ ィ ラー地 方 の ほ ぼ平 均 的 な姿 を示 して い るの で は な い か と思 わ れ る。 経 済 的 に は土 地 所 有 者 で あ るバ ラ モ ンと グ ア ー ル が優 位 を示 して い る。 石 井[1988]は このJ村 の事 例 を例 に,社 会 単 位 と して の 「世帯 」 や 「家 族 」 が この 地 方 で 確 定 で きに くい とい う こと を報 告 して い る。 今 報 告 す るマ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャーを 行 うの は 家 長 と さ れ る。 その 際,家 長 と は,核 家 族 と して の 「世 帯」 の 長 な の か,「 世 帯 」 が 集 ま った 「家族 」全 体 の長 な の か と いう問題 が あ る。 原則 的 に は,個 々の 「世 帯」 の 長 に,こ の儀 礼 を行 う資 格 が与 え られ て い る。 しか し,今,報 告 す る よ うに,2時 間 ほ どの 長 さで丁 寧 に儀 礼 を行 う例 は,
このJ村 で もまれ な こ とで,そ れ を 行 うの は 拡大 家族 全 体 の 最 年 長 者 に あ た る者 で あ る。
マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー の 概 要
マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー は ヴ ェ ー ダ 期 の 家 庭 祭 式 文 献(grhyasUtra)に 端 を 発 す る,一 日 の つ な ぎ め の 時 間,つ ま り 朝 と 夕 方 に お け る礼 拝(sarpdhya・upasana)3) と,ヴ ェ ー ダ 期 以 降 に 流 布 した で あ ろ う ヒ ン ド ゥ ー 的 な神 々 の 礼 拝(puja)が 結 合 さ れ た もの で あ る 。 こ の 儀 礼 の 名 称 マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー は,全 体 の 第 二 部 を な す 神 々 へ の プ ー ジ ャ ー の 中 心 に な る神 マ ハ ー デ ー ヴ ァつ ま り,粘 土 で 作 ら れ た リ ンガ の 形 を し た シ ヴ ァ神 へ の プ ー ジ ャ ー に 由 来 す る 。
第 一 部 のsarPdhya‑upasanaは こ の ミ テ ィ ラ ー 地 方 以 外 で も 伝 統 的 な バ ラ モ ン達 に よ って 今 日 広 く行 わ れ て い る よ う で あ る 。VidyarrPava[1918]は ベ ン ガ ル お よ び イ ン ド北 部 で 行 わ れ て い るsarpdhya‑upasanaの い くつ か の 種 類 に 関 して 伝 え て い る し,Srinivasan[1973:176‑178]は マ ハ ー ラ ー シ ュ トラ の バ ラ モ ンの 事 例 を 報 告 して い る 。 ま たDubois[1906:251‑269]は19世 紀 前 半 の 南 イ ン ドの 例 を 紹 介 し て い る4)。 ヴ ェ ー ダ 文 献 お よ び ダ ル マ 文 献 に 基 づ く紹 介 と して は 上 記 のSrinivasan
3)朝 夕 二 回 行 わ れ る と い う 見 解 と,正 午 を 加 え て 一 日 三 回 行 わ れ る と い う 意 見 が 伝 統 的 に あ る [KANE 1974:312]。 し か し,今 報 告 す るJ村 で は 一 日一 回,朝 に の み 行 わ れ て い る 。 4)こ れ ら の 他 に,今 手 元 に は 英 語 で 書 か れ たThe Vedic Sa血dhya. Our Prayer Book. Editcd
and Translated by Svami Satya Prakash Sarasvati, Allahabad:Dr. Ratna Kumari Svadhyaya Sansthanaと,ヒ ン デ ィ ー 語 と サ ン ス ク リ ッ ト語 のPUja‑Karma‑pradipab, Nitya naimittika kamya karma sahita葦. Acarya Syama Vihari Tripathi. Calcutta:Satyendra Prakasan, p.
13‑34の 二 つ の 普 及 本 が あ る が,こ の 種 類 の 普 及 本 は か な り 出 回 っ て い る の で は な い か と思 わ れ る 。Tachikawa[1983:185]はS. CitravのSamdhya 1977 Poona;Bharatiya Caritrakog Mandalaを 挙 げ て い る 。 な お,ミ テ ィ ラ ー 地 方 用 の パ ン フ レ ッ トに 関 し て は387頁 を 参 照 さ れ た い 。
永 ノ 尾 MahadevapUja
[1973]の ほ か にKane[1974:312‑321], Gonda[1980:460]な ど の 研 究 が あ る5)。
Kane[1974:314]お よ びGonda[1980:460]に よ る と, sa叩dhya‑upasanaは 基 本 的 に 次 の 六 つ の 要 素 か ら な る 。 つ ま り,口 を 水 で 濯 ぐ こ と(acamana),調 息,つ ま り 呼 吸 を 制 御 す る こ と(pra項yama),身 体 を 洗 う こ と(marjana),け が れ を ぬ ぐ う こ と(aghamarSarPa),ガ ー ヤ ト リ ー と い わ れ る マ ン ト ラ を 唱 え る こ と(9混yatri‑
japa),そ し て 太 陽 の 礼 拝(sUrya‑upasthana)。 Srinivasan[1973]は ヴ ェ ー ダ 文 献 で は じ め て こ のsarpdhya‑upasanaに 言 及 す るTaittir五ya AraWakaお よ び §ad‑
virbga Brahmapaに 伝 え ら れ て い る 神 話 を 分 析 し て, sarPdhya‑upasanaの 原 型 は ガ ー ヤ ト リ ー を 唱 え る こ と と 太 陽 の 礼 拝 で あ る と し た 。 こ の 点 に 関 し て は 最 後 の ま と め で 再 び 論 じ る つ も り で あ る 。 今 報 告 す る ミ テ ィ ラ ー 地 方 の マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー の 対 応 部 分 で も こ の 六 つ の 要 素 は 含 ま れ て い る が,そ れ 以 外 の 大 き な 要 素 と し て, 神 々 や 祖 霊 に 水 を 捧 げ る こ と に よ っ て 満 足 さ せ る こ と(tarpapa)が 含 ま れ て い る 。 ヴ ェ ー ダ 文 献 や ダ ル マ 文 献 に よ る こ のsarPdhya‑upasanaに 関 す る 細 か な 規 定 に 関 し て は こ れ ら の 研 究 書 を 参 照 し て い た だ き た い 。 そ し て,こ の マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・ プ ー ジ ャ ー に 関 し て は 下 の 式 次 第 を 見 て い た だ き た い 。
ヴ ェ ー ダ の 伝 統 に 従 え ば,こ のsarpdhya‑upasanaの 後 に,家 長 はagnihotra6》
と い う 朝 ・夕 行 う べ き 儀 礼 を 行 う こ と に な る[KANE 1974:675‑689]。 し か し, こ の 伝 統 は プ ラ ー ナ 文 献 の 時 代 に な り,他 の 慣 行 に 置 き 換 え ら れ て い っ た よ う で あ る 。 例 え ば,こ の 朝 の 勤 行 に 関 す る 規 定 を 伝 え る プ ラ ー ナ の 一 つ ガ ル ダ ・プ ラ ー ナ は salpdhy乙 一upasanaの 規 定 の 後,次 の よ う に 教 え る,「 そ れ ぞ れ の マ ン ト ラ に よ っ て 神 々 を 花,葉 そ し て 水 を 用 い て 敬 う べ し。 ブ ラ フ マ ー を,シ ャ ン カ ラ(=シ ヴ ァ)を, 太 陽 を,そ し て マ ド ゥ ス ー ダ ナ(一 ヴ ィ シ ュ ヌ)を 。 そ し て 心 を 向 け て い る 他 の 神 々 を 」7》。 今 報 告 す る こ のJ村 の 事 例 も,新 し い プ ラ ー ナ 期 の 伝 統 に 従 っ て,sarpdhya‑
upasanaの 後 に 神 々 の プ ー ジ ャ ー8)を も つ て き て い る 。 そ の 神 々 の プ ー ジ ャ ー の 中 5)今 こ こ に 挙 げ たKane[1974:312‑321]は ヴ ェ ー ダ の 学 習 に 専 念 す る 学 生 の 守 る べ き 生 活 規 則 の 一 環 と して こ のsalpdhya‑upasanaを 紹 介 して い る が,神 々 や 祖 霊 に 水 を 与 え て 満 足 さ せ る 儀 礼tarpapaに 関 して は,家 長 の 生 活 規 則 を 扱 う 第17章 の 終 り の 部 分[KANE 1974:689‑
695]で 論 じて い る 。 他 にHillebrandt[1897:53‑54]は ヴ ェ ー ダ の 学 生 の 義 務 と し て,一 番 素 朴 な 形 で の 朝 の 礼 拝 を 紹 介 し て い て,Goudriaan[1970:167‑168]は 南 イ ン ドのVaikhanasa Brahnat?aの 寺 院 の 僧 侶 の 例 に 言 及 して い る 。
6)agnihotraに 関 して は[BoDEwlTz 1976]を 参 照 さ れ た い 。 7)Garuda PurarPa l,50,63‑64a:
svair mantrair arcayed devan pu§paih patrais tathambubhih ! brahmapam 6akaralp snryalp tathaiva madhustidanam〃63〃
anyalp6 cabhimatan devan.
ViSpu Purapa 3,11,42は 神 々 の プ ー ジv‑一 と ア グ ニ ホ ー ト ラの 双 方 を 行 うべ し と い う 。 8)プ ー ジ ャ ー(pttja)は 現 代 の イ ン ドで 普 通 に 行 わ れ る 神 崇 拝 の 方 法 で あ る 。 そ の 最 も 整 備 さ れ た 形 は 「十 六 の お もて な し(upacara)を 伴 う プ ー ジ ャ ー 」Sodaga‑upacarapUjaと 言 わ れ る も の で あ る 。 そ の プ ー ジ ャ ー の 形 式,お よ び,プ ー ジ ャ ー 一 般 に 関 し て[BtiHmSMANN l988]
お よ び[TAcHIKへwA l983:105‑111]を 参 照 さ れ た い 。
国立民族学博物 館研究報告 14巻2号 心 が,粘 土 で 作 られ た リ ン ガ の 形 の シ ヴ ァ神 で あ る と い う こ と は,ミ テ ィ ラ ー 地 方 で は 一 般 に 見 ら れ る こ と の よ うで あ る[MAITRA l986:59‑60]。 基 本 的 に こ の 形 に よ る プ ー ジ ャ ー を,J村 以 外 で も,ダ ル バ ン ガ 市 お よ び そ の 近 郊 のN村 で 見 る こ と が で き た し,ま た,広 い 意 味 で の ミ テ ィ ラ ー 文 化 圏 に 属 す る ネパ ー ル の ジ ャ ナ プ ク ル 近 郊 の 村 で も,行 わ れ て い る の を 確 認 す る こ と が で き た 。 ミテ ィ ラ ー 地 方 以 外 の 事 例 を 知 ら な い の で 積 極 的 に は 言 え な い が,salpdhya‑upasanaと い う朝 の 礼 拝 は イ ン ドの 他 の 地 方 で も 行 わ れ て い る と し て も,朝 の 勤 行 に,粘 土 で 作 ら れ た リ ン ガ の 形 の シ ヴ ァ 神 へ の プ ー ジ ャ ー が 結 び 付 い た この マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー は ミ テ ィ ラ ー 地 方 特 有 の も の で は な い か と一 人 想 像 し て い る 。
マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・ プ ー ジ ャ ー の 式 次 第
マハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャー は基 本 的 に以 下 の 次 第 に の っ と って行 われ る。 外 見 上 は め だ つ よ うな 行為 に 乏 し く,ほ とん どす べ て の 行 為 が,着 座 した執 行 者 の マ ン トラ の 詠 唱 と,そ の マ ン トラに 伴 わ れ た水 な どの 供 物 の 献 上 か らな る。 この儀 礼 に お いて マ ン トラの 果 た す 役割 が 極 め て 重要 と思 わ れ るの で,儀 礼 の 次 第 の 右 に そ れ ぞ れの 局 面 で 唱 え られ るマ ン トラの番 号 を 明示 した 。 本 論 の 記 述 もマ ン トラを 中心 に行 わ れ る。
1準 備
II朝 の 勤 行(sarPdhya‑upasana)
1 身 の き よめ mantra I‑3 2 調 息(prapayama) 4‑10 3 身 体 を 洗 う こ と(marjana) 11‑12 4 けが れ を ぬ ぐ う こ と(aghamar§apa) 13‑14 5 太 陽 の礼 拝(sUrya‑upasthana) 15‑18 6 ガ ー ヤ ト リー を 唱え る こと(gayatri‑japa) 19‑24 a 女 神 と して の ガ ー ヤ ト リー一の 観 想(dhyana) 19 b お ま ね き(avahana) 20 c 礼 拝(upasthana) 21‑22 d ム ドラー(mudra) 23 d 黙 って ガ ー ヤ ト リー を 唱 え る(japa)
e おわ か れ(visarj ana) 24 7 満 足 させ る こ と(tarpapa) 25‑33 a 神 々の タ ル パ ナ 25
384
永 ノ尾 Ma埴devap噸
b サ ナ カ達 の タル パ ナ 26
c マ リーチ達 の タル パ ナ 27
d 祖 霊 一般 の タ ルパ ナ 28
e ヤ マ達 の タル パ ナ 29
f 先 祖 の 霊 の タ ルパ ナ 30
9 名 もな き祖 霊 達 の タル パ ナ 31‑33 8 太 陽 へ の敬 い水(sUrya‑arghya) 34
9 お ゆ る し 35‑36
III神 々 へ の プ ー ジ ャ ー(puja) 1 準 備 2 太 陽 を は じ め と す る 五 人 の 神 々 へ の プ ー ジ ャ ー (sUryadipaficadevatah) 37
3 ヴ ィ シ ュ ヌ へ の プ ー ジ ャ ー(vi典u) 38‑41 a 原 人 の 歌(purusasUkta) 38
b お そ な え 39‑41 4 ナ ル マ デ ー シ ュ ヴ ァ ラ ナ ー タ へ の プ ー ジ ャ ー (narmadeξvaranatha) 42
5 ラ ク シ ュ ミ ー へ の プ ー ジ ャ ー一(lak§mi) 43
6 サ ラ ス ヴ ァ テ ィ ー へ の プ ー ジ ャ ー(sarasvati) 44
7 ド ウル ガ ー へ の プ ー ジ ヤ ー(durga) 45
8 ブ ヴ ァ ネ ー シ ュ ヴ ァ リ ー へ の プ ー ジ ャ ー (bhuvaneSvari) 46
9 お ゆ る し 47
10家 の 神 々 へ の プ ー ジ ャ ー 48‑51 a ダ ク シ ナ カ ー リー へ の プ ー ジ ャ ー(daksipakali) 48
b シ ー タ ラ ー へ の プ ー ジ ャ ー(6工tala) 49
c ヴ ィ シ ャ ハ リー へ の プ ー ジ ャ ー(visahari) 50
11 お ゆ る し 51
12 ハ ヌ マ ー ン へ の プ ー ジ ヤ ー(hanuman) 52
13 ト ゥ ル シ ー の 木 へ の プ ー ジ ャ ー(tulasivrk§a) 53
14 キ ー ル テ ィ ム カ へ の プ ー ジ ャ ー(kirtimukha) 54
15 シ ヴ ァへ の プ ー ジ ャ ー(siva!mahadeva) 55‑59
国立民族学博物館研究報告 14巻2号
a お ま ね き(avahana) 55b 観想(dhyana) 56 c お そ な え 57 d 礼 拝(upasthana) 58‑59 16 ブ ラフ マ ン神 へ の プ ー ジ ャー(brahman) 60 17 シヴ ァ,ヴ ァース デ ー ヴ ァ,ゴ ー ヴ ィ ンダ へ の頂 礼
(Siva, vasudeva, govinda) 61 18 お ゆ る し 62‑63 19 プ ー ジ ャ ー終 了 の宣 言 64‑68 a 太 陽 を は じめ とす る五 人 の 神 々か らキ ール テ ィカ ム ま で
64‑66 b シヴ ァへ の プ ー ジ ャーの 終 了 の 宣 言 67‑68 20 チ ャ ンデ ィー シ ュヴ ァ ラへ の 頂 礼(capdi6vara) 69 21祖 霊 達 へ の プー ジ ャー の 終了 の 宣 言 70 22終 了
記 述 方 法 と 資 料
本 論 で こ の マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー を,そ こ で 用 い ら れ る マ ン トラ を 中心 に 報 告 して い くが,以 下 の よ う な 記 述 の 形 を と る。1の 準 備 は マ ン ト ラ と の 対 応 が 必 ず し
も 本 質 的 な も の で は な い よ う な の で,外 見 上 ど の よ う な 所 作 を 執 行 者 が 行 う か を,単 に 記 述 す る だ け で あ る 。llの 朝 の 勤 行 と 皿 の 神 々 へ の プ ー ジ ャ ー の 記 述 の と こ ろ で は, 左 半 分 に そ れ ぞ れ の 局 面 で 用 い ら れ る マ ン ト ラの 翻 訳 を 示 し,右 半 分 で 各 々 の マ ン ト ラ を 唱 え て い か な る 所 作 が 行 わ れ て い る か を 記 述 す る 。 そ して ロ ー マ 字 に 転 写 し た マ ン ト ラの 原 文 と そ れ の 主 要 な 典 拠 は 脚 注 の 形 で 記 述 す る 。
な お,こ の 報 告 の 基 礎 資 料 は 以 下 の も の で あ る 。1987年12月17日 と18日 の,そ れ ぞ れ 午 前10時 半 ご ろ か らJ村 でL.K・Jha氏 の 行 っ た 儀 礼 の カ セ ッ トテ ー フ゜ に よ る 録 音 と,メ モ,そ れ に1988年9月2日 の 朝 の 同 氏 の マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・フ゜ 一 ジ ャ ー の8ミ
リ ・ ビ デ オ に よ る 映 像 資 料 で あ る 。 マ ン ト ラ に 関 して は1987年12月18日 の 録 音 テ ー プ を 基 礎 と し,所 作 に 関 し て は1988年9月2日 の ビ デ オ 映 像 に の っ と っ て 記 述 を 行 っ た 。 ま た,祭 具 な ど の マ イ テ ィ リ ー語 の 名 称 な ど に 関 し て,東 京 外 国 語 大 学 ア ジ ア ・ア フ
リ カ言 語 文 化 研 究 所 の 石 井 溝 助 教 授 に 貴 重 な 教 示 を 頂 い た 。 ま た 基 本 的 な マ ン ト ラ を 録 音 テ ー プ か ら お こ す 場 合 に,こ の 地 方 で の プ ー ジ ャ ー の 次 第 を 書 い た い くつ か の パ
386
永 ノ尾 Mahadevapuja
ン フ レ ッ トを 参 照 し た 。 そ れ ら は 以 下 の も の で あ る 。
1. Sadacarasare. Vajasaneyikrtyam. Panclita Surega Mira krta. Babu Raghuvara Simha Bookseller, Madhubani.
2. Atha A.-hnikakrtyam: arthat pratab krtyadi vajasaneyinam Sadacara- . paddhatili. Pandita Ciramjiva §armana samkalitam. Kanhaiyalala
Krsnadasa, Laheriyasaray, Darbhanga 1976.
3. Maithila sampradayanusari samksipta sadacara §astra (Ahnikakhanda) Sandhyavandana vajasaneyi evam chandoga ka dainika sadacara.
Mithila Press, Darbhanga 1984.
4. Atha pramodahnikam. Sadacarapaddhati. Pandita Ciramjiva Sarma Maithila viracita mithila-bhasartha. Kanhaiyalala Krsnadasa, Laheri-
yasaray, Darbhanga.
5. Sacitra Sadacara vajasaneyi krtyam. Dr. Ravindra Narayana Jha.
Mithila pustak kendra, Darbhanga.
こ の5種 類 の パ ン フ レ ッ トの 中でL.K・Jha氏 が 用 い て い た の は1.の も の で あ る 。 本 論 で そ れ ぞ れ の マ ン トラ を 挙 げ る と き,L. K. Jha氏 の 用 い て い た パ ン フ レ ッ トの 頁 数 と行 数 を マ ン ト ラ の 番 号 の 横 に 注 記 して い く。 な お,写 真 は 一 括 し て 文 末 に 提 示 す る の で,参 照 して い た だ き た い 。
本論 Mahadevapajaの 記 録
1準 備
マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー を 行 う 前 にL.K. Jha氏 は 彼 の 家 の 井 戸 の と こ ろ で 歯 を 磨 き,身 体 を 洗 い,今 ま で 着 て い た ドー テ ィ ー を 洗 い,新 し い ドー テ ィ ー に 着 替 え る 。 そ の 後,ロ ー タ ー9》に 井 戸 水 を 入 れ,マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー を 行 う ベ ラ ン ダ に 向 か う。 ベ ラ ンダ の 向 か っ て 左 側 に 粘 土 で 出 来 た 穀 物 の 貯 蔵 庫 コ ー テ ィ ー が あ り,彼 は そ の コ ー テ ィ ー の 上 に 祭 具 一 式 を 納 め て い る 。 そ の 祭 具 一 式 を コ ー テ ィ ー の 上 か ら お ろ し,先 ず 始 め に ワ ラの 小 さ な ゴ ザ を 敷 き,そ の 上 に 小 さ な 布 を 敷 い て 座 (ア ー サ ナ)を 作 る 。 次 に 家 の 中 に 保 存 し て い る ビ ン に は い っ た ガ ン ジ ス 川 の 水 を 少
9)lota.こ の 容 器 は 普 通 真 鍮 製 で,日 常 生 活 に お い て,水 を 汲 ん だ り飲 ん だ り す る 際 に 広 く用 い ら れ て い る[GRIERsoN 1885:正31, no.687]。 そ れ が 今,プ ー ジ ャ ー の 道 具 と して 用 い ら れ て い て,プ ー ジ ャ ー の 道 具 と して はjalpatarの 名 称 を も つ[GRIERsoN 1885:156, no.775]。
国立民族学 博物館研究報告 14巻2号 し,ロ ー タ ー の 中 に 入 れ る 。 ビ ン を 再 び 家 の 中 に 持 っ て い っ た 後,先 程 準 備 した 座 の 上 に 東 面 して,あ ぐ ら を か い て 座 る 。 この 間,ベ ラ ン ダ の 向 か っ て 右 の 端 で は 彼 の 妻 が 粘 土 で,キ ー ル テ ィ ム カ の 像 一 つ と,十 一 個 の シ ヴ ァ の リ ン ガ の 像 を 作 つ て い る
(写 真1)。
さ じの は い っ た 小 さ な 銅 の 容 器10)か ら 両 手 に 水 を か け,両 手 を て い ね い に 洗 う。
ゴ ー ピー チ ャ ン ダ ナ(gopicandana)と い う 白 い 土 の か た ま り を 右 手 に と り,左 手 に 水 を 少 し入 れ,そ の 土 を 溶 き,小 ざ い 皿 に 移 す11)。 右 手 に カ ガ ミ を と り,三 回 右 回 りに 頭 の と こ ろ で 回 す 。 そ の 白 い 土 を 少 量 右 手 の 親 指 と人 差 指 で は じ い て,地 面 に 捨 て る 。 そ の 後,以 下 の 順 序 で 身 体 に 白 い 土 を 塗 っ て い く。 先 ず 始 め に 額 に 上 向 きに 線 を 引 く12)。 つ い で 右 目 の と こ ろ,額 に 上 向 きの 線,左 目,鼻 の つ け ね,右 耳 の つ け
図1 ゴ ー ピー チ ャ ンダ ナを 身体 に塗 る。
ね,左 耳 の つ け ね,右 の 首 の 側 面,左 の 首 の 側 面,下 か ら 上 の 方 向 で 左 の 上 腕, 左 の 肘 の と こ ろ,右 の 上 腕,右 の 肘 の と
こ ろ,そ し て,乳 と 首 の 間 の 胸 の と こ ろ に 左 か ら右 向 き に 太 め の 線 を 引 き,最 後 に 乳 の 間 の と こ ろ に 丸 く ビ ャ ク ダ ン を 塗 る(図1)。
次 に ビ ャ ク ダ ンす り器13)を 前 に 置 き, ビ ャ ク ダ ンの 木 片 を 手 に し て,時 計 回 り に 回 す よ う に して ビ ャ ク ダ ン を す り始 め る(写 真2)。 こ の 時,粘 土 の 像 が 出 来
10)こ のMahadevapajaを は じ め と す る さ ま ざ ま な プ ー ジ ャ ー で 用 い られ る こ の さ じ はargha と 呼 ば れ,こ の 小 さ な 銅 の 容 器 はpaficpatarと 呼 ば れ る[GRIERsoN 1885:156, no.775]。11)こ の 皿 は 直 径5cmぐ ら い の も の で,こ の よ う に ゴ ー ピ ー チ ャ ンダ ンを 入 れ た り,こ の 儀 礼 の 過 程 で は さ ら に,す っ た ビ ャ ク ダ ン な ど を 入 れ る の に 用 い ら れ る 。 こ の 皿 よ り ひ と ま わ り 大 き な,直 径10cmほ ど の 皿 も 用 い られ る 。 そ し て こ の 二 種 類 の 皿 は と も にsarayと 呼 ば れ て い る[GRIERsoN 1885:156, no・775]。 本 論 の マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー の 記 録 の と こ ろ で, 後 者 の 皿 を 「銅 の 小 皿 」 と 表 記 す る 。
12)額 の 上 の 上 向 き の 線 は 特 にUrdhvapWPdraと 呼 ば れ る 。 こ のtirdhvapmPdraを は じめ と す る 身 体 の さ ま ざ ま な 部 位 の 印 に 関 し て[KANE 1974:672‑673]を 参 照 せ よ 。 神 々 の プ ー ジ ャ ー の 始 ま る 前 の 準 備 の 時 に,今 度 は 灰 を 用 い て 身 体 の 各 部 位 に 同 じ よ う に 印 を 付 け る 。 そ の 所 作 に 関 して は413頁 お よ び 注83を 参 照 さ れ た い 。
13)こ の ビ ャ ク ダ ンす り器 はcandanrauta[GRIERsoN l 885:156, no・778]と 呼 ば れ て い る 。 直 径 約15cmほ ど の 石 製 の 丸 い 板 で あ る 。 日 常 生 活 で 香 料 を す りつ ぶ す 時 に 用 い られ る石 の 板 と は 別 の 物 で あ る 。 こ の 香 料 す り板 はsilautと 呼 ば れ,す り つ ぶ す 時 に 用 い る 石 の 棒 は10dhi と 呼 ば れ て い る[GRIERsoN 1885:121, no・626,627]。
永 ノ尾 Mahadevapuja
上 り,木 の 板14)に の せ て 彼 の 妻 が 持 っ て きて,座 の 前 の 方 に 置 く。 す り終 え た ビ ャ ク ダ ンを 小 さ い 皿 に 移 し,次 に 赤 い ビ ャ ク ダ ン の 木 片 を 手 に して,同 様 に 時 計 回 り に 回 す よ う に し て 赤 い ビ ャ ク ダ ン を す る 。 す り終 え る と そ の 赤 い ビ ャ ク ダ ン も ま た 小 さ い 皿 に 移 す 。
さ じの は い っ た 小 さ な 銅 の 容 器 の 水 で て い ね い に 両 手 を 洗 う時 か ら,彼 は 小 声 で マ ン トラ を 唱 え 始 め た 。 し か し,こ の 時 の マ ン トラ は,見 せ て も ら っ た 四 回 の 彼 の マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー 毎 に 少 しず つ 変 わ って い る 。 した が っ て,こ の 段 階 で は 行 為 と マ ン トラ が セ ッ トに な っ て 伝 え ら れ て い な い と 判 断 し,行 為 の み を 再 現 し た 。
H朝 の 勤 行(sarPdhya‑upasana)
H‑1身 の き よ め
第 一の マ ン トラ
「オ ー ム。 けが れ て いて も,清 くと も, さ じで 右 の掌 に水 を 少 し入 れ,頭 か ら胸 ま た どの よ うな 状 態 に あ ろ う と も,蓮 の に か け て その 水 をか け る。
目を した神(ヴ ィ シュ ヌ)を 想 起 す る者 は,外 も 内 も清 らか で あ る。」15)
「オ ー ム 。蓮 の 目を した神 は清 め よ。」16)
右 手 を 右 の 側 頭 に あ て,黙 って瞑 想 す る (約13秒)。
左 手 の さ じか ら右 の 掌 に 水 を 入 れ,飲 む。
左 手 の さ じか ら右 の 掌 に 水 を入 れ,二 回 前 に置 いた ボ ウル に す て る。
14)こ の 板 はpidhi[GRIERsoN I 885;122, no・ 634]と 呼 ば れ る 。 日 常 生 活 で は す わ り板 と し て 用 い ら れ て い る 物 が,今 の 場 合 利 用 さ れ て い る 。
15) orp apavitrati pavitro va sarvavastharn gato 'pi va / yab smaret puridarikakam sa bahyabhyantarah iucib 1/
こ の マ ン トラ の 出 典 を ヴ ェ ー ダ 文 献,ダ ル マ 文 献 プ ラ ー ナ 文 献 等 に 見 つ け る こ と は で き な か っ たQし か し こ のMahadevaptijiに 組 み 込 ま れ て い るsalpdhya‑upasanaの 記 録 を 残 して い
るDubois r 1906:2511は 以 下 の よ う な 文 面 で こ の マ 、ン ト ラを 伝 え て い る:
Apavitraha pavitrova sarva vastam, Gatopiva yassmaret pundareekaksham, S ab ahiabhi an tara suchihy.
[JHA 1983:379]に す べ て の プ ー ジ ャ ー に 適 用 さ れ る 一 般 的 規 則(sarvapujopayogi samanya‑
vidhi)のee‑一 項,身 の き よ め(5tmaSuddhi)の た め の マ ン ト ラ と して こ れ が 挙 げ られ て い る 。 16)orP pmpdarikakSab punatu〃 こ の マ ン ト ラ の 出 典 も 見 付 け る こ と が で き な か った 。 な お 「蓮 の 目 を し た 者 」 は ヴ ィ シ ュ ヌ で あ る 。
国立民族学博物館研究報告 14巻2号 第 二 の マ ン トラ17)(P.6,1.6‑13)
汚 れ を ぬ ぐ い と る 賛 歌(aghamarsapa一 左 手 の さ じ か ら右 の 掌 に 水 を 入 れ,ひ ざ sukta)の 作 者 は ア ガ マ ル シ ャ ナ,韻 律 の 前 に 保 持 し,そ の 後 も う一 回 水 を 入 れ
は ア ヌ シ ュ ト ゥ ブ18),神 格 は 創 造 の 出 来 る 。 事,馬 の 供 犠 祭19)の 最 後 の 沐 浴20)の 際
に 用 い る 。
「オ ー ム 。 天 則 は,真 実 は,か き た て ら (マ ン ト ラを 唱 え 始 め る。) れ た 熱 力 よ り生 じた 。 そ れ よ り,夜 は 生
17)こ の 第 二 の マ ン トラ か ら 第 二 十 一 の マ ン ト ラ ま で,途 中 第 三,七,十 九 の マ ン ト ラ を 除 い て す べ て の マ ン ト ラの 冒 頭 で,そ れ ぞ れ の マ ン トラ の 作 者(;Si),韻 律(chandas),神 格(devata), そ して 用 い ら れ る 場 合(viniyoga)が 言 及 さ れ て い る 。 ヴ ェ ー ダ 文 献 の 補 遺 文 献 と し て 目 録 文 献 (anukramani)と い う も の が あ り,そ れ ら は ヴ ェ ー ダ 文 献 に 伝 承 さ れ て い る 賛 歌 の 一 々 に こ れ ら の こ と に 関 す る 情 報 を 提 供 し て い る[W亘NTERNIT2 1908:243;BHAT 1987:14]。 そ の 目 録 文 献 の う ち の 一 っKatyayana作 のSarvanukramarPiの 冒 頭 に,個 々 の マ ン ト ラ に 関 して こ の よ う な 事 柄 に 関 す る 知 識 が な け れ ば 儀 礼 は 成 功 し な い と 教 え ら れ て い る(atha rgvedamnaye 6akalake suktapratikarksahkhyar§idaivatacchandamsy anukrami§yamo yathopade§am!na hy etajjfianam ;te 9rautasmartakarmaprasiddhib〃 「さ て シle・一 カ ラ 派 の リグ ヴ ェ ー ダ の 伝 承 に 基 づ い て 個 々 の 賛 歌(sUkta)の 冒 頭 の 詩 句,詩 節(rc)の 数,作 者,神 格,韻 律 に 関 して,教 え ら れ て い る よ う に 順 に 説 明 して い こ う 。 何 故 な ら,こ の 知 識 が な い と シ ュ ラ ウ タ と ス マ ー ル タ の 儀 礼 は 成 功 し な い か ら」)。 ヴ ェ ー ダ 期 の 儀 礼 の 時 か ら各 マ ン ト ラ に 関 して 作 者 等 の 知 識 が, そ の マ ン ト ラを 使 用 す る 際 に 必 要 で あ る と い う 意 識 が あ った 。 そ の 意 識 が 現 在 ま で 保 存 さ れ て い る 。
Kane[1968:450]は 中 世 の 特 異 な ダ ル マ 文 献 の 一 つBrhad Yogiyajn5valkyaの 教 え る 所 と して,マ ン トラ を 唱 え る 際 に 知 っ て お く必 要 の あ る 五 つ の 事 項,作 者,韻 律,神 格,用 い 方, そ し て そ の マ ン ト ラ の 解 釈(brahnarpa)を 列 挙 して い る 。
し か し,こ れ ら の 事 項 に 関 す る 知 識 は,そ れ ぞ れ の マ ン ト ラ を 習 得 す る 際 に 必 要 事 項 と して 伝 授 さ れ て も,推 測 す る に,儀 礼 執 行 時 に マ ン ト ラ を 唱 え る の に 際 して は 唱 え る 必 要 が な か っ た の で は な い か 。 し か し,今 記 録 を 伝 え て い るL・.K. Jha氏 は 実 際 こ の 部 分 も マ ン ト ラ と して 唱 え て い る し,ま た 現 在Sadacara, Ahnikak; tya, SarPdhyavandanaな ど の 名 前 で 出 版 さ れ て い る 日 々 の 勤 行 に 関 す る パ ン フ レ ッ トで も,こ の 部 分 は 本 来 の マ ン ト ラ と 同 様 に 外 見 上 は 扱 わ れ て い て,そ れ ら を 用 い る 場 合 は や は り マ ン トラ と し て こ の 部 分 を 唱 え る の で あ ろ う 。 しか し, こ の マ ン トラ の 作 者 な ど を 教 え る部 分 は い ず れ に して も 本 来 の マ ン ト ラで な い の で,以 下 の 注 に お い て テ キ ス トは 注 記 し な い こ と に す る 。
18)anu§tubh・ 音 節 数 が8×2十8×2の 韻 律 。 19) a6vamedha(cf.[HILLEBRANDT l 897:149‑153])・
20)avabhrtha[cf. HILLEBRANDT 1897:152]・ しか し,ヴ ェ ー ダ 期 のA6vamedhaのavabhrtha で こ の マ ン トラ が 使 わ れ た 証 拠 は な い よ う に 思 え る 。 こ の マ ン ト ラ は 注21に あ る よ う に 尽gv‑
eda 10,190に 伝 え られ て い る が,こ の マ ン ト ラ を 伝 え る 次 に 古 い 文 献Taittiriya AraPyaka 10,1[704,9]で は 注 釈 者SayarPaに よ る と,沐 浴 の 後 の 調 息 の 際 に 用 い られ る と さ れ る(jale nimagnasya pranayamartham aghamarSas}asUktam aha f水 に も ぐ って で て き た 者 が 調 息 を す る た め に ア ガ マ ル シ ャ ナ の 賛 歌 を 伝 え る 」)。 マ ヌ の 法 典11,260で は 次 の よ う に 言 って,こ の ア ガ マ ル シ ャ ナ の 賛 歌 と ア シ ュ ヴ ァ メ ー ダ を 比 喩 と して 結 び つ け て い る:
yath蕊vamedhab kraturat sarvapapapanodanab!
tathag}lamar等apalp snktalp sarvapapapanodanam〃
「丁 度 祭 式 の 王 ア シ ュ ヴ ァ メ ー ダ が す べ て の 罪 を 取 り 除 く よ う に,ア ガ マ ル シ ャ ナ の 賛 歌 は す べ て の 罪 を 取 り 除 く」。()f,Mahabharata 12,148,26・ し た が って,こ の マ ン ト ラ と, Agva・
medha祭 の 最 後 の 沐 浴 と の 関 係 は 間 接 的 で あ る よ う に 思 え る 。
永 ノ尾 Mahadevapifja
ま れ た 。 そ れ よ り,波 打 つ 大 海 は。」
「波 打 つ 大 海 よ り 一 年 が 生 ま れ た 。 昼 と 夜 と を,ま ば た き す る一 切 の も の を 支 配 す る者 は 造 る。」
「太 陽 と月 と を 創 造 者 は 以 前 の よ うに 整 え た 。 天 と 地 と 虚 空 と,そ して 太 陽 を 。 ス ヴ ァ ー ハ ー 。」21)
マ ン トラを 唱 え 終 え て,水 を ボ ウル にす て る。 左手 の さ じか ら右 の掌 に水 を入 れ,
も う一 度水 を ボ ウル に す て る 。 同 じよ う に して右 の掌 に 入 れ た水 を一 回飲 む 。 同 じ く右 の掌 に 入 れ た水 を ボ ウル に す て る。
第 三 の マ ン ト ラ(P.6,L15)
「オ ー ム 。 水 は 私 を 守 れ 。」22》
右 の 掌 に 水 を 入 れ て,頭 の ま わ り に ま く。
fl ‑2調 息(pranayama)
第 四 の マ ン トラ(p.6,1.17‑18)
オ ー ム の 音 の 作 者 は ブ ラ フ マ ン,韻 律 は 顔 の 前 で 両 手 を 蕾 状 に 合 わ せ て,マ ン ト ガ ー ヤ ト リ ー23),神 格 は ア グ ニ,色 は 白, ラ を 唱 え 始 め る 。
す べ て の 祭 式 の 始 め に 用 い る 。 第 五 の マ ン トラ(P.6,1.19‑P.7,Ll)
21) or rtam ca satyarp cabhiddhat tapas() 'dhy ajayata / tato ratry ajayata tatab samudrO arriavati MU samudrad arnavad adhi sagivatsarti ajayata f ahoratrani vidadhad viivasya misato \Tag //2//
stitryacandramasau dhata yathapurvam akalpayat / divarp ca prthivirp cantariksam atho svati 113ff
この マ ン トラ はRgveda 10,190の 全 文 で あ る 。 以 後 ヴ ェ ーダ 文 献 を 引用 す る場 合,原 則 と して 最 も古 い 文 献 の 出典 個 所 に言 及す る。 広 汎 な ヴ ェー ダ文 献 に お け るそ の他 の 出典 個 所 に関 して は[BLOOMFIELD 1906]を 参 照 され た い 。
22)oηphpo mam abhirak$antu〃
この マ ン トラの 出典 は不 明。
23)gayatri.音 節 数 が8×2+8の 韻 律 。 この よ う にガ ー ヤ ト リー は24個 の音 節 を 持 つ 一 つ の詩
形 で あ り,一 方 オ ー ムo・pと い う音 はた だ一 つ の音 節 か らな って い て,こ の オ ー ムの 韻律 が ガ
ー ヤ ト リー であ る とい う言 明 は奇 妙 に思 え る。 聖 な る 音 オ ー ム に関 して,今 まで の主 と して ヴ
ェ ーダ 文 献 に基 づ く研 究 史 を ま と め,あ らた な語 源解 釈 の 提 案 して い る[PAnVOLA 1981]を
参 照 され た い 。
国立民族学博物館研究報告 14巻2号
七 つ の ヴ ィ ヤ ー ブ リ テ ィ24)の 作 者 は プラ ジ ャ ー パ テ ィ25),韻 律 は ガ ー ヤ ト リ ー, ウ シ ュ ニ フ26),ア ヌ シ ュ ト ゥ ブ,ブ リハ テ ィ ー27),パ ン ク テ ィ28》,ト ゥ リ シ ュ ト
ゥ ブ29),ジ ャ ガ テ ィ30)31),神 格 は ア グ ニ, ヴ ァ ー ユ,ア ー デ ィ テ ィ ヤ,ブ リ ハ ス パ テ ィ,ヴ ァ ル ナ,イ ン ド ラ,一 切 神32), 特 に 指 定 さ れ な い 照 罪 儀 礼33)の 調 息 の
24)Vyahτti.こ のvyahrtiは ヴ ェ ー ダ の 祭 式 儀 礼 に 用 い られ る 定 形 句 で,普 通bh且r bhuvab svab の 三 つ の 語 か らな る[KRIcK I982:393‑396;GoNDA 1980:226]。 こ れ ら 三 つ の 語 は 伝 統 的 に は 「大 地 虚 空,天 」を 指 す もの と し て 解 釈 さ れ て い る が,本 来 の 意 味 に 関 して い くつ か の 意 見 が あ る[MAYRHoFER 1963:510‑511]。 今 こ こ で 話 題 に な っ て い る の は こ の 三 つ のvya㎏ti で な く,七 つ のvyahrtiで あ る 。 そ れ はbhUr bhuvah svahの 他 にmahah, janab, tapah, satyamの 四 つ の 語 が 組 み 合 わ さ れ て 作 られ る[WEBER l 865:108]。 こ の 七 つ の 語 が 一 っ の 組 と して 登 場 す る 最 初 の ヴ ェ ー ダ 文 献 はTaittiriya Arapyaka 10,27(743,25‑26)で あ ろ う 。 orP bhuh 1 orP bhuvah 1 om suvah 1 orP mahall 1 oip janalj / orP tapab / om satyam /.注 釈 者 Sayapaに よ る と, Taittiriya Arapyakaの こ の 個 所 で は 今 ま さ に 話 題 に な って い る 調 息 (prapay自ma)の 場 面 で,ガ ー ヤ ト リー と い わ れ る マ ン ト ラ の 前 で 唱 え る べ き も の と して 性 格 付 け ら れ て い る(gayatrya avahanad丘rdhvalp Pr鋤ayamarthalp mantram aha(743,24)「 ガ ー ヤ ト リ ー を お 招 き し た 後 で,調 息 の た め の マ ン ト ラを 説 く」)。 そ して,こ の 伝 統 は 中 世 の 儀 礼 文 献 を 通 じて 今 日 に ま で 生 き続 け る こ と と な る[KANE 1974:317;DREYER l g86:37]。
25)Prajapatiがvyahrtiの 作 者 で あ る と い う こ と は11世 紀 に カ シ ミー ル で 生 き て い たDevapala [DREYER 1986:XXX]のSandhyopasanamantrabhaSya[Dkli YER 1986:39]も 伝 え て い る:Vyahrrtina・p tu sarvasam r§ir adyぬprajapati毎 「す べ て の ヴ ィ ヤ ー ブ リテ ィ の 作 者 は 最 初 の プ ラ ジ ャー パ テ ィ で あ る 」。
26)u§pih.音 節 数 が8×2十12の 韻 律 。 27)brhati.音 節 数 が8×2十12十8の 韻 律 。 28)pahkti,音 節 数 が8×2+8×2+8の 韻 律 。 29)tri§tubh・ 音 節 数 が11×2十11×2の 韻 律 。 30)jagati・ 音 節 数 が12×2+12×2の 韻 律 。
31)注24で 提 示 し た よ う に 七 つ のvyahrtiの 実 際 は,そ の 都 度 唱 え ら れ るorpを 勘 定 に 入 れ て も, 20音 節 しか もた な い,し か も韻 律 の 形 を と って い な い 定 形 旬 で あ る 。 注23で 言 及 し た よ う に, た だ 一 音 節 か らな る0・Pの 音 に 関 し て,そ の 韻 律 はgayatriと み な し た 考 え 方 と 同 一 の 表 現 で あ る 。 こ の 発 言 が 文 献 的 に ど こ ま で た ど れ る か は,今 の と こ ろ 私 に は わ か ら な い 。
32)注25で 紹 介 し たDevapalaはvyahτtiの 神 格 に 関 し て 二 つ の 説 を 紹 介 し て い る
{DREYER 1986: 391:
agnir vayfi ravig caiva vakpatir vartmas tatha / indro vigve vyahrtinarn daivatani yathakramam //
agnib somas tatha sitryo vakpatir varunas tatha / kvacid indras tathadityo vyahrtinam yathakramam 1/
「ア グ ニ,ヴ ァ ー ユ,太 陽(=ア ー デ ィ トゥ ヤ),そ し て 言 葉 の 主(=ブ リハ ス パ テ ィ),さ ら に ヴ ァ ル ナ,イ ン ド ラ,一 切(神)が こ の 順 序 で ヴ ィ ヤ ー ブ リテ ィ の 神 格 で あ る 。」 「ア グ ニ, ソ ー マ,さ ら に 太 陽,言 葉 の 主,さ ら に ヴ ァ ル ナ,と き に は イ ン ドラ,さ ら に ア ー デ ィ ト ゥ ヤ が こ の 順 序 で ヴ ィ ヤ ー ブ リテ ィ の も の 」。Devapalaの 紹 介 す る 二 つ の 説 の 内,第 一 の も の が 今 の 場 合 と 対 応 し て い る 。
33)[KArUt 1973:121]を 参 照 。 392
永 ノ尾 Mahadevapifja
際 に 用 い る 。
第 六 の マ ン トラ(P.7,1.2‑‑3)
ガ ー ヤ ト リー34)の 作 者 は ヴ ィ シ ュ ヴ ァ ー ミ ト ラ,韻 律 は ガ ー ヤ ト リ ー,神 格 は サ ヴ ィ ト リ,入 学 式 の 時 の 調 息 の 際 に 用 い る35)。
こ こま で 唱 え て,両 手 を合 わせ,頂 礼 し, 二 回手 を た た く。 一 回右 手 を 頭 の 回 りに
まわ す 。 そ の 後,次 の よ うに して 調 息 を 行 う。 ま ず親 指 で 右 の 鼻 の 穴 を お さえ る (約30秒)(写 真3)。 つ いで,中 指 と薬指 で 両 方 の 鼻 の 穴 を お さえ る(約30秒)。
最 後 に 親 指 を は ず して,左 の 鼻 の 穴 を お さえ る(約16秒)36)。 調 息 が終 わ る と, 水 で 右手 を洗 う。
第 七 の マ ン ト ラ(P.7,1.19‑20)
「オ ー ム 。 水 は 光 輝,精 髄,不 死,ブ ラ フ マ ン。 プ ー ル,ブ ヴ ァ ル,ス ヴ ァ ル 。 オ ー ムo」37)
34)gayatri・ こ のgayatriは 注23で い った 韻 律 と して の ガ ー ヤ ト リ ー で は な く,こ の 韻 律 で 作 ら れ た 一 つ の 例 で あ る 。 実 際 は 耳gveda 3,62,10に 伝 え ら れ て い る マ ン ト ラ で,savitriの 名 前 で も 知 ら れ て い る 【KANE 1974:300‑304;GoNDA 1975:51‑52]。 そ の テ キ ス トは 以 下 の ご と し:
tat savit丘r vゑrerPyarp bhargo devゑsya dhi血ahi!
dhiyo y6 nah pracodayat〃
「神 サ ヴ ィ ト リの か の す ぐれ た る 光 輝 を 我 々 は 受 け ん,彼 は 我 々 の 思 考 を 駆 り立 て る べ し。」 35)[KANE 1974:317].
36)こ の 所 作 がLK. Jha氏 の 行 う 調 息 で あ る 。 こ の 間,彼 は 心 の 中 で 注24で 述 べ た,一 々 に o・Pを 伴 う 七 つ のvyahrtiと,注34で 述 べ たgayatriを 唱 え て い る 。 こ の 方 法 はKane[1974:
317]に 紹 介 さ れ て い るB;hadyogiyajfiavalkyaの 説 く 方 法 と一 致 す る 。 な お, Kane[1968:
450]に よ る と,こ のBrhadyogiyajfiavalkyaと い うDharmaの テ キ ス トはMithila地 方 に 滞 在 し て い たYogiξvaraに 聖 仙 達 が 教 え を 請 う と い う 形 を と って お り,今 報 告 して い る こ の 方 法 がMithila地 方 の 伝 統 的 な も の で あ る こ と を 推 測 さ せ る 。 調 息 は こ の よ う に 三 つ の 段 階 か ら な る 。先 ず,右 の 鼻 の 穴 を 押 え て い る 時,左 の 鼻 の 穴 か ら空 気 を 吸 い 込 ん で い る 。 こ れ をpttraka (満 た す こ と)と い う 。 次 に,完 全 に 空 気 の 動 き を 止 め る 。 こ れ はkumbhaま た はkumbhaka (第 一 義 は 壺,つ ま り壺 の よ う に 肺 の 中 に 空 気 を 貯 め る こ と)と い わ れ る 。 そ し て,最 後 に 左 の 鼻 の 穴 を 押 え,右 の 鼻 の 穴 か ら空 気 を 吐 き 出 す(recaka空 に す る こ と)[KANE 1974:317;
VIDyARIjAvA 1918:43‑44]。
37)61p査po jy6ti raso,mt tam brahma bhfir bhUvah stivar 6rP.
Taittiriya Arapyaka 10,27(744,2). apoか らsuvarま で の 部 分 はgayatriマ ン ト ラ の 頭9iras と 呼 ば れ て い る も の(Sayapaの こ の マ ン ト ラ に 対 す る 注 釈:apo jyotir ityadiko gayatryah gi「omant「ah tasyadyantayoh PraPavadvayam PUrvavad ucc2ryate(744,10‑11)「 『水 は,光 輝 』 と始 ま る 部 分 は ガ ー ヤ ト リー の 頭 の マ ン ト ラ 。 そ れ の 最 初 と 最 後 に 二 回 『オ ー ム 』 と,以 前 の よ う に 唱 え る 」)。
国立民族学 博物 館研究 報告 14巻2号
[[‑3 口 濯 ぎ(acamana)
第 八 の マ ン ト ラ(P.8,1.1‑7)
「太 陽 は 私 を 」 と い う マ ン トラ の 作 者 は ブ ラ フ マ ン,韻 律 は プ ラ ク リ テ ィ38),神 格 は ス ー ル ヤ,朝 の 口 濯 ぎ の 際 に 用 い る 。
「太 陽 は 私 を,怒 り は,怒 りの 主 達 は, 怒 り の ゆ え に 犯 し た 罪 よ り守 れ 。 夜 に 私 が,心 に よ っ て,言 葉 に よ っ て,両 の 手 に よ っ て,両 の 足 に よ っ て,腹 に よ っ て, 性 器 に よ っ て 犯 した 罪,そ れ を 夜 は 帳 消 に せ よ 。 私 の 中 に あ る ど ん な 悪 行 を も, 今,私 は 私 を,不 死 を 母 体 と す る 太 陽 の 中 に,光 輝 の 中 に 献 じ る 。 ス ヴ ァ ー ハ ー。」39)
と,朝 の 口 濯 ぎ の 際 に 。
第 九 の マ ン ト ラ(p.8,1.9‑・ 1 4)
「水 は 清 め よ 」 と い う マ ン ト ラ の 作 者 は ヴ ィ シ ュ ヌ,韻 律 は ア ヌ シ ュ ト ゥ ブ,神 格 は 水,昼 の 口 濯 ぎ の 際 に 用 い る。
さ じで 一回 水 を 飲 む 。 さ じで 一 回水 を す て る。
さ じを左 手 に持 ち か え,右 手 に 水 を 入 れ, 掌 を上 に して 右 腕 を 右 ひ ざ の 上 に 置 く
(写 真4)。
「ス ヴ ァ ー ハ ー 」 と 唱 え て,水 を ボ ウ ル に す て る 。 左 手 に 水 を 入 れ,飲 む 。 さ ら に 一 回 水 を ボ ウ ル に す て る 。 く ち び る を 洗 う。
水 を 右 手 に 入 れ,一 回 す て る。 掌 を 上 に して 右 腕 を 右 ひ ざ の 上 に 置 く。
38)prakrti.音 節 数 が84の 韻 律[WEBER l863:132,137,400]。
39) orn saryai ca ma manyug ca manyupatayai ca manyukrtebhyab papebhyo ralqantam / yad ratriya papam akaram / manasa vacs hastabhyam padbhyam udarena gigna ratris tad avalumpatu yat kim ca duritam mayi / idam aharn mam amrtayonau / surge jyotisi juhomi svaha /1
Taittiriya Arapyaka 10,25(742,15‑19).注38でprakrtiの 韻 律 の 音 節 数 は84と 述 べ た が, こ の テ キ ス トの 音 節 数 は そ れ と 一 致 しな い 。 冒 頭 のorpを い れ る と,音 節 数 は86,そ れ を 除 く と85,そ して 最 後 のsvahaを 計 算 に い れ な い と83と い う 数 を 示 す 。 sayapaの 注 釈 に よ る と, こ の マ ン ト ラ は 朝,水 を 飲 む 際 に 用 い ら れ る と い う:pratabsamdhyakale jalapanartharP ma‑
ntrarn・aha(742,14)「 朝 の つ な ぎ の 時,水 を 飲 む た め の マ ン ト ラ を 説 く」。
永 ノ尾 Mahadevapuja
「水 は 清 め よ,大 地 を 。 大 地 は 清 め ら れ て,清 め よ,私 を 。 清 め よ,(水 と)ブ ラ フ マ ナ ス パ テ ィ は 。 ブ ラ フ マ ン に 清 め られ た(大 地)は 私 を 清 あ よ 。」
「残 った も の を,享 受 す べ き で な い も の を,ま た は 私 の 悪 し き 行 な い を,私 の す べ て を 清 め よ,水 は 。 そ して 良 くな い 人 々 か ら受 け 取 っ た も の を 。 ス ヴ ァ ー ハ ー 。」40)
と,昼 に 。
「ス ヴ ァ ー ハ ー 」 と 唱 え て,水 を 一 回 右 手 に 入 れ,ボ ウ ル に す て る 。 右 手 に 水 を 入 れ,飲 む 。 一 回 す て る 。 く ち び る を 洗
う 。 第 十 の マ ン ト ラ(P.8,1.16‑P.9,1.3)
「ア グ ニ は 私 を 」 と い う マ ン ト ラ の 作 者 は ル ド ラ,韻 律 は プ ラ ク リテ ィ,神 格 は ア グ ニ,夕 べ の 口 濯 ぎ の 際 に 用 い る 。
「ア グ ニ は 私 を,怒 り は,怒 りの 主 達 は, 怒 り の ゆ え に 犯 し た 罪 よ り 守 れ 。 昼 に 私
が,心 に よ って,言 葉 に よ っ て,両 の 手
水 を 右手 に 入 れ,一 回す て る。 掌 を 上 に して右 腕 を右 ひ ざの 上 に 置 く。
40) Apab punantu prthivhn prthivi pita punatu mam / punantu bralun.anaspatir brahrnaptita punatu mam //
yad ncchistam abhojyarn yad va duicaritarn mama / sarvarp punantu mam apo 'satarn ca pratigraham // svaha //
Taittiriya Ararpyaka 10,23(740,23‑741,1). Sayapaの 注 釈 に よ る と,こ の マ ン ト ラ は 昼, 水 を 飲 む と き に 用 い ら れ る:madhyahnikasamdhyanusthane'bhimantritajalapanartharP
mantram aha(740,22)「 昼 の つ な ぎ の 時 の(儀 礼 を)行 う 際 に,マ ン ト ラ を 唱 え られ た 水 を 飲 む た め の マ ン ト ラを 説 く」。 今,報 告 して い る マ ハ ー デ ー ヴ ァ ・プ ー ジ ャ ー は 朝 に 行 わ れ た 。 そ の 朝 の た め の マ ン ト ラ は,上 記 の 第 八 の マ ン トラ で あ る 。 注 釈 者 サ ー ヤ ナ は,し か し,こ の マ ン ト ラ は 昼 に 用 い る こ と を 教 え て い る 。 さ ら に,次 に 続 く第 十 の マ ン ト ラ の 使 用 時 は,vin・
iyogaに よ って も,ま た サ ー ヤ ナ の 説 に よ って も,夕 方 で あ る と さ れ る 。 な お,こ のSamdhy・
opasanaを か な り詳 し く記 述 す る プ ラ ー ナ 文 献 の 一 つ ナ ー ラ ダ ・プ ラ ー ナ も,こ れ ら三 つ の マ ン ト ラを そ れ ぞ れ 朝,昼,夕 に 配 して い る:dvir acamet tatab pagcat pratah sUrya9 ca meti 1 益pah punantu madhyゑhne sayam agni6 ca meti ca〃(N互rada Pur麺a 1,27,48)「 そ の 後, 二 回 ず つ(水 で)口 を 濯 ぐべ し 。 朝 に は 『太 陽 は 私 を 』 と(唱 え て),『 水 は 清 め よ 』 は 昼 に, そ して,夕 べ に は 『ア グ ニ は 私 を 』 と 」。 さ ら に[VIDY入RryAvA l918:45,67,72]を 参 照 。 本 来 は 朝,昼,夕 と三 つ に 分 け ら れ て,唱 え ら れ て い た マ ン ト ラを,今,執 行 者 は,一 度 に, 朝 に 唱 え て い る こ と に な る 。