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令和 1 年度(2019 年度) 卒業論文・修士論文要旨

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88 mixed muses no.15 愛知県立芸術大学音楽学部

愛知県立芸術大学大学院音楽研究科 博士前期課程

令和 1 年度(2019 年度) 卒業論文・修士論文要旨

卒業論文

ロシア民謡に基づくロシアの管弦楽曲

――チャイコフスキーを中心に

岡奈津実 愛知県立芸術大学音楽学部作曲専攻(音楽学コース)

要旨

 ロシアでは、18 世紀後半に初めてロシア民謡集が出版され、それ以降、オ ペラや管弦楽曲にロシア的なテーマや主題を用いた作品が多く現れるように なる。ミハイル・イヴァノヴィチ・グリンカ Михаил Иванович Глинка(1804- 1857)は、1848 年に作曲した管弦楽曲《カマリンスカヤ

Камаринская》にお

いて、ソナタ形式の枠組みの中で 2 つの民謡を用いた。《カマリンスカヤ》以降、

ミリイ・アレクセエヴィチ・バラキレフ Милий Алексеевич Балакирев(1837- 1910)といった民族主義を支持する作曲家たちや、音楽院でドイツの古典音楽 に基づく教育を受けたピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

Пётр Ильич Чайковский(1840-1893)が《カマリンスカヤ》を基盤として、民謡に基づ

く作品を作曲し、発展させていく。

 本論文では、このような背景のもと、グリンカの《カマリンスカヤ》から、

ロシア民謡に基づくロシアにおける管弦楽曲がどのように発展していったの か、変化していく過程をまとめ、その中でもチャイコフスキーの作品をロシア 民謡に基づく管弦楽曲の発展の流れの中で位置づけし、歴史的意義を考察する ことを目的とした。

 論文全体は3章から構成される。

 第 1 章「19 世紀のロシアの音楽界」では、本論文で取り上げた作品が作曲 された当時のロシアの音楽界について概観した。この時代、芸術音楽の発展途 上国から脱するために、アントン・グリゴリエヴィチ・ルビンシテイン Антон

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Григорьевич Рубинштейн(1829-1894)を中心に改革が進められていた。ロ

シアで初めての高等音楽教育機関であるサンクトペテルブルク音楽院の創立に より、正式な教育を受けた音楽家がロシアから生まれるようになった。その一 人がチャイコフスキーであった。アントン・ルビンシテインの考えとは反対に、

バラキレフを中心とした五人組は、独学により音楽を習得した。彼らは自ら民 謡を収集することもあり、ロシアの民族の素材を生かして自国ならではの表現 を探求し、ロシアの芸術音楽の発展を目指した。

 第 2 章「ロシア国民楽派による、ロシア民謡に基づく管弦楽曲」では、ロ シア国民楽派による、ロシア民謡に基づく管弦楽曲を取り上げ、民謡に基づく 主題の扱い方に着目して楽曲分析を行なった。第 1 節「グリンカ:《カマリン スカヤ》」では、グリンカ作曲の《カマリンスカヤ》を分析し、特徴を明らか にした。《カマリンスカヤ》において、主題は、提示された後に主題を奏する 楽器や伴奏は変化するものの、旋律自体の形は変えずに何度も繰り返される。

グリンカは、主題の反復を中心として、《カマリンスカヤ》を一つの管弦楽作 品に作り上げているのである。また、主題の伴奏として持続音を頻繁に用いる こともこの作品の特徴として挙げられた。続いて第 2 節「バラキレフ:《3 つ のロシアの歌の主題による序曲 Увертюра на темы трех русских песен》」では、

バラキレフ作曲の《3 つのロシアの歌の主題による序曲》を分析した。《3 つ のロシアの歌の主題による序曲》は、主題の提示後に主題がそのままの形で楽 器や伴奏を変えながら繰り返される点と、民謡主題の伴奏として持続音が奏さ れる点で、グリンカの《カマリンスカヤ》の手法を引き継いでいる。さらに、

民謡主題は、変奏したり、断片のみで使用されて楽器間で掛け合いをしたり、

重ねられたりするところが見られた。

 第 3 章「チャイコフスキーによる、ロシア民謡に基づく管弦楽曲」では、チャ イコフスキーによる、ロシア民謡に基づく管弦楽曲について述べた。第 1 節

「チャイコフスキーとロシア民謡」では、チャイコフスキーの作品目録に掲載 されている、3つの民謡集についてまとめた。チャイコフスキーは、依頼によ り 3 つのロシア民謡集を出版しており、それらの収録曲がチャイコフスキー 自身の作品に引用されることが多くあることがわかった。続いて、チャイコフ スキー作曲の 3 つの交響曲を取り上げ、民謡主題の扱いに注目して楽曲分析

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を行なった。交響曲第 1 番では、グリンカの《カマリンスカヤ》のような主 題の反復を中心とした展開ではなく、主題の断片化や曲の発展のための旋律の 一部を変更する展開が中心であった。グリンカの《カマリンスカヤ》やバラキ レフの《3 つのロシアの歌の主題による序曲》では持続音の使用が目立ったが、

チャイコフスキーの交響曲第 1 番では、和音による伴奏が中心であった。交 響曲第 2 番は、チャイコフスキーの作品の中でも民族主義的な作品とされて おり、曲中の民謡の扱いは、グリンカの《カマリンスカヤ》で見られる主題の 反復や持続音の頻繁な使用といったもので、グリンカの影響が色濃く出ている。

交響曲第 4 番では、バラキレフの《3 つのロシアの歌の主題による序曲》と同 じ民謡を使用している。チャイコフスキーは、民謡を変化させて提示しており、

民謡の性格を弱めている。民謡主題の展開方法は、主題の繰り返しや主題の断 片化が見られた。また、曲中で提示される民謡には基づかないもう一つの主題 も民謡主題と同様の展開方法を示していた。

 ロシア民謡に基づくロシアの管弦楽曲は、グリンカの《カマリンスカヤ》の 伝統が後世の作品に引き継がれ、また、発展していることが明らかになった。

バラキレフの《3 つのロシアの歌の主題による序曲》は、グリンカの《カマリ ンスカヤ》の手法を踏襲しながらも、一部で主題変奏や主題の断片化が見られ、

より自由に民謡に基づく主題を展開させている。チャイコフスキーは、バラキ レフの《3 つのロシアの歌の主題による序曲》と同様に、グリンカの影響を受 けながら、より発展的に民謡に基づく主題を扱っている。しかし、国民楽派の 2 人の作曲家とは異なり、反復を中心とした展開ではなく、動機的に主題を扱 い、展開させている。チィコフフスキーは、音楽院で学んだ芸術音楽と自身に 身近であったロシア民謡を自然に融合させることに成功した作曲家であると言 えるだろう。

参照

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