イ ギ リ ス 国 有 化 産 業 の 投 資 実 績 と そ の 批 判 に 就 い て
イ ギ リス 国 有 化 産 業 の 投 資 実 績 と そ の 批 判 に 就 い て
序言
士口
武清
彦
イギリス国有化産業は︑既に国有化以後十数年を経過しその実績も次第に明らかになり︑従って各方面からその実
績をめぐってさまざまの批判が下されておるが︑特にその中でも投資政策をめぐっては最近特に多くの批判が行われ
つつある︒この小論はこのような各種批判を検討しつつイギリス国有化産業が︑そのうちに持っている問題点を明ら
かにして見たいと思うものである︒
( 1 )
国有化産業に於ける投資政策に就いては︑すでに最近日本でも丸尾直美氏に依って扱われておる︒同氏の論文は︑主として国有化を計画経済の観点から捉え︑計画経済下に於ける国有化部門の投資基準の問題を理論的に扱われてお
る︒かかる理論的な研究も必要であるが︑筆者はむしろ歴史的実証的にイギリス国有化産業の投資政策を扱って見よ
うと考える︒イギリス国有化産業の過去十数年の実績に対する批判は︑やはり戦後イギリス資本主義の歩んで来た過
程を適確に把握し︑それと国有化産業とが如何なる関連にあったかを考察するのでなければ︑正鵠を得ることはむつ
かしいであろう︒
イギリス労働党政府が︑一九四〇年代後半に︑炭鉱・電気・ガス・運輸等の基礎産業を国有化した際︑その投資政
( 2 )
策に関しては三つの方針があったと思われる︒一つはこれら基礎産業の公有化に依って︑独占価格と生産量制限に基く独占利潤を廃止し︑それに代って国有化以後は低価格・産出量の増大を目標とし︑かくして始めて国民全般の経済
厚生がより増大され得るとする点である︒投資政策もこの低価格・産出量の増大と云う目標に奉仕するべきであると
するのである︒第二の点は大幅な投資遂行に依って基礎産業の再組織化・能率の向上を計ろうとする点である︒その
内容は各産業に依り多少相違があり︑例えば︑石炭・鉄道の如くに老朽設備の近代化を主目標にするもの︑或いはガ
ス︒電気の如く小規模な地方生産から大規模な集中生産に依る﹃大規模生産の利益﹄を得んとするもの等︑多少ニュ
アンスの相違があるにしても︑国有化の目標は再組織化・能率の向上にあったと云うことは共通しておる︒第三には
国有化産業の投資政策に依って景気変動をコントロールする手段を見出そうとするにある︒公社全体の総投資は過去
十年を平均して個人に依る総投資の総額にほぼ等しく︑私企業のそれの約四〇%を占めておるのであり(第一表)︑従
って政府としては︑この公有部門の投資をコソトロールすることに依って︑国全体の投資水準を変動せしめ景気調節
を行なうことが期待された訳である︒
果して過去十数年の実績に照らしてかかる三つの方針が期待通りに実現されつつあるのであろうか︒最近の諸批判
は可成りこれ等に対して否定的な解答を行なっており︑最近では幻・国Φ59ず9がz蝕8筈器↓δ昌言じd二け9言(ピ︒巳︒p
ζ鋤§筥9︒昌昏9・=ユ・"一り切㊤)に於て鋭い批判を投資政策についても向けておる︒果してこれらの否定的見解をそのま
ま受けとって良いであろうか︒ロブソソ教授が述べておる如くに﹃信じ難い程沢山の無智と歪曲と誤解とが︑この問
( 3 )
題へ国有化問題ー筆者註)に就いて書き又語る人々の間に見出される︒﹄今日︑やはり我々は先ず正確な事実の認識164
と︑冷静な分析とが必要であろうと考える︒この論文は︑かかる見地から最近の諸批判を検討して見たものである︒
なおここで国有化産業と云う場合は︑石炭・電力・ガス及び鉄道の四大産業を指す︒他にも戦後国有化された産業
は存するが︑これは除外する︒なお場合に依っては﹃公社﹄(勺ロ菖︒O︒8興9︒eδ昌)と云うより広い言葉も使用したが︑
これは上述の四産業の他に航空・無線・海底電信・若干の道路輸送・及びその他若干の小産業も含んだものである︒
この﹃公社﹄の中では勿論上記四大産業が大きな比重を占めており︑一九五七年に於てこの公社の総投資の七七%が
この四大産業に依って占められていたのである︒総計の都合上この﹃公社﹄と云う言葉もしばしば使用したが︑この
時には四大産業以外のこれら産業も含まれる︒
イ ギ リ ス 国 有 化 産 業 の 投 資 実 績 とそ の 批 判 に 就 い て
( 1 )
( 2 )
( 3 ) 丸 尾 直 美 ﹃ 国 有 化 産 業 に お け る 投 資 政 策 ﹄ ( 三 田 学 会 雑 誌 ︑ 昭 和 三 十 五 年 三 月 号 ︒ ) ・
ω . 国 . U Φ 昌 巳 ω o P ぎ く Φ ω け 旨 o 暮 言 け ゲ o Z 讐 δ 昌 9 冒 & 冒 α 器 け 冠 δ ω ( 言 き 9 Φ ω 8 ↓ ω け 巴 ω 訟 s 一 ω 0 9 Φ 多 同 O 巳 ) や b︒ 層
≦ ド ︾ . 幻 o び ω o P 三 9δ 口 o 昌 9︒ 一 一N 9 ぎ ユ ロ ω 珪 団 拶 ロ 山 勺 信 び 謡 o O 毛 口 ① お 三 只 い o 昌 血 o p O 8 お o ︾ o 昌 帥 口 5 毛 ぎ ζ ρ 6 ① O ) 勺 ﹃ ① h 8 ρ b ● 刈 .
二戦後イギリス国有化産業の投資実績
イギリス国有化産業の戦後の投資実積を述べる前に︑若干国有化産業の財政に関する一般的規定に就いて述べてお
きたい︒
一般に公社は﹃非営利性﹄の動機に従って運営され︑利潤を追求する必要なく公益を計るということが第一義的目
的とされておる︒従って公社は収益をあげることは要求されず︑数年間にわたって収支のバランスをとればよいこと
になっておる︒即ち毎年収益勘定に帰すべき支出に見合うだけの十分な収入を確保するように運営すればよい訳であ
る︒収益勘定に於ける支出には借入の返済金と借入に対する利子更には準備金の積立をも含んでおる︒ただし剰余金
を生み出すことは差支えない︒戦後の国有化政策に依って成立した公社は︑国有化に際し︑以前の所有者乃至は自治
体に対し︑]九五二年末迄に二︑一五〇百万ポソド強の特別国有化公債が私企業証券と引換えに発行され︑それに対
する毎年の利子支払額は六〇百万ポソドに達しており︑その額は政府に依り保証されていたが支払義務は勿論国有化
( 4 )
産業自身に存する︒その特別国有化公債の償還方法は︑各産業毎に異なるが︑鉄道・ガス・電力は九〇年︑石炭は五〇年にわたって償還が行われるように規定されており︑ガス・電力に於ける毎年の償還額は﹃直線法﹄に依って決定
( 5 )
されておる︒国有化産業の投資のための資金は︑内部資金又は外部資金に依って調達されねばならぬが︑内部資金は殆んどが減
価償却費であり︑この内部資金で不足する部分は外部資金に依らなければならぬ︒戦後の国有化産業はいずれも彪大
な投資計画を有しており︑この投資計画の主なるものは予め所管大臣の許可を得ることが前提とされておる︒更にこ
の投資計画に基き必要とされる外部資金を得るためにも︑予め所管大臣の許可が必要であるが︑その入手の方法は各
( 6 )
産業に依って異る︒石炭業の場合には︑動力大臣が運転資本も含めた資本支出に対して貸付を行なうことが出来るこ( 7 )
とになっておるが︑他のガス・運輪・電力の場合には一九五六年の改正以前にはそれぞれ所管大臣の同意と大蔵省の許可の下に公債を発行することが出来た︒即ちガス公債㊧鴇三ωげO器ω8鼻)︑運輸公債(↓触"昌ωbO答ω付◎0犀)︑電力公債
(守註ωげ匹09旨一蔓ω80ぽ)である︒そしてこれらの公債は政府保証がなされ金縁証券と同じ条件である︒これらの公社
の借入れには最高限度が設けられ︑石炭業の場合には一九五六年に五力年で総計六億五︑○○○万ポンド︑電力業に
は同様一四億ポソド︑ガス産業は四億五︑○○○万ポソドが最高限度とされておる︒このような最高限度を設けた趣
旨は︑一つには議会が公債の量を制限することを可能ならしめること︑二つには公社の投資計画の規模と速度とを検
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査する機会を持つためであるとされておる︒これらの政府借入及び公債発行に依る借入に対する利子支払額及び年賦返済額は︑これらの公社の財政に対して可
成り重い負担になつておる︒電力業に於ては利払い額は一九四七‑九年当時一︑五八〇万ポンドから︼九五六ー七年
には四︑六九〇万ポソドに増加し︑収入に占める比率は八%から一〇%へと増加しておる︒ガス産業に於ては減価償
却と利払いを含めて一九四九ー五〇年には一︑六七〇万ポソドであったが︑五六ー七年には四︑二〇〇万ポンドと増
加し︑総収入に於ける割合も七%から一一・四%と増加しておる︒運輸業に於ても利払いだけで四八年には四︑二〇
( 9 )
○万ポソドであったものが︑五八年には七︑二四〇万ポソドに増加しておる︒外部資金への依存度が高いだけに︑この利払いの額は将来も増加する見込みである︒ここに国有化産業の財政にとって一つの問題点がある︒
減価償却に就いては各産業は︑ヒストリカル・コストに基いており︑従って固定資本の入手又は完成した時の価格
を基礎とし︑殆んどは直線法に依って償却を行なっておる︒これはイソフレ時になると当然実質的な償却額が減少す
るのであって︑之は後で述べるような批判を受けねばならなかった︒ただ電気産業は︑ヒストリカル・コストに基く
減価償却法の矛盾を緩和するため一九五四‑五五年に﹃固定資産償却準備金﹄(ω老覧・旨霞富qu︒胃︒︒一豊自幻︒ω︒辱︒)を
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設け︑減価償却額の増加を計った︒}九五六年四月国有化産業に対する貸付の方法が若干変更になり︑電力・ガス・鉄道の公債発行に依る借入方法が
従来石炭業に対して行なっていたように︑直接政府貸付に依ることになった︒これは国昌碧8b9お8に基いてなさ
れたものである︒この方法がとられたのはこれらの産業の公債発行額が既に巨大になり︑その公債未消化部分が増加
すると共に大蔵省証券が濫発され︑政府の金融引締政策が之に依って効果が減殺されたこと︑更には政府の財政政策
( 11 )
がこれら国有化産業の公債発行に依って可成り妨害されるに到ったことに基くものである︒この措置は始あ一九五六第1表
イ ギ リ ス に 於 け る 貯 蓄 及 び 投 資
(1948〜1957) £millions
1・9・8i・94gl・95・1・95・1・9S21・9S31・954・9S51・9561・9S71合 計
貯 蓄
6,901
153L249‑‑1
21『283[694」786 712199111・339」1・4791
人個
i・・56・1・・6381・ ・8・71・・9221
13,846 社1,025
87gll・34『1・609i90111・149
会
1,589
201[163「20411778・}
8gl・271・7・{・84i・93
社
公
政 府 S941661[73『6611419
3i213i6155447316751 5,403
合 計1…S21・ ・87812・425i2・72412・198
、2・44・、2・79・13,34613,833;4,253
27,739
総 投 資
4,354
人
2672SOI30113501304i402iS2gi610629682
個
社1969;8・21…63i・ ・539
S71171911・058i1・466il・528i1・7121
11,437
会
4,575 2
4441454450
460603[613740 社 2121297j3011
公
8011800
・46164・16391771/8・ ・、6・629
目
・4sl44344・
政
・8961・83212…6i3・ ・342・12912・4・712・6883・31813廊934 26,995
1合 計il
註1・S・R・Dennison,InvestmentintheNationalizedIndustries ,P.25.資 料 はNationalIncome andEspenditure1958.に 依 る 。
註2.貯 蓄 は 滅 価 償 却 及 び 在 庫 価 格 変 動 の 調 節 を 行 な う前 の も の で 納 税 準 備 金 社 内 留 保(会 社 の 場 合)利 息 準 備 金(公 社 の場 合)を 含 む 。 総 投 資 は 総 固 定 投 資 の 他 に 在 庫 価 格 の 変 動 ・在 庫 蓄 積 も含 む 。
ー五七年並びに五七ー五八年の二ヵ年だけ
の臨時的なものとされたが︑その後一九五
八年にも適用された︒この改正については
改めて後述したい︒
以上が公社の財政に関する一般的規定で
ある︒次には戦後の投資実績を見ると次の
如くである︒先ず始めに国民所得統計の中
から公社の貯蓄及び投資額がイギリス全体
の貯蓄及び投資の中で如何なる比重を占め
ておるかを見ると第一表の如くである︒之
に依ると︑公社の総投資は一九四八年より
五七年迄の十ヵ年に四五億七五〇〇万ポソ
ドであって︑イギリス全体の総投資二六九
億九五〇〇万ポソドの約一七%強を占めて
おることになる︒之に反し公社の貯蓄は十
五億八九〇〇万ポンドであり︑イギリスの
貯蓄合計二七七億三九〇〇万ポソドの約六
%に過ぎない︒換言すれば戦後に於て公社