信託制度から考察する遺留分制度の意義
Did the Amendment of Trust Law Affect the System of the Legitime?
福 田 智 子
はじめに
平成30年9月12日、東京地裁は被相続 人が生前行った信託設定は、経済的利益の分 配が想定されない不動産を目的財産とするこ とにより、外形的に遺留分を侵害しない受益 権を創出、遺留分制度を潜脱する意図で信託 制度を利用しており、公序良俗に反するとし て、信託設定一部無効の判断を示した(東京 地裁平成30年9月12日判決(金融2104号 78頁))1。本判決では、遺留分制度の意義に
ついて一切触れられていないが、信託設定を 無効にするほど強固な遺留分制度の意義は、
一体どこにあるのだろうか。推定相続人が有 する遺留分権はこれまで、家産維持のための 不可侵的相続権と理解されると同時に、近親 者の生活保障のための債権としても取扱われ てきた2。平成30年7月6日に成立した「民 法及び家事事件手続法の一部を改正する法 律(平成30年法律72号)」は、遺留分請求 権を金銭支払請求権と定めた3。これで遺留 分権利者は一般債権者化し、相続財産の現物 概要
平成30年7月6日に成立した「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法 律72号)」は、遺留分請求権を金銭支払請求権と定めた。これで遺留分制度の意義が近親者の生 活保障にあるとされたかは、議論の予知のあるところであるが、筆者は少なくとも、平成18年新 信託法が制定された(後継ぎ遺贈型受益者連続信託が導入された)時点で、遺留分制度の意義は変 容していたのではないかと考える。遺留分制度と信託の関係については、後継ぎ遺贈型受益者連続 信託の導入可否の際、激しく議論がなされた点であるが、本稿では、信託制度との関係から遺留分 制度の意義を検証する。
キーワード
信託、遺留分制度、後継ぎ遺贈、後継ぎ遺贈型受益者連続信託
1 判例評釈として、沖野眞己ほか編『比較民法学の将来像 岡孝先生古稀記念論文集』沖野眞己「信託 契約と遺留分─東京地裁平成30年9月12日判決を契機として」541頁以下(勁草書房2020)参照。
2 遺留分権の正当化根拠については、青竹美佳「事業承継の妨害を正当化する遺留分権の根拠−ドイツ の遺留分権論を参考に−」修道33巻2号622-628頁参照。
3 平成30年相続法改正は、近時の立法論として唱えられていた遺留分廃止論や縮小論に与することはな かったが、遺留分制度にかかわる実務的問題点を立法的に解決すべく全般的な見直しがなされた(床 谷文雄「遺留分制度の転換」民商156号181頁参照)。
を獲得する相続法上の権限を持たないことに なったが4、遺留分制度の意義が近親者の生 活保障にあるとされたかは、まだ議論の予知 のあるところである。しかし、筆者は少なく とも、平成18年新信託法が制定された(後継 ぎ遺贈型受益者連続信託が導入された)時点 で、遺留分制度の意義は変容していたのでは ないかと考える5。遺留分制度と信託の関係に ついては、後継ぎ遺贈型受益者連続信託の導 入を検討する際、激しく議論がなされた点で あるが、本稿では、信託制度との関係から遺 留分制度の意義を確認することを目的とする。
結論を先取りすると、遺留分制度は近親者の 生存保障にあり、後継ぎ遺贈や後継ぎ遺贈型 受益者連続信託により第一次受遺者(受益者)
が受けた財産が遺留分相当であれば、当該取 得若しくは取得財産が条件付であったとして も遺留分が侵害されることはなく、仮に遺留 分権者の遺留分が侵害されたとしても遺贈や 信託設定行為自体が無効とされることはなく、
評価の問題になると考えられる6。
これらを確認するため、本稿では最初にわ が国の遺留分制度の内容を確認した後、遺留 分制度を近親者の生活保障のための制度と捉 えるドイツにおける遺留分制度の内容を確認
し、その後、遺留分制度の意義変容のきっか けと考えられる、後継ぎ遺贈型受益者連続信 託導入、及び後継ぎ遺贈の可否を確認した後、
遺留分制度を有さず信託制度を有するコモン ロー国における制度を確認し、最後に私見を 述べることとする。
1 遺留分制度
遺留分制度とは、相続人に対し相続財産の 一部分を保障する制度であり、近親者の生活 保障のため被相続人の財産処分の自由を制限 するものである。本制度は、大陸法を採用す る国において認められ、大きくゲルマン法(フ ランス型)の流れをくむものとローマ法(ド イツ型)の流れをくむものの二種類がある。
これらの違いはゲルマン法が、法定相続主義 を原則とし、遺留分制度の趣旨を家産維持、
遺留分権の性質を不可侵的相続権(物権的性 格)とする一方、ローマ法では、本人意思を 尊重した遺言相続主義を原則とし、遺留分制 度の趣旨を近親者の生活保障、遺留分権の性 質を推定・次順位相続人に対する債権(債権 的性格)とする点にある7。わが国の遺留分
4 床谷・前掲注3、192頁参照。
5 千藤洋三は、平成18年新信託法の制定と平成20年中小企業経営承継円滑化法の制定を「遺留分制度 の地殻変動」とする(千藤洋三「近時のわが国における遺留分制度の揺らぎ」関法59巻(3-4)924 頁参照)。
6 本地裁判決のように、収益性のない処分権のない財産を取得した際、どのように評価すべきかは残さ れた問題である。
7 ゲルマン部族法では、所有財産は原則、子孫による拘束を受け、一定割合のみ自由な処分が認められ たのに対し(教会への喜捨のため自由処分権が認められるようになった)、ローマ法では処分自由を原 則とし、例外として卑属に対する遺留分を認めたとされる(久保正幡「フランク時代の家族共同体と 自由分権の発展(一)(二)(三・完)」法協54巻1号27-82頁、2号235-297頁、3号441-509頁参照)。
その他、中川善之助=加藤永一編『新版 注釈民法(28)相続(3)〔中川淳加筆部分〕』411-418頁(有
斐閣1988)参照。なお、フランス・ドイツの遺留分制度の歴史については、高木多喜男『遺留分制度
の研究』7-89頁(成文堂1981)、五十嵐清「遺留分制度の比較法的研究(一)(二)(三完)」法協68 巻5号452-494頁、69巻2号126-148頁、3号258-273頁に詳しい。
制度は、明治民法以降、ゲルマン法であるフ ランス型を参考とし、従前より「遺留分法は、
個人主義的処分自体に対する家族主義的家産 援護の防塞」と説明され8、現物返還主義(=
物権的性格)を原則としつつ9、他方、ドイ ツ型を参考に、受贈者および受遺者は減殺を 受くべき限度において目的物の価額を弁済し、
返還の義務を免れうる(旧民法1144条、現 民法1041条)債権的性格も採用してきた10。 遺留分とは、一定の相続人(遺留分権利者)
に対し、法律上留保することを保障された相 続財産の一部をいい11、個々の相続財産の一 部分すなわち特定の財産を指すものではない。
このことは、わが国の民法が徹底した現物返 還主義を採用せず、価値返還主義も認めてい ることからも明らかである12。そして、一定 の相続人は所定の遺留分権を有し、当該権利 を実現するため最も重要な権利として遺留分 請求権がある13。遺留分請求権の法的性質は 学説上、形成権説(物権説、債権説)と請求
8 中川善之助=泉久雄『相続法〔第4版〕』649頁(有斐閣2000)。
相続財産により近親者の生活が保障されないことは、社会全体の損失につながる(穂積重遠『相続法 大意』202頁(岩波書店1926)参照)。
9 EUでは、遺留分制度について配偶者の割合を増やし、子供の割合を減らすべきという意見があるも のの、遺留分制度の廃止論までには至っていない。ただし、遺留分請求は現物返還から金銭請求権へ という流れに変わってきた。Walter Pintens, Need and Opportunity of Convergence in European Succession Laws; M. ANDERSON & E. ARROYO I AMAYUELAS, THE LAWOF SUCCESSION: TESTAMENTARY FREEDOM, 16-17 (2011).
現在のフランスでは、減殺訴権は価額によるものとされ、包括受遺者は補償金を支払う義務を負うの みで、遺留分権利者に対しいかなる財産をも現物で返還する義務はない(破毀院第一民事部2016年5 月12日判決、n0 14-16967、エレーヌ・ポワヴェ=ルクレール著、森山浩江訳「恵与と家族」慶應ロー
39号100-101頁参照)。さらにフランスでは、2006年相続・恵与法改正により、後継ぎ遺贈に類似す
る「libérqlité grqduelle(段階的継伝負担付恵与)」「libérqlité residuelle(残存物継伝負担付恵与)」が法 定化された(足立公志朗「フランスにおける信託的な贈与・遺贈の現代的展開(一)−「段階的継伝 負担付恵与」・「残存物継伝負担付恵与」と相続法上の公序−」民商139巻4・5号、466-502頁参照)。
類型指定の緩和により系の保護が維持されなくなったとも言える。歴史的経緯については、足立公志 朗「フランスにおける信託的補充指定の歴史的考察(1)(2)(3)(4)(5・完)」神院43巻3号、44巻1、
2号、45巻1号、46巻1号参照。
10 中川=加藤・前掲注7、419-423頁(有斐閣1988)参照。
なお、明治民法上の遺留分制度については、高木多喜男『遺留分制度の研究』89ー99頁(成文堂 1981)、遺留分制度の沿革については、福島四郎「遺留分制度の法理と判例(一)」民商21巻41-52頁、
近代的相続制については、四宮和夫「近代的相続制の成立とその背景」中川善之助ほか編『家族問題 と家族法』17-72頁(酒井書店1961)参照。
11 床谷文雄は、遺留分を現代的相続権(被相続人との共同生活の結果、被相続人の財産となっているも
のの中に存在する法定相続人の実質的な共有持分の清算ないし取戻し(清算的要素)及び、被相続人 の死後における法定相続人の生活援助(扶養的要素)が含まれる)を実質的に保証する法定相続人の 基本的権利とする(床谷文雄「遺留分と債権者代位」久貴忠彦編『遺言と遺留分 第2巻 遺留分〔第 2版〕』298頁(日本評論社2011)参照)。
12 中川=加藤・前掲注7、424-425頁参照。
13 中川=加藤・前掲注7、443頁参照。
権説により説明される。形成権説とは、遺留 分請求権は、一方的意思表示により遺贈また は贈与の全部または一部の効力を失わしめる 権利と解するものであるのに対し、請求権説 は遺留分請求権を単なる受贈者・受遺者に対 する財産引渡請求権又は未履行の贈与・遺贈 の履行拒絶権と解するものである。形成権説 はさらに、遺留請求権の行使により遺留分侵 害行為の効力は消滅し、目的物の所有権が当 然に遺留分権利者に移転する形成権=物権説 と、遺留分請求権の行使だけでは目的物の所 有権は遺留分権利者に移転せず、受遺者・受
贈者は所有権を移転する義務を負うにすぎな いとする形成権=債権説に分かれ、形成権=
物権説が戦前より通説とされてきた14。しか し、平成30年7月6日、「民法及び家事事件 手続法の一部を改正する法律(平成30年法 律72号)」が成立(同年7月13日公布)、新 たに民法1046条が設けられ、遺留分権利者 及びその承継人は、受遺者又は受贈者に対し、
遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求す ることができるとされ、現物返還から金銭給 付への大きなパラダイム転換が図られた15。 遺留分制度は、被相続人の財産処分の自由と
14 中川=加藤・前掲注7、446-448頁、西希代子「遺留分制度の再検討(1)」法協123巻9号1722-1723頁参照。
最高裁平成10年2月26日第一小法廷判決(民集52巻1号274頁)は、遺留分制度が被相続人の財産 処分の自由を制限し、相続人に被相続人の財産の一定割合の取得を保障することをその趣旨とするもの であることに鑑みれば、遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺された場合には、遺留分割合を超え る相続分を指定された相続人の指定相続分が、その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正される ものと解するのが相当であるとする。
最高裁昭和41年7月14日第一小法廷判決(民集20巻6号1183頁)は、遺留分減殺請求権は、被相 続人の生前処分や遺言によって、相続人の遺留分が侵害された場合、遺留分権利者の意思表示によって、
当該生前処分や遺言の効力が遺留分を保全する限度で覆滅されるもので、その効力は物権的に生じ、対 象財産の権利が遺留分権利者に当然帰属するとする。その他、物権説を採用した判決として、最高裁平 成24年1月26日第一小法廷判決(判時2148号61頁)、東京高裁平成20年9月18日判決(民集63 巻10号2932頁)、東京高裁平成4年2月24日判決(判時1418号81頁)がある。
これに対し、最高裁昭和54年7月10日第三小法廷判決(民集33巻5号562頁)は、一般に、遺贈に つき遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使すると、遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し、受遺者が 取得した権利は上記の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属するが、この場合、受遺者は、
遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの、民法1041条の規定 により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償し、又はその履行の提供をすることに より、目的物の返還義務を免れることができると解されるとし、価額弁償を認めている。その他、価額 弁償を認めた判決として、最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決(民集54巻6号1886頁)、最高 裁平成21年12月18日第二小法廷判決(民集63巻10号2900頁)、名古屋高裁平成6年1月27日判 決(判タ860号251頁)がある。
なお、遺留分を害する行為は、その害する限度で遺留分に関する規定に従い減殺請求権に服するにとど まり、当然に無効となるものではないと解される(大判大正12年4月17日判決(民集2巻257頁)、
最高裁昭和49年10月24日第一小法廷判決(判時761号77頁))。
遺留分減殺請求権が遺留分権利者の法的保護を目的とした規定であることを踏まえ、当該権利を形成権 と構成した上で、個別的に実質的な保護を考えるのが適当とする意見もある(中川=加藤・前掲注7、
449頁(有斐閣1988)参照)。
身分関係を背景とした相続人の諸利益との調 整を図るものであるが、民法は、被相続人の 財産処分の自由を尊重し、遺留分を侵害する 遺言について、いったんその意思どおりの効 果を生じさせるものとした上で、これを覆し て侵害された遺留分を回復するかどうかを、
専ら遺留分権利者の自律的決定にゆだねてお り(最高裁平成13年11月22日第一小法廷 判決(民集55巻6号1033頁)、東京高裁平 成10年2月5日判決(民集55巻6号1050 頁))、遺留分請求者による請求がない限り効 果は生じない。そして、遺留分請求は、受贈 者若しくは受遺者など遺留分請求の対象行為 により直接的に利益を受けた者に対し行われ る16。
遺留分制度は、被相続人による財産処分の 自由を制限するものであるが、この財産処分 には最終処分だけでなく、一定の生前贈与17 が含まれるなど(民法1030条)、強固な遺 留分権が一定の相続人に保障されている。遺 留分制度は、均等相続に基づく相続人の権利 平等の実現を図るものと捉えることも、逆に 歴史的な家産維持を図るための家族主義的制 度と捉えることもできるが、通説は、被相続 人の個人主義的処分の自由に対する家族主義 的制約と捉えられている18。これに対し、近 年の長寿・高齢社会における遺留分制度の位 置づけとして、配偶者相続権を除き、被相続 人の自由な財産処分を認めるべきとする意見 がある19。このような遺留分制度の意義の変
15 潮見佳男「遺留分減殺請求権」法時89巻11号60-61頁参照。その他、今回の相続法改正でも遺留分制 度は揺らぎを見せつつも崩れることはなく、沿革である原型を超えて存続し続けていくことになったと 評するものもある(床谷・前掲注3、186頁参照)。
「中間試案後に追加された民法(相続関係)等の改正に関する試案(追加試案)」では、「遺留分減殺請 求権の行使によって当然に物権的効果が生ずるとされている現行の規律を見直し、①遺留分に関する権 利(以下「遺留分権」という。)の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずる、②受遺者 又は受贈者は、金銭債務の全部又は一部の支払に代えて、遺贈又は贈与の財産のうちその指定する財産
(...)により給付することを請求することができる(その請求の時に指定財産の権利が遺留分権利者に 移転するとともに、金銭債務の全部又は一部が消滅する。)...という制度を設けるものとする」とされ ていた(法務省「中間試案後に追加された民法(相続関係)等の改正に関する試案(追加試案)」58頁)。
16 判例は、包括遺贈の場合における遺言執行者は相手方とならないとする(大判昭和13年2月26日)。
広島地裁平成7年7月31日判決(民集52巻1号283頁)は、遺留分を侵害している相続人のうちの誰 に対して減殺請求するかは、遺留分権利者の自由であり、遺留分を侵害している相続人の一部に対して 減殺請求がされなかったからといって、当該遺留分減殺請求が無効となるものではないとする。
17 贈与には、寄附行為、無償の債務免除、無償の人的・物的担保の供与なども含まれ、広く全ての無償処 分を意味する(中川淳『相続法逐条解説〔下巻〕』413頁(日本加除出版1995年)参照)。
18 犬伏由子「各章のテーマの位置づけと問題点」久貴忠彦編『遺言と遺留分 第2巻 遺留分〔第2版〕』
3-4頁(日本評論社2011)参照。ただし、犬伏は遺留分制度の意義は相続人の権利や平等を保障するも のとする。
19 水野紀子「『相続させる』旨の遺言の功罪」久貴忠彦編『遺言と遺留分 第1巻 遺言〔第2版〕』211 頁以下(日本評論社2011)参照。筆者も同意見である。
ちなみに、配偶者相続権の根拠は、①婚姻中の財産の清算、②生存配偶者の扶養ないし生活保障にある ことを考慮すれば(中川善之助=泉久雄『新版注釈民法(26)相続(1)』276-277頁(有斐閣1992)参 照)、遺留分制度の目的にこれら①②の要素が含まれるのは当然ともいえる。
化は、他制度との関係においてもみられる。
遺留分制度が相続人間の平等を図り、家産維 持を図るための制度であれば、卑属への財産 移転が制限される財産移転制度は、遺留分制 度に反し認められないはずであるが、後継ぎ 遺贈型受益者連続信託自体が遺留分制度に反 するものとはされていない20。これは、遺留 分制度の意義が生存者親族の生活保障にあ り、制限財産の移転はあくまでも評価の問題 と捉えている、遺留分制度の意義の変化を示 しているのではなかろうか。なぜなら、遺留 分制度の意義と被相続人による制限財産の設 定可否は密接な関係を有していると考えられ るからである。例えば、遺留分制度を近親者 に対する財産保障とするドイツでは、コモン ロー上の信託制度は存在しないが、財産取得 者の財産処分権を制限する財産移転が認めら れている。わが国の相続法は当初、フランス 法の影響を強く受けたものの、その後、ドイ ツ法の影響も受けているため、その内容は参 考になると考えられる。そこで、そのことを 検証するため、次にドイツにおける遺留分制
度の内容を確認する。
2 ドイツにおける遺留分制度
被相続人が相続契約や遺言により、相続人 の指定や法定相続人の排除を行った場合、推 定法定相続人は相続資格を有さなくなるが21、 ドイツでは、このような推定法定相続人が相 続人に対し22、一定額の金銭を請求すること ができるPflichtteilsrecht(遺留分権)を保障 している(BGB2303)23。遺留分は、遺産は 血族に流れるという見解と私的自治の調整弁 とされ、被相続人による遺言自由の原則は、
遺留分の制限の下に認められる24。遺留分権 は、被相続人の近親者に対し一定の財産を保 障するため25、ドイツ基本法14条1項で保 障された権利であり26、相続と同時に生じ、
譲渡可能な相続人に対する債権的請求権であ る(BGB2317)27。遺留分権利者は、被相続人 の直系卑属、配偶者(同性パートナー含む、
LPartG10)、父母であり(BGB2303)、遺留分
20 後継ぎ遺贈型受益者連続信託の設定の一部が、遺留分請求回避目的で行われたため無効とされた事件と して、上述した東京地裁平成30年9月12日判決があるが、本件は処分権を制限する信託設定行為自体 を遺留分制度に反するものと判旨したものではない。
21 法定相続は相続契約も遺言もない場合にのみ開始する(山田晟『ドイツ法概論Ⅱ(新版)』255頁(有斐 閣1973)参照)。
22 債務者は相続人である。Hans Brox, Erbrecht 27 [2016], Rn.546.
23 Jürgen Damrau, Praxiskommentar Erbrecht [2011], §§2303, Rn. 1; Brox, (Fn.22), Rn.542.
相続財産に対する遺留分権の割合をPflichtteil(遺留分)という(山田・前掲注21、271頁参照)。
24 Damrau, (Fn.23), §§2303 ff, Rn.1.
ローマ法では遺留分制度は存在しなかったが、近親者は遺産の4分の1部分の遺贈を否認することがで きた。Damrau, (Fn.23), §§2333 ff, Rn.1.
25 Damrau, (Fn.23), §§2303 ff, Rn.11.
遺留分は、子供に対する保護(扶養)義務に基づくとする見解もある。Brox, (Fn.22), Rn.542; Fabian Schulz, Pflichtteilsrecht und Pflichtteilsverzicht- Die Gretchenfrage des modernen Erbrechts?, Rn.110-130 [2015].
26 BVerfG ZEV 2000, 399 m; Damrau, (Fn.23), §§2303 ff, Rn.13.
遺留分権は、ドイツ基本法14条1項に反するとする意見もある。Trobias Helms etc, Gestaltungsfreiheit im Erbrecht, Rn.156-161 [2012].
率は法定相続分の2分の1となる(BGB2326)。
遺留分権利者は、原則、相続から排除された 場合にその権限を有するが28、遺留分額に満 たない相続分が定められた場合や遺贈が行わ れた場合にも、その不足分につき遺留分権を 有する(BGB2305, 2307)29。そして遺留分額 は、原則、相続開始時の遺産の価額から遺産 債務の額を控除した額(遺留分算定基礎財産)
に遺留分率を乗じて計算され(BGB2311)30、 遺留分算定基礎財産には生前贈与額のうち一 定の金額が加算される(BGB2325)31。 このように遺留分権は、被相続人の近親者 に対する財産保障として認められる権利であ るが、遺留分権利者による相続放棄・遺留分 放棄(BGB2346)・補償との引換えのほか32、
被相続人がその者から重大な有罪行為を受け た場合における遺留分剥奪(BGB2333)33、遺 留分権利者が浪費者・債務超過状態である場 合におけるPflichtteilsbeschränkung(遺留分制 限、BGB2338)34による制限を受ける。遺留 分剥奪は有責的な規定であるのに対し、遺留 分制限は、罰則として関係者の遺留分権を制 限するものではなく、exheredatio bona mente
(好意の相続廃除)を根源とし35、相続・遺 贈・遺留分などの財産継承において、相続 人の浪費癖や債権者の介入から近親者を保 護するための規定である36。そのため、両親 や配偶者は対象とならず37、重大な相続財産 の危険が客観的に明らかな場合にのみ適用さ れ38、遺留分権を制限された遺留分権者の法
27 BGH 28, 178; Damrau, (Fn.23), §§2317, Rn.1-3.
厳密には、遺留分権に基づき発生するPflichtteilsanspruch(遺留分請求権)が債権的請求権である。
Frank Eckert, Ludwig Kroiß, Erbrecht, 2 Auflage [2012] §2 Rn.170.
28 遺留分権を留保することなく、Erbverzicht(契約による相続の放棄)を行った場合は除く。なお、相続 の放棄は遺留分割合にも考慮されない(BGB2310)。Damrau, (Fn.23), §§2310, Rn.10.
29 Damrau, (Fn.23), §§2305.
相続若しくは遺贈を放棄し、遺留分権者として遺留分を請求することも可能である(BGB2306, 2307)
Damrau, (Fn.23), §§2306-§§2307.
30 生前に行われた一定の出捐については、遺留分算定の基礎財産に加算されるなど、遺留分額の調整や寄
与分の調整も行われる(BGB2057, 2315(1),2316(1),2325)。
31 Damrau, (Fn.23), §§2325-§§2330.
32 Dieter Leipold, Erbrecht, 21 Auflage [2016], §24 Rn.821.
33 遺留分剥奪のVerzeihung(恩赦)もあり、これは贈与の撤回と同様の機能である。Damrau, (Fn.23), §§2337, Rn.1.
34 BGB2338は、近親者が浪費家若しくは債務超過である場合、被相続人はその近親者が死亡した時にそ
の遺留分を後位相続若しくは後位遺贈の方法により継承し、それまではその財産を留保すべきと遺留分 を制限することができるとする。
35 J.von Staudingers, Kommentar zum Bürgerlichen Gesetzbuch mit Einführungsgesetz und Nebengesetzen Buch 5.
Erbrecht §§2303-2345[2015], §2338 Rn.1.
36 Damrau, (Fn.23), §§2338, Rn.1.
37 Damrau, (Fn.23), §§2338, Rn.2.
38 Damrau, (Fn.23), §§2338, Rn.7.
ただし、麻薬中毒・アルコール中毒・財産を没収する団体の信者・精神障害者は、相続財産の危険があ るにもかかわらず、対象外とされている。
定相続人に対しては、当該財産は国有財産と はならず(家族財産として保証される39)、被 相続人により後位相続人に指定される等の 考慮がなされる40。その他、遺留分の制限 と し て、Berliner Testament(ベ ル リ ン式 遺 言)41の利用がある42。ベルリン式遺言とは gemeinschaftliche Testament(共 同 遺 言)と Nacherbeinsetzung(後位相続人の指定)を融 合したものである。共同遺言により夫婦は 相互に遺言内容による拘束を受けるだけで なく43、生存配偶者は後位相続人の指定によ り、制限されない先位相続人となり、死亡 配偶者の財産と生存配偶者の財産は統合され
(Einheitsprinzip、統合原則44)、配偶者以外の 推定相続人は後位相続人となるため、遺留分 条項を設けなくとも、最初の相続発生時にお
ける遺留分請求を回避することができる45。 そして、後位相続人の指定があった場合、後 位相続人は最初の相続発生時に財産を取得し ないが、後位取得が不可能でない限り、推定 相続人である後位相続人に遺留分権は生じな いとされるため46、ベルリン式遺言を利用す ることにより生存配偶者の生活保障を行うこ とができるのである。ただし、後位相続人の 指定により、先位相続人が取得する財産に制 限が加えられた場合には、推定相続人である 先位相続人は相続を放棄し、遺留分権を取得 することができる(BGB2306)。これは、後 位相続人の指定がなされた場合、先位相続人 は生存中、その財産を使用・収益することが できるものの、相続財産に対する処分権が制 限されるからである(BGB2113−2115)47。
39 BGB2338の目的は、家族財産の存続にある。Staudingers, (Fn.35), §2338, Rn.24.
40 Damrau, (Fn.23), §§2338, Rn.10,18.
遺留分の制限がある場合にもBGB2309の適用はない。
41 ベルリン式遺言とは、共同遺言の一形式であり、夫婦共同で他方を相続人に指定し、生存配偶者の死
亡後は両方の遺産は子供に帰属すべき旨を定めた遺言である。通常、生存配偶者を先位相続人、子供 を後位相続人とする後位相続人の指定と合わせて行われる(山田晟『ドイツ法律用語辞典〔改訂増補 版〕』84頁(大学書林1993年)参照);Leipold, (Fn.32), §14, Rn.461-462.これは当初、互いを受託者と し財産を託すことによりUniversalfideikomiss(普遍的家族世襲財産)を構築する手段として利用された。
Staudingers, (Fn.35), §2269, Rn.1.
42 ベルリン式遺言でJastrow’sche Klauseln(ヤストロフ条項)を設けることもある。ヤストロフ条項とは、
第一次相続時に遺留分権利者となる者に対し、第二次相続の発生を条件に、法定相続分に相当する金銭 を遺産として認めるものである。Staudingers, (Fn.35), §2269, Rn.64
43 Leipold, (Fn.32), §14, Rn.456.
通常の共同遺言では、生存配偶者は自由な先位相続人ではなくVollerbschaft(完全相続人)となる。
Staudingers, (Fn.35), §2269, Rn.34.
44 通常の共同遺言の場合、第三者は先に死亡した配偶者の遺産を後位相続人として、後に死亡した配偶
者の遺産を相続人指定として取得する(Trennungsprinzip、分離の原則)。Leipold, (Fn.32), §14, Rn.462;
Staudingers, (Fn.35), §2269, Rn.3, 62.
45 Leipold, (Fn.32), §14, Rn.465.
第一次相続の遺留分権利者である後位相続人は、第二次相続の相続分も合算し遺留分を計算するものと されている。
46 Damrau, (Fn.23), §§2303, Rn.20.
後位相続が実現されない場合、当然、遺留分権は発生する。Damrau, (Fn.23), §§2303, Rn.20.
その他、遺留分算定基礎財産に加算される生 前贈与には、道徳的な義務や義理で行われる 贈与を除き(BGB2330)48、被相続人の財産 減少となるもの全てが含まれ49、第三者のた めにする契約とされる保険契約についても、
対価関係が贈与と解される結果、遺留分算定 基礎財産に含まれる50。
このように、ドイツにおける遺留分は、ド イツ基本法14条1項で保障された強固な財 産継承権であるが51、後位相続人の指定によ り先位相続人が取得する財産が制限された場 合でも、後位相続人の指定が無効とされるこ とはない(先位相続人には、先位相続を放棄 し遺留分請求することが認められている)。
これは、ドイツの遺留分制度の意義が家産維 持ではなく、近親者に対する財産保障にある からと考えられる。
3 信託制度と遺留分制度
被相続人が生前若しくは遺言により行った 信託設定行為が、民法1031条に規定する「遺 贈又は贈与」に該当し、信託設定に伴い遺 留分権者の遺留分が侵害される場合があるこ と、そしてその場合、遺留分権者は遺留分減 殺請求を行い得ることについては、現在異論 がないとされている52。つまり、民法1028
47 BGHZ 2,35; 15, 199, 204; 59, 220; BayObLG FamRZ 1991, 1488; OLG Oldenburg FamRZ 1991, 862; Dieter Leipold, Erbrecht, 21 Auflage [2016], §19 Rn.671,674.
48 BGB2330が適用された例として、窮地に陥った親族を助けるために行われた土地の贈与 (OLG
Braunschweig RDL 1951, 74)、高齢の事業主が生活保障のない配偶者のために行った生命保険契約の締 結 (OLG Braunschweig FamRZ 1963, 376)、長年無給で事業を手伝っていた生活保障のない配偶者に対す る自宅の移譲 (OLG Karlsruhe OLGZ 1990, 456)などがある。
49 Staudingers, (Fn.35), §2315, Rn.9-10.
50 ただし、遺族の生活保障に充てられるものは除く。Staudingers, (Fn.35), §2325, Rn.37.
51 ベルリン式遺言については、後位相続人の遺留分権排除ではなく、相続時期の後倒しと理解することが
できる。
ド イ ツ で は、2010年1月1日、„Gesetz zur Änderung des Erb-und Verjährungsrechts vom 24. September
2009(2009年9月24日相続法および時効法を改正する法律) が施行され、遺留分縮減の改正が行わ
れた。主な改正内容として、①遺留分剥奪要件の統一 (BGB23339 )、②遺留分権利者に対する支払義務 猶予にかかる事由の拡大 (BGB2331a)、③遺産に加算される贈与額の計算に関する期間減額規定の設置
(BGB2325)、などがある(浦野由紀子「ドイツ法」商事法務研究会『各国の相続法制に関する調査研究 業務報告書』21頁参照)。
これは、小家族化や長寿化に伴い、相続が「次世代への遺産承継」ではなく、「夫婦財産の清算」として、
重要な意味を有するようになったためである。すなわち、配偶者は被相続人と世帯を営み、その者の死 亡時まで生計を共にしていたのに対し、子は既に独立していることが多いため、遺産をまず生存配偶者 の生活保障に充て、生存配偶者の死亡後に子や他の血族に遺産を帰属させたいと望む傾向にある。結果、
欧州諸国では「配偶者相続権の強化」が図られており、ドイツにおいても遺留分の縮減は引続き、議論 されている(浦野・前掲22頁参照)。Helms, (Fn.26), Rn.143-190.
大陸法とコモンローは相続法においても大きく異なるが、離婚時の財産分与も踏まえた「配偶者相続権 の強化」という流れにおいて一致する。Hannah Roggendorf, Indefeasible Family Rights; A Comparative View on the Restrictions of Testamentary Freedom, 22 (2) Edinburgh L. Rev. 211-236 (2018).
条が定めるように、遺留分とは一定の相続人
(遺留分権利者)に対し、法律上留保するこ とを保障された相続財産の一部であり、民法 1029条や1031条が定める贈与及び遺贈の みならず、被相続人が行った無償の財産移転 により、遺留分権者の遺留分が侵害される場 合も含まれると解される53。これは信託設定 を贈与と同様に、委託者から受益者に対する 無償での財産権移転と捉える私見からは当然 の帰結といえる。なお、遺留分減殺請求の対 象、請求先、請求対象金額の計算の基礎とな る金額等に関しては、様々な見解があり、主 として、(1)信託財産説、(2)受益権説、(3)
折衷説の三つに分類できる。
(1)信託財産説54
信託財産説(受託者説)とは、信託設定行
為により、委託者が有する財産を受託者へ処 分した行為を遺留分侵害行為と捉え、受託者 に対し、信託財産そのものを対象とし、遺留 分侵害請求を行うべしとする説であり、信託 財産説では遺留分侵害請求により、信託財産 は共有になるとされる。なお、信託財産が不 可分の場合、信託契約全体が失効する。上述 したとおり、遺留分請求権は、一方的意思表 示により遺贈または贈与の全部または一部の 効力を失わしめる権利であり、遺留分侵害請 求権の行使により遺留分侵害行為の効力は消 滅、目的物の所有権が当然に遺留分権利者に 移転する形成権(=物権説)と理解されてい る。そのため、信託設定行為に伴い遺留分侵 害が生じた場合、信託設定行為の効力は消滅 し、目的物である信託財産の所有権が当然に 遺留分権利者に移転することとなる。財産権
52 道垣内弘人「誰が殺したクックロビン(さみしがりやの信託法第8回)」法教339号82頁参照。
新井誠は「日本法上は遺言信託、生前信託ともに遺言自由の原則の限度内でのみ機能しうるものである から、相続法上の遺留分権を侵害しえない。」とする(新井誠「信託と強制相続分・遺留分を巡る問題」
国学31巻4号2頁)。その他、近藤英吉『判例遺言法』221-222頁(有斐閣1938)、近藤英吉『相続法 の研究』236頁(弘文堂1922)、中川善之助監修『註解相続法〔6版〕(島津一郎執筆)』452頁(法文 社1953)参照。
53 能見善久は、無償行為を遺留分侵害行為の対象とすることは、条文の文言から乖離するとした上で「信
託設定行為は厳密には遺贈でも贈与でもないが、受益者が無償で受益権を取得する場合には、一般の生 前信託か、遺言代用の生前信託か、遺言信託かによって、贈与、死因贈与、遺贈と同様に扱い、遺留分 減殺請求の対象となるということが言える」とする(能見善久「財産承継的信託処分と遺留分減殺請求」
『信託の理論的深化を求めて』123-124頁(トラスト未来フォーラム2017)参照)。
54 川淳一は「遺留分減殺請求の相手方は、常に受託者である。遺言による処分は受託者に対してされるか
らである。」とする(同「受益者死亡を理由とする受益者連続型遺贈」野村豊弘=床谷文雄編『遺言自 由の原則と遺言の解釈』28頁(商事法務2008))。
岩藤美智子は、財産権説を前提に遺言代用信託の論稿を進めている(同「遺言代用信託についての遺留 分に関する規律のあり方」『信託及び財産管理運用制度における受託者及び管理者の責務及び権限』98 頁(トラスト未来フォーラム2016)参照)。
信託財産説は、信託の設定行為を遺留分減殺請求の対象とする「信託設定行為説」と信託財産を遺留 分減殺請求の対象とする「信託財産移転行為説」に分かれるとする意見があるが(田中和明編著『新類 型の信託ハンドブック〔佐久間亮執筆部分〕』248頁(日本加除出版2017))、結果は同じといえる(能 見善久=道垣内弘人『信託法セミナー(3)受益者等・委託者〔能見善久教授発言〕』81-82頁(有斐閣 2015)参照)。
説では遺留分侵害請求の相手方は受託者とな り、遺留分侵害請求に伴い信託設定行為の効 力は消滅、信託設定が取消されることとなる。
ただし、信託財産権説を採用した場合、①信 託設定自体が消滅するため信託スキームが存 続できなくなる、②受託者は一定の目的(専 らその者の利益を図る目的を除く。)に従い 財産の管理又は処分及びその他の当該目的の 達成のために必要な行為をすべきとされ(信 託法2条1項)、信託設定により利益を享受 できないにもかかわらず、信託設定行為によ り直接的に利益を受けた者に該当するかにつ いて説明できない、③相続人が受益者である ときの遺留分侵害価額の計算などが問題とな る55。
(2)受益権説56
これに対し、信託設定行為ではなく、委託 者が受益者に対し受益権を授与した行為を遺 留分侵害行為と捉え、受益者に対し、受益権
を対象とし、遺留分侵害請求を行うべしとす る説が受益権説(受益者説)である。受益権 説では遺留分侵害請求により、受益権が共有 財産となる。受益権説の場合、信託財産では なく受益権を対象とし遺留分侵害請求が行わ れるため、信託スキームが維持できるという メリットがあるとされる57。道垣内弘人は、
信託法における詐害信託の規律を参考に、遺 留分減殺に際しても、善意の受益者保護を図 るため、信託設定における財産移転行為を減 殺するのではなく、「遺留分減殺請求は受益 者に対してなされ、その結果、遺留分減殺請 求権を行使した者に、減殺された割合に対応 する当該受益権が帰属することになると考え るべき」とする58。受益権説は、信託設定行 為ではなく、委託者が受益者に対し受益権を 授与した行為を遺留分侵害行為と捉え、受益 者に対し受益権を対象とし遺留分侵害請求を 行うべきとする。なお、受益権説では信託ス キームが維持できるというメリットがある一
55 道垣内弘人は、信託において受託者は固有の利益を有さないため、被相続人の財産が受託者に移転す
ること自体が誰かに利益を与えるものではない、遺留分を侵害する行為とならないとする(同・前掲注
52、85頁参照)。これに対し、角紀代恵は、遺留分減殺請求の相手方は相続財産が帰属する者であり、
信託財産が帰属するのは受託者、経済的利益はいったんは受託者に帰属する信託財産に含まれるので、
受託者こそが遺留分減殺請求の相手方となるとする(同「信託と遺留分」法時89巻11号74頁参照)。
56 道垣内弘人『信託法』63頁(有斐閣2017)、同・前掲注52、84-86頁、同「信託設定と遺留分減殺請求」
能見善久編『信託の実務と理論』58-65頁(有斐閣2009)、星田寛「財産承継のための信託(受益者連続信託)
の検討」能見善久編『信託の実務と理論』50-51頁、飯田富雄「遺言信託に関する考察」信託20号16 頁、星田寛「いわゆる福祉型信託のすすめ」新井誠編著『新信託法の基礎と運用』188頁(日本評論社 2007)。
西希代子は「被相続人の自由な財産処分に対する制約としての遺留分の側面を強調した場合には、受益 権の授与ではなく信託財産の移転こそが遺留分を侵害するものであり、信託財産価額を遺留分算定の基 礎となる財産に算入し、減殺の対象とすべきであるようにも思われる。しかし、遺留分を、家産の保持 や遺される近親者の生活保障ではなく、『平等な法定相続の砦』として位置づける近年の有力説を前提 にすると、信託の設定による財産の逸出そのものよりも、誰が受益者となってどのような利益を与えら れるのか、つまり受益権の分配及び内容の方が重要であるという見方もできよう。」とする(同「遺言代 用信託の理論的検討−民法と信託法からのアプローチ」信託フォーラム2号55頁)。
57 田中・前掲注54、247頁。
58 道垣内・前掲注52、84頁参照。
方59、①遺留分減殺対象の行為を信託設定行 為ではなく、受益権授与行為とすることの明 確な説明ができていない、②遺留分侵害請求 の対象財産を受益権とした場合、侵害価額が 減少するなどが問題となる。
(3)折衷説60
その他、これら双方が一体となり遺留分侵 害行為となると捉える折衷説がある。当該説 は、遺留分侵害請求が現物返還を原則とし、
遺言執行者が遺留分侵害請求の相手方となる とされることから、受託者のみならず受益者 も遺留分侵害請求の相手方となるとする61。
加藤祐司によれば、財産権説と受益権説の相 違は、「信託行為における受託者への財産移 転と、受益者の受託者に対する受益権を与え る行為のいずれに重点を置いて考えるかとい う問題」であり、「互いに排斥し合うもので あると考える必要はな」い。請求人は受託者 を相手に遺留分侵害請求をすることも、受益 者を相手に遺留分侵害請求をすることもでき るとする62。
これらの説の相違点を図表にまとめると下記 となる63。
なお、信託財産説は川淳一、角紀代恵、受
59 田中・前掲注54、247頁参照。
60 三枝健治「遺言信託における遺留分減殺請求」早法87巻1号51-55頁、加藤祐司「後継ぎ遺贈型の受 益者連続信託と遺産分割及び遺留分減殺請求」判タ1327号18頁、田中・前掲注54、248-251頁。
四宮和夫は、減殺権の行使を受けるのは、信託財産自体(受託者)及び受益者とするものの、減殺請求 により信託が存続し、受益権だけが遺留分権者に対し返還されることは、遺留分制度の趣旨に反すると する(同『信託法〔新版〕』160頁(有斐閣1989)参照)。
水野紀子は、遺留分減殺請求の相手方として「通常は、信託財産の帰属主体として受託者が相手方にな ると考えられる。」としつつ、「受託者と受益者は、二人とも財産に対する実体権をもっている。」ため、
受益者を受贈者として適用する場合もあるとする(同「信託と相続法の相克−とくに遺留分を中心にし て−」東北信託法研究会『変革期における信託法』123頁(トラスト60 2006))。
61 ただし、三枝健司は、受託者及び受益者を請求の相手方とすることも、受益者のみを相手方とすること
もできるとする(同・前掲注60、51頁参照)。
62 加藤・前掲注60、24頁。
63 西・前掲注56、54頁。
財産権説 受益権説 折衷説
遺留分算定の基礎
となる財産 信託財産の価額 受益権の価額 信託財産の価額及び 受益権の価額 遺留分侵害行為 信託財産の移転 受益権の授与 信託財産の移転及び
受益権の授与 遺留分減殺の対象 信託財産 受益権 信託財産及び受益権 遺留分減殺請求の
相手方 受託者 受益者 受託者及び受益者
遺留分減殺の効果 信託財産の共有
信託の効力否定 受益権の共有 信託財産の共有