@
つハねつ︑かねをた︑いつ︑何やらしつ︒﹂ ︹上38話︺の2例があった︶の原形と音便形の用例数を地の文と会話文とに分けて示す︵他に歌に用いられた1例﹁わりて﹂がある︶︒
○力行四段 iて ーた ーたり地の文輪便珊四日日会話文︷賠便珊日日凹○ガ行四段 ーて ーた ーたり地の文輪便測凹凹図会話文輪便謝旧凹臼 近世初期の咄本における動詞の音便について1久保田○サ行四段地の文︷賠便珊会話文輪便珊○タ行四段地の文輪便聯会要薦便聯
1て 3 5 2 4ーて 5 0 4 01た 3 0 0 01た 0 0 0 0
:心得申たるとて︑時分をはからひ︑まかり出︑おけらほつて参りたといへば︑ ︵上22話︑噺本大系第一巻P72︶・たひ人︑わらんすをふミきり︑とくさを︑わらんすにつくり︑はきければ︑ひたもの︑あしかすれて︑あしくひ
はかりになりたをみて来る︑といふ︒ ︵上51話︑同P79︶
・此ことく︑ついをなさる・事︑たんかう人のふ念とて︑みなしかりた︒ ︵下40話︑同P97︶
○サ行四段 1て地の文︷賠便膨柵会話文︷賠便珊旧○ハ行四段 1て地の文薦便糠棚会話文蔚便肺㎜
1た 3 3 11 01た 11 0 36 0 ○タ行四段地の文輪便膨会話文輪便珊○バ・マ行四段地の文館便罵会要輪便附
1て 3 6 3 1ーて 5 34 3 9−た 0 0 0 01た 3 0 15 0 七〇 1たり 0 2 1 2 1たり 0 14 0 11
・自市を掘て参りたといはせそこにおけらといふてくすめり⁝⁝中間か打忘レをけら掘りて参りたと亭主よふいふ顔二て︵84︶
・坊主は古キ手拭を頭にかぶり手を指出し乞食に参りた一ツつつあてにおもらかしあれと︵鵬︶
・撮々われも只今の夢に其如くなる物を参らせられはいやといふてそれよりやかてお帰しありたと見た事よ︵75︶以上︑静嘉堂文庫本では︑ ﹁参りた﹂6例︑ ﹁ありた﹂ ﹁ねいりた﹂ ﹁つくりた﹂各1例の︑全9例﹁ーリタ﹂形が見られる︒このうち︑ラ変の場合は︑先に用例数を示したように︑他に18例の音便形+タ﹁あつた﹂が見られる︒右の場合は︑ ﹁おーある﹂という尊敬表現であり︑敬語関係の語は音便化しにくいと言われていることが思い起こされるが︑ ﹁おーある﹂の表現も他に﹁お死にあつた﹂ ﹁お知りあつた﹂ ﹁おなりあつた﹂と3例の音便形が見られ︑こちらの方が多い︒なお︑動詞ではないが︑ラ変に準ずるものとして︑形容詞連用形+タがあるが︑これは﹁よかつた﹂﹁くさかつた﹂と2例見られどちらも﹁ーッタ﹂の形になっている︒ 近世初期の咄本における動詞の音便についてー久保田 七三
︒酒もりのなかは壼の鶴のつくりたを取あけ︵巻一︑鈍副子9話︶がある︒これは︑静嘉堂文庫本と南葵文庫本とでは﹁つくりたる﹂となっていて︑ ﹁る﹂が誤脱の可能性もあるが︑他に1例﹁つくりた﹂の例があること︑先に述べた通りであるから︑ひとまず挙げておく︒なお︑ ﹁つくつた﹂という音便形は3例ある︒このほかに︑内閣文庫本と南葵文庫本両方に見られるものとして
・そとさ︑やきていふやう︑此盗ハものがほしさにはいりたと︒ ︵巻二︑腔24話︶がある︵南葵文庫本の方を示した︶︒この箇所は静嘉堂文庫本では︑ ﹁は入た﹂となっているものである︒ 以上のように﹃醒睡笑﹂には比較的多くの﹁ーリタ﹂の形が見られる︒そしてやはり﹁参りた﹂が特に多く︑この作品には﹁参つた﹂という音便形は認められない︒さらに︑ラ行四段でも︑ ﹁参りた﹂ ﹁寝入りた﹂ ﹁はいりた﹂﹁つくりた﹂以外はすべて音便形をとっていることから︑少くとも用例の多い﹁参りた﹂は︑出雲氏の言われるように︑口頭語の反映と考えられる︒ ところで︑今回︑語の認定は一語を除いてすべて鈴木裳三氏校注の岩波文庫によったが︑巻之二﹁腔﹂2話の﹁鑓 ︵10︶
の色は火をたいてむいた者ちやか﹂だけは︑ ﹁剥いた﹂とする岩波文庫によらずに︑工藤力男氏の見解に従って﹁蒸いた﹂とした︒先に示した用例数を見ても分かる通り︑サ行四段に﹁た﹂が下接した場合︑会話文では︑11例すべてが音便形である︵もちろん︑たまたますべて音便化するグループの語であったためでもある︶︒ ﹁蒸す﹂はアクセン ︵11︶トについて見ても音便化するグループに入る語であるから︵アクセントの型と音便との関係は認められないとする見
・あのいなり殿の鳥居も︑いりた物であらふといふ︵同︑上12話︶
・それにゆるりと御ざりませいといふてかへりた︵同︑下8話︶
・師の坊の留守に︑ひそうしてうへられたるひわの木を根かつきたかと引て見るに︵同︑下18話︶ きさご︑
・何とやうにして︑あのやうにきざみた物ぞと︑とり︑・に評判しけるが︑刻たのでハなかつた︒かみくだいた物じやといふ︒ ︵延宝八年刊﹁軽口大わらひ﹄二3話︶
・真黒なる犬が︑わんといひて飛びかかりければ︑逃げて帰りた︒ ︵﹃当世手打笑﹄一−話︑岩波文庫﹃元禄期軽口本集﹄による︶
・﹁それは︑かはりた名ではない︒あほうじやといふ事よ﹂といへば︵同︑一10話︶
・急ぎ宿へ︑かたぐを取りにやりた︒ ︵同︑一12話︶
・⁝⁝といひすてて︑宮へ参りた︒ ︵同︑二8話︶ しよく
・﹁食には何をまいりたぞ﹂と問ふ︒ ︵同︶
なお・﹁吉峰へ目薬を取りにやりてさしたれば︑すきと治りた﹂といふ︒ ︵同︑五2話︶
・何としたるぞと詮議する所へ︑によこくと帰りた︒ ︵同︑五4話︶ くさ
・さては臭いに極まりた︒ ︵同︑五12話︶ ふな
・﹁先度御坊様へ鮒ずしを進上したが︑まいりたか﹂と問へば︵同︑四18話︶
・ふるていをミるやうに侍ると書付てやりた︒ ︵同︑五6話︶
・﹁その儀ならば︑我等をば︑あぶらむしにし給へ﹂とて帰りた︒ ︵元禄三年刊﹃かの子ばなし﹄中4話︑岩波文庫﹃元禄期軽口本集﹄による︶また︑ ﹁たら﹂が下接したものとして︑
︒これを見やれ︒この袋の中へ入れといふは︑寝入りたら︑しめ殺さうとのたくみであらう︒ ︵﹃当世手打笑﹂二 2話︶があった︒ 近世初期の咄本における動詞の音便についてー久保田 七七
働⑳⑳働㈲㈹