序 文
Respiratory syncytial virus(RSV)は,小児の急 性呼吸器感染症,特に下気道感染症の重要な病因 の一つとしてよく知られている.特に,生後 6 カ月 未満の乳児や,呼吸器系に基礎疾患を有する児で は重症化する可能性が高く,米国では年間 9〜10 万人が RSV 感染症で入院しているといわれる1)2). また,近年,地域流行時に本ウイルスを原因とす る高齢者の肺炎が増加することが報告され3)4),小 児だけでなく高齢者の下気道感染症の起因病原体 としても重要であると考えられている.さらに,
免疫機能が低下している成人においても重篤な下
気道感染症との関連が指摘されている5). ほぼ全ての乳幼児が生後 2 年の間に RSV に感 染し,また,生涯を通じて感染を繰り返すことか ら2),地域における RSV 流行の実態を把握するこ とは,感染症対策の一環として重要である.
感染症法に基づく感染症発生動向調査事業で は,定められた疾患について患者定点医療機関(患 者定点)からの毎週の患者発生報告とともに,病 原体定点医療機関(病原体定点)で採取された検 体について衛生研究所等で病原体調査が行われて いる.当所ではこの調査の一環として,かぜ様疾 患患者より採取された咽頭ぬぐい液から,他の起 因ウイルスとともに RSV についても検索を行っ ている.今回,1998 年 7 月から 2003 年 6 月 の 5
横浜市における respiratory syncytial virus 流行の疫学的解析
横浜市衛生研究所
七種美和子 川上 千春 野口 有三 鳥羽 和憲
(平成 17 年 1 月 24 日受付)
(平成 17 年 4 月 4 日受理)
横浜市内における respiratory syncytial virus(RSV)流行の疫学的特徴を明らかにすることを目的と して,1998 年 7 月から 2003 年 6 月の 5 シーズンに感染症発生動向調査事業の病原体定点で急性呼吸器 疾患患者から採取された咽頭ぬぐい液 2,683 検体のウイルス検査結果をもとに解析を行った.
ウイルス分離あるいは nested RT-PCR によって 181 検体(全検体の 6.7%)から RSV が検出され,こ れはインフルエンザウイルス(441 検体,16.4%)に次ぐ検出数であった.各シーズンの検出ウイルスに 占める RSV の割合は 12〜22% で,検出のピークはインフルエンザウイルスに 2 カ月程度先行しており,
さらに,5〜9 月にかけても散発的に検出された.
181 株の RSV のうち 172 検体についてサブグループが同定され,内訳は A が 104 株,B が 68 株で,
全シーズンを通じてはサブグループ A が優勢であったが,検出割合は各シーズンで異なり,2000!2001 および 2002!2003 シーズンではサブグループ B がそれぞれ 61%,70% と多数を占めていた.
RSV 患者の臨床的特徴をインフルエンザ患者と比較すると,5 歳未満の患者割合が 79% と低年齢層の 占める割合が高いこと,症状については,下気道炎を呈する患者の割合が全年齢層を通じて高いことで あった.
〔感染症誌 79:381〜387,2005〕
要 旨
別刷請求先:(235―0012)横浜市磯子区滝頭 1―2―17
横浜市衛生研究所 七種美和子
RS virus, epidemiology Key words:
シーズンの結果をもとに,市内における RSV の動 向と RSV 感染症の疫学的特徴を,主に同時期に流 行するインフルエンザウイルス(Infl. v.)と比較す ることにより解析した.
対象と方法 1.対象
1998 年 7 月から 2003 年 6 月までの期間に,か ぜ様疾患で市内の病原体定点医療機関(小児科,
9 カ所)を受診し,咽頭ぬぐい液の採取に同意が得 られた患者 2,683 名を対象とした.
2.検体
患者の咽頭をぬぐった綿棒を 3mL の培地(ペニ シリン,ストレプトマイシン,ファンギゾン,ウ シ血清アルブミン添加ブレインハートインフュー ジョン)に浸し,当所に搬入した.綿棒を除き,
培地を 4℃,3,000rpm で 15 分間遠心し,その上清 をウイルス分離および nested RT-PCR の材料と した.
3.ウイルス分離・同定
RSV の分離には HEp-2 細胞を用いた.検体 200 µL を単層培養した細胞に接種後,34℃ で回転培 養を行い,2 週間を 1 代として 2 代まで継代観察 した.RSV に特徴的な細胞変性効果(CPE)が出 現した時点で培養液を回収した.RSV の同定には 診断キット(RSV テストパック,アボット)を使 用した.その他のウイルスの分離および同定は定 法に従って行った.
4.nested RT-PCR
検体 200µLからHigh Pure Viral RNA Kit(Roche)
を用いて RNA を抽出し,nested RT-PCR の試料 とした.nested RT-PCR は Stockton らの方法6)に 準じて行い,PCR 産物のサイズの違いによりサブ グループを同定した.
5.RSV 陽性検体
ウイルス分離と nested RT-PCR の両方,あるい は い ず れ か 一 方 の 方 法 で 陽 性 と な っ た 検 体 を RSV 陽性とした.
6.臨床データ
RSV 陽性例および Infl. v. 陽性例の臨床症状の 解析は,病原体定点より検体とともに搬入された 検査依頼書の記載事項に基づいて行った.
7 シーズンの定義
RSV は冬季に流行するウイルスであることか ら,CDC の定義に準じて 7 月から翌年 6 月までの 12 カ月間を 1 シーズンとした.
結 果 1.ウイルス検出状況
1998 年 7 月〜2003 年 6 月 の 5 シ ー ズ ン に わ たって感染症発生動向調査の検査定点で採取され た外来かぜ様疾患患者の 2,683 検体中 1,017 検体
(37.9%)から 1,042 株のウイルスが検出された(一 部の検体からは 2 種以上のウイルスを検出).シー ズンごと の ウ イ ル ス 検 出 状 況 を Table1 に 示 し た.何らかのウイルスが同定された検体の全体に 占める割合は,5 シーズン合せて 39% で,シーズ ン間のばらつきはあまり見られなかった.各シー ズンを通じて最も多く検出されたのはインフルエ ンザウイルス(Infl. v.)で,5 シーズンで 441 株,
検出ウイルス中の 42% を占めていた.一方,RSV は 5 シーズンで 181 株検出され(検出ウイルス中 17%),アデノウイルス(12%)やエンテロウイル ス(12%)よりもやや高い割合であった.検出さ れたウイルス株に占める Infl.v. の割合はシーズン によって 27〜55% と大きく変動したが,RSV に ついては 12〜22% と変動の幅が小さかった.
2.RSV の季節的消長
RSV と Infl. v. の月別検出数を Fig. 1 に示した.
RSV は各シーズンとも 11 月および 12 月に多く 検出され,この 2 カ月間に検出された株数の合計 は 5 シーズンで 118 株,全体の 65% を占めてい た.ウイルス検出のピークを Infl. v. と比較すると 2 カ月程度早かった.また,もうひとつの特徴は,
5〜9 月にかけての散発的な検出例が Infl. v. と比 べて多いことであった.
3.シーズンごとのサブグループの検出割合 RSV 陽性 181 検体中 172 検体についてサブグ ループを同定できた.内訳は,A が 104 株,B が 68 株で,全体としてはサブグループ A が優勢で あった.しかし,シーズンによりサブグループの 割合は異なっており,5 シーズンのうち 2000!2001 および 2002!2003 の 2 シーズンでは,サブグルー プ B がそれぞれ 64%,82% と多数を占めていた
Table 1 Number of virus strains isolated/detected in clinical specimens of flu-like patients from Jul. 1998 to Jun. 2003 TotalSeason(from Jul. to Jun.) Specimens tested2002/20032001/20022000/20011999/20001998/1999 % in detected% in totalNo.% in detected% in totalNo.% in detected% in totalNo.% in detected% in totalNo.% in detected% in totalNo.% in detected% in totalNo. 100.038.81,042100.045.6194100.034.8166100.038.4214100.039.7196100.037.3272Virus detected 42.316.444155.225.210752.418.28726.610.25726.510.55250.718.9138Influenza virus 17.46.718117.07.83322.37.83720.67.94417.36.93412.14.533RSV 12.14.712612.95.9257.82.71318.27.03911.24.5229.93.727Adenovirus 11.94.612413.96.42713.94.82314.05.43018.47.3362.91.18Enterovirus 16.36.31701.00.523.61.3620.67.94426.510.55224.39.166Other viruses 62.11,66656.223966.231662.735061.530462.7457Virus not detected 100.92,683101.9425101.0477101.1558101.2494100.0729Total No. of specimens tested
(Fig. 2).
4.年齢層別の RSV,Infl. v. 検出割合
RSV あるいは Infl. v. が検出された症例につい て,各年齢層の占める割合を Fig. 3 に示した.RSV では 1〜4 歳の占める割合が最も高く(66%),次 いで 5〜9 歳(14%),1 歳未満(13%)の順で,10〜
14 歳,14 歳以上の年齢層については,両者合わせ ても 10% に満たなかった.これに対し,Infl. v.
では,1〜4 歳および 5〜9 歳がそれぞれ 35%,30%
を占めており,10〜14 歳,14 歳以上の年齢層もそ れぞれ 10% を超えていたが,1 歳未満の占める割 合は 5% と低かった.
5.臨床症状
RSV あるいは Infl. v. 陽性例のうち,臨床症状の 記載があった症例(RSV 陽性:181 例,Infl. v. 陽 性:434 例)について,臨床症状の出現頻度を Ta- ble 2 に示した.発熱については両ウイルス陽性例 とも 90% を超える症例で認められたが,上気道炎 のみの出現頻度は Infl. v. 陽性例の 83% に対し,
RSV 陽 性 例 で は 60% と 低 か っ た.一 方,RSV 陽性例では 下 気 道 炎 の み の 出 現 頻 度 が 17% と Infl. v. 陽性例(8.3%)に対して明らかに高く,「上 気道炎+下気道炎」の症状についても同様であっ た.なお,RSV 陽性例における下気道炎の出現頻 度には年齢層による差は認められず,いずれの年 齢層でも Infl. v. 陽性例より高かった(Fig. 4).
考 察
RSV は,乳幼児および小児の急性呼吸器感染症 の主要な起因ウイルスの一つとしてよく知られて おり,また,生涯を通じて繰り返し感染・発症す ることから,RSV を原因とするかぜ様疾患患者は 多いと思われる.今回我々は,1998 年 7 月から 2003 年 6 月までの 5 シーズンについて,かぜ様疾 患患者から採取された検体のウイルス検査結果を もとに,市内の RSV の動向と疫学的特徴について 解析した.
ウイルス分離あるいは nested RT-PCR により 181 検体が RSV 陽性となり,この数は Infl. v.(441 検体)に次いで多かった.検出ウイルスに占める Infl. v. の割合はシーズンによって大きく変動し
(27〜55%),これは感染症発生動向調査(定点報
告)におけるインフルエンザの流行規模がシーズ ンによって大きく異なることとよく一致してい た.一方,RSV の検出割合は 12〜22% と変動の幅 が小さく,いずれのシーズンにも同程度の規模で 流行していたと推測される.
RSV の検出は各シーズンとも 11〜12 月にピー クを迎え,本邦におけるこれまでの報告と一致し ていた2)7).このピークは Infl. v. に比べて約 2 カ 月早かった.両者の流行の間には疫学的干渉現象 が認められることが指摘されており8)9),今回見ら
れた検出ピークのずれの一因となっている可能性 も考えられる.
年間を通しての RSV の特徴を見ると,Infl. v.
がほとんど検出されない 5〜9 月にも散発的に検 出されることであった.米国では夏季の流行例も 報告されており10),一年を通じた監視が必要であ ると考えられる.
RSV には抗原性の異なる 2 つのサブグループ
(A,B)が存在する.両サブグループは同一シー ズンに検出されるが,サブグループ A が優勢に検 Fig. 1 Number of strains of RSV and Infl. v. detected in month from Jul. 1998 to Jun.
2003
Fig. 2 Rate of subgroup A and B of RSV detected in each season
Total 2 Clinical signs observed in patients infected with RSV or Infl. v.
Infl. v. infected(n = 434)
RSV infected(n = 181)
Clinical signs
Positive rate(%)
No. positive Positive rate(%)
No. positive
95.2 413
92.8 168
Fever
82.7 359
59.7 108
Upper respiratory inflammation
6.2 27
23.8 43
Upper and lower respiratory inflammation
8.3 36
16.6 30
Lower respiratory inframation
7.1 31
4.4 8
Gastroenteritis
12.4 54
2.2 4
Arthralgia/Myalgia
出されるシーズンが続いた後,サブグループ B が流行の主体となるケースが世界各地から多く報 告されている11)〜14).我々の調査でも,5 シーズン を通してみるとサブグループ A が優勢に検出さ
れたが,2000!2001 および 2002!2003 の 2 シーズ ンにはサブグループ B が優位を占めており,横浜 市においても流行の主体となるウイルスの交替が 起きていたことが明らかになった.
Fig. 3 Age distribution of patients infected with RSV or Infl. v.
Fig. 4 Rate of patients with signs of lower respiratory inflammation infected with RSV or Infl. v. in each age group
RSV 感染により獲得される抗体の感染防御能 に関する知見は少ないが,一年以上の間隔をおい て RSV に繰り返し感染した小児を対象とした調 査では,サブグループ A ウイルス感染により生じ る抗体は,同じサブグループのウイルスに対する 感染防御能を有しているが完全なものではないこ と,また,サブグループ間での交差反応は認めら れないことが報告されている15).
サブグループ間の臨床症状の違いについては,
サブグループ A ウイルスと重篤な症状との関連 を示唆する報告が多い16)〜18).しかし,サブグルー プと疾患の重症度との間には関連が認められない とする報告もあるので19)20),今後も注意深いデー タの収集と解析が必要と考えられる.
ウイルス検出例の年齢層を見ると,RSV 陽性例 では 1〜4 歳の占める割合が最も高く(66%),1 歳未満も 13% を占めるなど,低年齢層からの検出 が目立った.一方,Infl. v. 陽性例では,1〜4 歳の 占める割合が最大(35%)であるものの,5 歳以上 の年齢層も比較的高い割合(合せて 60%)を占め ていた.
臨床症状についてみると,RSV 陽性例では下気 道炎を呈した患者の割合がいずれの年齢層でも Infl. v. 陽性例に比べて高かったことから,かぜ様 疾患で下気道炎を呈している場合には,年長児で あっても RSV 感染症の可能性を考慮する必要が あると思われる.
RSVは特に乳幼児において症状が重篤化する ことが多く,早期に適切な治療を行う必要があるこ とから,臨床現場においてはキットを使用した病 原体診断が行われている.しかし,保険適用は 3 歳 未満の入院患者に限られており,外来のかぜ様疾患 の患者の診断に用いることは難しい状況にある.
一方,今回の調査で明らかになったように,RSV は感染症発生動向調査の病原体定点における外来 のかぜ様疾患患者から検出されたウイルスの中で 17% と Infl. v. に次いで多くを占め,また年齢層で 見ると 0〜4 歳児の割合が 79% と高かった.
平成 15 年 11 月に RSV は 5 類感染症(定点把握 対象疾患)に追加され,患者定点医療機関からの 報告が求められている.しかし臨床症状のみに
よって RSV 感染症を診断することは困難で,正確 な診断のためにはキットを用いた病原体診断が欠 かせない.これらのことから外来診療の現場にお ける RSV の病原体診断が早期に保険適用となり,
正確な RSV 感染症の報告が集積されることを期 待したい.また,病原体定点からの検体について も衛生研究所等を中心に全国規模で RSV 検索と 臨床症状等の詳細な解析が行われ,本邦における RSV の流行実態が明らかになることが望まれる.
文 献
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An Epidemiological Study of Respiratory Syncytial Virus Infection in Yokohama, Japan for Five Years
Miwako SAIKUSA, Chiharu KAWAKAMI, Yuzo NOGUCHI & Masanori TOBA Yokohama City Institute of Health
The epidemiologic features of respiratory syncytial virus(RSV)infection were investigated by detecting the virus in throat swab specimens from patients with acute respiratory symptoms attend- ing the sentinel surveillance clinics in Yokohama City in 5 seasons from July 1998 to June 2003.
Throughout the 5 seasons, RSV was found from 181 in 2,683 specimens tested(6.7%)by virus isolation in cell culture or genome detection using nested RT-PCR, and this detection rate followed that of influenza virus(infl.v.)(441!2683;16.4%),while the proportion of RSV isolates in a season fluctuated from 12 to 22% of all causative viruses identified.
Analysis of monthly detected number of strains revealed that the peak of RSV isolation was pre- sent in December which preceded that of infl.v. by 2 months. Moreover, RSV strains were isolated sporadically during late spring to early autumn(from May to September)when infl.v. was scarcely detected.
Among 181 RSV strains, 172 could be subgrouped;104 were identified as subgroup A, while 68 were B. Subgroup A were detected more frequently throughout the 5 seasons(57%), though the proportion varied seasonally and subgroup B exceeded both in 2000!2001 and 2002!2003 seasons
(61% and 70%, respectively).
Clinical characteristics of RSV-infected patients were compared with those infected with infl.v.
Age distribution of cases revealed that RSV detected predominantly(79%)from lower age groups
(less than 5 years)compared to infl. v(41%).As for the proportion of cases showing clinical symp- toms of lower respiratory inflammation predominated in RSV-infected irrespective of age groups.