農産物流通モデルの構築:
重力型モデルの適応可能性と地域特性の分析
頼 理沙 ・ 吉田 喜久雄
Spatial transportation model for agricultural products:
Adaptability of gravity models and analysis for regional characteristics
Risa LAI and Kikuo YOSHIDA
Abstract: Spatial interactions reflect relations of complementarily and competition between the locations and act as a driving force in the transformation and the dynamics of spatial systems. The general gravity model enables a reasonable interpretation of spatial transportation model between different locations. This paper presents spatial origin-destination flow models for agricultural products. We have developed an initial prototype model for domestic spinach flow in Japan, and try to employ an integrated transportation system to evaluate environmental exposure via ingestion of vegetables, fish, meat and dairy products. Moreover, we will discuss the complexity of transport processes and regional characteristics in the contexts of environmental, demographic, and socio-economic factors, which include road network, land cover, land use, topography, location, population, life style, traffic, and other economic activities.
Keywords:
農産物流通モデル(transportation model for agricultural products), 空間的相互作用(spatial interaction),
地域特性(
regional characteristics)
頼 理沙: 〒305-8569 茨城県つくば市小野川 16-1
(独) 産業技術総合研究所 安全科学研究部門
Tel 029-861-8771 email [email protected]
1. はじめに
2002
年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」
(
WSSD)において,リスク評価とリスク管理の手順を用い,
化学物質がヒト健康と環境に及ぼす著しい悪影響を最小 化する方法で使用・生産されることを
2020年までに達成 することが,国際的な目標として合意された.この
WSSDの合意達成に向けて,リスクに基づく化学物質管理が世 界的潮流になりつつあり,欧州では
REACH規制が導入 され,わが国でも化学物質審査規制法(化審法)がハザー ド評価からリスク評価に基づく体系に改正された.
化学物質によるヒト健康と環境へのリスクを適切に管理 し,化学物質の使用に伴う便益を活用するためには,環 境排出源からヒトや環境生物に至る化学物質の移動を定 量的に把握し,リスクに大きな寄与をする排出源に対して 適切なリスク削減対策を実施することが必要である.
様々な用途で大量に使用されている疎水性の化学物 質は,大気,土壌,水等の環境媒体から農作物,畜産物,
水産物に移行しやすいため,農・畜・水産物の流通に伴う 化学物質の空間移動も考慮して,リスクに大きな寄与をす る排出源を同定し,対策を実施することが重要となる.し かしながら,現状では,農・畜・水産物の流通に関する統 計データは限られており,農・畜・水産物中の化学物質濃 度の測定も多大な時間と労力を必要とするため,限られた 物質にのみ実施されている.そこで,本研究では,疎水 性化学物質のヒト健康リスク評価に不可欠な情報である 農・畜・水産物の流通をモデル化することによって,化学 物質のリスク管理の効率化と高度化を図るものである.
産業社会の進展が食料の生産地と消費地の分離化を
加速している.米や野菜・果物等の農産物,畜産物,水産
物を含む食料の物質循環構造が,地域内部から広域化
へ進み,新たな「物の流動」を形成している.一方,このよ
うな地域の間の「物の流れ」は,空間的相互作用とも呼ば
れ,空間的相互作用モデルに基づき定量化することが可
能である.
これらを背景に,本研究では,地理情報システム技術を 用い,化学物質のヒト健康リスクの曝露要因の空間的特性 を解明するため,空間的相互作用モデルによる農産物の 流通モデルのプロトタイプを作成した(頼・吉田,2008).
本稿では,重力モデルの放出性・吸引力・距離などの構 成要素のパラメータの選択およびモデルの適応可能性に ついて引き続き検討を行う.最終的に,農・畜・水産物流 通モデルと化学物質の環境媒体間移行曝露モデルを統 合することにより,一般消費者の化学物質の経口摂取量 の地域特性を定量化することを目指している.
2. 流通モデルの構築 2.1. 重力モデルの記述
空間相互作用モデルは地域間での社会・経済的事象 を分析する統計モデルとして,大変有名である(
Vries J. et al., 2008).空間におけるさまざなな流れという事象は,出発地,到着地及びその地域間の吸引性と分離性によって その空間的特性が定量化される.
目的の事象を分析するため,地域
iと地域
jの放出性,
吸引性及びその分離性について,次のように定式化でき る.
(1)
式(
1)での変数は,以下のような属性要因を表す:
fij
地域
iから地域
jへの流れ
pi地域
iから地域外への放出性
qij地域
iと地域
jとの相対的吸引性
dij地域 i と地域
j の分離性求めるべきパラメータはα,β,γ及び定数
Hである.
空間的相互作用の目的事象を野菜生産地
iから消費地
jへの野菜流通量
fijとする.日本国内
47都道府県を対象 地域に,ほうれん草の流通モデルを構築する.
定式化されたモデル
(1)の定数項,放出性,吸引性,分 離性について,特性の抽出と変数の選択を行い,その結 果を検討する.さらに,これらの結果に基づき,地域的差 異の指標化とパラメータの選択を行う.
2.2. 基本モデルと構成要素
モデル構築に使用するデータは主に以下の
3種類であ る.1)日本全国 47 都道府県別のほうれん草の作付面積,
収穫量,出荷量,特定地域への卸売数量.
2)全国主要野
菜産地
203市町村のほうれん草の作付面積,収穫量,出 荷量.3)東京都と茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川の
6県からなる関東地区の野菜生産産地
86市町村の関連 データである.農林水産省「農林水産統計データ」と中央 卸市場「市場統計情報」等の調査データを使用した.また,
欠損データについては,計算エラーを避けるため,便宜 的にダミー値を与えることにした.
農産物の流通を考察するため,地理的地域と機能的地 域の観点から,距離変数はそれぞれ県庁や市役所所在 地を起点とする大圏距離,各都府県の面積によって重み 付けした重心を基準点としたユークリッド距離を求めた.
地域
iの経緯度を
(λ
i,φ
i),地域
jの経緯度
(λ
j,φ
j)とし,大圏距離(D)は下の式
(2)と(3)で計算した.cos
δ
=(sinφ
i×
sinφ
j)+(cosφ
i×
cosφ
j×
cos(λ
i-λ
j)) (2) D = Rδ°×π/180
(3)
面積加重ユークリッド距離は,
ArcGISを用いて計測し た.
また,都道府県別と市町村別の人口データは,総務省 が実施した「
2005年国勢調査」の結果を用いた.
2.3. パラメータの導出
まず,非線形モデル(1)に対し,対数線形化を行う.式(1) の両辺の自然対数をとることで,モデルを以下のように線 形に変換する.
ln( f
ij) = h +αln( p
i)+βln( q
ij)-γln( d
ij)
(4)ここで,定数 h = ln(H) と変換する.式(4) について,求 めるべきパラメータh,α,β,γは独立変数であるため,
以下のように重回帰方程式を用いて解く.
y = ln(f
i j) p = ln(p
i) q = ln(q
i j) d = -ln(d
i j)
と表記する.さらに,解析の対象地域の数を n とし,式(5) に示す設計行列を形成することによって連立方程式を構 成できる.
γ
β α
⎥⎥
⎥⎥
⎥⎥
⎥⎥
⎦
⎤
⎢⎢
⎢⎢
⎢⎢
⎢⎢
⎣
⎡
⋅
⎥⎥
⎥⎥
⎦
⎤
⎢⎢
⎢⎢
⎣
⎡
=
⎥⎥
⎥⎥
⎥⎥
⎥⎥
⎦
⎤
⎢⎢
⎢⎢
⎢⎢
⎢⎢
⎣
⎡
⋅
⋅
n n n
n p q d
d q p
d q p
d q p h
y y y y
1
. . . .
. . . . 1 1 1
3 3 3
2 2 2
1 1 1
3 2 1
(5)
γ ij i ij
ij d
q H p f
β α
=
3. 結果と考察
3.1. 重力モデルの適応性
まず,全国主要野菜産地の中,関東地区に属する
86市 町村のほうれん草に関する流通統計データに基づき,域
外への出荷量を予測するモデルを作成した.それぞれ住 民登録数(人口)と昼間人口数,野菜作付面積と距離につ いて組み合わせて
6通りのシナリオを設定し,パラメータ を求めた.これら
6種のモデルを用いて推算した出荷量と,
統計ベースでの実測値との比較を図
1に示した.この結 果から,「人口」と「距離」の吸引性への寄与が大きいこと が示唆され,重力モデルの流通量シミュレーションへの 適応性が高いことがわかる.
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000
1 11 21 31 41 51 61 71 81
出 荷 量 (T on )
関東の主要野菜産地86市町村
(左から右へ:出荷量の少ない順に)
出荷量 ケース1 ケース2 ケース3 ケース4 ケース5 ケース6
図
1. 流通モデル(ケース
1~
6)の作成
次に,実測データや集計データに基づいて予測モデ ルを構築した場合,モデル構築に用いたデータとは独立 に得られたデータ(テストデータ)によって評価を行い,汎 用性を評価する必要がある.
図
1に開発した流通モデルを,全国主要野菜産地の 中から関東地区に属する
86市町村を除いた
117市町村 に適用し,その結果を図
2に示した.
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000
1 11 21 31 41 51 61 71 81 91 101 111
出荷量( T o n )
全国の主要野菜産地117市町村
(左から右へ:出荷量の少ない順に)
実際の出荷量 モデル推算値
図
2. 実出荷量とモデル算出値の比較(117市町村)
さらに,市町村レベルのデータに基づき開発したモデ ルを,全国
47都道府県に適用し,その結果を図
3に示し た.
図
2と図
3から,異なった地域でも,実際の出荷量と流 通モデルによる推算値が概ね一致していることがわかる.
一方,「Origin-Destination 表」の中の主対角に位置する 地域内の流れは,全体の相互作用に占める割合が大きい.
しかし,現段階のモデルでは妥当な評価ができない.図
3に示した都道府県レベルの場合,この種の問題が顕著に 存在している.
0 5000 10000 15000 20000 25000 30000 35000 40000
1 6 11 16 21 26 31 36 41 46
出 荷量( T o n )
全国47都道府県
(左から右へ:出荷量の少ない順に)
実際の出荷量 モデル推算値
図
3.実出荷量とモデル算出値の比較(都道府県)
3.2. 初期モデルでの残差の分析
実測値を適切なモデルで近似すれば,実測値と推測 値との残差はランダムな誤差に近づく.残差はゼロの周り でランダムに分布していることが,モデルの良さを反映す る.それに対し,残差プロットに特定のパターンを示した 場合は,モデルがデータを適切に近似していないことを 示唆する.下の図
4は流通モデルによる残差の分布を示 したものである.このように,残差のプロットを視覚的に調 べることによって, モデルの適合度を検証した.
‐500
‐400
‐300
‐200
‐100 0 100 200 300 400 500
0 20 40 60 80
流通量の残差
(Ton)関東の
86主要野菜産地(地域順)
Residual
図
4. 予測モデルによる残差の分布から見た地域性
一例として,最大な収穫量(
6440ton)を持つ埼玉県深谷 市では,流通量の推算値の残差も最大(- 431ton)であるこ とが示された.また,図
4から,県単位でのパターンが読 み取れる.この原因は,実際の流通事情によるものか,ま たは,モデル上の距離変数によるものかは,現時点では 不明であるが,その残差の起因について,モデルの新た な構成要素を定義すれば,基本パターンと変動傾向を分 析することによって,地域的特性をより定量的に把握でき ると考えられる.
3.3. 流通モデルから見た地域性
実社会世界のダイナミックな空間システムにおいて,空 間的相互作用は,駆動力として,「場所」と「動き」との相補 的または競合的な関係を表現している.重力モデルを応 用した流通量モデリングは,将来に関わるデータをできる だけ精確に予測すること,実測に費やす多大な時間と労 力
を軽減すること,または,現実的に集計不可能なデータや欠損値のある実測データを補完することである.その ため,少ない集計データを用いてモデリングを行う場合,
サンプルの値をできるだけ忠実に記述することが,オー バーフィッティングの問題を引き起こす.
このように,モデリングすることは常に精度向上とオー バーフィッティングとのトレードオフの関係にある.目的に 応じてパラメータ調整を行う必要がある.本研究では,化 学物質の環境媒体間の移行と曝露を研究する目的で,農 産物と畜産物経由の化学物質の経口摂取量を定量化す るため,全国から京浜地区への食品の流通量の推算を試 みた.
それぞれの野菜生産地域から京浜地区への野菜の流 通量の推算を行い,変動の傾向から地域性を分析する.
図5は全国の主要野菜生産地203 市町村から京浜地区へ のほうれん草の流通量を推算した結果の一部分である.
0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000
1 16 31 46 61 76 91 106 121 136 151 166 181 196
出荷量と京浜への流通量(Ton)
全国主要野菜産地203市町村 (左から右へ:出荷量の少ない順に)
出荷量 流通量予測A 流通量予測B
図
5. 京浜地区への流通量の推算結果図
5において,「予測
A」に使用したモデルは,全国
47都道府県の集計データに基づいたパラメータ構成であり,
「予測
B」のモデルは,地域性が著しく異なった東京都を 除外した
46道府県の集計データに基づいたものである.
両者はかなり異なった結果をもたらした.この内容を吟味 した上,地域性に応じたモデルのパラメータ調整を行う必 要がある.
地域間の事象の流れに関する予測は,パラメータの時 空間的に変動に対するすべての属性に関する情報を取り 込まなければ,除外変数に由来するバイアスが生じる.図
5から,基本モデルの吸引性として,「野菜生産量」,「人 口」,「距離」以外に,新たな指標の導入が必要であること が強く示唆された.
4.終わりに
本研究は,空間的相互作用の理論から出発し,農・畜・
水産物の生産地から消費地への移動を定量化する流通 モデルを検討した.生産地と消費地のそれぞれの放出性,
吸引性及びその分離性について,重力モデルを適用し た.今後は,環境的・経済的諸要素の放出性・吸引性・分 離性に関する指標の最適化を行う予定である.道路網,
土壌,土地利用,地形,地理位置,気候など環境的要素 及び,人口,生活様式,交通量,経済活動,市場変動など 社会経済的要素の
GISレイヤーを取り込み,環境媒体間 移行曝露モデルと統合し,化学物質のヒト健康リスク評価 に必須の経口摂取量の推算を可能にする.
参考文献
頼理沙・吉田喜久雄
(2008), GISベースの農産物流通モ デルの開発:ヒト健康リスク詳細評価手法へのアプロ ーチ,「日本地理学会発表要旨集」,No.74, pp.51 .
Vries J., Nijkamp P. & Rietveld P. (2008), Alonso'sTheory of Movements: Developments in Spatial Interaction Modeling, J Geogr Syst, 3, pp.233- 256.
財団法人日本地図センター
(1999),地理情報データ ハンドブック.
農林水産省図書館情報総合ページ(農林統計):
http://www.maff.go.jp/j/tokei/index.html
(
2009年
2月
download)
総務省統計局平成
17年度国勢調査データ:
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2005/access.htm