プラチナ繭 アゲマ
誌名
誌名 International journal of wild silkmoth & silk ISSN
ISSN 13404725
著者 著者
赤井, 弘 檜山, 佳子 中島, 一豪 杉本, 星子 巻/号
巻/号 20-21巻
掲載ページ
掲載ページ p. 63-87 発行年月
発行年月 2017年11月
農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター
Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat
[和文欄]
プ ラ チ ナ 繭 ア ゲ マ
赤井
弘
1)• 檜山佳子2)・中島一豪3)• 杉本星子4)1)東京農業大学, 2)日本野蚕学会, 3)東京大学, 4)京都文教大学 Platina Cocoon Argema
Akai, H., Hiyama, Y., Nakajima, K, Sugimoto, S.
摘 要
〔第1章〕アゲマ・ミトレイ (Argemamittrei)はヤママユガ科に属し,マダガスカルのアンバンジャ,ムカマ ンガ、アンプシチャ地方に生息する。食樹はルチャ (Rotra,Syzygium ruineense), ヴァイ (Vahy,Akafia panciflora), アダブ (Adabo,Ficus cocculifolia)などである。アゲマ・ミトレイは2化性で,産卵から孵化ま
では1 2ヵ月,孵化から蛹化,蛹化から羽化までは,それぞれ約1ヵ月を要する。近年,現地の森林伐採,外来 生物の進入,標本業者などにより,生息数は減少している。インドハッカなど外来種はその要因の1つとなっている。
毘虫標本業者は繭を採集業者から集め,自宅で羽化させ,お土産物用の成虫標本(繭も入れる)とし販売する。主 な輸出先はドイツ,アメリカ,フランス,台湾である。アゲマ・ミトレイの繭糸の利用は, (1)経糸も緯糸もアゲマ の糸を使った重厚なストール, (2)経糸は家蚕糸で緯糸がアゲマを入れたオシャレ用ストール, (3)経,緯ともに 家蚕糸で,各所にアゲマを入れた高級スカーフなどに利用されている。
〔第2章〕アゲマ・ミトレイの繭の強い光沢は繭糸内の多孔性構造によるものと考えられる。繭糸は著しく太く,カ イコの重数倍以上もあり,繭糸の内部は超多孔性であり,繭糸内空間率は27%にも達する。繭糸の太さは,繭層中 の外層部が太く内層部ほど細くなっている。この傾向はカイコとほぼ同様であるが,アゲマでは起伏が目立つ。
繭糸内の小孔は繭糸の縦断切片から細長い小管状の構造であることが判明した。また,横断切片から繭糸の中心 部に大形の小孔が,周辺部に小形の小孔が多数分布することが明らかになった。
さらに,著者らのこれまでの繭糸の微細構造の研究結果と今回の観察結果から,多孔性繭糸はヤママユガ科にの み存在することが確実と考えられる。
はじめに
マダガスカル島には美しい女王のような蛾が生息する。美しく光るプラチナのような繭を作る。その繭の繭糸は 途方もない巨大な糸で,内部は空所だらけ。シルクの常識からみれば,まさに仰天のシルクである。
地球上には多種多様なシルクを生成する毘虫がいる。米粒より小さい繭(コマユバチ)からラグビーのポールほ どの巨大な繭巣を作る社会性絹糸昆虫(アナフェ)まで。繭やシルクを作る虫はカイコだけではない。
毘虫4億年,鱗翅目絹糸昆虫5,000万年の生命の進化と地球環境への適応が作り上げた多種多様なシルク,こ れらは貴重な地球の財産であると同時に進化を続ける人類のシルク資源でもある。
これからのシルク資源の研究と開発は,衣料分野だけでなく,隣接する他分野の発展に大きく影響を及ぼし,新 しいシルク産業の再現が期待されている。プラチナ繭はこの分野で大きく貢献するものと期待され、まさにこれか らである。
一方,マダガスカルの家蚕と野蚕に興味をもって杉本らが現地調査を始めたのは, 2004年のことであった。
マダガスカルでは古くからマダガスカルトゲマルカレハ(学名:ボロセラ・マダガスカリエンシス, Borocera
64
madagascariencis)の繭糸を紡いで織ったランバ (lamba)とよばれる大判の肩掛けが,王や貴族,首長の正 装として用いられ,結婚式に夫婦を包む儀礼布や死者を包む屍衣として大切にされてきた。また,野蚕の蛹は重 要な食糧源でもある。野蚕布が人びとの生活に重要な役割をもつことに興味をもって,野蚕布の織り手や野蚕布の 販売業者を訪ねるうちに,マダガスカルにはマダガスカルトゲマルカレハの他にもさまざまな野蚕がいることがわ かってきた。アゲマ・ミトレイもその一つである。
アゲマ・ミトレイは,マダガスカル語でランディ・ブラ (landi—vola) という。銀の蚕という意味である。アゲマ・
ミトレイの成虫は大きく美しいので,世界中の昆虫ファンやマダガスカルに来る外国人観光客のあいだで人気があ る。しかし,マダガスカルの人びとにとっては,なんの役にも立たない蛾である。飛んでくる巨大な蛾は,不幸を もたらすお化けのようなものだと忌嫌われており,見つけ次第たたき殺される運命にある。繭のなかの大きな蛹は 美味しいおやつでしかない。また,アゲマ・ミトレイの生態調査は困難をきわめ,現物に出会うことができないの である。幼虫に出会えた時には,その大きさに驚くとともに,その雲隠れの術の巧みさに驚嘆する。幼虫は巨大で,
繭も銀色で大きい。このような派手な昆虫が見つからないわけがないと思うが,木立の中にいる幼虫はまった<葉 に同化し,繭の銀色が木漏れ日を反射するのか,木の下から見上げるかぎり葉陰の繭はほとんど気づかれない。
アゲマ・ミトレイは湿気の多いところを好むようで,昔は大きな川の近くにたくさんいたという。
以下,わが国では殆ど知られていないアゲマ・ミトレイの美しい繭とその微細構造,さらにその生態などについ て詳細に報告する。
I マダガスカルにおけるアゲマ・ミトレイの生息と現状
I. アゲマ・ミトレイの特徴
アゲマ・ミトレイ (Argemamittrei, 和名マダガス カルオナガヤママユ)は,ヤママユガ科に属するマダ ガスカル固有種の蛾である。本種のオス成虫は非常に 長い尾状突起を持ち,幼虫が蛹化の際に美しい銀色の 繭をつくることで知られる。さらに,近年の研究によ り繭糸が多孔性で高い紫外線遮蔽度を持つことが明ら かとなり,繊維の利用に関しても将来性が期待されて いる。
2. アゲマ・ミトレイの生息地
本種の生息地は,マダガスカル各地に点在している。
主な生息地として知られるのは,主に北部のアンバン ジャ (Ambanja)からマルマンディア (Maromandia)に かけての丘陵地帯,中央高地のムラマンガ(Moramanga), そしてアンブシチャ (Ambositra)近郊のアンバトフィ ナンドゥラハナ (Ambatofinandrahana)である。生息 環境の特徴は丘陵の谷間もしくは大河のそばの森林,
森林付近の稲作地など,あまり高温とならず湿潤な土 地である。これは植樹の分布によるものと考えられる。
3. アゲマ・ミトレイの食樹
アゲマ・ミトレイの食樹は木本植物であるルチャ (Rotra, Syzygium ruineense), ヴァイ (Vahy,Alafia pauciflora) , ア ダ ブ (Adabo,Ficus cocculifolia) の 菓
である。
現地の主な食樹は森の奥の沢沿いに生えている)レ チャ・アラ (Ro廿a‑ala),すなわち森(野生)のルチャ と,日本でいう水田や水路沿いに生えているルチャ・
ガシ(Ro廿a‑gasy)すなわち村のルチャである。)レチャ・
ガシはルチャ・アラに比べ葉や植物体が大きく,葉の 量も多いことから,食樹として多く利用されていると 言われている。
ムラマンガ地方の農民たちのあいだで,}レチャの木 は家に富をもたらすと伝えられている。そのため,村 の中や街道沿い,水田の脇など, 日本でいうところの 里山のような場所に巨木がみられる。
4. アゲマ・ミトレイの生活史
マダガスカルの気候は雨期と乾季からなる。アゲマ・ ミトレイは2化性で,年に二回孵化する。変態の時期 は地域によって若干前後するが, 卵から成虫までの変 態を雨季と乾季に 1回ずつ行う。雨季の間に孵化した 個体は,乾季に孵化した個体より若千成長が早く,繭 も大きくなるといわれる。これは乾期に比べ雨季には 良質な餌資源が豊富であるためと考えられる。
1匹のメス成虫は約100個の卵を産む。産卵から孵 化までは1 2か月,孵化から蛹化,蛹化から羽化ま でにそれぞれ約1ヶ月を要する。成虫の羽化には気温 が大きく影響していると考えられ,そのことは標本業 者が室内で成虫を羽化させる際に,部屋の温度を外気 よりも若干高く保つこと以外に特別な管理をしないこ とからも推察できる。
蛹への変態直後は透き通る緑色をしている。その後,
黄色,茶褐色へと変化する。
5. アゲマ・ミトレイの羽化
羽化は午後 11時頃から始まり,約4時間後の午前 3時頃には美しい成虫の姿となった。
6. アゲマ・ミトレイの個体数の減少
近年アゲマ ・ミトレイの数が減っていると,現地の 人々は語る。背景には様々な要因が考えられるが,現 地調査の結果,森林伐採による生息地の消失,外来生 物の侵入による捕食圧,標本業者への販売目的の採取 圧の3つが主要因と想定される。
6.1 消える森林
マダガスカルの人口は増加し続け,農業目的の野焼 きや悪戯による放火,燃料確保のための炭焼きが各地 で行われている。また,現地では富の象徴とされる牛を 飼育するための放牧も行われており,野焼き後の植生
図1 アゲマ・ミトレイの成虫の雄(左) と雌 (右)
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図2 アゲマ・ミトレイの主要生息地 A: アンパンジャ地方
B: ムカマンガ地方
c: アンプシチャ地方
図 3 アゲマ・ミトレイ生息地
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図4 ムラマンガ地方の水田脇のルチャ
の回復を妨げている。そうした複数の要因が合わさるこ とで,森林はここ数十年で劇的に減少したと考えられる。 地域によっては植樹が行われている場所もあるが,大抵 の場合は成長が早く炭としての利用価値が高いユーカ リの仲間が優先的に植えられる。そうした場所はユーカ リのみが優占する単純な植生に変貌し,アゲマ ・ミトレ イの食樹である)レチャは全く見られない。こうしたユー カリ林の光景は,燃料としてのガスが普及しておらず,
マーケットヘのアクセスの悪い地域や,土地の所有権の 曖昧な地域に多く見られる。また近年は,やはり外来種 である松植林も進められている。
植樹が行われない場所では,かつての森林はイネ科 植物が優占する広大な草原に変わっている。つい最近 まで森林だったのか,林縁部に出現するつる植物が草 原の中に点々と生えている光景が見られる。それらの つる植物は絡みつく樹木がないため,地面をのたうち 回るように伸びている。そうした地域の山はいたると ころで土壊が露出し,崩壊が進んでいる。これは地盤 を支える樹木の根が消失したため,雨と共に上壌が流 れ出てしまったのである。遠目から眺めると,まるで 何者かが山をかじりとったかの様に見える。
6.2 外来種の侵入
アゲマ・ミトレイの減少には,外来生物による捕食 圧も影響していると考えられる。現在,マダガスカル には数多くの外来生物が侵入しているが, 中でも農作 物の害虫であるイナゴの駆除を目的として導人された インドハッカというムクドリの仲間がアゲマ・ミトレ
10月 幼虫(終)〜繭〜咸虫
生活史
3月
幼虫(終)・繭〜成虫
8月
卵〜幼虫
ジ
5月7月 卵 6月成虫(終)・卵 図5 アゲマ ・ミトレイの生活史
イの幼虫を捕食し,個体数減少の要因となっている様 だ。ムラマンガ地方には今でもルチャの林が残されて いるが,この鳥が増えるにつれアゲマ ・ミトレイの幼 虫や繭が見られなくなってきていると現地の人々は話
図6 繭をつくる直前の幼虫
図7 ルチャの木に作られた繭
図8 繭の中の蛹
す。筆者らが現地を訪れた際,インドハッカが実際に アゲマ ・ミトレイの幼虫を捕食している場面こそ確認 できなかったものの,ルチャの木に多数のインドハッ 力が群がる様を何度か目撃している。また,木に残る 古い繭の多くに,明らかに鳥がついばんで蛹を捕食し たとみられる大きな穴が開いていた。先に述べたよう に,アゲマ ・ミトレイは年2化であり,雨季と乾季に 卵から成虫までのサイクルを一回ずつ行う。食物の少 なくなる乾季において,アゲマ ・ミトレイの幼虫や蛹 はインドハッカにとって絶好の餌となるのではないだ ろうか。
6.3 採取圧
アゲマ ・ミトレイの成虫は,美しく世界最大の蛾で あることから多くの昆虫ファンを魅了している。その ため,標本として海外に輸出されるほか,現地では外 国人観光客向けの土産物として販売されている。生息 地の消失や外来種の侵入の影響が深刻化する今日,残 存する生息地での商業目的の過度の採取圧は,個体数 の減少を促進する可能性がある。
7. アゲマ・ミトレイの 繭の採集と標本の作製
標本業者は,地方の採集業者と契約を結び,繭がで きる時期に採集業者の間をまわって繭を購入する。採 集業者はそれぞれが繭の多く採れる森についての知識 をもっており,それは秘密にされている。生息地の知 識は,親子あるいは兄弟の間で伝承される。彼らは時 期になると森へいって繭を採集し,業者が来るまで家 の壁につるした紐に繭を並べて保管しておく。また,
ムラマンガ地方では,繭の採れる時期には市の一角に 採集業者が繭を持ち寄り,そこに標本業者が来る。ア
ンバンジャ地方でも幹線道路沿いに繭の保管庫が買い につくられており,そこに地域一帯の採集業者が集め た繭が集積され売買されている。アゲマ ・ミトレイの 繭の売買は,農民たちの貰重な副収入となっている。 アゲマ・ミトレイは孵化させるのが難しいといわれ,
ほとんど飼育されていない。しかし,ムラマンガ地方 の採集業者は繭を売るだけでなく,メスを自分で羽化 させて庭のルチャの木に縛り付け,オスを誘引して交
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図9 アゲマ・ミトレイの羽化
図10 かつて森林だった場所
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図12 野焼き
尾させ,産卵させるという方法により,庭先で半自然 状態の養蚕を行っている。
マダガスカルの毘虫標本業者は,アゲマ・ミトレ イの繭を採集業者から集めると,自宅に保管し,温度 の管理をして羽化させる。繭を羽化させるための温室 をもっている業者もあるが,自宅の寝室の天井に糸を 張って羽化をさせる業者も知る。繭は美しく大きいの で,お土産物用の成虫の標本に加えて販売されること もある。彼らは繭から紡いだ糸で織物を作るのに成功 した人がいるということは知っているが,繭の利用に はほとんど関心がない。標本の主な輸出先はドイツ・
アメリカ・フランス・台湾である。
図11 土壌の流出
図13 業者内の写真
図14 繭採集業者の家での繭の保管
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図15 標本業者の家の天井につるされた繭と羽化した成虫
図16 マダガスカルの土産物屋に並ぶアゲマ ・ミトレイ の標本
図17 経糸家蚕糸アゲマ ・ミトレイ糸のストール
一
・ ‑
図18 アゲマ・ミトレイの繭アクセサリー
8. アゲマ・ミトレイの繭糸の資源利用の可能性
アゲマ ・ミトレイの繭糸の資源利用には,大きく三 つの可能性がある。第ーは,繭そのものがもつプラチ ナのような光沢を活かすために,繭をシート状に加工 して装飾布等に利用する方法,第二は,繭糸を紡いで 独特の風合いと艶のある織物をつくる方法,第三は,
糸に含まれる成分を化粧品等へ利用する方法である。 現在,第二の繭糸をつかった布の製織プロジェクトが 進められ,精錬,手紡績,製織の実験がおこなわれて しヽる。
アゲマの繭糸の特徴である光沢を生かすためには,
できるだけ細い糸を紡ぐのが望ましい。しかし,繭糸
の太さが不均質で細かい毛羽が多いため,スカーフの ような薄い布を織るための細糸を紡ぐには技術がい る。また,経糸に使うことができる強度のある糸を紡 ぐのはさらに難しい。
アゲマ・ミトレイの糸の不均質性は,生糸の品質 としてはマイナスであるが,美しい光沢と紬らしい風 合いを生みだす効果がある。これまでに以下の三種類 のスカーフやストールが試作された: (1) 経糸も緯糸 もアゲマ・ミトレイ糸, (2) 経糸は家蚕で緯糸がアゲ マ・ミトレイ糸, (3) 経糸,緯糸ともに家蚕糸でとこ ろどころ緯糸にアゲマ・ミトレイ糸。 (1) はマダガス カルの人びとが正装として着用するにふさわしい独特 の光沢のある重厚なストールとして, (2) は家蚕の染 色糸をつかうことによって色のバリエーションができ
ることからオシャレ用ストールとして, (3) はできる かぎり細い糸を用いて光沢を生かすことにより高級ス カーフとして,それぞれ商品化の可能性が確認できた。
今後の課題は,細糸の紡績方法の改善と毛羽立ちをど う抑えるかである。
ただし,アゲマ・ミトレイの個体数減少が懸念され ていることから,繭の資源利用を進めるには,養蚕シ ステムを確立することが不可欠である。
参考文献
杉本星子「多様な野蚕と家蚕の宝庫 知られざるシルクの 島マダガスカル」,染織情報a平成21年8月号,染織
と生活社, pp.2‑3.
1 1 アゲマ・ミトレイ (Argemam i t t r e i ) の繭と繭糸構造
マダガスカル島で採取されたアゲマ・ミトレイ (Argema mittrei)の繭糸断面からこの繭糸が超太繊度 で,また,超多孔性繭糸であることが判明した(赤井,
2013)。
シルクの微細構造,特に多孔性構造は,健康シルク 素材として今後の利用価値が高いため,詳細な利活用
に関わる研究が望まれている。
アゲマ・ミトレイはヤママユガ科に属し,この科内 でも繭は最も大きく,繭糸の光沢が強い白色の繭で,
その美しさから プラチナ繭" とも一部で呼ばれて いる。一般に,繭と云えばカイコの白い繭が広く知ら れており,アゲマ・ミトレイの場合もカイコと較べて どこが違うのか,が最初の間題となろう。ヤママユガ 科には別種の大型の繭,タサールサンなど,もあり,
これらとの繭糸構造の違いなども興味ある点である。
さらに,アゲマ・ミトレイに近いアゲマ・ミモザエ (Argema mimosae)の繭とも比較し,近縁の間の繭糸 構造の差異をも明らかにしたい。
上述のように,カイコの繭や繭糸については広く知 られ,また,研究についても多くの報告がなされてい
る。一方,野生の多種に及ぶ絹糸虫の繭糸構造に関す る研究は極めて少ない。本文では,アゲマ・ミトレイ の巨大な繭糸の微細構造からシルクの機能性を中心に 観察を進めた。
1. カイコガ (Bombyxmori, カイコと略称)の繭 と繭糸
カイコは古くから世界の各地で飼育され,その繭が 衣料素材として広く利用されてきた。したがって,繭 糸の利用面から特徴のある品種が数多く育成され,繭 糸繊度,糸長,繭色,などに幅広い特色が見られる。
図1にはカイコの実用品種の繭(上図右)とアゲマ・
ミトレイの繭を比較した写真で,後者は巨大な繭であ る。下図は拡大した写真で,繭層を通過する多数の小 孔が見られる。また,繭の上方部には成虫の脱繭孔が あり, さらに繭糸は小枝に連なり繭が小枝に固定され ている。繭層の小孔は数多く,繭層を通して空気の流 通が行われているものと考えられる(表1)。
一方,カイコの繭にはアゲマ・ミトレイのような繭
72
ロ
図1 アゲマ・ミトレイとカイコの繭(右)。前者はカイコに較べ繭が大きく,繭層に多数の小 孔が見られる。繭の先端部には成虫の脱繭孔が見られる。
表1 ア ゲ マ ・ ミ ト レ イ の 繭 層 中 の 小 孔 の 数 と 大 き さ
小 孔 の 直 径 (mm) 数
2.5
2.1 6 2.0 ‑1.6 7 1.5‑1.1 11 1.0‑0.5 5
※ 繭の後方部の小孔の多い部位を観察した
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表2 各 種 絹 糸 昆 虫 の 繭 の 大 き さ
昆 虫 種 繭 の 長 径 繭 の 短 径
1 コ マ ユ バ チ 4mm 1.5 2mm 2 ニスタリ 3.2cm 1.3 cm 3 はくれい 3.2cm 2.1cm 4 ナンノイ 3.7cm 1.5cm 5 朝日
x
東 海 3.7cm 2.2cm 6 世紀21 3.8cm 2.0cm 7 サクサン(中国) 5.2cm 2.8cm 8 エリサン (Yellow) 5.5cm 2.5cm 9 テンサン(古田) 5.5cm 2.8cm 10タサールサン 6.0cm 3.4cm 11エリサン(インド,大型) 7.5cm 3.5cm 12アゲマ ・ミトレイ 11.0cm 4.5cm※ 2, 3, 4, 5, 6はカイコガ,
12: マダガスカルのアゲマ・ミトレイ
図2 カイコの品種改良の研究室には多様な形状の品種が育成 されている(永易氏より提供を受ける)
5 "
︱
図3 カイコガの繭の特性
1: さんた (FGNIX日501号),繭糸繊度
4.91dの太繊度品種。2:はくぎん(中514
号x中515号), 1.6dの細繊度品種。3:朝・ 日x東海実用品種で繊度は3.3d。4:プ
ラチナボーイ,実用的な雄蚕品種で, 2.7d。
c 4
74
層の小孔,成虫の脱繭孔, 繭を小枝に固定する 取っ 手"は全く存在しない。
図2にはカイコの品種改良を行うために集められた 多様な形状の繭である。繭の形,大きさ,などには大 差があり,また特色が見られるが,アゲマ ・ミトレイ
図4 昆虫ホルモン投与によるカイコの繭の制御
上図:カイコに脱皮ホルモン (MH),幼若ホルモン (JH), 抗幼若ホルモン (AJH)を投与し,営繭された大小の繭 1: 大量のJH投与により蛹化できない永続幼虫にMHを投 与した超大形の繭, 2:5令期にJHを投与した大形の繭, 3: 対照区(無投与),4:3令期にAJHを投与した3眠化蚕の繭,5: 4令期にAJHを投与した3眠化蚕, 5:2令期にAJHを投与
した2眠化蚕の極小の繭。
下図:カイコの幼虫に幼若ホルモン (JH)を投与し営繭し た繭(写真中)とJH投与後にさらに,脱皮ホルモン (MH) を投与した繭(右)。対照繭(左)。
のような野生の繭に見られる特徴は皆無である。 わが国では品種改良が長年行われてきたが,図3に 繭糸繊度に関わる品種の繭を掲載した。最近の最も太 い繊度の品種は図中の 1のさんた (4.91デニール)で,
最も細い品種は,2のはくぎん (1.6デニール)である。
実用品種の1例として,3の朝・日
x
東・海は,3.3デニー ルで,農家で飼育されている品種としてはこの程度の 繊度のものが多い。したがって,カイコでは,太い繭 糸で約5デニール,細 い も の で1.6デニールの範囲内 に多数の品種が保存されている。また,実用的な雄蚕 品種のプラチナボーイ 4も育成されている。カ イ コ の 繭 の 大 き さ に つ い て は , 昆 虫 ホ ル モ ン を 幼虫期に投与し,繭の大きさを制御することが可能と
図 5 カイコとエリサンの成虫の脱繭
① :カイコ実用品種の出殻繭。上部の褐色部は成虫がコクナー ゼを含む分泌液で繭層を溶かし脱繭した後の繭殻。②:カイコ の繭の一端を切開し脱繭した後の繭。③:カイコの繭の一端を 切開したにも拘らず反対側の繭の一部を溶解し脱繭した後の繭。
④ :エリサンの繭。上端に脱出孔が営繭時に作られており,吐 液による繭層の溶解は見られない。
なった(赤井ら, 1973,赤井, 1990)。図4に示すよ うに,幼若ホルモン (JH) をカイコの 5令 幼 虫 に 投 与すると図4上図の2の写真のように対照区3より大 型の繭が生じる。上述の2のように5令期により高濃 度の
J H
を投与し,数日後脱皮ホルモンを投与すると 1のようにさらに大型の繭が作られる。また,抗幼若 ホルモン (AJH)を3令期に投与すると 3眠化蚕とな り4程 度 の 小 形 の 繭 を 作 る。さらに, AJHの4令 投 与と 2令投与により, 5および6の小形の繭ができる。 これらの手法は,ホルモンの投与時期と投与量が重要 で,細心の注意が必要である。下図には,ホルモン処理で作られた極めて大型のカ イコ繭を示した。なお,カイコ以外の絹糸昆虫ではホル モン処理による繭サイズの制御は未だ成功していない。
絹糸昆虫の繭は多種多様で繭の大きさにも大差が見 られる。表2には各種のカイコの繭と大小の絹糸昆虫 の繭を比較した。小さい繭を作る昆虫の 1例としてコ マユバチ,巨大な繭はアゲマ・ミトレイを調査した。
2. 繭の構造と脱繭
カイコの繭は羽化した成虫が繭から脱出する出口が なく,図5の写真の①のように繭の上方に穴をあけ脱 出する。穴をあけるため口器の一部からタンパク分解 酵素を含むコクナーゼを分泌し,軟らかくなった繭層 を掻き分け脱繭する。
同図中の④はエリサン (Samiaricini)の繭で,繭の 上端に脱繭孔が作られておりこの孔から成虫は容易に 脱繭し,カイコのような褐色の汚染は見られない。 ② および③はカイコの繭の一端をナイフで切開し,その
表 3 タサールサンの繭の形状 繭の直径 (mm) 取っ手の
長さ 幅 長さ (mm) Nol 50 32 65
2 55 33 45 3 48 30 45 4 50 31 55 5 55 32 52
76
表4 アゲマ・ミトレイ (Argema mittrei)の繭重,繭 層重および蛹体重
個体 全繭重 (g) 繭層重 (g) 蛹体重 (g) Nol 16.4 1.1 15.3
2 20.4 1.2 19.3 3 16.0 1.1 14.9 4 13.8 1.1 12.8 5 18.2 1.3 16.9 6 16.4 1.1 15.3
7 1.4
表5
No.
1 2 3 4 5 6 7 8
図 6 タサールサンの 幼虫と繭。人工飼料で 成長する幼虫(上段左 図)と,よく知られた 5品種 (1‑5)の繭。
大型の取っ手が特徴の 一つ。1: Sukinda, 2 : Daba, 3: Bhandara, 4: Raily, 5 : Modal。
アゲマ・ミトレイの繭の大きさ 長さ (mm) 幅 (mm)
85 45 87 43 90 42 78 40 80 42 75 41 80 39 79 37
後の脱繭の様子を見たもので,②のように切開された 所から脱繭したものと,③のように切開されているに も拘らず反対側を吐液により溶かし脱繭した例も見ら れた。カイコは人類に長年にわたって飼育されてきた ので,繭を溶かして脱繭するのが普通で脱出のために 隙間や孔を探す習性が薄れているものと考えられる。
3. ヤママユガ科の繭
繭を作る昆虫の中でヤママユガ科の昆虫の絹糸腺 は最も進化し大型の繭を作ると云われている。その中 でも大型で繭層の硬いインドのタサールサンは広く知 られ,また衣料素材として広範に利用されている(表
図7 アゲマ・ミトレイの繭作り。右図は小枝に繭糸を吐糸し,その後繭を作る。左図は最初に小枝に吐糸 をした部位で,中図はさらに吐糸を行い固定された繭作りの足場となる。
図8 アゲマ・ミトレイとタサールサンの営繭の比較。前者は営繭開始時に,その後に吐糸される繭糸と同様の糸を吐糸するが(左図),
後者は着色した繭糸を吐糸開始時に吐糸する(右闊)。
78
2)。図6には,始めて人工飼料育に成功したタサール サンの幼虫(赤井・須藤, 1990) と現地の5品種の繭 を掲載した。タサールサンの種により繭に大小の差は あるが,いずれも強固な 取っ手"が繭の上端に見 られる。その先端は小枝などを取り巻き営繭の固定の ため強固な輸形をなしている。インドで入手した数個 のタサールサンの繭の大きさと 取っ手 の長さを 測定すると,45mmから65mmで繭の直径よりも長く,
いずれも強固な黒色のひも状である(表2)' (図6)。
一方,アゲマ ・ミトレイの繭はタサールサンよりも 大きく (表4,表5),小枝にまとわり付いて営繭する が,タサールサンのような強固な 取っ手" は見当 たらない(図7, 8)。
4. アゲマ・ミトレイの繭と繭糸
アゲマ ・ミトレイの繭は表4に示すように,長さ 約8.2cm,幅4.1cmの巨大な繭で, タサールサンに比
年
図9 アゲマ ・ミトレイの繭層中に 作られた小孔(下図)。上図はその 一部の拡大写真で,小孔が太い繭糸 で丁寧に吐糸され作られた跡が見ら れる。
べてはるかに大型である。外観上の特徴としては,繭 全体が白色一色であり,タサールサンのような強固な 取っ手,, は無く,繭層に多数の小孔があり,これ らは繭層を貰通し内外の空気が換気できることである
(図 9)。小孔の分布は繭の下方に多く,小孔の大きい ものでは直径2‑2.5mmの小孔も各所に見られる(表 1)。
さらに,繭の特徴として,図7, 8の繭の上端部に 脱繭孔が見られ,その周辺の糸は美しく,カイコのよ
うに脱繭部の汚染はなく,繭殻は美しいまま繭加工な どに利用が可能である。
つぎに,図7には営繭初期の吐糸について写真で示 した。吐糸を開始した幼虫は近くの小枝に吐糸し,糸 を絡め,営繭の足場を固める(図 7)。引続き吐糸を 続け小枝の一部を糸で包み込み,その後巨大な繭の営 繭が始まる。
図8には,アゲマ ・ミトレイとタサールサンとの営 繭の比較を図示した。前者の繭は全面白色で,小枝に
図10 カ イ コ ( 上 図 ) と ア ゲ マ ・ ミトレイ (下図)の繭糸の比較(同 倍率)。後者の繭糸は前者に較べ著
しく太い。
80
付着する部位の繭糸にも変化は見られない。一方,後 者は黒色の 取っ手 から伸びる黒色の繭糸が後方 に分散し営繭に関与している。この繭糸はその後吐糸 される繭全体を作る淡褐色の繭糸とは異なりセリシン 量の多い繭糸と推察される。
5. アゲマ・ミトレイの繭糸特性
上述のように,アゲマ・ミトレイの繭層には多数の 小孔が見られる。図9は小孔を作る太い繭糸を拡大し た写真である。太い繭糸が吐糸され、小孔が丁寧な吐 糸により作られた跡が見られる。小孔の大きさは表1 に示すように大きいもので直径約2.5mm,小さいも
トー4
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図11 カイコガとアゲマ ・ミトレイの繭糸断面の比較。左図はカイコガ (4d.),右図はアゲマ・ミトレイ。
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50μm
図12 アゲマ・ ミトレイの繭層断面における繭糸断面の変化。繭層の外層部が太く,内層部は細い。
のは0.5m m以下の小孔も観察される。
カイコガ科のカイコやヤママユガ科のタサールサン の繭層には,上述の小孔は皆無であるが,同科のクス サン (Dictyoplocajaponica)の繭にはタサールサンよ りも多数の小孔が見られる。繭中の蛹の成長に関係し て繭内の空気と繭外の新鮮な空気との置換が,昆虫種 と環境によっては必要なのであろう。
さきに,アゲマ・ミトレイの繭糸が異常に太いこと を述べたが,カイコなどと較べてどれほどの差がある のであろうか。
カイコの繭から取り出した繭糸(図 10,上図)と アゲマ ・ミトレイの繭糸(下)を比較した写真からも 容易に繭糸の太さに差が見られる。後者は各繭糸が太 いが,繭糸間の太さの差も大きい。
両者を電顕用の樹脂で包埋し, 薄い切片とし,染色 を行い,光顕で観察すると繊度の差がさらに明らかと なる(図 11)。それぞれの繭糸断面の直径(短径)を 比較すると約6倍の差が見られる。これからもアゲマ・
ミトレイの繭糸繊度が如何に太いかを知ることができ よう。
つぎに,アゲマ・ミトレイの繭糸の太さは繭層内で どのように変動しているのであろうか。図12はアゲ マ ・ミトレイの繭層の断面に見られる繭糸断面の写真 をドローイングした図である。この図から,アゲマ・
ミトレイの繭層断面は繭の表面側に太い繭糸が,内面
側に細い繭糸が分布していることが分かる。図13に は,アゲマ ・ミトレイの繭層の断面から,繭糸が長軸 に対して直角に切れた繭糸断面の直径を測定し,図表 にしたものである。その直径は短径とした。その結果,
図12とほぼ同様に,アゲマ ・ミトレイの繭糸は外層 部が太く内側に向かってじょじょに低下していること が判明した。
一方,カイコの繭層中の繊度変化の一例を同様の手 法で図 14に示した。滑らかな曲線で外層部から内層 部へと繊度は低下するが,アゲマ・ミトレイではこの 滑らかさは見られない。長年のカイコの品種改良に よって得られた 繊度のなめらかさ,, と云えよう。
6. アゲマ・ミトレイの繭糸の微細構造
(1)小孔の占める空間率
アゲマ ・ミトレイの繭糸の切片を光顕及び電顕で観 察すると繭糸のフィブロイン中に大小多数の小孔が観 察される。これらの小孔の起原は後部糸腺細胞より放 出されるライソソームにあるが(赤井, 2013), その 後繭糸中の小孔の占める空間率の測定がなされた。
図15の上段はカイコの繭糸断面の走査電顕 (SEM) 写真であり,下段はアゲマ ・ミトレイの繭糸の超薄切 片の光顕写真である。上図には繭糸内に小孔は皆無で あるが,下図には多数の大小の小孔が存在し,前者を
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200 ↑ μm
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図13 アゲマ・ミトレイの繭層内の繭糸繊度の変化。縦軸は繭 糸断面の直径 (μm)。
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48 繭糸長 (Xll2.5m)
10 12
図14 カイコの繭層断面の繭糸繊度変動
•—• カイコの実用品種
0‑ 0 カイコにAJH(抗幼若ホルモン)投与の3眠化蚕
82
図15 カイコガとアゲマ・ミトレイの 繭糸断面の比較。前者は緻密性繭糸で 小孔による空間率は0%であるが,後 者は約 27%の超多孔性繭糸である。
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~國16 カイコ(上)とクリキュラ繭糸の断面のSEM写真
図17 タサールサンの繭糸断面のSEM写 真。全面に大小の小 孔が散在している。
図18 アゲマ ・ミトレイの繭層断面の光顕写真。繭糸の縦断像が多く, 相互の繭糸の接着や間隙の状態がよく 分かる。矢印は繭糸内の小孔が細長い小孔であることを示す。
84
図19 アゲマ・ミトレイの繭層切 片の光顕写真。図 11右図よりも厚 い切片で小孔がやや不明瞭である。 繭糸の中央部に大きい小孔が,周辺 部 に 濶 染 さ れ た 小 孔 が 多 数 分 布 す
る。
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緻密性繭糸,後者を多孔性繭糸と呼んでいる。後者の 繭糸内空間率は,図の説明にも述べたが約 27%であ り,空間率ではヤママユガ科の中で最高位であった。
図16には,図15と比較するため,クリキュラ繭糸 の断面のSEM写真を掲載した。下段のクリキュラ繭 の繭糸断面には多数の大小の小孔が見られ,空間率 の極めて高い多孔性繭糸であるが,その空間率は約 22.5%で,上述のアゲマ・ミトレイに較べるとやや低 いが,ヤママユガ科の中ではアゲマ・ミトレイに次ぐ 高い数値である。
さらに比較のため,図17にタサールサン (Antheraea
mylitta)の繭糸断面のSEM写真を示した。断面の全 面に多数の小孔が分布しているが,中央部の小孔がア ゲマ・ミトレイに較べると小形であり,その空間率は 16.1 %であった。
以上のように,多孔性繭糸はヤママユガ科のみに見 られるが,同科内の種間においても空間率は大きく異 なり, さらに同一繭層内でも部位によって異なる。 (2)小孔と染色性
アゲマ・ミトレイの繭層は部位により繭糸が相互に 密着し,図 18に示すような繭糸の内部構造が見られ るが,繭層は比較的軟らかく,それは繭糸の多孔性構
図20 アゲマ ・ミモザエ (Argemamimosae)の繭(上段)と繭糸 断面の光顕(左)とSEM(右)写真。cf:繭糸のフィプロイン,s: セリシン, v:繭糸間の間隙。矢印は繭糸内の小孔。アゲマ・ミモザ 工に較べ小孔が少ない。
86
造に基因するものと考えられる。図18には繭糸の縦 断像を示したもので,繭糸内の小孔は球状ではなく,
細 い 小 管 状 の 小 孔 で あ る こ と が 明 示 さ れ て い る ( 矢 印)。多孔性繭糸内の小孔が絹糸腺細胞から放出され るリソソーム由来であることは,すでに著者らにより タサールサンなどについて報告してあるが (Akaiet al, 1993, 1994) , アゲマ・ミトレイにおいても同様で
ある。
繭糸や繭層を電顕用の樹脂で包埋し,薄い切片とし 染色して光顕で観察すると繭糸の微細構造がさらに明 らかになってくる。図19はアゲマ・ミトレイの繭糸 の断面写真である。繭糸の中央部は染まりが淡く大型 の小孔が見られるが,周辺部は濃く染まり小孔が密集 している。エリサンの繭糸においても同様に,小孔の 密集部が濃く染まるがその原因は明らかでない。
7. ア ゲ マ ・ ミ モ ザ エ (Argemamimosae)の繭糸 の微細構造
アゲマ・ミトレイの繭糸構造については,上記のよ うに多孔性で巨大な特徴のある繭糸であることを述べ てきた。同じ科に属するアゲマ・ミモザエの繭糸につ いては研究情報も少なく,両者の繭糸構造の特性を比 較した。
アゲマ・ミモザエの繭は図20上図に示すように褐 色の野性的な繭で,アゲマ・ミトレイの銀色の美しい 繭と比較すると対照的で光沢もなく,また繭も小形で
ある。
繭糸の微細構造については,図20の下段に繭層の 切片像の光顕写真(左)と繭糸断面のSEM写真を掲 載した。繭層の切片からは繭層内の各所に大量のセリ
シンが繭糸の間隙に見られる。フィブロイン中には中 央部に少数の大形の小孔が,その他の全域に多数の小 孔が散在している。 SEM写真においても,ほぼ同様 の小孔の分布が観察される。しかしながら,アゲマ・
ミトレイの小孔の大きさと数とを比較すると,アゲマ・
ミモザエのそれらは小形であり,また少数である。
アゲマ・ミモザエの繭にアゲマ・ミトレイのような 光沢が見られないのは,繭層表面,繭層中や繭糸表面 にセリシンが不規則に分布し,さらに微細なごみなど
が付着し,光の屈折や乱反射を妨げているものと思わ れる。
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