はじめに
脳卒中は死因,寝たきりの主な原因であり,高齢化 社会を迎えた本邦における脳卒中の 7 割程度を占める 脳梗塞患者の増加が懸念される.脳梗塞急性期の治療 法については rt-PA 静注療法や血栓除去術の有効性が 明らかとなっているが,これらの治療法の適応となら ない場合も依然として多いため,治療可能時間(thera-peutic time window)の長い治療薬や,急性期以降も神 経機能予後を改善できる治療剤の開発が期待されて いる1). 脳梗塞後に引き起こされる炎症は脳浮腫の原因とな り,梗塞巣周囲の正常組織を二次的に傷害して,脳梗 塞患者の機能予後を悪化させることが明らかとなって いる.そのため,炎症の分子・細胞メカニズムは,脳 梗塞における重要な治療標的として国際的に注目を集 めている.とくに,脳梗塞における炎症は発症後数日 ∼1 週間程度持続するために,治療可能時間の長い治 療剤の開発を期待しやすい.一方で,ステロイドの投 与が脳梗塞の病態を改善しないことから2),組織損傷 に伴う炎症は,組織を修復する過程においても重要な 役割を担うと考えられている. 炎症における免疫細胞の動態は,主に 21 世紀初頭 における自然免疫のメカニズムの解明や,新たなリン パ球サブセットの発見によって,詳細に解明されたと 言える.脳梗塞においても,最近 10 年間で詳細な免 疫学的解析がなされ,脳梗塞後の炎症に関わる分子・ 細胞メカニズムが詳細に解明された3).ステロイドの ように,幅広い作用を持ち,強い炎症抑制効果を持つ 薬剤の有効性は認められていないが,一つ一つの分子 を標的とした治療剤(分子標的薬)によって脳梗塞後の 炎症を収束させ,修復を促進するような治療手段の確 立が期待されている.脳梗塞は無菌的炎症の典型である
脳梗塞では,高度な虚血によって脳細胞の速やかな 細胞死(ネクローシス)が起こり,炎症が引き起こされ る.本来,免疫細胞は病原体に反応して炎症を惹起 し,病原体を排除する役割を持つ.好中球やマクロ ファージは,細菌・ウイルス・真菌などの病原体を構● 新評議員
脳梗塞における炎症の役割
中村幸太郎
1,中村 朱里
1,大星 博明
2,七田 崇
1*, 3, 4 要 旨 脳梗塞後の炎症は,次世代における脳卒中医療のための治療標的として注目されている.脳梗塞では,細胞 死に伴って放出されるダメージ関連分子パターン(DAMPs: damage-associated molecular patterns)がマクロファー ジ・好中球を活性化し,炎症性サイトカインが産生されると,さらに T 細胞を活性化して炎症を遷延化させ る.発症 3 日目にはスカベンジャー受容体 MSR1 を発現する修復性マクロファージが脳内に出現し,DAMPs を排除して炎症を収束させ,神経栄養因子を産生することによって修復に働く.脳梗塞における無菌的炎症 は,DAMPs の働きのように,脳が自律的に制御する生体防御の一環であると捉えることができる.(脳循環代謝 30:77∼81,2018)
キーワード : 脳梗塞,炎症,修復,自然免疫,damage-associated molecular patterns(DAMPs)
1 公益財団法人東京都医学総合研究所脳卒中ルネサンスプ ロジェクト 2福岡歯科大学総合医学講座内科学分野 3九州大学大学院医学研究院病態機能内科学 4国立研究開発法人日本医療研究開発機構 *〒 156-8506 東京都世田谷区上北沢 2-1-6 TEL: 03-5316-3100 FAX: 03-5316-3100 E-mail: [email protected] doi: 10.16977/cbfm.30.1_77
成する成分を認識するパターン認識受容体を発現す る.この受容体が活性化(病原体を感知)すると炎症性 サイトカインやケモカインが産生され,炎症が起こっ て免疫細胞が浸潤する. しかし脳は基本的に無菌的な臓器であり,細菌やウ イルスなどの病原体が存在しない.脳梗塞後の炎症に おいても好中球やマクロファージは炎症の主役となる 免疫細胞である.したがって脳梗塞後の炎症は,病原 体由来の成分が関与せず,脳組織の虚血壊死に伴う細 胞死が引き金となる無菌的な炎症(sterile inflammation) であると考えられる4, 5).死細胞は様々なメカニズムで 周囲の免疫細胞を活性化することができる.パターン 認識受容体は,細胞死によって生じた自己組織由来の 分子も認識することができる6).これらの分子は正常 組織においては免疫細胞に直接作用することはない が,組織損傷に伴って細胞死や細胞外マトリックスの 破壊が生じると免疫細胞を活性化させる作用を持つ. このように自己組織由来の炎症惹起因子をダメージ関 る7).例えば,脳挫傷患者の脳脊髄液中ではミトコン ドリア DNA が増加しており,その量は機能予後と相 関することが報告されている8).
脳梗塞におけるマクロファージや
リンパ球の活性化
脳梗塞において DAMPs として機能する分子につい ては完全には解明されていないが,主な DAMPs とし て high mobility box 1(HMGB1)と peroxiredoxin(PRX) ファミリータンパク質が同定されている(Fig. 1).こ れら 2 種類のタンパク質はそれぞれ異なる機能を持 つ.HMGB1 は脳細胞の核内で DNA に結合している タンパク質であるが,脳梗塞の超急性期(発症 2∼4 時 間)に,細胞死に伴い細胞外へ放出され,脳血液関門 を破綻させる機能を持つ9).脳血液関門の破綻に伴 い,血管透過性が亢進して免疫細胞が脳内に浸潤する が,PRX はマクロファージや好中球を直接的に活性化 Fig. 1.脳梗塞後の炎症惹起のメカニズム 脳梗塞後の炎症は,壊死した脳細胞から放出される自己組織由来炎症惹起因子(DAMPs)によって 惹起される.HMGB1 は脳血液関門を破綻させ,peroxiredoxin(PRX)は浸潤したマクロファージを TLR2, TLR4を介して活性化する.活性化したマクロファージからは炎症性サイトカインが産生さ れ,これらは直接的に神経細胞を傷害するほか,遅れて亜急性期に浸潤する T 細胞に IL-17 の産生 を誘導し,炎症を遷延化させる.脳梗塞における炎症の役割 PRXは脳保護的に機能すると考えられる.しかし脳細 胞が虚血壊死に陥った場合には,PRX が細胞外に放出 されて DAMPs として機能する. PRX を認識するパターン認識受容体は,哺乳類に 10種 類 ほ ど 存 在 す る Toll 様 受 容 体(TLR: Toll-like receptor)のうち TLR2 と TLR4 である.TLR2 と TLR4 の両方を欠損したマウスでは,脳梗塞内に浸潤したマ クロファージや好中球における炎症性サイトカインの 産生が顕著に低下する10).DAMPs によって活性化さ れたマクロファージは TNF-α や IL-1β を産生し,これ らは直接的に神経傷害に関わると考えられる.一方で IL-12や IL-23 は,それぞれリンパ球に働いて IFN-γ 産 生性 T 細胞(Th1)と IL-17 産生性 T 細胞(Th17)を誘導 する.IFN-γ は神経傷害を促進するが,脳梗塞での主 要な役割は明らかになっていない.IL-17 の受容体は ほぼ全ての細胞にみられ,主に血管内皮細胞や好中球 に働いて脳血液関門の破綻と免疫細胞の浸潤を促進さ せる12).一過性脳虚血モデルマウスにおいて IFN-γ の 主な産生細胞は CD4 陽性ヘルパー T 細胞であるが, IL-17の主な産生細胞は抗原依存的な獲得免疫に働く αβ型 T 細胞ではなく,抗原非依存的な自然免疫に働 く γδ 型 T 細胞である. T 細胞はマクロファージや好中球に遅れて,脳梗塞 発症 24 時間以降に脳内に浸潤する.炎症促進に働く T細胞の働きを阻害すると,脳梗塞巣は縮小し,炎症 の遷延化を阻止できる13, 14).多発性硬化症の治療剤で あるフィンゴリモド(FTY720)は,炎症を起こした脳 内への T 細胞浸潤を阻害する免疫抑制剤であり,我々 は一過性脳虚血モデルを用いてフィンゴリモドが脳梗 塞治療剤となりえることを発見した.脳梗塞患者にお いても発症 72 時間以内のフィンゴリモド投与(または rt-PA静注療法との併用)によって,神経機能予後が顕 著に改善されることが報告されている15, 16).
脳梗塞後の炎症収束
脳梗塞後の炎症は発症数日∼1 週間程度で収束に至 る.脳内に浸潤した免疫細胞は,炎症を促進する機能 から,炎症を収束させ組織を修復する機能に変化す る.脳梗塞後の炎症収束過程は,梗塞内における DAMPsの排除の程度と一致していることから,壊死 した脳組織から DAMPs が排除されることが炎症の収 束に必要であることは想像に難くない.脳梗塞後の炎 症を惹起する DAMPs である HMGB1, PRX は,マクロ ファージが発現しているスカベンジャー受容体 MSR1 によって細胞内に取り込まれ,分解排除される17).ビ タミン A 誘導体であるタミバロテン(AM80)を投与す ると,脳内のマクロファージに MSR1 を高発現させる ことが可能であり,脳梗塞後の炎症収束を早めて神経 保護効果をもたらすことが可能である. 一般には炎症を促進するマクロファージは M1,抑 制するマクロファージは M2 と呼称されており,M2 は IL-10, Arg1, Chi3l3, Fizz1 などの遺伝子を発現することが特徴とされている18).脳梗塞においては従来の定 義によって M1 と M2 を区別することは困難であり, 炎症性のマクロファージ(M1)が M2 に発現する分子 群も産生している.IL-10 は脳梗塞巣に過剰発現させ ると炎症を抑制して神経保護効果がみられるが, IL-10を産生するマクロファージは炎症性因子も産生 している.一方で,MSR1 を高発現するマクロファー ジは発症 3 日以降に梗塞巣に出現し,これらは炎症性 因 子 を 産 生 せ ず に 神 経 栄 養 因 子 IGF1(insulin-like growth factor 1)を産生することから明確な修復性マク ロファージとして定義することができる(Fig. 2).
おわりに
最近 20 年間の免疫学研究の発展はめざましく,脳 梗塞後の炎症メカニズムも分子・細胞レベルで詳細に 解明された.しかしながら炎症が組織修復へと転換す る分子・細胞メカニズムについては,最先端の科学を もってしても明らかになっていない.脳は再生しない 臓器として有名だが,脳卒中患者はリハビリによって 明らかな機能回復をみせる.ならば,脳を修復する分 子・細胞メカニズムは存在するはずである.脳梗塞に おいて,脳細胞や免疫細胞はそれぞれ好き勝手に炎症 を起こして修復するのではなく,脳は必要な細胞を梗 塞巣に呼び込み,その機能を変化させている.炎症か ら修復までのメカニズムを統合して制御しているのは 明らかに「脳」そのものである.このように,脳梗塞後 の炎症は生体防御のメカニズムの一環であると言うこ とができる. 本論文の発表に関して,開示すべき COI はない .文 献
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Cayrol R, Bernard M, Giuliani F, Arbour N, Becher B, Prat A: Human TH17 lymphocytes promote blood-brain
Fig. 2.脳梗塞後の炎症が収束に至るメカニズム 壊死した脳細胞から放出された自己組織由来炎症惹起因子(DAMPs)は,脳内に浸潤した好中球・ マクロファージを活性化して炎症を惹起する.発症 3∼6 日目にはスカベンジャー受容体 MSR1 を 高発現するマクロファージが脳内に出現し,これらは DAMPs を積極的に排除して炎症を収束させ つつ,IGF1 を産生して神経修復を行う修復性マクロファージである.AM80 の投与によって,こ のような修復性マクロファージを脳内に誘導することができる.
脳梗塞における炎症の役割 Stroke 41: 368–374, 2010
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Abstract
The role of sterile inflammation in ischemic stroke
Koutarou Nakamura
1, Akari Nakamura
1, Hiroaki Ooboshi
2, and Takashi Shichita
1, 3, 4 1Stroke Renaissance Project, Tokyo Metropolitan Institute of Medical Science, Tokyo Japan
2
Department of Internal Medicine, Fukuoka Dental College Medical and Dental Hospital,
Fukuoka Japan
3
Department of Medicine and Clinical Science, Graduate School of Medical Sciences,
Kyushu University, Fukuoka Japan
4