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視覚を通して世界を知る脳の働きを探る

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.14

視覚を通して世界を知る脳の働きを探る

小 松 英 彦

玉川大学脳科学研究所

Exploring how brain understands the outer world through vision

Hidehiko Komatsu

Visual perception is somehow related to the function of our brain to understand the outer world where we are living. This brain function has biological significance because it successfully reconstructs the outer world in an eco-logically meaningful manner: In other words, it reconstructs ‘Umwelt’ by von Uexkull. Essential components of our Umwelt are objects and their surfaces. In this article, I will introduce some of the works done by our group that are related to the neural representation of visual surfaces of objects such as color and Shitsukan, as well as the formation of visual surfaces.

Keywords: object surface, color, gloss, texture, filling-in 1. 視知覚の脳科学研究とは 視知覚の仕組みを調べるために行う脳神経科学的研究 とは,一般的な言い方をすると以下の三つの間の関係に ついて調べる研究だと言えるだろう。その三つとは 1. 物理的現象,2. 心理的現象,3. 脳である。すなわち①世 界で起きている物理的な現象と,②心の中で起きる現象 である知覚と,③それらをつなぐ脳の働き,という3者 の関係を明らかにする試みが視知覚の神経科学的研究で ある。Figure 1Aでは世界と脳と心(知覚)を直線状に 並べて描いているが,実際には Figure 1Bのように円環 的な構造をしていると考えるべきである。それは次のよ うな理由からである。脳での情報処理の結果として生み 出される知覚は,世界を何らかの形で再現して心の中で 表象されたものである。知覚が意味を持つためには,表 象された内容が物理的な世界と生物的に意味のある対応 関係を持つものでなくてはならない。そのことを示すた めにFigure 1Bでは,最終段階の心(知覚)を出発点の 世界の近くに位置させているのである。別の言い方をす ると,最終的に知覚される世界は生物としての種に固有 な世界,ユクスキュルの言う環世界(Umwelt),である。 我々が知覚する世界は,生物としての我々の種が世界に 適応してうまく生存していくことに都合がよいように, 進化の過程で作り上げてきたものと考える必要がある。 2. 物 体 と 面 我々が生きる世界はさまざまな物体で構成されてい る。ヒトは両眼立体視が発達してシーンの中に存在する 凸凹を検出し,発達した手と指の動きにより立体物を把 持することができる。物体で構成された世界は,そのよ うな生物的特性を持つヒトやサルが共通して生きる環世 界の特性であろう。物体は世界の中で特定の範囲の空間 と時間を占める。物体が占める空間の範囲が物体の立体 形状であり,3次元空間の中で閉じた面で囲まれる。つ まり面は物体の基本的な性質である。面の向き(法線方 向)の変化は様々なスケールで起き,巨視的なスケール で起きる場合には,物体全体の形状としてとらえられる が,メゾスコピックなスケールで面の向きの変化が物体 表面上で起きる場合には,物体表面の微小な凸凹の変化 が生み出すテクスチャとして知覚される。さらにそれよ りも小さい微視的な面の変化はもはや凸凹としてはとら えられず,次にあげる物体表面の反射特性の違いとして 視覚的な差を生み出したり,手触りの滑らかさの違いな ど触知覚の違いを生み出す原因となる。また物体は何ら かの物質で構成され,その物質の性質や物質が作る結晶 構造などに従い,光の反射や吸収,散乱を起こす。その ような光学的な性質の違いにより,物体のさまざまな表 面属性,例えば色や明るさ,あるいは光沢や透明感など Copyright 2019. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Brain Science Institute, Tamagawa

University, 6–1–1 Tamagawagakuen, Machida, Tokyo 194– 8610, Japan. E-mail: [email protected]

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が生み出される。Figure 1Bで示したように,世界を出発 点として,生物的に意味のある世界の表象を作りだす働 きとして視覚を理解しようとする場合,物体とその基本 的な属性である立体形状や面のさまざまな属性は,視覚 系の働きを考えるうえで取り上げるべき本質的な情報と いえるだろう。しかし世界には必ずしも上で定義した物 体の範疇に収まらないものがたくさんある。例えば,木 や草は有限の空間の範囲を占めているので比較的物体の 範疇に含めやすいが,形状を定義するのは容易ではな い。さらに森や山,池,川,地面,さらに雲や霧などは もっと難しい。空や海に至っては,物体というよりは背 景と言われそうだ。しかし,それらの事物や物理現象で すらも,我々は空間を構成する要素としてとらえている ように思われる。言い換えると,我々は面の集まりとし て世界をとらえており,視野の中に面でないところなど ないということである。 網膜像を視覚神経系が処理する過程を考えた場合,明 るさや色などが変化して網膜像にコントラストが生じて いるところは情報量が多く空間的に密に情報をサンプル する必要がある。一方,明るさや色の変化の少ないとこ ろは,密に情報をサンプルしても冗長な情報が増えるた め無駄が大きく,疎に情報をサンプルすればよい。視覚 神経系は網膜像の時空間的なコントラストの変化を鋭敏 に検出することに適応した仕組みを発達させており,ま たコントラストが空間的にどのように分布しているかを 検出することによって,網膜画像に含まれるさまざまな 特徴の抽出を大脳皮質で行っている。HubelとWieselが 行った第一次視覚野(V1)の輪郭の方位選択性の処理 の研究以来,輪郭の処理やそれにかかわる高次な特徴抽 出の研究が盛んに行われてきたが,それは視覚神経系が そのような情報に多くの資源を割いていることと対応し ている。しかし上で述べたように,視覚神経系の果たす べき機能という観点から考えた場合,面の処理について 理解することは本質的な重要性を持つ。私たちのグルー プは,そのような視点に立って,輪郭の処理に比べてあ まり研究されることがなかった視覚系における面の処理 についての研究を行ってきた。以下に,それらの研究の 概略を簡単に紹介する。 3. 色 の 処 理 色は物体表面の持つ重要な属性の一つである。ただし 私の色についての研究は実は偶然の発見に導かれて始 まったもので,上で述べたような面の重要性を意識して 戦略的に始めたものではない。また色にはさまざまな様 相(モード)があり,私たちが刺激として用いた単色の 図形刺激は,物体色のモードの刺激とは必ずしも言えな Figure 1. Factors related to visual perception.

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い。しかし,結果的にみると,面の重要な属性の理解に つながるテーマであることは間違いない。サルの下側頭 皮質の前部(TE野)で顔ニューロンを探索していたと きに,たまたま色選択性を持つニューロンが固まって存 在する場所があることを見つけた(Komatsu, Ideura, Kaji, & Yamane, 1992)。それまで下側頭皮質が色識別に重要で あるとはあまり考えられていなかったが,その後この領 域の冷却や破壊が色識別に及ぼす影響を調べる実験がい くつか行われ,色識別の永続的な障害がみられることが 明らかになった(Komatsu, 1998)。下側頭皮質の色選択 性ニューロンの多くは,特定の色相や彩度に鋭い選択性 を示したが,それらのニューロンの応答を色度図上にプ ロットして反応の等高線を引くと,はっきり折れ曲がっ ていることがわかった。このことはそれらのニューロン が網膜錐体の信号を非線形に加算した応答を示すことを 意味している。その後の研究により,V1の段階で錐体 信号の非線形な加算が始まり,鋭い色相・彩度選択性の 形成が始まることがわかった(Hanazawa, Komatsu, & Murakami, 2000)。網膜から外側膝状体までの段階では, 色信号はL–MとSという二つの軸に分解されて表現され ている(二軸表現)。しかし,V1でこれら2軸の信号が さまざまな重みで組み合わされ,かつ非線形な加算を生 じる処理を受けることにより,任意の色相に鋭い選択性 を持つことが可能になるものと思われる。このようにし て生じる色相・彩度にもとづく色の表現は大脳皮質のさ まざまな段階で共通してみられる色の基本的な表現様式 である(Komatsu & Goda, 2009)。

4. 質感―光沢とテクスチャ 物体の表面には反射特性に依存して生じるさまざまな 光沢や,メゾスコピックなスケールの凸凹によって生じ るテクスチャが存在し,それらの情報は物体がどのよう な素材でできているかを知る重要な手がかりとなる。ま た表面反射率や色の異なる素材が組み合わされることに よってもテクスチャは生じる。そのような表面反射特性 の違いやテクスチャによって生じる物体固有の表面の感 じが質感である。質感に関わる情報は上で述べた色より も複雑であり,実験室で精密に刺激を制御する実験を行 うことは以前は難しかった。しかし2000年頃からPCの 高速化とCGアルゴリズムの発展,反射特性データや自 然照明環境のデータベースがインターネット上に公開さ れたことなどによって,さまざまな反射特性を持つ物体 画像をリアルに再現することが比較的容易にできるよう になった。またさまざまな素材の物体が持つ自然テクス チャに関しても人工的に合成するアルゴリズムの開発が 進み,視覚系が用いているような局所の方位・空間周波 数フィルタの出力を統計量として利用することによっ て,さまざまなテクスチャを実験室で合成して刺激とし て用 い る こ と が 可 能 に な っ た(Portilla & Simoncelli, 2000)。そこで我々は,サルの視覚皮質のニューロンが これらの物体表面の質感に関わる情報をどのように表現 しているかを明らかにする実験を行った。その結果,下 側頭皮質の中部の上側頭溝の下壁皮質に光沢を見分ける ニューロンが存在することを見つけた(Nishio, Goda, & Komatsu, 2012)。これらのニューロンの多くはツヤ消し の表面よりもツヤのある表面を持つ物体画像に強く応答 する。またくっきりしたハイライトを持つ強い光沢の刺 激に反応するニューロンも存在するが,ぼやけたハイラ イトを持つ鈍い光沢の刺激により強い応答を示すニュー ロンも存在した。光沢には主に三つの物理パラメータが 関わっている。その三つとは鏡面反射率の強さ(ρs), 鏡面反射の空間的な広がり(これは表面の滑らかさの程 度に関係する)(α),それに拡散反射率の強さ(ρd)で ある。そして,心理物理実験の結果から光沢知覚は2つ の次元が関係しており,それらのうち一つの次元はρsと ρdの非線形な組み合わせ3 s d/23d/2で表され, もう一つの次元はαと対応することが示されている(Fer-werda, Pellacini, & Greenberg, 2001)。下側頭皮質から記録 された光沢選択性ニューロンの集団の活動は,これら二 つのパラメータを正確に表現することが定量的に示され ており,光沢知覚に関わっているものと考えられる (Nishio, Shimokawa, Goda, & Komatsu, 2014)。

自然テクスチャについてはテクスチャ合成アルゴリズ ムで用いられる画像特徴が,V1で検出される局所の方 位・空間周波数成分を検出する単純型細胞や複雑型細胞 の信号が組み合わされて作ることができる高次の統計量 とよく対応することから,視覚皮質で自然テクスチャが 検出されている可能性が高いと考えられた。実際V1お よびV1の次の段階であるV2野において,高次統計量を 含むテクスチャ刺激と,そこから空間周波数・方位成分 だけを取り出した画像刺激への応答を比較すると,V1 では両者の応答に差がないが,V2では前者への応答が 後者への応答よりも大きいことが示されている(Free-man, Ziemba, Heeger, Simoncelli, & Movshon, 2013)。この ことはV2野で自然テクスチャに関する高次統計量の取 り出しが始まることを示唆する。私たちのグループは, 8個の素材にもとづいた多数の自然テクスチャ画像を用 いてV2野とV4野のニューロンの応答を記録して,それ らの応答がどのような画像特徴の組み合わせで説明でき るかを調べた。その結果,V2野とV4野には自然テクス

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チャに選択的に応答するニューロンが多数存在し,いず れの領野においてもテクスチャ合成アルゴリズムで提案 された高次統計量の組み合わせで多くのニューロンの応 答がある程度説明できることがわかった(Okazawa, Taji-ma, & Komatsu, 2015, 2017)。ただし,V4野の方がV2野 よりも高次統計量に反応するニューロンの割合は高く, 視覚皮質で段階を追って高次統計量の計算が進むものと 考えられる。物体表面のテクスチャの識別にはこのよう な計算が関わっており,さまざまな素材の識別の基礎を 作っているものと考えられる。 5. 面の補完と充填 網膜像から得られる物体の情報はさまざまな原因によ り不完全なものである。例えば,我々が生きる世界で は,三次元的な空間にさまざまな物体が配置されてい る。そのような世界をある方向から見て網膜像を作る場 合,手前にある物体によって奥の物体が遮蔽されること はごく普通に生じる。そのため,遮蔽された物体はその 一部分しか網膜像が得られないことになる。また眼底の 血管による網膜像の遮蔽や視神経乳頭による網膜像の欠 損はすべてのヒトの目で起きていることであり,網膜の 部分的病変や損傷による網膜像の欠損もしばしば生じる ことである。また物体とその周囲の背景からの光強度の 差が少ない場合には網膜像上で物体の輪郭のコントラス トが低く不鮮明になることが起こりうる。視覚系はこの ような不完全な網膜像の情報をうまく処理して,物体の 表面を脳内で再構成している。さまざまな補完や充填の 現象は,そのような処理が知覚的な経験に反映されたも のと考えられる。特に感性的補完や充填においては,あ る視野の位置で最も手前に存在する物体の表面に色や明 るさ,透明感などの知覚属性が与えられることから,脳 内で物体表面が形成される過程と密接につながっている と考えられる(Komatsu, 2006)。 私たちのグループは,盲点で充填が起こる時にマカク ザルのV1の視野地図で盲点に対応する視野を表現して いる領域(盲点対応領域)で何が起こるかを調べた。そ の結果,盲点対応領域の6層に盲点の外側に広がる大き な受容野を持つ細胞が存在し,それらの細胞が盲点で充 填知覚が起こる時に活動することを見出した(Komatsu, Kinoshita, & Murakami, 2000)。ヒトの高磁場fMRI実験に おいても,主観的輪郭で囲まれた面が知覚される時に V1の深層で活動が起きることが報告されている(Kok, Bains, van Mourik, Norris, & de Lange, 2016)。これらの結 果は,物体表面の形成過程にはV1の深層を含む神経回 路が関わっていることを示唆している。 6. お わ り に この小論では,物体表面の形成や属性の表現に関係す ると考えられる視覚皮質の活動を調べた私たちの研究の 一部を紹介した。言うまでもないことだが,これらの研 究は物体表面という我々の環世界の重要な構成要素のご く限られた側面に光を当てたものであり,色についても 質感についても面の形成についてもその断片を明らかに したに過ぎない。他の側面に光をあて同様の方法で調べ ていくことで,物体表面の表現に関わる脳の部位やそこ での情報表現の様子についての知識は確実に増すだろ う。また,行動課題を行わせてサルがある面の属性を識 別しているときの行動とニューロン活動の関係を調べた り,ニューロン活動を人工的にさまざまな方法で操作す ることで,ニューロン活動と知覚の因果関係の理解がよ り進むことだろう。しかし,さらに視知覚の神経機構の 理解を深めるためには,脳内でたくさんのニューロン同 士がつながって作る複雑な神経ネットワークの動作に目 を向ける必要がある。そのような大規模ニューロン集団 の動作の測定を可能にする実験技術は近年各段に発展し つつある。これまで知られていなかった視知覚を支える 脳の動作原理が,これから解明されていこうとしている 新しい時代の入り口に,我々は今立っているのである。 引用文献

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参照

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