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The Japanese Journal of Health Psychology, 2015, Vol.32, No.4,

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中国人日本語学習者を対象とした文型・語彙の

関係図の作成による日本語学習支援システム

李 哲

,孫 帙

,西森 年寿

,前迫 孝憲

Japanese Language Learning Assistant System of Constructing the

Relation Diagram between Sentence Pattern and Vocabulary for

Chinese Learners of Japanese

Zhe Li*, Zhi Sun*, Toshihisa Nishimori*, Takanori Maesako*

This study described Japanese language learning assistant system that facilitates learning by support-ing students to construct the relation diagram between sentence patterns and vocabulary extracted from Japanese-language grammar. From preliminary survey, we have learned that non-native Japanese lan-guage learners, say, Chinese students, are inclined to give priority to the meaning of lanlan-guage, which will obstruct understanding and cause the misuse of language. Consequently, this study proved the effect of Japanese language learning assistant system in supporting Japanese-language learning and strengthening understanding. This study first extracted 555 sentence patterns and 440 word items, and compiled the da-tabase on the basis of part of speech. Then the Japanese language learning assistant system was construct-ed with reference to extractconstruct-ed database. The result shows that learners are more engagconstruct-ed in constructing the relation diagram and the description of sentence patterns and vocabulary by actively communicating with teachers. In comparison with traditional class on lectures and textbooks, there is a significant in-crease in the average scores of students learning with the assistance of this system.

キーワード:日本語教育,学習支援システム,文型,語彙,関係図,コミュニケーション 1. はじめに 独立行政法人国際交流基金が 2013 年度に発行し た「海外の日本語教育の現状」によると,世界で日本 語の学習者が最も多かったのは中国の 104 万 6,490 人であり,教育機関の数は 1,700 校を超えている(1) 在日中国人 68 万人を加えれば日本語を学習している 中国人は 172 万人に達し,2009 年の約 2 倍になっ ている.このような学習者の急増に伴い,日本語教育 では適切な教材の不足,教師不足,教材や教授法に関 する情報の不足,施設や設備の不足などの問題がこの 調査で指摘されている.特に,近年マルチメディア教 材の使用が徐々に増えてはいるが,教育の現場では, 設備や教員の情報機器活用能力の不足が原因で ICT を 使うところはまだまだ少ない.また,機器はあって も,学習目的に合わせて適切に使用されているか疑問 が残る場合が多いと指摘されている. 日本語教育をよりよく支援するために,最近では知 識の関係に注目して学習を支援する研究が見られる. 例えば,市川(1994)は誤用を整理した関係図を試 作している(2).ほかにも,田川(2012)は関係図で 読解を支援する研究が行われている(3).これらの研 究は知識間の関係を図示することで学習を支援しよう とするものである.ICT を用いて知識の関係を表現す る研究もある.荒井ら(2006)は同じ意味カテゴリ の表現使用例を表現連関マップで検索・表示するシス テムを開発している(4).これらの研究とは異なり,本 研究では日本語教育の基礎となる文法と語彙に関する

* 大阪大学大学院人間科学研究科(Graduate School of Human Sciences, Osaka University) 受付日:2014 年 12 月 31 日;再受付日:2015 年 4 月 7 日;採録日:2015 年 6 月 3 日

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関係図を取り扱う.さらに,学習者自身も関係図を作 成することで,学習する方法に着目し,それを支援す るシステムを開発する. 一方,本システムは中国人日本語学習者を支援対象 としている.中国人日本語学習者の文法意識,学習上 の課題の解決方法などを把握するため,本研究の事前 調査として,2012 年 3 月から 5 月にかけて,中国人 日本語学習者 112 名を対象に質問紙調査を実施した. 調査ではまず,日本語文法に関する選択問題,穴埋問 題,翻訳問題を提示し,これらの問題の答えを考えて もらった.その後,これらの問題に関して「日本語で 考える思考順」,「わからないときの解決方法」,解決 方法としての「情報源への満足度」などを聞いた.調 査の結果から,「日本語で考える思考順」については, 日本語専攻か否かにかかわらず,学習者は意味,接続, 形態,品詞という順で思考し,意味を優先する傾向が 強いことがわかった.このほか,文型に関する理解や 覚え方についての自由記述への回答から,中国語での 翻訳文を使って,そのままで日本語の意味として理解 する「日本語の意味=中国語の翻訳」という傾向が見 られた.また,解決方法には「参考書」と「インター ネット」を利用する傾向が強いものの,インターネッ トへの満足度が低いことがわかった. そこで,本研究では中国人日本語学習者の学習を支 援するために,日本語の文法に関する文型と語彙を抽 出した内容を学習支援システムに導入して実験授業を 行った.まず,文型と語彙に関する意味,接続,形態, 品詞を教材や資料から抽出し,その内容を整理して データ化した.次に,関係図の作成・編集機能を有す る学習支援システムを構築し,抽出した文型と語彙を コンテンツとしてシステムに導入し,それらの内容を 用いて,参考用の項目と関係図を用意した.最後に, そのシステムを利用した実験授業を行い,教師と学習 者による活動履歴をシステムに蓄積し,項目と関係図 の作成,成績,コミュニケーションの様子などから, 学習効果とシステムの各機能を評価した. 2. 文型と語彙の抽出 日本語教育の初中レベルでは日本語文法が重視され ているが,日本語文法の体系は大きく学校文法と教育 文法に分けられる.学校文法は,現代日本の学校教育 において,「国文法」として国語教育の際に準拠して いる文法のことである.この学校文法は日本語母語話 者向けで,品詞や活用を中心とする体系である.統一 された用語や分類がある一方,複雑なので短期間で理 解するのが難しいという特徴がある.これに対して, 外国人向けの文法体系として日本語教育用の文法があ り,「日本語教育文法」とも呼ばれている(本稿では 「教育文法」という).定型文や文型を中心に,外国語 訳付きの形で表す体系であり,わかりやすくてコミュ ニケーションに有利である一方,学校文法のように統 一された基準や用語が決まってない.中国の日本語教 育の現場では,大学における日本語専攻の必修科目 は,学校文法に基づいた教材を使用し,大学における 選択科目としての日本語授業や言語学校における日本 語コースは,教育文法に基づいた教材を使用している ケースがほとんどである. また,教育文法を中心にした JLPT(Japanese Lan-guage Proficiency Test) は日本国際教育支援協会と 国際交流基金が実施する日本語能力試験で,最も代表 的な日本語能力を測る試験である.多くの学校や機構 では,この試験を用いて日本語能力を評価しているた め,中国人日本語学習者は学校文法を学習するか教育 文法を学習するかにかかわらず,JLPT を受験しなけ ればならないことが多い.しかし,市販の教材や参考 資料では便宜上,ある事柄は学校文法的に説明され, 別の事柄は別の枠組みで説明されるケースがよく見ら れるため,学習者が両体系の用語や分類をよく混用し て理解する報告がある(5).初中級の学習者にとって, 両体系の相違を把握することは,そう簡単なものでは ないと考えられる. そこで,本研究では学校文法と教育文法の相対関係 をよりわかりやすく学習者に提示するために,日本語 の文法についての文型と語彙をデータ化するにあたっ て,JLPT の出題基準から文型を抽出した後,大学の 日本語専攻の教材や国語辞典と照合しながら品詞別で 再整理した.JLPT は 2010 年より改訂され,文型に 関する出題基準が公開されていないため,それが公開 されていた旧 JLPT の出題基準をもとに筆者が編集執 筆した『JLPT 新題型文法教程 N1』,『JLPT 新題型文 法教程 N2』,『JLPT 新題型文法教程 N3』(6)~(8)のデー

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タを採用した.また,中国のある大学の日本語専攻で 使用された教科書『新編日本語』(9),参考用の辞書『新 明解国語辞典』(10)を参考にして,それらの文型から品 詞別で語彙を抽出した.抽出した文型,語彙をそれぞ れ一つの項目として,表 1 の要素に従ってデータ化 した. 「項目名」は文型,または語彙であり,全角の平仮 名を前に置き,漢字がある場合,送り仮名と一緒に括 弧で囲んで後ろに置く.文型である場合,「~」を使っ て文が入るところを示す.ただし,活用などによる同 じ形態の文型は,重複しないように一つの項目と見な す.例えば,「~に限る」,「~に限って」,「~に限り」, 「~に限らず」は一つの項目とし,JLPT 出題基準を参 考にして最もよく現れる形の「~に限って」で項目名 として表示し,残りの似ているものは内容の表記のと ころに記述する. 文法の難易度を示す「難易度」は,教育文法に準じ て,JLPT の N3 以下を初級に,N2 を中級に,N1 以 上を上級にする. 分類については,図 1 のように,L1 ~ L4 という 四つのレベルがある.文型は下位分類がなく,JLPT 出題基準により五十音順で並ぶ.表記は学校文法に準 じて仮名と漢字という二つの下位分類がある.品詞は 学校文法を参考にして,自立語と付属語に分ける. 項目として最も重要なのが「内容」である.中国人 日本語学習者を対象とした事前調査では,意味以外に も,接続,形態,品詞などの情報が利用されるとわ かったため,ここでは従来の教科書の意味のみを重視 する説明と異なり,「表記,品詞,活用,接続,意味 と例文,参考」に関してそれぞれ記述する.「表記」 は形態を説明するものであり,活用などによる同じ形 態のものを同じ項目として取り扱う.「品詞,活用, 表 1 項目の要素 基本要素 説明 例 文型 語彙 項目名 仮名,漢字 ~にかぎって【に限って】 かぎり【限り】 難易度 初級,中級,上級(教育文法に準ずる) 中級 中級 分類 文型,表記,品詞 文型 品詞 – 自立語 – 体言 – 名詞 内容 表記 仮名,漢字 にかぎって,に限って にかぎる,に限る にかぎり,に限り にかぎらず,に限らず かぎり,限り 品詞 学校文法に準ずる に(格助詞)+限っ(五段動詞 「限る」連用形)+て(接続助詞) 名詞 活用 学校文法の 6 分類に準ずる 無 無 接続 前に接続可能の形 体言 体言+の,用言および助動詞連 体形 意味と 例文 意味ごとに例文を挙げる ①特にそれと限定する意を表 す.…だけは.…だけ特に.表 示特定限制的内容,翻译为“仅 限……”,“仅就……”. ▶ 応募資格は新卒に限る.(应 聘资格仅限应届毕业生) ①一定の範囲の限界となるぎり ぎりの点.また,空間的・時間 的限界.はて.(限,限度,限制) ▶ 数には限りがある.(数量 有限) 参考 意味や形態による関連の文型と 語彙 かぎり【限り】(名詞),かぎり 【限り】(接尾辞),~とはかぎら ない【~とは限らない】 かぎる【限る】,~かぎりで【限 りで】,~かぎりは【限りは】,~ さえ~ば 出所 抽出先 『JLPT 新題型文法教程 N2』 『新編日本語』 * 例は一部だけを示す

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接続」は学校文法に準じて記述する.事前調査でわ かった「日本語の意味=中国語の翻訳」という傾向に 関する対策としては,「意味と例文」は,学校文法で 使われる日本語の説明を前に,教育文法で使われる中 国語の翻訳を後ろにする形で記述する. 「参考」は形態が似ているもの,意味が同義や反義 のものを記述する.これは,各項目の関係を図示する ために用意した.特に,中国人学習者が誤用や誤解を 起こしやすいところについて,学習者の理解を促進す るために,品詞上の関連する項目,表記が似ている項 目,日本語の意味上の同義や反義の項目,中国語の翻 訳が似ている項目,形態が似ている項目などを記述す る. 難易度別で抽出した内容を集計した結果を表 2 に 示す.上級の文型に属する項目数が最も多いのは,出 題基準のものだけでなく,出題基準外のものも含めた からである.品詞別の語彙については,重複したもの を削除した後,動詞,助詞,名詞に関する項目が最も 多かった.さらに,今回抽出したものを日本語専攻の 1 年生と 2 年生用の教材『新編日本語』(第 1 ~ 4 冊) における文法説明に含まれた内容と照合した結果,9 割以上の内容をカバーしていることがわかった.以上 のように,抽出した内容は JLPT の各級および日本語 専攻としての基礎知識を含んでおり,日本語文法に関 するコンテンツとして信頼性が高いと考えた. 3. 日本語学習支援システムの構築 3.1 学習支援方法 前章で抽出した文型と語彙に関する内容を文字で提 示するだけでなく,それらの関係図を作成・編集する ことで学習者を支援する,次のような方法を考案し た. ①授業前に,学習者が学習予定の文法と語彙につい ての項目の内容と後述する関係図を用いて事前学習す る.②授業時,教授者はそれらの項目と関係図を学習 者に提示しながら解説を行う.③宿題として,学習者 は学習した文型・語彙の作成や共有を行う.④次回の 授業で,学習者は宿題の講評を受けた後,修正を行う. このような支援方法を実現するために,次節に述べ 図 1 分類 表 2 分類と難易度による集計 文型 名詞 動詞 形容詞 形容動詞 助詞 助動詞 接辞 副詞 接続詞 連体詞 代名詞 上級 208 27 65 6 0 27 11 27 6 11 2 1 中級 192 38 50 0 0 30 6 16 4 9 0 0 初級 197 31 44 6 2 54 17 30 3 9 0 0 小計 597 96 159 12 2 111 34 73 13 29 2 1 重複削 除後 555 75 124 10 2 87 26 72 13 28 2 1 440

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るようなオンラインで文型・語彙に関する項目と関係 図を作成し,コミュニケーションをすることができる システムを開発した. 3.2 項目と関係図の構成 本研究では,wiki の仕組みを利用し,前章で抽出 した文型と語彙をそれぞれ一つの項目として整理し た.図 2 は一つの項目の表示画面である.項目の表 示画面は項目間の関係図,記述欄,および情報欄から 構成される.記述欄には,「表記,品詞,活用,接続, 意味と例文,参考」をそれぞれ整理して登録する. 関係図は,ノード(項目名),リンク,リンクワー ドからなっており,各項目の内容に即して作成され る.ノードは正方形で表示され,その中に項目名が示 される.ノードは下記の 3 種類がある. ① 中心ノード:青色で関係図の中心に配置され,そ の中に項目名を表示する. ② 補助ノード:品詞,表記,意味,文型という四つ があり,オレンジ色で示す.デフォルトで中心 ノードの周辺に配置される. ③ 関連ノード:黄色や緑色で関連の語彙や文型を示 す. 見やすくするために,背景には灰色の円形を二つ設 けた.中心ノードと補助ノードはデフォルトで円形の 中に配置されて移動できないが,関連ノードは円形の 外側に配置されてドラッグで自由に移動できる.関連 ノードは補助ノードの下位ノードとして,その内容と 数について制限が設けられていない.また,関連ノー ドの下位にも,ほかの複数の関連ノード(別の色で示 す)がリンクできる.すべてのノードはダブルクリッ 図 2 項目の表示画面(一部)

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クすると,そのノードの説明画面に移行するととも に,そのノードが中心ノードになる. さらに,ノードとノードをつなぐリンクを黒い線で 示す.その黒い線に二つのノードの関係を説明するた めのリンクワードが記入できる. 関係図を作成する方法としては,補助ノードや関連 ノードを選んだ後,そのノードにリンクしたい下位の ノードを既存の項目のリストや検索結果から選択し, その関係を示すリンクワードを記入する.リンクした いノードが存在しない場合,そのノードを新規作成し てリンクする. 情報欄は作成者,日時,閲覧回数,バージョン番号 などを含む. また,項目を種類別で検索できるように,前章の 図 1 で示した L1 ~ L4 の 4 階層の分類図を用意し た.その分類図は図 3 のように,左上の拡大・縮小 バーを操作して各階層を切り替えることができる.図 3 は,助詞の下分類としての L4 にあたる内容を示し た例である.分類図において上位分類をダブルクリッ クすると下位分類に入り,最下位の分類の下に項目名 を用いたノードを表示する.次に,ノードをダブルク リックすると当該項目を表示する. 3.3 システムの機能 本学習支援システムの開発には PHP5.2 と Flash CS5.5(Action Script3.0) を採用した. 授業外にも 利用 で き る よ う に,Apache2.2(Web サ ー バ ) と MySQL5.0(データベースサーバ)を用いてオンライ ンの環境を構築した.また,システムでは中国語と日 本語の文字を取り扱うため,文字化けの回避に UTF-8 を使用した.本システムは具体的に次の機能をもつ. ① 項目の作成・修正・各バージョンの比較 ② 動的に関係図を表示し,ハイパーリンクで移動し 比較する機能 ③ 利用者や内容を管理する機能 ④ 質疑用のコメント機能 ⑤ 検索機能 ⑥ 検索・閲覧回数,更新日時によるランキング機能 ⑦ 画像,音声,動画のファイルを再生する機能 ⑧ 授業用のプリントを印刷する機能 利用者が最初にアクセスするページには,分類図 (図 3),ランキング欄,検索エリア,ログイン情報な どが表示される.利用者はここで項目の検索,新規作 成,編集などをすることができる.項目を新規作成し た場合,内容を編集した後,自動的に項目の表示画 面(図 2)に移る.画面の上部には当該項目名を中心 ノードとしたデフォルトの関係図が表示され,下部に 記述欄やコメント欄が表示される.また,デフォルト の関係図をもとに,利用者が自分なりに編集するこ とができる.項目の内容と関係図の編集後,保存をク リックする順に自動的にそれぞれバージョン番号がつ けられる.画面の右側の情報欄において過去バージョ ン一覧が表示され,随時比較参照できる.混乱や誤操 作を避けるために,利用者はほかの利用者の項目と関 係図を編集することはできないが,それらを閲覧した り,ノードのリンク先として利用したりすることがで きる. 利用者間での質疑や回答などのコミュニケーション のために,記述欄の下部にコメント欄が設けられてい る.利用者別のアクセス回数やコメント回数などが自 動的に記録される.このように,項目と関係図につい てもコメント機能を利用して意見交換などを行うこと ができる. さらに,利用者や内容を管理する機能については, 管理者(教授者)と一般利用者(学習者)の二つの役 割が設けられている.教授者は管理者として,一般利 用者の登録のほかに,授業の進捗に合わせて指定した 項目だけを特定の一般利用者に閲覧させるアクセス権 図 3 分類図

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限を管理する.検索回数,閲覧回数,更新日時による ランキング欄を作成したり,一般利用者による項目, 関係図,コメントの編集や削除などを行ったりするこ とができる. 3.4 参考用の項目と関係図の作成 実験授業の事前準備として,前章で抽出した文型 (555 項)と語彙(440 項)を参考用の項目として本 システムに登録した後,それらの項目の関係図を作成 した.内容の正確性を確保するために,登録者グルー プが統一した基準で登録し,専門家グループが登録の 内容を審査し,参考用の関係図を作成した.登録者 グループは中国人日本語学習者 6 名からなっており, 交代制で約 3 カ月かけてシステムへの事前登録作業 を行った.また,専門家グループは中国のある大学 の日本語専攻の中国人教授 1 名,中国人講師 2 名と 日本人教師 1 名からなっており,上記の作業のほか, 実験授業で学習者が作成した内容を審査し,実験授業 担当の教師に助言した. 実験授業では学習者は参考用のものを随時閲覧し, 自分で項目を新規作成してその関係図を作ることがで きる.また,ほかの学習者のものにもアクセスしてコ メントなどを通してコミュニケーションができる.実 験授業担当の教師はシステムの管理者として,学習者 のアクセス権限や関係図の作成を管理した. 4. システムの利用と検証 4.1 実験授業 4.1.1 目的 日本語学習支援システムを利用することで,学習成 績が向上するのか,関係図の作成やコミュニケーショ ンで理解がどのように進むのか,学習者がどのような 印象をもつのかを検討するために,実験授業を実施し た.アンケート,定期テストの成績,作成された項目 と関係図,コメントなどの分析を通して考察する. 4.1.2 方法 中国のある大学の日本語専攻 2 年生 10 名を実験群 として,システムを利用して 2013 年 9 月~ 2014 年 1 月に週 2 時間の授業(計 16 回)を行う.授業では, 『新編日語(第三冊)』(周 平ほか 2011)を教材と し,毎回,新出文法約 10 個を学習して定期的にチェッ クテスト(計 8 回)を実施する.同じスケジュール で授業を受けて 1 回目のチェックテストで同等の平 均点となるシステムを利用しない学習者 10 名を選択 し,対照群とした.両群とも,全員が中国語を母語と し,日本語を 1 年間(合計 300 時間以上)学習して おり,JLPT の N2 に届かないレベルであった. また,チェックテストの内容は JLPT の過去問を参 考に作成した「文法形式の判断」20 問(計 40 点), 「文章の文法」20 問(計 60 点)からなっている.「文 法形式の判断」は,文型を含む助詞や助動詞などの接 続・活用などに関する文法事項を,使い方や意味内容 とともに問うものであり,「文章の文法」は,文法項 目と文の意味を考えて,文の全体の意味から問うもの である.各テストの出題範囲は授業で扱った内容であ り,N2 までの範囲が 80%,N1 範囲および出題基準 以外が 20% である.8 回のチェックテストは授業の 進捗に従い,問題の難易度が漸次的に上がっている. 実験授業では, 教授者 2 名とフ ァ シリテ ー タ ー 1 名を設けた.教授者 2 名は実験群と対照群に対して 交替で授業を担当したが,実験群には項目の内容と関 係図の判定や説明を行った.ファシリテーターは実験 群の ICT 支援員として授業をサポートし,学習支援シ ステムに関する説明,内容の入力,プリントの用意な どの役割を担った.対照群は普通の教室で教科書のみ を使用し,通常授業を受けていたが,実験群はパソコ ン 1 人 1 台のマルチメディア室で授業を受けており, システムを随時利用できた. 実験群の授業の流れは下記のとおりである. ① 授業前,学習者が授業の進捗に従い,システム上 で教授者により指定された学習予定の文法につい ての項目と関係図を事前学習する.また,学習者 は自分なりに新しい項目や関係図を自由に作成で きる. ② 授業時,教授者は参考用の項目と関係図を学習者 に提示しながら解説を行う(15 分程度). ③ 宿題として,学習者は授業で学習した項目と関係 図を自分なりに新規作成する.すでに作成してあ る場合,再編集する. ④ 次回の授業で,教授者は学習者の作ったものにつ いて正誤を判断し,学習者に説明する.同時に,

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学習者は互いに比較・検討し,修正する(20 分程 度).この後,新しい内容の説明に入る. 対照群の授業の流れとしては,システムや関係図を 利用せず,学習者が実験群と同じ内容を事前学習で予 習し,授業で教授者に口頭で説明してもらい,宿題と して学んだ内容についての説明や例文を書き,次回の 授業でその宿題の講評を受ける. なお,実験群の学習者は,授業外でもシステムに随 時アクセスして自主学習を行ったり,コメント機能を 用いて教授者やほかの学習者と質疑や回答などのコ ミュニケーションをとったりすることができる.対照 群では,ノートに質疑や回答などを記入して学習者と 教授者で共有する方法をとった. また,実験群に対して最終授業が終わった後に,シ ステム利用の印象を尋ねるアンケート調査を行った. アンケートは 5 段階評価で,項目と関係図の作成に よる学習方法,システムの機能,記憶に役立ったか, 理解が深まったか,知識が広まったか,問題解決,授 業外の使用,これから続けて使いたいかについて満足 度を聞いた後,自由記述の欄を設けて意見を集めた. 4.2 結果と考察 ここでは,学習支援システムを利用した実験授業の 教育効果を考察するために,①学習成績の変化,②項 目と関係図の作成,それを巡る教授者と学習者のコ ミュニケーションの様子,③アンケートの結果につい ての検討を行う. ①学習成績 実験群と対照群の成績を一元配置の分散分析で比較 した結果を図 4 に示す.両群は 1 回目,2 回目,3 回 目の得点がほぼ同じ水準にあった(有意差なし)が, 4 回目以降から実験群の得点の向上は対照群より顕著 であった(有意差あり).実験群のチェックテストの 総得点の平均値から見れば,1 回目 68.7 点から 8 回 目 86.5 点へ上がり,学習が進んでいくとともに成績 が徐々に向上する傾向が見られた.ここから,本シス テムの利用が成績の向上に有効であると考えられる. ②項目と関係図の作成およびコミュニケーション 実験授業で学習した新出文法は合計 148 項目で あった.それらの新出文法に対して学習者 10 名が項 目と関係図を作成した.学習前後の変化を把握するた め,宿題として提出した計 1,480 枚(宿題関係図)と, 最後に保存したバ ー ジ ョ ン計 1,480 枚(最終関係 図)について関係図の関連ノードを集計したところ, 88.5% は教授者が教えておらず,かつ教科書に載って いないものであった.このことから,学習者は積極的 に授業外の知識を調べて知識の関連付けに励んでいた と考えられる. 表 3 はノードの正誤を宿題時と学習者の修正後で 比較した結果である.ノードの書き間違い,上位の ノードとのリンクおよびリンクワードの間違い,項 目の内容の間違いなど,間違ったノード数は合計で 26.5% から 0.5% に下がったことから,再編集を通し て正しい理解が促進されたことがわかった. 教授者の印象によれば,授業が進むに従い,間違い が徐々に減ってきた.意味と例文において,間違いが 増えたり減ったりして不安定な状況が続いていたが, 間違いの多くは教えていない文法や語彙,N1 出題基 準以外のものを使ったためだと考えられる.また,検 索エンジンを利用して例文を作ったり,時事に関する 図 4 実験群と対照群の平均値の変化 表 3 正誤のノード数 宿題関係図 最終関係図 正しい ノード数 間違った ノード数 正しい ノード数 間違った ノード数 12,524 (73.5%) 4,517 (26.5%) 17,522 (99.5%) 91(0.5%)

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用語や流行語を使用したり,URL やピクチャなどを 挿入したりする行動が見られた.これらから,学習者 が積極的に項目を編集していた様子がうかがわれる. さらに, 実験群 10 人を成績順の上位 5 名(平均 83.0 点, 標準偏差 8.1) と下位 5 名(平均 72.0 点, 標準偏差 9.0) に分けてノ ー ド数を集計した結果, 表 4 に示したとおりに,上位 5 名が作成した平均の ノード総数は成績下位 5 名よりやや多く,平均の間 違ったノード数はやや少なかったものの,いずれも一 元配置分散分析で有意差は見られなかった. コメント機能の利用については,学習者と教授者に よる投稿数は合計 4,378 件(1 項あたり 2.96 件)あっ た.投稿の内容は質疑(953 件),回答(2,468 件), その他(957 件)という三つに分けられた.質疑の うち,795 件は項目の内容と関係図に関するもので あり,残りの 158 件はシステムの利用に関するもの であった.対照群ではノートを通して質疑や意見を記 録して共有したが,その記録は 897 件であった.特 に,質疑と回答の比例は 1 対 1.3 であることから,一 つの質疑に対して複数の回答がほとんどなかったこと がわかる.また,その回答の 9 割以上は教授者が行っ ていた.それに対して,実験群ではすべての質疑に対 して教授者とファシリテーターが回答したほか,質疑 の 9 割はほかの学習者も回答しており,同じ質疑に 対して複数の学習者からの回答が出たケースも多く見 られた.なお,実験群では投稿の 8 割以上は授業外 の時間帯であり,授業外の時間にシステムを活用した コミュニケーションがなされていたことがわかる. また,実験群の投稿については,成績上位 5 名の 投稿件数は 2941 件で総数の約 7 割を占めており,平 均の件数(表 4)は成績上位 5 名が下位 5 名より多かっ た(有意差あり)ことから,成績優秀な学習者が活発 に行っていたことがわかった.学習者による回答の約 6 割が正しかったが,教授者やファシリテーターの回 答を積極的に要求するコメントが多かった.回答の正 しさを別として,回答数は質疑の 2.6 倍になったこと からフィードバックが活発であったと言える.質疑と 回答以外,意見やアドバイスをしたり雑談をしたりす る内容もあり,項目と関係図のほかにも幅広い話題に ついて話し合っていたと考えられる. このような状況から,先ほどの図 4 の実験群と対 照群の成績の違いはコミュニケーションの量が一因と なった可能性が示唆される. ③アンケート アンケートの結果として項目と関係図の作成によ る学習方法について満足と答えた学習者は 7 名,ど ちらとも言えないのは 3 名であった.システムの機 能に非常に満足,満足と答えた学習者は 8 名であっ た.学習効果については,「記憶に役立ったか」,「理 解が深まったか」,「知識が広まったか」に「はい」と 答えた学習者はすべて 8 名以上であり,問題解決の 満足度については,満足と答えたのは 8 名,どちら とも言えないのは 2 名であった.授業外の使用につ いては非常に満足,満足と答えた学習者は 10 名全員 であった.また,「これから続けて使いたいか」に「は い」と答えた学習者は 10 名全員であった. さらに,アンケートの自由記述の答えに加え,授業 に使ったプリントのコメント欄,システムのコメント 欄に記入された内容を下記に示す. 長所:まとまった参考用の関係図でわかりやすかっ た;検索機能が使いやすくて助かった;関係図で内容 が一目瞭然だ;問題を出したらすぐ返事が来て嬉し い;教室外でも使える;コメント欄で話し合って面白 い;教科書より詳しい;JLPT の受験に役立った;日 本語の説明で理解が深まった;バージョンの比較を 使って自分が間違ったところや他人と異なるところが すぐわかる. 問題点:関係図の作成が複雑で時間がかかる;システ ムの遅延や誤操作で保存できず訂正に失敗したことが ある;関連の内容が多くて混乱することがある;授業 の内容が多くてすぐ覚えられない;例文が少ない;練 表 4 成績上位・下位別の平均のノード数と投稿件数 ノード総数 間違ったノード数 投稿件数 宿題 関係図 最終 関係図 宿題 関係図 最終 関係図 成績上位 5 名 1718.6 (19.4) 1774.2 (25.3) 448.6 (17.3) 8.4 (1.5) 588.2 (36.9) 成績下位 5 名 1689.6 (29.2) 1748.4 (36.2) 454.8 (14.0) 9.8 (3.1) 287.4 (72.3) F 値 2.7 1.4 0.3 0.7 54.9*** (  )は標準偏差を示す.*** p<.001,** p<.01,* p<.05

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習問題がない. 以上のとおり,本システムにおいて日本語文法に関 する項目と関係図を提示・作成する学習方法の有効 性,学習意欲と学習効果の向上が学習者に認められた と考える.一方,システム操作の複雑さ,コンテンツ の不足などの問題も挙げられた. 5. まとめと今後の課題 本稿では,日本語の文法に関する文型と語彙の抽出 を行い,これらの項目と関係図を作成して学習を進め る日本語学習支援システムについて記述した.まず, 学習内容としては,JLPT から文型 555 項と語彙 440 個を抽出し,学習支援システムにおいてそれらを登録 した後,参考用の項目と関係図を用意した.次に,中 国人日本語学習者 10 名を対象にしてシステムを用い て 6 カ月間計 16 回の実験授業を行い,学習成績の変 化,項目と関係図の作成およびコミュニケーションを 検討した.その結果,本システムを利用した学習者の 成績はシステムを使用しなかった学習者の成績よりも 有意に高いことが確認された.また,本システムにお いて学習者が項目の内容や関係図を作成し,コメント を記入して積極的なコミュニケーションを行ったこと から,知識の関連や理解の促進,学習意欲の向上に効 果をもつことが推察された.さらに,コミュニケー ションの増加が成績の変化に影響を与える可能性が示 唆された. 今後は,学習者と教授者のコミュニケーションをよ りよく支援するためにコメント機能を改善し,アン ケートで挙げられた問題点への対策として操作性の向 上,コンテンツの充実,練習問題の追加なども行いた い.あわせて関係図の作成,それを巡るコミュニケー ションと成績の向上の関係をより精密に検討したい. 参 考 文 献 ( 1 ) 国際交流基金:“海外の日本語教育の現状 2012 年度 日本語教育機関調査より”,くろしお出版,東京(2013) ( 2 ) 市川保子:“誤用関係図作成の一準備:ムード表現を中 心に”,日本語教育方法研究会誌,Vol. 1,No. 2,pp. 22–23(1994) ( 3 ) 田川麻央:“第二言語学習者の文章理解における要点 関係図作成の検討”,日本教育工学会論文誌,Vol. 35, Suppl.,pp. 101–104(2011) ( 4 ) 荒井謙一,海野俊介,掛川淳一,藤井雅弘,伊丹 誠, 伊藤紘二:“表現連関マップを用いてテキスト内表現使 用例の検索比較参照を行わせる日本語学習支援システ ム”, 電子情報通信学会総合大会講演論文集 2006 年情 報・システム,No. 1,p. 33(2006) ( 5 ) 鮑 顕陽:“中国の主要大学日本語学部における日本語 教科書の使用状況”,朝日大学一般教育紀要,No. 37, pp. 55–65(2011) ( 6 ) 李 哲, 方 燦燦, 羅 麗霞:“JLPT 新題型文法教程 N1”,武漢大学出版社,武漢(2012) ( 7 ) 李 哲, 呉 艶芳, 欒 江燕:“JLPT 新題型文法教程 N2”,武漢大学出版社,武漢(2012) ( 8 ) 李 哲, 余 書馨, 辺 適逸:“JLPT 新題型文法教程 N3”,武漢大学出版社,武漢(2012) ( 9 ) 周 平,陳 小芬:“新編日語第 3 冊(修訂本)”,上海 外语教育出版社,上海(2009) (10) 山田忠雄,柴田 武,酒井憲二,倉持保男,山田明雄: “新明解国語辞典(第七版)”,三省堂,東京(2011)

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著 者 紹 介 李 哲 2002 年武漢大学日本語学部卒. 2015 年大阪大学大学院人間科 学研究科博士後期課程修了.博 士(人間科学). 言語教育, 教 育支援システム,コミュニケー ションメディアに関する研究に 従事.日本教育システム情報学 会,日本教育工学会,日本教育 メディア学会各会員. 孫 帙 2008 年ハルビン師範大学教育 工学学部卒.2011 年東北師範 大学大学院博士前期課程(教育 工学) 修了. 理学修士.2012 年より,大阪大学大学院人間科 学研究科博士後期課程(教育工 学)在学中.協同学習および学 習支援システムの開発に関する 研究に従事.日本教育工学学会 会員. 西森 年寿 2001 年大阪大学大学院人間科 学研究科博士後期課程単位取得 満期退学. 博士(人間科学). メデ ィ ア教育開発センタ ー助 手, 東京大学客員准教授 を 経 て,2010 年から大阪大学大学 院人間科学研究科准教授.日本 教育工学会会員. 前迫 孝憲 1978 年東京工業大学大学院総 合理工学研究科システム科学専 攻修了. 博士(工学). 東京工 業大学助教授,大阪大学助教授 を経て,1996 年大阪大学教授. 現在に至る.教育システム情報 学会,日本教育工学会,電子情 報通信学会各会員.

参照

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