カトリック福岡教区報
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2013年1月1日発行 第660号 宮原良治司教認可 発 行 所 福岡司教区本部 福 岡 市 中 央 区 浄 水 通 6-28 発 行 人 カ ト リ ッ ク 福 岡 司 教 区 編 集 人 森 山 信 三 T E L 0 9 2 - 5 2 2 - 4 0 5 9 F A X 0 9 2 - 5 2 3 - 2 1 5 2 振 替 口 座 01760-6-20729 カ ト リ ッ ク 福 岡 司 教 区 定価 一部 60 円1月の意向
【 一 般 】 キ リ ス ト 者 の 信 仰 【 宣 教 】 中 東 の キ リ ス ト 者 【 日 本 の 教 会 】 女 性 の 尊 厳 教皇様の意向のために祈りましょう 新年あけましておめでとう ございます。 先日、ある集まりでヨセフ について分かち合う機会があ りました。確かに聖母マリア は「お言葉通りに・・」と言 われて天使の告知を受諾した がゆえに、救い主が生まれま した。カトリック教会は、聖 母 に 特 別 の 崇 敬 を 捧 げ ま す。 しかし、ヨセフはどうでしょ う。マリアほどには、大切に されてこなかった感がありま す。福音書には、少なからず 聖母の言葉が残されています が、 「 沈 黙 の 聖 人 」 と 言 わ れ るとおり、ヨセフの言葉は一 言も記されていません。ヨセ フはマリアが正式な結婚前に 身 ご も っ て い る こ と が 分 か り、 離 縁 し よ う と し ま す が、 天使の告知により、マリアを 妻として迎え入れ、イエスを 受 け 入 れ る こ と に な り ま す。 さらにヘロデの殺意により命 を脅かされ、取るものとりあ えず、エジプトに避難し、家 族を守ります。ここには、絶 対的権威を持つ父親の姿はな く、むしろ母のように家族を 包 む 慈 し み の 姿 が あ り ま す。 ま た、 面 倒 な こ と や、 理 不 尽 な こ と を 素 直 に 受 け 入 れ、 黙って、即座に神の意に従い 行動します。もちろん、ヨセ フは人間として、このような 結婚をしてよいのか、自分の 人 生 は こ れ か ら ど う な る の か、彼の中には不安や葛藤が 渦巻いていたはずです。しか し、 彼は自分の人生の意味は、 自分の意志で切り開き、実現 するのではなく、より大いな る者の意志のなかにあると信 じ、委ねました。ここに彼の 偉 大 さ が あ り ま す。 降 誕 節、 ヨセフを中心とした聖家族の 取り次ぎを願ってその恵みを 願いましょう。 M わたしたちは今 「信仰年」 を 過 ご し て い ま す。 先 日、 「 教 区 の 日 」 の 集 い に 参 加 した折、こんな質問を受け ま し た。 「 神 父 さ ま は『 キ リ ス ト の 秘 儀 』 と 言 う こ と を ど の よ う に 説 明 し て い ま す か。 具 体 的 に は 何 を 指 し て い る の で し ょ う か。 」 わ たしは次のように答えたと 思 い ま す。 「 イ エ ス ・ キ リ ストが、わたしたち人間を 救 う た め に お 生 ま れ に な り、 十字架上の死と復活、そして ご昇天に至るまでの全生涯の こと、大きく言えば、神の計 画と言えるのではないでしょ うか。 」 「 業 界 用 語 」 と い う も の が あります。同じ仕事や産業に た ず さ わ っ て い る 人 た ち に は、当たり前のことばとして 使われているのですが、一般 社会にあってはあまり使われ ず、 難 解 な 言 葉 の こ と で す。 宗教用語もそのひとつかもし れません。それぞれの宗教に よって、特有の意味をもった こ と ば ・ 用 語 が あ り、 ま た、 そのことばを使わなければ本 来の意味が正しく伝わらな い。 キ リ ス ト 教 に お い て も、 教 会 の 成 立、 歴 史、 文 化、 神学の発展、特に教義内容 の豊かさと深さゆえに、難 解 な こ と ば が 多 く あ り ま す。一般の日本人にはなじ みのないことばです。それ でも、 私たちキリスト者は、 キリストとその教会が教え ていることを可能な限り理 解し、そして他者に伝えな ければならないのです。 イエスの誕生、復活、昇 天、聖霊の賜物…あなたは どのように説明しますか。 八代教会主任夫津木昇神父
主イエス・キリストからの 恵 み と 平 和 が、 「 信 仰 年 」 を 過ごしている皆様の上に豊か にありますように! † ◇ † 【二年間の取り組みに感謝】 福 岡 教 区 で は、 『 キ リ ス ト の救いの秘儀を①知り(信仰 生 涯 学 習 )、 ② 追 体 験 し( 典 礼 祭 儀 の 充 実 )、 ③ 生 き( 家 庭 と 社 会 生 活 で の 実 践 )、 ④ 伝える (福音化) 』 というテー マを教区の優先課題として掲 げ、 そ の 中 で も 特 に、 『 ① キ リ ス ト の 救 い の 秘 儀 を 知 る 』 ということに焦点を絞りなが ら、 2 年 間『 信 仰 生 涯 学 習 』 に励んでまいりました。各小 教区や各団体の2年間に渡る 具 体 的 な 取 り 組 み に よ っ て、 教会共同体が活性化し、団結 力が豊かになった実例や手応世界平和の日 教皇メッセージ
え な ど が 報 告 さ れ て い ま す。 教区の目標に誠心誠意励んで 下さっている教区民のご尽力 に、心からの敬意と感謝を申 し上げます。たとえ期待通り の目に見える成果が少なかっ たとしても、忍耐強い努力の 積み重ねは、いつの日にか必 ず教会共同体の将来に神のみ 業としての実りをもたらすと 確信しています。 † ◇ † 【信仰年の取り組み中で】 さて、私たちはベネディク ト十六世教皇様が指導して下 さった『信仰年』を昨年 10月 11日 か ら 歩 み 始 め て い ま す。 この歩みは、福岡教区が優先 課題として取り組んできた2 年 間 の 歩 み と 同 じ 課 題 で あ り、教皇様のご指導に感謝し ながら、そのご意向に沿うよ うな「信仰年」にしたいと思 います。つまり、今年も『① キ リ ス ト の 救 い の 秘 儀 を 知 り、学ぶ』ための『信仰生涯 学習の第3年目』の取り組み に励みたいと思います。特に 今 年 は 教 皇 様 と 心 を 合 わ せ て、 「 信 仰 年 」 に 関 す る 教 皇 庁 教 理 省 の 通 達 と 日 本 カ ト リック司教協議会の指針を尊 重しながら、各小教区や各団 体で具体的な実践に励んで下 さるようにお願いします。 † ◇ † 【教皇の心を受け止めて】 教 皇 様 は 自 発 教 令 『 信 仰 の 門 』 の 中 で 、「『 信 仰 年 』 と は 、 私 た ち が キ リ ス ト と 出 会 う 喜 び や 新 た な 熱 意 を 周 囲 に 明 示 す る た め に 『 信 仰 の 道 を 再 発 見 す る 』( 2 番 ) こ と で あ り 、キ リ ス ト の 死 と 復 活 に よ っ て 示 され た 『 神 の 完 全 な 愛 を 日 々 再 発 見 す る 』 こ と で も あ る 」( 6 番 ) と 説 明 し て い ま す 。 そ れ は 、 救 い 主 に 対 す る 誠 実 で 新 た な 回 心 へ の 招 き で あ り 、 新 し い い の ち へ の 促 し で も あ り ま す 。 つ ま り 、 キ リ ス ト の 愛 を 再 発 見 で き る 人は 元 気 と や る 気 と勇 気 が 与 え ら れ 、 ま た 愛 さ れ て い る こ とを 実 感 で き る 人 は 尽 き る こ と のな い 力 と 活 力 に 満 た さ れ て 、「 新 し い い の ち 」 に 変 容 し ま す 。 人 間 の 考 え と 感 情 、 思 い と 行 い が ゆ っ く り と 清 め ら れ 、 造 り 変 え ら れ 、 人 間 の 全 存 在 が 復 活 の 新 し い姿 に 形 作 ら れ る か ら で す ( 7 番 )。 愛 が 与 え ら れ た こ と を 体 験 と し て 生 き る こ とが 信 仰 で あ り 、 そ の 信 仰 は そ の 人 を 豊 か に し 、 成 長 さ せ 、 恵 み と 喜 び の 体 験 へ と 変 え て い き ま す 。 人 の心 を 揺 り 動 か し 、 駆 り 立 て る キ リ ス ト の 愛 は 、 人 の 心 を 希 望 の う ち に 広 げ 、 周 囲 の 人 へ の 優 し さ と 労 わ り に 変 え て い き 、 周 囲 の人 に 共 感 を 生 み 出 し て い き ま す 。 そ れ は 「 証 し 」 と な っ て い き ま す 。 神 か ら 来 る 愛 は 絶 え ず 増 大 し 、 信 じ る 人 を 成 長 さ せ 、 強 め て い き ま す 。教 皇 様 は 、「 信 仰 年 」 を 通 し て こ の よ う な 信 仰 の 賜 物 を 再 発 見 し 、 実 り 豊 か に 受 け 止 め 、 祝 っ て 欲 し い の で す 。 そ れ は 激 動 す る 社 会 情 勢の 中 で 、 キ リ ス ト を 信 じ る 総 て の 人 が 一 層 自 覚 を 持 っ て 福 音 に 従 う た め に 、 変 わ る こ と の な い 信 仰 の 内 容 を よ り 良 く 知 り 、 生 き 、 伝 え る た め な の で す ( 8 ― 9 番 )。 † ◇ † 【世界代表司教会議 (シノドス)の勧め】 教 皇 様 は、 「 信 仰 年 」 の 開宮原良治福岡教区長
新年メッセージ
催に合わせて昨年の 10月に世 界 代 表 司 教 会 議( シ ノ ド ス ) を招集しました。 テーマは 「キ リスト教信仰を伝えるための 新しい福音宣教」であり、信 仰について特別に考察して再 発 見 を す る こ と が 目 的 で し た。シノドス総会の最終日に 「 最 終 メ ッ セ ー ジ 」 が 承 認 さ れましたが、それを出来るだ け早く各国の言葉に翻訳して キリスト信者に伝えるように 議長から依頼されました(全 文は中央協議会ホームページ に 掲 載 )。 一 部 分 だ け を 紹 介 します。 「 福 音 宣 教 へ の 招 き は、 回 心 へ の 呼 び か け で も あ り ま す。私たちは、まず自分自身 がキリストの力に対して回心 すべきだと考えます。キリス トだけが万物を新たにするこ とができますが、何よりもま ず私の貧しい存在も新たにす ることができるからです。私 たちはへりくだって次のこと を 認 め ま す。 イ エ ス の 弟 子、 特にイエスの奉仕者の貧しさ と弱さは、宣教を信頼に値す るものではなく、逆に重荷に してしまっています。私たち は ― 第 一 に 私 た ち 司 教 は ―、 諸民族に福音を告げ知らせな さいという主の崇高な呼びか けと命令に相応しい者ではな いことをはっきりと自覚して います。私たちは、歴史のさ まざまな傷に対する自分たち の弱さを謙虚に認め、自分の 個人的な罪もためらうことな く認めます。しかし、私たち は聖霊によって自分も造り変 え ら れ る と 確 信 し て い ま す。 聖霊は教会を刷新して、その 服 を 輝 か せ て 下 さ る か ら で す。聖人たちの生涯がこのこ とを示します。聖人を思い起 こし、語ることは、新しい福 音宣教の特別な手段です。も し刷新を自分自身の力にゆだ ねるなら、それはきわめて疑 わしいものとなります。むし ろ、教会における回心も福音 宣教も、その第一の担い手は 貧 し い 私 た ち 人 間 で は な く、 主の霊ご自身です。ここに私 たちは力と確信を見いだしま す。教会においても歴史にお いても、最後に勝利を収める のは悪ではないからです。イ エスが弟子たちに『心を騒が せ る な。 お び え る な 』( ヨ ハ ネ 14・ 27)と言われたとおり です。 新しい福音宣教は、このよ うな落ち着いた確信に基づい て行われます。私たちは聖霊 が与える霊感と力に信頼しま す。聖霊は、どのように困難 な時にも、何を話し、何を行 うべきかを教えてくださるか らです。それゆえ、私たちが なすべきことは、信仰によっ て 恐 れ に 打 ち 勝 ち、 希 望 に よって失望に打ち勝ち、愛に よって無関心に打ち勝つこと で す 」( 最 終 メ ッ セ ー ジ 5 番 )。 † ◇ † 【最 後 に】 今 年 も 来 る 11月 23日( 土 ) 「勤労感謝の日」 に「教区の日」 として集いますが、 同時に 「信 仰年」の閉幕式も行う予定で す。教区民が司教座聖堂(大 名町教会)に集まり、各教会 で一年間取り組んだ 「信仰年」 の歩みを報告し、一年間の活 動と営みをミサ聖祭の中で神 様に奉納したいと思います。 エリザベトから「主がおっ しゃったことは必ず実現する と信じた方は、なんと幸いで し ょ う。 」 と 讃 美 さ れ た 聖 母 マ リ ア の お 取 り 次 ぎ を 通 し て、教会の中に生きておられ る主イエス・キリストとの出 会いが実現され、交わりが深 められ、豊かにされて、その 喜びが周囲に伝わることが出 来るように励みましょう。 カトリック福岡教区司教 +ドミニコ宮原良治 2 0 1 3 年 度 の「 世 界 平 和 の 日 」 の テ ー マ は 「 平 和 を 実 現 す る 人 々 は 幸 い 」。 序 章 を 含 め 全 7 章 か ら な る 教 皇 の メ ッ セ ー ジ は、 平 和 を め ぐ る 教 会 の 社 会 教 説 を 要約し、カトリック信者の社 会的・政治的責任に対する小 さなガイドの役割を果たして いる。 山上の垂訓のイエスの言葉 は、平和はメシアの賜物であ ると同時に、人間の業でもあ ることを表していると教皇は 指摘。実際、平和には超越し た存在に開いたヒューマニズ ム が 必 要 で あ る と 述 べた。 ま た 教 皇 は、 平 和 の た め に は 相 対 主 義 や 独 り よ が り の 道 徳 観 な ど を 取 り 除 き、 神 が 人 間 の 良 心 に 記 した自然法を認めることが必 要と指摘。このほか、教皇は 平和の基礎として、受精から 自然な死に至るまでの命の尊 重、男女間の婚姻、社会の基 本 単 位 と し て の 家 庭 の 保 護、 学校教育の重要性を挙げられ た。 人間と平和の発展の原点で あるイエス・キリストを新た に告げることが急務と教皇は 述べると共に、イエスの言う 「 平 和 を 実 現 す る 人 」 と は、 他の人の善、魂と体の完全な 善を求める人であると記され て い る。 ( バ チ カ ン 放 送 か ら の抜粋)平和を実現する人々は幸い
『信仰の道を再発見する』
信仰生涯学習
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カトリック福岡教区報
2013年1月1日発行 第660号(2)
カ ト リ ッ ク の ご 葬 儀木 下 株 式 会 社
T E L 092−526−5656 〒810-0016 福岡市中央区平和3丁目1-5カトリック御受難修道会・福岡黙想の家
811-4155 宗像市名残1056 Tel 0940-32-3222(9:30~16:30)・Fax0940−32-3385 E-メール [email protected] インターネットで検索 ヴィノ デ ミサ ご用命 お問い合せは スイートタイプ (赤)(白) 〒815-0082 福岡市南区大楠2丁目4番8号 互助会制度もご利用できます。 福岡黙想の家 検索 ⇒祈りたい時 祈るために/疲れた時 休むために/学びたい時 学
ぶために 個人黙想 グループ黙想 静修 研修会 セミナーなど
利用料金 *1泊3食 7,300円 *日帰り(9:30~16:30) 個室使用なし700円 入館料300円 個 室(ベッド使用なし 2,000円)(ベッド使用 3,000円) 昼 食(1,000円)を希望される場合は、3日前までに要申込*
喪中こそ欲しい明るい年賀状
坂牧春妙
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誕生日だったか日記つけながら
深堀正平
ちょっと 一息 折しも、宮原司教様が日本 代表として会議に出席なさっ たので、ひとしお深い関心を 抱いていた私は、この宣教師 の 言 葉 に 驚 い て、 「 え っ! 私 の 話 の ど れ が “ 新 し い 福 音 宣 教 ” な の で す か ? 」 と 問 い 返 しました。すると、こう言わ れるのです。 「 子 ど も に 大 事 な こ と を 伝 えるとき、伝えたいことを一 つに絞り、その一つのことを 構成する要素を分析して、一 つ ひ と つ の 要 素 を、 ハ ッ キ リ、ゆっくり、正確に、して 見せる、と言いましたね。子 どもに神様のことを伝えると き、そのような配慮が必要で す。あなたは、子どもは真理 を知りたがっている。 だから、 それを示すとき正確にするこ と。子どもは正確さに強い情 熱 を 示 す、 と 言 い ま し た ね。 信仰教育も同じです」と言わ れるのです。 その幼稚園は 30年以上も前 からモンテッソーリ教育をし ているので、そこの教師たち が 常 に 心 が け て い る「 提 示 」 という「教え方」について説 明 し た の で す が、 そ の よ う な「教え方」は「新しい福音 宣教」に通じると、その老宣 昨年 11月、沖縄のあるカト リック幼稚園の創立 50周年記 念講演に招いていただいたと き の こ と で す。 そ の 幼 稚 園 に 隣 接 す る 教 会 の 主 任 神 父 様(老宣教師)が、話が終わ る や 私 の と こ ろ に 来 て、 「 先 月、教皇様は世界中から司教 様をローマに呼び、大事な会 議をなさいました。その会議 の テ ー マ は“ 新 し い 福 音 宣 教 ” でした。 今日のあなたの話は、 新しい福音宣教です」と言わ れました。「信仰年」を旅するために
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子ども達の信仰教育について
相
良
敦
子
今年で2回目となる教区の 日 が、 11月 23日、 カ テ ド ラ ル に て 司 祭、 修 道 者、 信 徒 160人が集い開催された。 は じ め に 宮 原 良 治 司 教 は、 今 年 度 の 教 区 年 間 テ ー マ 及 び、 「 教 区 の 日 」 の 趣 旨 に つ いて説明した。 司 教 は「 救 い の 秘 儀 を 知 る」ということに2年間取り 組んできたが、各小教区でカ テキズムの学習をはじめとし て、様々な試みがなされてい ることをうれしく思う。木の 成 長 は、 2 ・ 3 年 で は 気 づ か な い ほ ど だ が、 10年 経 て ば 目 を 見 張 る も の と な る。 私 た ち の 信 仰 の 営 み も 同 じ で あ る。 小 さ な こ と を 着 実 に 積 み 重 ね て い こ う と 語 っ た。 ま た、 現 代 は、 世 俗 主 義、 物 質 主 義 そ し て、 個 人 主 義 が 蔓 延 し て い る 時 代 で あ り、 信 仰 伝 達 が ま す ま す 困 難 に な っ て き て い る。 そ の 中 で も、 自 分 さ え よ け れ ば と い う 個 人 主 義 は、 自 分 た ち の 小 教 区 さ え よ け れ ば と い う エ ゴ に つ な が る。 教 区 全体の視野の中で、自分たち の小教区の位置を見つめてほ しい。この日は、研修会やイ ベ ン ト で は な く、 「 教 区 」 を 感じる日、教区としての動き を受け取って、1年の成果を 派遣のミサにおいて神に捧げ ようと語った。 そのミサの中で「信仰は希 望をもたらし、信仰と希望は 愛と喜びをもたらします。信 仰・希望・愛は団結力をもた らします」と力強く述べた。 今年は信仰年でもあり、午 前中は5つの各地区別で、午 後 は ラ ン ダ ム な グ ル ー プ で 「 救 い の 秘 儀 を 学 ぶ 」 と い う テーマで活発な分かち合いが なされた。 「 教 区 の 日 」 の 意 義 が 今 ひ とつ分からない、イエスに出 会うのが信仰なのに「秘儀を 学ぶ」というのは、何か遠回 りをしている気がする等と否 定的な意見も見られたが、参 加 者 の 多 く は、 「 普 段 会 え な い 他 の 地 区 の 信 徒 の 方 々 と じっくり分かち合えて有意義 だった」 、「若者や子どもたち が教会から遠ざかっている現 状の中で、何とかしなければ という切実感を感じた」 、「こ のような具体的な集いを通し て 我 々 の 信 仰 が 確 か め ら れ、 証しする力となる」 、「正面か ら裸でぶつかった話しが出来 た」 、「皆さんの生の声を聴く ことが出来、自分も生の声を 発 す る こ と が 出 来 て 有 意 義 だった」というような肯定的 な意見も数多く聞かれた。 大聖堂で捧げられたミサで は、分かち合いの記録等が奉 納され、感謝のうちに散会し た。 聖母訪問会のシスター用澤 は 11月 20日7時 30分、転移性 肝癌のため帰天された。 1 9 1 4 年 5月 10日 生 れ。 享年 98歳。1931年3月聖 母訪問会に入会。1942年 3月 31日初誓願を宣立。 長年、幼稚園の園長など幼 児教育に従事された。 福音の光修道会のシスター 佐藤倭文子は 12月3日 10時 30 分老衰のため帰天された。 1 9 2 5 年 1 月 22日 生 れ。 享年 87歳。1951年 10月 28 日 に 福 音 の 光 修 道 会 に 入 会。 1967年 11月 16日に初誓願 を宣立。 エルネスト 用澤 ハル 修道女 山口輝男 夫津木昇 八代 Br阿部光一 イエズス会 福岡修道院 増井啓 院長 Br薬袋勝士 副院長 外川直見 J・メディナ 泉類治 御受難修道会 福岡修道院 中村克徳 院長 鈴木忠一 内山恵介 B・ガブリエル Br笹田六合豊 日本カトリック神学院 福岡キャンパス養成者 中村吾郎 (横浜教区) レデンプトール会 W・キッペス 臨床パストラ ルケア教育研修センター 淳心会 C・スメット トラピスチヌ ヨゼフ会 Br床嶋藤吾 あ・うんの家 教師が私に話してくださった のです。そういえば、福岡教 区のW教会の敷地内にあるW 園はモンテッソーリ教育をし ているので、その園の先生た ちは、子どもに伝えるあらゆ る場面で、このような努力を しています。教えたいことの ポイントを一つに絞り、子ど もが理解できるように内容を 分析し、分析された一つひと つの要素を、ハッキリ、ゆっ くり、正確に、まずして見せ る。その後で、簡潔に言葉で 説明する、という教え方が日 常化しています。この小教区 の子どもたちのための教会学 校には、このW園の卒園生が たくさん来るそうですが、教 会学校の先生たちが注目する のは、幼児期に上記のような 方法で色々なことを教えてい ただいた子どもたちは、神様 の話に強い情熱を持つという ことです。話の本質を鋭く見 抜き、真剣に神様の話に聞き 入るのが印象的なのだそうで す。また、お祈りに向き直る のが早く、祈る姿勢を直ぐに 整え、真剣に祈る姿が先生た ちの心を打つと話してくださ いました。この事実を見て思 い出す言葉があります。マリ ア・ モ ン テ ッ ソ ー リ の 生 誕 100年祭を祝った先生たち がローマを訪れたとき、当時 の教皇パウロ六世が話された ことの中に次のような言葉が あ り ま す。 「 モ ン テ ッ ソ ー リ は、自然の法則に基づいて子 どもの本性を大事にする教育 方法を編み出し、その原理の 延長線上で啓示を伝える宗教 教 育 の 方 法 を 創 り 出 し ま し た 」。 子 ど も に 信 仰 を 伝 え る ために教会共同体の誰もがで きる日常的な行為のポイント を再考したい。 大名町教会信徒福岡教区の中の小教区という位置観を
第2回
教区の日
『救いの秘儀を学ぶ』
宮原良治司教 教区長 教区司祭(叙階順) 山田成章 司祭の家 山頭原太郎 司祭の家 田川清美 木の葉の里 畠山七郎 本郷 川添猛 帯山 (長崎教区) 平田敬 佐賀 浦俊雄 馬渡島 堤好治 呼子 (長崎教区) 牧山勝美 手取 竹森勇 水巻 渡辺隆義 本渡 深堀勝人 湯川 山元眞 小倉 松井忠之 教区本部 下町豊重 大牟田・荒尾 岩崎康彦 今村(長崎教区) 浦川務 久留米 杉原寛信 新田原 川上惣一 光丘 平田三好 二日市 櫻井尚明 大名町 青木悟 健軍 山下正 司祭の家 森山信三 西新 中村彰 戸畑・若松 中村信哉 大楠 伊東成晃 多久・武雄 田中重治 教区本部 一ノ瀬輝幸 武蔵丘(長崎教区) 牧山美好 崎津・大江 竹内英次 糸島(長崎教区) 寺浜亮司 直方・田川 井手公平 門司 十時伸治 光丘 大塚了平 大名町 谷口尚志 新田原 D・アルビン 老司 ( Przemysl 教区・ポーランド) C ・ ピーター 光丘 (那覇教区) 宣教会・修道会 パリ外国宣教会 L・ベリオン 行橋 M・コース 美野島司牧センター ミラノ外国宣教会 G・ブルーニ 黒崎・天神町 C・ガッザルディ 伊万里 A・テムペリーニ ロザリオの園 L・マネルバ 鹿島 聖コロンバン会 H・オカロール 小郡 E・ホールガン 水俣 M・オファレル 人吉 F・マッケイ 鳥栖 オブレート会 P・ジュード 古賀 E・ウィリアムス 古賀 W・マヘル 古賀 古川健一 吉塚・南粕屋 S・ベルナード 古賀 聖アウグスチノ修道会 遠山満 笹丘 今田昌樹 笹丘 ドミニコ修道会 G・ミシェル 箱崎 カプチン・フランシスコ修道会 M・エドウィン 高宮 A・ロドリゲス 高宮 Br橋谷保憲 高宮 聖ザベリオ宣教会 D・マルケット 島崎 A・ヴァレリオ 島崎 F・ソットコルノラ 真命山 最頼巌流 菊池 S・ダニエーレ 真命山 W・デンニ 手取 神言修道会 S ・ リチャード 浄水通 ・ 茶山 P・スタン 唐津 L・アンジェイ 飯塚 オディロン 金一 小倉 サン・スルピス司祭会 白濱 満 院長(長崎教区) 高木善行 (福岡教区) Q・ベルナール (カナダ) 熊川幸徳 (長崎教区) 湯浅俊治 (長崎教区) 牧山強美 (長崎教区) 聖パウロ会 福岡修道院 永富久雄 院長 ラファエラ 佐藤倭文子 修道女主のご降誕と新年の
お慶びを申しあげます!
総合建築業
・一般住宅(新築・改築工事) ・鉄骨工事 ・RC工事 建築の事なら何でもお気軽にご相談ください 有限 会社森 山 工 務 店
ヨゼフ 森山新太郎
福岡市早良区四箇1丁目15番28号 ☎(092)811−7265 福岡プライマリケア訪問看護ステーション 自宅で療養されている方、在宅で看取りたい 方 、 精神障害の方など 、 病気について、介護 方法について専門的指導や援助が必要な方は ご相談ください 。 費用は医療 、 介護保険でのご利用になります。 春日市上白水 5-11-102 092-517-6313 福岡プライマリケア株式会社 代表 : エリザベト熊谷カトリック福岡教区報
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2013年1月1日発行 第660号 ☆せいしょからの 10のおはなし サラ・ドッド文。ドゥブラ ヴ カ・ コ ラ ノ ヴ ィ ッ チ 絵 女子パウロ会訳 * せ か い が は じ ま っ た と き * ノ ア の は こ ぶ ね *イエスさまにたすけて もらった女の子 *みずうみ のあらし など、旧約聖書か ら5つ、新約聖書から5つ選 んであります。子どもたちは み ん な 天 使。 あ た た か く て や さ し い 神 さ ま の 国 の お 話 を、喜んで読んだり聞いたり してくれることでしょう。読 み 聞 か せ な ら 4 ~ 5 歳 か ら、 ひとり読みなら1年生から。 女子パウロ会 発行 税込価格 1365円 ◇ ◇ ◇ ☆「苦しみを意味あるものに するセラピー」 「今日は今日だけセラピー」 人 気 の セ ラ ピ ー シ リ ー ズ の 新 刊 で す。 「 苦 し み 」 の な い 生 活 を 選 ぶ こ と は で き ませんが、人を大切に思う対 応 を 選 び 取 る こ と が で き ま す。また「今日」に焦点を合 わせて生きることは、神のこ どもとしての意識を呼び起こ してくれます。人生の旅路に 寄り添ってささやくかわいい 妖精たちのアドバイスに耳を 傾けてみましょう。 サンパウロ社 発行 税込価格 各 735円 【質問】 近 年、 教 会 で は よ く「 共 同 回 心 式 」 が 行 わ れ て い ま す が、 個 別 の ゆ る し の 時、 た く さ ん の 人 が 後 ろ に 並 ん で お ら れ て、 ゆ っ く り と 告 白 し た 気 に な れ ま せ ん。 ま た、 本 来 の 共 同 回 心 式 の 意 義 は 何 で す か。 何 か 一 緒 に 集 ま っ て い る だ け と い う印象を受けます。 【質問に答えて】 ゆるしの秘跡は、通常、以 下の二種類の形式で執行され る こ と に な り ま す。 ( 日 本 で は許可されていない「一般告 白・一般赦免を伴う共同回心 式」を説明から省きます。 ) 第一の形式が「個別のゆる しの式」です。これは、信者 一人ひとりが良心の糾明をし て回心し、罪を告白し、司祭 を 通 し て 罪 の ゆ る し( 赦 免 ) を受けて、償いを行うという ものです。この個別のゆるし の式がいわば基本形です。罪 というものは、本来、一人ひ とりが神に背いて犯すものだ からです(=神と自分の関係 の悪化) 。 同 時 に「 一 人 の 罪 は 他 の 人々を傷つける」という悪い 結果を他の人々にもたらしま す(=自分と共同体の関係の 悪 化 )。 そ の た め に、 神 と 自 分の関係のみならず、自分と 共同体の関係を悪化させてし ま っ た こ と を 反 省 し な が ら、 共同体の一人ひとりが互いに ゆるしを願い、互いの回心の ために祈れるよう工夫された のが第二の形式です。 これが、 近年、とくに待降節や四旬節 の黙想会に合わせて行われる ようになった「個別のゆるし の 式 を 伴 う 共 同 回 心 式 」( 以 下共同回心式)です。 個別のゆるしの式の場合は も ち ろ ん の こ と、 「 共 同 回 心 式」の場合にも、基本的な要 素(回心、 告白、 赦免、 償い) を、ゆっくりとおこなえるよ うにすることが大切です。そ のためには、日頃から個別の ゆるしの式が定期的に行われ て、信者がゆるしの恵みに近 づきやすいように配慮するこ とが第一だと思います。そし て、そのとき信者に、自分の 回心のためだけでなく、共同 体の回心のために祈るよう勧 めます。共同回心式を行う場 合 に は、 こ の 形 式 が、 本 来、 小規模な共同体 (修道院など) のために考案されたものであ ることを考慮する必要があり ます。ですから、小教区など で多くの信者が参加する場合 には、告白を聴く司祭の数を 増やしたり、あるいは、共同 で「ことばの祭儀」 をおこなっ て準備し、個別のゆるしの式典礼シリーズ ⑧
が終わったら各自の償いを果 たし、共同体の他の人々のた めにも祈りをささげて解散す る方法も考えられます。 ま た 、 黙 想 会を共 同 回 心 式 の 「 こ と ば の 祭 儀 」( 第 一 部 ) と 位 置 づけ て 、 互 い の 回 心 の た め に 祈 り 合 い 、 そ の 終 わ り に 、個 別 の ゆ る し の 式( 第 二 部 ) が 行 わ れ る 日 時 ・ 場 所 ( 選 択 肢 ) を 知 ら せ て 各 自 、あ ず か っ て も らう 方 法 な ど も 考 えら れ る の で は な い で し ょ う か 。 日本カトリック神学院 院長 白浜満神父美野島司牧センターからのたより
美 野 島 司 牧 セ ン タ ー ( 福 岡 市 博 多 区 / 施 設 長 = M ・ コ ー ス 神 父 ) は 、 そ れ ぞ れ の 活 動 と し て 薬 物 依 存 者 、 ホ ー ム レ ス の 方 々 、 外 国 籍 の 方 々と の 20年 近 く の 歩 み の 中 で 、 福 音 の 大 き な 流 れ に 乗 せ て 、 が ん ば っ て 続 い て い る と 思 い ま す 。 社 会 の 中に 存 在 す る 私 た ち の 小 さ な 教 会 が 、 地 域 の 一 部 と な り 、 同 じ 心 を 持 つ 仲 間 た ち と 手 を つ な ぎ 、 人 々 の 苦 し み を 分 か ち 合 っ て 行 く 場 所 と な る よ う に 努 力 し て い ま す 。 例 え ば 、 地 域 の 保 健 所 が 行 う 無 料 の 健 康 検 診 に 司 牧 セ ン タ ー と し て 場 所 を 提 供 し た り 、 薬 物 依 存 者 の リ ハ ビ リ の た め の 「 ビ ッ グ マ マ 」 と い う 作 業 所 を 通 し て 、 地 域 社 会 や 行 政 と 連 携 を 持 っ て い ま す 。 美 野 島 司 牧 セ ン タ ー は 、 ホ ー ム レ ス の 人 た ち の た め の、 命 を つ な ぐ「 basic care 」 と い う 炊 き 出 し や 衣 類の配布もしていますが、か れらの社会復帰のための無料 法律相談や、個別の医療相談 も し て い ま す。 そ の た め に、 この美野島司牧センターに事 務 所 を 置 く 各 N P O 団 体 の 方々は、枠を越えた共同体と なっています。 私 た ち カ ト リ ッ ク 美 野 島 司 牧 セ ン タ ー に 集 う 仲 間 た ち は 、手 を 取 り 合 い 、社 会 の 中 で 、 特 に 様 々 な 状 況 の 中 で 小 さ く さ れ て 苦 し み あ え ぐ 人 々 と 労 苦 を 分 か ち 、 同 じ 神 に 愛 さ れ て い る 兄 弟 姉 妹 と し て 、 共 に 歩 ん で い ま す 。 教 皇 ベ ネ デ ィ ク ト 十 六 世 は 自 発 教 令「 信 仰 の 門 」の 中 で「 福 音 を 告 げ 知 ら せ な い な ら 、 私 は 不 幸 な の で す 」 と い う 使 徒 パ ウ ロ の 言 葉 を 引 用 し て 、 福 音 の メ ッ セ ー ジ と 信 仰 を 宣 べ 伝 え る 義 務 と 役 割 を 強 調 し 、 そ し て こ れ は 神 様 と 隣 人 の 愛 に 見 事 に 結 び つ き ま す 。 最 後 に 、 こ の 活 動 を 福 岡 教 区 の も と で 福 音 宣 教 を 続 け な が ら 、 こ の 与 え ら れ た 場 所 で 小 さ く さ れ た 人 々 が い つ ま で も 手 を 取 り 合 え るよ う に 、 未 来 の た め に 新 し い 運 営 規 約 を 作 っ て い ま す 。 皆 様 の ご 理 解 と ご協 力 に 感 謝 し 、 今 後 の た め に 皆 様 の ご 知 恵 と お 祈 り を よ ろ し く お 願 い い た し ま す 。 日本カトリック保育施設協 会九州ブロック研修会が、 11 月 21・ 22日に福岡で開催され た。 「 カ ト リ ッ ク 保 育 園 で 働 く 職 員 の 使 命 」 ~ 広 が り と 深まり(取りかかり)をもと めて~というテーマで、九州 内のカトリック保育園で働く 園長、主任、保育士 30人ほど が集った。 まず、この3年間の宗教教 育の取り組みの発表を参加し た 13園の全てが行い、参加者 は自園で活かせるものはない かと熱心に聴き入っていた。 2 日 目 は ミ サ か ら 始 ま り、 続いて森山信三神父のテーマ に基づいた講演が行われた。 子 ど も の 命 は 神 様 か ら 預 かっているもの、そこに居る だけで価値があることを子ど もたちに伝えて欲しいと語っ た。特に信者でない参加者か日本カトリック保育施設協会九州ブロック研修会
福岡県久留米市にある社会 医療法人雪の聖母会(井手義 雄理事長)が経営する聖マリ ア病院(島弘志院長)ではこ のほど国際医療センター(地 域医療支援棟)が完成し、 12 月8日無原罪の聖母の祭日に 祝福式が行われた。 新棟は地上 19階、 地下2階、 屋上ヘリポートを設置、通常 の医療の他、特に地域医療と 災害および救命救急に対応す る諸施設が整備されている。 午後1時から病院付属の雪 の聖母聖堂で、宮原良治司教 の主司式、長年交流を行って いる韓国の劉修一司教(韓国 軍属人区)と司祭、それに久 留米市近郊の司祭たちが共同 司式、教区内外のカトリッ病 院 関 係 者、 建 築 関 係 者 な ど が 参 列 し ミ サ が さ さ げ ら れ た。続いて、創立 60周年およ び新棟竣工を記念して韓国カ トリック医療協会より寄贈さ れた雪の聖母像の除幕と祝福 式、新医療センターの玄関で 関係者によるテープカットと 建物の祝福式が行われた。 「 カ ト リ ッ ク の 愛 の 精 神 に よる保健、 医療、 福祉の実践」 の基本理念に基づき、常に弱 い人々に寄り添う地域の医療 拠点として、この1月1日に オープンする。 ら、知識がないから自分には 宗 教 に 関 し て は 何 も で き な い、自信がないと思っていた が、それなら自分にもできる かもしれないという感想が多 く聞かれた。 最 後 に、 園 長、 主 任、 保 育 士 に 分 か れ て こ の 研 修 を 振 り 返 っ て の 分 か ち 合 い が あった。それぞれ園の事情が 異なっていたが、カトリック 保育園で働く職員としての悩 み、今後の課題など活発に意 見交換が行われた。 経営者、職員全員が信者で ない園もいくつかあり、宗教 教育をどのようにしたらよい のか全く分からない、何もで きていない、など切実な現場 の声もあったが、まずは自分 から、信者でない職員が教会 へ 通 い、 そ こ で 感 じ た こ と、 学んだことを子どもたちへの 関わりに活かしているところ もあった。また、新しい聖歌 は ど ん な も の が あ る の か な ど、具体的な方法を知りたい という要望も多かった。 現在、どこの教育機関も福 祉施設も修道会の撤退、信者 の職員の減少など課題を抱え ている。社会の最前線で、子 どもたち、保護者、職員、地 域への福音宣教の部分を担っ ているカトリック保育園。教 会と保育園、カトリック保育 園同士の新しい関わり方が求 められているように感じた。聖マリア病院
地域医療
災害
救急医療を充実
佐賀地区信徒協主催の第 21 回不動山殉教者祈念式が、宮 原司教を迎えて 11月 11日(日) に佐賀県嬉野市不動山地区で 開催された。3年前から嬉野 市と地元不動山地区の協力に より嬉野市営ふれあい体育セ ンターが会場である。 今年は大牟田教会や長崎教 区の植松教会からも司祭・信 徒が参列し、150余人によ る祈念式となった。不動山殉教者祈念式
〒830-1224 三井郡大刀洗町鵜木67−3 T E L 0942−77−3199 代表者 ペトロ 平 田 清