9
電場E の線積分と面積積分から,静電場に関する基本方程式が求められた。それに対応して,
磁束密度 B の線積分と面積積分から,静磁場に関する基本方程式を導くことができる。
9.1
磁束密度の線積分
9.1.1
Amp`ere の法則
Amp`ere の法則(Amp`ere’s law)
閉曲線 C を一周する磁束密度B の線積分は,閉曲線C を縁とする曲面S を貫く電流 (にµ0 をかけたもの)に等しい: CB · ds = µ0 Sj · dS (積分形) (9.1) rotB = µ0j (微分形) (9.2) ただし,積分形の左辺において,電流が流れ出た側からみて,曲面S を常に左側に見る ように閉曲線 C を一周する(右ねじの向き)。 Amp`ere の法則は Biot-Savart の法則から導かれる。これは,静止した電荷がつくる電場に関 して,Coulombの法則から電束密度についての Gauss の法則が導かれた関係に対応する。 Amp`ere の法則の微分形は,電流がつくる磁場が保存場ではない(rotB = 0)ことを示して いる。 Amp`ere の法則(積分形)の右辺は電流密度の面積積分で表されているが,導線を流れる電流 の場合には,閉曲線 C を貫く電流(の和)にµ0 をかければよい。以下に,図 9.1 とともに, いくつかの簡単な例を示す。 (a) 電流I を囲む閉曲線 C に沿って右ねじの向きに一周する,磁束密度の線積分は CB · ds = µ0I. (b) 同じ向きに流れる2つの電流I1 とI2 があり,それらを囲む閉曲線 C に沿って右ね じの向きに一周する,磁束密度の線積分は CB · ds = µ0( I1+ I2) 119
( )
a
C
I
( )
b
C
I
1I
2( )
c
C
I
1I
2( )
d
C
I
( )
e
C
I
1I
2( )
f
C
I
図 9.1: Amp`ere の法則の簡単な例 となる。2つの電流は平行でなくてもよい。閉曲線 C を縁とする曲面S を同じ向き に貫くことが本質的である。 (c) 逆向きに流れる2つの電流 I1 とI2 があり,それらを囲む閉曲線C に沿って一周す る磁束密度の線積分は CB · ds = µ0( I1− I2) となる。ここで,電流I1 に対して積分経路は右ねじの向きであり,電流 I2 に対して は逆向きである。 (d) 閉曲線 C の近くを電流が流れていて閉曲線のちかくに磁場をつくっていても,その 電流が閉曲線を貫いていないとき,磁束密度のC に沿った線積分は CB · ds = 0. (e) 2つの電流 I1 と I2 があり,電流 I1 だけを囲む閉曲線 C をとる。C に沿って右ね じの向きに一周する磁束密度の線積分は CB · ds = µ0I1 となる。閉曲線 C に沿った線積分に寄与するのは C を貫く電流 I1 だけである。Cを貫いていない電流I2 は磁束密度をつくるのに寄与しているが,その電流がつくる 磁束密度のC を一周する線積分は0 になる。 (f) 電流I を囲み,電流を右ねじの向きに2回まわる閉曲線 C に沿った線積分は CB · ds = 2µ0 I. 一般に,電流I を右ねじの向きにn回まわる経路についての線積分は nµ0I。 直線電流に垂直な平面上の円周に沿った線積分 無限に長い直線電流による磁束密度の線積分を考える。図 9.2の左図に示すように,直線電流 I に垂直な平面上の,電流との交点 Oを中心とする半径 r の円周C に沿った,磁束密度 B の線積分を求める。円周上では,磁束密度の大きさは B = µ0I 2πr で一定で,向きは円の接線方向である。円周に沿った積分を,磁束密度の向きに行うと C B · ds = C µ0I 2πr ds = µ0I 2πr C ds = µ0I 2πr · 2πr = µ0I となる。この線積分は,円の半径 r には依存しない。積分の値は,円を貫く電流の値に比例す る(比例定数は µ0)。
O
dsss
I
B
B
B
r
O
dsss
φ
d
φ
B
B
B
θ
図 9.2: 直線電流による磁束密度の線積分。 左:円,右:任意の曲線 直線電流に垂直な平面上の閉曲線に沿った線積分 次に,図 9.2 の右図に示すように,直線電流I に垂直な平面上の閉曲線 C に沿った,磁束密 度 B の線積分を求める。曲線上の微小なベクトル(線素片ベクトル)dsと磁束密度B は一 般には同じ向きではない。2つのベクトルの成す角を θとして,B · ds = B ds cos θ と書ける が,直線電流と平面の交点を O として,線素片ベクトル dsが点 O に対して張る角をdφ と すると, B · ds = B ds cos θ = Br dφ (9.3)と表せる。r は点Oから線素片ベクトルまでの距離である。また,直線電流からの距離が rの 点における磁束密度の大きさは B = µ0I 2πr で与えられる。以上より,磁束密度の線積分は CB · ds = CB ds cos θ = 2π 0 µ0I 2πrr dφ = µ0I 2π 2π 0 dφ = µ0I となる。この結果は,点 Oを中心とした円周に沿った線積分と同じである。 線素片ベクトルdsが点Oに対して張る角dφを用いた式(9.3)は一般的に成り立つ関係式 である。これを用いると,閉曲線がくびれをもつような場合でも上と同様に線積分を行うこと ができ,同じ結果(µ0I)を与える。
Stokes の定理と Amp`ere の法則の微分形
Stokesの定理 連続で偏微分可能なベクトル関数をA(r) とし,滑らかな閉曲線 C で囲まれた面S を 考え,C の正の向きに対して右手系の約束に従って面の法線の向きnを定めれば,次の 関係が成り立つ: SrotA · n dS = CA · ds. (9.4) これは面積積分を線積分に変換する重要な定理であり,Gauss の定理とならんで,電磁 気学において良く利用される数学上の定理である。
C
∆
S
i 図9.3: Stokes の定理 図9.3に示すように,面S をN 個の微小な面 ∆Si に分割する。∆Si の単位法線ベクトルを ni,周辺を∆Ci とする。各々の微小な面 ∆Si に対して,回転の定義から, (rotA) · ni∆Si = ∆Ci A · ds ( i = 1, 2, · · · , N )が成り立つ。隣り合う面の接する部分の線積分は,方向が逆向きなので打ち消し合う。従って, 面 S をおおう N 個の微小な面 ∆Si を加え合わせると, N i=1 (rotA) · ni∆Si = N i=1 ∆Ci A · ds となり,右辺では外周部分の積分だけが残る。N → ∞の極限としてStokesの定理(9.4)が得 られる。 Stokes の定理の別の表現 Stokes の定理は面積積分と線積分の関係を示すものであるから,ベクトルを用いずに表すこと ができる。すなわち,X, Y , Z を連続で微分可能な,座標x, y, z の関数としたとき, C(Xdx + Y dy + Zdz) = ? ∂Z ∂y − ∂Y ∂z + m ∂X ∂z − ∂Z ∂x + n ∂Y ∂x − ∂X ∂y dS (9.5) が成り立つ。ここで ?, m, nは微小面積dS の方向余弦を表す。 Amp`ere の法則の微分形 Amp`ere の法則の積分形 (9.1)において,左辺の閉曲線 C を一周する線積分にStokes の定理 (9.4) を適用すると,線積分は面積積分で表され,Amp`ereの法則の積分形は SrotB · dS = µ0 Sj · dS と書き直せる。両辺とも,閉曲面 S 全体にわたる面積積分であり,任意の閉曲面に対して成り 立つ関係式である。従って,(微小な閉曲面に適用して)被積分関数が両辺で等しくなければな らない rotB = µ0j. これが,Amp`ere の法則の微分形 (9.2)である。 例題 9.1 直線導線 無限に長い直線電流I から距離r だけ隔てた点における磁束密度の大 きさB(r)を求めよ。 解 直線電流I による磁束密度は,対称性から,直線電流に関して軸対称である。すなわ ち,直線電流に垂直な平面上に,直線電流が貫く点を中心とする円を考えると,磁束 密度B は円の接線の向きであり,その大きさは円周上で一定で電流からの距離r の 関数B(r)である。従って,半径 r の円についてAmp`ereの法則(積分形)を適用し て,B(r)が求められる B(r)· 2πr = µ0I より B(r) = µ0I 2πr.
例題 9.2 円筒状の直線導線 図9.4の左図に示すように,切り口が半径aの円である太い円 筒状の直線導線がある。次の2つの場合に,導線の内外の磁束密度の大きさを求めよ。 (1) 円筒の表面を強さ I の電流が一様に流れるとき。 (2) 円筒の内部を強さ I の電流が一様に流れるとき。
a
III
r
B
B
B
( )1
0
a
r
B
( )2
0
a
r
B
図 9.4: 直線導線を流れる電流による磁束密度 解 円筒の表面,あるいは,円筒の内部を流れる電流による磁束密度は,対称性から,円 筒に垂直な平面内にあって,同心円になる。従って,円筒に垂直な平面上の,中心軸 を中心とする半径 r の円についてAmp`ere の法則(積分形)を適用して,磁束密度 の大きさ B(r)は容易に求めることができる。 (1) 円の半径を r < a とすると,その円を貫いて流れる電流はない。一方,円の半径を r > a とすると,その円を貫いて流れる電流は I である。よって, B(r)· 2πr = 0 より B(r) = 0 ( r < a ) B(r)· 2πr = µ0I より B(r) = µ0I 2πr ( r > a ) (2) 円筒に垂直な断面をとると半径 a の円(断面)を電流 I が貫いているので,円筒断 面の単位面積あたりを貫く電流,すなわち,電流密度は j = I πa2 である。半径が r < aの円を考えると,電流I の一部が貫いており,一方,円の半径 を r > a とすると,全電流 I が円を貫いて流れている。よって,それぞれの場合に Amp`ere の法則(積分形)を適用すると, B(r)· 2πr = µ0· j · πr2 = µ0I πr 2 πa2 より B(r) = µ0Ir 2πa2 ( r < a ) B(r)· 2πr = µ0I より B(r) = µ0I 2πr ( r > a )(1)と(2)の場合の磁束密度の大きさを 図9.4の右図に示す。なお,円筒の外の磁束 密度は,直前の例題の,直線電流による磁束密度と同じ結果である。 例題 9.3 ソレノイド 導線を円筒状に密に長く巻いたものをソレノイドという。 (1) 半径が a,長さが L,単位長さあたりの巻き数が n のソレノイドがある。このソレ ノイドに強さ I の電流が流れるとき,中心軸上の点における磁束密度の大きさを求 めよ。 (2) (1)で,ソレノイドの長さが無限に長いとき,ソレノイドの内部の磁束密度を求めよ。
z
P
θ
dz
θ
1z
1θ
2z
2C
D
E
F
B
B
B
inB
B
B
out 図9.5: ソレノイド 解 (1) 図9.5の左図に示すように,ソレノイドの中心軸に沿ってz軸をとる。ただし,電流 の向きに右ねじをまわしたとき,ねじが進む向きをz軸の正の向きとする。z軸上の 点Pにおける磁束密度を求める。z 座標の値がzから z + dz のあいだのコイルを流 れる円電流が,点P につくる磁束密度 dB は,例題 8.3(円電流)に示したように, z 軸の正の向きで,その大きさは dB = nµ0Ia 2dz 2 (a2+ z2)3/2 である。ここで,コイルのdz の部分と点P とを結ぶ直線と z 軸の正の向きがなす 角をθとすると, z = a tan θ より dz = − a dθ sin2θ, 1 (a2+ z2)1/2 = sin θ a の関係が成り立つ。従って,ソレノイド全体を流れる電流が点P につくる磁束密度 B はz 軸の正の向きで,大きさは B = nµ0Ia 2 2 z2 z1 dz (a2+ z2)3/2 = −nµ0I 2 θ2 θ1 sin θ dθ = nµ0I 2 ( cos θ2− cos θ1)と表せる。なお,θ1 とθ2 は,図に示すように,点P からみたソレノイドの両端に対 応する角度である。
(2) まず,中心軸上の点における磁束密度の大きさは,(1) の結果において,θ1 → π, θ2 → 0の極限として得られる:
B = nµ0I
2 ( cos 0− cos π ) = nµ0I.
一般的には,Amp`ereの法則を用いるとよい。無限に長いコイルであるから,対称性 から,コイルの内外の磁場は中心軸に平行になる。そこで,図 9.5の右図に示すよう に,長方形 CDEFを考える。ここで,2つの辺 CDとEF は単位長さで,中心軸に 平行であり,CD はコイルの中にEF はコイルの外にある。 最初に,辺 EFを無限遠方にとり,長方形 CDEFにAmp`ereの法則を適用する。辺 CFとDEは磁場に垂直であるので,磁束密度の線積分には寄与しない。また,無限 遠方では磁場はないので辺 EFに沿った線積分も0 である。よって,Amp`ereの法則 から CDEFB · ds = Bin = nµ0I となる。すなわち,無限に長いソレノイドの内部では,磁束密度は一様で,その強さ はBin= nµ0I である。 次に,辺EFを有限の距離にとり,長方形 CDEFにAmp`ereの法則を適用する。コ イルの外の磁束密度の大きさを Bout と表すと,Amp`ereの法則から
CDEFB · ds = Bin− Bout = nµ0I が成り立つ。ところで,Bin= nµ0I であるから, Bout = 0 すなわち,無限に長いソレノイドの外には磁場が存在しないことがわかる。 例題 9.4 環状ソレノイド 図 9.6の左図に示すように,円環に一様に導線を巻いたものを 環状ソレノイド(または,トロイド)という。円環の半径を R,円環の断面の半径を a,コ イルの巻き数を N,コイルを流れる電流をI とする。このとき,円環の断面上の磁束密度B の大きさを,円環の軸からの距離 r の関数B(r)として求めよ。 解 円環の中心軸に垂直な平面内に半径 r の円を考える。ただし,円は円環の内部を一 周するものとする。この円周について Amp`ere の法則を適用する。円周上の全ての 点で磁束密度の大きさは等しいので,それを B(r) と表すと,磁束密度の線積分は 2πr· B(r)になる。一方,コイルの総巻き数がN で,そのコイルを電流 I が流れて いるので,円を貫く電流は N I である。よって,Amp`ere の法則から B · ds = 2πr · B(r) = µ0N I
a
r
図9.6: 環状ソレノイド が得られる。これより,円環の中心軸からの距離がr の点(円環の内部)における磁 束密度の大きさは B(r) = µ0N I 2πr である。9.1.2
磁位
Amp`ereの法則は,電流がつくる磁場が保存場ではないことを示している。従って,点Pか ら点A へ至る磁束密度の線積分 φ = A P B · ds は,一般に,P からA への積分の経路に依存する。 図9.7に示すような,点P から点 Aへ至る2つの経路に沿った,磁束密度の線積分を考え る。閉曲線 C に沿って電流I が流れており,C を縁とする曲面をS とする。経路C0 は曲面 S を貫かないが,経路C1 は曲面S を(1回)貫く。従って,2つの経路に沿った線積分の値 は異なる: φ0 = A P(C0)B · ds φ1 = A P(C1)B · ds. しかし,両者の値の違いが µ0I に等しいことが次のように示せる。点 P からC1 に沿って点 A へ至り,点 Aから C0 を逆向きに点Pへ戻る経路に沿って磁束密度の線積分を行うと,こC
S
I
C
0C
1P
A
図9.7: 磁束密度の線積分 の経路を電流 I が(1回)貫いているので,Amp`ereの法則より A P(C1)B · ds + P A(−C0)B · ds = µ0I が成り立つ。左辺の第1項は φ1 に等しい。第2項は,経路 C0 に沿って点P から点 A へ至 る線積分の符号を変えたものである: P A(−C0)B · ds = − A P(C0)B · ds = −φ0. よって, φ1− φ0 = µ0I より φ1 = φ0+ µ0I と書ける。また,元の積分の形では A P(C1)B · ds = A P(C0)B · ds + µ0I と表せる。 このように,点 Pから点 A へ至る磁束密度の線積分は経路によって異なるが,積分の値の 違いは µ0I である。さらに,この違いは経路C1 が電流I が流れる閉曲線を縁とする曲面 S を貫いているためである。曲面S を貫かないのであれば,経路C0 の取り方に依らずに線積分 の値は一意的に定まる。すなわち,点P を基準点として, φm = − A P B · ds (9.6) によって,点 Aの位置だけの関数(スカラー関数)φm を定義することができる。これを磁位 (magnetic potential)と呼ぶ。磁位が与えられたとき,磁束密度は B = − grad φm (9.7) によって求められる。9.2
磁束密度の面積積分
9.2.1
磁束密度に関する Gauss の法則
磁束密度に関する Gauss の法則 任意の閉曲面 S について,磁束密度 B の面積積分は0になる: SB · dS = 0 (積分形) (9.8) divB = 0 (微分形) (9.9) 微分形は,磁場には発散がなく(電流が無限遠方まで分布していない限り)磁束線は自 ら閉じていることを示している。これは Maxwell の基礎方程式の1つである。 与えられた電流密度j による磁束密度B は,Amp`ereの法則(rotB = µ0j)だけでは一意的 には定まらない。それは,いろいろな磁場が同じ回転(rotB)をもつためである。電流密度の 分布が単純な場合には,Amp`ere の法則だけから磁束密度を求めることができたが,その際に は,磁束密度B の対称性や方向性を暗黙のうちに用いていたのである。 任意の電流密度による磁場は,Amp`ereの法則と磁束密度に関する Gaussの法則によって,一 意的に定まる。すなわち,静電場についての Gaussの法則(divE = ρ/ε0)とうずなしの定理 (rotE = 0)に対応する。 磁束密度に関するGaussの法則を一般的に導出するのは難しい。ここでは,簡単な例によっ て,その意味を説明するにとどめる。いま,図 9.8の左図に示すように,曲線C に沿って電流 I が流れている場合を考える。曲線C の一部の電流素片 I dsがつくる磁束密度 dB は dB = µ0 4π I ds × r r3 によって与えられる(Biot-Savart の法則)。この磁束密度は,dsを延長した直線に関して軸 対称である。すなわち,対称軸上の点を中心として対称軸に垂直な平面上に円を描くと,円 周上の各点における磁束密度 dB は平面上にあって,その向きは円に接している。このとき, Biot-Savart の法則を表す上の式で,r はdsから円周上の点へ引いた位置ベクトルを表す。 上に示したように,電流素片 I ds による磁束線は対称軸上の点を中心に同心円を描く。この とき,磁束線を側面とする,細い円環状の磁束管を考えることができる。図 9.8 の右図は,円 環状の磁束管が任意の閉曲面 S を貫く様子を表している。磁束管はある点で閉曲面S の外か ら中に入り,別の点で S の中から外へ出る。磁束管が S から切り取る面積の,閉曲面の外向 きを正とする面積ベクトルを,それぞれ,dS1,dS2 とする。また,それぞれの点における磁 束密度を dB1,dB2 とする。このとき,面積 dS1,及び,dS2 を内側から外側へ貫く磁束は dΦ1 = dB1· dS1, dΦ2 = dB2· dS2,I
C
I
dsss
dB
B
B
S
dS
1dS
2 図9.8: 磁束密度に関する Gaussの法則 である。ここで,1つの磁束管の断面を貫く磁束は一定であるので,dΦ1 とdΦ2 は(符号を除 いて)同じ大きさであり,磁束線が閉曲面の内側から外側へ出るときは正で,外側から内側へ 入るときは負である。従って,次の関係式が成り立つ: dΦ1+ dΦ2 = dB1· dS1+ dB2· dS2 = 0. 閉曲面 S が複雑な形をもち,磁束管がS を複数回出入りするときにも i dBi · dSi = 0 が成り立つ。この関係式は,電流素片 I ds のまわりの全ての磁束管について成り立つので, I dsによる磁束管が任意の閉曲面 S を貫くときの磁束の総和は常に 0 になることがわかる: S dB · dS = 0. (I ds固定, S 任意) 電流 I は電流素片 I ds の集まりである。つまり,曲線 C に沿って流れる電流 I による磁 束密度B は,電流素片I dsによる磁束密度dB の和(積分)である。磁束密度に対しても重 ね合わせの原理が成り立つので,任意の閉曲面S について,磁束密度の面積積分は SB · dS = 0 となる。この関係式は,曲線 C に沿って流れる線状電流だけでなく,一般に,電流密度j に よって表される電流に対しても成り立つ。Gaussの法則を微小な閉曲面に適用し,Gaussの定理を用いることによって,微分形(divB = 0)が得られる。
9.2.2
ベクトルポテンシャル
磁束密度B は,Gauss の法則(微分形)より,ベクトル場A によって B = rot A (9.10) と表せる。このベクトル場をベクトルポテンシャル(vector potential)と呼ぶ。 ベクトルポテンシャルは電流密度 j から A(r) = µ0 4π j(r ) |r − r| dV (9.11) によって求められる。 恒等式 div (rotA) = 0 任意のベクトル関数 Aの回転は3つの成分で rotA = ∂Az ∂y − ∂Ay ∂z ∂Ax ∂z − ∂Az ∂x ∂Ay ∂x − ∂Ax ∂y と書ける。よって,rotA の発散はdiv (rotA) = ∂(rotA)x ∂x + ∂(rotA)y ∂y + ∂(rotA)z ∂z = ∂ ∂x ∂Az ∂y − ∂Ay ∂z + ∂ ∂y ∂Ax ∂z − ∂Az ∂x + ∂ ∂z ∂Ay ∂x − ∂Ax ∂y = ∂2Az ∂x ∂y − ∂2Az ∂y ∂x + ∂2Ax ∂y ∂z − ∂2Ax ∂z ∂y + ∂2Ay ∂z ∂x − ∂2Ay ∂x ∂z となる。ここで,微分の順序が交換できることを用いて,右辺は 0となる。すなわち,任意の ベクトル関数A に対して div (rotA) = 0 が恒等的に成り立つ。よって,divB = 0 を満たすベクトル関数 B は,B = rot Aと表すこ とができる。 ベクトルポテンシャルが満たすべき方程式 磁束密度をベクトルポテンシャルで表す式 (9.10)を Amp`ere の法則(9.2)に代入すると rot (rotA) = µ0j (9.12)
が得られる。左辺のx 成分は [ rot (rotA) ]x = ∂ ∂y(rotA)z− ∂ ∂z(rotA)y = ∂ ∂y ∂Ay ∂x − ∂Ax ∂y − ∂ ∂z ∂Ax ∂z − ∂Az ∂x = −∂ 2A x ∂y2 − ∂2Ax ∂z2 + ∂ ∂x ∂Ay ∂y + ∂Az ∂z となる。よって,(9.12)のx 成分は −∂2Ax ∂y2 − ∂2Ax ∂z2 + ∂ ∂x ∂Ay ∂y + ∂Az ∂z = µ0jx と書き直せる。ここで,第1項と第2項に −∂2A x/∂x2 を加え,第3項から −∂2Ax/∂x2 を引 くと,それぞれ, −∂2Ax ∂x2 − ∂2Ax ∂y2 − ∂2Ax ∂z2 = −∇ 2A x, ∂ ∂x ∂Ax ∂x + ∂Ay ∂y + ∂Az ∂z = ∂ ∂x(divA) となるので,(9.12)のx 成分は −∇2A x+ ∂ ∂x(divA) = µ0jx と表せる。y 成分とz 成分についても同様であり,まとめて −∇2A k+ ∂ ∂k(divA) = µ0jk ( k = x, y, z ) (9.13) と書ける。 ベクトルポテンシャルの不定性 磁束密度B が(9.10)によってベクトルポテンシャルAで表されているとする。このとき,ス カラー関数ψ によってベクトル場A を A = A + grad ψ (9.14) で定義すると,スカラー関数についての恒等式
rot (grad ψ) = 0 より rotA = rotA + rot (grad ψ) = rot A = B
となる。すなわち,任意のスカラー関数ψに対して,A =A + grad ψ で定義されるベクトル 関数 A は,ベクトルポテンシャルA と同じ磁束密度を与える。つまり,ベクトルポテンシャ ルにはスカラー関数ψ の勾配 grad ψ だけの不定性がある。 ベクトルポテンシャルに対する制限と Poisson の方程式 ベクトルポテンシャルの不定性 (9.14)を用いて,B = rot A を満たすベクトル場Aの中で divA = 0
となるものをとることができる。この条件を満たすベクトルポテンシャル Aに対して,(9.13) の左辺の第2項は 0となり,ベクトルポテンシャルの3つの成分は,それぞれ,Poisson型の 次の方程式を満たす: ∇2A x = − µ0jx, ∇2Ay = − µ0jy, ∇2Az = − µ0jz. (9.15) これらは,それぞれ,電位が満たす Poissonの方程式 ∇2φ = − ρ ε0 と同じ形をしている。従って,電位に対する Poissonの方程式の一般解 φ(r) = 1 4πε0 ρ(r) |r − r|dV と同じ形の解を,ベクトルポテンシャルももつことがわかる(ε0 を1/µ0 で,ρ を jk で置き 換えればよい)。すなわち,電流密度 j が与えられたとき,ベクトルポテンシャルAに関する Poisson の方程式(9.15)の一般解は(3成分をまとめて) A(r) = µ0 4π j(r ) |r − r|dV と表すことができる。ベクトルポテンシャルA が求まると,磁束密度はB = rot Aから求め られる。 例題 9.5 直線電流がつくる磁場のベクトルポテンシャル 直線電流I から距離 r の点 P における磁場のベクトルポテンシャルを求めよ。
z
O
P
r
z dz
A
−
L
B
+
L
図9.9: 直線電流がつくる磁場のベクトルポテンシャル 解 図9.9に示すように,直線電流に沿って,電流の流れる向きにz 軸をとる。直線電流 I から距離r だけ隔てた点 Pを考え,その点から直線 ABへおろした垂線の足を座 標原点O とする。また,z 軸上に,z =−Lの点A と,z = L の点 Bをとる。直線電流の ABの部分による,点 P におけるベクトルポテンシャルは,(9.11)にお いて,j(r) dV = I ds = I dzez として,z 座標についての積分 A(r) = µ0I 4π L −L dzez (x− x)2+ (y− y)2+ (z− z)2 を実行して得られる。ベクトルポテンシャルの x 成分と y 成分は 0 になり,z 成分 だけが値をもつ: Ax = Ay = 0, Az = µ0I 4π log √ r2+ L2+ L √ r2+ L2− L. L を十分大きくすると,L r より, r2+ L2 = L 1 + 1 2 r2 L2 +· · · と展開できる。右辺の第2項までとって log √ r2+ L2+ L √ r2+ L2− L ≈ log (2L)2+ r2 r2 ≈ log (2L)2 r2 = 2 log 2L− 2 log r と近似できる。よって,Az は Az ≈ µ0I 2π log 2L− µ0I 2π log r と表せる。ここで,L→ ∞ とすると Az は発散する。この発散を避けるために,ベ クトルポテンシャルの原点を µ0I/(2π)· log 2Lだけずらす。従って,点P における ベクトルポテンシャルは Ax = Ay = 0, Az = − µ0I 2π log x2+ y2+ z2 と得られる。磁束密度は B = rot Aによって求められる。 例題 9.6 電流素片による磁場のベクトルポテンシャル 点Q(r) にある電流素片I dsが, 他の点 P(r)につくる磁場の磁束密度を求めよ。 解 点Q(r)にある電流素片I dsが,他の点P(r)につくる磁場のベクトルポテンシャルは, 電流密度jからベクトルポテンシャルAを求める式(9.11)において,j(r) dV = I ds と置き換えて, dA(r) = µ0I 4π ds |r − r| で与えられる。このベクトルポテンシャルによる磁束密度 dB は dA の回転で求め られる:
dB = rot (dA) = µ0I 4π rot
ds |r − r|.
ここで,rot (dA)は点P(r)において求める。すなわち,微分はr = (x, y, z)にだけ作 用し,r = (x, y, z) とds = (dx, dy, dz)には作用しない。たとえば,ds/|r − r| のz 成分の,y による偏微分は ∂ ∂y dz |r − r| = ∂ ∂y dz (x− x)2+ (y− y)2+ (z− z)2 = dz −1 2 2(y− y) [ (x− x)2+ (y− y)2+ (z− z)2]3/2 = −(y− y ) dz |r − r|3 となる。従って,ベクトルの3成分のうち,x成分は rot ds |r − r| x = ∂ ∂y dz |r − r| − ∂ ∂z dy |r − r| = (z− z ) dy− (y − y) dz |r − r|3 = ds × (r − r) |r − r|3 x , すなわち, ( dB )x = µ0 4π I ds × (r − r) |r − r|3 x と表せる。y 成分,z 成分についても同様な式が成り立つので,3成分を合わせてベ クトルの形で dB = µ0 4π I ds × (r − r) |r − r|3 が得られる。これは,Bio-Savart の法則にほかならない。 例題 9.7 円電流による磁場のベクトルポテンシャル xy 平面上の,原点を中心とする半 径aの円周に沿って電流 I が流れている。この円電流による,十分遠方における磁場のベク トルポテンシャルを求めよ。 解 図9.10 に示すように,円形コイルの中心を原点として,コイルの中心軸をz軸,コ イルの面をxy 平面にとり,極座標で考える。 まず,コイル上の点Qにおける電流素片I dsが点 Pの位置につくるベクトルポテン シャルdAを求める。点Qは原点からの距離がaであるからr = a,またxy 平面上 にあるのでθ = π/2 である。x 軸の正の向きからの角を φとする。従って,電流素 片はI ds = Ia dφ と表せる。一方,点 P を簡単のため,yz 平面上(φ = ϕ = π/2) にとる。点Qから点 Pまでの距離を R とおく。このとき,電流素片が点 Pにつく るベクトルポテンシャルdAは,極座標の3成分で ( dA )r = µ0Ia 4πR sin(ϕ− φ) sin θ dφ = µ0Ia 4πR cos φ sin θ dφ ( dA )θ = µ0Ia 4πR sin(ϕ− φ) cos θ dφ = µ0Ia 4πR cos φ cos θ dφ ( dA )ϕ = µ0Ia 4πR cos(ϕ− φ) dφ = µ0Ia 4πR sin φ dφ
O
P
r
x
φ
d
φ
y
z
θ
I
dsss
Q
R
ee
e
ree
e
θI
図 9.10: 円電流による磁場のベクトルポテンシャル と表せる。ここで,ϕ = π/2を用いた。 コイル全体によるベクトルポテンシャル Aは,φについて 0 から2πまで積分して 求められる。しかし,分母にある距離 R がφの関数であるので,積分を実行するの は容易ではない。点 P がコイルから十分遠方にある(r a)として,1/R を a/r について展開する: 1 R = 1r2+ a2− 2ar cos(ϕ − φ) sin θ
= 1
r2+ a2− 2ar sin φ sin θ = 1 r 1 + a r sin φ sin θ +· · · . a/r の1次の項までとって,φについて0 から2πまで積分すると, Ar = Aθ = 0, Aϕ = µ0Ia2 4r2 sin θ が得られる。 円電流の磁気モーメントは,z 軸方向の単位ベクトルをk として pm = Iπa2k と表せる。これを用いて,あるいはベクトルの形で Aϕ = µ0pm 4πr2 sin θ, A = µ0 4π pm× r r3 と表せる。ここで,r は点 Pの位置ベクトルである。