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インターネット上の発言による名誉毀損・プライバシー侵害の救済

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インターネット上の発言による名誉毀損・

プライバシー侵害の救済

上 机 美 穂

  はじめに 1 情報の性質∼名誉毀損・プライバシー侵害となる発言 2 原状回復 3 反論権と対抗言論 4 忘れられる権利(right to be forgotten) おわりに

はじめに

・インターネットの普及と法 インターネットは今日、情報発信ツールの中心にあることはい うまでもない。総務省の「平成 23 年通信利用動向調査」によれば、 日本におけるインターネット利用者数は、推計 9610 万人とされる1 。 コンピューターを介した利用が中心であった以前と比較し、スマー トフォンを含む携帯電話、タブレット型端末、インターネット接続 機能のある家電のような、多様な機器を利用したインターネット接 続も増加している2。 1  http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h22/html/ me411100.html (2012 年 8 月 20 日確認) 2  前掲註1。パソコンの保有率が低下する一方、特にスマートフォンの保有率 が顕著に上昇している。さらに、酒匂一郎『インターネットと法』(信山社・ 2003 年)1 頁では、平成 14 年のインターネット利用者数から、普及が着実に進 むであろうことを予測している。

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情報発信ツールにはふたつの機能がある。ひとつは情報を収集機 能である。人びとは、知りたい事柄のキーワードを入力すること で、情報を入手できる。他方、情報発信機能もある。個人的な意見 表明や情報発信が容易に行えるものである。これまで個人が世間に 個人的意見を表明や情報発信をする方法は、新聞雑誌などの紙媒体 によるか、街頭演説など、何らかの手続きなどを要するものであっ た。インターネットは、そのような煩雑な手続きが必要ない。さら に、匿名、有名いずれでも可能である。このような、一種の「自由 さ」が、インターネット普及を後押ししたのは公知の事実であろう。 一方で「自由さ」は、さまざまな問題を引き起こす。インター ネットをめぐる問題は、多面的に拡大している。ドイツのマルチメ ディア法のように、インターネットに関する包括的な法規制が確立 していないわが国では、インターネットの多面的かつ膨大な問題に ついて個別に対応するしかない3。この結果、多分野において、そ れぞれの専門家が個別に議論を繰り広げることとなる。他方、議論 を尽くしたとしても、問題は解決するどころか、悪化することもあ る。進化の著しいインターネット社会に法がどこまで対応できてい るかは定かではない。 ・インターネット上の発言 個人は、インターネット上で自由に意見表明や情報発信をするこ とができる。人びとは、素性を明かすことなく、ハンドルネームや 匿名により発言が可能である。 たとえばツイッターやブログによる発信は、アカウントの取得な ど、一定の手順を踏むことで行える。また、情報の公開範囲を自ら 調整することができる。それに対し掲示板などは、書き込みまでの 手順がきわめて容易であるうえに、公開範囲について自ら調整でき 3  高橋和之・松井茂記・鈴木秀美編『インターネットと法第4版』(有斐閣・ 2010 年)9 頁以下。

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ないものである。当該掲示板が、会員制であるなどの公開範囲の限 定がない限り、書き込みは、その情報を欲するか否かを問わず(な かには偶然に)万人が目にすることとなる。 インターネット上の個人の意見表明は、決して理論だったものば かりではない。単なる野次、興味本位のものもある。いずれであっ ても発言がインターネット上にある限り、他者にすれば何らかの情 報を目にするのに変わりはない。このことが、書かれた者やその関 係者に不利益を生じさせることにつながることもある。 ある者に関する情報の公開により当該個人が不利益を被った場合、 当事者は、名誉毀損あるいはプライバシー侵害として、公開者に対 し損害賠償や原状回復請求をすることになる。インターネット上の 発言により不利益を被った者も同様に、名誉毀損やプライバシー侵 害を訴える。ところが、インターネットの特性が、これを困難にさ せることがある。このことは、これまで考えられていた名誉毀損や プライバシー侵害の救済方法では、不利益を被った者の救済が不十 分になることにもつながる。 インターネットのもつ特性を考慮したうえで、書き込みにより不 利益を被った者は、いかに救済されるべきであろうか。このことを 検討することは、わが国のインターネット以外の名誉毀損やプライ バシーをめぐる救済の新たな展開にもなると考える。 本論は、インターネット上の発言による名誉毀損、プライバシー 侵害の救済可能性について、発言の性質、救済方法を中心に論じる ものである。

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1 情報の性質∼名誉毀損・プライバシー侵害となる発言

インターネット上にあるどのような発言であれば、名誉毀損やプ ライバシー侵害となりうるのであろうか。 ①名誉毀損 民法 723 条にいう名誉が、客観的な名誉である社会的名誉を示す ことは、古くからよく知られている。社会的名誉とは、「品性、徳行、 名声、信用等の人格的価値」についての社会からの客観的評価であ る4 。このような個人に関する社会的評価は、他者に公表されなけ れば、評価の対象とはならない。 客観的に評価されるには、何らかの方法で公表されることを要す る。これまで公表はそのほとんどをマスメディアが担っていた。こ のため、名誉毀損をめぐる問題は、マスメディア対個人の関係にお いて生じ、この関係における個人の保護を中心に考えられるもので あった5。インターネットにおいても、名誉毀損である以上その成 立要件は、メディアによることと同じであろう。そうなれば名誉毀 損において常に問題となる、適示された内容(発言)の性質は、イ ンターネットでも同様に考えなければならない。 名誉毀損は、ある事柄の公表(摘示)により個人の社会的評価が 低下していれば、成立しうるものである。ここに事柄の内容、社会 的評価の基準などをめぐる問題がある。マスメディアにより摘示さ れたことで名誉毀損となる事柄と、インターネット上で摘示した事 柄による名誉毀損では、事柄に性質の違いがあるだろうか。いい換 えれば、社会的評価が低下すると判断される事柄の性質は、メディ 4  大判明治 39 年 2 月 19 日。名誉毀損における名誉の意義について論じるもの は数多い。たとえば宗宮信次『名誉権論』(有斐閣・1939 年)五十嵐・田宮 11 頁以下、佃 2 頁以下など。 5  高木篤夫「インターネット上の名誉毀損とプライバシー侵害」ひろば  2002.6.32。

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アとインターネットでは同じ基準かということである。 マスメディアによる名誉毀損の判断基準は、「一般の読者の普通 の読み方」による、という最高裁の判断が現在の通説である6 。さ らに、一般的読者を基準とすることは、各媒体の性質も考慮した判 断を要すると考えられている7。 たとえば新聞記事の名誉毀損の存否につき、「当該記事の対象と された者がその記事内容に従って評価を受ける危険性が生ずる」こ とで不法行為が成立するもので、「当該新聞の編集方針、その主な 読者の構成及びこれらに基づく当該新聞の性質についての社会の一 般的な評価」されるものではないとした8 。 また週刊誌の見出しの名誉毀損については、「見出しによって強 く印象づけられ、その印象に導かれて記事全体を読むのが通常と考 えられる」ということから、本文の読み方を考慮することなく、見 出しの印象のみで名誉毀損が成立することを示している9。 インターネットの発言による名誉毀損につき、発言の読み方を考 慮して判断していると思われる判例は見当たらない。インターネッ ト上の発言方法には、いくつかの手法がある。たとえばブログは、 タイトルと本文で構成されている。掲示板の発言は、その多くが一 言あるいは短文である。またツイッターのように、文字数が 140 文 字と制限された短文の発言もある。このうち掲示板の発言は、ある テーマのもと、多数の一言が集積された情報記事と考えることもで きる。 インターネット上の発言の読み方という視点で考えれば、「一般 の読者の普通の読み方」という判断基準を、特にインターネットに おいては再考する必要があるのかもしれない。 6  最判昭和 31 年 7 月 20 日民集 10 巻 8 号 1059 頁。 7  宮原守男監修『名誉毀損・プライバシー』(ぎょうせい・2006 年)44 頁以下。 8  最判平成 9 年 5 月 27 日民集 51 巻 5 号 2009 頁、判時 1606 号 67 頁。 9  東京地判平成 4 年 1 月 20 日判タ 791 号 193 頁。

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②プライバシー侵害 伝統的なプライバシー侵害は、個人の私生活や、秘匿したい私事 の公開である。さらに、個人についての誤った印象(false light) を世間がもつことも含む10 。他者によりこのような発言がされた場 合、プライバシー侵害となる。誤った印象をもたせるということは、 発言の真偽を問わないということでもある。小説などのフィクショ ンであっても、多数の読み手が、本人であるかのような印象をもて ばプライバシー侵害は成立しうる11 。他方、早稲田大学の名簿提出 事件に代表されるように、個人において個人識別情報について、公 表を欲さない状況がみられるようになっている。 近時の判例はこのような要請に応じ、識別情報の機能や性質を考 慮し、公表がプライバシー侵害になると判断する傾向にある。ここ にいう識別情報の機能とは、情報の蓄積状況や、利用価値に着目し たものである。 東京地判平成 22 年 10 月 28 日は、会社と組合が収集し、電子ファ イルの作成、保管、使用した社員の情報をめぐる事件である。判決 は、当該社員の氏名、住所、社員番号などは「様々な場面に点在す る個人情報を特定の個人に結び付けるものとして重要な意味」を持 ち、「個人識別情報は、データベースの鍵として機能する」ことから、 プライバシーとして保護対象となるとした12 。 インターネット上に本人の承諾なく(あるいは意図しないなか で)、私生活や個人情報が掲載される状況は、他者による故意の暴 露と、過失により流出するときに生じる。発言によるプライバシー 侵害が生じるのは、他者による故意の暴露であることが多いといえ よう13 。

10  W.L.Prosser, Privacy, 48 Cal.L.Rev 383(1960).

11  東京地判昭和 39 年 9 月 28 日 下民集 15 巻 9 号 2317 頁。 12  東京地判平成 22 年 10 月 28 日労判 1017 号 14 頁。 13  前掲註 5 高木 37 頁。

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暴露される事柄は、私生活の事柄のみならず、個人識別情報も含 まれる。前述のように、近年ではプライバシーとして保護される傾 向にある、個人識別情報であるが、多くの場合、識別情報が集合す ることでそのプライバシー性が高くなるものである。すなわち、単 体の識別情報の公表のみでは、いまだ秘匿性は低いものと判断され るようである。 たとえば名古屋高判平成 23 年 3 月 17 日は、情報誌紙上における 氏名の公表について争われた事件である14 。判決は、氏名を「人が 社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予 定されている個人識別情報」とした。そのうえで、「氏名は、他の ことと完全に切り離してそれだけを単独に取り上げることは、実際 上は殆どできない」と述べた。そして、氏名が「何らかの属性と結 びついて取り上げられる」ことにより、プライバシーとして保護さ れるとしている。このことからも、識別情報は、集合しなければプ ライバシーとして保護されにくいことが理解できる。 ③インターネット上の識別情報の公表 インターネット上の発言において識別情報の公表は、それ自体で 不法行為を構成しやすい。単に氏名を公表したのみでもプライバ シー侵害となりうる。 東京地判平成 21 年 10 月 27 日では、インターネット掲示板上に 氏名、住所、電話番号を記載したことをプライバシー侵害とした。 判決では、氏名、住所、電話番号の一部を掲載したこともプライバ シー侵害になるとしている。また、東京地判平成 17 年 4 月 25 日は、 整形手術を受けた患者が、手術結果の不満をインターネット掲示板 に発言したところ、執刀医が、患者の実名を挙げて反論した事件で ある。 14  名古屋高判平成 23 年 3 月 17 日ウエストロー 2011WLJPCA03176002。なお、 原告は控訴したが、棄却された(最決平成 24 年 3 月 2 日)。

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実名は、患者による抗議の書き込みにより、掲載から約 1 時間後 に発言者である執刀医自身が抹消していた。しかし判決は、執刀医 の発言について「少なくとも原告(患者)の実名を出す必要は認め られない」として、プライバシー侵害を認めている。 識別情報によるプライバシー侵害には、多くの場合、識別情報に 付帯する情報がある。平成 17 年判決では、整形手術という秘匿性 の高い医療情報がある。医療情報は、個人が公開を欲するような情 報ではない。他者は匿名である限り、誰の医療情報かを知ることは できない。しかし識別情報が結合することの相乗効果として、情報 の秘匿性が高まることになる。 これまで個人の医療情報の公開によるプライバシー侵害は、医療 情報と識別情報がともに公表されることで生じていた15。しかし本 件のように、インターネット上では、異なる情報発信源から公表さ れた情報が結合することによりプライバシー侵害となることが考え られる。はたして発言者は、自らの発言についてどの程度まで責任 負担すべきであろうか。 ところでなぜインターネット上の識別情報の公表は、名簿や紙媒 体による個人識別情報の公表よりも、比較的容易にプライバシー侵 害となるのであろうか。この一因は、インターネットという場所が、 匿名や秘匿を前提として構成されていることにあると考えられる。 一方現実社会は、秘匿や匿名を前提としている場といえるであろう か。 仮に、単一の個人識別情報の公開までもプライバシー侵害となる ようなことになれば、現実社会も秘匿を前提とした場と考えざるを 得なくなるであろう。現実社会におけるこのような状況は、過剰な プライバシー保護につながるのではないだろうか。インターネット 上での発言と、現実社会における私事の公表によるプライバシー侵 害の基準は、状況に応じ、別個に設ける必要があるかもしれない。 15 たとえば HIV の情報提供について東京地判平成 7 年 3 月 30 日判時 1529 号 42 頁。

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④本人特定の必要性∼ HM =実在人物か? 名誉毀損、プライバシー侵害のいずれであっても、当該発言は、 被害を訴える本人に関することでなければならない。名誉、プライ バシーなどの人格的利益は、一身専属的な権利利益であり、その侵 害は、本人によって行われるべきものである。ここに原告の匿名性 と本人との同一性の問題がある16 。 インターネットの発言の場合、特に掲示板などでは、当事者双方 あるいは一方が、ハンドルネーム(以下 HM)や匿名により発言す る。侵害者は、いわば「顔の見える特定個人」を害するような発言 をするのではなく、HM や匿名の、「顔の見えない相手」に対し発 言をするということである。たとえば「○○は、過去に逮捕歴があ る」という発言において、「○○」が実名であれば、名誉毀損やプ ライバシーが容易に成立しうる。 他方「○○」が HN のとき、その発言を目にした者が、HN に対 応する実在人物を特定できなければ、実在人物に損害が発生してい ないということになるのであろうか。 ニフティサーブ第1事件は、「Cookie」の HN でインターネット 上の会員制の掲示板(電子会議室)に参加していた者が、同じく HN で参加していた者により名誉毀損されたと訴えた事件である17。 原告の本名や職業は、被告により公開されていた。そのため原告 は、被告らの発言や、素性の公表などにより名誉が毀損されたと主 張した。判決は、HN を用いていた原告の素性について「多数の会 員が認識し得る状態にあったもの」で、「匿名性は確保されている とはいえない」として、原告の請求を認めた。 このように HN や匿名であっても、本人(本名者)が特定可能な 16 この問題について、和田真一「インターネット上の名誉毀損における当事者 の匿名性をめぐる問題」立命館法学 292 号 484(2092)頁以下、安永正昭「インター ネット上での名誉・プライバシー侵害からの法的保護の現状」民商法雑誌 133-4 号 586 頁以下。 17  東京地判平成 9 年 5 月 26 日判時 1610 号 22 頁。

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場合は、名誉やプライバシーの侵害が認められるということになる。 その後の判例も、HM や匿名であっても、本人が特定できるときは、 不法行為が認められる傾向にある18 。 HN や匿名の被害者の名誉毀損の成否については、インターネッ トが普及した当初から議論されている。これは、インターネット(サ イバースペース)という特殊空間にある人格と、現実社会の人格を どのように結び付け、あるいは関係づけるかということと、インター ネット上の人格をどう扱うかという問題である19 。 匿名性と本人特定の問題は、小説表現をめぐる名誉などの問題と も類似し、インターネットに限定されるものではない20 。サイバー スペースを仮想空間ととらえるならば、たとえば小説もフィクショ ンという仮想空間である。小説による名誉、プライバシー侵害は、 登場人物と実在人物との同定可能性が高ければ、実在人物とされる ことが多い。小説をめぐる判例において、同一性を判断する基準は、 必ずしも一致しない。HN や匿名人物と、本人(本名者)の同一性 の判断基準は、インターネット上の議論以外にも反映できよう21。

2 原状回復

プライバシー侵害は不法行為であり、被害者は、民法 709 条また は 710 条を根拠に損害賠償を請求する。名誉毀損については、民法 723 条により「名誉を回復するのに適当な処分」と、必要に応じ損 18  たとえば、電話帳記載事項がインターネット上に公表された、神戸地判平成 11 年 6 月 23 日など。 19  この点について、前掲註 16 和田、山口いつ子「パソコン通信における名誉毀 損」法時 69 巻 9 号 92 頁、町村泰貴「サイバースペースにおける匿名性とプラ イバシー(一・二)」亜細亜法学 34 巻 2 号 81 頁など。 20  五十嵐清『人格権法概説』(有斐閣・2003 年)35 頁では、名誉毀損における 被害者の特定性を、仮名使用と集団から論じている。 21  小説における同定性の問題について、山田卓生・上机美穂「モデル小説にお けるプライバシーと名誉」日本法学 71 巻 4 号 76(1172)頁。

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害賠償も併せて請求できる。被害者は、その侵害様態を根拠に、不 法行為の差止を請求することもあるが、多くの場合認められていな い。 以前から差止は、プライバシーや名誉毀損など、人格的利益侵害 において請求されるものである。不法行為に対する救済が損害賠償 のみであるという規定を前提とする限り、理論上、救済方法とする には未だ難しい。 一方で、損害賠償による救済のみでは、被害者の救済が十分では ないという指摘も多くある。すなわち金銭により損害が補てんされ たとしても、情報が世間に残る限り、それを目にする者が存在する こととなる。被害者はそのことに継続的な不安や不快を抱くことに なるであろう。しかし、差止が救済方法として認められない以上、 被害者はどうすることもできない。 インターネット上の発言に対する救済でも同様のことがいえよう。 インターネットの特性である伝播性と情報保管の容易性は、このよ うな不安を増大させる。しかし現在の救済方法では、このような特 徴に十分に対応できるとはいい難い。以下では、インターネット上 の発言による損害に対する、いくつかの方法の救済可能性について 検討する。 ①謝罪広告 名誉毀損は、原状回復が主たる救済方法である。原状回復は「名 誉を回復するのに適当な処分」のことを示すのみであって、具体的 な方法は当事者および裁判所に委ねられる。名誉毀損の中心的な機 能は、メディアによる個人攻撃への救済であったこともあり、原状 22  橋本恭宏「名誉毀損・プライバシー侵害とその法律効果の現状と課題」日本 法学 65 巻 4 号 228(600)頁によれば、当初原状回復として考えられていたのは、「① 公開の法廷での謝罪、②謝罪状の交付、③新聞等への謝罪広告・取消広告の掲載」 などであったが、結局は、ほとんどが「謝罪広告」によるとしている。

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回復は、謝罪広告によるものがほとんどである22 。他方、謝罪広告 は憲法の立場からは、その合憲性が問われているが23、名誉毀損に 対する救済措置として、広く認められている。 謝罪広告の掲載が認められる場合、裁判所は広告の掲載媒体、掲 載場所、活字サイズなどを詳細に定めるものである。マスメディア による原状回復措置として広く行われる謝罪広告や訂正記事の掲載 は、主に名誉を毀損した記事の発信媒体において行われる24。 写真週刊誌の記事において名誉を毀損された者が、その謝罪広告 の掲載を、発信媒体のほか日刊紙 4 紙の紙上にも掲載するよう求め た事件がある25 。原告は、当該写真週刊誌の広告が日刊紙上に掲載 されたことにより、写真週刊誌の読者以外の者にも影響を及ぼすこ とを指摘した。このことから、発信媒体以外の日刊紙への謝罪広告 掲載を要求したものである。判決は、日刊紙上の広告を見た者がい ることによる影響は「間接的なものにすぎない」として、写真週刊 誌上への謝罪広告のみを命じた。 マスメディアから発信される情報は、その発信元が判別しやすく、 時間が経過しても同じ場所にある。仮に情報が拡散しても、発信源 の特定は容易である。そのため、発信媒体において謝罪広告を掲載 することに有効性はあると考えられる。他方、インターネット上 の発言は、発信元の判別が難しいことがある。また情報の拡散範囲 がきわめて広いため、たとえ一カ所に謝罪広告を掲載したとしても、 その効果を見込めるとは考えにくい。インターネット上の発言に対 する謝罪広告は有効な救済手段となりうるのであろうか。 23  たとえば、田宮裕・五十嵐清『名誉とプライバシー』(有斐閣双書・1968 年) 69 頁以下、君塚正臣「表現による不法行為と憲法の第三者効力論」横浜国際経 済法学 12 巻 39 頁など。 24  前掲註7 201 頁。 25  東京地判平成 10 年 9 月 25 日。なお一審では謝罪広告の掲載が認められたが、 二審(東京高判平成 11 年 6 月 30 日)では、写真掲載から判決まで、約 3 年が 経過していることなどを理由に、謝罪広告の掲載の必要性を否定している。

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②書籍とホームページ上の謝罪広告 書籍において名誉を毀損された原告が、書籍執筆者と出版社に対 し、それぞれが開設するホームページ上への謝罪広告の掲載を請求 し、認められた事件がある26 。原告は、主要全国紙上での謝罪広告 も求めていた。しかし、当該書籍が「やや特殊な分野」のものであ り、発行部数も約 1 万部と少なかったことから、「インターネット による謝罪広告でほぼその目的を達することができる」とし、全国 紙上での謝罪広告を認めなかった。 この事件において、名誉を毀損した媒体は書籍(紙媒体)である。 謝罪広告の掲載場所は原則として発信媒体であるが、書籍などの場 合、当該書籍に謝罪広告を加筆することは困難である。そのため書 籍による名誉毀損における謝罪広告掲載を請求する場合、その多く が、全国紙上に掲載することを希望する27 。書籍は頒布されること により、情報の拡散が全国であることが想定できるためであろう。 しかし本判決は、書籍の発行部数が少数であることを根拠に、イ ンターネット上のみの謝罪広告掲載とした。インターネットの情報 伝播性を考慮すれば、新聞よりもむしろインターネット上のほうが 多数の人間が目にすることとなる。発行部数を根拠に謝罪広告媒体 を定めることには若干の疑問が残る。 そしてこのような議論の先に、謝罪広告は、誰に対しなされるも のかという新たな問題が生じうるであろう。 ③インターネット上の発言と謝罪広告 東京地判平成 23 年 6 月 30 日は、インターネットのウェブページ 上に、作家(被告)が連載した日記により名誉、プライバシーなど 26  東京地判平成 13 年 12 月 25 日判時 1792 号 79 頁。評釈として栗田隆、NBL 別冊 79 号 30 頁。 27  書籍に対する謝罪広告は、小説『宴のあと』事件(東京地判昭和 39 年 9 月 28 日) においても請求されている。

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を侵害されたとして、日記掲載の差止め、慰謝料支払、謝罪広告の 掲載を請求した事件である28。 原告は、被告の日記掲載を「検索容易でいつでも閲覧可能である などの利便性がきわめて高く、現代社会に定着し、利用者が多数存 在するインターネットを利用し」不法行為を行ったとし、「金銭の みでは慰謝し得」ない損害を被ったと主張した。被告は、原告の請 求する謝罪広告の対象となっている箇所は、「原告らの氏名のマス キングが既に完了している」ため、損害が継続していないことなど を理由に、謝罪広告の掲載は不要である旨主張した。 判決は、ウェブページへの掲載を「伝播性の高い方法」による名 誉毀損行為であるとした。さらに、「特に被告が管理するウェブペー ジを継続的に閲覧する者らの間においては、原告らに関する事実が 広く認識されたであろうことが推認される」などとし、「金銭によ る損害賠償を認めるだけでは不十分」であると判断した。そのうえ で、謝罪広告の掲載方法について、原告の求めた謝罪広告の内容を 勘案し、被告ウェブページと、日記の連載されていたウェブページ 上の 2 カ所に謝罪広告を掲載するよう命じた。 判決も示すように、ウェブページは伝播性が高い。特定のウェブ ページを継続的に閲覧する者は、ある程度絞られることも想定され る。当該ウェブページが会員制の空間であれば、その閲覧者はさら に絞られることとなる。その意味では、伝播性の高いウェブページ であっても、その発信元の特定は、マスメディア同様、容易である かもしれない。 このように、インターネット上の発言の発信元と閲覧範囲が、あ る程度限定される場合には、ウェブページ上の謝罪広告の掲載も有 28  東京地判平成 23 年 6 月 30 日ウエストロー 2011WLJPCA06308009。評釈として、 知的財産権判決速報 435 号 12 頁。なお本事件は、著作複製権や著作者人格権に ついても争われたものである。しかし、プライバシーや名誉の観点からインター ネット上の小説や著作物を考える上でも重要な事件である。今後再度検討をす る予定である。

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効に機能することが考えられよう。他方、閲覧範囲が限定されず、 だれでも閲覧可能な場合や、発言の発信元が不確定の場合、インター ネット上の謝罪広告は効果を発しないと考えられる。

3 反論権と対抗言論

名誉毀損の原状回復として、反論権の有効性は、古くから議論さ れていた。日本の反論権は、新聞紙発行条目(1873 年)に、フラ ンス法の影響により始まったとされる。その後、新聞紙発行条目の 廃止により、反論権制度も廃止された。その後、反論権が再び注目 を受けることになった事件が、サンケイ新聞意見広告事件である29 。 ①サンケイ新聞意見広告事件30 サンケイ新聞意見広告事件は、名誉毀損に対する救済方法として 反論権の有効性が争われた代表的な判例である。昭和 48 年、自民 党がサンケイ新聞紙上に共産党について揶揄する意見広告を掲載し た。これに対し共産党が、記事を掲載したサンケイ新聞に対し、反 論文の無償掲載請求をした事件である。 本件ではまず、仮処分申請がなされた31。しかし被告サンケイ新 聞による意見広告の掲載は、政党論争は、名誉を毀損するものであっ ても「故意もしくは真偽について全く無関心な態度で虚偽の事実を 公表すること」と「社会通念上到底是認し得ないもの」でない限り、 名誉毀損は成立しないとし、申請を却下した。本決定では、そもそ も名誉毀損が成立しないことから、反論文に関する議論はされな かった。 そこで原告共産党は、反論文掲載の根拠として、憲法 21 条、条理、 29  韓永學『報道被害と反論権』(明石書店・2005 年)172-177 頁、五十嵐 281 頁以下。 30  最判昭和 62 年 4 月 24 日民集 41 巻 3 号 490 頁、一審東京地判昭和 52 年 7 月 13 日判時 857 号 30 頁、二審昭和 55 年 9 月 30 日判時 981 号 43 頁。 31  東京地決昭和 49 年 5 月 14 日判時 739 号 49 頁。

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人格権を挙げ、名誉毀損が成立しなくとも、反論文の掲載は請求で きると主張した。 一審二審とも名誉毀損に対する救済として、反論文の掲載の余地 があることを示したが、自民党の意見広告には悪意がないことから、 名誉毀損が成立しないとして、原告主張を退けた。 最高裁は反論文について、「名誉毀損の不法行為の成否に関係な く、人格権または条理に基づいて」掲載することはできないとした。 反論権の意義については「誤った報道をされたとする者にとっては、 気を失せず、同じ新聞紙上に自己の反論文の掲載を受けることがで き、これによって原記事に対する自己の主張を読者に訴える道が開 かれることになる」ため「名誉あるいはプライバシーの保護に資す る」ことが「否定し難い」とした。しかし、反論文について明確な 規定がなく、反論文を掲載しなければならない者には負担が生じる とした。そして、この負担が「批判的記事の掲載をちゅうちょさせ、 憲法に保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれ」 があるとして、反論文請求は認められないとした。 ②インターネット上の反論文∼謝罪広告と反論文 本判決には、きわめて多くの判例批判がある。しかしこの事件以 降、新聞雑誌記事に対する反論権をめぐる争いは、それほど多くは ない32。賛否さまざまな意見があるものの、今日まで反論文につい て法制定を含むような、深部に迫る議論は少ない。民法 723 条の「適 当な処分」とは、同様に異論も多いものの、結局は謝罪広告という 形で行われるのが通常である33。 32  たとえば、東京地判平成 4 年 2 月 25 日判時 1446 号 81 頁。前掲註 29 韓では この判決を、「民事上の権利救済手段として反論権の存否を吟味する格好の契機 となった」と述べている。 33  和田真一「名誉毀損の特定的救済」『新・現代損害賠償法講座』(日本評論社・ 1998 年)127 頁。謝罪広告等の掲載という措置の代替案として、裁判所自らが、 取消広告、判決文などを公表すること手段が提唱されている。

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ここに謝罪広告と反論文の性質の違いについて、疑問が生じる。 マスメディアにおける謝罪広告と反論文の性質を考えるならば、い ずれも情報の発信元に、不利益を被った者の要望を掲載することに 変わりはない。謝罪広告は、形式、文章などが細かに指定され請求 される。裁判所が判断し、広告の内容を決定するものであるが、多 くは請求者の要望が反映される。反論文もまた、記事に対する意見 (文章)と掲載形式を請求者が定める。 このことを考慮すれば、内容は異なれど、いずれも請求者の要 望という形の意見を掲載することに変わりはないのではなかろう か。反論文が、請求者の意見の色合いが濃いのみであるともいえよ う。サンケイ新聞事件の最高裁判決が示すように、掲載する側に「負 担」があるとすれば、謝罪広告もまた記事に対する「批判的記事」 ととらえることもできよう。それでもなお反論権が確立しない要因 はどこにあるのであろうか34。 インターネット上の発言に転じれば、特に掲示板などにおいて、 謝罪あるいは訂正が混在するような発言を目にする。また、サンケ イ新聞事件をはじめ、インターネットが普及する以前、名誉毀損の 多くは、新聞、雑誌、テレビなどのマスメディアによるものが多かっ た。そのため、仮に反論をするとしても、何らかの名誉毀損発言か ら反論までの間に、タイムラグが生じることとなる。また、反論の 檀上が、もともとの名誉毀損があるとされる舞台(媒体)とは異な ることもあった。すなわち、状況次第では反論というよりも、むし ろ新たな意見表明となるような場合もある。また反論者は、毀損さ れた者本人あるいは、ごく身近な利害関係者であった。 ここにネット上の反論との差異がある。すなわちインターネット 34  前掲註 20 五十嵐 288 頁では、反論文と謝罪広告の違いについて「現実の謝 罪文は新聞・雑誌の目立たない場所に掲載されるので、たとえば雑誌の 1 頁や 2 頁にわたる反論文の掲載が認められるならば、それなりの効果が期待される。」 と述べている。

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の場合、ある者の名誉毀損発言に対し、毀損された者が毀損された 舞台において、即座かつ自由な反論が可能となる。ネット掲示板は 匿名あるいは HN によるものであることから、毀損者の特定をしな くとも、反論あるいは反論権の行使が可能となる。このことは、当 事者以外の者による反論の可能性をはらむものである。 ③インターネット上の発言における反論の有効性∼対抗言論 インターネット上の発言に対する反論は、その性質から対抗言論 としてとらえられる35。対抗言論は、言論による弊害に対し、さら なる言論(more speech)により対抗することを原則とする。そし て対抗言論が機能しない場合に、その限度において救済を認めると いう考え方である36。意見の応酬と考えることもできるであろう。 インターネット上の対抗言論の有効性を考えるうえで、いくつか の問題がある。それは反論者の不特定性、反論場所の不特定性、対 抗言論による違法性阻却可能性などである。 新聞雑誌などによる名誉毀損において反論権を主張する者は、主 に被毀損者本人である。他方、インターネット掲示板において対抗 言論を行う者は、被毀損者本人とは限らない。被毀損者になりすま したり、全くの別人が対抗言論を行うことも考えられる。一方毀損 者からすれば、対抗言論を受けたことにより、毀損という状況(責 任)から免れるという意識になりうる。対抗言論されたことを根拠 に免責されることになれば、被毀損者において意図しないかたちで 救済が満足になされない可能性が生じうる。 またインターネットの場合、同じ話題がさまざまなサイトに掲載 されることがある。そのため、仮に被毀損者が対抗言論をひとつの サイトで行ったとしても、他サイトにはそれが反映されず、結果的 35  前掲註 3 64 頁以下。安永正昭「インターネット上での名誉・プライバシー 侵害からの法的保護の現状」民商法 133 号 588 頁(2006 年)。 36  前掲註 35、前掲註 7 宮原 141 頁。

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に被毀損者を救済するには至らないことも考えられる。 すなわちインターネット上の対抗言論は、毀損者において免責可 能性はあるとしても、被毀損者において有効な名誉回復措置とはな り難いのではなかろうか。 東京地判平成 13 年 8 月 27 日では、「フォーラム」と呼ばれる、 インターネット上の意見交換の場における名誉毀損などが問題と なった37。 原告 X は、訴外 A による発言を、被告である「フォーラム」運 営管理会社 Y が適切に措置しなかったために、精神的損害を被っ たと主張した。A による発言の発端は、X から A への発言が発端 となったものであった。 判決では、Y の責任の前提として、A による侵害の有無が判断 された。対抗言論については、「言論による侵害に対しては、言論 で対抗するというのが表現の自由の基本原理であるから、被害者が、 加害者に対し、十分な反論を行い、それが功を奏した場合は、被 害者の社会的評価は低下していないと評価することが可能」とした。 そして、インターネット媒体は、必要かつ十分な反論を可能にする 場であるとし、「被害者の反論が十分な効果を挙げているとみられ るような場合には、社会的評価が低下する危険性が認められ」ない とし、A による名誉毀損などを認めなかった。 ここにいう対抗言論による免責とは、「対抗言論をした」という 事実に着目したものである。どのような内容の発言をしたか、換言 すれば、発言が社会的評価を低下させるような内容であったかに着 目したものとはいえない。判決は「十分な効果」のある反論の場 合には、社会的評価は低下しないとする。名誉毀損の成立が、社会 的評価が低下するような「内容」の言動の有無に着目するのに対し、 対抗言論による免責は、社会的評価の低下を防止(阻止)する「行 為」を評価することとなる。 37  東京地判平成 13 年 8 月 27 日 判時 1778 号 90 頁。

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前述のように、ある者に関するインターネット上の名誉毀損発言 は、ただ1カ所において生じたとしても、その拡散は早く、不特定 多数の者が目にすることができる。仮に、対抗言論を1カ所で行っ たとしても、拡散した名誉毀損発言にまでその効果を及ぼすことは、 不可能に等しいといえよう。有効な対抗言論には、対抗言論を行え る「場」を要することとなる。この「場」を、毀損者と被毀損者に 対等かつ拡散不可能な状況で提供できない限り、対抗言論による名 誉毀損の回復は極めて難しいものではなかろうか38 。

4 忘れられる権利∼ right to be forgotten

①過去の情報の扱い いったんインターネット上に発言すれば、発言は情報として発言 したサイトに残ることになる。さらにその発言を引用する者がいれ ば、引用先において新たな情報として残る。情報は、最初の発言が そのまま伝播するとは限らない。伝播するなかで、新たな情報が付 加されたり、もともとの情報が脚色され、歪曲されることもある。 そして一度記録された情報は、何らかの行為を起こさない限り、半 永久的にインターネット上のどこかに残ることとなる。 情報を欲する者は、詳細かつ最新の情報を容易に入手したいもの である。検索サイトなどによりキーワードを入力するのみで、情報 をきわめて容易に入手することができる。時には、予想以上の莫大 な情報を入手することもある。情報を欲する者からすれば、これは まさに宝探しのようなものかもしれない。一方、情報が公表されて いる者からすれば、ときには自らですら忘れているような、遠い過 去の情報であっても、他人が容易に見られることになる。また、本 人は、公表されていることすら知らない情報も存在すると考えられる。 38  対抗言論の困難性について、前掲註7宮原 144 頁、前掲註 16 和田 495(2103) 頁など。

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情報が半永久的にインターネット上に存在することにより、個人 は不快感や不安を持つことがある。情報の内容が明らかに名誉を毀 損するものや、プライバシーを侵害するものであれば、それぞれの 基づき、救済請求が可能であろう。しかしそこまでの情報ではない とき、その掲載について、何らかの救済を求めることができるので あろうか。 この問題へのひとつの答えとなりうるのが、忘れられる権利 (right to be forgotten)である39 。 ② EU 法案とアメリカ草案 忘れられる権利は現在、EU やアメリカを中心に議論されてい る。一方、ラテンアメリカ諸国においては、すでに「データを持っ ている者に対する権利」という形で、法制化が進んでいる40 。たと えばアルゼンチンでは、著名な水着モデルが、インターネット上に 掲載し、その後他者により転載された、自らの写真(embarrassing picture)と情報について、忘れられる権利を根拠に削除(remove) 請求し、認められた41。現在、当該モデルの氏名をアルゼンチンの 検索エンジンに入力しても、空白(blank)になる。

2012 年 1 月、 欧 州 委 員 会(the European Commissioner for Justice , Fundamental Rights , and Citizenship)において、新た なプライバシーとして、"right to be forgotten" が含まれた、EU Data Protection 改正法案が提出された(以下 EU 法案)42 。さら 39  厳密にいえば、これを「権利」と称することは時期尚早であると考える。しかし、 現在の EU あるいはアメリカの議論において、right と表現するため、直訳する。 40  伊藤英一「情報社会と忘却権―忘れることを忘れたネット上の記憶―」慶應 義塾大学法学研究 84(6)号 183 頁以下(2011 年)。 41  http://www.npr.org/blogs/krulwich/2012/02/23/147289169/is-the-right-to-be-forgotten-the-biggest-threat-to-free-speech-on-the-internet (2012 年 8 月 20 日 確認)。 42  http://ec.europa.eu/justice/newsroom/data-protection/news/120125_en.htm (2012 年 8 月 20 日確認)

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に翌 2 月 23 日には、アメリカにおいて、Consumer Privacy Bill of Rights(消費者プライバシー憲章)の草案が公開された43。EU の 忘れられる権利は、フランスにおける忘却権(le droit a l'oubli)に 由来するといわれる。一方、アメリカにおける忘れられる権利は、 修正法 1 条に由来する。いずれも犯罪歴の公表に関する権利であ る44 。 EU 法案の前文(Whereas Clause)では、「何人も、自己の個人 データを訂正する権利を有し、また個人データの保有が本規則に 遵守していない場合に『忘れられる権利(right to be forgotten)』 を有する。45 」とし、忘れられる権利を明示化した。アメリカの草 案においては、忘れられる権利を前提としないものの、「individual control」という語を用いた。この「control」とは、自己に関する 情報の収集、利用方法について、個人が操作できることを意味する ものである。いずれも、個人に関する情報について、本人自身が情 報の扱い方の決定権を持つことができることを重視しているという ことができよう。 EU 法案では、忘れられる権利を前提とし、情報管理者に対し、 自己の情報の消去権を有するとした。さらに、情報を第三者などに 配布することをやめさせる権利も有するとしている46。特に未成年 においては、この権利が重要とされる。これは、アメリカ草案のよ 43  http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/privacy-final.pdf#search= 'customers% 20privacy% 20bill% 20of% 20rights'

(2012 年 8 月 20 日確認)。

44  Jeffery Rosen , The Right to Be Forgotten , 64 Stan. L. Rev 91 (Feb.2012) . 45  前文(53)Any person should have the right to have personal data

concerning them rectified and a 'right to be forgotten' where the retention of such data is not in compliance with this Regulation.

46   法 案 17 条 1 項 The data subject shall have the right to obtain from the controller the erasure of personal data relating to them and the abstention from further dissemination of such data, especially in relation to personal data which are made available by the data subject while he or she was a child, where one of the following grounds applies

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うに単に消費者の権利として存在するものではない。そのため管理 者は、消費者に対するところの事業者とは限らない。 たとえば未成年の本人が、インターネットのブログ上に自己の写 真を掲載し、その後、写真が他者によって共有され、他者のサイト 上に掲載された場合、本人が既にその写真を削除しているような場 合は、他者へ削除請求ができるということになる。この権利は、単 にサイト管理者のみならず、Yahoo や Google のような検索エンジ ンにも及ぶと考えられている。 ③忘れられる権利の有効性 わが国において、インターネット上の名誉毀損やプライバシー侵 害の救済として、忘れられる権利を応用し、活用できるであろうか。 忘れられる権利は、インターネットあるいはパソコン上の情報管 理に主眼を置くようにも見えるが、「特にインターネット」と記す のみであり、インターネットに限定しているものではない。紙媒体 による個人情報においても、その権利が及ぶ可能性がある。個人が 公表を欲しない事柄であれば、どのような情報であっても、消去権 により消去ができるということになる。そうなれば、なにをもって 個人の情報あるいはデータとするかについて検討する必要がある。 さらに消去権は、差止を認める国々においては、プライバシーや 名誉毀損の救済方法として、法的根拠も見出しやすい48。しかしわ が国のように、差止が認められない国においては、忘れられる権利 に、権利・利益性を付すことは難しいのではなかろうか。 はたして「忘れてもらえない」ことは、個人の損害となるのであ ろうか。たとえば犯罪歴のように、更生後に改めて公表されること で、本人に不利益が生じることは考えられる。犯罪歴はそれ自体が、 47  id 45. 48  ただし、EU やアメリカにおいても、言論の自由との対立について議論はある。 たとえば id 42 , 45.

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社会的評価を低下させる事柄である。そのため、本人に生じる損害 を想定しやすい。ところが、忘れられる権利の包含する情報は、個 人に関するすべての事柄といえる。個人に関する事柄を忘れてもら えないことは、どのような不利益を生じさせるのであろうか。 前述のように、忘れられる権利は、プライバシーの一類であると 考えられている。わが国のように、個人情報あるいは、プライバシー 保護が混沌としている状況下において、単に「公表されることが不 快」という根拠により、忘れられる権利に基づく救済を認めるとす るのは、尚早であると考える。

おわりに

本論では、インターネット上の発言から生じる、名誉毀損とプラ イバシー侵害の救済方法を中心に論じた。しかしこの問題には、救 済方法のみならず、責任の所在についても多くの議論があることに 触れたい。 新聞雑誌などの媒体における名誉、プライバシー侵害において、 その責任は原則として、発言者あるいはその使用者が負担するのが 原則である。他方インターネット上の発言については、責任の所在 そして、責任負担の根拠において多くの議論がある。 現在の判例において、多くの被害者は、発言があったサイトの管 理者に責任を請求する。直接の加害者である発言者を、被害者が特 定できないという、インターネットの匿名性という特徴に起因する ものである。また管理者に対しては、名誉やプライバシーを害する 49  たとえば、ハンス=ユルゲン・アーレンス・浦川道太郎監訳・一木孝之訳「ド イツにおける妨害者責任―『不法行為に抵触する他人の行為を助長したこと』 を理由とする故意なき共同責任について 早稲田大学比較法学 44 巻 3 号 49 頁では、インターネット上の人格権侵害など による、プロバイダーなど間接加害者の妨害者責任(Störerhaftung)の可能性 について論じている。

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ような発言を放置したことに起因する責任を追及しうるであろう49 。 さらに情報拡散の容易性という観点からみれば、被害者の二次的損 害は、新聞雑誌媒体による損害よりも大きい。このような、二次的 発言者においても、責任を追及しうることも考えられよう。インター ネットの特徴から生じる責任の所在をめぐる問題は、名誉毀損やプ ライバシーの救済方法を検討するうえでも有用であろう。 「ひとりでほうっておいてもらう権利」というプライバシーの初 期の概念は、すでに影を潜めているといっても過言ではない。どち らかといえば受動的であったプライバシーの捉えられ方は、現在、 情報のコントロール、あるいは、私生活の積極的な秘匿という、個 人の積極的な動きを支える形へと変化している。社会的評価の低下 の回復を目的とした、名誉毀損についても同様のことがいえよう。 現在、名誉毀損やプライバシー侵害は、インターネットあるいは 情報通信上の問題が重視されている。しかし、これらの問題の根底 には、長年残る問題がある。新しい技術のなかで考えられる解決策 が、長年の議論に一石を投じることもある。これからも進化するで あろう情報技術のなかで、個人の名誉やプライバシーをいかに保護 することが有用であるか、今後も検討を重ねたい。

参照

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