フ ラ ンス1789年 人 権 宣 言 にお け る 「
市 民 」観 念 と外 国人
<Citizen>and
Nationality
in the Declaration
of the Rights
of Man and of the Citizen,
1789
菅
原
真
Shin Sugawara
要 旨 フ ラ ンス の1789年 「人 お よ び市 民 の 権 利 宣 言 」にお け る 「市 民 」観 念 は 、外 国 人 を排 除 す る観 念 で あ る の か。 本 稿 は、 この 問 い に さ さや か な検 討 を加 え る もの で あ る。 この 問 い に対 して 、 フ ラ ンス の 公 法 学 説 に は二 つ の対 立 す る見 解 が あ る。 第一 の説 は、 人 権 と 市 民 の権 利 の 問 を 「分 離 切 断」し、 外 国人 を含 む全 て の 人 に属 す る権 利 と、 外 国 人 には保 障 され ず フ ラ ンス市 民 だ け に 限定 さ れ た権 利 とに 区 別 す る考 え方 で あ る。 第 二 の 説 は 、 人権 宣 言 の 起 草 者 た ち の 「普 遍 主義 」的 ない し 自然 法 論 的観 点 か らこの1789年 宣言 を再 定 位 す る とい う もの で あ る。 1789年 宣 言 の 諸 条 項 そ れ 自体 を再 検 証 し、 また フ ラ ンス 革 命 初 期 にお け る立 法 者 意 思 、1789年 当時 にお い て は 「普 遍 主 義 的 潮 流 」が 「ナ シ ョナ ル な潮 流 」を上 回 っ て いた こ と等 を総 合 的 に斜 酌 す る と、 この第 二 説 の 解 釈 が 妥 当 性 を有 す る と考 え られ る。 キ ー ワ ー ド:1789年 「人 お よ び市 民 の 権 利 宣 言 」、 国 籍 、 市 民 、 国民 、 外 国人 は じめ に従 来 、 フ ラ ン ス の1789年8月26日 「人 お よ び 市 民 の 権 利 宣 言 」(Declaration des Droits de l'Homme et du Citoyen)(以 下 、「1789年宣 言 」とす る。〉の 「市 民 」観 念 は、フ ラ ンス 公 法 学 に お い て、 従 来 、 当然 に 「国籍 保 持 者 」を前 提 と して い る もの と考 え られ て きた1。例 え ば、 フ ラ ンス 革命 初 1筆 者 も、 か つ て この 点 を次 の よ う に論 じて い た。 「1789年8月26日 、 フ ラ ン ス の憲 法 制 定 国民 議 会 で 採 択 さ れ た 『人 お よ び 市 民 の 権 利 宣 言 』は 、 『人(homme)』 の権 利 と 『市 民(citoyen)』 の 権 利 と を峻 別 して い る。 こ こで 市 民 と は、 ル ソ ー が 確 認 し てい た よ う に 主 権 的 権 利 行 使 の主 体 で あ り、 『市 民 の権 利 』 と は、 一 般 意 思 の形 成 に参 加 し、 公 職 に就 任 す る こ との で き る権 利 で あ る(第6条)。 しか し、 この 市 民 の 権 利 を外 国人 は享 有 しえ な い 。(…)シ ェ イ エ ス は 、1789年7月 21日の 議 会 演 説 に お い て 、自然 的 市 民 的 権 利(受 動 的 権 利)と 政 治 的 権 利(能 動 的 権 利)と を区 別 し、後 者 の享 有 主 体 を 『能 動 的 市 民(citoyens actifs)』に限 定 した 。 そ の 上 で 彼 は、 い わ ゆ る 『納 税 者 株 主 論 』に よ り、 女 性 ・子 ど も等 と と も に外 国 人 が 『能 動 的 市 民 』と は な り得 な い と言 明 して い る。」(拙稿 「フ ラ ンス 革 命 期 に お け る 『国民 主権 』原 理 と外 国 人参 政 権 」 憲法 理 論 研 究 会 編 『立 憲 主 義 と デモ ク ラ シー 』(敬 文 堂 、2001)74-75頁)。 筆 者 は 、1789年 宣 言 の 「市 民 」観念 に 関 す る こ の部 分 につ い て、 本 稿 に よ っ て 、従 来 の 自 己 の見 解 を修 正 せ ざ る を得 な い 。
期 の 諸 憲 法 典 に お け る 「市 民 」資 格 と 「国 籍 」の 関 係 に つ い て 論 じ た フ ラ ン ソ ワ ・ボ レ ラ(Francois BORELLA)は 、 「民 衆 の 主 権 が 国 民(Nation)に あ る の か 、 人 民(peuple)に あ る の か は 、 あ ま り
重 要 な こ と で は な い 。 な ぜ な ら 、 ど ち ら も 実 際 に 市 民 を 構 成 し、 そ こ で は 国 籍 保 持 者 を 意 味 す る か らで あ る 」2と指 摘 し、 革 命 期 の 憲 法 典 に お け る 市 民 権 と 国 籍 は 同 一 視 し得 る も の と 考 え3、 或 い は 「市 民 権 と は 、 国 籍 保 持 者 の う ち 少 数 者 が 主 権 へ 能 動 的 に 参 加 す る こ と で あ る 」4と述 べ 、 よ り厳 密 に は 、 市 民 権 は 国 籍 の 部 分 集 合 で あ る 旨 を 主 張 す る 。 も っ と も 、 「市 民 権 」 と い う 言 葉 は 、 現 在 、 多 用 な 文 脈 で 用 い ら れ て い る 。 樋 口 陽 一 が 指 摘 す る よ う に 、 「語 源 的 に は 、<citoyen>は 徹 頭 徹 尾 公 的 存 在 で あ り、<citoyen=politique>だ け が あ り得 た 。 し か し 、 近 代 実 体 公 法 は 、<citoyen>を 公 的 存 在 と 私 的 存 在 と に 分 裂 さ せ 、 <citoyen=politique>と<citoyen=civil>の 二 元 構 造 を も た ら し た 」5の で あ る 。 言 語 学 的 に み て 興 味 深 い の は 、<citoyen>の 形 容 詞 形 に<civique>と<civil>が あ り 、前 者 は 「公 民 権 剥 奪(privation des droits civiques)」 な ど の よ う に 、 古 代 ギ リ シ ャ や 古 代 ロ ー マ で 使 用 さ れ て い た 「市 民 」の 原 義 に 忠 実 な 公 的 ・政 治 的 意 味 で 用 い ら れ て い る の に 対 し、 後 者 は 、 「民 法 典(Code civil)」の よ う に 、 私 的 な い し市 民 社 会 的 な 意 味 で 使 用 さ れ て い る こ と で あ る 。 現 在 、 「市 民 社 会 の 様 々 な 領 域 で 主 張 さ れ る 『新 し い 市 民 権(nouvelles citoyennetes)』 」6も、 こ の 後 者 の 一 例 で あ る と 考 え ら れ る7。
2F
. BORELLA,《Nationalfite et citoyennete en droit francais》in Dominique COLAS(sous la direction de)L'Etat de droit, PUF.,1987, p.40.参 照 、 樋 口 陽 一 『近 代 国 民 国 家 の 憲 法 構 造 』(東 京 大 学 出 版 会 、1994年)141頁 以 下 。
3ボ レ ラ は
、 最 新 の 著 書 に お い て も 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「フ ラ ン ス 革 命 は 、 国 籍 に 関 す る 諸 ル ー ルles re les de la nationalfite)を 定 め 、 そ こ で そ の 諸 ル ー ル を 確 立 す る 主 権 を 国 民(nation)に 移 譲 し た 。1791年 憲 法 は 、 最 初 の 国 籍 法 典 (le Premier code de la nationalite)を 創 設 し た 」(F, BORELLA;Elements de droit constitutionnel, Presses de la Fondation nationale des Sciences Politiques,2008, P.163)(下 線 部 は 、 原 文 斜 字 体 〉。 な お 、 ボ レ ラ も 同 書 で 指 摘 し て い る よ う に 、 ナ ポ レ オ ン 法 典(1804年)以 降 、 国 籍 に 関 す る 諸 ル ー ル は 憲 法 典 で は な く 、 民 法 典 に 挿 入 さ れ る こ と に な る 。 こ の こ
と の 意 味 を 説 明 す る 近 時 の 興 味 深 い 見 解 と し て 、 参 照 、 水 林 彪 「近 代 民 法 の 本 源 的 性 格 一 全 法 体 系 の 根 本 法 と し て の Code civil-」 広 中 俊 雄 責 任 編 集 『民 法 研 究 』5号(信 山 社 、2008)1頁 、山 元 一 「〈 法 構 造 イ メ ー ジ 〉 に お け る 憲 法 と 民 法 」 『法 学 セ ミ ナ ー 』646号(2008)12頁 。
4F
. BORELLA,《Nationalite et citoyennete en droit francais》, op.cit., p.41. 5樋 口 陽 一 ・前 掲 書(注2)156頁
。 6D
. LOCHAK,≪Comment definir la citoyennete?≫in B. DELEMOTTE, J. CHEVALLIER(sous la direction de), Etranger et citoyen:Les immigres et la democratie locale, L'Harmattan,1996, p.13.
7こ の 点 に 関 し て 、 日 本 の 社 会 学 に よ っ て 紹 介 さ れ た フ ラ ン ス の 「新 し い 市 民 権 」 論 は 、 外 国 の 地 方 参 政 権 に と っ て 有 効 な 理 論 と し て 流 布 さ れ て い る よ う に 思 わ れ る が 、 実 は そ れ ほ ど 明 晰 な も の で は な い 。 例 え ば 、 宮 島 喬 は 次 の よ う に 紹 介 す る 。 「『新 し い 市 民 権 』 と い う 言 葉 自 体 は 、1986年 、 シ ラ ク 内 閣 の 下 で 企 て ら れ た 国 籍 法 の 改 正 を き っ か け と す る 国 内 、 各 界 で の 活 発 な 議 論 の な か で 登 場 す る の で あ る が 、 ぐ こ で は 中 心 的 ア ク セ ン ト が 置 か れ た の は 、『居 住 原 理 に よ る 市 民 権 』 で あ っ た 。 で は そ れ は 、 い わ ゆ る 外 国 人 地 方 参 政 権 の 要 求 な の だ ろ う か 。 イ エ ス で あ り、 ま た ノ ー で あ ろ う 」 (宮 島 喬[『 新 し い 市 民 権 』 と 地 域 市 民 権 一 フ ラ ン ス の 移 民 新 世 代 の 国 民 化 と 市 民 化 一 」 『立 教 大 学 社 会 学 部 研 究 紀 要 』44 号(2002)7頁)。 し か し、 こ の 宮 島 の 指 摘 に は 、 重 大 な 事 実 誤 認 が あ る 。 「新 し い 市 民 権 」と い う 言 葉 は 、1981年7月9日 、 国 民 議 会 に お い て 当 時 の 社 会 党 内 閣 の 首 相 モー ロ ワ(Pierre MAUROY)の 演 説 に よ っ て 公 認 さ れ た もの で あ り 、 厳 密 な 意 味 で の 政 治 的 領 域 以 外 の 社 会 的 領 域 全 体(職 場 や 企 業 な ど の 「市 民 社 会 」)が 、 こ の 市 民 権 の 及 ぶ 射 程 範 囲 で あ る (Voir, D. LOCHAK,《La citoyennete:un concept juridique flou》in Dominique COLAS, Claude EMERI et Jacques ZYLBERBERG(sous la direction de),Citoyennete et nationalfite:Perspective en France et au Quebec, PUF,1991, p.204)o
しか し・ 本 稿 の 目的 は・ 「市 民 権 」の 現代 的 展 開8を縷 々 論 じる こ とで は な い9。本 稿 は 、 あ くま で も、1789年 宣 言 にお け る 「市 民 」観 念 が そ もそ も外 国 人 を排 除 す る 観 念 で あ っ た の か に つ い て さ さや か な検 討 を行 う こ とを 意 図 して い る にす ぎ ない(も っ と も、 この 宣 言 は 、現 行 「憲 法 ブ ロ ッ ク 」を構 成 してお り、 現 代 的 意 味 を有 す る こ とに も注 意 され た い)。 さ て 、 現 代 に お い て 「国 民 」 と 「外 国 人 」 と を 分 か つ 法 的 指 標 は 、 い う ま で もな く 「国 籍 」 (nationalite)で あ る。 現 代 フ ラ ンス の 法学 辞 典 に よれ ば 、「国籍 」とは、まず 自然 人 の そ れ と して 、 「あ る国 家(Etat)の 法律 に よ って 規 定 され る、 あ る個 人 を 当該 国家 に 結 び付 け る 法 的 ・政 治 的 紐 帯(1ien juridique et politique)」10と定 義 さ れ る。 さ らに 、法 人 の 国籍 、船 舶・ 航 空機 な ど物 の 国 籍 と続 き、 第 四 義 と して 、 人 の 集 合 体 の意 味 で の 「国籍 」につ い て 、 「そ の 固有 の 国家 を有 す る こ と、 又 は結 び付 け られ た 国家 の 内 部 で そ の 独 自性 を擁 護 す る規 範 を享 受 す る こ とを望 み 得 る(人 種 、文 化 、 言 語 とい う)共 通 の特 徴 を有 す る 人 々 の 総 体 」11と定義 され る(ち な み に、 我 が 国 の 『フ ラ ンス 法 辞 典』で は・ こ の意 味 で用 い られ る場 合 に 「民 族 」とい う訳 語 が 当 て られ て い る12)。 しか しな が ら、 実 は こ の 「国 籍(nationalite)」と い う言 葉 そ れ 自体 は、 大 革 命 初 期 にお い て は存 . 在 して い な か つ た。 当 時存 在 して い た 言 葉 は 「市 民(citoyen)」 で あ り、 「フ ラ ンス 人(Francais)」 で あ り、 「国 民(nation)」 で あ り、 「外 国 人(etranger)」 で あ る。 ボ レラ に よれ ば 、 「国籍 」と い う 言 葉 が使 用 され る よ う に な っ た の は1808年 で あ る と され る13。もっ と も、 言 葉 の不 存 在 が 実 質 的 な意 味 で の 「国籍 」の 不 存 在 を意 味 し ない こ とは 言 う まで もな い。 事 実 、 革 命 初 期 の諸 憲 法 典 に 「居 住 市 民 権 」と して の 「新 しい市 民 権 」はそ の 後 、 た しか に一 部 の論 者 に よ っ て 「外 国 人 住 民 の た め の 投 票 権 の 要 求 」に もつ な が っ て い くが 、現 状 で は、 「選 挙 権 とい う厳 格 な枠 組 み 以 外 で の参 加 を考 え る よ う余 儀 な くされ て い る」(Voir, D. LOCHAK,《Comment definir la citoyennete?》, op.cit., p.25)。
こ れ と 同 様 の 指 摘 をす る 者 に 、 ド ミニ ク ・シ ュ ナ ペ ー ル(Dommique SCHNAPPER)が い る 。 彼 女 は 、 三 つの 「新 しい 市 民 権 」、 具 体 的 に は 、 ① マー ス トリ ヒ ト条 約 上 のEU市 民 権 を 意 味 す る 「『新 しい』 ヨ ー ロ ッパ 市 民 権 」(la・ nouvelle》citoyennete europeenne)、 ② 「居 住 市 民 権 」(la citoyennete-residence)、 ③ ユ ル ゲ ン ・ハ ー バ ー マ ス(J gen HABERMAS)に よ っ て提 起 さ れ た 「ポ ス ト ・ナ シ ョナ ル な市 民 権 」(1a citoyennete postnationale)」 を議 論 の 組 上 に載 せ る 。 彼 女 に あ つ て も、 「居 住 市 民 権 」の 射 程 範 囲 は、 地 方 参 政 権 ・公 務 就 任 権 に ま で は 及 ん で い な い 。 そ れ は\ 狭 義 の 政 治 生 活 へ の 参 加 の 権 利 や 投 票 権 を承 認 しな く と も、 外 国 人 を含 む す べ て の 者 に、 滞 在 の 権 利 や 民 事 的 ・経 済 的 ・社 会 的 諸 権 利 の行 使 を保 障す る市 民 権 と して 理解 さ れ て い る 。Voir, D, SCHNAPPER, Qu'est-ce que la citoyennete?, Gallimard,2000, pp.246 et suiv.
8フ ラ ンス に お け る 「市 民 権 」の展 開 を論 じた 日本 憲 法 学 の優 れ た 先 行 研 究 と して 、参 照 、水 鳥 能 伸 「フ ラ ンス 憲 法 に お け る 『市 民 権 』概 念 小 論 」阪 本 昌成 編 『畑博 行 先 生 古 希 記 念:立 憲 主 義 一 過 去 と未 来 の 間 一 』(有信 堂 、2000)78頁 。 9外 国 人 の 公 務 就 任 権 との 関 係 で 「市 民 権 」観 念 の展 開 を 追 っ た もの と して 、 参 照 、`拙稿 「フ ラ ンス にお け る外 国 人 の 公 務 就 任 権 に関 す る一 考 察 一近 代 国 民 国 家 にお け る 『国籍 』・『市 民 権 』観 念 の研 究 序 説 一 」(博士 論 文 、2008年 東 北 大 学 提 出) (『法 学 』73巻5号(2009)以 降 掲 載 予 定)。
°10 Gerard CORNU(sous la dir.),Association Henri Capitant, Vocabulaire juridique,4e
ed., PUF,2003, p.584. "11 ibid.,p.584.
12山 口 俊 夫 『フ ラ ンス 法 辞 典 』(東京 大 学 出版 会
、2002)381頁 。 13F.BORELLA
は、 フ ラ ンス市 民 の資 格 喪 失 す る ケ ー ス と して 「外 国 へ の 帰 化 」が挙 げ られ て お り14、現 代 フ ラ ン ス の 公 法 学 者 に よ つて そ の こ との 持 つ 意 味 が 説 明 さ れ て い る。 例 えば 、 「市 民 の 権 利 行 使 」の 喪 失 要 件 と して 「外 国 へ の帰 化 」を定 め て い た1793年 憲 法 第5条 の解 釈 論 と して 、 ス テ フ ァ ン ・カポ ラ ル(Stephane CAPORAL)は 、「外 国 に帰 化 す る こ と、す な わ ち 国籍 を放 棄 す る こ と一 この 当 時 、 二 重 国 籍 の観 念 は存 在 しな い一 は、市 民 権 を放 棄 す る の と明 らか に 同 じこ とを意 味 す る。 反 対 に、 フ ラ ンス市 民 の 資格 を現 実 に取 得 す る こ とは 、 帰化 に類 似 し て い る よ うに考 え られ る 。」「外 国 人 に とっ て、 市 民 に な る とい うこ とは、 論 理 必 然 的 に、 他 の 一切 の 帰属 を捨 て 去 る とい う こ と と同 じ意 味 で あ っ た。」15と指 摘 し、この 条 項 が 実 質 的 な意 味 で の 国 籍 要 件 で あ る こ とを認 め る。 また 、 ヴ ィ ダ ・ア ズ ィ ミ(Vida AZIMI)も 、 「フ ラ ンス の新 しい社 会秩 序 に反抗 的 か つ 敵 対 的 な ヨー ロ ッ パ にお い て、二 重 の 忠 誠 は、加 えて 帰 属 と忠 誠 の 明 らか な矛 盾 を示 してい る。 ア ンシ ャ ン・レジ ー ム と同 時 に大 革 命 に属 す る こ と、 臣 民 で あ る と同 時 に市 民 で あ る こ とは あ り得 な い で あ ろ う」16 と指 摘 し、 同様 に こ の規 定 が 国籍 につ い て論 じて い る こ と を承 認 す る。 そ こ で、 本 稿 で は 、 革 命 当 時 にお い て も実 質 的 な 意 味 で の 「国 籍 」要 件 は存 在 し、 「外 国 人 」と い う言 葉 が 用 い られ て い た と考 え、 こ の言 葉 につ い て も適 宜 使 用 して い く。 1.革 命 期 の 外 国 人 に対 す る二 つ の 潮 流 の 対 立:普 遍 主 義 的潮 流 とナ シ ョナル な潮 流 フ ラ ンス 革 命 期 にお け る外 国 人 に対 す る考 え方 に は、大 き な二 つ の 潮 流 が あ った と考 え られ る。 一 つ は、18世紀 の コス モ ポ リ タ ン思 想 の影 響 を受 け た普 遍 主義 的潮 流 で あ り、も う一 つ は、ナ シ ョ ナ ル な潮 流 で あ る17。第 一 の 潮流 は、 公 的 ・政 治 的領 域 を含 め 、 国 民 の 権 利 と平 等 な 権 利 を 「入 」 の 資 格 で 外 国 人 に も承 認 す る こ とが で き る と考 え てお り、第 二 の潮 流 は 、反 対 に、「市 民 」を 「国 民 」 と同 一 視 す る こ と に よ り、 結 果 と して 、 公 的 ・政 治 的権 利 の享 受 を 「国民 」=「市 民 」に 限 定 す る 。 革 命 の 当初 か ら、 憲 法 制 定 国 民 議 会 は 「外 国人 」を 意 識 し て い た と思 わ れ る。1789年8月4日 に 採 択 され た デ ク レ は、 「一 つ の 憲 法 と と もに 、 一 つ の 国 民 共 同体 を、 そ して一 つ の統 一 法 、 す な 14 1791年 憲 法 は 「フ ラ ン ス 市 民 の 資 格」 の 喪 失 要 件 と し て 「外 国 へ の 帰 化 」 を 規 定 し た(第2編 第2条) 。 ジ ロ ン ド派 憲 法 草 案 は 「市 民 」資 格 の 喪 失 要 件 と し て(第2編 第2条)、1793年 憲 法 は 「市 民 の 権 利 行 使 」の 喪 失 要 件 と し て(第3章 第5条 〉、 そ れ ぞ れ 「外 国 へ の 帰 化 」を 規 定 し た 。
is S. CAPORAL;≪Citoyennete et nationalfite en droit politique interne≫, in G. KOUBI(sous la dir. de),De la citoyennete, Litec,1995, pp.67-6&参 照 、 光 信 一 宏 「フ ラ ン ス1793年 憲 法 と 外 国 人 の 選 挙 権(一)」 『愛 媛 法 学 会 雑 誌 』29巻 1号(1998)70頁 。
is V
. AZIMI,≪Le suffrage≪universaliste≫, Les etrangers et le droit electoral de 1793≫, in J. BART, J-J. CLERE, C. COURVOISIER et M. VERPEAUX(sous la dir. de), La('onstitution du 24juin 1793,L'utopie dans le droit pubulic francais? EUD,1997, p.220.参 照 、 拙 稿 ・前 掲(注1)83-84頁 。
17J
. PORTEMER,《L'etranger dans le droit de la Revolution francaise》, in Recueil de la Societe Jean Bodin, t.10, 1 L'etranger,Les editions de la libraire encyclopedique,1958,pp.533-552.
わ ち フ ラ ンス人 の一 つ の 共 通 法 を」創 設 す る こ と に よ っ て、 州 や都 市 の あ らゆ る特 権 を永 久 に廃 止 す る こ と を そ の 内 容 と して い た18(下 線 は引 用 者)。 した が っ て 、 国 民 共 同 体 に帰 属 す る に 際 して は、 「市 民 」とそ うで な い 者 とが 区別 さ れ 、 「市 民 」の 資格 に 結 びつ い た幾 つ か の 特 権 は、 市 民 資格 を有 す る者 の み に付 与 され る こ と を承 認 す る こ とに な る。 ダ ニ エ ー ル ・ロ シャ ック の言 葉 を借 りれ ば 、 そ れ は、 「革 命 思 想 の パ ラ ドック ス ま た は 悪 結 果 」 とい う こ とに な る。 国 王 か ら国 民 へ の 主 権 の 移 譲 は、 国 民 主 権 の 資 格 保 持 者 で あ る 「国 民 」を構 成 す る こ と に な る 「市 民 」に よっ て 引 き起 こ され た革 命 が 成 就 した こ と に よ る 。 しか し、 そ れ に よ っ て 、 「市 民 」 とそ うで な い者 との 間 に境 界 線 が 設 定 され る こ とに よ って 、 国民 国家 を 「ロ ッ ク ア ウ トす る 」結 果 が もた ら さ れ た19。 しか し、「市 民 」 とそ うで な い者 との 間 の こ の境 界 線 の設 定 は、 公 的領 域 か ら外 国 人 を排 除 す る こ と を直接 に は意 味 して い ない と も考 え られ る。 そ の証 拠 に、8月4日 直 後 に、 国民 議 会 は1789 年 宣 言 を起 草 し、 そ の 第1条 は、 「人 は 、 自由 か つ 権 利 にお い て平 等 に生 ま れ、 存 在 す る」 と規 定 して い る 。そ こ で は、「人 」一 般 の権 利 が 宣 言 され 、すべ て の 人 の 平 等 を引 き合 い に出 す こ とに よ り、 外 国 人 に対 して も人権 を保 障 す る と と も に、 国 民 と平 等 な資 格 が あ る こ とを謳 っ た。 18世 紀 末 の コス モ ポ リ タ ン思 想 に忠 実 な 人権 宣 言 をつ く りあ げ た大 革 命 は、 当初 、 他 国民 を解 放 す る た め に普 及 す る こ とを望 む 「国 境 な き革 命 」と して そ の 活動 を展 開 した20。そ して 、 そ の 領 土 内 に居 住 す る外 国 人 に は、 「人 」の 資格 で 、 フ ラ ンス 人 と同 等 の 権 利 を承 認 した。 そ の 目的 は 、 フ ラ ンス に 「世 界 共 和 国(Republique universelle)」 を建 設 す る とい う観 点 か ら、 そ の 革 命 的 理 想 を普 及 す る た め に、 外 国人 が 貢 献 す る と考 え られ た か らだ と考 え られ る21。 しか し、 た と え大 革 命 が 「開 か れ た 革 命 」で あ っ た と して も、 外 国 か らの 脅 威 と国 内 の脅 威 と が 結 び合 わ さ っ た時 、 そ の 開か れ た状 態 は 閉 じ られ、 そ の方 向性 を逆 向 き に変 更 す る 。 そ れ まで 仲 間 とされ 、 「同 国 人(concitoyen)」 と さ え呼 ば れ て い た 外 国 人 た ち は、 「他 者 」、 「敵 」、 「陰 謀 家 」 へ とそ の 呼 称 が 変 わ り、 フ ラ ンス 革 命 の あ らゆ る危 機 の原 因 を押 し付 け られ る と と もに 、集 団 的 に陰 謀 を先 導 した と して非 難 され た22。そ して 、 共和 歴 Ⅱ年 雪 月5-6日(1793年12月25-26日)に ロベ ス ピエ ー ル(Maximillien ROBESPIERRE)が 行 っ た 「革 命 政 府 の 方 針 に 関す る報 告 」に基 づ き、 「革 命 的措 置 」 と して 「外 国 にお い て 生 まれ たす べ て の個 人 は、 フ ラ ンス入 民 を代 表 す る権 利 18ibid., p.535. 19D
. LOCHAK,《La citoyennete:un concept juridique flou , op.cit., p.182. 20西 川 長 夫 の 以 下 の 諸 業 績 を参 照 せ よ 。 西 川 長 夫 「フ ラ ンス 革 命 と 国 民 統 合 一 比 較 史 の 観 点 か ら」『思 想 』789号(1990> 119頁(の ち に 同 『国 民 国 家 論 の 射 程 あ るい は く 国民 〉 と い う怪 物 に つ い て 』(柏 書 房 、1998)に 所 収)、 近 代 社 会 史 研 究 会(問 題 提 起:西 川 長 夫)「 フ ラ ンス 革 命 と国 民 統 合 一 社 会 史 と国 家 論 の接 点 を求 め て1」 『Justitia』2号(1990)199頁 、 西 川 長夫 「国 民(Nation)再 考 一 フ ラ ンス革 命 に お け る 国民 創 出 を め ぐっ て一 」『人 文 学 報 』70号(1992)1頁 。 ,21拙 稿 「フ ラ ンス 革 命 初 期 にお け る 『外 国人 』の 政 治 参 加(五 ・完)」『成蹊 論 叢 』40号(2003)32頁 。 22A.MATHIEZ,Etudes robespierristes:La conspiration de l'etranger, Armand Colin
を 認 め られ な い 」とす る デ ク レが採 択 され 、 トマ ス ・ペ イ ン(Thomas PAINE)と ア ナ カ ル シ ス ・ ク ロ ー ツ(Anacharsis CLOOTS)と い う2名 の外 国 出 自の 議 員 を 国民 議 会 か ら追 放 す る こ と を宣 言 した と き以 降、 外 国人 排 除 の論 理 は 決 定 的 とな り、 以後 そ の論 理 が貫 徹 して い くこ と に な る23。 革 命 期 に お い て 、 外 国 人 に 対 す る 「普 遍 主 義 的(universaliste)潮 流 」 と 「ナ シ ョ ナ ル な (nationaliste)潮 流 」とは 、 時 に 「交錯 し」24、対 立 した 。 フ ラ ンス 革 命 の 最 初 の 数 年 間(1789年 ∼ 1793年)は 、 「市 民権 」観 念 も両 者 の 問 で 揺 れ 動 い た 。 革 命 期 の 多 くの 法 文 書 は曖 昧 で 、 両 義 的 で あ る こ と も関 係 して い る で あ ろ う。 しか し、 た と え 「普 遍 主 義 的 潮 流 」が 革 命 初 期 に勝 っ て い た と して も、 結 局 、 最 終 的 に は 、 フ ラ ンス 革命 は 「ナ シ ョナ ル な潮 流 」に よ る解 釈 が持 続 し、 勝 利 を収 め た と考 え られ る 。 2.ミ シ ェル ・トロ ペ ー ル(M.TROPER)の 仮 説 「普 遍 的 友 愛 」とい う コス モ ポ リ タ ン思 想25が支 配 的 と な っ て い た フ ラ ンス 革 命 の 最 初 の 数 年 間 、 国 民 議 会 議 員 た ち は 、 外 国 人 に対 して 市 民 権 を広 く開放 す る こ と を認 め よ う と した。 彼 らの 関 心 は、 特 権 的 な公 的 ・政 治 的 権 利 を享 有 す る 「国民 」を定 義 す る こ と で は な く、 反 対 に、 主 権 を有 す る 「国民 」を構 成 す る 「市 民 」を神 聖 化 し、 そ の資 格 保 持 者に 特 権 的 な公 民 的諸 権 利 を付 与 す る こ と で あ っ た と考 え られ る 。 革 命 初 期 の諸 憲 法 典 にお い て、 「国民 」で な く、 「市 民 」の権 利 行 使 が 詳 細 に規 定 され て い る の は そ の証 左 で あ る。 しか し、 彼 らに と って 「国 籍 」概 念 な しに 満 足 す る こ と は可 能 だ った の で あ ろ うか 。 この 問 い に対 して 、 トロペ ー ル(Michel TROPER)は 極 め て シ ンプ ル な解 答 を行 つ て い る 。 す な わ ち、 ・national》 とい う カ テ ゴ リー は 、 革 命 家 た ち の 目 には 存 在 して い な か った と い うの で あ る26。しか しな が ら、 「国 民 国家 」の生 成 と展 開 とい う 歴 史 の 現 実 を考 慮 す る と、 こ の説 明 を 理 解 す る こ とは 困 難 で あ る よ う に 思 わ れ る 。 「国民 な しの 国 民 国家 」を理 解 す る こ とは 不 可 能 で あ る し、ま た 「普 遍 的 人 権 」で は な く、「普 遍 的 市 民 権 」(フラ ンス 人 の 特 権 が 構 成 され てい ない 市 民 権) を構 想 す る こ と も不 可 能 で あ る よ うに思 わ れ る か らで あ る 。 しか し、歴 史 家 ヴ ァニ ッシ ュ(Sophie WAHNISH)に よ れ ば、大 革命 に お い て コス モ ポ リ タ ン思 想 が 支 配 的 で あ った 時 期 にお い て、 「市 民 」の 観 念 は普 遍 主 義 と矛盾 した も の で は な く、 国 民 国 家 は 外 国 人 の排 除 を前 提 と して い な い と い う。 革 命 家 た ち の 政 治 的 計 画 は 、 大 革 命 を 「輸 出 し」、 そ れ を 普 遍 化 ・世 界 化 す る と い う意 思 23参 照 、 拙 稿 「フ ラ ン ス 革 命 初 期 に お け る 『外 国 人 』の 政 治 参 加(三)」 『現 代 社 会 文 化 研 究 』22号(2001)134頁 以 下 。 '24J .PORTEMER, op.cit., p.534. 25こ の コ ス モ ポ リ タ ン 思 想 に つ い て は
、 参 照 、M. BORGETTO,La notion de fraternite en droit public francais. La passe, le present et 1'avenir de la solidarite, L.G.D.J,1993, p.54 et suiv.
26M
. TROPER,《La notion de citoyen sous la Revolution francaise》, in Etudes en l'honneur de(Georges Dupuis:1)YOII public, LGDJ,.1997, p.308.
に満 ち溢 れ て お り、 そ れ は、 「市 民 」を 「国民 」の 内部 に 「再 閉鎖 」 しな い こ と を前提 と して い た27 とい う の で あ る。 こ の トロペ ー ル の仮 説 を検 証 す るた め には 、革 命 期 の最 初 の 数 年 間 に お け る「市 民 」観 念 を検 討 し、 そ の 展 開 を探 究 す る こ とが 必 要 で あ ろ う。 従 来 、 フ ラ ンス とい う国家 の典 型 的 な理 念 モ デ ル に お い て は 、 「国民(Nation)」 は 「熱 望 の共 同 体 」の 上 に 立脚 し、結 果 的 に、そ の 出 自が どこ で あ れ、全 て の者 に 開か れ て い る と考 え られ て きた 。 フ ラ ンス の 「国 民 」は 「市 民 契約 」の上 に 立脚 す る の で あ っ て 、 「特 性 」や 「特 定 の人 種 」に立 脚 す る の で は な い28。 「国民 に よる 国家 の征 服 は、 絶 対 君 主 制 の 崩壊 に よ って 著 し く容 易 に な っ た」29とハ ンナ ・ア レ ン ト(Hannah ARENDT)は 指 摘 す る。 なぜ な ら、 王 政 が廃 止 され 、 国 民 主 権 が 宣 言 され た こ と に よ り、 国民 の 間 に存 在 す る関 係 は 、 も はや 王 権 神 授 説 に よ る神 授 権 の君 主 に対 す る 忠 誠 関係 で は な く、 「市 民 の共 同体 」と して の 国 民 の 問 の水 平 的 関係 へ と変 化 した か らで あ る 。 した が っ て、 国家 機 関 は 、 国 王 に奉 仕 す る た め に独 占 さ れ る こ とが 否 定 され 、 「国 民 の 道 具(instrument)」 へ と変 わ る。 革 命 後 に公 務 員 と して働 くこ とは 、「国 民 の た め に」働 く こ と を意 味 す る。 この こ と は、 必 ず しも、 革 命 前 に 「外 国 人 」で あ っ た 者 の 公 務 就 任 を阻 止 す る効 果 を もた ら さな か つ た。 た しか に、1791年 憲 法 は、 選 挙 権 を行 使 し、 主 要 な公 務 に就 任 す る た め に は 、 「能動 的 市 民 」 の 資 格 を有 す る こ と を前 提 とす る。 しか し、 そ れ は 革 命 前 に 「外 国 人 」で あ っ た者 に とっ て 、 特 別 の 障 害 に は な ら なか っ た 。 なぜ な ら、彼 らは 、 フ ラ ンス生 まれ の者 と同 じよ うに、1790年4月 30日 の デ ク レ に よ って 、 フ ラ ンス 領 土 に居 住 し、 社 会 的 ・経 済 的 な一 定 の基 準 を充 た した場 合 に 、 自動 的 に 「フ ラ ンス市 民 」に な っ て い た か らで あ る30。 しか し、 革命 家 た ち が 、 フ ラ ンス 人 とか つ て外 国 人 で あ っ た者 との 区分 を 、市 民 と非市 民 とい う区分 に置 き換 え な か っ た か ど うか は 別 に問 題 と な り得 るで あ ろ う。 す な わ ち、1789年 宣 言 にお け る 「人 権 」と 「市 民 の権 利 」の解 釈 にお い て、外 国 人 を含 むす べ て の者 に 開 か れ た 「人 の権 利 」と、 フ ラ ンス 市 民 の み に留 保 され た 「市 民 の権 利 」の 区 別 を創 設 して い る と理 解 す る べ きか 、 或 い は 反 対 に、 社 会 集 団 の構 成員 とい う資格 で フ ラ ンス 生 まれ の 者 と外 国 生 れ の者 とを 区別 す る こ とな
27S . WAHNICH L'etranger dans le discours de la Revolution francaise, Albin Michel,1997.
z28 D. SCHNAPPER, u La citoyennete:perspectives historiques et theoriques. Les processus de 1'integration en France≫ , in Cahier de la Documentation Francaise: Citoyennete et societe,1997, PP.14 et S.
a29 H. ARENDT, Les origines du totalitarisme:L'imperialisme, Seuil,2006, p.182.
30 1790年4月30日 「フ ラ ン ス 市 民 に な る た め に 外 国 人 に 必 要 と さ れ る 要 件 に 関 す る デ ク レ」(A
.P.,1, s.t.15, p.340)。 参 照 、 拙 稿 「フ ラ ン ス 革 命 初 期 に お け る 『外 国 人 』の 政 治 参 加(一)」 『現 代 社 会 文 化 研 究 』17号(2000)84頁 。 な お 、歴 史 家 マ チ エ は 、 「前 例 の な い こ の 自 由 主 義 的 な デ ク レ に よ っ て 、 フ ラ ン ス に 居 住 す る 最 大 数 の 外 国 人 が 、 結 果 的 に 古 来 か ら の フ ラ ン ス 人 と完 全 に 同 一 視 さ れ る こ と に な る 。 彼 ら は 国 民 衛 兵 に 入 隊 し 、良 好 な 秩 序 を 確 保 す る 責 務 を 負 わ さ れ 、武 器 を 所 持 し、 被 選 挙 人 団 に 加 入 し 、 全 て の 職 業 に 就 く 資 格 を 有 し た 」 と 指 摘 し て い る(A.MATHIEZ;La Revolution et les etrangers cosmopalitism & defense nationale, La Renaissance du Livre,1918, p.31)。
く 「人 」と 「市 民 」の 規 定 を置 い て い た と理 解 す べ きか は さ らに検 討 され る余 地 が あ る31。 3.1789年 宣 言 に お け る 「市 民」は フ ラ ン ス人 の み を内 包 す る観 念 か 」 ロ シ ャ ック に よれ ば 、 「人 」と 「市 民 」とい う言 葉 の用 法 は、 革 命 期 の 法 文 書 、 特 に1789年 宣 言 の、「途 方 も ない 曖 昧 さ」に よ って た だ 驚 か され る ばか りで あ る32。さ らに 、ヴ ァネ ル(Marguerite VANEL)も 、 大 革 命 の 時期 に お い て は 、 「フ ラ ンス 人 の 資格 と市 民 の 資格 の 間 に、 そ の精 神 に お い て(…)大 きな 混 同 が 生 じて い る」と指摘 す る。 この 混 同 は、 用 い られ て い た言 葉 の不 明確 さ に よ っ て容 易 に説 明 され 、実 際 に、「市 民 」とい う言 葉 は 、数 年 の 問 に意 味 を変 化 させ 、あ る時 代 に は、 複 数 の意 味 を受 け入 れ る こ とが で きた か らだ と され る33。 この 問 題 につ い て 、 フ ラ ンス の 公 法 学 説 に は二 つ の 対 立 す る見 解 が あ る。 第 一 の説 は、 人 権 と 市 民 の 権 利 の 間 を 「分 離 切 断(decouplage)」34し 、 外 国 人 を含 む す べ て の 人 に属 す る権 利 と、 外 国 人 に は保 障 さ れず フ ラ ンス市 民 だ け に限 定 され た 権 利 と に区 別 す る考 え方 で あ り、これ は、「人 権 」に対 置 して 「市 民 の権 利 」を置 い た 立 法者 意 思 に よ って 説 明 され 得 る とす る も ので あ る。 こ の 見 解 は、 結 果 的 に、 フ ラ ンス 人 で な い 市民 、又 は国籍 の ない 者 の 市 民 権 は存 在 し得 え な い こ とに な る。 第 二 の 説 は、 人権 宣 言 の 起 草 者 た ち の 「普 遍 主 義 」的 な い し 自然 法 論 的 観 点 か ら この1789 年 宣 言 を再 定 位 す る とい う も の で あ る 。 革命 家 た ち は 、 フ ラ ンス 人 の た め だ け で な く、 「す べ て の 人 」の た め に活 動 した 。 したが っ て、 市 民 の権 利 は 、 特 定 の 人 、 す な わ ち フ ラ ンス 入 を対 象 と した もの で は な く、 人一 般 、社 会 集 団 の構 成 員 すべ て を対象 と して い る とす る ので あ る。 要 す る に、 この 「人 権 」と 「市 民 の権 利 」とい う二 つ の観 念 が 、 と もに 普 遍 的 な もの と認 識 され るべ き も の な の か 、そ れ と も フ ラ ンス 人 とい う特 定 の 空 間 の み に制 限 され る もの と認 識 され るべ きな のか 、 31も っ と も 、 「市 民 」観 念 は 、 革 命 期 に 固 有 の も の で は な い 。 そ れ は 、 か な り以 前 か ら 存 在 す る 観 念 で あ る 。 い か な る 者 も 、 「市 民 権 」概 念 の 起 源 を 無 視 し て は な ら な い(C.BRUSCRI,《Le droit de cite dans 1'antiquite:un questionnement pour la citoyennete aujourd'hui》, in La citoyennete, op.cit.,1988, p.127;D, SCHNAPPER, op.cit., Gallimard,2000, pp.12 et s.)。16世 紀 に ジ ャ ン ・ボ ダ ン(Jean BODIN)は 、 既 に 「市 民 」 と い う 言 葉 を 近 代 的 意 味 で 用 い て い た くJ. BODIN, Les six livres de la Republique,1ivre 1, chaptre 6,1576)。 そ れ は 、 ま ず 「都 市 の 住 民 」(bourgeois, habitant d'une cite)を 意 味 す る も の で あ っ た 。 次 に 、 こ の 言 葉 は 、 他 国 の 住 民 で あ る 外 国 人 と の 対 比 を 含 意 し た 上 で 「あ る 国 の 住 民(1'habitant d' un pays)」 を 意 味 す る の も の で あ っ た(Voir, D. LOCHAK,≪La citoyennete:un concept juridique flou・, op.cit., p.181. ロ シ ャ ッ ク は 、 市 民 と は 、 公 共 の 利 益 、 当 該 国 家 の 利 益 に 身 体 を 捧 げ た 人 を 意 味 す る と記 し て い る)。 ボ ダ ン は フ ラ ン ス 臣 民 た る 「自 然 市 民(citoyen naturel)」 と 「帰 化 市 民(citoyen naturalise)」 と を 区 別 し て い る が 、 こ の 「市 民 」観 念 は 、 い ず れ も 「国 民 、 す な わ ち 国 の 住 民 」 と 同 義 で あ る と 考 え ら れ る(M.VANEL,《Le FranCais d'origine dans 1'ancien droit francais(XVeme-XVIIIeme siecle)》, Revue critique de droit international(Niboyet),n°3-4/1946, Sirey, p.277)。 32D
. LOSCHAK,《L'etranger et les droits de 1'homme》, in Service public et libertes: Melanges R. E. Charlier, Editions de l' Universite et de I'Enseignement moderne,1981, p.621.
33M
. VANEL, Evolution historique de la notion de Francais d'origine du XVIe siecle au code civil: contribution a l'etude de la 〃nationalite francaise d'origine, Ancienne imprimerie de la Cour d'Appel,1945, p.96.
とい う解 釈 上 の 争 い で あ る。 (1)「 市 民 の 権 利 と は、 フ ラ ン ス市 民 の権 利 で あ る」とす る見 解 「市 民 の 権 利 と は 、 フ ラ ンス 市 民 の 権 利 で あ る」 とす る見 解 は、 学 説 上 、 第 三 共 和 政 期 以 降 、 伝 統 的 に支 配 的 で あ っ た 考 え方 で あ る。 例 え ば19世 紀 前 半 、 ラ フ ェ リエ ー ル(Firmin LAFERRIERE)は 、 「フ ラ ンス 市 民 と い う表 現 は、 そ れが 我 が 国 の 政 治 的 ・市 民 的 諸 法律 の 言語 と して用 い られ る よ う に な っ て以 降、 異 な る語 意 を有 して い た 。(…)ま さ に1789年 の 人 お よび 市 民 の 権 利 宣 言 に お い て 、 最 初 に、 そ の 第6条 で こ の表 現 が 用 い られ て お り、 そ れ は フ ラ ンス 人 とい う言葉 と同 義 か つ 一 般 的 意 味 で 用 い られ て い る」35。そ の 上 で彼 は、 同宣 言 の 第6条36につ い て検 討 す る 中 で 、 「1791年憲 法 は 、 最 も明 確 に フ ラ ンス 人 お よ び市 民 の ア イ デ ンテ ィテ ィを構 築 した。 す な わ ち、 人 々 が フ ラ ンス 市 民 と呼 ば れ るの は、 人 々が フ ラ ンス 人 だか らで あ る」 と強調 して い る 。 また 、 カ レ ・ド ・マ ルベ ー ル(Raymond CARRE DE MALBERG)も 、 選 挙 公 務 説 を論 じ なが ら、 こ の1789年 宣 言 につ い て次 の よ うに 論
じて い る。 「フ ラ ンス 人 で あ る た め の 必 要 な 要 件 を充 た して い るす べ て の 個 人 は、 同時 に、 か つ そ の こ との み に よ っ て 、 『市 民』で あ る。 こ の 法 文 書 に よれ ば 、 そ の二 つ の 身分 は 調 和 す る。 こ の 二 つ の 身 分 は、 他 方 な く して 一 方 が 獲 得 され 得 ない し、 喪 失 さ れ得 な い」37。 今 日で も、 多 くの 学 者 が1789年 宣 言 につ い て 、 こ う した 見 解 を支 持 して い る。 例 え ば 、 テ ュ ルパ ン(Dominique TURPIN)は 、1789年 宣 言 は 「『人 お よび 市 民 』の 権 利 の宣 言 で あ り、 そ れ 自体 国 籍 の 属 性 で あ る 市 民 権 を 所 有 しな い者 た ち に、乳一 定 数 の 憲 法 上 の権 利 」、 す な わ ち 「憲 法 上 の人 権 」を 「付 与 した 」の で あ る。 しか し、反 対 に、この法 文書 に よつ て 、「外 国 人 は 、 市 民 の み に留 保 され た諸 権 利 の 享 受 か ら排 除 さ れ た 」39と指 摘 す る。 彼 に よれ ば、 す べ て の 者 に 開か れ た 「人 の権 利 」と、 国籍 保 持 者 の み に保 障 され た 「市民 の権 利 」との 間 の 「分 離 」は明 白で あ
35F . LAFERRIERE, Cours theorique et pratique de droit public et administratif,3eme ed, Cotillon,1850, t. ler livr.1, chap.1, sec。 4,p.106.
36人 お よ び 市 民 の 権 利 宣 言 第6条 は
、 以 下 の よ う に 規 定 す る 。 「法 律 は 、 一 般 意 思 の 表 明 で あ る 。 す べ て の 市 民 は 、 自 ら 又 は そ の 代 表 者 に よ つ て 、 そ の 形 成 に 参 与 す る 権 利 を も つ 。 法 律 は 、 保 護 を 与 え る 場 合 に も 、 処 罰 を 加 え る 場 合 に も 、 す べ て の 者 に 対 し て 同 一 で な け れ ば な ら な い 。 す べ て の 市 民 は 、 法 律 の 前 に 平 等 で あ る か ら 、 そ の 能 力 に し た が つ て 、 か っ 、 そ の 徳 行 と 才 能 以 外 の 差 別 な し に 、 等 し く、 す べ て の 位 階 、 地 位 お よ び 公 職(toutes dignites, places et emplois publics)に 就 く こ と が で き る 」。
37R . CARRE DE MALBERG, Contribution a la theorie generale de l'Etat, Sirey,1922, Reedition presentee par Eric MAULIN, Dalloz,2003, p.432.
38F . LUCHAIRE, K La lecture actualisee de la Declaration des droits de 1'homme et du citoyen de 1789≫, in La
declaration des droits de l'homme et du citoyen et la/urisprudence, PUF,1989, PP.215-240.参 照 、 J・KISSANGOULA, La (Constitution francais et les etranger,op.Cit., pp46 et s.
39D
る。 ベ セ(J-M.BRCET)と コラ ー ル(D. COLARD)の 場 合 も同様 に、 「人 」と 「市 民 」の 選 択 的 用 法 は 、 決 して 革 命 家 た ちの 思 想 にお い て 不 確 実 性 が 存 在 し た わ けで は ない と い う。 す な わ ち、 革 命 家 た ち は、す べ て の者 に属 す る 「存 在 の 自 由(libertes d'etre)」と、各 市 民 だ け に属 す る 「行 為(l' action)」と の 問 に違 いが あ る こ とを認 識 した上 で、両 者 を区 別 して い た とい うの で あ る4◎。さ らに 、 プ シ ョー(Eric PEUCHOT)は 、 「何 人 か の学 者 が論 じて い た 『注 意 深 い読 者 に衝 撃 を与 え る こ と に な る用 語 の 驚 くべ き曖 昧 性 』」41がそ こ に存 在 し得 る と い う指 摘 を拒 否 した 上 で 、 「外 国 人 は 人 の 諸 権 利 を享 有 す る が 、 市 民 の 諸 権 利 を享 有 しな い」42と端 的 に 回答 す る 。 プ シ ョー は、 「1789年 8月26日 の 宣 言 は、 諸 観 念 に関 す る フ ラ ンス の 熱 心 な勧 誘 に合 致 した 普 遍 主 義 的 使 命 を有 して お り、(…)こ の 困 難性 を解 消 す るた め に、い か な る積 極 的 援 助 も提 案 して い る よ う に は思 われ ない 」 こ とを 承 認 しつ つ 、 「『あ らゆ る 主 権 の 淵 源 は 、 本 質 的 に 国 民 にあ る』 と規 定 す る1789年 宣 言 第3 条 の規 定 を 忘 れ て は な ら ない し、 こ の宣 言 が 、 市 民 の 代 表 者 か ら構 成 さ れ た 『国民 議 会』に よつ て定 式 化 され た こ と も忘 れ て は な らな い 」と指 摘 す る 。 そ こで 、 国 民 議 会 を構 成 して い た 者 た ち は、 「フ ラ ンス 人 で あ る こ とを欲 す る フ ラ ンス 人 で あ り、 要 求 す る フ ラ ンス 人 で あ り、 フ ラ ンス 市 民 に認 め るべ き諸権 利 を考 慮 す る フ ラ ンス 人 」で あ る。「そ の第6条 に よっ て(…)、1789年宣 言 は、 市 民 を法 規 範 の 唯 一 の創 造 者 にす る。 そ こで この 市 民 とは 、 国 民 の 意 思 を表 明 す る とこ ろの 、 総 体 と して の フ ラ ンス人 民 を 意 味 す る。 さ ら に、 第6条 は(…)、 外 国人 が 選 挙 権 を持 ち う る とい う 考 え 方 を排 除 しなが ら、 市 民 の み に 政 治 的 参 加 を承 認 す る」と述 べ た上 で43、「1789年宣 言 は、 そ の 普 遍 主 義 の 彼 方 で 、フ ラ ンス 人 の諸 権 利 、フ ラ ンス 人 民 の 諸 自 由 を対 象 と して い る。(…)それ は 、 国 民 に 留 保 され て い る。 この こ とは、 フ ラ ンス 憲 法 ・政 治 史 にお い て変 わ る こ とな く存 在 した こ とで あ り、 この 永 続 性 は、 学 説 上 、 多 数 派 の 問題 提 起 を惹 起 す る こ とは決 して な か っ た(…)し 、 国 籍 要 件 は 、 常 に求 め られ て い た 。(…)外 国 人 資 格 の無 能 力 は、 フ ラ ンス の 法 的伝 統 にお け る 一 つ の 規 範 で あ る」44と結 論 づ け る。 しか しなが ら、F・ リ ュ シ ェー ル(Francois LUCHAIRE)に よ れ ば、 革 命 期 の 諸憲 法 の こ う し た読 み 方 は、 文 法 上 の観 点 か ら も歴 史 的観 点 か ら も不 正 確 で あ る と され る。
a40 J_M . BECET et D. COLARD, Les droits de l'homme, Economica,.1982, pp.27‐28.
41こ の 「何 人 か の 学 者 」 と は、 ロ シ ャ ッ ク 、 ボ ル ジ ェ ッ ト 、 オ リ ヴ ィ エ ・ ル ・ク ー ル ・グ ラ ン メ ゾ ン(Olivier LE COUR GRANDMAISON)を 主 と し て 念 頭 に お い て い る と 考 え ら れ る(Voir, D. LOSCHAK《L'etranger et les droits de l' homme》, op.cit., p.621, M. BORGETTO, op.cit., p.5,O. LE COUR GRANDMAISON, Les citoyennetes en revolution (1789-1794),PUF,1992, p.100)。 し か し な が ら 、 プ シ ョ ー が 投 票 権 の 視 点 か ら だ け で こ の 問 題 に 取 り組 ん だ の に 対 し 、 ロ シ ャ ッ ク は 、1789年 宣 言 に 規 定 さ れ た 人 お よ び 市 民 の 権 利 の 全 体 に 言 及 し て い る 点 に 留 意 す る 必 要 が あ る 。 42.E. PEUCHOT, Droit de vote et condition de nationalite≫, R.D.P.,1991, p.488 et p.492.
A4 Ibid .,p.489. "44Ibid
(2)「 市 民 の権 利 とは 、 フ ラ ン ス市 民 の み の権 利 を意 味 しな い 」とす る見 解
ロ シ ャ ッ ク に よれ ば 、1789年 宣 言 の 「注 意 深 い解 釈 」を行 えば 、 「『人 』と 『市 民』 とい う言 葉 が 、 全 体 と して ア ナ ー キ ー で、 しば し ば非 論 理 的 な用 い られ 方 を して い る こ と」、 また 、 「よ り明 確 で 、 そ れ ほ ど広 い 意 味 で 用 い られ て い る わ けで は な い 『市 民』 とい う用 語 が 、 そ の 言 葉 が 用 い ら れ て い る 同 じ条 文 や 同 じ句 の 中 で 、 普 遍 主 義 を内 包 す る言 葉(『す べ て の 人(tout homme)』 、 『い か な る 人 も(nul homme)』 、 『各 人(chacun)』 、 『す べ て の 者(tous)』 …)と 不 断 に変 化 させ て用 い られ て い る 」こ とが 認 識 で き、 「人 」と 「市 民 」 とは 「互 換 性 の あ る よ うに 思 わ れ る」言 葉 で あ る こ とが 理 解 で き る と さ れ る5彼 女 に よ れ ば 、 こ の 曖 昧 性 は 、 「宣 言 さ れ た 諸 権 利 の 実 際 の 資 格 保 持 者 に 関 す る不 確 実 性 の 中 に 」最 終 的 に位 置 づ け られ る こ と に な る46。ボ ル ジ ェ ッ ト(Michel BORGETTO)は 、 「言 語 上 の 変 化 」が こ の時 代 に採 択 され た 諸 宣 言 に見 出せ る こ と を確 認 した 上 で 、 外 国人 に 関 して確 固 と した立 場 に立 つ て そ の結 論 を 導 き出 す こ とが で き ない と指 摘 し、 この 見 解 を擁 護 して い る47。さ らに トロペ ー ル は 、1789年 宣 言 にお け る 「市 民 」観 念 の 用 法 の 「曖 昧 さ」 に もか か わ らず 、 そ の意 味 は 「明瞭 」で あ る とす る。 す な わ ち 、 た と え この 言 葉 が 「二 つ の 異 な る 意 味 で用 い られ た」 こ とが 決 して 明 瞭 で は な い と し て も、 「こ の 二 つ の 意 味 は 現 代 的 な二 つ の 意 味 と は合 致 しな い 。 な ぜ な ら、 『市 民 』 とい う言 葉 は 、 決 して 『国 民 』 とい う意 味 で は な い か らで あ る」48と述 べ て い る 。 ① こ の 見解 の 根 拠(1)-1789年 宣 言 の文 言 そ れ 自体 に 内 包 され る矛 盾 「市 民 」とい う用 語 は 、社 会 集 団 の全 て の 構 成 員 を意 味 す る とす る最 も広 い意 味 で 用 い ら れ る との仮 説 か ら、1789年 宣 言 の 文 言 を つ ぶ さに 調 べ る と、 同 宣 言 にお け る 「人 」と 「市 民 」の用 法 を め ぐつ て は 、幾 つ か の ケ ー ス に類 型 化 す る こ とが で き る。 第一 に、 同宣 言 に は、 「人 」と 「市 民 」が 混 在 して 用 い られ 、 或 い は本 来 「人 」を対 象 に して い る は ず な の に、 「市 民 」 とい う用 語 を用 い て い る ケ ー ス が あ る 。 まず 、 第7条 は、 「法 律 に よっ て 召 還 さ れ 、 また は逮 捕 され た す べ て の 市 民 は、 直 ち に服 従 し な け れ ば な ら な い」 と規 定 して い る 。 次 に、 第11条 は、 同 じ条 文 内 で 「人 」か ら 「市 民 」へ と、 そ の言 葉 が 変 化 して い る。 「思 想 お よび 意 見 の 自 由 な伝 達 は、人 の最 も貴 重 な権 利 の一 つ で あ る。 した が つ て 、す べ て の 市 民 は、法 律 に よ っ
45 F. LUCHAIRE, « Le conseil constitutionnel et la souveraineté nationale », R.D.P. n°6, 1991, pp.1499 —1500. 46 D. LOCHAK, « L'étranger et les droits de l'homme », op.cit., p.621 et p.628.
47 M
. BORGETTO, op.cit., p.59. 48 M
て 定 め られ た場 合 に そ の 自 由 の濫 用 に つ い て責 任 を負 うほ か は 、 自由 に 、話 し、書 き、 印刷 す る こ とが で き る」と規 定 され て い る49。
第 二 に、 「人(homme)」 また は 「何 人 も∼ な い(nul homme)」 とい う言 葉 が 用 い られ て い るケ ー ス が あ る 。 これ は 、 「社 会 」を 考 慮 せ ず に 考 え る こ との で き る 自 然権 を対 象 とす る こ とが 問 題 と な る と き、 用 い られ て い る 。 第1条(「 人(les hommes)は 、 自由 か つ権 利 に お い て平 等 に生 まれ 、 かつ 生 存 す る」)、第2条(人 の 自然 的 で 時 効 に よつ て 消 滅 す る こ との な い 権 利 とは 「自 由 、所 有 、 安 全 お よび圧 政へ の抵 抗 で あ る」)、第9条(「 何 人 も'(tout homme)無 罪 と推 定 され る… 」)、第7条 (「何 人 も(nul homme)、 法 律 が 定 め た場 合 で 、 か つ 、 法律 が 定 め た形 式 に よ らな け れ ば、 訴 追 も逮 捕 も拘 禁 も され て は な らない(…)」)、或 い は さ らに 第10条(「何 人 も(Nul)、 そ の 意 見 の 故 に、 不 安 に され て は な ら ない 」)。 第 三 に、そ の権 利 が 、 よ り特 別 に 「市 民 」に 関係 して い る ケ ー ス が あ る。 そ れ は 第6条(「法 律 は、 一 般 意 思 の表 明 で あ る。 すべ て の 市 民 は 、(…)そ の定 立 に 参 与 す る権 利 を持 つ 。(…)す べ て の 市 民 は、法 律 の 眼 に は平 等 で あ り、(…)平 等 に 一切 の 公 的 な位 階 、地 位 、職 に就 くこ とが で きる」)、 第13条(「 共 同 の分 担 金 が 必 要 で あ る。 そ れ は、 す べ て の 市 民 の 間 に 、 等 し く分 配 され な け れ ば な らない 」)、第14条(「 すべ て の 市 民 は、(…)公 的分 担 金 の必 要 を(…)確 認 す る権 利 を有 す る」) で あ る。 しか し、 こ の最 後 の ケ ー ス を よ く見 る と、 外 国人 を排 除 して 、 特 権 的 に市 民 のみ に属 す る よ う な特 質 を決 め る こ とは 、 こ こで は問 題 と な らな い。 問題 とな る の は、 いか な る方 法 で も市 民 に拒 否 され得 ない 公 民 的 な特 質(平 等 な 公 務 就 任 資 格 、 法 律 の形 成 に参 与 す る権 利 、 公 的 分 担 金 の平 等 な 配 分)を 、 単 に定 め て い る に過 ぎな い 。 トロ ペ ー ル の言 葉 を借 りれ ば 、 「人 権 宣 言 が 直 接 市 民 を定 義 して い ない と して も、 人 権 宣 言 は、 ま さ し く市 民 の政 治 的権 利 に つ い て規 定 して い る の で あ る」50。 特 にそ の第6条 に関 して、 「す べ て の市 民 」に平 等 に公 職 に就 くこ と を保 障 す る行 為 は、 革命 家 た ちが 公 職 か ら市 民 で な い者 を排 除 す る 意 図 を有 して い た こ とを 証 明 しな い 限 り、 意 味 を持 た な い と考 え られ る。 起 草 さ れ た 第6条(す なわ ち、 法 律 は 「す べ て の 者 に 対 して 同 一 で な け れ ば な ら ない(… 〉。 す べ て の市 民 は 、法律 の 眼 に は平 等 で あ り、平 等 に就 くこ とが で きる(…)」)に お い て 、 平 等 な公 務 就 任 資 格 は 「す べ て の 者 」に対 す る 法 適 用 の 平 等 を述 べ た す ぐ後 に続 い て お り、 結 果 J 的 に、 宣 言 起 草 者 の精 神 に お い て は 、 権 利 の 平 等 か ら生 じて い る もの で あ る と考 え られ るか らで あ る51(以 上 、 下 線 は 引 用 者)。 49ト ロペ ー ル の分 析 に よ れ ば(ibid,p.304)、 こ こ で参 照 して い る 「人 」とい う用 法 か ら他 の用 法(「市 民 」)へ の 変化 は 、 「ま さ に 『市 民 的 諸 権 利(droits civils)』と呼 ば れ る一 定 の 自然 権 は、社 会 の 中 で 行 使 さ れ る 。 した が っ て 、人 は市 民 に な る 」 と い う こ とを、 強 調 す る役 割 を果 た す た め で あ る と考 え られ る とい う。 50 Ibid., p.304.
さ らに 、 こ れ ま で い か な る学 説 に お い て も、 法律 の 前 の 平 等 が フ ラ ンス 市 民 だ け に 限 定 され て い る とい うこ とを 主張 す る見 解 は存 在 しな か っ た こ と を確 認 して お く必 要 が あ る し、 また 、1789 年 宣 言 第13条 の規 定 に もか か わ らず 、外 国 人 が 公 的 分 担 金 や 税 金 の 負 担 に協 力 し な くて も良 い と い うこ とを 主張 す る者 もい な か っ た こ と も指摘 し得 る52。 EU市 民 へ の 一 定 の公 務 の 開 放 を承 認 した1991年7月23日 憲 法 院判 決 の判 例 評 釈 に お い て 、 リ ュ シ ェ ー ル は、 以 下 の よ う に論 じた 。 「こ の条 文 〔1789年宣 言 第6条 〕は、 フ ラ ンス 市 民 の み が そ れ を享 受 す る とは述 べ て い な い。 立 法府 は 、それ ゆ え、他 の権 利 享 受 者 を加 え る こ とが で き る。(…) こ の解 釈 は、 文 法 の 面 か ら正 しい だ け で な く、 歴 史 的観 点 か ら も正 しい 。(…)人 権 宣 言 の この 条 文 は 、 ユ ダヤ 人 とプ ロ テ ス タ ン トが セ カ ン ド ・ゾー ンの 国籍 保 持 者 と考 え られ て い た 時 代 に 、 す べ て の市 民 の 間 の平 等 原 則 を宣 言 す る こ とを 目的 と して い た 。 この 規 定 は 、外 国 人 に 向 け られ た も の で は なか っ た。 起 草 者 た ち は、反 対 に、大 臣 と して ネ ッケ ル(NECKER)を 要 求 し、ジュ ネ ー ブ市 民 の ル ソ ー(Jean-Jacques ROUSSEAU)を 強 く愛 した の で あ る」53(下 線 は引 用 者)。 トロペ ー ル も 同様 に、 人 権 宣 言 第6条 の 最 後 の 文 言 は、 「時代 錯 誤 の解 釈 に基 づ い て の み 、 国籍 保 持 者 を対象 とす る に と ど ま る」と結 論 づ け て い る54。 こ う して 、現 代 の 公 法 学 に お け る少 数 説 に あ っ て は、1789年 宣 言 の 「市 民 」とは 、 必 然 的 に 国 民 の み を意 味 す る もの で は ない こ とが 主 張 さ れ て い る。 ② こ の見 解 の根 拠(2)-1789年 宣 言 当 時 の議 論 1789年 宣 言 につ き、 現 代 の公 法 学 者 シュ ヴ ァ リエ(Jean-Jacques CHVALLIER)は 、 「人 権 宣 言 は、 何 が フ ラ ンス 市 民 の特 別 な諸 権 利 で あ る か をた だ 問題 に して い た の で は な い 。何 が 政 治 に関 す る人 の一 般 的 諸 権 利 で あ る か を 問題 に して い た の で あ る。 人権 宣言 は 、 あ らゆ る 部 分社 会 の 外 で 、 抽 象 的 に市 民 を考 え て い た の で あ る」と述 べ て い る55(下 線 は 引用 者)。 そ こで、 この 宣 言 が 採 択 され た 際 、 革 命 家 た ちが どの よ うに この宣 言 を考 え て い た か を考 察 す る必 要 が あ る 。 当 時 の 立 法 者 意 思 で あ る。 結 論 先 取 りで 述 べ る と、 彼 らは フ ラ ンス人 の た め だ け に この宣 言 を 策 定 した わ け で は ない と考 え られ る。 まず 、 最 初 の 草 案 の 提 出以 降、 ラ フ ァィ エ ッ ト(M-J.LAFAYETTE)が 、 「永 遠 の 真 理 を表 明 52 Voir
, G.VEDEL, « L'égalité », in La déclaration des droits de l'homme et du citoyen, de 1789, La documentation française, 1990, pp.171 et s.
53 F . LUCHAIRE, « Le conseil constitutionnel et la souveraineté nationale », R.D.R, n°6, 1991, pp.1499 —1500. 54 M . TROPER, « La notion de citoyen sous la Révolution française », op.cit., p.308.
55 M . CHEVALIER, Histoire des institutions et des régimes politiques de la France moderne, 7ème éd., par O. CONAC , Dalloz, 1985, p.24.
す る こ と が 問 題 な の で あ り、 あ ら ゆ る 制 度 は そ こ か ら 生 じ な け れ ば な ら な い 」56と強 調 し 、 さ ら. に 第1回 憲 法 委 員 会 の 名 に お い て 、 シ ャ ン ピ オ ン ・ド ・ス ィ セ(J.M.CHAMPION DE CICE)が 「こ の 審 議 は 、 人 の 本 質 や 性 質 か ら 切 り離 す こ と の で き な い よ う に す る 自 然 か ら受 け 継 い だ 一 つ の 力 を 、 道 徳 と 理 性 か ら 受 け 継 が れ 、 全 て の 中 心 に 置 か れ た 基 本 的 真 理 に 刻 み つ け る こ と を 目 的 に す る の で あ る 」57と強 調 し て1789年 宣 言 は 議 論 さ れ て い っ た 。 議 員 た ち は こ の 精 神 を 踏 襲 し 、 そ の 後 例 え ば 、1789年8月3日 、 デ ム ー ニ エ(J-N.DEMEUNIER)は 、 「こ の 諸 権 利 は 、 あ ら ゆ る 時 代 ・ あ ら ゆ る 国 民 の も の で あ る 」58と述 べ 、ま た 、同 年8月20日 、デ ュ ケ ス ノ ワ(A.DUQUESNOY)は 、「こ の 宣 言 は 、 あ ら ゆ る 時 代 、 あ ら ゆ る 人 民 の も の で な け れ ば な ら な い 。 情 勢 が 変 化 し よ う と も、 そ れ は 革 命 の 中 心 で 不 変 の ま ま で な け れ ば な ら な い 。 法 律(loi)と 法 〔=権 利 〕(droit)は 区 別 し な け れ ば な ら な い 。 す な わ ち 、 法 律 は 風 習 に 似 て お り、 国 民 的 性 格 の 様 相 を 身 に ま と う 。 こ れ に 対 し て 法 〔=権 利 〕は 、常 に 同 じ も の で あ る」59と論 じ た 。 さ ら に 、ペ シ オ ン(A.PETION)は 、8月23日 、「フ ラ ン ス の た め だ け で な く、人 間 一 般 の た め に こ こ で 権 利 宣 言 を つ く る こ とが 問 題 と な る の で あ る 」 と 主 張 し た60(下 線 は 引 用 者)。 他 方 で 、 こ の1789年 宣 言 に 反 対 す る 者 た ち は 、 こ の 「う ん ざ りす る よ う な 形 而上 学 的 長 広 告 」 や 「公 民 て ほ ど き の 授 業 」 の 起 草 作 業 に 入 ら な い こ と を 擁 護 す る 理 由 と し て 、 こ の 宣 言 の 普 遍 的 性 格 を 問 題 に し て い た61。 例 え ば 、 デ ル ヴ ォ ー(Paul DELVAUX)に よ っ て 行 わ れ た1789年 宣 言 に 関 す る 憲 法 制 定 議 会 の 議 論 の 分 析 に よ れ ば 、 「人 権 の 源 は 、 基 本 的 真 理(verites premieres)に あ る 。 す な わ ち 、 人 間 の 心 に 刻 み 込 ま れ た 異 論 の な い 諸 原 理 に あ る 」62と さ れ 、 バ コ(Guillaume BACOT)に よ れ ば 、 「あ ら ゆ る 傾 向 の 議 員 た ち に よ っ て 、 最 も 繰 り返 し 恒 常 的 に 反 復 さ れ る 主 題 の 一 つ 」63がそ の 基 本 的 真 理 で あ る と さ れ る 。1789年 宣 言 に 、 時 代 を 超 越 す る 、 普 遍 的 な 性 格 を 付 与 し よ う と す る 意 思 は 、1789年7月 と8月 の 多 く の 宣 言 草 案 に も 同 様 に 垣 間 み ら れ る64。 例 え ば 、 タ ル ジ ェ(TARGET)の 「社 会 に お け る 人 権 宣 言(Declaration des Droits de l'Homme en Societe)」 と 題 す る 権 利 宣 言 は そ の 典 型 で あ り、 「す べ て の 人 は 、 政 治 集 団 に よ つ て 創 設 さ れ た 職 務 お よ び 職 を 遂 行 す る 平 等 な 権 利(droit egale de remplir les fonctions et les offices)を 有 す る
56 A.P., t.8, 11 juillet 1789, p222. 57 t .8, 27 juillet 1789, p.281. 58 t .8, 3 août 1789, p.334. 59 t .8, 20 août 1789, pA62.
A.P., t.8, 23 août 1789, pA75. , S. RIALS, La Déclaration des Droits de l'Homme et du Citoyen, op.cit., pp.351 — 352
61 G.BACOT, « Déclaration de 1789 et Constitution de 1958 », R.D.P, 1985, p.690.
62 P.DELVAUX, « Analyse lexicale des débats de la Constuituant sur la Déclaration des droits de l'homme », in Droits Revue française de théorie juridique, n°2, 1986, pp.23 — 33.
63 G.BACOT, « Déclaration de 1789 et Constitution de 1958 », op.cit., p.695. 64 , S. RIALS, op.cit., pp.477 et s.
(…)」と規 定 してい る65。これ に対 して 、明 確 に 「フ ラ ンス 人(un Francois)」「フ ラ ンス市 民(Citoyen Francois)」 を権 利 主 体 と し て記 して い るの は、 ア ブ レ(AVRAY)の よ うな 君 主 主 義 者 の 草 案 だ け で あ っ た66。 お わ りに 以 上 の検 討 か ら、1789年 宣 言 の 「市 民 」観 念 は、 こ れ まで 公 法 学 説 の通 説 的 見 解 が 唱 え て きた よ う に、 当 然 に国 籍 保 持 者 の み を意 味 す る もの で は な く、 また 同 宣 言 の 制定 当 時 に お い て は 、外 国 人 を必 ず し も排 除す る こ と を企 図 し て い な か っ た と考 え られ る。 国民 議 会 の議 員 た ち は 「普 遍 主 義 的観 点 か ら の み 、 この 宣 言 の仕 事 を考 え て い た で あ ろ う」67からで あ る。1789年 宣 言 は 、現 代 の 法 実 証 主 義 とは 異 な り、 自然 法 論 的 観 点 か ら起 草 さ れ た もの で あ り、 そ の意 味 で 、丁普 遍 主 義 的 」理 解 が導 か れ るべ き もの で あ る と考 え られ る 。 ※ 本研 究 の 一 部 は、2008年 度 科 研 費(若 手研 究(ス ター トア ップ)・ 課 題 番 号19830005)の 助 成 を受 け て収 集 した 資料 お よび専 門家 か らの 知 識 の 提 供 に基 づ い て い る。 6' Ibid., p.608.
66 « Constitution des droits d'un citoyen françois », Ibid., p.608.
67 S. RIALS, ibid., p.351 ; G. GUSDORF, « La France, pays des droits de l'homme », Droits. Revue française de théorie