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アジ研ワールド・トレンド No.182 (2010. 11)
第8回 渡邉真理子
●
そもそもなぜフィールド・
ワークをするのか
そ
も
そ
も
、
フ
ィ
ー
ル
ド
・
ワ
ー
ク
(
現
地
調
査
)
は
、
な
ぜ
必
要
な
の
だ
ろ
う
か
。(
イ
)
報
道
や
発
表
よ
り
も
早
くリ
ア
ルな
情
報
が手に
入
れ
ら
れ
る
。(
ロ
)
公
開
情
報
や
政
府
統
計
な
ど
で
は
、把
握
で
き
な
い
情
報
を
手
に
入
れ
る
こ
と
が
で
き
る
。
(
ハ
)
公
開
情
報
や
政
府
統
計
な
ど
で
は
把
握
で
き
な
い
、
既
存
情
報
の
背
景にある
文
脈
や
構
造
を
探る
こ
と
が
で
き
る
。(
ニ
)
す
で
に
指
摘
さ
れ
て
い
る
状
況
が
本
当
に
起
き
て
い
る
か
を
確
認
す
る
こ
と
が
で
き
る
。
と
い
った
と
こ
ろ
で
あ
ろ
う
か
。
筆
者
は
、と
に
か
く
発
表
さ
れ
て
い
な
い
情
報
、情
報
の
背
景
に
あ
る
文
脈
と
い
う
も
の
を
手
に
入
れ
た
い
、
と
い
う
気
持
ち
が
強
か
っ
た
。
中
国
に
関
し
て
、当
時
の
報
道
や
関
連
す
る
調
査
研
究
な
ど
の
資
料
を
読
ん
で
も
、
そ
こ
で
展
開
さ
れ
て
い
る
議
論
は
お
題
目
の
よ
う
な
も
の
が
多
く
、結
論
に
い
たる
論理も
怪
し
げ
で
何
が
本
当
な
の
だ
ろ
う
か
、と
い
う
猜
疑
心
が
募
る
ば
か
り
だ
っ
た
か
ら
で
あ
る
。
そ
も
そ
も
新
聞
や
論
文
に
書
い
て
あ
る
こ
と
は
、
何
が
ど
こ
ま
で
本
当
な
の
だ
ろ
う
?
こ
れ
が
、
現
地
に
行
き
た
い
思
いを駆
り
立
て
た
力
だ
っ
た
。
そ
し
て
、
実
際
に
当
事
者
に
話
し
を
聞
い
て
み
る
と
、
読
ん
だ
内
容
ほ
ど
で
も
な
い
場
合
と
、書
か
れている
も
の
よ
り
も
ず
っ
と
すご
い
場
合
の
両
方
が
あ
っ
た
。
●フィールドで何をするのか
で、フィールドに出て何をす
る
か。
①
参
与
観
察、
②
イ
ン
タ
ビューや見学、③データ収集の
ための面談のように、実は多様
な仕事が選択肢としてはあり得
る。参与観察は、人類学者が採
用することの多い手法で、一定
期間研究対象のそばで活動しな
が
ら
観
察
を
す
る
現
地
調
査
で
あ
る。一番人間力というかコミュ
ニケーション能力が試される一
方で、何がどの程度の期間でわ
かるかについては、事前には予
測しづらい。不確実性が高く時
間と手間がかかる手法である一
方で、対象者が普段活動してい
る現場に入ることで、本人が意
識していない人間関係や行動を
観察することができる。第二の
インタビューや見学は、調査の
対象を訪問し、当事者に現場か
ら降りた場所で、知りたい課題
について述べてもらう。当事者
の
考
え
方
に
興
味
が
あ
る
場
合
に
は、この手法で十分である(と
参与観察をやってみたいがうま
くセットできない自分に、いい
わけをしている)
。第三のフィー
ルドでのデータ収集とそのため
の面談は、ある仮説の可否を確
認する最終的な作業と筆者は考
えている。
筆者自身は、本格的な参与観
察は経験したことがないが、イ
ンタビューとデータ収集は連携
させて利用する手法だと意識し
ている。ただ、この両者の関係
は二つの方向がある。
ひとつは、
ある仮説が事前にあって、それ
を確認するためにデータ収集を
目的として現地に入り、インタ
ビ
ュ
ー
で
情
報
を
補
足
す
る
方
法。
もうひとつは、現地でどんな問
題が存在しているのか、という
意識で、仮説とその問題の構造
そのものを探すためにまずイン
タビューを行い、そこで構築さ
れた仮説を確認するためにデー
タ
収
集
を
後
で
行
う
方
法
で
あ
る。
前者は、課題が与えられその仮
説の可否を確かめることが主眼
と
な
り、
効
率
的
な
手
法
で
あ
る。
しかし、発展途上国の営みの中
に
埋
ま
っ
て
い
る
宝
を
イ
ン
タ
ビューで掘り起こし、データ収
集
で
磨
き
出
す、
と
い
う
後
者
は、
より贅沢な方法のように思う。
●どうやったら
宝を掘り当てられるのか?
では、宝を掘り当てるにはど
うしたらいいのか。筆者の経験
を振り返って考えると、まさに
「
人
間
万
事
塞
翁
が
馬
」
と
い
う
こ
とわざどおりのように思う。自
分でできることは万端に整えた
うえで、
あとは運命にゆだねる。
準備がよければ、よい運が飛び
込んでくるし、準備が足りなけ
れば、運は逃げていく。
具体的には、まず意味のある
情報を得るためには、きちんと
し
た
関
係
を
構
築
す
る
必
要
が
あ
る。中国人は比較的オープンな
の
で、
知
人
の
紹
介
さ
え
あ
れ
ば、
初対面でも結構話しをしてくれ
る。そこでお目当ての調査対象
に紹介してくれる人がいるかど
うかがポイントになる。企業や
役所にポストがあって中国に来
た人は、そのポストに対応する
交渉相手や人脈があり、その日
からでも情報収集をすることが
できる。けれど、
一研究者には、
そ
う
し
た
出
来
合
の
人
脈
は
な
い。
あらゆる知人の紹介を頼り、相
誰
に
何を聞けるかは
万事塞翁が馬
53
アジ研ワールド・トレンド No.182 (2010. 11)
手の信頼を得て初めて、関係が
構
築
さ
れ
る。
ま
ず、
「
お
も
し
ろ
い」
、「信用できる」と思っても
らえるか、それからギブ・アン
ド・テイクの関係を構築できる
か、が鍵になる。最初に出来合
の
人
脈
を
受
け
継
い
だ
人
の
中
に
は、自分の所属先の名刺と看板
自体がギブになっていると錯覚
しているのか、テイク
・
アンド
・
テイクの人がいる。こうした人
は肝心の情報を取るのに成功し
ているように思えない。
●湖南人と
A
B型の女性
た
だ
ど
う
や
っ
た
ら
堅
い
関
係
が
つ
く
れ
る
の
か
に
つ
い
て
考
え
る
と
、
最
終
的に
はや
は
り
運
次
第
と
し
か
い
え
な
い
。
自
分
の
経
験
を
振
り
返
る
と
、「
湖
南
人
」
と
「
A
B
型
の
女
性
」
に
し
ば
し
ば
助
け
て
も
ら
っ
て
き
た
。
一
九
九
六
〜
九
八
年
に
か
け
て
香
港
に
駐
在
し
て
い
た
と
き
、
中
国
経
済
に
関
す
る
見
方
の
ヒ
アリ
ン
グ
をする
ためと
あ
る
金
融
機
関
の
エ
コ
ノ
ミ
ス
ト
を
訪
ね
た
。
そ
の
後
、
私
の
ほ
う
から
時々
訪
ね
て
意
見
交
換
を
し
て
い
た
が
、
あ
る
と
き
北
京
に
行
っ
て
当
時
ス
タ
ー
ト
し
て
い
た
中
国
の
国
有
企業
向
け
不
良
債
権
処
理
方
法
に
つ
い
て
ヒ
ア
リ
ン
グ
を
す
る
つも
り
だ
と
い
う
話
を
し
た
。
す
る
と
、
知
り
合
い
を
紹
介
し
て
く
れ
る
と
い
う
。
サ
ン
キュ
ー
、
じ
ゃ
お
願
い
、
と
答
え
る
と
、
メ
ー
ル
で
訪
問
時間
と
訪問
相
手
を指
定
し
て
き
た
。
不
良
債
権
処
理
会
社
の
総
裁
で
、
の
ち
に
中
国
最
大
の
国
有
銀
行
の
頭
取
に
な
っ
た
や
り
手
の
人
物
で
あ
っ
た
。広
い
部
屋
に
偉
い
総
裁
と
小
娘
が
二
人
き
り
。
こ
れ
は
困
っ
た
と
思
い
な
が
ら
も
、
開
き
直
る
こ
と
に
し
た
。
先
方
に
と
っ
て
私
は
プ
ロ
で
は
な
い
の
で
業
界
常
識
を
ベ
ー
ス
に
し
た
話
で
は
ボ
ロ
が
出
る
と
思
い
、「
教
科
書
か
ら
の
理
論
で
は
こ
う
なる
が
実
際
は
ど
う
か
」
と
い
う
青
臭
い
議
論
を
ふ
っ
か
け
る
戦
略
を
取
っ
た
。
先
方
は
、
面
倒
だ
と
お
も
っ
た
と
お
も
わ
れ
る
が
、
そ
れ
で
も
二
人
き
り
で
小
一
時
間
こ
ち
ら
の
議
論
に
つ
き
あ
っ
て
、
不
良
債
権
処
理
が
ど
うい
う
内
容
で
処
理
され
よ
う
と
し
て
い
る
の
か
、
そ
も
そ
も
の
問
題
の
根
源
、
法
律の
限
界
、
政
治の
サ
ポ
ー
ト
に
つ
いて
も
教
え
て
も
ら
っ
た
。
お
か
げで
私
は
レ
ポ
ー
ト
一
冊
と
論
文
数
本
が
書
け
た
が
、
そ
れ
が
特
に
く
だ
ん
の
社
長
と
友
人
の
エ
コ
ノ
ミ
ス
ト
に
直
接
役
だ
っ
た
わ
け
で
は
な
い
。
友
人
の
エ
コ
ノ
ミ
ス
ト
は
、
そ
の
後
も
時
々
偉
い
人
と
会
う
機
会
を
セ
ッ
ト
し
て
く
れ
た
が
、
私
が
彼の
役
に
立
っ
た
と
は
思
え
ない
。
彼
は
湖
南
省
の
貧
困
県
の
出
身
で
、
す
っ
か
り
リ
ッ
チ
に
な
っ
て
か
ら
出
身
地
の
小
さ
な
子
ど
も
たちを毎
年
北
京
に招
い
て
世
界
を
見
せ
て
あ
げ
る
活
動
を
自
費
で
している
と
、
の
ち
に
別
の
友
人
か
ら
聞い
た
。私
も
そ
の
小
さ
な
子
ど
も
た
ち
の
一
人
の
よ
う
な
も
の
だ
った
の
だ
ろ
う
。
も
う
一
人
な
に
く
れ
と
親
切に
し
て
く
れ
た
友
人
も
湖
南
人
だ
っ
たの
で
、
個
人
的
に
は
湖
南
人
の
義
侠
心
は
厚
い
と思
い
込
む
こ
と
に
し
て
い
る
。
ま
た
関
係
を
構
築
す
る
際
に
は、
同性のよしみというのは、正直
とてもありがたい。同じく香港
にいたころ、広東省のある有力
家電メーカーである国有企業を
訪問することになった。当時広
東
省
政
府
に
い
た
知
人
を
通
じ
て、
先方に連絡してもらった。その
うちのひとつの会社を訪問した
際、日本語を話せる女性が出て
きてその会社の訪問、役員や希
望した各部署との面談をアレン
ジしてくれた。その後、お礼の
メールを送ったところ、関連す
る資料を多く送ってくれ、その
後時々メールで話をし、広東省
をはじめとする華南地区の企業
の動向、家電業界の情勢をいろ
いろと話してくれるようになっ
た。そして、思い切ってそうし
た企業の訪問のアレンジを改め
て頼んだところ、自分の知り合
い
あ
ち
こ
ち
に
連
絡
を
し
て
く
れ、
自分の車で訪問先まで送ってく
れたのである。なんでここまで
親切にしてくれるのか、と面く
らい、彼女自身も友人に「あな
た変わっているねえ」と言われ
たらしい。とまれ、その後は日
本にくれば一緒に温泉に行って
我が家に泊まってもらい、先方
を訪問すれば一日ずっと一緒に
いる友人になった。そして広東
の
家
電
メ
ー
カ
ー
間
の
権
謀
術
数、
烏合離散の背景をいろいろと教
えてもらい、私はなんとか論文
が書けた。その後北京に駐在し
たときに仲良くなり、すっかり
お
世
話
に
な
っ
て
い
る
女
友
達
も、
広東の彼女も
AB型だった。
●
「
使
っ
て
も
ら
え
る
研
究
者
」
と
し
て
の
準
備
を
し
て
お
く
必
要がある
以上の友人たちは、なぜか先
方が気に入ってくれた希有な例
である。けれど普通はそこまで
うまくは行かない。普通、関係
を構築するには、先方に「使っ
てもらえる研究者」だ、と認識
してもらえるように準備をして
おく必要がある。そして、紹介
してもらった先では、話をする
に値する人間だ、と理解しても
らえるように、インタビューの
内容その他に関して、十分準備
しておく必要がある。そう評価
してもらえなければ、もう二度
と紹介はしてもらえないからで
ある。などとしんどいことを考
えてしまうが、やはりそうやっ
て現地に行くと宝がいろいろ埋
ま
っ
て
い
る
の
で、
フ
ィ
ー
ル
ド
ワークは止められない。
わたなべ まりこ/アジア経済研究所 東アジア研究グループ長
専門分野:中国の企業・産業・経済の調査、応用ミクロ経済学(金融契約、産業組織論、
など)
近著に「中国医薬品産業―産業の全体像」「中国医薬品産業―企業の行動」(項安波・張政軍・
陳小洪と共著)久保研介編『日本のジェネリック医薬品産業とインド・中国の製薬企業』
情勢分析レポートNo.5、『企業の成長と金融制度』(今井健一と共著)シリーズ現代中国経
済4 名古屋大学出版会、2006年7月がある。