は じ め に 日本において,突発性難聴の治療として鼓室内ス テロイド投与が広まっている1)。米国においても, 米国耳鼻咽喉科頭頸部外科アカデミーによる突発性 難聴診療ガイドラインで,Recommendation として 「初回治療で不完全な回復の症例には,鼓室内ステ ロイド治療の選択肢を提供するべきである」と記載 されている2)3)。しかし,この治療法には鼓膜穿孔の 残存という合併症があり,本邦では5.2%∼13.6% の穿孔残存率が報告されている4)5)。どのような症例 に穿孔が残存しやすいのか,鼓室内ステロイド投与 施行前に予測をたてることができれば,患者が治療 法を選択する上での重要な情報となり,合併症リス ク管理上も有益である。 これまでに,鼓室形成術を施行する症例を対象 に,術前,耳管機能検査装置を用いて耳管狭窄を呈 した症例では,術後鼓膜所見が不良であったという 報告がある6)。当施設においては,鼓膜形成術前に 耳管機能検査において開放型を呈した症例では術後 に再穿孔を生じやすいことを学会報告している7)。 また,小児においては耳管機能の未熟性が,鼓室形 成,鼓膜形成術後の穿孔閉鎖率低下に関係している 可能性が指摘されている8)。耳管機能が健全な鼓膜 維持に重要であるという報告もある9)。これらの報 告は,耳管機能障害が鼓膜の創傷治癒,穿孔閉鎖に 不利に働く可能性を示唆している。また,患者の自 覚症状は耳管機能を正確 に 反 映 し て い な い こ と や9)10),突発性難聴患者の罹患耳には臨床症状とし ては顕在化していないものの,潜在的に耳管狭窄が 存在することが報告されている11)12)。 当施設では鼓室内ステロイド投与を行う前に鼓膜
鼓室内ステロイド投与後の鼓膜穿孔残存率と
耳管機能検査結果の関係について
増田正次1) ,守田雅弘1)2) ,松田雄大1) ,尾川昌孝1) ,中村健大1) ,濵之上泰裕1) , 小野修平1) ,茂木 翼1) ,坂本龍太郎1) ,深山善子1) ,齋藤康一郎1) 1)杏林大学医学部耳鼻咽喉科学教室 2)守田耳鼻咽喉科大阪駅前耳管クリニック 要旨:突発性難聴に対する鼓室内ステロイド投与後の鼓膜穿孔残存率と耳管機能検査結果 に関連があるか検討した。対象は鼓室内ステロイド投与前に耳管機能検査を行った突発性 難聴の罹患耳75耳である。耳管機能検査として①音響耳管法,②トインビー法,③バルサ ルバ法,④鼻深呼吸法,⑤鼻すすり法を行った。検査ごとに耳管機能を正常型,狭窄型, 開放型,判定困難に分類した。複数の検査で狭窄型を呈した19耳のうち3耳(15.8%)で 鼓膜穿孔が残存し,その他の56耳では1耳(1.8%)のみに鼓膜穿孔が残存した。この両 群の鼓膜穿孔残存率には有意差があった(p=0.0478)。音響耳管法の音源提示音圧が検 査装置の上限である 123dB を示した耳が2耳あり,2耳とも鼓膜穿孔が残存した。耳管 機能検査の結果が,鼓室内ステロイド投与を積極的に行うか否か,医師,患者が方針を決 める際の有益な情報となる可能性が示唆された。 −キーワード− 鼓室内ステロイド投与,鼓膜穿孔,耳管機能検査穿孔残存リスクの可能性を考慮する参考情報とし て,耳管機能検査装置を用いて他覚的な耳管機能の 評価を行っている。これまでに,突発性難聴の治療 として鼓室内ステロイド投与を行なった場合の鼓膜 穿孔残存率と耳管機能の関係は明らかになっていな い。今回我々は当施設で蓄積されたデータから,ど のような耳管機能を呈した耳で鼓室内ステロイド投 与後に鼓膜穿孔が残存しやすいか検討した。 方 法 1.対象 2016年2月から2020年3月までに当施設で突発性 難聴に対し,耳管機能検査後に鼓室内ステロイド投 与を行い,治療後鼓膜穿孔の有無を確認できた75症 例(男性33例,女性42例,平均年齢52歳,標準偏差 19歳)の罹患耳75耳を対象とした。いずれの対象耳 も過去に耳管狭窄症や開放症で治療を受けた既往は ない。鼓室内ステロイド投与に関しては,当施設医 療安全管理部の承認を得ており,施術前に,リスク についての説明書を患者に提示の上,本人または代 諾者から同意書を得ている。研究発表をすることに 関しては,当科の外来受付,待合いスペース,ウェ ブ上に情報を掲載し,オプトアウトの形式とした。 本研究を後ろ向き研究として報告することに関して は,杏林大学医学部倫理委員会の承認を得ている (承認番号1574)。 2.鼓室内ステロイド投与法 当院もしくは他院でステロイド全身投与を行い, 治癒に至っておらず,追加治療として鼓室内ステロ イド投与を希望した症例に同治療を行なった。初期 治療として同治療を行った症例はいなかった。初回 投与時にはイオントフォレーゼにより鼓膜麻酔後, 鼓室内投与時に中・内耳に過度の圧がかからないよ うにするため,23G カテラン針を用いて,鼓膜前下 象限に穿刺孔を開けたのち,その後方で再度穿刺 し,デキサメタゾン(1.65mg/0.5ml)を鼓室内へ 注入することを原則とした。その後会話や嚥下を禁 止し,患側上向きの頭位を20∼30分間保った。この 方法を原則5日間連日行なった。2回目以降の鼓室 内投与は鼓膜麻酔を行わず,1回目の穿刺部位と同 じ部位から注入を行った。全例,鼓室内ステロイド 投与終了後は,アデノシン三リン酸製剤,ビタミン B12の内服継続を基本治療とした。 3.耳管機能検査 耳管機能検査装置(JK―05AD,リオン社)を使 用し,①音響耳管法(以下,音響法),②耳管鼓室 気流動態法におけるバルサルバ法,③鼻深呼吸法, ④鼻すすり法,⑤トインビー法の計5種類の方法 を,この順番に同一日に行った。耳管の能動的開大 能は音響法とトインビー法で評価した。通過性(能 動的開大能に対して受動的開大能とも解釈できる) はバルサルバ法,鼻深呼吸法,鼻すすり法で評価し た。耳管機能検査装置による検査結果について,世 界的に批准された正常値は設定されていないが10), 今回の研究では各検査について日本聴覚医学会編集 の「聴覚検査の実際」,耳科学会発表の「耳管検査 マニュアル」(以下,マニュアル2016)」,同学会発 表「耳管開放症診断基準案2016」,および耳管機能 検査に関する論文を参考に正常型,狭窄型,開放型 の判定基準を定めた(表1)13)∼17)。 3―1)音響法を用いた判定基準 検査開始時の外耳道音圧の自動校正は汎用されて いる 50dB SPL となるよう設定した(図1a)。耳 管開大の判断は,大田らの論文にある「外耳道音圧 上昇 5∼10dB 以上を目安として」耳管機能を評価 しているとの記載を参考にした14)。4回の嚥下によ って,外耳道音圧が 5dB 以上上昇する波形が複数 回観察できた場合正常型とし,この条件を満たさな い場合を狭窄型とした。開放型に関しては,「耳管 開放症診断基準案2016」を参考に基準を定めた。 3―2)トインビー法を用いた判定基準 トインビー法の正常値に関して参考となる文献は なかったが,検査の原理上3相の波形が現れるはず であるため,3相の波形の形態から正常型,狭窄 型,開放型の判定基準を設定した(図1b)。すな わち,第1相 : 両鼻孔を閉鎖した状態で嚥下動作を 行った際,軟口蓋挙上閉鎖による鼻咽腔での陽圧形 成と,耳管が能動的に開大して生じる中耳への陽圧 負荷,第2相 : 嚥下動作咽頭期後半では鼻咽腔圧の 陰圧形成により中耳に陰圧が負荷されると共に,耳 管が閉鎖することで生じる持続的中耳陰圧の維持, 第3相 : 鼻孔閉鎖を解除した後の嚥下動作による耳 管の能動的開大による中耳陰圧の解除,これら3相 が記録された場合を正常,耳管が開大しないため第
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ώϩγϩώ๑ ਜ਼ྭ ࣘ؇ѻ ࣘಕѻ ඕҼߤѻ 1相から中耳の圧変化が生じない場合や第2相を生 じても第3相で中耳陰圧を解除できない場合を狭窄 型,耳管の持続的な開大により第2相が持続維持さ れないか徐々に陰圧が自然解除されていく,もしく は鼻咽腔圧の変化に著明に反応して細かい中耳圧の 変化が観察される場合を開放型とした。いずれの型 とも判定し難い場合は判定困難とした。 3―3)バルサルバ法を用いた判定基準 耳管開大圧は,「聴覚検査の実際」17)と大田18)の論 文の「バルサルバ法により耳管が開大する圧は通常 正常型 狭窄型 開放型 判定困難 音響法 外 耳 道 音 圧 上 昇≧5dB が4回の嚥 下 で2回 以 上観察できる 正常型の条件を満た さない 音 源 提 示 音 圧<100dB 又はプラトー型波形 設定なし トインビー法 1回目の嚥下で外耳道 陽圧,陰圧波の形成, その陰圧の持続,2回 目の嚥下で陰圧波形が 解除される 嚥下による外耳道圧 変化が不明瞭 陰圧が持続しない,又 は鼻咽腔圧の変化と同 期する過剰な外耳道圧 変化 外耳道圧波形からの判 定困難 バルサルバ法 250≦鼻 咽 腔 圧≦650 daPaで外耳道圧上昇 鼻 咽 腔 圧>650daPa で外耳道圧上昇なし 鼻 咽 腔 圧<250daPa で 外耳道圧上昇 鼻咽 腔 圧 が 650daPa に 到達せず,又は外耳道 圧波形からの判定困難 鼻深呼吸・ 鼻すすり法 鼻咽腔圧と外耳道圧の同期なしを 正常型または狭窄型(非開放型)とした 鼻咽腔圧と外耳道圧変 化の同期あり 設定なし 図1 音響法⒜,トインビー法⒝,バルサルバ法⒞の正常例 正常典型例の画面上に,検査施行に際し知っておくべき測定値を示した。250∼650daPa である」との記載を参考に判定基準 を設定した(図1c)。また,バルサルバ法を行う 際の「鼻咽腔圧は 650daPa が望ましい」とされて おり,バルサルバ法により耳管が開大しなかった症 例で,650daPa まで鼻咽腔圧を上げられていない症 例は,バルサルバ負荷不十分により耳管が開大しな かった可能性があるので,判定困難例とした。外耳 道圧波形から耳管機能が何型か分からない場合も判 定困難とした。 3―4)鼻深呼吸法と鼻すすり法を用いた判定基準 鼻深呼吸法および鼻すすり法では,鼻咽腔圧と同 期した同位相の外耳道圧変動が見られた場合は開放 型と判定した。両検査においては正常型と狭窄型の 判別はできず,開放型の結果以外を示した場合は, 正常または狭窄型すなわち非開放型とした。 4.統計学的分析 正常型,狭窄型,開放型の耳など,カテゴリーに 分類されたデータを対象にした検定にフィッシャー の正確確率検定を用いた。2群間の差の検定にはマ ン・ホイットニーの検定を用いた。測定値は平均± 標 準 偏 差 で 表 記 し た。統 計 ソ フ ト は Prism 7 (GraphPad Software, Inc.)を用いた。p<0.05 を統
計学的に有意とした。 結 果 1.鼓膜穿孔残存耳 対象となった75耳に耳管狭窄症や開放症で治療を 受けた既往はなく,初診時(ステロイド鼓室内注入 前の)鼓膜に陥凹や中耳炎の所見を認めなかった。 創傷治癒に関係するような既往歴を有する症例は, 糖尿病症例が7例,自己免疫性肝炎でプレドニンゾ ロン 5mg/日を内服している症例が1例いた。投与 2回目以降に投与時の痛みにより治療を中止する症 例はいなかった。 ステロイド鼓室内投与終了後75耳中4耳(5.3%) (46±15歳)で治療終了後3カ月経過しても鼓膜穿 孔の残存を認めた(図2,表2)。鼓膜残存症例1― 4いずれの症例も,鼓室内投与施行中に穿孔残存リ スクを高めるような事象,たとえば,穿刺時に動い て穿刺孔が大きくなってしまった,などは生じてお らず,治療終了時には穿刺孔と比較し大きな穿孔は 観察されていなかった。しかし,治療終了1カ月以 上経過した再診時に穿刺孔より明らかに大きな穿孔 を認めた。ただし,鼓膜穿孔確認時のオージオグラ ムに気骨導差はあるものの(図2),気導聴力レベ ル5周波数(250,500,1000,2000 ,4000 Hz ) 平 均をみると,鼓室内投与後に投与前より聴力レベル が悪化した症例はなかった(表2)。症例1―4で鼓 室内投与中から終了3カ月後までに感染兆候を示し た症例はなかったが,症例3は鼓室内投与9カ月後 に穿孔耳に感染を生じた。症例2は不安症に対し内 服治療を受けていたが,他の症例は併存する疾患を 有していなかった。症例1,3に関しては今後当施 設での鼓膜形成術を勧めている。症例2は他院にて 経過観察中である。症例4には他院で鼓膜形成術が 行われた。 2.耳管機能検査結果 対象75耳の耳管機能検査の結果は,同じ耳を対象 にした検査であっても検査法によって結果が異なっ た。たとえば,5種類の検査全てで正常型,狭窄 型,開放型を呈した耳はそれぞれ9耳(12%),6 耳(8%),0耳であり,残りの耳(80%)では検 査法により違う型を呈したり,トインビー法やバル サルバ法で判定困難を呈した。各検査法を用いた75 耳の検査結果を図3に示す。トインビー法とバルサ ル バ 法 で は 判 定 困 難 を 呈 す る 耳 が そ れ ぞ れ21耳 (28.0%),26耳(34.7%)存在した。音響法で正常 型を示した耳は43耳(57.3%)あり,トインビー法 の18耳(24.0%)(p<0.0001),バルサルバ法の27 耳(36.0%)(p=0.0138)より 有 意 に 正 常 型 を 呈 す耳が多かった。対象耳に耳管狭窄を疑う鼓膜所見 を有する症例はなかったが,音響法,トインビー 法,バルサルバ法で狭窄型を示す耳が27%以上存在 し,この3法間は狭窄型を示す耳数に有意差はなか った(各方法間で p>0.05)。対象耳に耳管開放症 の既往を有する症例はなかったが,開放型を示す耳 が ト イ ン ビ ー 法 と 鼻 す す り 法 で そ れ ぞ れ15耳 (20.0%),13耳(17.3%)存在し,他の検査法より 有 意 に 多 か っ た(ト イ ン ビ ー 法 対 音 響 法 p= 0.0045,トインビー法対バルサルバ法 p=0.0013, トインビー法対鼻深呼吸法 p=0.0287,トインビー 法対鼻すすり法 p=0.8344,鼻すすり法対音響法 p=0.015,鼻すすり法対バルサルバ法 p=0.0049, 鼻すすり法対鼻深呼吸法 p=0.0764)。
鼓膜穿孔が残存した4耳の検査結果の詳細を表2 に提示する。3耳(症例1,2,3)では音響法, トインビー法,バルサルバ法において複数の検査所 見で狭窄型を呈しており,鼓膜所見に異常はないも のの,検査上は狭窄傾向の存在を示唆していた。鼻 深呼吸法と鼻すすり法では開放型ではない,つまり 非開放型であることは分かるものの,正常型か狭窄 型のいずれであるかは区別をつけられない。よっ て,対 象75耳 中,症 例1,2,3の よ う に,音 響 法,トインビー法,バルサルバ法の3法に注目する と,この3法のうち2つ以上の検査で狭窄型を示し た耳は19耳存在し,19耳中3耳(15.8%)で穿孔を 生じたことになる。一方残りの56耳では症例4の1 耳(1.8%)のみで穿孔を生じており,この両群に おける穿孔の残存率は統計学的な有意差があった (p=0.0478)(図4a)。ま た,音 響 法 の 音 響 提 示 音圧に注目すると,症例1,2では検査装置の音圧 上限である 123dB まで音圧が上昇しており,123dB を呈したのは今回の対象のなかでこの2耳のみであ った。音響提示音圧と鼓膜穿孔残存に関連があるか 分 析 し た と こ ろ,穿 孔 残 存4耳 の 音 響 提 示 音 圧 (119.5±4.1dB)は他の穿孔閉鎖71耳(113.6±5.3 dB)に較べ有意に高値であった(p=0.0364)(図 4b)。 考 察 本検討において,鼓室内ステロイド投与後に鼓膜 穿孔が残存する耳は4例と検討対象数としては少な いものの,今回の分析結果は耳管に狭窄傾向を有し ている耳で,鼓室内ステロイド投与後に鼓膜穿孔を 能動的開大の評価検査 通過性の評価検査 気導聴力レベル5周波数平均(dB) 年齢 (歳代) 音響法 提示音圧 (dB) 音響法 トインビー法 バルサルバ法 鼻深呼吸法 鼻すすり法 鼓室内 ステロイド 投与前 鼓膜穿孔 確認時 症例1 症例2 症例3 症例4 60 40 40 30 123 123 115 117 正常型 狭窄型 狭窄型 正常型 狭窄型 狭窄型 狭窄型 正常型 狭窄型 正常型 狭窄型 正常型 非開放型 非開放型 非開放型 非開放型 非開放型 非開放型 非開放型 非開放型 108 50 47 111 94 47 39 111 図2 鼓膜穿孔残存症例の鼓膜所見模式図とオージオグラム 鼓膜穿孔残存症例1―4の穿孔状態の模式図と共に,穿孔確認時に記録された罹患耳のオージオグラムを 併記した。黒塗り部分が穿孔を示している。 表2 鼓膜穿孔残存耳の検査結果
ඕͤͤΕ๑ ඕݼٷ๑ ώϩγϩώ๑ φϱϑʖ๑ Խڻ๑ ਜ਼ܗ ڳࡧܗ ๎ܗ ఈࠖೋ ਜ਼ܗΉͪͺڳࡧܗඉ๎ܗ ਼ࣘ ࣘ ̊ ̊ ̊ ڳࡧࣘ ඉڳࡧࣘ ἧଚྭ ἧถ࠱ྭ ἧଚི ԽݱࣖԽѻ G% * * D E ڳࡧܑ ͍ͮͪࣘ ͨଠࣘ ἧଚࣘ ἧถ࠱ࣘ Q Q Q Q 残存しやすい可能性が示唆された。耳管の重要な機 能の一つが,中耳粘膜と鼓膜の状態を健全な状態に 保つことであることや9),耳管機能低下が術後の鼓 膜状態不良化と関連していることを考慮すると6)∼8), 今回の結果は推定できる範囲内の結果と言えるかも しれない。 本研究結果の妥当性を検討するにあたって,考え なくてはならないのが,耳管機能検査結果の解釈で あろう。耳管機能検査は1種の検査を行っただけで は正確な診断ができない9)10)。例えば,君付らは, 中耳換気能が正常と考えられる耳でも音響法での正 常率は59%にとどまり,中耳換気能が異常と考えら れる耳でも音響法での正常率が25%になると報告し ている19)。Smith らは,自覚症状,鼓膜所見,ティ ンパノメトリーの所見(C1または C2型)から耳管 狭窄または開放症が疑われる症例116名を対象に2 種の耳管機能障害問診票と14種の耳管機能検査を行 い,問診票の結果と機能検査の結果が一致しないこ とや,複数の機能検査の組み合わせが正しい診断に は必要であることを示している10)。また,現在,耳 管機能障害が自覚症状からは不明な症例に対し,耳 管機能障害が存在するか否か判定する特異的かつ最 適な評価法は定まっていない10)。本研究でも検査方 法によって機能の評価が異なることが統計学的に示 された。また,耳管の通過性を評価する検査だけで は判定困難となる耳が約35%存在する。本研究対象 に関しても今回のように複数の検査を用い,単一の 検査結果を重要視するのではなく,複数の結果から 総合的に耳管機能を推定することが妥当かつ必要で あったと考えられる。 今回,突発性難聴75耳中で,複数の検査結果から 総合的に評価し狭窄傾向を示す耳が19耳(25%)存 在すると判断した。いずれの耳も鼓膜所見は正常で あり,耳管狭窄症の既往歴はないものの,耳管にあ る程度の狭窄傾向は有していたと考えられる。耳管 狭窄の存在を診断することに関しては,患者の症 状,病歴,鼓膜所見,ティンパノメトリー,聴力検 査だけからは,たとえ耳管診療のエキスパートでさ えも正確に診断できないことが報告されており10), 今後も鼓室内ステロイド投与前に狭窄傾向があるか 否かをスクリーニングするためには音響法,トイン ビー法,バルサルバ法を施行する必要があるであろ う。また,突発性難聴耳に潜在性の耳管狭窄が存在 することは過去にも報告されているが11)12),科学的 に説得力をもって両者の因果関係を説明することは 難しいと我々は考えている。この関係について明ら かにするには健常人を対象としたさらなる研究が必 図4 耳管狭窄傾向を示す耳と穿孔残存率との関係 音響法,トインビー法,バルサルバ法のうち,複数 の検査から狭窄傾向があると判定した耳では,そう でない耳に較べ穿孔残存率が高かった⒜。穿孔残存 耳は穿孔閉鎖耳に較べ音響法の音源提示音圧が高か った⒝。*: p<0.05。 図3 各検査法による対象耳の検査結果 狭窄型と判定される耳が音響法,トインビー法,バ ルサルバ法いずれの方法を用いても27%以上存在し た。同じ75耳を対象にしているにもかかわらず,正 常型や開放型と判定される頻度は検査方法によって 異なった。*: 音響法では,トインビー法,バルサ ルバ法より有意に正常型と判定される耳が多かった (p<0.05)。# : トインビー法では,音響法,バル サルバ法,鼻深呼吸法より開放型と判定される耳が 多かった(p<0.05)。† : 鼻す す り 法 で は,音 響 法,バルサルバ法より有意に開放型と判定される耳 が多かった(p<0.05)。
対象耳75耳中,音響法で音源提示音圧が 123dB と検査装置の上限値を要した耳は2例のみあり,突 発性難聴耳においてこのような結果を示す耳に遭遇 する頻度は高くないであろう。しかし,その2耳が 今回穿孔残存を生じた。音源提示音圧は耳管の音響 伝達性のみを反映するものではなく,鼻腔内の形態 の影響も受けるものだが,音源提示音圧が耳管の通 過性と有意な相関関係を示すことも報告されてい る20)。検査装置の上限値まで音源提示音圧を要する ような耳は,耳管による中耳換気能になんらかの障 害を有している可能性も疑い,穿孔残存のリスクを 念頭に治療後の経過を慎重に追うのがよいであろ う。 今回,耳管機能検査の方法によっては開放型を示 す耳はあったが,耳管開放症の症状を自覚している 症例はおらず,それゆえ耳管開放症としての確実 例16)は存在しなかった。また今回は,鼓膜穿孔残存 症例に耳管機能検査で開放型を示す耳はなかった。 しかし,当施設において耳管開放症が鼓膜穿孔閉鎖 を阻害する可能性が観察されていることから7),耳 管開放症を合併した突発性難聴耳で鼓膜穿孔の残存 が生じやすいか検討の継続は必要と考えている。そ のためには,鼓膜の呼吸性変動を端的に評価できる 鼻深呼吸法と鼻すすり法も継続して施行していく必 要があると考えている。 今回の鼓膜残存症例では治療終了から1カ月以上 経過したのち,鼓室内ステロイド投与ルートの 23G 針穿刺孔より明らかに大きな穿孔の残存を認めた。 施設によって,鼓室内投与と併用する治療法,鼓室 内投与のための鼓膜開窓方法,投与期間,投与回 数,投与終了時の処置はさまざまであり4)5)21)∼23),穿 孔サイズの変化についての詳細な経過は十分に検討 されていない。また,当施設と同様に注射針による 穿刺で複数回の鼓室内投与を行なった他施設の穿孔 残存率は0∼9.1%と報告されており21)∼23),当施設 の残存率(5.3%)が特段高いわけではない。それ ゆえ,症例1―4のような経過が当施設に特異なも のか否かは判断が難しい。しかし,ヒト,ラットを 対象とした研究において,外・中耳へのステロイド の投与が鼓膜の創傷治癒を遅らせる可能性が示され ている24)25)。また,突発性難聴やメニエール病の治 与後安静時間は30分)21),2回以上(同30分)21),4 回(同30分)22),5回(同10分)23)行なった場合の鼓 膜穿孔残存率はそれぞれ0%,3.8%,9.1%,0% と報告されている。以上の知見から推察すると,鼓 室内投与回数が複数回になることや,投与後安静時 間が長くなり鼓膜穿刺部位にステロイドの作用して いる時間が増加することで穿孔残存率が増加するの かもしれない。症例1―4に関しても,穿刺による 鼓膜損傷の回数に加えデキサメタゾンの作用が穿孔 拡大,残存に影響した可能性がある。 症例4のように,高齢でもなく,合併症も存在せ ず,治療中に鼓膜穿孔が拡大するようなイベントも 生じておらず,耳管機能が正常であっても穿孔が残 存した耳があった。このような耳に穿孔が残存する ことを予測することは困難であろう。全身合併症を 有さず耳管機能が正常な症例に対しても,やはり鼓 膜穿孔残存の可能性は十分に説明の上,鼓室内ステ ロイド投与を行う必要がある。突発性難聴が非可逆 的な難聴を生じる一方で,鼓膜穿孔は耳科手術によ り治療が可能な疾患である。しかし,突発性難聴の 治療の合併症として鼓膜穿孔が残存すれば中耳感染 のリスクが新たに生じ,追加の治療時間,治療費が 生じ,患者にとっては大きなストレスとなり得る。 今回は穿孔残存症例であっても,鼓室内投与後に投 与前より気導平均聴力レベルは低下しなかったが, 穿孔は気骨導差を生じるまでに拡大することが観察 された。よって,穿孔残存により鼓室内投与前より 聴力が悪化する症例も今後出てくる可能性がある。 また,ステロイドの全身投与によって聴力が治癒し ていなくとも,鼓室内ステロイド投与の合併症を説 明された場合,鼓室内投与を追加治療として積極的 には望まない患者も存在する。今後症例数の増加 や,他施設での追試により耳管機能と穿孔残存率と に確固たる関係が認められれば,治癒に至っていな い突発性難聴症例に鼓室内ステロイド投与を積極的 に行うべきか耳管機能検査結果が医師,患者にとっ て,重要な判断材料の一つとなるであろう。 利 益 相 反 利益相反に該当する事項はない。
この論文の一部は,第64回日本聴覚医学会総会・ 学術講演会(2019.大阪)において口演した。
Relationship between the prevalence of tympanic membrane perforation after in-tratympanic steroid administration and the results of Eustachian tube function tests Masatsugu Masuda1)
, Masahiro Morita1)2) , Takehiro Matsuda1), Masataka Ogawa1), Tatehiro Nakamura1) , Yasuhiro Hamanoue1) , Shuhei Ono1) , Tsubasa Mogi1) , Ryutaro Sakamoto1), Yoshiko Miyama1), Koichiro Saito1)
1)Department of Otolaryngology, Kyorin Univer-sity School of Medicine
2)Morita Eustachian tube clinic
We analyzed the relationship between the prevalence of tympanic membrane(TM)perforation after intratympanic steroid administration for sud-den deafness and the results of Eustachian tube (ET)function tests. Subjects were 75 affected ears of patients with sudden deafness. Five ET function tests, namely, sonotubometry, Valsalva maneuver, deep breath through nose method, sniffing method, and Toynbee’s maneuver were conducted using an ET function test apparatus. Based on the results of each of the ET function tests, the ETs were classi-fied as normal, stenotic, patulous, and indeterminate types. Nineteen ears were classified as showing a stenotic type ET in multiple tests, and three of these ears(15.8%)had TM perforation. Of the re-maining 56 ears, only one ear(1.8%)had TM per-foration. The prevalence of the TM perforation was statistically significantly different between the two groups(p=0.0478). Two ears showed an input sound pressure level of 123dB in sonotubometry, which is the maximum level that can be determined with an ET function test apparatus, and both ears showed TM perforation. These results suggest that ET function test results might provide important
in-formation for doctors and patients to select or not select intratympanic steroid administration for the treatment of sudden deafness.
文 献
1)Kitoh R, Nishio SY, Ogawa K, et al : Nation-wide epidemiological survey of idiopathic sudden sensorineural hearing loss in Japan. Acta Oto-laryngol 137 : S8―S16, 2017
2)Chandrasekhar SS, Tsai Do BS, Schwartz SR, et al : Clinical Practice Guideline : Sudden Hear-ing Loss(Update) Executive Summary. Oto-laryngol Head Neck Surg 161 : 195―210, 2019 3)Stachler RJ, Chandrasekhar SS, Archer SM, et
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Department of Otolaryngology, Kyorin University School of Medicine
6―20―2 Shinkawa, Mitaka―shi, Tokyo, 181―8611, Japan