し が だ い (19)
教
教
教
教
教
教
教
教
教
教
教
育
育
育
育
育
育
育
育
育
育
育
学
学
学
学
学
学
学
学
学
学
学
部
部
部
部
部
部
部
部
部
部
部
附
附
附
附
附
附
附
附
附
附
附
属
属
属
属
属
属
属
属
属
属
属
幼
幼
幼
幼
幼
幼
幼
幼
幼
幼
幼
稚
稚
稚
稚
稚
稚
稚
稚
稚
稚
稚
園
園
園
園
園
園
園
園
園
園
園
、
、
、
、
、
、
、
、
、
、
、
創
創
創
創
創
創
創
創
創
創
創
立
立
立
立
立
立
立
立
立
立
立
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
5
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0
0
0
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0
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周
周
周
周
周
周
周
周
周
周
周
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
年
記
記
記
記
記
記
記
記
記
記
記
念
念
念
念
念
念
念
念
念
念
念
式
式
式
式
式
式
式
式
式
式
式
典
典
典
典
典
典
典
典
典
典
典
を
を
を
を
を
を
を
を
を
を
を
挙
挙
挙
挙
挙
挙
挙
挙
挙
挙
挙
行
行
行
行
行
行
行
行
行
行
行
の
思
い
や
近
江
と
い
う
風
土
へ
の
愛
と
い
っ
た
彼
女
固
有
の
情
感
を
、
近
江
に
残
る
さ
ま
ざ
ま
な
伝
説
を
絵
画
に
蘇
ら
せ
る
こ
と
に
よ
っ
て
、
そ
こ
に
秘
め
ら
れ
た
﹁
親
子
の
愛
﹂
﹁
夫
婦
の
絆
﹂
﹁
人
間
ど
う
し
の
誠
実
な
交
わ
り
﹂
﹁
人
間
と
動
植
物
の
血
の
通
っ
た
温
か
い
関
係
﹂
と
い
っ
た
普
遍
的
な
テ
ー
マ
を
探
り
出
し
、
そ
れ
を
美
し
く
も
悲
し
く
温
か
い
芸
術
へ
と
昇
華
さ
せ
て
い
っ
た
の
で
あ
る
。
彼
女
が
描
い
た
親
子
や
夫
婦
、
様
々
な
鳥
達
や
山
野
草
を
見
る
と
、
死
し
て
二
十
五
年
が
経
と
う
と
す
る
今
日
に
お
い
て
も
な
お
、
い
や
、
ま
す
ま
す
自
然
破
壊
や
人
間
関
係
崩
壊
の
現
実
に
苦
悩
す
る
今
日
に
お
い
て
い
っ
そ
う
、
い
よ
い
よ
切
々
と
し
た
メ
ッ
セ
ー
ジ
と
し
て
立
ち
現
れ
て
く
る
の
を
禁
じ
得
な
か
っ
た
。
様
々
な
心
を
痛
め
る
暗
い
ニ
ュ
ー
ス
が
続
く
昨
今
、
三
橋
さ
ん
の
絵
を
前
に
近
江
の
国
に
培
わ
れ
た
伝
説
を
思
い
、
人
と
人
、
人
と
自
然
の
あ
る
べ
き
姿
に
思
い
を
馳
せ
る
の
も
、
価
値
あ
る
時
の
過
ご
し
方
と
思
わ
れ
た
。
筒
井
正
夫
︵
経
済
学
部
教
授
︶
三橋節子 展
式典には、加藤学長、川嶋副学長、歴代園長、旧教官、
園児等約300名が出席し、主催者である附属学校園同窓会会
長代行の宇野公夫氏の挨拶、加藤学長の祝辞、育宝会から
園庭整備の目録贈呈があり、木川田附属幼稚園長が謝辞を
述べた。
ステージ発表として、附属中学校生徒によるブラスバン
ド演奏、数々のコンクールで入賞実績の豊富な附属学校園
PTAコーラス部のコーラス、更に木川田園長の独唱と続
き、コンサート会場と勘違いする程の豪華なステージ発表
が行われた。
― 平成13年3月10日 ―
(於:附属小学校多目的ホール)