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:余暇社会学の成立とそのパラダイムシフト

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1.問題の所在:余暇・レジャー研究の前史

21世紀に入り経済のグローバル化と消費資本主 義の進展とともに、「カルチュラル・ターン」や ポピュラー・カルチャーの重要性が指摘されて久 しいが、この分野と関連の深い余暇・レジャー研

究の現状は、今なお1970年代までの欧米の研究紹 介にとどまっている。そこで本稿では、現代的課 題へのアプローチや視点を展望するために、1970 年代半ば以降の理論的研究のフロンティアとして イギリスのレジャー・スタディーズに焦点を定 め、問題構成の検討と追跡を行うものである。

英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ)

:余暇社会学の成立とそのパラダイムシフト

小澤 考人

要 約

経済のグローバル化と消費資本主義の進展とともに「カルチュラル・ターン」が指摘され て久しいが、この分野と関連の深い余暇・レジャー研究の文脈では、いまだに1970年代まで の欧米の研究紹介にとどまっているのが現状である。そこで本稿では、現代的課題へのアプ ローチや視点を展望するために、1970年代半ば以降の理論的研究のフロンティアとしてイギ リスのレジャー・スタディーズに焦点を定め、問題構成の検討と追跡を行うものである。

余暇という主題が社会科学の対象となったのは、20世紀半ば以降、デュマズディエを中心 に「余暇社会学」(Sociology of Leisure)が提唱された1950年代後半〜1960年代の局面であ る。こうして成立した伝統的アプローチに対して、1970年代 半 ば 以 降 に 登 場 し た「レ ジャー・スタディーズ」(Leisure Studies)は一連の批判的な問題提起を行った。本稿では このパラダイムシフトをめぐって主要な研究成果を検討した結果、以下の問題構成とその対 照性を明らかにした。

まず余暇社会学の場合、①「余暇の使い方/使われ方」に焦点を当てるが、②その背景に は「誰もが余暇をもつ」「万人が余暇を自由に使える」という認識があり、③総じて余暇と は「個人が自由に使える時間=行為」として捉えつつ行為論的アプローチに立つ。これに対 してレジャー・スタディーズは、①「万人が等しく余暇をもてない」という認識を前提に、

②「余暇の使い方/使われ方」をめぐる不均等な差異や社会的分割に対して問いの焦点を当 て、③こうした差異や不均等を伴う問題の構造とそれを生み出す社会的条件を問題化したの である。

大妻女子大学・社会情報学部

大妻女子大学紀要

―社会情報系― 社会情報学研究 192010 129

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余暇を主題とする先行研究のうち、従来、社会 科学の枠組みの中で最も代表的なものは、社会学 的アプローチである。それが確立されたのは20世 紀半ば以降、正確には「余暇社会学」(Sociology of Leisure)が自覚的に提唱された1950年代後半 から1960年代の局面である。このようにして誕生 した余暇社会学は、1970年代半ば以降に登場した 新 し い「レ ジ ャ ー・ス タ デ ィ ー ズ」(Leisure Studies)によって、批判的考察の出発点とされ るものであったが、それだけに現在からふり返る と、余暇を主題とする研究蓄積の中で伝統的アプ ローチと呼ぶべきものである。それでは余暇社会 学とは、そもそも何を問うてきたのだろうか。こ こでは余暇社会学の成立と展開のプロセスをたど りながら、その問題構成=プロブレマティクを確 認するとともに、次節でレジャー・スタディーズ との対照性を見ていく際の参照軸として提示す る。

まずその前史を確認すると、余暇という主題が 広い意味での社会科学の対象となったのは、19世 紀のことである。産業革命による労働の劣悪化を 背景に、当時まだ新しい社会科学の諸研究によっ て、「労働」を中心に「資本」「産業」「市場」な どが主題として考察された一方、「余暇」につい ても間接的かつ個別的には議論の対象とされてき た。たとえば、19世紀の社会改革論者であるJ・

プルードンの『日曜礼拝論』(1839年)は、世俗 化した近代社会の中で安息日としての日曜日が担 う新たな意義を哲学的に考察したものであった

し、またK・マルクスの娘婿であるP・ラファル

グの『怠ける権利』(1880年)は、労働の権利を 高らかに掲げたフランス人権宣言のように、近代 社会がその原理として神聖視する労働に対して、

鋭く異議申し立てを行うものであった。いずれも 産業革命下の資本主義社会における過酷な労働の 現状に対して、その批判を共通の文脈としなが ら、余暇の価値を肯定する考察であったといえ る。同様に20世紀のイギリスの哲学者B・ラッセ ルもまた「怠惰を称えて」(1935年)というエッ セーの中で、近代社会の労働至上主義に対して批 判的考察を行い、生産労働に対する熱狂的な執着

からぬけ出し、余暇の価値を取り戻すことの必要 性を唱えている。そのほか20世紀前半、とくに 1920〜30年代のアメリカでも、19世紀後半から広 がりを見せたレクリエーション運動を一つの背景 としつつ、レクリエーション論とともに余暇・レ ジャーに関する考察の端緒が見出されると同時 に、リンド夫妻の『ミドルタウン』(1929年)の ように郊外都市をフィールドとする地域研究の中 でも、余暇生活に関する実証的研究が行われ始め た1)。しかしながら、これらはいずれも余暇とい う主題に定位してみると、一定の形式性をもつ ディスプリンというよりも個別的な思想的エッ セー、または間接的に扱われる実証的研究の範囲 にとどまっていたといえる。

これに対して、1950〜60年代から提唱され始め た余暇社会学は、自覚的に社会科学としてのディ スプリンの確立を企図したものであった。実際、

1950年代後半におけるD・リースマンやE・ララ ビーによるマス・レジャー研究を一つの先駆とし て、1960年代以降には欧米を中心に、余暇を主題 とする社会学的研究が開花し、多くの研究蓄積が なされてきた。制度面でも1956年にリースマンの もとで、シカゴ大学に「レジャー研究センター」

(Center for the Study of Leisure)がフォード 財団の基金により設立され、共同研究の成果がラ ラ ビ ー&マ イ ヤ ー ス ン 編『マ ス・レ ジ ャ ー』

(1958年)として刊行されたことをはじめ、並行 して1957年にはアメリカ社会学の研究誌でも「レ ジャーの使い方」が特集されるなど2)、余暇を主 題とする学問的研究の場や研究報告の条件が整っ ていった。またその後、M・カプランの指導下で 南フロリダ大学に設立された「レジャー研究セン ター」(Center for Studies of Leisure)では、J・

デュマズディエやリースマンとともに国際規模の 生活時間調査で有名なA・ザライらもアドバイ ザーとして協力し、その研究成果が『テクノロ ジー・人間的価値・余暇』(1971年)として公刊 されるなど、1960年代を中心とするこの時期には 草創期の余暇社会学を代表する研究者が相互に交 流し触発し合いながら、社会科学の一分野として 余暇・レジャー研究を豊饒化する場が形成された

大妻女子大学紀要

―社会情報系― 社会情報学研究 192010 130

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のである。こうした土壌をふまえて、1970年代に は文字どおり「余暇社会学」(Sociology of Lei- sure)をタイトルに冠する研究書や論文も刊行さ れ始めるとともに、1975年にはK・ロバーツを 創設者の一人としてイギリスに「レジャー研究協 会」(Leisure Studies Association、通称LSA)

が設立され、これ以降の余暇・レジャー研究を活 性化する中核的な母体が誕生することになったの である。

ところで、余暇社会学は自らを社会科学の一分 野として位置づける以上、日常的用法にある程度 まで立脚しながらも、余暇という主題を固有の仕 方で切り取ることによって対象領域として構成 し、それが織りなす問いの平面=プロブレマティ クのもとで一定の反復性をもって問いを追究して きたはずである。だとすれば、余暇社会学の問題 構成=プロブレマティクとはどのようなものだっ たのか。以下ではその成立プロセスと展開をたど りながら代表的なものを整理することで、余暇社 会学の総体について一定の概観を行うこととした い。

2.伝統的アプローチとしての余暇社会学

2−1.余暇社会学の成立とその展開

◆「余暇社会学」の確立:デュマズディエの構想 余暇社会学の確立という点で第一人者と位置づ けられるデュマズディエは、アメリカのマス・レ ジャー論やマス・カルチャー論を批判的に摂取し ながら、1954年に恩師フリードマンとの共同研究

『日常生活における余暇』を刊行後、『余暇文明 へ 向 か っ て』(1962年)や『レ ジ ャ ー 社 会 学』

(1974年)などの代表的研究をとおして、余暇社 会学を社会科学の一分野として確立することに貢 献した。端的には、労働研究への従属という前提 を転回し、余暇を主題として定立することによっ てはじめて開かれる地平を提示したのである。

では学説史として見たとき、デュマズディエの 研究はいかなる特徴をもっているのか。それは第 一に、1950〜60年代という20世紀後半に入る局面 を、古典的な近代社会に対する新しい時代の転回

点と見て、それを「余暇文明」と位置づけること により、余暇社会学を現代社会論のフロンティア の一つとして提示したことである。第二に、その 背景として、広く一般大衆が余暇・レジャーを人 類史上はじめて獲得したという事実を重視し、大 衆文化に対する余暇・レジャーのインパクトや関 連性を考察したことである。そのうえで第三に、

一般に「理論と実証」、「認識と実践」といわれる 二分法の双方を射程に収める形で、余暇社会学と いう分野をトータルに開拓し実践してみせた点に あるといえる3)

ではあらためて、デュマズディエはなぜ20世紀 後半の局面を「余暇文明」と位置づけたのか。こ のことは、社会調査をはじめ一連の研究成果の中 で導かれた次のような知見によっている。つまり 近代以降の歴史の中で、またさらに人類史の中 で、20世紀後半の局面においてはじめて、ごく一 握りの人間(支配層や上流階級)ではなく広く一 般大衆が、労働だけではない日常生活の一局面と して余暇・レジャーを獲得したという現状認識で ある。具体的には、都市を中心に居住する一般的 な勤労者が、1日のうちで2〜3時間、1週間の うちで2日間、1年のうちでは約3週間の有給休 暇というように、いまや労働ではないひとまとま りの日常生活の局面を手にしている。このように 労働だけがもはや唯一の意義ある活動なのではな く、余暇・レジャーというものがはじめて大多数 の一般的労働者にとって日常生活の重要な構成要 素となり、したがって大衆文化に多大な影響力を もつ位置を占めるに至ったという事実のうちに、

デュマズディエが余暇社会学という学問領域に必 然性を見出すことの出発点が存在していた。そし てそうであるかぎり、今や余暇との関連を考慮す ることをなくしては労働・家族・政治など他の重 要な問題群についても妥当に理解できない、その ような「余暇文明」の到来に現代社会は立ち会っ ている、とデュマズディエは見たのである。

では、そもそも余暇とは何だろうか。デュマズ ディエによれば、余暇とはまず何よりも、前近代 的な共同体的生活慣習に埋め込まれた宗教的祝祭 の時空、ならびに生活のための労働の中に遊びの 小澤:英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ) 131

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要素が混入していた伝統的労働の地平ではなく、

産業革命を経由した近代社会における固有の自由 時間として、つまり労働とその担い手としての個 人との関係を前提に成立するものであるという。

いいかえると生活手段としての労働が賃労働とい う形で他の活動から境界づけられることで個人の 自由な責任に任されているという、近代的な前提 が条件であると見る。ただしデュマズディエは、

余暇とはただ単に労働を免れた自由時間(=非労 働時間)であるというよりも、より本質的に「自 由な」、たとえば家族との関係や地域社会におけ る社会的義務からも解放された自由な時間であり 活動であるとする。そこで「余暇とは何か」とい う点について、次のような定義を提示している。

「余暇とは何よりもまず自由であり、楽しみ である。……余暇とは、職場や家族ないし社 会的な義務から解放された後に、休息のた め、気晴らしのため、また利害関心から離れ た知識や教養、自発的な社会参加、自由な創 造力を発揮するために、個人が全く自発的に 行 う 活 動 の 総 体 で あ る。」(Dumazedier

[1962:26−28](訳文引用者)

この定義には、自由で自発的な活動であるととも に、楽しみや創造性をもつ活動として、われわれ が経験的に思い当たるところの多い余暇のイメー ジが整理されているとともに、後年デュマズディ エ自身が『国際社会科学百科事典』(1968年)に おいて提示した以下の論点のすべてが含まれてい る。つまり、①労働の義務をはじめ家族・地域社 会などに伴う社会的義務からの自由、②利害関心 による動機づけからの自由、③満足や楽しみの追 求、④「余暇の三機能」としての 休息・疲労回 復、気晴らし、自己開発・自己実現がそれで ある4)。なおデュマズディエによる上記の定義 は、④を中心に、現在までのところ最も多く参照 される余暇の定義として広く知られている。

そのうえでデュマズディエの特徴は、こうした 定義論を出発点としつつもそれに終始することな く、むしろ余暇という主題の考察を「労働」「家 族」「文化」などとの関連性において実証的に深 めてゆく点にあったといえる5)。ここでは紙幅の

都合上、個別的な各論に立ち入らないが、その試 論的考察はデュマズディエによる余暇・レジャー 研究のスタンスを特徴的に表しているといえる。

それは第一に、余暇・レジャーという主題を大 衆の日常文化との関連において、つまり文化研究 へと開かれる観点から考察を試みる点である。な ぜ「余暇と文化」が結びつくのかといえば、一般 的労働者にとって広く文化的活動への参加は、労 働よりもむしろ職務から離れた余暇・レジャー活 動において可能となる、と見なすからである。こ のことは第二の点、つまり大衆文化の内容や質的 水準は、それが息づく余暇・レジャー活動の内容 や考え方によって規定されているのであり、した がって大衆文化の確立や発展はまさに余暇・レ ジャーの文化的発展の度合いにかかっている、と いう視点と結びついている。いうまでもなくこの 後者の視点こそは、デュマズディエに固有の政策 志向的スタンス、いわば「認識と実践」における その実践性を導くものであった。実際、初期の

「アクティヴ・リサーチ」から後期の「行動的社 会学」に至るまで、いずれもそのスタイルは、実 証科学的な手続きを経たうえでの政策志向的な実 践性という点で一貫している。そこでの実践的課 題とは何かといえば、具体的には余暇・レジャー の文化的開発をとおして、大衆文化の質的向上と 文化的民主主義の実現を構想するというもので あった6)

なおデュマズディエ以後、余暇社会学のフロン ティアは英語圏、特にイギリスに中心を移して展 開することになるのだが、その際には政策志向的 なスタンスは若干後退し、「余暇の使い方/使わ れ方」を軸として研究が豊饒化していくことにな る。

◆「労働と余暇」の相互関係:パーカーの着眼点 イギリスにおける余暇社会学の第一人者は、

S・パーカーである。パーカーの研究は、当初の 代表作である『労働と余暇の未来』(1971年)や その改版『余暇と労働』(1983年)など一連の研 究書において、主に「労働と余暇」の相互関係を 軸とした方法的視点にもとづいて行われている。

大妻女子大学紀要

―社会情報系― 社会情報学研究 192010 132

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それでは具体的に、この視点をもとに余暇という 主題はどのように考察されたのだろうか。

パーカーによれば、余暇とは、人間が日常生活 を送る際に通常の一日24時間を「生活空間」(life space)とすると、このうち拘束的時間を除いた 自由時間のことである。つまり余暇とは、①労働 時間、②労働関連時間、③生理的必要を満たす時 間、④労働以外の要務時間、といった拘束的時間 をそこから差し引いた残余カテゴリーとしての自 由時間である。具体的に見ていくと、たとえば① 労働時間とは、労働者が生計費を稼ぐための必要 時間であり、②労働関連時間とは、通勤時間や仕 事の準備など、労働の周辺にかかわる必要時間の ことである。また③生理的必要を満たす時間と は、睡眠・食事・排泄・洗濯など生存に要する必 要最小限の時間のことであり、④労働以外の要務 時間とは、庭仕事など家周りの雑務やペットの世 話などのように、労働ではない半拘束的な時間の ことである(デュマズディエのいう「半余暇」)。

したがって余暇とは、1日24時間のうちからこう した拘束的時間をすべて取り除いた「自由時間」

のことであり、またそこで行われる「活動」であ る、ということになる。なおここでパーカーが

「自由時間」ということの含意は、余暇とは、人 間が自分自身の自由な裁量にもとづき、自分自身 の任意の選択にしたがって使える時間である、と い う 点 に あ る(Parker[1971:18−32→1975:

25−42])。

それでは、このように定義される余暇に対し て、パーカーはどのように説明を与えるのか。こ の点において軸となるのが、「労働と余暇」の相 互関係という視座であった7)。実際パーカーの観 点では、余暇に残された時間の長さも、余暇活動 に当てられるエネルギーも、いずれも労働が占め る時間や内容によって規定されるものであり、し たがって何らかの職業タイプと余暇の使い方につ いて一定の相関関係が存在すると考えたのであ る。(Parker[1976:67])。ここでよく知られる 説明モデルが、職業別調査の実証的データをもと に提示された、「労働と余暇」の相互関係に関す る三つのパターンである。それぞれのパターン

は、①延長型、②対立型、③中立型と呼ばれ、一 般的な労働者がどのように「労働と余暇」の局面 を生きているのか、いいかえると「余暇の使い 方」を説明する理念型(タイポロジー)として提 出されている。

具体的に見ていくと、①延長型は、教育水準が 高く自己実現度の高い職業の労働者(たとえばビ ジネスマン、医者・教員などの専門職、熟練労働 者など)に多く当てはまるとされる。このタイプ では、仕事の自己実現度が高いことから中心的な 生活関心は労働志向であり、したがって余暇活動 においても、読書・会合など仕事に結びつく自発 的活動のように労働の内容が「延長」している可 能性が高い。総じて労働と余暇の性格が似ている 点が特徴的であるといえる。

②対立型は、教育水準が低く社会的地位も高く ない職業の労働者(たとえば非熟練の肉体労働 者、流れ作業ラインの労働者、給油労働者、トン ネル掘削労働者、炭鉱労働者や漁業労働者など)

に多く当てはまるとされる。このタイプでは、つ らく厳しい疎外的な労働と、それを思い出さない ように行われる享楽的・気晴らし的な余暇活動と いうように、労働と余暇が「対立」するように意 図的に強く隔てられている点が特徴的であるとい える。

③中立型は、教育水準が中間的で事務職に近い 職業の労働者(銀行員、専門性の低い専門職、技 術者、中間管理職や事務職など)に多く当てはま るという。このタイプでは、一般に仕事が決まり きった事務的内容で退屈であるため、中心的な生 活関心は余暇志向であり、自由時間は相対的に長 く、余暇活動は退屈から逃れる楽しく娯楽的なも のである傾向が強い。また労働と余暇は相互に影 響関係が弱く、いわば「中立」的な関係にある点 が特徴的である。

以上のように、パーカーが提示したのは、ある 職業タイプに属する労働者がどのように余暇の局 面を生きているのかという、「余暇の使い方」の 傾向を示す理念型モデルであったといえる。した がってパーカー自身が留保しているように、それ はフルタイム雇用の一般的労働者に準拠したもの 小澤:英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ) 133

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であり、「非・一般的労働者」としての一部の富 裕層・主婦・失業者・退職者などには直接的には 該当しないものとされている8)(Parker[1971:

35−46])。

ところで「労働と余暇」の相互関係について は、1950年代のリースマンらによる共同研究をは じめ、ウィレンスキーによる問題提起を触発的な 契機としながら(Wilensky[1960])、とりわけ 1960〜70年代には多くの調査研究が行われてい た。実際、「労働の長い射程の影響力(The long arm of the job)」(Meissner[1971])という有 名なコンセプトが示唆するように、労働のあり方 が人々の余暇のあり方をも規定するという想定の もとで、<余暇に対する労働の影響>については さまざまな実証的研究がなされ、ここから「労働 と余暇」の相互関係を示す説明モデルとして、① 流出型と②補償型という二つのタイプがよく知ら れるようになっていた。具体的には、①流出型

(spillover)とは、労働者が労働に準拠した行動 様式や価値関心を余暇活動においても適用すると いうタイプで、②補償型(compensatory)とは、

労働者が労働によっては得られない経験を余暇活 動において追求するというタイプである。こうし た説明モデルはその後、賛否両論さまざまな立場 から実証的研究を伴う豊富なヴァリエーションが 生み出されていったのである9)

以上の経緯をふまえると、パーカー自身も説明 するとおり、先の理念型モデルはこのような「労 働と余暇」関係をめぐる研究蓄積の一つの到達点 として提示されたものだといえるだろう(Parker

[1976:72])。だがその後、職業タイプと余暇の 使い方との関係性を直接的にモデル化するような 研究は、例外ケースが多く一般化が困難であるな どの批判が指摘され、近年ではそれほど行われな くなっている10)。しかしその一方で、「労働と余 暇」の相互関係という視座それ自体は、①労働時 間(=拘束的時間)と余暇時間(=非拘束的・自 由時間)から成り立つ生活時間構造のモデル、② 労働志向か余暇志向かという価値意識・行動様式 に関する了解モデル――たとえば生活関心として

「労働と余暇」のいずれに力点を置くか、また優

先順位として超過労働による収入増を選ぶか余暇

(時間・活動)の増加を選ぶか――などのよう に、余暇社会学のみならず、生活時間調査や意識 調査、経済学的研究など周辺分野において、直接 もしくは間接に、今なお基本的な参照枠として援 用され続けているといえる。

◆家族とライフコース:ラポポートの家族社会学 ところで「労働と余暇」の相互関係という視点 は、たしかに基本的な参照枠ではあるものの、よ く考えればすぐに判明するように、具体的文脈を ほとんど捨象した抽象的モデルである。実際、そ れはフルタイム雇用の一般的労働者に準拠したも のだが、人は日常生活の中で、またライフコース の中でつねに労働者として立ち現れるわけではな い。むしろ人は日々の生活だけでなく人生におい ても、労働領域に入ると同時にそこから立ち去る ものである。こうした事実を考慮したとき、「労 働と余暇」の相互関係によっては捉えられない観 点として重要になるのが、「家族とライフコー ス」という視座である。

この点を最もクリアに提示した古典的研究とし て挙げられるのが、家族社会学者R・ラポポート らによる『余暇と家族のライフサイクル』(1975 年)である。そこに貫かれている考え方は、人は 単に「労働と余暇」の局面を生きるのではなく、

社会生活はより本質的に「労働と家族と余暇」に よって構成されており、それら相互の関係は人間 のライフサイクルをとおして大きく変化する、と いうものである。実際、人は家族のもとに生まれ 育ち、大人へと成長して家族のもとを離れ、労働 に身を投じるとともに新しい家族を形成し、やが て子育てを終えて退職後の人生を生きながら、最 終的には死を迎えることになる。このように人が ライフサイクルの各局面を生きていくプロセスの 中で、「労働と家族と余暇」をめぐる関係はドラ スティックに変化する。エリクソンの「ライフサ イクル」という中心的概念に依拠しながらラポ ポートらが浮かび上がらせるのは、基本的にこの ような構図である11)。それでは、ライフサイクル をとおしてどのように変化が生じるのかといえ

大妻女子大学紀要

―社会情報系― 社会情報学研究 192010 134

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ば、その内容はおおむね以下のとおりである。

まずラポポートらが注目するライフサイクル は、大きく分けると四つの局面、つまり①思春期

(13〜19歳頃)、②青年期(10代後半〜20代半ば 頃)、③成人期(20代半ば〜50代半ば頃)、④それ 以降の時期(50代半ば以降)である。各局面と年 齢との対応関係は、エリクソンの概念と同様に、

ここでも絶対的なものではなく一定の呼応関係と される。そのうえでそれぞれの人生の局面には、

主として労働と家族(=仕事と家庭)の状況に条 件づけられた固有の中心的な関心事があって、そ れにもとづいて各局面に特徴的な余暇の使い方

(つまり余暇活動)をもたらす価値関心が生じる ことになるという。具体的に見ていこう。

まず①思春期(13〜19歳頃)において、人はア イデンティティの獲得について模索している。つ まり若者はこの時期、自分が何者であるのかとい うことを学校・家族・余暇をとおして見出そうと する局面にあり、したがって新しい経験を求めて 屋外における遊びをはじめ、多くのさまざまな余 暇活動を追求する傾向がある。この局面は、余暇 に注目すると豊富な拡大期であるといえる。

これに対して②青年期(10代後半〜20代半ば 頃)において、人は学校を卒業して就職するとと もに、結婚して家族を形成する局面にあり、した がってこの時期には個人的アイデンティティより も社会的アイデンティティに関心をもち、労働と 家族(=仕事と家庭)など社会制度において与え られた役割に自己を同一化しようとする。余暇に 注目すると、この局面では人はとくに結婚の見と おしや期待を抱きながら、特別なパートナーと親 密な関係を築くとともに、彼/彼女と一緒に余暇 活動を過ごすことが多くなり、「関心のプライ ベート化」と呼ぶべき傾向が生じるといえる。

③成人期(20代半ば〜50代半ば頃)は、人間が 大人として生きる大部分の期間に当たるが、そこ で人は労働と家族(仕事と家庭)をとおして自己 を確立する局面にあり、とりわけ家庭生活におい て精神的・経済的な両面でうまく人生設計と生活 投資をしていくことに関心をもつといえる。この 局面では、とくに子どもの誕生によって、人は家

族中心的・家庭本位であると同時に子ども中心的 な生活様式となり、余暇活動もこのような形で実 践されることによって家族の絆を深めることに寄 与するものとなる。

④それ以降の時期(50代半ば以降)になると、

子育ても終わり子どもが家庭を離れるとともに、

労働もまた退職に伴いその重要性を失う局面に入 る。この局面では、人は個人的かつ社会的な統合 感、つまり自分自身の個人的な人生の意味と自己 の周囲の世界とを調和させる統合感をもつことに 関心を抱く。それは余暇という側面に注目する と、これまでアイデンティティの中核を占めてき た「労働と家族と余暇」のうち、前二者が大きく 後退して余暇が生活の全体になるとともに、経済 的・身体的・心理的な資源が縮小に向かうことか ら、余暇にかかる負荷やストレスも大きくなる、

ということを意味するという。

以上のように、ラポポートらが提示しているの は、ライフサイクルの各局面にしたがって、アイ デンティティの獲得や確立の面で「労働と家族と 余暇」への関心の比重が著しく変化するという構 図であり、その際、余暇の使い方に焦点を当てる と、ライフサイクルの各局面に特徴的な固有の表 われ方をするということである。実のところ当研 究は、もともと余暇・レジャー供給面に対する実 践的関心を背景にもつものであったが、余暇社会 学の研究蓄積という観点からみると、ヤング&

ウィルモット『シンメトリーな家族』(1973年)

など既存の研究の延長線上に立って、「家族とラ イフサイクル」に焦点を当てた最も体系的な研究 として古典的位置を占めることとなった。実際そ れは、すでに一つの定型的な先行研究となってい た「労働と余暇」の相互関係という説明モデルに 還元されない、新しい視座=パースペクティヴを 開いた研究として評価を与えられている。このう ちとくに重要な評価ポイントとして、第一に、人 間がライフサイクルのうち家族形成をとおして得 るものと失うものの双方を鮮明に提示されている 点、第二に、同じようにライフサイクルの各局面 を生きてゆくプロセスの中で男性と女性の間に質 的差異が生じていること、とくに家族形成を介し 小澤:英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ) 135

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たジェンダー間の質的差異にいち早く照明が当て られている点、などが指摘されている12)

その一方で、当研究に象徴される「ライフサイ クル」への還元主義的な研究スタンスについて は、後年少なからず批判が提起されることになっ た。というのも発達心理学のモデルとしてはエリ クソンの概念それ自体は完成度が高いとしても、

ラポポートらの研究のように社会学的研究におい て説明概念の中核に据えると、「ライフサイク ル」という概念が他の説明変数群を補完する以上 に、それらに取ってかわり「還元」してしまうと いうのである。したがって社会学的研究では、現 代社会の動向も考慮に入れつつ、より決定論的な 度合いが低く自由度の高い「ライフコース」とい う視点のほうが適切であると指摘されたのであ る13)

もっともこうした問題提起にしたがって、上記 の知見をゆるやかに修正し展開してみると、「家 族とライフコース」という視点は、その後の研究 においても有効な観点を提示していたといえる。

たとえば現在でもなお、就職の前後、また結婚や 子育ての前後では、余暇の使い方(=余暇活動)

は一般にドラスティックに変化する傾向があると いえる。とりわけ結婚と子育てによってそれまで 独身時代や子育ての局面に入る以前に可能であっ た余暇活動が大きく制約を受けること、特に屋外 での余暇活動が大きく制限され家族中心的・家庭 本位となる点などが実証的に明らかにされてい る14)。また余暇活動が行われる人間関係や場所と いう点で家族中心的・家庭本位という傾向は、ラ イフコースとは別に、近代社会一般もしくは20世 紀後半における現代社会の一般的特徴として指摘 されることもあり15)、こうした論点とあわせて、

「家族とライフコース」という参照枠は今なお重 要な視点を提示しているといえる。

以上のように、余暇社会学の成立と展開のプロ セスを検討してくると、それは「労働」「家族」

「ライフサイクル/ライフコース」というよう に、基本的にはあらゆる人間が人生・生活の中で 遭遇する、もしくはその可能性が高い「共通の経 験」を析出し、それらとの関係性において余暇を

問いの主題とすることによって、実証的な調査研 究による研究蓄積を可能としたのである。このよ うにして余暇社会学が誕生して以降、一定の同型 的な研究蓄積が生み出されてきたことから、本論 文ではそれらを伝統的アプ ロ ー チ と 呼 ん で い る16)

2−2.余暇社会学の問題構成とその要点 以上で検討してきた余暇社会学について、ここ ではいったんその問題構成(プロブレマティク)

の特徴を整理しておきたい。ここまでの検討から 論点を整理すると、概して次のような特徴をもつ といえる。

①余暇社会学で基本的に問題となっているのは、

人々が余暇をどのように使うかということ、つ まり「余暇の使い方/使われ方」である。

②このように「使い方/使われ方」が問題となる 前提には、「誰もが余暇をもつ」「万人が余暇を 自由に使える」という認識が背景にある。

③総じて余暇とは「個人が自由に使える時間=行 為」として捉えられる以上、基本的には行為論 的アプローチに立っている。

まず論点①について、すでに確認してきたよう に、余暇社会学において問いの中心となっている のは、調査対象としての人々が「いかなる余暇活 動を行っているのか」、「余暇をどのように使うの か」という点であり、それが「労働」「家族」「ラ イフサイクル/ライフコース」との関係において 問われていたのである。実際、英米圏の先行研究 をはじめ欧米の文献を追跡すれば一見して判明す るように、しばしば「余暇の使い方/使われ方」

〈Uses of Leisure〉(場合によっては「余暇の賢 明な使い方/使われ方」〈Wise Use of Leisure〉)

が問いの主題とされ、多くの研究論文や著作の 章・項目のタイトルを構成している。この点につ いては、デュマズディエやパーカー、ラポポート をはじめ一連の研究からすでに明白に確認される 特徴である。要するに「余暇の使い方/使われ 方」をめぐる問いこそは、余暇社会学の中心的な 問題関心であったといえる。

ところでこの論点①は、その前提として論点②

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と③を背景にもつ。というのも、そもそも「余暇 の使い方/使われ方」が問われる背景には、その 前提として「誰もが余暇をもっている」という知 見が存在している。実際、デュマズディエが余暇 社会学を構想したとき、20世紀後半の局面で「今 や一般大衆が余暇を獲得した」という現状認識か らスタートしていたことを想起しておこう。つま り新しい現代社会の局面において、「誰もが余暇 をもつ」「万人が余暇を自由に使える」と見たか らこそ、それをどのように使うのかという「余暇 の使い方/使われ方」が問われたのである。

同じく論点③について、余暇社会学が「余暇の 使い方/使われ方」を問うとき、つまりは人々が 余暇という相対的な自由時間をどのように使うの か、いかなる「行為(活動)」を行うのかが問題 となっている以上、総じて行為論的なアプローチ に立っていたといえる。しかもその際、余暇とい う時間=行為の担い手としては、一般大衆を構成 する個人というエイジェントが前提とされてい る。このように見てくると、余暇社会学とは、行 為論的アプローチのもとで行為主体としての個人 を認識論的な前提としつつ、調査対象となる人々 が「余暇時間をどのように使うのか」、「いかなる 余暇活動を行っているのか」という点について経 験的データを収集し、そこから一定の傾向や類型 化を実証的に導き出すことを探究の課題としてい たのだといえるだろう。

以上のように、伝統的アプローチとしての余暇 社会学は、論点①〜③を問題構成(プロブレマ ティク)の基本的な特徴としていたといえる。

3.レジャー・スタディーズによる転回と 問題提起

3−1.レジャー・スタディーズの問題構成 伝統的アプローチとしての余暇社会学が1950年 代後半から1960年代の局面で確立されたとすれ ば、レジャー・スタディーズが登場したのは1970 年代半ば以降である。制度的には前述のとおり、

1975年にロバーツを創設者の一人としてイギリス に設立された「レジャー研究協会」(通称LSA)

が そ の 拠 点 と な り、機 関 誌『レ ジ ャ ー・ス タ ディーズ』(1976年に第1号創刊、2010年現在で 第104号)の刊行やシンポジウム等を介して、1980 年代以降にかけてそこから具体的な影響力をもつ 研究成果が生み出されていった。とりわけ重要な 研究成果としては、LSAに直接的もしくは間接 的に関わった研究者たちによって、余暇社会学の 批判的検討を出発点としながら、余暇・レジャー 研究の教科書・テキストやリーディグスが編纂さ れ(Haywood[1989]、Critcher[1995]など)、

新たな研究動向の紹介と研究蓄積の整理がなされ ていったことをはじめ、K・ロバーツやクラーク

&クリッチャー、C・ロジェクのように、その後 の理論的フロンティアを切りひらく研究成果がそ こで公表されたことが挙げられる。こうしてLSA は、1970年代半ばから現在に至るまで、研究者間 や政策担当の専門家などの相互交流の場として、

余暇・レジャー研究の貴重な国際的拠点としてこ の研究分野を活性化してきたのである17)

ではレジャー・スタディーズは、具体的にどの ような研究成果を生みだしたのか。以下では余暇 社会学の批判的検討という出発点を軸に、研究成 果の輪郭を追跡していく。その際、レジャー・ス タディーズの問題構成(プロブレマティク)につ いて、余暇社会学との対照を軸にあらかじめ整理 すると、およそ次のような特徴をもつといえる。

①レジャー・スタディーズは、「誰もが余暇をも つ」「万人が余暇を自由に使える」という前提 ではなく、むしろ「万人が等しく余暇をもてな い」という現実認識を前提としている。

②余暇とは「個人が自由に使える時間=行為」で あるとして行為論的アプローチに立つのではな く、むしろ「余暇の使い方/使われ方」をめぐ る不均等な差異や社会的な分割に対して問いの 焦点を向けている。

③したがってそこで潜在的に問題となっているの は、「余暇の使い方/使われ方」それ自体とい うよりも、むしろ現在そうであるような差異や 不均等を伴う問題の構造とそれを生み出してし まう社会的条件である。

このうち論点①と②が端的に示すように、レ 小澤:英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ) 137

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ジャー・スタディーズがまず実証的に提起して いったのは、異なる他者の間における差異の告発 ともいうべき問題であった。それはジェンダー・

エスニシティ・階級をはじめ失業問題に至るま で、個々になされた一群の異議申し立てであった が、総体として見れば、「誰もが余暇をもつ」「万 人が余暇を自由に使える」という余暇社会学の出 発点に対する批判的な問題提起として捉えること ができる。以下では個々の問題提起を検討してい こう。

3−2.個々の問題提起とその検討:差異の告発

◆ジェンダー間における「質的な差異」

ジェンダー論やフェミニズム研究は、1970年代 に勢力を拡大した第二派フェミニズムの追い風を 受 け な が ら、1980年 代 以 降 の レ ジ ャ ー・ス タ ディーズにおいて最も活発な分野の一つとして、

これまでの「余暇」概念が男性中心的に構成され てきたこと、したがって女性の余暇には十分に適 合しない点を実証的に批判した。たとえば余暇を

「労働などの義務から解放された自由時間」と解 すれば、家事労働や子育てにつねに追われる主婦 の場合、そうした(仕事と境界づけられた)「純 粋な自由時間」などどこにあるのか。実際こうし た問いを提起しながら、この分野の先駆的研究者

であるR・ディームやE・グリーンは、ミルト

ン・ケインズやシェフィールドにて実施した女性 当事者に対する社会調査と、その経験的データに もとづく古典的研究において、従来の「余暇」概 念が賃労働(paid work)をベースとした男性の 雇用労働者に準拠したものであり、しかも女性の 余暇はさまざまな形で男性の支配的現実によって 負の質的差異を負荷されていることを暴露したの である(Deem[1986],Green[1990])。ここで 重要なことは、一連の問題提起を検討すると判明 するとおり、余暇におけるジェンダー格差は、余 暇時間の長さや余暇活動の種類などに表われる ジェンダー間の差異など社会調査の量的データに 必ずしも還元されるわけではなく、むしろ収入、

家事労働の配分、レジャー供給、文化的な規制な どの側面で、女性の側にマイナスの「質的な差

異」が負荷されていることに根深い問題があると いう点である。

たとえば収入面では、女性の就労が進んだとは いえ、今なおイギリスでも主婦の割合が男性の主 夫のケースよりもはるかに高く、またパートタイ ム労働に占める女性の割合も高いことから、男性 のほうが女性よりも収入が高いケースが現在でも 支配的であるが、その場合、自ら稼いだお金を自 分自身の楽しみのために使えると実感しやすいと いう心理的側面において、男性のほうが女性より も有利であり、したがって女性の側がしばしば不 利益を被るとの指摘がある(Roberts[2006])。

また家事労働の配分において、女性は家事や子育 てをより多く担う場合が多いという現実の中で、

その場合、女性の余暇とは「純粋な自由時間」と いうよりも、たとえば子育て中には子どもの泣き 声一つで中断されやすく、また同じテレビ視聴と はいえ食事の用意やアイロン掛けなど家事に追わ れながらの時間になりやすいというように、たえ ずどこかで家事労働に「汚染」され「断片化」さ れているとの指摘もある。このことは女性の余暇 が、しばしばボーイフレンドや夫、子どもがス ポーツや遊びを楽しんでいるのを傍観したり手助 け し た り す る こ と に よ っ て 占 め ら れ(Talbot

[1979])、このため場合によっては夫や子どもが 家に不在であること自体が余暇である――いいか えると「(夫や子どもの世話に追われる)日曜日 が耐えがたい!」――といった多く指摘される事 態 と も 表 裏 の 関 係 に あ る と い え る(Green

[1990])。さらにレジャー供給面でも、たとえば スポーツ環境をはじめとするさまざまな娯楽・レ ジャー空間に関しても、一見中立的な外観の裏側 でしばしば男性中心的に構成されているケースが 多く、女性のニーズや関心に応える形で構成され ていないという批判がなされている(Scraton

[1992])。この点については、テレビ・映画・雑 誌など各種メディアによる報道内容や形式のよう にメディア供給の側面に関して同じく指摘される のみならず、たとえば家庭内のリビングルームに おけるテレビ視聴やその空間配置をめぐって生じ るジェンダー間のせめぎ合いや葛藤など、メディ

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ア受容に関わるジェンダー間の差異とポリティク スについても批判的な問題提起がなされている

(Morley[1986])。そのほか文化的な規制とし て、娯楽・レジャー施設をはじめ一般に屋外にお いて、女性が一人で身の危険や不安を全く感じる ことなく外出できる度合いは、男性の場合よりも 相対的に少なく、また何らかの余暇活動を「適切

/不適切」と見なす社会的認知や道徳的コードの 点でも、女性のほうが男性の場合よりも自由度が 低 い と い う 点 な ど が 報 告 さ れ て い る(Mason

[1988],Green[1990])。たとえばスポーツ観 戦とドラマ視聴のように、余暇活動それ自体とし ては等価的であるにもかかわらず、男性が「見 る」スポーツと女性が「ハマる」テレビドラマや ビンゴとでは、「価値あるもの/下らないもの」

という受けとめ方のレベルでの落差が存在するこ と も そ の 実 証 的 な 一 例 で あ る(O’Connor

[1993])。

以上のように、ジェンダー論やフェミニズム研 究が明らかにしたのは、「余暇」という形で一括 される事象において、女性のそれが男性のケース と対比してさまざまな形で負の質的差異を帯びて いるという点である。とりわけ上記の論点(収 入、家事労働、レジャー供給、文化的な規制な ど)が共通して示唆するように、資本主義と家父 長制とが結びついた近代社会の支配的現実におい て、女性の余暇がさまざまな形で一定の抑圧を 被っていること、さらにいえば余暇という一見

「自由」な場の実践においてこそこうした支配的 現実が再生産されているのではないか、といった 点が批判的に暴露されたのである。なお上記の論 点は、1970〜90年代を中心に20世紀後半になされ た問題提起が多く、現在に近づくにつれ問題状況 の一定の改善とともに、消費ニーズの側面などか ら女性中心的なシフトを遂げている点も指摘され ているが、こうした「変化」は労働領域も含めて 多くの側面に関わることから慎重な検討が必要で あり、そのうえで今なお重要な現実を指摘し得て いるという点についても再確認しておく必要があ る。

◆エスニシティをめぐる差異とねじれの構造 ひとえに余暇といっても万人に同じように経験 されるわけではなく、むしろそこには多様で複雑 な経験のズレや分割が生じていること。前述の ジェンダー論やフェミニズム研究の問題提起とゆ るやかに呼応しながら、20世紀後半のイギリスと いうまさに多文化社会の中心の一角で、支配的位 置にある人々(「白人」white)には当初思いも よらぬ側面からこの点を実証してみせたのが、エ スニック・マイノリティに着目した研究である。

一連の研究によって明らかにされたのは、第一 に、エスニック・マイノリティに属する人々が同 じ余暇活動を「白人」とは異なる形で経験してい ること、第二に、こうした経験のズレや差異が生 じる理由として、固有の文化的背景に由来するエ スニック・マイノリティの経験や知覚について、

単に「白人」の側の想像が及ばないというより も、むしろ彼らの西洋的世界観にもとづく無意識 の先入観や文化的偏見がその障壁となっているこ と、第三に、このことからしばしば余暇活動やレ ジャー施設での支援的施策においてさえも支配的 位置にある「白人」の価値観や世界像が貫徹さ れ、そのことによって実社会のみならず余暇の局 面においてもエスニック・マイノリティが排除さ れたり追い込まれたりする可能性がある、という 点である。

具体的に、余暇活動の一つであるスポーツ参加 とエスニック・マイノリティの関係をめぐる研究 事例を見ておこう(Zaman[1997])。一般に西 洋的世界観によれば、ムスリム女性は服装の道徳 的コードが象徴するように、家父長制的な文化の 保守性によって一定の抑圧を受けていると見なさ れる。したがってこの世界観からすれば、ムスリ ム女性はこうした抑圧的文化の圧力によって自己 の身体を人前にさらすスポーツ参加を忌避する傾 向があると見なされるわけだが、インタビュー調 査の結果からはむしろスポーツに参加したいとい うムスリム女性たち自身の意識が浮かび上がって くる。しかしそこで障壁となるのが、「白人」の 側の世界観にもとづくスポーツへの態度であり、

学校やレジャー・センターにおいてもっぱら世俗 小澤:英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ) 139

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的な健康観にもとづくスポーツ講座やプログラム が行われるが、それはムスリム女性の宗教的世界 観からすれば無価値で虚しいことあり、むしろ神 を礼賛する信仰表現の一つとしてスポーツや健康 に向き合いたい、というのが彼らの態度である。

つまりスポーツ参加一つをとっても、しばしば想 定されるようにムスリム女性であることがスポー ツ参加を直接的に阻害する要因であるのではな く、彼らの宗教的世界観と「白人」の側の支配的 世界観との文化的なまなざしの相克こそが、結果 としてムスリム女性のスポーツへの参加意欲を阻 害することになるというのである。

このことはスポーツ参加をはじめとする余暇活 動のみならず、余暇を取りまく支援的施策につい ても当てはまる。たとえば20世紀のイギリスで は、ユースサービスと呼ばれる青少年に対する学 校外での支援活動や指導援助活動が実施されてき たが、こうした広い意味での余暇の支援的施策で さえも、エスニシティやジェンダーに由来する偏 見と無縁ではないという点が批判的に報告されて いる。実際、インドやパキスタンなどを出自とす るアジア系女性は、イギリスの学校内部で排除や 差別のまなざしにさらされるばかりでなく、とも するとユースサービスにおいても「問題視」の対 象となりやすく、たとえ問題の要因が彼女らを取 りまく関係構造の中にあるとしても、支援的施策 を貫く視線や取組みの担い手が「白人」男性に よって枠づけられ、したがって支援的施策もまた

「白人」の青少年のニーズに合致するように構成 されていることによって、結果的にアジア系女性 はこの支援的施策の対象からも周縁へと排除され ることになるという(Parmar[1989])。

このように一連の研究によって明らかにされた の は、エ ス ニ ッ ク・マ イ ノ リ テ ィ を め ぐ る レ ジャー経験の差異であり、支配的文化とのねじれ を伴う抑圧的構造である。それと同時に、余暇活 動のみならず本来それをサポートするはずの支援 的施策においてさえも、しばしば外側の一般社会 と同様の支配的現実によって条件づけられ、した がってこの現実を再生産することに加担してしま うという問題性である。この点をふまえると、エ

スニック・マイノリティに着目した研究は、いわ ば「文化としての他者」の位相から、余暇活動と それを取りまく実践における社会的分割を批判的 に暴露した問題提起として捉えることができるだ ろう。

◆階級をめぐる差異と量的格差

かつて19世紀半ばに大英帝国の首相ディズレイ リが「イギリスには二つの国民がいる」と述べた ように、近代のイギリス社会は階級を基盤として 構成され、しかもこの階級構造についてきわめて 自覚的な社会であったといえる。したがって余暇 をめぐる階級間の分割や差異についても、早くか ら多くの観点で指摘がなされてきたことは不思議 ではない。

この点について比較的新しい動向を分析した問 題提起によれば、重要な階級間の分割は、イギリ スにおける二大階級(「二つの国民」)ともいうべ き、中産階級(ミドルクラス)と労働者階級(ワー キングクラス)との間の差異にある18)。まず想起 しておくべき重要な一般的傾向として、ちょうど スポーツ活動への参加において全国規模の時間利 用調査のデータから実証されたように(Sturgis

[2003])、屋外の余暇活動のみならず家庭を中心 とする余暇活動においても、あらゆる主要な余暇 活動のジャンルで中産階級のほうが労働者階級よ りも参加の度合いが高い。たとえば休日の外出、

劇場での観賞、図書館や博物館などの文化施設、

読書、音楽鑑賞、ダンス、絵画などほぼすべての 活動分野で、中産階級の参加率のほうがより高 く、労働者階級の参加率はより低い。ごくわずか にテレビ視聴は例外的であり、活動の参加率にお いて階級間の相違が見られない。いずれにせよ全 体として、<中産階級は余暇活動に関してより多 く行い、労働者階級はより少なく行う>という傾 向的な差異、つまりレジャー格差がはっきりと浮 かび上がる(Roberts[2006:61−63])。

では、こうした階級間の差異は何に由来するの だろうか。ロバーツによれば、一般に中産階級の ほうが余暇時間をより多く有するからだと想定さ れるが、事実としては中産階級のほうが労働者階

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級よりも労働の拘束時間がやや長い傾向にある。

それにもかかわらず中産階級のほうが労働者階級 よりも余暇活動により多く参加できるとすれば、

その理由として多くの要因が想定される中で、ロ バーツが最も有力な要因として注目するのは経済 的要因である。つまり労働による拘束時間の多少 にかかわらず、余暇活動により多く参加できる可 能性とは、金銭的余裕など経済的ポテンシャルに よって下支えされるというのである。実際この点 は、とくに旅行や趣味・ゲーム、スポーツ・野外 活動などの余暇活動において顕著であり、中産階 級の活動時間が労働者階級のそれを大きく上回る こと、また逆にテレビやビデオを含む(それほど 貨幣支出を必要としない)メディア視聴などは労 働者階級の活動時間のほうが上回る傾向にあるこ とから、ロバーツによれば、いずれにせよこれら の事実は経済的ポテンシャルとの相関によって説 明できるという(Roberts[2006:63])。

すでにイギリスでは階級間の差異について、19 世紀のヴィクトリア時代から20世紀半ばまでの実 態として、異なる生活様式の全体的な構造の中で その一角を占める余暇もまた、文化的側面におい て質的差異を伴う点が指摘されてきた。というの もこの時期に明確な輪郭を形成していた伝統的な 階級構造においては、大多数の人々にとって労働 が人生・生活の大部分を占めることから、とくに 労働者階級の場合には労働の場と近隣のコミュニ ティを基盤とした生活様式の日常文化が階級的ア イデンティティのベースをなしていた。したがっ てファッションやモードの起点にさえなり得る中 産階級の場合とは対照的に、労働者階級は炭鉱町 や工業都市において同業者仲間と近隣のコミュニ ティを形成し、固有の余暇のあり方を享受してい たといえる。たとえば炭鉱町アシュトンを調査し た1950年代の古典的研究は、炭鉱労働者たちに とって「ワーキング・メンズ・クラブ」が娯楽や 社交の拠点となり、男性中心的なメンバーシップ のもとで飲食やコンサートが楽しまれる事情や、

またラグビー等のスポーツをはじめギャンブルや 映画など、労働者コミュニティの場の全体に埋め 込まれた日常的な余暇活動の特徴をいきいきと浮

かび上がらせている(Dennis[1956])。

このように20世紀半ばまでの伝統的な階級構造 のもとでは、余暇をめぐる分割は階級にもとづく 生活様式の質的差異をベースとしていたが、これ に対して前述のロバーツをはじめ近年の研究成果 が明らかにしたのは、余暇をめぐる階級間の分割 が、現在では経済的ポテンシャルにもとづく余暇 活動の量的差異へと変化しつつある、という点で ある。その背景として、①20世紀後半における労 働者階級の弱体化――その要因としては労働者階 級の人口規模の減少(20世紀初頭の80%前後から 21世紀 初 頭 に は30%台 へ)、並 び に 産 業 構 造 の サービス化に伴う炭鉱・工業都市での労働者コ ミュニティの解体などが想定される――と、②中 産階級の消費スタイルや文化的趣向の「多様化」

などが指摘され、その結果、階級間の分割が主に 経済的ポテンシャルの優劣に伴う機会の不平等へ と変化しつつあるという点 が 指 摘 さ れ て い る

(Roberts[2006:67])。こうして<中産階級は 余暇活動に関してより多く行い、労働者階級はよ り少なく行う>というレジャー格差を帰結するこ とになる。ただし以上の現代的動向や背景的事情 の説明については、社会階級をめぐる研究一般と の関連も含めて、さらに考察の余地があるだろ う。

だ が い ず れ に せ よ、近 年 の レ ジ ャ ー・ス タ ディーズが再確認したことは、イギリスの二大階 級ともいうべき中産階級と労働者階級との間に無 視できない差異があるという点である。このこと は要するに、余暇をめぐる分割において今なお階 級間の差異がその重要性を失っていないこと、し たがってそのかぎりで万人が同じように余暇を享 受できるわけではないという、一連の議論とその 根底において共鳴する命題を提起しているのであ る。

◆失業をめぐる問題提起と「二重の剥奪」

一連の指摘とほぼ同時期に、やや異なる角度か ら立ち現れたのが失業問題をめぐる問題提起であ る。実際1970〜80年代のイギリスでは失業率の急 増を背景に、失業問題が深刻に社会問題化してい 小澤:英国レジャー・スタディーズの問題構成(Ⅰ) 141

(14)

たが、その際に注目を集めたのが失業という「強 いられた余暇」(enforced leisure)のインパクト であった19)。本稿の観点からいえば、失業に伴う ヒマ(=「強いられた余暇」)が、雇用労働者の それと異なるとすれば、その差異はいかなる事情 によるのかという点が問われたのである。

この点に対する研究は、いずれも失業という

「強いられた余暇」のネガティヴな効果を指摘 す る も の で あ っ た(Deem[1988],Glyptis

[1989])。要するに失業者の余暇(つまり失業状 態に伴うヒマ)は、雇用労働者一般と比較した場 合、余暇・レジャー活動への参加に関して――た とえば参加頻度や活動の種類、出費コストなどの 点で――マイナス傾向を被るという事実が実証さ れたのである。

その理由として指摘されるのが、何よりもまず 経済的理由であり、仕事の収入がなく出費を抑え ざるを得ないという状況下で、余暇活動への参加 についても選択肢が狭められるという点である。

それと同時に失業状態では、仕事を通じた社会的 ネットワーク、つまり職場の同僚や仲間などとの 人間関係が希薄になるとともに、仕事に伴う社会 的地位やアイデンティティの意識を喪失すること で、他者に出会うインセンティヴが低下するとい う点が指摘されている。こうして失業状態では、

結果的にテレビ視聴などメディア消費が多く、こ の点で家庭中心的な余暇活動の反復傾向をいやお うなく高めることになるという。しかも上記の点 は、失業状態が長期にわたるにつれ深刻化し、や がて友人をはじめ他者との社会的接触を喪失する など、後年「社会的排除」として問題化される状 態に陥りやすくなり、心身の日常的な健康さえ維 持が困難になる、という点が指摘されている。

以上のように、失業という「強いられた余暇」

のネガティヴな効果として「余暇の貧困化」を伴 う点では、多くの研究が一致して明らかにすると ころであり、その根源的な理由についても<労働 に伴う全対価の喪失>に由来しているという点 は、すでに的確に指摘されているとおりである

(Roberts[2006:88])。ここで労働の全対価と は、①金銭的収入、②心理的なやりがい感、③労

働生活に伴う日常的な生活構造、④社会的地位や アイデンティティの意識、⑤職場の仲間など社会 的ネットワークの存在などであり、失業状態とは それら全てを喪失した状態を意味するからであ る。こうして失業者の余暇とは、労働の喪失状態 に伴い労働の全対価を喪失することにより、本来 それをもとに可能となるはずの一般的な余暇・レ ジャーの状態についても喪失するという、いわば

「労働」と「余暇」における二重の剥奪状態にあ る こ と が 指 摘 さ れ た の で あ る(Bauman

[1998])。

以上のように失業問題をめぐる問題提起が明ら かにしたことは、失業という「強いられた余暇」

というものが、このように二重の剥奪状態にある

「余暇の貧困化」として現象してしまうのだとい う、厳然たる差異の事実であったといえる。

4.本稿のまとめと展望

以上で検討してきたように、レジャー・スタ ディーズが行ってきた問題提起は、万人が等しく 余暇を享受できないという現状認識を出発点とし て、異なる他者の間で「余暇の使い方/使われ 方」をめぐる差異や分割が生じていることの批判 的考察であった。要するにジェンダー・エスニシ ティ・階級の問題から失業問題に至るまで、いわ ば白人中産階級の男性雇用者という一つの規範的 中心の象徴に対してその周縁に位置する多様な分 割線の側から、異なる他者の間に生じる差異の告 発と問題提起がなされてきたのである。

ここからすでに判明するように、1970年代半ば 以降のレジャー・スタディーズの研究成果は、当 然、余暇・レジャー研究の分野でオリジナルな知 見を切り拓くものであったが、より広い文脈から 見れば、ほぼ時を同じくして20世紀後半に巨大な 潮流を形成した第二派フェミニズムやカルチュラ ル・スタディーズ、ポストコロニアル批評など一 連の「差異の政治学」と深く呼応した問題提起と して捉え直すこともできるだろう。つまり余暇と いう主題を舞台として「他者の政治学」が織りな されることで、レジャー・スタディーズの新しい

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