熱帯医学 第18巻 第1号 45‑48頁, 1976年3月 45
Plasmodium gallinaceumのin vitroにおける 鞭毛放出,exflagellation,に及ぼす温度および
炭酸ガス圧の影響
山口英子,中林敏夫
長崎大学熱帯医学研究所疫学部門(主任:中林敏夫教授の
Influence of temperature and carbon dioxide gas pressure upon exflagellation of Plasmodium gallinaceum
Eiko YAMAGUCHI& Toshio NAKABAYASHI (Department of Epidemiology, Institute for Tropical Medicine, Nagasaki University)
Abstract: Examination was made on the influence of temperature and carbon dioxide gas pressure upon exflagellation of the microgametocytes of Plasmodium gallinaceum by the in vitro method described by Shute et al. (1966). Petri dishes containing wet blood smears taken from an infected chicken were put in a CO2 incubator of which the inside temperature and gas phase were adjusted in advance to a certain degree. The dishes weretaken out of the incubator, and the smears were immediately dried and stained with Giemsa, after incubated for different durations. Exflagellating parasites were counted in 100 microscopic fields (•~400).
Results obtained were: The optimum temperature to induce exflagellation was found to be 25〜27℃. Exflagellating parasites could be Observed at 20℃. While, 33℃ was found to
i
nhibit the phenomenon. The gas conditions of 95% air- 5% CO2 and 80% air-20% CO2 were not thought to give any influence upon in vitro exflagellation of P. gallinaceum. It was
found that exflagellation either in vitro or in vivo (in the mid-gut of Aedes aegypti) would take more than 10 minutes to develop.
Tropical Medicine, 18(1), 45-48, March, 1976
は じ め に
マラリ7原虫の媒介蚊体内における雄性生殖母体の 生殖体‑の成熟過程ほ,いわゆる鞭毛放出, exfla酢Ilation.とどて知られている・この現象は媒介
蚊の中I陽jめみなi:らず‑ in vitroにおいても比較的短 時間内に観察しえるものである・したがって,鞭毛放 出を用いて,マラリ7原虫に関する各種の生物学的研 究が行なi:われるのみならず,薬剤の生殖母体に対する
作用の検討などに応用しくえるものである・
in vitr。において鞭毛放出を観察するためこ,杏 種の方法が考案される(Garnham, 1966; Shute et alカ1966)とともに,この現象に与える外界条件のの影 蛋こついても検討されてきた(Kligler et al.フ1937;
Bishop et al., 1956; Dhanapala, 1962)・この研究は plasmodium gallinaceumを,凱、て, in vitro法にお にナる鞭毛放出に及ぼす外界温度ならびに炭酸かい7立EEの 影落こついて,若干の検討を試みたものである・
長崎大学熱帯医学研究所業績 第759号
Received for publication, March 3, 1976
46
実 験 方 法
実験材料: P. gallinaceum (マニラ株のほ1971年, マニラのWHO研究室, Shute氏から分与されたも のである・以蛋 この原虫株ほ当研究室で,白色レグ ホンおよびネッタイいンマカ Aedesaegyptiを用いて 継代維持Lてきた.
鞭毛放出のintitro法: Shute et al. 〔1966の記載 の方法に準拠Lた・担任約9c皿のシャーレの蓋および 底部に渡航を敷き,シャーレの厚さの1が3‑1が2径のガ ラス管で1辺6cm位のⅤ型または三角形を作り,底部 痛紙上に置き,スライドグラスの台とどた℃滅紙上に 約1・5mEの熱湯を注入L,蓋をして所定温度の炭酸ガ ス恒温器中に納入Lた・少なくとも1時間以上放置 し シャーレ内部が蒸気で飽和されるのを待った.た だL,炭酸ガスを加えた時は8時間以上放置し,シャ
ーレ内部のガス圧が平衡するのを待った.
供試感染‑ワト1)ほ,感染赤血球率が40%以上とな ったものを選出L使用した一 翼血管をプリッカーで刺 究L,流出する血液をかミ‑グラスに取り,スライド グラス上に塗抹した・塗抹ほ通常の薄層塗抹より幾分 厚くLて,乾燥を防ぐとともに,顕微鏡観察に便利な ようにt々た・塗抹を済ますや否や,塗抹面に呼気をは きかけつつ,予め恒温器から取り出しておいたシャー
レ中にすばやく入れ,蓋をLで恒温器中に戻した.ス トップウオッチで正確に保温時間を測ってシャーレを 取り出し,塗抹面が乾燥していないのを確認Lてか ら, ‑アドライア‑の温風で乾燥させ,メタノール固 定,ギムザ染色を施した・恒温器中の保存時間ほ,原 則として, 5‑10分毎, 1時間までと定めた.なお,
1回の実験でほ常に同条件の標本を2‑3枚作製し, 結果の判定にはそれらの平均的評価を採択した.
判定:顕微鏡下で鞭毛放出の有無,およびこの現象 を示す原虫(陽性原虫の数の多少を観察した.陽性原
虫数を正確に表現することは難かLいので,判定は顕 微鏡視野(400倍の 数に対する陽生原虫敷から3段階 に表現し々た。すなれのち,各視野1陽生原虫以上〔仰の, 10視野に1陽性原虫以上〔≠), 100視野に1陽性原虫 上Lヒ(+のをおおよその規準とした.
実 験 成 績 1・媒介蚊体内での鞭毛放出〔予備実験の
使用Lたネッタイシマカの中腸内で,この原虫株が 営む鞭毛放出を実際に確認する目的で行なった.吸血 後30分までの間に,吸血蚊の中腸を摘出L,その内容 をスライドグラスに塗抹,ギムザ染色標本とLた.鞭 毛放出の判定は,陽性原虫の有(+の,無下〕とのみ表 現した・なお,吸血蚊は25℃c中に置いた.
第1真に見るように,吸血後10分で鞭毛放出が明瞭 に確認される場合もあった.吸血には約2分を必要と するので,この時間を加味すれ々たはい,この条件下では通 常12‑13分を要するものと思われる.
2.鞭毛放出に及ばす温度の影響
炭酸ガス恒温器中の水槽に空気のみを通気L,恒温 器内温度を20口Cから37℃Cの問の各種温度に調整す ることにより,鞭毛放出に及ぼす温度条件を検討L た.その成績を第2蓑に一括Lた.
この成績から,与えられた外界条件の元でほ, P.
gallinaceumの鞭毛放出は25℃0‑27℃C の間が至適 温度と解釈された・ 20℃Cでほ,至適温度における場 合より,鞭毛放出の発現が数分間遅延し,かつ,陽性 原虫数も少数に止まるもののようであった.他方, 30℃Cでは,明らかに陽性原虫数の減少がみられ, 33℃Cおよび37℃Cの温度条件下では,陽性原虫を全
く検出Lえなかった.なお,すべての実験例において, 保温時間が10分までほ鞭毛放出が観察されず, 15分以 後の標本中に検出Lえた.
Table 1. Exf王agellation of P. gallinaceum in the midこgut of Aedes aeg沖ti at 25℃C
Experim. No. Time (minutes〕 after engorging infected blood
10 13 15 18 20 25 30
1 2 3 4
5 6 7
+
十 +
+
+ +
⊥
i
+ + + + + + +
+
+ + + 十
―十
+
+
+
十
+ +
・とと7
3.鞭毛放出に及ばす炭酸ガス圧の影響
炭酸ガス圧を5鬼aおよび20鬼,に加えた混合ガる立を 通気した条件下で鞭毛放出を観察Lた.温度条件ほ
25℃CとLたこ
第3衰に示すように, 5%および20%炭酸ガス加空 気条件ほ,鞭毛放出に何らの影響を与えるものとは判 断しえなっかつた.着.いて求めるなら, 5鬼a炭酸ガの7立圧 下ではこの現象ほ幾分促進させられるような印象を得 た.なお,この実験例でも,保温時間10分までは,鞭
毛放出を検出できなかった.
考 察
鞭毛放出, extlagellation,すなわち,雄性生殖母体 の雄性生殖体‑の成熟過程は,自然界においては媒介 蚊中腸内で発現する現象である.この現象は,適当な 外界条件下ではin vitroにおいても,比較的簡単な 方法で観察しえるものである.赤血球内の類円形を―呈
する雄性生殖母体が,短時間内に赤血球を脱し,つづ いて数個〔最高8個体のの15を上前後の細長い生殖体と なって遊離する現象は,マラリア原虫の発育環中で ら,きわめて興味深い現象とLて注目されたてきた.
Garnhametal―〔1967のの電子顕微鏡的観察によ
れたアは立,形成されたた,積陸生殖体は,桜,鞭毛,これた―
のを
被う細胞膜から成り,鞭毛放出は類円形の母細胞の内 部から,鞭毛が急速に外部に窯出し,ついには母細胞 から遊離する現象であると述べている.
今回の実験に用いたのほニワトリてラリアP.
gallhであったが,木原虫は人マラリrfi♀立‑虫のの 実験動物感染がきれっのめのて因粁な状況下で,実験てラリ ア研究に多用されている原虫種である.
鞭毛放出を誘発する国子の1つとして,温度の急激 な低下が考えられている〔Dhanapala,1962の.すなわ ち,40‑42℃Cのニワトリ体温から,10℃C以上もの温 度低下が,この現象を誘発する変転たりえることは推
Table 2. Influence ℃r temperature upon iT認ritro exflagelたati℃n ℃i P. gallinaceum
Temp. (℃Cの
20 25
Time (minutesの℃f incubation
O こ 10 15 〔) 3〔の 60
十 + + + ‑H‑ ‑│.L ‑I!
Note : Parasitized red blood cell rate in an infected chicken used; 40.5%―, Gametocyte rate; 4.2%
25 27 30 33 37
+ + 十
」∵
: : .
‑H‑
+
十
+ど
+
―け
」十
Note : Parasitized red bio℃d cell rate in an infected chicken used; 80.6鬼', Garnetocyte rate; 8.5鬼a
Table 3― Influence of carbon dioxide gas pressure upon in vitro exflagellation
of P. gallinaceum
COo press.
o%*
5%
5%
20%
20%
Time (minutesのof incubation
10 15 20
+ 廿
≠
+ +41 十年
+ど
‑H‑
+
30
廿
十什
廿
≠
≠ : Air
Note : Parasitized red blo℃d cell rate in an infected chicken used; 44.5先々,
Gametocyte rate; 6.2鬼'
60
十 十
Tf + 年i
48
察できる. Dhanapala によれは, 24℃C でほ10分―で 鞭毛放出するが,温度を上げると,この現象発現まて の時間が遅延すると言う.本実験成績でも至適と思れ=
れる25℃C‑27℃Cに比し, 30‑Cでは現象発現までの時 間が延長L,陽性原虫数も減少した.ただ, 33℃C 以 上でほ全く鞭毛放出を検出しえなかったが, Dhanapalaは, 37℃Cにおいてもこの現象の発現を認 めたと言うことである.おそらく, in vit―ro法での湿 度以外の条件に相異する点があったものと思われる.
本実験成績でほ, 20℃Cにおいては25‑Cに比し明ら かに鞭毛放出が遅延し,この現象を示す原虫数も減少 した. ‑般には,低温域ではこの現象発現までの時間 が延長し, 10℃Cでほ全く発現しないと言われてい る Kligler et al. 〔1937ののP. falciparumにおけ る観察では, 14℃Cの温度条件でほ鞭毛放出の検出ま でに, 135分―を要したとのことである.
今回の成績でほ, 5%および20%炭酸ガス加空気条 件でほ,鞭毛放出現象に何らの悪影響を及ぼすものと は考えられなかった. Lかし, Bishop et al. (1956の によると,血液のpHが7.2 以下の場合, 5%炭酸 ガス圧が鞭毛放出に阻害的に働くとのことである.か かる相異点については,今後さらに検討する必要があ ろう.一般に, Plasいmodium属原虫の鞭毛放出ほ,最 短10‑12分を要すると考えられているが, 今回の in vitro の成績でも保温時間10分間までは鞭毛放出 を全く検出しえなかった.
以上述べた如く,マラリア原虫の鞭毛放出は,自然 界におけるマラリア媒介蚊体内での原虫発育の出発点
として興味を持たれてきた現象である.しかも,この 現象は r―titro で簡単に再現しえることから,各種 の研究材料に用いえるものである.また,形成された 雄性生殖体は雌性生殖体と融合(syngamyの して1個 体となり,有性生殖を完了する. Lγたがって生殖体形 成には,当然,減数分裂の過程を伴なうものと解釈さ れている.マラリア原虫のこの発育段階における細胞 学的変化にほ,まだ未知の点が多い.こうした意味で も,雄性生殖体形成,すなわち,鞭毛放出現象ほ興味 深い研究対象と考えられる.
結 論
ニワトリマラリアP.gallinaceumを用い, in vitro
における鞭毛放出現象に与える温度および炭酸ガス圧 の影響を観察した.得られた成績ほ,
1.鞭毛放出に与える至適温度条件は25‑27℃Cと解 釈された.
2. 20℃Cにおいても鞭毛放出ほ発現する. 他方, 33℃C以上ではこの現象を検出することができな かった.
3. 5%および20%炭酸ガス圧は,鞭毛放出の発現に 大きな影響を与えなかった.
4, in vitro法による鞭毛放出の発現には10分以上 の時間を必要とするものと理解された.
本研究を通じ,感染ニワトリおよび感染蚊の準備, さらに感染蚊体内における鞭毛放出の検討に協力され た山口明氏に感謝します.
本研究成囲ま,第27匝認]本寄生虫学会南日本支部大会〔昭和49年11月30日,熊本のにおいて発表した.
文 献
1のBishop, A. & McConnachie, E. W. 〔1956): A study of the factors affecting the emergence ℃f the gametocytes of Plasmodium gallinaceum from the erythrocytes and the exflagellation of the male garnet℃cytes. Parasitカ 46, 192‑215,
2のDhanapala, S. B. (1962の: Ph. D. thesis, Univ. Lond℃ cited in Garnham, P. C. C.(1966の: Malaria parasites and other haemosporidia, p 593, Blackwell, Oxford.
3のGarnham, P. C. C. (1966の: Malaria and other haemosporidia, Blackwell, Oxford.
4のGarnham, P. C, Cカ Bird, R. G. & Baker, J. R. 〔1967): Electron micr℃sc℃pe studies of motile stage of malaria parasites. V. Exflagellation in Plasmodium, Heか"xztocystis and Leucocytozoon.
Trans. Roy. Soc. Tr℃p. Med. Hyg., 61, 58‑68.
5のKligler, I. J. & Mer, G. 〔1937の: Studies ℃n the effect ℃i various factors on the infection rate
℃f Anopheles elutus with different species of Plasmodium, Ann. Tr℃p. Med. Parasit., 31, 71‑83.
6のLudicke, N. & Piekarski, G. (1952の: Uber die Gametenbildung v℃n Plasmodium falciparum
(Welch 1897). Zentbl. Bakt. Parasitenkde, 157, 522‑538.
7のShute, P. & Maryon, M. (1966の: Laboratory technique for the study of malaria, pp 21‑22,
T.& A. Churchill, Iγond℃n.