『出雲国風土記』
を歩く
地域の神話と歴史を学ぶ
島根県立大学短期大学部総合文化学科
事業報告書・日本語文化を歩く
平 成24
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26
年 度1.授業の目的
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2.授業の概要─
2 3.活動報告─
3 《1》授業計画─
3 《2》フィールド学習の記録─
5 ①史蹟をあるく─5 ②古墳をあるく─6 ③たたらをあるく─8 ④神社をあるく─9 《3》発表の記録「土地の由来と歴史」─
10 4.レポート─ 11 5.授業を終えて─ 13 《1》学生から─13 《2》授業担当者から─14島根県松江市浜乃木にある本学松江キャンパスの近くには、八雲立つ風土記の丘に含まれる出雲国庁跡や 出雲国分寺跡、山代二子塚古墳などの史蹟、八重垣神社や神魂神社などの寺社が多くあります。古代出雲国 の中心部であり、出雲国造が居住した意宇郡の中枢に近接しているためです。 古代出雲といえば出雲大社を中心とする旧出雲郡というイメージがあり、それ以前の中心部が浜乃木にほ ど近い大庭や大草といった場所にあることを学生はあまり知りません。『出雲国風土記』には『古事記』に は語られない意宇郡を中心とする出雲国の歴史や神話が記されるため、本学で学ぶ学生が『出雲国風土記』 を学ぶ意義はとても大きいものといえます。 ただし、有名な「国引き」を除けば、短い地名伝承が下文(報告書)として記録される『出雲国風土記』を 単独で読むのは難しい作業です。そのため、「日本古典文学を歩く」(二年生対象・後期)の授業では、学生が 既に一年次に学習した『古事記』と比較対照させるかたちで『出雲国風土記』を講読し、中央政府の視点か ら編纂された「出雲神話」とは異なる出雲国側の神話を読み取るという形でテキストの把握をすすめました。 また、講義と同時に周辺の神社・古墳について調査と発表をおこない、その後実際に現地を歩くといった 授業形式で実施しました。 島根県は古代の景観と重なる場所が多く残る稀有な土地です。文献と実際の風景を重ね合わせて見ること によって、古代の神話と歴史を立体的に把握し、地域の文化に対する理解を深めることができると考えます。 授業は以下の四つの内容により構成しています。
授業の目的
授業の概要
1
2
P U R P O S E S U M M A R Y ① 『出雲国風土記』の講 読を通して、出雲国の 歴史や出雲国の神話内 容を学ぶ。 ② 史蹟・古墳・たたら・ 神社の4つのテーマに つ い て 事 前 調 査 発 表 (グループ)をおこなう。 ③ 4つのテーマに沿った フィールド学習をおこ ない、毎回のレポート を提出する。 ④ 各自の関心に沿った土 地の歴史について調査 発表(個人)をおこなう。 ①『出雲国風土記』が主張する出雲国の神話について理解することができる。 ②地名の由来と地名伝承の関わりについて理解することができる。 ③島根県の有名な神社や遺跡について説明することができる。 ④身近な土地の地理・歴史・地名について説明することができる。 達成目標須佐神社 須我神社
平成
24
年度
1. 『出雲国風土記』とは何か 2. 「国引き」を読む 3. フィールド学習① 八雲立つ風土記の丘・山代二子塚古墳 4. 講義:意宇郡①安来の歴史 演習:「出雲国庁が発見されるまで」 5. フィールド学習②和鋼博物館 6. 講義:意宇郡②松江の歴史 演習:「熊野大社・神魂神社・八重垣神社について」 7. フィールド学習③熊野大社・神魂神社 8. 講義:佐太大神について 演習:「荒神谷遺跡と出雲の古墳」 9. フィールド学習④荒神谷博物館 10. 講義:金屋子神について 演習:「須佐神社・須賀神社・出雲大社」 11-12. フィールド学習⑤ 須佐神社・河邊神社・須我神社・八重垣神社 13. 講義:スサノヲを考える 演習:「駅伝馬制と山陰の古代駅」 14. 出雲大社について 15. 講義とフィールド学習の総括 河邊神社 荒神谷博物館活動報告
3
授業計画
1
平成
25
年度
平成
26
年度
1. 講義:『出雲国風土記』とは何か 2. 講義:国引きを読む 3. 講義:意宇郡の歴史 演習:出雲国庁の発見に至るまで 4. フィールド学習① 八雲立つ風土記の丘展示学習館・ 出雲国庁跡・六所神社・意宇の杜・ 出雲国分寺跡 5. 講義:金屋子の神と野城大神 演習:たたら製鉄について 6. フィールド学習②鉄の歴史村 7. 講義: 島根県の古墳と全国の古墳、地名 とは何か 演習:島根の古墳について 8. フィールド学習③ 山代二子塚古墳・岩屋後古墳 9. 講義:「出雲神話」と出雲の国の神話 演習:意宇郡の神社について 10. フィールド学習④熊野大社・神魂神社 11. 演習:それぞれの土地の歴史① 12. 演習:それぞれの土地の歴史② 13. 講義:出雲神話と出雲の国の神話① 14. 講義:出雲神話と出雲の国の神話② 15. 講義とフィールド学習の総括 1. 講義:『出雲国風土記』とは何か 2. 講義:国引きを読む 3. 講義:『古事記』との比較 4. 演習:史跡について 5. フィールド学習① 八雲立つ風土記の丘展示学習館・ 出雲国庁跡・六所神社・意宇の杜・ 出雲国分寺跡 6. 演習:古墳について 7. フィールド学習②古墳の丘古曽志公園 8. 演習:たたら製鉄について 9. フィールド学習③和鋼博物館 10. 演習:神社について 11. フィールド学習④神魂神社・熊野大社 12. 演習:土地の歴史① 13. 演習:土地の歴史② 14. 演習:土地の歴史③ 15. 講義とフィールド学習の総括 六所神社 古墳の丘古曽志公園 平成24年度 11名(総合文化学科 2 年生) 平成25年度 18名(総合文化学科 2 年生) 平成26年度 15名(総合文化学科 2 年生) 履修生数 ◎使用したテキスト 『出雲国風土記』( 荻原千鶴/講談社学術文庫 )風土記の丘展示学習館 出雲国庁跡 毎回のフィールド学習後にはレポート課題を提出します。 ここではその課題の一部を紹介します。 茶臼山
①
史蹟
を
あるく
《意宇平野の地理的環境について》
意宇平野とよばれる平野には、出雲国府・国庁といった主要な施設が置かれている。茶臼山(神名樋野) 近くは条里制の区画が敷かれ、古代山陰道が通っている。また意宇川が現在よりも蛇行した状態で、とい う中海の方向へ流れている。また山代郷にかけて多くの古墳群があり、横穴式石室で「額田部臣」という 文字が記された太刀が出土した岡田山一号墳、石棺式石室の岩屋後古墳、前方後方墳で島根県最大級の山 代二子塚古墳などがある。(松下真里/ H.25) 出雲国庁跡(松江市大草町) 出雲郷説、上夫敷説、大草町説、丁ヶ坪説など様々 な説があったが、恩田清氏が古文書調査と現地調査か ら『検地帳』に「こくてう」という地名があることや、 多くの出土品が発見されたことなどの数多くの理由 を挙げ、国庁は大草庁六所神社の後方竹ノ後だと述 べた。その説をもとに発掘作業をおこなったところ、 土器の破片や木簡などの物をはじめ、柱跡が多数発 見されたことから、国庁が現在の場所にあると定め られた。(永井三千/ H.26)フィールド学習の内容
2
風土記の丘展示学習館(松江市大庭町) 学芸員の方の説明をうかがい、復元 模型が発掘調査の成果が取り入れられ て作られたことがわかりました。 (坂本悠里子/ H.25)六所神社(松江市大草町) 六所神社に〈有〉というマークがあったこ とを初めて知り、神在月が関係していると 考えられていること、島根県の神社特有の 印であることを知りました。 (稲崎実香/ H.25) 出雲国分寺跡(松江市竹矢町) 奈良時代中期、聖武天皇の詔によって全国に国分寺・国分尼寺が造られた、その一つである。建物の 下の土台がよく残っており、柱が据えられた礎石が復元されて並べられている。(山本真美/ H.26) 六所神社 出雲国分寺跡 出雲国分寺跡
②
古墳
を
あるく
《古墳について》
古墳が作られ始めたのは1500年ほど前である。権力者が死後も自 身の権力の大きさを、その巨大な墓をもって示すために作るように なった。古墳は多くの人々が手作業で築き上げたもので、現在は山 のようになっているが、当時は葺き石で覆われ、様々な埴輪が置か れていた。古墳時代前期には、竪穴式石室が多く作られ、後期には 複数人を葬ることのできる横穴式石室が多く作られた。そのため横 穴式石室は死の空間という概念が強く、黄泉国につながる場所であ るとも考えられた。(岡村由香里/H.25) A C T I V I T Y R E P O R T山代二子塚古墳(松江市山代町) 全長94メートル(島根最大の大きさ)の古墳で、正 方形と長方形が組み合わさった形から成る前方後方墳 です。6世紀後半(古墳時代後期)に造られ、1924年 に国の史蹟に指定されました。出雲地域東部を治めた 地方首長の墓であるとされています。(稲崎実香/H.25) 天候にも恵まれ、二子塚古墳から見る景色に感動し た。埴輪には様々な形のものがあるが、本来埴輪はお 酒を入れる器が元であったことを知ることができた。 死者の魂を鎮める「もがり」という儀式を経て、権力 者は巨大な古墳に被葬された。 (永田佳恵/H.25) 岩屋後古墳(松江市大草町) 島根県最大規模の、石棺式石室を内部 にもつ古墳です。墳形は不明ですが、20 メートル前後の規模と推測されていま す。後世の破壊により、現在は奥室のみ 現存しています。(稲崎実香/H.25) 岩屋後古墳は、屋根の一部が欠けてい たけれど、揺れないぐらいにしっかりと 固定されていて驚きました。入り口は狭 かったけれど、中は意外と広く、天井も 高めで小さな家のようでした。 (岩田晶子/H.25) 山代二子塚古墳 古墳の丘古曽志公園 岩屋後古墳 古墳の丘古曽志公園 古墳の丘古曽志公園(松江市古曽志町) 見晴らしの良い丘の上に古墳があり、周囲を山と宍道湖に囲 まれていた。最も大きな古曽志大谷一号墳(模型)が最も高い 場所にあった。古曽志周辺の地域を治めた支配者のために造ら れた前方後方墳である。また、その他の古墳は四角形の方墳が 多かった。方墳は二、三基ずつまとまって造られていた。当時 の人々にとって、山や湖などの自然が重要であったことがよく 分かった。(岸田萌/ H.26)
鉄の歴史博物館(雲南市吉田町) 吉田村でたたら製鉄がおこなわれていたのに は、燃料の木炭・原料の砂鉄が豊富で、出荷 にも都合が良いという好条件があったからだと 初めて知りました。鉄の歴史博物館では、映像 でたたら製鉄の行程を見たり、道具や鉧(けら) などを実際に見ることができて、今まで何とな くしか知らなかったたたら製鉄について詳しく 知ることができました。(岩田晶子/H.25) 菅谷たたら山内 鉄の神である金屋子はどういうキャラク ターなのかに注目してみました。男神だとい う説もありますが、一般的には器量が悪く、 同性に嫉妬する女神だということが分かりま した。人々がそんな金屋子さんのために、水 鏡としてお使いになる化粧の池を設けて、鉄 づくりが順調に進むように祈ったエピソード が心に残りました。(坂本悠里子/H.25) 鉄の歴史博物館 菅谷たたら山内 和鋼博物館
《島根県とたたらとの関わり》
国内で鉄の生産が始まった古墳時代後期の製鉄遺跡が邑南町と雲南市掛合町で発見されており、『出雲国 風土記』にも砂鉄がある地として仁多郡や飯石郡の地方が記載されていることから、古代には今の奥出雲 町一帯が鉄生産の拠点だったことが分かる。中世になると高殿という長方形の大型の製鉄炉が完成し、こ の建物の中で連続した操業が行われ、周辺施設を含め製鉄工場と言えるものに発展した。一度操業は途絶 えたものの、現在は「日刀保たたら」として復活し、毎年冬に三回操業を行っている。(安本智美/ H.26) 和鋼博物館(安来市安来町) 雲南市掛合町では古墳時代のたたら跡が発見され、出雲国風 土記にも登場する。たたらの神である金屋子神の神話・民話が ある。天秤ふいごは中国山地で発達したもので、中国山地のた たらによる生産量を飛躍的に増大させた。安来は良質な原料と 改良され続けた伝統ある技術で、今も昔も優れた鋼の供給地と なっている。(福島瑞生/H.26) 和鋼博物館に今回初めて訪れたが、資料が充実しており、たたら製鉄を学ぶ上で参考となる材料が多 かった。ふいごを直接踏み自分の体で体験できることや、日本刀を直接持つことができ、鉄の重みを感 じることができた。そして始めに見たたたら製鉄の映像により、想像以上に大変な行程を経て玉鋼を生 み出していることがわかった。炎の中に手を直接入れて木炭を入れている様子などには、熱くないのか と驚いた。(三島悠希/H.26) A C T I V I T Y R E P O R T③
たたら
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熊野大社(松江市八雲町熊野) 熊野大社に祀られている神はスサノオノミコトで、神祖熊野大神櫛御毛沼命と言われている食糧の神を 意味した名で呼ばれている。「くし」が神々しい、「みけ」が食べ物という意味です。風土記には熊野山に あると記されていたが、現在では麓の下の宮に移されている。もともと「熊野」とは、山の奥深い所とい う意味で、全国にみられる地名である。スサノオが祀られている御本殿の左右には、イザナミノミコトが 祀られている伊邪那美神社とクシイナダヒメが祀られる稲田神社がある。境内には他にも稲荷神社、荒神 社などがあった。また舞殿という立派な舞台もあり、ここで祭事が行われていた様子であった。 (田中真央/ H.25) 神魂神社(松江市大庭町) 祭神は二柱おり、主祭神はイザナミ大神、共にイザナキ大神を祀っています。神魂と書いて「カモス」 と不思議な読み方をしますが、これは神に食糧を捧げるという意味の「神食す」、または神がいらっしゃ るという意味の「神坐す」から来ているのではないかと言われています。神魂神社本殿は現存最古の大社 造で、出雲大社本殿と共に島根県の国宝に指定されています。 (田中真央/ H.25) 実際に訪れてみることで、男神が祀られている神社の屋根の 上部が縦に平行である一方で、女神が祀られている神社の屋根 の上部は横に平行であるなどの違いが目で確認できるので、自 分の足で直接訪れること大事であると思いました。 (佐川晶/ H.25) 熊野大社
④
神社
を
あるく
平成25・26年度は、地名伝承について学んだことの応 用として地名についての調査を課しました。自分の住ん でいる土地の地名や気になった地名についての歴史を調 べ、また自分なりに考察した地名の由来についてプレゼ ンテーションを行うという内容です。 以下の地名が取り挙げられました。 A C T I V I T Y R E P O R T
発表の記録「土地の由来と歴史」
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島根県安来市 「安来」の地名 島根県出雲市 「久多美」の地名 「荒島」の地名 「美談」の地名 島根県松江市 「山代」の地名 「塩冶」の地名 「浜乃木」の地名 「薗」の地名 「玉造」の地名 島根県雲南市 「吉田」の地名 「忌部」の地名 「阿用」の地名 「東津田」の地名 島根県江津市 「渡津」の地名 「法吉」の地名 島根県隠岐の島町 「苗代田」の地名 「佐太」の地名 山口県防府市 「防府」の地名平成25年度の発表
平成26年度の発表
島根県安来市 「吉佐」の地名 島根県出雲市 「杵築」の地名 島根県松江市 「出雲郷」の地名 「薗村」の地名 「竹矢」の地名 「乙立」の地名 「古志原」の地名 島根県雲南市 「芦谷」の地名 「持田」の地名 島根県邑智郡 「日貫」の地名 「黒田」の地名 広島県広島市 「八木」の地名 「恵曇」の地名 静岡県伊東市 「伊東」の地名 「朝酌」の地名『出雲国風土記』という書名を日本史の授業で聞いたことがあっても、その内容を深く知る機 会もなく、ただの「有名な書物」としか考えていなかった。しかし、授業でその話の内容を学ぶと、 とても興味深いものであった。国が小さいという理由から縫い付けて大きくしようとする。し かもその縫い付けた国が新羅である。どうしてそんな遠くから持って縫いつけようと思ったの か、謎である。謎といえば、新羅の他に縫い付けたという佐伎の国と良波の国である。佐伎の国、 良波の国共に隠岐の島という説があるが、新羅と随分離れたなあという印象を持った。 国を持ってくる方法もなんとも雑である。童女の胸のような鋤を手に取り、大魚のえらを突 くように土地に突き刺し、大魚の肉を屠り分けるように土地を切り離し、三本縒りの太綱を打 ちかけて、霜つづらを操るように手繰り寄せ、河船を曳き上げるように引いて縫い付けたという。 この国引神話で、八束水臣津野命が発した「意恵(おえ)」という言葉から意宇郡という名称 がついたという由来がある。国引きで縫い付けられたとされる地域を地図から見ると現在の島 根半島に位置するが、意宇郡は島根半島ではなく、現在の松江市にあたる。このことから八束 水臣津野命は現在の松江市から国引きをしたことがわかる。そうすると、この話のスケールの 雄大さがよくわかる。最初は国が小さいからという理由だけで他の国や地域の余った土地を勝 手に引っ張って縫い付け、なんて自分勝手な話なのだと思ったが、八束水臣津野命や彼の使っ た鋤や綱の大きさ、島根半島の大きさを考えるとただの自分勝手な話とは考えられなくなった。 これまでの学習で、私が最も興味を惹かれたのは、和鋼博物館での蹈鞴製鉄である。蹈鞴製 鉄という存在は、小さいころ観たジブリ映画「もののけ姫」の宮崎駿監督が述べていたことから、 なんとなくと知っていたものではあった。けれど今まで私は、あの作品において、なぜ森の神 を中心に展開する神々との物語の舞台に、製鉄の村を監督が選んだのか、よく理解できなかった。 しかし、和鋼博物館に行って、どうやら蹈鞴製鉄はただの鉄を作り出すという行為ではないら しい、と感じた。和鋼博物館では製鉄の過程を学び、鉄を作り出すまでの途方もない時間と手 間と苦労に対して驚くばかりだった。そこまで過酷なことを生業にしなければ生きていけなかっ たのか。なぜこんなにも過酷なことを続けていけるのか。製鉄に身を尽くしてきた人々への畏
レポート
4
平成 24 年度には、最後のまとめとしてレポートを課しました。 その一部を紹介します。「和鋼博物館に行って」
青山楓季子/ H.24「国引き神話と私」
岡﨑里歩/ H.24敬の念と同時に、そういった疑問が湧いてきて仕方なかった。そこで、さらに知識を深めるた めに、山内登貴夫『和鋼風土記』(角川書店 1975 年)を手に取った。 人々の証言によれば、やはり蹈鞴師という仕事は過酷を極めたもので、長年鉄を吹いていれば、 炎に目をやられるため、大抵の者は目が悪くなっていったらしい。そういった蓄積していく害 のみならず、炉の地下構造の湿気が原因で、多くの者が死んでいくような事故も起こり得るも のだったのだという。 そういった過酷な状況に身を置く日々、何を頼りにするのかといえば、神々なのである。昔 から森を守ってくれた、菅谷の山の神たちに、祈るのだ。そして蹈鞴の傍に山の神とともに祀 るのが、製鉄の守護神、金屋子神である。神々への信心の深さそのものが、自分たちの作られ る鉄の出来栄え、そしてそこへ従事する者たちの命運をも左右すると、信じていたのだ。 製鉄とは、人の力ばかりではどうしようもないこと、すなわち自然と向き合わなければなら ないものであり、故に過酷である。しかし、だからこそ、蹈鞴師たちには、自然の姿、或いは神々 の姿というものを、どんな人々よりも身近に感じることができたはずである。それがどんなに か誇れることであったか、今ならば少し、理解できるように思える。 高天原を追放され、出雲の鳥髪山(現在の船通山)へ降り立ったスサノヲノミコトは、其の 地を荒らしていた八岐大蛇を殺し、生贄にされそうになっていたクシナダヒメを助け、彼女と 結婚する。ではなぜ、スサノヲはクシナダヒメと結婚したのだろうか。 クシナダヒメを御祭神とする「河辺神社」は、斐伊川の西岸で、斐伊川が大きく蛇行する場所、 すなわち河辺に鎮座している。このことから、クシナダヒメは河の神であり、水を必要とする 農耕の神でもあった。斐伊川周辺は豊かな水源により栄えていた。スサノヲは、河の神として 重要な存在であるクシナダヒメと結婚することにより、栄えていた土地を治めようとしたので はないかと考える。 スサノヲはクシナダヒメを連れ八雲山の麓に至ったとき、「心すがすがしくなった」と言った ことから、この地に須賀と名付け、そして日本で初めての宮殿である須賀宮を造り結婚生活を 送った。スサノヲが須賀に宮を築いた理由は、クシナダヒメと結婚した理由と同じで、川が関 係していると考えられる。須佐、河辺と同様、須賀もまた川の近くにある。この三つの川を治 めることで、出雲国を治めるということになったのではないか。
「スサノヲを考える」
大谷 幸/ H.24島根県東部は 「神話のふるさとで ある」とは思っていて、 神社や遺跡を見に行けるという気軽な気持ちで 授業を受講してみました。講義を聴くうち、地名には いわれがあり、遺跡や神社がなぜそこに存在しているか ということも考察してみる必要があるとわかりました。 また講義だけで地域の歴史がわかったつもりになっていたのですが、 自分が実際にその所在地に行って、そこの景色をみて、そこの空気を感じる ことによって、初めてその歴史を理解できたのではないかなと思います。 (清水典子/H.24)
授業を終えて
5
学生から
1
今回の「古典文学を 歩く」の授業を受講して私が強く感じた のは、島根県に生まれながら自分が暮らしてきた地域 について知っていることがとても少なかったのだという ことです。『出雲国風土記』から地名や神社の由来を知り、 それぞれの場所を実際に訪れることができたのは非常に新鮮で 興味深い体験になりました。私たちは古代からの歴史豊かな出雲地方に 暮らしながら、あまりにも身近すぎるあまりに周囲に注目できていない ことが多々あるのではないでしょうか。この授業では身近な地域にもう 一度注目し、これまで気づかなかった自分の周囲にある歴史やその魅力 の発見に迫るものとして非常に楽しめるものだったと思います。 (日下舞子/H.24) この授業では、 事前学習の大切さを学んだと 思います。何も知らずにその土地へ 行くのと、歴史などの知識を持って行くのとは 違うと思いました。これからどこかへ観光に行く時は、 きちんと事前学習を行いたいと思います。 (白築佳奈/H.25) この授業を 通して、島根の全く 知らなかった歴史を知ることが できました。フィールド学習をすることで、 自分の目でその歴史を確認し、感じることが できました。また、最後の地名を調べるところでは、 地元の知らなかったことを知りました。調べている中で、 祖母に地元の吉田について聞いたり、 歴史を人の口から聞くことが出来て良かったです。 (若槻あかり/H.25)フィールドワーク が多く、席について 話を聞いているよりも 印象に強く残ることがたくさんありました。 古墳を古墳だと意識して見学することは、 もうこれから先はないと思います。島根県内の古墳が 思っていたよりも多かったことや、古墳ゼリーや 古墳クッキーの存在、FROGMANさんのアニメーションなど、 授業の中では知らなかったことを知る瞬間の実感が多く得られました。 (福島瑞生/H.26)
3
年間、『出雲国風土記』をテキストとして、学生による事前の調査発表とフィールド学習 の実施という構成を軸に、毎年の学生の意見を取り入れ、見学先と課題の内容に少しずつ 変化や改善を加えながら授業をおこないました。 授業に対してより主体性をもって取り組んでもらうため、〈動く時間〉よりもさらに〈考える 時間〉の比重を高め、2 年目以降はフィールド学習の回数を 5 回から4回としました。かわり に学生にはフィールド学習後の毎回のレポートを課し、応用課題として各自の関心のある土地 の神話と歴史を調べる課題を追加しました。学生の問題意識も徐々に深まり、3 年目には発表 の時間で自由な質問や意見を交わすようになったことは授業として大きな収穫でした。 今後改善していくべき点は、教育効果を高めるため事前学習だけでなく事後学習にも力を入 れることが挙げられます。毎回のフィードバックとして教員のみではなく、学生自身が担当す ることをプログラムに組み入れていく必要性を感じます。 教室外における地域の神話・歴史学習教材は非常に豊富です。そのためには、地域の方々の 多大なご協力が必要であり、本授業も様々な方に支えていただくことで実施することができま した。この場を借りて御礼申し上げます。 学生が知識と現実を結びつけ、世界を見つめる視野を広げていくため、試行錯誤ではありま すが、来年度はまた新たなかたちで授業を積み重ねていきたいと考えます。授業担当者から
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日本語文化系の 授業ではなかなか校外に出ることが ないので、実際に見て学習できることはと ても楽しかったです。『出雲国風土記』が残って いて、そこに記されているものに関する場所が短大の周 りにたくさんあったからこの授業があると思います。県外 から来た私が島根の歴史、文化について学ぶことができ たので、とてもいい授業でした。 (小林花奈/H.26)─
地域の神話と歴史を学ぶ島根県立大学短期大学部総合文化学科 山村桃子
(〒690-0044 島根県松江市浜乃木7−24−2)
印刷・製本:谷口印刷 発行:2015年3月31日