建築基準法上の「二項道路」と旧物法上の「建築線
」(一項五号道路)に関する政策法学的分析―行政 争訟での政策目標の判断の視点から―
著者 田村 泰俊
雑誌名 明治学院大学法学研究 = Meiji Gakuin law journal
巻 89
ページ 1‑29
発行年 2010‑08‑31
その他のタイトル Developing Administrative Methods of Improving Narrow Roads and Administrative Action 2
URL http://hdl.handle.net/10723/1796
建築基準法上の「二項道路」と旧物法上の
「建築線」 (一項五号道路)に関する政策法学的分析
――行政争訟での政策目標の判断の視点から――
田 村 泰 俊
目 次 一 問題の所在 二 2項道路の政策目的
三 2009 年中野区建築審査会裁決 (1)事実の概要
(2)争点
(3)建築線に関する法制度と本件との関係 (4)審査会の判断
四 旧物法上の「建築線」とその法政策 (1)法 42 条2項と附則5項との関係 (2)建築線の法政策
五 法 42 条2項道路の法政策との関連 六 中野区裁決への政策法学からの分析 (1)政策面からの分析
(2)先行処分と後行処分との関係 七 課題と展望
――解釈論の限界と法制度設計の視点から――
一 問題の所在
旧来の,従来の,あるいは現在の行政法研究の傾向は,行政法一般理論の構 築を目標として来たことは周知のことであろう(1)。
そして,もちろんのことではあるが,筆者も,「行政法」一般理論の構築や
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それに基づく法制度設計それ自体の必要性は否定するものではなく,むしろ認 めて来た(2)わけである(3)。
ところで,行政法一般理論の「行政」の定義に関し,論じられる「控除説」(4) は,1つの合理性を有していることは否定し得ないように思われる。それは,
「統一性」(5)ではなく,「行政法」の代表的定義が「一群」(6)に焦点をあててい ることからも知ることができる。すなわち,行政に関連する具体的な法は,そ れぞれ個別の行政領域でのそれぞれ異った政策目標を持っているからに他なら ない(7)。
そこで,「行政法」一般理論,そしてそのフィード・バックを具体的な各行 政エリアに行う必要性は認められるとしても,「行政」(8)を「統一性」の中に概 念づけ,各具体的な行政エリアでの個別の政策目評を忘れることがあってはな らない。
そこで,この立場からは(9),「行政法」研究にあっては,政策目標とそれを 達成する法的ツールに着目しつつ(10)個別行政エリアでの分析と考察がぜひ必 要となる(11)。
そこで,政策法学からの(12)個別行政エリアの研究として,筆者は,建築基 準法をいわゆる2項道路(みなし道路)を中心に行ってきた(13)。
まず,この一連の研究では,包括指定に処分性を肯定した最高裁判例を批判 的に検討し(14),さらに2項道路の政策として,後にも本稿で概観するように,
その目標が狭隘道路拡幅にもある点を指摘しつつ,この視点からの施行規制の 改正(15),自治体での協議手法(16)の分析などを行ってきた。
ところで,この問題に,行政実務家の著作を手がかりに筆者が注目したのは 旧市街地建築物法上の「建築線」であった(17)。
最近,中野区建築審査会裁決で,この旧法上の「建築線」に関する注目すべ き裁決が示された。
加えて,最近,建築審査会では積極判断が示されるケースが目立ち(18),また
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このような傾向を受けて,建築審査会の機能強化の提言もなされている(19)。 そこで,本稿では,建築審査会での裁決の中で,2項道路の政策面を知りう る理解が示されたと考えられうるこの中野区の裁決に政策法学の視点から分析 を加えてみることとしたい(20)。
二 2項道路の政策目的
ここで,中野区建築審査会裁決の特徴,すなわち,行政争訟(もちろん,こ のコンセプトには司法も含む。ただ,行政不服審査とりわけ審査会によるそれは,テク ノロジーの専門家がメンバーとして入っているので,この特徴がより出やすいであろう し,その点では,司法に属する人々は,司法審査の不十分性が,ここに出易いことも知 るべきであろう)の判断にあたって,政策「目標」をどう捉え理解するのかと いう点を知る前提として,建築基準法上の2項道路の政策目的,しかも,わが 国の通説的アプローチが,これに関し,きつい表現を利用するとすれば,見落 としのあった点を,もう1度(21)ここで確認しておくこととしよう。
まず,2項道路の政策「目的」(目標とは言えないであろう)を,通説的理解は,
どこに置いてきたのかを,再びここで示しておくこととしよう。なお,ここで の通説的理解が,旧市街地建築物法下での扱いとも関連する点があるので,こ こでは,この点を見ておくことは必須のこととも思われる。
それでは,通説的理解での2項道路の政策「目的」を示しておくこととしよ う。それは,次のような目的であると言われる。現行建築基準法は,建築敷地 に接道する道路の幅員を,原則4メートル以上としている(法 24 条1項)。と ころで,これを現行建築基準法の制定にともない,その施行とともに全面的に 求めた場合,旧法下で接道要件を充足しているものと扱われていた原則4メー トル未満の道に接道している敷地上の建物が全て違反建築物となってしまうこ ととなる。これを,政策的に回避する必要性があったので,当時,まさしく「こ
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の章の規定が適用されるに至った際現に建築物が立ち並んでいる幅員4メート ル未満の道」に接道している敷地の建物を救済するというのが 42 条2項の政 策「目的」とされた(22)。
もちろん,筆者も,この 42 条2項のみを単独で,しかも表面上の文言のみ で解釈した場合,あるいは,法史学や法社会学的に,約 60 年近く前の「時点」
でこの条文やその立法趣旨が,旧法下ですでに建築済みである既存建築物の救 済にあったことは,「立ち並び要件」を条文が明示していることからも,それ を否定するものではない。
しかし,行政争訟の「現在の現実」では,約 60 年近く前の現況を証拠によっ て確定することには無理がある(23)。
加えて,このような現実の状況を踏まえ,2項道路は,後退線までのセット・
バックを求められるから,43 条但書通路などとも併用され,現実には狭隘道 路拡幅「目標」という政策「目標」に利用されることも多い。これを筆者は,
かつての論稿で,「道路拡幅による将来のまちづくりへとシフト」(24),「旧法下 の建築物の救済から道路拡幅へのウェートの移転」(25)と捉え,これを仮りに「42 条2項の政策化」(26)と呼んだ。
それでは,このいはば「42 条2項の政策化」はそもそも法制度から説明が つかないものなのだろうか(27)。本稿では,純法理論ではなく,実定法や各自治 体の政策現場からこれを見てみることとしたい。
さて,この旧法以来の実定法を政策現場で行政実務家の視点から,実は,最 低4メートル幅員を求める政策の根本に横たわるのは,安全なまちづくりとい う理解であることを実証したのが塩田徳二氏の著作であった(28)。
また,この安全なまちづくりが建築基準法における道路規定の根本であるこ とは,実務の傾向の中でも,争訟実務でも認められつつあると言ってもよいよ うである。1例だけ掲げるとすれば,最近の実務雑誌の1つは,平成 21 年1 月 14 日東京高裁判決(29)(新宿区に建設中のマンションにつき,避難通路の安全性に問
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題があるとして建築確認取消の判断が示された)と平成 18 年8月2日中野区審査 会裁決(法 52 条9項での容積緩和に関し,幅員6メートル道路への接道が要件とされ るところ,すみ切り部分のみが6メートルであり他は約 5.5 メートルしかないことを理 由に建築確認取消の裁決)を紹介している(30)。
ところで,旧法下,この安全性,安全なまちづくりと関係していたと考えら れるのが「建築線」であった(31)。そして,この「建築線」は,現行法たる建築 基準法 42 条1項にも引き継がれている(32)。
さて,最近,この旧法の「建築線」が現行法上の2項道路との関係で争点と なったケースの裁決例が示された。そこで,本稿では,この裁決例について分 析を加えてみることとする(33)。
三 2009 年中野区建築審査会裁決
(1) 事実の概要
平成 21 年9月 16 日中野区建築審査会裁決(34)にかかるケースの事実の概要 は,次のようなものであった。
本件審査請求人は,本件建築計画にかかる敷地が,法 42 条1項3号に定め る道路に,敷地西側が4メートルの幅で接道しているとして,接道要件の充足 を理由に,建築確認申請を行った。
ところで,処分庁との合議の中で,特定行政庁は,この敷地西側の道路につ いて,従来から 42 条2項,いわゆる2項道路として扱ってきていると回答した。
そこで,本件では,これを2項道路であるとした場合,わずかばかりではあ るが,わかり易く表現するとすれば第3者の土地が間に入ることとなり不接道 となる。
このことを理由に,処分庁は,「建築基準法第 43 条『建築物の敷地は,道路
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に2m以上接しなければならない。』に,計画敷地が適合していないため」を 理由として,確認済証の交付を行わない旨の処分とその通知(法6条 13 項)を 行ったというものである。
これに対し,審査請求が行われた。ところで,この審査請求の過程で,審査 請求人が主張する接道部分が,旧法での「建築線」でる可能性が出てきたとい うものだった。仮りにこれが旧法上の建築線である場合,旧法上の建築線は,
現行法附則5条により法 42 条1項5号道路になることとなる。
(2) 争点
以上の事実に関し,中野区建築審査会の裁決書は,本件の争点を次のように 整理している。
「(1) 1項3号道路関係
ア 本件敷地の西側道路が,請求人の本件確認申請時の記載のとおり,法 42 条1項3号に定める道路(以下『1項3号道路』という。)であると言え るか。
イ 仮にそのように言えたとして,その道路の位置及び本件敷地の接道状 況
(2) 附則5項道路(1項5号道路)関係
ウ 基準時において,本件両建築線が存在したことは認められるとして,
具体的にどの位置にどのような幅員で存在したか。
エ 附則5項によって,建築線が法 42 条1項5号に定める道路……(略)
……とみなされる道路……(略)……とされるためには,現況道路とし て築造されていたり一定の幅員を有している等の要件が必要か。
オ 附則5項により1項5号みなし道路となったとしても,その後長年に わたって築造されないままであった場合にどうなるか。
カ また,附則5項による1項5号みなし道路と重なる形で2項道路の取
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扱いがなされた場合,従前の1項5号みなし道路の効力はどうなるのか」
と整理している。
(3) 建築線に関する法制度と本件との関係
以上の争点を知るためには,旧法上の建築線に関する法制度と現行法との関 係を,具体的な争点との関連で知っておく必要がある。
そこで,この点も,少し長くはなるが,裁決書を見てみることとしたい。
その関連部分は,以下のようになっている。
「市街地建築物法(大正8年法律 37 号。以下『物法』という。)は,建築線とい う概念を導入し,建築物の敷地が建築線に接道することを求められていた(物 法8条)。そして,建築線には,道路敷地の境界をもって建築線と見なされる 法定建築線(物法7条本文)と,行政官庁によって指定される指定建築線(同条 但書)の2種が存在していたが,さらに,後者については,実務上は,行政官 庁が規則又は告示の形式により要件を定めて一般的,抽象的に指定する建築線
(以下『一括指定建築線』という。)と,行政官庁が特定の場所につき個別的,具 体的に指定する建築線(以下,『個別指定建築線』)とが存在した。そして,個別 指定に関しては,職権に基づく一方的な指定のみならず,利害関係人の申請に 基づく指定制度を設けている地域もあった。……(略)……上記の物法7条但 書に基づく個別的指定(個別指定建築線)として,警視総監は,昭和5年7月 24 日,告建第 4158 号をもって」,本件の具体的地域の「域内の特定の場所を『指 定の場所』とし,『建築間ノ距離(幅員)ノ十二尺,十八尺左図面の通』とし た建築線の指定をなした。この『指定ノ場所』には」具体的な土地が含まれて おり,これらの土地は地番からして現在の本件敷地及びその周辺隣地であるこ とが認められる。そして『左記図面』として添付された図面と併せ見るに,本 件敷地の西側付近……(略)……で『巾十八尺』と注記された建築線(以下『本 件西側建築線』という。)……(略)……本件敷地の南側付近……(略)……で『巾
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十二尺』と注記された建築線(以下『本件南側建築線』といい,本件西側建築線と 併せて『本件両建築線』という。)が,それぞれ指定されたことが認められる……
(略)……中野区北部地域においては,上記建築線の指定と同様の個別指定建 築線の指定が大正 14 年から昭和9年にかけて 40 回以上にわたって行われてお り……(略)……本件両建築線もその一部をなすものと認められる……(略)
……これら指定建築線は,農村地帯であった中野区北部地域において計画道路 的な要素をもって指定された……(略)……その後,昭和9年法律第 46 号によっ て,物法が大幅に改正され,建築物の敷地が前記の通り建築線に接しなければ ならないもの(接線義務)とされていたのが,道路敷地の接しなければならな いもの(接道義務)と改められ,『道路敷地ノ境界線』上にあるとされてきた法 定建築線が『道路幅ノ境界線』上にあるものと改められるなどしたが,個別指 定建築線であった本件両建築線の位置や幅員等には直接の変更は及ばなかった。
さらに,昭和 13 年法律第 29 号による物法改正でも,物法上の道路の最低幅 員が9尺(1尺は約 30.3cm)から4メートルに引き上げられるなどの変化があり,
これに伴って一括指定建築線の取扱いには大きな影響が及んだが,個別指定建 築線については直接の影響が及ばず,これによる本件両建築線の位置や幅員等 の変動は発生しなかった……(略)……昭和 25 年 11 月 23 日(以下『基準時』
という。),建基法が施行され……(略)……附則が設けられ,その5項(以下『附 則5項』という。)は
『(この法律前に指定された建築線)
5 市街地建築物法第7条但書の規定によって指定された建築線で,その間 の距離が4メートル以上のものは,この建築線の位置にこの法律第 42 条 1項5号の規定による道路の位置の指定があったものとみなす。』
と定めている。
この点,本件西側建築線は『十八尺』,すなわち,約 5.45mの巾(その間の距 離)で指定されており,また,基準時当事において本件両建築線が指定当時の
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内容で存在していたこと自体は処分庁及び特定行政庁も認めるところである
……(略)……建基法施行時点で中野区北部においては多数の指定建築線が存 在したものの,その相当数は定められた幅員のとおりに築造されないままに年 月が経過した。他方,これらの建築線のほとんどは廃止手続が行われないまま とされ,本件両建築線についても建築線としての廃止や変更の手続は少なくと も明示的にはなされないまま現在に至っている。
このような状況を踏まえ,特定行政庁においては,上記のように指定どおり の築造がなされないまま年月が経過した箇所に関して,指定建築線どおりの道 路の築造を事実上断念した上で,法令の要件を満たす部分についてはこれを法 42 条2項に定める道路(以下『2項道路』という。)と見なす運用を行ってきた と認められる」と説明を具体的経過を示している。
(4) 審査会の判断
以上の事実と建築線に関する法制度と本件との関係に対し,中野区建築審査 会の裁決の関連部分を見てみることとしたい。
裁決書は,以下のように述べている。
まず,法1項3号道路か否かについては,「基準時において,本件西側道路 が存在したことは一応認められるとしても,その幅員は本件敷地前面を除いて 総じて4mに満たなかったものと思われ,そうであるとすれば,本件西側道 路を,1項3号道路と解することはできない」としている。
そこで,次に建築線が争点とされることとなる。この点,裁決書は次のよう に述べている。すなわち,「基準時において本件両建築線が存在し……(略)
……その位置・幅員についても明確であったことが認定できるので,これを前 提に次に附則5項の適用関係について検討する……(略)……そもそも附則5 項適用の要件,すなわち基準時において現に4m以上の幅員の道路が築造さ れている必要があるのか否かについて検討する必要がある……(略)……①
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附則5項の文言を素直に読めば,要件とされているのは復員4m以上の(指定)
『建築線』なのであって,基準時における現況としての4m以上の幅員の道 路の築造は要件とされていないこと
② 実質的に考えても……(略)……現に築造されているのであれば,1項 3号道路として扱えばよいのであって,附則5項がわざわざ制定されたのは,
むしろ現況4mに満たない(あるいはまだ全く築造に至っていない)建築線のうち 一定要件を満たすものを,建基法制定以後も維持する趣旨であったと解される こと
③ むしろ,附則5項は法 42 条2項とともに,基準時時点で4mに満たな い幅員の道路に接した敷地を直ちに不接道状態に陥れることなく,他方で建て 替えが進むにつれて建基法が原則とする最低4mの幅員の確保が徐々に実現 することを想定して規定されたものと解されること……(略)……からすれば,
附則5項の適用要件として,基準時における現況としての4m以上の幅員の 道路の築造は必要とされていない……(略)……しかしながら,前述のとおり,
その後現在に至るまで……(略)……築造が長年にわたって行われない状態が 道路の法的性質に何らかの影響を及ぼさないかが問題となる。
この点,1項5号道路となるためには,位置指定処分(本件の場合は,みなし)
に加えて,現に道として築造されることが建基法上の道路になるための要件で あると解する説……(略)……昭和 40 年代ころ以降は道の築造に位置指定処 分を行う実務が定着していることも認められる。
しかしながら,
① 多数の地権者が関与している場合や直に建て替えの予定がない建築物が 面している場合などにおいては,道の築造後に位置指定を受けることは困難で あり,むしろ法 42 条1項5号はそのような場合の救済を念頭に置いている規 定であると解するべきであること
② そして,1項5号においては築造期間についての規定はなく(4号との
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対比),位置指定処分はそれだけで完結した処分であって,指定後の事情によ り処分が失効する規定も存在しないこと
③ 昭和 40 年代以降の取扱いは,実務上の不都合を回避するための取扱い であって,建基法の立法趣旨自体を直接に反映したものとは言えないこと ④ 仮に前記の説のように……(略)……道路築造を……(略)……要件と するならば,築造が実現するまでは道路(予定地)内の建築制限も及ばないこ ととなり,益々築造が困難となって法の趣旨や指定がなされた趣旨に反する
……(略)……と解するべきなのであって,当該位置指定道路が存在するもの として取り扱われるべきである……(略)……そこで,特に,本件敷地前面周 辺において2項道路として本件西側道路が取り扱われてきたことによって,1 項5号みなし道路の(みなし)指定が廃止されたり変更されたりしたと見る余 地がないのかが問題となる。
この点,上記2項道路としての取扱は,いわゆる一括指定……(略)……に 基づくものであると認められるところ,そもそも2項道路の制度自体は……
(略)……物法時代に接道要件を満たしているとされていた建築敷地につき不 接道が発生するという不都合を回避することを主眼に置いた制度と解される。
そうであるならば,本件のように指定建築線が存在し,これが附則5項によっ て指定建築線が存在し,これが附則5項によって1項5号みなし道路とされる ことによって不接道敷地の発生が回避されている道路(部分)については,一 括指定による2項道路の指定の効力は及ぼす必要性は乏しい。
また,仮に本件のように幅員 18 尺(約 5.45m)の幅員の1項5号みなし道路 があることを前提とした建築敷地が存在する場合に,後行の2項道路の一括指 定の効果を当該道路部分に及ぼして一律に幅員4mの2項道路と取り扱うこ とは,本件処分結果からも明らかなとおり不接道敷地を発生させるという極め て重大かつ深刻な不利益を敷地利用者にもたらす……(略)……場合には,少 なくとも2項道路の一括指定の効果を及ぼすことによって……(略)……1項
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5号みなし道路が消滅したものとみなすことは許されない」として,処分取消 しの裁決を行ったというものである。
以下,政策法学の視点から,若干の分析を試みてみることとしたい。
四 旧物法上の「建築線」とその法政策
(1) 法 42 条2項と附則5項との関係
ここで,政策法学の視点から(35)中野区建築審査会裁決の基礎となったケー スを分析するにあたり,旧市街地建築物法上の建築線と,それを支えた法政策 を確認しておくこととしたい。
さて,その前提として,まず,法 42 条2項道路と附則5項との政策的共通 項とでも言うべき点を,あくまでも実定法上の法的根拠から確認をしておくこ ととしたい。このことは,本件の具体的な法適用が,附則5項により法1項5 号道路となった道路を,その後,建築主事が法 42 条2項道路として扱ったと いう経過からも必要と考える。そして,それとともに,政策法学の視点からは,
共通の政策目標が存在している点を把握し確認することから,この両制度(附 則5項と 42 条2項)に横たわる政策の全体像を明らかにする点にも結びつける 予備的作業ともなろう。
この附則5項と法 42 条2項との関係につき,法律面から明確な説明を行っ ているのが関 哲夫博士の論稿であろう(36)。そこで,関博士の論稿から,関係 部分を引用してみることとしたい。そこでは,「関係権利者のうち,一人でも 承諾しない者がいる場合には,道路位置指定処分を受けることができない……
(略)……そこで,建築基準法は右のような道に対して,一定の要件のもとに,
①法律の規定により直接,幅員4メートル以上の道路を指定する,②特定行政 庁の職権により,幅員4メートルの道路を指定する―という二種類の経過措
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置を用意して救済することにした。前者は建築基準法附則5項,後者は法 42 条2項にそれぞれ定められている……(略)……市街地建築物法の時代には,
幅員4メートル未満の道路について,間隔4メートル以上の指定建築線の存在 している場合がしばしば見られた。このようなケースにおいては,建築線の中 間部分がのちに道路として築造されたものが多いし,そうでない場合も,これ に沿接する敷地の所有者等は,建築線から突出して建築できないことをつとに 覚悟してきたのである。このような事情を考え合わせると,間隔4メートル以 上の建築線が指定されている場合には,改めて法 42 条1項5号の規定に基づ く道路位置指定手続を要求することなく,これらの建築線の中間部分を,一律 に建築基準法上の道路とみなす措置をとっても,関係権利者の既得的地位を不 当に侵害することにはならないし,反面……(略)……増改築等に伴う接道義 務違反の発生といった無用の混乱を予防する意味ですぐれている。おそらくこ のような見地から,建築基準法は附則5項に前述のような規定を設けたものと 思われる……(略)……かくして,時の経過とともに,附則5項の規定により 指定されたみなし道路の位置に,幅員4メートルの現実の道路が,次第に形成 されることになる」(37)と述べられ,加えて2項道路については,「附則5項の 要件に該当しない道であっても基準時においてその沿道に建築が立ち並んでい たものについては,状況により救済措置を必要とする場合があるので,特定行 政庁が職権で,幅員(観念上の幅員)4メートルのみなし道路を指定しうるこ とにした」(38)と説明されている(39)。
以上の説明から,我々がともかくも知りうることは,附則5項による法 42 条1項5号道路と法 42 条2項道路は,無関係の別々の規定ではなく,同一の 政策目標,すなわち,関博士の言う「幅員4メートルの現実の道路が,次第に 形成され」(40)同時に「建築物が立ち並んでいたものについて……(略)……救 済」(41)するに求められていることを知りうるであろう。ただ,「建築線」の旧 法下の法運用からは,より積極的な法政策をさらに見い出すことができる。
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以下,それを見てみることとしよう。(2) 建築線の法政策
さて,中野区のケースは幅員約 5.45 メートル(当事の表記として 18 尺)とな る個別指定建築線が争点とされている。そこで,この種の建築線に関する旧法 下での法政策をここで検証してみることとしたい(42)。
この検討にあたって,まず,旧法下の文献を見たうえで,主にテクノロジー の分野を中心とする現代の文献を見てみることとしたい(テクノロジー関係の文 献から見る手法は,田村・前掲論文注(17)でもとった)。
まず,代表的と思われる旧法下の文献は,次のように述べている(43)。いくつ かの文献を引用してみることとしよう。
さて,この旧法下の代表的文献の記述を理解する前提として,この旧法下の 建築線がどのような法的な効果を有していたのかを確認しておくこととした い。関 哲夫博士の論稿によれば,この建築線の具体的な法律上の効果として,
次の4点が指摘されている。すなわち「①建築線突出建築の禁止……(略)
……②敷地の接線義務……(略)……③建築物の壁面位置の指定……(略)
……④斜線制限における起線」(44)である。
以上の効果を念頭に置きつつ,旧法下の文献を見てみよう。本稿注(36)掲 記の関 哲夫博士の論稿とともに,中野区建築審査会裁決が引用している当時 の文献(45)は次のように述べている。すなわち,建築線の指定は「都市計畫上 非常に不利益をうけるといふやうな場合にはそれらの地主の承諾なくとも法の 力により指定することが出來る」(46)あるいは,「將來の發展を豫想して理想的 な計畫を樹て此處に建築線の指定をすることもある」(47)又は「又交通頻繁なる 道路に面して大人數出入する建築物があるときは,基敷地の前の道路部分が交 通を害されることを防ぐため,道路敷地境界線より後退して基敷地内に建築線 を指定し……(略)……空地を造ることもある」(48)と述べている。
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また,別の当時の文献は,「積極的に此指定權を運用することに依り……(略)
……私道を助長統制し土地の發展と將來の交通保安に益し得る所極めて大」(49) とされたり「寧ろ建築線は區畫整理の前提としてすべき」(50)と説明されている。
以上の当時の文献を見ると,現在でいう「まちづくり行政」(51)に近い発想で あることを知ることができるように思われる。
ともあれ,次に,現代の文献,特に法律エリアではなく,テクノロジー関係 の文献からの分析を,そのエリアでの代表的文献から見てみることとしよう(52)。 なお,この場合,現在の実務の実例を知っておくことは,テクノロジー関係 の文献を理解する一助ともなろう。そこで,その一端を示しておこう。例えば,
道路と認定した市長の決定に異議が申し立てられたケースで,大阪市建築審査 会は,法施行時に附則5項による道路に関しては建築物が現に存在しているこ とを要件とするものではないという判断を示している(53)。また,平成 22 年施 行の建築基準法施行規則改正でも建築線は,道路台帳等の整備との関係で現実 的な意味を有している(54)。
さて,これらを念頭に置きつつ現代の文献による分析を見てみることとしよ う。例えば,代表的文献は,次のように述べている。すなわち,「市街地を整 備しようという基本的認識は,集団地の混乱の原因の一つは建築物の配列の乱 雑にあり,保安・衛生・美観等の問題もこれに基因する所が大きいとし,それ に対し建築物の配列統制の必要があると考え,建築線若しくは壁面の位置の指 定という手段により建築物を適当な位置に配しようとする考え方に根ざしてい る」(55)と分析されている。また,別の文献は,「行政官庁が計画を立案して,
一団の地域にわたって指定するものを『積極的指定建築線』と称し,法7条但 書の運用として最も妙味あるものとして,又,『公費を投せずして実現すべき』
都市計画として……(略)……多用された」(56)とその実情を説明している。さ らに,別の文献は,「積極的指定建築線は,その指定により新建築物の壁面を 後退させ,道路空間を計画的に拡幅及び新設しようとするもので,種として市
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街化進行地域において運用され,無秩序な市街化を防止し,道路空間の確保を 中心とした計画的な市街地整備を実現させるという,まさに,規制・誘導・整 備の3手法を合わせ持った計画的規制手法であった」(57)と評価している(58)。以 上のことからも,旧法下の建築線は,まちづくり,都市計画,道路拡幅にその 具体的な政策があったのであり,建物の存在を不要とする大阪市建築審査会の 裁決もこのことを示しているものと評価して良いであろう。
五 法 42 条2項道路の法政策との関連
すでに見て来たように,中野区建築審査会 2009 年裁決の具体的事実では,
当該道は,本来法附則5項による旧法の建築線を基礎とする法 42 条1項5号 道路と考えられるにもかかわらず,行政サイドの扱いは,法 42 条のいわゆる「2 項道路」として扱って来たことにその法律適用上の問題の1つがあった。
ところで,本稿四(1)で見たように,附則5項と 42 条2項には,政策的 な共通項が存在している。このことに留意しつつ,もう1度,2項道路の法政 策を見てみることとしよう(59)。
さて別稿で何度も指摘してきたように(60),2項道路の政策目的として,我国 の通説的見解等は,建築基準法制定時,基準日等にすでに建築はされているが,
その敷地が接道する道が基準法が求める4メートルに満たない場合,これを救 済することにあるという点に求めてきた(61)。いや,あえて筆者に言わせれば,
その政策「目的」に集約して,政策目的として理解して来た。
もちろん,誤解していただきたくないのは,「昭和 25 年当時」に焦点をあて れば,この政策目的に1つの合理性があったことまで筆者は否定するつもりは ない。ただ,「現在」は,それから 60 年以上の時の経過をなそうとしていると いう事実なのである。本来であれば,この 60 年という年月を考えれば,多く の建物は取りこわされ,新たな建物が建つ場合,中心線から2メートル線(後
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退線)までのセット・バックが大部分は完了され,4メートル幅員の道路を有 する都市が形成されているはずであった。
もちろん,これが実現されなかった理由には様々なものがあろう。法制度の 不備を1つ掲げれば,法はセット・バックは求めるが道路状に築造する義務を 負わせていない。あるいは,争訟処理技術面で言えば,当時の法 42 条2項が 法律要件として要求する建物の建ち並びの立証がほとんど困難である(62)など であろう。
しかし何と言っても重要な点は,もう1つの政策「目標」すなわち狭隘道路 を拡幅し,都市基盤の整備を行うという附則5項や2項道路共通の政策目標を 無視ないし忘れて来たことに求められるのではないかと,筆者は従来から考え て来た(63)。
ところで,本稿で示したように,法制度上からも,附則5項での法 42 条1 項5号道路と法 42 条2項道路は同じ共通のルーツ・目標を持った「経過規定」
のいわば車の両輪であった。であるとすれば,建築線の政策目標たる道路拡幅 等による都市整備という政策目標は,法 42 条2項にも当然に存在することと なろう。
現に,テクノロジーのエリアでは,むしろ「狭隘道路」というコンセプトで 把握する場合が多い(64),また,筆者が指摘した,いわば「2項道路の政策化」
とでも呼ぶべき行政実務(65)も,この表向きの法律論では,立ち並び要件等に より,無視され忘れられたと扱われつつ,現実には,この狭隘道路拡幅による まちづくり政策が現場では実務上,暗黙のうちに生き続けてきたと言えるのか もしれない。本稿注(21)で指摘した現実の現在の実務はその証左と言っても 良いであろうし,その場合,大阪市建築審査会での附則5項に関する裁決が建 物の存在を不要としていることとも,非常に逆説的ではあろうが,ある意味で の整合性を2項道路の現実の実務の一部は有しているようにも思われる。加え て,別稿でも分析を加えた,裁判所での司法判断での「推認」手法(66)も大阪
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市裁決と親和性あるいは共通の法思想が存在するもののようにも思われる。
六 中野区裁決への政策法学からの分析
(1) 政策面からの分析
本稿四・五で検証した旧物法上の建築線と現行法2項道路での政策面から,
2009 年中野区建築審査会裁決に若干の感想的分析を加え、そして示してみる こととしよう。
中野区審査会裁決は,結論として,本件道を附則5項に基づく法1項5号道 路とし,法 42 条2項道路としての行政サイドの扱いを否定した。その主要な 根拠は,不接道となる敷地を発生させることを防止するという政策目的に(す なわち,この種の道に接する敷地上の建物の救済),求められている。そして,それ は,判例や行政実務上,説得力を持った説明によるべきとの実務上の要求から は,当然,妥当なリーズニングと評価して良いであろう。
ただ,中野区裁決書も,この政策目的を「主眼に置いた制度」としているよ うに,別の政策目標のあることは認めていると考えてよいであろう。
ところで,そもそも幅員4メートルを求めたのは,昭和 13 年の旧物法改正 であったが,その政策は,「火災時の延焼防止と非難の確保」(67)に求められて いた(68)。一方,旧建築線は,現行法 42 条1項2,3,5各号に引き継がれてい る(69)。ただ,本稿でも見たように,附則5項による法 42 条1項5号道路と法 42 条2項道路は,同様の政策目標を有する経過規定であった(70)ことは留意さ れるべきである。
そうであるとするなら,政策法学の視点から見れば,狭隘道路拡幅が,建築 線や4メートル最低幅員の基本的な目標であるから,その種の道の中でどれを 基準法上の道路とするのかとの選択的要因として 42 条2項の立並び要件等の
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発想が出たわけであるから,1項5号と2項道路が重複した場合,より幅員の 広い1項5号道路として処理することが当然のこととなる。
加えて,政策「目標」(道路拡幅)からは,当然,築造はその要件とはされな いことともなる。
(2) 先行処分と後行処分との関係
次に,この附則5項と 42 条2項との関係で法理論上争点となるのは,建築 線の指定と2項道路との取り扱いの関係である。
さて,旧法下,建築線の指定は「行政処分の形式で地方長官が指定する」(71) とされていたので,まさに行政処分である。
一方,2項道路の一括指定は,最高裁判所の判決によれば行政処分とされて いる(72)。
本来,従来から筆者が示して来たように,理論的に一括(包括)指定を処分 ではないとしておけば,附則5項による旧法上の建築線指定処分のみが処分と なるから,本件のような場合何ら問題なく法1項5号道路となることとなる(こ のように附則5項との関係でも,平成 14 年最高裁判決は,きわめて問題の多い判決で あることを知ることができよう)。
しかし,一括・包括指定の2項道路を処分と判断しているから,これら2つ の処分の関係が法理論上問題となる。
さて,建築線指定を行う地方長官とは,東京では,警視総監であった(府県 では知事)(73)。そして,一括・包括指定は特定行政庁が行う。加えて,2項道路 として実際に処分を行ったのは建築主事にいうこれまた別の行政庁となってい る。
筆者のように,別の行政庁によるいわゆる「講学上の撤回」を許容する立場 に立てば(74),警視総監の処分を,特定行政庁と建築主事の関係を行政内部関係 と解したとして(75),後の2項道路との扱いで建築主事が「撤回」したと構成す
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ることも可能かもしれない(76)。しかし,通説のように別の行政庁による撤回 を認めない場合(77),中野区のケースの場合,2つの矛盾する処分が同時に存在 することとなる。これは,一括指定や包括指定をなした「告示」自体を違法と はなし得ない以上(78),きわめて困難な理論上の問題を発生さえることとなる。
この点,中野区裁決は「当該建築敷地との関係においては……(略)……1 項5号みなし道路が消滅したものとみなすことは許されない」と述べるに止 まっている。あるいは,阿部泰隆教授の「相対的行政処分論」(79)の影響がある のかもしれない。
なお,筆者の私見では,従来から筆者は平成 14 年判決は訴訟法上の処分性 を許容することにより単に「訴訟ルート」を認めただけと解しているので(80), 本件のような場合,後の2項道路たる取扱いを一括指定・包括指定とその結果 の具体的あてはめとの関係を,その道との関係での処分の無効確認で争うこと とするか(81),一括指定・包括指定は違法とはなし得ないので,具体的なあては め行為につき,2004 年行訴改正の趣旨から,当事者訴訟たる公法上の法律関 係確認の訴で争うこととなる(82)。
いずれ,ここでも一括指定・包括指定を,訴訟法上はともかく,実体法上の
「処分」とすることに無理があることは理解できよう。
七 課題と展望――解釈論の限界と法制度設計の視点から――
建築線は「ゆくゆくは建築線間の空間を道路とする狙いをもっていた」(83)あ るいは「都市計画的な意味をもって」(84)いた。その意味で,中野区建築審査会 の広い道路幅員を認めた裁決には,結論としての妥当性を認めてもよいと思う。
ただ,筆者は,従来から,そもそも2項道路での立ち並び要件などを廃止し,
現行法の道路規定をいはば「御破算」にし,狭隘道路解消という政策「目標」
から,抜本的に法改正を「現代の視点」から行うべきことを提言してきてい
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る(85)。実は,建築線の発想は,この法制度設計の視点からも参考となることを 知った。
それは,テクノロジーの文献からであった。従来から指摘しているように,
テクノロジーのエリアでは,むしろ「狭隘道路」問題として総合的にとらえら れている(86)。
さて,この旧法上の建築線につき,次のように指摘されている。それは「『建 築線』制度が新市街地形成の計画化の手法として再び注目されて来ている」(87) との指摘である。そして,それは,代表的な文献の言葉をかりれば,「今後の 類似的計画規制手法への技術的条件を得ようとする」(88)点にあるようである。
そして,建築線が注目される具体的理由は次のような点にあるとされる。す なわち,「物法時代に実施された建築線の制度を除けば,まったく各敷地と前 面道路と道路網の間に空間的秩序だてを見いだすことはできないし,現行の接 道義務に係る建築規制では無力であったといわざるをえない状態である」(89)と 指摘されている。
旧建築線制度が良いのかどうかはともかくとして,まちづくりの点から,こ れらテクノロジーからの指摘に対し,法律学のエリアからも,法制度設計の視 点から答えるべきではないかと考える。
加えて,以上の政策の現実を意識して行政法令上の争訟にあたっては,その 法令の具体的政策目的や目標を十分に踏えて政策目標に可能な限り近づけて判 断を加えるべきであろう。2項道路等での争訟では,建物の救済ばかりが判断 にあたり考慮されてきたのではないであろうか。中野区のケースは,都市計画 や狭隘道路拡張という基本的な政策面からも,その結論の合理性を説明しうる 限界線のケースであったと思われる(90)。
もちろん,根本的には,争訟判断レベルでの解釈論の限界はあるから,狭隘 道路については立法的解決が望まれることは言うまでもない(91)。
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注(1) そこでは,一般理論あるいは共通理論の構築の必要から,「行政」(「行政法」で はなく)そのものの定義を積極的に行おうとの発想が生じることとなろう。
代表的な,「法のもとに法の規制を受けながら,現実具体的に国家目的の積極 的実現をめざして行なわれる全体として統一性をもった継続的な形成的国家活 動」(田中二郎『新版 行政法 上(全訂第二版)』5頁(弘文堂,1974 年))が,まさに「国 家目的」「統一性」にウェートを置いたと思われることは,その1つの証左とな ろうか。この点に関する重要な分析として,塩野 宏『行政法 Ⅰ〔第五版〕
行政法総論』2 7頁(有斐閣,2009 年)参照。
(2) その意味では,塩野 宏教授の「行政の積極的定義がなければ,行政法学は学 問ではない,ということになりそうである……(略)……しかし,一方において,
行政について積極的定義が可能ではないということを率直に認めて,無理に定義 をすることを止めるというのも,学問的な態度」(塩野・前掲論文注(1)5頁)と の指摘から理解できるように,「行政」ではなく「行政法」の定義付けは可能と 思われる。筆者が注目する,その最も重要な試みとして,阿部泰隆教授の「国家・
公共団体が憲法的価値の枠内で,一定の政策目的(公共性)を,行政活動を通じ て実現するために行政機関に授権し(根拠規範),また,権限に枠をはめる(規制 規範)一群の法,およびそれに付随して,行政活動を統制し,私人等の救済を図 る法およびこれに関連する法をいう」(阿部泰隆『行政法解釈学 Ⅰ 実質的法治国家 を創造する変革の法理論』はしがき i頁(有斐閣,2008 年))を見れば,このことは理 解できよう。ここでは,注(1)で指摘した「行政」の定義での「国家目的」や「統 一性」(田中・前掲書注(1)5頁ではなく,むしろ,「政策目的」「一群の法」)(阿部・前 掲書注(2)はしがき
i
頁)に注目すべきこととなろう。(3) このエリアで筆者の1つの試みとして,規制目的での政府提起の訴訟に関する 研究として,田村『組織・企業と公的規制訴訟―RICO法研究―』(中央大学 出版部,2001 年)。この論文集では,ヘッジ・ファンド等への規制の必要性を金融 危機との関連で,規制法制の研究の立場から提言した。
その後,世界は,2008 年9月以降,金融危機やそれに関連する状況に直面する こととなった。やっと,ヘッジ・ファンド等への規制について議論される時代と なったが,このことは,このエリアでの規制の必要,法制度設計の必要というか つての筆者の指摘や関心の正しさを証明することとなった。それは,政府提起訴 訟につき,企業等の「体質改善を訴訟により実現する可能性……(略)……この ような点が,法制度設計という政策法学的視点から注目すべきではないか」(田村・
前掲書注(3)319 頁)という当時の筆者の指摘からも御理解いただけるのではな いかと思われる。その他,この点については,田村「非刑事没収・追徴とデュー・
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プロセス―合衆国憲法第4修正・第5修正の交叉適用の効果と限定―」明治 学院大学法学研究第 88 号 75 78,95 96 頁(2010 年)を参照されたい。加えて,
小島武司編『ブリッジブック裁判法〔第2版〕』43 44 頁(信山社,2010 年)。 政策法学からの行政法学の一般理論や法制度の研究の必要性の1例として掲記
した。
(4) 最も代表的な文献の1つとして,塩野・前掲書注(1)6頁。
(5) 田中・前掲書注(1)5頁。
(6) 阿部・前掲書注(2)はしがき i頁。
(7) それゆえ,行政の現実の担い手たる具体的な個別の行政エリアに,一般法理論 をどのように反映させるべきかが逆の意味で,重要ともなろう。この点,田村「自 治体政策法務の今後の展望」法律のひろば第 62 巻第4号 50 頁以下(2009 年)。ま た,国と自治体という枠組みから,統一性に疑問を示す,塩野・前掲書注(1)
4頁も,行政の「活動をなんらかの基準に基づいて分類することは,法的考察を 加える準備作業として意味のないことではない」(塩野・前掲書注(1)7 8頁)と 述べられている。
(8) 「行政」概念を分析する重要な文献として,塩野 宏「行政概念論議に関する 一考察」同『法治主義の諸相』3頁以下(有斐閣,2001 年),今関源成「『行政』概 念の再検討」公法研究第 67 号 160 頁以下(2005 年),中川丈久「立法権・行政権・
司法権の概念の序論的考察」『塩野 宏先生古希記念 行政法の発展と変革 上』
331 頁以下(有斐閣,2001 年),これらの文献を引用する塩野・前掲書注(1)2頁 以下。
(9) 行政法一般法理から,個別行政エリアを見る筆者の試みとして,田村編著『最 新ハイブリッド行政法〔改訂版〕』(八千代出版,2006 年)。
(10) この法学的ツールについては,とりあえずは,田村泰俊=千葉 実=吉田 勉 編著『自治体政策法務』(八千代出版,2009 年)を参照されたい。本書に対する書 評として,山口道昭・政策法務ファシリテータ第 25 号 10 頁(2010 年),本書を紹 介するものとして,地方自治職員研修 2010 年1月号 96 頁,Governance 2009 年
December 134 頁。
(11) この点に関する筆者の見方として,田村「建築基準法上の二項道路と公法上の 法律関係確認の訴での違法性―違法性承継雄論を手がかりに―」『慶應義塾 創立 150 年記念法学部論文集(公法Ⅱ)』185 186 頁注(13)(慶應義塾大学法学部,
2008 年)。なお,この点(行政法一般理論と個別行政エリアとの関係に関する一般論)は,
本稿の直接のテーマではないので関連文献の引用は略するまた略したことをおこ とわりしておく。
(12) 筆者の政策法学の研究は,阿部泰隆教授の政策法学から多くの示唆を受けてい
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る。阿部教授の政策法学に関する代表的著作として,阿部泰隆『政策法務からの 提言』(日本評論社,1993 年),同『政策法学の基本指針』(弘文堂,1996 年),同『政 策法学と自治条例』(信山社,1999 年),同『政策法学講座』(第一法規,2003 年)。
(13) 2項道路以外の論稿としては,例えば,田村「建築基準法 43 条2項に基づく 条例上の『認定』と行政争訟における処分性」明治学院大学法学研究第 81 号 29 頁以下(2007 年)。なお,本稿では東京都建築安全条例上の「認定」につき,処分 性を否定した新宿区建築審査会裁決に対し,処分性を肯定すべきことを提言した。
2009 年最高裁判所は「認定」について処分性を肯定する判断を示した(最(一小)
判平成 21 年 12 月 17 日判時 2069 号3頁)。
(14) 田村「行政事件訴訟法における訴訟ルート選択の混乱と処分性の問題―建築 基準法上の『包括指定』たる2項道路を契機として―」明治学院大学法学研究 第 76 号 125 頁以下(2003 年),同「建築基準法上の2項道路と救済―改正行政 事件訴訟法と行政不服審査法をめぐって―」慶應義塾大学法学研究第 78 巻第 5号 271 頁以下(2005 年)。
(15) 田村「建築基準法上の2項道路と施行規制の改正に伴う行政訴訟での要件判断
―信義則に関する2つの判例を手がかりに―」明治学院大学法学研究第 85 号1頁以下(2008 年)。
(16) 田村「建築基準法上の2項道路と条例等による協議手法―協議内容違反と自 治体による民事訴訟の可否―」慶應義塾大学法学研究第 81 巻 12 号 347 頁以下
(2008 年)。
(17) 田村「建築基準法上の2項道路と行政事件訴訟法上の処分性再論―当事者訴 訟の利用と立法論への要望―」明治学院大学法科大学院ローレビュー第7号4 頁(2007 年)。
(18) その一端について,田村「行政不服審査法から見た建築基準法・都市計画法」
明治学院大学法律科学研究所年報第 25 号 315 頁以下(2009 年)。
(19) 全国建築審査会協議会『建築審査会の機能強化に向けた法制度上の対応に関す る建議書』(2009 年 10 月)。ここでは,「再審査制度廃止」「指定確認検査機関の資 料提出義務等」がその内容となっている。
(20) そこで,本稿での文献の引用,ここまでの注(1)(19)も含め,全て本稿の目 的に必要な範囲からなされ,関係文献の全てを掲記しているわけではないことを おことわりしておく。
(21) この点について,筆者は,行政実務の現実や,行政実務家からのヒアリングや それらの人々の著作から,指摘し続けてきている。例えば,田村・前掲論文注(17)
5頁では,これを「2項道路の政策化」として示した,また,田村・前掲論文注
(16)35 頁。なお,行政実務家からのヒアリングによれば,行政実務家間では,
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法律要件たる「立並び要件」を充足していなくとも2項道路として扱った例が存 在するようである。このことも,立法的解決の必要を示すものではあるが,そも そもの政策目標の見落しや無視に原因があることは忘れてはならない。
立法的解決についての提言は,田村・前掲論文注(16)362 頁,田村・前掲論 文注(15)18 頁,田村・前掲論文注(17)8頁。なお,政策法務の中の国法改革 法務からの視点については,田村・前掲論文注(7)52 53 頁。また,2項道路 の包括指定に処分性を許容した最高裁判例を例に,筆者は,口頭報告ではあるが,
「判例改革法務」というコンセプトもありうるとの考えを示した,2009 年 11 月 24 日岩手県政策法務研究会及び岩手県立大学院(公共政策研究所)合同研究会。こ の口頭報告の記録は,その後「自治体政策法務の最近の状況―政策条例,訴訟対 応の状況を中心に―」として『2009 年度公共政策フォーラム報告書―講演録―』
(岩手県立大学大学院総合政策研究科公共政策特別コース,2010 年)として保存されて いる。なお,保存された報告の講演録も含め口頭報告であったことや本稿の直接 の対象でないことから,かりに同様の表現をとる文献があるとしても引用は省略 すること,講演録では省略したことをおことわりしておく。
(22) 金子正史『まちづくり行政訴訟』64 65 頁(第一法規,2008 年),荒 秀編『新建 築基準法 50 講(補訂版)』32 頁(有斐閣,1998 年)。
(23) 筆者も,所属する建築審査会で,「当時」の航空写真等による判別の経験を有 するが,この経験からも,現時点で約 60 年前の現況の立証は相当困難であるこ とを承知している。なお,松本 忠「建築基準法の道路に関する図面・調書の整 備及び閲覧について―建築基準法施行規則改正(指定道路関係)の概要―」都 市計画第 269 号 130 頁(2007 年)。
(24) 田村・前掲論文注(17)6頁。
(25) 田村・前掲論文注(17)5頁。
(26) 田村・前掲論文注(17)5頁。
(27) 理論的には,憲法学には「憲法の変遷」という理論があるようであるから(例 えば,橋本公亘『日本国憲法〔改訂版〕』44 頁以下(有斐閣,1988 年),川添利幸『憲法保 障の理論』49 頁以下(尚学社,1986 年)),いはば「条文を支える政策の変遷・法律の 変遷」といった構成もありうるのかもしれない。なお,「政策あるいは法律の変遷」
等の表現を利用する文献が仮りに他にあったとしても,理論的考究は本稿の目的 ではないので文献掲記は略することとさせていただく。
(28) 塩田徳二『建築行政と道路問題(杉並区狭あい道路拡幅事業とその実態)』(財団法人 杉並区まちづくり公社,1999 年)。
(29) 最高裁判所も 2009 年このケースについて違法判断を示した(最(1小)判平成 21 年 12 月 17 日判時 2069 号3頁)。
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(30) NIKKEI ARCHITECTURE 2009 年 11 月 23 日号 44 45 頁。
(31) 塩田・前掲書注(28)38 頁,田村・前掲論文注(17)4頁。
(32) 塩田・前掲書注(28)38 頁,田村・前掲論文注(17)4頁。
(33) なお,筆者は,42 条2項は,「立並び要件」なども撤廃し,狭隘道路拡幅とい う政策目標から根本的な改正を求めるべきだと考えている(例えば,田村・前掲論 文注(7)では,これを国法改革法務との関連で論じた)。
なお,立並び要件については,石森久広「建築基準法第 42 条第2項『みなし 道路の判断基準―『現に建築物が立ち並んでいる』の意義―」熊本県立大学 アドミニストレーション第7巻第1号 101 頁以下(2000 年)。
また,最近,国と自治体の協議機関の設置が議論されているが,もし実現した 場合,2項道路に関する法改正が議論されることをぜひ望みたい。協議機関につ いては,とりあえずは,上林陽治「〔資料紹介〕地方分権改革推進委員会『第3 次勧告―自治立法権の拡大による「地方政府」への実現へ―』について」自 治総研 2009 年 11 月号 78 頁以下,国法改革法務については,東京都市町村職員 研修所編『これだけは知っておきたい政策法務』79 頁以下(公人の友社,2004 年)。
(34) 21 中建審・請第1号。
(35) 本稿は,政策法学の視点・立場から,中野区の裁決やその基礎となった事実を 分析するというアプローチを採っているので,中野区建築審査会が実際にはどう 考えたのかという点とは関係を有しない。あくまでも,政策法学の立場から今後 の法政策を考えようとすることをその目的としている。
(36) 関 哲夫『新訂 建築基準法の基本問題』(ぎょうせい,1989 年)。
(37) 関・前掲書注(36)157 158 頁。
(38) 関・前掲書注(36)159 頁。
(39) また,ほぼ同趣旨の説明は,関・前掲書注(36)217 頁以下。
(40) 関・前掲書注(36)158 頁。
(41) 関・前掲書注(36)159 頁。
(42) 附則5項を介して旧法下の建築線が現実に争点とされた裁判例として,東京地 判平成 11 年9月 22 日判例自治 203 号 86 頁は,将来に向っての道路整備を重視 している。このような現在の紛争への法令適用にあたっても,旧法下での法運用 の検証はぜひ必要と考える。
(43) 旧法下の「建築線」は,歴史的あるいは法の継受の点では,プロシャの
Stra- ßen und Baufluchtlinie Gesetz にその基があるとされているが,この法律について
最近のテクノロジーからの論文では,当時の文献として,「プロシャ建築線法」都市公論第7巻第2号(大正 13 年),『プロシャ建築線法』(帝都復興院,大正 12 年), 菊池慎三『都市計画と道路行政』(崇文堂出版部,昭和3年)が引用され,この経過
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が説明されている,東京大学都市工学科日笠研究室(日笠 端=日端康雄=渡辺輝明)
『住宅市街地の計画的制御の方策に関する研究(1)』140,170 171 頁(財団法人 第一住宅建設協会,1978 年)。
(44) 関・前掲書注(36)142 143 頁。
(45) 中山元晴『圖解及書式付 市街地建築物法の解釋と手續』(工業書院),なお発 行年は奥付が欠けているので確認できなかった。
(46) 中山・前掲書注(45)97 頁。
(47) 中山・前掲書注(45)94 頁。
(48) 中山・前掲書注(45)95 頁。
(49) 伊東五郎「警視廳に於ける建築線指定の状況」建築雑誌昭和7年1月号 55 56 頁。
(50) 中村 綱「建築線活用の妙味」都市公論」第 21 巻7月号 39 頁(1938 年)。
(51) このコンセプトについては,金子正史『まちづくり行政訴訟』(第一法規,2008 年)
参照。
(52) その他,本稿の視点からの旧法下の代表的文献として,古川静夫「建築線指定 による区画整理」都市問題第 11 巻第4号(1930 年),同「建築線の指定と防火地 区の完成(1)」都市公論第 13 巻第2号(1930 年),和田甲一「区画と建築線指定」
都市公論第 16 巻第6号(1933 年)。その他,ここにも引用した文献を含め,建築 線関係の文献については,石田頼房=池田孝之「建築線制度に関する研究・その 1」総合都市研究第6号 71 頁(1979 年)参照。
(53) http://www.hiraoka.rose.ne.jp/A2/ocssssj590708.htm (2009 年4月7日現在)。
(54) 『建築基準法道路関係規定運用指針の解説』7頁(国土交通省,2007 年)。
(55) 東京大学都市工学科日笠研究室・前掲論文注(43)140 頁。
(56) 石田=池田・前掲論文注(52)39 頁。
(57) 池田孝之「建築線制度による細街路形成過程と形成条件に関する考察―東京 杉並区・大田区のケーススタディー―」昭和 54 年度第 14 回日本都市計画学会 発表会 49 頁。なお,その後の杉並区の実情については,塩田・前掲書注(28)。
(58) また,建築線指定が「区画整理の速成」にあったことを指摘する,大河原春雄『都 市発展に対応する建築法令』50 頁(東洋書店,1991 年)。
(59) なお,関 哲夫博士は,「建築線と道路とは,従来しばしば混同されてきたが(建 築基準法 42 条2項の道路の境界線又は同法 47 条にいう壁面線を建築線と俗称するなど), 両者は明らかに異なる概念である」(関・前掲書注(36)141 頁)と指摘されている。
なお,筆者などに言わせれば,このような混同が生じる理由は,附則5項と2 項道路とも「共通」の政策目標があるからに他ならないからだと考える。
(60) 田村・前掲論文注(14),注(15),注(17)参照。
(61) この点,田村・前掲論文注(16)参照。