図-1 板バネ支持式小型振動台
0 2 4 6 8 10
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
δrs (cm) 斜面角度θ:29°
f1≒2.7Hz : f2≒2.5Hz : f3≒2.2Hz : f4≒2.0Hz :
EEQ (J)
斜面崩壊開始の閾値
図-2 振動エネルギー E
EQと平均変位量 δ
rsの関係
0 2 4 6 8 10
0 100 200 300 400 500 600 700
斜面崩壊開始の閾値 f3≒2.0Hz
f3≒2.2Hz f2≒2.5Hz 斜面角度θ:29°
f1≒2.7Hz : f2≒2.5Hz : f3≒2.2Hz : f4≒2.0Hz :
f1≒2.7Hz
(a)MAX (gal)
δrs (cm)
図-3 最大加速度 (a)
MAXと平均変位量 δ
rの関係
地震時斜面崩壊開始のエネルギー閾値についての模型実験と 斜面安定性評価への適用
Model experiment on threshold energy of slope failure initiation during earthquakes and application to slope stability evaluation
土木工学専攻 15 号 小栁 智行 Tomoyuki KOYANAGI
1. はじめに
従来,地震時の斜面安定の評価には,静的震度を考 慮した滑り面法や加速度時刻歴を用いた Newmark 法
1)
が用いられてきたが,これらの方法で崩壊後の大き な変形量や下流への影響範囲を評価することは困難で ある.本研究では,これまで斜面崩壊のエネルギーバ ランス
2)を用いて,エネルギーの観点から流動変形量 を定量的に評価することを目指し,振動台を用いた模 型実験を行い,単純な剛体ブロックモデルにより複雑 な崩壊を評価できる可能性を明らかにしてきた
2).さ らに崩壊が始まる閾値についても通常使われている加 速度よりも振動エネルギーの方が適していることも明 らかになった.その実験結果の概要を以下に述べる.
図-1 に示すような板バネ支持式小型振動台の上 に矩形アクリル土槽を載せて模型斜面を作製し,振 動台を水平方向に初期変位まで引張り,切り離すこと により模型斜面に自由減衰振動を与える.模型斜面は,
土槽内に豊浦砂を用い作製した.また斜面変形に使 われるエネルギーだけを挿出するために,数個のコ ンクリート円柱からなる同じ質量の剛体モデルを用い 同様な実験を行った.これら 2 つの減衰振動波形を比 較することにより,模型斜面の滑動に使われる振動 エネルギーE
EQを算出した.
図-2 は,模型斜面表面の水平変位 δ
rsと振動エネル ギーE
EQとの関係を示している.図より,振動数 f にほ とんどよらず,1 本のカーブでほぼ近似できることが わかる.また近似曲線は縦軸の原点より上を通り,斜 面の変形が生じ始める振動エネルギーの閾値がやはり 振動数 f によらず一意的に定まることがわかった.図 -3 は,各試験での最大加速度(a)
MAX(1 波目の値)と 平均変位量 δ
rsの関係を示している.その結果,最大加 速度(a)
MAXと平均変位量 δ
rsの関係は入力振動数 f によ り変化し,崩壊が始まる閾値も入力加速度では一意的 に決まらず,エネルギーのように普遍的な関係は見ら れない.
しかし,斜面崩壊の閾値がなぜエネルギーで一意的 に決まるのかその根拠は解明されていない.そこでこ こでは,砂斜面上で剛体ブロックモデルを滑動させる 振動台実験と,水平力による引張実験を行い,両実験 を比較することで斜面崩壊の閾値がどのような条件で 決まるかを検討した.また,これまでの模型実験から 得た知見に基づいて既往の斜面崩壊事例の分析を行い,
自然斜面における斜面崩壊開始のエネルギー閾値の評 価を試みた.
2. 実験方法
ⅰ)振動台実験 :図-4 に示す装置を使用し,アクリル
製土槽( 100×37×7cm)の中に豊浦砂により一定厚さ,一
定密度の砂層を作成する.この砂層を所定の角度 θ に傾 けて振動台に設置し,その上に,底面にサンドペーパー を張り付けた鉄製の剛体ブロック(大きさ 30cm×20cm,
厚さ 3.2cm,質量 15kg)を載せ,振動台を水平方向に一
定変位まで引っ張り切り離すことにより模型地盤に自由 減衰振動を与えることにより砂層斜面上を滑らせる.実 験条件として,砂層厚を 0cm ~6.5cm(層厚 0cm の場合 は金属の板を使用) ,傾斜角度を 13°, 15°, 17°, 20°
と変化させた.また,剛体ブロックの滑りによる損失エ
ネルギーを算出するために,同じブロックを完全に固定
した条件との対比を行った.
図-4 振動台実験装置
図-5 引張実験装置
0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 100 200 300 400 500 600
1.7Hz1.9Hz 2.2Hz2.0Hz
層厚0cm(金属板)
f1≒1.7Hz f2≒1.9Hz f3≒2.0Hz f4≒2.2Hz
斜面角度15°
最大加速度 (a)MAX (gal)
剛体ブロック水平変位δ r(cm)
層厚6.5cm f1≒1.7Hz f2≒1.9Hz f3≒2.0Hz f4≒2.2Hz
図-6 斜面角度15°での振動台実験における最大加速度 (a)
MAXと 剛体ブロック水平変位量 δ
rの関係
0 1 2 3 4 5 6 7 8
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
層厚0cm(金属板)
f1≒1.7Hz f2≒1.9Hz f3≒2.0Hz f4≒2.2Hz
斜面角度15°
層厚6.5cm f1≒1.7Hz f2≒1.9Hz f3≒2.0Hz f4≒2.2Hz
剛体ブロック水平変位量δr(cm) 振動エネルギーEEQ(J)
図-7 斜面角度15°での振動台実験における振動エネルギー E
EQと剛体ブロック水平変位量 δ
rの関係
(ⅱ)引張実験 :振動台実験での水平慣性力を忠実 に再現するために, 図-5 に示すように同じ剛体ブロ ックと砂地盤を使用し,モーターにつないだワイヤ ーにより剛体ブロックを一定速度で水平に引っ張 る実験を行った.
3. 実験結果
3.1 振動数の違いが及ぼす影響
図-6 は,斜面角度 15°の条件で行った剛体ブロッ ク振動台実験の結果を図-3 の砂斜面モデルと同様に 整理し,異なる入力振動数 f に対する最大加速度と剛 体ブロック水平変位量 δ
rの関係を, 0cm と 6.5cm の層 厚について示している.層厚 6.5cm の結果(白抜き記 号)に着目すると,振動数を f=1.7~ 2.2Hz まで変化さ せたときに振動数により滑動開始閾値に差異が生じて いることが分かるが,その差は既往の砂斜面モデルほ ど大きくはない.その理由としては,砂斜面モデルに 比べて砂層内部のせん断ゾーンが狭くて,剛体斜面上 の剛体ブロックモデルの滑りに近いため,加速度の直 接的影響が高まったことが考えられる.また図-7 は,
同じ実験で得られた異なる入力振動数 f に対する振動 エネルギーE
EQと剛体ブロック水平変位量 δ
rの関係を 同じ二種類の層厚について示している.層厚 6.5cm の 結果(白抜き記号)に着目すると,既往の砂斜面モデ ルと同様に両者の間には振動数によらない一意的な関 係が見られることがわかった.
次に,図-7 の層厚 0cm の結果(塗り潰し記号)に着 目すると,振動エネルギーE
EQと剛体ブロック水平変位 量 δ
rの間には層厚 6.5cm の結果と同様に振動数によらな いほぼ一意的な関係が見られた.しかし図-6 に示すよう に,多少のバラツキはあるものの変位量と最大加速度の 間にも振動数によらないほぼ一意的な関係が見られる.
これは剛体斜面上で剛体ブロックが滑ることから,剛体 ブロックの滑動による砂のせん断変形などの剛体ブロッ クと滑り面との摩擦以外のエネルギー損失が生じないた め,加速度によっても一意的な評価ができたと考えられ
る.以上のことから,広いせん断ゾーンを伴うような斜 面崩壊については,加速度よりもエネルギーによる評価 の方が適しているといえる.
3.2 滑動開始変位量の算出
図-8 は,引張実験における引張力と剛体ブロック の水平変位の関係のグラフである.この図から,剛 体ブロックが動き出してからごくわずかな変位 δ
cで引 張力はピーク値 F
maxに達し,その後徐々に低下するこ とがわかる.これより,変位が δ
cに達するまでは剛体 ブロックが砂と共に滑動し,それ以降から剛体ブロッ クのみの滑動が始まっており,引張力が最大値に達す るまでのエネルギーは斜面上のブロックが振動時に滑 動開始するエネルギー閾値に関係していると考え,図 中の斜線部分のエネルギーを静的エネルギーE
SEとし,
これに着目して以後の検討を行った.
図-9 は,層厚 6.5cm の条件で行った引張実験におけ
る静的エネルギーE
SE,振動台実験における 1 波毎の
振動エネルギー Δ E
EQの閾値と斜面角度との関係を示
している.図中のプロット点は E
SEの値を,図の右側
の矢印はその平均値を示しており,図中の両端矢印は
Δ E
EQの閾値範囲を示している.これより,両実験の
エネルギーは斜面角度ごとにおおむね対応する値とな
ることから,振動台実験における 1 波毎の振動エネル
ギーの閾値を静的引張実験における静的エネルギーで
表せることがわかった.
0 1 2 3 4 0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
水平引張力(kgf)
剛体ブロック水平変位(mm)
F
maxδ C
E
SE図-8 引張力と剛体ブロック水平変位の関係
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22
0.000 0.005 0.010 0.015 0.020 0.025 0.030 0.035 0.040
層厚6.5cm θ=13°
θ=15°
θ=17°
θ=20°
静的エネルギーESE(J)
斜面角度θ (°)
図-9 両実験におけるエネルギーの比較
水平引張力:F
剛体ブロック重量:Mg θ
図-10 引張実験における力のつり合い
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0
層厚:6.5cm θ=13°
θ=15°
θ=17°
θ=20°
引張実験における滑動開始変位量δc (mm)
振動台実験における滑動開始変位量δc (mm)
図-11 剛体ブロックを用いた振動台実験と引張実験に おける滑動開始変位量 δ
cの比較
10 12 14 16 18 20 22 24 26 28 30 0.0
0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
滑動開始変位量δc (mm)
斜面角度θ (°) 剛体ブロック実験 砂斜面模型実験 ガラスビーズ斜面模型実験
図-12 剛体ブロック実験,斜面模型実験における 滑動開始変位量 δ
cの比較
図-10 は,引張実験における剛体ブロックの力のつり 合いの図である.摩擦角をφとすれば,斜面方向の力の つり合いから水平引張力 F は
tan tan
F Mg Mgtan
1 tan tan
・・・① となる.
そして,静的エネルギーE
SEと F
max× δ
cより求まる長方 形部分のエネルギーとの比を α とすれば,
SE max c
E F α ・・・② と表せる.
自然斜面における崩壊開始エネルギーの閾値を検討す るための基礎として,振動台実験における滑動開始変 位量 δ
cの算出が重要だと考えられる.そこで,引張実 験における静的エネルギーE
SEと振動台実験における 1 波毎の振動エネルギー Δ E
EQの閾値とは斜面角度ご とにおおむね対応するという結果から, Δ E
EQのエネ ルギー閾値から振動台実験における δ
cを逆算すること を試みた.すなわち,式①,式②から δ
cは
EQ c
ΔE αMgtan
・・・③ と定義できる.
そして図-11 は,静的引張実験における δ
cの平均値と,
式③から算出した振動台実験における δ
cの平均値の関 係を示したグラフである.この図より,両者は斜面角 度ごとにおおむね等しくなり,振動台実験における滑 動開始変位量を静的引張実験から算出できることがわ かった.
次に,既往の砂斜面模型実験
2)とガラスビーズで作 成した模型斜面の実験
3)について,剛体ブロックの実 験と同様に滑動開始変位量 δ
cの算出を試みた.なお,
斜面模型実験における α は引張実験から算出された値 の平均値である 0.8 に統一し,質量は崩壊質量を用い た.そして,剛体ブロックの実験(層厚 6.5cm ) ,斜面 模型実験について算出した δ
cの平均値と斜面角度の関 係を示したグラフが図-12 である.このように,すべ ての実験において斜面角度が大きくなるにつれて δ
cは 小さくなる傾向が見られたことから,斜面角度が大き いほど, より小さな変位で滑動開始することがわかる.
また,斜面模型実験の方が剛体ブロックの実験に比べ て滑動開始変位量は大きいが,これは砂層内部のせん 断ゾーンの広さによるものだと考えられる.
4. 自然斜面崩壊への適用
これまでに述べた,モデルの異なる多種の模型実験 から得た知見を基に既往の斜面崩壊事例の分析を行い,
自然斜面における斜面崩壊開始のエネルギー閾値に ついての検討を行った.対象とした崩壊は,2004 年新潟県中越地震で発生した旧山古志村桂谷羽黒山 トンネルにおける崩壊(図-13)であり,エネルギー法 による逆解析結果
4)を表-1 に示す.まず,基盤におけ る入射エネルギーを算出するために,地震による地盤 の非線形化の影響を考え,崩壊地付近の地表で観測さ れた加速度時刻歴から等価線形解析により基盤での加 速度時刻歴を算出し,基盤における上昇波の速度時刻 歴を求めた.地震計設置点の地盤条件を表-2 に示す.
なお,今回は斜面崩壊下流方向の速度成分が崩壊に寄
与していると考え,速度成分を崩壊方向(NS 方向か
ら反時計回りに 73°)とその直交方向に分解した.こ
のように算出した速度の値とインピーダンスからエネ
ルギーフラックス ρV
s(du/dt)
2[kJ/m
2/s]を算出し,斜面崩
壊下流方向の速度成分から算出したもののみを示した
グラフが図-14 である.次に,図中の各山のエネルギ
ーについて崩壊方向と崩壊直交方向の全累積エネルギ
ーとの比を求めた.そして, 表-1 に示すマグニチュー
ドと震源距離から算出した斜面崩壊に使われる震動エ
図-13 対象とした崩壊
0 5 10 15 20 25 30
0 50 100 150
新潟県中越地震 羽黒トンネル 基盤の地震波より算出 崩壊方向
(速度が下流方向のみ)
エネルギーフラックス ρVs(du/dt)2 (kJ/m2/s)
時間(s)
①
②
③
④
⑤
⑥
図-14 基盤における斜面崩壊下流方向の速度成分から 算出したエネルギーフラックスの時刻歴
表-1 対象とした崩壊のデータ
崩壊前斜面勾配θbe (°)
斜面崩壊に使われる 震動エネルギーEEQ
(kJ/m2)
崩壊土平面積A (m2)
崩壊土質量M (t)
崩壊土厚さD (m)
等価な摩擦角φ (°)
36.1 145.82 10234.00 150300.00 8.18 25.26
表-2 地震計設置地点の地盤データ
層番号 層厚
(m) Vs (m/s)
密度 (t/m3)
減衰定数
(%) 地盤材料
1 5 110 1.8 10 細砂
2 5 200 1.8 5 砂礫
3 14 260 1.7 5 風化泥岩
4 9 310 1.9 5 風化泥岩
5 基盤層 590 1.9 0 砂岩、泥岩
表-3 滑動開始ひずみの計算結果
滑動開始摩擦角(°)
⊿Ei※(kJ/m2)
① 15.6 75.70 37.84 25.21 18.89 15.10 12.57 10.76 9.40 8.34 7.49 6.80 6.22 5.72 5.30 4.93 4.61
② 0.2 0.83 0.41 0.28 0.21 0.16 0.14 0.12 0.10 0.09 0.08 0.07 0.07 0.06 0.06 0.05 0.05
③ 3.6 17.63 8.81 5.87 4.40 3.52 2.93 2.51 2.19 1.94 1.74 1.58 1.45 1.33 1.23 1.15 1.07
④ 3.9 18.82 9.41 6.27 4.70 3.75 3.12 2.67 2.34 2.07 1.86 1.69 1.55 1.42 1.32 1.23 1.15
⑤ 1.0 4.74 2.37 1.58 1.18 0.95 0.79 0.67 0.59 0.52 0.47 0.43 0.39 0.36 0.33 0.31 0.29
⑥ 0.4 2.08 1.04 0.69 0.52 0.41 0.35 0.30 0.26 0.23 0.21 0.19 0.17 0.16 0.15 0.14 0.13
47.1
滑動開始ひずみの計算 単位:%
37.1 38.1 39.1 40.1 41.1 42.1 43.1 44.1 45.1 46.1 48.1 49.1 50.1 51.1 52.1
ネルギーE
EQをそれぞれに乗じた値をパルスエネルギ ー Δ E
i*
と定義し,この値が模型振動台実験における 1 波毎の振動エネルギー Δ E
EQに対応していると考えた.
このように算出したパルスエネルギー Δ E
i*