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中国雲南省 大理白族自治洲の環境保全問題を巡って

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(1)

新 中国語文教学の周辺 其二

中国雲南省 大理白族自治洲の環境保全問題を巡って

前書き

 中国の雲南省は、高山深谷が多く、開発が早めに進ん だ臨海諸地域に比べて発展が遅れ交通の開発も遅れがち であった。馬や驢馬を使った交通は紀元前からすでに発 達していたことは推測されるが、かつての技術力を考え れば、近代に至るまで人間の手の届く範囲は限られてい た。しかしながら、それ故に、各地に「少数民族」と呼 ばれる各種言語や習俗を伝える人々が現在でも暮らす情 況が残っているのであり、また辺境であり奥地であった ために各種の貴重な自然環境が保存され、雲南地区独特 の貴重な動植物も人の手が及びにくいところで育まれ保 存されてきたのも事実である。そこに暮らす人々もま た、それらの自然を生かしながら独特の生活文化を営ん できており、生物学の分野および文化人類学の分野でも 注目を集めてきた。

 しかしながら、近年の科学技術の発達と開発力の格段 の増強、及び中国の経済状況の弛まざる向上により、こ の半世紀の間、雲南各地に開発の手が入り始め、急激な 環境破壊を導き、環境保全を巡る問題も大きく取り上げ られるようになっている。かつては天然自然の豊かな環 境を持っていた雲南でも、経済振興のために外来種の参 入が起こり、その生態環境にかなりの変化が生じてい る。今や、雲南でも、そこで人々が安全にまた安心して 生きてゆくために、限りある資源を枯渇させず有効に使 い、且つ経済発展を目指そうとする循環型社会へと移行 する必要が唱えられるのである。

 今回我々は、環境保護に積極的に取り組んでいる雲南 省大理白族自治洲を訪れ、大理学院民族文化研究所の援 助のもと、4日間にわたって初歩的な見学調査および現 地の研究者との面談を行い、現在検討中である我が大学

院生の海外実習地としての調査検討をおこなった。本編 はその折に得られた知見に基づくものである。

 本編では、まず大理白族自治洲について簡単に紹介し て、その後洱海を巡る環境保護についての現状の見聞を 記し、最後に大理の環境問題の分析と解決に取り組んで きた杜宝漢氏の論文を翻訳紹介し、以て大理の環境保護 の現在の情況を紹介しようと考える。我々は本来言語文 化に関わる研究が主であり、この分野にはまだ手をつけ 始めたばかりなので、植生の問題や分析計器などの面で は、専門家にとって不十分きわまりない翻訳であること はもとより承知だが、大理の環境問題に関する日本語で の紹介は管見の及ぶところ少なく、興味のある方の初歩 的な考察のきっかけになれば思い紹介することにした。

 なお、本編を甲斐が続ける「新・中国語文教学の 周辺」シリーズに入れて頂いたのは、本学で行われ る中国語学習の目標の一つとして、中国の環境問題 解決への参画と言うことが考えられてもよい、と期 待するからである。これについて以下に少し述べて みたい。

 本学では第二外語として各種の外国語教育が行わ れ、中国語もその中の一つとして工学部の学生も受 講する。その多くは「旅行言語」 「単位修得容易言語」

として中国語を選択するようだ。一方、その中国語 を用いる中国では現在各種解決が急がれる環境問題 が起きている。問題の大きさにも大小はあるが、近 年工学研究科資源循環工学での院生の発表を聞いて いると、福岡大学の持つ環境改善の各種工学的技術

(おそらくそれは日本の技術でもあるのだろうが)

は中国とりわけ発展途上の辺境地区などでも有効な ものが多そうに見えた。だとすれば、工学を志す学

【翻訳とその注】

大理の環境保全と資料紹介

甲 斐 勝 二  谷 口 由 華  山 口 祥 子

*1 

*1 甲斐勝二(人文学部教授)谷口由華・山口祥子(工学研究科資源循環工学修士課程2年)

(2)

生の中には、かかる技術をもって中国の問題解決に 参画してやろうとの「志」を持って登録する者もいる に違いない。中国語教育と中国の環境問題は縁がな いように見えるけれども、言葉がその地域の生活や 文化を成り立たせている以上、全く縁のないもので はない。見た目の距離は遠いかも知れないが、やは り語学学習の周辺に広がる領域の一つと考えている。

1.大理白族自治洲について

 大理白族自治洲は、少数民族に分類される白族の自治 洲で、中国西南部雲南省の西北部、雲南省第二の大きさ を持つ湖洱海の南岸大理市(下関)に州府をおく(地図 1参照)。 州の面積は約三万平方キロメートルで、日 本の九州よりは小さいが四国よりは大きい。現在、州の 中には行政の下位区分として、大理市・剣川県・

洱源県・

雲龍県・鶴慶県・永平県・賓川県・祥雲県・弥度県・漾 濞彝族自治県・巍山彝族回族自治県・南澗彝族自治県の 一市十一県がおかれ、この下に鎮・鄕と呼ばれる行政組 織が広がる。これは日本語で言えば町村に当たる。総人 口は約340万で、白族自治州とはいえ、漢族が半数を占 め、白族は3割を超える程度で、残る2割を他の少数民 族が占める。

 この州府大理市は、四川からミャンマーを経てインド につながる東西への道と、チベットからラオス・タイへ と向かう南北の道の交差点であり、古くから西南の交通 の要所として発達した。紀元前二世紀、西北の砂漠地帯 をへて大月氏に使者として旅立った張騫が、中央アジア でインド経由で伝わる四川の物品を見つけ、西南の道の 存在を想像したのは《史記》や《漢書》に記されてよく 知られた話である。現在では「昆明」と言えば大理市よ り遙か東の雲南省の省府である昆明市のことだが、当時 は洱海の広がる大理地区を指した。張騫の話を聞いた漢 の武帝は、長安の西にわざわざ昆明池を作って、この地 を攻略すべく水軍を練ったのである。

 「馬幇の道」と後に称されるその道を利用した交易は、

この地区に多くの収益をもたらし、その名残を現在でも見 ることができる。例えば、大理自治洲の西北にある雲龍県

には幾箇所か塩鉱があり、その塩を内陸部へ販売するこ とで多くの富を集めたらしい。代表的なものが諾鄧で、山 谷に立派な建築物を集め、孔子廟まであって、かつての 繁栄を示している。

 この馬幇の道は、

第二次世界大戦期、

連合軍が沿岸部から の物資輸送を閉ざさ れたおり、ミャンマ ーから中国への物資 輸送に使われたこと もある。右の写真は

その時の道だという話で、2009年夏に訪れたとき、雲龍 県に向かう途中、共同研究者の大理学院の張錫録氏がわ ざわざ通ってくれた道である。砂利を敷き詰めて固めた 舗装道路となっている。現在ではアジアハイウェイの一環 としてベトナムのハノイから昆明を経て大理にいたり大理 からミャンマーへと続く高速道路の建設が進む。これによ り都市間の車での交通は格段に便利になっているが、山 間部への物資の移動には、現在でも馬や驢馬の方が有効 な場所もまだあり、路上ではよく馬や驢馬を見かけた。

 中国王朝との関係から言えば、現在では中国の領域に 入っているとはいえ、唐代・宋代の頃、ここには南詔及 び大理と独立した王朝が400年に渡って続き、各種の文 化が発展継承された。それについては洱海のほとりにあ る大理州博物館の展示に詳しい。この王朝は、現在大理 州に住む白族や彝族の先人達によるもので、当時から中 国文化を受け入れ、日本が曾てそうであったように漢語 漢文を公用語として使っていたという。しかし、別に漢 字を利用した独自の言語表記の文字もあったことが推測 されていて、漢字文化圏における文字創造の研究におも しろい資料となっている。この独立王朝もモンゴルのフ ビライに攻略されて元の版図に入ってより、以後は中国 の領域に属すことになった。その結果、漢語漢字の表記 世界に組み込まれ、今に続いている。

 現在、国家級の観光地として多くの観光客が訪れる大 理古城は、かつての大理王朝の都城の上にその規模を定 めたものという。

(諾鄧の風景) (大理古城・南城門楼)

(3)

2. 海の環境保護について

 この自治洲の大理市地区は、後に附す地図を見れば分 かるように、洱海を中心におく盆地で、西に広がる蒼山 十九峰の連山からもたらされる湧水も豊かな場所であ る。しかも、少数民族白族の主要な居住地でもあり、豊 かな言語文化・生活文化を持つ地域、またそれ故に近 年では観光地としてまた高原の避暑地としても有名であ る。今年3月の調査時には百年に一度の干ばつだと言う 情況でも、蒼山山麓から沿岸部まで水に困窮している様 子は特に見えなかった。

 しかしながら、風光明媚なこの地区も、近代化の波を あび、産業の発展が進められる中、景色や気候の穏やか さ人情は昔ながらとしても、各種の産業の振興で、植生 や生物の多様性の損失は大きく、かつてそのまま飲めた という洱海の水も富栄養化が起こりアオコが発生するよ うになってしまった。湖を中心にする盆地で、中心とな る湖が汚染されること、これはそこに生活する人々達に とっては生活環境の基盤を脅かす大問題である。もしも 雲南省の省都昆明の西に広がる雲南省第一の湖滇地のよ うになり、汚染されて以来なかなかⅤ級(農業用水クラ ス)より浄化が進まないという情況となれば大変であ る。そのため、州政府は現在、洱海存在の価値を住民全 体に積極的に呼びかけ、洱海の汚染防止を目指すように なっている。

 例えば、以下の写真上の例は洱濱自然村の村民規約で 十二条並べられている内、九の部分に洱海を母親湖とし て保護すべき事、十二の部分に洱海を護ることが大理発 展の基礎となることを述べている。下の例は洱海に注ぎ

込む瀰苴河にかかげられた看板で、「目を守るように洱 海の源を愛護しよう」と記されている。このようなスロ ーガンは、洱海を巡る観察のおりには周辺の村落で多く 見かける事ができた。その洱海の保護効果については後 掲の杜氏の論文を参照されたい。

 洱海の保護のためには洱海に水を供給する周辺の山林 の開発の見直しも必

要となる。1500年の 歴史を持つという蒼 山の大理石の切り出 し場も、現在では採 石が禁止されている

(右写真)。街の土 産物に売っている大 理石を使った各種物

品は、禁止前に採石したものか、或いは別の場所からの ものだという。蒼山の山道に入る折にも、入り口で登記 が必要であり、そこでは山火事を防ぐために、マッチ・

ライター等の着火用品の一時保存を求められた。後掲の 杜氏の論文も指摘するように、山火事による自然環境の 破壊も多いからだ。今回訪問した3月当時、大干ばつ情 況のなかにあり、山火事は一層心配されただろう。

 エネルギーの供給については、80年代から大理市の多 くの民家の屋根に太陽光温水器が設置され、最近では風 力発電の設備が整えられ、その風車が市内からでも南西 の山の上に連なるように続くのが見える。太陽光温水器 は1980年代から既に採用されていたとの話であるが、風 力発電の方は大理の特徴を語る「下関の風」を利用する ものとして近年の設置である。これは自然環境を有効利 用したものと言ってよい。これにより周辺での石炭や練 炭等の廃棄物が少なくなれば、その分洱海の汚染も進ま ずに済むわけだ。

 風力発電機が並ぶ山の谷間に、埋め立て式のゴミ処分

場がある。見学中何度かトラックが出入りし、積んでき

たゴミを下ろし、トラクターがならしていた。案内して

くれた方の話では、この場所もいずれ限界が来るだろう

とのこと、ゴミ処理の問題は、今後の課題であること日

(4)

本と同じである(右 写真は埋め立て地の 様子)。

 循環型社会として 求められる水資源の 伝統的利用として教 えられたのが蒼山の 山裾の湧水の利用方

法である。大理学院民族文化研究所の張錫録氏に依れ ば、これは住民の昔からの習慣を受け継ぐものだという 話だ。そこでは湧水を無駄にしないようにする工夫があ る。例えば、下関地区の山麓に1200年の歴史を持つとい う“二井” (右写真)

では、奥の湧水口か ら順に第1・第2・

第3・第4の汲み口 に分ける。第1の汲 み口の上には水神を まつる小さなほこら がある。その壁に掲 示 が あ り、 そ こ に は、第1の汲み口の 水は飲用に、第2第 3の汲み口の水は食 物の洗浄に、第4の 汲み口の水は洗濯に

利用するという規則が書かれている。この“二井”近辺 の井戸、またここから十数㎞離れた大理古城北の崇聖寺 近くの村の小さな湧水井戸でも同様の使用法をしていた ので(写真下)、このようないわば上水・中水に分けた 利用法は既に大理地区では人々に一般化しているように 見える。

 都市の廃水については廃水処理場が設置されているの だが、このような自然村の中での湧水から始まり、洱海 へと流れ込む昔ながらの生活廃水についての最終的な処 理についてはまだ進んでいない。しかしながら、数多く

の川と共に流れ込む生活廃水に対しては、洱海を汚さな いように、周辺生活区域での無リン洗剤の使用や農薬で の窒素の制限などの呼びかけが行われ、その効果も上が っていること、後掲の杜氏の論文を参考にされたい。伝 統的に水の使用法を考えてきたその習慣も、水を大切に する効果の向上を導き易くするものに思われた。

 こういった生活廃水を流す川に、処理施設がないわけ ではない。今回の見学では、大理市の汚濁の進んだ灯籠 河の河口に設置された浄化施設を見ることができた(左 写真)。ここでは、

汚 水 を レ ベ ル Ⅰ 級

(そのまま飲用でき るレベル)にまで浄 化して洱海に流して いるという。“河”

と言っても用水ほど の幅しかなく、見学 時水量的にはそれほど多いようには見えなかったが、今 後さらに新しい技術や方法が考案され、経済的な問題が 解決すれば、かかる施設も増え、洱海の保護は一層進む だろう。

3.訳出論文の著者・杜宝漢氏について

 以下に訳出する論文の執筆者杜宝漢氏は、1945年生ま れ、回族である。1968年に雲南大学の生物学系を卒業、

大理州の環境監側所の高等技術者資格、大理州の生態経 済学会の常務理事・中国生態学会及び雲南省生態学会会 員・雲南省環境科学学会会員。大理州の第八回第九回政 治協商委員を務め、第10回政治協商委員会常務委員を務 める。環境保護の専門家で、その仕事には数々の賞が贈 られている。

 杜氏はその論文集《大理州環境保護思考と対策》

*2

を 2006年10月に作家出版社より出版された。その論文集は

「湖泊研究篇」・「環境科学研究篇」・「生態保護篇」に分 かれている。ここで紹介する三本の論文は全てその中か ら採用した。まず、「湖泊研究篇」より《洱海保護と大 理経済社会発展の関係を論ず》(1997)、次に「環境科学 研究篇」から《大理市生態環境問題および持続可能な発 展対策》(2006)最後に「生態保護篇」より《大理州環 境保護五十年(2006)》を選んだ。それぞれ内容は重複 する部分もあるが、北京や上海といった政治や経済で 注目されがちな場所ではなく、大理という中国西南地区 で行われている生活者を中心とした環境保護および持続 可能な発展対策など、初歩的な紹介にはなると考えてい る。《洱海保護と大理経済社会発展の関係を論ず》が提 出された1997年以後、2006年の情況を比較されると、環

*2 なお、訳文中では中国の習慣に従い、書名や篇名には《 》を使っている。

(5)

境保護の流れもある程度推測できるのではないだろうか。

 まだ汚染や環境破壊がそれほど進んでいなかった1950 年代後半の大理の様子については、当時大理を舞台に制 作された《五朶金花》という映画をみてほしい

*3

。ど うやら撮影は大理ばかりで行われた様ではないのだが、

洱海に飛び込む若者の姿や、洱海での漁船の水草刈りの

様子、牧畜の様子や、製鉄に燃える青年達の姿など、そ のころの様子が想像できるように思われる。その後そこ で行われている製鉄やダムの建設が導いた環境問題につ いて考えれば、当時の映画に描かれて予想された未来 が、必ずしも素晴らしいものばかりではなかった事が分 かる。当時環境保全の必要性を感じていた人は少なかっ たのである。

 杜氏の論文集には、1992年日本の琵琶湖研究所と行っ た調査報告である《日中洱海生態調査》が掲載されてお り、また日本でも「琵琶湖と洱海における水位変化にお ける水質・生物群集の変化の比較研究」(『滋賀県琵琶湖 環境科学センター試験研究報告書第3号』(2008)を共 同執筆されているので、日本でも知る人は多いのではな いだろうか。

 ちなみに、この3月に大理学院の段伶氏の紹介でお会 し、お話を伺った時、杜氏は現在の大理州の環境問題を 脅かす外来種植物について、湖の問題植物としてホテイ アオイを挙げられ、陸地の問題植物としては紫茎澤蘭

(Eupatorium Adenophorum)の蔓延を指摘されてい た。後者の紫茎澤蘭は、日本で言う「フジバカマ」の一 種らしい。薬用植物としても分類される外来植物だが、

それだけに家畜などが食べると有毒で、その蔓延に頭を 痛めているとのことであった(下写真参照)。確かに蒼

山の山中でもこの植物をあちこちで見かけている。これ らの外来植物の被害は大理に限ったことではなく、中国 でも多くの場所でその被害が伝えられている。この紫茎 澤蘭は、杜氏の話では「第二次世界大戦で日本軍が東南 アジアからもたらした」という理解が大理あたりにある らしく、「その蔓延を防ぐのになにかよい利用法はない か」との相談を受けたが、筆者は答えることはできなか った。もし、薬用に用いることができるなら、その方面 での研究を進めるのも有効であるので、その「志」の有 る方の登場を待つばかりである。

 杜氏の論文の翻訳に当たっては、《大理州環境保護 五十年》の下訳を甲斐が、《大理市生態環境問題および 持続可能な発展対策》を谷口が、《洱海保護と大理経済 社会発展の関係を論ず》を山口が主に担当している。甲 斐の責任で原稿はチェックしているので、翻訳の責任は 甲斐が負う。翻訳中原文に明らかな誤植を数カ所見つけ たが、論旨に影響はないのでわざわざ指摘はしない。訳 文に頻繁に出てくる行政組織としては、自治洲の下にく る市や県、その下部組織として鎮・郷がある。市や県は 概ね理解されるとしても、その下部組織の鎮・鄕となる と、日本語でそのまま使ってもわかりにくいので、町・

村と訳している。中国でも「村」の文字は使うけれども、

行政的な単位ではなく、「集落」の意味で用いるのが普 通である。

 動物や魚など訳語が見つからないものも多かったが、

幸い漢字で書かれているので、漢字をそのまま利用し た。学名が分かるものは記したが、これは杜氏の別の論 文にあるものを可能な限り利用した。編末には杜氏が作 られた洱海の魚類の変化表を参考資料として附す。観測 機械等の訳語も、ぎこちないものばかりである。今回は 現在大理でどんなことが起こっているかを紹介する程度 のものとして、お許しを願いたい。

 末筆ながら、翻訳を許して頂いた杜氏にお礼を申し上 げ、皆様の御指正をお待ちします。

*3 《五朶金花》:脚本 趙季康・王公浦、監督:王家乙 長春映画製作所 1959年。VCD DVDで簡単に手に入るが、日本語字幕版での市 販はみたことがない。福岡大学人文学部東アジア地域言語学科で日本語の字幕をつけたものがあるので、ご希望の方はご連絡を。

(6)

参考 大理白族自治洲地図(『雲南辞典』雲南人民出版社1993より)

(7)
(8)

翻訳資料1

大理州環境保護50年

*4

 概要:州ができて50年来、大理州の環境保護も全国同 様に認識を深め、軽視から重視へ、通常の重視から高度 の重視へと進んできた。本文は生態環境の保護、洱海保 護、工業汚染の防止、都市環境の総合整備、環境保護機 構および環境保全組織の作成という五つの面から大理州 の環境保護50年の発展の過程を述べる。

 キーワード: 環境保全 五十年 大理州

一 生態環境の保全

 大理州

*5

は中国の西南の辺境にあり、東経98度51分 から101度03分、北緯24度40分から26度42分の間にある。

そびえ立つ高峰、怒江山脈が南北に貫く。湾曲しながら ながれる元江は大理市に源をもつ。迸り続ける金沙江、

瀾滄江、怒江が領域内を流れ

*6

、領域内の地形は複雑 で、低地から高地という立体性の気候もはっきりしてい る

*7

。特殊な地理、地形、地勢および気候条件は、動 植物の繁殖生育に良好な生態環境を作り上げた。建国の 初期には、州全体の森林面積は3000余万ムー

*8

、被覆 率は64.8%に達し、広がる植物の種類は豊富で、半湿性 常緑広葉樹、温暖性針葉樹、寒性暗針葉樹林、針葉樹広 葉樹の合成林、砂漠化した谷の灌木林など多数の種類が ある。この場所には多くの植物種が混じり合うところが あり、その品種資源もとても豊かであるために、州全体 で8000多種の高等植物があり、その中には国家貴重保護 植物もある。例えば蒼山冷杉

*9

、雲南鉄杉

*10

、雲南紅

豆杉

*11

、領春木

*12

、水青樹

*13

、大理木蘭

*14

などだ。

動物の種類も多く、品種も多い。雲南省に見える700余 種の鳥類は、大理州の中の全てに広がり、高原の湖で冬 を越す水鳥は59種いる。狼、熊、アカシカ、ホエジカ、

キバノロ、アオヒツジ、野兎などの獣類はよく見かける し、国家保護の虎、レッサーパンダ、アカゲザル、雲豹、

金銭豹、滇金絲猴、カワウソ、穿山甲等の獣類、緑孔雀、

鴛鴦、白鷴、原鶏、紅腹角雉、血雉等の鳥類が領域内に 分布している。州全体の環境は“緑の水が村落を巡り、

山の影が湖に映え、珍しい花が四季に開き、百里に花の 香りが漂う”という自然の景観となっている。

 人口制御に失敗したため、大理州全体の人口は1949年 の108.5万人から1989年の298.98万人に爆発的に増え、40 年で190.48万人の増加があった。2005年の末では、全州 の人口は342.96万人、56年の間で234.46万人の増加であ る。人口の絶えざる増加によって、資源や環境へ与え るストレスは絶えず増加された。農業人口の一人あた りの耕地面積は1949年では2.35ムーだったが、1990年に は約0.98ムーまで減少し、2005年には約0.80ムーになっ た

*15

。全州の森林も50年代の金属生産運動

*16

をへて、

林業企業の大量の伐採、“文革”期の無政府状態

*17

、農 村の山林請負の繰り返し、農村の多くの農民による家屋 の建築や、薪や炭の収集、煉瓦焼き、石灰焼き、たばこ の生産などの農業副産物の加工のために、大量の木材が 消費され、年間の木材消費量は283万㎥となって、州全 体の年間の木材の生長量154万㎡を大きく超えてしまっ た。これに加えて、森林の火災は頻繁に起こり、毎年数 十万㎡の森林が火災に遭っているし、農村では森林を大 量に焼き払って耕地を作ることがあり、州全体の荒れ山 の面積は1150万余ムーにまで減ってしまった。森林面

*4 原載《白族学研究》2006年第2期

*5 大理州:正式名は大理白族自治州、1956年の成立。この論文は《白族学研究》2006年第2期に掲載、よってほぼ建州以来ほぼ50年となる。

*6 元 江:ベトナムの北部ハノイに流れ込むホー川の支流。

金沙江:揚子江の上流で青海省から四川省あたりをさす。

瀾滄江:ベトナム南部に流れ込むメコン川の上流部。

怒 江:ミャンマーのアンダマン湾に注ぐサルウン川の上流部。

*7 大理白族自治洲は、もっとも低地になるのが西の怒江沿岸で海抜730㍍、最高点は西の雪峰山で4298m。概ねの盆地は1450 ~ 2200㍍の 範囲に存在。

*8 ムー:1ムーは6.667㌃、3000余ムーは2万㌃程度。

*9 蒼山冷杉:冷杉(Abies fabri )は、雪や雲に閉ざされやすい山頂付近に生える杉で、なかでも蒼山冷杉は北緯27°以南麗江・大理など の土地の海抜3500 ~ 3800mあたりに分布する。

*10 雲南鉄杉(Tsuga yunnanensus.):海抜2600 ~ 3100mに生え、木材に利用される他、山地の生態系の保持に役立つため保護も訴えられ ている。

*11 雲南紅豆杉(Taxus yunnanensis):赤い実をつける裸子植物で、抗がん剤が取れる事で知られる。

*12 領春木(Euptelea pleiospermum):海抜900 ~ 3600mの渓流の雑木中に生える。

*13 水青樹(Tetracentron sinense ):中国特産種で、陝西・甘粛・湖北・湖南・四川・雲南・貴州の海抜1500-3500mの林に生える。家具 材にも使え街路樹の用途もある。

*14 大理木蘭:別名、龍女花とも呼ばれ、白色の花をつける木蘭。

*15 農業耕地の問題について杜氏は1997年に《大理市生態環境問題及び持続可能な発展対策》において、大理市の人口の抑制と耕地の保全 及び農業の強化による持続可能な発展を訴えていた。(《大理州環境保護思考と対策》pp268-273)

*16 50年代の金属生産運動:1958年代末にピークを迎える大躍進運動での熱狂的な鉄鋼生産運動を指す。製鉄燃料の確保のため、山の木が 乱伐された。1950年代後半を舞台に撮影された《五朶金花》では、鉄の生産に情熱を向ける公社の情況が映し出されている。前書き参照。

*17 “文革”期の無政府状態:文革すなわちプロレタリア文化大革命は、1966 ~ 76年までの期間続き、政情は混乱を極め、結局中国の政治・

経済・社会・文化などに大きな打撃を与えて終わった。

(9)

積は1180万ムーにまで減り、被覆率は26.8%までに下が っている。森林の植物が甚だしい被害を受けてしまう ことで、山林の貯水と土地保全の作用は弱められ、水 や土の流失の加速を招くことになった。州全体の水や 土の流出面積は1075.8㎢に達し、土地の総面積の37.97%

をしめ、土壌の浸食の潜在的な危険性を持つ面積は、

10432.79㎢となっており、土地の総面積の36.97%を占め ている。雨期

*18

の降雨は山林に蓄積されることができ なくなり、地表を速やかに流れ下り、ひどい場合は洪水 浸水の災害をもたらす

*19

。水土の流出により州内を流 れる何本かの主要河川の含土量は大いに増加し、水質は 濁性となってしまった。乾季には水不足になり、田畑は 干ばつに遭う。六十年代には大理州全体の年平均降雨量 は906.3mmだったが、七十年代には829.1mmに下がり、

八十年代には三年連続の干ばつとなって、大理州全体で 11の高原湖のうち4つが消失した。

 長い間、開発と保護との関係を適切に処理してこず、

有用と知れている物質を過度に開発したため、物質資源 は重大な損害を受けてしまった。例えば黄連をとる三棵 針

*20

や、顱痛定をとる山烏亀

*21

など、また重楼・当参 など数十種の薬剤

*22

及び蘭花、杜鵑花、楠木、紅豆杉 などほとんど取り尽くしてしまった。第二種保護動物の レッサーパンダ、第三種保護動物の雲豹、白腹錦鶏、穿 山甲、大霊猫、小霊猫、鷹

*23

などの野生動物は大量に 捕獲されて処理されてしまった。洱源の鳥吊山、下関の 吊草、巍山、南澗等の場所の鳥打ち山

*24

では毎年渡り 鳥が移動する季節に、その土地の人々が夜間に山に入り 鳥を捕まえるなどである。かくして物質資源は減少し、

生物の多様性が失われて生態系のバランスが崩れ、環境 の内実も下がってしまった。

 生態環境を保護し、生態のバランスを維持して、もう

一度大理州の美しい自然を作り上げるために、州の委員 会や、州の政府は生態環境への保護へ力をくわえ、自然 保護区建設に力を入れた。1981年、大理州は蒼山洱海、

天地及び鶏足山の3つの省級保護区を作った。1990年 までにはさらに剣川の石宝山、洱源の羅坪鳥吊山、茈 碧湖、金光寺、永平の永国寺、巍宝山、青華郷、南澗 の鳳凰山、土林、漾濞の雪山河水源涵養林、鶴慶の朝 霞名勝、祥雲の水目山、大理の鳳陽邑鷺鷥棲息榕樹、

胡蝶泉、太極頂の15の州級の自然保護区が加えられ、

保護区の面積は120,400haとなり、全大理州の国土面積 の4.25%となった。州政府が前後して決めた一連の森林 保護と造林の制作の実施で、“七五”の期間

*25

に、累計 して造林は163.77万ムー、森林の被覆率は31.8%に上昇 した。“八五”の期間

*26

に、蒼山洱海自然保護区は国家 級の自然保護区となり、永平県の金光寺自然保護区も 省級の自然保護区に昇格した。新たに南澗県の無量山 の自然保護区

*27

が省級の自然保護区となり、自然保護 区の面積は137,623haとなって、全州の国土面積の4.8%

を占めた。“九五”期間

*28

には、南澗の無量山自然保護 区が国家級の自然保護区に昇格し、巍山の青華郷緑孔 雀自然保護区が省級の自然保護区に昇格した。全州の 人工造林は233.24万ムーとなり、空から種をまく造林は 204.24万ムーで、治山の植林の累計面積は429.41万ムー になり、周辺の植樹は70,001.14万株、ボランティアの植 林は6,623.75万株、再植林では35,005万株が新たに植え られ、畑から林への転換面積は91.5万ムーに達した。全 州でメタン発酵処理施設

*29

を42,045設置し、微水電

*30

の設置で339.12kw、太陽光発電では50,936㎡、農村で火力 装置の改善が16,028戸である。長江流域防災林作業

*31

、 空からの種まき、工業による造林の代換え、果実基地 などの林業の行程項目の実施で、森林の面積は不断に

*18 雨期・乾季:雲南省では四季の区別は明快ではないが、雨季と乾季の季節は明快である。雨期は5~6ヶ月続き、この期間に85%の降 水量があり、乾季は9月以降6~7ヶ月15%の降水量がある。西南部の大理の場合では、6月~ 10月に年間降雨量の8割が降る。

*19 水害と森林被覆率の問題を扱った《生態環境と水害》(《大理市環境保護思考と対策》pp318-321)では、大理自治洲の森林被覆率の低 下が土石流や水害をもたらす原因として捉えられ、植林の必要性が訴えられている。この論文の発表は1988年。また1993年には《大理州森 林破壊が導く自然災害》が書かれ、植樹による生活環境改善の例も幾箇所か示されている(同上pp327-329)。

*20 黄連・三棵針:黄連は火照りを押さえる漢方薬。三棵針(Berberis poiretii)落葉性の灌木で、根や茎から黄連が取れる。

*21 顱痛定・山鳥亀:山烏亀(Stephania cepharantha)は、多年生の蔓植物の一種で、根が薬用になる。顱痛定は鎮痛薬の一種。

*22 重楼・当参:重楼は、百合科の多年草植物で根が解毒沈痛の作用があり、当参は桔梗科の多年生草植物で根が免疫性を高める作用がある。

*23 雲豹、白腹錦鶏、穿山甲、大霊猫、小霊猫、鷹:雲豹は国家1級保護動物。白服金鶏は国家2級重点保護動物、穿山甲は国家2級保護 動物、大霊猫は国家2級保護動物、小霊猫は国家2級保護動物。鷹は各種棲息するが多くは国家保護動物にふくめられている。

*24 「鳥打ち山」原文は打雀山:州内の各地区には渡り鳥の中継地となる山がある。その山が以下に述べるように、しばしば補鳥の場所と なったのでこう呼ばれる。

*25 七五”の期間:第7次五カ年計画の時期1986年~ 90年の期間を指す。

*26 八五”の期間:第8次五カ年計画1991年~ 95年の期間を指す。

*27 南澗無量山の自然保護区:大理自治州南の州境にある南澗彝族自治県内から始まり思茅地区に伸びる無量山山脈にある自然保護区。

*28 九五”期間:第9次五カ年計画1996 ~ 2000年の期間。

*29 メタン発酵処理施設、原文は沼気池:ゴミや糞用からメタンガスを発生させる装置で、そのメタンガスを火力として利用できるよう導 くことで材木や化石燃料の消費を抑えることができる。杜氏はこのメタンガス発酵処理装置を、農業地区における資源循環型社会に位置づ けて考える。《洱海湖畔地区生態農業建設の検討》(《大理州環境保護思考と対策》pp41-45 発表は1991年))

*30 微水電:小さな水流を利用した自家発電。

*31 現文は「長防林」:現在、長江中上流防護林体系工程が作られ、長江の水流を整える防護林確保のための長期計画が進められており、

長防林は長江中上流防護林の略称。

(10)

増加し、さらに厳格な森林防災措置を取った。1999年、

大理州に生態建設指導班が成立し、《大理白族自治州生 態建設計画(1999 ~ 2050)》

*32

が編成された。2000年 の大理全州の森林被覆率は48.67%であり、2005年末ま ででは、大理全州に自然保護区が各種30作られ、保護 区の面積は228,828.3haとなって、全州の国土面積の7.77

%を占める。その中で、国家級の自然保護区は2つあ り、面積は109,228.3ha、省級の自然保護区が4カ所、

面積は27,890ha、州級の自然保護区は24カ所で、面積は 109,228.3haである。それぞれの県でも景勝地、水源林な どの保護区を作り、その面積は4,427haだ。野生動物保 護の面では、野生動物を保護する条例を作り、猟銃・弾 薬を接収し、野生動物の販売などを禁止するなどの措置 をおこなった。賓川、永平県の二つの国家級の生態農業 模範県、祥雲県の省級農業区を作り、レベルの違う各種 の生態村、生態基地、生態模範園・生態模範点

*33 

24カ 所を作り、面積は3.15万ムー、一定度の水準を持った生 態戸

*34

は1.7万戸である。

 20年にわたる苦労と大変な努力によって、白族自治州 の生態環境の建設は輝かしい成績をあげ、山は緑とな り、水も増えてきて、水土の流失には有効なコントロー ルがなされた。農業の生産のための防御壁の準備ができ て、また全州の人々の生態安全のために依るべき保証も 準備したのである。

二  海の保護

 ずいぶん前には、中国というこの土地には環境保護と いう考え方はなかったが、しかし、白族の祖先はどのよ うに洱海を護ればよいかを知っていた。例えば、目の詰 まった漁網を用いずに、小さな漁船で網をおろしたり、

人の力で大きな網を引いて魚を捕まえたり、大きな魚だ

けを捕まえて小魚は逃がすとか、鵜を使って魚を捕る

*35

とかである。また外来種を導入することもしなかっ たし、水草をさらったり、海底の泥を掘って農業の肥料 にしたりもしたが、これらは全て素朴な生態保護の作業 である。よって、50年代の洱海の生物の多様性はとても 豊かで、浮遊植物や、浮遊動物、水底動物、水生維管束 植物の種類も多かった。魚類では、大理裂腹魚

*36

、洱 海大頭鯉

*37

、大理鯉、杞麓鯉、大眼鯉

*38

、春鯉

*39

、 鯽魚(鮒)、雲南裂腹魚

*40

、雲南側紋鰍

*41

等17種がい て、それぞれ異なる深さに棲息し、餌の対象も異なり、

浮遊生物、水底動物、水生維管束植物と互いに連関する 生物連鎖を形成していた。洱海の生態系は長期にわたっ て良質の循環状態にあって、湖の水は澄んで玉の如く、

清らかに透明で、水草も豊かに茂り、魚は跳ね鳥は喜 び、風光明媚で、活発な生命力にあふれて、昔から“玉

洱(玉のような洱海)”の名で天下に知られていたので

ある

*42

 60年代、ある機関が洱海に青魚・草魚・鰱魚・鱅魚の 四大養殖魚

*43

を導入し、加えて鰕虎魚、 魚、麦穂 魚

*44

などの小魚類をも一緒に導入した。彼らは従来住 んでいた在来魚類の卵を大量に食い荒らすと共に、在来 魚の産卵場を占拠したほか、在来魚類の種類や数を急速 に減少させてしまった。80年代に、洱海では太湖の新銀 魚

*45

を入れ始め、1991年に導入に成功、1996年の末に は洱海の銀魚の年生産量は千tまでに達した。太湖新銀 魚の経済効果は高く、エンジン付き漁船の大きな発展を 導き、銀魚を捕まえる各種機械仕掛けの網、地引き網、

底引き網、だまし網、目の細かな網などの各種の網が生 まれ、捕捉力が極めて高かったので、その他の魚類に壊 滅的な打撃を与えた。1991年銀魚が大量に捕捉されて市 場に出てよりは、洱海のその他の魚類の市場への出回り は急激に少なくなり、大理市民の口に魚が入らないとい

*32 《大理白族自治州生態建設計画(1999 ~ 2050)》:未見。

*33 生態村:それぞれの土地の特徴に応じた生活環境を生かし、農業や経済のバランスの取れた循環型発展を目指す村落のこと。生態基地:

養鶏で出た糞を肥料として穀物や果樹を育て、それによって養殖や養鶏の餌とするような循環型生産を行う場所。

*34 生態戸:生態のバランスを取るような、資源循環型生活を行う家庭。

*35 鵜を使って魚を捕る:日本でも知られる鵜飼いは、中国南部に見られ、洱海でも見ることができる。

*36 大理裂腹魚:鯉科の魚で、洱海及びその水経にのみ見られる。20cm ~ 30cmに育ちかつては洱海でもかなり捕獲されていたが、現在で は国家2級保護動物。

*37 洱海大頭鯉:鯉科で鯉に似ているがひげが少ない。15cm ~ 35cm程度。

*38 大眼鯉:大理のみに棲息。70cm位にまでなる。絶滅が危惧される魚の一種。

*39 春鯉:15 ~ 35cmくらい。洱海の特産だが、近年見かけられなくなった。

*40 雲南裂腹魚:洱海及び瀾滄江に棲息するが、絶滅が危惧されている。

*41 雲南側紋鰍:体長4cm ~6cm程度の鯉科の魚。

*42 各種の魚の名称に関しては、篇末資料参照。一部の魚についての日本語への翻訳は我々の現在の能力を超えるので、杜氏の記す学名を 挙げておくことにする。

*43 青魚:長江以南に棲息する淡水魚。草魚:中国東部に棲息する淡水魚。鰱魚・鱅魚:中国の各水系に棲息する淡水魚。共に養殖しやす く高い経済効果が高い。

*44 鰕虎魚Eucyclogobiusnewberryi:麦穂魚Pseudorasbora parva:現在外来種として流入し、雲南高原に固有の在来種を減少させる原因 となっている。 魚は、Rhodeus sinsis 。

*45 太湖の新銀魚Neosalanx taihuensis この銀魚は大きくても体長8cmにみたない小魚で、長江の中流下流域に棲息し、太湖での小銀魚 と呼ばれるものがよく知られ、太湖銀魚と呼ばれることもある。日本の絶滅危惧種アリアケヒメシラウオに似ているという。

(11)

う問題が生まれた。魚不足の問題を解決するために、漁 民達は洱海の内部に養殖いけすを設け、また浜辺に養魚 池を作った。湖の周りに養殖地を作ったことは、魚類の 産卵場所や、水鳥の生息地と大型の水生植物の生息地を 破壊することとなり、洱海の生物多様性をその喪失へと 一歩進ませ、本来の在来魚類は消えて、洱海は太湖銀魚 及び小魚類の一人天下となってしまった。魚類の多様性 が喪失されることによって、洱海の生態環境はたいへん 脆弱になってしまったのである

*46

 1976年以前、洱海は自然の状態では、水位も長い間海 抜1,974m以上、面積も255㎢以上、容積も30億㎥以上あ った。1977年、西洱河発電所が作られて以後は、洱海は 自然湖の状態から人工的に水量が調整される湖となり、

雨期には水門を閉めて水をため、乾季には水を放出して 発電するようになった。発電所の設計が大きすぎ、長い 間の平均入水量8.16億㎥を発電に用いる他、それ以外に 工業・農業用水・生活などの用水に用いたので、在庫を 利用せざるをえず、洱海の水資源は毎年1億㎥の使用超 過となり、洱海の水位を1,971.10 ~ 1,972.83mの間にまで 下降させ、平均水位は1,972.3mにさがり、面積は236 ~ 246㎢まで縮小して、容積は25億㎥前後に減少した

*47

。  長い間、洱海の流域を覆ってきた森林は人の手によっ て大きな破壊を受け、流域では毎年の土砂の流出量が 211万t、その中には大量の窒素・リン等の栄養物質が含 まれていた。養殖生けすの底に年々たまった腐化物質が 約100万t。毎年流域区の田畑から流出する化学肥料、農 薬が1万tをこえ、湖周辺の農村の生活ゴミおよび農業 廃棄物が約19万t、周辺の汚水が570万t、周辺から直接・

間接的に洱海に排出される工業廃水が300万t、各種の舟 が毎年放出するゴミが200t、廃油が100tなど、洱海に大 変な汚染をもたらした

*48

。生態の破壊と環境の汚染は、

1996年の秋に洱海にアオコをもたらし、透明度は3~5 mから、0.8 ~ 1.5mにまで落ち、栄養状態は中級から富 栄養級に上昇し、水質はⅡランクからⅢランク

*49

に落 ちて、

洱海には重大な生態の危機がおとずれたのである。

 1996年、洱海にアオコが発生して以後

*50

、大理州の 委員会、大理州政府は直ちにエンジン付き漁船のエンジ ンの設置の禁止と、養魚生けすを禁止する措置をとっ て、“洱海水域内でのリンを含む洗浄用品の生産・販売・

使用を禁止する決定”、“洱海の水草を取る事を禁止する 決定”を打ち出し、“洱海を護れ、我が屋を愛せ”の宣 伝活動を行い、毎年ホテイアオイ

*51

をすくい取る作業 をした。2001年には養魚地を引き上げて湖へと返し、畑 を引き上げて林に返し、住居地を引き上げて湿地帯へ 返す、“三引き上げ三返還”という運動を行っている。

2003年からは全面的に西区38kmの湖畔帯、東区10kmの 空港高速道路沿岸帯での生態回復運動行程が始まった。

洱源県の汚水処理場が運用に入り、洱海流域の大理市の

所轄区域内の町村ゴミ中継所およびゴミ収集の施設の建 設も終わった。海西海、向陽箐の小流域の総合的管理も 続けて行われ、同時に洱海流域内の小流域の総合管理前 期作業もうまく為されている。2003年12月に、大理州長 が長となって、副州長が副班長となり、計画・農業・環 境保護・水利・林業・建設・国土・科学技術・旅行・財 政・交通・蒼山保護などの州級の関係部門及び大理市・

洱源県の人民政府の主要指導者を構成員とする“州洱海

保護管理指導チーム”が作られた。州委員会、州人民 政府はそれぞれ大理市・洱源県の党委員会、政府の主要 指導者及び関係部門の主要指導者と洱海保護管理の目標 の責任書に署名し、また県や市から町村、町村から村落 まで、任務や目標をそれぞれに分けて、それぞれに責任 書に署名した。2004年3月に雲南省政府は雲南省政府返 答(2004)42号“雲南省人民政府洱海の水位の運行調整 に関する返答”に基づき、洱海の最低・最高水位を従来 の1,971.00m と1,974.20mか ら、1,972.61m と1,974.31m に まで調整し、且つ洱海を雲南省電気ネットワークでの最 上級の地位から環境保護を主とする位置づけに変えたの で、洱海の水資源の管理が大理州に任されることになっ た。大理州の環境監視計測地点には350万元が投入され、

実験室の改造及び監視計測機器設備の買い換えを終え

*46 この問題については《洱海の魚類多様性の危機及びその対策》に詳しい。(《大理州環境保護思考と対策》pp145-150 発表は2001年)

*47 :その頃の問題については《水資源を大切にし、洱海を保護せよ》(《大理州環境保護思考と対策》pp10-14 発表は1987年)に詳しい。

*48 洱海の汚染源については、《洱海の生態環境及び富栄養化研究》(《大理州環境保護思考と対策》pp71-94 発表は1995年)に詳しい。そ こでは、富栄養化に対策を打てば2000年まででも富栄養化は避けられると見て、いくつかの今後の対策が指摘されている。指摘される例を 挙げれば、湖畔の農村が化学肥料をやめ有機肥料にし湖底の泥や水草を肥料として使った伝統農業方式を採用すること、養魚法を科学的に おこなうこと、洱海への工業・生活廃水の処理、人口増加による環境悪化の抑制など。

*49 水質のランク:通常水質のランクは5段階に分けられ、おおざっぱに言えば、最上級のⅠ類はそのままで飲用可能なもの、Ⅱ類は水道 水として用いることのできるもの(上級)、Ⅲ類は水道水として用いることができるもの(下級)、Ⅳ類が工業用水、Ⅴ類が農業用水程度と なっていて、それ以下は通常の使用に耐えないものとなる。

*50 杜氏が1989年に書いた《洱海富栄養化の現状及び趨勢》(《大理州環境保護思考と対策》pp21-28)では1990年代の予測として、洱海は 中の下の栄養情況にとどまり、2000年代には中ほどの栄養状態にあがる可能性があると指摘して、アオコをもたらす富栄養化を防ぐ対策を 提示している。その後1996年アオコの発生を受け、《洱海藍藻の突然発生と富栄養化の研究》(《大理州環境保護思考と対策》pp100-5 発 表は1997年)をだし、洱海が突然富栄養化したその原因と回復のための対策を示した。その後《洱海の富栄養化の生態修復と対策》(《大理 州環境保護思考と対策》pp162-168 発表は2003年)では、進まぬ汚染防止のため、水量を管理する発電所の作業能力を落とし、生物の多様 性を復活、汚染源の整理などの対策を説く。

*51 ホテイアオイ:外来種の浮遊植物。洱海のみならず中国の各地区で現在これが増え、水質悪化の一因として指摘されている。

(12)

た。従来は一年三期6回洱海に対して行われた水質監視 計測が毎月1回になり、洱海の水質に対して監督の効果 を上げている。2004年には洱海の40万㎥の汚泥浚渫第一 期行程を完成した。弥苴河、羅時江、永安江、灯籠河、

波羅江など湖に流入する五本の河道の環境総合整備案の 編成と部分的整備事業が完成した。西洱河南路の総合管 理ネットワークの竣工と使用の開始、大魚田の汚水処理 場の同時期の運行の開始、風儀地区での汚水排水路及び 大鳳道路の風儀部分の同時期の建設、喜洲、周城地区、

双廊、挖色、海東の汚水処理事業の前期研究をすすめ、

湖周囲の生活地域のゴミ処理体系をうまく作り、下関大 風盆地のゴミ処理場

*52

の最後の部分を終わらせ、洱源 の街及び鄧川の軍馬場ゴミ処理場の建築の前期行程を完 成した。2004年からは毎年湖全体で半年の休漁を行い、

同時に濾食性の稚魚の放流を増やした。2003年~ 2004 年洱海周辺の18の町村では20万ムーの領域で窒素の抑制 とリンの減少を行い、肥料のバランスある使用への改善 をおこなった。“三池一改”

*53

(沼気地・垃圾池・無耗 能浄化池、および村落の汚水排水系統の改造)を重点と する8項目の生態環境建設工程を実施した。それは、⑴ メタン発酵処理施設を主として2万戸の生態環境を作り 上げる、⑵洱海流域の18の町村の領域内で作られて売ら れるリンを含む洗浄剤を徹底的に取り除く、⑶ホテルや 旅館、洗車場、クリーニング業界、企業、学校などでリ ン含有の洗浄剤の使用を全面的に禁止する、⑷洱海地区 の沙採取船、運輸船を一時的に取り締まり渡口所を0.24 万ムー減少させる、⑸天鏡閣、蒼山の二本の渓流及び洱 海の西部地区の小流域の整備を基本的に完成させる、⑹ ラジオ・テレビ・標語及び黒板報などの宣伝メディアを 通して、“環境優美町村”、“緑色学校

*54

”の新設作業と 結びつける、⑺流域内での各種の町村で積極的に、“洱 海を母の海として保護し、湖畔の文明村を作り上げよ う”の主題で各種の宣伝教育活動を行う、⑻老年協会な どを主体とする農村環境管理モデルを推し進め、“1助 1”

*55

活動を進め、“1幇5”

*56

の活動を実施する、

というものだ。この基礎の上に、その活動を湖周辺の各 町村でさらに推し進め、長期的な指導制度を打ち立て

た。洱海保護管理の力が強化されることによって、洱海 の生態環境の悪化傾向は歯止めがかかり、全体的な水質 はⅢ類を保持し、冬期にはⅡ類に上がるようになってい る。

3.工業汚染の防止

 建国のはじめ、大理州の工業企業としては喬後塩鉱

*57

、下関茶工場

*58

、下関発電所などで、汚染問題は基 本的に存在しなかった。1957年になると、全州の工業企 業は145に増え、1958年全州の工業企業は504に増えた。

1961年には“調整・強固・充実・向上”の八文字方針

*59

を最後まで貫いた後、全州の工業企業は128件まで減 少した。この時期には、新たに双河石炭鉱業、香毛所石 炭鉱業、大理窒素肥料工場、大理紡績工場、大理製薬工 場、大理コンクリート工場、大理冷凍工場、洱濱製紙工 場、下関化学工場、大理織布工場、鶴慶糖工場、鄧川粉 ミルク工場などの国営企業が新たに作られて

*60

、この ときに工業汚染問題が現れたのである。1966 ~ 1976年

“文革”の期間では、全ての工業生産は麻痺に陥った。

文革後になると、州化学工場、祥雲・賓川・弥渡の3県 の化学工場、巍山五一鉄工場、州通用機械工場、雲龍錫 鉱山、鶴慶マンガン鉱山、大理織物工場、大理シーツ工 場、下関毛布工場、下関ビニール工場、下関電池工場、

及び県が行う農業機械工場、コンクリート工場そして個 人経営、農村経営の工場などが前後して建てられた。

 工業汚染の状況をはっきりさせるために、環境保全 部門は大理州全体の工業汚染問題に調査を行い、期限 付きの管理方案を提出した。1985年、大理全州の工業 廃水の放出量は1,944.45万tで、廃水処理量は63.14万t、

処理率は3.35%、廃出基準に適合する排水量は399.33 万tで、基準適合率は20.5%であった。排気ガス放出総 量は190548.9標準万㎥

*61

で、廃棄中の二酸化硫黄は 5,030.48t、塵煙3,068.43t。全州で55箇所の主要汚染源に は工業用ボイラーが62台、その中の44台が塵煙除去装置 をつけ、工業用炉窯23台、改造したものが8台。工業用 廃棄物が23.1万t、その利用が2.3605万t、利用率は9.8%、

*52 下関大風盆地のゴミ処理場:前書き写真参照。嫌気性の埋め立て方式で、山の谷を利用した廃棄場。

*53 “三池一改”:三つの池とは、中国語の修辞的表現で、それぞれ沼気地-メタン発酵処理施設・垃圾池-ゴミだめ地・無耗能浄化池-追 加エネルギーを使わない浄化池をさす。ただし、無耗能浄化池についての実態はよくわからないが、例えば水生植物を利用したものなどが 考えられる。福岡大学の水理研の「トルネード方式」の浄化地などもこの方法にはいるであろう。

*54 緑色学校:持続性のある発展という環境保護の思想を取り入れた学校のこと。

*55 “1助1”:小中学校の生徒の一人一人が自分の親族に環境保護の必要性を説き、且つ一つの家庭に環境保護の習慣をつけさせるような 手助けを行わせようとするもの。

*56 “1幇5”:環境保護の監督チームの一人が五戸を援助して環境保護の生活習慣をつけさせようとするもの。

*57 喬後塩鉱:洱源県にある清朝以来の塩井。現在も製塩作業が行われている。雲南は塩井による製塩でも知られ、自治州内の雲龍県には 唐代から続く塩井が残る。

*58 下関茶工場:雲南省はお茶の産地として知られ、大理は特産品の沱茶で知られる。1941年の創業。

*59 八文字方針:1961年に出された国家の政策方針で、50年代末に失敗した重工業重視の経済政策を立て直そうとするもの。

*60 例を挙げれば大理シーツ工場が1959年、大理織物工場が1958年、鄧川粉ミルク工場が1959年の創業。

*61 標準:標準気体密度単位のこと。

(13)

埋め立て焼却の処理量が4.4920万t、処置率は19.43%で あった。

 1990年、全州の工業企業(町村企業を含む)55,030社、

工業廃水放出量は2,240.42万t、廃水処理量は873.76万t処 理率は39.00%である。廃気ガス放出総量437,305.37万標 準㎥だが、その中で燃料の焼却における廃気ガス排出量 は228,921.00%、生産過程中の廃気ガス総放出量238,558 万標準㎥で、廃気ガス処理率は45.12%である。工業廃 棄物は12.98万t、処置率は16.72%で、処置率は16.72%、

総合利用率は14.25%であった。

 1995年、全州の工業企業(町村企業を含む)31,111社、

工業廃水排出総量は2,075.05万t。廃水処理量は1,006.40 万t、処理率は48.50%。廃気ガス放出総量は502,688万 標準㎥、その中で燃料焼却過程での廃気ガス放出量は 26,130万標準㎥、生産過程中の廃気ガス放出量は23,855 万標準㎥、廃気ガス処理率は45.12%であった。工業廃 棄物は46.51万t、総合利用量は15万t、総合利用率は31.9

%であった。

 2000年、全州の工業廃水放出量は1,356.82万t、廃水 処理量は696.05万t、処理率は51.30%である。廃気ガス 放出総量は1,272,737万標準㎥、その中で燃料燃焼過程 中の廃気ガス量は629,955万標準㎥であり、生産過程中 の廃気ガス量は64,278万標準㎥で、廃気ガス処理率は 87.39%である。工業廃棄物は54.43万t、 総合利用量は 14.16万t、総合利用率は26.0%である。“九五”期間の 間、全州での汚染管理項目の設置がすべて129件、投資 総額は12,150万元、その中の廃水管理項目は37件、投資 額は10,012.10万元。廃気ガス管理項目が75件、投資は 2,038.50万元、廃棄物処理項目が4件、投資額が23万元。

騒音管理項目が10件、投資総額は49.6万元。その他の管 理項目が3件、投資額は26.8万元であった。“十五”期

*62

間には、 大理州の工業汚染物の防止は科学発展観に 導かれ、循環式経済実験拠点として積極的に展開し、全 面的に汚染物質排出許可制度を推し進め、産業構造の管 理をしっかり行い、工業汚染防止の力量を拡大し、工業 の配置を改善して、遅れた生産工業の設備をきっぱりと 淘汰して、根本的に構造性の汚染および昔からの汚染源 の問題を解決した。全州の重点工業企業の排出する廃 水、排気ガス中の主要汚染物質は規範内の排出を実現 し、主要汚染物質の排出量は基本的に雲南省から示され た“十五”汚染物質排出総量制御計画の範囲内にある。

循環経済実験拠点では大きな進展があり、汚染物質排出 許可制度もしっかりと進んでいる。大理州の工業増加値 は、二桁の数値の年平均速度で増え続けているが、しか し、主な汚染物質の排出量はずっと安定しており、主な

汚染物は基本的に排出目標を達成している。2005年、

全州の工業廃水の排出量は641.69万t、その中の主要汚 染物の排出量は、カドニウム0.01t、鉛0.02t、化学需酸 素量833.16t、石油類0.02tである。全州の工業排気ガス 放出量は1,504,618万標準㎥で、その中の燃料の燃焼中 に排出される排気ガスは937,620万標準㎥、生産工業の 中で排出される排気ガスは566,998万標準㎥で、排気ガ スの中の二酸化硫黄9,330.71t、塵煙8,427.38t、工業粉塵 340.60tである。全州の工業固体廃棄物の産出量は74.33 万t、その中の危険廃棄物は1.00万t、精錬廃棄物は16.01 万t、冶金廃棄物は3.55万t、粉塵灰0.13万t、無用鉱物 35.11万t、その他の廃棄物13.64万t。工業固形廃棄物排 出量1.05t、工業固体廃棄物の総合利用率は年を逐って 増加し、2005年には総合利用率が50%以上に達している。

 2005年までで、大理州には亜麻加工企業は13社あり、

主に賓川・祥雲・巍山・弥渡および永平五県に分布して いる。亜麻の廃水汚染問題に対して、大理州環境保護局 は循環経済理念の指導の下に、我が州の実際状況を考慮 し、積極的に廃水管理の技術を探り、賓川県の兆豊亜麻 会社と祥雲県の洪源亜麻会社を主として“湿地処理”

実験のモデル項目を展開し、“嫌気処理+人口湿地”処 理の亜麻廃水管理技術を初めて見つけ出した。処理後の 生産廃水をすべて回収して利用し、生産廃水を出さない 事に初歩的な成果を上げている。賓川県の鑫龍亜麻会社 と弥渡県亜麻会社を主として“生化学、酸化促進法”実 験のモデル項目が実施されるとともに、明瞭な成果をあ げている。生産廃水のゼロ排出実現して、廃水・汚水・

不要亜麻くずを資源化し再利用し、環境への効果と経済 への効果および社会効果の協調ある発展ができるように と、我が州の亜麻産業の健康な発展に積極的な促進作用 を行ったのである

*63

4 都市環境の総合整備設

 1956年から1976年の20年間、全州の都市部の水環境、

大気環境、騒音環境は目立つことがなかったので、都市 部の環境総合整備については議論の日程に上がることが なかった。80年代になって、都市人口の絶え間ない増 加、工業の絶え間なき発展に従って、都市部の汚染問題 が日増しに目につき始めた。雲南人口繊維工場、大理造 紙工場、洱濱造紙工場で生産が始まって以降、大理市の 西洱河水は紙生産の廃水でひどく汚染され、水の色は黒 く、泡沫で表面が覆われ、強い風が吹くと、空に雪のよ うに泡が舞った。西洱河の汚染は大理市の多くの人々の 強い反応をよんだ。州、市人民政府は西洱河の汚染対策

*62 “十五”:第10次五カ年計画のこと。2001年~ 2005年の期間

*63 杜氏の《試論大理州生態工業園建設》(《大理州環境保護思考と対策》pp294-7)では、工業化は現代化のために不可欠のものとして捉 えられ、その実現のためにエネルギーの使用や廃棄物を減少させ、持続可能な経済・生態及び社会の関係を作り上げることが提唱されている。

参照

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