広報
2017.
10
No.543
―震災後初の敬老会―
おおくま
見
た
か
っ
た
笑
顔
東日本大震災・東京電力福島第一
原発事故後では初めてとなる大熊町
敬老会が開かれました。県内外の避
難先から集まった307人のお年寄
りは、懐かしい顔を見つけては笑顔
で言葉を交わしました。
ぶ
り
年
老
7
敬
会
東日本大震災・東京電力福島第一
原発事故後では初めてとなる大熊町
敬老会が開かれました。県内外の避
難先から集まった307人のお年寄
りは、懐かしい顔を見つけては笑顔
で言葉を交わしました。
ぶ
り
年
老
7
敬
会
町のお年寄りが楽しみにしてい た年に1度の敬老会は震災前、町 総合体育館などを会場に、盛大に 開 催 し て い ま し た。 し か し 震 災 後、全国に避難する皆さんの支援 など優先業務に取り組む中、敬老 会の再開に時間を要してしまいま した。 7年ぶりの敬老会はいわき市の ス パ リ ゾ ー ト ハ ワ イ ア ン ズ・ ラ ピータで開かれました。対象とな る 70歳以上の方は9月7日現在で 男 性 7 1 8 人、 女 性 1 0 4 7 人 の 合 計 1 7 6 5 人 で、 こ の う ち 307人が出席しました。 渡辺利綱町長の式辞、吉田栄光 県議、鈴木光一町議会議長のお祝 いの言葉に対し、出席者を代表し て、町老人クラブ連合会長の広島 幸 雄 さ ん が﹁ 7 年 ぶ り の 開 催 に 当 た り 、 皆 さ ん の 心 温 ま る 対 応 、 励 ましの言葉に厚く御礼申し上げま す 。 私 た ち も 早 期 の 町 復 興 を 望 ん で お り 、 お 役 に 立 て る こ と は で き る 限 り 協 力 し ま す ﹂ と 謝 辞 を 述 べ ました。 席 上、 最 高 齢 の 吉 田 信 さ ん ︵105歳︶ 、米寿の 57人に、町か ら記念品が贈られました。 また、年齢にとらわれずいきい きと活躍しているお年寄りをたた える内閣府の﹁エイジレス・ライ フ﹂の実践者として、民謡指導の 飯畑トヤさんと交通指導の赤井光 清さんにエイジレス章が伝達され ました。 このほか、金婚を迎えた9組の 夫婦に、県老人クラブ連合会と福 島民報社から﹁しあわせ金婚夫婦 表彰﹂の表彰状が贈られました。 スパリゾートハワイアンズダン シングチームによるハワイアンフ ラのショーや歌手紅晴美さんの歌 謡ショーも繰り広げられました。
≪各種受賞者≫
■最高齢 吉田信 ■米寿 渡部剛、井戸川次雄、中川ヒデ子、岡田ミチ、佐藤忠弘、志賀ミヨ子、 斉藤章子、吉田照子、片吉ミヨ、石田フクイ、秋本房子、泉田和子、相原シゲ子、 杉内アヤ子、池田コウ、吉田みよ子、仲野ちよ子、吉田トヨ、仲野勝雄、鈴木得子、 斉藤留雄、米山キクエ、三川多伎子、猪狩鏡子、中里典重、鈴木宮貴、堀井ヱイ、 石田ウメヨ、栃久保ノリ子、市村義典、武内八重子、磯貝カン、宗像クラヨ、 梅田トシ子、佐々木マサ、木村蓉子、志賀ノリヨ、荒木英明、秋本清子、 松永幸吉、大和田ミヨ子、鎌田ミツ子、渡部操、佐藤光子、佐藤冨子、岩城栄子、 織田尚勝、山田勝康、渡部正士、関根カツコ、鈴木モト、渡辺政、亀屋美子、 樋渡初美、樋渡ヨウ子、新工トシ子、加井長明 ■エイジレス章 飯畑トヤ、赤井光清 ■しあわせ金婚夫婦 根本充春・友子、猪狩瑛一・瑞枝、金森干城・栄子、鳥海俊英・彰子、 冨田英市・睦子、佐藤勝・カツ子、山岸三夫・陽子、引地秀治・時子、 青山春男・マサ子307人、交わす笑顔
7年ぶり敬老会
ぶ
り
年
老
7
敬
会
二
人
で
ひとこと
荒木英明さん・木村保充さん 同じ会津若松市の仮設住宅で暮らして以来の再 会です。昔は隣組で兄弟分のような仲だった。会 えて嬉しい。 小野田恵子さん・工藤孝子さん 震災の後初めて会います。本当に懐かし い。お互いの今の暮らしのことなどを話しま した。 小野田智さん・中野明さん 10 年以上隣に住んでいた大親友。庭木や盆栽 の趣味も一緒でした。お互いに元気なことを確か めることができてよかった。 宇佐見光子さん・小畑トク子さん みんなバラバラになってなかなか会えなくなっ たので、とても懐かしいです。来ていない人もい ましたが、楽しかったです。 根本常子さん・杉本幸子さん 再会に胸いっぱいで、しばらく話せませんでし た。一度にこれだけ多くの人と会えるのは敬老会 しかないので、来年以降も参加したいです。 根本充春さん・友子さん夫妻 金婚を迎え 50 年を振り返ると、苦労も多かっ たはずですが、楽しいことばかりを思い出します。 2人で元気でいられることは幸せなことです。町のお年寄りが楽しみにしてい た年に1度の敬老会は震災前、町 総合体育館などを会場に、盛大に 開 催 し て い ま し た。 し か し 震 災 後、全国に避難する皆さんの支援 など優先業務に取り組む中、敬老 会の再開に時間を要してしまいま した。 7年ぶりの敬老会はいわき市の ス パ リ ゾ ー ト ハ ワ イ ア ン ズ・ ラ ピータで開かれました。対象とな る 70歳以上の方は9月7日現在で 男 性 7 1 8 人、 女 性 1 0 4 7 人 の 合 計 1 7 6 5 人 で、 こ の う ち 307人が出席しました。 渡辺利綱町長の式辞、吉田栄光 県議、鈴木光一町議会議長のお祝 いの言葉に対し、出席者を代表し て、町老人クラブ連合会長の広島 幸 雄 さ ん が﹁ 7 年 ぶ り の 開 催 に 当 た り 、 皆 さ ん の 心 温 ま る 対 応 、 励 ましの言葉に厚く御礼申し上げま す 。 私 た ち も 早 期 の 町 復 興 を 望 ん で お り 、 お 役 に 立 て る こ と は で き る 限 り 協 力 し ま す ﹂ と 謝 辞 を 述 べ ました。 席 上、 最 高 齢 の 吉 田 信 さ ん ︵105歳︶ 、米寿の 57人に、町か ら記念品が贈られました。 また、年齢にとらわれずいきい きと活躍しているお年寄りをたた える内閣府の﹁エイジレス・ライ フ﹂の実践者として、民謡指導の 飯畑トヤさんと交通指導の赤井光 清さんにエイジレス章が伝達され ました。 このほか、金婚を迎えた9組の 夫婦に、県老人クラブ連合会と福 島民報社から﹁しあわせ金婚夫婦 表彰﹂の表彰状が贈られました。 スパリゾートハワイアンズダン シングチームによるハワイアンフ ラのショーや歌手紅晴美さんの歌 謡ショーも繰り広げられました。
≪各種受賞者≫
■最高齢 吉田信 ■米寿 渡部剛、井戸川次雄、中川ヒデ子、岡田ミチ、佐藤忠弘、志賀ミヨ子、 斉藤章子、吉田照子、片吉ミヨ、石田フクイ、秋本房子、泉田和子、相原シゲ子、 杉内アヤ子、池田コウ、吉田みよ子、仲野ちよ子、吉田トヨ、仲野勝雄、鈴木得子、 斉藤留雄、米山キクエ、三川多伎子、猪狩鏡子、中里典重、鈴木宮貴、堀井ヱイ、 石田ウメヨ、栃久保ノリ子、市村義典、武内八重子、磯貝カン、宗像クラヨ、 梅田トシ子、佐々木マサ、木村蓉子、志賀ノリヨ、荒木英明、秋本清子、 松永幸吉、大和田ミヨ子、鎌田ミツ子、渡部操、佐藤光子、佐藤冨子、岩城栄子、 織田尚勝、山田勝康、渡部正士、関根カツコ、鈴木モト、渡辺政、亀屋美子、 樋渡初美、樋渡ヨウ子、新工トシ子、加井長明 ■エイジレス章 飯畑トヤ、赤井光清 ■しあわせ金婚夫婦 根本充春・友子、猪狩瑛一・瑞枝、金森干城・栄子、鳥海俊英・彰子、 冨田英市・睦子、佐藤勝・カツ子、山岸三夫・陽子、引地秀治・時子、 青山春男・マサ子307人、交わす笑顔
7年ぶり敬老会
ぶ
り
年
老
7
敬
会
二
人
で
ひとこと
荒木英明さん・木村保充さん 同じ会津若松市の仮設住宅で暮らして以来の再 会です。昔は隣組で兄弟分のような仲だった。会 えて嬉しい。 小野田恵子さん・工藤孝子さん 震災の後初めて会います。本当に懐かし い。お互いの今の暮らしのことなどを話しま した。 小野田智さん・中野明さん 10 年以上隣に住んでいた大親友。庭木や盆栽 の趣味も一緒でした。お互いに元気なことを確か めることができてよかった。 宇佐見光子さん・小畑トク子さん みんなバラバラになってなかなか会えなくなっ たので、とても懐かしいです。来ていない人もい ましたが、楽しかったです。 根本常子さん・杉本幸子さん 再会に胸いっぱいで、しばらく話せませんでし た。一度にこれだけ多くの人と会えるのは敬老会 しかないので、来年以降も参加したいです。 根本充春さん・友子さん夫妻 金婚を迎え 50 年を振り返ると、苦労も多かっ たはずですが、楽しいことばかりを思い出します。 2人で元気でいられることは幸せなことです。会津若松市に避難してい る赤井光清さん︵ 81︶は毎 朝、鶴城小学校前と町役場 会津若松出張所前で交通整 理 の ボ ラ ン テ ィ ア を 行 い、 地元小学生や一般住民の通 勤 通 学 を 見 守 っ て き ま し た。 ﹁会津への恩返しです﹂ と、雨の日も雪の日も立ち 続けています。
□□□□
赤井さんが交通安全活動 に携わったのは 40年以上前 になります。地元・熊2区 で交通安全を担当していた 役員が辞めるにあたり、後 任をお願いされたのがきっ か け だ っ た そ う で す。 ﹁ 頼 まれたことだし、自分の子 どもも地域のお世話になっ て安全に通学しているので 引き受けました﹂と振り返 り ま す。 震 災 前 の 活 動 は もっぱら、全国的な交通安 全キャンペーンでの啓発や 地域、学校の行事の交通誘 導など、大工のお仕事の傍 ら続けました。 6年前、東日本大震災と 東京電力福島第一原発事故 に伴う全町避難で生活が一 変しましたが、交通安全活 動は続けました。身を寄せ た 田 村 市 の 体 育 館 に ス ク リーニングや支援物資の輸 送などでひっきりなしに車 両 が 出 入 り す る 光 景 を 見 て、交通整理を買って出ま し た。 ﹁ お 世 話 に な っ て い るのだから、少しでも役に 立 ち た い ﹂ と の 思 い か ら だったそうです。 その後に移り住んだ会津 若松市でも、町役場会津若 松出張所前の横断歩道で交 通整理を続けました。初め は制服や誘導棒がなく、交 通 整 理 を し て い る と 認 識 し て も ら え な か っ た た め か、停めた車の運転手に怒 鳴られたこともあったそう です。それでも﹁会津には お世話になっているのだか ら﹂と、平日の午前7時か ら8時 30分まで毎日、交通 整理に立ち続けました。こ の6年半余り、休んだのは 合計で1週間ほどだそうで す。 ﹁今は顔見知りも増え、 あいさつしてくれる人もい ます﹂ 。 会 津 に は 忘 れ ら れ な い ﹁ 恩 ﹂ が あ り ま す。 避 難 し てきたばかりの頃、4月に なっても寒い日が続きまし たが、自宅から持ってきた ものはほとんどなく、夫婦 で寒い思いをして過ごした そうです。そんなとき、よ く買い物をしていたお店の ご主人が新品の毛布を2枚 く だ さ っ た そ う で す。 ﹁ あ の毛布の暖かさは今でも覚 え て い ま す ﹂。 借 上 げ 住 宅 に 移 っ て か ら は 布 団 や 鍋、 食器、衣類など、多くの支 援 を し て も ら っ て い ま す。 支援をきっかけに今も交流 を続けている方は少なくな いそうです。□□□□
80歳を超えた身に、子ど もたちの笑顔は元気の源で す。 ﹁ 疲 れ て い て も、 子 ど もたちのことを思うと体が 動 く ﹂ と い い ま す。 ﹁ こ れ が私の楽しみなんです。か えって、土日の休みを挟む と 調 子 が 狂 う ぐ ら い だ ﹂。 会 津 に い る 限 り 立 ち 続 け る、そう誓っています。毎朝、
恩返しの
交通整理
赤井光清さん
内閣府の「エイジレス章」を受けたお二人にお話を伺いました。
81歳
いわき市の仮設住宅に暮 らす飯畑トヤさん ︵ 94︶ は、 大好きな民謡を半世紀にわ たって続け、現在は市内に 避難する女性たちと結成し た ﹁藤華会﹂ の一員として、 楽しく歌声を響かせていま す。□□□□
飯畑さんは 21歳で夫の正 吉さんと結婚し、5人の子 どもに恵まれました。しか し生活は厳しく、家事と子 育てをしながら自らも日雇 いの仕事などをして家計を 支 え た そ う で す。 ﹁ 周 り の 家 も み ん な そ う だ っ た し、 苦しいと思ったことはない ねえ﹂と振り返ります。よ うやくわずかな時間の余裕 が持てるようになった 40代 半ば、近所の友人に誘われ て 始 め た の が 民 謡 で し た。 歌うことはもちろん、仲間 との交流が楽しくて、すっ か り の め り 込 み ま し た。 ﹁ 歌 っ て い る 時 だ け は 生 活 の こ と を 忘 れ ま し た ﹂。 師 匠の杉内政巳さん︵静岡県 三島市在住︶に誘われ、町 内の学校や幼稚園で子ども に民謡を教えたり、各地の 愛好家同士の交流会に参加 したりして、技術を磨きま し た。 ﹁ 最 初 は 着 物 の 裾 が 震 え る ほ ど 緊 張 し ま し た。 今 は す っ か り 慣 れ ま し た。 ずるくなったんですね﹂と 笑います。 子どもたちは独立し、 10 年ほど前に正吉さんが他界 してからはずっと一人で暮 らしています。震災と原発 事故に伴う避難では埼玉や 東京、会津などを転々とし ました。その後、いわき市 に落ち着いてからも、しば らく民謡はできませんでし た。再開のきっかけは2年 ほど前、同じいわき市に住 む愛好家の方が飯畑さんの ことを知っていて、一緒に 民謡をやりましょうと声を 掛けられたからです。昨年 8月にはメンバー6人で藤 華会を発足させ、地元の小 名 浜 地 区 文 化 協 会 に 加 盟、 市 内 の 文 化 祭 に 出 演 し た り、市民と双葉地方の住民 の交流施設の落成式に招か れて発表したりする機会も ありました。□□□□
藤 華 会 は 月 2 回、 メ ン バーの自宅の一室を借りて 練習をしています。三味線 の伴奏に合わせて響かせる 歌声は、娘や孫ほど年齢の 離れた仲間にも負けない声 量です。メンバーの皆さん も﹁自分がその年になって、 あ れ だ け の 声 は 出 せ ま せ ん﹂と驚いています。得意 なジャンルは﹁相馬もの﹂ 。 ﹁ 相 馬 流 れ 山 ﹂﹁ 新 相 馬 節 ﹂ な ど、 数 あ る 名 曲 の 中 で、 十八番を自負するのは浪曲 入りの﹁北方二遍返し﹂で す。四季折々の相馬の風物 と勇壮な相馬野馬追を歌っ た 曲 で す。 ﹁ 仮 設 住 宅 で 大 声は出せないし、みんなで 集まったときだけが楽しみ です﹂と話します。 現在は、メンバーの結婚 披露宴で歌う ﹁秋田大黒舞﹂ を 練 習 中 で す。 ﹁ こ ん な 年 寄りを仲間に入れてくれて ありがたい﹂ 。感謝の込もっ た歌声に、自然と熱が入り ます。半世紀、
大好きな
民謡続け
飯畑トヤさん
年齢にとらわれず、いきいきと活躍しているお年寄りをたたえる
94歳
ぶ り
年
老
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会
会津若松市に避難してい る赤井光清さん︵ 81︶は毎 朝、鶴城小学校前と町役場 会津若松出張所前で交通整 理 の ボ ラ ン テ ィ ア を 行 い、 地元小学生や一般住民の通 勤 通 学 を 見 守 っ て き ま し た。 ﹁会津への恩返しです﹂ と、雨の日も雪の日も立ち 続けています。
□□□□
赤井さんが交通安全活動 に携わったのは 40年以上前 になります。地元・熊2区 で交通安全を担当していた 役員が辞めるにあたり、後 任をお願いされたのがきっ か け だ っ た そ う で す。 ﹁ 頼 まれたことだし、自分の子 どもも地域のお世話になっ て安全に通学しているので 引き受けました﹂と振り返 り ま す。 震 災 前 の 活 動 は もっぱら、全国的な交通安 全キャンペーンでの啓発や 地域、学校の行事の交通誘 導など、大工のお仕事の傍 ら続けました。 6年前、東日本大震災と 東京電力福島第一原発事故 に伴う全町避難で生活が一 変しましたが、交通安全活 動は続けました。身を寄せ た 田 村 市 の 体 育 館 に ス ク リーニングや支援物資の輸 送などでひっきりなしに車 両 が 出 入 り す る 光 景 を 見 て、交通整理を買って出ま し た。 ﹁ お 世 話 に な っ て い るのだから、少しでも役に 立 ち た い ﹂ と の 思 い か ら だったそうです。 その後に移り住んだ会津 若松市でも、町役場会津若 松出張所前の横断歩道で交 通整理を続けました。初め は制服や誘導棒がなく、交 通 整 理 を し て い る と 認 識 し て も ら え な か っ た た め か、停めた車の運転手に怒 鳴られたこともあったそう です。それでも﹁会津には お世話になっているのだか ら﹂と、平日の午前7時か ら8時 30分まで毎日、交通 整理に立ち続けました。こ の6年半余り、休んだのは 合計で1週間ほどだそうで す。 ﹁今は顔見知りも増え、 あいさつしてくれる人もい ます﹂ 。 会 津 に は 忘 れ ら れ な い ﹁ 恩 ﹂ が あ り ま す。 避 難 し てきたばかりの頃、4月に なっても寒い日が続きまし たが、自宅から持ってきた ものはほとんどなく、夫婦 で寒い思いをして過ごした そうです。そんなとき、よ く買い物をしていたお店の ご主人が新品の毛布を2枚 く だ さ っ た そ う で す。 ﹁ あ の毛布の暖かさは今でも覚 え て い ま す ﹂。 借 上 げ 住 宅 に 移 っ て か ら は 布 団 や 鍋、 食器、衣類など、多くの支 援 を し て も ら っ て い ま す。 支援をきっかけに今も交流 を続けている方は少なくな いそうです。□□□□
80歳を超えた身に、子ど もたちの笑顔は元気の源で す。 ﹁ 疲 れ て い て も、 子 ど もたちのことを思うと体が 動 く ﹂ と い い ま す。 ﹁ こ れ が私の楽しみなんです。か えって、土日の休みを挟む と 調 子 が 狂 う ぐ ら い だ ﹂。 会 津 に い る 限 り 立 ち 続 け る、そう誓っています。毎朝、
恩返しの
交通整理
赤井光清さん
内閣府の「エイジレス章」を受けたお二人にお話を伺いました。
81歳
いわき市の仮設住宅に暮 らす飯畑トヤさん ︵ 94︶ は、 大好きな民謡を半世紀にわ たって続け、現在は市内に 避難する女性たちと結成し た ﹁藤華会﹂ の一員として、 楽しく歌声を響かせていま す。□□□□
飯畑さんは 21歳で夫の正 吉さんと結婚し、5人の子 どもに恵まれました。しか し生活は厳しく、家事と子 育てをしながら自らも日雇 いの仕事などをして家計を 支 え た そ う で す。 ﹁ 周 り の 家 も み ん な そ う だ っ た し、 苦しいと思ったことはない ねえ﹂と振り返ります。よ うやくわずかな時間の余裕 が持てるようになった 40代 半ば、近所の友人に誘われ て 始 め た の が 民 謡 で し た。 歌うことはもちろん、仲間 との交流が楽しくて、すっ か り の め り 込 み ま し た。 ﹁ 歌 っ て い る 時 だ け は 生 活 の こ と を 忘 れ ま し た ﹂。 師 匠の杉内政巳さん︵静岡県 三島市在住︶に誘われ、町 内の学校や幼稚園で子ども に民謡を教えたり、各地の 愛好家同士の交流会に参加 したりして、技術を磨きま し た。 ﹁ 最 初 は 着 物 の 裾 が 震 え る ほ ど 緊 張 し ま し た。 今 は す っ か り 慣 れ ま し た。 ずるくなったんですね﹂と 笑います。 子どもたちは独立し、 10 年ほど前に正吉さんが他界 してからはずっと一人で暮 らしています。震災と原発 事故に伴う避難では埼玉や 東京、会津などを転々とし ました。その後、いわき市 に落ち着いてからも、しば らく民謡はできませんでし た。再開のきっかけは2年 ほど前、同じいわき市に住 む愛好家の方が飯畑さんの ことを知っていて、一緒に 民謡をやりましょうと声を 掛けられたからです。昨年 8月にはメンバー6人で藤 華会を発足させ、地元の小 名 浜 地 区 文 化 協 会 に 加 盟、 市 内 の 文 化 祭 に 出 演 し た り、市民と双葉地方の住民 の交流施設の落成式に招か れて発表したりする機会も ありました。□□□□
藤 華 会 は 月 2 回、 メ ン バーの自宅の一室を借りて 練習をしています。三味線 の伴奏に合わせて響かせる 歌声は、娘や孫ほど年齢の 離れた仲間にも負けない声 量です。メンバーの皆さん も﹁自分がその年になって、 あ れ だ け の 声 は 出 せ ま せ ん﹂と驚いています。得意 なジャンルは﹁相馬もの﹂ 。 ﹁ 相 馬 流 れ 山 ﹂﹁ 新 相 馬 節 ﹂ な ど、 数 あ る 名 曲 の 中 で、 十八番を自負するのは浪曲 入りの﹁北方二遍返し﹂で す。四季折々の相馬の風物 と勇壮な相馬野馬追を歌っ た 曲 で す。 ﹁ 仮 設 住 宅 で 大 声は出せないし、みんなで 集まったときだけが楽しみ です﹂と話します。 現在は、メンバーの結婚 披露宴で歌う ﹁秋田大黒舞﹂ を 練 習 中 で す。 ﹁ こ ん な 年 寄りを仲間に入れてくれて ありがたい﹂ 。感謝の込もっ た歌声に、自然と熱が入り ます。半世紀、
大好きな
民謡続け
飯畑トヤさん
年齢にとらわれず、いきいきと活躍しているお年寄りをたたえる
94歳
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年
老
7
敬
会
ま
ち
の
話題
TOWN TOPICS
渡辺利綱町長は8月 28日、双 葉町の伊沢史朗町長とともに復 興庁を訪れ、特定復興再生拠点 に関する要望書を吉野正芳大臣 に手渡しました。要望は4項目 で、両町が帰還困難区域の復興 に早期着手できるよう、両町の 意向を尊重して復興再生計画を 早 期 に 認 定 す る よ う 求 め た ほ か、帰還困難区域全域の避難解 除に向けた予算確保、特定復興 再生拠点の区域外についても時 間軸を示しながら荒廃抑制対策 を 行 う こ と な ど を 要 望 し ま し た。 また経済産業省と東京電力に 対し、町民の居住形態によって 家 賃 賠 償 に 格 差 が 生 じ な い よ う、賠償期間を仮設住宅の供与 期間と合わせること、帰還を希 望する町民も住居確保損害にか かる賠償の対象とすることを要 望 し ま し た。 武 藤 容 治 副 大 臣、 小早川智明社長に要望書を手渡 しました。 吉野大臣に要望書を手渡す渡辺町長 前原代表に要望書を手渡す渡辺町長復興庁や経産省に要望
復興拠点や家賃賠償で渡辺町長
民進党の前原誠司代表は9月 11日、町役場会津若松出張所を 訪れて意見聴取会を開き、町の 復興に関して渡辺町長や町幹部 と懇談しました。渡辺町長は家 賃賠償や特定復興再生拠点に関 する要望書を前原代表に手渡し ました。前原代表は﹁しっかり 受け止め、与野党協力して実現 できるよう取り組みたい﹂と述 べました。渡辺町長は﹁野党第 一党として、目に見える形で復 興施策に取り組んでほしい﹂と 述べました。民進党・前原代表に要望
意見聴取会で若松出張所訪問
関東のツーリング愛好家団体 ﹁ 群 嶺 飛 通 輪 颶 隊︵ ぐ れ び ツ ー リ ン グ た い ︶﹂ の 皆 さ ん が 9 月 12日、町役場会津若松出張所を 訪れ、町への見舞金を届けてく ださいました。7回目の今回は 20人が参加し、それぞれ経営す る飲食店や所属団体で集めた寄 付を渡辺利綱町長に手渡しまし た。岡田博樹代表は﹁大した力 にはなれないが、できる限り応 援 を 続 け た い ﹂ と 述 べ ま し た。 渡辺町長は﹁将来、大熊町で皆 さんを迎えられるよう復興に取 り組みます﹂と感謝しました。 見舞金を届けたメンバーツーリング隊、今年も浄財
メンバー20人若松出張所に届ける
震災後、7年ぶりに川内村で 復活開催された﹁ 24時間チャリ ティー野球大会﹂に、大熊町か らも野球愛好家が多数出場しま した。大会は8月 26日正午から 翌 27日 正 午 ま で 開 か れ、 ﹁ 絆 ﹂ チームと﹁感謝﹂チームに分か れて熱戦を繰り広げました。町 からは町内事業所関係者、一般 町民、役場職員など約 30人が出 場し、交代で出場して野球を楽 しみました。中には 12時間近く 会場にいた選手もいて、夏の名 物行事の盛り上げに一役買って いました。 24 時間野球に出場した大熊町関係者24時間野球に「参戦」
7年ぶり開催で大熊の選手も
大熊町長杯パークゴルフ大会 が9月7日、北塩原村のグラン デコリゾートパークゴルフ場で 開 か れ、 58人 が 出 場 し ま し た。 あいにくの雨模様でしたが、渡 辺利綱町長の始球式の後、全 36 ホールを回りました。ホールイ ンワンが4回出るなど、選手は 楽しくプレーしながら親睦を深 めました。成績は次のとおり。 ▽男子①木田晴夫②青山六郎③ 泉康弘④斉藤重征⑤藤田昭俉 ▽ 女 子 ① 長 谷 川 三 重 子 ② 冨 田 睦 子 ③ 志 賀 幸 子 ④ 秋 本 良 子 ⑤ 佐 藤 洋 子 楽しくプレーする選手雨でも楽しくプレー
町長杯パークゴルフ
福島市出身の箏演奏家・遠藤 千晶さんのコンサートが9月7 日、 会 津 若 松 市 河 東 町 の 熊 町・ 大野小学校体育館で開かれまし た。遠藤さんの訪問は震災後2 回目で、町の小中学生や町民な ど合わせて130人を前に﹁六 段の調べ﹂など7曲を披露しま した。子どもたちが演奏を体験 する時間もあり、楽しく演奏で きたことを喜んでいました。遠 藤さんは﹁周りの人との縁を大 切に、夢を描いて努力してくだ さい﹂と子どもたちにエールを 送りました。 箏を演奏する遠藤さん小学校で箏コンサート
福島市出身の遠藤千晶さん
ま
ち
の
話題
TOWN TOPICS
渡辺利綱町長は8月 28日、双 葉町の伊沢史朗町長とともに復 興庁を訪れ、特定復興再生拠点 に関する要望書を吉野正芳大臣 に手渡しました。要望は4項目 で、両町が帰還困難区域の復興 に早期着手できるよう、両町の 意向を尊重して復興再生計画を 早 期 に 認 定 す る よ う 求 め た ほ か、帰還困難区域全域の避難解 除に向けた予算確保、特定復興 再生拠点の区域外についても時 間軸を示しながら荒廃抑制対策 を 行 う こ と な ど を 要 望 し ま し た。 また経済産業省と東京電力に 対し、町民の居住形態によって 家 賃 賠 償 に 格 差 が 生 じ な い よ う、賠償期間を仮設住宅の供与 期間と合わせること、帰還を希 望する町民も住居確保損害にか かる賠償の対象とすることを要 望 し ま し た。 武 藤 容 治 副 大 臣、 小早川智明社長に要望書を手渡 しました。 吉野大臣に要望書を手渡す渡辺町長 前原代表に要望書を手渡す渡辺町長復興庁や経産省に要望
復興拠点や家賃賠償で渡辺町長
民進党の前原誠司代表は9月 11日、町役場会津若松出張所を 訪れて意見聴取会を開き、町の 復興に関して渡辺町長や町幹部 と懇談しました。渡辺町長は家 賃賠償や特定復興再生拠点に関 する要望書を前原代表に手渡し ました。前原代表は﹁しっかり 受け止め、与野党協力して実現 できるよう取り組みたい﹂と述 べました。渡辺町長は﹁野党第 一党として、目に見える形で復 興施策に取り組んでほしい﹂と 述べました。民進党・前原代表に要望
意見聴取会で若松出張所訪問
関東のツーリング愛好家団体 ﹁ 群 嶺 飛 通 輪 颶 隊︵ ぐ れ び ツ ー リ ン グ た い ︶﹂ の 皆 さ ん が 9 月 12日、町役場会津若松出張所を 訪れ、町への見舞金を届けてく ださいました。7回目の今回は 20人が参加し、それぞれ経営す る飲食店や所属団体で集めた寄 付を渡辺利綱町長に手渡しまし た。岡田博樹代表は﹁大した力 にはなれないが、できる限り応 援 を 続 け た い ﹂ と 述 べ ま し た。 渡辺町長は﹁将来、大熊町で皆 さんを迎えられるよう復興に取 り組みます﹂と感謝しました。 見舞金を届けたメンバーツーリング隊、今年も浄財
メンバー20人若松出張所に届ける
震災後、7年ぶりに川内村で 復活開催された﹁ 24時間チャリ ティー野球大会﹂に、大熊町か らも野球愛好家が多数出場しま した。大会は8月 26日正午から 翌 27日 正 午 ま で 開 か れ、 ﹁ 絆 ﹂ チームと﹁感謝﹂チームに分か れて熱戦を繰り広げました。町 からは町内事業所関係者、一般 町民、役場職員など約 30人が出 場し、交代で出場して野球を楽 しみました。中には 12時間近く 会場にいた選手もいて、夏の名 物行事の盛り上げに一役買って いました。 24 時間野球に出場した大熊町関係者24時間野球に「参戦」
7年ぶり開催で大熊の選手も
大熊町長杯パークゴルフ大会 が9月7日、北塩原村のグラン デコリゾートパークゴルフ場で 開 か れ、 58人 が 出 場 し ま し た。 あいにくの雨模様でしたが、渡 辺利綱町長の始球式の後、全 36 ホールを回りました。ホールイ ンワンが4回出るなど、選手は 楽しくプレーしながら親睦を深 めました。成績は次のとおり。 ▽男子①木田晴夫②青山六郎③ 泉康弘④斉藤重征⑤藤田昭俉 ▽ 女 子 ① 長 谷 川 三 重 子 ② 冨 田 睦 子 ③ 志 賀 幸 子 ④ 秋 本 良 子 ⑤ 佐 藤 洋 子 楽しくプレーする選手雨でも楽しくプレー
町長杯パークゴルフ
福島市出身の箏演奏家・遠藤 千晶さんのコンサートが9月7 日、 会 津 若 松 市 河 東 町 の 熊 町・ 大野小学校体育館で開かれまし た。遠藤さんの訪問は震災後2 回目で、町の小中学生や町民な ど合わせて130人を前に﹁六 段の調べ﹂など7曲を披露しま した。子どもたちが演奏を体験 する時間もあり、楽しく演奏で きたことを喜んでいました。遠 藤さんは﹁周りの人との縁を大 切に、夢を描いて努力してくだ さい﹂と子どもたちにエールを 送りました。 箏を演奏する遠藤さん小学校で箏コンサート
福島市出身の遠藤千晶さん
町立の幼稚園、小中学校 合同の運動会﹁顔晴︵がん ば︶ ろう!大熊っ子!大会﹂ が9月 16日、会津若松市河 東町の熊町・大野小学校校 庭で開かれました。 開会式で恒例の紅組、白 組 エ ー ル 交 換 を 行 っ た 後、 徒競走、大玉転がし、ダン ス、 綱 引 き、 リ レ ー な ど、 運動会定番の種目を繰り広 げました。今年も町出身の 陸上選手秋本真吾さんが駆 け付け、子どもたちと一緒 に競技に参加してください ました。大熊盆踊りでは保 護者や来賓の皆さんも一緒 に輪をつくりました。相馬 野馬追の神旗争奪戦を騎馬 戦に取り入れた種目も行わ れ、 会場を盛り上げました。 宮城教育大の学生ボラン ティアが裏方として進行を 支えてくださいました。晴 天に恵まれ、子どもたちも 保護者も来賓も一体となっ て運動会を楽しみました。
青空の下で楽しく競技
顔晴ろう!大熊っ子!大会
第 11回市町村対抗県軟式野球 大会に出場した大熊町チームは 9月 16日、本宮市のしらさわグ リーンパーク野球場で石川町と の1回戦に臨みました。大熊町 は初回に先制しましたが、3回 に同点に追いつかれると、5回 に逆転され、最終的に1ー4で 惜敗しました。大熊町は3回に 無死満塁の好機をつくるなど健 闘しましたが、石川町の継投に かわされました。それでも選手 たちははつらつとプレーしてい ました。選手の皆さん、お疲れ さまでした。 はつらつとプレーした選手大熊町、初戦で惜敗
市町村野球、石川町に1−4
会津若松市の松長近隣公園仮 設住宅に9月 20日、仙台フィル ハーモニー管弦楽団のメンバー が 訪 れ、 演 奏 を 披 露 し ま し た。 サントリーの被災地復興支援事 業﹁東北サンさんプロジェクト﹂ の一環で、 バイオリン、 ビオラ、 チェロの演奏家4人がクラシッ ク曲やNHK大河ドラマ﹁真田 丸﹂のテーマ曲などを演奏しま した。約 20人の町民は民謡メド レーで手拍子をしたり、童謡を 歌ったりして本格的な演奏を楽 しみました。 仙台フィルは熊町 ・ 大野小学校でも演奏しました。 演奏する仙台フィルのメンバー仮設住宅で仙台フィル演奏
サントリーの復興支援事業
緑豊かでのどかな大熊町で、安心安全の農作 物作りに励んでいました。自然を相手にする百 姓は「一生、一年生」で苦しいことも多いけれ ど、手を掛ければ、やはり何かの報いがあると 思います。その一つが四季それぞれの田園の美 しさでした。 農薬を使わないうちの田んぼには、クモが稲 と稲の間に巣を張ります。そうして害虫を捕ま えてくれるのですが、朝露をまとうと、日の光 に照らされて無数のクモの糸がキラキラと光り ました。除草のために水田に放ったカモたちも ぴょんとジャンプして虫を食べる。ヒナは私た ちを親と思って後をついてきたりしてかわいい ものです。 夏の夜は水田にホタルが飛ぶ幻想的な風景が 広がりました。家の周りは唱歌「蛍の光」にあ るように本も読めそうな明るさ。夜間立ち入り が禁じられる今、もう一度あの乱舞を見たいと 心底思います。いいこともつらいことも、忘れ ようにも忘れられない。それが古里・大熊です。おもいで拝見
大和久区
渡部隆繁さん︵
68︶
栄子さん︵
65︶
皆さんが大切にしている品、懐か しい場所を紹介していただきました ※皆さんの「おもいで」も教えてください 問 大熊町役場会津若松出張所 企画調整課水
田
町立の幼稚園、小中学校 合同の運動会﹁顔晴︵がん ば︶ ろう!大熊っ子!大会﹂ が9月 16日、会津若松市河 東町の熊町・大野小学校校 庭で開かれました。 開会式で恒例の紅組、白 組 エ ー ル 交 換 を 行 っ た 後、 徒競走、大玉転がし、ダン ス、 綱 引 き、 リ レ ー な ど、 運動会定番の種目を繰り広 げました。今年も町出身の 陸上選手秋本真吾さんが駆 け付け、子どもたちと一緒 に競技に参加してください ました。大熊盆踊りでは保 護者や来賓の皆さんも一緒 に輪をつくりました。相馬 野馬追の神旗争奪戦を騎馬 戦に取り入れた種目も行わ れ、 会場を盛り上げました。 宮城教育大の学生ボラン ティアが裏方として進行を 支えてくださいました。晴 天に恵まれ、子どもたちも 保護者も来賓も一体となっ て運動会を楽しみました。