﹁
浄
土
三
部
経
﹂
と
﹃
往
生
論
﹄
序
﹃往生論﹄研究の現状と問題点
﹃往生論﹄は現存するインドの論書の中で唯一の浄土教の論 書であり、中国に伝わっては曇驚が註釈をほどこして中国浄土 教の基礎を打ち立て、また日本にあっては法然が自身の浄土教 の正所依の経論、いわゆるコニ経一論﹂の一つとして位置づけ たが故に、浄土教史上、誠に重要な論書であるといえる。よっ てその研究は古くは江戸時代に始まり、更に近代の諸先学によ っても引き続いて研究がなされてきた。ただし、その研究のテ ーマは﹃無量寿経﹄との関係、もしくは﹃往生論﹄が依り所と する経論・思想は何かという問題に限定され、あらゆる面から 総合的に研究がなされてきたわけではない。例えば、文献研究 に欠かすことのできないテキストの問題などもこれまでほとん安
達
英
俊
︵ 3 ︶ ど研究対象とされてこなかった。また、﹃往生論﹄は相当に簡 潔な文献であるために、 その理解においてどうしても曇驚の ﹃ 往 生 論 註 ﹄ ︵ 以 下 ﹃ 論 註 ﹄ と 略 ︶ の解釈に頼る傾向があり、更 に時には宗派的立場から理解される場合もあって、﹃往生論﹄ を﹃論註﹄や宗派的見地から切り離して単独の文献として扱う 視点が十分熟成していなことも、﹃往生論﹄研究においてはい ︵ 4 ︶ ささかマイナス要素であったと言うことができよう。 今回の総合研究はそのような状況の中で、あくまで﹃往生 論﹄を単独のテキストとして研究してゆこうという視点のもと に行われ、まずもってその点において有意義であったと考えら れる。実際、本研究班の主要な作業の一つであった﹃往生論﹄ 単独テキストの蒐集もこのような観点から始められた作業であ り、これによって﹃往生論﹄単独のテキストと﹃論註﹄所収の 久悌教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ ﹃往生論﹄本文テキストは別系統のテキストであることが明ら ︵ 5 ︶ かになったのである。そしてこの事実はまた逆に﹃往生論﹄を ﹃論註﹄から切り離して研究する必要性を我々に再認識させる ﹂ と に も な っ た 。 さてそれではこのように﹃往生論﹄を独立した文献として研 究しようとする場合、解決されるべき問題点としてはいかなる ものが挙げられるであろうか。この点に関し、まずもって考え られるのは、漢訳しか残されていない﹃往生論﹄が本当にイン ︵ 6 ︶ ドの成立かという問題である。更にインド成立としても世親の 著作と認めてよいか、また偶頚と長行は同一の著者になるもの と言いえるか、ひいては菩提流支訳という伝承は正しいのかな どの疑問や、漢訳テキストの原初形態とその伝承過程なども一 度考察・確認しておくべき問題といえよう。 一方、以上のようなほとんど未着手の諸問題とは異り、
B
克 かなり検討がなされ、 それなりの成果は得ているものの、未だ 確定的な結論にまでは達していない問題もある。それは、 生 論 ﹄ がいかなる経典の﹁論﹂なのかという問題である。﹃往 生論﹄は一般に﹃無量寿経願生偶﹄もしくは﹃無量寿経論﹄な どと呼ばれ、その名称からするならば当然﹁浄土三部経﹂のな かの﹃無量寿経﹄に対するよ珊﹂であると考えられるべきでは あるが、周知のように、 ﹃往生論﹄は﹃無量寿経﹄ の章句を引 }\ 用することなく、また内容的にも﹃無量寿経﹄と明確な対応関 係が認められるわけでもなく、時にはかえって﹃無量寿経﹄ の 内容と矛盾する記述さえ見られるが故に、 ﹃往生論﹄は少なく とも﹃無量寿経﹄ 一経の﹁論﹂とは言いがたいと考えられてき た。それではいったいいかなる経典の論なのか。これまでの ﹃往生論﹄研究の主眼は主としてこの点、及びその周辺の問題 に集中していたといえる。そしてこの疑問に対する解答として は、大別して二種類の考え方がある。 その一つはあくまで﹁浄土三部経﹂ の中にその依りどころを 見いだそうという立場である。この立場からの研究の具体例に の 所 依 の 経 典 、 もしくはその思想的背景を﹁浄土三部経﹂以外の経論、中でも 唯識関連文献に見いだそうとする立場である。 ついては後ほど紹介する。もう一つは﹃往生論﹄ 往 例えばその最初期の例として望月信亨氏の研究を挙げること ができる。望月氏は﹃往生論﹄の三厳二十九種功徳成就を﹃摂 の十八円浄に基づいて成立したものと見なされた。こ 大 乗 論 ﹄ の見解はかなり広く受け入れられ 工藤成性氏などはそれを更 に押し進めて、世親の ﹃ 摂 大 乗 論 釈 ﹄ の十八円浄が三厳二十九 種功徳成就と完全に一致することを図表をもって示そうとされ て い る 。 た だ し 、 ﹂の望月氏や工藤氏の見解に対しては反対意 見もある。例えば、 長尾雅人氏は同じように浄土のことを説く両者に共通点が見られるのは当然のことであって、 むしろ説述 の組織が全く異なることを鑑みるならば、﹃往生論﹄が十八円 ︵ 日 ︶ 満にグ基づく d J 似 る 4 とは言い難いとされる。 一方、長谷岡一也氏は三厳二十九種功徳成就のみならず五念 門、五功徳門も含めて、それらは﹃摂大乗論﹄より﹃十地経﹄ にその源泉を求めることができると主張された。山口益氏も五 功徳門は﹃十地経﹄に基づくという見解を提示されており、更 に、武内紹晃氏も河野法雲氏などの説を受けて、﹃往生論﹄と ﹃華厳経﹄﹁十地品﹂﹁普賢行願品﹂との密接な関係を指摘して お ら れ る 。 一方、個別的問題ながら、﹃往生論﹄の成立を考える上で重 要な論点としては、﹁二乗種不生﹂がいかなる経論に由来する かという問題をあげることができよう。この点については、加 藤智学氏や神子上恵龍氏などが﹃悲華経﹄にその典拠を見ょう とされた。それに対し、西尾京雄氏は﹃悲華経﹄よりむしろ ﹁般若経﹂類や﹃大智度論﹄などに、また工藤成性氏は懐感の 説に基づいて﹃稔伽師地論﹄にその源泉を求めておられる。 以上、﹃往生論﹄についての問題点を列挙してきたわけであ るが、このようにしてみると﹃往生論﹄に関しては未だ多くの 解決すべき問題が残されているといえよう。従って、今述べた ような研究史を勘案するならば、本稿も未だ着手されていない ﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄ 問題を論じるか、もしくは未解決の問題に新知見を提示するか すべきであるが、今回、﹁浄土教の総合的研究﹂︵﹃往生論﹄研 の嘱託研究員として私に与えられたテ
l
マ は4
浄土三 究 班 ︶ 部経﹂から﹃往生論﹄ へ。であったので、本稿ではそのテi
マ に従って﹁浄土三部経﹂から﹃往生論﹄ つつ、主に﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄ への展開を視野に入れ の関係を検討してゆく こ と と す る 。第一章
の所依経としての
﹁
浄
土
三
部
経
﹂
﹃
往
生
論
﹄
﹃往生論﹄がその題名からするならば﹃無量寿経﹄に対する 論と見なし得るにもかかわらず、実際には到底、﹃無量寿経﹄ 一経に対する論と認めがたいことはほぼ共通の認識といえよう。 例えば、古くは曇驚が﹃論註﹄ の中で題号を注釈するに際し、 ここでいう﹁無量寿経﹂とは﹃無量寿経﹄と﹃阿弥陀経﹄︵も しくはそれらを含んだ複数の経典︶をさすという理解を示して おり、更に江戸時代に至って浄土真宗内で﹃往生論﹄の所依経 に関する論議が盛んとなった際も、主として三経通申説や総依 三経・別依大経説などが唱えられていたようである。そしてこ のような所依経複数説は概ね近代の諸先学にも受け継がれ、ほ )¥悌教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ ぽ定説となっていると言ってよかろう。ただし、 それではそれ ら複数の経典の内、中でもどの経典に最も大きく依拠するかと いう段になると、前述の知く﹁浄土三部経﹂の中の一経とする 説や﹃十地経﹄とする説など、未だ定説を見ていない。また ﹁浄土三部経﹂の内の一経とする立場の学者の中でも、工藤成 性氏の如き小経別依論と大原性実氏の知き観経別依論と神子上 恵龍氏の知き大経別依論とに分かれる。そこで以下ではまず、 これら﹁浄土三部経﹂の一々と﹃往生論﹄の関係を検討し、そ れらの経典が﹃往生論﹄とどれ程の親近性を持つのか、更にそ のうちのいずれか一経をして別依と定めることができるのかと いう諸点について考えてゆきたい。
第
一
二
立
早
︿無量寿経﹀類と
﹃
往
生
論
﹄
第一節 ﹁ 大 阿 弥 陀 経 ﹂ ・ ﹁ 無 量 寿 経 ﹂ と ﹁往生論﹂の対応箇所 ﹃往生論﹄の所依の経典としてまず﹃無量寿経﹄が挙げられ るのは、勿論その﹁無量寿経論﹂という呼称に起因する。柴田 泰 氏 の 研 究 に よ る と 、 ﹃ 往 生 論 ﹄ は ﹃ 衆 経 目 録 ﹄ ︵ ﹃ 法 経 録 ﹄ ︶ 、 ﹃ 歴 代 三 宝 紀 ﹄ 、 ﹃ 大 唐 内 典 録 ﹄ 、 ﹃ 大 周 刊 定 衆 経 目 録 ﹄ 、 ﹃ 開 元 釈 経録﹄などの経録において﹁無量寿経論﹂と記載されていると }\ 四 いう。ところがその一方で﹃歴代三宝紀﹄﹃大唐内典録﹄にお いては同時に﹁無量寿優波提舎経論﹂という呼称も用いられて おり、また現存最古の﹃往生論﹄のテキストの一つとされる一房 山雷音洞の﹃往生論﹄︵願生傷のみ︶︵七世紀始め︶の題名が ﹁優波提舎経願生偽﹂となっていることからすると、﹃往生論﹄ は﹁無量寿︵仏︶﹂、もしくはそれに関連する何らかの経典 ︵ 群 ︶ の﹁優波提舎﹂とも理解され、必ずしも﹁無量寿経﹂と いう名称の経典に対する論という性格の文献とは限らないこと たとえ﹁無量寿経﹂という名称の経典に対する 論という意味であっても、既に指摘されているように、その に な る 。 ま た 、 ﹁無量寿経﹂とはいわゆる︿無量寿経﹀類のみならず、﹃阿弥陀 経﹄︵小経︶を指す可能性も十分ある。なぜなら、曇驚や道紳 は﹃阿弥陀経﹄︵小経︶をも﹁無量寿経﹂と呼んでいるからで ま の ? φ。
以上見たように、その題号、もしくは呼称からだけでも ﹃ 往 生 論 ﹄ が ︿ 無 量 寿 経 ﹀ 一経の論である可能性は決して高い ものではないと言えるのであるが、更に内容を鑑みるとその点 がより明確となる。そこで以下において︿無量寿経﹀と﹃往生 論﹄の関連を少し詳しく見てゆくことにする。ただしその場合、 ﹃ 往 生 論 ﹄ の訳出が五三一年、もしくは五二九年であることか らして、︿無量寿経﹀類の中で﹃往生論﹄以前に成立している可能性が高いのは初期︿無量寿経﹀類と四一二年訳出の﹃無量 寿経﹄だけであるので、 一応、以下では初期︿無量寿経﹀類と ﹃無量寿経﹄のみを検討対象とし、その他の諸本は必要に応じ て言及することとする。また、初期︿無量寿経﹀類に関しては ﹃大阿弥陀経﹄と﹃無量清浄平等覚経﹄︵以下﹃平等覚経﹄と 略︶を比べると、少なくとも﹃往生論﹄と関係する箇所では内 容的に大差ないので、より成立が古いとされる﹃大阿弥陀経﹄ をもって初期︿無量寿経﹀を代表させ、﹃平等覚経﹄は特に必 要な場合のみ言及するにとどめる。 さ て その﹃大阿弥陀経﹄、及び﹃無量寿経﹄と﹃往生論﹄ との対応箇所をまとめると、次表のようになる。 凡 例 ー、丸括弧で囲んだ引用はいわゆる三毒・五悪段に含まれる一 節であることを意味する。 2 、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ の 引 用 テ キ ス ト 中 、 ※印の付されたものは、 上 欄 の ﹃ 大 阿 ﹄ の引用テキストと対応する箇所以外からの 引用であることを示す。 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と ﹃ 往 生 論 ﹄ 3 、対応箇所が複数箇所ある場合は、﹃往生論﹄ の説示になる べく近似している箇所、もしくは最初に現れる対応箇所を 挙げた。また、願の中にしか対応箇所が見いだせない場合 を除いて、願における対応箇所は省いた。
4
、この表に限らず、以後の引用においても、T
は﹃大正新修 大 蔵 経 ﹄ 、J
は﹃浄土宗全書﹄を意味する。 5 、巻数の表記について。﹃大正新修大蔵経﹄において﹃往生 論﹄は第二六巻、﹁浄土三部経﹂は﹃大宝積経﹄﹁無量寿知 来会﹂を除いてすべて第一二巻所収であり、また﹃浄土宗 全書﹄では﹃往生論﹄﹁浄土三部経﹂ともすべて第一巻に 収められているので、繁を避けて巻数は特に必要なとき以 外は記載しないことにする。次表以降の引用の出典記載方 法 も こ れ に 準 ず る 。 6 、 ﹃ 往 生 論 ﹄ の偽頚は、﹃大正蔵﹄第二六巻では二三O
下 l 二 三一中、﹃浄土宗全書﹄第一巻では一九二1
一九三頁の短 い範囲に収められているので、この表に限らず以後の引用 に お い て も 、 一 々 頁 数 は 記 さ ず 、 むしろ長行等で呼称され ている偽頚名を記載することとする。 八 五偽教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ /¥ /¥ ⑤ ④ ③ ② ① 微 風 習華葉
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勿y主空'目ct.r. 華 千 万 種 満日月 大道悲慈 往 足 生 未建墾
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、 句 , 〆 、,〆、 、、,〆、・d’、h〆, ・、、4’ 、、.,〆⑥ 仏慧明浄日 種種鈴発響 無量宝交絡 雑樹異光色 宮殿諸楼閣 ⑦ ⑧ 観十方無凝 宝欄遍囲繰 ︵ 地 功 徳 ︶ 羅網遍虚空 宣吐妙法音 ︵ 虚 空 功 徳 ︶ 除世療闇冥 ︵ 光 明 功 徳 ︶ ﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄ 講堂精舎皆復自然七宝︵中略︶共相成、 ︵
T
三O
四 上 、J
一 一 一 上 ︶ 其講堂精舎、皆復有楼観欄楯。 ︵T
三O
四 上 、J
一 一 一 上 ︶ 講堂精舎所居処、合宅中内外浴池上、皆有七宝 樹 。 ︵T
三O
五 上 、J
一 一 三 下 ︶ 白珠・名月珠・摩尼珠、為交露、覆蓋其上。 ︵T
三O
四 上 、J
一 一 一 上 ︶ 七宝荘厳、自然化成。 ︵T
二 七 一 上 、J
一 五 ︶ 乗百千由旬七宝宮殿、無有障凝。※ 講 堂 精 舎 宮 殿 楼 観 、 ︵T
二 七 八 上 、J
一 二 三 ︶ ︵ 欄 楯 に 関 す る 記 事 な し ︶ 其国土七宝諸樹周満世界。︵中略︶栄色光耀、 不 可 勝 視 。 ︵T
二 七O
下1
二 七 一 上 、J
一 四 l 一 五 ︶ 以 為 交 露 覆 童 其 上 。 ︵T
二 七 一 上 、J
一 五 ︶ 吹諸羅網及衆宝樹、演発無量微妙法音。※ 以真珠明月摩尼衆宝 ︵T
二 七 二 上 、J
一 八 ︶ 無量宝網弥覆仏土。︵中略︶垂以宝鈴。※ ︵T
二 七 二 上 、J
一 八 ︶ 慧日照世間 消 除 生 死 骨 一 冨 ※ ︵T
二 七 二 下 、J
二O
︶ 躍慧日除凝闇※ ︵T
二 七 四 中 、J
二 一 二 ︶ /¥ 七悌教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ }\ )¥ ⑬ ⑫
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⑬ ⑨ 悩 7 離 ’ 身: 戸 楽反E己よ 来 衆主華浄日 須如弥正
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遠発声翠 仏 法 味 王山 阿弥陀 難建 E無諸E
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二二 /¥ ) 根 二 二 、、回〆 、、M〆, 、−〆、、,〆女人及根欠 二乗種不生 ⑬ ︵ 大 義 門 功 徳 ︶ ⑬ 相好光一尋 ︵ 身 業 功 徳 ︶ 天人丈夫衆 恭敬繰瞬仰 ⑬ ︵ 主 功 徳 ︶ 観仏本願力 遇無空過者 ⑫ 能令速満足 功徳大宝海 ︵ 不 虚 作 住 持 功 徳 ︶ 無垢荘厳光 一 念 及 一 時 並 日 照 諸 仏 会 ⑬ 利益諸群生 ︵ 一 念 遍 至 功 徳 ︶ ⑬ 妙香等供養 讃仏諸功徳無有分別心 ︵ 無 余 供 養 功 徳 ︶ 雨天楽華衣 国中悉諸菩薩・阿羅漢、無有婦女、 ︵
T
三O
三 下 、J
一 一O
下 ︶ 阿弥陀仏項中光明所焔照、千万仏国。 ︵T
三O
二 下 、J
一O
九 上 ︶ 華極自軟好︵中略︶色色異香香、不可言。菩薩 皆歓喜︵中略︶大共作衆音、自然伎楽、楽諸仏 及諸菩薩阿羅漢。︵T
三O
六 下 、J
一 一 七 上 ︶ ⑫ 一者礼拝門。一者讃嘆門。一西向拝、当日所没処為阿弥陀仏作礼、以頭脳著 ︵T
二 二 二 中 、J
一 九 三 ︶ 一 地 、 言 南 無 阿 弥 陀 三 耶 三 仏 檀 。 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と ﹃ 往 生 論 ﹄ ︵T
三 一 六 中 、J
一 三 八 下 ︶ 為女像者不取正覚。※ 声聞衆身光一尋※ 恭敬繰三市 稽首無上尊※ 其仏本願力 開名欲往生 退転※ ︵T
二 六 八 下 、J
九 ︶ ︵T
二 七 三 中 、J
一 一 一 ︶ ︵T
二 七 二 下 、J
二O
︶ 皆悉到彼国 自致不 ︵T
二 七 三 上 、J
一 一 一 ︶ 無量寿仏光明顕赫、照耀十方、諸仏国土莫不問 罵 。 ︵T
二 七O
中 、J
二 二 ︶ 風︵中略︶出五音声、雨無量妙華。︵中略︶ 切諸天皆、責天上百千華香万種伎楽、供養其仏 及諸菩薩声聞大衆。※︵T
二 七 三 下 、J
二 二 ︶ 至十方、供養諸仏。※ ︵T
二 七 八 上 、J
一 二 三 ︶ 正身面西、恭敬合掌、五体投地、礼無量寿仏。 ︵T
二 七 七 下 、J
コ コ 一 }\ 九悌教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂
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︵T
二 三 一 中 、J
一 九 一 二 ︶ 三者作願門。四者観察門。一至誠願欲往生阿弥陀仏国、常念至心不断絶者、 ︵T
コ 二O
上 、J
一 二 四 上 ︶ ② 不問二乗女人諸根不具 種 名 故 、 名 離 名 談 嫌 。 ︵T
二 三 二 上 、J
一 九 五 ︶ 二者安清浄心。以抜一切 莫 不 解 脱 憂 苦 者 。 ︵T
コ 二 六 下 、J
一 三 九 上 ︶ ③ 衆 生 苦 。 ︵T
二 三 二 下 、J
一 九 七 ︶ ⑫ 三者楽清浄心。以令一切 衆 生 得 大 菩 提 。 皆欲使往生其園、悉令得泥沼之道。 ︵T
三O
九 上 、J
一 一 二 上 ︶ ︵T
二 三 二 下 、J
一 九 七 ︶ ⑧ 遠 離 我 心 不 貧 著 自 身 。 ︵T
二 三 二 下 、J
一 九 七 ︶ 以上列挙した項目ばかりでなく、例えば﹃大阿弥陀経﹄︵以 下﹃大阿﹄と略︶や﹃無量寿経﹄︵以下﹃寿経﹄と略︶にしば しば現れる飯食随意︵﹃大阿﹄T
三O
三 下 、J
一 一O
下 、 ﹃ 寿 経 ﹄T
二七一中i
下 、J
十 六 ︶ ・ 水 浴 の 水 量 随 意 ︵ ﹃ 大 阿 ﹄T
三O
五中1
下 、J
一 一 四 下 、 ﹃ 寿 経 ﹄T
二 七 一 中 、J
十 六 ︶ ・ 聞 く 九。
一心専念無量寿仏、修諸功徳、願生彼因。 ︵T
二 七 二 中 、J
一 九 ︶ 無有三途苦難之名※ ︵T
二 七 一 中 、J
一 六 ︶ ︵ 中 略 ︶ ※ ︵ 諸 天 人 民 嬬 動 之 類 、 皆 蒙 慈 恩 、 解 脱 憂 苦 。 ︶ ︵T
二 七 五 中 、J
二 六 ︶ 無量寿仏、為諸声聞菩薩大衆班宣法時、 莫 不 歓 喜 心 解 得 道 。 ※ ︵T
二 七 三 下 、J
二 二 ︶ こと随意・修行随意︵﹃大阿﹄T
三O
五 下 、J
一 一 五 上 、 ﹃ 寿 無我所心 無 染 著 心 。 ※ 経 ﹄ 第 四 十 六 願 ︶ ・ 諸 仏 供 養 の 具 随 意 ︵ ﹃ 大 阿 ﹄T
三O
六 上1
三O
七 上 、J
一一五下1
一 一 八 上 、 ﹃ 寿 経 ﹄T
二 七 三 下 、J
二 一 二 ・ 寿 命 随 意 ︵ ﹃ 大 阿 ﹄T
三 二 二 中 、J
一コ二下1
二 二 二 上 ︶ ・ 衆 宝 随 意 ︵ ﹃ 寿 経 ﹄T
二 七 二 上 、J
十八︶といった概念は、 ︵T
二 七 三 下 、J
二 二 ︶一 括 し て ﹃ 往 生 論 ﹄ 一切能満足﹂︵一切所求 の﹁衆生所願楽 満足功徳︶に対応するといえるし、更により漠然とした類似で あればこの他にもいくつかの項目を指摘することができる。 第二節 ﹁ 大 阿 弥 陀 経 ﹂ と ﹁ 往 生 論 ﹂ 前節で提示した対照表をもとに、まず﹃大阿﹄と﹃往生論﹄ の関係を検討してみると、対照表で見る限り﹃大阿﹄と﹃往生 論﹄は相互にかなりよく対応しているようにみえる。しかしな iJ宝 ら その内容を詳細に検討してみると、必ずしも両者に密接 な対応関係があるという訳ではないことがわかる。確かに﹃往 生論﹄と対応する﹃大阿﹄の十九項目の内、②④︵⑬︶⑪⑬など は内容的に比較的よく対応しており、基本的な点で魁臨するこ とがないが、それ以外の項目は大なり小なり相違点を有する。 例えば⑬の傍線部分は相互にかなりよく対応するが、ところ が﹃大阿﹄には﹃往生論﹄の﹁一念及一時﹂という表現に対応 する文言は見られない。また、⑥では講堂・精舎、もしくは宮 殿・楼閣があるという点では同様なものの、﹃大阿﹄ではそれ らが七宝でできているということを強調するのに対し、 ﹃ 往 生 論﹄はむしろそこから十方を見るに無礎であるという点を主題 としている。⑦も﹃大阿﹄では﹁交露﹂とあるが、﹃往生論﹄ では﹁羅網﹂となっており、同じではない。この他、⑤に関し ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と ﹃ 往 生 論 ﹄ て﹃往生論﹄では風が華葉を動かし、 それによって光が乱転す るとあり、光には言及しない ﹃大阿﹄とは異なるし、①では単 に極楽国土の広大なることを誉め称える﹃往生論﹄に対し、 ﹃大阿﹄は他の仏国土と比較してゆくという点で違いが見られ る。なお、この①だけでなく、全体的に﹃大阿﹄が他の諸仏・ 国土との比較を好んで行れ︶のに対し、﹃往生論﹄は他の諸仏・ 国土との比較を行わないという点も大きな違いである。更に、 ⑬では華・香・音楽で諸仏を供養するという点で似通った部分 もあるものの、﹃往生論﹄ではそれらを雨ふらせるとあり、ま たその供養に際して分別する心がないと述べ、供養における心 のあり方にまで言及している点が異なる。なお、⑪の女人・根 欠・二乗種不生の問題に関しては、後ほど述べることとする。 さて、以上において考察した箇所はいわゆる偏頚の部分ばか りであったが、長行、中でも往生行の行体系を述べる箇所にな その違いがより明確になる。例えば、五念門の内、礼 ? h v ﹀ ﹂ 、 拝・讃嘆・作願については⑫と⑫で示したように、﹃大阿﹄と 対応する記述を一応指摘できるが、@の﹃大阿﹄の一文は釈尊 の﹁令悉見阿弥陀仏及諸菩薩阿羅漢所居国土。若欲見之不。﹂ と い う 問 い 、 即ち極楽の依正を見んと欲するか否かという問い に 対 し 、 阿難が諾と答えたことによって提示された釈尊の言葉 であって 必ずしも往生行として示されたものではない。 一 方 、 九
偽教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ ⑫の﹃大阿﹄の一文はいわゆる三輩段の中で示された行である ので、こちらは確かに往生行と言え、 しかも作願門などはほぼ 対応しているかの知くであるが、﹃往生論﹄で説く作願門は ﹁欲如実修行審摩他故﹂と規定され、そこには奪摩他行の実践 という意味合いが含まれており、単に願生のみを意味する﹃大 阿﹄の﹁願﹂とは相違が見られる。また、③と⑫は内容的に関 連があるものの、﹃往生論﹄の場合は往生を志す菩薩の持つべ き心のあり方であるのに対し、﹃大阿﹄の場合は③が阿弥陀仏 の光明を見た者の得益、⑫が阿弥陀仏の救済の働きであって、 実質的には基本的な点で異なる。 このように、﹃大阿﹄と﹃往生論﹄を比較した場合、類似し その対応関係はあまり密接 でないことが理解できる。まして、同じ様なテ
l
マを扱いなが ら相互に矛盾、もしくは相違する箇所、並ぴにその他の基本的 相違点を指摘するならば、そのことはより明確に理解されると た表現はいくつか存在するものの、 思われるのであるが、 それらの基本的相違点については︿無量 寿経﹀類全体と﹃往生論﹄ の関係を論じる中で検討することと す る 。 なお、﹃大阿﹄と同じく初期︿無量寿経﹀類に属し、﹃大阿﹄ についで古い成立と考えられる﹃平等覚経﹄については、先述 の知く総体的に﹃大阿﹄とパラレルであるので、﹃往生論﹄と 九 の関係もほぼ﹃大阿﹄ の場合と同じといえる。ただし ﹃ 平 等 覚 経 ﹄ ﹃ 大 阿 ﹄ に な い ﹁東方偏﹂が含まれており、この中 は にいくつか﹃往生論﹄と関連する表現が見られる。﹁東方偏﹂ は﹃無量寿経﹄にも含まれており、対照表で言えば⑧⑨⑬⑫の ﹃無量寿経﹄の欄の最初の一文が﹁東方偽﹂からの引用である が、﹃平等覚経﹄でもこのうち⑨⑬⑫にはそれに相当する偽文 が存在するの百円﹃大阿﹄よりも幾分、﹃往生論﹄との対応箇所 が多いことになる。 第三節 ﹁ 無 量 寿 経 ﹂ と ﹁ 往 生 論 ﹂ 前節では﹃大阿﹄を中心に初期﹃無量寿経﹄類を検討したの で、本節では後期︿無量寿経﹀類の﹃寿経﹄との関係について 検討する。﹃往生論﹄と﹃寿経﹄との関係については、既に池 本重臣氏が﹃往生論﹄国土荘厳十七種と﹃寿経﹄とのテl
マ ご との大まかな対照表を作成しておられ、 十七種の内の半数ほど に﹃寿経﹄との対応が見られると指摘されている。実際、私が の場合にも 作成した前掲対照表からもわかるように、﹃大阿﹄ かなりの項目で対応関係が指摘できる。 しかしながら、﹃大阿﹄の場合と同様、﹃寿経﹄においても内 容的にほぽ正確に対応するのは一部で、実際には表面的に対応 増 し て 、 していても、内容的に組組即する場合が少なくない。これは﹃大阿﹄と﹃寿経﹄が同類の経典であることを考えるならば、当然 の結果といえるであろう。よって、﹃寿経﹄ の文言が﹃大阿﹄ の文言とパラレルな場合は、 ほぽ機械的に﹃大阿﹄ の検討結果 と一致することになる。 ただ、﹃寿経﹄には﹃大阿﹄に見られない新たな対応箇所が 数カ所指摘できるので その項目については少し詳しく見てゆ く必要がある。まず、文言のみならず内容的にもかなりよく対 応している箇所をあげてみよう。その代表例は、﹃平等覚経﹄ のところでも少し触れた﹁東方偏﹂の偏文である。⑧の﹁慧日 消除生死雲﹂は光明功徳と、⑬の﹁恭敬繰三市 召 ぶ u 吾 川 叫 円 口 H E十iHH 稽 首 無上尊﹂は仏功徳荘厳の主功徳とほぼ同一の内容と言ってよい。 また、⑨の﹁党声猶雷震 八音暢妙響﹂も妙声功徳や口業功徳 とかなりよく対応しているし、⑫も本願力の効力を説くという ︵ H U ︶ 点で同趣旨である。 更に、﹁東方偽﹂の場合とは異なり﹃大阿﹄にも﹃平等覚経﹄ にもなくて﹃寿経﹄ のみに見られる対応箇所というものもいく っか指摘できる。例えば、⑥の宮殿・楼閣にのぼれば障擬する ものなしという記述、⑦の虚空には﹁羅網﹂や﹁鈴﹂があって、 しかもそれらが微妙の法音を演べているという記述、⑬の阿弥 陀仏が須弥山王の如く抽んでた存在であるという記述、これら は初期︿無量寿経﹀類にはなくて、 し か も ﹃ 往 生 論 ﹄ の 記 述 と ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と ﹃ 往 生 論 ﹄ ︵ 必 ︶ かなりよく対応している箇所と言える。 そして更に興味深いのは、﹃大阿﹄にも﹃寿経﹄にも対応箇 所が見られるが、明らかに﹃大阿﹄から﹃寿経﹄、そして﹃往 へという展開が指摘できる箇所、即ち⑫の存在である。 この⑫は浄土の衆生の食事に関する部分であるが、﹃大阿﹄で 生 論 ﹄ は食事が意のままに自然に目の前に現れると説き、 そこには現 世的な食事観が色濃いのに対して、﹃寿経﹄では食べずとも満 腹となって食事に執着することがないと述べていて現世的な食 事観が薄れる傾向にあり、更に﹃往生論﹄に到つては﹁愛楽仏 禅三昧為食﹂というように、禅や三昧を食となすと述べ て現世的な食事との違いを強調するように変化してきている。 ここには明らかに﹃大阿﹄←﹃寿経﹄←﹃往生論﹄という流れ 法 昧 を読みとることができる。 よって、このような事例からも、確かに﹃大阿﹄よりは﹃寿 経﹄の方が﹃往生論﹄に近づいているといえるのであるが、 た だし、実はその逆の例も指摘できる。例えば、③に関連して、 光明が清浄であることは﹃大阿﹄では比較的明了に説かれるが、 ﹃寿経﹄には﹁清浄光仏﹂という阿弥陀仏の別称以外にそれを ︵ 幻 ︶ 明言する箇所はない。また、⑥では﹃大阿﹄が﹁欄楯﹂を説く のに対し﹃寿経﹄にはそれが現れないということがある。更に、 ⑫では仏名を唱えることが省かれている。 九
悌教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ このように見てゆくと、﹃大阿﹄より﹃寿経﹄の方が﹃往生 ︵ 付 ︶ 論﹄に近接しているという判断は、決して間違いでないものの、 格段に近接していると断定できるほどの大きな違いはなく、 しろ次節で述べるように、︿無量寿経﹀類、 ひいては﹁浄土三 部経﹂のすべてに共通する﹃往生論﹄との聞の矛盾や相違点が ﹃寿経﹄にも全く同じように指摘できるが故に、基本的には ﹃寿経﹄も﹃大阿﹄と同じ線上にあると見なすべきと考える。 第四節 ︿無量寿経﹀類と﹁往生論﹂の相違 前二節の検討を通して、︿無量寿経﹀類と﹃往生論﹄では、 たとえ相互にかなり類似しているように見える部分においても、 実際の内容には違いがある場合が少なくないことがわかったの であるが、実は両者の相違はこのような部分的な相違にとどま ら ず 、 かなり根本的な点で違いが見られるのである。そこで以 下ではその相違点をいくつか列挙してゆこう。ただし、 その場 合、ほぽ同類の経典である﹃大阿﹄と﹃寿経﹄ の両者に一々言 及するのは煩墳であるので、基本的には﹃大阿﹄ のみに絞って 論 述 し 、 必要に応じて﹃寿経﹄にも言及することとする。 記述が相互に矛盾する場合をあ げることができる。⑬の﹃往生論﹄の引用では女人・根欠・二 まずその違いの一つとして、 乗種は浄土に生じない ︵不生︶と説かれる。これは浄土には女 九 四 人・根欠・二乗種が存在しないことを意味する。このうち冷土 む に女人がいないということは、﹃大阿﹄でも説かれ、また根欠 がいないという点も、極楽の菩薩・阿羅漢が﹁同一種類、無有 異人。︵中略︶皆端正浄潔絶好﹂︵
T
三O
三 下 、J
一 一O
下l
一 一 一 上 ︶ と あ る こ と か ら し て 、 そこに矛盾はない。ところが、 二乗種については﹃大阿﹄は⑪の引用にある通り浄土には菩 薩・阿羅漢のみと断言し、阿羅漢が存在することを説く。この でも同じで、﹁彼仏初会声聞衆数、不可称計。 点 は ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 菩 薩 亦 然 ﹂ ︵T
二 七O
中 、J
一 四 ︶ な ど 、 阿羅漢ではないが声 聞が多く存在することを繰り返し明言する。これは明らかに ﹃往生論﹄と︿無量寿経﹀類で相反する立場を取っていること になり、周知の知く曇驚以来長く問題とされてきた点である。 確かに先に述べた先学の所説に明らかにされている通り、二乗 種不生は︿無量寿経﹀類とは無関係で、 むしろ﹃悲華経﹄など に基づくものと見なした方がよさそうである。 このような明確な矛盾でなくとも、 同じテl
マを扱いながら 内容的にかなり異なる項目もいくつか挙げることができる。例 え ば 、 ﹃ 往 生 論 ﹄ の阿弥陀仏の﹁相好光一尋﹂︵身業功徳︶とい う一文も、⑬の﹃大阿﹄の千万仏国を照らすという表現と矛盾 する。確かに、前者は相好の光明であり後者は項中の光明であ ﹃往生論﹄の﹁一尋﹂と る の で 、 一概に矛盾とは言えないが、いう表現は むしろ﹃大阿﹄の﹁阿羅漢項中光明、各照七丈﹂ ︵
T
三O
八 中 、J
一 二O
下︶や特に﹃無量寿経﹄の﹁声聞衆身 光 一 尋 ﹂ ︵T
二 七 三 中 、J
一 一 一 ︶ と い う 表 現 に 近 い も の が あ る 。 また、長行ではいわゆる菩薩功徳成就の第一の不動応化功徳を 釈する中に﹁於一仏土身不動揺、而遍十方、種種応化、知実修 行、常作仏事﹂︵T
二 三 二 中 、J
一九六︶と述べ、浄土の菩薩 がそこを動かないまま十方世界に遍して応化するとあるが、 ﹃大阿﹄では八方上下の諸仏を供養するためと少しテl
マが異 なるものの﹁散飛則到八方上下無央無数諸仏所﹂︵T
三O
六 上 、J
一一五下︶と述べ、むしろ諸仏の国土に飛ぴ行くとある。 ﹃無量寿経﹄でも同様に﹁一食之頃、往詣十方無量世界、恭敬 供養諸仏世尊﹂︵T
二 七 三 下 、J
二二︶と述べられており、明 らかに﹃往生論﹄と︿無量寿経﹀類では違いがある。 そして更に両文献の基本的相違として指摘できるのは、その 説示の順の不一致である。先に示した対照表は﹃往生論﹄の説 示の順に列挙されているが、﹃大阿﹄や﹃寿経﹄の引用頁数に 注目して項ければわかるように、﹃往生論﹄の説示の順は︿無 量寿経﹀類の説示の順と全く無関係である。これは少なくとも ﹃往生論﹄の作者が﹃大阿﹄や﹃寿経﹄などの︿無量寿経﹀類 を下敷きとしていないことを意味する。 また、相互に対応しない主題・文言の多さも、両者の関係の ﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄ 薄弱さを物語る。実際、二十九種荘厳功徳の内、︿無量寿経﹀ 類とかなりよく対応するのは、﹃寿経﹄の場合でさえ、対照表 の②④⑥⑦⑧⑬⑬⑬ぐらいで、荘厳功徳全体の四分の一ほどで ある。まして、長行の部分になると密接な対応関係を示す例は 五念門の行もその体系全体を︿無量寿 皆無といってもよく、 経﹀類から導き出すことは実際にはほとんど不可能と思われる。 このように二十九種荘厳功徳や五念門という﹃往生論﹄の中心 主題がいずれも︿無量寿経﹀類と総体的な対応関係を持たない 以上、たとえ部分的にかなり密接な対応関係があったとしても、 ︿無量寿経﹀類をして﹃往生論﹄の所依経典、もしくは思想的 ︵ 必 ︶ 源泉と見なすことは不可能と考えられるのである。第三章
﹃阿弥陀経﹄と
﹃
往
生
論
﹄
次に、﹃阿弥陀経﹄と﹃往生論﹄の関係を見てゆく。﹃阿弥陀 経﹄は初期︿無量寿経﹀類とほぼ相前後して成立したと考えら れ、サンスクリット本、チベット訳と漢訳二本が現存する。よ って、本来ならばサンスクリット本と対照すべきところではあ る が サンスクリット本の成立が不明確であり、また対照上の 問題もあって とりあえず鳩摩羅什訳﹃阿弥陀経﹄を基に対照 を行いもう一つの漢訳﹃称讃浄土仏摂受経﹄︵以下﹃称讃浄 九 五偽教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ 九 /、 土 経 ﹄ と 略 ︶ とサンスクリット本に関しては特に必要な時を除 ︵ 目 。 片 山 C M 内 ︵ ︶ ロ ぽ ロ ω 円 m w w ﹀ 円 可 mgω22w ︿ O 戸ゲ同︶
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N ︶ ゆ CM 沙 門 ︵ 由 民 ∞ ω w H︶H Y S ’HOC −︵以下﹁オックスフォード刊本﹂と略す︶を用いる。 いて、頁数・行数のみを記す。なお、党本のテキストとしては、 め N h 骨 骨 h N 諮 問 E 同 内 て ね p h p 切 診 句 、 。 門 出 件 。ι σ
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二 三 一 中 、J
一 九 一 二 ︶ 永離身心悩 雨天楽華衣 讃諸仏功徳 ③ 二 者 讃 嘆 門 。 ⑦ 受楽常無間 ︵ 無 諸 難 功 徳 ︶ 妙香等供養 無有分別心 ︵ 無 余 供 養 功 徳 ︶ ︵T
二 三 一 中 、J
一 九 一 二 ︶ ⑧ ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と ﹃ 往 生 論 ﹄ 其国衆生、無有衆苦、但受諸楽。︵T
三 四 六 下 、J
五 二 ︶ ︵ ﹃ 称 ﹄T
三四八下、一五l
一 六 行 目 、J
一 八 五 下 、 三 1 四 行 目 ︶ 常作天楽︵中略︶雨量陀羅華。其国衆生、常以清日一、各以衣械、盛衆妙華、供養他方十万億仏、 ︵T
三 四 七 上 、J
五 二 l 五 一 二 ︶ 七l
、 八 行 目 、 ︵ 林 九 本 、 九 三 、 六i
八 行 目 ︶ ︵ ﹃ 称 ﹄T
三四九上 下 一i
三 行 目 ︶ 一 一1
一 二 行 目 、 二 五i
二 八 行 目 、J
一 八 六 上 ︵ 党 本 、 九 四 、 九 l 一 五 行 目 ︶ 執 持 名 号 、 ︵T
三 四 七 中 、J
五 四 ︶ ︵ ﹃ 称 ﹄ に は 明 確 に 対 応 す る 表 現 な し ︶ ︵ 党 本 に は 明 確 に 対 応 す る 表 現 な し ︶ 衆生問者、応当発願、願生彼因。︵T
三 四 七 中 、J
五 三 ︶ ︵ ﹃ 称 ﹄T
三四九下、二七l二九行目、J
一 八 七 下 、 ︵ 林 見 本 、 九 六 、 七 l 八 行 目 ︶ 一 六l
一 七 行 目 ︶ 九 七 一 八 六仰教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ 九 }\ ① ⑤ 上 守コ=
妻
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大会 午 土一 離名 女議嫌名 人・ 無コ 護。 人嫌 。 女者一 体有コ 応知。 浄士二
諸体。亦有名無此コ人、種。一果報
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根具種名故不二 乃一・ 種至聞乗不 但非一。 離故過体名、 根具者諸不ゴ 者一人乗、 者体者名一。、 種議嫌過−
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一 一 八 八 一 上 一一 行目 一 一 一 行目 ﹃阿弥陀経﹄が短い経典であることを考慮すると、﹃往生論﹄ との対応は︿無量寿経﹀類に比べて特に少ないという訳ではな いといえる。前後関係等を考慮しなければ、①①①以外はかな りよく﹃往生論﹄の記述と対応しているとみなせる。特に、① は︿無量寿経﹀類に対応が見られなかった項目であるので注目 に値する。また、この対照表には記さなかったが、﹃阿弥陀経﹄ には﹁功徳荘厳﹂という言葉が四回現れ、﹃往生論﹄に頻出す る﹁功徳荘厳成就﹂との共通性を指摘できる。この﹁功徳荘 厳﹂という言葉も︿無量寿経﹀類には﹃荘厳経﹄を除いてみら れないので、注目される。 このように、二、三の項目で﹃大阿﹄や﹃寿経﹄に見られな やはり全体としては、︿無量寿経﹀ い特色を指摘はできたが、類に比べて対応する箇所は少なく、 また︿無量寿経﹀類と﹃往 生 論 ﹄ の相違を検討した際に指摘した相違点が、 ほぼそのまま ﹃阿弥陀経﹄にも当てはまるのである。例えば、﹃阿弥陀経﹄で も﹁彼仏有無量無辺声聞弟子。皆阿羅漢﹂︵
T
三 四 七 中 、J
五 三、﹃称讃浄土経﹄ではT
三 四 九 下 、 一01
一 一 行 目 、J
一 八七下、二i
三行目、党本、九六 一1
二行目︶というように 浄土の声間衆の存在を明言している。また﹁彼仏光明無量、照 十方園、無所障碍﹂︵T
三 四 七 上 、J
五 三 、 ﹃ 称 讃 浄 土 経 ﹄ で は 、T
三 四 九 下 、 五i
六 行 目 、J
一 八 七 上 一 五1
一 六 行 目 、 党 本 、 九五、二01
一二行目︶と光明無量を説く。また、諸仏の国に 到って諸仏を供養するとみなしている ︵T
三四七上、九 j 一O
行 目 、J
五 ﹃ 称 讃 浄 土 経 ﹄ で は 、 一 行 目 、T
三四九上、二 五 j 二 六 行 目 、J
一八六下、二行目、党本、九四、 一 二1
一 五 行目︶。これらの諸点は いずれも︿無量寿経﹀類の説示と同 じ で 、 ﹃ 往 生 論 ﹄ の 内 容 と は 矛 盾 す る 。 更に、説示の順序も一致せず、相互に関連する箇所も両者の 密接な関係を証明できるほどには多くない。確かに、仏国土荘 厳については小部の経典である割には比較的よく対応するが、 それでも量功徳・性功徳・形相功徳・触功徳・光明功徳・春属 功徳・受用功徳などは対応する記述を﹃阿弥陀経﹄ の 中 に 見 い 出せないし、仏荘厳・菩薩荘厳にいたっては、無余供養功徳を ﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄ 除いて明確に対応する記述は皆無と言っても過言でない。よっ て、やはり﹃阿弥陀経﹄も単独では到底、 ﹃ 往 生 論 ﹄ の所依経 典、もしくは思想的源泉と見なしがたいと結論付け得るのであ ︵ 必 ︶ ヲh v。
第四章
﹃観無量寿経﹄と
﹃
往
生
論
﹄
﹃観無量寿経﹄︵以下﹃観経﹄と略︶については、そのインド 成立を主張する学者もいるものの、全体としては中国の影響も 考慮に入れた中央アジア撰述説が有力になりつつあるので、 ﹃往生論﹄が確かにインドの成立であるとすれば、﹃往生論﹄の 作者が﹃観経﹄を目にしている可能性はほとんどありえない。 た だ し 、 ﹃ 観 経 ﹄ の個々の要素はインドに遡る可能性もあり、 また与えられたテl
マ が 、 グ ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ か ら ﹃ 往 生 論 ﹄"
/"
/ というものであったので、﹃観経﹄との関係も簡単にではある が触れておくことにする。 ま ず 、 ﹃ 往 生 論 ﹄ の二十九種功徳荘厳と関連する記載は、量 功徳と関連する﹁極楽世界広長之相﹂︵T
三 四 六 上 、J
五O
︶ という文言が得益分に見られる他は、当然のことながら極楽の 依報・正報の観察を説く定善十三観に見られる。まず、﹁知此 妙華是本法蔵比丘願力所成﹂︵T
三 四 三 上 、J
四 二 ︶ は極楽が 九 九悌教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ 出世の善根より生じたことを説く性功徳と関連する。ただし、 ﹃観経﹄の文言はあくまで妙華のみに関するもので、﹃往生論﹄ とは同一ではない。また、妙色功徳の﹁無垢光炎織 間﹂と類似した表現としては﹁光明蛾盛﹂︵
T
三 四 二 下 、J
四 一一︶を指摘できる。更に、極楽の宝池・宝華・宮殿楼閣・宝 明浄躍世 樹・羅網などについて説く水功徳・地功徳・虚空功徳に相当す る文言を列挙すると、﹁水流注華間﹂︵T
三 四 二 中 、J
四 一 ︶ 、 ﹁ 楼 閣 千 万 百 宝 合 成 ﹂ ︵T
三 四 二 上 、J
四O
︶ 、 ﹁ 諸 宝 樹 七 宝 華 葉 ﹂ ︵T
三 四 二 中 、J
四O
︶ 、 ﹁ 衆 宝 羅 網 満 虚 空 中 ﹂ ︵T
三 四 三 中 、J
四一二︶などが指摘でき、虚空にある楽器が﹁説念仏念法念比 丘 僧 ﹂ ︵T
三 四 二 下 、J
四一︶という表現も、虚空功徳の中の 鈴による﹁宣吐妙法音﹂を想起させる。なお、春属功徳の蓮華 化生については﹁生於西方極楽世界、於蓮華中、結蜘扶座﹂ ︵T
三 四 四 中 、J
四六︶も関連するが、より明確には上品下生 の ﹁ 得 往 生 七 宝 池 中 、 一 日 一 夜 蓮 華 乃 開 ﹂ ︵T
三四五上l
中 、J
四八︶をあげることができる。以上はいずれも︿無量寿経﹀ 類や﹃阿弥陀経﹄にも見られた項目であるが、第七華座観で説 か れ る ﹁ 蓮 華 台 ﹂ ︵T
三 四 三 上 、J
四二︶は、﹃往生論﹄の﹁無 量大宝王微妙浄華台﹂︵座功徳︶と対応し、﹃観経﹄のみに見 られる対応として注目されよう。 一方、﹃往生論﹄の長行の部分との対応としては、まず定善。
。
十三観と観察門との対応が指摘できる。特に、﹃往生論﹄の中 心主題の一つである三厳二十九種功徳成就が観察門の対象とし て説かれたとされることを考慮するならば、極楽の依正の観察 を説く﹃観経﹄は、︿無量寿経﹀類や﹃阿弥陀経﹄には見られ ない注目すべき重要な対応関係を持つと言える。このほか、五 念門の中では﹁願生彼国﹂︵T
三 四 六 中 、J
五O
︶ が 作 願 門 に 、 また下品上生・下生の﹁称南無阿弥陀仏﹂︵T
三四五下、三四 六 上 、J
四九、五O
︶が讃嘆門と対応する。中でも後者の﹁称 南無阿弥陀仏﹂はこれほど明確に往生行としての称名念仏を説 く例が︿無量寿経﹀類にも﹃阿弥陀経﹄にも見られないので、 これも﹃観経﹄のみに見られる特色と言えよう。 よって確かに﹃観経﹄には︿無量寿経﹀類や﹃阿弥陀経﹄な どに見られない独自の対応関係も指摘できるのであるが、それ にもかかわらず、やはり﹃観経﹄を﹃往生論﹄の所依経典と見 なすことは不可能であろう。なぜなら、まずなんと言っても先 に述べた成立地の問題がある。更に、︿無量寿経﹀類や﹃阿弥 陀経﹄でも指摘された矛盾点が﹃観経﹄の場合にもそのまま当 ︵ 臼 ︶ てはまることや、他の経典に見られて﹃観経﹄には見られない 対応項目も多く、総体的な対応関係が低いこと、また説示の順 序が一致しないことなどもその理由としてあげられよう。第五章
﹃
往
生
論
﹄
の所依経典
以上の検討からすると、﹁浄土三部経﹂のうちのいずれか一 経をもって所依の経典とすることは勿論のこと、別依の経典と することさえもかなり困難であると言えるのではなかろうか。 なぜなら、﹁浄土三部経﹂のいずれもが﹃往生論﹄と対照した 場合、比較的同じような共通点を持ちつつ、それと同時にほぼ 同様の矛盾点、相違点も有していたからである。よって、当然 のことながら、先にも述べたように、それら同じ傾向を持つ三 経を合わせても、 やはり﹃往生論﹄ の所依の経典とはなり得な い で あ ろ う 。 では、﹃往生論﹄には何か他に所依の経典と見なし得るもの が存在するのかというならば、残念ながらこれまでのところ、 現存する経論の中にその様な特定のテキストを見いだすことは できていない。例えば、多くの先学によってその対応関係が承 認されてきた十八円浄にしても、文言までよく一致するのは清 浄功徳と処円浄、量功徳と量円浄、性功徳と因円浄の三項目ぐ らいであって、それ以外の項目の対応関係の是非はかなり研究 者の主観に左右されるものといえる。また、﹃華厳経﹄、もしく は﹃十地経﹄﹃十地経論﹄との関連も、確かに十八円浄に比べ て同等、或いはそれ以上に関連性が見いだされ、中には一仏土 ﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄ より動かずして他仏の国土に到ると説く点など、﹁浄土三部経﹂ には一切見られなかった対応関係も指摘されうるが、仏荘厳功 ︵ 応 ︶ 徳に対応する項目が全く見いだせず、また妙色功徳・妙戸功 徳・春属功徳などはかえって﹃寿経﹄等の方がよく対応してお り、﹃十地経﹄等が他の経論より格段に﹃往生論﹄によく対応 しているという訳では決してない。 ﹂のように見てゆくと、現在の研究段階では、﹃往生論﹄ の 思想的源泉としてはやはり複数の経論をあげざるを得ないので ある。それでは、 その中で︿無量寿経﹀や﹃阿弥陀経﹄はどの ような位置付けになるのであろうか。この点について考察した 場合、まず重要なことは、少なくとも︿無量寿経﹀なしに﹃往 生論﹄は成立しえなかったであろうと言うことである。なぜな ら ﹃ 往 生 論 ﹄ の思想的源泉として指摘されているいくつかのテ キストの中で 阿弥陀仏の浄土と限定して説いているのは ﹃悲華経﹄を除けば﹁浄土三部経﹂系統だけであり、 し か も 、 ﹃往生論﹄は性功徳で安楽国が阿弥陀仏の大慈悲・善根から生 じたことを明言し、長行では﹁此三種成就、願心荘厳﹂︵T
二 三 二 中 、J
一九七︶と説き、さらには不虚作住持功徳では本願 力の絶対的有効性を強調しているのであるが、このような本願 成就に関する概念は、本願を説く︿無量寿経﹀なしにはあり得 ないからである。。
偽教大学総合研究所紀要別冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ そして、もう一点指摘し得るのは、︿無量寿経﹀・﹃阿弥陀経﹄ と﹃往生論﹄とを対照した場合、対応関係は決して密接でない ものの、確実に何箇所か対応する項目がみられるという事実で ある。二十九種荘厳功徳と﹃寿経﹄﹃阿弥陀経﹄との対応関係 ︵ 閉 山 ︶ をかなり詳細に検討された楼部建氏は、どちらかというと両者 の関係を肯定的に捉えておられるようである。私は先に対応関 係を検討した際、所依経典となり得るか否かという問題意識に 基づいて考察していたため、その関係をむしろ否定的に理解し たが、十八円浄や﹃十地経﹄等に比べて、その対応関係がより 薄弱であるとは必ずしもいえないように思える。確かに、対照 表で示したような描写は他の経論における浄土等の描写にもし ︵ 関 ︶ ばしば共通して見られるところであるが、他の経論における浄 土等の描写と比較しても、﹃寿経﹄などはかなりよく﹃往生論﹄ と対応している方であると言えよう。そうすると、やはり﹃往 生 論 ﹄ の作者は少なくとも︿無量寿経﹀を見知った上で﹃往生 論﹄を著したと言うことだけは言えそうである。 ただし、繰り返しになるが、﹃往生論﹄には﹁浄土三部経﹂ とは矛盾する説示や﹁三部経﹂には全く見られない要素も数多 いことからして、他の経論等の説示にも基づきつつ、最終的に はかなり独自に﹃往生論﹄をまとめたのではないかと考えられ る の で あ る 。
。
第六章
﹃
往
生
論
﹄
~﹁
浄
土
三
部
経
﹂
か
ら
最後に、︿無量寿経﹀などに基づきつつも独自に﹃往生論﹄ が編纂されたとすれば、︿無量寿経﹀等の﹁浄土三部経﹂と ﹃ 往 生 論 ﹄ の聞にはどのような思想的展開が見られるのかとい う問題に簡単に言及しておくことにしよう。 この点に関しては、既に先学によるいくつかの指摘がある。 まず、平川彰氏は﹁﹃無量寿経﹄が法蔵菩薩の願行という﹁因﹂ の清浄を説くのにとどまっていたのにたいし、﹃浄土論﹄では、 一歩進めて極楽という﹁果﹂が清浄であることを明かしてい る。﹂と説かれる。私は必ずしも﹃無量寿経﹄が﹁果﹂の清浄 ︵ω
︶ 性を説かないとは言い切れないと考えるのであるが、﹃寿経﹄ に比べて﹃往生論﹄には国土・光明などの清浄を説く言葉が目 立つことは確かで、浄土の清浄性をより強調しようとしている ︵ m m ︶ ことだけは確かと言えよう。 次に、池本重臣氏は︿無量寿経﹀には他の国土と比較する表 現が多いのに対し、﹃往生論﹄はその様な比較をほとんどしな いことを根拠に、インド的な諸天の思想に影響された﹃無量寿 経﹄の浄土観から﹃往生論﹄の仏教独自の浄土観、浬繋界とし ての浄土観に移行していると説かれる。確かに、私も﹃往生論﹄が現世的な安楽の延長上にある浄土観から、出世間的な安 楽の世界としての浄土観へ向かう方向性を持っていることは指 摘できると考える。例えば、先述の食事の例や、無余供養功徳 で諸仏供養に分別の心がないことを強調していることなどはそ のよい例と言えよう。 そしてもう一つ指摘できるのは、﹃往生論﹄が大乗仏教的色 彩をより強めている点である。例えばその例として、﹁三部経﹂ が浄土の声聞の存在を一貫して認めるのに対し、﹃往生論﹄は それを否定している点があげられる。そしてこの大乗的色彩は、 長行において更に明確に現れると考える。なぜなら長行におい ては利他行を繰り返し強調しているからである。たとえば、園 林遊戯地門は実際には還相としての回向を説いており、これは ある意味で利他行の極致と言える。また、往生を願う菩薩が備 えるべき三種随順菩提門としての無染清浄心・安清浄心・楽清 浄心も利他行そのものである。このような利他行を往生行に含 ︵ 位 ︶ めるところは︿無量寿経﹀などには明確には現れない点である。 以上示したように、﹃往生論﹄は︿無量寿経﹀等に説かれて いた阿弥陀仏・極楽・本願寺の教えを骨格としつつも、 その教 えをより出世間的・通仏教的・大乗的な教えとして再構築しよ うと試みた論書といえるのではなかろうか。その場合、その再 構築は先行する十八円浄や﹃十地経﹄などの影響をうけながら ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と ﹃ 往 生 論 ﹄ も、五念門等のいくつかの要素が﹁浄土三部経﹂を含む先行文 献に明確には跡づけられないことからして、﹃往生論﹄ の作者 がかなり独自に行っていったものと考えられるのである。 士 口 五 ロ 岳 ホ 三 ロ 本稿ではまず﹁浄土三部経﹂と﹃往生論﹄との対応関係を探 ることによって、﹁三部経﹂のいずれもが﹃往生論﹄とある程 度の対応関係を持ちながらも、矛盾点や相違点、或いは相互に 対応の見られない項目を有するが故に、いずれも﹃往生論﹄の 所依、或いは別依の経典となり得ないことを示した。確かに、 コ二部経﹂の中では﹃寿経﹄がもっとも対応箇所を多く持つこ とは事実であるが、基本的には﹃寿経﹄以外の﹁三部経﹂の諸 経と同じ傾向を有するので、﹃寿経﹄をもって所依経とするこ とはやはり不可能であると言えよう。 それでは﹁三部経﹂以外の経論ではどうかと言うことで、次 に﹃往生論﹄の思想的源泉として諸先学によって指摘されてき た諸文献をも概観してみた。ところが、それらも決して単独で は﹃往生論﹄の所依経論とはなり得、す、結局、﹃往生論﹄の思 想的源泉はコ二部経﹂をも含む複数の文献に求めざるを得ない ことを示した。ただしその中で︿無量寿経﹀は所依経とはなら
一
O 三偽 教 大 学 総 合 研 究 所 紀 要 別 冊 ﹁ 浄 土 教 の 総 合 的 研 究 ﹂ ないものの、本願を説くが故に﹃往生論﹄成立の背景として欠 くことのできない経典であることも確かであり、また﹃往生 論﹄作者は部分的にであれ︿無量寿経﹀に基づいて造諭したで あろうことを述べた。 そして、最後に︿無量寿経﹀等から﹃往生論﹄ への展開とし て、より大乗仏教的色彩が深まっている点などを指摘した。 ︹ 註 ︺ ︵ 1 ︶ただし、印度において引用された例を我々は知らない。また中国 においても﹃往生論﹄の引用は、引用件数は少なくないが、引用箇 所は四カ所ほどに限られるようである。この点については、柴田泰 ﹁中国仏教における﹃浄土論﹄﹃浄土論註﹄の流伝と題名ご︶﹂ ︵﹃印度哲学仏教学﹄一一、平成八年︶二ニ五 1 一五二頁、特に一五 二頁、参照。どうやら、﹃往生論﹄が頻繁に引用されるのは日本浄 土教における特色であるらしい。 ︵2 ︶浄土真宗の学僧による研究の一端については、工藤成性﹃世親教 学の体系的研究﹄︵昭和三 O 年︶二一三 1 二 二 O 、二二六 l 二四七 頁 、 参 照 。 ︵ 3 ︶このように﹃往生論﹄研究は﹁浄土三部経﹂研究に比べるといさ さか質・量共に劣ることを認めざるを得ない。おそらくその理由と しては、漢訳しか残されていないために研究に自ずと限界があるこ と、簡潔すぎて﹃往生論﹄本文だけでは真意を確定しがたいこと、 法然が﹃往生論﹄の本文を引用することがなかったためか浄土宗の 学者が一部を除いてあまり﹃往生論﹄に注目してこなかったことな