Er : YAG
レーザーの照射歯面における再石灰化
ならびに耐酸性に関する研究
大橋 英夫
§林
恒彦
荻原
孝
落合 慶行
栗原
仁
渡辺 幸嗣
渡部
茂
明海大学歯学部形態機能成育学講座口腔小児科学分野 要旨:Er : YAG レーザー照射後のエナメル質の組織的な変化に関する報告は多いが,照射後の再石灰化や耐酸性につ いては不明な点が多い.本研究ではレーザー照射歯面の再石灰化ならびにレーザー照射出力による耐酸性の違いについ て,明らかにすることを目的とした. 再石灰化液には 150 mM CaCl2, 90 mM KH2PO4, 200 mM HEPES(pH 7.0)の混合液を,耐酸性試験には乳酸ゲル(0.1 M 乳酸,6 wt%CMC, pH 5.0)を用いた.牛歯を試料とし,レーザー出力は 30 mJ, 50 mJ とし,脱灰・再石灰化の評価には QLF(Quantitative Light-induced Fluorescence)を用いた.その結果以下の結論を得た.1.QLF によるレーザー照射面の再石灰化の評価では,レーザー照射群は良好な脱灰回復率を示した. 2.レーザー照射後の耐酸性試験では,良好な結果が得られた.しかし,レーザー照射後再石灰化させた場合において は,耐酸性は限定されたものとなった. 3.レーザー出力による耐酸性の比較では,30 mJ では脱灰液浸漬後 3 時間まで,50 mJ では 8 時間まで安定して酸に対 する抵抗性を示した. 4.Er : YAG レーザー照射後の歯面の脱灰・再石灰化の診断に QLF は有効と思われた. 索引用語:Er : YAG レーザー,QLF,再石灰化,耐酸性試験
Study on the Remineralization and Acid Resistance
of Tooth Surface Following Er : YAG Laser Application
Hideo OHASHI
§, Tsunehiko HAYASHI, Takashi OGIHARA,
Yoshiyuki OCHIAI, Hitoshi KURIHARA, Koji WATANABE
and Shigeru WATANABE
Division of Pediatric Dentistry, Department of Human Development & Fostering, Meikai University school of Dentistry
Abstract : Although the histological change in tooth enamel following Er : YAG laser application has been extensively studied,
the remineralization and acid resistance of tooth surfaces after laser application have not been evaluated. The purpose of this study was to clarify the remineralization of tooth surface following laser application and the difference in acid resistance on the power of the laser.
The compound liquid of 150 mM CaCl2, 90 mM KH2PO4, and 200 mM HEPES(pH 7.0)was used in the remineralization and the
lactic acid gel(0.1 M lactic acid, 6 wt%CMC, pH 5.0)was used for the examination of acid resistance. Bovine tooth was used as a sample, and the two kinds of laser power(30 mJ and 50 mJ)were used. QLF(Quantitative Light-induced Fluorescence)was used for the evaluation of de-and remineralization.
As a result of the evaluation of a remineralization on the tooth surface of laser irradiation by QLF, the laser irradiation group showed an excellent remineralization recovery rate. The results of the examination of acid resistance were also excellent. However in case of the remineralization group, the level of a remineralization was seemed to be limited comparatively. The resistance to the acid was shown with stability until eight hours in 50 mJ though the demineralization was confirmed in three hours in 30 mJ. It
緒
言
歯科領域におけるレーザーの応用は,Goldman ら1) や Stern2) がう蝕歯質の除去や窩洞形成への可能性を追求し た研究に始まり,現在まで基礎および臨床研究が広く行 われてきている.初期の研究では,レーザー照射は歯質 に亀裂を発生させることなどから,歯質の切削には適さ ないとの報告もみられたが2) ,1989 年,Hibst と Keller3) は Er : YAG レーザーの特異的な歯質内水分への吸収性 の高さを認め,レーザー照射によるう蝕歯質の除去が可 能であることを報告した.以来 Er : YAG レーザーは注 水を併用することにより歯髄への熱影響をほとんど与え ず4, 5) ,照射時の騒音振動などの不快事項も少なく6) ,歯 の切削において極めて安全性が高いことが証明され,歯 科臨床分野で応用されるに至っている. レーザー照射歯面に対する影響については,照射後の 歯面に生じる亀裂が,レーザーの出力や注水量,注水方 法により左右されることが示され7−9) ,主に歯質表層の 組織変化10−12) や組成変化8) についての研究が行なわれて いる.照射後の歯面の耐酸性の獲得については,照射歯 面を脱灰溶液に浸漬後,マイクロラジオグラム法13)や, Ca量を原子吸光分析法にて測定した研究14) により明ら かにされている.しかしこれらの研究は,低出力のレー ザーで検討されたものは少なく,とりわけ Er : YAG レ ーザーを用いた照射後のエナメル質表面の耐酸性,石灰 化の可能性などについてはいまだ不明な点が多い. 一方,再石灰化反応の診断機器として Quantitative Light-induced Fluorescence(QLF)が開発15−17) され,初期 う蝕に対する臨床応用が行なわれている.QLF は非破 壊的に歯質病巣の進行,停止,回復の診断を定量的,経 時的に計測することが可能であり,マイクロラジオグラ ム法との関連も高い15, 18) ことが報告されている.掛川 ら19),大橋ら20)は QLF にてレーザー照射歯面の観察を 試み,QLF がレーザー照射後の歯面観察に有効であっ たことを報告している. 本研究はいずれも QLF 観察下において 1. Er : YAG レーザー照射面を再石灰化溶液に浸漬させた場合の再石 灰化の動態を明らかにすること.2. Er : YAG レーザー 照射面の耐酸性の獲得に関する照射出力の影響ついて明 らかにすることを目的に行なった.材料および方法
実験 1.Er : YAG レーザー照射歯面における再石灰化 液浸漬後の QLF による評価 1.試料の作製 肉眼的にう蝕,修復,着色を伴わない牛歯 20 本を試 料とした.試料の唇側面をレーザー照射部とし,同歯面 を歯面研磨剤プレサージュⓇ (松風,京都)およびロビ ンソンブラシを用いて 5 分間研磨し,5 分間流水下で洗 浄した後自然乾燥させた.レーザーを歯軸に対して垂直 に照射するために,舌側面を削合して調整を行なった. コントロール群には健全牛歯 20 本を用い,同様に舌側 歯面を調整した.試料の唇側歯面の脱灰予定部(3 mm 角)を除いた部位をネイルバーニッシュ(Win Wax,ダ イソー,広島)で被覆し,1% カルボキシメチルセルロ ースを含む 0.03 M 乳酸緩衝液(6.0 mM Ca, 3.6 mM P, pH 5.0, 20 ml/試料)に 37℃30 時間,無攪拌で浸漬す ることにより脱灰した. 2.Er : YAG レーザーの照射条件 使用したレーザー装置は Er : YAG レーザー(ErwinML-22型 HOYA & Morita 社,東京)で,ストレートチ
ップ FTS-15 を用いた.照射出力は 50 mJ,繰り返しパ ルスは 10 pps とした.歯冠中央面に対し垂直にレーザ ーを照射し,照射チップ先端と試料の距離は 1.0 mm と した.レーザー照射にはファイバー円周より同軸上に空 気 2.5 ml /分,水 3 cc/分の混合比20) で注水を行なった. 3.再石灰化液への浸漬 Er : YAGレーザー照射後,試料の 3 mm 角ウインド を除いた部分をネイルバーニッシュで被覆し,20 ml の 再石灰化 液 中 に 浸 漬 し た . 再 石 灰 化 液 に は 150 mM CaCl2, 90 mM KH2PO4, 200 mM HEPES(pH 7.0)の混合 液21) に 1 ppm フッ素を添加した溶液を用いた(ハイドロ
seemed that QLF was effective for the diagnosis of a de-and remineralization of the tooth surfaces following Er : YAG laser appli-cation.
Key words : Er : YAG laser, QLF, remineralization, acid resistance examination
───────────────────────────── §別刷請求先:大橋英夫,〒350-0283 埼玉県坂戸市けやき台 1-1
キシアパタイトに対する飽和度が 5.522)).コントロール 群には,試料の脱灰部以外の部分をネイルバーニッシュ で被覆して用いた.37℃ の恒温槽内で 4 週間浸漬し,1 週間毎に QLF にて観察を行なった.また pH の変動が 再石灰化に影響を与える23) ことから,安定した再石灰化 の環境を得るために,QLF 測定時に再石灰化液を新た に調整,交換した. 4.QLF の測定方法 再石灰化液に浸漬中の試料を,コントロールとともに 1週ごとに QLF システム(QLFTM
Clin System, Inspektor
Research Systems, Holland)で検知し,得られた画像を
画像解析ソフト(QLFTM
Clin Soft ware version 2.0.038, In-spektor Research Systems, Holland)を用いて解析した.
QLFはエナメル・象牙境から反射される蛍光線が, 健全歯質と脱灰歯質では差が見られる現象を利用17) して いる.すなわち,高出力のランプにてキセノン光が照射 されると,540 nm のパスフィルターを通してハンドピ ース内の CCD カメラに画像が取り込まれる.取り込ま れた画像は健全部の蛍光に対して 95% 以下の部分を初 期う蝕として判定し,脱灰の程度をコンピューター処理 して各測定値を算出する17) .QLF の測定値の変動係数は 5% 程度を示し24) ,比較的高い再現性が得られることか ら,初期う蝕の検出にとどまらず広い範囲での応用が試 みられている15−20, 24) . Fig 1に示すように,試料を常に同じ距離,角度で測 定できるように,あらかじめ位置を固定して QLF 測定 を行った.今回の測定項目は,平均蛍光減少度[%] (Δ F:健全歯質の蛍光減少度を 100 としたときの差を% で表し,平均脱灰深度を表す),面積[mm2 ](エリア: 脱 灰 し た 歯 面 の 面 積 を 表 す ), 脱 灰 量 [ % × mm2 ] (ΔQ:ΔF×エリアで算出され脱灰体積を表す)の 3 項 目とした. 5.脱灰回復率 初期う蝕試料の再石灰化の評価には様々な方法25, 26) が 報告されている.脱灰程度の異なる病変の回復程度を客 観的に評価する方法として,以下に示す脱灰回復率の 式24) を用いた. 脱灰回復率=100(ΔQ0−ΔQn)/ΔQ0 6.統計処理 試料に Er : YAG レーザーの照射を行なった後,再石 灰化液に浸漬した.その後の経日的な QLF 測定値の差 の検定には Friedman’s test を用いた. 実験 2.Er : YAG レーザー照射後,再石灰化液に浸漬 した場合と浸漬しない場合の耐酸性の評価 1.レーザー照射後再石灰化液に浸漬した試料の耐酸性 試験 1)試料 実験 1 でレーザー照射し,再石灰化液に浸漬した試料 を用いた.コントロール群は実験 1 で用いたコントロー ル群,すなわち脱灰後再石灰化させた試料をそのまま用 いた. 2)耐酸性試験 乳酸ゲル(0.1 M 乳酸,6 wt%CMC, pH=5)13, 14) にレ ーザー群とコントロール群を浸漬させ,1, 2, 3, 4, 6, 8 時間後の脱灰程度を QLF にて観察した.脱灰の評価は QLFを用いて実験 1 と同様に行なった. 2.レーザー照射後再石灰化液に浸漬しなかった試料の 耐酸性試験 1)試料 レーザー照射出力別に牛歯 10 本ずつ合計 20 本を試料 とした.各試料の唇側面および舌側面を同様に調整し た.コントロール群もレーザー出力別に牛歯各 10 本, 合計 20 本を実験 1.と同様に調整した. 2)レーザーの照射 照射出力は 30 mJ と 50 mJ の 2 種類を用いた.レーザ ー照射条件は共に注水下で行い,ストレートチップは C 400 Fを用いた.その他の条件は実験 1.と同様とした. 3)耐酸性試験 各レーザー出力で照射後,実験 2−1 と同様に照射群 とコントロール群を乳酸ゲルに浸漬させ,50 mJ は 1, 2, 3, 4, 6, 8時間後,30 mJ は 1, 2, 3, 4, 6 時間後の脱灰程 Fig 1 Measurement by QLF.
度を QLF にて観察した.QLF の測定方法,測定項目は 実験 1 と同様とした. 3.統計処理 実験 2−1 及び 2−2 の統計処理において,脱灰後の経 日的な QLF 測定値の差の検定には Friedman’s test を, 異 な っ た 照 射 出 力 と の 差 の 検 定 は Kruskal-Wallis H-test,並びに Student-Newman-Keuls test を用いた.
結
果
実験 1.Er : YAG レーザー照射歯面における再石灰化 液浸漬後の QLF による評価 Fig 2はΔF(平均脱灰深度)の平均値の変化を示し ている.レーザー照射群,コントロール群とも照射直後 から徐々に値が増加し,再石灰化の傾向を示した.図の aは同群の照射直後の値と,b は第 1 週の値と,c は第 2週の値と有意差が認められたことを示している(Fig 5 まで同様). 再石灰化の程度はコントロール群よりもレーザー群の ほうが高値を示しており,4 週では両群の値に有意差 (p<0.01)が認められた. Fig 3は同様にエリア(脱灰面積)の平均値を示して いる.両群のエリアの値も次第に減少を示し,再石灰化 の傾向を示した.また 4 週後の両群の値の比較ではレー ザー群の方がコントロール群より有意に低値を示した (p<0.01). Fig 4は同様にΔQ(脱灰体積)の平均値を示してい る.ΔQ の値も ΔF,エリアと同様の結果が得られた. すなわち,4 週後の両群の値はレーザー群の方が有意に 高値を示した(p<0.01).Fig 2 Change of ΔF value in irradiated(50 mJ)specimens based on the immersion time in remineralization solution.
Fig 3 Change of area value in irradiated(50 mJ)specimens based on the immersion time in remineralization solution.
Fig 4 Change of ΔQ value in irradiated(50 mJ)specimens based on the immersion time in remineralization solution.
Fig 5 Change of recovery ratio in irradiated(50 mJ)specimens based on the immersion time in remineralization solution.
Fig 5は脱灰回復率の平均値を示している.両群の間 には 2 週,3 週,4 週で有意差(それぞれ p<0.01)が 認められ,レーザー群の脱灰回復率は 4 週後で約 75% を示した. 実験 2−1.Er : YAG レーザー照射後,再石灰化液に浸 漬した試料の耐酸性試験の評価 Fig 6はΔF の平均値をコントロール群と比較したも のである.レーザー群の ΔF 値は 0 時間では約−6% を 示し,1 時間で約−7% と有意(p<0.01)に増大し,そ の後 8 時間値までは 1 時間値との間に有意な差は認めな かった.コントロール群は経時的に値が有意に増大し, 徐々に脱灰の傾向を示した.一方,レーザー群とコント ロール群の比較では,2∼8 時間値にそれぞれ有意差(p <0.01)が認められた. 図中 a は同群の照射直後の値と,b は 1 時間値と,c は 2 時間値と,d は 3 時間値と有意差が認められたこと を示している(Fig 14 まで同様). Fig 7は同様にエリアの平均値を示している.ΔF 値 同様,コントロール群が 2 時間値より経時的に有意な増 加を示すのに対し,レーザー群では 1 時間値から 8 時間 値まで有意な増加は示さなかった.両群の比較では 3∼ 8時間の値にそれぞれ有意差(3 時間値のみ p<0.05, 4 ∼8 時間値は p<0.01)が認められた. Fig 8は同様にΔQ の平均値を示している.ΔF 値, エリア値同様,コントロール群は 2 時間値より経時的に 有意に減少するのに対し,レーザー群は 1 時間値が 0 時 間値に比較して有意(p<0.01)に減少し,それ以降は 8 時間値まで経時的に有意な減少は見られなかった.両群 の比較では 3∼8 時間の値にそれぞれ有意差(p<0.01) が認められた. 実験 2−2.Er : YAG レーザー照射後再石灰化液に浸漬 しなかった試料の耐酸性試験 Fig 9は出力 50 mJ レーザー照射直後の耐酸性試験で, ΔF の平均値をコントロール群と比較したものである. レーザー群は 0 時間の値は約−7% を示した.その後 8 時間値まで有意な減少は示さなかった.一方,コントロ ール群は経時的に有意な減少を示した.両群の比較では 2∼8 時間の値にそれぞれ有意差(p<0.01)が認められ た. Fig 10は同様にエリアの平均値を示している.レーザ ー群の 0 時間値は約 0.08 mm2 を示した.その後 8 時間 値まで有意な変化を示さなかった.一方,コントロール
Fig 6 Acid resistance examination(ΔF)using remineralized samples after irradiation(50 mJ).
Fig 7 Acid resistance examination(area)using remineralized samples after irradiation(50 mJ).
Fig 8 Acid resistance examination(ΔQ)using remineralized samples after irradiation(50 mJ).
群は経時的に有意な増加を示した.両群の比較では 3∼ 8時間の値でそれぞれ有意差(p<0.01)が認められた. Fig 11は同様にΔQ 値の平均値を示している.レー ザー群は 0 時間値から 8 時間値まで有意な変化を示さな かった.一方,コントロール群は 8 時間値まで経時的に 有意な減少を示した.両群の比較では 3∼8 時間の値に それぞれ有意差(p<0.01)が認められた. Fig 12は出力 30 mJ レーザー照射における耐酸性試験 のΔF の経時的な変化を示している.その結果,コント ロール群は経時的に有意な減少,すなわち脱灰が進行 し,レーザー群とは 2 時間値から 6 時間値まで有意差 (p<0.01)が認められた.一方,レーザー群は 3 時間値 までは照射直後と有意な減少が見られなかったが,4 時 間値と 6 時間値にそれぞれ有意な減少(p<0.01)が認 められた.
Fig 10 Acid resistance examination(area)irradiated(50 mJ)specimens.
Fig 12 Acid resistance examination(ΔF)irradiated(30 mJ) specimens.
Fig 11 Acid resistance examination(ΔQ)irradiated(50 mJ)
specimens.
Fig 13 Acid resistance examination( area ) irradiated ( 30 mJ)specimens.
Fig 9 Acid resistance examination(ΔF ) irradiated ( 50 mJ)specimens.
Fig 13は同様にエリアの平均値を示している.コント ロール群は 3 時間値から経時的に有意な増加を示した. 一方,レーザー群はやや不安定な変化を示し,6 時間値 が 1 時間値と有意差(p<0.01)を認めた.コントロー ル群とは 4, 6 時間値でそれぞれ有意差(4 時間値で p <0.005, 6 時間値で p<0.001)が認められた. Fig 14は同様にΔQ の平均値を示している.ΔF,エ リアと同様な結果を示し,レーザー群とコントロール群 の比較では 3∼6 時間値にそれぞれ有意差(p<0.01)が 認められた.
考
察
口腔内におけるアパタイトの溶解と再石灰化という可 逆的な反応は,それに関わる成分の唾液中イオン濃度, 局所の pH に依存してきわめて敏感に行われている18) . 脱 灰 と は 歯 質 の ヒ ド ロ キ シ ア パ タ イ ト ( Ca10( PO4)6 (OH)2)が酸によって溶解し,ミネラルがイオンとして 溶出した状態であり,その結果として表層下脱灰病変が 形成される.そしてその脱灰は,H+ イオンが消費され, pH が中性 に 移 行 す る に し た が っ て 停 止 し , さ ら に Ca2+ ,HPO42−イオンが高度に供給されるといわゆる再石 灰化と呼ばれる現象が起こる27, 28) .これらの過程はマイ クロラジオグラム法を用いた脱灰−再石灰化に関する基 礎的研究29−31) で明らかにされているが,最近では本研究 で用いた QLF 法が用いられるようになり,口腔内にお いて歯質に損傷を与えることなく,脱灰の程度や再石灰 化治療の成果を評価することが可能となった. レーザー照射された歯面が,その後口腔内にてヒトが 行なう通常の生活環境下におかれた場合,このような脱 灰と再石灰化といった交互に起こる環境変化にどのよう に反応するかについて,今回種々の条件下での検索を行 なった. 1.レーザー照射後の歯面の再石灰化について レーザー照射歯面はコントロール群に比べ再石灰化が 進み,再石灰化液浸漬 4 週間後の値では有意差が認めら れた.このことは,レーザー照射を受けた歯面は口腔内 で唾液などの影響を受けることにより,他の歯と同様, 再石灰化が進行することを示唆していると思われる.し かし,耐酸性試験の評価においては,通常の脱灰試料の 再石灰化とは異なった現象が見られた.すなわち,本実 験では,50 mJ 出力で照射した試料に対して直接耐酸性 試験を行った場合と,再石灰化液に 4 週間浸漬した後に 耐酸性試験を行った場合とで比較を行なった結果,まず 前者では,0 時間の値と比較して有意な脱灰が進行せ ず,良好な耐酸性を有する結果が示された.一方,後者 では,0 時間の QLF 値では,再石灰化液に浸漬しない 試料よりも明らかに脱灰程度の回復が認められたもの の,耐酸性試験の結果では 0 時間から 1 時間の間で有意 に脱灰が進行し,その後は 8 時間まで脱灰は進行せず, ほぼ一定の耐酸性を示した.このことについては,レー ザー照射後,歯面の再石灰化の程度がどの程度であるか を考える点で重要な知見と思われた.すなわち,脱灰液 に浸漬して 1 時間後に有意な脱灰を示したことは,レー ザー照射後再石灰化は進行したものの,それは不安定な ものであり,レーザー照射によるダメージを受けた歯面 に,あるいはその周辺に残存する健全エナメル質に,き わめて限定的な再石灰化が生じた可能性が推測される. すなわち,再石灰化された部位は脱灰化液浸漬後 1 時間 程度でほぼ脱灰され,その後はレーザー照射によって得 られた耐酸性によって酸に対する抵抗が保たれた可能性 が考えられる. レーザー照射歯面の再石灰化に関する研究はほとんど 行なわれておらず,したがってその再石灰化のメカニズ ムについても詳細は不明である.しかし,本実験の耐酸 性試験の結果,レーザー照射による歯面は,通常の健全 エナメル質における脱灰後の再石灰化とは異なっている ことを示唆しているものと考えられた. 2.レーザー照射後歯面の耐酸性獲得について レーザー照射後の歯面の形態的,組織的な変化につい ては多くの報告がみられる11, 14, 32, 33) .一般に Er : YAG レ ーザーを照射した歯面の組織像は出力により違いが認め られ,低出力の場合はあたかも剥されたかのような鱗状Fig 14 Acid resistance examination(ΔQ)irradiated(30 mJ)
を,高出力の場合は熱的影響により溶岩状を呈すること が報告されている11, 32, 33) .磯貝ら14) は Er : YAG レーザー を小窩裂溝填塞の前処理へ応用することを目的として, レーザー出力を 30 mJ, 40 mJ, 50 mJ で行なった際の歯面 における影響を,偏光顕微鏡および走査電子顕微鏡を用 いて観察している.その結果,30 mJ, 40 mJ では照射面 に,初めに行なった試料の研磨面が亀裂を伴って残存し ているのが観察され,不均一である一方,60 mJ では研 磨面の残存は認められないものの,レーザーによる除去 量が増し,大小不整の塊状の隆起など,小柱構造に基づ く表面の凹凸が著しかったことを報告している. レーザー照射面の耐酸性の獲得に関しては,う蝕の発 生起点となる小孔の閉鎖と,歯質に内在する有機質や水 の状態変化に伴う酸拡散防止,さらに歯表面の構造変化 の 3 つの機構が考えられており34−36) ,これらはすべてレ ーザー照射に伴う熱的影響により生じるものとされてい る.Er : YAG レーザーは波長が 2.94μm と水の吸収係 数と近似しており,歯質蒸散を可能にすることを目的に 開発された経緯から37) ,照射時は歯髄への熱的影響を注 水により軽減させている.そのため Er : YAG レーザー では熱的影響が他のレーザーと比較して少ないと考えら れているが,結晶レベルにおける瞬間的な熱的影響は, 注水の有無にかかわらず無視できないとされる8) . 白須賀34) は炭酸ガスレーザーの照射面の表面温度と耐 酸性の関係を検討した結果,従来報告されているような 高温に達していない 300 から 400℃ の範囲で,90% 以 上の高い耐酸性の獲得に成功していることから,必ずし もレーザー照射面の耐酸性に高温は必要としないとして いる38, 39) .今回実験に用いた出力は低出力のうえ,注水 下による照射であることより,他のレーザーの機構とは 異なって熱的影響はそれほど大きくないと思われる. 江黒はエナメル質に 250 mJ と 500 mJ の 2 つ出力を非 注水,注水の条件下で照射した結果,いずれの群におい ても耐酸性の向上が認められ,それは変化したリン酸カ ルシウムによることを報告している37) .得られたリン酸 カルシウムの中には,400∼500℃ 付近から生成するメ タカルシウムなどの低結晶性の構造物が存在することか ら,このような物質がそれほど高温でなくても生成さ れ,耐酸性の獲得に影響していることが示唆される. これら一連の報告と今回の結果から,レーザー照射後 に得られる歯面の耐酸性とは,通常の健全歯の脱灰後の 再石灰化により得られる耐酸性,すなわちカルシウムイ オンやリン酸イオンが再び歯質に取り込まれることによ る再結晶とは種類の異なるものであることが示唆され る. 3.照射出力 30 mJ, 50 mJ による耐酸性の比較につい て 本研究では,臨床における小窩裂溝封鎖や初期う蝕へ の対応としてレーザーを用いる場合,どの程度の出力が 適しているかを検討するため,いずれも低出力 30 mJ と 50 mJの耐酸性について比較を行った.その結果は両群 とも良好な耐酸性を示し,50 mJ では脱灰液浸漬後 8 時 間まで有意な脱灰を示さなかったが,30 mJ では脱灰液 浸漬後 4 時間値から脱灰が認められ,0 時間値との間に 有意差が生じた.このことは臨床において低出力照射を 応用する際の判断として興味ある知見と思われた. 磯貝ら14)はフィッシャーシーラントの前処置として, レーザー照射面に研磨面が残存せず,表面のダメージが 最も少ない照射歯面を得るには,照射出力として 50 mJ が適当であると結論している.高橋40) も 50 mJ の出力を 用いて Er : YAG レーザー照射前後にフッ素を塗布する ことにより,フッ素の取り込み量が増し,有意に耐酸性 が増加して,エナメル質に石灰化度の高い層が形成され たことを報告している. 今回の結果で 30 mJ は 50 mJ と比較して耐酸性の獲得 はやや不安定であった.また耐酸性試験において 30 mJ 照射の場合,4 時間後から脱灰が進行したことは,耐酸 性獲得の程度が不十分であったことが推察される.過去 の報告14) でも 30 mJ では長時間にわたる耐酸性の獲得に は不十分であることが報告されており,本研究はそれを 裏付ける結果であった. 以上 Er : YAG レーザー照射面の再石灰化,耐酸性に ついて QLF による検討を行ったが,今後も微小亀裂の 存在等,組織学的検索も合わせて,レーザーを安全に臨 床応用するための研究が必要と思われた.
結
論
QLFによる観察下で Er : YAG レーザー照射歯面の再 石灰化および耐酸性について検討を行い,以下の結論を 得た. 1.QLF によるレーザー照射面の再石灰化の評価では, レーザー照射群は良好な脱灰回復率を示した. 2.レーザー照射後の耐酸性試験の結果,良好な耐酸性 を獲得することが示された.しかし,レーザー照射後 に再石灰化させた場合には,耐酸性の程度は比較的限 定されたものであることが示唆された. 3.照射出力 30 mJ と 50 mJ の耐酸性の比較では,30mJでは脱灰液浸漬後 4 時間で,浸漬前と比較して有 意な脱灰を示したが,50 mJ では 8 時間まで安定して 酸に対する抵抗性を示した. 4.Er : YAG レーザー照射後の歯面の脱灰・再石灰化 の診断に QLF は有効と思われた. 稿を終えるにあたり,終始懇切なるご指導,御校閲を賜 りました元明海大学歯学部機能保存回復学講座歯内療法学 分野,中村幸生教授並びに同講座保存修復学分野,片山 直教授に厚くお礼申し上げます.
引用文献
1)Goldman L, Hornby P, Meyer R and Goldman B : Impact of the laser on dental caries. Nature 203, 417, 1964
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3)Hibst R and Keller U : Experimental studies of the application of the Er : YAG laser on dental hard substances : I. Measurement of the ablation rate. Lasers Surg Med 9, 338−344, 1989
4)Hoke JA, Burkes EJ Jr, Gomes ED and Wolbarsht ML : Er-bium : YAG(2.94μm)laser effects on dental tissues. J Laser Appl 2, 61−65, 1990
5)Burkes EJ Jr, Hoke J, Gomes E and wolbarsht M : Wet versus dry enamel ablation by Er : YAG laser. J Prosthet Dent 67, 847− 851, 1992 6)髙森一乗,福島理恵,古川裕彦,森川良勝,片山 直,渡 部 茂:硬組織切削振動と疼痛との関係についての基礎研究 第 1 報 Er : YAGレーザー切削時の微小振動について. 日歯保存誌 44, 699−705, 2001 7)篠木 毅,Senawongse Pisol,大槻昌幸,加藤純二,田上 順次:Er : YAG レーザー照射時のエナメル質の変化 注水 量との関係.日レーザー歯会誌 13, 19, 2002 8)江黒 徹:Er : YAG レーザー照射エナメル質の構造・組 成変化.日歯保存誌 41, 582−595, 1998
9)Visuri SR, Walsh JT Jr and Wigdor HA : Erbium laser abla-tion of dental hard tissue : effect of water cooling. Lasers Surg Med 18, 294−300, 1996 10)石丸和俊,高野達治,浅野倉栄,日下輝雄,小澤正明,薄 井秀樹,榊原康智,高水正明,河野 篤:Erbium : YAG レ ーザーの歯質への影響―形成された窩洞表面の形態について ―.鶴見歯学 22, 175−184, 1996 11)守矢佳世子,加藤純二:Er : YAG レーザー照射時におけ る乳歯歯質の形態学的変化について.日レーザ―歯会誌 7, 6−11, 1996 12)高野達治:Er : YAG レーザーの照射面形態及び成分の変 化について 第 2 報 パルス幅の影響について.日歯保存誌 40, 1354−1364, 1997 13)森岡俊夫,森田恵美子,鈴木和夫:各種レーザー照射によ るエナメル質耐酸性向上に関する研究.日レーザ―医会誌 3, 605−612, 1982 14)磯貝美佳,松村 祐,荒井康司,中垣晴男,外山敬久,渥 美信子,山本ゆう,河合利方,青山哲也,土屋友幸:低エネ ルギーレーザー照射が表層下エナメル質に及ぼす影響―硬度 と耐酸性について―.小児歯誌 40, 10−18, 2002 15)坂本吉史,上村参生,神原正樹:In vivo における QLF に よる早期う蝕診断に関する研究 初期う蝕病巣の定量評価に ついて.歯科医学 67, 257−265, 2004
16)安藤昌俊:定量蛍光法(Quantitative Light-induced Fluores-cence)による初期齲蝕検出.日歯評論 63, 155−160, 2003 17)Sundström F, Fredriksson K, Montán S, Hafström-Björkman U
and Ström J : Laser-induced fluorescence from sound and carious tooth substance : spectroscopic studies. Swed Dent J 9, 71−80, 1985
18)Ando M, van Der Veen MH, Schemehorn BR and Stookey GK : Comparative study to quantify demineralized enamel in de-ciduous and permanent teeth using laser-and light-induced fluo-rescence techniques. Caries Res 35, 464−470, 2001
19)掛川達彦,大橋英夫,林 恒彦,黒下礼奈,高橋昌司,鈴 木 昭,稲葉大輔,渡部 茂:光誘導蛍光定量法を用いたフ ッ化物によるエナメル質再石灰化の評価.小児歯誌 46, 609 −616, 2008 20)大橋英夫,高森一乗,遠藤康亮,渡部 茂:QLF による Er : YAGレーザー照射後の歯面変化の観察.日歯保存誌 52, 426−436, 2009
21)Cate JM and Arends J : Remineralization of artificial enamel lesions in vitro. Caries Res 11, 277−286, 1977
22)柴田宗則,坪井信二,中野 崇,東 公彦,長縄友一,阿 知波恒仁,徳倉 健,犬飼順子,加藤一夫,中垣晴男,土屋 友幸:再石灰化溶液の組成がエナメル質の再石灰化におよぼ す影響.小児歯誌 44, 169, 2006 23)高島隆太郎,川崎弘二,上村参生,酒井怜子,川上富清, 小室 崇,西島典幸,田治米元信,多名部 実,小室美樹, 神原正樹:エナメル質人工初期う蝕試料の再石灰化における QLF観察.口腔衛会誌 55, 41−49, 2005 24)何 陽介,本川 渉,宮崎光治:定量的光誘導蛍光法を用 いたヒトエナメル質表層下脱灰層の検討.歯科材料・器械 24, 189−194, 2005 25)中嶋省志:海外での研究動向と最近の初期う蝕の診断技 術.日歯評論 63, 150−154, 2003 26)何 陽介,岡本佳三,馬場篤子,松家茂樹,本川 渉:エ ナメル質初期齲蝕の診断技術の進歩と予防管理法について. 福岡歯科大学学会雑誌 34, 55−62, 2008
27)Fosdick LS and Starke AC Jr : Solubility of Tooth Enamel in Saliva at Various pH levels. J Dent Res 18, 260−263, 1939 28)中嶋省志:ヒトエナメル質の脱灰感受性について.Cariol-ogy Today 1, 52−56, 2000 29)飯島洋一:エナメル質の再石灰化促進.In:新・う蝕の科 学.浜田茂幸,大嶋 隆編,第 1 版,医歯薬出版,東京,pp 138−148, 2006 30)稲葉大輔,飯島洋一,高木興氏:脱灰歯根象牙質におよぼ すフッ素徐放性シーラントの口腔内における効果.口腔衛会 誌 44, 659−664, 1994
31)ten Cate JM and Duijsters PP : Alternating demineralization and remineralization of artificial enamel lesions. Caries Res 16, 201−210, 1982 32)関根義朗:Er : YAG レーザーによる歯牙硬組織切削の病 理組織学的研究.日歯保存誌 38, 211−233, 1995 33)外山敬久,磯貝美佳,入野田芳子,渥美信子,松村 祐, 土屋友幸:Er : YAG レーザー照射によるエナメル質の形態 変化 microcrack について.日歯保存誌 42, 975−981, 1999
34)白須賀哲也:APF 併用レーザー照射による歯質耐酸性付 与効果に関する研究.日歯保存誌 31, 283−293, 1988 35)山田恵子,桜井 聡,神山紀久男:人工的初期脱灰エナメ ル質へのレーザー照射とフッ化物塗布併用による齲触抑制効 果に関する実験的研究.小児歯誌 26, 732−741, 1988 36)加藤純二,粟津邦男,篠木 毅,守矢佳世子:レーザーに よる齲蝕予防.In:一からわかるレーザー歯科治療,第 1 版,医歯薬出版,東京,pp96−99, 2004 37)熊崎 護:Er : YAG レーザー及び分子振動レーザーによ る歯牙硬組織切削について.日レーザー医会誌 20, 55−61, 1999 38)岩田有弘:Er : YAG レーザー照射歯質に関する研究.日 歯保存誌 45, 147−158, 2002 39)葛西惇士,古本達明,上田隆司,細川 晃,田中隆太郎, 和賀正明,杉原成良,今野 明:Er : YAG レーザー照射時 の歯質表面温度の測定.日レーザー歯会誌 21, 51, 2010 40)高橋亨典:Er : YAG レーザー照射及び APF 塗布で処理し
たエナメル質の耐酸性と組織学的変化.愛知学院大歯会誌
39, 19−31, 2001