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(1)

さ匠』

函岡

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区通

終調恐慌の必然性

農業恐慌の必然性

工業恐慌と農業恐慌との閲酬明性

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第四︑批

I

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I 恐慌の原因

恐慌の地理的結国

農業恐慌論

(2)

三三

11

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匪買

第四︑批

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I 恐慌の原因

戸 ! ι 恐慌の地理的範国並に農産物部門

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恐慌の経済的乃至社合的影響

慌 〔IVJ

プマにコ

I

恐慌政態のスケッチ

〔][J

恐慌の性質

・・岡田園

一般恐慌と農業恐慌

験洲大戦を模機として世界費本主義の王座に君臨し︑杢資本主義経済力の約半ばを握つ℃︑永久

的繁柴を髄一はれ来ったアメリカ合衆園の経済界も︑一九二九年十月二十九日晴天の露露の如くに勃

脅したニヲヨーク取引所の大動乱を序曲とし℃俄然恐慌局面を展開するに至b︑その影響の及よと

乙ろ︑或は新党代之れを恐慌肢態に捲き込み︑或は既存の不景気乃至恐慌朕態を一一層深刻化せしめ︑

(3)

かくし℃今や︑資本主義的金世界主事げて︑程度の差乙そあれ︑一般経済恐慌の渦中止坤吟しつL

ある之とは今や周知の事責である︒と乙ろでかLる一般的経消恐慌はその中に︑就中植物性食料品

並に原料品債格の暴落︑その結果とし℃の農民の大衆破滅的運命どその指標とする闘際的農業恐慌

を包含する乙とによっτ 一一暦そ白破局面を蹟大し︑深刻化しっ︑あるのである︒之れ即ち比磯曾

に特に農業恐慌に就℃弦に若干の考察を試みんとする所以である︒

τE

ない︒元来資本主義は無政府的生産と封立的階級構成とををの根幹的特徴とする経済組織である︒ 経済恐慌の必然性︒凡そ恐慌が資本主義経済に必然的の担象たる之とは今改め℃云ふまでも

無政府的生産は︑生産諾部門間の不均衡を内包しつ﹄︑枇舎の生産力を無限に増大せしめんとする

ー傾向を有する︒蓋し各企業家は無政府的生産の下に於ける豆印刷一挙の強制法則﹂に飴儀在

t3

生産費の低下を脅らすべ主新生産行程を絶えず競宇的に採用せぎるを件ないからである︒かくし℃

生産の規模は結晶ιず蹟大せられ︑生産の能力は不断に増大する︒

がその限度であるかのやうに生産力を礎展せしめんとする資本主義的生産の衝動﹄が即ち之れであ

る︒而して其結果として賃現せられたる生産力の未曾有の畿展乙そ拡資本主義主し℃人類の進化奥一

上にその合理的存在を誇稗せしむるに足る唯一の光彩ある側面たる乙とは確かである︒充︑がかL

農業恐慌論

(4)

生産力の稜展夫自身が決して費本主義の目的左する左ころでない乙とは︑之れ又一五よまでもない︒

資一本主義の指導精神は替利主義である︒をとでか︑る生産力の接展はそれに封臆する購買力の一増大

を伶ム場合にのみよく資本家的生産の目的を遣し得るのである︒然るに吐舎の購買力を規定する分

配闘係は︑資本主義の下に於ては︑封立的階級構成の上に置かれてゐるのである︒換言すれば資本

は勢働力の搾取を本質とするものであるから︑此の機構の下に於τは︑大裁の購買力はや︑もすれ

ば最小限度比低下せλとする傾向を有するのである︒即ち﹁一枇舎の消費力は︑結艶的生産力にょっτ定まるものでもなく︑絶封的泊費カによって定まるものでもなく︑野抗的分配闘係の上に立って

ゐる消費力によって定まるものである︑乙の封抗的分配闘係は︑枇曾の大衆の消費を多少とも狭院

なる限界内に於℃のみ務化し得ると之ろの最小限に縮小せしむるものである﹄︒

資本主義の下に於けるか︑る生産力の接展左それ代封立せるか︑る購買力の縮小︑此聞の矛盾が

撃は破裂し℃設に恐慌主導くに至るのである︒乙れが恐慌殺生の終極的原因である︒而も﹃恐慌は

常に唯翫存諾矛盾の瞬間的強カ的解決であb︑撹乱したる均衡を一瞬間侠復せしめる噴火たるに過

ぎないのである﹄︒即ち恐慌の結果生産力の破壊と縮小が行はれ︑生産の規模が抑制せられて漸次現

賓の購買力に趨膝し行き︑かくして経済界の安定を回復するに至る︒だがそれと共に資本は再び本

(5)

来の利潤獲得慾︑ぞれを動機とするそれ濁特の生産荷動に騒られτ︑蹟張再生産の加速度的進行か

ら再び生産過剰を惹起し︑やがて再び恐慌を操返すに至るのである︒所謂﹁安静獄態︑活担増大︑繁栄︑

過剰生産︑恐慌︑停頓︑安静扶態︑等ムザ﹂の景気循環が即ち之れであb︑その循環の頂劫たる恐慌の

周期的到来はかくて資本主義経済にとって不可避の運命なのである︒事買に於τも恐慌は世界貿易 の幼少期たる一八一五年工b一八四七年に至る聞に於℃は路々五年毎に繰h返され︑更に一八四七

年よAY一八六八年に至る間に於℃は正確に・十年毎は繰b返し出調した乙とはエングYスの指摘せる

如くであb︑其後の周期は必らずしも正確ではないが︑一八七三年︑八二年︑九一年と羽はれ二十世

記に入bては一九

00

年及び一九O七年の恐慌が普く知られてゐる︒而して世界戟後一九二

Oi

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こ一年にアメ司ノカよ

b全欧洲に通ずる大恐慌があb︑克に一九二九年秋期よb塗に今日の如き

世界的大恐慌ケ一見忍に至った次第であb

山 ︑ か︿し℃嘗τ一部の革者によっτ主張せられた忍カMF

Y又はトラストによっ℃恐慌を除去し得ろと云ム誼も途に一場の﹁いわ伽俳一に過ぎなかったこと

が明かになった諜であb︑叉戟後に至って資本の救世主の如くに現はれたる所謂A

調

て資本主義につきものたる恐慌を結局憤張再生産するに終るものだる乙とを賞誼した諜である︒

M u

a

農業恐慌の必然性︒以上は要するに費本主義的経祷恐慌の必然性に開する極め℃椛臨的なる

農業恐慌論

(6)

E

叙逮に過ぎないが︑鶴って農業の方面に就て見るに︑農業も亦資本主義的一枇曾経済の一環を魚してゐ

る限

bk

Lる必然性の支配の外にあるにあら︑さるものなる之とは明かである︒唯農業に於℃

は資本主義的接展の様相が必らずしも工業と同じからぎるものあb︑且つ例へば未開地の開拓とか︑

天候の具合とか或は又地代へ小作料︶の如3工業には存在せざるものが農業にあbては恐慌の重要な

るモメントだb得るが故に︑その恐慌の現象形態就中周期の如きものは工業に於けるそれと同一に

あらぎる乙とは勿論であるけれ左も︑しかし恐慌殺生の窮極的原因に至っては矢張b資本主義の根

本的矛盾たる生産力と消費力との不均衡に存する乙とは一般経済恐慌の場合と何等具なるものでは

農業恐慌の周期的到来の必然性の具膿的説明に就てはスヅデンスキイによって一の興味ある見解

が展開されてゐるから︑設に簡単にそれに言及する乙とは必らずしも無用の業ではあるまい︒

スヅデンスキイの農業恐慌に闘する見解は木前に入って和

L r 詳しく紹介せんとすると乙んである

が︑要するに彼は一切の農業恐慌の具臆的動因を農業に於ける技術的接革に障するのであるが︑その

技術的麓革︑がどうゅう具合に行はれるかに就℃濁特の見解主立てLゐるのである︒期ち彼の見解に

よれば技術的進歩は︑工業に於℃は櫨績的に行はる︑に反し︑農業に於ては間断的である︒何故に

(7)

農業に於℃は間断的であるかに就℃彼は次の二理由を塞げ℃之れを説明する︒一︑農業に於ける新

技術の一般的普及には通常長い試験期︑が先行する乙と︒プ一︑新技術の普及が一種の陪性によっ℃妨

3れる乙と︒即ち農業に於℃は新技術の有殻性が全く試験済みと在b︑又その採用を妨害する惰性

的要素が杢く克服せられるまでに長い期間を要するのであるが︑か町︑る期聞を通過したる後に始め

て突如として技術的麓草が行はれる︒此の突如たる技術的麓草は︑工業に於けるそれと均衡を保たな

H M E

宮島

0 5

を生じ︑かくして農業恐慌を惹起するに至ると云ふのである︒問

農業恐慌が掛の如く草に農業民於ける技術的援草にのみ起因するものであるかどうか︑叉所謂銑

般債格差がかくの如く草に農業及び工業に於ける技術的接草のアムポの相蓮にのみ基づくものであ

るかどうか︑持た叉銚般債格差が賞現した場合にのみ農業恐慌があb得るに止まるかどうか︑之等

の諸勅に就℃は嘗然多くの疑問が捕はさまれのであるが︑それに就℃は今弦には述べない︒設に特

に彼の説を引用したる所以のものは︑彼の見解が農業恐慌の必然性と周期性とに関する一の具鰹的

規定︵彼自身そう云つ℃ゐる誇ではないが︑しかし彼の見解を論理的に演轄すれば嘗然そうなる﹀

たる姑に特殊の興味が持たれるからである︒農業恐慌に閲する彼の見解が決し℃完全衣ものでない

農業恐慌論

(8)

主主は︑既に上にも暗示したるが如くであるが︑じかし兎に角農業に於ける技術的議革が一般に過

v去の農業恐慌に於いて常に重要な要素と在b来った事賃から考へ℃も︑彼の設が少くとも一一顧に植

すお乙とは確かである︒だがその批剣は結局賃謹的に矯され在ければならない乙とは勿論であるか

ら︑乙れ以上誌では議論を進めね之とにする︒

y d

pは資本主義諸図に於ける農業恐慌と︑資本主義的に未接展なる諾閣に於けるそれとを

直別して注目すべき見解を展開してゐるが︑之れも本論にλつ℃から述べる之とにする︒

車工業恐慌と農業恐慌との関聯性︒弐に問題となるのは一般経済恐慌特に工業恐慌と農業恐慌と

の関聯如何の問題である︒此結に就℃は例へば?ギア

I Y

の農業理論家の問には工業恐慌と農業恐慌との関係を否認する強い風潮があったが︑最近敷ヶ月の

出来事は︑之の風潮が工業と農業との関聯をいかに間違って把掻してゐたかを見易く示したもので

ある﹄と遮ベ℃ゐる︒之︑に﹁最近数ヶ月の出来事﹄と云ょのは︑かのニヲヨークに於ける取引所

の大動乱︑債値謹券の相場の惨落が︑小委債格の反落の脱税端となった事買を指す︒即ち特に豊作であ

った一九三八年には小委債格の下落は七月半ばから十一月半ばまでに約一OMであったのは︑非常

在不作であった一九二九年にはその同じ期聞に三五克も反落した︒そ乏で彼は乙れを説明して次の

(9)

やうに結んでゐるのである︒﹁正に之︑広三そ農業に及ぼす経済恐慌の影響が現はれτ

不作にも拘らず︑小委債格は経済恐慌の結果良作の前年に比し℃よb

一般に工業恐慌と農業恐慌とが関聯し会ふと云ム乙とはマギア

I

Yの云ふが如く然b

それは農産物債の暴落が農村の購買力の激減を意味し︑叉工業恐慌が農産物に封する購買力の低下

を鷲らすと云ふ意味に於℃である︒従つτ叉農業経済の商品経済化への接展が進むに従って︑雨者

聞の関聯が盆々複雑且つ濃厚となb来る乙とは云ふまでもあるまい︒

だが雨者の関聯性よbし℃直ちに雨恐慌の同時論を踊納する乙とは︑考へ方としても飴b

に草純

b︑叉歴史的事買にも合致しない︒三れに就℃はヴア

YJ

﹃農業恐慌と工業循環との関聯の問題につい℃は周知の通bすでに一つの理論がある︵スペグア

ータ7﹀︒その珂論によると︑工業循環の各々の恐慌局面は一つの農業恐慌を含むといふのだ︒乙の

見方はかうした絶劃的な形では正しくない︒云ふまでもなく工業恐慌と農業恐慌との聞には相互 cか − 1r

の関聯がある︒各ι干の工業恐慌は︑少くも農業のうち工業原料品︵棉花︑羊毛︑黄麻︑生糸等々︶

を生産する農業部門に於ける後退を意味する︒だが乙の後退は一般的農業恐慌を意味しはしない︒

一般的農業恐慌にとっτ

は何よ

bも先づ穀物類と飼料との債格態様が決定的なのだ︒

農業恐慌論

(10)

工業循環と農業恐慌との聞の闘聯が決しτ一義的なものでない乙とは︑過去の諸恐慌期の歴史的

観測が乙れを謹明してゐる︒十九世紀最後の四分の一に於けるヨIロヅバ大農業恐慌は︑疑いもな

くいくつもの工業循環を通じ℃長びいた︒コンドラアイエフの﹁大景気循環﹂斑論を採るのでない限

b︑工業恐慌と農業恐慌との直接の時間的一致などを考へ出し得るものではない︒他方に於℃例へ

ば一九O

l

O八年の恐慌局面が少しも農業恐慌を伴はなかった乙とも亦明かだ︒

b

3れてゐるやう攻同時論は純粋に事質的に見れば間違ってゐるのだ片山

y d

は準えで︑右の時間的不一致の生ずる根壌として工業と農業との生産保件の相違を指H

摘し︑その主要黙を左の如く列車し℃ゐる︒その多くは所謂市場趨臆性に乏しい農業の生産的特質

を奉げたものであって︑別に耳新しい設でもないが︑しかしその解説が周到懇切なる黙に於℃有盆

3に亘る引用を敢℃する乙とにする︒

aバンの祉命日的消費高は工業循環の進行朕態から極く僅かな程度でしかも矛盾しながら影

響を受けるだけである︒恐慌は貧乏な諾園ではバンの消費の減退を意味し︑富裕な諸図では上等禽

料品︵肉︑脂肪︑牛乳︶の使用が暦つτバンの消費が増加する乙とを意味する︒

b穀物生産期は︑決定的な穀物生産諸岡では殆λど一年かLる︒だから悪化し行く景気への

(11)

反作用は工業に於けるやうにさう迅速に行はれるものではない︒

e︶ 農業生産費のなかでは︑固定支出即ち生崖の量もしくは牧穫の高に無関係に要る支出︑が工

業に於けるよbも逢かに大きな役割を演じ℃ゐる︒借地料︑土地抵嘗利子︑機械の利梯及び償却︑

牽引用動物の伺料︑常備勢働力の賃銀︑租税︒三れらの要素は合計して個別的生産費の少くとも七O

婦を成し℃ゐて︑生産制限をやって見たところで殆んど影響がない︒だから個々の農業生産者は︑

生産物の債格安の時にも︑金幅作業を績けゃうと熱望するの︑花︒一時的な生産休止或は生産制限i

工業に於けるやうなーなどは農業では問題にも何にもならない︒だから周知の現象がアメη

つ℃ゐるのだ︒農業恐慌に際しτ借地農が何寓人となくその農場を終極的に断念し℃放棄するとい

d農業生産は散bbばらばらにとても分散してゐるので︑債格釣ι

の生産減少などはなかなか還行できるものではない︒・・・・・・組続的な生産制臨!工業的濁占が債格

及び利潤の引上げのためにする主な方法!は︑千高もの個鯉経替にばらばらに分裂してゐる農業で

e︶ 他方に於て農業では生産期が長くかLるので︑三れがやはb︑工業で行はれるやうに︑景

農業恐慌論

(12)

f

気︑がい︑からと云って迅速に生産接援をやる乙とをも扮げる︒

34乙れらの主要モメントがあるので︑各工業恐慌は農業原料生産部門の後退を惹起する乙とになb

はするが︑また他方に於て農業恐慌の存在は疑いもなく工業に於ける恐慌局面に尖鋭化作用を及ぼ

しはするが︑それにしても工業と農業とに於ける景気循環の動態は杢︿議ふの︑た︒だから農業恐慌

をヱ業循環の恐慌局面と同一視するのは諜b

qu

以上によって此黙に閲するヴア〆ガの見解は極めて明瞭である︒要するに農業に於ては自然的乃

至経済的理由によって生産の伸縮可能性が非常に限られ︑容易に景気の麓動に順隈し得ないが故

民︑工業に於けるEはその景気循環の動態を全く具にすると一疋よのであって︑それは正しくザアy

然らば賓際に農業恐慌が如何様に羽はれ来ったかを見るに︑例へばプオン・ベロクの一五よと乙ろ

によれば︑近代的の農業恐慌は一八三0年代に中欧諸闘に︑同じく四0年代の終bから五0年代の

始めにかけ℃アイ

UF

ランド及南ドイツに現はれ︑更に六0年代には主として北東ドイツに農業信用

恐慌が現はれた︒川之れまでは農業恐慌は寧ろ佃ム干の図乃至地方的のものであったのであるが︑

巽後交通機関の稜遣すると共にその範園の憤大を来たし︑途に一入七五年よb

O O

年に至る

(13)

歌洲を中心とする大農業恐慌を見︑更に世界戦後に至つ℃一九二O年以後︑時に念性的︑時に潜在

的な形を採

P 9

b︑今咽切に見るが如き間際的大農業恐慌となって現はれるに至った

三れによって見℃も︑工業恐恐と農業恐慌との同時論が︑ヴア

MY

しないことが明かであるのみ者らず︑向農業恐慌の周期が工業に於けるが如く法則的でないと一五ふ

乙と︑及び恐慌期間︑が︑近年の図際的農業恐慌にあbては︑非常に長期に亘る左手

AA

そ之で本論に入って我々は特に重要なる右の二個の闘際的農業恐慌︑即ち一八七五年乃至一九O

O年のそれ︑及び一九二O年以後のそれに就て具盤的に詳細なる研究を試みる之とにする︒と乙ろ

で之れに就ては既に諾皐者の研究が多く魚3れ℃ゐるが就中ゼリング︑

ガの見解は夫々甚だ興味ある野立を示し℃ゐるので︑特に此の三者の見解を紹介し︑それに就℃若

干の批判的考察を加へる之とにしたい︒山山而し℃最後に今我閣の農村に襲来しっ︑ある恐慌肢態

を観察し以て本論文を終る乙とにする積b

(1)  景気循環に就ては旨宮

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農業恐慌論

(14)

程蛸,鰻縦割長iigr 

EGStude11sky,Entwicklungslinien der laudwirtschaftlichcn Weltproduktion, in Weltwirtschaftliches Archiv, Ed. 

31. Ref2(April 1930), S. 476‑477. 

!>‑hトト-~『曜単線熊盤ベji翠再@~是正襲撃E認~~担税『制民曜~l!!-~~総てlltllID;ぞーllIJti::) 

~ bト長恥『ヰ!l~~語総社鮮』総長車~-filO‑m !可。

@: ~トえ~.i.J早雲仰P§11‑§llllim:

G.v. Below, Agrargeschichte, in Handworterbuch der Staatswis8enschaften, 14. Aufl. Bd. S. 60. ε ~ pλ弘、QE時草色~Mring,Internationale Preisbewegung und Lage der Landwirtschaft in den 1ertropischen

工品ndern,1929. !2追い回!!""'t¥"1λ同荷、ヶQE君主生:\;!G. A. Sudensky,Entwicklungslinien der landwirtschaflichen

eltproduktion, in eltwist.schaftliches Archiv, Bd. 31. Heft April1930)・ど境νQKao ~言語1震やQE耳是主立録V:!;! 

<i毛無-Nil寄せ~lL "-!時短窓~~令:i:.'『誕食:鐸需品』告書111十唱申告長1(祭巳追い,QKa

るトえ恥QE司法:';!E. Varga, Wirtschaft und vVirtschaftspolitik im I. Vierteahr1930. in International Presse 

korrespondenz lL思ド,!JtQO*~富ピおむtGjit;!!!2:1;!«請を3露徳寺言宗寺Ek'. "-!Ka税制E『$!~~製食品ト鮮』く総病患ま)k'.者三時。撚網ピ綜

蒋純品<l*憶が1-0-f京都長~今母子品。

十将棋寝~何回戦前法Q長室駅

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•;i ~入~Q哨事時最出縄Q£-{l尚早迫~手~Q'V"~ ;Q l‑0 『«咽塁手足早寝苦製詣♀4く寝~’i何日名ν~

(15)

新耕地及び牧地の開拓及川ω耕作の速度によb︑他方に於℃は諾工業閣の経済肢態を器使化せしめ︑そ

の購買力を高低せしめた歴吏的事件によっτ

即ちゼリングは長産物債格麓動

の原因として云はビ内在的原因と在外的原因とを匝別し︑而も前者とし℃は専ら未墾地開拓の速度

を翠げ︑後者としては工業人口の購買力を務動せしめる歴史的事件を指摘してゐる乙とを知る乙と

が出来る︒聞して彼は十九世紀末の農業恐慌は前者に基づき︑世界戦後の農業恐慌は後者に原因す

ると魚すのである︒そ乙で先づ前者に就て見るに︑彼は一八七五年乃至一九

OO

年の農業恐慌を専

らアメヲカに於ける未墾地開拓の逮度を以℃説明するのである︒伎は世界農業の恥浪速を研究するに

?の所謂牧穫遁減の法則を以てし︑之れを﹁農産物の購買力増進の法則﹂川とも呼んでゐγ

る︒そ乙で農産物の債格構成は︑此の法則に従ム場合には︑正常的であると一疋ふのである︒と乙ろ

が乙れは一八七五年乃至一九

00

年の時期には営はまらない︒蓋し︑ぜ咽ノングの説明によれば︑

メ胃ノカ西部氏於ける穀作の横張によって穀作集約化が停止せられ︑その矯め牧穫逓減の法則が買現

﹁農産物が工業品に比してその購買力を維持したとしても向その債格構

成は闘民経済上正常的と宥倣すべきにあらず︑一八七五年乃至一九

OO

年の大恐慌の突接以前及び

その終結以後に於て有致なる農産物購買力増加の傾向が再び賓現したる時記始めて然か宥倣し得ベ

農業恐慌諭

(16)

さのみ︒蓋し︑工業的材料加工に劃しては経済的技術的進歩の限界は殆んど存しないに反し︑有機

的生命を有する動植物の増加は︑一定の面積に於℃は︑他の事情を同一とすれば︑勢働及び物的財

貨の比例以上に増加したる支出を保件とするからである︒それ故に農業生産の集約化は農産物の交

換債値の騰貴したる場合に始め℃行はれ得るのである︒・・・・・・農業の生産財貨及び消費財貨を低廉

ならしめる乙とによって︑費用を増加せしめるととなしに農業生産の増加を可能ならしめる乙とは

即ち工業の職分である﹄川かくしてゼ宵ノングは所謂牧穫逓減の法則の作用する場合に於ける農産物

の債格構成を正常的なbとする︑然るに前記の期聞に於τは穀作は集約度の増遣によらず金ぐ未墾

地の念遮度なる開拓によって膨脹し︑その矯め右の法則は一時無殺にされ︑その結果穀物質格は一

般的債格標準以下に下落しτ所謂﹁不正常的債格構成﹄を現はし︑設に恐慌を見るに至ったと説︿

乙とを認めて次の如く述べ℃ゐる︒

yシグは営時の農業恐慌が日とb蹴洲を襲ムたのみ攻らず︑アメリカ自身に於℃も波及した

﹃世界市場債格が十九世紀の最後の六分の一期にその底に達し

カ時に︑そは決して穀物の主要供給地たるん口衆図及びカナダに於ける穀作の生産費の股態を示した

ものではなかった︒八十年代の前半にアメヲカの小委が市場に充溢した結果北アメヲカ自身に於て

(17)

最も激烈な農業恐慌が呼ぴ起苫れたのであった︒その誼壌には緊念信用による負債は増大し︑士地︑

農具︑家畜︑穀物の抵宮入れが大量的に行はれ︑強制競買の敷が増加したのである︒穀債は耕作外

闘に於℃は西駄に於けるよタも著しく低かった︑而し℃嘗時西端地方に於ては小委一ドヅペY

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ントナア営b

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ク以下であh

Yクにまで低落したりであるが︑それは幾千の農民の

要するに此場A

アメヲカ西部地方の未墾地同拓の念遮度に依今一︑牧

穫逓減の法則がその作用主停止せられて︑所謂不王常的債格構成を質調し︑その結果農民大衆の抵

常負債並に破産の増大を琵らし︑設に恐慌を見るに至ったと云ふのである︒而し℃その恐慌の波動

アメリカ自身に於τも甚だ激烈なるものがあったと一五ふのであは以と9西欧を襲ょたに止まらず︑

る︒以上が大韓十九世紀末農業恐慌に関する叫可ノγ

スヴデンスキイの見解

スヅデンスキイは︑上速のゼヲングの見解とは異なb︑十九世紀末農業恐慌の原因を専ら技術の

﹁十九世紀の後牛に於τ

ηノカの農業を根本的に饗革し︑且

つイギリスよら起れる産業革命を準備したる偉大在る技術的務官一之そその原因である︒五十年乃至

農業恐慌諭

(18)

/¥. 

七十年代に於ける合衆悶の工業化は︑最初は圏内市場に於て︑更に鍛遺及び海運の完成すると共に

世界市場に於ても亦︑農産物の販路ど促建した︒だが乙れだけでは︑若しも同時に農業の技術的革

命なかbせば︑賓際の費展を惹起しはしなかったであらう︒﹂川然らば所謂農業の技術的革命は如

何様に行はれ︑叉如何なる結果を驚らしたであらうか︒

スツデシスキイの見ると乙ろによれば︑それはみ一躍とし℃徐冷に行はれ来ったのであるが︑南北

戦争及川いそれに緩くデフレーションによって農業の機械化が促進せられ︑

O年以後ゃ︑念激

在速度を採るに至った︒かくし℃一八九O年には小委栽培地一エI

カア官

bの翠耕︑相耕及び播種

の費用は一八三O年のそれに比しτ︑僅かに四分の一氏過ぎゴるに至った︒叉打穀量は蓮棚を以℃す

れば一人営b一日に六乃至十ニプツシエYに過ぎなかっ売のに︑馬用打禾機を以てすれば百乃至百

六十プヅジエ〆︑耳に蒸汽打末機では二千プヅジエY以上に建するに至った︒と乙ろで新農業技術

の普及はそれに先立つ工業の接遣と同様に不断に行はれたのではなく︑断績的民行はれたのである

が︑三れが必然的に農業恐慌を惹起するに至ったと云ムのである︒何故に農業の技術的議建が間断

的であったかに就℃は前にも述べ完るが如く︑彼は次のご盟由を翠げて之れを説明するのである︒

J

一農業に於ける新技術の一般的普及はは遁常永い試験期が先行しだ乙と︒二新技術の普及が一種のffk 

(19)

惰性に遭遇し℃妨害された乙と︒即ち最初は新技術は蕎技術と共に用びられる︑だが奮技術を騒逐

したる後に始め℃新技術は完杢はその致力を議揮し得るのであb︑而し℃其時期が即ち恐慌を資ら

す︒而し℃前世紀の後宇に於ける農業の技術的完成は就中穀作に関したものであっτ︑その結果穀

物の購買力の低下を惹起し︑かくし℃ひとb欧洲のみならず︑北米に封し℃も亦農業恐慌を呼ぴ起

﹁かくし℃前世紀末の農業恐慌は︑農業勢働の生産能力を念に高めたところの技術

一切の技術的改新が全く試験済みと立つ℃︑陪性的的措煙草によって惹起されたのである︒恐慌は︑

要素が克服せられ且つ一般的経済肢態に於ける凡ゆる務化がその破壊を可能ならしめた時に始めて

始まったのである︒此前提を作ったものは南北戦争であった︒而して恐慌は︑技術的完成の一切の

可能性が諜きた時に始め℃絡ったのである︒技術的進歩は今や決して停止した鐸ではないが︑しか

し其後は唯部分的進歩たるに止まb︑農業の組織技術的基礎を動揺せしめはしなかった︒或は技術

的進歩の結果は新なる接明とな夕︑以℃持来の種革を準備すること︑なったのである﹄川

向営時の農業恐慌り波及したる地域に就℃はスヅデンスキーは前速のぜηノングの見解に同ずるの

τ︑即ち西欧以外にアメヲカ自身にも恐慌の襲来したことを認めるのであるが︑しかし彼は

更に立ち入つ℃恐慌の経済的乃至枇曾的影響に言及し℃ゐる︒即ち彼の見るーところによれば恐慌期

農業恐慌論

(20)

号 車

Z

に於ける穀債の生産費よbの事離の打撃に憎むものは︑一面的な小姿栽培よb結合的耕作に轄移し

得ず且つ小委栽培の新技術を利用し得なかった経営のみであb︑かくして特に恐慌期に於て穀作地

方に於ける大農場による小農場の駆逐の行はれたとと︑その結果著しく枇合的移動の行はれた乙と

を指摘し℃ゐるのである︒川

以上によっ℃スヅデンスキーが農業恐慌の原因を専ら技術的獲革に録してゐる乙と︑従つ℃叉恐

慌の打撃がか︑る技術的援草に趨聴し得ない小農方面に艶して最も痛烈であると見てゐる乙とは明

ヴアルガの見解

Yがは十九世紀最後の二十五年間の農業恐慌の原因を過剰生産に基づく農産物債格の暴落に

持してゐる︒而して更にその過剰生産の原因に就℃は︑大韓ゼヲングの見解に近く︑

開地の開拓を最も章一要調してゐる如くである︒但し前二者と異なb︑穀債の低落が恐慌となるか否

かに占城︑℃特に生産費中の一要素としての地代の重税すべき乙とを指摘し℃ゐる黙にヴアYガの枇曾

的見地を見るのである︒今十九世紀末農業恐慌に閲するヴアYガの見解の要領を引用すると左の如

(21)

債格が暴落じた乙と充︒

だが穀物の債格安と農業恐慌とを単純に同一視するならば金然間違ってゐる︒農業恐慌が成立す

るのは生産費︵地代を含む︶が牧入を越える場合だけである︒債格安は︑生産費がそれに癒じて低

ければ︑決して恐慌を意味するものではない︒前世紀の八十年代及び九十年代の穀物の債格安は︑

A口衆闘では決し℃農業恐慌許意味し・なかった︒なぜならば同図では生産費も亦低かったから芦!

槙格安は次のやうな事賓の結果︑だった︒即ちA口衆闘の穀物耕作は今まで鍬を入れたととのない﹁原

始的﹂の聾度を持った新開地方へ横大吉れ︑その地方では土地猫占はたい︑草に形式上あっただけで

b︑だから地代もたY草に名目的のものに過ぎず︑その生産物は念遮に楼展した銭道網と安債な

汽舶運賃との助けを得てヨIロヅバ市場を氾濫ヨせる之とが出来たと云ふ事賓の結果だった︒

だから十九世紀の大農業恐慌と戟後の農業恐慌との間には最も重要な差違がある︒前者は何よb

Iロ吋ノバの穀物耕作の恐慌だった︒戦後農業恐慌は全世界の凡ゆる部門の恐慌なのだ︒﹄小川

命ヴア

y d

は進んで此恐慌が如何にし℃克服3れだかに就て興味ある研究の成果を展開してゐるN

から︑設に序にその部分を引用し℃置きたい︒それによるとげア〆ガは嘗時の農業恐慌が左の如く四

(22)

言~a

i

τ克服されたことを説明してゐるのである︒

﹃︵a農業の重心を牧畜業は移す之と︒安値な海外飼料を利用して︑農業の童心を牧畜業に移す 乙とは︑北西ヨIロヅメで行はれた

oX

の周よ

bも先づイギ官丸︑ペ

UY

I

Aカンデイナゲイ

ア諸闘で行はれた︒イギヲスでは一般的には作付面積︑特殊的にはバン用穀物作付面績が絶えず減

少してゐる︒即ち草地と牧場とは絶えず穀物耕作を騒擾してゐるの︑托︒

b︶ 農業関税による穀物債格の引上げ︑穀物質格は穀物関税の施行によって世界市場水準以上

に引上げられた︒之の方法は西ヨ

I Pヅバ穀物轍λ

番故障なく設行で3た︒ドイツでは︑小婆主総入し︑−プイ萎を輸出するから︑この問題は之れらの

闘に於けるよbも抜雑してわた︒その解決は輪出詮券制度に児出された︒.

C︶ 

ロヅ〆農業の大規模の合理化が途行詰れた︒乙れは一一般は周知の歴史的事賞︑托︒休耕地の消滅︑改

一段準んだ深耕鋤︵鍛鋤︶︑改良された機誠︑人誌肥料の使用︑種子︒優良化︑之れ

之れらの諾方策は︑資本力の勝れた農民農場と資本主義的大経管とだけ

に鷹用3れ得力︒そして同じ面積の上で︑生産費を減じ生産を増す乙主によっτ︑大経替が穀物の

(23)

債格安の時期を切b抜けるのを容易にした!

︿d︶工業の供給する生産手段の低廉化による生産費の引下げ︒農業の生産費は︑工業の供給す

る生産手段の債格の引下げによっ℃減少した︒技術的進歩の便宜は

it

i営時は自由競争が支配し℃

ゐたので

t l

1 農業にも亦及んだ︒

之れらの農業恐慌克服の諸方法を見渡すと︑乙れらはすべて上向資本主義を前提とし℃ゐる!

資本主義的生産様式が絶みんず新しい地方に撲大し℃行くこと︑Iロツバからの工業商品轍出の増

加︑莫大な植民地超過利潤一||之れらの事情は︑

Iロツバ人口︑特殊的には都市人口

が急速に増加し︑同時に食料品︑殊に牧畜生産物の消費が増加することを可能比した︒だから海外

の過剰生産を防止し克服する可能性があった︒まだ自由競府軍が庚︿行はれτゐたので︑農業生産手

段の債格は低下した︒銀山肌債格差は清算3れた︒前世紀の農業恐慌は正に上向資本主義時代の一掃

話は過ぎなかったのだ︒狭院な穀物生産地域で一時生涯が鈴bに念速に礎展し過ぎた結果に過ぎな

以上によってゲア

y d N

yカに於ける庭女地の開拓

による穀物の過剰生産に障し︑而してみ︑の恐慌を専ら駄洲の穀物耕作恐慌と看倣し℃ゐる乙とを知

農業恐慌論

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