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民 族 名 別 称 ・別 綴 人 口(1991)言 語 系 統 居 住 域 宗 教

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(1)

パトロー民族誌ー衰退するバングラデシュ・シレッ ト地方の周辺民族ー

著者 野間 晴雄, ロトン=ラル チャクラボルティ

雑誌名 奈良女子大学地理学研究報告

6

ページ 23‑43

発行年 1996‑03‑22

その他のタイトル Ethnography of Pathor : Decaying Peripheral Ethnic Community in Sylhet, Bangladesh

URL http://hdl.handle.net/10112/6467

(2)

ノ膚 ー・ 民

一 衰 退 す るバ ング ラデ シ ュ ・シ レッ ト地 方 の周 辺 民 族 一

  ホ

野 間 晴 雄 、 ロ ト ン=ラ ル=チ ャ ク ラ ポ ル テ ィ

1.問

バ トロー(Pathor)と はバ ン グ ラデ シ ュ東 北 部 、 シ レ ッ ト県(Sylhetdistrict)の 一 角 に住 む ヒ ン ドゥー 化 した少 数 民 族 集 団 で あ る。1971年 の バ ン グ ラ デ シュ独 立 の 際 、 か な りの数 が イ ン ドへ移 住 した が、今 もな お シ レ ッ トの市 街 か らそ う離 れ て い な い東 部 の丘 陵 地 に約3000人 が ひ っ そ りと暮 ら して いる。バ トロー と自

らそ う呼 ん で 独 自の アイ デ ンテ ィテ ィを保 持 しよ う と して い るが 、 チ ッ タ ゴ ン丘 陵 の チ ャ クマ(Chakma) な ど の少 数 民 族 の よ うに民 族 ナ シ ョナ リズ ムを 標 榜 す る こ とな く、 も っぱ ら ヒ ン ド ゥー教 と い う宗 教 的 ア イ デ ンテ ィテ ィ と、先 住 民 と して の言 語 ・文 化 ・慣 習 を い か ばか りか 保 持 して い る が 、 絶 対 数 が 少 な く、

極 貧 の経 済 的地 位 に あ るた め 、少 数 民 族 の 中 で もと りわ け周 縁 の位 置 にお か れ て い る 。 居 住 地 が 県 の 中 心 都 市 で あ る シ レ ッ ト市 街(1990年 政 府 調 査1)で の人 口174,961人)に 隣 接 し、 しか も生 業 が 特 化 して い た た め 、 日 頃 ベ ンガ ル人 の 目 にふ れ る こと が多 か った に もか か わ らず 、 これ ま で ほ と ん ど文 献 に 記 載 さ れ る こと は な か った 。1879年 の ハ ン ター(Hunter)の.A翫 ὰ競εcαZAcco翻oゾA8sαm(1879)を は じめ 、 1931年 の 大 部 な 『イ ン ド帝 国 セ ンサ ス報 告 』 や 英 領 期 の 『シ レ ッ ト地 誌 』 に は全 く記 述 が な く、 バ ン グ ラ デ シ ュに な って か ら刊 行 され たGazetteersofSylhet(Rizvi1975:105‑106)に 短 い記 述 が あ るにす ぎな い。

ただ しバ トロ ー を少 数 民 族 とす る に は若 干 の留 保 が必 要 とな る。 あ る一 定 の 地 域 に住 ん で 共 通 の 言 語 を 話 し、共 通 の文 化 と生 活 様 式 、 「わ れ わ れ」 と い う共 通 の帰 属 意 識 を もち、 あ る程 度 の身 体 的 特 徴 が 共 通 す る点 な ど は少 数 民 族 の条 件 を満 た す 。 しか し、 バ トロー とい う言 葉 自体 ベ ン ガ ル 語(バ ン グ ラデ シ ュ ・西 ベ ンガ ル の公 用 語)で 廷 臣(英 語 のcourtier)、 っ ま り下 級 の 臣下 を意 味 し、か な り早 い時 期 に ヒ ン ドゥー の下 位 カ ー ス トに位 置 づ け られ 同化 して い っ た経 緯 が あ る。身 体 的 特 徴 もモ ンゴ ロイ ド系 とい わ れ な が ら、

ベ ンガ ル人 に近 い容 貌 の人 々 も多 く、彼 らの言 葉 自体 も若 年 層 か らは ほ とん ど忘 れ 去 られ よ う と して い る。

バ トロ ー は公 式 統 計 上 は ヒ ン ドゥー(1991年 セ ンサ ス で1118万 人 、 全 国 人 口比10.5%)の な か に しか 計 上 さ れ て い な い 、 す な わ ち部 族 人 口(tribalpopulation)と して別 途 カ ウ ン トさ れ る こ と も な い きわ め て 周 辺 的 な集 団 と して認 識 さ れ て い た にす ぎな か った の で あ る。

と ころ で 、近 代 人 類 学 が 対 象 と して きた 「民 族 」 と い う用 語 は、 人 類 学 が 経 験 主 義 を 標 榜 しな が ら も、

観 察 した事 実 に選 別 の操 作 を施 し、 次 の よ うな方 程 式 を 先 験 的 に想 定 して いた(清 水1992:428)。

固 有 の社 会 ・文 化 、 そ の衰 退 」+「 外 的 影 響 」=「 調 査地 の社 会 ・文 化 、 そ の現 状 」

*奈 良女子大学文学部 国際社会文化学科 地域環境学講 座

**ダ ッカ大学文学部 歴史学科

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植 民 地 と して 西 欧近 代 の影 響 を被 って い な い無 文 字 の 、歴 史 な き、国 家 な き伝 統 社 会 と い う理 念 的 「 遠 の未 開 文 化 」 は 、上 の式 の 「外 的 影 響 」 を取 り去 った左 辺 の一 項 目 にす ぎ な い 。 安 楽 椅 子 を離 れ た 人 類 学 者 は上 の式 の右 辺 の現 状 に直 面 しな が ら も、「永 遠 の未 開 文 化 」 に固 執 し、 そ の 民 族 誌 か ら抽 象 的 か っ 論 理 的 な 「共 通 性 と差 異 」 を強 調 す る一 方 、 具 体 的 か っ機 能 的 な 「対 外 関 係 」 を 排 除 して きた 。 清 水 は こ の 対 照 を 、 隠 喩 と換 喩 、 人 文主 義 と客 観 主義 、内的 統合 と歴 史的 対外 関係 と して と らえて い る(清 水1992:470)。

言 い換 え るな らば、 現 代 の 人類 学 は歴 史 的研 究 と現 在 的 研 究 の 二 方 向 に分 極 化 す る傾 向 に あ り、 現 在 的 研 究 で あ って も、 さ ま ざ まな ネ ッ トワー ク と取 り結 ば れ た歴 史 的文 脈 を重 視 しな が ら民 族 の動 態 を 記 述 す る

こ とが不 可 欠 で あ る と い う示 唆 と受 け取 れ る。

この小 さ な モ ノ グ ラ フはバ トロー とい うバ ン グ ラデ シ ュ国 内 で もほ とん ど ま と ま っ た 記 載 の な か っ た小 集 団 を、 外 部 社 会 と きわ めて 強 い関 係 を もっ た 「周 辺 民 族 」 と して と らえ 、 そ の 現 状 を 紹 介 す る こ とを 目 的 とす る。 ただ 、本 格 的 な長 期 滞 在 に よ る モ ノ グ ラ フで は な く、 それ ぞ れ の バ ング ラ デ シ ュで 本 務 の 合 間 に断続 的 に 訪 問 して 見 聞 した り、 有 能 なバ トロ ーの ア シス タ ン トに依 頼 して 必 要 な 情 報 を収 集 して も ら い 、 そ れ らを あ ま り私 見 を 交 え ず に ご く初 歩 的 な 記述 を 試 み たに す ぎな い。 な お 、 和 文 の 成 文 化 は野 間 が 担 当

した 。次 章 で バ ング ラデ シ ュの少 数 民 族 の概 観 を して バ トロー の民 族 的 ・形 質 的 位 置 づ け を した 後 、3章 で家 族 ・親 族 ・ク ラ ンとそ の基 本 語 彙 な ど を検 討 す る。4章 で生 業 と物 質 文 化 、5章 で 通 過 儀 礼 を 概 観 し た後 、6・7章 で ヒ ン ドゥー化 過 程 に お け る変 容 を扱 う。バ トロー社 会 の 詳 細 な分 析 や 周 辺 諸 民 族 と の比 較 な ど は今 後 の課 題 で あ る 。

2.バ ン グ ラ デ シ ュ の 少 数 民 族 と バ ト ロ ー の 人 類 学 的 位 置 (1)バ ング ラデ シ ュの 少 数 民 族 分 布

バ ン グ ラデ シ ュの 人 口1億1146万 人(1991年 セ ンサ ス)の うち 、少数民族人 口は120万6千 人 、比 率 に して1.08%に す ぎ な い。 主 要 な少 数 民 族 の 内 訳 と そ の属 性 を示 した のが 表1で あ る 。バ ン グ ラデ シ ュはアー リア系 とい わ れ る ベ ンガル人 か らな るイ ン ド亜 大 陸 の なか で は同 質 性 の 強 い国 民 国 家 で あ るが 、 残 りの2%

に は30近 い少 数 民 族 が 周 辺 の丘 陵部 や バ リ ン ドと よ ばれ る北 部 ベ ンガ ルの 洪 積 台 地 を 中心 に分 布 し、 そ の 多 くは独 自 の文 化 的 伝 統 を保 持 して い る。 こ の うち 、居 住 域 が北 ベ ンガ ル諸 県 、 シ レ ッ ト県 、 マ イ メ ン シ ン県 の14の 少 数 民 族 はチ ッ タ ゴ ン丘 陵 の 〈山地 民 〉 と対 照 的 に 〈平地 の民 〉 と一 括 され る。 チ ッ タ ゴ ン丘 陵 の少 数 民 族 が 例 外 な くチ ベ ッ トー ビルマ 系 で あ る の に対 し、 〈平 地 の民 〉 は 、 ド ラ ヴ ィ ダ系 、 オ ー ス ト

ロ ・ア ジ ア系 が 混 在 して い る こ とが特 色 で あ る。

表1は そ れ らの 民 族 集 団 を 人 口規 模 の大 き い順 に掲 げ た もので あ る。 た だ しセ ンサ ス の 人 口 は か な り過 小 な数 字 と思 わ れ る。 そ の大 きな理 由 は、 セ ンサ ス 自体 の信 頼 性 の ほか に、 こ の 属 人 デ ー タ が 宗 教 を基 本 と して い る た め 、 ヒ ン ドゥー化 した少 数 民 族 の一 部 は命 名 法 の 特 色 か ら ヒ ン ドゥ ー に 、 キ リス ト教 に改 宗 した少 数 民 族 もキ リス ト教 徒 と して計 上 さ れ る こ と に よ る。 ヒ ン ドゥー の 下 位 カ ー ス トは キ リス ト教 や イ ス ラ ム教 に改 宗 した例 が か な り多 い た め 、す べ て が上 の よ うな推 測 はあ た ら な い が 、 倍 以 上 の 誤 差 が あ る 可 能 性 をKhaleque(1995:12)は 指 摘 して い る。 ま た 、 ミャ ンマ ー か らの 大 量 難 民 と して 日本 で も一 躍 知

られ る よ うに な った ミャ ンマ ー と の国 境 地 帯 に居 住 す る ロ ヒ ンガ ー族(Rohynga)は 、 イ ス ラ ム教 徒 で べ

(4)

表1バ ン グ ラ デ シ ュ の 少 数 民 族 集 団 TablelDistributionofEthnicCommunitiesofBangladeshbyPopulationSize,Geographic

AreaandReligion

民 族 名 別 称 ・別 綴 人 口(1991)言 語 系 統 居 住 域 宗 教

EthniccommunityOthernamesPopulationLanguageGeographicareaReligion Chakma252,858TBCHB

SantalSaontal202,162AANBA MarmaMag,Mogh,Mug157,301TBCH,C他B TipraTripuri,Tripura81,014TBCHB GaroMandi64,280TBMyA,C ManipuriMeithei24,882TBSIH MrongMurang,Mrung22,178TBCHC,A

Tanchangya(Chakmaの 分 派)21,639TBCHB

Rakhaine(Marmaの 分 派)16,932TBCHI

KochKots,Coach16,567TBNBH BawnBum,Baum,Bam13,471TBNBC,A KhasiKhasia12,280AASlC Hajong11,540TBMyH OraonUrang,Urao8,216DNBA RajbansiRajbongshi7,556TBNBH Buna7,421AANBH

Urua5,561AANBH MahatMahatu3,534TBCHA

PankhoPangkhu,Panghua3,227TBCHC,A KhyangKhyen2,343TBCHB

MundaMundari2,132AANBH,C SakChak,Tsak,Thak2,127TBCHB PahariaPahary1,853DNBH KhamiKhumi,Kami1,241TBCHB Harizon1,132TBNBH LushaiKuki,Mizo662TBCHC,A MroMroo126TBCHC,A そ の 他261,743 合 計1,205,978

(資 料)1991年 セ ン サ ス 、Khaleque(1995)ほ か よ り 作 成 。

(略 語)言 語 系 統:TBチ ベ ッ ト ・ ビ ル マ 系 、AAオ ー ス ト ロ ・ア ジ ア 系 統 、Dド ラ ヴ ィ ダ 系

居 住 域:CHチ ッ タ ゴ ン丘 陵 県 、Cチ ッ タ ゴ ン 県 、NB北 ベ ン ガ ル 諸 県 、Myマ イ メ ン シ ン 県 、 SIシ レ ッ ト県(い ず れ も1984年 以 前 の 旧 県 を さ す)

宗 教:Aア ニ ミ ズ ム 、B仏 教 、Cキ リス ト教 、Hヒ ン ド ゥ ー 教 、1イ ス ラ ム 教

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ン ガ ル人 と き わ め て 近 い た め に こ こ で は計 上 さ れ て い な い 。 こ れ ら の 少 数 民 族 は 、 系 統 的 に は次 の3グ ル ー プ に 大 別 さ れ る 。

ド ラ ヴ ィ ダ系 一 オ ラ オ ン(Oraon)、 パ ー リ ア(Paharia)

オ ー ス ト ロ ・ア ジ ア 系 一 サ ン タ ー ル(Santal)、 カ シ(Khasi)、 ム ン ダ(Munda)な ど モ ン ゴ ロ イ ド系 一 ポ リ ア(Polia)、 ク ー チ(Koch)、 ボ ン(Bawm)、 パ ン コ ー(Pankho)、

チ ャ ク マ(Chakma)、 ト ンチ ャ ンギ ャ(Tanchanga)、 マ ル マ(Marma)、 テ ィ プ ラ(Tipra)、

ハ ジ ョ ン(Hajong)、 ム ロ ン(Mrong)、 ル シ ャ イ(Lushai)、 ク ミ(Khumi)、 カ ヤ ン(Khyang)、

ガ ロ(Garo)、 マ ニ プ リ(Manipuri)、 な ど

そ の 歴 史 的 な 移 動 経 路 に っ い て は お お よ そ 次 の よ う に 想 定 さ れ て い る 。

オ ー ス トロ ・ア ジ ア 系 は 東 南 ア ジ ア 大 陸 部 に も分 布 す る イ ン ド亜 大 陸 の 古 層 と い え る 人 々 で 、 バ ン グ ラ デ シ ュ に 住 む 諸 民 族 は 多 くが ビハ ー ル 州 チ ョ タ ナ ー グ プ ル(ChotaNagpur)丘 陵 を 故 地 とす る 。 イ ン ド で は カ ル カ ッ タ や そ の 周 辺 都 市 の 下 層 労 働 力 や19世 紀 後 半 に 始 ま る ア ッサ ム の 茶 園 プ ラ ンテ ー シ ョ ン 労 働 力 と して 移 動 して き た 人 々 が 現 在 の 分 布 を 決 定 づ け て い る 。 バ ン グ ラ デ シ ュ で は バ リ ン ドと い わ れ る 洪 積 台 地 や モ リバ ン ドデ ル タ(ジ ェ ソ ー ル 地 方 を 中 心 と し た 衰 退 デ ル タ)の 開 墾 労 働 力 と して 移 動 し て き た 一 団 と 、 ア ッサ ム 河 谷 の 茶 園 の 延 長 と して の シ レ ッ ト地 方 の 茶 園 労 働 力 が 中 心 を な し て い る(野 間1993:76‑79)。

モ ン ゴ ロ イ ド系 は す べ て が シ ナ ・チ ベ ッ ト語 族 の 一 っ で あ る ビ ル マ ・チ ベ ッ ト語 族 に 分 類 さ れ る 人 々 で 、 チ ッ タ ゴ ン丘 陵(ChittagongHillTrack)県 に い ち ば ん 集 中 し 、 さ ら に チ ッ タ ゴ ン 、 コ ッ ク ス バ ザ ー ル (Cox'sBazar)な ど の 東 部 沿 岸 の 諸 県 が こ れ に っ づ き 、 マ イ メ ン シ ン(Mymensingh)県 の モ ドプ ー ル (Modpur)台 地 や ジ ャ マ ル プ ー ル(Jamarpur)地 域(主 に ガ ロ)、 ポ ト ゥ ア カ リ(Potuakhali)、 コ ミ ラ (Comilla)、 フ ォ リ ドプ ー ル(Faridpur)、 ク ル ナ(Khulna)な ど の 海 岸 部 の 諸 県 に 散 在 す る 。 ヒ マ ラ ヤ か ら ア ラ カ ン 山 脈 に か け て 遅 く と も紀 元 前 に は 定 住 し た よ う で あ る 。 ガ ン ジ ス 中 流 平 野 部 か ら ヒ マ ラ ヤ 山 麓 に も か っ て か な り広 範 囲 に 分 布 し て い た が 、 そ の 移 動 経 路 や 定 着 時 期 に っ い て は は っ き り しな い 。 た だ オ ー ス ト ロ ・ア ジ ア系 の 民 族 よ り も 遅 れ て 移 動 して き た こ と 、 ア ー リ ア 系 の 諸 民 族 よ り は 新 し い 移 動 で あ る こ と は ほ ぼ 確 実 で あ る 。

最 後 に バ ン グ ラ デ シ ュ で は 数 で は ご く わ ず か で あ る が 、 南 イ ン ドで 多 数 派 と な っ て い る ド ラ ヴ ィ ダ 系 の

諸 民 族 は 紀 元 前3500年 頃 に イ ラ ン 東 部 か ら イ ン ドの 北 西 部 の 平 野 に 降 り て き て イ ン ダ ス 文 明 を 開 花 さ せ 、

紀 元 前1500年 ぐ ら い に 南 イ ン ドへ の 移 動 を 開 始 した と い わ れ る 。 そ の ご く周 縁 の 民 族 が バ ン グ ラ デ シ ュ 東

北 部 に 点 在 す る オ ラ オ ンや パ ー リ ア 族 で あ る 。

(6)

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図1バ ン グ ラ デ シ ュ の 少 数 民 族 分 布 と バ ト ロ ー の 居 住 地 域

FigurelDistributionofMinorEthnicGroupsandtheLocationofPα 疏orPeople

(7)

バ トロー の 人 類 学 的 特 徴

「そ の他 」 に 分 類 され て い る民 族 は多 様 で 、 必 ず し も独 立 した少 数 民 族 と い え な い も の も多 いが 、 前 節 で述 べ た少 数 民 族 の 分派 とい え る もの と、 ヒ ン ドゥー化 した諸 民 族 に大 別 さ れ る 。 前 者 の 例 が パ ン コ ー の 一 支 族Bnajong 、 ガ ロの 分派Dalui、 ム ンダ の分 派Ho、 カ ミの分 派Shenduな どで あ る。後者 の例 がMikir、

Hadi、Kachariな どで 、 こ こで と りあ げ るバ トロー も これ に相 当す る 。彼 らは か っ て 自 らの 言 語 で し ゃ べ り、 あ る い は ベ ンガ ル語 と のバ イ リンガ ル な状 況 が 存 在 した が 、 ベ ンガ ル 民 族 文 化 へ の 同 化 の過 程 で 自言 語 は忘 れ去 られ て しま っ た。 バ トロー は ま さ に そ の典 型 と もい え る周 辺 民 族 で 、 高 齢 者 で な い と 自言 語 は 記 憶 に な く、現 在 で は老 若 問 わ ず 日常 生 活 で は ベ ンガ ル語 が用 い られ て い る 。

バ トロ ー の形 質 的 特 質 は基 本 的 に モ ンゴ ロ イ ドの特 徴 を有 して い る が 、長 い 同 化 の 過 程 で か な りの 多 様 性 が 見 られ 、 ベ ンガ ル人 と一 見 す れ ば 区 別 が っ きに くい場 合 もあ る。 極 貧 相 が 多 く、 も っ ぱ ら屋 外 で の 肉 体労 働 に従 事 す るた め 、皮 膚 の色 は 日焼 け して こ げ茶 色 か ら褐 色 まで さ ま ざ ま で あ る が 、 も と の 肌 の 色 は 褐 色 で あ る。 中 肉 ・中背 で 、体 格 は カ シ族 の よ うにが っ し り した も ので な く、 や や 華 奢 な感 じを受 け る。

頭 形 は一 部 に は長 頭 の者 もい るが 、多 く は 短 頭 〜

中頭 に分 類 され る。 直毛 ま た は波 状 毛 で 、 毛 髪 ・ ・'、,∵'、

体毛 とも少 なし部 類 嘱 す る・ 目は細長 で一 重 が 遍,

多 い 。 鼻 は 概 し て 低 い 。 ほ お 骨 は や や 目 立 っ 。 唇 齢,諸 、 鑛 麟 繭 ・

ξll縷讐 蜷lll∫ 講 難1、 、 騰 膿 蹴 弾 一 つc檬;盤

バ ト ロ ー の 来 歴 に っ い て は よ くわ か らな い が 、

彼 らの 伝 説 に よ る と 、13世 紀 に シ レ ッ ト北 部 を 図2バ ト ロ ー の 男 性(村 長 と そ の 息 子) 支 配 し て い た ヒ ン ド ゥ ー の 王 ゴ ー ル ・ゴ ビ ン ドFigure2MalePα 飾ors

(G。u,G。bi。d)の 警 備 を 務 め た 人 た ち で あ る と(AV"ageHeadmanandh'sS・n)

羅 蓼難 諜謬1嚢 ∵欝 甑 .

議襲 藩 翻講㌦畿

この事 実 はバ トロ ーの来 歴 に っ いて 興 味 深 い以

̲図3バ ト ロ ー の 女 性

下 の よ うな

不 唆 に 関 連 す る・ そ の 第 一 点 は 王 一 族Fig、,e3F

,m。1,Pα 伽8 は先 住 民 で はな い こ と、 第二 点 は も と も と ア ニ ミ

(8)

ズ ムを信 仰 して い た先 住 民 バ トロ ー を外 部 か ら取 り込 ん で 王 一 族 の護 衛 に あ た らせ た可 能 性 で あ る 。 現 在 で も彼 らが 語 る伝説 は そ の王 と の関 係 に必 ず言 及 して い る 。 モ ス リム 支配 者ShahJelalの 侵 入(1304年) に よ って地 位 を追 わ れ た王 は シ レ ッ ト東 方 の丘 陵 に逃 げ込 ん だ 。 そ れ に従 ったバ トロ ー は そ こで 王 を見失 っ た。 そ の場 所 こそ が現 在 のバ トロ ー の居 住 地 と重 な って い る ので あ る(図1)。

以上 の推 測 か ら、バ トロー と は ア ー リア系 の ヒ ン ドゥー の小 王 国 に組 み 込 ま れ た モ ン ゴ ロ イ ド系 の住 民 で 、 そ の 後 シ レ ッ ト地 方 の イ ス ラ ー ム化 の流 れ の な か で も、 表 面 上 は ヒ ン ドゥー的 信 仰 と帰 属 を保 って きた 少数 民 族 とい え よ う。 ブ ラマ フ.トラ河 谷 の南 東 部 ア ッサ ム地 方 に は 、上 ビル マ を経 て定 住 した タ イ(Thai) 系 の 人 々 アホ ム(Ahom)族 に よ って 、 ア ホ ム王 国 が っ く られ る。 彼 らは シナ ・チ ベ ッ ト語 族 に属 す る シ ャ

ン族 の グル ー プ に属 す る と考 え られ て い る。 そ の社 会 は首 長 ・貴 族 、平 民 、 下 人 の3階 級 に 分 か れ る。 そ の平 民 階級 の ク ラ ンの1っ と してPatorが あ げ られ て い る(栗 田1990:172)。 現 在 の バ トロ ー に っ な が る 可能 性 が高 い。 そ の後 の ヒ ン ドゥー化 が 顕著 な た め 、 セ ンサ スで は ヒ ン ド ゥー教 徒 と して計 上 さ れ て き た

こ と も、バ トローが 少 数 民 族 と して は ほ とん ど注 目を ひ か な か っ た理 由 の一 つ で あ る。

3.親 ・ ク ラ (1)親 族 呼 称

次 頁 の表 は主 要 な親 族 呼 称 をバ トロ ー語 、 ベ ンガ ル語(ヒ ン ドゥー、 モ ス リム)に わ け て 一 覧 した も の で あ る。バ トロー の言 語 で は 、父 の姉 妹(FaSi)と 母 の 兄 弟 の 妻(MoBrWi)はniと 呼 び 、父 の 兄 の 妻 一 伯母(FaEIBrWi)と 母 の姉(MoEISi)はpaisar、 父 の 弟 の 妻(FaYoBrWi)と 母 の妹(MoYoSi)は nunuと い うよ うに 、 同一 の親 族 呼 称 を もっ 。す なわ ち 、母 方 も父 方 も 日本語 の よ うに姉 ・兄 の 妻 の 場 合 は 伯 母 、妹 や弟 の妻 の 場 合 は叔 母 と音 は同 じな が ら文 字 で は区別 す る。 これ に対 して 、 バ トロ ー の 場 合 は父 の姉 妹 と母 の兄 弟 の 場 合 は長 幼 の別 な く同 じ名 称 だ が 、父 の兄 弟 の 妻 の場 合 と母 の姉 妹 は長 幼 で 名 称 が 異 な る。 父 の兄 弟 と父 の 姉 妹 の妻 は 区別 す るの に 、母 の兄 弟 と母 の姉 妹 の妻 は区 別 しな い 。 す な わ ち 、 か っ て のバ トローの 婚 姻 形 態 で は母 の兄 弟 は 自動 的 に父 の姉 妹 の夫 に な り得 た し、 母 の姉 妹 の夫 は 父 の 兄 弟 と い う 「交 又 い と こ婚 」 の ケ ー ス が普 遍 的 で あ った こ とを示 唆 して い る。

さ らに父 母 の両 親 、す な わ ち祖 父 ・祖 母 の 呼称 が 欠 落 して お り、 ヒ ン ドゥー の用 い るdadu、thakurma な どで代 替 して い る 。 そ の い っぽ うで 、 自分 の息 子 ・娘(孫)は 男 の場 合がain‑soua、 女 の場 合がain‑souyee

と区 別 が あ る。 か か る親 族 呼 称 か ら推 定 され るの は 、バ トロー が しだ い に か っ て の 伝 統 的 親 族 呼 称 に 対 し て 無 知 に な る と と もに 、 古 い機 能 的 関 係 を恥 じ隠 そ う とす る意 識 が作 用 して い る こ とで あ る。

この よ うな 親 族 呼 称 は北 東 ア ッサ ム の辺 境 と して の共 通 性 を もっ 。 と りわ けmirisと い わ れ る婚 姻 慣 習 で そ の ことが 顕 在 化 す る。 も し花 婿 側 の家 族 が花 嫁 側 の だ れ か男 性 と 結 婚 を約 束 し な け れ ばmiris間 で 婚 姻 が 成 立 しな い とい う規 範 が み られ る。

ク ラ ン

バ トロ ー は二 重 の ク ラ ンに 属 して い る。 ヒ ン ドゥー的 な範 疇 で の ク ラ ン(gotra)名 称 は ア レ ンバ イ ヨ ン (alembayan)た だ ひ とつ で 、 す べ て 最 下 層 の シ ュ ー ドラ(sudra)カ ー ス トに帰 属 す る。 この 決定 に関 わ っ た の は後 述 す る ラー マ ク リシ ュ ナ ミ ッ シ ョ ンで あ り、周 辺 民 族 の キ リス ト教 徒 の 拡 大 を推 進 し、 モ ス リム へ の改 宗 の動 きに対 抗 す るか の よ うに ヒ ン ドゥー化 に大 きな貢 献 を した の で あ る。

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表2バ ト ロ ー 語 と ベ ン ガ ル 語 親 族 呼 称 の 対 照 Table2KinshipTermsofPὰんorandBengali

親 族 関 係 バ ト ロ ー 語 ベ ン ガ ル 語 ベ ン ガ ル 語(

ヒ ン ド ゥ ー)(モ ス リ ム)

KinshipP厩 加rBengali(Hindu)Bengali(Muslim)

Fa]Fa‑thakurdadadada MoFa‑dadunana FaMo.thakurmadadi MoFa‑didimanani Fapababaabba Moyeahamaamma FaEIBrpaisarjethachacha FaYoBrkhukhukakachacha FaEISinipishiphuphu FaYoSinipishiphuphu MoEIBr.mamamamu MoYoBr.mamamamu MoEISipaisarmashikhala MoYoSinunumashikhala FaEIBrWipaisarjetthichachi FaYoBrWinunukakichachi FaEISiHufuahpishaphupa FaYoSiHufuahpishaphupa MoEIBrWinimamimami MoYoBrWinimamimami MoEISiHu‑‑meshokhalu MoYoSiHu.meshokhalu

㈱Fa=Father,Mo=Mother,Br=Brother,Si=Sister, Hu・=Husband,Wi=Wife,Yo=Younger,El=Elder

あ と ひ と っ の ク ラ ン が 、 バ ト ロ ー 内 部 で 元 来 存 在 し た ク ラ ン で 、 ラ イ(rai)と 呼 ば れ る 。 家 族 は 必 ず 一

っ の ラ イ に 属 し 、 同 じ ラ イ ど う し は 結 婚 で き な い 外 婚(exogomy)規 制 が 存 在 し た 。 す な わ ち 、 カ ー ス ト

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や 与 え られ た ク ラ ン名 称 を用 い るの は 日常 の祈 りの と き と結 婚 式 だ けで 、結 婚 の 相 手 の選 択 や 他 の 日常 生 活 に は ライ の規 範 が用 い られ て きた の で あ る。

しか しバ トロー の 人 口 が 減 り、 活 力 も低 下 の 傾 向 に あ る た め 、1991年 にバ トロ ーの 代 表 者 全 体 で会 議 を 開催 して 、善 後 策 を討 議 した 。現 在 、適 当 な花 嫁 を得 るの が ひ じ ょ うに困 難 に な って きて い る現 状 に 鑑 み て 、 ご く近 しい親 族 間 の結 婚 を 除 い て 、 同 じ ク ラ ン ど う しの 結 婚 を認 め る決 定 を 下 した 。 現 状 で は そ の 将 来 を予 測 す る こと は難 しい が 、新 しい決 定 の結 果 と して 、 そ れ ぞ れ の ク ラ ン は新 た な 単 位 に 分 化 す る傾 向

に あ る こと は指 摘 で きる 。

以 下 に今 回 の調 査 で確 認 で きた現 在 の ク ラ ン(ラ イ)名 を 列 挙 す る。

1Langtu‑rai料 理 人 2Ba‑rai荷 物 運 搬 人 3Kelang‑raiカ ニ を食 べ る人

4Lanki‑railankiと い う昆 虫 を食 べ る人 5Thekla‑rai灰 を掃 く人

6Chamang‑rai森 に 住 む 人 7Alai‑rai不 8Chandra‑rai散 髪 人

9Tukri‑rai篭 作 りを す る人 10Galla‑raigaUa(不 明)を 売 る人 11Chhundi‑rai籐 を伐 る人

いず れ も職 能 的 な名 称 で あ るが 、 そ の ク ラ ンに 属 す る人 が そ の仕 事 に就 い て い るわ けで は な い 。 上 の ク ラ ン名 は、バ トロー の伝 え る と こ ろで は ゴー ル ・ゴ ビ ン ド王 以 来 の 由緒 あ る も の で あ る と い うが 、 そ れ を 裏 書 す る証 拠 は何 もな い し、一 部 は新 しい可 能性 が 高 い。 と りわ け上 の8〜11の4っ の ク ラ ンは ベ ン ガ ル 人 の あ い だ で用 い られ て い る もの で 、 バ トロー の言 語 に起 源 す る もので はない。バ トロー の儀 式 で ヒ ン ドゥー の散 髪 人 は重 要 な役 割 を果 た す が 、 バ トロー 自身 の 中 に は散 髪 を生 業 と して い る もの は い な い 。9〜11も 同 様 で 、 これ らは サ ブ ク ラ ンの性 格 が強 く、本 来 の ク ラ ンで はな い可 能 性 が 高 い。

残 る1〜7の ク ラ ンの名 称 か ら は明 確 な農 耕 的要 素 は見 出 せ ず 、森 に住 ん で採 集 動 物 な ど を食 べ て い た 名 残 か も しれ な い。 ただ 、灰 を掃 除 す る と は ジュ ム(jhum)と い わ れ るチ ッ タ ゴ ン丘 陵 県 の少 数 民 族 の 間 で 一 般 的 な焼 畑 に 関連 す る のか、 あ る い は そ の焼 畑 民 に従 属 した よ り原 始 的 な生 活 形 態 を して い た の か ク ラ ンの名 称 だ けか らは判 断 はで き な い 。 しか し、 こ の10数 年 前 まで のバ トロ ー の 主 要 な 仕 事 は薪 ・木 炭 の 材 料 を山 か ら集 め て シ レ ッ トの 街 で 販 売 す る もの で あ って 、 農 業 は営 む もの は ご く稀 で あ った 。

ラ イの帰 属 、居 住 、家 や土 地 の相 続 はバ トロ ー間 で 父 系 リネ ー ジを通 じて 継 承 さ れ る 。 バ トロ ー の 村 は 複数 ク ラ ンの集 合 体 か らな る。 そ れ ぞ れ の村 に は長 が通 常 は1名 お り、長 を助 け るlar一 伝 言 人 、matani一 相談 役 、semouta一 執 行 人 の三 役 の 協 議 に よ って重 要 事 項 が 決 定 され る。 た だ 、 これ らの 役 職 は 世 襲 で は な く、 ク ラ ン間 で の優 先 順 位 もな い 。 この一 種 の村 幹 事 会 が 各 村 に あ る もの の 、 重 要 な議 題 は成 人 全 員 に よ って決 定 され るた め 、彼 らの役 目 はそ の仕 事 を最 初 に実 行 す る役 割 で しか な い。

む しろ彼 らの最 も重 要 な機 能 は社 会 的制 裁 を行 う こ とで あ る。 制 裁 を う け た 者 は 村 八 分 を う け 、 コ ミュ ニ テ ィで の食 事 や 狩 猟 ・儀 式 に加 わ る こ と は許 され な い。 特 別 の場 合 に は コ ミュニ テ ィ内 で の食 事 だ け は許

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さ れ るが 、他 人 と同 じ場 所 に座 る こと は許 さ れ な い 。 しか も本 人 に向 け られ る他 の 社 会 的 侮 辱 を 甘 受 しな け れ ば な らな い 。暴 力 がふ るわ れ る こと は め った に な い が 、 この社 会 的 制 裁 か ら逃 れ る こ と は で きな い 。 罰 金 が しば しば科 せ られ 、 そ の罰 金 の金 で 村 や全 ク ラ ンに対 して饗 応 が され る。 さ らに 言 語 ハ ラ ス メ ン ト が 行 わ れ る こと もあ る。

表3は 筆 者 らが 現 地 ア シ ス タ ン トらの 協 力 を得 て 、今 回 新 た に調 査 した 丘 陵 の南 麓 に分 布 す る のバ トロー 人 ロや ク ラ ンの実 態 を示 した もの で あ る。 これ らの集 落 は いず れ も シ レ ッ ト市 街 か ら東15〜25kmの 地 点 、

シ ョ ドー ル ・タナ(Sadar一 県 庁 の あ る郡 、Thana=郡)と そ れ に 隣接 す る ゴエ ン ガ ー ト(Gowainghat)タ ナ に属 す る。 ジ ャ ニ タプ ー ル(Janitapur)タ ナ を 経 由 して イ ン ドの シ ロ ン高原 に向 か う国 道 か ら北 へ 枝 道

を1〜3kmば か り入 った と ころ に位 置 す る。赤 色 の ラテ ライ ト化 した シル ト状 粘 土 ロ ー ム層 か らな るtilla と呼 ば れ る第 三 紀 の丘 陵 で 、平 野 との 比 高 は30m内 外 で あ る(ジ ョ ンソ ン1986:18)。 この 丘 陵 の 多 く は 水 は け が よ い た め1870年 代 以 降 に イ ギ リス人 や ベ ンガ ル人 が 経 営 す る茶 園 と な っ たが 、一 部 は 森 林 保 護 区 域(ForestReserve)と して残 され た 。

そ の一 角 、KhadimNagarTillaと 呼 ば れ る丘 陵 が バ トロ ー の居 住 地 とな っ て い る 。 しか し森 林 保 護 区 域 と は名 ば か りで 、有 用 な樹 種 は ほ とん ど伐 採 さ れ 、雑 木 と雑 草 が一 部 に 残 る は げ 山 状 態 の と こ ろ が ほ と ん どで 、道 が な くて も丘 陵 を越 え て の徒 歩 交 通 も十 分 可 能 で あ る 。路 線 バ ス と徒 歩 で 乗 り継 い で シ レ ッ ト 市 街 か ら1時 間 〜2時 間 で到 達 が 可 能 な場 所 に位 置 す る2)。

表3バ トロ ー の 村 別 人 口(南 部)と ク ラ ン ・首 長 の 数 Table3PopulationofPα 疏orandtheirNumberofClanandHeadmean(SouthernPart)

家 族 数 バ リ数 成 人 人 ロ 子 供 人 口 人 ロ 首 長 ク ラ ン ク ラ ン

合 計 の 数 の 数 長 の 数

Vill・g・蟹 盤 畿 糊1認 ・t・lh巖。蟹,1謡d

Dalaipara522786789675335342 Chiknagu169301159311694418343 Kalishawri651716131056‑11 Gowainghat1141315151053‑21 Kulauti181038312419112131 Karaigarh9413138943111 Garandar1792819212492121 Kushirgul241349352531140152 Fatepur261644414223150211 Malgram211237323020119241

合 計Total2531304403433903151518142714

(資 料)1995年5〜7月 の現 地 調 査 に よ る。

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図4バ トロ ー の 典 型 的 集 落 Figure4TypicalPα 飾o〆8Settlement

しか しな が ら前 頁 の 表3の 数 値 はバ ト ロ ー人 口 の ほ ぼ 半 分 に す ぎ な い 。 あ と過 半 の バ ト ロ ー は 、 シ レ ッ ト市 街 の北 東 に位 置 す る空 港 の東 、上 述 の丘 陵 の北 麓 に居 住 す る。1集 落 が南 麓 地 区 よ り大 規 模 で 、 丘 陵 の高 低 を利 用 して い くっ か の ブ ロ ック に分 か れ て集 落 が存 在 す る(図4)。 そ の うちわ れ わ れ は2集 落 を 訪 問 し、 と りわ け ア ロ イザ ハ ー ル(Aroyzahal)村 で は多 くの情 報 を得 た が 、 この地 区 の人 口 ・ク ラ ンの 実 態 調 査 は完 了 しなか っ たた め 、 こ こに は掲 載 して い な い 。 これ らを合 計 した の が 現 在 の バ ン グ ラ デ シ ュ のバ トロー の ほ ぼ全 人 口 で あ る。 多 くて3千 人 、 お そ ら く2千 人 台 の上 の数 字 と推 定 さ れ る 。 た だ し1971 年 の バ ング ラデ シュ独 立 に際 して か な りの人 数 が イ ン ドへ 移 住 して お り、 英 領 期 末 に は そ の 実 数 は現 在 の

2倍 以 上 あ っ た と思 わ れ る。

表3か らわ か る こと は次 の6点 で あ る。1)人 口規 模 の 小 さな2っ の村 で は長 が いな い こ とが 示 す よ うに、

村 毎 に そ の長 が い るわ けで はな い こ と。2)ラ イ を単 位 とす る ク ラ ン は どの村 に も存 在 し、 ク ラ ンの 長 は最 低1名 が各 村 に い る。3)平 均 の1村 あ た り家 族 数 は25、 人 口 は152人 で あ り、1家 族 の平 均 人 数 は6人 と ヒ ン ドゥー の家 族 と して は少 な い方 で あ る3)。4)男 女 の性 比 が大 人 で1.26、 子 供 で1.23と いず れ も男 性 比 率 が か な り高 い。 この 理 由 はよ くわ か らな いが 、 女 性 のバ トロ ーが ベ ンガル 人 男 性 と結 婚 して 村 を出て い っ た 可 能 性 は考 え られ る。 バ リ(Bari)と は屋 敷 地 を同 じ くす る集 団 で 、 息 子 な どが 新 た に 親 の 敷 地 内 に 家 を 建 て た 場 合 が 多 く、 バ ング ラデ シ ュー 般 で いわ れ る血 族 に よ る居 住 単 位 で あ る こ と に は変 わ り な い が 、 そ の 規 模 は小 さ い。5)村 別 の ク ラ ンの広 が りか らThekla‑rai、Ba‑rai、Lanki‑raiな ど が 有 力 な ク ラ ン と 推 定 で き る(表4)。6)南 麓 地 区 で はChiknagul、Kushirgulが ク ラ ン数 も多 く、 核 心 的 な集 落 と い え る が 、 いず れ も国 道 の 整 備 に よ って よ り薪 炭 の 運 搬 に便 利 な 場 所 に位 置 す る。 こ れ らの 住 人 の 一 部 は 分 水 嶺 を越 え た 北 麓 地 区 か らの者 で あ る移 動 の 可 能 性 が 高 い。

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表4ク ラ ン の 村 別 分 布 Table4DistributionofClanbyVillage

VillageClanAlaiBaChamungTukriKelangLangtuChandraThekla Dalaipara****

Chiknagul****

Kalishawri*

Gowainghat**

Kulauti**

Karaigarh*

Garandar**

Kushirgu1****

Fatepur*

Malgram***

(資 料)1995年5〜7月 の 現 地 調 査 に よ る 。

4.生 業 と 食 住 の 変 化

(1)生 業

戴 難 繕 諜1三灘1偽 」̲̲

職 の2人 に す ぎ な い 。 そ の 大 き な 要 因 は 、 彼 ら が シ レ ッ トの シ ュ ル̲・ 湾 甑

灘蒙蒙熱 織

急 減 し て い る 。 等 一 \

彼 ら は ま た モ ア リ(moali)と い わ れ る ト ウ モ ロ コ シ か ら で き る'撃

ヘ アヘ

ー 種 の 醸 造 品 を 作 って 、 町 か らや っ て 来 る巡 回 仲 買 人(paiker)に="!鯉 暫'盛 曝

ロド ニユヘ ロ ニ  ド

買 い 取 っ て も ら う。 こ れ は 牛 乳 の 量 を 増 す の に 効 果 が あ る と い わ れ … 甲r>㌘".'曙 驚簿

て い る。

か っ て バ トローの 重 要 な 食 料 獲 得 源 は狩 猟 で あ った。 今 で も狩 猟 図5シ レ ッ トの 街 に 木 炭 を をす る こ とが 決 ま る とむ らの成 人 の 男 はす べ て参 加 しな けれ ば な ら 売 り に 来 た バ ト ロ ー の 青 年 な い。 それ を しな い者 は、罰 金 を 払 うか 、 社 会 的 制 裁 を受 け な けれ(足 も とに置 い て い るの が木 炭) ば な らな い。 通 常 、狩 猟 は村 寄 合 の場 で の 臓 で 決 定 され 講 成 員Figu「e5Pα 伽 「8'Yo凹ths

WhoCametoSylhetCltyto 全 員 に 連 絡 さ れ る 。 獲 物 を 調 理 す る 匂 い が す る 時 に は 、 だ れ もが 狩SellCh

arcoa1

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猟 に参 加 した す べ て の家 を訪 問 して食 〆 甥 繭 『 籏/㌦

」 〆 響 、.."

べ る こ とが で き る・ だ れ もや っ て来 た 認'ノ

彼 らを無 視 す る こ と は 出来 な い 。 そ れ 寅 ヤ 滋

を拒 む 者 は村 の規 律 を乱 す 反 抗 者 と み

な され るの み な らず 、 森 の カ ミで あ る 一̀ .

灘i

Kvallaramに 対 して も 逆 ら っ て い る 一

と と られ る.そ の カ ミに は米 飯 と9。la,疑;…1雛 一b≡ 懸" 

・一 ・ ・ 欄!

と い わ れ る 淡 水 魚 が 時 々 供 え ら れ る 。 麟 粘 ゾ"【 、 ・ 輪 ,'噛.^鱒

狩猟 に は槍jh・ta(・hi・)、鎌d・・̲・ 画 議 纏i購

欝 讐灘 灘 灘懸 露 灘1

協 力 す る。最 も彼 らが好 む狩 猟 対 象 は

野 生 の ブ タで あ る 。 た だ し彼 ら は飼 育 図6バ ト ロ ー の 家 屋 と槍Gα 疏 α) ブ タ は食 べ な い。 図6は 槍 を持 ったパFigu「e6Pὰho南Ru「alHomeandJ説

トロー の青 年 の写 真 で あ る。

狩 猟 が 終 る と、 全 員 が村 の な か のdhaknaと い わ れ る共 通 の 肉 の解 体 ・配 分 場 に集 ま る。 そ こ は 村 寄 合 で 指 定 され た 個 人 の 家 の中 に石 で作 られ る。 ま ず 、 ブ タの鼻 を切 断 し、 それ か ら耳 と尻 尾 を 切 って そ れ ら を 森 の カ ミに捧 げ 、 狩 猟 の成 功 を祈 る 。 そ の あ と肉 は各 世 帯 平 等 に分 配 す る。 成 人 男 子 が い な くて 狩 猟 に 参 加 で きな か った世 帯 に も肉 が 配 られ る。 ま た狩 猟 に参 加 した人 間 に は余分 に 肉 を 受 け 取 る。 獲 物 の 臭 い を か ぎっ けた 人 やdhaknaで 雑 用 を す る人 に も余 分 の 分 け前 が あ る が 、 村 の 長 に 対 して は そ の よ う な 特 権 は

な い。 米 で で きた 酒handiを 酌 み交 わ しな が ら獲 物 の成 功 を 喜 び合 う。

淡 水 漁 携 も重 要 な生 業 で あ る。chharaやnalaと い った 漁 具 に よ る もので 、 釣 針 は用 いな い。 釣 針 で取 っ た魚 は カ ミに供 え られ な い と信 じ られ て い る。oochho、chatな どの 魚 や カ ニ、 カ メ も食 用 に す る 。 これ ら の捕 獲 に は女 性 も関 わ る。

工 芸 はバ トロ ー の間 で あ ま り発 達 せ ず 、織 物 な ど高 度 な 技 術 の み な らず 、 竹 や 籐 の 工 芸 さ え 知 ら な か っ た 。 しか し、 現 在 で は家 大 工 や竹 細 工 を職 業 と して 身 に っ けて 現 金 収 入 を周 辺 村 や 茶 園 か ら得 て い る も者

も中 に は い る。

(2)食 物 と住 居

米 が 主 食 で 、 赤 米(bashrage)も 日常 的 に食 べ る 。乾 燥 淡 水 魚 を た いへ ん好 む 。 現 在 は ヒ ン ド ゥー 教 の

タ ブ  

影 響 を受 けて禁 忌 と な って い る もの は食 べ な いが 、過 去 を遡 って もそ の禁 忌 が守 られ た とい う確 証 は な い 。 た と え ば野鳥 は食 べ て い た可 能 性 が 高 い。 バ トロ ー はGorlaramと 呼 ば れ る カ ミを い だ い て お り、 そ の カ

ミは狩猟 で い い獲 物 の 見 込 み を っ ぶ す 性 癖 が あ る と いわ れ て い るの で 、バ トロ ー は す す ん で そ の カ ミに野 鳥 を捧 げ る。丘 陵北 麓 の村 落 で はバ トロ ーの 先祖 に野 鳥 を捧 げ る特 別 の 日 が年 中行 事 と して あ る 。バ トロー の 人 々 は ヒ ン ドゥー の伝 統 に従 わ な いす べ て の こ とを 隠 しだ て しよ う とす る が 、 と りわ け 上 の 事 実 な ど は その こ とを裏 付 け て い る。 ま た バ トロ ーの あ いだ で は彼 らと血 の っ な が った 親 戚 がJainataの 近 くに い る と信 じ られて い る が 、彼 らは この事 実 が ヒ ン ドゥー の人 々 に知 られ る こ と を恐 れ て秘 密 に して き た し、 近

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くのバ トロー と も交 渉 を絶 って きた の で あ る。バ トロー の 分 派 と いえ る彼 らの 存 在 に つ い て の 真 偽 の ほ ど はわ か らな い が 、 とに か くに もバ トロー が そ の近 くに住 む 他 の 人 々 の あ い だ で 、 自 分 た ち 自 身 の こ と を ど う考 え て い る か とい う点 で興 味 深 い 。

バ トロー は先 祖 が牛 乳 を用 い て こな か っ た と信 じて い る。 同様 の言 い伝 え は 、 チ ッ タ ゴ ン丘 陵 の チ ャ ク マ族 で もあ る。 つ ま りア ー リア系 民 族 に顕 著 な乳 利 用 は ほ とん どバ トロー の間 で は み られ な い 。

バ トロ ーの 家 屋 はか っ て た いへ ん ぞ ん ざ い ・粗 末 で 、 入 口 は一 人 が よ うや く出 入 りで き る だ け の 幅 しか な く、土 壁 はな く、 竹 で 編 ん だ 戸 板 に粘 土 を 薄 く塗 り固 め て光 を遮 断 した も の を 天 井 か ら吊 り下 げ た ハ ン ギ ング ウ ォ ール の 形態 が一 般 的 で あ る(図6参 照)。 土 間 造 りで 、竹 を地 中 か ら突 き刺 して柱 の 代 わ り とす る。屋 根 は茅 葺 きで 、家 財 道 具 はベ ッ ドと最 小 限 の食 器 、 水 甕 、 臼 と杵 、 竹 製 篭 以 外 の もの は ほ とん ど な い。台 所 と寝 室 の2間 並 列 が基 本 で 、 そ れ に家 畜 小 屋 や米 収 蔵 場 所 が 付 随 す る。寝 室 に は カ リー(Kali)、

ビ シ ャ リ(Bishari)、 ラ ク シュ ミ(Laksmi)、 サ ラ シ ュ ワー テ ィ(Saraswati)な ど の ヒ ン ド ゥ ー神 の 写 真 が掲 げ て あ る。 ま た 、 ラー マ ク リシュ ナ 、 ヴ ィ ヴ ェカ ー ナ ン ダ らの ヒ ン ド ゥー 教 改 革 の 偉 人 の写 真 が 掲 げ

られて い る こと もあ るが 、他 の装 飾 は ま った くな い。 拡 大 家 族 の場 合 、基 本 構 成 に寝 室 が も う一 つ 加 わ る が 、台 所 は共 有 す る。 近 年 、農 業 を営 み や や経' 済 状 態 が よ くな って 改 築 され た家 もあ るが 、 一 般 の民 家 と比 べ て みす ぼ ら し い もの が 多 い こ と は変 わ りな い。 窓 はな く、 入 口 もよ うや く一 人 が入 れ る く1

らいの 幅 しか な い。t

5.宗 教 儀 礼 に み る 土 着 要 素 と ヒ ン ド ゥー 的 要 素 \1 { バ トロー は表 面 上 は ヒ ン ドゥー の儀 礼 を取 り入 れ て お り、 また 後 に 述 べ る , シ レ ッ トの ラー マ ク リシ ュナ ミッ シ ョ ンか ら物 質 ・金 銭 の 支援 や 信 仰 の うえ

で の指 導 を受 け て い る こ と もあ って 、 自宅 で の彼 らは邪 教 的行 為 が 存在 す る;

こと を認 め よ うと は しな い 。 しか し彼 らの ヒ ン ドゥー神 や カ ミー般 を よ く吟

6

味 して み る と 、 ヒ ン ド ゥ ー 化 の 過 程 で 隠 して い る 元 来 の ア ニ ミズ ム ・自 然 物 匹 崇 拝 的 な 信 仰 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ を 引 き 継 い で い る こ と が わ か る 。 彼 ら は 自

らで カ リー や ビ シ ャ リの 神 像 を 作 ろ う と し な い が 、 近 く の 丘 の 上 に そ れ ら の 、 カ ミが 棲 む と い うKali‑thanと かLaksmi‑thanと い わ れ る 石 を 崇 拝 す る 。

図7は そ の 信 仰 の 石 を 示 す 愚 代 的 な も の で あ る 。 こ れ ら の 神 々 をOsaiと 呼

ば れ る 僧 侶 は祈 ら な い が 、 個 々 人 で ハ トや 米 、 魚 、 牛 乳 、hundiな ど を 捧 げ 、 て 崇 拝 す る 。

ま た い ろ い ろ な 行 事 の 際 の ヒ ン ド ゥ ー 教 要 素 も通 常 か ら は か な り逸 脱 して

い る ・ た と え ば 結 婚 式 で は ヒ ン ド ゥ ー 神 で は サ ラ シ ュ ワ ー テ ィ だ け を祀 る し・ 図7村 の は ず れ に 少 な く と も ・ あ るthanや カ ミ は 身 な り も ヒ ン ド ゥ ー の そ れ と は 異 な っ た 力 立 て ら れ た 旗

ミ と して 認 識 し て お り 、 そ れ ぞ れ 別 個 の 名 称 を 持 っ て い る 。 ヒ ン ド ゥ ー 神Figure7"Flag"

Kaliに 対 す るHakkulelaram、Rupashiに 対 す るKsheyalaram、ChandibesidethePα εhor

に 対 す るYeasalalarmな ど が そ れ に 相 当 す る 。 こ の 名 前 の 命 名 は一 種 の ヒVillage

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ン ドゥー社 会 に従 うた め の平 信 徒 の変 化 で あ り、 ヒ ン ドゥー とい うく 大 伝 統 〉 に組 み 込 ま れ て い く過 渡 的 な プ ロセ ス を示 して い る点 で も興 味 深 い 。

さ らに ヒ ン ドゥー化 した これ らの神 々 の ほ か に 、バ トロ ー は な お土 着 的 な信 仰 形 態 や特 徴 を留 め て い る 。 しか し これ らは直 接 バ トロ ー に聞 か な い限 りは彼 らはふ っ うそ れ らを表 立 って は示 そ う と しな い。 そ の な か で最 も重 要 な のが 家 の カ ミKhemularamで あ る 。 い ろ い ろ な サ イ ズ の竹 樟 が 庭 先 に立 て か け られ 、 牛 乳 、 ギ ー(バ タ ー油)な ど と い っ し ょに1パ イ サ硬 貨 を供 え る。 そ の あ と硬 貨 を 竹 樟 の な か に 入 れ て 、 屋 根 の中 に しま う。 次 に祈 る時 だ けそ れ を屋 根 か らお ろ し、 そ の た び ごと に 何 世 代 に もわ た って 硬 貨 を い れ て い く。 竹 筒 が 硬 貨 で一 杯 に な る とそ れ は集 落 の小 川 に投 げ入 れ る。 こ の カ ミは 僧 侶 が 祈 る。 彼 ら は村 の 成 人 の 中 か ら選 ば れ 、生 涯 そ の役 目を っ と め る。 彼 が 死 ぬ と そ の家 族 以 外 か ら選 ば れ 、 世 襲 す る こ と は な いo

僧 侶 の最 も重 要 な機 能 は家 の な か に村 の 供 儀 に用 い る ナ イ フ類 を保 管 す る こ とで あ る。 そ の ナ イ フ は 彼 以 外 に は触 れ る こ と は出来 ず 、KhemularamやKvallaramを 祈 る際 に僧 侶 が 最 高 の崇 敬 を は らう もの で あ る。 森 の カ ミ(Kvallaram)は 森 にバ トロー が入 った と きに ヘ ビな ど の危 険 な動 物 に 出会 わ な い た め の 護 神 で もあ る。不 猟 の と きは そ の理 由 を予 言 の専 門 家 に相 談 す る。 彼 らは村 の バ トロ ー で あ っ た り、 外 部 の ヒ ン ドゥーや モ ス リム の こ と もあ る。 彼 らの助 言 に よ って 、KvallaramやChhasikarilaram(猟 の カ ミ)、Gorlaram(森 で危 害 を加 え る カ ミ)な ど を祀 る。Gorlaramの 場 合 、 野 鳥 を供 え て 、 カ ミの 怒 り を鎮 め る。

も うひ とっ の重 要 な カ ミが祖 先 神Thibamで あ る 。結 婚 前 、死 後 、年 の暮 や そ の他 の 催 し事 の 際 に 救 済 や安 堵 を求 め て祈 る。 祖 先 神 は同 じ ク ラ ンに属 す る人 々 の あ い だ だ けで祈 り、2羽 の ハ ト、 米 、 魚(rui=

コイ 、kaliara)を 調 理 して 供 え る 。土 曜 か木 曜 日に は トー テ ム で 関連 す る亀(buli)を 崇拝 す る。

Mahijilaramも 重 要 な土 着 の カ ミで 、 あ らゆ る種 類 の危 害 を人 間 に加 え よ う と企 ん で い る。 そ の カ ミは 人 々 の気 を狂 わ し、病 気 に させ 、 災 厄 を もた らす 。 バ ナ ナ と牛 乳 を供 え て祈 る。

妊 娠 期 間 中 はYeahalaram(Chandi)やKsheyailaram(Rupashi)を 崇 拝 す る。 前 者 の カ ミは未 来 を 予 言 す る機 能 を持 っ 。 バ トロ ー は東 の方 角 に 向 って 、 キ ンマ の葉 や ビ ン ロ ウ ジ ュの実 を カ ミの前 に供 え る。

も し翌 朝 に そ の ま ま の位 置 にあ れ ば よ い前 兆 で 、北 か南 の方 角 に移 動 して い れ ば不 吉 の前 兆 と した 。 Kushirgul村 の近 くに あ る一 つ の 石 はKhalithanと 呼 ば れ 、JaintaのSyntengが 侵 入 して く る の を 警 告 す るカ ミで 、 この カ ミがSyntengに よ って 見 っ け られ る と、 そ の 石 を動 か そ う と し た が 、 結 局 は か な わ ず に 、石 の半 分 だ けが 割 れ て 持 って いか れ た 。 この石 は ま った く現 在 で は注 意 が 払 わ れ て お らず 、 草 が 生 い 茂 って い る。50セ ンチ あ ま りの 高 さ の この石 に は牛 乳 が と きど き供 え られ 、バ トロー を は じめ近 在 の人 々 に も崇 拝 され て い る。 土 の カ ミThanglaiも 他 の カ ミとい っ しょに 祀 られ る。

バ トロー は病 気 の と き はい っ で も魔 術 ・妖 術 の存 在 を信 じる。 ほ とん ど す べ て の 災 厄 を防 ぎ病 気 を治 し た の は呪 医(mulla)で あ る。 多 くは モ ス リム で 、 た ま に は ヒ ン ドゥー に依 頼 す る こ と もあ るが 、バ トロ ー 自身 がす る こ とは な い。 毎 年 呪 医 を傭 うた め に 、2Khataの 籾 米 を 各 家 か ら徴 収 した 。 も し病 気 に か か っ た と きは呪 医 を呼 ん で 診 察 して も らい、 そ の都 度 治 療 費 は本 人 が 支 払 う。 ご く最 近 ま で す べ て の近 代 的 薬 は禁 忌 の対 象 で あ った が 、 こ こ10年 ほ ど の 間 に 、 か な り広 く使 わ れ るよ う に な った 。

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6.冠 婚 葬 祭 の ヒ ン ド ゥ ー 化 現 象 (1)婚 姻 儀 礼

8〜10歳 で男 は植 物 の と げで 耳 に孔 を あ け る。 ク ラ ンの大 人 が こ の儀 式 を執 り行 い 、 これ が済 め ば結 婚 が 許 され る年 齢 に達 した こ と を意 味 す る 。バ トロー の結 婚 は花 嫁 に婚 資 を支 払 っ て 成 立 す る。 ヒ ン ドゥ ー様 式 と土 着 様 式 の融 合 した過 渡 的 な形 態 を と る。

結 婚 の形 態 に は、 略 奪 婚(Si‑ta‑kshy)と 神 聖 な結 婚 」(Tai‑si‑ta‑kshy)の2っ の形 態 が あ る。 前 者 は 全 く消 滅 した わ けで は な いが 、 現 在 望 ま しい もの とは考 え られ て お らず 、 そ の数 も少 な い 。 しか も こ の形 態 の結 婚 は 、外 部 の もの に は秘 密 に さ れ る。 も し、青 年 が未 婚 の女 性 の手 に 触 れ た ら 、 そ の 女 性 は彼 と結 婚 しな け れ ば な らな い。 彼 が そ の女 性 を 自分 の家 に連 れ て きて 、女 性 が む らの 主 立 ち の 前 で 結 婚 を 承 諾 す る と、婚 資 な しで結 婚 が 成 立 す る。 も し彼 女 が無 理 や り連 れ て こ られ た と表 明 す る と 、 そ の 女 性 は 自分 の 家 に連 れ戻 され る。 しか も彼 女 は 、 ほ か の い か な る男 性 と も今 後 は結 婚 で き な い 。 結 局 は そ の 男 と婚 資 を 支払 って結 婚 す る こ と に な る。 か っ て は婚 資 を 回避 す るた め に この よ うな結 婚 が行 な わ れ た の で あ ろ うが 、 現 今 で は多 額 の罰 金 が 新 郎 側 に課 せ られ る。 しか し この結 婚 の様 式 は常 に 一 種 の社 会 的 汚 名 と考 え ら れ て い る。社 会 が そ れ を認 め る まで に は 、新 婦 は コ ミュニ テ ィの い か な る行 事 に加 わ る こ と も許 され な い 。

最 終 的 に も し年 長 者 が2人 の結 婚 に同 意 す る と、 そ れ を社 会 的 な承 認 を受 け ね ば な ら な い 。 そ の た め に は招 宴 を 催 さね ば な らな い。 そ の時 、招 か れ た者 はゆ うゆ う と して い る 。 夜 に はTai‑si‑ta‑kshyが 執 り行 わ れ るが 、聖 水 か け(Sat‑pak)は な い 。新 婦 はそ れ か らキ ンマ の葉 と ビ ン ロ ウ ジ ュを 新 郎 の ク ラ ンの 長 に 贈 る。略 奪 婚(Si‑ta‑kshy)の 場 合 、新 婦 はか な らず し も慎 ま しや か に見 守 る必 要 はな い。 また この 席 に は 未婚 の男 は臨席 を許 され な い。 ま た 、新 郎 は夜 は新 婦 と同裳 で きな い 。

バ トロー の寡 婦 は再 婚 で き る が 、 この場 合 、 聖水 か け は しな い 。 と き ど きgharjamai結 婚 を す る。 この 結 婚 で は も し新 郎 が 持 家 が な い場 合 に は女 性 を他 の家 に連 れ て い って 、「神 聖 な結 婚 」 が行 な わ れ る。

ま たバ トロー の他 の重 要 な婚 姻 の特 徴 は近 親 婚(incest)禁 止 で あ る。 ふ っ う は母 方 の兄 弟 姉 妹 の 娘 や 他 の近 親 者 と は結 婚 で き な い。 こ の規 範 は 明 らか に ヒ ン ドゥー外 婚 の規 範 に した が った も の で あ るが 、 多 額 の罰 金 は あ るが略 奪 婚 で は許 容 され る 。 しか しロー カ ル な ヒ ン ドゥー の影 響 の も とで は、 彼 らの 慣 習 も放 棄 され ね ば な らな か っ た。 そ の結 果 と して 、 「神 聖 な結 婚 」 が 一 般 的 で あ る。 しか し略 奪 婚 の場 合 で も父 方 の 兄弟 の娘(い と こ)と の結 婚 は許 さ れ な い し、 そ うで な くて も近 親 結 婚 は侮 蔑 され る。

近 隣 に住 む ヒ ン ドゥー の情 報 に よ る と、バ トロー の性 道 徳 の緩 み は少 な く、 い っ た ん 未 婚 で 出 産 す る と 将 来 結 婚 の機 会 が な い ばか りか 、多 額 の罰 金 を 支払 って か らで な け れ ば社 会 へ の再 加 入 が 認 め られ な い 。

バ トロー は族 内 の外 婚 に厳 格 で 、 ク キ族 の女 性 や移 住 労 働 者 の女 性 と結 婚 した 場 合 や バ ト ロ ー の 女 性 が 他 の民 族 と結 婚 した場 合 で さ え、 村 に は お れ な くな る。

神 聖 な結 婚 」 は明 らか に ヒ ン ドゥー の結 婚 様 式 の影 響 を受 け た もの で 、 花 婿 の 両 親 は実 際 の結 婚 の4・

5年 前 か ら花 嫁 候 補 を選 ん で しば しば キ ンマ の葉 や ビ ン ロ ウ ジ ュの実 を贈 る 。 これ を 花 嫁 の 父 親 が 受 入 れ る こ と は、 直 ちに婚 約 を承 諾 す る こ とで は な い。Agrahayan月(ベ ンガ ル 暦 の 月 名 で11〜12月 に相 当) に花 婿 の父 親 は む らの長 老 を連 れ だ っ て花 嫁 の 父親 を訪 問 し、 そ の場 で初 め て結 婚 の 申 出 を す る。 花 嫁 の 父 は適 当 に そ れ を と りなす ので 、求 婚 す る方 の 父親 はキ ンマ の葉 と ビ ン ロ ウ ジ ュを 持 参 して 何 度 か 足 を運

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ぶ 。Poush月(12〜1月)の 第 一 日 目 に か な りの量 の贈 物 を持 参 して 花 嫁 の 家 を 訪 問 す る。 も し、 そ の贈 物 を受 け取 れ ば 、 結 婚 に同 意 した こと に な る。結 婚 式 はFulgun

月(2〜3月)に 行 な わ れ 占 い者 に よ って 日が決 定 さ れ る。 結 婚 式 の約1週 間前 に婚 資 が花 婿 側 か ら花 嫁 側 の家 に支 払 わ れ 、 そ の 日 に祝 宴 が 開 か れ る。 以 前 は婚 資 は1.52 Kathaの 米 と32ル ピー の現 金 で あ っ た 。 この婚 資 はバ トロー の新 郎側 に と って過 大 な もので あ るた め 、30歳 前 に は なか なかバ ト ロ ー の男 が嫁 を も らうこ とはなか った し、 し ば しば40歳 ま で待 っ こ と もあ った とい う。

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16ル ピー の現 金 の み に す る決 定 が な さ れ た 。 さ らにかっ て同 じク ラ ンで は認 めな か っ

た結 婚 を 、 ご く近 しい親 戚 関係 の場 合 を 除 い て許 容 す るよ う に な っ た。 こ れ らの 決 定 はバ トロ ー の 結 婚 を 容 易 に した。

結婚 式 が近 づ く と多 くの儀 式 が あ る。 約1週 間 前 に は、ThibamやKshemularamの カ ミに祈 る 。 前 日 に は双 方 の家 でgatraharidraと 聖 な る水 浴 を す る 。 結 婚 式 は夜 に 開 催 さ れ 、 そ の 前 半 に は 、 花 婿 が 篭 (choudula)に 乗 って花 嫁 の家 に や って くる(図8)。 同 じク ラ ンに属 さ な い人 が 篭 を か つ ぐ。 何 人 か の 同 じク ラ ンに属 す る少 女 が 行 列 に付 き添 う。 花 嫁 の家 で は父 親 が そ れ を迎 え る 。 ま た村 の お もだ っ た人 々 も 立 ち会 う。女 神Saraswatiが 祭 られ 、村 の主 だ ち が双 方 の家 の 同 意 を 公 式 に 面 前 に 示 した 後 、 花 嫁 を 篭 に のせ て 、新 郎 側 に属 す る ク ラ ンの人 や長 老 た ちが そ れ をか っ ぐ。新 郎 の母 親 の兄 弟 姉 妹 は け っ して そ の篭 に触 れ る こ とは許 され な い 。新 郎 は別 の篭 に乗 る。

新 婦 の両 親 は そ の行 列 に加 わ らず 、新 婦 の兄 弟 が そ の代 わ り をす る。 新 郎 の 家 に 到 着 す る と聖 水 か け の 儀 式 が執 り行 なわ れ る。 新 郎 は立 ち な が ら片 足 を新 婦 の足 に の せ 、 花婿 側 の ク ラ ンの若 者 が 聖 水 を 花 嫁 に

か け る。

そ の あ と新 郎 新 婦 は それ ぞ れ 別 々 に一 夜 を過 ごす 。 新 郎 は初 夜 を妻 の兄 弟 と過 ごす 。4日 聞 の 式 の 間 、 新 郎 は外 に 出 る こ とが 許 され な い。 それ を身 を隠 す(sibarubi)と い う。 も しそ の掟 を破 った場 合 は、 む ら の寄 合 で 罰 金 を課 せ られ る。Tai‑si‑ta‑kshyの 儀 式 が済 む と新 郎 の 兄 や 母 方 の 兄 弟 は花嫁 の 目 に触 れ な い と ころ に移 る。 も し新 婦 が 自分 の 父 親 を 訪 問 す る前 に 、 新 郎 の兄 が 新 婦 に会 う と 、 彼 は罰 金 を 支 払 わ ね ば な らな い 。 しか し新 郎 の母 方 の 兄 弟 は一 生 涯新 婦 を 見 て は い け な い と い う。 も しそ の掟 に背 く と村 全 体 に食 事 の た め の罰 金 を支 払 わ ね ば な らな い 。 この よ うな慣 習 が現 実 に厳 格 に行 な わ れ るの は 少 な い 。 そ の 一 方 で 、新 郎 の母 方 の兄 弟 は 、結 婚 の 際 に特 別 な贈 答 を して 、 自分 の 姉 妹 の 息 子 の 妻 を 自 分 の 息 子 の嫁 と して 養女 にす る こと を宣 言 す る よ うな楽 しみ もあ る 。

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